【これまでの粗筋】
 不幸にも文学的恫喝に遭った少女・ミィを助けるため3人の男女が立ち上がった。その1人、アリアはミィの決闘盤を駆り 『結合』 のチャンドラ 『暖炉』 のセルモスを連破する。驚きと共に歓喜するミィだが勝負は未だ中盤。チーム 『ベリアル』 は3人目の刺客としてモスキート佐藤を差し向ける。先の2戦、手の内のほとんどを晒したアリアはモスキート佐藤が繰り出す 【省略の文学(オミッション・リタラチャー)】 に苦戦を強いられるが、8ターン目、常人では気付かないほどのプレイングミスの隙を付き、見事、モスキート佐藤を退け、副将ゴードン・スクランブルエッグを引きずり出すのだった。

Turn 3
□アリア
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000
■ゴードン
 Hand 4
 Monster 0
 Magic・Trap 1
 Life 8000

「ドロー。わたしは手札から《魔導戦士 ブレイカー》を通常召喚」
 既に勝負は始まっていた。常套手で牽制をかけるアリア。
「《畳返し》を発動。《魔導戦士 ブレイカー》を破壊。ぬるいな」
 数的不利を覆されて尚、ゴードンに焦りはみられない。
「マジック・トラップを1枚セット。わたしはこれでターンエンド」
 《炸裂装甲》を伏せ無難にエンドする。より正確には、それしかなかった。
「このゴードン・スクランブルエッグ、貴様の欺瞞は既に喝破している。そのデッキ、本来の展開力は下の中から中の下が精々。既に確信済みだ。ドロー! 《サイバー・フェニックス》を通常召喚」
 炎属性機械族。攻撃力こそ1200にとどまるが、対象を取るマジック・トラップの効果を無効にする能力を備えている。《炸裂装甲》は無意味。黙って一撃を甘受するアリア。
「どうしたその程度か。マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」

Turn 5
□アリア
 Hand 4
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 6800
■ゴードン
 Hand 3
 Monster 1(《サイバー・フェニックス》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000

「ドロー。《キラー・トマト》を召喚。《サイバー・フェニックス》を攻撃する」
「構わんぞ。しかしこの瞬間、戦闘破壊された《サイバー・フェニックス》の効果が発動。このゴードン・スクランブルエッグ、【確信の文学(コンヴィクション・リタラチャー)】が揺るぐことはない!」
 ゴードンは決闘盤を縦にかざし、大空に向かってドローする。かの有名な 『監獄のディスクガイ』 のオマージュ。投獄されながらも大義を叫び、天に向かってドローした、その誇り高き精神がありありと表現されている。補充を終えたゴードン、万全な状態で反撃に入る。
「ドロー。そろそろこちらの主力をお披露目させてもらおうか。いくぞ! 更地に《古代の機械城(アンティーク・ギアキャッスル)》を築き、《古代の機械騎士(アンティーク・ギアナイト)》を通常召喚」
 《古代の機械騎士》の召喚により、《古代の機械城》にカウンターが1つ置かれる。
 ゴードン、必勝の態勢。
「【古代の機械(アンティーク・ギア)】! あれがゴードン・スクランブルエッグの主力なの?」
 否応なく覚えてしまったフルネーム。ミィも何度かみたことがある。中央突破に秀でた、物言わぬ機械人形。鉄の装甲を持ち、無条件の忠誠を運命づけられた兵士達。
「不味いな」 リード曰く 「【古代の機械】でこられるとかなり不味い」
「機械城の加護により攻撃力は2100。ターンエンドを宣言する」
「え? なんで攻撃しないの」 ミィの疑問、その答えはすぐにわかる。

「ドロー。《キラー・トマト》を守備表示に変更。ターンエンド」
「ドロー! 《古代の機械騎士》を再度召喚。アンティークギアの固有効果を得る」
「そういうこった。デュアルモンスター、《古代の機械騎士》は再度召喚することで効果モンスター扱いになる。んで、その効果は攻撃宣言時の魔法・罠の封殺。モスキート佐藤との決闘で《炸裂装甲》がいい働きをしたからな。ここまでネタが割れてると、流石に打つ手がない」
「守備表示にしたのは失敗だったな! 《シールドクラッシュ》を発動。壁を文学的に……」
 ゴードンは、L字に曲げた左腕にクロスさせる形で右腕を置く。おわかりだろうか。これもまた 『霜焼けのディフェンドガイ』 のオマージュ。歴史を重んじた、確信に基づく発動。
「粉砕! 《古代の機械騎士》でダイレクトアタック……ターンエンド!」

アリア:4700LP
ゴードン:7800LP

Turn 9
□アリア
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 4700
■ゴードン
 Hand 4
 Monster 1(《古代の機械騎士》)
 Magic・Trap 1(セット/《古代の機械城》)
 Life 7800

「ドロー。モンスターを1体セット。これでターンエンド」
「ドロー。《古代の機械騎士》で壁モンスターを粉砕……《執念深き老魔術師》か。リバース効果により《古代の機械騎士》は破壊される……しかし! メインフェイズ2、カウンターの溜まった《古代の機械城》をリリースすることで、《古代の機械獣(アンティーク・ギアビースト)》を文学的に召喚」
 上級レベル6、攻撃力2000、守備力2000。古代の機械の共通効果に加え、食い千切ったモンスターの効果を歴史の中に封じ込める文学的獣機……単騎である。倒されたのを確認してからの召喚。ゴードンは一気呵成に仕留めようとはしていない。その狙いはミィにもわかる。
(わたしのデッキのパワー不足を見越した上で、間違いが起きないよう丁寧に起点を潰してくる。《ライトニング・ボルテックス》を警戒して、軽率な行動はしてこない。苦しそう)
 ミィは思う。わたしがもっと強いカードを持っていればよかったのに。あの人ならきっと自由自在に操れる筈なのに……無い袖は振れない。無いカードは引けない。いくら上手くても引けないものは引けない。ゴードンは、確信を持った上で試合に臨んでいた。

Turn 11
□アリア
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 4700
■ゴードン
 Hand 4
 Monster 1(《古代の機械獣》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 7800

「ドロー。《デーモン・ソルジャー》を通常召喚」
「ぬるい! 《落とし穴》を発動!」 「通すよ。1枚伏せてターンエンド」
 アリアが伏せたのは《デーモンの斧》。ブラフである。せめてもの牽制。最悪、次のターン一瞬にして勝負を付けられる可能性もある。苦肉の策も、ゴードンにはろくな意味をなさない。
「ドロー。喰らえ! 《古代の機械獣》でダイレクトアタック!」

アリア:2700LP
ゴードン:7800LP

「このゴードン・スクランブルエッグが、マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
「ドロー。《BF−激震のアブロオロス》を墓地に送り……マジックカードを発動!」
 迸る雷光。マントルピースを消し炭に変え、セルモス撃破に一役買った大呪文《ライトニング・ボルテックス》。しかし相手が単騎では、先の試合ほど劇的な効果は見込めない。
「モンスター、マジック・トラップを1枚ずつセットしてターンエンド」
(ダイレクトアタックしないの?)
 ミィは首を傾げた。自分とは違う。忘れていたとは思えない。そんなミィの疑問を知ってか知らずか、ゴードンは、尚も単騎攻勢を続ける。単騎、単騎、尚も単騎――
「ドロー! 《歯車街(ギア・タウン)》を発動。《古代の機械工兵(アンティーク・ギアエンジニア)》をリリース無しで召喚」
 上級レベル5。攻守共に1500。戦闘力に欠ける一方で、マジック・トラップを確実に駆逐する工兵。
「馬力の差を押しつけてるな」 リードは "しゃあない" と言った面持ちで戦況を語る。
「ここまでの闘いでデッキの中身をほとんど知られてる上に純粋なパワー差もある。アンティーク・ギアの封殺能力も厄介だ。あのゴードンがもう少しやんちゃしてくれればチャンスもあるんだが、こう手堅いとどうしようもない。こっちに荒らすための手段がなくて、あっちに付き合う気がなければ駆け引きなんて生まれやしない。これでもよくやってる方だ。《ライトニング・ボルテックス》も、勝つためと言うよりは目の前のモンを消して相手に次の手を打たせるのが狙いにみえる。ダイレクトアタックを放棄してでも守りに入り、手の内を探る。献身的なプレイングだ。おいテイル。ここまでやらせといて……あいつどこいった? おいおいドサクサ紛れに逃げたんじゃないだろうな」
「よっ」 「うお、おまえどこ行ってたんだ?」 「立ちション」
「ちゃんと試合みてたのか? そろそろ出番だぞ。あいつ、かなりやるぜ」 「ふぅん」
「よくぞここまで粘ったが、小賢しい粘りもこれで終わりだ。この! ゴードン・スクランブルエッグのターン、ドロー! 《ダブル・サイクロン》を発動。《歯車街》と貴様のセットカードを破壊。この瞬間、《歯車街》の効果を発動する。現れろ。《古代の機械巨竜(アンティーク・ギアガジェルドラゴン)》」
 巨大な機械仕掛けの竜が無言で相手を威圧する。バトルフェイズ、竜頭がアリアに向かって一直線。これを喰らえば即御陀仏。アリアは無言で右手を突き出すと、伸びる竜頭を抑え込み、衝突時の反発に逆らわず後ろに飛び退く。最善の防御ではあるが、ライフまでは守れない。

アリア:0LP
ゴードン:6900LP

「みたか。所詮、奇道が王道を凌駕することなどないのだ」
「ごめん」 アリアは3人のもとに戻り、軽く手の甲を付き合わせる。
 リード・テイルは特に気にしていなかった。むしろ満足げに頷いている。
「いや、3人潰してくれた時点で十分だ」 「そうゆうこと。残りはおれが倒しとくよ」
「ん。お願い」 アリアも軽く会釈した。2人の脇を通ると、ミィに決闘盤を返却する。
「ミィちゃん、ありがとね。いいデッキだった。本当はもう少し勝ちたかったんだけど」
「凄い決闘でした。本当に、本当に凄い決闘でした。ありがとう……ございます」
「いいのいいの。それよりあっちみないと」 アリアは首をくいと曲げてミィを促す。
(そうだ。おさげのお兄さん。あの人は、どんな決闘をするんだろう)
 ミィが首をまわすと、フィールド上にはテイルが足を据えていた。
「おれはテイル。そっちはゴードンだっけか。なんか堅そうな顔してる」
「濃密に詰め込まれた文学が軟らかい、そう思うことに無理がある」
「【確信の文学】ね。いいよ。まあ、とりあえず、適当に始めっか」
 テイルは両手を組んで軽く伸びをする。緊張した様子はない。
「適当にな」


Duel Episode 3

少女が見た決闘(デュエル)

〜鳩尾と爆音と空飛ぶ円盤〜


 一目見れば忘れない狐のような尻尾。彼は一言テイルと名乗った。尻尾に合わせたかのような栗色の髪と透き通りすぎた蒼い眼。整った顔立ちからふと漏れる悪戯っぽい微笑み。ゴードンと対峙した彼が始まりを宣言するや否や、突然尻尾が跳ね上がり、ふさふさの毛の中から決闘盤(デュエルディスク)を取り出して。テイルは、ギャラリーのざわめきを心地よさげに受け止める。ふらりとした第一印象。ふらりと決闘に赴いて、ふらりと先攻を勝ち取って、ふらりと決闘にとりかかる。人好きの良さと得体の知れなさ、この2つが同居したような青年。ミィの眼から見た彼は、大体そういう男だった。

Turn 1
□テイル
 Hand 6
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000
■ゴードン
 Hand 6
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000

「あんた、あの娘に勝ってどういう気分?」
「勝利の文学的余韻を満喫している。それがどうした」
「いいや。マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド。おれはこれでいいや」
 ミィは不思議に思った。テイルの周りだけ空気が弛緩しているような感覚。真剣勝負ならもっと空気が張り詰めていないとおかしい。現にゴードンの間合いでは、空気に殺気が化合して、俗に 『ピリピリとした雰囲気』 と呼ばれるものが醸し出されている。 "逆に" と言うべきかもしれない。迂闊にすら思えるテイルの自然体が、ミィの目を捉えて離さない。
「ドロー。いくぞ。《古代の機械騎士(アンティーク・ギアナイト)》を通常召喚」
 小手調べと言わんばかりに、攻撃力1800の先兵が槍を構えて突進。
 軽く鳴らされる口笛。足下から飛び出してきた人影が庇うように立ちはだかる。
「《くず鉄のかかし》。攻撃を無効にする。んで、再セットしとく」

くず鉄のかかし(通常罠)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。その攻撃モンスター1体の攻撃を無効にする。
発動後このカードは墓地へ送らず、そのままセットする。


 余裕で止める……が、余裕なのはゴードンも同じだ。
「《くず鉄のかかし》か。成程厄介なカードを使っている」
「うんにゃ、それほどでもないんじゃないかな。まあ、使われると嫌かも。自分がやられて嫌なことを他人にやるのがカードゲームってもんだしなあ。あんたも嫌か?」
「そうだな。マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」

Turn 3
□テイル
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000
■ゴードン
 Hand 4
 Monster 1(《古代の機械騎士》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000

「それじゃあ今度はおれの番。1枚引いて、ま、かかしがあるからいいだろ」
 動かない。ゴードンが嘲笑った。愚者の文学と言わんばかりに。
「ドロー! かかしとはな。貴様、前の決闘をみていなかったのか?」
「前の決闘? SDT終わったあとはあんまみてないな。そこの塀を眺めてた」
 無責任な。ミィはそう言いたくなったがぐっと黙る。助けられてる身分。黙るしかない。
「無学は罪を招く。無知は死を招く。《古代の機械騎士(アンティーク・ギアナイト)》を再度召喚。バトル」
「だから無駄だって。リバースカードオープン……って、あれ? おいおい」

テイル:6200LP
ゴードン:8000LP

 機械騎士の槍がテイルの腹を突く。たまらず一歩後退、困惑の表情をみせるテイル。
「あれ? かかしが動かないな。不調かな? 最近整備がいきとどいてないからなあ」
「残念だったな。《古代の機械騎士》は再度召喚されることで本当の力を、アンティーク・ギアの特性を発揮する。アンティーク・ギアが攻撃する時、おまえはマジック・トラップを発動することはできない」
「かかしが通用しない? カラスよりも頭がいいのかその機械人形。そりゃすげえや」

Turn 5
□テイル
 Hand 6
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 6200
■ゴードン
 Hand 5
 Monster 1(《古代の機械騎士》)
 Magic・Trap 2(セット)
 Life 8000

「面白い能力もあったもんだな。え〜っとあれか? 《落とし穴》じゃないと駄目なん?」
「その通り。が。それさえも既に召喚されたアンティーク・ギアの前には無力。モンスターの力を借りる以外にない。さあ力勝負だ。ブロートン文学に彩られた、決闘の作法を教えてやる」
「そんじゃドローしてマジック・トラップを1枚セット。こんなもんでいいかな」
「貴様、このゴードン・スクランブルエッグの話を聞いていなかったのか」
「わかったよ。それじゃあモンも1体つけといてやる。セットがいいかな。あ〜っとなんだっけ? 《炸裂装甲》が通用しないんだろ。そうだなあ……よし。折角だから教えとこう」
 次の瞬間、ミィは耳を疑う。開いた口がどうにもこうにも塞がらない。
「封じるまでもないんだ。《炸裂装甲》の類はおれにない。そんで《落とし穴》の類も入ってない。もう少しわかりやすく言ってみっか? おれのデッキには 『確定除去』 ってもんがない」
「え? なんで。なんであの人そんなこと言っちゃうの? 弱点丸出しじゃん!」
「貴様、いったい何のつもりだ」 「何のつもりでしょう。それじゃあターンエンド」

Turn 6
□テイル
 Hand 5
 Monster 1(セット)
 Magic・Trap 2(セット/セット)
 Life 6200
■ゴードン
 Hand 5
 Monster 1(《古代の機械騎士》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000

「アリアだっけ。あんたどう思う。あいつ、本当に今言ったとおりの決闘者なのか?」
「ブラフにしては適当過ぎる。でも本当のことを言ってるなら、もっと適当過ぎる」
「このゴードン・スクランブルエッグ、戯れ言などに惑わされはせん。ドロー。フィールド魔法:《歯車街》を発動。アンティークギアのリリース素材を1体減らすことができる。現れろ。《古代の機械工兵(アンティーク・ギアエンジニア)》」
「あいつか……」 リードが解説する。 「攻撃力は1500しかねえが、能力がじゃっっっかん厄介だ。戦闘時のマジック・トラップ封じは勿論、戦闘後にマジック・トラップを破壊することができる」
「行くぞ小僧! 貴様が何を言おうとこのゴードンの確信にはなんら影響を与えん。まやかしなどは効かん。まずは、《古代の機械騎士》でセットモンスターを攻撃する」
「《魔導雑貨商人》の効果発動。デッキの上からモンスターを墓地に送ってって……《リミット・リバース》をゲット。これで場はがら空きなんだけど、そいつで殴るのはやめといた方がいいんじゃないかな。あんまいいことにならないと思うんだよなあ」
「《古代の機械工兵》でダイレクトアタック」 ゴードンは、テイルの言葉など聞こえないとばかりに攻撃を続行。 「《古代の機械工兵(アンティーク・ギアエンジニア)》の効果。端から2番目に置かれたセットカードを破壊する」
 強度の耐性を持つ工兵で攻撃しない理由がある筈もなく。しかし、
「あ〜あ〜人の話を聞かないから。破壊されたのは《リミッター・ブレイク》。墓地に落ちたことで効果を発動。デッキから《スピード・ウォリアー》を守備表示で特殊召喚」
「なに?」 「ゴードンの戦術がかわされた!?」 「ほらね」
「大したことではあるまい。ターンエンドだ」

Turn 7
□テイル
 Hand 5
 Monster 1(《スピード・ウォリアー》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 4700
■ゴードン
 Hand 4
 Monster 2(《古代の機械騎士》/《古代の機械工兵》)
 Magic・Trap 2(セット/《歯車街》)
 Life 8000

「それじゃあ頑張ってみるか。デッキから1枚引いてメインフェイズ。永続魔法:《異次元隔離マシーン》を発動。次元を割って、スピードさんとエンジニアを放り込む」

異次元隔離マシーン(永続魔法)
自分と相手のフィールド上からモンスターを1体ずつ選択し、ゲームから除外する。このカードが破壊され墓地へ送られた時、除外したモンスターを同じ表示形式で元のフィールド上に戻す。


「確定除去が苦手な所為でこういうのしかないんだよ。でもさ、慣れると結構使いであるんだぜ、これ。それじゃあモンスター1体と、マジック・トラップを2枚セットしてターンエンド」
「どうした。攻めないのか」
「疲れたからパス」 
「舐めているのか」 
「ああ、舐めてる」
「ゴードン!」 ブロートンが一喝した。 「なにも迷うことはない。上質の文学をもってあのまやかしを打ち払え。ああいう輩の失意と転落、いい文学になる筈だ。逃さず仕留めろ」
「お任せくださいサー・ブロートン。元より迷いなどなし。みえているものをあるがままに捉え、あるがままに砕くのがこのゴードン。奴の小賢しい話術など元より耳の外」
 ゴードンの目が据わる。ミィは、決着が近いことを知る。
(あの目付き。怖い。本気だ。本気で仕掛ける気だ)
「確実に仕留めましょう」

Turn 8
テイル
 Hand 2
 Monster 1(セット)
 Magic・Trap 4(セット/セット/セット/《異次元隔離マシーン》)
 Life 4700
■ゴードン
 Hand 4
 Monster 1(《古代の機械騎士》)
 Magic・Trap 2(セット/《歯車街》)
 Life 8000

「ドロー。サー・ブロートンに捧げよう。《古代の機械騎士(アンティーク・ギアナイト)》をリリース……」
 満を持して。ここでオマージュされるのは勿論! 『命払(いのちはら)いのドグマガイ』 両手を横に伸ばし、右膝を突き出し、静かに両の掌を胸の前で合わせる。歴史を彩るあの名シーンが今ここに! 涙無しにはみられない。この召喚劇には無上の価値がある。ミィが身構えた。大きいのが、来る。



Ancient Gear Golem !



「《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》をアドバンス召喚。驚いてもらえたかな?」
 でかい。無骨で無機質なゴーレム。泥人形ではない。このゴーレムは鉄鋼と歯車でできている。鉄の泥で練られた機械人形。ミィの身を震わせるには十分だった。
「覚悟はいいか。だがこちらも鬼ではない。もしここで投了(サレンダー)するならば……」
「あの壁、釘が飛びだしてるな。ああいうのって意外と危ないんだけど」
「《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》! アルティメット・パウンド≠フ体勢に入れ」
 召喚地点から陽炎のように拡散した次の瞬間、テイルの眼の前にそれはいた。壁モンスター ――《クリッター》 ―― を左手で掴んでそこにいた。左脚を前に突き出し、上半身を前に倒し、右腕を、ボウリングの球でも投げるかのように振りかぶる。生物ではない以上、関節の柔軟性の問題ではない。稼動するかどうかだ。《古代の機械巨人》は左手から《クリッター》を離し、自由落下するそれ目掛けて腕を振る。《クリッター》の軟らかい身体など軽く突き抜けて、鉄の拳はテイルの無防備な鳩尾に突き刺さる。アリアの時とは明らかに違っていた。跳んだのではなく ―― 跳ね跳ばされる。
「ゴードンの必札闘技(デッドリィ・ブロウ)。あれをまともに喰らえば食事も喉を通らん」
「あの馬鹿! なんでガードを固めないんだ! まともに喰らってどうする!」
 巨人の一撃を喰らうというのにノーガードというのは、例えるなら下にマットを引かず鉄棒をやるようなものだ。常識。カードゲームは衝撃波との闘いでもある。気球に乗ったら落ちるリスクがあるように、カードを握ったら衝撃波を喰らうリスクがある。TCGと未成年に関する論争の種もここに大本が存在していた。もっとも、それを言うならサッカー(※ボールを脚で蹴りあうマイナー競技)もスライディングで脚を骨折することがある。自転車を思い切りこごうものなら曲がり切れず大怪我することだってある。要は危機管理の問題であり、 『盾』 で迎え撃ち、 『気』 で相殺すれば大抵の衝撃は防ぐことができる。また、初級者でも闘えるようなクラスなら、受け流すべき衝撃波が発生するなど稀も稀。その道の達人が投げたボールはその速さで人を殺せるかもしれないが、かよわき少女が投げたボールなど当たったところで痛くも痒くもない。しかし、それは真っ当な世界での話。野試合、荒くれ共の遠慮なき渾身の一撃。鳩尾への強烈な一撃は息を止め、そして、息の根を止める……筈だった。
「ああ。なんか、あれだ。昨日からなんかこってたんだけど直ったっぽい」
 なんの痛みもないとばかりに、テイルはすぐさま跳ね起き立ち上がる。
「どうやら身体だけは頑丈なようだな。しかし ―― 」 「うっせえよバーカ」 「!?」
「《クリッター》の効果を発動。《ジャンク・シンクロン》をハンドに加える。悪いけどあんたが思うほど始まってないんだよ、おれとあんたとは。決闘の勝敗を決めるのは実力差。んで、決闘の開始を決めるのはお互いの合意。おれとあんたでは合意ができていない。だからそこには愛がない」
(合意? 愛?) この間ミィは、なにがなんだかわからず、ただただ呆然としていた。
「アンティーク・ギアの固有能力に気づいていないフリをしてみたり、馬鹿正直に弱点ばらしてみたり、《リミッター・ブレイク》でおちょくってみたり、セット置きまくったり、"アルティメット・パウンド"を完全無防備状態で喰らってからてんで無傷のふりしたり ―― あれほんと痛かったんだぞ、どうしてくれんだよこの馬鹿野郎 ―― 、色々やったのにおまえときたら。1つ1つの行動の裏を考えようともせず、実力差を計ろうともしない。骨董品の持ち腐れ。おまえにはがっかりだゴードン」
「あいつ、無茶苦茶言ってるな」 リードは呆れたように。一方で興味深そうに。
「面白い奴。それならみせてみろよテイル。みせれるもんならみせてみろ」
(アリアにテイル。もしかしたら、一度に2枚のカードが手に入るかもしれない)
「ふん、世迷いごとを。メインフェイズ2。《古代の採掘機(アンティーク・ギアドリル)》を発動。デッキから《リミッター解除》を掘り出し、フィールド上にセットする。ターンエンドだ」

Turn 9
□テイル
 Hand 3
 Monster 0
 Magic・Trap 4(セット/セット/セット/《異次元隔離マシーン》)
 Life 2300
■ゴードン
 Hand 2
 Monster 1(《古代の機械巨人》)
 Magic・Trap 3(セット/セット/《歯車街》)
 Life 8000

「順を追ってるよな。迷路の入口でびびったチャンドラ、迷路に入ってたことに気づかないで迷い死んだセルモス。そんであんたは迷路に入ろうとしない。あんたらは迷路を拒絶した」
「文学を全うできなかった未熟者とは違う。このゴードン・スクランブルエッグは迷わない。なぜ迷う必要があろうか。ブロートン文学という、闇夜を照らす無二の燭光があるというのに」
「 『迷いがないから強い』 よく言われる話だよな。でもそこには省略がある。なぜ迷いがないと強いのかわかるか? 迷路を抜けたからだ。迷路を抜けたからもう迷ってない。迷路を抜けた奴は迷路の抜け方知ってるから強いんだ。んで、目下迷路で迷ってる奴も迷路のいろはぐらいは学んでるからそれなりに強い。なのにおまえは迷路に入ろうともしない」
「苦悩を正当化する弱者の言い分だな。なにも感じんぞ」
「わかってないな。おまえがなにも感じないかどうかはどうだっていい。おれがなにも感じないから困るんだ。おまえは、今まで出てきた4人の中では1番強いが1番面白くない」
「このゴードンが強者だからだ。強者との決闘は弱者に苦痛を強いる。それだけのこと」
「おまえには何の興味も湧かない。おれが興味津々なのは、後ろで熱い視線を送ってるアリアだ」
「あり?」 テイルの言葉に驚いたのはアリアだ。 「いつ熱い視線を送ったのか」 と言いたげに。
「勝利したこのゴードンではなく、敗北したあの女と戯れることを選ぶか。それこそ弱者」
「そう。おまえは徹頭徹尾わかってない。おまえが本物ならわかってなきゃいけないんだ。なのにおまえはわかってない。安心しろよ。おまえが弱いとは言ってない。徒手空拳のあの娘を相手に、グレネードランチャー28門と対戦車ミサイル256発を持ち出してようやく勝てるぐらいにはおまえは強い。だけどゴードン、おれはおまえの愛人にはなってやれないんだ」
「あいつ……」 アリアは呟くように、小さく言った。 「馬鹿?」
「おまえが何をしようともこのゴードンを揺らすことはない」
「本当か?」 「当然だ。負け犬の戯れ言が我が 『確信』 を揺らすことは有り得ん」
「そうかい。それじゃあおれのターン、ドロー……今言ったことをちゃんと覚えとけよ」
 引いたカードを確認したテイルは掌を上に向けると、虚像(イメージ)をつくる。操り人形の像を。次の瞬間、ゴードンのセットががたがたと、マスターの意に反して動きだし暴発。―― 《おとり人形》。
「こいつがギリギリのライン。直接破壊できないなら自爆してもらえばいいというわけ。《聖なるバリア−ミラーフォース−》か。いい罠を使ってる。んじゃ、かよわい女の子を暴漢から救ってみるか。《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送り……チューナーモンスター、《クイック・シンクロン》を特殊召喚!」
 ファーストスローは特殊召喚だった。《クイック・シンクロン》の特殊召喚を終え、戻ってきた決闘盤を左手で、勢いを止めきらない程度に抑える。そこから2枚のカードユニットをセットしつつ、左手から右手に持ち替えると、決闘盤の勢いに逆らわず一回転。再び投げる。
「《ジャンク・シンクロン》を通常召喚、効果発動。《チューニング・サポーター》を特殊召喚」
 モンスターゾーン中央に《ジャンク・シンクロン》が召喚した後、決闘盤はほぼ真横にスライド、召喚予約されていた《チューニング・サポーター》を呼び出す。《魔導雑貨商人》で予め墓地に送っていたカード。ここからテイルは一気に躍動。第1の線が……伸びる。
「《ジャンク・シンクロン》で《チューニング・サポーター》にチューニング」

 
 Synchro Summon Arms Aid
 Attack Point:1800/Defense Point:1200


(シンクロ召喚……ヤドカリみたいな腕……)
「《チューニング・サポーター》の効果、1枚ドロー」
 引いたカード、《アームズ・クロス》 ―― ちょっとした効果の速攻魔法 ―― を確認しつつ、戻ってきた決闘盤を掴むと、流れを切らずに次の動作に入る。頭と体を同時に働かせながら、テイルは矢継ぎ早に《死者蘇生》を発動。チェーンして《リミット・リバース》をかぶせ、《ジャンク・シンクロン》と《ボルト・ヘッジホッグ》をフィールド上に並べる。第2の線が引かれた。鉄の戦士が地に降りる。

  

 Synchro Summon Junk Warrior
 Attack Point:2300/ Defense point:1300


「くぅ……ぐっ……」
 その頃、ゴードンは身体を丸くして耐えていた。なにに? 衝撃波だ。連続召喚を行うと、必然的に決闘盤を投げ引きし続けることになる。その際のエネルギーは? 段々と蓄積する。そう、蓄積。ディレイはかけてもストップはかけず、一連の動作として動きを止めない決闘盤は段々と重くなり、段々と投げ続けるのが難しくなる。それが投げる側の事情。その間相手方はどうなっているかといえば、指をくわえてぽけっと見守っていられるわけじゃない。決闘盤の着盤時、召喚時の衝撃が衝撃波となって襲いかかるのだ。この現象は俗に 『ヨーヨー』 と言われており、西では滅多にみられない高等技術である。決闘盤を身体の一部のように扱うテイルの技に、ミィはただただ驚いた。
「《アームズ・エイド》に《ジャンク・ウォリアー》……え? まだあるの!?」
 終わりではなかった。場には未だ、遊ばせておいた《クイック・シンクロン》が残っている。それはすなわち、もう1つの線があるということ。 「来い、《ボルト・ヘッジホッグ》!」 場にチューナーモンスター《クイック・シンクロン》がいることで、《ボルト・ヘッジホッグ》は1度だけ墓地からの特殊召喚が可能。最後の線が虚空を裂き、鋼の射手が身躯を捻る。

 
 Synchro Summon Junk Archer
 Attack Point:2300/Defense Point:2000


 最後の召喚と共に、強烈なソニックブームがゴードンの身を襲う。なんとか耐えきったゴードンだが、本当のアタックフェイズはここからだ。テイルは必要以上に手を振り上げ、鋼の射手に指令を下す。「《ジャンク・アーチャー》の効果を発動」 超一流の狩人につがえられた矢は、木霊の矢となって音を超え、地を震わせ空間を裂き、次元の狭間に《古代の機械巨人》をほんのひととき閉じ込める。
「なんとつまらぬ能力よ! おまえには文学的余韻を楽しむ精神がないのか!」
「みえみえの《リミッター解除》に突っ込む馬鹿はいない。今度はこいつの出番だ。《アームズ・エイド》の効果を発動。《ジャンク・アーチャー》の腕に装着、攻撃力を1000アップする」
 "Power Gear Arrow" 攻撃力3300。その姿は勇壮にして壮麗。しかし、
「妙だ」 言ったのはリード。
「え?」 聞いたのはミィ。
「相手の場にモンスターはいない。《アームズ・エイド》の攻撃力は1800ある。《ジャンク・アーチャー》に装着しない方が総ダメージはあがるんだ。なのになぜ……」
「あいつ」 アリアが呟く。 「あいつの狙いは……」
「バトルフェイズ、《ジャンク・アーチャー》で……」
 《ジャンク・アーチャー》が弓を絞る。真っ当な弓に対し、放つ矢は特異の一言。《アームズ・エイド》という名の巨大な矢。《アームズ・エイド》を矢にみたて、鋼の弓を引き絞る。
「いいだろう。来るがいい。所詮はこのターンのみの徒花。このゴードン・スクランブルエッグが展開せし鉄壁の文学 『不死身のダイハードガイ』 で弾き返……」
 ゴードンが啖呵を切り終えるか切り終えないかの、その刹那 ――
 壁の切り立った方角から突如として大きな音が鳴る。皆が突然の事態に驚いた。テイルは、頭を身体ごと横に向け 「なんだ!?」 と叫ぶ。つられるように首をふるゴードン。ミィも勿論首を振る。それどろか身体全体を傾ける。しかし、何かが飛び出してくる気配はない。拍子抜けという感情に襲われ……音がした。そして声がした。どこから? さっきまで目を凝らして見ていたはずの場所からだ。

「ぐ……が……」
「え? なんで……ゴードンが……」
 それは一瞬の出来事。音に気を取られたミィが振り向いた、僅か数秒の間に決闘は終わっていた。ゴードンの目の前には、つい先程まで《ジャンク・アーチャー》がつがえていた筈の《アームズ・エイド》……を、腕に嵌めた《ジャンク・ウォリアー》。雄々しく反り立った鉄の戦士が、ゴードンの腹に《アームズ・エイド》の鋭い爪を突き立てていたのだ。
――三つ編みの尻尾(テイル・オブ・ブレイド)
 言い張る一言が、言霊のように力を持つ。
 決闘者の技は、見誤った者を逃さない。
「ブロートン文学……万歳」
 《ジャンク・ウォリアー》が《アームズ・エイド》ごと腕を引き抜くと、つっかえ棒を失ったゴードンはその場に倒れ込む。ミィは数秒呆気にとられてから我に戻ると、今度は煩く騒ぎ立てた。
「リードさん、今、何が起こったんですか? なんで《ジャンク・ウォリアー》が……」
「おれも一瞬気を取られてたから完璧にはわからん。ただ、多分これだという心当たりは……」
「《アームズ・エイド》の線に、《ジャンク・アーチャー》の線と、《ジャンク・ウォリアー》の線を重ねて一本の線にする。衝撃重視の、衝撃で倒しきるための戦闘構成。一度にかかる衝撃を数倍に跳ね上げた。使ったのは《アームズ・クロス》とかいったっけ。ほんの一瞬の間によくやるよ」
「アリアさん、みてたんですか! あれ……」

アームズ・クロス(速攻魔法)
フィールド上に存在する「アームズ・エイド」を対象のモンスター1体に装備する。
この効果で装備された「アームズ・エイド」は自身の効果で装備されたのと同じ状態となる。


「音に気を取られたゴードンの無防備な土手っ腹に《ジャンク・アーチャー》が放った最大攻撃力の矢を ――《アームズ・エイド》を ―― 突き刺す。これだけでも悶絶物。そこにあいつは《アームズ・クロス》をかぶせた。ほとんどタイムラグゼロで、衝撃波が身体から逃げる前に《ジャンク・ウォリアー》がもう1つの衝撃波をかぶせる。《ジャンク・ウォリアー》の腕に《アームズ・エイド》を嵌める……って言うか、《アームズ・エイド》の開口部に《ジャンク・ウォリアー》の腕を突っ込んだんだよ。あんなことをされたら、《アームズ・エイド》が刺さったままのゴードンの腹は一溜まりもないよ。無防備な状態で、あの場の最大攻撃力を2発分、1度に喰らったも同じなんだから。それにしても……」
(自分も余所見しながら、あれだけの精度で重ねることができる。でも、あれをやれるあいつの技量なら、あんな 『音』 なんて使わなくても、ダメージ重視の構成で……)
(気を散らされることに慣れてないから、ここ一番で気を散らされるんだよゴードン)
 ゴードンは動かない。ライフで言えば1400残っている。動かない。完全にのびていた。
(そうだろアリア。おれの尻尾が言ってる。俺の動きを一から十まで目聡く感知していたアリア。あの爆音が鳴り響いた時も、おれの動きをちゃんと捉えきったアリア)
「おまえは強いよ、ゴードン。だけど強すぎはしないんだ。強すぎないなら一度くらい迷った方がいい。ていうかさあ。文学を自称するなら少しは迷うことに慣れろよ、柄にもないのに、哀れな気分が湧いちゃって、なんか一言余計に言いたくなっちゃうだろ、なあ……。けど、迷わないおまえにおれがしてやれるのは、一瞬で幸せな気分にしてやるぐらいのもんだよ、ほんと」
「あんにゃろう」 リードはなんとも言えない表情でテイルをみる。 「胡散臭い奴ではある、が……」
「今の技をくれてやる。戒名代わりに技名(なまえ)もつけてやったから冥土の土産にでもすればいいだろ。三途の川を渡って、ゆっくりお茶してから出直してこい。じゃあな、"少し強い"ゴードン」
 聞こえてるかは兎も角、テイルは、一回伸びをすると、手動でカードを決闘盤に戻そうとする。手札、墓地、そしてフィールドにセットされた1枚のカード。テイルはセットカードの外し際、ひゅっと上に投げて一旦弄ぶ。その一瞬をアリアは目聡く捉えた。場に残っていた最後の罠の正体を、知る。
(あれは《シンクロ・ストライク》。あれを使って、ダメージ重視の構成にしていれば音も衝撃波も要らない。100%勝つことができた。なのに? 立ち上がれないという確信? それとも……)
 アリアが、誰に言うでもなく目の前の光景を語る。
「あいつ、ゴードンの決闘に合わせたんだ。ゴードンの 『確信』 的な一直線に 『適当』 で 『不真面目』 な一直線をぶつける。勝つため、とはちょっと違う。あいつなりの、ゴードンへの……」
 アリアの声が止まる。一瞬だった。ほんの一瞬、ほんの少し顔を傾けた、テイルの、不敵で、不遜で、奥に行けば行くほどに不可思議な視線がアリアを射貫き ――
(違う。あいつが本当に挑発していたのはゴードンじゃない)
 アリアは数秒思考を巡らすと、藪から棒に言った。
「あのさ、悪いんだけど帰っていい?」
「あ?」 「出番は終わったし、もう大丈夫そうだから」 「おいちょっとまっ……」
 言うが速いか、アリアは壁に脚をかける。ミィは急いでお礼を言った。
「あの、本当に、ありがとうございました」
「お礼ならあの尻尾に言えばいいよ。じゃ」

「あんたで最後だブロートン。これ終わったら打ち上げでも……って!」
 振り向いた時には若干手遅れだった。ミィが目を見張るほどの跳躍力で軽々と壁を飛び越えるアリア。せわしげに揺れる後ろ髪が別れの意思を告げていた。
「ちょ、待てって! おい大将、あとは任せたぜ! こんちくしょう!」
 テイルは、側面の壁を蹴り、三角跳びの要領で壁越えを果たす。
「おい! あいつと一緒にちゃんと戻って来いよ! おまえらには用がある!」
 身の軽いテイルを捕まえることはできず、リードは声をかけるのがやっとだった。
「あのぺテン師、幾ら最低限の仕事したからって、人助けを途中で放り出すなっての」
「ペテン師? えっと……」 そういえば、驚きの連続でなにかを忘れている気がする。
「ゴードンとの決闘、あのでかい音を用意したのは十中八九あいつ自身だ。いくらこの決闘が喧嘩の延長戦上とはいえ、正義の味方がやるこっちゃない。にしても不可解なやつだ。あいつなら……」
「あいつなら?」 『普通にやっても』 そう言いかけてリードは話を戻す。
「んなことよりさっきの音で知らん奴が来ないかの方が心配だよ。いくら人通りが少ない裏道といってもな……。おまえもそうだろブロートン、さっさと決着付けようぜ」
 気がつけば1VS1の構図が出来あがっている。ミィの運命もこれで決まるのだ。
「どいつもこいつもこのブロートンを侮辱するとは。マスコミニズムに毒されたか」
「どっちかというとマスコミをにぎわせる側になりたいんだけどな、おれたちは」
(え? おれ……たち……。 「たち」 って誰だろう。わたしのこと? そんなわけ)
「TCG歴82年、夏。それは、艶やかに色づいた花弁が開く、麗らかな日曜日」
「そんじゃおれも。TCG歴82年、夏。馬鹿が2人、大会にもでずたむろっていました、と」
「御託はいい。構えろ」 「御託はおまえの得意技だろ」 「これが御託に見えるとは」
 ブロートンは両腕を広げ、両の掌を広げ、掌と掌を勢いよく叩きつける。
「なんだ?」 その意味がわかるのに、さほどの時間は要しなかった。
「ブロートン……」
(チャンドラ?)
「ブロートン……」
(セルモス……)
「ブロートン……」
(ゴードンまでも……)
 なんということだろう。確かに倒した筈なのに。蘇り、立ち上がり、唱和する。
「ブロートーン」 「ブロートーン」 「ブロートーン」 「ブロォトォォォォォォォォォォォン」
「【文学的強化蘇生】。それも複数同時に。これがおまえの文学的センスというわけか」
「この文学的成果と共に。ブロートン文学の深遠なる意味、愚昧なる大衆を啓蒙してみせよう」

 始まる。ラストデュエル。

Starting Disc Throwing Standby――

Three――

Two――

One――

Go! Fight a Technological Card Duel!


「でた! サー・ブロートンの文学的スローイング。結核の匂いさえ感じさせる刹那の投盤」
「先攻はブロートンさんだ」 「限りある命を慈しみ、数多くの決闘をこなす。その為の先攻」
 復活したゴードン達が一斉に叫びだした。ブロートンの決闘を言葉で彩る。
「ハァァァァァ……《手札断殺》を発動。チェーン2、《手札断殺》」
「決まったあ! 《手札断殺》にチェーンした《手札断殺》」
「縛る、そのために生まれた(チェーン)がサー・ブロートンの作品(デッキ)を解き放つこのパラドクス。倒錯と転倒の狭間でブロートン文学の傑作がコマのようにまわり続ける」
「《サイバー・ダーク・ホーン》《サイバー・ダーク・キール》《サイバー・ダーク・エッジ》《トライホーン・ドラゴン》を墓地に送った。どうだ? 覚悟はいいか?」
「そういや聞いたことあるな。死んだ龍を包み込んで自分の武器とする意思を持った鎧。ホーン、キール、エッジ。この三体が合わさるサイバー・ダーク・インパ……」
「《早すぎた埋葬》を発動! 墓地の《トライホーン・ドラゴン》を復活させる」
「で、でた! ブロートンさんの《早すぎた埋葬》。死に魅せられた暗黒の文学」
「いつみても寒気がするぜ。ほんの800の代価で死者を自在に使役する」
「ちくしょう鳥肌が立って来やがった」
「ああ。にわか共は《死者蘇生》なんぞを賛美しやがるがブロートンさんに言わせりゃそんなのは気の抜けたサイダーも同然。マイナスはゼロを凌駕する。ブロートンさんは言った。 『たかだか800で命を買う! わかるかこの高揚! 己の1/10に他者を貶めるこの文学』 そうさ! メルヘンな《死者蘇生》なんざガキのままごと。《早すぎた埋葬》は臓器売買をも視野に入れた現代文学! 冒涜の新時代! 倫理の蹂躙劇! イーヤッホウ! ブロートンさん! 俺達を天国へ連れてってくれ! もう逝きそうだあ! ま・い・そ! ま・い・そ!」
「《トライホーン・ドラゴン》を特殊召喚。怖かろう。これこそが【埋葬と復活の文学(ネクロマンシー・リタラチャー)】。ターンエンド。おまえらはこの、ブロートン文学の前に倒される運命……」

「中央文学全集part8に収録された 『ベリアル・エリアル』 の一節」

「誰だ!」 ブロートンの背後から声が響く。低音の、呆れたような声。
「ラウ、パルム、遅いぞ」 眼鏡をかけた男と、布ですっぽり両手を覆った男だ。
「 『己の1/10? 躰でいえば五体の片身、魂でいえばあの夏の海風を喪うことになるであろう決して安くない代価も、生と死を巡る巨大なダイナミズムを前にすれば特価品と言わざるを得ない。故に、私は《早すぎた埋葬》にこの上ない背徳感を、エロスを感じるのだ』 だったかな。安易な引用は底が知れるぞ。いや、パクリと言った方がいいのかもな。はっきりと」
 手厳しく指摘するのはジャック・A(エース)・ラウンド。溜息を付くのはパルム・アフィニス。
「リード、さっさと殺っちまいな。なんならあれ使ってもいいぜ。こいつらはみてて苛つく」
「同感だ」 ラウも同調する。 「どうせ中央かぶれのボンクラが、原始人に5世代遅れの端末をみせるのと同じノリで雑魚を集めてたんだろうが、中央出身としては見てるだけで痛々しい。さっさと殺れ」
(味方なの?) ミィは目を丸くして驚いた。 (本当に援軍いたんだ……)
「オーケイ。断殺のおかげで準備は整ったからな。さっさと片付けて、飯食って帰るとするか」
「下衆の身でふざけたことを! 埋葬学は、この俺が一代で成した重厚な決闘文学の殿堂。貴様等如き……な、なんだその構えは! なんのつもりだ!」
 不可思議な構え。身体を限界まで捻じり、右腕は背中を通って、むしろ前につきでるほど。
「おまえたちに言っておきたいことが1つだけある。たかだか800。おまえはそう言ったな」
「その通り。微々たるライフで揺れ動く命の悲哀こそ、ブロートン式埋葬文学の一大本質」
「その驕りがおまえたちの命取りだよ。敢えておまえの三文文学に付き合って言うなら」
 一瞬、時間が止まる。大爆発の前触れ。残す言葉はたった一言。
「おまえは(ライフ)の見積もりを甘くみた」
 静から動。平穏から爆発。捻転からの解放。それは速く、力強く、そしてダイナミックなスローイングだった。投げきったリードの身体が反作用で少しだけ浮き上がる。
「あれなら大丈夫だ」 パルムが静かに呟いた。
「足首の捻り具合、シフトウェイトのスピード、リリースのタイミング、全部条件を満たしてる。脚の回転から捻出されたエネルギーは肩から肘へ、肘から掌へ、これならいける」
「おまえが800で命を買うなら、おれは5000払って命をもらう」
 決闘盤がサークル上で静止……違う。まわっている。
 ミィは堪えきれずに叫んだ。 「決闘盤が……空を飛んだ!」
「バカな! どこに行くつもりだ!」 その疑問に意地悪く答えるのはやはりパルム。
「リードの決闘盤は空を飛ぶ。人体を右向きに限界まで捻じることで得られるのは左回転。右手でリリースされる決闘盤は知っての通り右回転。そうやって放られた決闘盤が右回転を維持したままフィールドに到着したその瞬間、決闘盤に封じ込められていた左回転の体内波長が時間差で反発を引き起こし、左回転と右回転が激突、凝縮されたエネルギーは逃げ場を探すが、『--OZONE--』の特殊重力下では下には逃げれない。そうなったら……死ぬほどわかりやすく説明してやったんだ。わかれよ」
「なにが言いたい。文学的に説明してみろ」
「わかったよ。それなら実用的な説明…… "上空注意" ハイ終わり」
 上空。何かが落ちてくる。決闘盤……違う。
 もっと、もっともっと大きななにか。
「なんだあれは!」 「コアラだ! デカイコアラがふってくるぞ」
「ブロートンさあああああああああああああああああああん!」

 そこから先は壮絶だった。落ちて来たのは《マスター・オブ・OZ》。攻撃力4200、守備力3700の怪物。ブロートンは《トライホーン・ドラゴン》を盾に被害を最小限に食い止めようとした。動かない。《トライホーン・ドラゴン》が動けない。《早すぎた埋葬》に支配された哀れな龍にコアラをぶつける、そんな気など更々なかった。《トライホーン・ドラゴン》は動けない。巨大な、神話に登場するような神の腕を彷彿とさせる、巨大な腕でがっしりと首根っこを押さえられた《トライホーン・ドラゴン》。マジック・エフェクトはとうの昔に発動していた。速攻魔法《死者への供物》。リードが何かを握るようにかざした手を振ると(まるでもぎ取るように!)《トライホーン・ドラゴン》の首がポトリと落ちて、儀式の生贄のように転がって。この数秒のやりとりの後、ブロートンは腕でガードを固めた。4200、残りのライフは7200、耐えられる筈。皮算用に過ぎなかった。すぐに己の読みが間違っていたことに気がついて、気がついた時にはもう遅かった。衝突時の速度は重力加速度9.2に高さと2をかけてそこからルートを外した数値、高ければ高いほど衝撃は大きくなる。あの、《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》よりも重いコアラ ―― あくまでデータ上の話に過ぎないが、--OZONE--の中ではそれが衝撃波という形で実体化する ―― が150キロを超えるスピードでブロートンを直撃する。その恐怖。それが ――



Ayers Rock Impact!



リード:3000LP
ブロートン:0LP

「5000の代価と引き替えに」 パルムが淡々と言った。 「《デビル・フランケン》で引っ張った《マスター・オブ・OZ》を《野性解放》して思いっきりぶつける……正直言って、あんま好きじゃないんだけど」
「そうなのか?」 ラウに聞かれたパルムが、ほんの少し眉を下げる。
「メンテが面倒くさいんだよあれ。《デビル・フランケン》なんてこってこての骨董品を動かすために相当な無茶がいるわけだから。決闘盤への負担が半端ない」
「無理矢理引きだしてるわけだからな。だが、使えと言ったのはおまえだろ」
「だから今の内に色々試しとこうと思ってさ。リード、それ貸して。直すから」
 パルムの言葉に従い、リードは決闘盤をパルムの鞄に放り込む。
「しっかし、《デビル・フランケン》で攻撃宣言できれば、もう少し楽になるんだけどなあ」
「骨董品の修理品だからね。メインの効果が使い物になるだけ運がいいんじゃない」
「それもそうか。そんじゃあ、まあ、これで一件落着ってことで」
 あまりの驚きに失神したブロートンの周りでは、門弟達が糸の切れた凧のようになっていた。チャンドラはブロートンの惨状をみて放心し、セルモスはブロートンに酸素ボンベをあて、ゴードンは号泣し 『偉大なるブロートン、文学と共に動乱の時代を駆け抜け、自らを《早すぎた埋葬》の中に没す』 等と読み上げる。いずれにせよ、これ以上の決闘行為は不可能。決着と言える。

「あれ? 終わってる。なんだなんだ折角かけつけたのに」
 アリアを追っていたテイルがようやく帰還。
 ラウとパルムは "誰?" という顔でリードをみる。
「テイルという男だ。途中まで一緒にあのブロートン一派と闘った」
「なんでもいいけど、あいつら無駄に元気だな。戒名まで作ってやったのに」
「おまえとアリアが散々ぼこぼこにして、そんで大黒柱まで凹られたんだ、あいつらはもう終わりだろ。なにかと一言言いたくはなるが、これ以上かまう必要はない。んで、俺等は今から帰るところなんだが……あいつは釣れなかったのか?」
「さあね」
「そうか。なあテイル。少し俺達と遊ばないか? 茶菓子ぐらいは奢るぞ」
「いいねそれ」 「ラウ、パルム、こいつ結構見所あるぜ。案外いけるかも」
 リードは一旦首を捻ると、ぽつんと立っていたミィの方をようやく見る。
「帰り道に気をつけろ。特に私営のカードショップの近くじゃな」
「あ、ありがとうございました。本当にありがとうございました」
 途中まで一緒に歩くと、分かれ道でリードが言った。
「礼はいいよ。大会出れない憂さ晴らしだから。じゃあな」

 竜巻のように彼女の身に起こった一連の事件は、それこそ竜巻が過ぎ去ったあとのようにミィの心をぽっかりと開きっ放しにしてしまった。ミィは、これ以上変なことに巻き込まれないよう歩きだす。不思議とブロートン一派に絡まれたことは思い出さなかった。 "彼ら" の決闘、そればかりが記憶に残っていた。決闘者。闘いを決める者。頑張れと誰かは言った。闘えということだ。逃げたいと思ったことがある。大抵逃げちゃいけないとも一緒に思う。逃げた方がいいときもある。ミィには一から十までが闘わなければならないことには思えなかった。一方で、いつどこでなにと闘えばいいのかもわからない。彼らは違う。彼らは闘いを決める者だった。ミィは歩き続けた。なにかを胸に秘めながら ――

 以上が事の顛末である。確かに話としては非常にありふれた部類であり特筆するような点は何もないようにも思われる。しかし、それが発端であることに、あいつらが始まっていることに変わりはない。これは、決闘者と決闘者の間で繰り広げられる、血を吐き、札を引く、飽くなき激戦の物語である。



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。熱い週一更新(芸風説明回)はここまで。明るく楽しく衝撃波喰らいながら頑張ります。
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております。

□前話 □表紙 □次話























































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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