ミィは西で生まれた。母親のリリィはミィが物心つく前にいなくなってしまった。ミィを育てたのは父親のミックだった。青春を格闘技と共に過ごしたミック。彼がミィに与えた最初の教育は本の読み方ではなく受身の取り方だった。 『拳の握り方まで教える必要はないが、何事も受身を取れなくては始まらない』 ある種独特な教育方針ではあったものの、ミィは大きな怪我もせず健康的に育った。ミックの感性は一般常識とは若干食い違っており、世間とのギャップに悩まされることも度々あったが、それでも彼は彼なりの努力を続けた。一方、ミィは一口に言えば内向的な少女であった。ミックはミィの少しおかしいところに薄々気がついてはいたが、抜本的な解決を図ろうとまではしなかった。 『女の子という生物はこんなものなのかもしれない』 その思いがミックを弱腰にした。

 ある日ミィは木に登った。登り切ってから身を投げる。怪我はなかった。父親に習った受身のいろはが確かな効果を発揮したのだ。これがミィの最初の1人遊びだった。少しずつ身投げの位置を高くする。いつの間にやら、ミィの節々は同世代のどの女の子よりも頑丈になっていた。が。飽きてきた。ミィは家に帰って二階堂電鉄をプレイする。1人で。通常は4人で遊ぶパーティゲームだが、ミィは一人四役を見事にこなした。が。飽きてきた。TVをつける。ミツル・アマギリが映っていた。開幕10秒で決闘のとりこになる。父親にちらしをみせて決闘盤をせがんだ。懇願から号泣までありとあらゆる少女的発想を駆使して頼み込んだ甲斐あって、ミィは決闘盤(及び付属品のデッキ)を手に入れる。ちらしに載っていたものとは若干中身が違うとは思ったが、親におもちゃをねだるとはそういうことだ。文句は言い辛い。それに、この、BF−激震のアブロオロスは心から格好良いと思った。ミィは親への感謝と共に投げ込みを始める。癖のあるカードが数枚入っていたこともあり、最初は扱うのに苦労したが苦痛ではなかった。1人遊びはミィの得意技だったからだ。むしろ、それなりに使えるようになってからが問題だった。一緒にやる友達がいない。友達が欲しい。一緒にデュエってくれる友達が欲しい。

 ある日。他の女の子もよくやるようにミィはなんとなく鏡を覗き込んだ。目を凝らしたり、ぼんやりと見たり、そうこうしてる内に眼の中の像がぶれていく。ミィの未成熟な身体は、男子と比べてもみかけの上ではそう大差ない。スカートを履かず、男子が着ていても然程不思議ではない服装で固めれば尚更だ。そうすると、ぶれた像が段々と男子にみえてくる。男子とは異性だ。異性とは他人だ。
 "絆" が発見された。名前はテロ。テロ・ヘルコヴァーラ。
 偶然の出会いに感謝しつつミィはテロとすぐに仲良くなった。不思議と、テロにはミィの気持ちが伝わるような気がしたのだ。偶然にもテロは決闘が好きだった。折角の機会ということも手伝って、ミィはテロに決闘しようと持ちかけた。なんとなく拒絶されないような気がしたのだ。果たして彼は決闘を承諾した。嬉しそうに。偶然にもテロが使うデッキはミィと同じものだった。偶然にも何から何まで似通った2人。違うのは性別と利き腕と、後は決闘の腕前(?)くらいのものだった。決闘の日々が始まる。もう1人じゃない。テロはミィよりも上手く、ミィの動きは悉く読まれてしまったが、ミィにしてみればいい目標だった。練習効率も上がった。テロに勝つためミィは練習時間を増やした。独学故の歪さはあったものの、ミィの腕は少しずつあがった。幸せだった。

 本当に幸せだった。


「1つ聞いていいですか?」
 ブラザー兄弟との闘いを終え、ベンチに座ったラウを相手にミィが聞く。ミィの質問にはひれがついていた。正確には、後から考えるとついていたようにも思える。
「エクシーズモンスター。使えたんですね、ラウンドさん」
「種類は多くない。少し疲れるのがネックだが、奇襲用としては悪くない。《精神操作》も、エクシーズシステムがなければ使う気はしないよ。それがどうかしたか?」
 ミィは一瞬躊躇った。聞かなければ曖昧なままにしておける。
 聞いた。
「わたしとラウンドさんでタッグデュエルした時……あの時、もしかしてブレード・ハートを召喚できたんじゃないですか? もし召喚できていれば……」
 内心、ラウは少し驚いた。ミィの言うあの時とは、《ガガガガードナー》で《マシンナーズ・フォース》の攻撃を受け止めた、あの局面に違いない。《ガガガガードナー》には、手札を1枚捨てることで戦闘破壊を免れる効果がある。《マシンナーズ・フォース》の攻撃を一旦受け止めてから、返しのターンに2体の戦士でエクシーズ。ブレードハートを展開すれば確かに勝てていた。ミィはそれに思い至ったのだ。
「勝てていたな。だがあれは練習試合。そんなことは些細なことだ」
 暗に認めたような台詞だが嘘は吐けない。事実、あの時ラウは手札に戦士族を抱えていたのだから。出そうと思えば出せた。勝とうと思えば勝てた。それだけではない。他にも ――
「……」 「練習試合だからあの場はおまえに任せた。それだけの話だ」
「なあミィ。あの三姉妹に声をかけてみたらどうだ。決闘観てたろ」
「観ました」 観た。できることとできないこと。その全てを観た。
「同じくらいの年代で切磋琢磨する経験。得る物もある筈だ」

「ラウンドさん! ほんっっっと〜〜〜にありがとうございました! イエス!」
 その時が来た。幾分冷静になった三姉妹がお礼を言いに来る。ラウはいつもの調子で応対した。
「何がイエスなのかは知らないが、礼を言われるようなことじゃない。よくよく考えると、単に日頃からストレスが溜まってて、その捌け口をあいつらに求めただけかもしれない」
「うぅ〜んと〜じゃあ〜格好良かったよ、ブレード・ハート」
「ありがとう。君の決闘も素晴らしかった」
「ラウンドさん凄い上手いですよね! 私にも決闘教えて!」
 ティアの踏み込みは速い。踏みこめばいいとすら思っている。
「そういうこと言うんだ。言っちゃうんだ。あーあーあー言っちゃうんだーへーへーへー」
 シェルが露骨に嫌そうな顔でティアをみる。それなら自分が習いたい。
「いいじゃん。こういうのは言ったもん勝ち」 「その先走りで今日は……」
「はいはい。あたしが代表して習っておくからそれでいいでしょ」
「くたばれ……」 「駄目!」
 わいわいがやがや五月蠅くなって。影に引き籠もったミィがなんとも言い難い視線をラウに投げかけている。他方、少し離れたところでは血に飢えたカードゲーマー達が涎を垂らしながら血走った視線をラウに送りつけ威嚇していた。当のラウは、真顔で対処法を考える。
(ミィ1人でも死ぬほど持て余しているのにこの上3人は流石に困る。店員のリードお兄さんに押しつけるか? いやしかし、それは正義にもとる気がしてならない。腐っても、西で長年やってる二桁ランカーではあるが、あの大雑把な人間に一体どれだけのことが任せられる)
「その話はまたいつかにしよう。それより、君達に紹介したい娘がいるんだ。おい……」
 コアラを投げるしか脳のない男のことは一旦忘れ、ラウはミィを影から引っ張り出す。一瞬逃げようとするミィだが、即座に回り込んで無理矢理引きずり出す。
「うちのチームの新しいメンバーだ。仲良くしてやってくれ」
「えっ!? すごいじゃんそれ。妹さんかと思ってた」
「いいなあ。わたしたちとあんまり変わらないのに」
「ほら、自己紹介しろよ。もう逃げられないぞ」
「ミィ……です」 「いくつ?」 「今年で14……」
「あたしはコロナ・アリーナ。15歳。趣味は……家事かな」
「たまにしかやってないじゃんそれ」 「だから趣味だって」
「シェル。14歳。趣味は……編み物。うん、編み物」
「嘘だから。家でごろごろするだけだから」 「黙れ……」
「え〜っと、ティア・アリーナ。13歳。兎に角よろしく!」
 Team Arenaはわきまえるべきところはわきまえている。既にミィがいることを理解すれば向こうも遠慮してくれるに違いない……適当に理由を付け一旦ラウは席を外す。女同士で語り合った方が親交も深まるに違いないから。お互い切磋琢磨させれば得るものもあるだろう。それでいいと思った。
「カードショップは1人で行けるところじゃないから。できるだけ3人で来てるんだけど……ラウンドさんみたいな人がいると心強いの。ラウンドさんは、ほんと知的で物知りで誰にでも優しくて……」
「誰にでもってわけじゃないと思う」
「あ、ごめん。聞き取れなかった。なんて言ったの?」
「なんでもない。そのスカート、かわいいね」
「あ、これ。ありがと。でもよくみると結構ほつれてるでしょ。うちお金ないから」
 ミィの表情はこの10分間ほとんど変化しない。心音だけが少しずつ高鳴って。適当に喋って話題が尽きかけた頃にコロナは言った。 「折角だからあたしと決闘しない?」 最終的には、対戦相手をミィに選んでもらうという話になった。年の近い三姉妹の呼吸。トントン拍子に話が進む。
「それじゃあコロナさんと」 「やりぃ! あ、呼び捨てでいいよ」
「観客ばっかりって疲れるんだよコロ」 「いいなあコロちゃんばっか」
 ミィは1回後ろを向いて、決闘の為の距離を取る。その顔をみたものは誰もいないが、もしこの世に全てを監視する天使か何かがいたならば、きっとこう証言したに違いない。 「小さく、ほんの小さくだけど確かに笑っていた」 そう証言していたに違いない。

                   ―― 地縛館 ――

「ミツルさんミツルさんねえミツルさん、んなもん観てどうすんすか?」
 レザールが若干うんざりとした声を発した。魔法少女マジカル☆テイル。
 ミツルが大まじめにこんなものを鑑賞する。若干耐えがたいものがあった。
「暗号のようなものが仕込まれている……ような気がする。いかにもあいつらしい」
「御言葉ですが、解いたところで 『やーいやーい馬鹿がみる〜』 とかそんなんでは」
「同意見だ」
「じゃあなんで」
「あいつに少し興味があると言ったところか」
「そういうことなら素直に試合の映像観ましょうよ」
「もっともな意見だとは思うが……」
「手練だとは思いますが、ミツルさんが気にするほどではないでしょう。例の新型カードユニットも完成しました。後は実戦調整を待つばかりです。 "潜り屋" さんも言ってましたよ。そんなことしてるのを見られようものなら折角の人気が落ちるって。西の全一らしくいきましょう」
(西の全一か。それにどれだけの ―― )
 ミツルは何も言わずに立ち上がった。
「わかった。調整を行おう。大会も近い」
「そうこなくっちゃ! それでこそ、ですよ」
 移動を始めたミツルは、ふと思い出したように。
「そうそう。テイルと言えばあの娘はどうしているかな」
「あの娘って誰です?」 「ケルドと一戦交えた娘だ」
「いましたね。中学生ぐらいの。それがどうかされましたか?」
「大したことではないんだ。ただ、最近の女子中学生は皆ああなのかと思っただけだ。ケルドの野生を喚起できる人間。それなりにはいるが、それなりにしかいない。あの娘は "それなり" の中にいる」
「どこで拾ってきたのか。あのチーム、何を考えてんのかわかんないとこありますからね」
「ああ。だからこそ要注意なんだ」

                   ―― テイルとパルム ――

「パルムくーんパルムくーん、相変わらず妙なとこにいるね」
「テイル? 直接取り来なくても、データなら送っておくのに」
「データの受け渡しを生身でやるのがいいんだ。だろ?」
「 『だろ?』 って言われても。あんたよっぽど暇なんだな」
「ラウとリードにミィを取り上げられたんだ。本業に戻るわけ」
「賞金稼ぎ? あんな小銭稼ぎが本業になるの? あんた」
「趣味と実益を兼ねてるんだよ。そんで、データは揃ったん?」
 パルムはPCのフォルダからデータを引っ張り出して開く。
 にやけ顔で覗き込むテイルと、無表情で解説を試みるパルム。
「"月下の跳人" "腕利きの化け物" 闇夜に紛れて宙を舞い、人間離れした動きでCG(カードゲーマー)を狩る。あんたが探してるのはこいつのこと? こんなのを探してどうするつもりなんだ」
「これこれ。このデータが欲しかった。それでどんな具合なんだ?」
「にわかには信じがたいけど、このデータが本物ならヤバイかも」
「それがいいんだよ。そうじゃなければ意味がない」
「趣味と実益、か。一応、あっちの方も幾つか調べてみたんだけど、あんたの言う通り神出鬼没。そういうわけだから、あんたが要求したデータをざっと纏めておいた。ここにある」
「んじゃあ、ありがた〜く貰っとく。サンキュー」
「 "跳腕のウエストツイスト" の出現予測だけ?」
「ああ、おれが欲しいのはこれだから。後は要らない」
「 "跳腕のウエストツイスト" の決闘データ。少しは集まってるけどホントに要らないの?」
 テイルは 「そっちの方が楽しいから」 とにやけ顔で返す。どうやら趣味が勝るらしい。
「いずれにせよぼくの知ったことでもないか。それよりギブ・アンド・テイク。1つ聞いていい?」
「答えられることならなんなりと」
「あの娘、あんたはどう思う?」
「おれは好きだけどなああいうの。ひたむきで、危うくて」
「危うい?」
「一見御しやすくみえて相当な頑固者だよ、あれは」
「ふうん」
「おれ、あいつとおまえさんが喋ってるところ見たいかも」
「どういう意味?」
「一目置いてるってことだよ、じゃあね〜〜」

                     ―― ヤタロック ――

「ん? 早速決闘やるのか? 案ずるより産むが易しというわけか」
 休憩を済ませたラウンドが表に出てくると丁度その場面だった。見渡したがリードはいない。ちゃんとサボらず仕事をしているらしい。自動販売機でカルピスを買い、適当に席を取り、一部始終を見届けることにする。ミィとコロナではコロナの方がやや身長が高い。もっともそれはドングリの背比べに収まる次元であり、この2人の間に絶望的な体格差・筋力差はない。強いて差を上げるなら、コロナの方が一足早く女性としての体つきを獲得しつつあることだろうか。ミィのそれは平板だ。
「よろしくお願いします」
 ミィは軽く頭を下げた。コロナも釣られるように軽く頭を下げて挨拶する。後ろではシェルとティアがぶうたれていた。ブラザー兄弟と闘った時の殊勝な態度はどこへやら。野次を飛ばすタイミングを今か今かと待ち構えている。自然体の裏返し。
「いくよ! ミィ! デュエル……スタンバイ!」

Starting Disc Throwing Standby――

Three――

Two――

One――

Go! Fight a Technological Card Duel!


 先攻権を獲得したのはミィ。先攻を取れるのは愉快なことだ。真っさらなフィールドに最初の1枚を置けるのは愉快なことだ。デッキからカードを1枚引く。いつものデッキ。いつものカード。いつものプレイ。札の調律師は理論かそれとも感覚か。ラウほどの計算能力を持たないミィには、感覚に頼る方が安全策かもしれない。フィールドの中央、モンスター、マジック・トラップを縦に1枚ずつセット。基本形。それだけで良かった。それ以外には何も要らない。ターンエンド。
(ミィはどんな決闘をするんだろう。あのチームに入るくらいだからやっぱり上手いのかな)
 映りの悪い家のTVで、前回大会で活躍したラウやテイルの勇姿をコロナはみている。ふと思った。今日は折角勝てたのに。このまま帰れば勝ったまま終われたのに。
「ミィ、いくよ。ファースト・ドロー! 《フォーチュンレディ・ウインディー》を通常召喚」

フォーチュンレディ・ウインディー(効果モンスター)
星3/風属性/魔法使い族/攻 ?→900/守 ?→900
このカードの攻撃力・守備力は、このカードのレベル×300ポイントになる。また、自分のスタンバイフェイズ時、このカードのレベルを1つ上げる(最大レベル12まで)。このカードが召喚に成功した時、自分フィールド上の「フォーチュンレディ」と名のついたモンスターの数だけ、相手フィールド上の魔法・罠カードを選んで破壊できる。


 決闘盤を放りながら、コロナは思いを新たにする。こんないい機会を逃す理由なんてどこにもない。《フォーチュンレディ・ウインディー》の効果は魔法・罠の破壊。セットを警戒したのは勿論のこと、一刻も早く手の内を知りたかった。初めて相まみえるのだから。ミィがセットを裏返す。
「チェーンリバース、《和睦の使者》を発動……します」
「あ、かわされた。流石」 「コロちゃん、頑張って!」
 マジック・トラップの発動に若干の自信を持つミィは十分な余裕を持ってチェーン。このターンの侵攻を封じる。攻撃力900とはいえ、仕掛ける気満々だったコロナは出鼻を挫かれた形になる。
(違う。同い年の娘とここで決闘するのは何か違う。シェルやティアと決闘するのとも違う)
 段々緊張してきた。あの娘はどうなのだろう。そんなことを思いつつ。
「あらら。これじゃ殴れないね。マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
 若干の認識不足がある。《和睦の使者》が打ち消すのは戦闘破壊と戦闘ダメージのみ。バトルフェイズそのものを抑え込む《威嚇する咆哮》とは異なり、攻撃宣言そのものは可能。その気になればセットモンスターの正体を今の内に掴むこともできる、というような話をラウは先日ミィにした。後でコロナにも教えておこうか。横でそんなことを考えられる程度には気楽な決闘に思えた。

Turn 3
□ミィ
 Hand 4
 Monster 1(セット)
 Magic・Trap 0
 Life 8000
■コロナ
 Hand 4
 Monster 1(《フォーチュンレディ・ウインディー》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000

「ドロー。わたしは手札から《魔導戦士 ブレイカー》を通常召喚。効果発動」
 ミィの投盤には力みがない。境遇の似た三姉妹と触れあうことで来店当初の緊張がほぐれたに違いない。ラウは、ようやく肩の荷を降ろしたように息をついた。これでいい。
 コロナは緊張の程度を更に深める。戦力を目の当たりにしたことで。
(《魔導戦士 ブレイカー》。攻撃力が1900もあるなんて)
「効果を発動。コロナのマジック・トラップを1枚破壊する」
 淡々と平板な声で。騎士というよりは狙撃手のように。
(効果を使っても1600。ウインディーより遙かに強い)
 ミィは《ドリルロイド》を反転召喚。バトルフェイズ、《魔導戦士 ブレイカー》は得意の肘鉄で《フォーチュンレディ・ウインディー》を撃破。場が空いたところで《ドリルロイド》がダイレクトアタック。連続攻撃を受け、堪らず決闘防護(デュエルガード)を展開して衝撃を抑えるコロナ。ダメージの合計は2300。序盤とはいえ決して安くないダメージ。ミィの打撃は軽い。ガードが割れるリスクこそ低いが、このままではあと3〜4発で決闘が終わる。ガークラ以前の問題。反撃しなければ。
「い〜た〜い〜けど! このぐらいじゃ負けないよ」
「……マジック・トラップを1枚。ターンエンド」

「あたしのターン、ドロー! スタンバイフェイズ。んーで、メインフェイズ……」
 攻撃力1600のモンスター2体に加え、防御用と思しきマジック・トラップが1枚。この逆三角形を突破するのは一苦労。心臓の鼓動を早めるもの。緊張感だけではない。弾む心。今日はいい日だ。本当にそう思う。長い付き合いであるシェル・ティアにもその思いは伝わっていた。
「じゃんけんにすればよかった。選ばせたらさっき決闘やってるコロが有利じゃん。騙された。騙されたこれ」
「コロちゃん楽しそう。あとで奢らせよ。絶対奢らせよ。饅頭2個。あ、やっぱ3個」
「頭悪そうなくらい嬉しそうにしてる。ああでもそういえばあの娘は真顔だよねずっと。へーへーへー」
「ラウンドさんのお弟子さんだもん。ポーカーフェイスってやつじゃない」
「それだ。ああこれ負けた。完全にコロ負けた。別に負けてもいいと思うけど。負けろ」
「2体目の《フォーチュンレディ・ウインディー》を通常召喚。効果発動」
 今度は見事《炸裂装甲》を打ち抜く。アタックチャンス到来。
「いくよ! 墓地の《禁じられた聖杯》をゲームから除外、《マジック・ストライカー》を特殊召喚。ウィンディーとストライカーでオーバーレイネットワークを構築……」
 連続動作に入るコロナ。レベル3が2体。やることはただ1つ。
「エクシーズ召喚……頑張って! 《潜航母艦エアロ・シャーク》」
 改造・連結された鮫の咬筋力。場にいるのは1600が2体。攻撃力1900を誇るエアロシャークならば十分な余裕を持って葬り去れるだろう。コロナはそのまま、息を切らずにフェイズチェンジ。2つの牙で《ドリルロイド》を挟み込む。狙うとすればこちら以外にない。
「エアロシャークで《ドリルロイド》を攻撃。ビィッグ……イーター!」
 ダメージ300。ようやくライフを削ったことでコロナの気が軽くなる。
「イエス! シャークちゃん偉い! あたしはこれでターンエンド」
「中々いい勝負だ」 ラウはすっかりリラックスした状態でカルピス片手に観戦している。戦力分析や展開予測も程々に、目の前の光景の初々しさを今更ながらに堪能した。
(それにしてもミィは口数が少ないな。まだ話しづらいのか……ん?)
 ラウはみた。静かに淡々と決闘を進めるミィが一瞬笑うのを。
(見間違いか? それにしても、どこかあいつ……)

Turn 5
□ミィ
 Hand 3
 Monster 1(《魔導戦士 ブレイカー》)
 Magic・Trap 0
 Life 7700
■コロナ
 Hand 3
 Monster 1(《潜航母艦エアロ・シャーク》)
 Magic・Trap 0
 Life 5700

 ミィは知っていた。エアロシャークが来るのを知っていた。観ていたから。ミィは知っていた。決闘を申し込まれる展開になるのも知っていた。カードショップにいる唯一の同性同年代だから。
「わたしのターン、ドロー。《デーモン・ソルジャー》を通常召喚」
 何も恐れることはなく。彼女は次の刺客を送り出す。
(また攻撃力1900。これじゃ相打ちになっちゃう)
 動じたコロナが無意識に半歩下がるが、ミィは動じず動かず躊躇わず。《デーモンの斧》を発動。攻撃力を1000ポイントアップさせる。淡々と。誰よりも。あのラウよりも淡々と。
(今のシャークちゃんじゃ相手にならない)
「バトルフェイズ。《潜航母艦エアロ・シャーク》を破壊します」
「きゃっ!」 「《魔導戦士 ブレイカー》でダイレクトアタック」
 ショートソードの一振り。確実にライフを削っていく。
「ターンエンド」

ミィ:7700LP
コロナ:3100LP

 コロナはカードを1枚引いて沈黙。ライフ状況は既にダブルスコア。 "同じぐらいの年齢なのに" "自分の方が少しだけ年上なのに" 浮かれた気持ちが少しずつ反転していく。
(ウインディーはもうハンドにない。《デーモンの斧》は割れないし、もし割れたとしても《デーモン・ソルジャー》の攻撃力は1900もある。どうしよっかな、これ……)
「強いね、ミィ」
「…………」
 投げた言葉がすり抜ける。しかしすり抜けたからといって文句は言えない。今は決闘中なのだから。相手がラウの門下ならそれも当然かもしれない。彼女は考える。今できることを考える。
(どうしよう。あれがああなってああしてこうして)
「モンスター・カードを1枚フィールドにセット。ターンエンド」
(守ることしかできないけど。焦っちゃ駄目。チャンスを待たないと)
 ラウはコロナの決闘を好ましい物に分類していた。見習いたいとさえ考えていた。
(盤面への集中力が高い。目を凝らしてチャンスを伺いここ一番に戦力を集中させる戦法。考えたというよりは自然とそうなったのだろう) 視線を真横に滑らせる。 (ミィは……妙に落ち着いている。これまでを思えば良い兆候……妙だな。あいつらしくない……ような気がする)

Turn 7
□ミィ
 Hand 2
 Monster 2(《デーモン・ソルジャー》/《魔導戦士 ブレイカー》)
 Magic・Trap 1(《デーモンの斧》)
 Life 7700
■コロナ
 Hand 3
 Monster 1(セット)
 Magic・Trap 0
 Life 3100

「わたしのターン、ドロー。《魔導戦士 ブレイカー》でセットモンスターを攻撃します」
 切り払われたのは《ドラゴンフライ》。能力を使った後とはいえそれでも1600の打点を持つ。蜻蛉の胴を切り裂くには十分な攻撃力。コロナは同名カードをリクルートしてなんとか凌ぐ。しかし、
「《デーモンの斧》の付いた《デーモン・ソルジャー》で……《ドラゴンフライ》を攻撃」
 《デーモン・ソルジャー》が両手に抱えた斧を縦に振り下ろす。切り裂くというよりは押し潰す。しもべの肉が無惨に裂ける。1500ダメージ。遂にライフが1/4まで落ち込むコロナ。首筋をぽりぽりかいて 「あーあ」 と言わんばかりのシェルと、兎に角騒々しく声援を送るティア。いずれにせよ置かれた状況は厳しい。ここからひっくり返すのは並大抵のことではない。
「《ドラゴンフライ》の効果発動。《エアジャチ》を特殊召喚」

ドラゴンフライ(効果モンスター)
星4/風属性/昆虫族/攻1400/守 900
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下の風属性モンスター1体を自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

エアジャチ(効果モンスター)
星3/風属性/海竜族/攻1400/守 300
1ターンに1度、手札から魚族・海竜族・水族モンスター1体をゲームから除外する事で、相手フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して破壊する。その後、このカードを次の自分のスタンバイフェイズ時までゲームから除外する。


(ミィはダメージを優先したようだが、コロナはまだ死んでいない。基本性能の差はあるが……)
 コロナは諦めない。諦める決闘を彼女は知らない。もっと酷いワンサイドゲームなどざらにあった。この程度、奮起する理由にはなっても諦める理由にはならない。
「マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
 ミィがターンを終える。コロナをして怖い・辛い・苦しいと感じさせるとすれば、その理由は戦力差の中にない。ラウ以上に淡々と、冷たく決闘をこなすミィの視線。今までの相手が脳裏に浮かぶ。おだて上げるにせよ唾を吐くにせよ、大半がコロナ達を軽く、分かりやすく扱ってきた。それこそが勝機であると同時に燃料であった。ミィからはそういうものが感じられない。対等な関係? 本当に?
「あたしのターン、ドロー。《ドリル・バーニカル》を手札から除外して、《エアジャチ》の効果を発動。フィールド上に表側表示で存在するカード、《デーモン・ソルジャー》を破壊。簡単には負けないよ!」
(知ってるよ、それ……)
「モンスターカードをフィールドに1枚セット、あたしはこれでターンエンド」
 ラウはふと思った。
(この決闘は静か過ぎる)
 一見すると女の子同士の楽しい決闘。何かが決定的に冷たい。ラウは自問しつつ、ミィの顔をもう一度伺う。何もおかしくないようで何かがおかしい。ラウは首を回して、今度はコロナの表情を窺った。常に全力で頑張るコロナの顔がそこにあり、ラウはほっとする。
 冷静が服を着て歩いているラウが、ほっとしていた。

Turn 9
□ミィ
 Hand 2
 Monster 1(《魔導戦士 ブレイカー》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 7700
■コロナ
 Hand 2
 Monster 1(セット)
 Magic・Trap 0
 Life 1600

 今度はミィのターン。当然、場に残った《魔導戦士 ブレイカー》で壁を狙う。《エア・サーキュレーター》。破壊されたことでコロナは1枚ドロー。なんとかしのぐ。
「マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
 換気扇が一個ぶっ壊れただけ。何も起きない。
 コロナは思いの外消耗していた。試合展開は勿論、心理的にも。シェルやティアは気づいていないらしい。向かい合ったものだけにわかる感覚。 (がんばらなきゃ) 退くわけにはいかない。
「コロ。言っておくけど負けたら飯抜きだから」 「今日はカレーだよ! カレー抜くんだよ!」
「いい加減、そろそろ新しい煽りを考えて欲しいんだけど……いくよ!」
 コロナは腕をあげ、ぐるぐるまわしながらカードを引いた。
 スタンバイフェイズ、除外ゾーンから《エアジャチ》が帰還する。
「あたしは《エア・サーキュレーター》を通常召喚。2枚戻してシャッフル、2枚ドロー」
 『ハンドを変えれば世界も変わる』 かつて凶弾に倒れた北の理想主義的決闘論者:アントニー・アレクセイが唱えた有名な格言を実践、流れを変えようと試みるコロナ。
「《エアジャチ》と《エア・サーキュレーター》でオーバーレイネットワークを構築」
 魔法陣の上を吹き抜ける風は水車を回し、双頭の鮫が宙を舞う。
「エクシーズ召喚、《潜航母艦エアロ・シャーク》。これで……え!?」
 フィールドを横に切り裂く障壁。闘わないという意思表示。2枚目の《和睦の使者》。
 両の掌を前方に掲げミィが障壁を作る。エアロシャークの侵入を許さない。
「なら! エクシーズユニットを1つ取り除いてシャークちゃんの効果を発動。エアー・トルピード!」
 潜行母艦から発射される一発のミサイルがミィの胸元に到達。爆竹のようにはじける。エフェクトで視界が悪くなる。ほんの一瞬、ミィは薄笑いを浮かべていた。
「哀しい……」
 殺気。振り向いたラウの前にいたのは、2メートルを越す巨漢。膨れあがった(まなこ)と、引き締まった頬、丸太のごとき四肢と、鉄板のごとき胸板。鎧のような肩口から伸びたハート型のエプロンと、戦車の無限軌道を思わせる重厚な足に装着されたひよこ印のサンダル。
 ヤタロック店長:パルチザン・デッドエンド。
「デッドエンド店長……」
 今となっては温厚な平和主義者で知られるパルチザン・デッドエンド。一見したところではどこにでもいる何の変哲もない西部公営闘札店五大引帝(せいぶこうえいとうさつてんごだいいんてい)の1人。しかし、その実態は単なるでくの坊に非ず。経験に裏打ちされた洞察眼で事物の本質を見抜き、何度も店の窮地を救ってきた歴戦の店長である。
「ミィといったか。少女よ、早まるな……」

Turn 11
□ミィ
 Hand 2
 Monster 1(《魔導戦士 ブレイカー》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 7600
■コロナ
 Hand 2
 Monster 1(《潜航母艦エアロ・シャーク》)
 Magic・Trap 0
 Life 1600

「ドロー」
 ライフ差は6000。ミィのリズムは不気味なほど変わらない。
「リバース、《リビングデッドの呼び声》。《デーモン・ソルジャー》」
(《リビングデッドの呼び声》まで! また《デーモン・ソルジャー》)
 ここにきての新たな1900。最早勝負は決したも同然だった。
(もう少し決闘していたかったのに、この娘と一緒にもう少し……)
(ミィの勝ちだな。あの2人で1on1ならこんなものか。それにしても……)

               "なんであんなことをしたんだろう"

「わたしは、《デーモン・ソルジャー》と《魔導戦士 ブレイカー》をリリース!」
 ラウは耳を疑った。《デーモン・ソルジャー》で《潜航母艦エアロ・シャーク》を道連れにし、《魔導戦士 ブレイカー》でダイレクトアタックを決めればコロナのライフはゼロになる。死ぬほど簡単な詰め決闘。わからない筈がない。なのにミィは、それを召喚した。



Blackwing - Abrolhos the Megaquake

Attack Point:2600

Defense Point:1800

Special Skill:Bouncewing of the Megaquake



 アブロオロス。それは驟雨(しゅうう)を伴う風であり、驟雨とは即ち、突然矢のように降り注ぐ雨のことを意味する。ラウにとってもコロナにとっても、突然の雨だった。
「《BF−激震のアブロオロス》をアドバンス召喚」
「最上級。そんなものまで……」 「嘘」 「コロちゃん」
「馬鹿な。そんなプレイがあるか。ミィ、おまえ……」
 フラッシュバック。ラウの脳裏に浮かび上がる決闘風景。《エアジャチ》の召喚を許した《ドラゴンフライ》への追撃。あの時は確かにダメージを優先したミィ。普通の二択から普通に1つ選び取っただけ……本当にダメージを優先したのだろうか。コロナの戦法と本当に同質のそれだったのだろうか。
「バトルフェイズ。いけ、《BF−激震のアブロオロス》」
「シャークちゃん!」



否翼連離の用心棒(ネガティブ・ブラック・バウンサー)

激震のアブロオロス

VS

次元装弾式陸戦魚雷(ミス・エアー・トルピード)

潜航母艦エアロシャーク



 互いのエースカードが火花を散らす。鮫の牙を模した艦の先端で体当たりを仕掛けるエアロシャーク。しかし、アブロオロスの硬い皮膚には通じない。万全の体勢を築いたアブロオロスに船体を掴まれ、鎧袖一触とばかりに投げ返された。アブロオロスの特殊能力 ―― "激震のバウンスウイング"
「《BF−激震のアブロオロス》の効果。この子と戦闘を行ったモンスターは破壊されず、元居た場所に戻される。この場合はエクストラデッキだね。後、勿論700ダメージも。ターンエンド」
(問答無用で戻される。これじゃあリクルーターで止め続けることもできない。これが最上級の力)
 最上級を召喚したことのないコロナにはおよそ未知の世界。一方、ミィはこの試合初めて明白な笑みをみせる。 「笑うな」 と自分に言い聞かせていたのに、思わず漏れたような笑みだった。
「なにがやる気はあるだ。なにが強くなりたいだ。こんなものは続けるに値しない。単なる悪趣味だ。指導している立場にある以上、黙っているわけにもいくまい」
 図らずも、今日二度目の介入を行おうとする。しかし、
「ドロー! 2体目の《マジック・ストライカー》を通常召喚!」
 劣勢を打ち消すかのような力強いスローイング。ラウは躊躇し、そして思い止まる。コロナが試合を投げていない以上、今ここで止める権利は自分にないと考える。
(ミィ……おまえはその程度か。その程度なのか)
「バトル、《マジック・ストライカー》はダイレクトアタックできる。いけ!」
 僅かながらダメージを与えるコロナ。それが彼女の決闘。一歩でも前に。100でも200でも地道にライフを削る。蚊が刺したほどのダメージでしかなかった。半端な反撃が加虐心を煽る。

Turn 13
□ミィ
 Hand 2
 Monster 1(《BF−激震のアブロオロス》)
 Magic・Trap 1(《リビングデッドの呼び声》)
 Life 7000
■コロナ
 Hand 2
 Monster 1(《マジック・ストライカー》 )
 Magic・Trap 0
 Life 900

「ドロー。バトルフェイズ」
(ほんの900。本当にないのか? ミィのデッキ構成から考えても、ここで攻撃力900以上の下級を一切引いていない可能性はかなり低い。これが、これがおまえの信じる正義(デュエル)か)
「《BF−激震のアブロオロス》で《マジック・ストライカー》を攻撃」
「《マジック・ストライカー》の特殊能力、この子はダメージを負わない」
「《BF−激震のアブロオロス》の効果を発動。ハンドに戻す」
 これでは茶番だ。ラウは思った。このやりとりを繰り返してコロナが勝つにはあと12回もの攻撃宣言が必要となる。余裕。道を踏み外すだけの絶対的余裕。
「メインフェイズ2、マジック・トラップを1枚。ターンエンド」
(わたしより年下なのに) コロナの心に去来する思い。
(こんなに強いんだ。それでも、それでも……)

――――
―――
――

「中央十傑恐るるに足らず。後手に回ったな」
 世界の中心部にて、獣戦士族使いの男が威勢のいい声を発した。決闘盤を鉈のように振り回し、威圧的にフィールドを睥睨する。目の前にいる陰気な男が、今日の彼の獲物だった。
「後手に回る。後手に……後手に……」
 "中央十傑" と呼ばれた男はレインコートを着ていた。彼は不機嫌そうに場を見渡す。神獣王バルバロスを筆頭に、コアキメイル・ウルナイトとコアキメイル・クルセイダーが2体ずつ。セットカードも1枚。便乗の発動を兼ねた一時休戦で凌いでいる間、積み上げられた布陣。
「こちらのドローに《便乗》しようなど、そんな闘い方をするからこうもなる!」

便乗(永続罠)
相手がドローフェイズ以外でカードをドローした時に発動する事ができる。
その後、相手がドローフェイズ以外でカードをドローする度に、自分のデッキからカードを2枚ドローする。


「我が誇るべき、獣戦士族の前にあっては……」
「勝利への最小単位というものを教えてやる」
 "レインコートの男" はぶっきらぼうに言った。
 指を四本立て、溜め息と共に吐き出す。
「 『火の粉40枚』 」
「なんだって?」
「 『火の粉40枚』 それが勝利への最小単位」
「何を言っている。1つのデッキには3枚までしか入らん。よしんば入ったとして、それのどこが勝利に繋がる。火の粉だぞ。あんなものが何になる」
「最小単位と言った筈。デッキに40枚火の粉が入っていると言うことは、40発火の粉を撃ち得ると言うことだ。火の粉を40発撃ち込めば巨大な炎となり、屈強な決闘者とて死に得る」
「何が言いたい。そんな御託に何の意味が……」
「勝利への最小単位すら知らぬ者に勝利への方程式など組めぬ」
 一蹴。龍が人を 「自分よりも小さい」 と断じる程度には迷い無く。
「おまえのデッキは40枚の火の粉にすら劣る」
「如何に中央十傑と言えどもその侮辱は許さん! 屈強なるバルバロイの侵攻は土を抉り泥を跳ね上げる! レインコートを着ているのは正解だったな。汚れを知らぬまま死ね!」
「ドロー……なぜ雨も降っていないのにレインコートを着ているか。……汚れるからだ。札に込められた殺気をぶつけられれば染みついて取れなくなる。掻き毟られるような気持ちになる」
 "レインコートの男" は大盤振舞侍を通常召喚。財宝への隠し通路を発動する。

大盤振舞侍(効果モンスター)
星3/光属性/戦士族/攻1000/守1000
このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、相手プレイヤーは手札が7枚になるようにカードをドローする。


財宝への隠かくし通路(通常魔法)
表側表示で自分フィールド上に存在する攻撃力1000以下のモンスター1体を選択する。このターン、選択したモンスターは相手プレイヤーを直接攻撃する事ができる。


(大盤振舞侍!? なぜだ。水属性ではないのか? 如何に便乗があるとはいえ、あれで俺の身体を切れば5枚ものカードを引かれるのだ。そうなれば……)
「剣で切れば返り血を浴びるように、札で切れば返り気を浴びる。漏れ出た殺気で汚れるのが嫌だからこれを着ている。殺気のある決闘者というものは追い縋ってくるのだ。追い縋る決闘者を切り裂けば返り気を浴びる……おまえを何回切ったとしても汚れを知るようには到底思えん」
 特殊な潔癖症として知られる "レインコートの男" がダイレクトアタックを宣言する。
「火の粉を消すよりも容易い。大盤振舞侍の効果発動。便乗の効果により2枚引く」
 他方、獣戦士族使いは7枚のカードを手にする。一瞬にして膨らんでいく手札。
 そして ――

皆既日蝕の書(速攻魔法)
フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て裏側守備表示にする。このターンのエンドフェイズ時に相手フィールド上に裏側守備表示で存在するモンスターを全て表側守備表示にし、相手はその枚数分だけデッキからカードをドローする。


 皆既日蝕の書を発動。1枚セットしてターンエンド。獣戦士族使いの手札は、正規のドローと合わせて引きも引いたり13枚。初期手札の2倍を超え、膨れあがった巨大戦力。
「ドロー……スタンバイフェイズ……メインフェイズ……」
(この期に及んで特に動きはない。奴は一体何がしたいんだ。そもそもなぜ奴は自分のターンに皆既日蝕の書を使った。防御の札として残しておけば良かった筈だ)
「残りライフは偶然にも丁度2600。おまえのデッキが40枚の火の粉に相当すれば、13枚引いた以上は一滴の漏れなく勝てる筈だ。さあ、みせられるものならみせてみろ。おまえの殺気をみせてみろ」
「戯れ言を」 獣戦士族使いは、高等呪文:大嵐で自らのセットカードごと吹き飛ばし戦闘体勢を整えようとする。砂煙が晴れ今まさに攻め込まんとしたとき、彼は、自慢の獣戦士達が全て凍り付き物言わぬ彫像と成り果てていることにようやく気付く。魂の氷結。

魂の氷結(通常罠)
自分のライフポイントが相手のライフポイントより2000以上少ない時に発動する事ができる。
相手の次のバトルフェイズをスキップする。


 同時に男は気が付いた。場は全て埋まっている。エクシーズ・システムも開発されていなかった頃の話であり、これ以上のしもべを追加することはできない。 「烏合の衆」 という言い回し。頭をよぎるが首を振る。そんなわけがない。大革命返しを含む豊潤な手札。今一度確認して歯を晒す。
「攻撃はできぬとも防御は可能。マジック・トラップを5枚伏せる。油断して墓穴を掘ったな。これで貴様に打つ手はない。自惚れ屋め、敵に塩を送ったことを後悔しながらくたばれ」
 "レインコートの男" は何も言わずにカードを引き、特殊召喚から決闘を始める。
「ジェスター・コンフィ。さあどうする」
「どうするもこうするも道化に使う札などない。今こそ雌雄を決するとき。さあ水を使え! 貴様が引き起こす洪水も、我が懐をうるおす恵みの雨に過ぎん!」
「水はこの一杯でいい。生贄召還(トリビュート・サモン)

ブリザード・プリンセス(効果モンスター)
星8/水属性/魔法使い族/攻2800/守2100
このカードは魔法使い族モンスター1体をリリースして表側攻撃表示でアドバンス召喚する事ができる。このカードが召喚に成功したターン、相手は魔法・罠カードを発動する事ができない。


 得意気だった男の顔が見る見る内に青ざめた。伏せるだけ伏せた全てのセットカードが一杯の水で凍り付く。通常魔法:受け継がれる力。大盤振舞侍の攻撃力がブリザード・プリンセスに加算。 "レインコートの男" は最後にもう1枚、魔法使い族専用マジックを発動する。

拡散する波動(通常魔法)
1000ライフポイントを払う。自分フィールド上のレベル7以上の魔法使い族モンスター1体を選択する。
このターン、選択したモンスターのみが攻撃可能になり、相手モンスター全てに1回ずつ攻撃する。
この攻撃で破壊された効果モンスターの効果は発動しない。


 場には獣戦士が5体。攻撃力差の平均値は1600を超える。それが意味することは1つだけ。5枚のセットカードは凍り付き、5体のモンスターはモーニングスターの的となる。「これだけの戦力差があってなぜ」 この期に及んで何も解さぬ獣戦士族使いに対し、"レインコートの男"は呆れるように。
「塩を拒絶するなら、受け甲斐のある殺気を唯の一度でも送ってみろ。それだけでいい。姿勢を正して喜んで水死体を拵えようというものだが、その必要は一滴も無かった。おまえが十万枚引こうが十億枚引こうが何も変わったりはしない。変わると思っているのならそれこそ救えぬ自己過信。水は命、氷は死。殺気があってこそ命の捧げ甲斐がある。殺気がないなら凍り付いていればいい」
 万物を凍らせるかのような眼光。獣戦士使いは尻尾を巻いて逃げようとする。何もかもが遅すぎた。何もかもが奪われていた。魔法の発動権も、罠の起動権も、獣戦士達の戦闘権も、そして本体の生存権さえも。OZONEの中に雪は降らず。ブリザードが巻き起こるとしてもそれは映像と衝撃波に過ぎない。なのに男は身震いした。中央十傑のほんの一端を垣間見た事による震え。それはそれは冷たいものであり、燃えたぎる血液ですら抵抗しないことを自ら選ぶ。胸の内に火の粉を絶やした獣戦士族使いの末路。凍傷。冬でもないのに。彼のデッキは、冷却死したまま二度と引かれることはなかった。やりすぎを非難する声に対し、"レインコートの男" はこう答えたという。 「 『敵に塩を送るな』 の次は 『少しは手心を加えろ』 君等の我が侭さに比べれば中央十傑など遠慮の塊だ」 

 この話は 『40枚の火の粉』 として、中央では知られた話の1つである。もっとも、西には断片的・童話的にしか伝わっていないが、コロナはこの御伽噺が好きだった。それこそが自分に必要なことだと思った。いかに弱かろうと無軌道であってはいけない。その100は1/80としての100でなくてはならない。今は無理だとしてもいつか辿り着く為の100でなければならない。その為に100でも200でも削り続けなくてはならない。そうでなければ駄目になってしまう。そんな風に思った。

 決闘が好きだったから。決闘が好きでいたいから。


――
―――
――――

「あたしのターン……」
 コロナは眼を瞑っていた。いつの間にか後ろからの声も途絶えている。それでもいい。いつでもどこでも誰とでも。胸の内に秘めた火の粉は消えない。コロナは目を開けた。
「ドロー……イエス! マジック・カード《アースクエイク》を発動」
 『激震』 の二つ名を持つアブロオロスだが地震には弱い。コロナとて12回同じことを繰り返して勝てるとは微塵も思っていなかった。それを証拠にコロナは動く。
「アブオロスを守備表示に。《アースクエイク》を除外して《マジック・ストライカー》 を特殊召喚。もう1つ、手札からは《シャーク・サッカー》! いくよ! 2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築。エクシーズ召喚、《潜航母艦エアロ・シャーク》。効果発動。エアー・トルピード!」
 ミィのライフが7000を切る。コロナはバトルフェイズを宣言した。
「《潜航母艦エアロ・シャーク》で……アブロオロスに攻撃! ビッグイーター!」
(通れっ!)
 願った者の姿が美しかろうと醜かろうと
 願った者の心が清らかであろうとくすんでいようと
 決闘は ――
「《炸裂装甲》」
 ―― 決闘。
(駄目っ……か)
「ターンエンド」
「ドロー」
 ミィはゆっくりと、噛みしめるように宣言した。
「激震のアブロオロスで……ダイレクトアタック」

ミィ:6900LP
コロナ:0LP

「勝った。勝ったんだ。わたし……」
 試合終了。ミィは笑顔を解禁すると、ラウの方を振り向いた。
 ラウは静かに歩み寄り、ミィの目の前で立ち止まる。
「なんであんなことをした」
「え?」
「なぜブレード・ハートを使わなかったのか、さっき俺に聞いたな。逆に聞きたい。なぜおまえはあそこで決闘を決めなかった。強くなりたいと言った筈だ。自分の決闘を見つけたいと言った筈だ。あの場でアブロオロスを押しつけて生殺しにするのがおまえの強さか。そんなものがおまえの決闘か」
「……」 この時、ミィが何を考えていたのかは誰も知らない。
「確かに決闘は自由だ。なにをやってもいい。しかし、教える者としての責任から敢えて言っておく。おまえの望む自由の形がそれなら、おれの自由意思はおまえの自由意思を撥ね付ける」
「……」 現象。ミィは右脚一歩分後退する。
「なにか反論でもあるのか。あるなら聞こう」
「……」 現象。ミィは左脚一歩分後退する。
 何も言わなかった。コロナはシェルとティアを無言で制するのみで何も言わなかった。ラウもこれ以上は何も言わなかった。ミィは何も言わず ―― 正確には聞き取れない程小さな言葉を口走って ―― その場から消えた。ラウがリードと話し込む隙を付いたのか、本当にいつの間にか消えていた。家に帰っていることが分かりリードはほっとするが、その後、ミィが練習に出てくることはなかった。


DUEL EPISODE 14

One Side Game〜消えぬ火の粉と降り注ぐ驟雨〜



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました!!!!!
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでもモチベーションになります。モチベください。


□前話 □表紙 □次話














































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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