『待たせる』 という行為は拷問として使える。バス停の前で立つミィはそう思う。もう1時間2分も待っている。いつまで待たせるつもりだ。もっとも、待ち合わせの定刻は2分前であり、1時間はミィが勝手に立っているだけ。本当に来てくれるんだろうか。この期に及んで不安になる。
「危うく遅れるところだったか。少し作業に手間取っていた。じゃあいくぞ」
「はい!」 返事をするのは楽しい。

――
―――
――――

「着いたか。降りるぞ。ん? どうした? 酔ったのか」
 酔った。そういうことにしておこうとミィは思った。バスに乗ってる14分32秒の間、ラウからは一言もなかった。この沈黙はあるべき沈黙かどうかで、なにかしら話しかけていいのかどうかで、延々と迷っている間に頭が痛くなったことは一生黙っておこう。そんなことは自分だけが知っていればいい。
「バス停から徒歩1分。完璧な立地だろ。公営公認のカードショップ:ヤタロック。公営だけあって広い。小規模大会を開くにはもってこいと言える」
 ラウが喋った。誰かが喋ったと言うことは自分も喋っていいということだ。
「TVで観たときも思ったんですけど、私営のちっちゃいカードショップとは随分空気が違う」
「教科書的な事実の話をすると、TCG事業の民営化促進から8年、私営のカードショップの誕生は西の経済を活性化させた。そこまではいいんだが、どうも西の行政というのは一事が万事綺麗に事を納めるのがあまり上手くないらしい。私営のカードショップの中にもまともなものは沢山あるが、タチの悪い連中が事実上黙認されているのが現状だ。ザルなんだよ、その辺」
「良い店と悪い店の見分け方とかあるんですか?」
 流れに沿ってすいすいと言葉が出てくる。
「あるにはある。私営のカードショップといっても、本来なら特札法(※決闘風俗特別営業法のこと)の要件を満たして認可を受けないといけない。それすらない非公認のカードショップはお子様向けの店じゃないってことになる。それを一々確かめるのは面倒かもしれないな」
「えっと、公営は当然公認で、私営の中には公認と非公認がある」
「そういうことだ。当面はこっちだけ使ってりゃいい。じゃあ入るぞ」
 自動ドアを抜けるとそこは前に伸びる通路で、奥にもう1つの扉がある。自動ドアではなく普通の扉。二段構えになっているのは何かと五月蠅いからだと教えられた。一つ確実に言えること。

 カードショップは戦場だ。


DUEL EPISODE 12

Field of The Duelist〜闘技場の三姉妹(アリーナ・シスターズ)


Turn 24
□7200LP
■5000LP
□エルチオーネ
 Hand 2
 Monster 0
 Magic・Trap 3(《デモンズ・チェーン》/《リミット・リバース》/セット)
□チェネーレ
 Hand 3
 Monster 0
 Magic・Trap 1
■カリントーン
 Hand 2
 Monster 1(《魔知ガエル》)
 Magic・Trap 0
■シャミンパン
 Hand 1
 Monster 2(《氷結界の虎将 ガンターラ》/《氷結界の虎将 グルナード》/《氷結界の守護陣》)
 Magic・Trap 1(セット)

『決闘も佳境にさしかかる! どちらが今日のヒーローになるのか!』
 最初に飛び込んできたのはリードの実況だった。響き渡る声に後押しされて、4人の決闘者がフィールド上で所狭しと暴れ回る。《氷結界の虎将 グルナード》の迫力に満ちたダイレクトアタック。《嵐》による誰彼構わぬラージ・デストラクション。そして何よりギャラリーの歓声。店に入った瞬間、ミィは別世界に引き込まれた。濃厚な決闘大気が充満したその場所は秒の速さで決闘者達を感化する。
「時間的に間に合わないと思っていたがまだやっていたのか。流石に決勝かな?」
 ミィにはもうフィールド上の出来事しか見えていなかった。目聡くフィールドを見渡し状況を確認する。とりわけ目に付いたのはミィからみて奥の側に立つ2人の決闘者だった。1人は逆だった髪が嫌でも目立つオレンジ色のつなぎを着た男、エルチオーネ。そしてもう1人は切れ長の眼が印象的な長髪の男、チェネーレ。以前TVで観たことのある決闘者。その2人が目の前にいる。
「このエルチオーネの名において、我がタッグパートナー・チェネーレに聞きたい」
 芝居がかった声がフィールドにこだまする。一切の濁りがなく通りのいい声だ。
「今日は何曜日だ?」
「日曜日だ」
 ぶっきらぼうな返事を受け取ると、エルチオーネはニヤリと笑みを浮かべる。
「おおよそ火曜日か。今日はいい日だ。むしろいい火だ。しける要素が何一つ見当たらない」
「なにぃ? 勝利宣言には少し早いんじゃないかエルチオーネ。水の壁の前にはおまえ達の決闘など無力。最早突破もままならぬ。ライフも半分を切った。そして今日は水曜日!」
 エルチオーネは相手の挑発に対し歯を剥き出しにして笑う。まるで口から火が漏れるかのように。
「わかってねえなあ! おまえらは全然わかってねえ! 残りライフが半分切ってからが楽しいんじゃねえか! 何仏頂面かましてんだよ! 焼くか焼かれるか! うちの大将が言ってたぜ。 "札が燃え尽きるまでの命" ってな! 手札から《ワンショット・ロケット》と《ブースト・ウォリアー》を連続召喚しチューニング。燃えろ、《ワンショット・キャノン》! ガンターラをぶち抜く! 死んでこい!」
「この決闘3発目の《ワンショット・キャノン》が炸裂ぅ! ダメージも1000オーバーだ!」
「ターンエンド。おいもっと盛り上がれよ。今日は折角の火曜日なんだぜ? わかってんのかこら」
「その程度で調子に乗るなよ。ドロー。墓地から《黄泉ガエル》と《粋カエル》を特殊召喚。この2体をリリース、《青氷の白夜龍》をアドバンス召喚。その目障りな《ワンショット・キャノン》を破壊!」
 どうだと言わんばかりに勝ち誇るが、エルチオーネは更に笑う。歯が燃えるほどに笑う。
「おまえ達はどこの誰と闘ってるつもりなんだ? 頼むから教えてやってくれよチェネーレ」
「断る」
「HAHAHA! おまえらしいなチェネーレ! 黙して語らずモクモク燃えろってか? そうさ! こいつらはもうとっくに燃え尽きて灰になっちまってる。がら空きのフィールドを放っておいて守備表示の《ワンショット・キャノン》を殴るようなしけた奴らに、俺達がしてやれるのは火葬の手配ぐらいのもんさ」
 口上尽きること無く。 "火を吐く舌端(アクティブ・ボルケイノ)" エルチオーネに退却の二文字無し。
「親愛なる我が友チェネーレに向け、《リミット・リバース》を発動。こいつでさっき墓地に落ちた《ワンショット・キャノン》をチェネーレの場に特殊召喚する。藪蛇ってやつだよおまえ等の攻撃は」
『おおっと! 倒されたことを逆手にとって、《ワンショット・キャノン》をデリバリーっ!』
 しまった。思わず声が漏れるがまだ終わらない。ここからは"灰燼二十面葬(フルタイム・アンダーテーカー)"チェネーレのターン。十でも二十でも黙々と燃やし続ける寡黙な葬儀屋は今日もゆく。無言のドローから《リミット・リバース》。自分の墓地に転がっていた《ワンショット・キャノン》を釣り上げる。
「一人一殺、二機二発、惨禍惨状、死して屍死の肥やし――五造六訃(チェーン・フレイム)
『コンビプレイが炸裂! 2機の《ワンショット・キャノン》がデカ物(ファッティ)の脂肪を打ち抜いて、爆散炎上ライフもごっそり巻き込まれぇっ! 幾ら造ろうが全部燃やしてサヨウナラ! その炎は消えず! 打ち終わった《ワンショット・キャノン》をリリース、この動きは!』
「今日も決めてこい、チェネーレ!」



Flamegear - Shiryu Favorite Attack

"灰は灰に、塵は塵に、札は心に(Ashes to ashes, dust to dust, card to deck.)"



『チームフレイムギアのお家芸、《炎神機−紫龍》が燃やしきった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜! 勝ったのはチームフレイムギア! 優勝おめでとう!』
「地縛神の直接攻撃と並び称される炎神機の貫通攻撃。最近は人材不足等と言われているが、西のナンバー2は健在ということか……ん? どうしたミィ」
 言葉が出ない。圧倒された。これがカードショップ? 脚が固まって動かない。
「わかったわかった。一段落するまでそこで見てろ。それはそれでお勉強になる」

――
―――
――――

「いらっしゃいませ。当店は決闘者を歓迎いたします。ごゆっくりお楽しみください」
 芝居がかった口調に一瞬面食らったが、すぐに冗談だとわかる。
「リードさん、いつもはそんなこと言わないんでしょ、絶対」
「ばれたか。ま、適当に楽しんでいけよ。おれの店だからな」
「いつおまえの店になったんだここは。単なる下っ端だろ」
「うるせえよラウ。いつかおれは西のカードショップを、世界をこの手に……」
 Team BURSTのリーダーにして 『ヤタロック』 の第二級特別店員。それがリードの肩書きである。公営カードショップの店員なので公務員にあたる……のかというとそうではない。カードショップの性質上、世知に長けた在野の人間を雇うメリットもある。そういうわけで適当にこさえられたのが第二級特別店員という謎の身分。ラウ曰く 「単なる下っ端。バイトと一緒」
「そういえば店長はどうした? 下っ端だけでいいのか?」
「仏の店長なら、築地でカードの目利きしてるよ。おれだけだ」
「西部五店長の1人にして【お客様当店は呼吸を禁止しております(ゲスト・クラッシャー)】を謳われた、鬼のパルチザン・デッドエンドも耄碌したな。こんなのに店を任すとは」
「お客様お客様、今すぐ店から叩き出してやろうか」
 ラウはリードの文句を受け流し、軽く耳打ちする。
「ミィの調子は上々だ。それなりに場数も積ませた」
 ラウは、ミィが効率よく学習できるよう、常に、ミィよりも格上の決闘者をあてがう道を選んだ。結果、リストが黒星で埋まったものの、ラウはそれなりの手応えを感じていた。
「実際に色々教えてみると、思った以上に飲み込みがいい。体格は如何ともし難いが、育成と運用次第では "次の機会" に間に合うかも知れない。おまえにも、そろそろ真面目に働いてもらいたいが」
「わかったよ。それでミィ。ここはどうだ? 中々楽しそうな場所だろ」
「はい! それで、今日はなにをするんですかラウンドさん」
 ミィはウキウキしていた。ラウの指導でへばりにへばってはいたものの、カードショップに行くと聞いて昨日から待ちかねていたのだ。大抵のことなら耐えられる、ミィはそう思った。
「簡単だ。今日はここで友達つくってこい」
「へ?」 聞いた瞬間、ミィの体温が2度は下がる。
「ななななんでカードゲームと友達作りに関係があるんですか!」
「おおありだ。カードゲームにおいて人脈が不要な状況などない」
 ラウの言葉にリードも続く。 「そういうことだミィ。デュエルにトレード、情報収集。なにをするにも繋がりは大事だ。勿論、決闘者同士でなきゃあんまり意味がない。その点カードショップはうってつけ。おれがここで店員やってるのはそういうのも兼ねてるんだぜ」
「リードさんやラウンドさんと一緒にいれば、それでいいんじゃ……」
「狭い世界に閉じこもっていても成長はない。甘えるな。輪は自分でつくれ」
 新天地に越してきた者がみんなそうするようにミィはあたりを見回した。
 カードユニットの購入・売却・交換。フリーデュエルに勤しむ者達。
 ミィは1つの結論に達する。
「無理です」 それはもうきっぱりと。
「なにが無理なんだ」 「壁があります」
「壁?」 「みえないんですか、あの壁が」
「わけのわからないことを言うな、馬鹿」
「付いてきてください。せめて、せめてご一緒に。それなら」
「馬鹿野郎。大体もう中学生だろ。おまえは園児か。違うだろ」
「この際園児でもいいです。だって、だってあれ……」 「なんだってんだ……ったく」
 ラウがもどかしそうに促すがミィは動かない。動けない。動けるわけがない、と、思う。
 困惑する2人にリードが助け船。 「わかったわかった。ミィ。要するに新参で声がかけづらいんだろ。気持ちはわからんでもない。初めてだもんな。みんなほんとは気のいい奴らなんだが最初だと気後れするのもわかる」 ミィは久々に思った。なんていい人なんだろうと。
「それならおれの友人に声をかけるといい。これからのこともある。付き添いはしないが、困ったらおれらの名前を出せばいい。きっかけがあればどうにでもなるだろ」
 リードの提案を受けてミィは躊躇いがちに頷いた。それならなんとか。頑張れないでもない。傍らではラウが 「甘やかすな」 と言いたそうにしているがそんなことは知ったこっちゃない。
「おれらも鬼じゃない。第一、合流時間を大会終わってからにしたのは大会前でピリピリした連中とバッティングしないようにするためだ。これでもちゃんと考えてるんだぜ」
 頼もしい。そして嬉しい。途端に自分のことが恥ずかしくなる。勇気を出さなければ、そういう気持ちになる。ミィは勇気を振り絞って言った。 「ご友人というのは……」。
「そうだなあ。大会終わって店に残ってる奴でいうと……お、あれあれ。あそこのドレッドヘア。 『気は優しくて力持ち』 って言い回しを擬人化したような奴だ」
 どれどれ。ミィはリードの指す方をみる。それは190センチ台の大男であった。一瞬怯むミィだがリードの言葉通りなら怖いのはみためだけ。大丈夫。大丈夫……。
「畜生! ぶっ殺してやるうううううううううううううううううううううう! なんだあのドローは! ちゃんと引かせろと言ったろ? なあなあいつになったらわかるんだ? え? 頑張った? おいおい。言い訳するのか? 俺はさ。なにもおまえを責めたいわけじゃないんだ。ただなんていうかさ。誠意をみせて欲しいんだ。だってそうだろ。ほんの24枚残ったデッキから1枚の《ブラック・ホール》を引かせるだけなんだ。それをミスるのはおまえが決闘放棄をしていたとしか思えないだろ。俺なんか間違ったこと言ってるか? わかれよ。え? おれのプレイング……この役立たずのデッキが! 死ね!」
「なんなんですかあの人。自分のデッキを床に投げつけて死ねとか言ってるんですけど」
「 『リセットの魔術師』 の異名を持つガッポリーニ・クラムチャウダーだ。いい奴なんだがたまに見境がつかなくなることがある。今日の大会では酷かったからな」
「大会直後ならピリピリしてなくて大丈夫って言ってたじゃないですか」
「ちょっとした計算違いだな。だがよくみろ。この店にくる決闘者はアフターケアが違う」
「ごめん! 本当にごめん! 俺、なんていうかムシャクシャしてて。それで……2度とおまえに暴力はふるわないから! 本当にごめん! この通りだ!」
「でた! ガッポリーニ・クラムチャウダーの十八番 『土下座の創世記』 。デッキに向かって土下座することで、気分を一新して次に望む大技。それだけじゃねえ。投げつけても困らないよう、予めデッキに対ショック用の樹脂でできた素材をあてがっている。よし、いってこいミィ。友達になるんだ」
「暴力振るうだけ振るったあと離婚を突き付けられて、土下座して許してもらおうとする駄目な亭主じゃないですか! 絶対反省してない。嫌ですよあんなの!」
「あれはあれでいいところもあるんだけどなあ。第一印象が悪かったか。しょうがない。次だ。あいつなんてどうだ? あいつは所謂草食系だから。暴力なんてふるわないぜ」
「今日も毛並みが綺麗だよジェイク。わたしが背中を舐めてあげよう。ぺろぺろぺろ。いいよお。最高だ。大丈夫さジェイク。君の寿命は短くなんかない。副作用なんてないのさ」
「なんかホログラムの背中ってか《ジェネティック・ワーウルフ》の背中舐めてるんですけど」
「いけないお店で売ってる人形を改造してワーウルフっぽく仕上げてから決闘盤とリンクさせ、人形にホログラムを重ねてるんだ。あいつは 『妊み暮らしのバリエッティ』 。モンスターに過剰な愛を注ぐ決闘者なんて今日日珍しくもないが、あいつの面白いところは通常モンスターとの間に絆を求めたことにある。奴は言った。通常モンスターのテキスト欄には大幅に余白がある。ならば妊娠の余地もあるのではないかと。よし、ミィ、あいつと友達になってこい」
「嫌です。第一《ジェネティック・ワーウルフ》はどうみても雄。子供産めないでしょ」
「馬鹿野郎! バリエッティはなあ。遺伝子操作を受けた《ジェネティック・ワーウルフ》の境遇に同情して、そして子供を産ませようと決心して、そして雄であることにも三ヶ月経ってから気がついたんだ。哀しい運命さ。それでもあいつは《ジェネティック・ワーウルフ》の出産を信じてるんだ!」
「……素晴らしいと思います。だけど、だけど他の人を紹介してください」
「そうか。残念だ。それじゃ野試合やってるあいつなんてどうだ?」
「あ、普通。よかった。ああいうのですよああいうの。よかったあ」
 ほっと息をつくミィ。が、たちまちその顔が青ざめる。
「なんであの人いきなり服を脱いでるんですか! 信じられない」
「バズーカ・グランドゴースト。あいつは派手なデッキで魅せることを至上の喜びとするタイプの決闘者だった。しかし派手なデッキは重い。どんな派手なデッキも、動かせなければ喝采を浴びるどころか罵声を受けるのが決闘の常というものだ。いつまで経っても重いデッキを満足に扱えなかったあいつは、ある日斬新な結論に達した。デッキが重いならコスチュームを軽くすればいい。デッキの重さをコスチュームの軽さで相殺する逆転の発想。そう、あいつは脱げば脱ぐほどデッキがまわる。付いた渾名が 『放課後の露出魔』 。所謂オカルト系決闘者の中でもあいつはかなりの成功例と言える」
「人間としての壮絶な失敗例にしかみえないんですけど」
「さあいけ。あいつと交わってこい」 「お断りします」
「人格者の中の人格者だぞ。なぜ嫌がる」 「嫌なものは嫌!」
「おまえな。いくらなんでも我が儘言いすぎだぞ」
「だって変なのばっかり紹介するんだもん」
「馬鹿野郎! 人様に向かって変なのとはなんだ。じゃあ1人でいってこい」
「やだ!」 「やだじゃない!」 「やだ!」

※しばらくお待ちください


(ああ、やってしまった……また……嫌いになりそう、自分のこと)
 ミィは隅で1人立ち竦んでいた。ラウがリードに疑問を呈する。
「あいつ、なんであんなにビビってるんだ? まったく意味がわからん。おれはここ数日、あいつに実戦訓練を積ませてきたから知っている。教訓になるよう常にあいつよりも格上と決闘させてきた。結局1勝もできなかったがそれは問題じゃない。あいつは知らない相手とそこそこ渡り合うことができたんだ。なのになぜ今更あいつはあんなことを言うんだ? 意味がわからん」
「ラウ、なんでもやれるおまえにはわからないかもしれないがそういうこともある。おれもちょっと意外だったけど。あいつ、もっと大胆な奴だと思ってたんだが……」
「同感だ。今更なんで躊躇うことがある。わからん奴だ」
「そういや、わからんといえば少し気になったことがあったんだった」
「なんだ?」 「おれさ、テイルと一緒に受身の取り方教えてたんだが……」
「それが?」 「上手すぎるんだ、あいつ。不思議なほどサマになってる」
「なるほど」 「あいつは、こう、普通かと思ったら妙に技能が偏っててな」
「年が年だからある程度覚悟はしていたが……よくわからない奴だ」
「どうしたもんかなあ。え? なに? 機材の調子が悪い? しょうがねえな。すまんラウ。あとは任せる。あんま怒りすぎるなよ。わかったわかった。今行くから!」
 糞店員と罵られながらリードは客の元へ向かう。残されたラウは一人溜息。ミィの元へ向かう。完全に人と話すことを諦めにかかってるミィを目の当たりにしてもう一度溜息をつく。
「どうしたもんかな」 処置に困るラウだが、そこに偶然助け船を発見する。
「あれは……チームアリーナ。あいつらがいたか。あいつらならいいだろ」
「あれあれ! あれ欲しい!」 「無理無理お金ないから。どうせ使えないし」
「上級使えるようになってからいいなよ、コロ」 「なによ同じ穴のケツの癖に」
「その言葉間違ってるし卑猥」 「コロちゃんいつもそれだから」 「うるさ〜い」
「わたしと同じくらいの年。3人もいる。もしかして、あの娘達も決闘者なの?」
 いるんだ。そんなの。自分のことを棚に上げて驚くミィ。
「おれも数えるほどしか喋った記憶がないんだが、ショートカットで《シャーク・サッカー》を模した髪留めをつけているのがコロナ・アリーナ。長髪をそのまま下に降ろして太いフレームの眼鏡をかけているのがシェル・アリーナ、一番幼い顔付きでサイドテールにしているのがティア・アリーナ。年齢も、今言った順で良かった筈。ここにはそんなに来ないんだがそこそこ有名な三姉妹だ。実力は兎も角、見た目が見た目だからな。遠巻きに眺めてるだけの連中が腐る程いるというか腐っている」
 確かに見目麗しい。そして一つ確実に言えることとしてミィよりも明らかに発育が良い。特にシェル。おかしい。後で聞いた話だが、ほぼ同い年らしい。なのにこの違いはなんだ。それは横に置くとしても、ミィは明らかに狼狽していた。歓喜とも恐怖とも付かない感情が滲み出るほどに。
「よかったな。あいつらなら大丈夫だろ。すっかり慣れてたから普通に思ってたけど、よくよく考えると 『妊み暮らしのバリエッティ』 や 『放課後の露出魔』 は話しかけにくいよな。あいつらも一歩間違えれば変態だ。よし、行ってこい……っておまえどこにいくつもりだ」
「いや、あの……グランドゴーストさんのところに行こうかなあと……」
「なんでだよ。同年代の同性のところに行くより 『放課後の露出魔』 の方がましなのか? あいつをよくみろ。格子状に布がくりぬかれたあの服。あんなの着るのは 『放課後の露出魔』 か、そうでなければ変態だけだ。おまえの基準がさっぱりわからん」
 『わからない』 その言葉の重みをラウはこれから知ることになる。
 話の発端はこの十数分後、かの三姉妹が歩いている時のことだった。

「なんかね。今日は勝てる気がするの。なんか、こう、秘められたパワーが目覚めそう」
 コロナが手をかざしてひらひらと。シェルが呆れた視線で合いの手を入れる。
「いつもそれ言ってるよね。もう少し現実的にいかない? ライフを半分まで削るとか」
「自分の可能性をちっちゃく見積もるのはよくないと思うの。夢はでっかく一連勝!」 
「それってでかいのかな。コロがそれでいいならいいけど」
「クールぶっちゃって〜。本当はす〜ぐ熱くなるのに」
「今すぐ熱くなろっか」
「お断りしま〜す」
「あれ? そういえばティアは?」
「すぐいなくなるからね。昔から」
 2人は 『昔から』 の具体的な中身を思い出す。あんなことにこんなこと、果てはそんなことまであった。最後は熱〜〜〜い謝罪でしめくくられる記憶。5〜6秒の無言の後、彼女達は意を決した。
「探すよ! シェル!」
「なんかやらかす前にね」

 結論から言えば手遅れだった。

「ティアったらなんでぶつかるかなあ。ごめんなさい。あの、妹が失礼しました」
 コロナが謝り、それに次いでシェル・ティアも謝る。しかしこの日は相手が悪かった。
「おいおい。どんな馬鹿がぶつかってきたかと思ったら名前負けのアリーナちゃんか」
「兄貴への、殿方に対する尊敬が足りないよなあ。殿方をちゃんと敬ってたら、たとえぶつかりそうになっても身体が反射的に弾け飛ぶんじゃないかなあ。なあ兄貴」
 ビッグ・ブラザー&スモール・ブラザー。言わずと知れたブラザー兄弟。彼らは今日も、ノースリーブから湧き出るように盛り上がった上腕二頭筋を誇示するかのように、身体を大きく開いてい歩く。その開かれた巨躯にぶつかったのはティア。客観的にみれば、7:3でいきなり走りだしたティアが悪い。それを見たコロナとシェルが一緒に謝った。そういう構図。
(この人達、当たっても痛くも痒くもないからって避けなかったんじゃ)
 ぶつかってしまった非があるので口には出さない。それでもコロナの眼にはそういう風に映った。巨躯であっても決して肥満ではない。機動力もそれなりに維持されている筈の筋肉。むしろ傷を負ったのは筋肉の鎧に弾かれたティアの方である。
「困るんだよなあ。我が物顔で走り回られちゃ。ここは漢の世界なんだ。昔からカードショップと言えば筋肉と浪漫に生きる漢の砦と相場が決まっている。なんでこんなところにいるのかな。ファンかな? そういえば今日は大会だったもんな。サインでももらいにきたのかな」
 コロナは抗議したい気持ちをぐっと抑えた。彼らは知ってる。間違いなく知ってる。最初に 『名前負けのアリーナ』 と言った時点で知っている。知った上で小馬鹿にしている。
「大会に出場してたの私達。目が悪くてみえてなかったかもしれないけど」
 シェルは他の2人程忍耐強くない。コロナが静止する暇もなく言い返す。しかし――
「ん? ああ思い出した。一回戦で無様に瞬殺された雑魚の中の雑魚。チームアリーナじゃないか。あのときの生臭い空気ったらなかったな。なあスモール」
 口から吐く息が臭い。酒の匂いだ。それも相当な量。
「瞬殺されそうになると 『空気読め』 とか周りの歓声がウザいウザい」
「決闘は格闘技だ。お飯事じゃないんだよ。あ? なんだその眼は」
 コロナはいつの間にか自分が睨むような目つきになってしまっていたことに気がついた。不味い。そう思う。こういうときはやり過ごすのが一番なのに。悪酔いした豪傑はタチが悪い。そしてもう1人。
「その贅肉という贅肉から血を全部抜いてたっぷり48時間天日乾燥してから犬の前に放り出してやろうかこのナチュラルボーンブロイラー」
 シェルが聞き取れないぐらいの小声でボソボソと何か言っているのに気が付いた。何を言っているのかは間近のコロナですら良く聞き取れないが、何を言いたいのかは長年の付き合いで大体わかる。 「骨という骨を引っこ抜いてからロードローラーの前に放り出して漏れなくピザ生地にしてやろうか」 とでも言ってるに違いない。こうなるとシェルは不味い。爆発寸前。
「あ? なんだ? 小声でボソボソと。言いたいことがあるならはっきり堂々と言えばいいんだよ。そうかいそうかい。お手本代わりに俺がはっきり言ってやろうか。目障りなんだよおまえら。女が決闘やった結果がこれなんだ。わかれよ。邪魔なんだ。邪魔。言葉わかるか? 邪魔なんだ」
「ざけんな。あんたたち……」 シェルがなにか言おうとしたときにはもう遅く。
「ふざけるな! なにが邪魔よ。そっちだって一回戦で負けた癖に」
「コロ!?」 「コロちゃん不味いって……」
「確かにシェルは "兎に角カルシウム足りてない系女子" で、ティアは "明後日の方向向きまくり系女子"だけど、そういう言い方ってないと思う。今のは謝るべきだと思う」
 コロナは他の2人から言わせると "気がついたらなんか首突っ込んでる系女子" である。驚くシェルと脅えっぱなしのティア。当のコロナは言った先から後悔している。
「おいおい。難癖付けちゃうかあ。一回戦? ああそうだ。一回戦で負けちゃった。さてさて対戦相手は誰だったかなあスモール。やっぱりどこぞの弱小だったのかなあ」
「記憶を辿るとTeam FlameGearだったかと。あれれ? あいつら優勝したんじゃなかったかなあ。優勝したよねえ兄貴。優勝チームと闘ったのかあ」
「事実上の決勝戦。二回戦ボーイに瞬殺されたどこぞの小娘とはわけが違うなあ」
「そういえば。どこぞの小娘が瞬殺されなけりゃ、次に試合した俺達もペースを乱されずに済んだのになあ。これはちょっと責任問題に発展するんじゃないかなあ」
「それだよスモール。本当は勝ってた筈なのに。おまえらがちょろちょろしてるから」
 いい加減にしろ。抗議しようとしたコロナの腕をビッグが掴み、顔を近づけ息を吐く。臭い。
「俺達は何も、おまえらに消えろと言ってるんじゃない。寛容な筋肉の持ち主だからな俺達は。決闘者面するんじゃないと言ってるんだ。外で出待ちでもすればいいだろう女らしく」
 パチンという音が店内に響く。コロナの平手打ちだ。ビッグの息が熱くなる。
「こっちが寛容な筋肉をみせてたら調子にのりやがって。このガキが!」
 ビッグが腕をふりあげるが、それを掴む者が1人。騒動に気づいて駆けつけたリードだ。
「当店は決闘者の皆様に健全なデュエルライフを提供する為の施設です。騒ぎはほどほどに」
 やや控えめな忠告とは裏腹に、リードは威嚇するようにビッグをみる。
「おっとこれは店員さん。ちょっと待ってくださいよ。決闘者の為の施設なんでしょここ。あいつらを決闘者と認めていいのかい? 女は決闘盤持っちゃいけないんだよ。覚悟もない。矜持もない、ピーピー五月蠅いだけで都合が悪くなったらすぐ泣いて、安い映画ですぐに泣く」
 吐く息が臭い。敗戦後しこたま飲んでいたらしい。言われたい放題の3人は一様に悔しがるがこれ以上動かない。店を預かる形のリードとしても、これ以上の騒ぎにはしたくないところ。しかし目の前の2人に遠慮する様子は微塵もなかった。それどころか悪化する。
「おいおいこいつリードだぜ。コアラで玉砕したあのリードだ」
「なんだよあいつか。試合みえてない奴に漢の筋肉を語ってもしょうがなかったな」
「この野郎」 お客様からこの野郎への三段飛ばし。リードが動こうとしたその時。
「ビッグにスモール、1人の友人もどきとしておまえ達に文句がある」
 ジャック・A・ラウンド。その後ろにはやや離れてミィが隠れるように。
「ラウか。おまえには関係ないだろう。貴様の横槍など要らん」
「ちょっと待って兄貴! こいつもコアラの仲間だ」
「お仲間の加勢に来たのか? 女々しい真似を……」
「おいラウ。手を貸さなくていい。自分のケツは……」
「なにか勘違いしているようだが、おれはこのリードとかいう名前の、身の程知らずの駄目人間のことなどどうでもいい。むしろ、この駄目人間が正当な評価を受けて少しばかりすかっとしているところだ。敢えて補足するなら、この男は試合どころか周囲360度は勿論過去現在未来に渡ってあらゆるものがみえていない。その点については何の文句もない。あるわけがない。正当な評価だ」
 ラウは、あんぐりと口をあけて絶句するリードのことなど知らんとばかりに切り返す。
「アリーナ三姉妹に対する侮辱は今すぐ撤回しろ。世界の恥だ。草の根一本から空気中の水蒸気に至るまで、おまえ達の愚かな振る舞いで負い目を感じるのは理不尽だと思わないのか」
「おまえ、あいつらを庇うつもりか。ああ?」
「事実を尊重しろと言っている。彼女達は立派な決闘者だ」
「「ラウンドさん」」 一番意外そうに声をあげたのはコロナとミィで。
(立派な決闘者。初めて言われた) (立派な決闘者。そんなの言われたことない)
「そうかいそうかい。おまえはそういうやつだったよな。ラウ。おまえはいつだって気に入らなかった。躊躇いもなく、節操もなく、サークルやゼミを渡り歩く。予習も復習もするがおまえには思想も信念もない。その癖にいちゃもんだけはつけてくる。それなら証明してみせろよラウ。決闘でな。この前と同じタッグデュエルだ。どうだ? んん? その女共は決闘者なんだろ?」
 そこまで聞いたラウは一旦ビッグに背を向け、三姉妹の方を向く。
「コロナ君、あいつはあんなことを言ってるわけだが君の考えを聞きたい。出過ぎた真似をしたようなら謝罪して引っ込むが、もしその気があるならこちらにも協力を惜しまない準備がある」
 ラウとコロナの眼が合った。コロナは迷う。迷ったが、しかし、もう引き返せないと思った。自分が平手打ちを決めた時点で、既に決闘盤は投げられていたのだから。
「やります」
 合意が成立。置いていかれた形のリードが耳打ちする。
「おいラウ、あいつらはどうも酔ってる。そこまで大事にするな」
「おまえは本当に愚か者だなリード。あいつらが年がら年中どうしようもない人間でないことはおれも知っている。それがどうしたというのだ。酔っていたらなにをしてもいいのか。それにあいつらのあれは本音だ。そろそろうんざりしていたが、どんな醜い本音でも内に抑えてる間は構わない。内心の善悪などこの世においては割とどうでもいいことだ。一々咎める必要もない。しかし管理に失敗した奴は別だ。やつらが酔っているというのなら目を覚まさせる。それが道理というものだ」
「それにしたっておまえに関係あることじゃないだろこれは」
「一理ある。物事は当事者に任せてしまった方が良い結果を導くこともあるだろう。しかし今回の事例においてそうは思えない。確かに今回、知り合いが道に捨てた空き缶を目撃した程度の因果関係しかおれにはない。しかし、それでも需要があるのなら、ゴミ箱に入れ直すのも悪くはない」
「いやに優しいじゃないか。おれに対しても少しは優しくしてもらいたいもんだが」
「何事もケースバイケースだ。おまえには一切遠慮しない条件で入ったはずだが」
「勝手にしろ。おれはもう手出ししないからな。ちゃんと解決しろよ」
 リードは ― 店員らしくないことに ― 半ば匙を投げたように距離を取る。
(正義に道理か。おまえのやることはいつだっておれよりは正しい。くそ、なんだってそんな奴がわざわざ西の果てまでやってきておれのチームにも入り、そんでいざこざの助太刀なんてやってんだよ)
 リードと話し終えたラウは眼鏡を外すと決闘盤にセット。決闘盤を起動する。
「コロナ・アリーナ。今から君のことをなんと呼べばいい」
「コロナでいいよ。お願いします。あの、あたし……」
「あいつらを叩きのめしたいか?」
「……はい!」 「ここに立つ以上は善処する」
 それは真意を問いただすための質問というよりは確認、あるいは儀式だった。本当は屈したくない、あの時あの眼はそう語っていた。既に勝負は始まっているのだ。
「それで、あの人達と一体どうやって闘えば……」
「どう転んでも急造タッグだ。この場で細かい戦術の打ち合わせなどしても途中で齟齬をきたすのが関の山。決めておけば決めておくほど不慮の事態にも対応できない。それよりも」
「それよりも?」
「こういうとき必要なのは戦術よりも方針だ。方針を共有していれば困ったときお互いがどう動くかを読みやすくなる。そしてこれは君の決闘を証明する為の一戦。ならば君のフィールドを最優先するのが道理というもの。今まで培ってきた君のフィールドをあの筋肉馬鹿に遠慮なくぶつけてくれ。おれのフィールドはそれに合わせて動く。そう方針を決めておけば、少なくともくだらない失敗は防げる」
「あたしのフィールド……」

 この世界に特定のフィールドなどという物は存在しない。
 大会会場には線が引かれている。地縛館内にも線が引かれている。
 しかしそれは、便宜上引かれているに過ぎない。言わば待ち合わせ場所。
 フィールドは常に動いている。決闘盤を持つ決闘者と共に動き続けている。
 動き続けるフィールド同士がいつかどこかで巡り会いほんの一時繋がれる。
 決闘者同士の「絆」とは、己のフィールドとフィールドを繋ぎ合わせることに他ならない。

 そう。決闘者は自分のフィールドを持っている。10を超えるゾーンで構成されるそのフィールドは決闘者の決闘者による決闘者の為のフィールド。決闘者とは一国一城の主である。決闘者は1つのフィールドに2人ないし4人がかりで "入れてもらう" のではない。チンケなスケールでなぜ闘える。彼らはお互いに自分のフィールドを持ち寄って、繋ぎ、闘うのだ。いつでもどこでも誰とでも。自由にして孤独。孤独にして自由。それが決闘盤導入以来の、決闘者の信念であり伝統であり、決して揺らがぬ矜持である。チームデュエルを至上とする西においてさえ、決して破られぬ不文律――

 世界(フィールド)決闘者(デュエリスト)を飼い慣らすのではない。
 決闘者(デュエリスト)世界(フィールド)を生み出すのだ。無限に。

「はい! わかりました。やってみます」
「OK. ブラザー兄弟! 決闘盤を構えろ!」
「1週間前の小僧といい、つくづくガキのお守りが好きだなあ、ラウ。おまえのその顔みてるとやる気と反吐が出てくるよ。負かしがいがあるよなあ。今日はあんときとは違う。道理とやらがかかってるんだろ? おまえの泣きっ面が拝めそうだな。スモール、タッグデュエルだ! 本気で行くぞ!」
「ああああああああああああああああああああああにきいいいいいいいいいいいいいい!!」
 ビッグが振り上げた両腕にスモールが飛びつき、決闘盤を嵌め、そして退く。数日前と同じ。
「大会ではレギュレーションの問題で使えないが、野試合なら関係ない。これが俺達最強の筋肉陣形(マッスル・フォーメーション)だ。みせてやる。俺達ブラザー兄弟のマッスルデュエルを」

 ミィは考える。ことの成り行きを黙って見守りながら。
(2つの決闘盤を両腕に装着することで初めて可能になるタッグ・デュエル・フォーメーション。相当な筋力がないとあれは無理。わたしもあれに負けた。ラウンドさんとあの娘は……)
 もしあの時偶々男装していなかったら自分もぞんざいに扱われていたのだろうか。
 もしそうだとしたら、ラウはどういう態度を取っていたのだろうか。
 ラウはコロナに声を掛けた。優しく、丁寧に。
「SDTは俺が担当しよう。店員! 号令をかけろ」
「……ったく、しらねえぞ! レディー……ゴー!」

Starting Disc Throwing Standby――

Three――

Two――

One――

Go! Fight a Technological Card Duel!


 決闘盤同士の激しい激突。先攻を取ったのはジャック・A・ラウンド。運が良かった、そう思いつつも、さも当然といったようなフリをする。勝負はもう始まっているのだから。
「ドロー。モンスター及びマジック・トラップを1枚ずつ、ターンエンド」
(こづきあいで若干酔いが覚めてるか。ああいう手合いだ。酒浸りのプレイングミスを期待してもタカがしれてる。戦力的には前回よりも少し厳しいが、今日は勝利への構図を組む。それで十分だ)
「カブレラ・ドロー!」

「でた! 55枚をドローしたと言われる古の決闘者カブレラになぞらえたドロー」
「あの圧倒的力感! まるでカブレラの生き写し。56枚目のドローもすぐそこだ!」
(ラウは細身だが華奢ではない) ビッグは焦りも恐れもしなかった。
(それなりに作り込まれた身体なのは昔の付き合いで知っている。その瞬発力を活かせばSDTにまぐれ勝ちすることぐらいはできるだろうさ。だがそれだけだ)
 彼は待っている。自慢の筋肉が暖まるのを待っている。
(おまえが如何に小賢しくスタートダッシュを決めたとしても、貴様のマシンと俺のマシンでは元々のパワーが違う。フィールド上でのぶつかり合いになればその差は歴然。そして!)
「ラウ。おまえは賢い男だ。それは認めてやる。しかし賢い男というのは予想外の事態に弱い。綿密な状況分析の上に成り立つ論理、それは言わば砂上の楼閣。残酷なまでの力が突如として現れたとき、築き上げた論理は脆くも崩れ去ると言うことを知るべきだ」
「何が言いたい」
「おまえがいかに賢くても、知らない物は知らないと言っているんだ。手札からこいつを召喚する」
 ビッグは1枚のカードユニットを決闘盤に挿し込むと、露骨に筋肉を強調しながら投げ入れる。
 一見して華奢に見える四肢の骨組みは、更なる筋肉を生む為の鍛錬器具に他ならない。

Machinaz Gearframe

Attack Point:1800

Defense Point:0

Special Skill:Search&Union

「効果発動。手札から《マシンナーズ・フォートレス》を手札に加える」
(《マシンナーズ・ギアフレーム》に《マシンナーズ・フォートレス》。新型か)
 新型の到来に警戒を強めるラウ。一方、スモール・ブラザーは心の中で昂ぶっていた。
(兄貴は本気だ。今日の大会でも使わなかった大規模大会用の秘密兵器をここで!)
「このターンはまだ召喚しない。筋肉が暖まってからだ。首を洗って楽しみにしてるがいいさ」
(なるほど。少なくとも人並みにはブラザー兄弟の手の内を知っているとタカを括っていたが、知らない情報が1つあったということか。機動力・防御力・迎撃性能・そして何よりコストパフォーマンス……打点以外のほぼ全ての面でフォートレスはフォースを上回る。厳しい決闘になるか)
 ミィもそれを知っていた。高威力な大砲と堅固な装甲。再生産機能まで持っている。
(あんなのを相手にあの娘はどう立ち回るんだろう。かわいいだけじゃあの人には勝てない)
「いつも通りのポーカーフェイスか。腹は読ませないってつもりだろうがそんなものはどうでもいい。おまえが心の中でどう考えていようが俺の力は変わらない。証明してやるよ。バトルフェイズ、ギアフレームでラウ、おまえのセットモンスターに攻撃を仕掛ける。《荒野の女戦士》? 《巨大ネズミ》の下位互換、チンケな女リクルーターか。ちちくせえモンスターを使いやがる。俺はこれでターンエンドだ。次のターンに恐れおののき、精々抵抗してみせろ。できるものなら!」

「コロちゃん! 頑張ってぇっ!」 
 ティアの声がフィールドに響く。
「あたしの……ターン……」
 決闘を始め、初めて気づくこともある。コロナの手は震えていた。ここまでしてもし負けたら?
 自分の名誉は勿論妹達の名誉とラウの名誉。あのとき退いてしまえば忘れることもできた。目を背けることもできた。もう無理だ。もう逃げられない。もう眼を背けられない。そう思うと手が縮む。
「コロナ」 ラウが言葉を寄せた。 「ファーストターンだが自重する必要はない。君が君であるように、自分の決闘をすればいい。それで十分お釣りが来る。おれは嘘は言わない。敢えて風呂敷を広げたのは、畳むだけの腕が君にあると見込んでいるからだ。分の悪い賭けなどしない。自分を信じろ」
(なんか、わたしのときと違う。まるで、本物のパートナーみたいに……)
 コロナはラウをみてこくんと頷いた。もうやるしかない。そう決めた。
「《ドリル・バーニカル》を通常召喚。ここ! 《シャーク・サッカー》を特殊召喚」
 コロナの腕が動く。もう迷う必要はない。ただ攻めればいい。それしかない。
(連続召喚? ちゃんとできてる。わたし、未だにあれできないのに)
 手慣れた動きで決闘盤をまわすコロナ。やり込んだ動きだ。
「この2体でオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚」
 腕を前方に伸ばし、クロスさせたコロナの眼前に魔方陣が描かれ、新たな扉が開かれる。同格のモンスター2体によって紡がれる召喚活劇。ミィは歯を噛みしめながらそれをみる。
(嘘、エクシーズ召喚。いったいどんな強力なモンスターを)





Submersible Carrier Aero Shark

Attack Point:1900

Defense Point:1000

Special Skill:Air Torpedo



(はえ?)
 《潜航母艦エアロ・シャーク》である。
「最強モンスター召喚! コロちゃん最高!」
「ぶっちゃけもう少し他にあればいいんだけど……」
(攻撃力がたったの1900? 余程強力な効果でもあるのかな)
「リードさん、あれは……」 「ああ、あれはな。あれなんだ」
「驚かせやがって。エアロシャーク? そんな雑魚で!」
「う……」 「構うな。自分が信じる決闘をやれればそれでいい」
「ん!」 (さっきから。なんであの娘達にはあんなに……)
「《潜航母艦エアロ・シャーク》でギアフレームに攻撃。ビッグイーター!」
 双頭の牙を突き立てエアロシャークが突進。多機能高性能ではあるが、その分装甲の薄い《マシンナーズ・ギアフレーム》の胴体をぶち抜きエアロシャークが先制。ファーストダメージはコロナ。

コロナ・ラウ:12000LP
ブラザー兄弟:11900LP

「やった! 倒した!」 
 ティアが喜び、
「残り11900。長い……」
 シェルがぼやく。 
「1枚伏せてターンエンド」
 コロナがしっかりと根を張った。
 ビッグ・ブラザーが嘲笑う。
「かすり傷で喜ぶとは片腹痛い。おまえ達と俺とでは、筋肉のつくりが違うと言うことを教えてやる」
 そう言い放つとビッグは腰を落として膝に力をいれ、カブレラゾーンから瞬時にローズゾーンへ移動する。190センチオーバーの巨体とはとても思えぬほどの素早い動きだ。
「でたあ! ビッグのマッスル・サイドステップ!」
「下半身の筋肉をフルに使った反復横跳びで目にもとまらぬ横移動を可能にした」
「これではデュエル・テンポが大幅に改善されてしまうぞ! 流石はビッグ・ブラザー」
(あれだ。前回もあれにやられちゃったんだ! あの人の筋肉はやっぱり凄い!)
「ローズ・ドロー! 《太陽風帆船》を特殊召喚。リリース、《ブローバック・ドラゴン》!」
「アニキィィィィィィィィ! あのちんくしゃどもをぺしゃんこにしてやってくれええええ!」
 ミィとの決闘でも登場した、オート・ピストル型マシーン・モンスターが2人に迫る。
「攻撃力2300!?」 コロナの呻きにビッグが猛る。
「どうした? 2300がそんなに困るのか。挨拶代わりだ。まずは効果を発動!」
 "Jam Shot" 当然のように不発で終わるがそんなものは最初からアテにしていない。エアロシャークへ向かって突進するブローバック。中量級同士の激突。しかしその馬力は歴然。中量級といっても精々軽量級上位並のパワーしか持たないエアロシャークに抵抗の術はなく。まんまと捕捉されてしまう。そこから繰り出されるのは自らの伸びきった頭部(あるいは銃身)をハンマーのように叩きつける《ブローバック・ドラゴン》の十八番、ブローバック・ヘッドバットだ。
「まずは雑魚を一匹。砕け散れ!」
 光と共に鉄の装甲が消し飛ぶ。しかし、狼狽えたのはスモールの方だった。《ブローバック・ドラゴン》の顔面が粉々に消し飛んだのである。仕込み炸裂。発動したのは勿論この男。
「スモール、決闘はまだ始まったばかりだ」
「ラウンドさん!」
「大丈夫だ。君が攻める意思を失わない限りおれは君を守る」
「ふん。その程度で調子に乗るなよ。マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
(調子に乗らせてもらうさ。そうでなければ厳しいからな。これはそういう闘いになる)
 大言壮語は敗北の傷を増大させる。しかし彼は自重しなかった。ここは強気にでるのが正しい。ならばそうする以外にない。ラウはコロナを一瞥すると、もう一度宣言した。
「この勝負はこの娘が勝つ。次はおれのターンだ、ドロー!」
 残り11900。(ライフ)(ソウル)を巡る闘いが始まる。



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします
↓匿名でもOK/最近寒いんで、小学生並の感想から気合いの入ったものまでガンガンうちの暖炉を燃やしてください


□前話 □表紙 □次話


















































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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