西川瑞貴は眼を覚ましていた。あっちの世界にいっていたのはほんの20秒程度。だが、ショックは抜けない。【完全記憶が】、【瞬間記憶操作】が、更には【高速連鎖計画】までもが破られた。そのショックで瑞貴はうなだれている。本当はここまでやるつもりはなかった。だが、気がついたらここまで来ていた。そして破れた。ディムズディルは、そんな瑞貴を一瞥すると、やや呆れた表情で瑞貴に話しかけた。そこには、先程までの殺気は微塵も伺えない。この数分の間に、興が冷めてしまったかのように――
「さて、第4戦までが終わって見事にイーブンなんだが、このまま第5戦に行くのはちょっとよろしくないらしいな。折角だから第4戦までの感想戦をやろうか。なあ“ブレイン・コントローラー”」
 瑞貴の様子を見かねたディムズディルが決闘途中での感想戦を提案する。瑞貴の側には是非もなかった。数分間の休みでいくらか回復したミズキは、どうしても尋ねたい事があるとばかりに、ディムズディルに向かって日本語で質問を開始する。彼女は無言の内にディムズディルの提案に同意していた。
「なんで……なんで私の【完全記憶】が……【瞬間記憶操作】が敗れたの?」
 瑞貴は率直だった。もはや水面下で探りを入れるような真似をしても始まらないとばかりに言葉を連ねる。だが、彼女の眼の前の男は、やはり一筋縄ではいかなかった。
「ああ、やっぱりそんなところだったのか」
 ことも無げに喋るディムズディルに対し、瑞貴が困惑の色を深める。
(この男は全てを見抜ききったわけではなかった?)
「君の気配の変化がどうもおかしいと思ったんだ。だから違和感の元を決闘しながら突き止めつつ逆用していった。僕は神様じゃない。右から左に対策を用意できるわけじゃない。ただ、僕は常に現場主義の決闘を心がけている。現在進行形で君の変化を追い、決闘を修正していった。それだけのこと」
「それが……わからない。『変化』? 私の……何処が……?」

「何処が!?いや……まぁ……世界は……慈愛(自愛)に……満ちてるもんな。そういうこともあるか」
 困惑する瑞貴だったが、一方のディムズディルは笑みを浮かべていた。彼はおかしくておかしくてたまらないといった表情をしている。彼は、笑いを堪えながら話を続けた。
「“ブレイン・コントローラー”。どうやら君には自分自身が見えていないらしい」
「自分……自身?」
「そうさ。もし君がこの決闘に臨む前、一度でも事前に『本気で決闘に臨んでいる自分自身』の顔をビデオにでも撮って確認していたとしたら、少なくとも今のような事態には陥らなかった」
「どういう……こと?」
「簡単なことだ。君は、【瞬間記憶操作】の前と後で顔つきが全く変わっている、ただそれだけのこと。わかりやすく言ってやろうか? 君の手品が発動した、そのターン以降、君の眼線はデッキに釘付けになっていた。普段より0.02ミリ程目が泳いでいた。あれでは『私は今デッキ周りで変なことをやっていますので警戒してください』と言っているようなものじゃないか。もう少し言うと、3戦目の時より僅かに身体が前のめりになっていたが……まあこの辺でいいだろう。気配も違う。表情も違う。おまけにターンの進行ペースも違う。気にするなという方がどうかしている」

 事も無げに言ってのけるディムズディルだったが、それは類稀な観察眼の証明に他ならなかった。彼の観察力・洞察力は、事前に瑞貴が予想していた規模を遥かに超えていた。
(間違いない。彼は、このレベルの読みを『日常』としている。それはわかった。でも……)
 だが、瑞貴は胸の内にもう一つの疑問を抱えていた。そしてそれこそが、瑞貴を困惑なさしめている主要原因に他ならない。瑞貴は、ディムズディルに対し更なる問いを投げかけた。
「で……でも、例え見破ったとしても、それは私が【瞬間記憶操作】を終えた『後』のことでしょう?貴方はあの後デッキに触れさえしなかった」
 『水面下の作業を嗅ぎ付けられていた』そのこと自体は、確かに屈辱ではあるが瑞貴にとってこの世の出来事の範疇から外れることではない。ばれるものはばれる。100%完璧なカモフラージュなど存在しない。だが、デッキに触りもせずになぜ自分の技が破られるのか。その疑念が瑞貴を困惑なさしめていた。
「そうだな。君が《抹殺の使徒》を使ったあの時……ちょっと動きが怪しかったので、念の為、2枚程君の死角をついて摩り替えておこうかと直感したのは事実だが、結局はそのままにしておいた。確かに僕はあれ以降、デッキを操作しなかったことになるな」
「ならなんで!」

「駄目だ! もう限界だ!」
 納得のいかない瑞貴が声を荒げる。だが、瑞貴が思わず叫び声を上げたその瞬間、ディムズディルが構内中に響き渡るのではないかというぐらいの大声で笑い声を発した。まるで気が狂ったかのように。彼は椅子から転げ落ちて笑い転げた。
「何が……おかしいのよ!」
「ああゴメン。悪かったよ。でも、これは傑作だ。有能と無能を高い次元で掛け合わせると、どうやら楽しいことになるらしい。君は本当に過去しか見てないんだな。これは重症。現在すら過去として生きている。君は過去の有限性を無限と信じ込んで生きているみたいだ」
「え……それって……」
 ディムズディルの突然の言葉に更なる困惑を深める瑞貴。彼女は疲労も相まって頭を整理できずにいた。そんな彼女に対し、笑いを抑えきったディムズディルはさっきより幾分丁寧に語り掛ける。もっとも……その内容は止めの一撃だったのだが。彼曰く真実はこうだった。
「簡単な事だよ。僕はあの時手札が3枚だったにも関らず、左手に2枚しか持っていなかった」
「ふぇ?」
「笑えるだろ。僕はカードを引く前予め左手に持っていたカードを1枚右手に握りこみそのままの状態でカードを引いた。そして引いたカード―《炸裂装甲》― と握りこんだカード―《ギガンテス》―を摩り替え……握りこんだカードを場に出した。僕の掌は広いからね。カード1枚隠すぐらいはどうってことない。どうだ? 簡単だろ? つまり【瞬間記憶操作】は、客観的には破られていなかったってわけさ」

 ディムズディルによって明かされた、単純明快な真実。その内容を要約するならば、『デッキが固定されているのでドローを摩り替える』とでも言おうか。あまりに単純な摩り替え劇。無論、それなりのカード・テクニックあっての荒業だろうが……。瑞貴は唇を噛んで悔しがる。なんでそんな簡単なことに気がつかなかったのかと悔しがる。聞けば聞くほどに彼女の苦悩は深まっていた。
「君が今何を考えているか当ててやろうか。『何故こんなことに気がつかなかったのか』違うかい?」
「その……通りよ。なんで……こんな簡単なことに……。」
「『簡単なこと』……か。確かに簡単だが、同時に君では決して気がつけないトリックでもある。或いは地球上で君が最も気がつきにくい人間だったと言ってもいい。事実、僕は横で暇そうにつっ立っているあのマックス君に気がつかれやしないかと冷や冷やしていたよ。無論、全くの杞憂だったが、それでも君に対してよりはいくらか警戒していた」
「え?」
「何処の誰が気づいても、他ならぬ君だけは決してこの摩り替えに気がつけない。その『死角』に自信があったからこそ、僕はあの、子供騙しを仕掛けることができた」
「どういうこと?」
「最初に言ったことと同じことなんだが、それを君に理解させるには多少の手続きを要するな。優秀と煽てられる奴ほどこういう部分に気がつかない。まぁ、1つづつ解決していこう。僕はさっき、『君が【瞬間記憶操作】を行った以降のターンが不自然だった』と言ったよな」
「え……ええ。私の動きが不自然だったんでしょ。自分ではわからなかったけれど……」
「じゃあここでクエスションだ。あの時の君に関して最も不自然な瞬間は何処だったと思う?」
「え? 『最も』不自然?」
 突然の問いに言葉が詰まる瑞貴。ディムズディルの言うとおり自分自身の癖は見えにくいものである。だが、他人であり、類稀な観察力を持つディムズディルには全てが見えていた。
「決まってるだろ。僕がカードを引くその瞬間さ。【瞬間記憶操作】を完成させた君の眼は、あの瞬間デッキに釘付けとなっていた。無意識の内に、自分の操作が正常に行われているかが気になっていたんだろう。それこそ、僕の左手に握られていたカードが1枚少ない事に気がつかないほど……だ。僕はその時『ブレインコントローラーがデッキを操作している』と100%確信した。残りの1%が埋まった記念すべき瞬間だ。そこからは簡単だったとしか言いようがない。君がそれほどまでにデッキに固執してるのなら、こちらはそれを逆用してやればいい。まずは弁論やら何やらで君の眼をもう1段階強くデッキに固定する……と同時に左手からカードを1枚右手に堂々と移す。その後、右手でカードを引いて即摩り替える。この際、右手を一度天に向かって振り上げればなお良しだ。右手からデッキまで淀みなく君の目線を誘導できる。何気の利いた決め台詞が付けば+20点くらいか。実に簡単」
 ディムズディルは惜しげなく真実を明かしていく。そこに嘘偽りの類は見えなかった。だが、瑞貴はそれでも納得しない。彼女は食い下がった。いや、食い下がりたかった。
「確かに、確かにそれで私の眼を欺くこと、それ自体は可能かもしれない。でも! 右手に残ったカードはどう処理していたの。あれが……」
「君が《ギガンテス》を見た時のショックは、僕から見れば爆笑ものだったという事実に思いを巡らすといい。僕が《ギガンテス》を出したその瞬間、君の眼は《ギガンテス》に―まるで恋でもしたかのように―釘付けだった。そんな君の眼を盗んで右手のカードを左手に移すなんて《ワイト》の骨を折る位容易い事だ。それが君の死角―『【瞬間記憶操作】を実行中であるが故に【瞬間記憶操作】破りに気がつけない』。それじゃ神に幾分遠いな。最初に言っておいただろ。君の家の奥行きは『無限』でも、その入り口は『有限』だと」
(『家の奥行きは無限でもその入り口は有限』……それってまさか――)
 この瞬間、聡明な瑞貴は全てを理解した。ディムズディルは最初からその死角を狙っていたのだと。彼女は唇を噛み締めながら呻くように喋りだす。
「家の奥行きは私の記憶力を指し、入り口は私の視野の広さを指している。私の記憶力は『無限』でも、私の情報収集能力は……視界は『有限』。そういうことね! 私の……私の精神的な視野狭窄が敗因だと」

「おめでとう。百点満点だ」

   

第17話:灰色の魔王(グレイ・ブラックマン)【後編】


 ディムズディルは再び喋りだした。その姿には先程の威がにわかに浮かび上がっている。彼は勢いよく喋った。彼は本当に楽しそうだった。もっとも、瑞貴にはそれを窺い知る余裕などなかったのだが――

「一目会った時から感じていた。君の眼は過去しか見ていない人間の眼だ。そして君は、自分の『無限』があれば全てを入れてしまえると思っている。随分と余裕だ。けどな! 君がどんなに優れた無限の脳を持っていても、その視野の狭さでは入る情報も知れている。だから『4枚目の炸裂装甲』に引っかかる」
 4枚目の炸裂装甲。【高速連鎖計画】が脆くも崩れ去った象徴的出来事――
「貴方は……私がデッキと墓地から手札を絞り込むことまで考慮に入れた上で行動した?」
「正確には『君が【瞬間記憶操作】とやらを破られたと思い込んだとしたら、十中八九残りの情報を用いて埋め合わせを行う筈。ならば其処を利用してやればいい。何故なら実際に破るよりも本人が破られたと思い込んだほうがより火種を大きく出切るからだ』と言った所だ。もしも僕ならあの瞬間、デッキ周りの情報はこの際1度白紙に戻す。言われて見れば当然だろ? たった今、爆薬と化したデッキを、過去のロジックの延長で捉えるなど愚の骨頂。だが君はそれを怠ったまま勘定計算を続けた。白紙に戻すということすら考えられないほどに君の視野は狭過ぎた」
 視野が『狭い』。生まれてこの方記憶容量の『広さ』を賞賛され続けた彼女にとって、其れは強烈なハンマーだった。彼女の手は震えている。だが、それでも彼女は、ディムズディルに向かって復讐戦を申し入れた。その目には決意がにじんでいる。其処には刺し違えるくらいの覚悟すら窺えた。
「第5戦……今すぐ私と勝負してください」

「断る」
「なんで!」

「3つだ。重要じゃない方から先に伝えていこう。まず1つ。僕は常に現在進行形の決闘を心がけている。そんな僕に、過去形である君が追いつくことは不可能だ。記憶とは所詮過去の寄せ集めに過ぎない。そこにある全てではない。何故なら世界には『時』という概念がある。『時』がある以上、如何に君が記憶を繰り返そうと世界は瞬く間に更新される。君の視界が『有限』である以上、現在同時多発的に発生する事象の全てを君が把握する事は不可能。従って君の脳が全てを包括することもまた不可能。『無限の脳髄』も『無限の視野』がなければ完璧ではない。だが、君は自分の能力を過信しすぎた。無論、君が神同様あらゆる事象を発生と同時に把握することが出来れば話は別だろうが……『ブレイン・コントローラー』、君の視界は他人よりもむしろ狭い。何故なら君は現在を生きる力に欠けている。そんな人間の相手をこれ以上する気は今の僕にはないな。大宇宙を規範とし、無限に膨張する事を生きがいとするこの僕には……」
 瑞貴は、最後の数行にツッコミを入れることすら放棄して呻く。
「そんな……」
「これが建前。そして今、現実的な問題として君と決闘できない理由があと2つ残っている」
「2つ……」
「1つ。この決闘は長すぎた。途中で解説を挟んだ所為で予定を大幅に過ぎている。実の所、僕はもうすぐ人と合う約束をしているんだ。僕は団体様の集合時間には遅れても、個人の約束には決して遅れないことをポリシーにしている。それに会う人間も会う人間だ。彼女は好奇心の塊だから、もし僕が遅刻しようものなら他の者についていってしまう可能性がある。それだけは避けたいところなんだ。と、いうわけで残念ながら君の相手は出来ない。第5戦目は君の不戦勝だ。中々楽しかったよ。それじゃあ……」
「待って! せめてもう一つの理由を……」
 瑞貴が言い掛けたその瞬間、ディムズディルは瑞貴の額に己の額を近づけ、静かな調子でこう言った。
「君を今ここで潰したくはない。こういえば満足か?」
 一言そう言うと、ディムズディルは瑞貴から顔を離し、勢いよく身体を反転させる。彼は叫びながら走り、走りながら叫んだ。その表情はかってないほどに明るかった。
「もし君が今以上に成長し開花の時を迎えたのならば、その時こそ決闘だ! 君さえその気なら、僕は全身全霊をかけて殺りあうつもりだ! じゃあ機会があったらまた会おう。期待してるよ!」
 ディムズディル=グレイマンは疾風の如き勢いで去っていった。その後、折り目正しく叩き割られた窓ガラスが発見され、その下に何処から仕入れたか1000ドルが置かれていたのは公然の秘密である。

西川瑞貴と、ディムズディル=グレイマンの出会いであった。

――――

「これが私の『記憶』する全て。これが私の記憶する…
『Gray Blackman』ディムズディル=グレイマンの決闘よ」

西川瑞貴が話を終えたとき、翼川メンバーは静まり返っていた。少々気まずくなった西川瑞貴は、自分で言葉を継ぎ足すことにする。その調子は何処か暗い。
「最終戦績3勝2敗。でも、もしあそこで間髪いれず第5戦目に臨んでいたら私は潰されていたかもしれない。事実、彼が消えた後私はその場に倒れ伏してしまった。それから1時間して目覚めて……私はマックスに、彼について何も聞かなかった。心の何処かで夢だと思いたかったのかもしれない。でも彼は今日あそこにいた……ごめん。ちょっと驚いちゃった。もう、大丈夫だから……」

 瑞貴が話を終える。信也は辺りを見回した。浩司は驚いている。聖は驚きたいのをやせ我慢している。智恵は呆れているとでもいったところか。大将である森勇一の表情は、信也の角度からは読み取れなかった。そして、当のの信也自身の注意は、彼の一派である一連の決闘者達に向けられていた。
(僕は、勝てるのか? 決闘十字軍とやらに……次の対戦相手『電獣』ヴァヴェリ=ヴェドウィンに――)

 その頃、千鳥の一撃を喰らったグレファー=ダイハードは、雨の中野ざらしになっていた。



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
あ「ふと思ったんだが、そもそもディムはいったい何しに大学まできたんだ?」
そ「えぇっとぉ……コーヒーブレイクと食後の運動(カードゲーム)じゃない?」


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。

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