とある大学の食堂。眼鏡をかけ落ち着いた様子の青年と、やや暗い影を帯びた少年がそこにいた。眼鏡をかけた青年 ―― ジャック・A(エース)・ラウンド ―― は少年に声をかける。
「パルム。もしおれたちが大会に出ていたらどうなっていたかな」
 パルムと呼ばれた少年は、ノートPCから顔をあげることなく言葉を返す。
「駒不足。勝ち星を安定して計算できるのがあんただけじゃ無理だと思うよ」
 パルムは、あまり興味なさげにそう言った。まるで他人事のような調子だ。
「おれはあの、アースバウンド相手に勝ち星を計算できるのか? 買い被りじゃないのか」
 謙虚、というよりは純粋に思考実験を楽しんでいるようにも映る。
「組み合わせ次第。層が厚いと言ってもレギュラーとそれ以外には差があるから。血の入れ替えにも少しだけ手間取ってる。今の5番手前後は狙い目だ。あんたなら狩れるんじゃないの」
 ラウはコーヒーを飲みながら頭の中でシミュレーションを重ねてみる。得意分野ではあったが、思考の結果はパルムのそれとあまり変わらなかった。悪くないと言えば悪くない。
「ラウ、あんた何位だっけ、個人ランキング」 「62位だ。結構上がったな」
「10番台か20番台まであげてくれると助かるんだってさ。色々と捗るとか」
「それこそTeam Earthboundの連中を1人2人仕留めるのがいい。正直言って、カードショップをまわって遊ぶのも飽きてきた。これでもなにかと忙しいんだ、おれは」
「あんたが名をあげればこのチームに入ろうって奇特なやつが来るかもしれない。リードはそういう風に思ってる。なんでも "中央生まれの知的でデキる眼鏡男子" ……」
「笑えないジョークだ。あいつには確かに華がない。といって、代替案が俺というのもな」
「面子が集まらないと話にならないからね。そういえばリードが言ってた。いっそのこと、一から育ててしまえばいいんじゃないか。そうすれば肩までどっぷり逃がさない」
「誰が育てるんだ?」 「主にあんただな。リードは一事が万事雑だから」
「勘弁してくれよ」 「人間の可能性に興味があるんだろ。なら好都合だ」
「人間嫌いがそれを言うか」
「人間が嫌いなんじゃない」
「「ほとんどのやつがたまたま嫌いだっただけだ」」
 一語一句違わず声が被り、一旦2人は押し黙る。その間、ラウは顎に手をあてて考え込み、10秒……20秒……30秒、おもむろに口を開く。結論が出たようだ。
「ものによる。天才青年決闘者の卵ならそれも面白い」
「逆は?」 「凡庸な少女? 流石にそれはちょっとな……」
 不毛な会話が一段落、ここでパルムが通信に気づく。メールだ。
「リードから。デュエルブラックとデュエルグリーンは今すぐ 『ヘブンズアッパー』 まで来るように。いたいけな少女を暴漢の手から救出すべし……とかなんとかふざけたこと言ってる」
「ふざけた話だ。あいつはなにをやってるんだ? 馬鹿を相手に憂さ晴らしか?」
「だろうね。どうする? いく?」 「しょうがない。いくぞ。まったくあいつときたら」

Turn 6
□イエロー(仮)
 Hand 2
 Monster 3(《魔導戦士 ブレイカー》/《ドリルロイド》/《デーモン・ソルジャー》)
 Magic・Trap 2(《リビングデッドの呼び声》/セット)
 Life 5700
■チャンドラ
 Hand 3
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 4100

「ブロートン……ブロートン……ブロー、ブロー、ブロートン、サー・ブロートン」
 チャンドラである。あるいは、かつてチャンドラであった【文学的ゾンビ】である。
「なにこの人」 ミィは口に手を当て一歩後退する。無理もない。文学的に過ぎる。
「なるほどね」 イエロー(仮)は気を引き締めるようにほんの少しだけ足元を開く。当然の備えだ。
「カカカカカ! ドロー!」 反撃 ―― 「手札から《名推理》を発動。さあ数を数えてもらおうか」
「 『8』 」最悪の可能性を視野に入れた彼女の指定。裏を返せば、安い手はフリーパス。
「レベル4! 《闇魔界の戦士 ダークソード》Bを特殊召喚。ダークソードBを指定して《モンスター・スロット》を発動。墓地の《闇魔界の戦士 ダークソード》Aを除外、1枚引く。引いたカードがダークソードと同じレベル4ならば、そのまま……カーカカカ! レベル4、《ダーク・エルフ》を特殊召喚」
 《名推理》に《モンスター・スロット》。一見すると運任せにも映る決闘。しかし、ブロートンの傍らに立つ腹心の将、ゴードン・スクランブルエッグは確信を持ってこの事態を語る。
「既にチャンドラは文学的確信に充ち満ちている。この流れは必然」
「なるほどなるほど。この動きの良さ。そういうことね」 派手な尾を持つ男、テイルである。
「あんにゃろうは、このままじゃとてもあの娘に勝てないと知って、連打を食らったのをいいことに必要以上に勢いよく倒れ込んだ。胡散臭いと思ってたんだよな。そんで……」
「どうやら勝負あったようだなゴードン。これで奴もおしまいだ」
「その通りだセルモス。チャンドラはサー・ブロートンの文学的助言によって復活した。崩壊と再生のダイナミズムによりチャンドラの決闘は躍動する。迂闊な攻撃は逆効果ということだ」
 セルモスとゴードンが勝ち誇る一方、リードとテイルも一通り状況を把握する。
「なるほど。【文学的強化蘇生】か」 「そゆこと。あんたも相手にするときは気をつけな」
「2000を誇る《ダーク・エルフ》の攻撃力なら、おまえのモンスターも一撃。バトルだ!」
 《ダーク・エルフ》の攻撃がイエロー(仮)に迫る、が、彼女は慌てることなく障壁を張り巡らせた。トラップカード《和睦の使者》。このターンの攻撃をシャットアウトする。
「やった! 攻撃を止めた!」 はしゃぐミィ。にやつくチャンドラ。
「苦し紛れだな。攻撃を一度ばかり止めた程度のこと。俺の文学は一向に痛痒を感じない。メインフェイズ2、マジック・トラップを2枚伏せてターンエンド。さあ破壊してみろ。カーカカカカ!」
「また! それも今度は2枚。2体のモンスターに2枚のセット」
「文学的に強化蘇生された以上、倍の布陣も当然ということか」
「負ける気がしねえ。マケルキガシネエ。マケル……キガ……シネエ」
「ふうん」 テイルは、興味深そうにイエロー(仮)の背を眺める。
(お手並み拝見だな。この【文学的ゾンビ】、どう捌く?)

Turn 7
□イエロー(仮)
 Hand 2
 Monster 3(《魔導戦士 ブレイカー》/《ドリルロイド》/《デーモン・ソルジャー》)
 Magic・Trap 1(《リビングデッドの呼び声》)
 Life 5700
■チャンドラ
 Hand 0
 Monster 2(《闇魔界の戦士 ダークソード》の/《ダーク・エルフ》)
 Magic・Trap 2(セット/セット)
 Life 3100

 ミィは両手を組んだ。祈るような姿勢だが、その実、頭の中は決闘で渦巻いている。
(2枚のセット。内1枚は《闇の仮面》で回収した《ゲットライド!》。さっきみたのと一緒だ。《魔導戦士 ブレイカー》の効果にチェーン、除去をかわしつつ《闇魔界の戦士 ダークソード》を強化できる。迂闊に効果は使えない。2枚の内、《ゲットライド!》じゃない方を打ち抜けるとは限らないし)
 ミィは盤面が難しい状況であることを把握した。フィールド上では強化蘇生されたチャンドラが頬をかきむしったような笑いを浮かべている。文学的論理が肉体を動かしているのだ。
「動キガ止マッタナ。ソウダトモ。俺ノ文学(ユニオン)ガ負ケル道理ガナイ。俺ハ西部G地区グリックタウンノユニオンノ中デモ最強ノユニオン使イダ。負ケル文学ナド……」
「それ。さっきから気になってたんだけど虚しくならないの?」
「ナニ? 虚シイダト? コノ文学的充実漢ヲツカマエテ」
「目と耳の良さには自信があるから。あんたの振る舞いからは本物の矜恃を感じない。プライドを他人に委ねてるあんたは言い張ってない。言い捨てて、言い収まってる」
「ハッタリモイイトコロダナ。コノ俺ハ西武G地区グリックタウンヲ背負ッテ立ツユニオン使イニシテブロートン文学ノ布教ヲ担ウ尖兵。決闘者ノ矜持ニ今コソ充チ満チテ ――」
「意思を捨てたゾンビがプライドを語るな」
(なんだ ―― ) チャンドラ、反射的におののく。
「ゾンビになるのは勝手。でもね。腹をみせ、餌をねだる犬がプライドをチラ付かせるなんて」
「カーカカカカ! 戯レ言ヲ! コノ西武G地区グリックタウン最強ノユニオン使 ――」
「私のAMP-24(パルーム)が世界最強のAMP-24(パルーム)だ」
「ナンダト……」 チャンドラは、いや、その場の全員が耳を疑う。
「馬鹿ヲ言ウナ! 第一ソノデッキハ借リ物ノ筈。ソレガ世界最強ダト……」
「借り物だろうが既製品だろうが、なんであっても世界最強は世界最強。今日からね。これがわたしのプライドだ。気にくわないなら打ち砕いてみればいい」
「世界最強!? 名乗ルダケナラ誰デモデキル! ソンナ安ッポイプライドガアルカ!」
「そうだね。急ごしらえの安っぽいプライド。それでも、タダよりは高い。ないプライドよりはある。わたしの見込み違いなら、あんたのプライドが本物なら、簡単に跳ね返せる筈だね」
 チャンドラは更にもう半歩後ろに下がる。無意識の行動。無意識の内に、チャンドラは脅えていた。
「カーカカカ! 跳ネ返シテヤル。《魔導戦士 ブレイカー》ノ効果ヲ使ッテミロ。二者択一ダ。《ゲットライド!》をヲ当テレバ俺ノ勝チ、当タラナケレバオマエノ勝チ。サア、当テテミロ」
「あんたの決闘はもう見切った。ドロー。《ドリルロイド》を守備表示に変更。バトルフェイズ、《デーモン・ソルジャー》で《闇魔界の戦士 ダークソード》にATTACK!」
「《ゲットライド!》。《闇魔界の戦士 ダークソード》に墓地の《騎竜》を装着」

イエロー:4900LP
チャンドラ:3100LP

「残念ダッタナ。攻撃力2700、今度コソ披露サセテモラッタゼ」
 "違う" 《デーモン・ソルジャー》が玉砕したにもかかわらず、ミィは彼女の勝利を確信する。
(勝ち誇るなんてどうかしている。この人のオーラは……負ける人のオーラじゃない)
「バトルフェイズ終了。《魔導戦士 ブレイカー》の効果を発動するよ。場に残ったセットを破壊」
 イエロー(仮)は 「やはり」 と言った表情で破壊されたカードを見届ける。ミィは目を丸くした。
(あっ、《ゲットライド!》。2枚のセットは両方とも《ゲットライド!》だったの?)
「ダークソードにつけられるユニオンは1枚だけ。チェーンはできないね。それじゃあもう一つ」
(もう1つ?) この体勢からなにをやるというのだろう。
「わたしはブレイカーとドリルロイドを生贄に……」
 イエロー(仮)は身体を弓のように引き絞り、勢いよく盤を投げる。
 ミィはすぐさま気が付いた。いかなるモンスターが出るのかを。
(まさかわたしの……わたしのデッキのエースカードを……)
 投盤の妙を受け、リードとテイルも若干テンションを上げる。
「最上級。AMP-24型ともなれば……」
「遂に出すか。神獣王バルバロ……」
「《BF−激震のアブロオロス》を召喚」
「はぁ?」 「はぁ?」
「マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド。さあ、どうする?」
(どうするだと? 攻撃に決まっている。攻撃以外の文学は有り得ない)

Turn 7
□イエロー(仮)
 Hand 1
 Monster 1(《BF−激震のアブロオロス》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 5700
■チャンドラ
 Hand 0
 Monster 3(《闇魔界の戦士 ダークソード》/《ダーク・エルフ》)
 Magic・Trap 1(《騎竜》)
 Life 3100

「ドローダ! 《闇魔界の戦士 ダークソード》with《騎竜》デアブロオロスヲ攻撃スルゥ! ソノ太イ腕ゴト切リ裂イテヤルヨ。ダークソード・リターンスラッシュ!」
 闇剣(ダークソード)の攻撃力は2700。激震(アブロオロス)の攻撃力2600を上回る。巨大な剣がアブロオロスの皮膚に食い込んで。 「死んじゃう、このままじゃアブロオロスが死んじゃう」 絶叫するミィ。しかし、通らない。これ以上剣が肉に食い込まない。《和睦の使者》、2枚目だ!
「この瞬間《BF−激震のアブロオロス》の効果を発動。このカードとバトルしたモンスターは破壊されず、ダメージ計算後に持ち主の手札に戻る……激震のバウンスウィング!」



 アブロオロスは手持ちの棍棒でダークソードを薙ぎ払い、撤退させる。
「馬鹿ナ。ソンナ馬鹿ナ。俺ノ文学ガソンナモノ破ラレルワケ……」
 事実、破られた。狼狽するチャンドラ。リードは、一連の攻防を以下のように評する。
「なるほど。上手いな。伏せの二者択一など最初から存在しなかった。《デーモン・ソルジャー》は捨て駒。あれの攻撃を受ければ、攻撃力に劣る《闇魔界の戦士 ダーク・ソード》を捨てるか、そうでなければ回収した《ゲットライド!》で迎え撃つしかない。当然チャンドラは迎え撃つよな。ダークソードに強化をつけたのを見届けておいて、戦闘に参加させなかった《魔導戦士 ブレイカー》の特殊能力で残りの1枚を潰す。これでチャンドラはハンドゼロにセットゼロ。ここまでがお膳立て。メイン2で改めてアブロオロスをアドバンス召喚。カードの枚数差は五分でも、チャンドラは全てを出し尽くしている。だったら、みえてるカードをどうにかすればいい。愚直に突っ込んできたところに《和睦の使者》とのコンボで撃退。《騎竜》は墓地に送られる。これであいつには打つ手がない」
 流暢に解説するリードに対し、テイルはテイルで満足げに頷く。
「セットが両方とも《ゲットライド!》だとイエロー(仮)は見抜いてた。【結合の文学(ユニオン・リタラチャー)】が【文学的強化蘇生】して布陣が2倍になったんだ。両方が当たりでもおかしくない。むしろその方が自然だもんな。それはいいんだけどなんで《BF−激震のアブロオロス》なわけ? カスタム?」
「いえ、最初から入ってました」 「バルバロスは」 「ないです」 「不良品じゃね、それ」
「なんでですか! アブロオロスですよアブロオロス。格好良いじゃないですか!」
「わかったわかった。にしてもあのチャンドラ。今ので相当焦ってるな」 
「この野郎。この俺の文学的……文学的……」 「文学が……なんだって?」
「さっきの勢いが消えてる。なんだろう。なにかに行き詰まってるみたい」
 ミィの疑問を受け、リードは掌をポンと拳で叩く。納得した、顔がそう言っている。
「やってくれるぜ。迂闊にダウンを奪えば文学的に強化蘇生されてしまう。だからあいつは迎え撃ち、捌く戦法をとったんだ。これで奴は文学的に強化蘇生することができない」
「そっか。あの人はそれを狙って。【文学的強化蘇生】を破ったんだ」
「ああ。後は適当に間合いを詰めて、一気にライフをゼロにすればいい」
「なーる」 と言いつつも怪訝な表情を浮かべる者もいた。テイルだ。
(正しいとは思うんだけど、ほんの少しなんか引っかかるな。なんだろ)

「言ったろ。あんたじゃわたしには勝てない。あんたは敵じゃない」
「ブロートンさん……ブロートンさん……なぜだ。なぜ勝てない」
「あんたの看板からは本物のプライドを感じない。他人に自分の決闘のケツを持ってもらう、そんな姿勢じゃ勝ち続けることなんてできない。勝ちたいなら言ってみな」
「なにを」 「 『俺のユニオンが世界最強のユニオンだ』 って」 「な……」
「あんたの 『言い張り』 からは保身が透けてみえるよ。それにさ。世界最強のAMP-24を倒すのに、西部G地区グリックタウンのユニオンの中でも最強のユニオンじゃ足りないと思わない?」
「湿気てるな」 そう呟いたのは、【エッチング・マントルピース】を主導したセルモス。
「ブロートンさんの助言で、高度に文学的裏付けを得たチャンドラが揺らいでいる」
 チャンドラは気圧されていた。潰されそうになりながら、かろうじて息を繋いでいた。
「自分で自分を肯定してみる。言い張ってみる。本物の看板掲げてみなよ」
「調子にのりやがって。いいさ。俺も丁度看板が長すぎると思ってたところだ」
(言ってやる)
「おれがさい……さいさい……さいきょ……さいさいさい……さいきょさい……」
(言ってやる)

 ―― ぶっちゃけユニオンなんて好きでもなんでもなかった。なんだよ装備限度1枚って舐めてんのか。大して性能高くもない癖に。それでも使い手が少ないのは有り難かった。俺は人並みの努力を続け街で一番のユニオン使いになれた。他に2人しかいなかったからな。合体機構が見栄えするからか、同じくらいの実力の、違うデッキを使うやつと比べてなんとなく一目置かれやすかった(ような気がする)。その頃から俺はユニオン使いというキャラを煮詰めた。 『俺はユニオンをわかってる』 そうアピールするための持論を幾つも作った。それっぽければよかった。どうせユニオンのことなんて誰もわかりゃしないんだ。なのにあの野郎。あいつのユニオンは、あいつの【VWXYZ】は違った。俺がユニオンを愛でるのにどれだけかかったと思ってんだ。なんだあの笑顔。あの笑顔は何だ畜生。ユニオンなんか素で愛してんじゃねえ! 勝てないのを悟った。俺はG地区グリックタウンの外にはいけない。そんな俺に、俺の持論にブロートンさんは 『文学を感じる』 と言ってくれた。俺はそれでよかったんだ。

「ブロートンさん! 俺に文学を授けてくれ!」
 チャンドラは、自ら後ろに飛んで倒れ込み絶叫する。
「ブロートンさん! 文学を、俺に文学を……がっ!」
「哀れなやつめ。そんなあからさまな自演が文学を物語ると言えるか!」
 チャンドラの腹に踵を勢いよく押し込んだのはセルモス。懐から煙草を取り出すとライターで着火、チャンドラに押しつける。哀れチャンドラは、文学的焼きゾンビと成り果ててしまう。決闘続行不可能。セルモスは決闘盤を構えつつ、イエロー(仮)側に向き直る。
「チャンドラの文学を論破したか。しかしその程度でいい気になってもらっては困る。貴様の詭弁などこのセルモスが、論壇を燃やし尽くす程の狂おしい文学をもって消し炭にしてくれる」
「わかるよ。あんたはチャンドラよりも強い」
 2人の間に磁場ができる。決闘で決闘で結ばれる磁場。ミィは自分の立場も忘れて興奮した。自分を倒したセルモスとの闘い。セルモスは言い放つ。 「火葬の前に名前くらいは聞いておこうか」
「……アリア」


Duel Episode 2

少女が見た決闘(デュエル)

〜燃焼と酸素と二酸化炭素〜


Starting Disc Throwing Standby――

Three――

Two――

One――

Go! Fight a Technological Card Duel!


 激突。ミィが持つやや小ぶりな決闘盤(デュエルディスク)と、揺れる灯火を象ったセルモスの決闘盤が中央で激突。滞空状態での激しい押し合を制したのはアリアであった。
「なるほど」 セルモスは、戻ってきた決闘盤を掴むと満足げに歯を晒す。
「思った通り良い火力のSDT。だが。後攻の方が早く殴れるというものだ」
「流石に動じないか」 リードが目の前の光景を見積もる。 「前の決闘を見た上で自信があるからでてきたんだ。勝算の1つや2つは当然胸の内に持ってる。そうでなければ余程のアホだ」
 他方、アリアは別のことに着目していた。
「どこかでみたことあると思ったら。あんた、かの有名な炎のチームにいなかった?」
「 『元』 だ。おれは罪から浄化されたんだ。他でもないブロートン文学との出会いでな」
「へえ。女の子を組体操で囲む浄化って、どこの宗教のどこの聖書にのってるの、それ」
「不快な混同はやめてもらおうか。挑発だとしても不愉快極まりないからな。宗教ではない。文学だ。このセルモスが研鑽した【暖炉の文学(ファイアプレイス・リタラチャー)】という名の現代文学だ」
 丁々発止の舌戦を繰り広げつつ、セルモスはアリアの素性を探る。
(こいつは、この女は、その辺のボンクラ共とは違う)
 認めるということ。敵軍の将の価値を認める。それは決して容易なことではない。だがセルモスは、ある次元においてはそれを成し遂げた。故に、より精密な分析が可能となる。
(しかし、戦力はこちらが上。デッキが借り物では本来の力も出せまい)

「お手柔らかに。火傷したら困るからね。わたしのターン……ドロー!」
 美しいドローについつい見惚れてしまう。ミィは、前の試合以上にこの試合を凝視した。自分を負かした相手に自分のデッキを借りて臨む。正直に告白すれば、無理なのではないかと思った。差がありすぎる。一方で、期待している自分も確かにいて。  「頑張ってください!」 アリアは親指を立てる。
「おっけ」
 彼女は驚くほど軟らかな捻りから、力強くも艶やかな投盤と共に決闘を開始する。
「手札から《デーモン・ソルジャー》を通常召喚。今度もガンガンいくよ。こっちはさ、ちょびちょびいくような腰ぬけじゃないからね。マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
 難敵に対しても強気な態度を崩さないアリア。一方 ――
「強気なプレイングが持ち味か。その程度で粋がるとははなはだおかし。惜しみなくモンスターを展開する。それは贅沢なことだ。しかし、おまえの贅沢には文学が足りない! 真の贅沢とは。札束をかざして豪遊することか。違う。女を侍らして快楽に溺れることか。違う。真の贅沢とは何か。このセルモスが提唱する真の贅沢とは何か。刮目せよ! これこそが、文学的に正しい真の贅沢だ!」
 セルモスは懐からライターを取り出すと火を付け、右の肩パットに嵌める。アリアが首を傾げた。
「そのこころは?」 「これこそが贅沢だ。これに勝るものはない」 「だから、そのこころは?」
「考えてもみろ。酸素こそ人類最大の財産。酸素あっての人類。ならば、酸素を惜しみなく使った燃焼こそが究極の贅沢。かつてある成金は札束に火を付け灯りにしたという。発想は悪くない。まさに紙一重。しかし、それが学のない成金の限界。酸素は文学。酸素こそが文学だ!」
「あいつ、余程のアホなんじゃないの?」 テイルが呆れるように言った。
「いや」 リードが反論する。 「そうとばかりは言い切れないぜ……」

「いくぞ!」
 セルモス始動。大きく息を、酸素を吸って体内燃焼を開始する。
「ドロー。ハンドから灼熱の夕立、《ヴォルカニック・エッジ》を召喚」
 《ヴォルカニック・エッジ》が、挨拶代わりの火球を発射するところからセルモスの猛攻が始まった。火球を吐きだしたエッジは用済みとばかりに破壊され、煙の中から《怨念の魂 業火》が沸いて出る。攻撃力2200に達した炎属性のアンデット。怨嗟に満ちた魂は燃え盛る火の玉を撒き散らす。一方、墓地に送られたエッジは分解され《炎の精霊 イフリート》の燃料となっていた。炎属性炎族、攻撃力1700。自ら燃え移ることで、2000の域にまで燃え上がる。
(早いね)
 冷静な分析も、この有事にあってはタイムラグでしかない。一端攻めに回ると、一端火が付くとあっという間に燃え広がるのが炎属性の持ち味。燃え盛る怨念を前にして、《デーモン・ソルジャー》はものの数秒で燃え尽きた。イフリートの鉄拳がアリアの腹を抉る。 「熱した鉄板の危険性を知ったようだな。バーベキューだ!」 セルモスは止まらない。  「マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
 猛るセルモス。脅えるミィ。明らかに違う。
(やっぱり。あの人はさっきの人よりも ―― )

Turn 3
□アリア
 Hand 4
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 5200
■セルモス
 Hand 2
 Monster 2(《怨念の魂 業火》/《炎の精霊 イフリート》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000

「ドロー」 「いくら引こうが! おまえと俺とでは燃焼効率が違うのだ」
「燃やして燃やして。地球温暖化の促進キャンペーンでもやってるの? 少〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜しだけ人類の滅亡が早まるかも」
 ラッシュをもらった割にけろっとしたもの。が。それすらも罠 ――
「かかったな」 「はえ?」 「よし!」 「セルモスの罠にかかった!」
「人類滅亡はそれこそ文学の独壇場ではないか。災害、飢饉、疫病、そして戦争。かつてない危機に際して、鋭敏に研ぎ澄まされた感性は幾多の優れた文学を生み出してきた。ならばこそ、人類滅亡という人類史上最大の有事においては、どれだけの傑作が生まれることだろうか。だとすればこの俺のこの行為は、文学を愛するものとして地道にして確実な貢献と言えるだろう。恵まれない子供に愛の募金を請うことで文学は生まれない。哀しみの燃焼をもってこそ文学は生まれる。そうだとも。人体構造の中で水が占める割合と、人類滅亡の中で文学が占める割合はほぼ同じ」
 酸素の文学が滅亡の文学を呼ぶ。文学連鎖である。
 高まったセルモスは懐からもう1つのライターを取り出し、今度は左の肩パットにセット。2倍の燃焼を行う。 「でた! セルモスの文学連鎖」 「禁断の二本挿し(ダブルライター)がここでみられるとは。これでやつもおしまいだ!」 ブロートン一派が、次々にセルモスを讃える。
「みたか小娘! これが俺の文学だ!」
「そうきたか」 「不味いな」 「不味いんですか? リードさん」
「エモーション・タイプは調子に乗せると怖い。タイプはチャンドラと同じでも、あいつはブロートンの助言を請うこと無しに自分を燃やしている。肩までずっぽりって奴だ。その分あいつの仕掛けは早い」
「口のまわりの空気が薄くなりそうだよねそれ。メインフェイズ」
 アリアは、モンスターを1枚セットしてエンド宣言するに留める。
「甘いな。その程度で鎮火できると。熱く燃えたぎる俺のターン、ドロー!」
 セットで守りを固めても延焼は止まらない。火の玉トークンと《UFOタートル》を展開。ここぞとばかりにセットを嬲る。《キラー・トマト》。なんとか凌ぐもイフリート、タートル、タートル経由の《プロミネンス・ドラゴン》と立て続けに襲いかかる。《キラー・トマト》から引っ張った《ニュードリュア》の効果を発動。なんとか業火を道連れにするものの、《プロミネンス・ドラゴン》の火球がアリアを襲う。

アリア:4100LP
セルモス:8000LP

Turn 5
□アリア
 Hand 4
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 4100
■セルモス
 Hand 2
 Monster 3(《炎の精霊 イフリート》/《プロミネンス・ドラゴン》/火の玉トークン)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000

「あっという間にライフが半分になっちゃった」
 不安げに見守るミィ。炎の決闘は身体をえぐる。実際に燃えることはないものの、衝撃は実体。熱を帯びた衝撃波、というと不思議な表現になるが、体感的にはそういう具合。
「もう4000か。早いもんだね」 「そうかな。むしろ粘ったと評価しよう」
「わたしのターン、ドロー。《魔導戦士 ブレイカー》を通常召喚」
 効果発動。 (駄目) ミィが心の中で呻く。頭をよぎるセルモスとの一戦。《魔導戦士 ブレイカー》の効果がセルモスのセットカードに及んだ瞬間、喜色満面で裏返す。
「甘い甘い、甘すぎる。こちらはこのときを待っていた。沈め!」
 待っていたのは《火霊術−「紅」》。攻撃力に劣る《プロミネンス・ドラゴン》を手榴弾に変える好手。ライフはあっという間に2600。ミィは思った。このままでは。
「大人しくガードした方がいいぜ。骨が折れたやつもいるんだ。気をつけろよ?」
 ミィはぞっとした。これはわたしの為の闘いだ。それでもし骨を折られでもしたら。
 アリアは落ち着き払った表情を崩さない。ブレイカーで火の玉トークンを狩る。
 《炎の精霊 イフリート》と《魔導戦士 ブレイカー》。場に残ったのは2体のみ。
「上には上がいるって言った割に、フィールドでは仲良く一騎打ち。大したことないね」

「ほう。まだ余裕があるようだな。俺のターン、ドロー。いいだろう。これでトドメをくれてやる」
 墓地の《プロミネンス・ドラゴン》を除外。《インフェルノ》を特殊召喚。死体を燃料にすることで、暖炉を絶え間なく燃やし続ける。《リトル・キメラ》、《バーニングブラッド》。更に燃えていく。

リトル・キメラ(効果モンスター)
星2/炎属性/獣族/攻 600/守 550
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、フィールド上の炎属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップし、水属性モンスターの攻撃力は400ポイントダウンする。

バーニングブラッド(フィールド魔法)
フィールド上に表側表示で存在する炎属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップし、守備力は400ポイントダウンする。


「降参するか。しないだろうな。なら燃えろ!」
「ライフ2000、潮時かな」 「終わりだ」
「炎なんだから消時って言うべきかも」
 手には光、地には罠。リバース ――
「《和睦の使者》を発動」
「延命か。くだらんぞ!」
「延命も悪いことじゃない。それに、そろそろ息が苦しくなってきたんじゃないの?」
「息……まさか。それがおまえの狙いか。《キラー・トマト》も、《和睦の使者》もその為の布石。時間稼ぎをしてこちらの酸欠を狙うと。なるほど……ク……クククク……フハハハ……ハーッハッハッハ! 哀れだなアリア! この程度の時間稼ぎでどうにかなるとでも……いいだろう。このままでも十分過ぎるほどおまえを燃やしきれるが、敢えて! 絶望の文学がなんたるかを啓蒙しようではないか」
 セルモスはボタンを外して上着をはだけた。彼の胸元には、管の付いた透明なマスクがぶらさがっている。セルモスはマスクを掴み、そして口元に装着する。全ては準備されていた。
「酸素ボンベか!」 「あいつ、そんなものまで!」 「もう駄目!」
「久しぶりだな。セルモスが完全体になるのは」
「セルモスの文学は今、完熟の時を迎えた」
「脅えるがいい。これが完全なる文学だ」

Turn 7
□アリア
 Hand 4
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 2600
■セルモス
 Hand 0
 Monster 4(《炎の精霊 イフリート》/《プロミネンス・ドラゴン》/《インフェルノ》/《リトル・キメラ》)
 Magic・Trap 1(《バーニングブラッド》)
 Life 8000

「ドロー」
 劣勢も劣勢。にもかかわらず。 『感銘を受けた』 というのが適切かもしれない。燃えさかる火炎の乱舞を受けつつも、まるで退かないその姿に。その女性は ―― ある意味で ――理想だった。
「1ついい?」
「命乞い、ではないか」
「人類は滅亡するの?」
(へ?) ミィは思わず絶句する。セルモスは嬉しそうに答えた。
「その通り。貴様がチャンドラを惑わすためにでっちあげた世界最強とかいう与太話。敢えて認めよう。この場において、おまえは世界最強ということになる。しかしおまえの言葉はそれが限界。俺の言葉は人類滅亡を見据えている。そう、人類滅亡の前には何者も無力。吹き荒れるのは文学の嵐。大衆はこぞって人間の再発見を目指し文学に目覚めるだろう。おまえも精々目覚めるがいい」
「それはどうかな」
「なんだと?」
「明日人類が滅亡するなら、あたしは発情期の兎みたいに決闘のこと考えてると思う。人類が滅亡する前に決闘で死ぬべきかどうかとか。そおゆうの」
「救いがたいな」
「それはおまえだ」
「なんだと!?」
「あんた言ったな。骨が折れたやつもいると。雑なんだよあんたの決闘は。折ったと言え。決闘者とは、己の闘いを決断するから決闘者という。さっきあんたがあれを蹴ったとき、なんで2センチ横を狙わなかった。急所でも急所以外でもない、あんな半端なところを蹴り込む雑さがあんたの決闘。1つ言っとくよ。骨は折れるものじゃない折るものだ。決闘者(デュエリスト)を舐めるな」

 アリアは右脚を前に出して膝を折り前傾姿勢となって見栄を切る。右腕に付けた決闘盤が盾のように威圧。遊ばせた左腕が、危ういまでの牽制として機能する。
「くっ……だが人類滅亡は目前。おまえになにができる!」
「人類滅亡の前には世界最強の決闘者も無力。あんたはそう言った。そこがもう間違ってる。世界最強の決闘者が二酸化炭素を吸ったら決闘になって体中の穴という穴からでてくる。決闘者は決闘を吸って生き伸びる。人類は死滅しても決闘者は生き残る」
(なんだ。なにを言っているかまるでわからん。まさか、この俺を凌駕する文学をもっているというのか。そんな筈はない。ブロートン文学こそが、その加護を受けた俺の文学こそ至高)
「想像力が貧困だなアリア。考えてもみるがいい。酸素が薄くなれば酸素を巡って戦争が起こるだろう。そして! 阿鼻叫喚の渦の中、地上そのものがこの世から消え失せるのだ」
「もし地上が消えてしまうなら、天国にでもいってそこで決闘するよ、決闘者は」
「語るに落ちたな! それは宗教。文学ではない。そして天国など存在しない」
「ないならつくる。天国つくって、そこに会場ぶったてて決闘する」 「馬鹿な」
「舐めるなと言ったはず。農耕民族は鍬を引く、狩猟民族は弓を引く、決闘民族は札を引く。農耕民族が作物を求めて国をつくるように。狩猟民族が獲物を求めて放浪するように。決闘民族は決闘を求めてなんでもやる。滅亡の1つや2つでくじける生物じゃない」
「馬鹿な。馬鹿だ。馬鹿め。なんという……」
「あの娘は正しい」 テイルだ。 「正しく馬鹿げてる」
 尚もテイル。 「一生まかり通すのが俺達だからな」
 更にテイル。 「まかり通った馬鹿はもう馬鹿じゃない」
 故にテイル。 「それが決闘ってもんだ」 ほんの一瞬、彼の肌から殺気が漏れる。
人類(あんた)がなにをやろうと決闘者は決闘をやる。そんなに滅亡したいなら」
 彼女の掌に光が宿る。マジックカードの光。今までのどれよりも強くて大きな光。ハッとした。何を使うのかミィにはわかる。ミィが持ってるカードユニットの中でこれ程強い光を出すのは1つだけ。頭の中にその時の様子がありありと。一度も発動 "しきれた" ことのない高難度呪文。墓地にハンドコストを1枚送る。手札が燃料なら墓地はさながら発電所。勝負をつける一撃はドラゴンのブレスとは限らない。ドラゴンを狩る一撃は伝説の戦士の一太刀とは限らない。軽く振り上げた右の掌が、弧を描くように振り下ろされて。同時に閃光が、まるで天から槍がふってくるかのように天と地の間を走り抜ける。掌を離れれば離れるほどに閃光は 『雷』 としての、本来の姿を現して。フィールドに跋扈する4つの魂を一網打尽に消し飛ばしていく。セルモスが呻くように言った。
全体破壊呪文(マス・デストラクション):《ライトニング・ボルテックス》。まさか、これ程の呪文があるとは……」
 セルモスもそれほど愚かではない。4体ものしもべを一瞬にして消される、惨憺たる光景をみて悟った。チャンドラとの闘いで大量展開を試みたのはこの為の布石。煽られた。まんまと。火が燃えすぎた。アリアはゆっくりと腰を落とし左手で決闘盤を掴む。爆発。形容するならその二文字。右脚をあげ、爪先を大地に向かって打ち込み、全身の捻りを使って投げる。《デーモン・ソルジャー》再来。
(来る。下級。俺の文学に盾はない。受ける。どこで。腹筋。問題ない。たかが……)
「ぐはぁ!」
 ものの数秒で揺らぐ認識。アリアの鋭い踏み込みに呼応したかのような《デーモン・ソルジャー》の踏み込み。斜め45度の角度から繰り出される鋭角のボディブロー。
(馬鹿な。連携も組んでない単発の下級。それも借り物のデッキ。なのにこの威力)
 この程度じゃ流石に折れない。それでも蓄積はのる。
 肉よりもむしろ骨をみるような視線。セルモスは脂汗を流し、おののきさがる。
(間違いない。チャンドラの時には手加減をしていたのだ。あいつは言った。 『余裕で立てるだろうけど』 そう言った。当然だ。手心を加えていたのだから)
「この俺を、この俺を釣ったな。アリア!」
「そんないい戦術でもないけど。人命救助だから贅沢は言ってらんないね」
(なにが人命救助だ。殺す気だ。殺せるなら殺す気だ。あの《デーモン・ソルジャー》のボディブローに込められた殺気。奴は、人体をどう壊せばいいかわかっている)
 驚いたのはミィ。 「入れてたんだ。《ライトニング・ボルテックス》」
「対照的だね」 テイルが ―― 両手を尻尾に這わせながら ―― 言うにはこうだった。
「一戦目で決闘したチャンドラは初手に《死者への手向け》を持ってきた。あの娘は《ライトニング・ボルテックス》を温存した。あれサイドに置いてたの? え? 使えない? ああそういうことか。置きっぱにしてたのは運が良かったね。流石にパワー不足を感じたあの娘は荒らせるカードを探して、そんであれに目を付けた。一戦目は《ライトニング・ボルテックス》をみせずに片っ端からアホみたくモンスターを召喚する。そういう方針。あん時の状況を考えてみれば楽なもんだよ。セットはブレイカーで牽制。《死者への手向け》使ってる奴が、それこそ《ライトニング・ボルテックス》もないだろうしな」
「だな。初見の初戦なのに除去の傾向を晒す、そこにあいつはつけこんだ」 とはリードの弁。
「ブロートン一派はカルシウムが足りてない短気な脳筋揃いだろうからこちらからライトニング・ボルテックスをみせない限り¢ホ抗して、調子に乗って大量展開し返してくる。そうなればしめたもの。戦線が伸びきったところを雷で一撃。ジ・エンドだ」
「マジック・トラップを1枚セット。ターンエンド。続ける?」
「舐めるなよ。ハンドゼロでも燃えてやる。燃えてやるぞ」
(ブロートンさんの前で逃げられるか。所詮は借り物のデッキだ)
「ドロー。《プロミネンス・ドラゴン》を通常召喚。火炎弾を打ち込め! バトルフェイズ、いけえ! 《プロミネンス・ドラゴン》で《デーモン・ソルジャー》を攻撃する!」
「500ライフ払って《ツイスター》。《バーニングブラッド》を破壊、《プロミネンス・ドラゴン》の攻撃力は元に戻る。迎え撃っていいよ、《デーモン・ソルジャー》」
「終わったな」 と、リード。「そうだね」 と、テイル。

Turn 9
□アリア
 Hand 1
 Monster 1(《デーモン・ソルジャー》)
 Magic・Trap 1
 Life 1600
■セルモス
 Hand 0
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 5700

「ドロー。通常召喚、《魔導戦士 ブレイカー》。装備魔法……」
(弱り目に祟り目。こいつに躊躇はない。駄目だ。殺られる)
 
「セルモス。攻撃ばかりで守備にも気を払わないと足元を掬われるぞ」
「五月蠅い。いつもいつも、俺の好きに燃焼させろ。酸素吸わせろ」
「おまえのためを思って言ってるんだ。おまえは黒炭のように脆い。盾を使うのが嫌、『気』を使った相殺で己を守る技術もない、受身も下手。それならせめて腹筋を鍛えろ」
「なにが腹筋だ。おれの美学にそういうのはいらねえんだよ!」


(鍛えておけば良かった。丸腰。丸腰がここまで怖いなんて俺は知らなかった)
 バトルフェイズ。《魔導戦士 ブレイカー》が無情とも言える指令を受け、突撃。
「ぐお!」 (美学……)
 《魔導戦士 ブレイカー》の肘鉄、その脅威は意外なまでに知られていない。マジックメタルの突起物を相手の腹めがけて押しつけるその攻撃方法は、原始的ではあるがそれ故に強力無比。くの字に折れ曲がるセルモス。そして ――
「ぐぅ!」 (美学から……文学……)
 《リビングデッドの呼び声》が、打撃を受けたセルモスの虚を付いた。《ニュードリュア》の掌底は派手さこそないものの、確実な衝撃として身体に響く。
「や、やめ……」 (文学からの……からの……)
 最後を飾るべくそこにいたのは、《デーモンの斧》を装着した《デーモン・ソルジャー》だった。斧ではあるが、鬼に金棒という諺を否が応でもセルモスに思い起こさせる。先の2体が攻撃する間に身体を限界まで捻り、既に攻撃準備は完了していた。
 十分な横回転を持ってそれは炸裂する。
「ぐはあ!」 (息が……息が続かない……酸素が……酸素が吸えない……)
 確保された外部酸素も、呼吸回路に異常を生じれば意味もなく。
「あんたの文学とやらは贅沢すぎる。それは贅肉だよ。さよなら、セルモス」
 セルモスはライフと酸素を同時に失いダウン。文句なしの完全勝利。
 ……アリアは、その事実にさえ大した価値を見出さなかった。
(薄い装甲なのに、あれだけ入れても ――。相当 ―― 鈍ってる)
 倒れるセルモス、無表情のアリア。テイルは嬉しそうに彼女を語る。
「おかしいと思ってたんだ。1戦目、もっとゴリ押しでも勝てるんじゃないか、そんな気がしてたんだけどさ。こういうことだったんだ。1戦目も《ライトニング・ボルテックス》引いていて、敢えて使わない選択肢を採ったのかも。もしあのときハンドにあれば、もっと早く勝てるタイミングがいくつもあった。なのに使わない。1戦目は《ライトニング・ボルテックス》を使わずに力をセーブして決闘を終えて、2戦目への餌を撒く。リスクがないわけじゃない。力をセーブするっていうのは隙を晒すってのと同じこと。100%確実に1戦目を勝てれば最低限の仕事にはなるわけだから、リスクがあると言えばリスクがある。それでも、確実性を放棄してでも2戦目を貪欲に取りに行った……」
 テイルは、最後に小さくこう言った。
「愛したい。愛し合いたい。あんな風に息の根を止め合いたい」

「すごい」
 ミィもまた彼女の一挙一動に惹き付けられていた。ミィの、彼女の決闘盤を自由自在に操ってブロートン一派をバッタバッタと薙ぎ倒していくのを見守るのは不思議な気分だった。 『私のデッキを私より上手く操るなんて』 と悔しさを滲ませるどころではなく。ただただ羨ましかった。園児が小学生の身長を羨むくらい素朴に、TV番組で壁を登ってるアイドルをみたときくらい単純に 『わたしもあんな風だったらいいのになあ』 と感じていた。決闘盤の投擲から即興の戦略に至るまで、極端な話スローイングの際の迷いなく伸びきった美しい指先 ―― 何の種目でも迷いなく伸びきった末端は美しい ―― がミィには羨ましかった。ただただ羨ましかった。ミィの視線の先、アリアは次戦を見据える。
(そろそろ限界かな。ま、言うだけ言ったしいけるところまでいってみるか)

 じゃ、次いってみよう。



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
ご愛読有り難うございます。挿絵はデュエ研の21世紀枠土景京介君が描いてくれました。感謝。
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております。

□前話 □表紙 □次話


































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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