「……と、そんな具合だ。どうだ?『ブレイン・コントローラー』西川瑞貴は面白い決闘者だろ?」
 ディムズディル=グレイマンはひとしきり熱弁を繰り広げた後、軽い調子でアキラ達に話を振った。彼の話はテンポがよく、内容も興味深いものであったため、眠くなることこそなかったが、よくもまあ1時間も喋りに喋ったものである。
 山田晃は、その時抱いた素直な感想を彼に伝えた。
「アンタ……やっぱ強ぇんだな。あのミズキまで負かすなんざ半端じゃない」
 アキラの言葉の質は“賞賛”。普通、言われた側は喜ぶものである。だが、彼の反応は違った。
「話が繋がってないな。今の今まで僕は西川瑞貴について1時間2分34秒懇々と力説した筈なのに、なんで僕の話が出てくるんだ? おかしいだろ」
 彼は強烈に不満気だった。情がわこうが、時間がなかろうが、負けは負けだと言いたいのだろうか。
「ディムズディル、お前らしいといえばらしいが、らしくないといえばらしくない結末だったな」
 瀬戸川千鳥が脇から口を出す。彼女はほんの少し不満気だった。
「最近の悪い癖だ。それはさて置きアキラ。君の反応は不合理そのものだ」
「いや……それは……ああ、そうだ。俺は昔アイツとチームメイトだったから、アイツのことは結構よく知ってるんだ。勿論、【完全記憶】についてもな」
 不合理なのはお前の存在だと突っ込みたいのを『ぐっ』と我慢して山田晃は話を逸らす。よくよく考えればこれはディムズディルにとって新情報。驚くに違いない。
「同僚? なんだ。それを早く言え」
「悪い悪い。アンタがあまりにも話したがってたんで言いそびれた」
「全く、どうりでノリが悪い筈だ。君が【完全記憶】と聞いて疑いすらしなかったのが、さっきから気になって気になって仕方がなかったんだが、これで合点がいった。そして、これで君とも話しやすくなったというものだ。知り合いの知り合いが知り合いなら、色々知り合いやすいというものだ」
「そうか? アンタ、そういうことを気にする人間には見えないけどな」
 気になっていた割に話を止めようとしなかった人間に、そんな感性が備わっているとは思いづらい。
「君が気にするかもしれないだろ?」
「成る程」
「そろそろコーヒーが飲めるようになっている筈だ。飲もう」
「……そろそろっていつの話。もうとっくに冷めてるぜ」 

―閑話休題―

「さて、そろそろ聞きたいんだが……君はなんでここにきたんだ?」
 ディムズディルがこう聞いた際、アキラは怪訝な表情を浮かべた。それもその筈……。
「なんでって、アンタが誘ったんだろ。今より強くなりたいならうちの門をたたいてみろって」
「それでのこのこ来たのか? 別に騙して売り飛ばす気はないが、よく来たな」
 言われて見ればその通り。アキラは、この瞬間口を紡ぐかどうか迷ったがそのまま言った。
「……たいんだ」
「ん? どうした?」
「俺は勝ちたいんだ。『森勇一』に勝ちたい。そのためなら藁にだってすがるさ。なにせアンタは……俺より強い。それが今俺にとっては一番大事なこと、それだけだ」
「森勇一? ああ、さっきミズキとタッグを組んでいた、千鳥に勝ちそうだった男か」
「私は負けん! 続ければ我が勝っていた!」
 突っ立っていた千鳥が横槍を入れるが、ディムズディルは無視して話を進める。彼の関心は1つ。
「千鳥相手に少なくとも五分。それなりに強いんだろうな。少しばかり会話してみたが、少なくとも雑魚の雰囲気は纏っていなかった。だが……そこまで強いのか?」
 『そこまで』。無論それはアキラがそこまでしてまで勝ちたいと思う程か否か。即答だった。
「ああ、強い。俺が知る限りでは、西川瑞貴にだって勝ってる」
「西川瑞貴に森勇一か。いや、他にもまだ見ぬ強者がいるかもしれない。千鳥、面白くなってきたな。初日は相手のあまりの弱さに悶絶しそうになったものだが、これなら結構期待できるかもしれない」
 ディムズディルがどこか嬉しそうな表情で千鳥に語るが、千鳥は「やれやれ」といった表情。
「否定はしない。が、我は最初から知っていた。日本人のカウンター使いで森勇一を知らぬ決闘者などいない。まだ若いが、生粋のカウンター・プレイヤーとしての実力は折り紙つきだ」
「カウンター使いという呼称には大して強いイメージがないんだが……それは結構楽しみだな」
 この時、身近なカウンター使いであるところの千鳥が多少イラついた表情を浮かべる。知っている。間違いなくこの男は、今の発言が千鳥をおちょくるものだと知っている。知った上でおちょくっている。千鳥はおでこに皺をよせ反論しようとするが、丁度、そこにタイミングよくアキラが割ってはいった。
「なぁディムズディル。期待ってなんだ?」
「言葉通り。いい決闘は相手が強くないとできないだろ?それに……」
「それに……なんだよ」
「仮にもこの大会を企画提案した身としては、低レベルに終わってもらうと哀しいものがある」
「へぇ、アンタがこの大会を……」

 

「……」

 

「…………」

 

「………………」

 

えぇっ!?

 

 それは実に響きのいい「えぇっ!?」であった。

第18話:中央に集った特別の七人(スペシャル・センター・セブン)


「そんなに大声を上げるな。下に響くぞ」
「け、けどよ。まさかアンタが……この大会を立ち上げたってのか?」
 アキラは慌てる。当然といえば当然だった。一体この男は何者なのか。
「不公平を危惧しているなら安心しろよ。僕がやったのは『企画提案』だけだ。僕に有利にならないよう、具体的なルールや日程については他の連中に委任した。一例を挙げると、実際の大会運営は僕の友人である中條幸也という男がやっている。開会式でなんか色々つまらないことを喋っていただろ? あれがそうだ。もっとも、ここだけの話、彼が日本人をやっているのはちょっとした不満だった。彼が日本人だという事はそれ即ち日本開催ということだからな。ちょっと前までは、それが僕の中で微妙な影を落としていた。僕が知っている日本人というと、瀬戸川千鳥とかそこら辺だったんでな」
「ディムズディル!」
「冗談だよ冗談。ただ全体的なレベルに関してはそれほどよくは知らなかったからな。とにかく……だ。彼ならば何の問題もなく大会を成功に導いてくれるだろう。従って、僕らはただ会場へ行ってあくせく決闘していればいいというわけだ」
 さらっと、あまりにもさらっと語られた、ある意味で衝撃の事実。
「ん? アキラ……どうした?」
 この時、アキラは意を決して今まで聞きたくてたまらなかったとこを聞く。彼は率直に尋ねた。
「アンタ……一体何者だ?」

「決闘者だ」

 0.2秒で帰ってきた身も蓋もない返事。だが、アキラが聞きたい内容はそんなことではない。
「いや、それはわかってるんだ。だけど、さ。そうだな……そもそも……なんでアンタはこの大会を企画したんだ? どうやってアンタはそんな企画を通したんだ?」
「なるほど。そういうことか。僕等は知り会って間もない。当然、聞きたいことの一つや二つ生まれるだろう。そうだな。じゃあ1つづつ順番に返答していこうか。まずは前者だが……これについては言うまでもないな。『そっちの方が面白そうだったから』だ。それ以外の答えなどありえる筈がない」
「ああ……そうか。わかった。じゃあ、次だ。なんでお前はそんな企画を通せたんだ?」
 半分失敗だった最初の質問に見切りをつけてアキラは肝心の部分を問う。だが、アキラはその数分後、今の問いを心の底から後悔することになる。
「アキラ、君は『スペシャル・センター・セブン』という概念を知っているか?」
「いや……知らないな。全くの初耳だ」
 その時、ディムズディルが話した内容をアキラは忘れない。永遠に忘れない。
「『有史以来世界最大の企業』とすら称された極大企業『KONAMI』。だが……そのあまりに強大過ぎる『力』を抑制する為か、或いはなんか色々暇だったのか、『KONAMI』の内部には裏の7人委員会が設置されている。それが『スペシャル・センター・セブン』。その名称の由来は……君も日本人ならもうわかるだろ? 元々は日本発の企業であった『KONAMI』。その『KONAMI』を日本数字に直すと『573』。その中央に位置する『7』に因んで生まれたのがSCS(スペシャル・センター・セブン)って話だ。そしてこの僕は、その内の1人として『実戦』担当を勤めている。それだけの話だ」

【中央に集った特別の七人(スペシャル・センター・セブン)】
@『KONAMI』の内部におかれた特別監査組織の名称だが、その実態は『KONAMI』に対する『裏KONAMI』と言った方がいくらか正確であろう。彼らは強力な権限と能力を持ち、歴史の裏から『KONAMI』を操作してきたと言われている。無論その構成員もまた常識を超えた存在である……と言っても決して過言ではあるまい。彼らは世界中を飛びまわり、日々独自の感性を持って決闘新興の為の決闘活動を行っているのである。故に『中央に集められた』とは言ってみれば一種の暗喩……彼らのいる所こそが常に『中央』なのである。
A『決闘豪帝(バスター・エンペラー)』『孤高決闘同調能力者(アルーフ・サイコメトラー)』『G線上の奇行士(G・トリックスター)』『チベット密教最後の狂人』『脱構築型デッキ構築の申し子』『斬鉄盤(ディスク・ブレード)』『グレイ・ブラックマン(灰色の魔人)』といった決闘狂人らによって構成される地上最強の決闘集団。彼ら7人揃えば世界情勢が変わるさえ噂されているが、その実態は未だ謎に包まれている。

「最初はあいつらも大会に呼んで、帰り際に同窓会でもやろうかと思ったんだが、あいつら僕と違って普通じゃないからな。大会が事業的な成功を収められないようでは僕自身がちょこっと困る。結局、あいつら全員を召集するのは取りやめたんだが、その結果、当初はプレイヤーキラーもどきとして用意した枠がガラガラに空いてしまった。それならば、ということで僕が知り合いに打診して決闘者を集め、改めて適当にその枠を埋める事にしたってわけだ。もっとも、僕には残念ながらあまり人望がない。上手い事集まるかどうか当初は多少不安だったんだが……金につられた強欲共がうようよと沸いてきた。そんなこんなで、蓋を開けてみればあっさりといい具合に世界から決闘者が集まってくれた。で、折角だから名前も付けようということで僕が辞書を適当に開き、最初に見つかった単語を使ってネーミング完了。決闘十字軍の誕生というわけだ。相当掻い摘んだが、大体こんなところかな」
「掻い摘みすぎだディムズディル。大体金の為に這いよって来たのはベルクだけだ。エリーは楽しむため、ダルジュロスは暇潰しの為、ヴァヴェリは若者の生気を吸収する為、グレファーは快感を味わう為、ピラミスは王朝の威光を示す為、そして我には修行の成果を示す為という目的がそれぞれ立派に存在する。誤解を与えるような真似は慎んでもらおう」
 千鳥が律儀に補足するが、その際の晃は半ば話を聞いていないも同然だった。彼は頭を抱えている。
「どうしたアキラ。頭など抱えて持病でもぶり返したか?」
「いや……そういうことじゃない。その……なんだ。その話……いや……すまん」
 山田晃は迷い込んでいた。思考の異次元空間に迷い込んでいた。「『KONAMI』に対する『裏KONAMI』」の時点でもう何がなんだかわからない。完全に切羽詰った彼は話題を変えることでその場をなんとか乗り切ろうとした。彼もまた一角の男である。

「わかった。わかったよ。まぁ、この際お前らがどんな素性をもっているのかなんて良く考えたらどうでもいいな。俺にとって本当の問題は……俺が強くなれるかどうかだ」
「そうだ。わかってるじゃないか。決闘者にとって大事なことは、結局の所決闘だ。存分に強くなれよ」
「なれるのか? この短期間に」
「君の決闘は荒い。だが、だからこそ、今すぐにでも見えるものがある。だからこそ、声をかけてみた」
 アキラが押し黙る。確かに自分の決闘は荒いのかもしれない。だが、それも長く決闘を続けた結果の荒さである。今更どうこうなるものなのか。だが、その時だった。ドアが開き元気のいい女性の声が響き渡る。不意を突かれる晃。

「Guten Tag!」
(なんだ……女? 普通の?)
「ああよかった。ディム達がまだここにいて」
 其処にいたのは山田晃と同じくらいの年頃の女性。所謂金髪美人である。そこにいるだけで場が華やぐ為、野郎衆なら大抵はその登場を歓迎する事だろう。
(ナイスだ!)
 だが、この時の晃は、『彼女が美人である』ということではなく『この異次元空間の中にまともそうな人間が1人増えた』という理由で彼女の登場を歓迎した。相当に蝕まれていたことがその辺から伺える。
 今の彼にとって顔の美醜はこの際関係なかった。世界を股に駆ける怪人物・ディムズディル=グレイマンと月面宙返りしながら賽を投げる女・瀬戸川千鳥。ファッションセンスからして何かがおかしいこの2人によって構成された異次元空間に一個の風穴が空いた。
 山田晃にとってはそれこそが何よりも好ましいことだったのだ。彼女は上から下まで至って真っ当な外見をしていた。それがアキラにとっては救いだった。
「エリー、ここに何か用か?」
「忘れ物取りに来たんだけど……ねぇディム何やってんの? その人は誰? 確かどっかで見かけたような気がするんだけど…」
 その女性、“エリザベート”は開口一番そこにいた見知らぬ男のことをディムズディルに聞く。ドイツ語なのでアキラがその会話を聞き取る事は出来なかったが、雰囲気と仕草で大体何を言ってるかは理解できていた。眼に入ったものの正体を真っ先に尋ねるあたり、相当に好奇心が強いらしい。

「『山田晃』Nブロックの決闘者だ。アキラ、紹介しよう。彼女はエリザベート。Gブロックの決闘者だ。確か昨日はサイトウなんちゃらとか言う決闘者に勝利している。面白い決闘をする娘だ」
 アキラがその自己紹介を聞いてこちらもまた興味を抱く。知った名前がまた出てきた。
(ヒジリに勝った決闘者か。やっぱ強いんだろうな。このディムズディルといい千鳥といい決闘十字軍の連中は化け物揃いだ。ん? ……ってことはこの娘もそうなのか? 決闘中いきなり飛び上がるとか……ハハ……まさか……な。杞憂だ杞憂)
 危険な空想に浸る晃をよそにディムズディルは尚も話を続ける。その顔はさしずめ『いいことを思いついた』とでも言った所であろうか。彼は楽しそうに話を紡ぐ。本当に楽しそうだ。

「エリー、いい所に来た。明日は彼と一緒に行動するといい」
「なっ……どういうことだ? ディムズディル」
「ふぇ? 私はいいけど……」
「エリー……どうせ君は1人でいると抑えが利かないだろ? アキラはいい決闘者だ。Gブロックの試合が始まるまで適当に試合観戦なりなんなり好きにするといい」
「アキラ……彼女は凄くいい決闘者だ。エリーといる事は君にとって間違いなくプラスになる。さあ……話はこれぐらいだ。折角来たんだ。決闘でもしよう。昨日面白いデッキを考え付いたんだ」
 明日のスケジュールが音速で纏まってしまった。呆れるほど強引なディムズディルの手腕。それにしても……『案件』が決闘で『もてなし』が決闘。やはりここは異次元空間だと思いつつも彼はデッキを握っていた。もはや彼にとっては『目の前にいる決闘者が自分より遥かに強い』ということだけが重要だったのだ。彼は既に覚悟を決めていた。相手が神の使者だろうと悪魔の使いだろうと関係ない。ただ決闘を――

賽は投げられた。月面宙返りで……ってか?


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
「裏コナミ」と聞かされた瞬間、窓を突き破ってでもアキラ君は逃げるべきだったと思います。


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。



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