「これからどうしようかな……」

 元村信也。彼が翼川高校カードゲーム部に入部し、期待のルーキーとなるきっかけは相当に他人依存な代物であった。彼が入部したきっかけ、それは幼馴染の福西彩が『マジシャンズ・アヤ』などといかがわしい名で呼ばれるほどの決闘者だったからに他ならない。
 もしも彼女が『それ』でなかったとしたら、今頃の彼が翼川において決闘者と言える程のものになっていたかどうかは…どうにも不明瞭である。そのぐらい曖昧な入部であった。つまり、彼は相当適当に生きていたということになる。少なくとも傍からみればそうであった。
 しかし、信也は仮入部後、突如として投げ込まれたレギュラー選抜戦においてその類稀なデュエルセンスを発揮する。彼は『魔のCブロック』において、武藤浩司はともかく『ブレイン・コントローラー』西川瑞貴に勝利したのである。特筆すべきはやはり西川瑞貴との一戦だろう。
 『ブレイン・コントローラー』の二つ名を持ち名だたる大人達ですら退ける異能の少女・西川瑞貴に対してすら、彼は自分の心を最後まで読ませなかった。異能を退ける異常?それは『異端』と呼ぶべきではないだろうか。彼のセンスはともすると、通常の文脈では決してその真価を発揮しない類のもの―?それは誰にもわからない。当の本人にもわかっていない。
 彼が何を考えているのかは誰にもわからない。彼は、確かに表面上は『協調性』とやらを備えていたが、それが果たして本物なのかは相当に怪しい。それは彼の交友関係にも現れている。森勇一と東智恵の関係とは違い、元村信也は幼馴染の福西彩にすら本当の意味で心を開いていなかった。彼は果たして何者なのか。それはこれから明らかとなる。一つ二つの『きっかけ』によって。

第3話:相対主義的死刑執行(リレーティブ・デスペナルティ)

信也はBブロックを見ていた。いや見終ろうとしていた。デュエルボックスの中に入っている決闘者は当然のことながら二人。だがその一方、明らかに外国人と思われる眼帯の男が明らかに押している。いや、押し切ろうとしている。信也はそれを一人で観戦していた。本来はCブロック・武藤浩司の応援を考えるべきなのだが…。

「《大嵐》だ。さぁて、遂に【サイバー・ダーク】の時間が来ちまったなあオィ」
「馬鹿な……なんでそんなデッキに……」
「お前が弱いからだよ。じゃあ、行こうか。《サイバー・ダーク・インパクト!》! 《鎧黒龍―サイバー・ダーク・ドラゴン》を融合召喚だ。さぁ、俄然面白くなってきたじゃないか」

「当然俺は墓地から《究極宝玉神レインボー・ドラゴン》を装着する。さあ、今度は頑張って墓地を数えようか。不正のないようおまえさんの手でな。オイオイ数える手が震えてるぜ。大丈夫か? おぉっと日本にはそんな幽霊がいるんだったな。なら大丈夫……え? 何々……そうかい。俺の墓地にたむろってるモンスターはキッチリ10体か。さあ1000ポイントアップといこうじゃないか。どうだ? 中々壮観だろ? 虹色と真っ黒のコラボレーションだ。俺はアンタにコイツを見せたい一心で『第5期限定』の特殊ルールの中、苦労に苦労を重ねてこのデッキを組んだんだぜ。だから、もっと驚けよ!」
「な……な……。」
「あーあ、日本人はリアクションが薄いなぁーおい。人がせっかく薄氷の上を踏んづけて超絶コンボを決めようって時によぉ。そんじゃあそろそろ終わらせようか。《リミッター解除》!攻撃力をニ倍にする…だけじゃ面白くねぇよなあ。これにチェーンして《マジック・キャプチャー》だ! 手札から《折れ竹光》を捨て《リミッター解除》を回収する。連続発動! これで攻撃力は四倍。せめてこのくらいはやらないとギャラリーに失礼だろ?」
「攻撃力24000……!? 馬鹿な……この……限定戦で!?」
「限定戦だから狙えるんだよ! さあ派手に散ろうじゃないか。FULL DARKNESS BURST!! 三代に渡って誅殺の刑だ(8000×3=24000)!!」 

【試合結果】
○ダルジュロス=エルメストラ(フランス)―国枝源五郎(山形)●
得失点差:±5000

 信也の眼に映ったのは外国人決闘者の出鱈目な強さで。攻撃力24000というオーバーキルにも程がある一撃で勝利した外国人。信也はそれを何処か興味深げに眺めていた。確かに珍しい光景――
(凄いな。『アレ』を大事な初戦で組む度胸もそうだけど、それを実際に決めるのは高いプレイングスキルがあってのものに違いない。でも、最も驚くべきポイントは残りライフポイント。コンボ目的で、それなりにターンが経過したにも関らず、ライフが3000しか減っていない。一体どういう構築をすればあんなことができるんだ?あれが国外招待選手の実力!? 参ったな。見かけの上ではアレと僕が同格扱いってことになるのか。今更ながら出なきゃ良かった……かも)
 軽く考え込む信也。大体10秒程度悩んだであろうか。その間に注目の決闘者は消えていた。
「あれ? あの人は……いない? そんな馬鹿な。瞬間移動ってのは沖縄人の専売特許の筈だろ?」
 だが天というものは存外に気紛れ。直ぐに探し物は見つかる。もっともそれは、『探し物』と『探す者』の間の主客転倒が起こった上での遭遇だったのだが。信也はその男から日本語で話しかけられた。
「オイ、どうしたジャパニーズ。コンタクトでも落としたか? なんなら探してやってもいいぞ。俺の片目はいい性能してるからな。どうだ?」
「ええ。ちょっと瞬間移動したカードゲーマーを……って、貴方は!」
「俺か? 俺はさっきまでここで決闘やってたダルジュロス=エルメストラってもんだ。そういうお前は……ん? 開幕戦で見たな。確か……え〜っと。誰だったか。悪ぃ。忘れちまった」
 その男は一言で言うと異様。左右非対称のファッションと左右非対称の眼―異様な紋様に彩られた右目の眼帯―が印象的な、如何にも喧嘩に強そうな男。もっともこの場で考えるべきは決闘の強さなのだろうが、決闘が強いのは先程のアレで十分にわかっている。故に信也はその他の部分に着目していた。
(この人……なんていうか……変な『違和感』があるな。なんだ?)
 だが信也は、この『違和感』については一先ず脇に置いておく事とした。この如何にも強そう…いや、さっきの完勝のことを考えれば確実に強い正体不明の決闘者。この『外国から来た男』に対し、信也は多少思い切って挨拶をする。この男に対し多少の興味が抱いていたのだろう。
「開幕戦の事は忘れてくれて結構です。改めて自己紹介しましょう。元村信也、高校生です。それにしてもお強いんですね。攻撃力24000は圧巻でしたよ」
「相手が弱すぎたのさ。それに……最後のダメ押しはたまたまだった」
「それでも12000。十分人が死にますよ。それにしても……日本語がお上手ですね」
「喋れない奴を呼んでも面白くないだろ。少なくとも8人中4人はペラペラさ。ディムズディルに至っては日本人の数倍日本語で喋るぜ。アイツは世界一の暇人だからな」
 別に喋れなくてもどうにかなるんじゃないかと信也は少し思ったが、そこにはあまり深く触れず、代わりにもう一つ気になったことを聞いておく。せっかくお近づきになれたんだ。これは滅多にない機会。
「連帯があるんですか? 国外招待選手同士に」
「ああ。あるぜ。そうだな。暇だしお前がよければ散歩でもしながら色々話さないか? ありていに言って、俺も今暇なんだ。どうする? 俺は日本の決闘者に少しばかり興味と用がある」
 『チャンスだ』そう信也の脳は考えた。何のチャンスなのかは我ながらよくわからない。ただ、心のどこかで信也は強い決闘者と付き合いたいと考えてた。或いは初戦の負けを引きずっていたのかもしれない。もっとも、彼と同様、信也がただの暇人だっただけなのかもしれないが。
「構いませんよ。僕も外国の、強い決闘者には興味があります」
「おだてても何もでないぜ。じゃあ行くか。まずはアッチだ」
 そういいつつ、2人は目的を定めず歩いていった。

 ―Dブロック―

「オイオイ見ろよ。『東北の大食漢』森 盛太郎がヤバイことになってるぜ」
「オイお前ら早く来い! デカイ一瞬を見逃すぞ!」
「凄い事になったぜ! こりゃいきなり大会記録がでるか!?」
 その場所は既に大騒ぎになっていた。先程ダルジュロスが決闘した際にも、最後は大勢のギャラリーがひしめいていたものだが、この騒ぎはそれを更に上回っていた。疑問に思った信也は近くの決闘者にこの騒ぎの『原因』を問いかける。この騒ぎはどう考えても尋常ではない。
「どうしたんですか?」
「今大会の優勝候補の1人にして東北屈指の決闘者・森盛太郎。あいつお得意の『コナミタワー』以上の『コナミタワー』を作りやがった大馬鹿がいるんだよ。デッキの合計枚数128枚。信じらんねぇぜ。それも……うわっ! 決まりそうだ。後はてめぇで確認しろ! じゃあな!」
「全くどうしたってんだ? うぉっ!?」
 その慌しい光景に多少呆れつつ決闘を覗き込むダルジュロス。だがそこでは凄まじい決闘が繰り広げられていた。いや、これはもはや決闘とは言いがたい。どちらかというと公開処刑だ。
「《キメラテック・オーバー・ドラゴン》の攻撃力が……32800! 馬鹿な。あ、ありえない。」

 森盛太郎なる男が今にも絶叫しかねない様子で眼前のソレを眺めている。それはそうだ。どう考えてみても尋常一様な光景ではない。この『異常』に対し、ダルジュロスはまるで祭りでも見るかのような調子でワクワクしながらそれを眺めている。彼はこの状況を一瞬にして悟っていた。
「おっ! 随分と派手なワンキルじゃないか。どうやら課題は『デッキ枚数100枚以上』とかその辺りだな。しっかし参ったな。俺のが霞んじまうじゃないか。なあ、シンヤ。アイツは一体何者だ。同じ日本人ならあの決闘者に心当たりがあるんじゃなのか?」
 信也は頭の中を軽く検索し答えを出す。『びんわんまねぇじゃあ』によって予め与えられた情報によれば、こんなことをやる人間は大会広しといえどもそういない。脳内コンピューターはそのように告げていた。
「あれは…チエさんに教えてもらった通りだとするとおそらくは『ドローフェイズ・パニッシャー』仲林誠司さんだと思います。なんでも1キル専門のデッキビルダー。優勝候補の一人らしいです」
「ほぉう。『ドローフェイズ・パニッシャー』か。中々いかしてるじゃないか。すくなくとも俺のよりはご機嫌と言えるだろうな。なんたって俺のはろくなもんじゃねぇ。半ば蔑称……」
 そう言いかけて口をつぐんだダルジュロスに対し、信也が興味ぶかそうな顔で話しかける。
「通り名とかあるんですか?」
「場所によってはな。ま、いつか教えてやるよ。それより試合だ。俺もまだ3万越えのアレは見た事がない。こいつはちょっとした見物だな。対戦相手がショック死する姿が拝めるかもしれないぜ。」
「さぁーって皆さん、死刑執行のお時間です。それではいってみましょう…!!」
「あーあーかわいそーに。死ぬなありゃ」

 それはそれは酷い光景だった。おかしな攻撃力に膨れ上がった《キメラテック・オーバードラゴン》は、対戦相手森盛太郎のライフを削り取るどころか、生まれ変わってもまだ墓場で強制労働というこの世の地獄を体現したかのような一撃で、その攻撃対象を文字通り消し飛ばしてしまった。お互いに「タワーデッキ」を組み、泥試合となったがゆえの惨劇である。
 しかしこの大会は何処もかしこも気が触れている。如何に特殊ルールとは言え ―例えばその時の課題は『タワーデッキ』だったとはいえ―こうも頭のおかしな状況が連発するものだろうか。だが僕はその時知らなかった。これがまだ序の口でしかなかったということに。
 ―元村信也『決闘大会日誌』より抜粋―


「し、試合終了。仲林選手の勝利です」

【試合結果】
○仲林誠司(兵庫)―森 盛太郎(青森)●
得失点差±1200

 対戦相手は既に真っ白になっていた。果たしてこの大会中に再起できるのだろうか。多分無理だ。
「ヒャッホウ。今日はなに食おっかなっと。やっぱこういう日は定番のあれかな?」
 大勝利に喜ぶ仲林を尻目に、信也が軽く呟く。
「凄いなー。僕にはとてもあんなことできないですよ……ってゆーか僕【スタンダード】しかまともに扱えるデッキがないんですよね。ホント駄目だなぁ。なんで……」
「ああん? お前なんでこの大会に出てきたんだ?【スタンダード】って要は【グッドスタッフ】だろ? 一つだけ? 予選はどうした? 予選はそんなんでもどうにかなるのか?」
「えぇと……実は僕も『招待選手』なんですけど。国内の。こんなことになるとはよく知らなくて……」
 信也は如何にも『言いにくいことをボソボソと言う』調子でその事実を告白する。だがダルジュロスの反応は信也の予想を遥かに上回っていた。彼は大声で笑うが、その笑いは『嘲笑』のそれではなかった。

「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!! 特別ルールの大会にたった一個のデッキしか使えん奴が招待されたってのか。随分と面白い話じゃないか」
「え、ええ。正直場違い感が……」
「いいじゃないか。そんなやつが1人や2人いた方が面白いかもしれないだろ? アイツだって…ディムズディルの奴だってきっとそう言うさ」
「え?」
「さあシンヤ。今度はアッチのフリーデュエルスペースに行こうじゃないか。その『一本』がどの程度のものか見てやるよ。異存はないな。もっとも、例え異存があろうとも連れていくつもりなんだが、な」
「いや、でも見せるほどでは……。あ、ほら、お仲間さんの応援とか……」
 大分卑屈になっている。どうやら軽く自信をなくしていたらしい。だがダルジュロスはそんなこと露ほども気にしない。信也の手を引っ張って無理矢理デュエルスペースに連れて行く。
「いいんだよ。どうせあのクソッタレ共が予選で負けるわけねーんだからな」
「いや、そっちじゃなくてこっちの……」
 マイペースな外国人に手を引かれ、信也はどっかに消えてった。

変なことになったな……。


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
単なる全国暇人選手権の様相を示してきました。前途多難。



↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です

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