「パワー・ギア・フィスト!」
 自律駆動式鉄爪型MS(モンスター):《アームズ・エイド》を腕に嵌めた《ジャンク・ウォリアー》はブーストを起動、地上300メートルのタワーの頂上から《ギガンテック・ファイター》を襲う。《ギガンテック・ファイター》は闘技場の申し子。何度殴り倒そうが地獄の淵より蘇る。それでいい。それならそれで殴り続ければ良いだけのこと。《アームズ・エイド》の爪は突き抜ける。前衛の《ギガンテック・ファイター》は殺せずとも、後衛の決闘者をえぐれればそれで良い。自慢の黒腕を確かに潰した。しかし、テイルに笑みはない。攻め手の、《ジャンク・ウォリアー》の腕も砕けていたのだから。
「そうくるかい」
 アリアが放ったのは《鳳翼の爆風》。置きっぱなしになっていた《くず鉄のかかし》をデッキトップに戻す。代償として墓地に捨てられたのは《不死武士》。それこそが彼女の狙い。《ギガンテック・ファイター》は、死に行く戦士の墓標を糧に限界知らずで 『力』 を増していく。攻撃力は3300。《アームズ・エイド》を装着した、《ジャンク・ウォリアー》と五分を張る。
「《ギガンテック・ファイター》。闘技場に戻れ」
「初めて聞いたよ、こんな垂直な闘技場なんて」
 地上300メートルをほぼ直角に走破してきた彼らにのみ許される闘技場。どこからも邪魔の入らない最高のデートスポットとしてガイドブックにも載っている。テイルに恐怖はなかった。あったとしてもそれは、遊園地でジェットコースターに乗る時と同程度のゆらぎ。テイルはバックステップでタワーを降り、地上200メートルのところで止まる。 「もういいだろ」 助走にはいい距離だ。眼前では地上250メートルのところでアリアがカードを引いていた。 「もういいだろ」 助走にはいい距離だ。
「《アサルト・アーマー》を着脱。《ギガンテック・ファイター》は "両腕を使う" 」
 《鳳翼の爆風》の一手で、《ジャンク・ウォリアー》と《くず鉄のかかし》を同時に潰された。間髪入れずにアリアが仕留めに来る。残りライフは丁度5000。死ぬにはいい頃合い。
「折角重力があるのに、下りのエレベーターを使う奴の気が知れない。そうだろ?」
 テイルの腹目掛けてアリアと《ギガンテック・ファイター》が鬼神の如き勢いで駆け下りてくる。テイルは逃げない。黒腕の絶技がテイルの腹を撃ち抜いた。胃液が逆流する。化け物か。それでも耐えた。彼もまた彼であった。二撃目が止まらない。容赦の無い二撃目がテイルを叩き落とす。
「テイル!」
 思い出したかのように、夢から覚めたかのようにアリアは叫んだ。《ギガンテック・ファイター》の凶拳を受けたテイルが地上200メートルの地点から落下する。このまま大地に激突すれば死すら射程に入るだろう。アリアは駆け下りた。尋常一様ではない速度で飛ばし、地上100メートルのところで追いつく。 「大丈夫?」 そう声を掛けようとして。
「違うだろ」
 その一撃は重かった。アリアの腹に右の掌を打ち込んで、一転、地上に叩き落とす。彼は、二発目を喰らう直前に足を離し、重力式エレベーターに引っ張らせることで衝撃を軽減していた。同時に、
「近寄りすぎだ。2発目は《ディメンション・ウォール》で溜めといた。ミィの真似だが子供のやることじゃあないな。あの馬鹿ちんは思いも寄らぬ真似をする。死ぬほど痛かったぞはっきり言って」
 テイルは尻尾を発射して命綱のようにしていた。ヴァーチカル・デュエルは三次元的な空間で鬩ぎ合う決闘。度胸試しの性質を持ち、地上に叩き落とされたものは即敗北。アリアは尚も落下していた。虚を付かれた彼女は復帰しない。そのまま落ちていく。まるで地下深くまで落ちていくかのように。
「違うだろ」

 西の大地は地縛神(ミツル)が統括している。地縛神の庇護の下、 『西』 という名のフィールドは強豪から弱小まで一定の秩序の中でひしめきあっていた。しかしてそれは、あくまで 『地上』 の話である。西の 『地下』 には何がある? 何かがある。何かがあるということは、境界線上で鬩ぎ合うことをも意味する。秩序と欲望、需要と供給、或いは親和と拒絶の物語。地上300メートルから地下48階まで駆け抜けるヴァーチカル・デュエル。境界線上で藻掻く音が今日も聞こえる。欲望と共に。

――
―――
――――

Starting Disc Throwing Standby――

Three――

Two――

One――

Go! Fight a Underground Card Duel!


『今日も今日とて始まったぞ野郎共! この電流地獄を生き残るのはどちらの決闘者か!』
 地下決闘。 『地下』 とはある種の比喩であり、必ずしも地下で行われるわけではない。表面に対する裏面、王道に対する邪道、合法に対する違法程度の意味合いであるが、この決闘は実際に地下で行われていた。チームデュエルの気配すらない1VS1の決闘。フィールドに立つのは男女の仮面。男は屈強な肉体を、女は美しい肢体をライトの下に晒していた。周囲を固めるは札に飢えた観客達。彼らは椅子に取り付けられたデッキケースからカードを抜くタイミングを今か今かと待ちかねている。
「その程度の決闘でわたしに勝とうなんて見込みが甘過ぎるのよ!」
「華麗な動きでリリィナが攻める。ヴァルキリアが舞う!」
 混戦を抜け出し、勇躍したリリィナがラッシュをかけた。
「おいおい。その程度か? その程度じゃ効かねえよ」
 蚊に刺された程度と言わんばかりに男は耐える。
「そういうことはこの包囲網を突破してから言いなさい」
『ヴァルキリア・ロック! セットした《炸裂装甲》と《砂塵の大竜巻》でアフター・サービスも万全か!』
「はっ! そんなチンケな布陣で止まるものか! 決闘がどういうものかを教えてやる! ドロー。《リビングデッドの呼び声》を発動。墓地から《アームド・ドラゴン LV5》を特殊召喚。こいつの力をみせてやる。手札から2枚の《神獣王バルバロス》を墓地に送り、小生意気な魔術師共を粉砕する!」
「《マジシャンズ・ヴァルキリア》が……。このまま攻撃されたら高く付くわね」
「その手には乗らん。レベル5の《ミストデーモン》を通常召喚。《アームド・ドラゴン LV5》と《ミストデーモン》でオーバーレイ。エクシーズ召喚、《発条装攻ゼンマイオー》! そのセットカードをぶっ壊す!」
「そんな……わたしの……くっ……グスノー、この落とし前は高く付くよ!」
「そういう台詞は立ち上がってから言って貰おうか。ダイレクトアタック!」
 リリィナが後退するが、その先には地下決闘の名物とも言うべき電流ロープがあった。喘ぎ声と共にダウンするリリィナ。この瞬間、観客達が一斉にデッキケースからカードを引く。
「ドロー!」 「ドロー!」 「ドロー!」 「ドロー!」 「ドロー!」 「ドロー!」
 見世物小屋に札が舞った。リリィナはよろめきながらもなんとか立ち上がる。
「負けるわけには。ドロー……くっ、次のドローと引き替えに《死者への供物》を発動!」
『ようやく引いた! 《死者への供物》! しかしもう後がない! 逆転は可能なのか!』
「《ジェスター・コンフィ》を特殊召喚。生贄に捧げ、《カオス・マジシャン》を……」
「残念でした! 《落とし穴》を発動!」 「そんな……」 
 声が漏れる。絶望の声。ハンドゼロ、フィールドゼロ、次のドローさえない。リリィナは後ろにさがろうとするが、背中にバチッと電流の切れ端が触れる。もう逃げられない ――
「墓地の《発条装攻ゼンマイオー》と《神獣王バルバロス》を除外、《獣神機王バルバロスUr》!」
『エースカード降臨! 戦闘ダメージは与えられずとも、ここの決闘は地下決闘。お構いなし!』
「ぶち込め!」 「俺はそれを見に来たんだ!」 「グスノー! おまえこそがチャンプだ! やれ!」
 《獣神機王バルバロスUr》。決して息の根を止めることがない大型獣戦士。生温い筈の不殺の精神が地下の舞台で固有の意味を持つ。《ガード・ブロック》 ―― 障壁を生み出すことでダメージをシャットアウトするカード ―― 等とは異なり、ある程度の衝撃波は伝わる。獣神機王は何度も殴りつけた。その度にリリィナの身体が電流ロープに叩き込まれ、観客のドローが進む。これはそういう試合だった。グスノーは何度も何度も殴りつけた。次第にピクリとも動かなくなる。グスノーはリリィナの身体を容赦なく踏みつけた。観客のデッキケースは空っぽになっていた。


DUEL EPISODE 18

Retrospective〜境界線上のアリア〜


 彼女はアリアと名付けられた。決闘者と決闘者の間に生まれた純血種。両の脚で立つよりも早く札を引き、最初に発した言葉は言うまでもなく 『ドロー』 であった。生後1年、遂に母親は本格的な決闘教育に着手する。3歳にしてルールを一通り覚え、5歳にして初めてのデッキを組み上げる。母親は納得しなかった。妥協しなかった。容赦しなかった。教育の遅れを取り戻すべく徹底した。嫌ではなかった。決闘盤はしっくりくる。まるで決闘盤を腕に付けた状態で生まれてきたかのように。一般的な少年少女と比較すれば過酷という言葉すら生温かったが、アリアは我が侭を言わなかった。母も父も大好きだった。それでいいと思っていた。いつまでもどこまでもそうあればいい……

 “才能がない。決闘をやめなさい” 母の遺言だった。

「電流ロープ、出力上げるように言っておいて」
 控え室。給与を受け取ったアリアの第一声がそれ。
「何を言っているんだリリィナ。そんなことをしたら……」
「まるで痛くもないのに悲鳴をあげるのは気恥ずかしいから」
「そんな馬鹿な! 屈強な成人男子でもあれはそれなりに効く」
「わたし、もしかしたら感覚が鈍いのかも。じゃあ、また……」
 嘘は言っていない。集まった客を1人残らず引き込む名演。《アームド・ドラゴン LV5》や《発条装攻ゼンマイオー》が動き出す前に倒すこともできた。速攻魔法《死者への供物》が最初から手札にはあった。彼女は伏せなかった。一旦伏せたらあの場で使わないのは下策を通り越して露骨な手抜き。彼女は試合展開を完璧に読んでいた。読んでいたからこそ伏せなかった。これはそういう見世物だから。ドローしたカードを《死者への供物》と入れ替える。あたかも今引いたかのように。目にも止まらぬ早技でありそれに気付く人間はここにいない。一石二鳥。《死者への供物》が手札にあったことを隠すと共に、紙一重で引っ繰り返されたことを演出する。後一歩だったのに。そうみえるよう演出する。抵抗はしなければならない。抵抗は蹂躙のスパイスだから。徐々に追い詰められ、最後はサンドバッグになればいい。勝敗を競うことがないのだから。決闘ではないのだから。

「ただいま」
「お帰り」 「あ、帰ってきた」 「お帰りなさーい!」
「コロ・シェル・ティア、3人とも宿題やった?」
「帰ってきて最初に言うことがそれなの?」
「当然。ちゃんと勉強してもらわないとね。やる気出していかないと」
「勿論! その為に帰ってくるの待ってたんだから! おねーちゃん勉強教えて!」
「ティア、そういう後ろ向きな前向きさはどうにかする。コロに教えて貰えばいいじゃない」
「え〜おねーちゃんに教えて欲しい〜だって教え方が分かりやすいんだも〜ん」
「私は数に入ってないんだ。ああそうですかそうですか。私はDVDでもみていろと。わかりました一生DVDみてます」
「ていうか姉さんどこ行ってたの?」 コロナが当然の疑問を口にする。
「散歩散歩。うちはあんたらで五月蠅いから。宿題とか宿題とか後は宿題とか」
「もしかして男と遊んでたりして。夜遊びもいいけど程々にね。ひゅーひゅー」
「はいはいわかったわかった。くだらないこと言ってないでほらほら明日の準備する」
「はーい」 「はい」 「いえっさー!」
 疲れるだけの価値はあると思った。3人の妹はいつでも笑顔でいてくれたから。この可愛い生物共は血の繋がっていない自分を疎んじることなく受け容れてくれる。それだけでも夜な夜な茶番を演じる価値はあると思った。妹達が眠った後でイヤホンを付け、映りの今一な映像を観る。明日も朝から仕事だが、3時間も眠ればそれで持つ。限界にはまだまだ遠い。体力には自信がある。
 第一の副業。八百長決闘。欲情に身を反らすCG(カードゲーマー)達の慰みものとなることで一定の額になる。アリアの母が天に昇ってから暫くして、アリアの父は未亡人であったミーネ・アリーナと再婚した。「幸せになろう」 そう言っていた父ももういない。2度も夫を失った悲嘆と疲労によりミーネは倒れ、病院に運ばれた。新しい母と3人の妹を養う為の副業だった。遺産で凌ぎ続けるには限度がある。少しでも多く稼ぐに越したことはない。決闘を封印してこの家に入った筈が、いつの間にか決闘の技を使っている。仕方がないと思った。生きていく為にはお金がいる。それにこれは決闘じゃない。もどきだ。

 “決闘のことはもう忘れよう。2人で幸せになるんだ” 今は亡き父の言葉だった。

「アリちゃん?」
「あり? あっ、ごめんなさい。ぼっとしてました」
「休憩時間だし別にいいけど、ここんとこ少し根詰め過ぎじゃないの?」
「大丈夫です。わざわざこの店にも毎日来てる、あの娘達に……」
「心配をかけたくないならそれこそもう少し自分の身体を労りな。じゃないと……」
 高校を辞めて以来、彼女は弁当屋で働いている。採用には一悶着あったが、理解者にも恵まれなんとか上手くやれている。ここの弁当屋は立地の関係上昼時には大量の人で溢れかえる。殺人的に忙しく、給与の割になり手が少ない。彼女には好都合だった。
「あんた、趣味とかないの? 後は、こう、相談できる男とか」
「うーん、特にはないかも。あ、じゃあ今日も売ってきます」
 彼女を見送りながら複雑な感情を抱く店主に、横にいたもう1人の店員が声を掛ける。
「いつも元気ですよねあの娘。あの笑顔をみてると、俺も頑張らないとなって気になりますよ。時々視界から消えちゃうんだから堪らない。あの動きには惚れ惚れしますよ」
 大量の注文を暗算だけで捌いていく販売スタイルは皆を驚かせた。4歳の時叩き込まれた四則計算の応用。決闘において迅速な計算能力は必須事項。彼女にしてみれば普通の仕事だった。
(父親が逝っちまったとき、あの娘は涙もみせず3人の妹を抱いて慰めてた。あの娘は父親と2人でこっちに来たんだ。血の繋がりを感じられる最後の人間が居なくなったらそりゃ哀しいなんてもんじゃないだろうさ。それでも、2度も父さんを失った母や妹を癒やす為に必死なんだ。ちょっと心配だよ)

「それにしてもなんでみんなわたしのこと心配するんだろう」
 控え室で準備をしている時のこと。ふと声が漏れる。
(別に疲れてない。もう少し増やしても問題ないくらいなのに)
 体力は有り余っていた。特に差し支えはない。なのに。
(疲れてるようにみえるなら気を付けた方がいいかも)
 アリアは仮面を外して鏡をみた。普通だ。普通にみえる。
「これって表情の付け方が悪いのかな……って時間時間」
 彼女は今日も闘技場に立つ。正確に、精密に試合を紡ぐ。
(もう少し緩めた方がいいかな。シンクロを使わずに下級でダメージを取りに行く)
「新型のお披露目だ! 《幻層の守護者アルマデス》をシンクロ召喚。やれ!」
「ここで一気に反撃だ! 《マジシャンズ・ヴァルキリア》が破壊されたぁっ!」
「わたしのターン、ドロー……罠の発動を止めるなんてね。モンスターをセット」
 プレイングミスへの布石。《幻層の守護者アルマデス》の効果は 「このカードが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠・効果モンスターの効果を発動できない」 《古代の機械巨人》とは違いモンスター効果をも封じることができる。それに気づかないフリをして間抜けを演じればいい。こういうこともあろうかと、コンビニで決闘紙を読み込んでおいたのが活きた。
(予習はしとくもんだね……)
 決闘雑誌。そう言えばあの決闘紙には売り出し中の決闘者の特集も組まれていた。 『腹筋』 を巧みに操る決闘者。名前は確かレザール。どこかで会っているような気もする。誰だったか。
「《幻層の守護者アルマデス》で攻撃。はっ、間抜けめ。アルマデスの効果は全てを封じる!」
 そうだ。随分前の話だがテロリスト退治に参加したことがある。ミツルVS蘇我劉邦。あの場に居合わせたのは自分だけではない。あと2人いた。体格が随分違う事に加え、そもそも印象に残っていなかったので今の今まで忘れていたが、紛れもなくあの男に相違ない。確か記事にはこうあった。早々に頭角を現した姉とは違い、元々は二軍の平凡な決闘者であったが、 『腹筋』 をマスターすることで決闘に一本筋が通り、遂にはEarthboundのレギュラーとして定着……
「甘いんだよ! 《収縮》を発動! 《熟練の黒魔術師》で攻撃!」
 アリアの一声で時間が止まる。皆が皆、目をぱちくりさせていた。
「あっ……」 (しまった……)

「ただいま」
「お帰り」 「あ、帰ってきた」 「お帰りなさーい!」
「……っ」
「お姉ちゃんお姉ちゃん、あのね……」
「ごめん、後にして」 「あ、でも明日の宿題……」
「いつまでも教えてあげられるわけじゃないから。高校の勉強わかんないし。少しは自分でやって!」
 ばっさりそう言い放つと、アリアは奥に引っ込んでしまう。今までにないことだった。
「虫の居所が悪いなんて珍しいね」 「ティア、甘えすぎはよくないよ。お姉ちゃん忙しいんだし」 「うん……」
 帰宅。自分でもなぜあんなことをしたのかわからない。無意味に殺気を放ってしまった。あれは 『リリィナ』 の設定を超えた踏み込みだ。フィールドを眺める内になぜかイラッとしてしまい、意味のない殺気を放ってしまった。なぜだろう。それにもう1つ。いつもは3人の顔をみて安らいだ気持ちになるのに、今日はむしろ胸にズキッとするものを感じた。意味がわからない。

 “決闘しようぜ” 誰が言ったんだったか ――

「逃げろ! 暴引族だ。暴引族が来たぞ。暴 引 族(レックレス・ドローメン):TURBO魔裏銃(まりがん)だ!」
 夜の峠を爆走爆引する無法者達の群れが今日も行く。 「ドロー!」 「ドロー!」 「ドロー!」 ノーハンドルは当たり前。デッキからカードを引きながら、改造バイクと共に今日も彼らは路上を駆ける。
「ノーハンドル!? なんてふざけた連中だ。だが! 次のコーナーはそれじゃあ曲がれねえ」
 ターゲットにされたレーサーは、目一杯加速してヘアピンカーブに突入する。身体を右に傾け可能な限りインを付く。若干アウトに膨らんだが、暴引族を振り切るには十分……ではなかった。
「なぜだ! 差を広げるどころか詰められているだと!? こいつら、こいつらは一体……」
 この峠では右曲がりのカーブを何度も曲がる。今度こそ、今度こそ振り切ってみせる。
「さっき曲がれたのは偶然だ! ノーハンドルで曲がれるコーナーなど知れている!」
 身体を右に傾けもう一度曲がる。限界だ。この速度ではどうしたところで膨らまざるを得ない……驚愕と共に彼の常識は覆される。サイドミラーに恐るべきコーナーリングが映り込んでいたからだ。
「なんてやつらだ! ドローで身体を傾けてやがる。だからあれだけの……」
「さっき曲がれたのは必然だ。 ノードローで曲がれるコーナーなど知れている!」
 ドラゴ峠は、1つの山の周囲に螺旋階段の如く道が張りついている。ここで重要なのは螺旋の向き。山頂からみて、右曲がりで道を下っていく。そう、右曲がりで。お分かりになったであろうか。暴引族達は左腕に決闘盤を付け、右手でドローを行う。バイクに跨がったまま右手でドローを行えば右に傾くは必然。ドローの勢いを利用しているからこそ、慣性力を撥ね除けインで曲がりきることが可能となる。早々に追いついた暴引族達は鉄パイプを使ってレーサー達を叩き落とした。決闘の時間だ。
「お兄ちゃんお兄ちゃん俺と賭け決闘しようぜ……いいよな……」
 暴力を背景にした決闘の強要は日常茶飯事。彼らの辞書に共生はない。あるのは強制一択。
「言うまでもなく先攻! そしてドロー。手札が良くねえなあ。こいつは引き直さないとフェアじゃない!」
「出た! 総長必殺の "獲多亜納留泥汚(えたあなるどろお)" フェアプレイの精神に則ったドローテク!」
「堪らねえ! まさにドローの輪廻転生! まさに事故知らずのヘアピンドロー!」
「無法者め! 《リロード》も無しにもう一度引き直すだと! 恥を……ぐっ」
 背中にめり込む鉄パイプ。彼らの辞書に遠慮という文字は勿論ない。ある筈もない。
「いけないなあ。決闘中に後方注意を怠るなんて。第三者に凹られても文句は言えねえ!」
 情け容赦のないフェアプレイの精神が物理的鉄骨となって哀れな獲物を打ちのめす。西の秩序はある意味でメリハリが効いていた。この世に完璧な秩序などない。 『地下』 にあたる部分はある程度野放しになっていた。ならざるを得なかった。元来、西は平穏な土地とはとても言えなかった。あくまで田舎。あくまで辺境。ミツルという名の旗頭を中心として、秩序だった決闘をここ10年で無理矢理再構築したに過ぎない。無茶とも言える法令の残滓と共に、撲滅しきれなかった無法者も数多く残っている。小銭稼ぎとも揶揄される "程々の懸賞金" が付くのも、ある意味で放置の意思の表れに近い。
「俺達は無敵だ! 雁字搦めなドローを解放した俺達こそが自由! 暴力こそが自由だ!」
 しかし、欲望のままに動く者達は常に恐怖しなければならない。より巨大な暴力の存在を。
「ぐはぁっ!」 一人の構成員が5メートルほど飛ばされる。全員が一斉に振り向いた。

「なんだおまえは……」
 月下の仮面が決闘盤を構える。女だ。体つきでわかる。バストラインからヒップラインにかけての端正な曲線は、欲望塗れの暴引族達に仮面を剥ぐことへの衝動を引き起こす。
「総長! あれは月下の跳人、決闘仮面! 闇夜に蔓延る決闘の変態!」
「遭遇したものは錐揉み回転で漏れなくふっ飛ばされるというあの!」
「腕には自信があるということか。札喧嘩だ。おまえ等そいつを囲め」
 包囲網が完成し互いに決闘盤を構える。
「当然俺の先攻だ! ドロー……あれあれ? こいつはフェアじゃねえ!」
 歓声が上がる。神をも恐れぬ引き直し。にも関わらず彼女は、文句を言うでもなく、恐怖するでもなく、ただただ淡々と指摘する。月下の跳人に恐れ無し。
「引き直したいなら引き直せばいい。手札は減らずとも矜恃はすり減る」
「ヒャーッハッハッハ! そういうこと言いますか! 手札から1枚セット!」
 彼女の番が来ると同時に、喧噪に紛れて後ろから近付く者が1人。
(残念でした。鉄パイプでボンボン……ボンだ死ねええええええええええええ!)
 TURBO魔裏銃の十八番にして常勝不敗を誇る百人決闘。ボスである1人が決闘を行い、残りの99人の精鋭が対戦相手をありとあらゆる方法で袋叩きにする外法の奥義。
 吹っ飛んだのは暴引族の方だった。彼女は7歳にして既に 『決闘護身術』 を骨の髄まで叩き込まれている。決闘中は腕が埋まりやすい。視界も前方に限られる。背後を突かれようものなら一溜まりもなし。裏を返せば、一流の決闘者がこの問題に何ら対策を打たないなど有り得ない。
「なぁるほどなぁ」 暴引族の大将がにんまりとした笑みを浮かべる。 
「中々やってくれるじゃねえか。おいおまえら、俺達の本気をみせるぞ!」
「がってんだぁっ!」 「頭を使え!」 「俺達の知性をみせてやるぜえええええ!」
 暴引族達は次々に決闘盤を頭に装着していく。ヘルム型決闘盤:決闘頭盤(デュエルスラッガー)



「城を築け!」 「城を築くんだ!」
 14人の構成員が総長の前で四つん這いの体勢を取る。四つん這いとなった彼らの上で今度は13人の構成員がまたしても四つん這いの体勢。12人、11人、10人……次々に構成員達が上に被さっていく。それは山だった。暴引族特有の連帯感と上下関係が西部山麓に巨大な城を築く。
「ワッショイ! ワッショイ!」 「カードは引いても腰引くな!」 「カードは引いても腰引くな!」
「ワッショイ! ワッショイ!」 「俺の魂がスタンバイィィィ!」 「俺の躰がメインフェイズゥゥゥ!」
「出たぁっ! 暴 引 族(レックレス・ドローメン)TURBO魔裏銃(まりがん)の "決 闘 城(デュエルキャッスル)" 」
「騎馬部隊による電撃戦の戦果は、難攻不落の "決 闘 城(デュエルキャッスル)" が保証していたーっ!」
城壁展開(キャッスル・ウォール)!」 「城壁展開(キャッスル・ウォール)!」
 彼らは前方に頭を向けている。故に、頭に付けた決闘盤もまた前方に突きだしている。彼らは一斉に決闘盤を開いた。傘のように開いた。あたかもマスゲームのように決闘城の外観が変わる。展開された長方形の盤面はそれ自体が鉄の城壁。これこそが "決 闘 城(デュエルキャッスル)" の真骨頂。
「駄目だーっ! あれでは大砲すら通じない!」 「暴引族の天下統一は最早秒読み段階!」
 恐れおののく一般CG(カードゲーマー)達。ただでさえ示威効果に優れる決闘頭盤(デュエルスラッガー)が、 "決 闘 城(デュエルキャッスル)" としてその雄々しき姿を現した以上、正常な判断力を失うのは当然と言える。しかし、
「全員一箇所に固まってくれるなんて。今日は早く帰れるかも」
 彼女は震えなかった。大きな的がそこにある。なら、
黒腕戦技(ブラック・アームズ)」 とても大きな音がした。

「ただいま」
「お帰り」 「あ、帰ってきた」 「お帰りなさーい!」
「じゃーんじゃじゃ〜〜〜ん。ケーキ買ってきたよ」
「え? なんで?」 「偶には奮発してあげないとね」
「最近なんか変に機嫌いい。なんか気味悪い」
「じゃあシェルは要らないね」
「お姉様有り難うございます」
「ティア、今日勉強みてあげようか」
「あ、今日は、その、自分でなんとかしたから」
「そ、偉いじゃない。コロ、お風呂湧いてる」 「う、うん、使い回しだけど」
 一通り汗をかいたので怪しまれない内に急いで風呂に入る。女四人の割には使い回しの頻度が高い。今日もまた使い回しのそれであったが、いつもより心なしか気持ちが良かった。

 アリアの母が天に昇ってから暫くして、アリアの父は未亡人であったミーネ・アリーナと再婚した。 「幸せになろう」 そう言っていた父ももういない。2度も夫を失った悲嘆と疲労によりミーネは倒れ、病院に運ばれた。新しい母と3人の妹を養う為の副業だった。決闘の技を使うのは気が引けたが、あくまで悪党退治である。決闘とは似て非なるもの。お金が入れば心に余裕も生まれる。簡単なことだった。お金が足りないから、生活に不安があるからついついイラついてしまった。もうそんなことはない。

 “決闘してるだろ” 誰? 何の話?

「ああ〜流石にちょい疲れた〜」
「お疲れ。なんか最近調子良さそうじゃない」 バイト先の店主が声を掛けた。
「そうかな? 自分では良くわからないんですけど、ああでも少し生活が楽になったんで」
「楽をすればいいってもんでもないけど、あんたは少し楽するぐらいで丁度いいよ。ほら」
「ジュース」 「余ったからあげる」 「余らないでしょ」 「もらっときなさい」 「ありがとうございます」
「なんか上手く行ってるみたいですね」 アリアが帰るのを見送りながら、店員の1人が呟いた。
「長年人をみてればわかるのよ。無理してる時の笑顔ってどうしても引き攣っちゃうの。心の支えなんてなんでもいいのさ。あんまり無理しないで済むようになったんなら、もう大丈夫かね」

(足りない。何かが足りない。これじゃあない)
「グスノー・チャンプの猛攻! アームド・ドラゴン親子でダイレクトアタックだああああああ!」
 いつも通りダイレクトアタックに合わせて軽く飛び、電磁ロープに叩き込まれる。上方調整された電磁ロープはアリアの皮膚に確かな痛みを与えた。それでも足りない。何かが足りない。
(もっと殴れよグスノー。もっと押し込めよグスノー。足りないだろ。それじゃあ……それじゃあ……)

 “決闘しようぜ!”

 私営のカードショップ。逃げるわたしにあいつはそう言った。逃げる? 何から。そうだ。あいつに誘われるまま行った人助け、あそこでわたしの暖炉が燃えそうになったんだ。あいつに殺気をぶつけられて、ようやくわたしは自分の中の約束を裏切りかけてることに気が付いた。
 あれ? なんで忘れて ――

 “決闘してるだろ!”

 夜の決闘、あいつはわたしにそう言った。決闘してる? しょうがないじゃない。なんかぐだぐだ喋ってたけど、あんたはわたしを逃がす気なんてなかった。あれは正当防衛。あれ? そう言えば ――
『決まった! 残りライフがお互い5000を切る。ここから決闘の花弁を1枚ずつ散らしてい……』
(足りない。足りない。何かが足りない。何かが……)
「足りないんだよ! 《貪欲な壺》を発動。2枚引いて《精神操作》。《アームド・ドラゴン LV7》を奪う」
 グスノーの場には《アームド・ドラゴン LV7》と《アームド・ドラゴン LV5》にセットカード1枚。迂闊に踏みこむと不味い、なんてことはない。グスノーの挙動。安いブラフと分かりきっている。
「《アームド・ドラゴン LV7》の効果を発動。手札から攻撃力2400の《カオス・マジシャン》を捨て、同じく攻撃力2400の《アームド・ドラゴン LV5》を破壊。《マジシャンズ・ヴァルキリア》を召喚」
『おぉっとこれは華麗な反撃。《マジシャンズ・ヴァルキリア》の美しいダイレクトアタ……』
「《マジシャンズ・サークル》を発動! 《魔法の操り人形》でダイレクトアタック!」
 鬼気迫る迫力。実況の言葉が詰まり、グスノーの身体が浮きかける。そして、
「《リビングデッドの呼び声》を発動! 《カオス・マジシャン》で……ダイレクトアタック!!」
『怒濤の三連撃! グスノーの身体が吹っ飛んだああああああああ! 電磁ロープに一直線!』
 実況は思わず言葉を吐き出していた。そうすることしかできなかった。何が起こったのかわからずに戸惑う観客だが、もっとも戸惑っていたのはアリア・アリーナ、紛れもなく本人であった。

「とんでもないことをしてくれたじゃないか」
「ごめんなさい、グスノー。勿論お金は要らない」
「ここは糞の掃き溜めだ。観客はTCGを慰み物にすることしか考えていない。俺達はそんな観客相手にショー・ビジネスを行っている。おまえは踏まれる役だ。幾ら金になるといっても、ストレスの1つも溜まって当然だ。頭を踏まれれば、時に踏み返したくなる。その心理はわからんでもない」
「そうだね。プロ意識に欠けた振る舞いだったと思う。だから……」
「わからんでもないがおまえはそうじゃないな。おまえは俺達への屈辱感から打ち返したんじゃない」
 グスノーが何かを言ってる。胸騒ぎがした。それ以上は駄目。言っては駄目だ。そんな気がした。
「俺はこの八百長決闘が好きだ。地上の連中からすれば糞の掃き溜めだろうが、俺はこの糞の掃き溜めが好きなんだ。屈辱とは踏みにじられること。何度踏んだと思っている。おまえの踏み心地は最悪だ。何度踏もうが踏みにじることはできない。あの場で打ち返したくなるほどの屈辱をおまえに与えることはできなかった。パートナーとしては好都合だったよ。仕事の途中で壊れてしまっては何にもならないからな。今も感触は変わらない。おまえは、俺が踏んだから打ち返したんじゃない」
 グスノーが決闘盤を構えた。ああ、グスノー、あんたは正しい。何も間違っちゃいない。
「ここの観客は欲望に忠実だ。そこに嘘はない。俺もここが好きでここにいる。そこに嘘はない。おまえは違う。八百長決闘を愛してはいない。かといって、金の為だけにここに来てもいない」
 わたしはわたしの中で八百長決闘を本物の決闘として認めていない。それだけは間違いない。本物の決闘と認めていないからこそ八百長決闘の世界に身を投じることができた。本当に?
「おまえこそが決闘を慰み物にしてるんじゃあないのか。欲望を舐めるなよ。俺がたたき直してやる」
 そうだグスノー。あんたは正しい。あんたにとって八百長決闘は決闘なんだ。わたしにとって八百長決闘は決闘じゃない。ここに嘘がある。決闘じゃないけど決闘らしきものではある。決闘らしきものであるなら決闘らしきものを味わえる。だからわたしは八百長決闘を仕事場に選んだんだ。
 思い返せば。シェルが持ってるミツル・アマギリの映像を夜な夜な観てる。美男子の姿を目に焼き付けて日頃の疲れを飛ばしたいから……違う。決闘してるところ以外は全部飛ばしてるのに。
 思い返せば。パン屋の休憩時間は八百長決闘での試合構成を考えている。仕事のクオリティを上げる為に……違う。おばさんに気付かないほどのめり込んでいるのに。
 思い返せば。コンビニで決闘雑誌を立ち読みしてる。仕事の為? 違う。ならなんでEarthboundの特集記事まで読んでいる。レザールがどうしたとか事細かに覚えてる。嫉妬心まで感じている。
 思い返せば。八百長決闘は積み込みを行わずあくまでアドリブで通している。緊張感と臨場感を出す為に……違う。その方が楽しいからだ。台本通りにやらない方が楽しいからだ。
 思い返せば。夜の決闘の間、向こうからふっかけられた決闘は賞金関係無しに受けている。倒されるわけにはいかないから? 違う。逃げようと思えば割とどうにでもなった。

“違うだろ”

「……っ!」
 そうだ。あの時わたしは地上1メートルのところで踏みとどまった。テイルは地上100メートルのところにぶら下がっている。今すぐ地面に足を付け地下に戻れば良かった。馬鹿は放置してさっさと帰れば良かったんだ。なのにそうしなかった。わたしはそうしなかった。そうしないことを選んだ。迷い。迷いが反応を遅らせる。不用意に近寄って 「大丈夫?」 そうじゃない。言うべきはそうじゃない。
「《バスター・モード》」
 わたしは走った。上った。登った。昇った。駆け上がった。テイルはどこだ。視界が悪い。わたしは一心不乱に駆け上がった。テイルは尻尾を解除すると来いと言わんばかりに駆け下りてくる。すれ違い様わたしは低く飛んだ。身体を捻って宙返り、頭の下にはテイルがいる。みえた。
「はぁああああああああああああああああああああああ―――っっっっっ!」
 この音。これだ。この感覚。カードと自分が1つになる感覚。デッキと自分が1つになる感覚。バスター化を果たした《ギガンテック・ファイター》の拳を通じて、狂おしいほどに愛しい決闘者の肉が、骨が、魂が弾ける感覚。己の身を切り裂いてでも掴み取りたいというあの感覚――
「間違いない」
 あいつはそう言った。決着が付くとわたしは再び仮面を付け、大の字に倒れたテイルの前にいた。
「思ってたより5倍は痛かった。 『危険ですから登らないでください』 と書いておくべきだね。しばらくは動けそうにない。安物の靴はすり減るのが早くてグリップが効かないから。明日新しいのを買おう」
 仮面を付けると自分が違う人間になったような気がする。わたしは一刻も早くこの場を去ろうと……
「家庭の事情。親御さんはそんなに厳しいのか」
「わたしを生んだ両親はもういない」
「おやおや。義理立てしてるのか」
 何か言おうとしていた。すぐさま去ろうと思った。その割に足が進まない。あいつは言った。
「嘘くさいな! 死んだ親御さんに言われたから決闘をやめる? 表舞台に出なければ供養になるのか。決闘をやめたことになるのか。夜に決闘すればみつからないのか。おまえの親父とお袋の霊は、朝5時に起きて夜7時に寝る規則正しい天国ライフでも送ってんのか」
 テイルが言った通りだ。夜の決闘? 所詮は金の為の賤しい決闘? その割には、偶々勝負を挑まれたら逃げることなく受けている。それどころか! 夜の決闘で手にしたお金の80%を注ぎ込んでデッキを現在風に改造している。最近は仕事中も 「笑顔が増えたね」 って言われるのはなんで?
 賞金稼ぎ? 世の中の為にもなる? いつから慈善家になったんだわたしは。地下決闘? 生活の為? 他にもう少し何かあっただろ。偽物だ。本物はあの時、暖炉の前で語っていたあっちだ。
 くだらない。くだらない。くだらない。勝利が存在しないから決闘してもいい。妹を三人養う為だから決闘してもいい。誰かを助ける為だから決闘してもいい。悪党退治だから決闘してもいい。くだらない。
 母が好きだから従った。父が好きだから従った。妹が好きだから働いた。なのに今は、少しずつ少しずつ嫌おうとしている。嫌わないで済むように保身を図った結果が地下決闘や夜の決闘。それでも足りない。結論はもう出ている。ふざけんな! 最期の言葉が 『才能ないから決闘やめろ』 って幾らなんでもあんまり過ぎる! 生まれる前から決闘しかなかったのに今更生まれる前に戻れるか!

「あんたの言うとおりだよグスノー。わたしの決闘はここにない。大事なことを気付かせてもらえた」
 ほんの一瞬飢えを満たすことは更なる飢えをもたらす。決闘に限りなく近い何かを摂取すればするほどに、決闘への距離をありありと感じて飢える。ようやく気が付いた頃にはほとんど踏み超えていた。アリアは決闘盤の配置換えを行う。支給されていたデッキを外した。
 仮面を外して振り向き、言い放つ。
「来いよグスノー。そうすればいつでもどこでも誰とでも。わたしの決闘がここにある」
 グスノーは、1秒で "違う" ことを理解した。2秒で "勝てない" ことをも理解した。それでも3秒目には決闘盤を構える。「行くぞ」 グスノーは果敢に仕掛けた。
「ありがとうグスノー」
 正々堂々と裏切るべきだった。40枚に選ばれなかったカードを潔くケースに戻すように、誰の所為にするでもなく、選ばなければならなかった。仮面を外した彼女は正々堂々とした裏切りを果たす。《大地の騎士ガイアナイト》の直槍。グスノーの胸をきっちりと貫いた。
「いい顔してるじゃねえか。決闘者が決闘者以外でいられるかよ……」
「さようならグスノー」 西の大地に立つアリア・アリーナの前日譚。
 境界線をスタートラインに変えて、彼女は一歩を踏み出した。

――
――――
――――――

(わたしはあんたを恨むべきなのかな、それともお礼を言うべきなのかな。もうわかりきってるけど)
 誰も知らない2人の逢瀬。一回目の邂逅。二回目の必然。あいつはどこまでわかっていたのだろう。あいつは 『間違いない』 と言った。いずれにせよもう忘れることはない。忘れたいと思わない。またいつか殺り逢おう。移動の途中、アリアは地下闘技場を俯瞰した。
(もうここにはいられないってかいちゃいけないよね、グスノー)
 アリアは振り返る。驚かないわけにはいかなかった。1人の男が不敵に腰掛けていたからだ。眼鏡をかけている。手には分厚い本を持っていた。細身ではあるが貧弱ではない。芯の通った姿勢からは相当の修羅場を潜ってきたことが見て取れる。
「驚いたね。気配を絶ってたの?」
「いーや。俺は普通にこうしていた」
 一見しただけでも、相当な決闘の使い手であることが見て取れる。禍々しいまでのオーラが身体から漏れていた。もし本当に、これ程の使い手が気配を絶たずに近付いていたとしたら気付かぬはずはない。あるいは本当にそうなのかもしれない。それほど自分は切羽詰まっていたのだろうか。
「中々派手に暴れているみたいだな。いやなに、〆にきたってわけじゃない。むしろいい兆候だ。ん? 俺か? もうすぐここで開かれる ―――― の主催者の1人だ。ここは色々なことに使ってるからな」
「話してるとこ悪いけど、わたしはここから早く去らないといけない。通るよ、ここ」
「ああ、そうしてくれ。人間、自分が最も楽しめる場所に居るべきだ。この世に存在する他の全ての大事なことは、一切合切が欲望の下で支え合えばいい。行ってこい。ミツルも喜ぶ」
 ふと思った。この男は誰かに似ている。会ったことのある誰かに。
「あんた、昔どこかで会わなかった? 既視感があるんだけど」
「ズレた質問が多いな。紛れもなく初対面だ。嘘を付く理由があるか?」
 いずれにせよ、今はそんなことを考えている場合ではないと思った。アリアは男の横を通り抜けそのまま去って行く。それから数分後、闘技場にもう1人の男が到着する。彼は一言こう言った。
「決闘の匂いだ」
「正確には決闘擬きだ。八百長決闘。決闘の定義には入らないだろ、あんたの中の」
 彼は 「違う」 と言いたげに首を振った。先に来た男は、微かに笑いながら訂正する。
「ご名答。今ここで決闘が一戦行われた。中々面白い素材だ。何かやらかすかもしれない」
「 『時』 が動いている」 未だ知られていないことが幾つかあった。全てが絡みつつあった。
「面白い時代が来るとでも? いずれにせよ、俺達は一生懸命遊ぶだけさ」

 西の 『地下』 には何がいる? 彼らは蠢き、欲望に吼える。


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。4章開幕。ろくでもない決闘とろくでもない生き様の数々をお楽しみください
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております。


□前話 □表紙 □次話
















































































































































































































































































































































































































































































































































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