「ねぇ、ユウイチ……」
 東智恵は、中途半端に値上げされた130円の缶ジュースを飲みながら呼びかけた。
「どうしたチエ。元気が足りないな」
 森勇一は、ペットボトルのお茶をがぶがぶ飲みながら軽く切り返す。
「マネージャーは意味もなくテンションあげるもんだってローマ法に書いてあるのを知らないのか?」
 智恵は、何時もよりテンションを抑え目に、呟いた。
「……プレッシャーとか、ある?」
「ん?そうだな。プレッシャーがないと言ったら流石に嘘になるな。大会に呼ばれたのは嬉しいが、呼ばれた以上は勝たなきゃならない。勝たなければ何を言われるかわかったもんじゃないしな。勝てば色々と、後々美味いことになりそうだが、負ければ色々不味いことが待っている。この世の摂理ってやつだ。上を目指す人間は大変だ」
 多少、冗談めかして答える勇一。智恵はその横顔をどこか不安そうに眺めている。
「やっぱ私も出た方がよかったかな。ミズキ、あのディムズディルって人と会って以来、ちょこっと調子がおかしいような気がする。それに、あの人の試合を撮ったんだけど……」
 勇一は、智恵の発言を途中で遮った。必要ない、とばかりに。
「ビデオはちゃんと見たぜ。事前の情報収集は大事だからな。だが、いいんだ。どんな敵が現れようが、ミズキが調子を崩そうが、アキラが離脱しようが、ヒジリが負けようが、全部大丈夫なんだ。俺の計算に狂いはない。あるわけがないんだ」
「どうして?」
「俺がここにいるからだ。俺がここにいる限り、な。俺をXに代入する俺の公式は、俺が交通事故にでも遭わない限り決して崩れはしない。崩させる……わけがない」
「ユウイチ……」
「さってと、もう少しデッキの動きを確認しておくかな。明日も、そしてその次も当然勝つ。妙につっかかってくるアキラには悪いんだが、俺の負けは俺の計算に入ってない」
「アイツには……負けられない?」
「『負けてあげられない』の間違いだ。原子力潜水艦が、何をどうすりゃイカダに負けんだよ……」

――――

 その頃、核兵器を積んだイカダは、いい具合に放射能を撒き散らしていた。
「TURN……ENDOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
 天に向かって吼えたてるアキラ。その眼前には倒れ付したエリー。
「グレ(エリーが倒れた)! グレ(どーする)! グレ(どーなる)!?」
 グレファーにとってそれは晴天の霹靂。彼は、エリーの直ぐ傍に駆け寄っていた。
「グレ(救)! グレ(急)! グレファー(車ー)!」
 救急車沙汰かもしれぬ非常事態。だが!彼らの反応は180度異なっていた。
「アキラはターンエンドを宣言している。よって! これよりカウントに入る!」
「グレ(クソ審判)!? グレ(なに)! ファー(やってんだー)!」
「1ターンの持ち時間は3分。よって、3分以内にカードを引けなかった場合、エリザベート側の遅延行為と判断して決闘を終了。アキラ側の勝利とする……」
 審判職を務めていたジンは手馴れた調子で180までのカウントダウンをスタート。彼は冷静だった。
「グレ(ディムズディル)! グレ(お前からも)! グレファー(何とか言ってくれー)!」
 観客席を見上げるグレファー。だが彼は知る。ディムズディルに懇願することが過ちであったことを。
「グレ(どこに行った)? グレ(ディムズディル)? ……グ、グレファー(あ、あれはーっ)!」

 ドサッ!!

「『D』!」
 ジンが左に顔を捻ると、そこには観客席から駆け下りてきた、と言うよりは、無理矢理転げ落ちてきたディムズディルが大の字に寝そべっていた。当然である。壁は垂直なのだ。普通は死ぬ。だが彼は、頭から少量の血を流しながら事も無げに立ち上がると、エリーの方に向かって歩き出す。
(『D』。エリザベートの介護に駆け下りてきたのか? らしくないな……)
 エリーの保護、そう早合点するジン。だが、直ぐにその認識は改められる。
(いつからそんな過保護に……いや、違う! あのイカれた眼は……アイツ本来の眼だ!)
 ディムズディルはエリーの場所まで歩を進めると、アキラの方に身体を向けなおす。
「いい眼をしているな。やっとサマになってきたじゃないか……」
(不味いな。『D』、決闘狂人の血を抑えきれなくなったか)

 ジンの察した通り、ディムズディルの血は滾っていた。だがアキラは、そんな彼にすら敵意を放つ。
「随分といいご身分じゃないかディムズディル。人にはボロボロになるまで戦わせておいて……」
 今のアキラは狂犬。誰にでも、噛み付ける狂犬のような決闘者。当然、噛み付く。当然。
「自分は高みの見物。で、今更大将のお出ましってか!」
(アキラの言う通り……今更だ! 今、お前が出張ってどうする!)
 
「やめろ! 『D』……」
 ジンはディムズディルを止めようと二人の間に割って入ろうと考える。その刹那の出来事だった。
「ハハ……フハハハ! 大将? 見物? 知らないな! 君はもう以前の君じゃない。そしてぇっ!」
 ディムズディルが、大地に足を叩きこむや否や、幾分冷えた筈の闘技場が再び加熱していく。
「そうさ。初対面だ。初見の決闘者が2人向き合えば! そこにあるのは決闘のみ。だが!」
 ディムズディルは左手に手を添えると……迷わずに……

 ベキッ!

「ハーハッハッハッハッハッハ!」
 狂人じみたじみた甲高い笑い声とは対照的に、乾いた音が闘技場に響く。その音は人体の、左腕にひびが入る音。だが、それだけでこの凶事が終わる筈もなく。直後、彼は着ていたフロックコートの前をはだけると、ポケットから取り出した1枚の、漆黒のカードスリーブによって護られたカードを胸に突き立てる。
 いや、護られたという表現はいささか適切ではない。漆黒のカードスリーブによって武装されたカード。彼はその凶器を胸元に突き立て、何の躊躇いもなく己の肉を切り裂いた。そう、彼は自分の肉体を容赦なく切り裂いた。
「こいつ……正気か……」
 人間の本能。自分自身を護ろうとする本能。普通、人間は自分の身体を直接破壊できない。故に多種多様な自殺(自傷)方法が編み出された。例え折れる力があったとしても、折れないのだ。だが、彼は折った。飛散する血液。彼の「行為」が一段落したのは、彼の足元に“水たまり”が生まれた時だった。彼は蛮行を一通り終えると、何処からともなく決闘盤を取り出しそのまま装着。アキラに向けて、ひびが入ったはずのその左腕を突き出す。
「君のライフが足りないなら僕のライフを払えばいい。足りないなら、もう一本いこうか?」
 ディムズディルの出血は酷い。このまま放っておけば、今最も危険なのは彼かもしれない。

「グレ(なんだ)!? グレ(重い)!? グレェー(助けてー)!」
 ディムズディルの、周りの空間は歪んでいた。【決闘波動】。弱者ではそこに立つ事すら敵わない。
「やつめ。決闘狂人の血を抑えきれなくなったか。この殺気……下手をすれば全てが消し飛ぶ」
 それは、その場にいたもの全てを巻き込む強烈なプレッシャー。立ち会うだけで対戦相手の体力を削り取る【決闘波動】。決闘とは、逃げも隠れも出来ない対戦形式。相手の正面に立ち会うのが大原則である。で、あるならば、彼のこの殺気はそれ自体が一種のカード。獰猛な野生動物を思わせる眼光がアキラを襲う。アキラは、闘志を剥き出しにすることによってその重圧を必死に堪えた。だが、ジンはそれ故に危惧を深める。

(不味いな。『D』、アキラと今すぐにでも戦いたいお前の気持ちはわからないでもない。むしろ、今の方がお前らしいぐらいだ。だがしかし、看過はできないな。ここで潰すのは……詰まらない)
 ジンは、ディムズディルを知っている。知っているがゆえに、動き出す。
(自分の力を過小評価し過ぎるところが『D』、お前の短所の1つだよ)
 状況を把握したジンは、ある意思を固める。その身を挺してでも、割り込む意思を。

「そこの野人、今の位置から5歩分下がれ。その位置では巻き添えを食う……」
「グレグレグレグレ(????)????」
「死にたくなければとっとと下れと言っているんだ木偶の棒。消えたいのか?」
「グレ(闘気)!? グレ(いや)! グレ(殺気)!?」
「こい! 乱神盤(らしんばん)!」
 ジンの呼びかけに応じたのか、どこからともなく刀剣上の物体がジンの元に投げ込まれると、彼はそれを受け取り、居あい抜きの刀の様に腰に据えた。そのグリップには“差込口”が顔を見せている。そう、それは決闘盤だった。彼は、“差込口”に40枚のデッキを装着しドローの体勢に入る。その姿は、剣士が居合い抜きの体勢に入った際の、例のフォームに酷似していた。左足を引いて右足を前に出し、左腕の決闘盤を腰の近くに据え、そのまま腰を落とし、右手をデッキの一番上に据える。所謂『抜札』の体勢。彼は眼を瞑り、“気”を高めた。

 

瀬戸川流抜札術超奥義


『天武報凛札・改』

 

(『D』といえど、デュエルに入るその一瞬には必ず隙ができる。ほんの僅かな隙だが、この俺なら突ける)
「グレファー(やっべぇー)!!」
 ディムズディルとアキラ、そしてジンが一触即発の渦を形勢していた。この張り詰めた空気の中、1秒1秒が恐ろしく長く感じられる極限状態。もし、このままディムズディルがデッキを決闘盤に装着すれば、アキラはそれに応え、ジンが飛び込むに違いない。制空圏の破裂。もしそうなったら? カタストロフの時間は近づいていた。もはや、誰かが死ぬ以外に決着の方法はないようにも思えた。この世には、神も仏もいないのか。

 この間――

 エリーは倒れ付したまま、死んだように動かなかった。彼女の意識は過去の時間に飛んでいた。そこは、彼女が今と同じように《神炎皇ウリア》を使っていた、懐かしい時間。 

―数年前―

ディムズディル:5400LP
エリザベート:1800LP

「目障りだ! 《マインドクラッシュ》を発動。《クリボー》を指定する」
「うっ……《クリボー》を……墓地に送ります」

 その決闘はディムズディルが押していた。否、その決闘『も』と言わねばなるまい。その前の決闘も、その前の前の決闘も、勝ったのはディムズディル。既に10連勝。エリー側から見れば10連敗。加えて、ディムとエリーはTCG以外の競技でも対決していた。西洋のチェス、東洋の将棋、或いは棒倒しといった単純なものに至るまで、彼らは夜通し戦い続けた。結果は、99勝0敗。当時、エリーは何1つとしてディムズディルに勝てなかった。

「無駄だ! その程度でぇっ! 」
「うぅ……なんで……なんで……」

 エリーは誰からも好かれていた。当時15歳。美しい容姿を持つ傍ら、出過ぎない術を心得ていた。彼女はゲームに関して天性とも言える才能を有していた。故郷は勿論、“悪友”とこっそり出歩いた先でも、彼女は何時でも何処でも高いアヴェレージを残していた。悪友が決闘師であることから、仕掛けの恐ろしさも心得、決して慢心はしなかった。彼女は、端的に言って強かった。特に、相手の力を窺い知る力に長けていた。 だが、ゲームを得意とする一方で、彼女は勝ち過ぎないように努めた。彼女は勝負に執着しない人間であり続けた。彼女の決闘は誰も不快にしない。例えば、子供を相手取る時は、巧みに、子供特有のプライドを刺激しないよう上手く見せ場を作ったり負けてやったりしたものだ。また、強者を相手取る際も、彼女の決闘は光っていた。相手の心理を見切り、多くの決闘を、相手が苦しまないように捌いていった。結果、彼女は誰からも好かれた。みな、彼女と決闘したがった。悪友のダルジュロス=エルメストラも、自分とは違うその決闘を嫌っていなかった。彼女は順風満々だった。誰もが彼女を好いていた。たった1人、そこに違和感を感じ取ったある男を除いて。

「どうした?勝敗なんて正味どうでもいいんじゃなかったのか? いい決闘ならなんでもいいんだろ?」
「……くぅ……」
「まるで天使みたいだよな。自分は決してでしゃばらず、伝達者として人々に幸福を運ぶってわけだ」
「ディム……それ以上……」
「気に入らないな。ああ、気に入らない」

(アイツ……最近少し変わったか? エリーの中に、お前は何を見ているんだ?)
 敢えて口出しせず傍観していた、ストラはそう感じていた。ディムズディル=グレイマン。元々の彼は放任主義者である。あるいは「他人の内面的事情などどうでもよかった」といってもいい。彼は元々狂犬だった。そう、決闘に餓えた狂犬にとっては、相手の強さは重要でも、相手の主義主張などどうでもいいことだった。もし仮にAが気に入らなくとも、その時はBを探せばいいだけの話だった。彼にとっては、闘うことが全てだった。だが、歴戦の猛者である彼、はエリーの中にある違和感を感じ取る。感じ取ったが故に、彼は、今までの彼としては、らしくない行動に出た。彼はエリーを挑発した。お前のやってることは偽りだ、と彼は言った。彼は、自分でもよくわからない衝動によって動いていた。

「そんな府抜けたゲーム、やられる方も馬鹿ならやる方も大馬鹿だ。お前は、相手と自分(・・)を舐めている」

 口論になった。だが、それは何時もなら直ぐに収まる筈だった。エリーが退くからだ。だが、その日は違った。議論すること3時間。今まで誰とも大喧嘩したことのなかったエリーだったが、彼女は自分でも信じられないほど熱くなっていた。彼女は、言いようのない不安に駆られ、こう言った。今まで、自分とは一切ゲームを行わなかったその男の前でこういった。

「なら勝負しよっ! 私が間違っているかどうか、あなたの眼で確かめて」
「受けよう。だが、確かめるのは君自身の方だ。君では、僕には勝てない」

 ディムズディルの言葉通り、エリーは勝てなかった。最初はチェスだった。46分38秒、ディムズディルは勝利した。次は将棋だった。ディムズディルは当初よくルールを知らなかった。だが、長考合戦の末、1時間35分59秒でディムズディルは勝利した。彼女は勝てなかった。その後も様々なゲームで勝負した。棒倒しのような余興から、盤双六のような運が多分に絡むものまで、ディムズディルはエリーに勝ち続けた。当時、傍から見守っていた人々は、エリーの表情が日に日に険しくなっていったと証言している。1週間がたった。だが、彼女は勝てなかった。最早異常とも言える90連敗。ディムズディルが席を立とうとした時、彼女は食い下がった。

「なら、ならデュエルで!」

 だが、エリーは勝てない。彼女が最も得意とする決闘、だが、目の前の決闘狂人は、常にその数歩先を行く。戦略・戦術・はては小細工に至るまで全く通用しない。彼女の顔は、わけがわからないうちに青く染まっていった。こんなこと、今まではなかった、と。わけが……わからない。

「《地帝グランマーグ》の効果発動! 伏せカードを破壊、ダイレクトアタックだ!」
「……負けた……また……負けた」
「終わりだな……詰まらない戦いだった」
「最後の……後1回だけ!」
 エリーは、まるで夢遊病者のように決闘を乞ういていた。最早、そこに冷静な思考は存在しない。
「ああ、わかった。後1回だ」
 ディムズディルはそれでも勝負を受けた。彼は、止めなかった。

ディムズディル:5400LP
エリザベート:1800LP

 “後1回”、その決闘もまたディムズディルが圧倒していた。
「君はさっきの決闘の後、最後の1回だと言った。もうすぐ終わるな」
「私は……私は……」
 ショックで固まるエリー。ディムズディルは、そんな彼女に対し事も無げにこう言った。
「別にショックを受ける理由はない筈だ。僕は決闘に徹しているが、君はそうじゃない。僕には君の、善良な一手が全て手に取るようにわかる。遠慮・謙虚・自戒、君を縛っているものが解かれない限り、僕が負けることなど有り得ない。簡単な理屈だ。今のまんまの君では、僕には決して勝てない。だが、君はそれでいいんだろ?」
 『勝てない』。その言葉の連呼がエリーを撃つ。エリーは、ぼそぼそと、意識を保てないまま喋りだす。
「だって……勝ち負けだけじゃ……相手と……」
「おかしいじゃないか。僕はずっと前から『もういい』と言っているのに、君は引き下がらない」
 “グレイ・ブラックマン”と呼ばれた彼は、漆黒の論調をもって“隠されたもの”を抉り出す。

「君は結局、相手のことなんか考えちゃいない」
「嫌……言わないで……それ以上……」
「闘うということは、結局の所相手の心を踏みつけるということだ。だが君は怖がかっている。自分が嫌われたくない一心で、絶対に、相手の不快を買わない戦い方を選択する」
「それの……何が悪いって言うの……もう……」
「悪いことなんて何も無いさ。そういう生き方もあるだろう。だが、君の中にはたった1つの嘘がある。君は、本当は“完膚なきまでに”戦いたい。しかし、本気で闘ってしまったが最後、相手に嫌われるかもしれない。だから君は、何時も都合のいい戦い方で、他人と自分の両方を……体よく犠牲にしてるのさ!」
「他人も……自分も……だけど! 私は! 私は……」
「己自身すら認めぬ闘いなど、勝って負けても空しいだけだ。そんなに我が身が恋しいなら、最初から闘わなければいいんだよっ! そんな魂の伴わない、中途半端な戦いで! 君が真に相手を気遣うと言うのなら……このディムズディル=グレイマンを倒してみろ! バトルフェイズ! 行け! 中盤のファンタジスタ……《ギガンテス》!ダイレクトアタックだ! 完膚なきまでに叩き潰せっ!」

「だから……もうそれ以上言わないでってっ!リバースカードオープン! 捕えろ! 《拷問車輪》!」
 思わず語気を強め、ディムズディルの攻撃を打ち落とすエリー。ディムズディルは、尚も言う。
「いーや、言うね。100戦付き合えといったのは君の方だ。茶番につき合わせていたのは君の方だ!」
「このっ! だったら! 私のターン! ドロー! 手札から永続魔法《王家の神殿》を発動!」

 エリーが《拷問車輪》を発動した際、ディムズディルは彼一流の洞察力で感じとった。エリーの心の綱がふっきれたのを。間違いない。エリーはなりふり構わず勝ちにくる。この時、初めてディムズディルは勝負中に笑みを浮かべた。彼の衝動は、或いはこの一瞬の為に生じていたのかもしれない。
「手札から《生贄封じの仮面》を発動! 更に、魔法・罠ゾーンから《メタル・リフレクト・スライム》を発動! 場の3枚の永続罠を生贄に……《神炎皇ウリア》を特殊召喚! 優先権を行使、特殊効果発動!」
 本気になったエリーの手によって、攻撃力10000のウリアが場に召喚される。だがこの瞬間、ディムズディルは反射的に眼線を数ミリ右端のセットカードに向けるが、エリーは、その僅かな動きを捉える。無論、眼を向けたと言っても、一瞬かつ僅かな動きだった為、常人の観察力ではきづくことすらままならない。だが、エリーの本気はそれすらを見切る。

「《神炎皇ウリア》の特殊効果により、貴方の魔法・罠ゾーンに置かれた、右端のカードを破壊」
「いいだろう。なら僕は、《岩投げアタック》を墓地に送る。さぁ……バトルフェイズだ」
 エリー、内心で驚愕。《岩投げアタック》は、今破壊したいタイプのカードではなかった。
(あの僅かな目線はフェイク? 私の眼なら見抜けると考えた上での、一瞬の判断!?)
 エリーの動きが止まる。一方、ディムズディルは不動の構えで待ち受ける。動かざるごと山の如し。
(ここで決めなければ後が怖い。でも、焦ったらその瞬間突け込まれる。このターンは……)
 エリー長考。勝つ為に必要なこと、それは一体何なのか……と。
「(次のターン、もう一度ウリアの効果を起動してあのカードを狙う。)私はカードを1枚セット。ターンエンド」
 エリーは永続罠《洗脳解除》を場に伏せてターンエンド。最悪の事態をかわすプレイに出る。だが……
「そこだ! セットカードオープン! 速攻魔法《破砕主導型再生要綱》発動!」

《破砕主導型的再生要綱》 
速攻魔法
自分がコントロールするモンスターを一体生け贄に捧げる。自分の墓地から岩石族モンスターカードを一枚手札に加える。

(嘘……私の見込みが甘かったっていうの? ディムは、自分の伏せカードがどちらも破壊型ではないことを承知した上で目線のトリックを仕掛けた。あたかも、トリックで護ったもう1枚は“本命”であるかのように……うぅん、違うわ。それだけじゃない。前ターン、《拷問車輪》に捕まった《ギガンテス》を《破砕主導型再生要綱》で生贄に捧げ、通常召喚の権利を行使。壁を場に出す戦術もあった筈。私の、《神炎皇ウリア》の可能性を考慮した上で、敢えて何もせず私にターンを渡した……怖い……ディムが……怖い……)
 ディムが動き出す。相手に自分を身を委ねる危険を冒す代償としての、最大の報酬を狙って動き出す。
「僕のターン、ドロー! 手札から《天使の施し》を発動。カードを3枚引いて2枚墓地に送る……墓地の、10体の岩石族モンスターをゲームから除外! 現れろ! 《メガロック・ドラゴン》!」
「《メガロック・ドラゴン》の攻撃力は……7000……」
「このままバトルだ! 《メガロック・ドラゴン》! 《神炎皇ウリア》を噛み砕け!」
 目標に向けて怒涛の突進を開始した《メガロック・ドラゴン》。だが、迎え撃つ《神炎皇ウリア》は並のモンスターではない。その攻撃力は、《メガロック・ドラゴン》をも上回る数値、10000だ!
「ウリア!!」

Hyper Blaze!!

 ウリア必殺の一撃が《メガロック・ドラゴン》に炸裂。大爆発の中に消えていく《メガロック・ドラゴン》。
「……倒せ……た………の………?」
 だが、大爆発の中から現れたのは……
「速攻魔法《同種融合》を発動!」
「えっ!?」

《同種融合》 (速攻魔法)
自分フィールド上の効果モンスター1体を対象として、対象とした効果モンスターと同名のカードを任意の数手札から墓地に送って発動する。対象モンスターの攻撃力は、元々の攻撃力に自分が手札から墓地に送った数+1をかけたものとなる。このターン、対象となったモンスターは魔法・罠の対象とならない。バトルフェイズ終了時、そのモンスターを破壊する。

 ディムズディルはその右腕をエリーの眼前に突き出し、その指先に携えた3枚のカードを見せ付ける。1枚は言うまでもなくたった今発動を宣言した《同種融合》。だが、残りの2枚は……
「行くぞ! 手札から2枚の《メガロック・ドラゴン》を墓地に送る!!」
 ディムズディルは2枚の《メガロック・ドラゴン》を墓地に送ると、パチンと指を打ち鳴らす。その瞬間、“ハイパーブレイズ”によって焼き尽くされたかに見えた《メガロック・ドラゴン》が……新生する!
「メガロック3体融合! ガイア・フュージョンによって降臨せよ!」

天地収束型三連砲門搭載式超龍轟車 (ハイパーロック・アース・ドラゴン)


破砕力:Twenty-one thousand

「攻撃力20000オーバー!? そんなのって!」
「アーッハッハッハッハッハッハッハッハーーッ! 見せてやる! 闘いというものを!」
 何をどうやったかはわからない。だが、その男は確かに立っていた。実態を持たず、映像でしかない筈のハイパーロックの上に仁王立ち。彼はこれ以上ないぐらい上機嫌だった。
「いい決闘だった。初めて君の本心が見えた気がする。何時もより十倍チャーミングだったよ。さぁて、徹底的に決着をつけようじゃないか。君の望み通りにな! 吼えろ! ハイパーロック!」

Hyper Rock Blaze!

ディムズディル:+4900LP
エリー:-19200LP

 ハイパーロックの、強烈極まりない一撃がエリーに叩きつけられる。岩石族に炎が吐けるのか、吐けるのだ。最早奴を止められる者など何処にもいない。その迫力に吹き飛ばされたエリー。
「負け……た。だけど…………」
 エリーは知る。この世には、自分よりも上があることを言葉ではなく身体で実感する。同時に今までの自分が、ある種の“失敗”に対して臆病風に吹かれ、妥協にならない妥協の中に沈んでいたに過ぎなかった……その“真実”を知る。彼女は負けた。全てを剥きだしにして、尚負けた。だがそのことが、それまで彼女を押さえ込んでいた一種のストッパーを叩き壊していた。彼女は、どこか清々しかった。彼女が、ディムズディルを相手に初めて勝利を収めたのは、そう遠くない未来のことだった。

――――

 それは、アキラとディムズディルが戦闘に入ろうとする、その刹那の出来事だった。夥しい量の殺気が闘技場を覆いつくし、決闘力の足りない人間は一様に呻き声を上げている。今にもカタストロフが勃発しかねない危機的状況。エリーはそんな中、カウント140で立ち上がった。

第32話:Duellanten,die kämpfen nicht,sind keine duellanten

「グレ(エリーが)! グレ(立った)! グレファー(万歳)!」
「いぃや、まだだ! このままカードを引けなければアキラの勝ちだ!」
 この時既にカウントは142。残り38秒。
「グレ(早く)! グレ(カードを)! グレファー(引けー)!!」
 グレファーが絶叫する。だが、それとは対照的にディムズディルとジンは静かだった。ディムズディルは、エリーの脇へどいて座り込むと、止血を始めながらグレファーに言った。
「グレファー、右手をよく見ろ…………もう引いている」
「グレェ(なにィ)!?」
(残り30秒弱でのドロー。最早考えてる時間は皆無だな」
 それは一瞬の出来事。超神速のドロー。それは常人が知覚可能なスピードを遥かに超えていた。その異常な動きを垣間見たディムズディル達が指摘しなければ、グレファーには最後まで何が起こったか理解するのは不可能だっただろう。それほどのドローである。彼女の様子は、倒れるまでとはどこか違う。

「ディム……私は……嫌われきってない。貴方のように強くない、私じゃ駄目かもしれない。でも……」
 先程までの、恐怖から来る迷いは最早存在しなかった。千変万化、多様性を重んじる一方、確固としたものを持たなかったエリー。心のどこかに、遠慮した部分を持っていたエリー。必死のアキラによって暴かれた己の弱さ。だが今の彼女は、最早決闘を追求し続ける以外のことを考えていない。自分の弱みを突かれ、追い詰められ、倒れたことにより、彼女の“リミッター”は外れていた。ディムズディルは、その場からすっと離れていく。「悪かったよ」と一言言い残して。彼は、普段の彼に戻っていた。

「Duellanten,die kämpfen nicht ,sind keine duellanten(闘わない決闘者は決闘者じゃないさ).」

「Merci(ありがとう)……」
 エリーは、改めて決闘盤をアキラの方に向け、アキラもまた臨戦態勢に入る。
「てめぇか。白黒……つけてやるよ」
 決闘再開。エリーのターン、彼女はまず、永続罠の処理を開始した。
「ターン続行、通常ドローにより《神の恵み》の効果誘発。ライフを500回復……」

アキラ:1000LP
エリー:750LP

 お互いのライフは既に1000を切っていた。既に極限。アキラの手札は0だが、場には6000ものライフが支払われた《光の護封壁》と、3枚のリバースカードが守りを固めている。それは、エリーが攻めあぐねている内に積み重ねられた、防御の布陣。一方、エリーの手札は2枚。内1枚は《封印の黄金櫃》で仕入れた例のアレ。内1枚は通常ドローで手に入れたカード。モンスターゾーンには《メタモルポット》が1体。魔法・罠ゾーンには表向きになった永続罠が3枚とセットカードが1枚。40枚のデッキと40枚のデッキから選出された計10枚のカード。その噛み合わせは数限りないと言える。だが、エリーには最早迷いも恐れも無い。その能力の全てを注ぎ、アキラの決闘を正面から否定する。相手の力を華麗に受け流すのでも、相手の能力をその能力の高さ故に逆用するのでもない、正面否定の決闘。最も潔い一方、最も残酷な、己の力を人の世にさらけ出す決闘。
「手札から通常魔法……《クィック・リバース》を発動!」
 エリーはノータイムで動く。彼女の時間はもう僅か。時計を止めて動くにはそれしかない。

《クイック・リバース》 
通常魔法
メインフェイズ1の開始時に発動可能。 相手フィールド上の、魔法・罠ゾーンに置かれた全てのカードを裏に戻す。裏に戻されたカードは、このターン発動できない。

「処理終了。そして……」
 最後に残ったその1枚。彼女は、“神の炎”を解き放つ。

 左の翼……《神の赦免》……
 右の翼……《神の放免》……
 中央の眼……《神の恵み》……

「3つの種火を生贄に……現れよ……」

神炎皇ウリア
コナミナンバー:SOI-JP001
TYPE:一撃離脱型強襲用MS(モンスター)
WEAPON:出力調整型火炎放射器“Hyper Blaze”/遠距離狙撃用火炎弾“Trap Destruction”

 静かに。そして荘厳と。
「《神炎皇ウリア》を攻撃表示で特殊召喚……」
 だが、黙ってみてるような……アキラではない!
「やらせるかよっ! 《神の宣告》を発動ォ!召喚を……」
「カウンタートラップ《神の宣告(サレム・ジャッジメント)》を発動……そしてこのタイミング……」
「墓地の、《神の放免》の効果発動。墓地から《神の恵み》を除外、《神の宣告(サレム・ジャッジメント》のライフコストを免除……」
「【神への供物(オブレーション・トゥ・ゴッド)】ってやつか……味なマネを!」

アキラ:500LP
エリー:750LP

 神の加護に護られし《神炎皇ウリア》。幻魔の一角が空を舞う。
(チィィ……やはり立ちふさがるか……《神炎皇ウリア》!)
「《神炎皇ウリア》の特殊効果を右から2番目のカードに向けて発動。消えて……」

Trap destruction!

 エリーの狙いはアキラが《自爆スイッチ》のターンから伏せ続けたカード。相手への気遣いも、自分への恐れもなく、ただただ決闘に勝つため純粋に思考を働かせたエリーの読みは清らかだった。狙ったカードの正体は《炸裂装甲》。破壊されれば守りが消える。だがその時、アキラもまた動いた。
「リバースカードオープン! 《相殺用葬祭人形》を発動ォ!」

《相殺用葬祭人形》 (通常罠)
自分フィールド上の魔法・罠カードが対象を取る効果によって破壊された時発動。場の魔法・罠カード1枚を生贄に捧げ、破壊の対象となったカードを、生け贄に捧げたカードが存在したゾーンに、そのままの表示形式で置いてもよい(裏向きの場合、相手はそのカードを確認できない)。この時、生贄に捧げたカードが魔法カードだった場合相手に500ポイントのダメージを与える。罠カードだった場合は自分は500ポイントライフを回復する。自分の次のスタンバイフェイズ、あなたはデッキからカードを1枚ドローする。

「俺はセット状態になった《光の護封壁》を生贄に捧げ、《光の護封壁》があった右端に伏せカードを移動させる! 更に! 俺は罠カードを生贄に捧げたことで、500ポイントライフを回復する!」

アキラ:1000LP
エリー:750LP

 すんでのところで《炸裂装甲》を守ったアキラ。一方、委細構わずバトルフェイズに直行するエリー。
「バトルフェイズ……………………………《メタモルポット》を攻撃表示に変更……ダイレクトアタック」
 ローレベルモンスターによる微弱な一撃。だが電撃と共に、その700分はアキラに重くのしかかる。
「ぐぅぅぅうう!」

アキラ:300LP
エリー:750LP

(ライフポイントは300。だが、ウリアはここで殺す……)
 伏せたカードは《炸裂装甲》。狙いは勿論ウリア。だが!
「バトルフェイズを終了。メインフェイズ2に移行……」
 エリーは、一切の躊躇無くバトルフェイズを終了。だがそれは、このターン攻撃を通す自信がない故の、迷いの決闘ではない。次のターン、アキラに止めを刺すが為の、攻めの決闘に他ならない。
(壷での攻撃のみ。見えていたのか。セットがミラーフォースではなく、リアクティブアーマーである、と)
「……ターンエンド」
 それは、ほんの数秒の出来事だった。エリーは、数本の分かれ道の中からアキラが最も嫌がる道を選びぬく。結果、アキラは一転して窮地に追い込まれる。恐るべき読み。このターン、アキラは《炸裂装甲》を使わなかった。いや、使えなかった。彼は、崖っぷちに居た。

(思いっきり冷や水をぶっかけられたような気分。これが、決闘十字軍、エリザベートの底力ってわけかよ。鬼の巣をつっついちまったってか? 《相殺用葬祭人形》のおかげで後一歩土俵際からはみ出さずにすんだが……すんだだけだ。次のターン、ウリアとメタモルポット、どっちに殴られても決闘が終わる。どうする……この先は俺はどうすればいい……どうすれば……どうすればこいつらに勝てる……)
 既にお互いの手札は0。場にはアキラのセットカードが1枚と、エリーのモンスターが2体のみ。ライフも2人合わせて僅か1050という極限状況。だが、追い込まれているのはアキラだった。エリーの残りライフ、750が遠い。たったの750だが、その750が果てしなく遠い。どこまでも……遠い。

「俺のターン、《無謀な欲張り》の効果で2回目のドローフェイズ・スキップ。だが、スタンバイフェイズ、《相殺用葬祭人形》最後の効果を発動、デッキから1枚カードを……」
 アキラの動きが止まる。アキラは引けない。結末へのビジョンを前にしてカードを引くことが出来ない。
(この局面、どうなる可能性がより高いか、アイツはもう読んでいるのだろうな。俺のデッキに残った戦力、奴にはその大半が見えているはず。《波動キャノン》や《ディメンション・ボム》は論外。《スクラップ・バースト》ではあと50が削りきれない。デッキにまだ2枚残っている《無血の報酬》、アレならエリーの残りライフを削りきってお釣りがくるが……絵に描いた餅、遅すぎだ。発動前に殺られる。この点、唯一見込みがあったのが《ファイアー・ダーツ》、アレなら運試しだが……どーしよーもねーな。デッキの回転速度を上げつつ、《自爆スイッチ》やらなんやらを積み込む為にサイドアウトしちまった。ハハ……アイツの攻撃前に……アイツを倒す手段が……ない)

(エリーは《神炎皇ウリア》の攻撃をやめた。その理由は1つしかない。信じられねぇことだが……アイツは俺が伏せたあの1枚を、《炸裂装甲》だと読みきっていた。俺の対応から読んだのか、表情から読んだのか、或いは両方か、俺の打つ手を読んでいた。そして一分の迷い無く俺を殺しに来た。俺は……このまま殺られるしかないのか? 例えこのドローで《無血の報酬》を引いたとしても、発動前にゲームが終わる。除去を引いたとしても、単体除去ではダブルアタックを止めきれない。俺のデッキには、全体除去として《激流葬》がまだ残っているが……例えアレを引いたとしても、アイツがこれ以上無駄にモンスターを召喚するとは思い難い。だが……)

「グレ(アキラの動きが)! グレ(止まった)!」
「3分以内にドローできなければアキラの負けだ」

(だが、まだ可能性はある。《聖なるバリア-ミラーフォース》だ。アレなら、先に伏せた《炸裂装甲》が破壊されたとしても、1枚で両方のモンスターを処理……いや……それじゃあ……駄目だ。駄目なんだ。今のアイツの顔には迷いも恐れも浮かんでいない……今この瞬間、俺の目の前に立っているアイツこそが、今まで見てきた中でも最強のアイツ。このままでは、今さっきの攻防を繰り返す羽目に……いや、もっと性質が悪い)

(俺にはもう、引いたカードをそのまま伏せる以外に策がない、なんてことは誰の眼にも明らか。コンビネーションもクソもない状況。なら、今のアイツなら、引いたカードを俺がその眼で見た瞬間、“セーフ”か“アウト”かの判別を俺の表情から読み取れる。そうだ、俺は今この状況、引いたカードによる勝敗パターンを、経験則から自然に予測できている。だが、それ故に読みやすい、か。少なくとも、ディムズディルなら見切ってくる筈だ。そして今のエリーの力もまた……くそっ! やはり俺は勝てないのか。何をやっても俺は負けるのか……)

(畜生。試合始めならともかく、万策尽きたこの場面、アイツの裏をかく手なんかどこにもない。引いたカードを、俺がこの眼で見た瞬間、破壊すべきかどうかを読みとられる。俺が見た時点で……まてよ)
 だが、相手がいかなる力を発揮しようとも、彼は折れなかった。決して、折れなかった。
(俺が……見た時点……そうか。まだやれることは……ある! だったら……死ぬまでやってやるさ。抵抗こそが……足掻き続けるのが俺の決闘だ! 最後の最後まで……足掻ききって……やるさ!)

 時計の針は既に2分45秒を回っている。アキラは遂に動いた。
「【オフェンシブ・ドロー・ゴー】最期の輝きを見せてやるよ!」
(眼を瞑った!? これは……)
「ドロー!!」
 強烈なドロー。エリーは、思わず惹き付けられた。
(ドローが……光っ……た?)
 アキラは目を瞑ったままの状態でカードを引くと、引いたカードをそのままセット。デッキに存在する全てのカードが魔法・罠であり、かつ、この状況、自ターンで使えるカードに最早価値がないことを知っていたからこそ可能な、究極のオフェンシブ・ドロー・ゴー。彼は吼えた。
「ゴーだ! だが、1つだけ言っておくぜ。俺のデッキは馬鹿だ」

【盲目抜札(ブラインドネス・ドロー)】
 現在アキラのデッキには21枚のカードが残っている。そしてアキラの場には《炸裂装甲》がセット済み。さてこの時、仮にアキラの引いたカードが特定の3種類、具体的には《炸裂装甲》、《聖なるバリア-ミラーフォース-》、《コザッキーの自爆装置》の内のいずれかだったとしよう。この時、何が起こりうるか。エリーは、一体如何なる選択肢に直面することとなるのか。

1.エリーが、《炸裂装甲(A)》をトラップディストラクションで破壊した場合
→このターン伏せたカードが《炸裂装甲(B)》《コザッキーの自爆装置》ならばダブルアタックによりエリーの勝利。But!《聖なるバリア-ミラーフォース》ならばアキラに逆転の芽が残る。
2.エリーが、このターンセットされたカードをトラップディストラクションで破壊した場合
→このターン伏せたカードが《炸裂装甲》《聖なるバリア-ミラーフォース-》ならばエリーの勝利。But!《コザッキーの自爆装置》なら、その瞬間エリーの残りライフを削りきりアキラの逆転勝利。
3.エリーが、トラップディストラクションを使用しなかった場合
→《聖なるバリア-ミラーフォース》はおろか、《炸裂装甲》の2連撃でもアキラに逆転の芽が残る。

 このように状況が分化する。無論、そのいずれもが言うまでも無く“レアケース”であり、こんなことを一々考える方がどうかしているのかもしれない。だが、アキラはそれでも考えた。微細な可能性を駆け引きの材料に用い、目を瞑って引くことで己の気配を消し去り、未知の恐怖に相手をも巻き込む、アキラは……諦めなかった。

「私のターン、ドロー……」
 アキラの、最後の言葉。そこに込められたメッセージをエリーは彼女なりに解読。その情報が引き起こす意味も理解していた。エリーが引いたカードは《グラ ヴィティ・バインド-超重力の網-》。ウリア召喚を終え、此方が攻め手である以上、最早紙切れ同然の1枚。この時、エリーは選択を迫られる。エリーは、2 枚のセットの内のいずれかを選択しなければならなかった。だが、まかり間違えば地雷を踏む可能性も『0』ではない。
(…………)
 選択せずに終えるのは愚の骨頂。彼女は、選択を迫られる。1枚は単体除去と見てまず間違いない。だが、残りの1枚に関しては、彼女の読みを持ってしても 謎でしかなかった。当然である。アキラは目を瞑って引いたのだ。もし仮に、彼女が人の心を100%文字で読める特殊な能力を持っていたとしても、その1枚 がなんであるかなどわかろう筈もない。当のアキラすら知らないのだ。そして、不自然に露骨にはっきりと「わからない」からこそ……人は好奇心を抱いてしま う。たった1枚だけ、このデュエルの流れの中から飛び出した1枚。それがただの空箱であるか、パンドラの箱であるか、或いは黄金の爪の入った宝箱なのか、 それは誰にもわからない。
(100%負ける戦いが99%に変わっただけなのかもしれない。だがアイツが……アイツがここで1%でも揺らぐなら……揺らぐなら……何かが、何かが起こるかもしれない……最後まで足掻く。それが、たった1つの……俺の闘い方だ。それだけだぁっ!)

 エリーは好奇心が強い。むしろ、その好奇心が類稀な読みを可能にしているとさえ言っていい。そして、好奇心が強すぎるが故に、どこか自分自身を恐れているといってもいい。その彼女が、ここにきて尚心惹かれるその1枚。当のアキラすら知らないその1枚。彼女は、何時の間にか引きこまれていた。

「私は……」

 1分経過。そのカードはエリーの眼に光り輝いて見える。

「私はぁ……」

 2分経過。そのカードはエリーに向けて手招きをしている。

「私は! 《神炎皇ウリア》の特殊効果を発動! トラップディストラクション! 右端のカードを破壊!」
 エリーは迷いを振り切った。自分の力で読みきった《炸裂装甲》を、ウリアの能力で墓地に送る。
「……バトルフェイズ……《神炎皇ウリア》でダイレクトアタック!」


Hyper Blaze!!


「この瞬間! リバースカード発動ォォォォォォオ!」
 アキラは勢いよく最後の1枚―『盲目の1枚』―をリバースした。最早発動条件があっているかどうかなどどうでもいいことだった。合わないカードなら最初から負けていただけの話。彼は、彼自身の、最後のドローを信じた。彼は最後の最後まで戦い続けた。この瞬間表向きになったカード、それは、勝つこと以外何 も考えていなかったアキラがこの局面、想像だにしなかったカードだった。

 

アキラ:0LP
エリー:0LP

《破壊輪》……ったく、これだから決闘ってやつは……




【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
辻褄合わせに死ぬほど苦労した、が、その結果《ヴィシャス・クロー》の領域に多少なりとも踏み込めた自分を誇りに思います。


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。

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