俺が尊敬する決闘者(デュエリスト)の話をさせてくれ。

 ミツルさんは西地区最大規模の決闘集団(デュエルチーム)『Earthbound』の主将を務めている西の全一決闘者(トップデュエリスト)だ。個人ランキング1位―公式戦とチームデュエルがほぼ同義語にあたる西地区の個人ランキングはアテにならないと散々貶されてはいるものの、ことミツルさんに限って言えば誰も異議を挟まない―を不動のものとするみんなの憧れで、勿論俺も尊敬している。冷静な読みと大胆な攻めを併せ持つプレイスタイルはみんなのお手本。決闘の参考書も既に3冊程出版された。『基礎から満足! 決闘入門』『決闘筋のススメ』なんかがそれだ。変わり種では『そのエンドサイクはちょっと待て!』(掌を突き出す格好のミツルさんは少しばかり新鮮だった)なんかも出している。容姿に関しても一言触れておいていいだろう。西のTCGでトップを張り、そこに188cmの長身と端正な顔立ちが同居して人気が出ないわけがない。雑誌の表紙を飾った回数なんて、狂信的なマニア以外は誰も覚えちゃいない。それはもう日常風景。写真集も1冊出てる。『MITURU』。そのまんまだがそのまんまでいい。ミツルという名前は西のブランドであり商標登録もされているので、迂闊に使うと沢山お金を取られるなんてのは西の常識。誰かが18禁の同人誌を出して騒動になったことさえある。性格に関しても非の打ち所がない。怒鳴ることもあるが、怒りに我を忘れたそれではない。チームリーダーとして必要なとき必要なだけ声をあげる。そう、チームリーダー。チームデュエルを主体とする西では、チームリーダーという存在と否応なしに向き合うこととなる。かくいう俺もチームアースバウンドのメンバーで、家族やらなんやらそういうのを除けばミツルさんと誰よりも接している内の1人だ。ミツルさんから直に指導されたこともある。あの時は感動のあまり夜眠れなかったっけ。まあ、なんていうか、そんなこんなで、遊び友達を相手に偉そうな顔して一席ぶてるくらいにはミツルさんについて詳しいつもりでいた。

 ミツルさんミツルさんねえミツルさん……

 ミツルさんはストイックな人だ。金に不自由することはないが、1人で遊び回ってるところをみた奴はいない。ぶっちゃけチームで一番練習してるのはミツルさんだ。 「何が楽しくてそんなに練習するんですか?」 と聞かれて 「何が楽しいのかはわからないが苦痛と感じたこともない」 と答えたのが印象的だ。そんなミツルさんだが決して周りに無理強いしない。誰かを指導するときは、必ずその誰かのレベルに合わせたものの言い方をする。そんなミツルさんだから、ただでさえ多かった取り巻きが増えること増えること。ミツルさんが台頭して以来、アースバウンドは元々でかかった規模を西の象徴にまで引き上げた。ところでチームアースバウンドは(トップチームなので)余程ストイックかと思いきや、実のところトップというものはそれほど極端ではない。遊ぶときは遊ぶ。チーム内の繋がりも思いの外太いので、チームメイト同士で良く遊ぶ。遊ぶんだ、が、果たしてミツルさんを合コンにつれていけるのかというゆゆしき問題がある。勿論ミツルさんは断るわけだが、俺達からしてもミツルさんに来られるとかなり困る。女の子は喜ぶに違いないが俺達は決して喜ばないだろう。ミツルさんもその辺は心得てるのか冗談でも行こうとは言わない。けど面白いことに、誰かの家で二階堂電鉄(通称ニカデン)をやろうとなったら意外と食いついてくる。そんで多忙等を理由に1〜2時間くらいで帰る。チームの打ち上げで飲み会になると、ミツルさんは一次会にこそ欠かさず出るが二次会には決して来ない。酔っ払ったアホが誘っても頑なに固辞する。一次会ではどこから仕入れたのか俺らに話を合わせたり、一気呑みやったり、たまには俺にやらせろとばかりにマイクを握ったりするが二次会には決して来ない。なんでかと聞いたアホがいたらしいが(俺は単純に忙しいからだと思っていた)、ミツルさんは笑って 「俺が居たら愚痴の一つも言えないだろ」 と言っていたそうな。非の打ち所がない、俺らからすれば最高のリーダー。でもだからこそ不思議に思う時がある。ミツルさんは俺らの憧れだ。ミツルさんの着ている服もまた俺らの憧れだ。そんでミツルさんは、合間の時間にファッション誌や二階堂電鉄のデータブックをじっと眺めている。何もおかしいところはない。俺もおかしいとは思ってない。思ってないんだけど、そこになにか異様なものを感じるときがある。二階堂電鉄をやりながら笑うミツルさんの笑みを嘘だとは思わない。嘘だとは思わないが、俺はそこに努力の跡みたいなものを感じてしまうときがある。

 ミツルさんミツルさんねえミツルさん……

 不思議なことがある。あれだけストイックに決闘を追求してるミツルさんなのに、現実の大会では冷淡すぎるように思えてならない瞬間がある。チームの士気を上げるため進んで声を出し、誰かが緊張しているとみるやすぐさまフォローを入れる程なのに、いざ大一番というときの、なんていうか執着心みたいなものがなさすぎるような気がしてならない。え? ああ、わかってるわかってる。ポーカーフェイスといえばそれまでだ。リーダーが私情を晒してはいけない。リーダーは常にドンと構えているべきだ。勝利の栄光を掴むため、勝負所ほど自制を心掛けているだけ、そう言いたいんだろ? ミツルさんが以前雑誌で語っていたように。んで、その証拠に、大規模大会で優勝するとミツルさんの笑顔が拝める。ああそうさ。筋が通ってる。筋が通ってるよ。だけどな、俺は違和感を覚えてしまうんだ。みんなと肩を組み気さくに笑ってるミツルさんのそれは本物なのだろうか。 "ミツルの素顔" と称し、ミツルさんが話のわかる、気さくな人だと伝える特集は西の風物詩だ。だけど ――


Duel Episode 4

ミツル・アマギリ


 ちょっとした昔話をしたい。それはある晴れた日のこと ――

「ミツルさん」
「どうした?」
「今日のイベント、相手ってどこになったんすか?」
「二転三転してチームギャラクシーということになった」
「派手にやれってことですか」
「そう思っていいだろうな」
 その日、チームアースバウンドは西で最も高い48階建ての摩天楼の18階に来ていた。縦は勿論横にも広く、遠く離れて見ても変わらない存在感をみせつける西の新たな象徴的建築物。何がしたくてこんなものを作ったのかと聞けば 『何かをするために作った』 と答えが返ってくる一件からもわかるとおり、西の行政らしいといえば非常に西の行政らしいとしか言いようのない巨大なはんぺん。なんでもイベントなどで使われる一大決闘施設のお披露目回とのこと。そういう話となればうちが ―― 正確にはミツルさんが ―― 呼ばれない道理もないわけで。
「どうでもいいけど、18階でやることですかね、これ」
「そう愚痴るなレザール。これはこれで新鮮と思うことにしよう」
「思うことにしよう、ですか」 「本番では言わないけどな」「はは……」
 因みに、俺の名前はレザールだ。ま、それはどうでもいいけどよ。
「それはそうと。こう言ってはなんだが全体的にそれほどVIP臭がしない」
「知らないんですかミツルさん。これ、一般公募の抽選もやってたんですよ」
「ああ、なるほど。それで層がばらけてるのか。緊張してきたな」
「またまた」 「真摯な視線を浴びるのはいつだって怖いものだ」

 最初に言っておくと事件が起こったんだ。それもとびきりの。
「え〜それでは始めたいと思います。まずは行政長に……」
 行政長がマイクを握る。俺は背筋だけ伸ばして心を緩めきっていた。行政長といってもこういうときはその辺の校長先生となんら変わらない。眠いってこった。
「今日は皆さんお集まり……」
 この時既に 『奴』 は動き出していた。
「この街全てを見渡すことのできる……ん? なにか騒が……どうした!?」
 『奴』 は突然現れた。いやむしろ飛んだ。その動き、まるで猛禽類。腕を動かさない独特のフォームで奴は群衆を突っ切って。静止しようとする(節穴の)警備員に向かって左腕を突き出し、装着していた決闘盤(デュエルディスク)、そう、あろうことか決闘盤から伸びた銃口を突き付け1発2発。避けられるわけもなく。肩口に喰らって崩れ落ちる警備員になど目もくれず、壇上の行政長の後ろに回り込む。俺が緩みきった精神を緊張させるまでの間、その間5秒と経たない内に全ては終了していた(後から聞いた話だが、ミツルさんはこの時飛び出しにくい場所にいたらしく、かなり悔やんでいた)。
「すぅいま! せーん! この式典中止してもらっていいですかあ!」
 バババババッ……って音が辺りに響く。フルオート射撃だ。迫力ある決闘を演出するためか、室内は音が反響する仕組みになっていて、その音は必要以上にけたたましく響いた。とはいえ、普通に響いたとしても悲鳴と混乱という結果は変わらなかったに違いない。
「ななな、なんだ!?」 「ドッキリか!?」 「違う! テロリストだ!」 「逃げろ!」
 銃弾、それも射札兼用―撃つも引くも思いのまま―の決闘盤(デュエルディスク)( 『決闘銃盤(イングラム)』 と言うらしい)から発射される銃弾が本物の殺傷力を持っていた時点でそれがドッキリでないことは明白だった。
「さあ逃げろ。一糸乱れぬチームワークをみせてみろ。それが西の伝統、違いますかぁ?」
 男は襲撃時真っ先に行政長のところへ向かっていき足を払い、 『決闘銃盤』 とは別の、槍のようなものを背中に押しつけていた。言うまでもなく人質だ。下手な真似をすれば撃つということなのだろう。そんな犯人の思惑通りか逃げ惑う群衆。将棋倒しになるほど、どうしようもない人数を詰め込んだわけではなかったのがせめてもの幸運といえたかもしれない。
「行政長を解放しろ」 「ミツルさん!?」
「おおっとあんたはミツル・アマギリじゃないのお。できると思いますかあ?」
「価値のある人質が欲しいなら俺を使ってくれ。おそらくそれなりの価値はある」
 確かに、行政長が捕まるよりも事件報道の視聴率が上がることは間違いない。
「悪くない。悪くないがやっぱり駄目だ。決闘者なんて危険な爆弾を抱き込むより肥え太った豚を飼う方がうんと楽だからな。消えろ。俺はこの景色をじっくり堪能したいんだ。警備員から順番にいけ! それとここのコントロールを貰うぜ。逆らったらどうなるかわかるな」
 そこから先はお決まりのパニックだった。先導するものもろくにおらず、我先にエレベーターに駆け込んでいく。そんな中、俺とミツルさんは他のチームメイトとはぐれ、2人で行動していた。正確には、行動する破目になった。そう、ここからが本当の問題だったんだ。

「どうしたんですか。さっさと逃げましょう。こんなところにいたら……」
 16階。俺達は階段で16階まで降りていた。ミツルさんは頑として動かない。
「この混乱状態を逆に利用して、行政長を助け出す方法はないものかな」
「ミツルさん。俺達は警察でも軍隊でもありません、決闘者なんですよ」
 正論を言ったつもりだ。だが多数決の世界は俺を支持しなかった。多数決、そう、ここには俺達以外にもう1人いたんだ。そいつがまた俺の頭を痛くした。
「決闘盤を持っていた。あれはカードゲーマー……いや、決闘者かな」
 女。いつの間にかそこにいて、なぜかミツルさんと対等に話している。
「同感だ。それも相当な使い手。となると決闘者でない連中には荷が重い」
 心技体の最高峰が要求されるカードゲームの達人が心身共に並外れているのは最早常識。もしも奴がその道の上級者であるならば確かに厄介な相手ではある。だけど、いくらなんでも。
「飛び道具があれだけならなんとかなるかも。爆弾くらいはありそうだけど」
「決闘盤は当然としてこちらにも武器があれば……ボールペンかなにかもってないか」
「持ってるけどどうすんの?」 「ダーツを少々。ないよりマシだ。君の決闘盤は?」
「あっ、わたしは持ってない。カードゲーマーじゃないっていうか……」 「そうなのか」 「あはは……」
 当然のように作戦会議を続ける2人をみて思わず聞いた。 「知り合いですか?」 返ってきた言葉は 「初対面だ」 作戦会議は当然のように続く。ミツルさんの手前、ふざけるなと言いたいのを堪えて俺は聞いた。 「おい女、おまえは誰だ」 ってな。
「アリア」
 女は一言そう答えただけだった。俺には不十分だがミツルさんにはそれで十分だったらしい。確かに、今重要なのは女が何者かよりもこの先どうするかだ。
「問題はどうやって近づくかだな。正規のルートはなにかとリスキーだ」
「罠があるかもね。あのさ、もしよかったらわりと簡単な方法があるんだけど」
 女は握った拳の親指を立て、背後を指さした。指さしたんだがそこには窓しかなくて。 「なにが言いたい」 そう言いかけた俺はいい面の皮だ。わかっていないのは俺だけだった。
「なるほど。一理ある。あそこから外に出て、壁を登っていけば敵に気づかれず楽に接近できるな。通常のルートで上にあがるより遙かにローリスクだ」
 『先攻1ターン目に《炎獄魔人ヘル・バーナー》を通常召喚すればハンデス喰らわないからローリスク』 と言われたときのような気持ちになったことを付け加えておく。
「ことがことだから。少しばかりものをぶっ壊しても免罪っしょ。わたしもさ、タイミングが合わなくて助けられなかったの後悔してるし。やるならとことんやんないと」
「それじゃあいくか」 「あんまここで時間喰うわけにはいかないもんね」
「ちょちょちょちょっとまってください。壁登るってなんですか。んな無茶な」
「おまえは下に降りろ。なにか罠があるかもしれない。気をつけてな」
「どうして。どうしてミツルさんが行くんですか? どうして」
「行政長にはいくらか借りがある。助けないわけにはいかないだろう」
「だからそれは警察に。無力な人間を助けるのは決闘者の仕事じゃない」
「レザール、おまえは行政長が無力な人間だと思っているのか?」
「え? そりゃそうでしょ。武器を突き付けられてるんですよ武器を」
「わかっていないようだな。だからこそ……事は一刻を争うんだ」

「んん〜快適。人は少ない方がいい。いつだってそうだ。いつだってそうなんだ」
 ここから少しは俺が直接観た話ではない。直接聞いた話だ。行政長を盾にして各階から人々を追い出していった犯人は建物のコントロールを掌握。とある一室、犯人は行政長と共にいた。その表情は一言で言うと絶頂そのもの。迸る達成感で奴は高まるだけ高まっていた。
「ギャラリーはこれから外に集めていく。内野は選手だけで十分」
 邪悪な笑顔を絶やさない。武装した犯人に捕まった行政長の心境やいかに。きっと震えが止まらなかっただろう。そういう風に考える俺は結局のところ何もわかっちゃいなかった。
「ああそうだ。これで誰かに危害が加えられることはなくなった」
 行政長の武勇伝を丸呑みしていいものか。少し迷ったが、ミツルさん曰く昔はぶいぶい馴らした(この言い方に時代を感じる)お人だったそうで。皆が避難するのを待っていた行政長は、一瞬の隙を付いて刃先から離れ、瞬時に槍(のようなもの)を打ち払う。
「今死にたいのか行政長!」 「今生きるためにこうしている!」
 しかし犯人には未だ左の、本命の『決闘銃盤(イングラム)』が残されていた。銃器相手に素手では勝ち目がない。そう考えるのが普通だが、直近で人質に取られていたことが功を奏したらしい。行政長は銃口を向けようとする犯人の両腕を内側から掴み、外向きに逸らす。腕と平行に装着される決闘盤の構造上、腕の指す方角がそのまま射角。腕が正面を向かない限り撃たれることはない。
「油断したな。 "戻ってきた蘇我劉邦"  これで決闘盤は使えまい」
「覚えていてくれたんですか。光栄の極みだよ行政長。さあここからどうされますか。腕を掴んだはいいがこのままではお互い身動きがとれない。どうする・おつもり・ですかあ?」
「何年行政長をやったと思っている。私の握力が幾つか知っているかね?」
「このまま握り続け、俺の腕を壊すのが狙いか。老人が!」
「カードゲーマーを無力化するのに一番いい方法だと思わないかね?」
「……」 「黙っていてはわからんぞ、リュウホウ」
「賛同しかねますって……さっきから言ってるだろ、なあ」
「聞こえなかったが」 「言いましたよ……心の中でな!」
 その数秒後 「馬鹿な」 というかすれ声と共に、行政長は眼を押さえて地に伏した。
「決闘盤も無しに勝負を挑むその根性はご立派。しかし貴方はわかっていない」
「なんということを。デッキで目潰しとは。この外道めがなんということを」
「こういうこともあろうかと、ちょっとした合図で発射されるようデッキを構築しておいた。眼が痛いか? 着弾したとき薬剤が溢れ出すようにできている。そりゃあ痛いさ。しかし随分と老いぼれたものですね。 "ちゃんと戻ってこないから" そうなる。脂がのってないから」
 その後は凄惨だった。 「それじゃあ脚の1つでももらっていくか」 と、八百屋で大根でも買うような勢いで犯人は行政長の脚を撃つ。躊躇いなんてどこにもなかった(らしい)。
「さてさて。それではこれで失礼。どうも鼠が入り込んでるようなので」
 脚を撃つことで最早逃げられないことを確信したのか、犯人は行政長を放置したまま、直感なのかセンサーでも置いていたのか、接近するミツルさん達の方へ出陣する。今にして思えば好都合だったかもしれない。人質と一緒に来られるよりは。

「レザール、ここから動くな。奴が突っ込んできたときと、何か投げたときだけは回避しろ」
 指示するのはミツルさんで指示を受けるのは俺。ミツルさんと俺とあの女は、 『決闘銃盤』 を構えた犯人の目と鼻の先でチャンスを伺っていた。なぜ俺がここにいるのかといえば、普通に階段で後を追ったからだ。今にして思えばぞっとする話。犯人の目がミツルさんに絞られていたのかどうなのか、運良く無傷だっただけで、もしかしたらなんらかの罠にかかってあの世に行っていたかもしれないのに。 「ミツルさんが心配で。俺だけ黙ってられないですよ」 とは俺の弁だがぶっちゃけ嘘だ。ミツルさんなら大丈夫だという妙な確信はあった。黙っていられなかったのはあの女の所為だ。意地と嫉妬が入り交じった感情が、俺に生まれて初めての無茶をさせた。ぶっちゃけ極限状況で頭がどうかしていたんだろうさ。おかげで俺はここにいる。ここでみている。ことの成り行きを、これ以上無い特等席で。
「行政長はどうした。どこでどうしている。無事なのか」
「少し五月蠅かったんで脚を撃たせてもらった。まったく年寄りと来たら」
 なんてこった。俺はそう思った。だけど他の2人は全然違っていて。
「脚を撃たれただけなら致命傷じゃないな。このドローラックは悪くない」
「暫くは放っておいても死にはしない筈。まずは確実にアレを仕留める」
 呆れる俺をよそにチャンスを伺う2人。弾幕の嵐がある以上、迂闊にはでていけない。
「流石に近づけないがこのまま隠れるのはよくない。爆弾の一つでも投げ込まれたら困る」
 困るどころではない。そりゃ俺とてカードゲーマーの端くれだ。その辺の連中より身体が硬い自信はある。受身だってそれなりに自信がある。けどそれも程度問題だ。そうこうしてる内に女が喋る。
「あの決闘盤(デュエルディスク)短機関銃(サブマシンガン)をくっつけてるみたいだね。あんまりいい出来じゃなさそう。腕力に任せて無理矢理抑え込んでるけど、かなりぶれてる。照準器(サイト)も付いてないから命中精度が悪い。接射でもしなければそうそう当たらないよ」
「そうはいってもこう弾幕を張られては厄介だ。簡単には近づけない。弾切れを待ってもいいが、それはそれで面倒なことになりそうだ。奴が遊んでる内にどうにかしたいが……」
「ほらほらでてこいよ! どうせなら俺と遊ぼうぜ! なあ!」
「そろそろ弾倉を代える頃……援護よろしく。いってくる」
 コンビニに肉まん買いに行く勢いであの女は飛び出した。当然銃口がそちらを向く。 「ふざけんな!」 そんな俺の叫びは虚しく響く。異常な瞬発力でステップを踏み、銃弾を紙一重でかわしていく女を俺は遠目で眺めるだけだった。犯人は銃口を動かし女を追うが、そこで弾が切れる。舌打ちして弾倉を取り替えようとする犯人だが、その瞬間左手にボールペンが刺さる。ミツルさんの援護だ。その頃女の方はというと、慣性にまかせて壁に身体を寄せ、そのまま壁を駆け上がる。犯人が体勢を立て直す頃、既に女は懐に飛び込んでいた。驚きの言葉を口にする。
「わたしのターン、ドロー!」
 まるでカードを引くように。鞘から刀を抜くように。射出された右手は 『決闘銃盤』 を鮮やかに捉える。正確には捉えたらしい。俺には見えなかったからだ。俺がみたのは結果だけ。決闘盤のオプション、即ち短機関銃部分の核に当たる部分を吹っ飛ばす。素手で。 「あの動きやはりカードゲーマー……いや、決闘者か」 とはミツルさんの弁。その後 「いぃったたた。ああもう痛い。鈍ってる」 とかなんとかふざけたことを言ってたが俺の知ったこっちゃない。
「このアマァ!」
 銃器を失った犯人は激高して女に襲いかかろうとする。
 声が響いた。俺のでも女のでもなく、ミツルさんの声が。
「もういいでしょう。 "戻ってきた男、蘇我劉邦" にこんなことは似合わない」

 リュウホウ・ソガ。それが奴の名前だった。正直、聞くまでは全くわからなかったが、聞いた瞬間記憶からうっすらとした像が浮かび上がってくる。変わり果ててはいるが、確かにこいつはかつての有名人  ―― 西の年間チャンピオンだ。 「戻ってきた! 戻ってきたぞ蘇我劉邦! たっぷりたっぷり脂をのせて! 地獄の四角海域から今ここに! 戻ってきたああああああああああああ!」 往年の名実況が頭に蘇る。いつからかは知らないが、ミツルさんはその正体に気付いていたらしい。
「似合わない? そんなことはないさ。ようやく戻ってきたんだ。派手に散ろうぜえ」
 銃をやられたというのにまるで焦っていない。奴は勢いよく上着を開け放った。
「ダイナマイト。自爆するつもりか」
「おっと動くなよ。俺の自爆とビルの自爆は一蓮托生。残念、ここは俺のビルなんだ」
 不味い不味いホント不味い。俺は本気で後悔した。なんで意地を張って来てしまったのだろうと。そうさ。俺は自分の運命のことしか考えていなかった。あの時の俺ではそれが限界だった。
「なるほど。確かにここで爆破されては非常に困る。だが困るのは俺達だけとも限らない。リュウホウ・ソガ。貴方もこのまま負けて散るのは本望じゃない筈。派手に散ると言っても、これではなにがどうなったのか、それすら世間には伝わらない。だから……俺と決闘(デュエル)しろ」
 ミツルさん? あまりのことに俺は仰天した。
「貴方が勝ったら好きにしていい。だが俺が勝ったら起爆装置を全て手放せ」
「はっはっは。あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! おもしろいねえ。実におもしろいよお最高だ。呑むと思うか? 呑むと思うか? 呑むと思うか?」
 駄目だ。いくらなんでも決闘で決着なんて呑むわけがない。
「これがなんと呑んじゃうんだよなあ! 決闘で決着ぅ!」
 なんてこったい。奴は決闘を呑みやがった。
「しかーし。呑むためには条件がある。代償をもらおうか。おまえのライフは半分だ」
 ライフ4000。不味い。ミツルさんのデッキにその条件はかなり不味いと言える。
「貴方の条件で闘おう。その代わり約束だけは守れ。それが決闘者というものだ」
「それじゃあいくか」
 どこへ……なんて俺が考えてる間に、"戻ってきた蘇我劉邦" は走り出した。ミツルさんも同様の動きで走り出す。走る先には銃弾で割れた窓しかない。窓? 嫌な予感がした人達、正解だ。あの2人は何を血迷ったか窓に向けて飛び出し、窓枠に脚の先をつけて飛び上がる。
「わたしたちも行くよ。この勝負、見届けないとね」

「 『決闘銃盤(イングラム)』 のTCGを司る部分は起爆装置と直結している。残念だったな。あの女が破壊したのは弾をひり出すとこだけさ。既に時限装置は起動した。おまえと俺で10ターン過ぎるまでに決着がつかなければこのビルは大爆発。俺もおまえもさようなら。助かるまい」
「起爆装置まで駆け引きに使うのか。了解した。こちらから確認したいことは1つだけ。10ターン以内に貴方を、いや、おまえを倒せば起爆装置は止まるんだな」
「大サービスだ。その代わり、おまえの敗北の先にあるのは死だ」
「いいだろう」
「流石はミツル・アマギリ。流石は全一決闘者(トップデュエリスト)。約束は必ず守ってくれるだろうなあ」
 ふざけた話だが間違ってはいない。ミツルさんは約束を守る。でもあいつはどうだろう。あいつが約束を守るとはっきり言えるのか? この勝負は公正なのか? 疑問と不安ばかりが膨らんだ。
「ミツル・アマギリと心中するのも悪くはないが、ミツル・アマギリを決闘で殺した男になるのはよりよい土産。地獄の閻魔も査定で考慮するだろうさ。おまえが負けた暁には、この決闘記録を西中にばらまく。阿鼻叫喚の渦の中、"戻ってきた蘇我劉邦" ワンマンショーが始まるのさ。さあいくぞ。デュエルフィールドはこの屋上全体、立ち位置の縛り無し。古式決闘(エンシェント・デュエル)だ!」
 古式決闘。ミツルさんとリュウホウ・ソガはフィールド中央に向かって疾走する。両腕を揺らさず、決闘盤を固定して構える例の走法。あの女が言うには、走りながらカードゲームをするために編み出された走法で、慣れると走りながらメモ取れて便利とかなんとか。結局のところ、こん中であれができないのは俺だけで、置いてけぼりどころの話じゃない。そうこうしてる内に2人はフィールド中央で激突。古式決闘とは要するに、先攻後攻の取り決めで決闘盤を投げるのではなく直にぶつけあう肉弾式決闘。優勢なのはミツルさんだった。やはり正面からの真っ向勝負では天地咬渦狗流武闘術(※肉体の動きを高度に極める為ミツルさんが修めた流派。館長が何かと目立ちたがりで、アースバウンドの数ある支援団体の一つにもなっているのはあまりにも有名だ)免許皆伝の腕を持つミツルさんに分がある、と、思いきやミツルさんが顔をそらした。女が呟く。 「あ、含み針」  体勢を崩したミツルさんを押し切って。先攻を取ったのは "戻ってきた男、蘇我劉邦"。

「先攻は貰ったよ、ミツル。コッキングOK……楽しい撃ち合いの始まりだ。ドロー。手札から永続魔法:《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》を発動」
 卑怯と叫ぶのは俺だけ。ミツルさんは不動の構えで迎え撃つ。
「モンスター、マジック・トラップを1枚ずつセット。ターンエンド」
「ドロー。……勝負だ、蘇我劉邦」
 先攻を取られたもののミツルさんはいつも通りだった。手札を確認、戦況を見据え、最善手を模索する。誰もが行い、誰もが行うべき基本姿勢。不利な条件であってもそれは変わらない。
「フィールドスペルを貼らせてもらう。《死皇帝の陵墓》を発動」 「来たか。さあ己の身を切ってみろ」
 不利すぎると言ったのはこれが原因だ。ミツルさんの十八番《死皇帝の陵墓》。ライフを支払うことで生贄を減らすことができる。けど、初期ライフが4000ではあまりに危険だ。
「1000ライフを支払い、《地培神獣メル・ウォレス》を通常召喚。バトルフェイズ」

地培神獣メル・ウォレス(効果モンスター)
星6/闇属性/悪魔族/攻2200守0
このカードが相手によってフィールド上から離れたターンのエンドフェイズ、自分フィールド上に「神獣トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守0)を2体特殊召喚する。フィールド魔法が存在する場合、このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、相手ライフに800ポイントのダメージを与える。


 前座としては優秀。けれど場には《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》。迂闊に攻めれば手痛いしっぺ返しを食うだろう。なら黙るか。それも無理な相談。この決闘には猶予がないのだから。
「メル・ウォレスでセットモンスターを攻撃する」
 決闘を動かす為か、ミツルさんは敢えて止まらない。
「《A・ジェネクス・チェンジャー》が破壊されたことで《機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)》を発動」
 効果ダメージ800。だが奴にはフロントラインがある。後続を呼べるんだ。
「《A・ジェネクス・クラッシャー》を特殊召喚。こいつの能力は知ってるな」
 同属性の通常召喚をトリガーに、札1枚を破壊するよくわらかん物体A。
「メインフェイズ2、壱番と弐番にカードをセットする。ターンエンドだ」

Aアーリー・ジェネクス・クラッシャー(効果モンスター)
星4/闇属性/機械族/攻1000/守2000
自分フィールド上のこのカードと同じ属性のモンスターが自分フィールド上に召喚された時、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊できる。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

Turn 3
□リュウホウ・ソガ
 Hand 3
 Monster 1(《A・ジェネクス・クラッシャー》)
 Magic・Trap 2(《機甲部隊の最前線》/セット)
 Life Point 7200
■ミツル・アマギリ
 Hand 2
 Monster 1(《地培神獣メル・ウォレス》
 Magic・Trap 3(《死皇帝の陵墓》/セット/セット)
 Life Point 3000

「ミツルさあん、ミツルさあん、ねえミツルさあん。なんで決闘を受けたのかわかりますかあ? おまえがミツルだからだよ。残りは8ターン。残りは3000。さあ1枚引こうかさあ引いた。選択肢は3つある。セットを潰すか、地培神獣を潰すか、はたまた死皇帝の陵墓を潰すか。さあ一緒に考えよう」
 舐めた態度だが挑発の内だろう。そう思っても尚、俺は憤る自分を抑えきれなかった。
「セットを潰せば楽しいかもしれないが、チェーンされたら泣いちゃうかもしれない。《死皇帝の陵墓》を潰せば後続を絶てるかもしれないが、2枚目引かれりゃ号泣だ。残るは地培神獣を潰す選択肢。消去法? 違うねこれは戦略だ! でろ、《A・ジェネクス・パワーコール》」

Aアーリー・ジェネクス・パワーコール(効果モンスター)
星4/闇属性/機械族/攻1700/守 0
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカードと同じ属性を持つ、このカード以外の自分フィールド上のモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。


「パワーコールが通常召喚されたことでクラッシャーの効果を発動! 地培神獣を潰す」
 奴の言うとおりこれは戦略。この状況で《死皇帝の陵墓》を潰したいなら、目の前の陵墓を割るよりもライフを削った方が一石二鳥。ライフを奪えば陵墓は使えない。それが奴の戦略。
「クラッシャーの効果で地培神獣は消えた。パワーコールでダイレクトアタック!」
「それは通さない。ライフ3000時の被攻撃宣言をトリガーに弐番から《栄誉の贄》を発動」
 ライフが減れば減るほど《死皇帝の陵墓》のリスクは大きくなるのは確かにそうだ。だけど、その程度の困難で容易く負ける人じゃない。逆境をバネに好手を打てるのがミツルさん ――
「甘い甘い! 《魔宮の賄賂》を発動。《栄誉の贄》を打ち消す。喰らいなよ、ミツル!」

リュウホウ・ソガ:7200LP
ミツル・アマギリ:1300 LP

「流石は "戻ってきた蘇我劉邦"。だがなぜだ。なぜおまえ程の男がこんな暴挙にでる」
「人生を完結させるためさ。かつてチャンプだった男なんて所詮は一発屋だろ? 人生は二瘤駱駝でなくちゃいけない。人生最後の晴れ舞台、このビルで華々しく爆散したとき俺はもう一度絶頂に達し、その後の落下をあたかもフリーフォールのように満喫できる。山あり谷ありのそれとなる。山あり谷あり、なんという響き。心電図をみろ、生きるってのはそういうことさ」
「自殺か自爆か知らないが、やるなら1人でひっそりやれ。誰も巻き込むな」
「自殺だからこそそうすべきだ。1:1交換の人生になんの価値がある。人生は自分だけライフのある決闘のようなもの。幾ら除去って殴ってもこの世のライフは減らない。減るのはこちらのライフだけ。あいつも、こいつも、そいつも、かわらねえかわらねえかわらねえ。ならどうする。借りて返さない、これがベスト・プレイング。人生の価値はどれだけ借金したかで決まる。さあ残りは1300だ。クラッシャーは、パワーコールの効果で攻撃力を1500まであげている。ダイレクトアタック。くたばりな!」
「おまえの言葉に賛同するわけにはいかない。《バトルフェーダー》を特殊召喚」

バトルフェーダー(効果モンスター)
星1/闇属性/悪魔族/攻 0/守 0
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。


 《バトルフェーダー》の効果でバトルフェイズを終了する。なんとか防いだ。その "なんとか" が問題なんだ。序盤で緊急退避を使わされたということ。ハンデが響いてる。
「わからない? いつかわかるさ。《タイムカプセル》を発動。ターンエンド」
 エンドフェイズ、メル・ウォレスの効果により神獣トークンを2体特殊召喚。これで場には壁兼生贄要員が全部で3体。残りライフは兎も角、反撃の体勢は整った。
「ドロー。俺は俺の、西の決闘を貫く。《闇の誘惑》を発動」
 手札を整え、ミツルさんは反撃の狼煙を上げた。
「神獣トークン1体をリリース、《邪帝ガイウス》をアドバンス召喚」
「ガイウスを残したか!」 「効果発動。まずはフロントラインを潰す」
 相手モンスターは全て闇属性。ガイウスで抉れば1000ダメージもらっていける。もらっていけるがフロントラインがある限り後続を断つことは出来ない。だから潰す。前線基地を。
「バトルフェイズ、《A・ジェネクス・クラッシャー》を攻撃する。派手に生きて派手に死ぬ、その価値は否定しない。だが、誰もがおまえを蔑むだろう。本当にそれでいいのか」
「それがどうした。第一、この世の全ての人間が本当に俺を蔑むかな。今の世代はそうかもしれない。だが次の世代、次の次の世代はどうかな。伝説になる用意はできている」
「過去の伝説は善悪を凌駕するとでも。おまえに良心はないのか」
「むしろこっちが聞きたいな。おまえには抱いて寝るような良心があるのか」
「……ここは西だ。西の良心にかけて俺はおまえを必ず倒す」
「はっ、いいねえ」 "戻ってきた蘇我劉邦" は不気味に、無遠慮に微笑んだ。

Turn 5
□リュウホウ・ソガ
 Hand 2
 Monster 1(《A・ジェネクス・パワーコール》)
 Magic・Trap 1(《タイムカプセル》)
 Life Point 6300
■ミツル・アマギリ
 Hand 2
 Monster 1(《邪帝ガイウス》/神獣トークン/《バトルフェーダー》)
 Magic・Trap 2(《死皇帝の陵墓》/セット)
 Life Point 1300

「ドロー。バトルフェイズ、《A・ジェネクス・パワーコール》で《バトルフェーダー》を破壊。メインフェイズ2、手札から《サイバー・ヴァリー》を召喚。効果発動。ヴァリーとパワーコールをゲームから除外。デッキからカードを2枚引く。こっちも《闇の誘惑》を発動。デッキから2枚引き、《A・ジェネクス・リバイバー》を除外。マジック・トラップを4枚セット。ターンエンド」
「ドロー。がら空きにしてまで補給に徹するか。神獣トークンを生贄に捧げ、九番に《魔導ギガサイバー》をアドバンス召喚。バトルフェイズへ移行する。いくぞ!」
 ミツルさんが構えを取り、勢いよく決闘盤をリリース。2体の上級を繰り出しリュウホウ・ソガを攻め立てる。当然奴もセットカードで迎え撃つ、と、思いきや奴は動かない。1体がリュウホウ・ソガの身体を浮かし、浮いたところをガイウスの重力波で叩く。得意の連携。これで殺せれば楽な話だが生憎奴はけろっとした顔で立ち上がる。奴は着込んでいた服をまた1枚捲った。ある種の防弾チョッキ。自慢げにみせると言うことは、殴打に対する耐性もあるのだろう。つくづく卑怯。公式戦では、決闘盤以外で 「防具」 に分類されるものを身体に纏うのは原則として禁止事項にあたる。格闘技でファウルカップ以外の防具を使っちゃいけないのと同じ理屈だ。試合場に鎧兜で現れる奴なんていないだろ? それはそういうことなんだ。なのにあいつときたら。まだ何かある。そんな気がした。
「メインフェイズ2、弐番に1枚セット。ターンエンド」

Turn 7
□リュウホウ・ソガ
 Hand 0
 Monster 0
 Magic・Trap 5(セット/セット/セット/セット/《タイムカプセル》)
 Life Point 1700
■ミツル・アマギリ
 Hand 1
 Monster 2 (《邪帝ガイウス》/《魔導ギガサイバー》)
 Magic・Trap 3(《死皇帝の陵墓》/セット/セット)
 Life Point 1300

「ドロー。さあどうしようか。悩ましいなあ。どうなっちゃうのかなあ」
「今更悩むふりなどしなくていい。おまえはわかっているはずだ」
 含蓄のあるミツルさんの言葉に、傍らの女が呼応した。
「あいつ、流石に勝負所を知ってる」 「どういう意味だ、それ」
 恥ずかしいことだが、女の言うことがすぐにはわからなかった。
「仕掛けるつもりだよ、ここで」 「このターンで? 本当なのか?」
 時間切れを狙うつもりはさらさらなかった、ということになる。
「最初からこのターンで決着をつけるつもりだった。10ターン以内に倒せなければ爆発すると言われて、いざ10ターン目ジャストに決着をつけようとする人間はあんまりいない。ミツルも万全を期して、8ターン目を勝負所にデュエルプランを構築していた筈。それなら ――」
「そうか。あの野郎にしてみれば、ミツルさんが動く一個手前が攻めどころ。ミツルさんが攻め込む分にはハンデがないんだ。ミツルさんのフルパワーを喰らう前に ――」
「スタンバイフェイズ、《タイムカプセル》の効果で……何を手札に加えたか教えてやるよ。今すぐ使うからなあ! この蘇我劉邦は、《封印の黄金櫃》を手札に加える」
 サーチカードでサーチカードをサーチする。わけがわからなかった、が、すぐにわかる。
「《封印の黄金櫃》を発動。デッキから《A・ジェネクス・ドゥルダーク》を未来に向けて除外」
 未来=二巡後。入手を前に決闘が終わる。それがわからない奴じゃない。狙いは ――
「 "4枚" のセットに働いてもらおうか。1枚目、《闇次元の解放》。戻るぜ戻るぜ戻ってくるぜ。除外ゾーンから《A・ジェネクス・ドゥルダーク》を特殊召喚。効果発動」

A・ジェネクス・ドゥルダーク(効果モンスター)
星4/闇属性/機械族/攻1800/守 200
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動する事ができる。このカードと同じ属性を持つ、相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。この効果を発動するターンこのカードは攻撃する事ができない。


「攻撃権を放棄することで闇属性モンスターを破壊する。目障りなんだよ! 消えろガイウス」
 1ターンに1度、ドゥルダークの掌から放たれる怪光線は、同じ闇属性を容赦なく屠る。
「まず1つ。ここで《マジック・プランター》を発動。《闇次元の解放》を墓地に送りカードを2枚引く。《闇次元の解放》を失ったことで《A・ジェネクス・ドゥルダーク》は再び除外……もう一度だ! 2枚目の《闇次元の解放》を発動! 《A・ジェネクス・ドゥルダーク》を特殊召喚! 脂がのって効果発動!」
 1度除外することで "1ターンに1度" の誓約をリセット。奴は執拗で、徹底していた。
「ギガサイバーを破壊。手札から速攻魔法:《非常食》を発動。《闇次元の解放》を墓地に送り、ドゥルダークを再度除外。手札から《A・ジェネクス・ベルフレイム》を通常召喚。さあいくぞ。3枚目ぇ!」
「……」 沈黙を貫くミツルさんの前で繰り広げられる除外と帰還の応酬。その到達点がこれだ。
「ライフを半分支払い《異次元からの帰還》を発動。除外ゾーンから《A・ジェネクス・ドゥルダーク》、《A・ジェネクス・リバイバー》、そして《A・ジェネクス・パワーコール》を特殊召喚。パワーコールの効果で他機の攻撃力は500ポイントアップする。はぁっはっは! また戻ってきちまったぜ!」
 あっとういう間の出来事だった。ミツルさんの場からはモンスターが消え、奴の場には4体ものAlly Genexがいる。部隊が動いた。ドゥルダークが利き腕と同じ方角の右へ、ベルフレイムが火炎放射器を担ぎつつ左へ、リバイバーが空を飛び背後にまわる。この部隊を正面で統率するのは勿論、不動の構えでチャージを行う電撃戦の申し子、パワーコールだ。
「囲め囲め。地の利を制して敵を討つ。このビルも、この屋上も、戻ってきた俺が貰った」
 "戻ってきた蘇我劉邦" 往年の一撃連携:【四面蘇我(フォー・デイズ)】。話には聞いていたが実際にみるのは初めてだった。電撃作戦で部隊を送り、四方位から包囲殲滅を行う逃げ場無しの一斉攻撃。地の利を制した必勝の策。あれを喰らった決闘者は食事も喉を通らず、西の畜産消費量を引き下げた……とまで謳われる、かの有名な一撃連携。けれどあそこにいるのはミツルさんだ。伏せカードも2枚ある。防げるはずだ。絶対。俺は無垢にもそう信じていた。
「この四面楚歌抜けられるかな。ファイナルアタックだ。全機一斉攻撃!」
 囲んで数秒と経たぬ内に号令がかかる。ドゥルダークの掌から放たれる高圧縮レーザー(Attack Point:2300)、ベルフレイムのバックパックから伸びた火炎放射器(Attack Point:2200)、リバイバーの両手から発射されるフィンガー・ミサイル(Attack Point:2700)、そしてパワーコールのプラズマキャノン(Attack Point:1700)。パワーコールの指揮を受けたこいつらの火力は、ミツルさんの残りライフを削りきって余りある。俺は拳を握りしめ、ミツルさんの勝利を信じた。けど俺はこの時、奴の罠に気がついていなかったんだ。 『この四面楚歌抜けられるかな』 というフレーズそのものが罠だということに。女が小さく 「上だ」 と呟く。つられるように上を見上げた俺の目に飛び込んだもの。
 ―― ダイナ……マイト?
「ミツルさぁあああああああああん!」
 俺はその場で絶叫を撒き散らした。奴のモンスターがミツルさんを取り囲み、その動きにミツルさんが目を奪われる一瞬、その一瞬の隙を突き、予め上空に投げておいたダイナマイト。前後左右に加えたもう1つ、 "上"。 二次元的な決闘から三次元的な決闘への転換。俺は叫んだ。だけど間に合うわけもなく。 『OZONE』 の衝撃波による疑似爆発と、本物の爆発が入り交じった爆風が辺りを包む。疑似爆発をリバース・カードで防いだとしても、本物の爆発までは防げない。
「はぁっはっはっは。四面楚歌じゃなくて五面楚歌だったな。ごおめんな! さあい!」
「てめえ! それでも西の元チャンプなのかよ! それでも! それでも決闘者か!」
「すぅいま! せーん! これでも元チャンプなんですぅ! イヤッホウ!」
 奴への罵倒も程々に、今度は女の胸ぐらを掴んだ。我ながら情けない真似だとは思うが問い詰めずにはいられなかった。その視野の広さでダイナマイトをみていたなら、なぜすぐに、大声の1つでもあげてミツルさんに教えなかったのかと。そうすれば ――
「真剣勝負だから。ミツルは全てを受け入れた」
 変態に何かを期待するだけ無駄だと頭ではわかっていた。わかっちゃいたが、収まりのつかなかった俺は女をぶん殴ろうとした。 "殴った" じゃないのは何もしなかったからだ。 「もう1つ、叫ぶ意味もないから」 という女の一言と、煙が晴れた瞬間、俺の目に飛び込んできた巨大な ――




Earthbound Immortal Ccapac Apu Special Summon



「最初の含み針は失敗だったな。先攻と引き替えに警戒心を植え付けてしまった」
「地縛神……なぜくたばらねえええんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 リュウホウ・ソガは憤怒とも悲哀ともつかない声をあげた。元西部最強を阻んだのは、爆発の中から現れた現西部最強。巨大な地縛神と、頭から少量の血を流した決闘者。さほど重傷にはみえない。
「なぜだ。なぜ俺のフェイバリット・ショットが効かない。なぜ倒れない」
「貴方と同じだ」
 ミツルさんは、哀しそうにそう言った。ミツルさんの場をよくみると、そこには ――
「弐番から《闇次元の解放》を発動。俺がしたことはこれだけです」
 【四面蘇我(フォー・デイズ)】ならぬ【五面蘇我(ファイブ・デイズ)】が炸裂したあの瞬間、ミツルさんは《闇次元の解放》を発動。5ターン目、《闇の誘惑》で除外した《地縛神 Ccapac Apu》を特殊召喚して障壁とする。地縛神の固有効果。地縛神には何者も触れることができない。攻撃において圧倒的な威を放つのは勿論のこと、ミツルさんの手に掛かれば防御においてもその真価を発揮する。圧倒的畏怖を放つ地縛神の特殊効果でダイレクトアタックを防ぐと共に、圧倒的巨躯を誇る地縛神の衝撃波でダイナマイトアタックを防ぐ。

地縛神(じばくしん) Ccapac Apu(コカパク アプ)(効果モンスター)
星10/闇属性/悪魔族/攻3000/守2500
「地縛神」と名のついたモンスターはフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
フィールド魔法カードが表側表示で存在しない場合このカードを破壊する。
相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。また、このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


「あいつは唯一のチャンスを手放したから」
 俺の言葉ではなく女の言葉だ。俺に語れる言葉などなかった。
「《死皇帝の陵墓》を張ってる時点でここはミツルのフィールド。その中で幾ら四方を囲んだとしても、地の利を制したといっても冗談にしかならない。あの哲学でミツルに勝ちたかったら、意地でも陵墓を割るしかなくて。それをしなかった時点で、2%くらいあった勝機が消えた」
 思い起こせばここは西の新たな象徴的建築物。西の象徴たるミツルさんのホームグラウンドでもあるということ。奴には謙虚さが足りなかったんだ。占拠したというみかけの事実に囚われてしまった。
「凄いなあ。読んでいたのか? けど俺には最後のリバースカードがある。わからないぜ?」
「いいえ。貴方にはもう打つ手がない。貴方の最後のセットカードは……《大革命返し》だ」
「……よくわかったな」
 《大革命返し》。全体除去へのアンチカード。それがあるから奴は今の戦法に踏み切れた。モンスター4体に対しセットカード2枚。全体除去さえ喰らわなければ数の暴力で押し切れる。しかしそれさえもミツルさんは全て読んでいた。いや、読めてしまった、というべきか。
「かつて決闘に燃える少年がいました。少年はチャンピオンの決闘に憧れ何度も何度もビデオを巻き戻す。何度除外されても戻ってくる不屈の闘志に溢れた決闘。何度打ちのめされようと、奈落の底から次元の果てから戻ってくる熱い決闘。少年は《リビングデッドの呼び声》よりも早く《闇次元の解放》を使い始めました。チャンピオンのように強く逞しくあろうと……ソガさん、貴方の決闘は誰よりもよく知っている。読めないはずがない。貴方の決闘は素晴らしかった。なのになぜこんなことを……」
「俺だってよ〜く知ってるさ。おまえの決闘は。なんたって有名人だからな! 条件は同じってわけだ。なのにこの差はなんだ? 4000のハンデをもらってこのザマだ。おまえは1ターン目に伏せたリバースカードさえ使いきっちゃいない。それでこのザマだ! なあミツル。おまえさ、俺の攻撃に恐怖を一度でも感じたかあ? なあ感じたか?」
 ミツルさんは答えない。俺にもわかった。その沈黙はYESと同じだ。
「わかるぜ。何をしても一緒だった。《二重召喚》からの《A・ジェネクス・クラッシャー》、《A・ジェネクス・チェンジャー》からの《A・ジェネクス・ボルキャノン》、カウンターからの《A・ジェネクス・リバイバー》、おまえはその全てに対応できたんだよなあ。これが確固たる差ってやつだ。時代が違う! 環境が違う! 性能が違う! 人間が違う! 俺は昔のまんまだ! けどなあ……ミツルゥ。この程度でも俺はチャンプだったんだ。連戦連勝の無敵のヒーローだったんだぜあの頃はぁ!」
 ゾクッとしたことを告白しないといけない。さっきから黙りっぱなしなあの女が毅然としているのをみて、かろうじて気を落ち着けたくらいだ。理屈と言うよりは感覚でわかってきた。なぜミツルさんが決闘を挑んだのか、なぜこの男がミツルさんの挑戦を受けたのか、その本当の理由が。
「決闘の果ての世界、果ての世界の黎明期。俺は絶頂だった。なんで俺が不屈の闘志とやらをもって何度やられても戻ってこれたかわかるか? 致命傷じゃないからさ。それだけのこと。この程度の決闘でも俺はこの退屈な庭の盟主だった。俺は空を飛んでいた。高く高く飛んでいた。だけどなあ」
 奴は脚の布を引きちぎる。そこにはくっきりと。手術の跡が痛々しく残っていた。がくがくと震え出す脚、既に奴の脚は限界を迎えていた。
「致命傷だったんだ。調子に乗って臨んだあいつらとの交流戦。あの《BF−アームズ・ウィング》が俺の左脚を切り裂いていった。あの《ドラグニティアームズ−レヴァテイン》が俺の右脚を切り裂いていった。そうさ。俺は決闘銃盤やダイナマイトに頼らなければ脚1つ満足に砕けない。その程度の決闘者だったのさ。俺は戻ってこれなかった。見捨てられ、全てを失ってようやくこの1戦にこぎつけた。俺は今日初めて、本当の意味で戻ってきたのさ。戻ってきたんだよ! この西にぃ! 」
 なにを言ってるのかろくに理解はできずとも、男の悲哀だけは痛いほどに伝わってきた。不屈の闘志を持った蘇我劉邦としてではなく、なりふり構わない自爆者蘇我劉邦として奴は戻ってきた。この一戦で踏ん張りを失った奴の脚は脆くも崩れ、膝をつく。それでも口だけは止まらない。
「俺を飛ばしていたのはシャボン玉だった。バブルがはじけたのさ。下はどんどん伸びてくる。俺の伸び代は売り切れさ。怪我でやめた? 間違っちゃいない。だが真実は! わからされたから辞めたんだ! ミツルゥ! おまえもだ! 巷はおまえで溢れてる。西ならどこのビデオ屋にいってもおまえのプロモーションビデオが置いてある。だがなあ! 栄光なんて所詮泡だ! 割れちまうんだよ!」
「栄光?」
「そうだ! 俺とおまえが味わった賞味期限付きの美酒、それが栄光だ!」
「 "戻ってきた蘇我劉邦" 貴方は努力をしたのか」
「ああしたぜ。あの頃は筋トレが最高に楽しかった」
「 "戻ってきた蘇我劉邦" 貴方はその才能を評価されたことがあるのか」
「勿論だ! あの頃あいつらはこぞって俺を褒め称えた。こぞってだ」
「確かに俺と同じだ……それでも俺は貴方に共感しない。共感できない」
「流石は今現に絶頂を極めてるお方だな! そうだろうよ。俺がおまえの立場でも一笑に付してるだろうさ。それが絶頂ってもんだ。絶頂ってのはそういうもんだ」
「違う。貴方が浮かんでいた場所はこのビルの天辺にも届かない。そして、どんなに高いビルに登っても空を飛んだことにはならない。俺と貴方は違う。俺が立っているのはこのビルの上でしかない。俺はずっとここにいる。ただ、ここにいる。それだけだ。絶頂などどこにもない」
「勘違いだった野郎と、勘違いもできなかった野郎……」
 女が何か言っていた。ミツルさん達には聞こえぬよう小さい声で。
「はっは。お友達になってくれないのか? いいぜ。やれよ。中々楽しかったぜ。ターンエンド」
 ミツルさんがカードを引く。既にあいつには何の余力も残っちゃいない。奴は静かに 『やれよ』 と言った。ミツルさんはそれに応えたんだろう。地縛神に向かって 『俺の拳を聞け』 と言わんばかりに右腕を上げ、構えに入る。全力を出すときのミツルさんの構え。
「いきます ―― 」 「はっ! 愉快だねえ。なあミツルゥ!」



天地咬渦狗流壱の拳 人間の拳(ダイレクトアタック)



 ミツルさんの拳に呼応した、《地縛神 Ccapac Apu》の拳が栄光の残り香を押し潰す。
 味気ないくらいにプチッと。
「レザール、行政長を助けよう」
 全てが終わり、ミツルさんの記録に伝説がまた1つ追加された。え? あの女? 気がついたらいなくなってたよ。ミツルさんの意向で、女は最初からいなかったことにされた。ミツルさん曰く 「いなくなるということはそういうことだ」 少し寂しそうにみえたのは錯覚じゃないと思う。いずれにせよ、この一件は俺達とミツルさんの間にある隔たりのようなものを俺にみせた。だからこそ、俺は、足手纏いにならぬよう1つでもなにか鍛えようと思った。とりあえず腹筋でもすっかな……と。

 ミツルさんミツルさんねえミツルさん……。



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。ホント有り難うございました。
↓名前欄空白でもOK/一言からでもどうぞってかそれが私の燃料になるのでどうか頼んます。

□前話 □表紙 □次話



































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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