「 『夜道を歩く不審なおっさん』 と呼ばれ、恐れられたこの俺が……」
「約束通りアンティ・カードを頂いていく。そこに置いていけ。それだけでいい」
 仮面。それも闇夜の仮面。夜の決闘に仮面付きが1人。
 男の声。夜の薄暗さと相俟って、その声は背筋にまでぞわりと響く。
「ふ、ふざけんな!」 
 『夜道を歩く不審なおっさん』 は怒りを露わにした。暴力に訴えようとするが、その脚は秒で止まる。ライトに照らされた "それ" は、二の足を踏ませるだけの恐怖を煽っていた。
「やめておいた方がいい。命が惜しいなら止まっておけ」
「なっ!? その腕は……なんだ……」
「こういう身体だから "夜の決闘" に来た。触りたければ触ればいい。それでおまえに得るものはない。呪われた身体になりたいのなら、血を吐いて死にたいのならかかってくればいい」
「う……く……ち……持っていけ。くそ」 敗者は一目散に逃げ出した。
「三文芝居も捨てたもんじゃない……流石に演出過剰かも。あまりやりすぎると名前が売れてしまう」
 勝者であり、怪物であった筈の地声は少年のそれだった。顔を隠す仮面と声を偽るボイスチェンジャー。  『 "夜の決闘" なら、これぐらいの変態はそれなりにいる』 という計算に基づくその変態的行為は、ある種の正気に基づいていた。

「体力ないのによくやるよ。脅しが効く相手ばっかとは限らないだろ」
 気配なく現れる一本の尻尾。テイル・ティルモットが気さくに声をかける。
「否定はしない。こんなことやってたら、いつか痛い目をみるかもしれないね」
 男は仮面を外した。彼の名前はパルム・アフィニス。Burstの "2人目" である。
「そこまでわかった上でやってんならおれはそれでいいけど。拘る理由でもあんの?」
 テイルは一つの問いを投げかけた。 "夜の決闘" は訳ありの人間を惹きつける。
「効率よくカードユニットを集めたい……それだけじゃないか。馬鹿馬鹿しい話だとは思うけど、もしかするとぼくは怪物になりたいのかもしれない。生暖かい同情よりは率直な恐怖の方が痛快。そう思ってる部分が心のどこかにあるのかも。本当は同情の方が捗るのもわかってるけど」
「夜の決闘で危険を冒してる方が気楽……そういうのわからないでもないよ、おれも」
「少し迷ってるのも否定しない。そろそろ潮時のような気もする。リードの誘いに半端な形で乗っかり続けるのもよくないと思ってる。ぼくも年を取った。本当はもう……」
「16で年を取ったとか言うなよ。哀しくなるだろ」
「そういえばあの娘、少し顔付きが変わったような」
「直に確かめろよそういうことは。意外と面白い奴だぜ」
 テイルはくるっと背を向けて、含み笑いと共に語り出す。
「おれの意見を言えばおまえにも動いて欲しい。その方が次の大規模大会で楽しいことになる。ちょいちょい最近の話だけど、少し楽しみが出来ちゃったからね。じゃあおやすみ」
「おやすみ」

「レベルを4に下げ、《ドドドバスター》を特殊召喚」
「調子良さそうだな、ラウ。そのカードは新型か? 召喚条件がサイドラに似てるようだが……」
 ラウから気前よく提供された倉庫の中。土下座で倉庫をゲットしたリードが声をかけた。
「《ドドドバスター》。攻撃力では若干サイドラに劣るがブレードハートの素材にもなる。他にも色々と面白い事ができそうだからサイドラに代えて使ってみることにした。名前はふざけてるが悪くない」
「ん? じゃあサイドラはもうお払い箱か? なんか勿体ないな」
「この話をミィにしたら、厚かましくも《サイバー・ドラゴン》をくれと言い出した。跳腕のウエストツイストとやりあった時、身体で喰らっていける気がしたんだと。今投げ込みをしている」
「いいことだ。資材は有限」
「《次元幽閉》を発動」 「おお。金目のものがあるじゃないか。上手く使うもんだな」
「破壊耐性はそれ程見掛けない気もするが、墓地に置かないのは時間稼ぎになる」
「使い心地はどうだ?」 「高級品らしく無駄に気位が高い」
「金持ちめ」 「言うほど金が余ってるわけでもない。言っておくがもう貸さないからな」
 わーったわーった、と、リードは手をひらひらさせる。あまり真面目には聞いていない。
「マジックやトラップも昔に比べてレベルが上がってる。マジックやトラップが上がってくればモンスターもそれに対応して伸びる。あの糞みたいな "規制" も案外効いてんのかな」
「あれか。未だに残ってるのがおれからすると理解できないが」
「くそったれってのはそんなもんだ。ああそうそう。レベルで1つ思い出した。店長が言ってたけど全体のレベルが上がってきてるんだってさ。こういうのは数年に1回ぐらいのスパンで 『ぐお』 って上がって、全体が底上げされたり世代交代したり……この波にのらない手はないぜ」
「乗り遅れる心配をした方がいい。老いたダァーヴィットが抜け、若いケルドが入り、Earthboundも仕上がりつつある聞いた。主力の1人も怪我から復帰している。大会明けを狙って、前に闘り合った時とは違う。全体のレベルが上がっているというなら、その筆頭があいつらかもな」
「ミツルがいるんだ。周りの進歩に埋もれるなんて最初から期待してねえよ。それより大会だ」
「大会?」
「大規模大会の前に1つ挟んでおくのは悪いことじゃないだろ?」
「通常参加の為のポイント稼ぎか? そろそろやっておいてもいいとは思うが」
 来るべき大規模大会への参加方法。一定のポイントを稼いで参加する通常参加と、抽選で参加の可否が決まる抽選参加。無論、可能ならば前者の方がいいに決まっている。普段はリード・ラウ・テイルの3人で細かく稼いでいたが、チームで稼げばそれだけ早い。前回の実績により出場しやすい立場ではあるものの、フリーパスという程の名門でもない。それなりのことはしている。
「なるほど。こちらもミィに経験を積ませる為そろそろ小さな大会に出しておきたいとは思っていた。あの緊張感の中に一度放り込んで経過を見守る……必要なプロセスだ」
「知ったような口を聞いてるけど、大会で緊張したことなんてあんのか」
「昔、初めての大会で、始まる前小便に2回程行った記憶がある」
「そうかいそうかい。そんでミィの調子はどんな具合なんだ? 使えるのか?」
「前にも言ったが教えてみると思った以上に飲み込みがいい。教えれば教えるほどにわかってきた。あいつは受けるのが上手い。受けて、受け入れて、自分のものにしていける」
「いいことだ。兎に角教えまくればいいってことだろ。話が早い」
「その気になればトッププレイヤーの技ですら喰らいながら自分の中に入れていけるかもしれない。その為の環境を整えてやればあいつは幾らでも受け入れていくだろうが……」
「どうした? 何か問題でもあんのか」
「今のままでは駄目だということだけはわかる。新しい一歩を踏み出さないといけない。さっさと踏み込める奴もいれば足踏みする奴もいる。才能や努力も大事だが……」
「どうした? ラウ」 妙に歯切れが悪い。前回の一件以来、珍しい言動が目に付いた。
「ここで足踏みしなければ時間を大幅に短縮できる。むしろここしかない。1つ面倒な問題もある」
「問題? なんだ?」
「アブロオロスだ」
「アブロオロスか」
「どう考えてもデッキに必要ない。しかし何度外せと言っても一向に外さない。他のことは何でも言うことを聞くんだが、なぜかこればっかりは何が何でも譲ろうとしないんだ。本人の自覚を期待しつつ、センスのあるマジック・トラップを伸ばしていたんだが……どうにもな……」
「なんであいつアブロオロスにあんな拘ってんだ? あんなしょうもないモンスター」
「鳥の刷り込みと似たような現象かもな。初めてのエースカードに固執したいらしい」
「ひよこかあいつは。せめてもう少し使いやすいエースカードならな……」
「それも含めて、一度大会に出してみた方が良さそうだ」
「よし、やるか!」

(よし、やるぞ!)
 そう心に決めてから何分経ったか。ほんの数メートル先ではパルム・アフィニスが座って作業をしていた。今日こそ話しかけよう。そう思った。そこから先があまりに遠い。ふと気が付くと投げ込みを始めていた。5つあるモンスター・ゾーンの内の、真ん中のゾーンと正面で向き合える位置に立つ。後ろに下がるのはいいが横には動かない。腕の振りを調節して……違う。そうだけどそうじゃない。
(なんて言えばいいんだろ。 『今日はいい天気ですよね』 でいいのかな)
 ミィの思考は迷走に迷走を極めた。近しい年齢。等しい身長。なのに会話したことが一度もない。話せるような気がしない。気軽に話し掛けていいような雰囲気が全くない。物静かな少年。黙々と決闘盤やカードユニットを弄ってる姿には、余人の付けいる隙がないように思えた。前腕を覆う布は作業用だろうか。その割にはいつも付けている。その青みがかった瞳はどこか儚げで美しいと同時に、並々ならぬ集中力を感じさせる。考えるほどに近寄れない。

(このままじゃいけない。このチームのメンバーとして……)

「せ、先日は、ご迷惑をおかけしてすいませんでした!」
「ああそう。大したことじゃないから気にしなくていいよ」

(反応が薄い。駄目。終わっちゃう)

「あの〜何をしてらっしゃるんですか?」
「作業」

(ここで挫けちゃ駄目)

「何の作業を……」
 最後まで言い終わらぬ内に、1枚のカードを投げ渡される。
「それ。なんでか知らないけど、少し壊れてるから直してる」
《ヘブンズ・セブン》……天使族ですか?」
「……手札から墓地に送ると、場のモンスターのレベルを7にできる」
「高レベルのシンクロ召喚や、高ランクのエクシーズ召喚に使える……」
「相手の場のモンスター限定。自分の場のモンスターには効き目がない」
「え? それってどう使えば……あ、わかった! シンクロ召喚やエクシーズ召喚をされそうになった時発動して、相手のモンスターのレベルを変えちゃえばいいんですね!」
「スペルスピードは 『1』 」
「もしかして弱いカードですか」
「妥協召喚も出来る。《霧の王》と違って馬鹿げたコストがあるけど」

(話が終わる。まだだ。まだわたしのターンは終わってない)

「でも凄いですよね」
「凄い? 何が?」
「いや、だって、弱いカードでもちゃんと修理して使うなんて」
「……1つ聞きたいことがあったんだけど今聞いていい?」
「なんですか?」 ミィの顔が途端に明るくなる。じっと聞き耳を立てた。
「アブロオロスなんてよく使う気になるね。なんであんなの入れてるの?」
 ミィの顔が途端に暗くなる。背中の後ろで拳をぎゅっと握りしめた。
「それは……その……最上級だし……おっきくて……強いから……」
「ここで何度かスパーデュエルやってて、役に立った話を聞かないんだけど」
「え……いや……その……使えないときは《ライトニング・ボルテックス》のコストになるし」
 パルムは机に積まれたカードユニットの山を漁ると、1枚取り出してもう一度放り投げる。
「なんですかこれ」
「《D−HERO ダッシュガイ》。別になんでもいいというか、丁度目の前にあったから提示しただけなんだけど、《ライトニング・ボルテックス》のコストにするならもう少し気の利いたカードがあるよ」
「……アブロオロスがいいんです」
「ふーん……」
 パルムは椅子を回して机に向き直る。まるで全ての興味を無くしたかのように。しばらく作業した後おもむろに立ち上がり、その場に突っ立ってるミィを無視して歩き出す。床に置いてあった機具を掴むと、もう一度机に戻ろうとする。ミィはどうしていいかわからなかった。どうにかしたかった。
「あれ?」
 パルムが首を傾げた。前腕を覆う布が何かに引っかかっている。原因となるのは床から飛び出した釘。ミィはそれを見てささっと駆け寄った。 「お手伝いします!」 どこか焦った声でそう言った。
「いや、要らな……」
「えっと……こう……うわ!」
 ミィは見事に転がった。
 ミィは即座に起き上がった。
 ミィは大声で悲鳴をあげた。
(なに……これ……なんで……)
「何があった!」
 駆けつけたのはリードとラウだった。ミィはガタガタと震えている。パルムの腕は毒々しく変色し、まるで腐っているようにもみえた。パルムは溜息を付きながら、咎めるようにリードを一瞥する。そうこうしている内にミィの呼吸が収まり、そうかと思えば青ざめる。
「おい」 ラウはぞんざいに聞いた。
「なんだ」 リードはぞんざいに応じた。
「もしかして教えていなかったのか?」
「いや、まあ、その……チラッとは言ったが」
「おまえはいつもそんな感じだな。全く……」

 ミィはとぼとぼと1人で歩いていた。どうしていいかわからない時はいつもそうしているように。ふと脚が止まる。見知った顔が寝転がっていた。どこで造ったのかもよくわからない尻尾を生やしている。テイル・ティルモット。 「よう、おまえはいつもへこんでるな」 目も開けずにそう言った。
 ミィは溜息を付く。一番話しやすい。一番胡散臭いのに。
「テイルさん、わたしはなんなんでしょう」
「相も変わらず、七転び八起きっ娘をやっていますと」
「わたしなんて、世界中から罵られるぐらいで丁度いいと思います」
「罵声か。そういうことなら1つ、最近知った場所があるけど……行ってみるか?」
 ミィはテイルのことが嫌いではなかった。好きとは少し違う。嫌いではなかった。手取り足取り何かを教えたりはしないが、何かと新しい世界に誘ってくれる。ミィはこくんと頷いた。
「おれは今機嫌がいいんだ。悪いようにはしない」
「何かあったんですか?」
「夜のタワーよりも昼の遊園地。いつかデートする時は思い出せ」
「……」 何の話か全くわからなかったが一応聞いておいた。 「なんでですか?」
「遊園地のバンジージャンプには紐が付いてる。タワーのそれには付いてない」

――
―――
――――

「いやっほう! ぶっ殺せえええ!」 「むしろ俺がぶっ殺すうううううううう!」
「1つ聞きたいのだが」 現地にて、ラウは首を傾げながらリードに聞いた。
「なぜ5VS5の三本先取方式なんだ? 次の大規模大会とは形式が違うぞ」
「おれとしては柄の悪さが気になる。テイルの奴、なんでここなんだ?」
「ティルに任せたのか? 手続きを……」
「まあそうなる」
「ならおまえの責任だ」
「そう言うなって。今回の件を企画したのも元はと言えばあいつがやる気になってたからなんだ。傷だらけで練習に出てきたかと思いきやなんか楽しそうでさ。何があったか聞いてもはぐらかされるだけで要領を得なかったけど、兎に角やる気があるのはわかった。これを利用しない手はない」
「なるほど。弁解内容は理解した。だからといってあいつに手続きを任せたのはおまえのミスだ」
「ぐうの音もでねえよクソ! 決勝まで行けばとりあえず目的は果たせる。あと地味に副賞もいい」
「ふむ。1回戦のみ、団体戦の勝敗にかかわらず全試合行う。出る順番は試合毎に決めていい。カードチェンジやサイドボードの規定は特にない。随分と適当なルールだ。カードプールや制限規定で正規のものを採用している以外は、ほとんど何も書いてないようなもんだ。ミィにはいい実戦訓練になるかもしれないが、その分おれたちは負けられない。おれとおまえとテイルで必ず3勝する必要がある。ところでテイルはどこに行った。ミィもいないようだが……」
「ミィはトイレでテイルは付き添いだ」
「おまえには学習能力というものがないのか」

「これが俺の《閃b竜 スターダスト》だ、ヒャーハッハッハ!」
「随分といいカードを使っている。地下決闘独自のルートでもあんのかな」
 テイルが呑気に洩らす。ミィの小さな身体は、今日も今日とて荒くれ者を惹きつけていた。ぎゅっと唇を結んで場を睨み付けるミィ。場には2人いた。視線の先にはもう1人。
「力を持たぬ少女に、斯くの如き決闘で仕打つ。男の恥とは思わぬか!」
 騎士。手には槍を携えている。上品な顔立ちと健康的な肉体。地下闘技場に騎士がいる。手元のランス型決闘盤:決闘槍盤(アンブレンス)で颯爽と場を切り裂いた。
 決闘を行っているのはこの男。その名はマンドック・モンタージュ。
「1枚セット」 決闘不良は復唱した。 「これこそが俺のエース、《閃b竜 スターダスト》だ!」
「《簡易融合》。健康的なライフの支払い方ではない。健全なプレイは健全なライフに宿る」
 マンドックは腰を落とし、槍を構えた。威圧感。辺り一帯が張り詰める。
「融合モンスターをシンクロ素材にしか使えぬとは。現れろ!」



Gaia the Dragon Champion

Attack Point:2600

Defense Point:2100

Favorite Attack:Double Dragon Lance



「《暗黒騎士ガイア》と《沼地の魔神王》を融合。《竜騎士ガイア》を融合召喚」
「そんな古くさいモンスターで俺っちに勝てると思ってんのか? ああん?」
「古い新しいに拘泥するあまり真善美を見失うとは愚かなことだ」
「ヒャッヒャー! 笑える! 笑える! へそのカップでティータイム! ゲロマズ、ゲロマズ、下水にドーンで激・流・葬! 全てのモンスターを破壊する。全て? 全て? んなわけねえよなあ! 水害、例外、外骨格! 《閃b竜 スターダスト》の効果を発動。1ターンに1度、破壊を免れる!」
(カードはいい) テイルは呑気に思った。 (決闘は大したことないな)
「愚か者め! 《封印の黄金櫃》にて引き入れた《デブリ・ドラゴン》を通常召喚。墓地から《沼地の魔神王》を釣り上げチューニング、現れろ、《氷結界の龍グングニール》」
 貫く。貫く。そして貫く。自ら盾を磨り減らすのは愚の骨頂と教え込むように。
「グングニールの効果発動。スターダストを破壊する。まだ終わってはいない。手札から《龍の鏡》を発動。墓地の《暗黒騎士ガイア》と《沼地の魔神王》を除外融合。再び《竜騎士ガイア》を融合召喚」
「ちょ、ちょっと待て。おい……こら……まだこっちには召喚してないモンスターが……」
「《死者蘇生》。一騎目の《竜騎士ガイア》を復活。戦況を見切れぬ愚か者……鎧袖一触!」
 二騎の《竜騎士ガイア》が先行し、後衛から氷竜が吹雪を吐き付ける。槍が凍るは好都合。あたかもつららのように、鋭利に研ぎ澄まされた氷は必殺の武器と化し、吹雪と共に突き抜ける。


Gaia the Dragon Champion Combination Attack

氷 龍 雹 殺 演 舞(ホワイト・ドラゴン・ランス)



「お嬢さん。こんなところに長居してはいけない。そこの尻尾男も、あるべき場所に少女を送り届けるのが保護者の役目だ。ここは地下決闘。闘うべきは私のようなものだけでいい」
「あ、どうも、ありがとうございます」 「安心したまえ。悪は私が全て倒す」
「あーあ。勘違いしたまま行っちゃった。なあ、かよわきかよわきお嬢さん?」
「 『おいおいここはガキの来るところじゃないぜ。ママのおっぱいでもしゃぶってろ』 みたいなこと言われたら(本当はもっと酷いけど!)言い返したくなるじゃないですか。あの、その、えっと……」
「先に決闘盤抜いたのおまえだもんな。いやあいいものみれた。勝算あった?」
「ごめんなさい」 「大丈夫だミィ。おまえは強くなってる」 「すぐそういうこと……」
「ホントだって。おれが若い頃より伸びが早いもん」 「ホント?」 「あ、やっぱ遅いわ」
「だいっきらい」 「ハハ。まあ、何にせよ、さっきのあれは横槍もいいところだ」
「……」 「本当は少し腹が立ってるんだろ?」 「……」 「まあいいさ。合流しよう」

『お集まり頂いた紳士淑女の皆さんは速やかに帰って糞して寝ろ! ここはてめえらの来るところじゃねえ! そんじゃあ第何回か忘れたちまったが始めちまうぞ野郎共おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
「いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいやっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
『掃き溜めの産業廃棄物を投げ合う準備はできてるか! 日頃溜まった鬱憤を見知らぬ顔にぶつける準備はできてるか! 余所様のデッキを笑殺する準備はできてるか! 口動かすな札を引け? ガキとジジィは黙ってろ! 口も動かし札も引け! ここの創始者は言った! 殺伐としない決闘なんて決闘じゃねえ! カードをドロー! 札を引く! まさに札抜! ならば殺伐! 殺っちまえ!』
「殺っちまええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
「実況うるせえぞ! 御託はさっさと打ち切れ! 俺等は試合がしたいんだ! 早く殺らせろ!」
「これが……大会……? ヤタロックで見たものとは全然違う。なにこれ……え? ええ?」
 つくづくテイルという男は変なところに連れてくる。罵声の嵐というと地縛館での一件を思い出すがあれとは何かが違う。そうだ。地縛館での罵声には意味がある。尊敬すべき先輩であるダァーヴィット・アンソニーを引退に追い込んだ(ことになっている)テイルが何食わぬ顔で荒らしに来たのだ。声に怒りが含まれても当然ではないか。秩序だった罵声。ここの罵声は何かが違う。

『1回戦! あっちの方角から出てくんのは、なんといきなりバルートン! 前回、特に理由もなくブッチした糞野郎がようやく地下闘技場のライトの下に現れた! そして! こっちの方角からは!』
 馬の鳴き声が響く。ミィらの間を飛び越え、1人の騎士がフィールドに立つ。そう、騎士だ。先程頼みもしないのにミィを救った竜騎士:マンドック・モンタージュ。彼は颯爽と馬から降りる。
「バルートン、私のことを覚えているか……と言っても直に伝えねばあまり意味はあるまい。おまえの悪評は聞いている。一々はっきりと覚えてはいまい。3年前、私が想い憧れ、ようやく入団を果たす筈だったTeam Justiceはおまえとの闘いでズタズタにされ、解散にまで追い込まれた」
「ああ〜あのカルシウムの足りない連中か。あの乱闘は割と楽しかった」
「彼らは人格者だ。なのに……それから私は研鑽を積み強くなった。おまえを倒す程度には……この手袋を受け取れバルートン! これが正義の挑戦状だ!」
「その槍を持てないほどおまえは弱かったのか?」 
「そういうことになるな。今はこの通り。毎日振れば強くもなるさ。さあおまえも盤を取れ」
「日頃の行いの良さと言うべきか。わざわざ俺を倒しに来る奴がいる。楽しいことだ」
 バルートンは手に持っていた分厚い本を掲げて開く。決闘書盤。その中からカードユニットを数枚抜き取ると、振り返ることなく肩越しに投げる。受け取ったのはチームメイト。更に、腰に挿しておいたケースの蓋を親指で開けると、そこから数枚のカードを取り出す。ミィにしてみれば前代未聞。
『何とバルートン! 挨拶代わりか! マンドックの目の前でサイドボーディングをしているぅっ!』
「テイルさん、あんなことしていいんですか!? あんなの反則じゃ……」
「デッキチェンジの規定が1つもない。目の前で変えてもいいってことになるか」
 作業を終えると決闘書盤を閉じ、腰に挿したデッキケースを後ろに放る。
 その間、マンドック・モンタージュは闘志を新たにしていた。
対策(メタ)を講じるか。抗戦の意思有りと解釈させてもらう」
(あの槍で貫く? あっちがそれ以上の強さで跳ね返す?)
 ミィは目の前の試合に集中した。初めての大会が始まる。
『そんじゃあ1回戦第1試合先鋒戦。おまえら全員死んでこいッッッ!』

Starting Disc Throwing Standby――

Three――

Two――

One――

Go! Fight a Underground Card Duel!


Turn 1
■バルートン
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000
□マンドック
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000

「さあ遊ぼうか」 「遊べるものならな」
 辞書型決闘盤を戻したバルートンはゆったりとカードを引き、軽く放ってモンスターをセットする。対してマンドックは初手から激しく動いた。《融合》。槍の威力は加速器の性能に比例する。人の脚よりも馬の脚が、馬の脚よりも龍の翼が、必殺の槍を育むは必然。黄銅の龍に跨がり、蒼傑の輝きを誇る《竜騎士ガイア》。バルートンがセットした《クリッター》を瞬く間に討ち果たす。
「《ヘル・セキュリティ》をサーチ。終わりか?」
「始まりと言ってもらおうか、バルートン」

Turn 3
■バルートン
 Hand 6
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000
□マンドック
 Hand 2
 Monster 1(《竜騎士ガイア》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000

「この私を倒す為に挿し込んだ数々の札。それらを巧みに操り堅固な城を築こうというのだろう。強力な罠を仕掛けようというのだろう。この大会は言わば貴様の根城。周囲全てが貴様の味方。しかし、それは望むところだ。その上で勝ってこそ意味がある。私が名誉ある道を歩んできたと証明できる」
 バルートンは嗤った。なんだろ。ミィは思った。心の奥底を掻き毟るかのような笑顔。バルートンは懐から携帯用マイクを取り出す。薄ら笑いを浮かべながらスイッチを入れた。
「お集まりの皆様! 彼は言いました。ここの客は全てが私の味方だそうです。下僕だそうです! 地に頭を叩きつけ、砂を頭蓋骨に練り込み、服従を誓う哀れな犬共に対しなんと勿体ない御言葉」
「ふざけんな! 誰が貴様の下僕だ!」 「今日こそてめえはぶっ殺す」
「死に損ないめ! あのまま刺されて死ねばよかったんだ!」
「おまえへの恨みは決して忘れない! 苦しめ苦しめさんざ苦しめ!」
「帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ!」
「そこの槍使い! あのバルートンを今日こそぶっ殺せ! 俺が許す!」
 一通り罵声を浴びると、喜色満面のバルートンが語り出す。
「元々の主催者の1人は確かに俺なんだが、みんな俺のことが嫌いなんだ。誤解は解いておかないと。ここは魔王城じゃあない。俺は悪党であっても魔王じゃないんだ。みんなと仲良くしてやってくれ」
「悪党なりの人望すらないということか。いずれにせよ周囲全てが敵であることに変わりは無い。敵の敵は味方に非ず。いかなる壁を築こうとも、いかなる罠を張り巡らせようとも、私は負けない」
「そうかいそうかい。それじゃあお互い決闘を楽しもうじゃないか。ドロー。《成金ゴブリン》を発動」
「テイルさんテイルさん」 ミィは疑問を口にした。 「1枚使って1枚引いて、相手に1000ポイントもライフを与えるなんておかしくないですか? 槍の人しか得してないような……」
「そういうわけでもないさ。デッキ圧縮の一貫。意中のキーカードを引き当てることが出来れば、1000や2000は安いものって考え方もある……んだが、さーてあいつは何がしたいのか……」
「《闇の誘惑》を発動。2枚引いて1枚除外。はっ、もう1枚だ。《成金ゴブリン》を発動。おまえさんにまたまた1000ライフくれちまった。じゃあ行くか。《ヘル・セキュリティ》を通常召喚」

ヘル・セキュリティ(チューナー・効果モンスター)
星1/闇属性/悪魔族/攻 100/守 600
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキからレベル1の悪魔族モンスター1体を特殊召喚する。


「ほうら。バトルフェイズ。《ヘル・セキュリティ》で《竜騎士ガイア》に攻撃」
「《ヘル・セキュリティ》で自爆特攻……愚かな。そんなことをすれば……」
「こいつには召集能力がある。2体目の《ヘル・セキュリティ》を特殊召喚」
「高い代価を払って何を呼ぶかと思えば。そんなことをして何になる」
「簡単だ。もう1度死ねる。さあ死んでこい」

バルートン:3000LP
マンドック:10000LP

「3体目の《ヘル・セキュリティ》を守備表示で特殊召喚」
「5000ものライフを自爆特攻で失うとは……」
「メインフェイズ2。墓地に転がった悪魔族3体を除外……」
 決闘書盤を高らかに掲げ、新たなページを千切り出す。
「さあ、逝ってこい」



Dark Necrofear

Attack Point:2200

Defense Point:2800

Special Skill:Possession



 憎悪に釣り上がった眼、刃物のように鋭い耳、禿げ上がった頭。女性型だが艶やかさの類は一切残されていない。手には息子と思しき人形を抱えている。身の毛のよだつ猟奇的な造形美。
「 "攻撃表示" だ。《強欲なカケラ》を発動。マジック・トラップを2枚セットしてターンエンド。さあおまえさんの番だぞマンドック。残り3000しかない。ライフ差はなんと7000。いい逆境だ」
「舐めているのか」
「さあどうだろう」

「おかしい」
 背後から口を挟んだのはパルム・アフィニスだった。半ば独り言のように彼は言う。
「《ダーク・ネクロフィア》は確かに優れたモンスター。でも、この場面でいきなり5000払う価値があるとは思えない。《ヘル・セキュリティ》を守備表示にして、凌ぎ続けてから召喚してもいい筈なのに」

「私のターン、ドロー。私の槍では、豆腐一個として貫けぬと当て込んだか。哀れな」
「いやいや。おまえさんの槍捌きは堂に入ってる。断言しよう。その槍が当たれば俺は倒れる」
「ならあの自爆特攻はなんだ。倒されたがっているようにしかみえん。私が望んでいるのはお互いが死力を尽くした決闘だ。地下の掃き溜めとはいえ……、挑戦者たるこの私を退け、己の勇を示す覇気の1つぐらいは持ち合わせていると思ったが。それでは話にならん」
「《竜騎士ガイア》の攻撃力は2600だ。《ダーク・ネクロフィア》の2200を上回る」
「貴様、聞いているのか」 「おまえこそ《ダーク・ネクロフィア》が怖いのか」
 亡女が不気味に微笑んでいる。マンドックを煽り立てるように。
「あれあれ? 本当は《ダーク・ネクロフィア》を突破する自信がないんじゃないか。口では勇ましいことを言っているが本当はもう帰りたいんじゃないのか? 負ける言い分けが欲しいんじゃないのか?」
「挑発か。敢えてそれに乗ってやろう。《八汰烏の骸》を発動。デッキからカードを1枚引く。おまえと違って迂闊に1000ライフ与えたりはせんよ。その《ダーク・ネクロフィア》を……」
 倒す。いけない。皆が思った。バルートンのペース。いいように乗せられてしまう。
「などと! そんな甘言に乗るとでも思ったか。今まさに引き当てた永続魔法:《螺旋槍殺》を発動。《竜騎士ガイア》は貫通能力を獲得。この槍を持って貫いたとき、名誉の報奨を受け取る。《竜騎士ガイア》で《ヘル・セキュリティ》を攻撃。喰らえ! "双竜槍殺演舞(ダブル・ドラゴン・ランス)" 」
 上手い。 ミィはその判断に感服した。《ヘル・セキュリティ》の守備力は600。《竜騎士ガイア》の攻撃力を持ってすれば2000の貫通ダメージを与えることができる。既に5000を失った以上 ――
 ミィは背筋に冷たいものを感じる。バルートンは尚も嗤っていた。
「強いカード弱いカード色々あるよなあ。罠で言えば、《聖なるバリア−ミラーフォース−》や《激流葬》は強いカード。俺がこれから使うのはうんと弱いカードなんだ」
「何を……言ってる……」
「ほんのちょっとの、床に落ちてるティッシュを掴むほどの力。おまえは言った。いかなる強力な罠をうんぬんかんぬんと。生憎だったな。そんなものはない。リバース・カード・オープン」

地縛霊の誘い(通常罠)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
攻撃モンスターの攻撃対象はこのカードのコントローラーが選択する。

「《地縛霊の誘い》を発動。《竜騎士ガイア》の攻撃対象は《ダーク・ネクロフィア》に変わる」
 ガイアの意思をほんの少し曲げる。洗脳というには微弱すぎる交通誘導。地縛霊に誘われた龍騎士の愚行。瘴気の源泉とも言うべき《ダーク・ネクロフィア》の、鉄格子のような腹の隙間に槍を打ち込む。嗤った。《ダーク・ネクロフィア》が嗤った。龍騎士を狂わせる悪魔の嗤い。
「《地縛霊の誘い》? そんなカードで……」 「おまえの竜騎士は奪われる」
「調子に乗るなよ。私はマジック・トラップを1枚セット。エンドフェイズ……」
「墓地に転がった《ダーク・ネクロフィア》の効果発動。《竜騎士ガイア》に憑依する」
「出たぁっ! バルートンの十八番。呪いの人形の憑依術が盤面を引っ繰り返すぅ!」
「おやおや。逆境を跳ね返してしまった。悪いなあ。おまえのやりたいことやっちまって」

ダーク・ネクロフィア(効果モンスター)
星8/闇属性/悪魔族/攻2200/守2800
このカードは通常召喚できない。自分の墓地に存在する悪魔族モンスター3体をゲームから除外した場合に特殊召喚する事ができる。このカードが相手によって破壊され墓地へ送られたターンのエンドフェイズ時、このカードを装備カード扱いとして相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体に装備する。この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターのコントロールを得る。


Turn 5
■バルートン
 Hand 2
 Monster 2(《竜騎士ガイア》/《ヘル・セキュリティ》)
 Magic・Trap 2(《ダーク・ネクロフィア》/セット/《強欲なカケラ》)
 Life 2600
□マンドック
 Hand 2
 Monster 0
 Magic・Trap 2(《螺旋槍殺》/セット)
 Life 10000

「ドロー! カウンターを載せる。そちらはがら空き、こちらには竜騎士様だ」
「我が愛馬を奪いそれを持って私を討つというのか。悪党らしくなってきたな」
「それなら正々堂々闘おう。《竜騎士ガイア》に《ヘル・セキュリティ》をチューニング」
 黒いシルクハットに不気味な笑み。とらえどころのない悪魔紳士が杖を携え戦場に出る。《ブラッド・メフィスト》。攻撃力2800。龍騎士の頃と大して変わっていない。
「おまえの愛馬は宿舎に送っておいた。主人を殴らせるのは可哀想だ。蘇生するなり素材にするなり好きにすればいい。バトルフェイズ、《ブラッド・メフィスト》でダイレクトアタック」

バルートン:2600LP
マンドック:7200LP

「素直に受け止めるか」
「この程度で痛む身体ではない」
「マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
「なぜ《ブラッド・メフィスト》を召喚した」
「おまえさんに気持ちよく闘って欲しいからさ」
「あいつ、階段を降りてる。一段一段階段を降りてる」
 パルムが何かを呟いている。何を言っているのかミィにはまだわからない。
「低く見積もっても、西部十傑に入れるほどの実力者。舐めるのはわかる。そこまでは理解できる。うんと高いところから、矢の代わりに小石を投げるだけならわかる。あいつは違う。階段を降りている。マンドックの槍は虚仮脅しじゃないぞ。本気か。このまま行けば……」

「我が名誉と共に、ドロー」
「ここで《ブラッド・メフィスト》の効果発動。おまえさんのスタンバイフェイズ時、そちらに存在するカード1枚につき300ダメージを与える。今回は600だ。痛いだろ?」
「これだけライフを与えておいて今更何を言う。この程度の痛みなど……」
(なぜだ。あれだけ弛緩しているのに全く隙がみえない。なぜだ……)
 マンドックは一旦動きを止めた。困惑。不真面目なバルートンに怒りを燃やす一方で、攻め辛さを感じている自分自身に戸惑っていた。 "なぜ《地縛霊の誘い》などに止められる" "なぜ《ブラッド・メフィスト》に牽制されている" "なぜバルートンに気圧されている"
「迷うか。そうだよな。難しい局面で迷うのも当然だ。じゃあ俺は情報を与えよう。俺は今こういうことを考えている。 『マンドックのデッキは『槍』に拘った構成。《E・HERO プリズマー》で《暗黒騎士ガイア》の姿を写し取り《沼地の魔神王》と《融合》、《竜騎士ガイア》をつくる。《龍の鏡》を使えばもう1体いけるがそれで終わりじゃない。《沼地の魔神王》を《デブリ・ドラゴン》で釣り上げる。《氷結界の龍グングニール》が隠し味。《融合》の消費を逆手にとって《疾風の暗黒騎士ガイア》。一瞬の隙を付いて一気呵成に攻めるのが持ち味。今は《龍の鏡》を使うべきか、それとも《デブリ・ドラゴン》を引いた時に備えて《沼地の魔神王》の除外を先送りにすべきか悩んでいるのではないだろうか。《デブリ・ドラゴン》はまだ引いていないような気がする。元々最後の一押しにするぐらいの運用法。全部揃ってるならもう少し押しが強くても良さそうなものではなかろうか。今は踏みこむか待つかで迷っている』 」
「バルートン、真面目に闘え! 今なら間に合う。正々堂々雌雄を決するんだ!」
「俺は卑怯なことなど何一つしていない。情報開示まで行ったんだ。これ以上の正々堂々がどこにある。助言も与えておこうか。一斉攻撃はやめておいた方がいい」
 一瞬、マンドックは後退る。ハッタリだ。認めるわけにはいかない。本当に? もしハッタリでないとしたら。本気で敵に塩を送ってるとしたら。バルートンが動けば動くほどにマンドックの勝率は上がり続けている。それは事実だ。何を躊躇う。破滅主義者に一突をくれてやればいいだけの話なのに。
「小賢しい策を弄する貴様の正体ここに見たり! 反転呪札、《アヌビスの呪い》を発動!」
『秘密兵器炸裂! このターンの間のみ守備表示となった《ブラッド・メフィスト》の守備力はゼロになるぅ! 《ブラッド・メフィスト》の攻撃を甘んじて受け、一撃必殺の好機を窺っていた!』
「手札から2枚のマジック・トラップカードを伏せる!」
「《ブラッド・メフィスト》の効果発動。600ポイントの……」
「蚊に刺されたも同然! 手札は1枚。《疾風の暗黒騎士ガイア》を通常召喚。《龍の鏡》を発動!」
 数を増やし、木製の脆い柵を越える。一撃でも入れば致死圏内、1つ間違えばそのまま逝ける。
「《竜騎士ガイア》を再び融合召喚。お遊びが過ぎたなバルートン。屈強な悪魔もこうなってしまえばおまえ自身の足を引っ張る哀れな木偶に過ぎん。いかなる腕自慢と言えども、一歩間違えば致命傷になるということ身をもって知るがいい。《竜騎士ガイア》で《ブラッド・メフィスト》に攻撃!」
「一歩間違えば? ハハ……」
 バルートンが嗤った。今までの嗤い方とは少し違う。
「《竜騎士ガイア》、なぜ動かん。早く攻撃を……」
 鼻で嗤い飛ばすかのように。悪魔が遂に動き出す。
「場をよくみろ。ちゃんと何が起こったのか確認しろ。攻撃するのはそれからだ」
「守備表示の《クリッター》……《ブラッド・メフィスト》の守備力が……2800!?」
「《闇次元の解放》で《クリッター》を特殊召喚。こいつにチェーンしてもう1枚」
「《反転世界》」 パルムは静かに呟く。 「利が仇に変わり、仇が利に変わる」

反 転 世 界(リバーサル・ワールド)(通常罠)
フィールド上の全ての効果モンスターの攻撃力・守備力を入れ替える。


「とある本が一冊。500ページぐらいある本で、ご立派なカバーが付いてて、イラストはなんとカラー。どれだけ本当か俺は当時の人間じゃないから知らないが、その本が言うには……気が遠くなるほど大昔の決闘は札の代わりに剣を振り合うらしい。例えばこういう風に」
 バルートンは懐からナイフを取り出す。彼は、天井目掛けてナイフを垂直に投げると両腕を広げ、眼鏡を取って天を仰ぐ。誰が叫ぼうとバルートンは微動だにしない。落ちてきたナイフが耳と肩口をほんの少し切り裂く。血が少し流れている。軽傷。少しでもずれていれば大惨事。
「闘技場の剣闘士はもっとこう、スパッとあっさり逝っちまったりするわけだ。一歩間違えて」
「何が言いたい……」 滲んだ血が元からあったかのように親和している。
「決闘なんてもんは一歩間違えたら死ぬもんなんだよ最初から。なあマンドック……」
「《竜騎士ガイア》! 《クリッター》を貫け! 永続魔法:《螺旋槍殺》を発動!」

バルートン:600
マンドック:6000

「クリーンヒット! ライフ差はここにきて10倍!」
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……くっ……」

「なんで、なんでライフが残って……」
 ミィは思った。 『600まで追い詰めた』 ことよりも 『600も残してしまった』 ことが気にかかる。竜騎士マンドックの槍の破壊力をミィは知っていた。あの鋭い槍先を何度も叩きつけているのに。よくないとは思ったが真横のテイルに請うような視線で聞いてみた。なぜだろう。観ているだけで不安になる。
「隙が無いんだ。その所為で打ち込めないでいたし、いざ打ち込んでみても600残る。あのバルートンは紙一重でデッドラインを見極めている。わざわざ首筋1ミリのところまで身を晒している。こいつは勘なんだが、テレパシーとかイカサマそういう系統じゃあなさそうだ。テレパシストならもう少しマシな生き方を探すだろうし、イカサマ師にしては愉快すぎる。コールド・リーディングの類かな」
(殺せない。見切られている。今まで必死に鍛えてきた。硬い筋肉を幾つも貫いてきた。なのに貫けない。紙一重で止まる。板金鎧の装甲を限界までそぎ落としている人間をなぜ貫けん)
「おまえのような人間がのさばるから! 《封印の黄金櫃》を発動。《死者蘇生》を除外」
「のさばってはいない。ささやかに生きている。ささやかな欲望をデッキの中で育み育て、喰って喰われるのが地下決闘。おまえも喰えばいいのさ。さあ、おまえの欲望をみせてみろ」

Turn 7
■バルートン
 Hand 3
 Monster 1(《ブラッド・メフィスト》)
 Magic・Trap 1(《強欲なカケラ》)
 Life 800
□マンドック
 Hand 1
 Monster 2(《竜騎士ガイア》/《疾風の暗黒騎士ガイア》)
 Magic・Trap 2(《螺旋槍殺》/《封印の黄金櫃》発動中)
 Life 6000

「それじゃあ辞書を引いてみようか。あんたも一緒にな!」
 辞書から頁を引きちぎって喰らうかのように。貪るような抜札が始まる。
『バルートン謹製! 欲望のドローが始まった! 《強欲なカケラ》! 《成金ゴブリン》! 《闇の誘惑》! 《一時休戦》! 《手札断殺》! 損か得かももうわからねえ! バルートンが引き続ける!』
 得体の知れない恐怖がマンドックを絡め取っていく。最初は放棄への怒りであった。怠慢への怒りであった。闘えば闘うほどにわかってくる。なぜだ。なぜ圧されている。なぜ届かない。差はあった。3年前からあった。今なら届く。完璧ではない。バルートンは完璧な布陣を敷いていない。
 なのに ――
『マンドックの手札が増える! マンドックのライフが漲る! マンドックの墓地が肥えるぅ!』
 おかしい。ミィは思った。今まで色々な強者がミィの前に現れた。彼らは、ターンを追う毎に力の大きさを証明してきた。知の効用を披露してきた。バルートンは違う。0.1、0.01、0.001、0.0001……敗北という "0" に限りなく近づけていくかのような決闘。砂山の棒を倒さないように限界まで砂を払っていくかのような決闘。一歩間違えれば終わる筈なのに彼は嗤っている。あれだけの罵声の中で、敗北を期待する声の中で、全てを嘲笑うかのように危険な橋を渡っている。
「《D−HERO ディアボリックガイ》を特殊召喚。こいつと《ブラッド・メフィスト》をリリース、《魔王ディアボロス》をアドバンス召喚。《疾風の暗黒騎士ガイア》の頸動脈を狩る。3枚伏せてターンエンド」

「攻撃力に勝る《竜騎士ガイア》ではなく《疾風の暗黒騎士ガイア》を狩る。そこまで私を……」
 マンドックは疲労していた。何の疲労だろうか。一回戦第一試合。体力には自信がある。バテるには早すぎる。なのに息が上がっていた。皮膚を5センチ四方で少しずつ剥がされるような感覚。
「私のター……」 「いいや俺のターンだ。おまえさんのドロー前、《魔王ディアボロス》の効果発動」
『出たぁっ! "魔 王 の 検 閲(ディアボリック・インスペクション)" マンドックのドローに先んじてデッキトップを確認、そのまま引かせるか、揉み潰すかを選択できる!』
「なんだ。《デブリ・ドラゴン》じゃないか。さっき俺が言った通りだ」
(《沼地の魔神王》が墓地に落ちたというのに。あれを引ければまだ……)
 マンドックの頭にある可能性がよぎる。あるいは唾棄すべき可能性。
「ああでもデッキボトムに落とすのは良くないか。嫌がらせはよくない」
(どの口がそれを言う。私が嫌がることも承知の上で好き放題捨てる男が……)
「ああでも。さっきから贈り物してる割に、あんま喜んでもらえないんだよなあ。不思議だなあ」

 なぜ拒絶した。なぜ助言を拒絶して攻撃した。 『舐めきった態度に一考の価値無し』 『敵の甘言に乗せられるなど言語道断』 本当か。こいつは本気で言ってるんじゃないかと心の底では思っていた。ならばなぜ攻撃した。 『バルートンの見立てが間違ってる可能性に賭けた』 『己の槍がバルートンの想像を超えるほどの威力を持つことに賭けた』 もっともらしい。本当か。本当は脅えたんじゃないのか。対峙した人間には分かる。バルートンは本気だ。あれだけの愚行に至って尚、本気で勝ちに来ている。私はどうだ。これだけの便宜を図られ、もし貫くことができなければ……。

「そうか。本人に聞けばいいんだ。これ、上と下どっちに置いた方がいいかな」

 何を躊躇うことがある。何の為にここに来た。惨敗したTeam Justiceの、まるで正体を暴かれたかのようなその後の醜態は憧れを粉微塵に打ち砕いた。苦い記憶を払拭する為に自らを後継者として鍛え上げ元凶に挑む。それだけか? 本当は何かを期待していたんじゃないのか。もう分かっている筈だ。バルートンは途轍もなく強い。じゃあ尻尾を巻いて逃げるのか。ぶつけろ。ぶつけろ。他のことなどどうでもいい。3年分をぶつけてしまえ。おまえの欲望を見せてみろ。

「デッキトップに置け。お望み通り引いてやる」
 《デブリ・ドラゴン》をデッキトップに置き、バルートンが嗤った。マンドックも嗤った。
「さっきは俺の助言を無下にしたんだ。なのに今度は置けという。おまえは妥協した」
「なんとでも言えばいい。辿り着けるならもうそれでいい。これが私のデッキの、最強の一突(ドロー)だっ!」
 マンドックが笑った。それは約束されたドロー。《暗黒騎士ガイア》、《疾風の暗黒騎士ガイア》、《竜騎士ガイア》、そして《氷結界の龍グングニール》。彼の構築は一点集中。単なる1枚ではない。デッキのポテンシャルを最大に発揮する為の1枚。ドローと共に、頭からは脳内物質が駆け巡り、
 バルートンが発動したカードと共に思考の激流は止まる。
 発動:《はたき落とし》
「自分が欲しいものをここ一番で手に入れるのは楽しいことだ」
「バルートン……」
「他人が欲しいものをここ一番で取り上げるのも楽しいことだ」
「バルートン、貴様ぁっ!」

 妥協せず弱くなった者がいる。
 妥協して強くなった者がいる。
 何も間違っていない者がいる。
 間違ってでも喰らう者がいる。

「おまえは、おまえは何の為にこんなことをする」
「何の為に?」 「何の為だ!」 「ん〜〜」 「答えろ!」
「槍を突き立てた騎馬武者が時速50キロでこっちに走ってくる。助走は十分。ならこっちも時速50キロで前に向かって走り出した方が愉快になれる。3年間ふり続けた槍捌きをみてる時ふと思ったんだ。体感100キロに達したあの槍を6ミリでかわして足払いを決めたら凄く楽しいに違いない。槍を、それも形振り構わぬ殺意を込めた槍を紙一重で小馬鹿にする愉しさを思うと……思いついたからだ」
「馬鹿な……馬鹿か……」 「ごみぇんね」
「《次元合成師》を召喚! デッキトップを除外……」
「おやおや。そいつで終わりか?」 「ターン……エンド」

「《地縛霊の誘い》、《魔王ディアボロス》……カードチョイスが合ってるようで合ってない。それどころか……」 パルムは気が付いていた。 「さしたる意味もない《成金ゴブリン》……あいつはデッキをデチューンしたんだ」 バルートンの真意に気が付いていた。 「あいつの決闘は、《真実の眼》を使わずに《真実の眼》のリスクだけを負うような決闘だ。あいつは限界まで弱くなったんだ。限界まで弱くなった上で……。あいつは幅1ミリの境界線上で闘っている。三文字で要約したら大馬鹿だ」

Turn 9
■バルートン
 Hand 1
 Monster 1(《魔王ディアボロス》)
 Magic・Trap 3(セット/セット/セット)
 Life 600
□マンドック
 Hand 1
 Monster 1(《竜騎士ガイア》/《次元合成師》)
 Magic・Trap 1(《螺旋槍殺》)
 Life 7000

「ドロー。少し欲張ってみようか。《無謀な欲張り》を発動。次のドローステップを飛ばし、カードを2枚引く。墓地の悪魔族3体を除外して2体目の《ダーク・ネクロフィア》を特殊召喚。ライフを半分払って《異次元からの帰還》を発動。これで残りは300。《ブラッド・メフィスト》と、お付きの《ヘル・セキュリティ》2体を特殊召喚。《悪夢の晩餐会》を発動。ライフは要らない。デッキからカードを2枚引く」

悪夢の晩餐会(速攻魔法)
フィールド上に悪魔族モンスターが3体以上存在するときに発動。
次の効果から1つ、または両方を選択して発動する事ができる。
●フィールド上の悪魔族モンスターの表示形式を任意の数変更し、変更した数×1000ポイントのライフを回復する
●墓地の悪魔族モンスターを2体まで除外し、除外した数だけデッキからカードをドローする


「《魔王ディアボロス》に《ヘル・セキュリティ》Aをチューニング、もう一体の竜も使おうか。《精神操作》。《竜騎士ガイア》に《ヘル・セキュリティ》Bをチューニング、さあおまえら、遊んでこい!」
 《ダーク・ネクロフィア》を先頭に、3体の悪魔紳士がマンドックを圧倒する。
「こいつはおまけだ、《ソウルテイカー》。《次元合成師》を破壊する」
『マンドックのライフはなんと8000! この男! どこまで本気か!』
「いつでも本気さ。全ての悪魔でダイレクトアタック。華々しく散ってこい」
『フルヒットォ! 決まったあああああああああああああああああああ!』
「バルートンのフルコンボ!」 「悔しいが完璧だ!」
「あれで死なない奴は……」
「それはどうかな……」

バルートン:300LP
マンドック:200LP

「おいみろよ! マンドックが負けてねえ!」
「あのバルートンが仕留め損なった!」
「なにぃ!?」 バルートンが呻く。
「馬鹿な……なぜ……」
「残念だったなバルートン……」
「マンドックが生きているぅ!!」
「礼を言うよバルートン。8000ライフがあって8000喰らえば終わる。元に戻った。シンプルでいい。《螺旋槍殺》で引き入れ、墓地に送った《タスケルトン》の効果を発動していた。言った筈だ。1つの誤りが全てを台無しにすると。負けるわけにはいかない。ここまで晒して負けるわけにはいかない!」
「しまった。そんなカードが……ターン……エンド……」
「私のターン、ドロー……私の勝ちだぞバルートン。《封印の黄金櫃》から取り出した《死者蘇生》にて《竜騎士ガイア》を復活、《ダーク・ネクロフィア》を倒せば貴様は……」
「《タスケルトン》が墓地に落ちたことを俺が忘れる。本気でそう思っているのか?」
「な……に……」
「ぬか喜びは素晴らしい。おまえこそ忘れてるんじゃないのか。箱の中から《死者蘇生》を取り出すのもいいが、自分が入る箱の心配をした方がいいんじゃないのか。《ブラッド・メフィスト》の効果発動」

ブラッド・メフィスト( シンクロ・効果モンスター)
星8/闇属性/悪魔族/攻2800/守1300
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
相手のスタンバイフェイズ時、相手フィールド上に存在するカード1枚につき相手ライフに300ポイントダメージを与える事ができる。(中略)


「おまえの場には何がある?」
「螺旋……槍殺……」
「有り難うマンドック。おまえのお陰で俺は初志を貫ける。床に落ちてるティッシュを掴むほどの力。おまえが100なら、俺は101で勝つことが出来る。ごち、そう、さま、でし、た……と」
 《ブラッド・メフィスト》×3がマンドックの周りを取り囲み、龍騎士の顔が見る見る内に青ざめていく。
 いい家を紹介しよう。一度入居すれば正義とやらを気にせずのんびりできる。風呂場も冷蔵庫も付いてないがご自慢の魂1つで入居できる優れもの。棺桶。欲望不足はぐっすり眠れ。



Blood Mefist Special Skill

血 溜 ま り の 午後(サング・アプレミディ)



『今度こそ決まったぁっ! 接戦もどきを制したのはバルートン!』
「強い」 「酷い」 パルムとミィはそれぞれ思ったことを呟いた。
「ハンドとライフを使い切って紙一重で勝つ。相当な使い手だ」
「人がああいうことやってるのみるのって気分が悪いんですね」
 ヤタロックでコロナと決闘した時のことを思い出す。
(負けたくない。こんな……バルートンなんかに……あれ?)
 どこかで聞いた名前に似ている。容姿にも面影を感じる。
「ブロートン……決闘文学の……ブロートン……」

「守りの誤差200、攻めの誤差は700、合わせて900。800は余計だったな」
 崩れ落ち慟哭するマンドックに近寄ったバルートンは、健闘を讃え合うべく優しく声を掛ける。
「おまえさんは良くやったよマンドック。3年でなんと! 800ミリの進歩だ! 1日0.8ミリ弱!」
「貴様あっ!」
 激高したマンドックが殴りかかるが、バルートンは、紙一重で避けると同時にアッパーカットを叩き込み、続けざまに蹴り倒す。バルートンは、マンドックを足で踏みつけながらマイクを持った。
「有象無象の皆の衆! 地下決闘の始まりだ!」

EPISODE 18

Burial Cup Acceleration〜開幕、地下決闘〜



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております。


□前話 □表紙 □次話


























































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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