ビッグ・ブラザー&スモール・ブラザー。彼らが過度の筋肉信仰を持つことは既に述べた。彼らとラウの付き合いは1年程前に遡る。ある日突然ビッグのマッスル・デュエル・サークル(MDS)に入りたいと言ってきたラウ。一見すると細身にもみえたラウは、いざ脱いでみると機能的に作り込まれた肉体を有していた。感心するビッグだが、その感情が憎悪に変わるのに大した時間はかからなかった。

 些細なことから口論が始まる。投盤に必要な筋肉に関してラウは事細かに注文を付けてきた。烈火の如く怒り、出過ぎた真似をするなと言いつけるビッグだが、ラウはまるで動じることなくビッグのトレーニング法についてその根拠を尋ねる。 「無駄な筋肉の付けすぎで投盤の邪魔になる」 「そのポーズに意味はあるのか」 等々。その度にビッグは複雑な感情を抱くことになる。ラウは単に難癖を付けているのではなかった。納得すべきところは納得していた。引き下がるべきところでは引き下がっていた。それが逆に気持ち悪い。ラウはいつの間にかサークルの中心人物になっていた。ラウの合理的な鍛錬理論が徐々に浸透していくにつれビッグは苛立ちを覚える。 「征服される」 とは少し違う。ラウはビッグの座を狙ったりはしなかった。

 痺れを切らしたビッグは、ある日直接ラウに問い糾す。 「おまえは俺達をどうしたいんだ」 ラウは事も無げに答えた。 「どうもこうもない。おれは器具の充実したここにいて、正しいと思ったことをしているだけだ」 ある日とうとうビッグはラウを殴りつけた。ビッグは吠える。 「ここは俺の庭だ。俺の言うことが聞けないなら消えてもらおう」 ラウは表情を変えることなく言った。 「そうか。残念だ。おまえの筋肉への意欲は中々のものだと思ったのだが。色々とすまなかったな」 彼はあっさりと退部する。

 ビッグは気に食わなかった。あれだけ怖いもの知らずの度胸を持つにもかかわらず、頑迷に主張を押し通すこともなくあっさりと退部したラウのことが気に食わなかった。5発は殴られたというのに、特に殴り返してこなかったラウのことがどうにもこうにも気に食わなかった。ラウはビッグを恐れてなどいないというのに。殴り返せなかったのではない。殴り返さなかったのだ。ラウの鍛錬理論は未だに有り難く活用されている。捨てるには惜しい筋肉だったからだ。その後も、会う度に衝突しかけては軟着陸に終わるラウとの関係。しかし今、ラウは何を血迷ったのか弱筋娘の擁護に及んでいる。好都合だと思った。単刀直入で漢らしい決着。それが彼の、心の底にある望みであった。

Turn 5
□12000LP
■11900LP
□ラウ(【All-Round】)
 Hand 4
 Monster 1(《荒野の女戦士》)
 Magic・Trap 0
■ビッグ(カブレラ)(【マッスルマッシーン】)
 Hand 6
 Monster 0
 Magic・Trap 0
□コロナ(【エアロビート】)
 Hand 3
 Monster 1(《潜航母艦エアロ・シャーク》)
 Magic・Trap 1
■ビッグ(ローズ)【アドバンスマッシーン】
 Hand 3
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)

「ラウンドさん、勝てますよね……」
 ミィが洩らすように呟いた一言にリードが応える。ラウのことだ。相方がジャンクウォリアーなら勝てるだろう。相方がエアーズロックでも勝てるとは思う。しかし、エアロシャークでは流石に厳しいと彼は言う。ミィは周りに気付かれない程度に小さく頷いた。他方、ラウは戦況をつぶさに分析する。
(カブレラが《マシンナーズ・フォートレス》、ローズが《人造人間−サイコ・ショッカー》に《ブローバック・ドラゴン》、ここ一番で《王宮のお触れ》を張り合って攻める陣形か。前回やりあったときよりも更に単純化しているがそれだけに馬力は十分。パワーの差は如何ともし難いな)
 直情的な直線攻撃の陣。その動きは極めて単純でありそれ故に読みやすい。
 しかし、読みやすいということは、勝ちやすいということを必ずしも意味しない。
(2〜3駆け引きを持ちかけても、攻めたいところに迷わず突っ込んでくる。思考によるプラスはあいつにないが、思考によるマイナスもない。馬力で圧倒的に勝っているならば、直線攻撃は立派な戦略として機能する。駆け引きでは駄目だ。よりラディカルなものに訴えなければ奴は動かない)
 事前のラウの計算では、ある程度の余裕を持って跳ね返せる筈だった。計算外が1つ。今日初めて実戦投入された《マシンナーズ・フォートレス》がビッグの手の中にはあった。鋼の戦車《マシンナーズ・フォートレス》と丘の戦艦《潜航母艦エアロ・シャーク》では、その馬力に天と地ほどの差がある。戦力差がある以上、下手に勘ぐらず真っ向勝負を挑み続けるのはそう愚かではない。現に苦しい。
「それでもラウならなんとかしそうだけどな」
 誰かがぼそっとそう言った。誰かが静かに頷いた。ほぼ同時に、コロナがラウの横顔をじっとみつめ、ビッグが鼻を鳴らしてラウを睨み付ける。ラウは内心で溜息を付いた。
(後ろにいるギャラリーからの視線を感じる。横からはコロナ、前からはブラザー兄弟。誰もがおれの一挙手一投足に注目している。面白い話ではない。むしろ詰まらないと言うべきだ)
 ドロー・カードを確認したラウは改めて状況を確認する。相手は筋力任せのゴリ押しを得意とするブラザー兄弟。罠に過度な期待を抱くのは下策。いつ紙切れに変わるかも判らない。
「《魔導戦士 ブレイカー》を召喚。ビッグ、《王宮のお触れ》など張らせはしない」
 先手を打ってセットカードを潰しにいくラウ。発動したのは《落とし穴》。
「おまえらしくもないな。焦ったか? 《王宮のお触れ》しかないわけじゃない」
 不運にもほんの数枚投入された妨害用罠を踏む。ラウは決まり悪そうに《荒野の女戦士》へ攻撃宣言を命じた。1100ダメージのみ。1枚セットでターンエンド。これでは生温い。
 次はビッグの番だというのに。

「生温いぞラウ。それに比べてこの俺はどうだ。すこぶる盛り上がっているぞ。全身の細胞という細胞が針鼠の棘ように隆起している。これだ。これこそが唯一つの現実だ。それ以上に何がある」
 力強い反復横跳びでカブレラ・フィールドに移動すると、ビッグはゆっくりとその手をデッキに添え、堰を切ったように激しくカードを引いた。十八番のエキスパンダー・ドロー。
「カブレラ・ドロー! お待ちかねのマッスルタイムだ。ふぅううう……」
 ビッグの上腕二頭筋が著しく盛り上がる。力こそが彼らの王道。
(ビッグの奴、1巡目の攻防で筋肉が暖まっている。遂にエンジン全開というわけか)
 実戦投入は初めてと言っていた。ならば万が一にも失敗はしたくないだろう。馬力の高いマシンは加速に若干の時間がかかる。そして今、ビッグの筋肉は漏れなく暖まったのだ。
「これが漢の決闘だ。強く、硬く、そして何物にも怯まない 《機皇帝ワイゼル∞》とこのカード自身をコストに……ラウ、これが俺の本当の力だ。フレイムギアすら凌駕する。勃興せよ!」





Machiners Fortress

Attack Point:2500

Defense Point:1600

Special Skill:Reactive Armour

「でたっ! ビッグのマッスルスロー!」
「鍛えられた上腕二頭筋をフルに活用している」
「あれではどんな機械族(けんこうきぐ)も存分にエクササイズされてしまうぞ!」
「聞け! 小娘。この《マシンナーズ・フォートレス》の体内には上腕から下腿に至るまでありとあらゆる筋肉を鍛えるための装備が眠っている。これこそが漢の決闘。所詮男と女とでは筋肉の出来が違う。筋肉のない奴がカードゲームをやるんじゃない!」
「勝手なこと……」 唇を噛むコロナ。
「正論に好手はあっても勝手はない。バトルフェイズ。場で震えているのは、小賢しく助けを請う女リクルーターと貧弱極まりない潜行母艦。この筋肉で雌雄を決すべき敵としては不足も不足だが、敢えて狙うならば完全撃破可能なエアロシャーク……おっと、ラウのセットカードこそが敵と言うべきかな? いくぞラウ! 止められるものなら止めてみるがいい。迎え撃つものの拳を砕き、そして! 何度でも立ち上がるこの不屈の筋肉を! 貴様が何をしようとも、所詮は時間稼ぎにしかならないと知れ! エネルギー充填、プラズマスッル・キャノン発射!」
 《マシンナーズ・フォートレス》に装備された巨大なキャノン砲。そこから放たれるエネルギーの矢が《潜航母艦エアロ・シャーク》を襲う。ラウは動かなかった。《潜航母艦エアロ・シャーク》撃墜。
「シャークちゃん!」
「メインフェイズ2、手札から1枚をセットしてターンエンド。これが現実! これこそが力!」
「バナナの皮で滑って転んで豆腐の角に頭をぶつけてそのまま無事に家に帰って食あたりで死ねばいいのに」
「コロちゃん頑張ってー! 戦車なんかに負けないで!」 呪詛を吐くシェル。声援を送るティア。

「《マシンナーズ・フォートレス》?」 「解せんな」
「エルチオーネにチェネーレ、帰ってなかったのか?」
 リードの背後に現れたのは、先の小規模大会で優勝したTeam FlameGearの2人である。
 先に喋ったのは噴火頭のエルチオーネ。野次馬根性で身を乗り出す。
「飯食って戻ってきたら、なんか面白い事やってんじゃねえの。あいつあんなん持ってたのか」
「元はといえばおまえ等が、1回戦であいつらをボコボコにしまったく所為だよ。あいつのフラストレーションが溜まりに溜まって、そんで我慢できなくなって飲酒に走り、そこに運悪くティアがぶつかって大爆発。倉庫にしまってた戦車を引っ張り出して、絶賛発売中とばかりに撃ちまくってんだ」
「笑止千万、火事全般、風が吹いたら桶屋も燃える。知ったこっちゃない」
「そりゃそうだ。んで、どう思う。ビッグの奴は戦車があれば勝ってたって言ってるけど」
「あの戦車は確かに厄介だが、対処法がないとでも思ってんのか。俺等を誰だと思ってる」
「どうするんだ?」 問いに対し、エルチオーネとチェネーレは何の迷いもなく言い放つ。
「全部燃やして」  「灰にする」
「聞いたおれが馬鹿だった」
「なんにせよあのラウがいるんだ。少しは見物だろ、チェネーレ」
 話を振られたチェネーレは、沈黙したまま場を見守っていた。
(ラウンドか。あの男からは匂う。俺に馴染み深い匂いがする)

「そうやって好きに言うから! あたしのターン、ドロー」 「ヤッチャエ」 「頑張れーー!」
 パワーの違いを見せつけられながらも、コロナ達の戦意は未だ衰えていない。
「あたしは手札から《サルベージ》を発動。墓地に落ちた《ドリル・バーニカル》と《シャーク・サッカー》を手札に加えるよ。手札から……いっけ! 《エアジャチ》ちゃんを通常召喚。効果発動!」

エアジャチ(効果モンスター)
星3/風属性/海竜族/攻1400/守 300
1ターンに1度、手札から魚族・海竜族・水族モンスター1体をゲームから除外する事で、相手フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して破壊する。その後、このカードを次の自分のスタンバイフェイズ時までゲームから除外する。


「《シャーク・サッカー》を除外して、《マシンナーズ・フォートレス》をぶっ壊す」
「殺った。ザマーミロ」 「コロちゃん凄い!」
「馬鹿め! その程度で何かを成したつもりか! 《マシンナーズ・フォートレス》の効果発動」
「重戦車の装甲に対する迂闊な突撃。その報いがこれだ! 貴様のハンドを確認……《強制脱出装置》を捨てる。これぐらいしか気の利いたカードがないというのに、セットしてから使わないとはとんだプレイングミスだな。所詮は女。他のカードはゴ……おおっと言っちゃいけないのかな?」
 実際に今勝負しているだけに、言葉の1つ1つがぐさりと刺さる。
 思わず竦みそうになるコロナに対し、ラウは静かに淡々と言った。
「復活はするが今じゃない。次のカブレラ・ターンまであいつの場はがら空き。ダイレクトアタックへのコースは開かれた。それだけでも十分価値がある」
「ラウンドさん……」
(あの人) ミィが訝しんだ。 (本当にラウンドさんなのかな。わたしの時とは別人じゃん)
「決闘続行、効果を使った《エアジャチ》ちゃんは次のターンまで除外。いくよ! 《エクシーズ・リボーン》。《潜航母艦エアロ・シャーク》を墓地から釣り上げて効果を発動。ORUを1つ取り除くことで除外されたカードの数だけミサイルを撃てる。エアー・トルピード」
 一歩前に進んだことを励みに二歩目を踏み出すコロナ。満を持してエアロシャークの効果を発動、そのビッグマウスから2発の小型ミサイルが空を駆け、見事ビッグに直撃する。ミィが目を見張った。
(これがエアロシャークの効果。ミサイルを撃てるなんて……撃てるなんて……あれ?)
「たったの200ダメージ。そんなんで兄貴の鋼鉄の肉体を突破できると思ってんのか」
(なにこれ。めっちゃくちゃ弱い。エクシーズ召喚できるからどれだけ凄いのかと思ったら)
 ミィのみが抱く感想ではない。ここにいる皆が思う。ショボイ。ショボ過ぎると。その反応を肌で感じ取りながらラウは思った。今闘ってるものの正体がどこにあるのかを考えた。
(ビッグ達だけじゃない。この店に充満するこの空気。確かに弱い。しかし……)
「そんじゃ思いっきりいくよ。バトルフェイズ、エアロシャークでダイレクトアタック」

コロナ・ラウ:11400LP
ブラザー兄弟:8700LP

「うるっせえなあ。おままごとは終わりだ。ローズ・ドロー! カブレラ・リバース! 《機械王−B.C.3000》を発動。トラップ・モンスターをローズの場に特殊召喚!」
「流石は兄貴! 《機械王−B.C.3000》の召喚制限も、タッグパートナーには関係ない。兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴ィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
「あれは! わたしとの時にも使ってきたブラザー兄弟の連携プレイ」
「《機械王−B.C.3000》をリリース、再び《ブローバック・ドラゴン》をアドバンス召喚。効果発動。まずはその目障りなリクルーター……大当たりだ。消えろ! 《荒野の女戦士》を銃殺。これでおまえを殴るのに障害はなくなった。《ブローバック・ドラゴン》、ダイレクトアタック!」

コロナ・ラウ:9100LP
ブラザー兄弟:8700LP

「1体目のブローバックを潰してもすぐさま2体目が飛んでくる」
「なんという力押しの戦法。あっという間に追いついた!」
 周囲の声を聞き届け、ビッグがにんまりと笑う。
「勝利の女神は、この俺にこそ微笑んだと言うわけだ」
「都合のいいときだけ女神とか。筋肉筋肉言ってる割に、さっきから鉄砲ばっかじゃない」
「銃器と筋肉は漢の浪漫。暗黙の了解もわきまえないやつが決闘をやるんじゃない! 手札から1枚をマッスルセット。ターンエンド。どうしたラウ。この程度か?」
(障害が消えた瞬間迷わずおれを狙ってくる。それがおまえの行動基準か)
「さあ今度はおまえの番だラウ! 俺とおまえ、そろそろ完全決着を付ける!」
「兄貴にたてついたことを後悔しながら負けていけ! ラウ!」
(フィールド上、無駄にのさばっている奴が約2名……か)
 ラウは静かにカードを引いた。彼はどこまでも彼だった。


DUEL EPISODE 13

The Ace of Hearts〜戦車VS戦艦〜


「あんたのスケジュール帳って笑えるよね。これでまわせるんだからもっと笑える」
「そんなもんかな。個人的には足りないと思ってるぐらいなんだが」
 無駄に広い空間に机がポツンと1つあり、2人の男女が椅子に座っている。1人はラウ、そしてもう1人はゴスペーナという名の女性。彼女は頬杖をつきながら気怠そうに話を続ける。
「何時間寝てるのこれ。体力よりも気力が持ちそうにないけど」
「焦ってるのかもしれない」
「何に? 優秀な貴方に焦る理由なんてあるの?」
「暇なんだ。どうしようもないぐらい暇で暇でしょうがない」
「今も?」
「ああ」
「逢い引きの合間に言うことじゃないと思うけどそれ」
「あんたがそれを気にするような人間とは意外だった」
「別に気にしないけど、わざわざ言っちゃうかあ」
 ゴスペーナは手元の紅茶をほんの少し啜った。苦そうだった。
「そんなに暇なら他人の世話でも焼いてみたらいいんじゃない、全力で」
「他人の世話? おれが? 自分のことしか興味がないぞ、多分」
「だからいいんじゃない。面白い事を探したいなら自分も何か提供しないと」
「興味深い話だな。続けてくれ」
「私がやってるTCGも交換のゲーム。何か欲しいなら差し出さないと。1:1交換に2:2交換。1:3交換なんて都合のいいこともあるけど、結局は何か差し出さないといけない」
「仮に腕一本差し出すとなると、クーリングオフが効かないのが困るな」
「あなたは本当に面白い。面白味がなさすぎて逆に面白い」
「面白くない奴だとは偶に言われる。その度に 『ならおまえは面白いのか』 とは少し思う」
「言えてる言えてる」  ゴスペーナは紅茶をぐいっと飲み干した。唇から少し水滴が垂れている。
「あなたは大体正しいけど、そこにはエゴが足りない。それとも、エゴが足りないから正しいことしか選べないのかしら。あんた、最初は頼られてもいつか見放されるわよ」
「頼られるよりは頼りたいかな。例えばあんたに」
「いいよ。決闘盤を構えなさい。相手してあげる」
 デスサイズ型決闘盤"ラ・モール"を悠々と構える。
「保険にちゃんと入ってる? 骨の2〜3本は逝くと思うけど」
「その手の心配は無用だ。それより命を取らない配慮をしてくれ。葬儀屋の予約はまだなんだ」
「あんたってホント……今日はたっぷり味わいなさい」
 "死神はいつになったら泣くのだろう(カテリーナ・アンブレストイーク)"
 中央十傑の1人、ゴスペーナが決闘盤を振る時、そこには血と札の雨が降るという。目の前にあった机は最初から何もなかったかのように砕け散り、そして――


Turn 9
□9100LP
■8700LP
□ラウ
 Hand 3
 Monster 0
 Magic・Trap 1
■ビッグ(カブレラ)
 Hand 4
 Monster 0
 Magic・Trap 0
□コロナ
 Hand 2
 Monster 1(《潜航母艦エアロ・シャーク》/※《エアジャチ》除外中))
 Magic・Trap 0
■ビッグ(ローズ)
 Hand 2
 Monster 1(《ブローバック・ドラゴン》)
 Magic・Trap 1(セット)

(誰も彼もがおれを買い被る。なぜだ? ランカーだからか? レザールに勝ったからか? 中央出身の留学生だからか? この際理由は問うまい。しかし、おれのフィールドは現に高い評価を浴びている。不要だ。そんなものがあるからいけない。そんなものがあるから……)
「《ならず者傭兵部隊》を召喚」

ならず者傭兵部隊(効果モンスター)
星4/地属性/戦士族/攻1000/守1000
このカードをリリースして発動できる。フィールド上のモンスター1体を選択して破壊する。


「リリース。《ブローバック・ドラゴン》を破壊する」
「幾らでも破壊するがいい。事後対処など弱者の戦法に過ぎん」
(あれ?) ミィは首を傾げた。 (ダイレクトコースが空いたとか言ってたのに。結局殴らないんだ)
 《ブローバック・ドラゴン》を破壊して当面の危機を脱するが、ラウのターンはこれで終わる。 「ターンエンド」 その言葉には力が籠もっていない。次の展開を予想し、観念しているようにもみえた。

「カブレラ・ターン、ドロー! 脅えて前に飛び出す小さき者と、悠々と後ろから迫る大きな者。順位は必ず入れ替わる。今がまさにその時! 手札から《マシンナーズ・フォース》を墓地に捨てる」

マシンナーズ・フォートレス(効果モンスター)
星7/地属性/機械族/攻2500/守1600
このカードは手札の機械族モンスターをレベルの合計が8以上になるように捨てて、手札または墓地から特殊召喚する事ができる。このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードが相手の効果モンスターの効果の対象になった時、相手の手札を確認して1枚捨てる。


(やはりフォースをフォートレスの燃料に。ひたすら一本槍で攻めてくる。思考もなければ隙間もない)
「《マシンナーズ・フォートレス》を墓地から特殊召喚。この新型にはガス欠などない。《ガガガガードナー》が何体こようが踏み潰すのみ。やれ! ラウにダイレクトアタック」
 ラウは盾を使わない。先の《ブローバック・ドラゴン》に続いて《マシンナーズ・フォートレス》の直撃を受け、よろめくラウ。遂に2人は追いつかれ、そして追い抜かれた。

コロナ・ラウ:6600LP
ブラザー兄弟:8700LP

「カード2枚をマッスルセット。これでターンエンドだ。どうしたラウ。この程度か」
「一発で逆転された。これが筋肉の力? ラウンドさんがいてもどうにもならない」
 ミィにとっても決して他人事ではない光景だった。どうしてこれに抗える?
 ラウは冷静に分析し続けた。無理があることを知った。
(おまえはいつも完璧だよビッグ。おれには勝ち目がない)
「頼みのラウが完全に押されている。あれでは苦しい」
「あのラウが二連続でダイレクトアタックを喰らっちまった」
 募り出すギャラリーの不安。自然とコロナにも伝播する。
「ラウンドさん、あの、大丈夫ですか……」
「すまない。ビッグの力を侮っていた。奴の攻撃を止めきることは出来ないようだ。君の補佐もろくにできていない。計算外だった。ビッグがここまでやるとはな……」
「そう……なんだ……」
 ラウを持ってしてもコロナを勝たせることは出来ない。
 もう駄目なんだ。ミィは静かにそう思った。
 彼女は違った。彼女はそれでも、
 精一杯力強くカードを引いていた。
「でも、決闘はまだまだここからですよね」
「コロ頑張れ」 「まだまだいけるよ……」
 コロナも、シェルも、ティアも、そこにいた。
 そこにいなかったミィは、そこにいなかった。
(なんだろう。この人達、なんでこんなに……)
「スタンバイフェイズ、《エアジャチ》ちゃんがあたしの場に戻ってくる。メインフェイズ……」
 《エアジャチ》が帰還。ハンドにはコストとなる《シャーク・サッカー》がある。妹達の声援を背に、自分達を散々痛めつけた《マシンナーズ・フォートレス》を再び……
(あれ? あの娘の動きが止まった? どうしたんだろう)
 コロナは一旦深呼吸。フィールドを隅々まで眺めて考える。すぐには答えが出ないからゆっくりと。ゆっくりと1つずつ考える。今、自分には何ができるのかを考える
(ハンドの《シャーク・サッカー》を切って《エアジャチ》の効果を使う。《マシンナーズ・フォートレス》を破壊……どうせまた復活する。さっきみたいに手札が減って、《エアジャチ》もいなくなる)

(そういえばなんであの人はあんなこと言ったんだろう。結局殴らなかったのに)
 コロナが《マシンナーズ・フォートレス》を破壊した時、ラウは 『ダイレクトアタックへのコースが空いた』 と褒めた。実際には殴らなかった。《ブローバック・ドラゴン》の始末に追われたから? 何かおかしい気がした。ローズの戦法は単純。次に何が来るのかおおよそ読める。ラウが読めない筈がない。なのにラウは評価した。アタックチャンスが増えることを評価した。なぜ?
 藪から棒に、ラウが何事かを口にする。
「正直いつだったか記憶が曖昧なんだが、他の主だった予定をカレンダーから消去していくと、10月の第二日曜日だった筈。第三日曜日だったような気もするが……いや、やはり第二日曜日だ」
「あん? 何言ってんだラウ」
「あの時は、何度も殴られたと思ってな」
「おいおい。あれは確か真夏の話だろ?」
(10月? ラウンドさんと決闘したのは1度だけ。夏でも冬でもなくて秋だった気がする。何度も殴る……あの人、覚えてたんだあたしとの決闘を。結果はあたしの完敗だったのに)
 "自分の決闘をすればいい"
(あの人は、あたしがただやられっぱなしだったから庇ってくれたんじゃない。あたしの決闘をわかってくれて、信じてるから庇ってくれたんだ。あたしの、あたしたちの決闘は……)
 コロナの心が1つに決まる。手札の使い道も自然と決まる。
 彼女一人の意思ではなく、Team Arenaの意思として。
「あたしは手札から《ドリル・バーニカル》を通常召喚。《エアジャチ》と《ドリル・バーニカル》でオーバーレイ・ネットワークを構築……」
(《マシンナーズ・フォートレス》を狙わない。わたしと同じ。逃げたんだ)
 ミィは逃げたと思った。彼女は、コロナ・アリーナはむしろ挑む。
「応えて! 2体目の《潜航母艦エアロ・シャーク》をエクシーズ召喚。効果発動!」
 微弱な効果であろうとも、店中に響き渡るほどの声で彼女は叫んだ。
「エアー・トルピード!」
「よし、入る」 「いけ!」
「100ダメージ? その弱さは最早我が筋肉に対する冒涜。そんな真似を……」
「やるのがあたしたちだ! アタックし続けるのが、あたしたちチームアリーナだ!」

 結論から言うとTeam Arenaは弱い。弱いから勝てない。エキスパートクラス ― 所謂 「普通の大会」 ―は勿論のこと、ジュニアクラスですらろくに勝てていない。ブラザー兄弟にわからされるまでもなく彼女達は弱い。技術がないから強いカードを使えない。腕力がないから強いカードを使えない。才能がないから強いカードを使えない。資産がないから強いカードを使えない。知識・経験・戦術・戦略に特段長けているわけでもない。結論からいうとそれは弱い。弱いから勝てない。だからこそ生まれた目標がある。昨日は100しか削れなかった。今日は200削った。なら明日は300削れるだろう。シェル・ティアの心も一緒だった。静かにぐっと手を握る。エアロシャークのミサイルが、それこそ蚊に刺された程度の痛みしか与えなかったとしても、彼女達が効果の発動を怠ったことは一度もない。

(あたしの、あたしたちの決闘は一歩でも前に進む決闘。100でも200でも削る決闘)
「《潜航母艦エアロ・シャーク》で……ローズ・フィールドにダイレクトアタック。いっけ!」
 そんな彼女達にとり、ビッグの嘲笑と侮辱は到底看過できるものではなかった。コロナは前をみる。そして睨む。悪態を付くことで心の平静を保とうとしていたシェルも、痛い目に遭わないよう早く終わって欲しいと願っていたティアも、共にコロナの魂に呼応していた。
 退けない瞬間があるとすれば、それは今。
「調子にのってんじゃねえ。カブレラゾーンから《万能地雷グレイモヤ》!」
 戦艦が地雷を踏む異様な光景にも怯まない。コロナはいく。
「もう1体のエアロシャークで攻撃。ビッグイーター!」

コロナ・ラウ:6600LP
ブラザー兄弟:6700LP

「おい! 無理矢理つっきって女の方がダイレクトアタックを決めたぞ!」
「これでライフがまた互角に戻った。すげえ、互角のダメージレースだ!」
「互角だと? 俺とあいつが互角? ふざけるな……」
「どうみても互角じゃん。ビッグ、スモール、あたしたちチームアリーナを舐めるな!」
 兄弟の酔いが完全に覚める。同時に目が据わる。発言の代償は高く付くとばかりに。
「スモール、殺るぞ。まずはあの小娘を、あのチンケなエアロシャークを潰す!!」
「やれるもんならやってみろ! 1枚セットしてターンエンド」

「ローズ・ドロー。カブレラ・リバース、《リビングデッドの呼び声》を発動。ローズ・フィールドに《マシンナーズ・ギアフレーム》を特殊召喚し即座にリリース、《人造人間−サイコ・ショッカー》をアドバンス召喚。こいつにチンケな罠は効かねえ! 墜ちろ、エアロシャーク」
 必殺の電脳エナジーショックが炸裂。
 またしても葬り去られるエアロシャーク。
「どうだ! これが俺と兄貴の……」
「大した傷じゃない。またすぐ抜いてやる」
「この野郎。この俺に最後まで言わせろ」
「決闘盤も持てない外野は黙ってて!」
「くっ……」

Turn 13
□6100LP
■6700LP
□ラウ
 Hand 2
 Monster 0
 Magic・Trap 2(セット/セット)
□コロナ
 Hand 1
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)
■ビッグ(カブレラ)
 Hand 2
 Monster 1(《マシンナーズ・フォートレス》)
 Magic・Trap 1(《リビングデッドの呼び声》)
■ビッグ(ローズ)
 Hand 2
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)

「ドロー……《戦士の生還》を発動。《ならず者傭兵部隊》を手札に戻して再召喚。効果発動。ローズ・フィールドの《人造人間−サイコ・ショッカー》を破壊。マジック・トラップを1枚伏せてターンエン……」
「おおっと! 《人造人間−サイコ・ショッカー》を潰し、続く罠で《マシンナーズ・フォートレス》を潰すつもりだろうがそうはいかない。ローズ・フィールドからおまえの場に向けて《王宮のお触れ》を発動」
 遂に来た――ラウはその被害を少しでも減らすべく、既に伏せておいたカードを使う。
「この瞬間リバースカードオープン、《As-八汰烏の埋蔵金》を発動……1枚引いてくれ」

As−八汰烏の埋蔵金(通常罠)
タッグパートナーは自分のデッキからカードを1枚ドローする。 このカードは相手のターンには発動できない


「今のおれにできるのはこれぐらいのだ。すまない」
「大丈夫です。この1枚、大事に使わせて貰います」
「己のドローを捨てるとは血迷ったかラウ。カブレラ・ドロー。補助すらできぬというのなら俺の圧勝劇をそこでみていろ。勝たせることなどできんのだ。スモール、マッスルタイムだ! BGM用意」
 例の奇声をもって呼応したスモールが音楽プレイヤーを持ち出すと、店内にけたたましい音楽が鳴り響く。余裕を噛みしめるように、ゆったりとした動作から指令を下す。
「《マシンナーズ・スナイパー》とこのカード自身をコストに……」
「まさか!」 「あいつもコロナと同じ戦法を取るつもりか!」
「現れろ! 2体目の《マシンナーズ・フォートレス》!」
「《マシンナーズ・フォートレス》が2体も……」
「ビッグが本気だ。トドメを刺しに来た!」
「刮目せよ諸君。喰らえ!」



Machiners Fortress Favorite Attack

筋 繊 維 革 命 運 動(マッスル・レボリューション)



「なんという力強い動き!。まさに筋肉の産業革命!」
「繊維の技術が寒冷化の中で向上したように、ぬるま湯と化した決闘を目の当たりにした我が肉体が熱を欲し、高度に編み込まれた筋繊維が発達したのだ。貴様等が淘汰されるのは最早必然!」
「資本主義的肉体観に基づく自由競争が弱肉強食の理を加速してしまうのかぁっ!」
「最早筋肉の帝国主義! あの少女にこれを受けきる術はない。ガードクラッシュだ!」
 抗いがたい力に観客達が沸き上がる。それでも少女は諦めない。
「まだだ! あたしの罠はまだ使える。《ガード・ブロック》を発動」
「それで止まるのは1体が精々。これが、俺の、筋肉だぁっ!」
 コロナは急いで盾を構えるがその上から衝撃がかかる。
 自らの肌で直に味わう。それはそれは絶望的な威力だった。

コロナ・ラウ:3600LP
ブラザー兄弟:6700LP

「はぁ……はぁ……くっ」 かろうじてダメージと衝撃波を半減させるが、疲労はピークに達していた。
 他方、ビッグの筋肉は疲労を知らない。ターンが進むにつれ勢力を拡大していく。
「これこそが筋力差! 同じ事をやっても威力が違う! 何もかもが違う!」
 不死身の戦車を従え、筋肉の申し子が手綱を握る。
「ターンエンド。クライマックスだ」

「コロ、負けたらご飯抜き」 「おかずも抜きだからね! 全部抜きだから!」
 "負けたらご飯抜き" 人生でもう30回は聞いたフレーズ。今まで1度としてその刑罰が執行されたことはない。恐らく今度も執行されないだろう。コロナはほんの少し微笑んだ。
(負けたらごめん。みてて。最後まで諦めないから。少しでもひっかいてやるから)
「あたしのターン、ドロー……」
 手札は4枚。どれもこれもが脆弱で貴重な1枚1枚。なにをすべきかゆっくりと考える。周囲の反応など気にしない。気にしていたらやっていけない。そういう日々を送ってきた。その姿勢に周囲のギャラリーも自然と固唾を呑んで見守る。そしてようやく答えが出た。
「手札から《フォーチュンレディ・ウインディー》を通常召喚。効果発動。《王宮のお触れ》を破壊。《浮上》で《ドリル・バーニカル》を蘇生。この2体でオーバーレイ・ネットワークを構築」
 しつこいと言われようとワンパターンと言われようと。コロナの眼に迷いはない。
「これがあたしの……最後の《潜航母艦エアロ・シャーク》をエクシーズ召喚。効果発動。オーバーレイユニットを1つ取り除くことで100ポイントのダメージを与え、そのままバトルフェイズ! 《潜航母艦エアロ・シャーク》でローズにダイレクトアタック!」
「その程度で」
「まだだ!」
「なに!?」
「速攻魔法発動! いぃっけえっ!」

コロナ・ラウ:3300LP
ブラザー兄弟:4300LP

「驚かせやがって」 ほっと大胸筋をなで下ろしたのはスモール・ブラザー。
「ダメージステップに《禁じられた聖杯》? そんなプレイング聞いたことも……」
「外野は黙ってて! これがあたしの決闘だ。メインフェイズ2! 1枚伏せてターンエンド」

「イタチの最後っ屁という奴か。見苦しいわ! ローズ・ターン、ドロー」
 《太陽風帆船》を特殊召喚。四方八方からわんやわんやと声が上がる。
「まただ! アドバンスマッシーン! ここで殴られたらいよいよ厳しいぞ」
「いやまだだ。ラウ&コロナ組のセットカードは合計2枚。《王宮のお触れ》を割った今なら」
「甘いわ! 俺達にはこれがある。《太陽風帆船》をリリース! 《炸裂装甲》だろうが《聖なるバリア−ミラーフォース−》だろうがこいつには効かねえ。アドバンス召喚。もう一度現れろ、《人造人間−サイコ・ショッカー》! これでおまえもお仕舞いだ! 小娘!」
 やらせない。そう彼女は叫んだ。《人造人間−サイコ・ショッカー》が大地に立ち、その進軍能力を遺憾なく発揮する瀬戸際、自らの最大戦力:《潜航母艦エアロ・シャーク》を代価に彼女は放つ。
「カウンタートラップ、《昇天の角笛(ホーン・オブ・ヘブン)》!!」
 霊体と化したエアロシャークの特攻。人造人間が天に召す。
「すげえ! あの娘ショッカーを止めたぞ!」
「はぁ……はぁ……ざまみろ」
「兄貴、俺のショッカーが……」
 肩で息をするコロナと狼狽えるスモール。ビッグは呆然とした。2つの上腕二頭筋をフル回転して攻め込んだにも関わらず……一瞬のことであった。一瞬の揺らぎでしかなかった。
「く……くっく……はーっはっはっはっ! 案ずるな我が弟よ。既に決着は付いた」
 剛気に笑うビッグ。単なる観客と化していたリードが首を傾げる。
「渾身のサイコショッカーを止められたのに。なんであそこまで笑う」
「当然だぜ店員さんよ」 エルチオーネが指をさす。コロナの方へ指をさす。
「今の一発であいつは全ての力を使い果たした。もうなんも残っちゃいない」

□コロナ
 Hand 0
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Extra 0

「ビッグは戦力を残してる。ライフもあるんだ。俺等の攻撃力なら燃やせるが……」
「《貪欲な壺》を発動。全てを戻し、2枚引いてターンエンド。おいたにはお仕置きが必要だな、小娘」
 この後の展開は容易に想像できた。嬲り殺しだ。コロナもそれは理解している。いつだってそうだ。力が及ばない。物凄く単純で、どうにもならない現実。いつだってそうだった。
(ごめん。シェル・ティア。あたし、もう限界みたい)
 コロナは力なく横に首を振ってラウをみた。
(ありがとうラウンドさん。この決闘……)
「おれのターン、ドロー……」
 ラウは一旦あたりを見回した。力を使い果たし後はいいようにひねり潰されるのを待つだけのコロナ。唇を結び拳を固めるシェル。涙目で祈るように手を組むティア。吠え猛るビッグ。
「これで邪魔者はいなくなった。今こそ決着を付けるぞ、ラウ!」
「《死者転生》を発動。《雷帝ザボルグ》を捨て、《荒野の女戦士》をハンドに戻す」
「今更リクルーター、それも太股女。女の味方をした、その証でも立てるつもりか」
 ラウは決闘盤に《荒野の女戦士》をセットすると、サイドハンドで軽く放り投げた。
「コロナ、おれが弱音を吐いたときも君は諦めなかったな。 "弱音を吐いたのは正解だった" リバース、《リビングデッドの呼び声》を発動。もう1体の女戦士を復活させる」
 ラウは右手のデュエルオーブを光らせた。同じタイミングで決闘盤をやや強く投げ、2体目の女戦士を釣り上げる。 「ハーレムでも築くつもりか、この軟弱漢! 2体がかりでも俺は倒せん!」 ビッグの罵倒はスモールのお追従によって加速される。ラウは動じない。
「コロナ、きみの決闘はおれにとっても羨ましい」
 ラウは左を、コロナの立つ方を向くと、最後の言葉を添える。
「血路は開かれていた。きみはきっと、決闘者(デュエリスト)だ」
 ラウは左を向いたまま、召喚を終え戻ってきた決闘盤を右手で掴む、と同時に、身体を倒しながら左回転、地に倒れ込む直前で左脚を大きく突き出し支えに。ラウは勢いを付けたまま地面すれすれに腕をふる。アンダースロー、それも振り子のように下から上に腕をふる。ラウの右手から放られた決闘盤はフィールドに着盤……すると同時に空高く跳ねる。
「ふん、失敗か……」
 天井を見上げたビッグが視線を戻した瞬間――
(なんだ? 何かが……)
 ある違和感に気付く。

 何かがおかしい。

 そうだ。

 女戦士がいない。

 どこに消え――




心に抱くは(はがね)の刃 刃に込めるは(はがね)の心


機甲忍者に油断無し、油断有るは死体のみ


(にん)』 の一文字(ひともじ)二刀(にとう)有り


(にん)』 の一文字(ひともじ)二心(ふたごころ)無し


×

 務

 完

 遂


機甲忍者(マシンナーズ・コマンド) 鋼鉄心斬(ブレード・ハート)




機甲忍者ブレード・ハート(エクシーズ・効果モンスター)
ランク4/風属性/戦士族/攻2200/守1000
戦士族レベル4モンスター×2:
1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上の「忍者」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。このターン、選択したモンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。


「付けるべき決着などありはしない。決着は既に付いていた」
 忍者の 『力』 は戦車に劣る。正面衝突すれば勝機はない。しかし、音を消し、姿を消し、本体を狙って駆け抜けることで劣勢を一気にひっくり返す。それは危険な賭けでもある。失敗すれば命はない。暗殺に 『次』 などという甘いものはないのだから。故に機甲忍者の踏み込みは速い。ビッグがコンマ1秒の間に直感を巡らせたとき、もうそこにブレードハートはいなかった。ビッグとの間合いを神速の踏み込みでもって駆け抜けたブレードハートの両手には二本の刀が握られて。そう、かの者の到来を証拠づけるように、ビッグの両の肩には2つの斬撃紋がばっさりと刻まれていたのだ。上から下にざっくりと。なにが起こったのかもろくに把握もできないまま、地に倒れ伏すビッグ・ブラザー。決着である。

コロナ・ラウ:3300
ブラザー兄弟:0LP

「ライフポイントがゼロ。てことはあたしたちの勝ち? 勝った……勝ったんだ!」
「……あ、勝った」 「やったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
(勝った……。あの娘とラウンドさんが……勝った?)
「ラウンドさん、あの、ほんと、ありがとうございます」
「おれは大して働いていない。試合をつくったのは君だ。手を挙げてみろ」
 恐る恐るコロナが手を挙げた瞬間、拍手喝采が巻き起こる。皆が全てを見届けていた。
「よくやった!」 「すかったとしたぜ!」 「やるじぇねえか!」 「抱いてくれ!」 「おまえは死ね!」
「そういうわけだ。勝者として、なんかあいつらに言うことはあるか?」
「ん〜特にないです。なんかほっとしたっていうか、兎に角嬉しくて」

「あの野郎、結局美味しいとこ持って行きやがった」
「店員さんよ、案外そういうわけでもないかもよ」
「それはどういう意味だ、エルチオーネ」
「こういう時、普通なら一から十までお膳立てしてフィニッシュだけくれてやるもんさ。しかしそれじゃあ何の解決にもならない。守るべきはお城住まいのお姫様の純潔じゃない。闘技場(アリーナ)で闘う決闘者の名誉だ。第一、それで失敗したらあの嬢ちゃんは何もせず終わることになっちまう。だからあいつは役割を逆にした。序盤は必要最低限の動きに徹して嬲られ役になり、あの娘自身に決闘をつくらせる。それがこの決闘のキモだったわけだ。そうだろ、チェネーレ」
「一事が万事徹底した男だ。 "女は決闘者に非ず" それがビッグの固定観念なら、まずはそれを無理矢理にでも捻じ曲げるところから始める。そしてその上に自らの戦術を乗せる……か」

 ラウは思考を巡らした。そしてはっきりと理解した。
 フィールド上で無駄にでかい顔をしている奴が2人ほどいる。
 一人は言うまでもなくビッグ、そしてもう一人は他ならぬラウ自身。
 ラウが取った戦法は敗北寸前まで "極力何もしないこと" 2つの鍛えられた上腕二頭筋を相手にジャック・A・ラウンドのワンマンショーを見せたところで勝機はないし意味もない。コロナが闘い、コロナが目立ち、コロナのフィールドが認められなければ敗北と同義。むしろ、一から十まで介護されたコロナを余計惨めな気分にさせるだけ。この決闘はコロナが何かをみせなければ意味がない。
 ラウが描いた未来絵図。相手の動きは単純で読みやすい。自分の援護が少しずつ無力なものになる未来を読み込んだ。それでよかった。大口を叩いたはいいが大して役に立たなかった情けない決闘者、それでよかった。ラウという月が沈むとき、コロナという太陽が浮上すればそれでいい。
 彼女の意思を、彼女の決闘を、ラウは戦術として昇華する。 "生意気な女決闘者" として、コロナの存在感が上がれば上がるほど、ムキになったビッグはコロナを狙い出す。そうすればラウのフィールドは存在感を失い遂には消える。ラウの前に意地でも筋肉を張り続けるというブラザー兄弟の基本方針が完全に消え去ったその瞬間こそ、千載一遇の好機。執拗なまでに喉元に食らいつくコロナを押し切り、ビッグが一息付くその瞬間こそ、温存していた力を吐き出す最初で最後のビッグチャンス。
 仮に、土壇場の強襲劇が不発に終わったとしても、この決闘の戦犯は最後の最後まで奮闘したコロナではなく、ろくな仕事をしなかったラウとなる。それが彼の、ジャック・A・ラウンドがあの場で描いてみせたシナリオだった。それで良かった。少なくとも彼は。

「ラウ、貴様! あんな一撃で、あんなどさくさ紛れの一撃で勝ったつもりか!」
 起き上がったビッグは一足飛びでラウとの間をつめ、鬼の形相で胸倉を掴みあげる。
 にもかかわらずラウは、平然とした顔で決闘を総括し始めた。
「認識不足だ。パワー不足と決定力不足は似て非なる話。ブレードハートの素材になるのは戦士族2体。太ももだけが目当てで《荒野の女戦士》を使っていると本気で思っていたのか? 2回攻撃で総ダメージは4400。おまえらが持っていたライフは4300。流石にギリギリだった。確かにエアロシャークの性能は低い。だが、ビッグイーターで削った6200とエアートルピードで削った400、これらがあって初めて、おれはハートのエースを切ることができた」
「そんなことではない!」
「おまえ達は 『力』 を誇りにいった。おれ達は 『命』 を奪いにいった。更に付け加えるなら……」
「そんなことはわかっている! もし最後の一撃が決まらなければおまえは……貴様はそれでいいのか! 俺が貴様との正々堂々とした攻防を臨んでいたこと、気付いていない筈があるまい!」
 ラウは攻防を捨てた。千載一遇の一撃で倒しきれなければ次はないと確信していた。そして覚悟もしていた。失敗したときは精々なぶりものになるつもりでいた。それで良かった。少なくとも彼は。
「知ったこっちゃない。これは彼女の決闘だ。おれは助っ人として正しいと思うことをしただけだ」
 そこまで言うとラウはビッグに身体を寄せ、耳元で囁いた。
「大したことのない俺の膂力でも、おまえを一撃もとい二撃で葬り去れる程度には健闘してくれたんだ。ビッグ・ブラザーは傲慢な乱暴者だが、自慢の肉体で味わった実感を裏切るような人間ではない筈だ。少なくとも、おれは勝手にそう信じている。じゃあな」
 ラウは、ビッグの肩をポンと叩いて離れる。
 視界が開けたとき、目の前にはコロナがいた。
「くっ、このっ……〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
(勝ってしまえば、勝ってしまえばその勢いで無視できることもあった、が)
「おい」
「なに?」
「この勝負は……おまえの勝ちだ」
「あたしたちの勝ち、でしょ。ありがとうございました!」
「もうこの店には二度と来ねえ。行くぞスモール。おまえの決闘盤だ。次はおまえが持て」
 捨て台詞と共にビッグとスモールは去った。2週間後、ひょっこり店に出てきたのは言うまでもない。
 入れ替わりに入ってきたのは店長:パルチザン・デッドエンド。彼は優しく微笑みリードに聞いた。
「何かあったのかね?」
「いえ何も。ウチハキョウモヘイワデス」
「そうか。それでは今日も頑張っていこう」

(ギリギリなんとかなったか。際どい戦いだった)
 ラウは一旦場を離れ、備え付けの椅子に座る。何かしら不手際はなかったか。習慣として身についている反省会を行う。戦車の気配を察することができなかったのがミスかどうかを考える。一通り終わって彼はようやく息をついた。今日という日はまだ終わっていない。ミィの面倒もみなくては。もっとも今日はリードもいる。少しは楽をさせてもらえるかもしれない(あまり期待はしていない)。
 今はただ、人伝てに聞く "勝利の余韻" とやらに浸れば良いのではなかろうか。
(ここにいる連中は皆一端の決闘者ばかり。節穴じゃないなら認めていける筈だ)
 事実、皆の見る眼が少しずつではあるが変わっていた。
 そこには確かな納得があった。納得していた。

 ただ1人の少女を除いては。


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。みんな、決闘しようぜ!
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております


□前話 □表紙 □次話












































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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