決闘者(デュエリスト)がいた。左腕に決闘盤(デュエルディスク)と呼ばれる、盾か、そうでなければでかい分度器にも見える物体を装着している。彼はもう1人の男 ―― 挑戦者 ―― と向かい合っていた。挑戦者もまた決闘盤を装着している。2人だけではなかった。中央デュエルスタジアム。客席は満員御礼、実況が五月蠅いぐらいに声を張り上げている。彼らは全身に 『気』 を充実させていた。なんの為だろうか。TCG ―― 極めて簡潔に説明するならカードを用いた果たし合い、即ち決闘(デュエル) ―― に勝利する為である。

 先に動いたのは挑戦者。40枚のカードユニットを束ねた 『デッキ』 から、右手で荒々しくも1枚引く(ドロー)。手札を確認。 「メインフェイズ」 独特な 『構え』 から、右手に持ち替えた決闘盤を勢いよく放る。なんの為だろうか。決闘の勝敗を左右する、魔物(モンスター)の召喚を行う為である。魔物は見上げる程の巨体を誇っていた。 「バトルフェイズ」 挑戦者の指示を受け、魔物はその威を隠すことなく、むしろみせつけるように男に襲いかかる。投盤から召喚、召喚から攻撃に際して発生する衝撃波は圧巻。男は為す術なく吹き飛ばされる。これで終わったのだろうか。そんなことはない。男はさも当然のように立ち上がり、魔物に向かって指をさす。対戦者が魔物を仰ぎ見ると、魔物は鎖によって絡め取られていた。

「《デモンズ・チェーン》!? ダイレクトアタックを受けてから。舐めているのか」
 本来は攻撃を食い止める為に使われるトラップカード、《デモンズ・チェーン》を、攻撃を食らってから発動する。無意味とも思える行為に憤慨、非難の意を表明する挑戦者。しかしダイレクトアタックを喰らった男は、体の埃を払いつつ事も無げにこう答える。
「試しに喰らってみたかった。偽らざる本心だが、それなりの口実はある。さあ続けよう」
 いずれにせよ、魔物は悪魔の鎖によってその効果をも封じられた。ターンの移行。挑戦者は無言のまま 『バトルフェイズ』 を終え 『ターンエンド』 を宣言。
 ターン・ランプを点灯させた男のターン。勢いよくカードを引くと、可変式決闘盤(※ヴァリアブル・デュエルディスク。投盤に際して円形に変わるタイプの決闘盤)を放り投げ、1体のモンスターを 『通常召喚』 する。《ゴゴゴジャイアント》。効果発動。墓地の《ゴゴゴゴーレム》を釣り上げる。
 何の為? それはすぐにわかる。
「ゴーレムとジャイアントでオーバーレイネットワークを構築。現れろ」
 大地に描かれた魔方陣から一振りの大剣が出現。実況が叫ぶ、その名は――
「エクシーズ召喚! 《No.39 希望皇ホープ》が亜空間から登場したあああああああ!」



 剣を象った魔物がフィールドに浮上したのを受け、実況の張り上げた声がスタジアムにこだまする。
『さあここからが真骨頂。剣である側から剣を振るう側への一大転換。今こそ力を解き放ち、このフィールド上に溢れんばかりの希望を呼び込んでくれるのか!』
 『No.(ナンバーズ)』 を冠するモンスターは、その有り余る力を普段は抑え込んでいる。《No.39 希望皇ホープ》の場合、あたかも鞘に収めた刀のように、己の五体を剣に見立てて封印していた。この封印を解き放ち、あらゆる打撃を防ぐと言われるライトウィング・シールドと、帝(みかど)クラスの魔物すら十字に切り裂く二刀の剣で戦い抜く、二手二足の戦士となるのが常道。しかし、
『変形しない! ソードフォームのままグリップを掴み、ホープを持ち上げた!』
 男は、ホープをツーハンドソードにみたてて振り上げたのだ。 「馬鹿な」 動揺する挑戦者。魔物を指揮するというよりはむしろ魔物を振り上げる異端の所業。男は全身の 『気』 を剣に注ぐ。指先から、グリップから、エクシーズ召喚の際発生する魔方陣が剣先にまで上昇していく。
「カオスエクシーズチェンジ! ホープソードがホープレイソードに進化したあああ!」
 《CNo.39 希望皇ホープレイ》。実況が喉を涸らして声をあげる。男は、眼前の魔物に向かって勢いよく袈裟斬り。距離は離れているが関係ない。斬撃が衝撃波となって魔物を捉える。倒れはしなかった。それでよかった。むしろそれでよかったのだ。倒すのはここから。『攻撃』 ではなく 『効果』
「こちらの残りライフが1000以下であることを条件に、ホープレイソードの効果が発動、―――― の攻撃力を0にまで下げ、《CNo.39 希望皇ホープレイ》の攻撃力は4000にまであがる」
 男は大剣を一旦後ろに構え直し、勇躍、魔物に向かって突進する。先の袈裟切りは左上から右下への一撃。次に斬るべき場所は決まっていた。左下から右上、斬撃の跡がXを描くように逆袈裟で斬る。斬れるだろうか。ホープレイソードには刃がついていない。あくまで仮の姿。切れぬと考える向きもあるだろう。しかし、むしろ問いたい。なぜ斬れぬと思うのか。刃の有無等は些末な問題。決闘者の刃とはそれ即ち魂の刃である。魔物と決闘者の可能性が交差したとき新たな扉は開かれる。斬れない道理があろうか。 「馬鹿な」 挑戦者はそう漏らすのが精一杯だった。
『決まったあ! 一閃……おおっとそのままの勢いで飛んだ! トドメを刺す気かぁっ!』
 空高く飛び上がった男は、剣先を下に向け、グリップを蹴って魔物の脳天に落とす(それはグリップと言うには尖りすぎていたが、彼にはグリップでしかなかった)。串刺しである。
『決まったあ! ダイレクト・カオススラッシュ! この一撃は強烈だ!』
 男は重力に従い、大地に突き立てられたホープレイの末端に爪先で立つ。
 彼は眼前の相手を見据え言い放つ。 「ここで倒す」 視線を持って言い放つ。
「《リビングデッドの呼び声》を発動。対象は墓地の……《アームズ・エイド》」
 男はホープレイソードのグリップを蹴って飛ぶ。どこへ? 知れたこと。《リビングデッドの呼び声》で特殊召喚されたのは《アームズ・エイド》。鋭い爪を持つ、腕の形をした魔物、あるいは一種の装身具。男は飛翔の傍ら右脚に《アームズ・エイド》を装着、挑戦者に向かって勇躍する。



 雄々しく宙を舞った男は左脚で対戦者の懐へ着地、と同時に右脚を振る。
 文字通り――ダイレクトアタックだ。
『決まったああああああああああああああああああああああ!!! 壁を越え! 非常口を突き抜けて! 湖に……沈まない! 跳ねて! 跳ねて! 跳ねて! 跳ねて! パワー・ギア・シュートでぇぇぇ……フィニーーーーーーーーーーーーーーーッシュ!!!!』
 魔物と決闘者の相乗効果によって増幅された衝撃波。挑戦者をどこまで吹き飛ばす衝撃波。男は、ダイレクトアタックの反作用を利用して再び跳躍、大地に突き刺さったホープレイソードの末端まで飛び、やはり爪先で着地。己の戦果を見届けたのち、両腕を広げ、そして――
「諸君、我々は決闘者(デュエリスト)である!」

 あいつの物語というよりは、むしろあいつらの物語。

 物語の前に事実がある。中央には決闘(デュエル)が溢れていた、そんな事実。その証拠を挙げるなら、中央ランキングは中央ランキングとは呼ばれなかったことを指摘すれば十分だろう。中央人は、何一つ憚ることなく自前のデュエルランキングを世界ランキングと呼んでいた。にも拘らず、その傲慢とも言うべき所業に異を唱えるものはほとんどいなかった。事実は事実だったから。しかしこの大地に住む人間にとって決闘とは波である。中央から溢れた波は各地に伝わり、こぼれた水を各地の決闘者(デュエリスト)達は丁重に、かつ、彼ら一流のやり方で扱った。東、西、南、北、その4つの世界は中央から地理的にも電子的にも隔てられ、交流も極端に制限されていた。風土の違う4つの地域に撒かれた決闘の種は時間と共に芽を出し、独自の決闘文化が発達していったのである。荒々しき北の決闘、敬虔なる南の決闘、刹那性を良しとする東の決闘……

 この物語は誰かの一代記でもなければ何らかの事件を特に扱ったものでもない。世界が既に始まっているのと同じくらいには、始まっているといえばとっくに始まっている。大して始まっていないといえばやはり大して始まっていない。この物語におけるはじめの一歩を客観的に規定することはできない。規定することはできないが、しかし、規定する必要はある。結局のところ、いつどこで誰かが何かをしたことをもってこの物語の発端とこじつける以外にないだろう。そしてそれがいつかと言われれば、TCG歴82年とすることで、これについては特に異論を挟む人間もいないのではないか。しかし、どこでと言われると少しばかり面倒かもしれない。北の大地に産声をあげた焔の牙が札豪達の腕を血に染めていったことをもって発端と言い張るのがいいだろうか。あるいは、東のデュエルトーナメントで優勝者が決まった瞬間、動画の再生数が記録を大幅に更新したことをもって発端と言い張るべきだろうか。あるいは南の決闘裁判で一人の決闘者がギロチンとカードの哲学を論じ教会に決闘を挑んだことを持って発端と言うべきだろうか。あるいは中央、あるいは世界、前人未到の……確かにそれらは魅力的な出来事かもしれない。しかし、敢えて言うならば ――

 TCG歴82年、夏。ミィという名の少女が西で行われる大規模大会を観戦すべく裏道を走っていた。ミィが立ち止った隣の、低い塀を超えた所には 『ヘブンズアッパー』 なる私営のカードショップが建っている。だいたいそのような事実関係が存在していた。
 これは、決闘者(デュエリスト)とTCGを巡る飽くなき闘いの物語である。


Duel Episode 1

少女が見た決闘(デュエル)

〜お店と暖炉と魔法使い〜


「工事中」
 ミィは眼を細め、うんざりとした顔で看板をみながら思う。うん。わかる。この辺は事業開発のまっただ中。悪いとは言わない。工事中だから通行止めというのもわかる。それでも ―― ミィは憤慨した。迂回ルートの "う" の字もない。なんと不親切なのだろう。西のモットーはフォア・ザ・チームではなかったのか。周りに気を使えという教えはなんだったのか。いつもこうだ。確かに自分にも落ち度はあるかもしれない。急ぎすぎたあまり、大通りを使わなかった自分にも責任の一端はあるかもしれない。
 それでも ――
「そうですかそうですか。延々と戻るだけ戻って大通りを行けとおっしゃいますか」
 この辺の裏道を通るような仲間外れはこの暑い中延々とたらいまわしにされても構わないとおっしゃりますか。いつもこうだ。ミィは時間がおしていることも忘れ物思いにふけった。
(仲間外れはいつもこうだ。その癖腫れものを触るように 『ねぇミィ? 大丈夫?』 って……違う違う。そんなこと考えてる場合じゃない。どうしよう。今更引き返すなんて)
 閃き。この塀をよじ登ればいける。死角になってるから誰かにみつかる心配もない。行儀が悪いのは否めないが、悪いのは行儀ではなく行政だ。そう自分を納得させる。
(足をかけて、壁の向こうは……あ、カードショップ)
 カードショップ。
 今は亡きお母さんが言っていた。ミィが決闘盤(デュエルディスク)を持つことに1度は反対したお父さんも言ってた。ミィ曰く 『あんのひとでなしな先生』 も言っていた。街の裏側にある私営のカードショップにはデュエルのゴロツキ共がたむろっているから気を付けろと。そんなに違うのだろうか。公営公認のカードショップと、裏通りにある私営のカードショップと、そんなに違うものだろうか。 『札引きの悪』 TCG文化隆盛の裏で、暗部とも恥部とも言われる怖い怖い人達がおどろおどろしい非公式決闘活動に日夜勤しんでいるという話は良く聞かされる。夜の路上では暴引族(レックレス・ドローメン)『TURBO魔裏銃(マリガン)』が暴れ回り、地下では暴力的な決闘を中核とした阿鼻叫喚の見世物決闘が繰り広げられている、そんな話を小さいときからミィはよく聞かされた。眉唾ものだと思う。カードゲーマーは、それこそチームアースバウンドのミツル・アマギリのように素晴らしい決闘者を目指して切磋琢磨している筈。子供を躾けるためのほら話に違いない。
(それに今は昼。不良の時間じゃない。いっちゃえ。ほうら大丈夫……)
 もしかすると、それは、最高のプレイングミスだったのかもしれない。

「うちのブロートンさんにぶつかっといて、コストの支払いもなしとは舐めとるの」
 ミィの顔が引き攣る。大丈夫じゃない。少なくとも、それだけは確実だった。
「あ。ごめんなさい。あの、ほんと、その……ごめんなさい。ごめんなさい!」
 平謝り。それしかないように思われた。通用するかどうかはまた別のお話。
「ゴメンですんだら誓約効果はいらないんだよねえ。もしかして踏み倒す気?」
「ちょっとおたくのメインフェイズ貸してもらおうじゃないの。ですよねブロートンさん」
「謝ったじゃないですか。それに、あの、その、わたし、急いでるんです。通してください」
 狼狽と恐怖と反感と。そもそもがぶつかってなどいない。ほんの一瞬服と服が触れただけ。なぜ謝らないといけないのか。そんなミィの不満など、"彼ら" が考慮する筈もなく。
「どこにいくのかな?」 他と比べて、やや落ち着いた声がミィに問いかける。
「大会……見学に……」
「大会? いみじくも唱道するに……それは公認の大規模大会でいいのかな。ん?」
 ミィは理解した。この男がブロートンなのだ。反射的に思った。嫌いなタイプだと。
「このブロートンがいぃぃぃみじくも唱道するにぃぃぃ俺達 『ベリアル』 を無視している」
 無視するとか無視しないとか。なぜこんな話になっているのか。ミィにはわからない。
「ブロートンさんと手合わせできるチャンスをほっぽりだして? ありえなくね? ありえなくね? あんなレベルの低い大会にダッシュ&ランニングするとかありえなくね?」
「ブロートンさん、みてくれよ。こいつのバッグに決闘盤。綺麗な綺麗な決闘盤」
(いつの間に。これが私営のカードショップ? ディスクの匂いを嗅ぎつけられるなんて)
「返して。返してください」 「引いちゃおっかなあ。おててで引いちゃおっかなあ」
 マイホームを土足で踏み荒らすような所業。とても許せるわけがなかった。
(喜んでる。こいつら喜んでる。散々ふざけておいて、まかり通ると思ってる)
「うちのブロートンさんへのお詫びのしるし、好きなだけドローしてもらうのが道理だよな」
「そんな!」 大事な大事な決闘盤。それを引かれて穢される。 (神様酷い。行政も酷い)
「少女よ。今こそ聞くがいい」 ブロートンと呼ばれた頭領格が両腕を大きく横に広げ、耳に軽く掌を被せる。感極まったような表情で、彼は重々しく唱道した。
「始まった。これこそが文学だ。ああ……生まれた。新しい文学が今ここで生まれた」
「きたきたきた。俺達のブロートンさん、インスピが巡り巡ってねずみ花火が踊ってるぜ」
「このブロートン、巷に蔓延る愚か者達とは概念からして違う。肉体ではなく決闘盤へのスピリチュアルアタック。芳醇なMTPが俺の、飴色の脳細胞を止揚して新たな地平にいざなうだろう。肉体に指一本触れずとも、ブロートンの帝国はその精神的領土を拡大できるのだ」
「MTPとはメタファーの意。俺達のブロートンさんは今日も常識をブレイクザバック」
「ブロートンさんは一日400mmのMTP摂取が偉大なる大脳を啓発すると信じて疑わねえ」
「イーヤッホウ! ブロートンさんの名言が今日も俺達の知性を包み込んでくれるぜえ」
「決闘筋力主義を論破する新時代。ネオ・デュエル・リタラチャーの台頭。ビバ・ブロートン」
 ミィは圧倒されていた。ふと思う。今なら逃げられるのではないか。足音をたてぬよう忍び足。ぱっと決闘盤を掴んで走り出せば……浅知恵に過ぎなかった。腕を掴まれるミィ。
 ここはもう彼らのフィールド。
「弁解したいなら決闘で物語るといい。このブロートン、少女の文学に優しい眼差しを向けぬでもない。セルモス、おまえが試験官だ。おまえの炎で罪と罰を計るがいい」
「ブロートンさんの頼みとあらば断る理由はありません。さあこの決闘盤を受け取りなお嬢ちゃん。だけどまだまだ帰れない。わかるだろ? なんて言えばいいか、わかるだろ?」
(いつもそうだ)
限りなく脅迫に近い問いかけ。ミィは、有無を言わせぬ理不尽に絡め取られていた。
(大丈夫なことなんてなにもない。だから 「助けて」 なんて思っちゃいけない)
 1つ確実に言えることと。ミィは知っていた。なんか嫌がってるからやめようよ、なんて空気の読めないことを言ってあの自転車から降ろしてくれる人なんていないことを。無理なものは無理なんだよ、なんて話のわかることを言ってあの不味いドレッシングのかかった酷い味のサラダを持ち去ってくれる人なんていないことを。その場でこいでみせるしかない。その場で食べてみせるしかない。
 晒しものになるか、それが嫌ならゼロに戻すしかない。
(わたしが言うべき言葉は1つ。 『わかりました。わたしと勝負してください』 )
 勝てるだろうか。無理だと思った。恐らく、向こうもそう思っているだろう。
(それを承知でわたしを嬲るつもりなんだ。なんて卑劣な人達だろう)
 なんでこんなことに挑戦しなければいけないのか。人生は努力、学校で一番人気のある先生はそう言った。諦めるな、学校で一番人気がある先生はそう言った。
「おいおいどうした? 言葉を忘れちゃったのか? それじゃあ文学にならないぜ」
 ミィに言わせれば、その教師はなにもすがるものがない人間の、その一日をなかったことにするためだけの努力の意味を知らない。言いたくない。心からそう思った。言ったってしょうがない。現実は余計笑われるだけなんだ。だから言いたくない。言いたくない。言いたくない。
「わたしと決闘してください。わたしが勝ったらここから解放してください」
 あの決闘盤は大事なものだった。触れ続けるチャンスがあるのなら、それを手放すことなどどうしてできるだろう。 『大丈夫』 ミィはそう心の中でそう唱えた。

                --OZONE--

 決闘盤同士の共鳴が形作る、言わずと知れた決闘者達の主戦場。この空間の中では書面と物理が紙一重。論理と波動が錯綜する衝札領域。魔物はその威容を、呪文はその威力を衝撃波として発現させる。ミィとセルモスは自らの決闘盤を操作、闘札形態(デュエルモード)に移行、共鳴させる。血湧き肉躍る剣闘士のように雄々しく共鳴し合う2つの決闘盤。ミィは右腕に付けていた決闘盤を利き腕である左腕で掴むと、腰を回して構える。サイドスロー。TCGにおいて標準とされるありふれた投盤。それがサイドスロー。セルモスも右手で決闘盤を掴み、同様の構えで開始の合図を待つ。
 そして――

Starting Disc Throwing Standby――

Three――

Two――

One――

Go! Fight a Technological Card Duel!


 ミィとセルモスが同時に決闘盤をリリース、フィールド中央のデュエルサークルで2つの決闘盤が激しく己の存在を主張し合う。TCGはターン制の競技。常識中の常識。呪文の打ち合いも適宜チェーンを組む。5歳児でも知っている。それが原則。原則には例外。TCGには同時進行で行われる最初で最後とも言える瞬間がある。それが試合開始直後のStarting Disc Throwing(SDT)。モンスター・マジック・トラップに意味と衝撃を与えるデュエルフィールド 『--OZONE--』 に決闘盤を覚えさせるとともに、先攻後攻を決める重要な儀式。決闘開始を宣言するのは立会人、決闘開始を可能にするのは 『--OZONE--』  しかし、決闘開始の鐘を鳴らすのは決闘者、その精神の表れとも言われるのがSDT。
 今回、自分の意を通したのはセルモスだった。ミィの決闘盤は哀れにも弾かれ持ち主の所に戻る。SDTを制し、先攻を獲得したのはセルモス。 「炎を繋ぐ薪を割るように……ドロー」 彼は、1枚のカードユニットを決闘盤にセットすると、手首のスナップを利かせて投げる。
 この投盤、これこそがTCG。これこそがTechnological Card Game。
「《ヴォルカニック・エッジ》を通常召喚して効果発動。静かなる灯火……序章(プロローグ)だ!」
 《ヴォルカニック・エッジ》の火球がミィを襲う。着弾箇所に痛みを感じるミィ。もっとも、本物の火球ではない。 『--OZONE--』 によって評価された《ヴォルカニック・エッジ》の火球が、衝撃波となってミィを襲う。500にしては威力が強い。ミィは内心脅えていた。
(炎の決闘。これがほんの小手調べ? どうしよう。この人はきっと容赦しない)
「燃え盛るように荒々しく! マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
 ミィのターンが来る。 「ドロー」 決闘盤からカードを1枚引いて反撃開始。《ヴォルカニック・エッジ》の攻撃力は1800。倒せない相手ではない。きっと大丈夫、そう信じて決闘盤に 『気』 を込める。精神統一ではない。投盤に不可欠な作業。人類なら当然持っている筈の決闘気功(デュエルオーラ)を決闘盤に注ぎ込み、スカートがめくれない程度に振りかぶって投げる(リリース)。TCGの基本動作。
「《デーモン・ソルジャー》を通常召喚……あっ」
「おいおいどうした? モンスター1つ召喚できないか。いいのかなそれで」
 ミス。通常召喚ではもう一度チャンスがあるとはいえ、決闘最初の投盤を失敗するのは心理的にも痛い。ミィ自身、元々上手い方ではなく、むしろ下手にあたるとはいえ、ここで失敗したのはやはりプレッシャー要素にして大。5人に囲まれる精神的重圧がミィの心を締め付ける。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫……) お祈りのような連呼。機会はまだある。
「セカンドスロー……お願い……できた。そのままバトルフェイズ……」
 召喚時、セルモスの妨害がないのをみてとったミィは、連続動作でバトルフェイズに突入。一足飛びで《ヴォルカニック・エッジ》の眼前まで迫った《デーモン・ソルジャー》は、身につけていたマントを外してエッジに被せる。視界を塞ぐ戦術はまさしく悪魔。十分な勝算を持って《デーモン・ソルジャー》は拳をマントの上から振り下ろす。しかし、手応えがない。
「なんで……」 すぐにわかった。セルモスの拳が燃えている。《火霊術−「紅」》。

火霊術−「紅」(通常罠)
自分フィールド上の炎属性モンスター1体をリリースして発動できる。
リリースしたモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


「くらえ」 セルモスの拳から放たれる火炎弾。ミィの身体を炎が弾く。
(痛い。合わせて2300ダメージ。守らないと、守らないとやられちゃう)
「メインフェイズ2。マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
 瞬間、笑い声が響く。ミィはすぐさま気がついた。なんという凡ミス。
「おいおい。折角壁が消えたのに、その《デーモン・ソルジャー》は置物か?」
 《ヴォルカニック・エッジ》が《火霊術−「紅」》でリリースされたことにより場はがら空き。そのまま殴れば1900ダメージ。五分の状況に持って行けた。それなのに。
「狂おしいほど燃えるようなドロー! 安心しろ。もうアタックチャンスはやらない。ダイレクトアタックしていようがしていまいが関係ない展開にしてやる。後悔しなくてすむだろ? 《予言僧チョウレン》を通常召喚、と、ここで効果発動。おまえの伏せカードはトラップだ」
「え?」 「《炸裂装甲》か。残念だな。そのカードはもう発動できない」
「セルモスめ。得意の高速戦闘で一気に仕留めるつもりだな」
「墓地の炎属性をゲームから除外。《炎の精霊 イフリート》を特殊召喚。バトル!」
 セルモスの動きは止まらない。決闘盤を器用に操って連続召喚を果たす。《デーモン・ソルジャー》は一瞬で燃え尽き、がら空きの場に予言僧の一撃。ライフが半分を切る」
「ターンエンド。守れよ。守ってみろよ。守れるものなら守ってみろよ」
「ドロー……わたしは……モンスターカードを1枚セットしてターンエンド」
「俺のターン、ドロー。終わりだ。《予言僧チョウレン》の効果で《炸裂装甲》を封殺。《UFOタートル》を通常召喚……こいつを燃やし、《怨念の魂 業火》を特殊召喚」
(攻撃力と展開力が違いすぎる。まるで勝負にならない。強すぎる)
「燃やせ燃やせ。トマト1個すら残すな。全ての畑を焼き払え! 《怨念の魂 業火》の攻撃。ブロートン文学勃興! " 誰が何と言おうともそこには暖炉が燃えていた(ザ・ディスカバリー・オブ・マントルピース)" !!」

                 ―大丈夫なことなんてなにもない―

「聞きなお嬢ちゃん。おれも昔はな、とある炎をウリにした、実際は湿気たマッチみたいなチームにいたんだよ。来る日も来る日も打倒 『アースバウンド』 の一点張りでガッチガチ。練習が足りなかったからだって、お決まりのセリフで〆たいがためだけに大会出てるようなもんだった。そこへいくとブロートンさんの 『ベリアル』 は自由自在。完全なる文学」
 打ち砕かれ、瞬殺されたミィはセルモスの弁を死んだような眼で聞いていた。
「ブロートンさんの一部になれよ。そうすりゃ救われる。おまえの決闘盤からデッキを抜いて跪き、ブロートンさんの腰のデッキケースに挿し入れろ。それでチャラだ。チャラチャラだ」
(チャラ。ゼロ。いいじゃない。これで大丈夫=j
「ブロートン……さん……これ……」
 例え惨めな負け犬であっても ――
「嫌! 絶対に嫌!」 はかないまでの抵抗の意思だった。
「ブロートンさんの、野原に咲く一輪の花を見守るような優しい眼差しを拒絶するのか。おいおまえら【エッチング・マントルピース】の態勢に入れ。ブロートンさんの名誉を守るんだ」
(え? なに? 囲まれた? ヤダ、こんなのヤダ)
「それはあたかも、それはあたかも暖炉を囲むマントルピースのように」
「それはあたかも、それはあたかも暖炉を囲い込むマントルピースのように」
 なんということか。4人がかりで1人を囲む。こうなってはもう逃げ場もない。
「おまえはもう箱の中の札だ(カード・イン・ケース)!」 暗示されたのだ。それはあたかも巨大なデッキケースのように。
「まさにブロートン文学の真骨頂。ひとたびドローされたが最後、メインフェイズからエンドフェイズまで、フィールドから墓地まで、ブロートンさんの掌の上。安楽死は確実」
「さあブロートンさんお引きください。名誉を守るために」
(嫌だ。こんなの嫌 ―― )
「大会で人気(ひとけ)がないからってハッスルし過ぎだろ。それならおれらにも遊ばせろ」
(え?)
「誰だ」
(誰?)
 少女が、いたいけなる少女が地を涙で濡らすとき、彼らは無駄に颯爽と現れた。
「聞いていけ。コアラがユーカリの葉をはむ音を。デュエルグリーン」
 その男は 「おれをみろ。むしろおれをみろ」 と言わんばかりであった。
(はえ?)
「ディスクは塵取り尻尾は箒。今日もお掃除頑張ろう。デュエルブルー」
 その男は、腰の辺りから尻尾とおぼしきふさふさな何かを伸ばしていた。
(ふえ?)
「えぇ〜っと、口上どうしよっかな」
「はい! どうぞ」 「どうぞ!」
「正直目立ちたくないけれど、なんというかわたしだけ参加しないわけにもいかなくて。あんまりみないでデュエルイエロー……デュエルイエロー……いいのかな、これで」
 その女は、長く美しい黒髪を揺らしつつ、バツが悪そうに佇んでいた。
(……なにこの茶番)
「おいおまえら……」 セルモスが勇んで言葉を挟む。が。聞いちゃいない。
「ちょっと待て。なんでイエロー? レッドだろ。レッドしかないだろそこは」
「流石に萎えるなあ。あんたのジャンパー何色? せめて、せめてピンクでしょ」
「戦隊物あんまりわかんなくて。いや、レッドかピンクの二者択一ってところまではいったんだけど、今一どっちがいいのかわかんなかったから間をとってイエローかなって」
「間をとったら遠ざかるだろ」 「そんなにいうならあんたがレッドやればよかったのに」
「あいつ(=ブルー)が言ったように真っ赤なジャンパーに敬意を表したんだよ。ああわかったわかった。じゃあおれがレッドな。デュエルグリーン改めデュエルレッドここに見参。おっし、いくぞ」
「旦那旦那。あのさ、ノリノリでのっかっといてあれだけどなんで戦隊物ごっこなん?」
「向こうは5人だろ。こっちは3人。戦隊物っていっとけば援軍が2人来るのはお約束」
「成程成程。面白い作戦だね。あいつらにそれが伝わってるかどうかは謎だけど」
「しょうがない。言っとくか。あのさ、おれら今んとこ3人だけど、そこは、ほら、戦隊物だから。あとで援軍が2人ほど、グリーンとブラックが来る感じだから」
(なんなの。この人達) ミィは、呆気にとられたまま動けない。
「ふざけるな。おまえらいったい何者だ。こいつのダチか兄弟か」
「初対面だ。戦隊物は初対面を助けるものだろ。この()にはもう関わるな」
 遅まきながらミィは理解した。彼らはふざけているのだ。だがそれは導火線に火を付けたも同じ。舐められていると知って、ブロートン一派は憤怒の情を突き上げる。
「このブロートンを甘く見積もるか。このまま黙って引き下がると」
「その通りだぜ。恥と名誉を知るブロートンさんがおめおめ引きさがるなんざありえねえ」
「そいつはブロートンさんにぶつかってセルモスに負けたんだ。落とし前はつけてもらう」
「どうせ半ば強引に持ち込んだんだろ。ま、いいさ。そんならそんで。だったらこうしようじゃないか。おれたちとおまえらでチームデュエルをおこなう。おれたちが勝ったらこの娘を解放しろ。勿論無条件じゃない。おまえたちが勝ったらこの娘を好きにドローしていいぜ」
(あれ? なんかおかしいような。助けてくれるのは嬉しいけど……あれ?)
「ほお。 『ベリアル』 に決闘を挑むか。精々が5対4、それでもいいと」
(援軍来るのが嘘だってばれてる) 当たり前だ。ミィはがっくりとした。
 ミィの絶望を知って知らずか、レッド(仮)は意気揚々と言い上げる。
「助けを求める御姫様。勝負に巻き込む気なんてないさ」
「強気だな。この "ブロートン〜あの夏の埋葬地〜" を前にして」
「クク……みられるぜ。 "ブロートン〜あの夏の埋葬地〜" が猛る瞬間を」
「あ、異名なんだそれ。 『24エリアの猛虎』 とか、そういうのと同じノリ?」
 イエロー(仮)の一言は軽く流される。提案を続行するのはレッド(仮)。 
「細かいルールはこっちで決めさせてくれないか。天下の 『ベリアル』 なんだろ」
「いいだろう。だが俺達が勝ったときは、いやむしろ勝った暁はどうなるかわかってるな」
「ああ。断腸の思いでこの娘を差し出そう。煮るなり焼くなり引くなり伏せるなりコストなりプレイなり好きにすればいい。どうしようがおまえたちの自由だ」
「わかった。煮て焼いて空になるまで引き切って、俺の色に染め上げたデッキで無理矢理ソリティアに及ばせて、新たな文学が誕生するまで舐めるように観賞してもいいというんだな」
「何の問題もない」 「ちょっ……」 レッド(仮)が、トントン拍子で決めていく。
「ルールは勝ち抜き式の変則版。1VS1で決闘して勝った方が次の相手と闘う。負けてないやつなら誰が出てもいい。次戦以降のサイドボードはなし。持ち越しもなし。エントリーは最大でも5人。5人負けるか、それまでに戦えるやつがいなくなったら終了だ。ミーティングタイムは1お分。安心しろよ。時間とったからって逃げやしない。遊びたいからな」
「そこの隅でやってもらおう。おまえたちに正しい文学的作法を教えてやる」
(全然おもしろくない。おかしい。悪党も救世主もみんなおかしい)

「誰からでる? 言いだしっぺの立場からすると、おれはラストかな」
「どうだっていいだろ。じゃんけんで決めるとかでいいんじゃないの?」
  デュエルレッド(仮)とデュエルブルー(仮)が呑気な会話を続けている。数的不利があるにも関わらず、そこにはある種の余裕がみてとれる。が。その余裕もここまでだった。
「あのさ」 「なに? 試合後のデートのお誘い? まいったねホント。全然おっけ」
「そうじゃなくて、あたしさ、決闘盤持ってないんだけど」 「マジ?」 「マジ?」
(マジ? なにそれどんな救世主? 《地獄からの使い》?)
「なんでこの話にのったのか500文字以内で書いて。先生怒んないから」
 ふざけるブルー(仮)に対しイエロー(仮)は、頬を指でかきながら答える。
「いや、流石に流れとして自分だけ帰るのもダメかなって。どうしよ。ごめん」
 素で困っていた。あまりに素っ頓狂すぎて、ミィも他人事なら笑っていただろう。
「そだ。ここ、店の前なんだから、ここの店長に決闘盤借りればいいんじゃないの」
 ブルー(仮)の提案にミィはコクコクとキツツキのように頷いた。どうして思いつかなかったのか。ここはカードショップの裏。カードショップで起きたいざこざならカードショップの店長に助けてもらえばいい。ここに入り浸ってる人達が問題を起こすのは店長だって困る筈。
「いや、それはどうかな。こういう道の裏に建ってる、私営のカードショップの店長は常連に甘い。これはあくまで噂なんだが、 『ヘブンズアッパー』 の現店長というのは、実は天超≠ネる危険人物って噂もある。あんま迂闊につつかない方がいいと思うぜ」
「天超。そういえば聞いたことあるかも。20件のデュエルショップを閉店に追い込み表の世界から消え、今では地下決闘の闇の中に生息すると言われる決闘の魔物。ついた渾名が 『店殺し』 の(ショップ・クローザー)天超。防御率0点台とも言われる抜群の安定感で信頼も厚く、フィールドごと破壊して全てを台無しにする豪快な決闘が持ち味っていうあれのこと?」
 ミィは、このカードショップにはもう2度と来ない決意を固める。
「しょうがないおれが4連勝するからおまえ……」 とレッド(仮)。 
「しょうがない。おれが5連勝してやっから……」 とブルー(仮)。
「あ、そうだ。ねえ貴方、貴方の決闘盤貸してくれない?」
「え!?」 なにかがおかしいように思える。
 真剣に考えよう。他人に自分の決闘盤を触られるなんて嫌だというのが出発点としてあった。過去形。もっと深刻な話になっている。もしミィが決闘盤を貸さないのが原因で負けてしまったら? そう。何かをされるのだ。最悪、暗い地下室に閉じ込められて廃棄処理寸前の残飯みたいなカードをあてがわれ、泣く泣くデッキを組み上げては 「こんな紙束で決闘ができるか」 とぶちまけられ、それを繰り返す内に頭がおかしくなって《ツイスター》1枚支給してもらうために24時間ぶっ通しで……
(そんなのって……嫌だ)
「これ、使ってください。貴方になら……託せます」
「ありがと。大事にするから。それじゃあまず手始めに、今を乗り切る為に色々頑張らないとね。少しだけデッキ構成とか弄るからちょっと待ってて。あと何分ある?」
「2分」 「余裕」
(いま、さらっととんでもないこと言った。人のデッキなのに)
「AMP-24型(パルーム)。中々いいもん使ってるね。高いでしょこれ」
「え? ええ……」
「おらおらこのチャンドラ様が相手してやるぜ。さっさと出て来やがれ!」
「ありゃりゃ。間に合わないんならデュエルブルーさんが先に行こうか?」
「大丈夫。できた。じゃあいってくる。応援よろしくね。え〜っと名前は……」
「ミィです」
「いってくるよ、ミィ」
 ミィは内心仰天していた。本当にできるのだろうか。他人の決闘盤には癖がある。他人のデッキにも癖がある。なのに? 40枚のカードユニット、その全てを発現できるというのだろうか。服のぼろさとは裏腹に(本当にぼろい!)、妙な頼もしさを感じた。フィールド上、2人の決闘者が牽制するように視線を飛ばし、そして構える。イエロー(仮)は左足を右足の前に軽く被せるように置いて膝を曲げ、腰を落として腕を引く。ミィは彼女の、プロポーションのとれた体つきにここで気づく。思わず見とれる程の美しさ。他方、チャンドラは相手を威嚇するようなガニ股の体勢。これはこれで威圧感がある。

 そして――

Starting Disc Throwing Standby――

Three――

Two――

One――

Go! Fight a Technological Card Duel!


(アンダースロー。綺麗。あのスローイング・フォーム……すごい綺麗)
「薄々思ってたけど」 レッド(仮)が言った。 「あいつ、相当上手いな」
 ミィはこの瞬間が好きだった。お互いの決闘盤が中央で激突するその瞬間、世界が塗り変わるこの瞬間……と、ミィはある事実に気がついた。「あいつ、相当上手いな」 まるで……。
「ところでデュエルレッド(仮)に聞きたいんだけどさ」
「なんだデュエルブルー(仮)」 「あんた、名前は?」 
(え? 初対面? この人達ってみんな初対面同士?)
「リードだ。おまえは?」 「テイル。じゃそういうことでよろしく」
(あの人は決闘盤も持たずに、私営のカードショップに1人で?)

Turn 1
□イエロー(仮)
 Hand 6
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000
■チャンドラ
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000

「先攻、もらったから」
 御託を並べる必要もないくらいはっきりと先攻が決まった。決闘盤がサークルの中でまわっている。ぐるぐる。先攻が決まったらいったん決闘盤を戻して朝ごはんの時間。カード・ボックスからカード・ユニット ―― 通常はカードと略される ―― を1枚引く。先攻1ターン目のファーストアクション。大抵の場合それはモンスターの召喚。SDTの時よりは軽く腕を引き、肘を上手く使って決闘盤を放る。投げるというよりは放るイメージ。攻撃力1900を誇る下級通常モンスター《デーモン・ソルジャー》を通常召喚。次にやるのは呪文の設置。ミィはその何気ない動作の1つ1つに見惚れていた。決闘盤の受け取りが一々柔らかい。自分との、確かな違いを感じていた。
「ターンエンド」

Turn 2
□イエロー(仮)
 Hand 4
 Monster 1(《デーモン・ソルジャー》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000
■チャンドラ
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000

「チャンドラ。あんな女に負けたら承知しないからな。当分はレトリックの摂取を禁じるぞ」
「任せてくださいブロートンさん。ドロー。《闇魔界の戦士 ダークソード》を召喚!」
 攻撃力1800。この瞬間、チャンドラは勿論、他の4人もニヤリと笑う。名は体を現すとはよく言ったもの。鎧に付いた鋭いトゲで、何人をも寄せ付けない闇の騎士。しかし、攻撃力で言えば1900を誇る《デーモン・ソルジャー》の方が僅かに上。にもかかわらず攻撃表示。当然なにかあるに違いない。強化をつける? トラップで誘う? コンバットトリック? 違った。チャンドラは《デーモン・ソルジャー》に向けて腕を伸ばし掌をかざすと、精神を一点に集中する。一点、無論、その一点とは掌につけているデュエルオーブ。なにをするかはこの時点でおおまかにわかる。
 呪文を唱えるつもりだ。
「《騎竜》を墓地に捨て発動する。喰らえ! マジック・カード《死者への手向け》」
 チャンドラの掌から包帯が(正確には包帯のイメージとそれに付随する衝撃波が)《デーモン・ソルジャー》に向かって5〜6本飛び出しギチギチに絡め取る。絡め取って、そこから握り潰す。決闘者は通常、召喚する僕(しもべ)に比べ身体も弱くて燃費も悪い。故に、普段は後方に待機する。が。モンスターにあれこれ命令を出すだけが能じゃない。 「まるで魔法使い」 ミィはそう思う。
「《闇魔界の戦士 ダークソード》でダイレクトアタック」

イエロー:6200LP
チャンドラ:8000LP

 戦士の剣が一振りされて、デュエルイエローの身に衝撃波がヒットする。
「どうだい俺の決闘は。そうらマジック・トラップを1枚設置。ターンエンド」

Turn 3
□イエロー(仮)
 Hand 4
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 6200
■チャンドラ
 Hand 2
 Monster 1(《闇魔界の戦士 ダークソード》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000

「ファーストダメージを取られた。大丈夫……なんでしょうか」
 思わず不安を口にするミィだが、それをみてテイルが茶化す。
「ミィちゃんだっけ。そんなのわかないわからない。だって他人だもん。わかるのは、あの娘が無茶苦茶かわいくて、これが終わったらお茶に誘うってことだけさ」
「ドロー。《魔導戦士 ブレイカー》を召喚。それじゃあぼちぼちいこっか」

魔導戦士 ブレイカー(効果モンスター)
星4/闇属性/魔法使い族/攻1600/守1000
このカードが召喚に成功した場合に発動する。このカードに魔力カウンターを1つ置く(最大1つまで)。このカードの攻撃力は、このカードの魔力カウンターの数×300アップする。このカードの魔力カウンターを1つ取り除き、フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。その魔法・罠カードを破壊する。


 不思議だった。彼女が "ドロー" と言った瞬間、抱いた不安が消えていく。
「《魔導戦士 ブレイカー》? カウンターを乗せて……取り除くってか?」
 不敵に笑うチャンドラ。獰猛なる彼は、魔導戦士を前にしても怯まない。
「二択だな」 とリード。「ああ、二択だ」 とテイル。
「二択……」 ミィは考えた。その意味を。
(事前にマジック・トラップを破壊する能力を使うと攻撃力が1600まで落ちる。そうするとダークソードはもう倒せない。ダークソードを倒してから能力を使えば1枚で2枚のカードを破壊したことになる。だけど、そうするとトラップが怖い。どうする? あの人はどうするの?)
 ミィの中で答えが決まるより先に、イエロー(仮)は選択を終えていた。
「カウンターは除かない。バトルフェイズへ移行。《魔導戦士 ブレイカー》、いけ」
 モンスター同士のバトル。お互いが剣を持った者同士。勝負は一瞬――(あ!)
「除去しようがしまいがどう転んでもおまえの負けだ。《ゲットライド!》を発動。墓地のユニオンモンスター《騎竜》を《闇魔界の戦士 ダークソード》に装着。これが西部G地区グリックタウンのユニオンの中でも最強を誇る俺のユニオンデッキだ!」

闇魔界の戦士せんし ダークソード(通常モンスター)
星4/闇属性/戦士族/攻1800/守1500
ドラゴンを操ると言われている闇魔界の戦士。邪悪なパワーで斬りかかる攻撃はすさまじい。

騎竜(ユニオンモンスター)
星5/闇属性/ドラゴン族/攻2000/守1500
1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに装備カード扱いとして自分の「闇魔界の戦士 ダークソード」に装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。この効果で装備カードになっている時のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は900ポイントアップする。装備状態のこのカードを生け贄に捧げる事で、装備モンスターはこのターン相手プレイヤーに直接攻撃ができる。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1枚まで。装備モンスターが戦闘によって破壊される場合は、代わりにこのカードを破壊する。)


 強化された《闇魔界の戦士 ダーク・ソード》の攻撃力は2700まで上昇する。 「勝った」 そうチャンドラが叫んだとき、ブレイカーのショートアッパーがダークソードの弱点である顎にクリーンヒットしていた。 「500ライフ支払って発動。《ツイスター》」 彼女はそう言った。

イエロー:5700LP
チャンドラ:7900LP

「運のいい奴め」 「《ツイスター》を処分できたのはそうかも。1枚セットしてターンエンド」
「だがその程度で調子にのるなよ。ドロー。文学的にモンスターをセット。こんだけだ。お楽しみはこれからだぜ。存分に溺れろよ、ブロートン文学にな!」
「なあなあリード、あんたはどう思う?」
「腕が良さそうなのはあのブロートンと、あいつの両サイドに立ってる奴らだな」
 リードが指摘したのは、褐色の肌を持つ 『セルモス』 と坊主頭の 『ゴードン』
「あらら。この勝負は眼中にないってこと?」 「このままいけばおそらくな」
「このままいけばね。さあどうなるか」 テイルは含みを持たせるように呟いた。

Turn 5
□イエロー(仮)
 Hand 2
 Monster 1(《魔導戦士 ブレイカー》)
 Magic・Trap 2(セット/セット)
 Life 5700
■チャンドラ
 Hand 2
 Monster 1(セット)
 Magic・Trap 0
 Life 7900

「泳ぐのは苦手だから陸で攻めるよ。ドロー。手札から……いけっ! 《ドリルロイド》」
 決闘盤がくるくると回転しながらフィールドの左端に着盤。召喚に成功。出てきたのはミィのデッキのマスコット《ドリルロイド》。ミィ曰く 『もう少しかわいいのが欲しい』
「バトルフェイズ、《ドリルロイド》で攻撃。効果は知ってる? 壁を破壊する」
「リバース効果は発動するだろ。《闇の仮面》の効果発動。《ゲットライド!》をハンドに」
「《ゲットライド!》を回収。なるほどね。あんたはそういう芸風なんだ……」
 チャンドラはニヤリと笑った。彼は両腕で、周囲を大きくかきまわす。
「なんだあいつ」 「あの思わせぶりな動き。なにを狙ってるんだ?」
「でるか」 「チャンドラの文学が」 「始まるな。これでやつもおしまいだ」
「このチャンドラが問う。なんで1体のモンスターにつき装備できるユニオンが1つ限りなのかわかるか? その文学がわかるか? そう、完全性に裏打ちされた過不足のない美意識だ」
「でた! チャンドラの【結合の文学(ユニオン・リタラチャー)】」
「このキレ。やつはユニオンを文学的に極めた!」
「凸に凹を2つくっつける馬鹿がどこにいる! 2つで完璧なのだ。かのマインガーVは後半でJスクランダーを背中に付けてパワーアップするが、そこで全ては完結した。弱点を克服しこれ以上何も必要としない完璧な存在になったのだ。わかったか! 《闇魔界の戦士 ダークソード》の背中に《騎竜》がドッキングしたとき、俺の文学は完……がっ!」
 最後まで言い切ることはなかった。駄弁を拒絶したブレイカーのなぎ払い一閃。それだけでは終わらない。彼女は右膝を前に突き出し、右手が左の腰を通り過ぎるか過ぎないかのところまで身体を捻じり、左下から右上へ、一直線に腕をふる。リバースカード発動。《リビングデッドの呼び声》。対象は、《死者への手向け》で倒された《デーモン・ソルジャー》。

 そう。伏せていたのは《リビングデッドの呼び声》。実のところ前のターン、彼女には選択肢があった。《魔導戦士 ブレイカー》でセットを除き、《リビングデッドの呼び声》で《デーモン・ソルジャー》を特殊召喚、攻撃力1900の《デーモン・ソルジャー》で攻撃力1800の《闇魔界の戦士 ダーク・ソード》を倒すという選択肢が存在したのだ。しかし彼女は読んでいた。チャンドラが伏せていたカード、その正体がチェーン可能な《ゲットライド!》であることを。装備品と化した《騎竜》を打ち抜けるカード ―― 《ツイスター》 ――を持っていたことは偶然。しかしてこの流れは必然。ハンドコストを必要とする《死者への手向け》をチャンドラが初手とした時点で、この流れは必然。《魔導戦士 ブレイカー》の魔力カウンターを無駄に消費することなく攻めあがり、牽制、ここぞの場面で奇襲をかける。ブレイカーの一撃で身体をくの字に折ったチャンドラの腹に、《デーモン・ソルジャー》の手刀が突き刺さる。

イエロー:5700LP
チャンドラ:4100LP

「バトルフェイズ中にあんま喋ると舌を噛むよ。気をつけた方がいいと思う」
 電光石火、怒濤の攻撃でダウンを奪う。ライフこそ残ってはいたがその差は歴然。《魔導戦士 ブレイカー》の牽制で迂闊にセットは置けない。殴り放題をいいことに3体がかりで攻めあがるデュエルイエロー。その攻めは雷の如し。まるで躊躇がない。
「今の攻防、どう見る」 聞いたのはリード。答えたのはテイル。
「傍目には超が付くくらい強気だね。出せるモンを片っ端から出しまくってる。単に無茶苦茶やってるのか、全体除去なんて来るわけないだろってタカを括ってるのか。後者かな。《魔導戦士 ブレイカー》を置いている限り罠は封じたも同然。あるとすれば魔法……」
「あいつは《死者への手向け》を初手にした。選択肢を晒してる」
(選択肢? この人達、なにを喋ってるんだろう……)
 2人の会話に聞き耳を立てる傍ら、イエロー(仮)が冷たく言い放つ。
「立てるとは思うけど立たなくていい。あんたはわたしの敵じゃない」
 返事がない。チャンドラはピクリとも動かなかった。おかしい。皆がそう思った。いいのが入ったと言っても倒れてる時間が長すぎる。イエロー(仮)は異変、あるいは違和感に気がついた。ブロートン一派がまるで焦っていない。実力差は歴然だというのに。なぜ?
「ブロートンさん、チャンドラが倒れました。文学的慈悲を頂きたい」
「ゴードン、チャンドラは倒れた。しかし、それは薄皮一枚に過ぎないのだ」
 満を持して、という表現が似合うかもしれない。ブロートンが口を開いたのだ。
「チャンドラよ。俺は新たなる文学をおまえに授ける。そう、文学的見地から言えば、おまえのユニオンとモンスターの関係は俺の言葉とおまえの関係に等しい。おまえは守られている。今墓地に置かれたのは、俺の文学のほんの欠片に過ぎない。泣くがいい。そして羽ばたくがいい」
「おい見ろ、チャンドラの様子がおかしい」 「なんだ。あの不気味な雰囲気」
 死体のようになっていたチャンドラがもぞもぞと動き出し、次の瞬間跳ね起きた。埋葬された墓場からゾンビが這い出でるかのように、チャンドラが再びイエロー(仮)に迫る。
「カーカカカカッ! ありがとうよ。ライフは後退したが文学的にはむしろ前進した」
「あいつ、さっきよりも覇気が増している」 「どうやらこれで本領発揮ってわけか」 「そんな!」
「カーカカカカッ! おまえが倒したのは俺が纏っていた文学(ユニオン)に過ぎない。この俺自身は崩壊を免れた。そして、ブロートンさんがいる限り新たなる文学(ユニオン)が無限供給される。そうだ、ブロートン文学がある限りおれは不死身なのだ! カーカッカッカッ! これこそが!」

 文学的強化蘇生。おまえはもうおしまいだ。



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ】
村長と言います。ご愛読有り難うございました。これからもご愛好頂ければもっけの幸いです。
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております。

□表紙 □次話
































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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