「どうしよ。明後日の方角に飛んでちゃった。これだから」
「おい片割れ。大事なことを思いついたんだが」
「なによ新堂。どうかしたの? 関係あること?」
「カップ麺のきつねうどんとてんぷらそば」
「は?」
「二つ買うだろ。そんでだ。あげをそばにのっけててんぷらをうどんにのっければ新鮮だよな」
「それが?」
「二乗だぜ、二乗」
「だから?」
「腹が減ったなあと。金を忘れたから奢って欲しいんだが」
「帰れ」
福西彩:40000LP
ローマ:8000LP
挑んだことを後悔する局面と言うのは人生でたまにある。そして大抵はわりとすぐ気付く。福西彩がそうだった。ああ、なんでこんなことをしているのだろう。勝ち目なんて、あるわけないのに。
「はっ……はっ……う……」
胸の動悸が止まらない。現実感は薄いようにもこの上なく濃いようにも思われた。今すぐにも「すいません。出来心だったんです。許してください」と言いたくなるが、それをなんとかして思いとどまる彩の姿には悲壮感があった。彼女のライフは40000。しかしそれは、同時に『1』でもあった。
「どうした。もう終わりか? 言っておくがおまえの判断は正しい。殺られる前に殺る」
殺られる前に殺る? そんな、そんないかにも勝負師といった発想じゃない。いつだってそうだ。畳みかけて終わらせようとするその裏には、いつも怖さがあった。
(わかる。この人は、この人は怖い人だ)
ローマ=エスティバーニは、決闘前の余裕の表情を過不足なく決闘用にスライドさせていた。『悠然と構える』とでも表現すれば足りるのだろうか。彩とは実に対照的だ。『受け』のコンボデッカーとは異なるもの。“そんなものはあり得ない”“仕掛けに時間がかかってるだけだ”。そんな考えを片っ端から打ち消していくローマの存在感。彩は尻もちをつきそうになった。なんで、なんで挑んでしまったんだろう。自殺願望? ローマの左腕から繰り出されるコンボの嵐は、完膚なきまでに彩を粉砕するに違いない。それなのに?
3周目 |
福西彩:ハンド5/モンスター1(《ブラック・マジシャン・ガール》)/スペル1(セット)/40000LP |
ローマ:ハンド1/モンスター1(セット)/スペル4(セット/セット/セット/セット)/8000LP |
序盤の小競り合いと、手札交換しかまだ行われていないのに。勝敗の行方は誰の目にも明らかだった。もし観客がそこに居れば、誰もがその気配を感じ取っていただろう。当然、当事者もそれを感じ取っていた。だが彩は認めまいとしている。それが最後の抵抗であるかのように。一方、ローマにはそれを認めない理由などなかった。彼は軽く溜息をつく。この、勝敗のみえきった決闘に対して。
「少しはもっているかと思ったが退屈だな。こんな勝負に意味はない」
ローマは彩に背を向けた。「なんで……」と呻く彩をローマは一瞥、言葉を返す。
「虚勢を張っても分かる。おまえはやる前から既に壊されている。そんなのとやっても仕方がない」
彩の頬を一筋の汗が流れる。図星だった。彩の決闘は委縮しきっていた。ローマの威圧感は勿論、先の決闘、なにもさせてもらえなかった絶望感が彩の心に影を落とす。闘う者としては著しく不適格、そうローマが言うのも無理はない。だがだからこそ彩は震えた。恐怖よりも、怒りで。
「違う。壊したのはローマ! アンタじゃない。アンタが、アンタがシンヤを変えてしまった。だから!」
「感動的な理屈だ。まるで俺達がカードを引けば、そこらのカードショップが潰れるとでも言いたげだな」
「潰れるじゃない! 儲かったりもする! あんたたちの勝手な決闘に私達は振り回されて! 風が吹いたら桶屋が儲かって、カードを引いたら札屋が潰れる! それなのに。黙って消えるなんて!」
「なら、おまえは俺達に何を求めているんだ? そこまでして何に食い下がる」
核心をつく質問だった。それは彩の中にある疑問と、それに伴う感情を一気に吹きださせるには十分なものだった。事実、彩は弾けた。弾けずにはいられなかった。もう限界だった。
「だったら! 教えて! 決闘ってなんなんですか! なんでシンヤはあそこまでやらなきゃいけなくて!」
彩の目には涙が浮かんでいた。既に決壊寸前だった。もう止まらない。止まるわけがない。
「わからない! 何もわからない。カードゲームってそこまでしてやらなきゃいけないものなんですか? 私は何もわからない。だから私は、ローマ=エスティバーニと決闘しなきゃいけない! なのに逃げるの? この卑怯者! 女の子1人倒せない? それでよく……それでよく!」
発言の正当性などどうでもいい。ただただローマを逃がしたくなかった。ローマを? いやむしろ、彼女の中の現実を。ここでローマが去ってしまえば、なにかが永遠に失われてしまう気がしたのだ。
「いい啖呵だ。一度だけ、一度だけその挑発にのろうじゃないか。特別価格、代金はおまえの決闘だ」
ローマは怒る気配さえみせずそう言った。それがむしろ恐ろしかった。隙などありはしない。だが彩はそれでもカードを引いた。そして考える。考えて考えて、そして考える。
(向こうは《ゴブリンのやりくり上手》を1回発動済み。その上《魔導雑貨商人》で2枚目の《ゴブリンのやりくり上手》をハンドに入れてる。3枚目だってもうあるかも。いずれにせよあっちは4伏せ。最低でも1枚はフリーチェーンが混ざってる。最低でも。ここでやみくもに《撲滅の使徒》をうっても活きるとは限らない)
ローマと闘うこと、それは脳に大きな負担を強いる。なにをする? あれはいったいなにをする?
(なにを狙ってるの? 知りたい。知らなきゃ絶対に勝てない。だけど私じゃ『読む』のは無理だ。読むのが無理なら『見る』しかない。ローマが次になにをやるかさえ知っていれば私にも勝機もある)
「手札から《撲滅の使徒》を発動。私の場の、《マジシャンズ・サークル》をゲームから除外」
(《マジシャンズ・サークル》は相手に塩を送っちゃうこともある。それなら!)
「ほお。自分の罠を除外。罠だった場合はお互いのデッキを確認だったか。ほうら」
(やった! これなら!)
ローマはデッキを備え付けのホルダーごと彩に放り投げる。彩の目的、それはデッキ確認。
(《N・グラン・モール》に《N・ブラック・パンサー》、《コンバート・コンタクト》に《クロス・ポーター》に……わかる。次の手がわかる。高速回転で手札を伸ばしてそれを砲弾に……)
「思えばヴァヴェリ=ヴェドウィンは賢明だったな」
ローマはぼそりとそう呟いた。彩を見下ろすように言った。
「俺に対しては『それ』をやらなかった。何故だかわかるか?」
「え?」 「手品の種をダダ漏れにしておくのは二流の手品師だ。一流は一流を知る。あの老人は迂闊な真似が逆効果であることを知って敢えて無手で勝負した。リバース、
《パラレル・ストーム》」
《パラレルストーム》
速攻魔法
デッキとサイドボードのカードを任意の枚数入れ替える。その後デッキをシャッフルする。
|
「ルリー、サイドボードを展開」
「決闘中にサイドボーディング……」 「よくやるんだよ。弱いやつほど」
ローマは退屈そうにそう呟いた。彩の策など、とうの昔に通過済と言わんばかりに。
「デッキから15枚をサイドに戻し、サイドの15枚をデッキに加える。今、こちらが身につけてるのはこの15枚だけ。残りは全部そこの上着に入ってる。なんなら身体検査でもするか? それとも、シングル戦でサイドボードなんて用意してないと抗議でもするか?」
「ありません……」
彩は確信していた。本当のことを言っているに違いないと。チャチで、効能も怪しいようなイカサマが必要な実力差ではない。それに今時、シングル戦だからと言ってサイドチェンジを警戒しないのは迂闊なだけだ。彩は確信していた。魔法使い族メタなんて生温いサイドチェンジではない。120%アグレッシブ・サイドボーディング。仕掛けなければ。仕掛けなければ殺られる――
「う……なら、《ブラック・マジシャン・ガール》で壁モンスターを攻撃!」
「《水晶の占い師》。効果発動。めくったのはこの2枚。ゲイナーをハンドに加える」
残りの1枚は? デッキボトムへ。そのカードをみた瞬間彩の顔色が変わる。
(不味い。サイドチェンジしたデッキを掘り進めてる。このままじゃ)
「カードを1枚伏せてターンエンド」
「《マジシャンズ・サークル》を維持しておけば、かすり傷程度は与えられたものを。リバース、《ゴブリンのやりくり上手》を2枚。これでハンドは5枚に戻る。処理終了後、《砂塵の大竜巻》を発動」
(砂塵!? 来る。何か来る。何が来る!?)
馬鹿でなければ感じ取れる。ローマが、「なにか」を仕掛けてくるということを。
「ドロー。《天変地異》を発動。デッキの表裏を逆にする」 「え!?」
ローマは決闘盤を天に向かって突き上げた。その刹那、腕を捻るように振り下ろし、デッキを置き去りにしならがら引き抜く。デッキはその間一回転、カードは不思議とばらけずひっくり返り、再度ローマがつきだした決闘盤に収まる。「デーモンの宣告を3枚発動。1500ライフを支払う」。そうローマは呟いた。
(3枚? デッキトップを3枚。そのデッキトップって? ローマがさっき積んだ山! 《水晶の占い師》と《ゴブリンのやりくり上手》で積んだデッキトップ! そういえば先輩から聞いたことがある。あれは、あれは小手返し三手! 森部長が言ってた。昔の決闘職人は今よりずっと厳格で、ひよっこは攻撃宣言時のリバースなんてもってのほか。一年目はスリーブ磨きから始まって、三年目でようやくカード詰めをやらせてもらえて、5年目位でやっと、築地で目利きを学ばせてもらって、厳しい指導の下、10年にも渡る修行を重ねてやっとの思いでツケ場に立たせてもらえる。そんな時代に培われた技法の数々、今でも伝統派の決闘者は江戸前の決闘しか認めないというほど。その1つが、熟練の決闘職人だけが使えるといわれる技法の一つが、あの小手返し三手!)
「古臭いチャチな小細工だ。さあこの程度は受けてみろ」
幻魔皇ラビエル
降雷皇ハモン
神炎皇ウリア
身体の中を、何かが通り抜ける音を感じずにはいられない。彩は驚嘆した。ここまで読んでいたのだ。彩がローマのいう「愚行」に及び、その結果シンヤを葬った三幻魔を拝むことになる、その未来をローマは瞬時に描いていたのだ。恐るべき、それでいて軽やかなローマの“悪戯”。
(あ……ああ……これがチャチな小細工だなんて。これがローマ? それとも……)
『壊される』。ローマにオーバーコストカードを握らせる? 考えたくもない現実がそこにある。
「《デーモンの宣告》2枚と《天変地異》を墓地に送る」
彩の頬を汗がつたう。永続魔法3枚、それが何を意味するかわからないわけがない。三幻魔の中でもとりわけ攻防のバランスに優れた雷の化身。第一の能力は決闘者の生命を削り、第二の能力は決闘者の戦闘意欲さえも奪うといわれる、あの!
(忘……れてた)
言うまでもないことだが。厳密に言えば「忘れる」等と言うことはあり得ない。目の前にいる人類がローマであるという事実を忘れるわけもない。しかし彩は混沌とした心理状態で啖呵を切るあまり思い出せてるようで思い出せていなかった。対戦相手がローマ=エスティバーニだということを。
Hamon,
Lord of Striking Thunder
「《降雷皇ハモン》を特殊召喚。末席のコンボだがおまえにはこれでも高すぎる。
《DNAテクスチャー》を発動。《降雷皇ハモン》の種族を悪魔族に変更。《E−HERO ヘル・ゲイナー》を召喚。このカードをゲームから除外することで悪魔族となった《降雷皇ハモン》に二回攻撃を付与する。バトルフェイズ、《ブラック・マジシャン・ガール》に《降雷皇ハモン》で攻撃。手札から《オネスト》を発動。精々味わえ!」
失 楽 の 霹 靂
(実力差が……ありすぎる!)
地を迸る雷が彩の身体を軽々と吹き飛ばす。しかしまだ終わりはしない。
「《ブラック・マジシャン・ガール》を破壊したことで《降雷皇ハモン》の効果発動。ハモンは常に二回鳴く」
裁 き の 雷
「ああああああああああああああ!」
《降雷皇ハモン》の追撃。それは彩の傷ついた魂をえぐるように焼きつくす。
(強すぎる。この人は強すぎる。どう転んでも私が勝てる相手じゃない!)
福西彩:35000LP
ローマ:6500LP
「まだだ」 「え? まだって……あ! ああ……そんな……そんなことって」
あまりの雷に数秒前の記憶が飛んでいた。しかし、彩の記憶が1〜2秒飛ぼうが飛ぶまいが現実は変わらない。《降雷皇ハモン》の攻撃力は6000。6000による二回目の攻撃。
「《降雷皇ハモン》の追加攻撃。言った筈だ。ハモンは二度鳴くと」
失 楽 の 二 重 奏
(逃げ……られない。あたる!?)
彩の身体が再度吹き飛び、床に叩きつけられる。失神しなかったのは僥倖か、あるいは不幸か。
福西彩:29000LP
ローマ:6500LP
「あ……う……」
プスプスとした煙が、倒れ伏した彩の背中から天井に向けてのぼっていく。翼川高校出身決闘者の中でも下から数えた方が早い彩がこの怪物に挑む、それ自体が何かの間違いだったと思わせずにはいられぬほど、それは一方的な展開だった。40000の、5人分のハンデにさえ意味はないというのか。
「ライフが40000あろうとも、おまえでは俺の8000すら受けきれないようだな。これ以上続ければおまえは壊れるだろう。雑魚も魚には違いない。だがゴミを釣ってもゴミはゴミだ。虚しくなる」
(シンヤは、シンヤはこんな怪物と闘っていたの? もしかして、今も?)
彩はチラリと信也の方を見た。未だ倒れ伏している。彩が決闘を始めてもう三周目、下手をするとクリスタルかなんかになっていてもおかしくないぐらいのやられざまだったが、それでも彩はふと思った。もしかすると、もしかすると信也の闘いは終わっていないのでは? と。
福西彩が、ローマ=エスティバーニを相手に決闘を見舞われている、その頃――
元村信也は真っ暗なところにいた。暗く、酷くどんよりとした空間。信也はあたりを見回した。ここはどこだろう。確かローマと闘って……死んだのだろうか。カードゲームで死傷者が出るのは稀と言えば稀、しかし全くありえないことでもない。カードゲームに危険はつきものなのだから。信也がその線で納得しかけたそのとき、眼の前には女がいた。誰かはすぐにわかった。ついさきほど出会ったばかりだったからだ。それも、望まない邂逅を果たしたばかり。そう、そこにはベルメッセ=クロークスが俗に言う体操座りで座っていた。彼女は信也を見とめると、無表情のまま喋り出した。
「よかったね」
「よかっただって?」
「夢がかなった」
「違う。僕はまだ何も達成していない」
現に一太刀として浴びせていない。
「わかってるくせに」
信也の顔が青褪めていく。彼女は何を知っているのだろう。
「おまえだな! おまえが僕をかりたてたんだ! 煽ったんだ!」
「なにを? からっぽなのに。からっぽなのに。ない袖はふれない」
間違いない。この女は覗いた。覗いたに違いない。消さなくては。
「僕は勝ちたかった。勝って勝って勝ちぬいて、勝ちたかったんだ」
信也の眼が妖しく光る。彼は暗闇の中ですっと立ちあがった。
「なんで?」
しかし信也は答えない。答えぬまま先へ進もうとする。
「それをあいつが奪ったんだ。僕から勝利を奪ったんだ!」
「あっそ」
もとより。ベルメッセはベルメッセで最初から疑問など抱いていない。
「ない袖はふれない。ない宝物は奪えない。ないカードは引けない」
この女は何を言おうとしているのだろう。消さなくては。
「あいつは僕が勝とうとすると顔を出す。みせつけるようにだ!」
「それで?」
信也は沈黙した。無意味だ。これを相手に問答など無意味だ。信也は我慢できなくなった。そして数秒後、もうなにも秘めないとばかりに、声を大にして叫びをあげた。
「ああそうさ。勝ったからどうだって? なにもないさ。それの何が悪いんだ。純粋に勝利を求めて何が悪いんだ。強くて、賢くて、上手くて、自分の型をもっていて、そんなのをみたら勝ちたいと思わずにはいられない。それの何が悪いんだ!」
「別に。殺してもなにもない。殺さずにはいられない。殺すためには手を尽くさずにはいられない」
信也は驚いた。彼の手には何時の間にかメスが握られている。
「やってみれば?」 「やってみる?」
「本当に全部消してしまえば何も残らない。それができるなら?」
ベルメッセは己の心臓を指差した。刺せというのか。刺せるというのか。
「違う。僕は、僕は快楽決闘者じゃない」
信也は首をふった。スリーブにまみれたカードの匂い、染まってしまった手を見て首を振り続ける。
「僕には刺せない。刺したらなくなってしまう。刺したら永遠になりかわることができない。僕はあいつらになりたかったんだ。そうさ。僕は自分がからっぽな人間なのを誤魔化してただけだ。なにかをもってるあいつらを倒せば、自分もなにかをもってるような気分になれる。だけどローマは大き過ぎた。異質過ぎた。僕はローマにはなれないんだ。脱構築型デッキ構築の申し子には決してなれないんだ」
勝とうとすれば勝とうとするほど、その先にはローマがいる。そしてローマと闘えば、その圧倒的な特異性を目の当たりにし、異端者は己の異端が陳腐極まりないことを思い知らされる。現実を思い知らないようにするためには、逃避する為には、勝ち続けることから降りるしかない。
「《元村信也》ってモンスターは《アックス・レイダー》と同じなんだ。誰にも出来ない輝きを放つことなんかできっこない。輝きを放ってるやつを倒せれば、どんな手を使ってでも倒せれば、そいつの輝きは僕を引きたててくれる。何の変哲もない《元村信也》は、一見何の変哲もないからこそ、倒したって事実が際立つ。わかってるさ! ホントは、本当はローマになりたかったんだ。ローマは僕が求めていたオリジナル。テクニックやメタゲームを超越した唯一無二の存在。僕に言わせればローマは既に勝利してるんだ。たとえアレに勝っても、ローマの輝きを分捕ることは出来ない。それどころか勝てないんだ。僕はローマの決闘を直に体験した。僕はローマには勝てやしない。空っぽの自分の中に他人の魅力を投げ込んで、それで満たそうとする僕の決闘は、純粋培養のローマの決闘には決して敵わない。だってそうだろ。アレは僕の理想なんだ。今そこにある、理想に勝てる現実なんてない!」
ベルメッセは無言で聞いていた。いや、聞いていたかどうかも定かではない。
「それで?」 彼女の『それで?』は他の何よりも恐ろしいものだった。信也は降りた。
「好きにしろよ。煮るなり焼くなり放置するなり。もう何も残っちゃいない。アヤには……」
彩の名を口にしたときだった。信也の前方に彩の姿が映し出される。現在の彩が。
「そんな! なんでアヤがローマと。やめるんだアヤ。これ以上やったら壊されるぞ!」
自分のやったことを棚に上げ信也は叫んだ。しかし言葉は響かない。この狭い部屋では響かない。
「いるの? あれ」
「わからない。なんでだろうな。一つ確かなこととしてローマともう一度決闘せずにはいられなかった。ここでローマから、決闘から逃げたらもう二度と戻ってこれないような気がしたから。否定したくなかった。最後のチャンスだと思った。そしてそのために僕は……そうだ! 僕は知っていた。空っぽだってことがどういうことかってことを僕は知っていた筈なのに、それなのに僕は、僕はアヤのデッキに手にかけて、空になるまでドローしてしまった」
「から……から……むり」
「無理?」
「どれだけあるのかわからないのにからにはできない」
「まさか、アヤには1枚残ってるっていうのか? 僕の知らない1枚が」
そのとき、信也は弾けた。
「僕をここから出せ! 僕はあそこへ戻るんだ!」
信也は怒鳴った。ベルメッセは無表情でこう返す。
「やだ」
彼女の声には、信也への執着など微塵も感じられなかった。にも拘らず「やだ」。突き放したように「やだ」。どちらでもいいからこその「やだ」。“勝手にすれば?” だからこその「やだ」。信也は動いた。
「出せと言ってるんだ。もし出さないというのなら」
信也はベルメッセの首筋にメスを近づける。しかしベルメッセは微塵も動じない。当然といえば当然だ。刺せなかったさっきの今で脅迫が成立するとでも? 確かに無謀だ。しかし信也はいったん首筋からメスを離すと、彼女の肩口を切り裂いた。滲みでる本性。ベルメッセは微かに笑う。
「できるじゃない」
信也はもう一度首筋にメスを近づける。そこにはなんら迷いがない。
「できるさ。今さっき分かった。おまえは僕よりも遥かに空っぽな人間だ。いや、モンスターだ。モンスターを倒すのは決闘者のお家芸だろ。最後通告だ。僕をここから出せ」
次の瞬間、信也は呻き声をあげた。ベルメッセはメスを掴むと自分の首につきたてたのだ。
「モンスターを倒すのは……モンスター」
ベルメッセは血を流しながらも不気味な表情を崩さない。暗闇の中に彼女は消えて言った。その直後、霧が晴れるように信也は戻っていく。彩のいる世界へ。
「僕は強くなりたい。だけどおまえみたいにはなりたくない。なりたくなかったんだ」
4周目 |
福西彩:ハンド4/モンスター0/スペル0/29000LP |
ローマ:ハンド2/モンスター1(《降雷皇ハモン》)/スペル2(セット/《デーモンの宣告》)/6500LP |
福西彩:29000LP
ローマ:6500LP
「立ち上がるのは勝手だがおまえに勝機は1%もない。絶対という言葉を気軽に使える程度にはな」
「私は間違ってた。私はあの時逃げたんだ。シンヤが狂ったから、それに任せて私は逃げたんだ」
彩は既にボロボロだった。心も、身体も、既に限界を超えていた。壊れるのは時間の問題だった。
「私はシンヤの決闘が間違ってると思う。あんなのは決闘じゃない。だけど、倒れてちゃそれも言えない。私はシンヤをひっぱたいてあげるべきだった。1発でも2発でもひっぱたいてあげるべきだった。私はよわっちいけど、よわっちいから、目標を掲げてもつけこまれて壊される。だけどデッキにはカードが残ってるから。残ってるって言いたいから。ローマ=エスティバーニの決闘……私は受けきる。もう一度シンヤの前に立つために」
「あれは骸になった」
「そうかな。シンヤって……シンヤってほら、往生際が悪くて、生き残るためなら案外なんでもやるから。ゴキブリ並っていうかゴキブリっていうか、殺虫剤の缶で頭を叩いてあげたくなるっていうか」
スラスラと言葉が出てきた。まるで、死ぬ前に言えるだけ言っておこうとばかりに。
「ドロー。《召喚師のスキル》を発動。デッキから《ブラック・マジシャン》を手札に加える。手札から《熟練の黒魔術師》を召喚。このカードを生贄に《ディメンション・マジック》を発動!」
「チェーン、《マインドクラッシュ》。宣言は《ブラック・マジシャン》」
彩のハンドはモン:スペルが2:3。代わりの魔術師は、いない。
「迂闊な曲芸に頼り過ぎだ。足元がなってない」
通用しない。哀しいほど通用しない。しかし彩は挫けなかった。身も心もボロボロになりながら。
(残りは速攻魔法が1枚。ここでの使い道はまるでない。だけど何も伏せないよりは……)
《二重詠法》
速攻魔法
相手の墓地に存在する速攻魔法カード1枚を選択して除外する。このターン、その速攻魔法の効果を発動できる。 |
「1枚セット。負けない!」 「俺が思っていたよりはマシな決闘者だった。だがそれだけだ」
彩は既に死に体だった。だがローマは容赦なくカードを引く。それだけが報いとばかりに。
「
《DNAテクスチャー》の効果で1枚ドロー。バトルフェイズ……」
「あいつらいったいどこへいったんだ? 腹が減ってるってのに」
「ローマのところ……だとは思うけど肝心のローマが何処にいるやら」
「はぁ……はぁ……あのさ。悪いんだけどもう少し……」
「どうでもいいけど新堂、あんたなんだって2人のところへ?」
「それはお前も同じだろ」 「私は先輩だから。単に心配なの。それにさ」
(シンヤ君の闘い方、あれって本当にローマへの道へ通じてたんだろうか。あんなになってアヤちゃんを苦しめて勝利したところでそれがそのままローマに通用する? するわけないのに)
狂人としてただ狂ってただけ? それにしたって。狂人にも狂人の理屈?
「兎に角走り回ってれば気配ぐらいは感じ取れるんじゃないか?」
「無為無策よりはほんの少しだけマシってところね」
「二人とももうちょっとペース落とし……ちょっ!」
二人は走った。しかしその先には誰もいない。
「ダメじゃん」 「世の中そうそう都合よくはいかないな。なんか他に手掛かりとかないのか?」
と、そのときだ。閃光の余波がつきあたりから漏れ出したようにみえ、同時に翔の手がバチっと震える。
「どうした?」
「虫の知らせだ。静電気みたいなのを感じた。オカルトはあんまり好きじゃないんだが、ローマの居場所を探すというなら、こういうのに頼る方がむしろ科学的かもしれないな。いくぞ!」
「ま、しょうがないか。外れても今日は恨まないから! いくよ!」
2人は走る。なにか、得体の知れない嫌な予感の正体を暴くために。
《降雷皇ハモン》は既にチャージを終えていた。稲光が辺りを照らし、その威容を彩の前につきつける。ライフは残り28500。しかし既に11500の、通常なら既に負けているほどのダメージを負い、身体も心もボロボロだ。この上もう一度三幻魔クラスの一撃を、あの『失楽の霹靂』を喰らえば楽を失うどころの話ではない。吹き飛ばされるのをこらえる余力などあろうはずもなく。吹き飛ばされればその先にあるのは硬い壁。今度ぶちあたれば確実に壊れるだろう。肉体も、そして精神も。
「《降雷皇ハモン》の攻撃……」
「私はぶったたいてやるんだ。何度だって、何度だって、それが私の抵抗だ」
「抵抗は、勝利に結びつかないからこそ抵抗だ! 消えろ!」
失 楽 の 鎮 魂 歌
(ダメだ。消される……本当はもう一度……もう一度……)
福西彩:25000LP
ローマ:6500LP
爆発。当然のようにアヤは爆風と共に吹き飛ばされる。後に残るは決闘狂人のみ?
「どうやら終わったようだな。無駄な時間を……ん? あれは……」
しかし煙の中には人影二つ。一つは吹き飛ばされた方だ。だとすればもう一つは?
「ぶつのは後にしてくれると嬉しいな、アヤ」
そこには信也がいた。信也が、激突寸前で彩を救ったのだ
「シン……ヤ?」 「生ける屍がなにをしにきた」
どうするため? 自問自答。理由はどうあれ結論だけはそこにある。 こうするためだ!
「リバースカードオープン、
《二重詠法》を発動」
「二重詠法!? まさか!」
「そのまさかだ。コピーするのは
《パラレル・ストーム》。ダメじゃないかアヤ、大事なサイドボードを落っことすなんてさ。これアヤのだろ。それじゃ、取り替えていくからな」
そう言うと信也は15枚のカードを差し出した。彩は驚いて信也をみる。
「私のサイドボード。嘘、そんなことありえるわけ……あ!」
彩の視線は信也の後方に注がれていた。そこには20枚超のカードがばらまかれている。
「それって私のじゃなくてシンヤの……」 「アヤのだよな。これ、アヤのサイドボードだよな」
「それで済むと思ってるの?」 「頼むよ。アヤのだって言ってくれ!」
アヤは静かに頷いた。信用はできなかった。それでも?
(強くなる。強くある。その為に、私はこの決闘を投げない)
「そういうわけだ。異存はないな、ローマ!」
「ないな」
福西彩&元村信也(25000LP)VSローマ=エスティバーニ(6500LP)
「なにが?」
ベルメッセは「聞こえなかった」とでも言うかのようにそう問い返した。
「いえ、血をお吐きになっておられるのはどうしたことかと思いまして」
「日課」
「日課? 腹筋1000回のようなものですか?」
「とーもだーちひゃーくにーんつーくろーかー」
「それはそれは。おできにはならないと思いますがよろしいことです」
「そう、できないものはできない」
ベルメッセはふらっと立ちあがった。
「申し訳ありませんが私も忙しい身。今日はじっとしていてもらえませんか?」
ベルメッセはその場で半回転、ローマの方角を向いて言った。
「あそぶんだね、ローマ」
ベルメッセは寝ころんだ。そして再度眠りについた
「何時の時代も、決闘者というのは本当に性質が悪いものですねえ」
byゴライアス=トリックスター。
第60話:てんぷらうどんときつねそば
均衡を破ったのは、ヨーイドンを告げたのは格上にあたるローマであった。
「モンスターをセット。《太陽の書》を発動。《メタモルポット》を表に。効果発動」
「仕切り直しってわけだ」 「お前達が《降雷皇ハモン》を攻略できればの話だ」
(メイン2での、この形の仕切り直しは自分に不利だ。なのにこの人は……)
「二人がかりで一つのデッキを使う愚に合わせただけだ。さあ、やってみろ」
「最悪のようにも、最高のようにもみえる状況になってるようだな」
「そうみたい。ここは見守るしかないのかも。でもまさか、2人でローマに挑むなんて」
やや遅れて到着した2人は驚いていた。一歩間違えば傷口に覚醒剤を塗りこむがごとき状況。
「《降雷皇ハモン》は、三幻魔の中でも『難攻不落の城塞』を謳われるモンスター。4000の攻守はもとより、傷ついた決闘者に容赦なく追撃を与える第一の能力と、『抜かずの刀』とさえ言われる第二の能力。これをローマクラスの決闘者が扱うんだ。混合デッキでもたついてるガキ共が勝てる相手じゃない」
「《降雷皇ハモン》……なんて恐ろしいモンスター。だけどそれすら超えるべき最初の壁でしかない」
「1人1人の能力じゃアイツらに勝機はない。アイツらっていうかこの世の決闘者のほとんどに勝機はない。あいつとまともにやりあえる決闘者なんてそうそういない筈だ」
「『ま、俺はその一人だけどな』とか思ってるんでしょ、どうせ」
「しかしアイツらが本当の意味で、アイツらにしか出来ない呼吸で決闘をやることができれば」
「厳しいね。あの二人はお互いに距離を作ってしまった。呼吸を合わせるどころじゃないって」
「わかんないぜ。いい呼吸、ならそうかもしれないが、絶妙の呼吸ってんなら一度や二度、距離の一つや二つつくっては埋めて、その繰り返しなんじゃないのか? つーかアイツら、俺等がいることに気がついてないみたいだぜ。必死で周りがみえないだけか、それだけ集中してるってことなのか」
(それは今からわかる。私にやるべきことがあるとすれば、それはあの子らを無事に返してあげること)
5周目 |
福西彩&元村信也:ハンド5/モンスター0/スペル0/25000LP |
ローマ:ハンド4/モンスター1(《降雷皇ハモン》)/スペル2(セット/《デーモンの宣告》)/6500LP |
(勝手だよ、シンヤは。だけどここにしか、ここからしか答えはでない。そんな気がするから)
(この期に及んでなにやってんだか。だけどさ、こうすることが正しく思えてくるのはなんでかな)
特にこれと言った計算があったわけではない。ただ反射的に、彼はそうせずにはいられなかった。
「私の」
「ターン、ドロー!」
「僕の」
(責任とれよローマ。なるようにしかならないんだからな)
1つの決闘盤の1つのデッキ、そこから二人がドローする。
「世にも珍しい状況。2人で1つのデッキを使うって、どうやるの?」
「コンビネーションがカギだな。それもアイコンタクトのみのコンビネーション」
「厳しいってそれ。今のあの二人が? 厳しいって」
(場には攻撃力4000守備力4000の《降雷皇ハモン》。こいつの攻めを《キラー・トマト》で凌ぐとなると『裁きの雷』で追加ダメージがついてくる。幸いライフは25000残ってる。それでも悪くはないんだけど、下手するとアヤが持たないかもしれない。どうする? どうするのがいいんだ?)
(シンヤの手札には《キラー・トマト》があった。凌ぐにはこれが一番。二人で1つのデッキを分け合ってる分、迂闊に動くとハンドが尽きる。ここは《キラー・トマト》でうまくまわすのが最善?)
「《神獣王バルバロス》を召喚! バトルフェイズ、《メタモルポット》を……」
(シンヤ、焦ってる? それとも私のことを無視してる?)
「攻撃はしない。メインフェイズ2」 「私はカードを1枚伏せる。私はこれで」 「ターンエンド」
「おかしい。《降雷皇ハモン》、その第二の能力は味方への攻撃を制限する世にも恐るべき能力だが幸い守備表示でなければ発動しない筈。ここで攻撃を躊躇する理由はない。どういうことだ?」
「そうだ! シンヤ君はトラウマの末にあんな決闘をせざるを得なかった。その大本の原因となった相手が眼の前にいる。トラウマの影響がより強まって仕掛けることすらできないんじゃ」
「だとすればここでチェックメイトだな。話にならない。ローマがその隙を見逃すものか」
「ドロー。スタンバイフェイズ、ゲームから除外した《E−HERO ヘル・ゲイナー》が戻ってくる。このまま消える気ならさっさと消えろ。バトルフェイズ、《降雷皇ハモン》で《神獣王バルバロス》に攻撃!」
「《エネミーコントローラー》を発動します! 《降雷皇ハモン》を守備表示に!」
「守備表示か。いいだろう。そのチグハグな決闘で俺に勝てるつもりならな。それも足手纏いを抱えた決闘。攻撃もろくにできない決闘者がこの俺の前に立つなど。2体を守備表示に変更」
6周目 |
福西彩&元村信也:ハンド4/モンスター1(《神獣王バルバロス》)/スペル0/25000LP |
ローマ:ハンド4/モンスター1(《降雷皇ハモン》《E−HERO ヘル・ゲイナー》《メタモルポット》)/スペル2(セット/《デーモンの宣告》)/6500LP |
「おまえは一撃をいれるチャンスを逃した。空元気などでは俺は倒せん」
「くっ……」
「ほうら。ここはもう《降雷皇ハモン》のフィールド。遊んでみろよ」
「な、なんだこれは!? 《降雷皇ハモン》が結界を!?」
前衛に繰り出たハモンが電撃を四方に飛ばす。そこには一部の隙間もない。
「シンヤ、あれは《降雷皇ハモン》第二の能力、『虚無の障壁』よ」
「『裁きの雷』の他に、《降雷皇ハモン》に効果とかあったのかよ。嘘だろおい」
「あいつあんなんで大丈夫か?」 マリシャスデビルの効果もド忘れする程度の決闘者。
「そういうとこあるから、あの子。妙に求め過ぎて足元がどうもおぼつかない。これで益々」
「そうかよ。だけど攻略してみせる。おまえの、決闘狂人としての顔をもう一度拝むために」
ローマの本気はここにない。出すまでもないということ? なら引きだすしかない。してみせる。
「シンヤ、大丈夫なの?」 「一々弁解はしない。したところで結論は変わらないだろ?」
「ドロー。アヤ、このカードを」 「わかった。私が持ってる。メインフェイズ」
「息は合ってる、のか?」 「そこそこ? それより気になるのはシンヤ君……」
「《神獣王バルバロス》を生贄に《風帝ライザー》を召喚! 効果発動」
「リバースカードオープン」 「リバースカードオープン」
ライザーが起こす竜巻がハモンを彼方に吹き飛ばし、そして。
「《リビングデッドの呼び声》を発動。《ブラック・マジシャン・ガール》を召喚」
「よし! うまいこと2人で上級を呼び出せた。これなら」
「バトルフェイズ、《メタモルポット》を《ブラック・マジシャン・ガール》で攻撃!」
彩が軽やかに守備モンスターを撃破。今度は信也の番だ。
「う……」
「どうした? 今度も攻撃しないのか?」
「やっぱり。シンヤ君はもう決闘者として……」
「シンヤ! どうしたの! シンヤ! やっぱり……」
(所詮この程度の精神力か。ならばここで終わらせる)
そう、ローマが結論付けようとしたそのときだった。
「《風帝ライザー》で《E−HERO ヘル・ゲイナー》を攻撃!」
ライザーの風がゲイナーを彼方に吹き飛ばす。
「勘違いするなよローマ。もう答えはみえている」
「ほーお」
(シンヤ? 答えって……)
信也は深呼吸した。向き合うということ。怪物を相手に向き合うということ。
「なにがなんでもおまえと戦おうとしたのは答えを探すためだ。なんでおまえが怖いのか。そうさ、僕はおまえが怖かった。はっきり言う。おまえが怖かった。おまえがオリジナリティーの塊だったからだ。それも、なにをやっても、こっちの小細工を吹き飛ばすほどのオリジナリティーの塊だったからだ。僕の決闘はあらゆる手を用いて相手の型を崩す決闘。だけどそれは、僕がそいつらに成り替わりたいって気持ちがそうさせていたんだ。だけどおまえはおまえすぎる。壁だったんだ。僕がああいう決闘を続ける限りおまえには永遠に到達しない。だから降りてしまう。だったら! 僕は捨てる。今までの決闘を!」
「シンヤ。じゃ、じゃあ! 《メタモルポット》に攻撃しなかったのは?」
「借りを返したのさ。直前で気がついた。あのメイン2メタモルリバースは俺達に合わせたんだろ? いくらなんでも、そこまで気を使わせておいて何もなしってのは後味が悪いからな」
「対等を望む。それがどれほど身の程知らずなことか分かっているのか?」
「わかるかよ。もうおまえには怯えない。これだけ回り道をしたんだからな。わかったんだ。彩があれだけ一歩づつ頑張ってる。ああいう姿に本当は嫉妬して、どうにかするためにイレギュラーな決闘をいつも考えていた。だけどそれじゃダメなんだ」
信也は語気を強めた。澄み切ったようにも、なんとか精一杯足掻いているようにもみえる。あるいは両方? いずれにせよシンヤは宣言した。その答えはすぐに出る。
「ローマ、おまえをがっかりさせはしないさ。もう僕の手はふるえない。ハモンは攻略した!」
「そっか。シンヤ君は、わけのわからない震えの本当の意味を探って克服するには、本人に直接問うしかないと思い至って、それが巡りに巡って悪化に悪化を重ねてあんな行動を。いずれにせよシンヤ君は傷を克服した。これなら、これなら勝負になる」
「いや、不味いな。不味い展開だ。これでは勝負にならない」
「え? なんで?」 「みてりゃわかるさ。みてりゃな」
「それがどうした」
「え?」
「それがどうした。俺はライザーの効果発動時にチェーン、ハモンがデッキトップに戻る前、《無謀な欲張り》を発動していた。もう一度言う。それがどうした」
「なんだって!?」
「ドロー……ドローフェイズは飛ばされている。500ライフを支払い《デーモンの宣告》の効果を発動」
「ドローフェイズがスキップ。デーモンの宣告……しまった!」 「嘘、そんなことって!」
「《降雷皇ハモン》を宣言。手札に加える。《貪欲な壺》を発動。お前達が半端に破壊してきたカードをデッキに戻し、2枚ドロー。《闇の護封剣》と《生還の宝札》を発動。この3枚を墓地へ。さっき言わなかったか? 《降雷皇ハモン》は二度吠える!」
失 楽 の 回 帰 熱
福西彩&福西彩:24000LP
ローマ=エスティバーニ:6000LP
「うわああああああああ!」 「きゃあっ!!」
「どうした! 二人がかりでこの程度か! 束になってかかっても、新上達也の
光合成体質にさえ及ばない。その程度でよくも立ち向かうと言えたものだな!」
「やはり危惧していた通りの展開になったか。このままではハモン1体に敗れる」
「予想通り? シンヤ君、立ち直ったじゃない。なにがいけなかったの?」
「それが問題なんだよ」 「え?」 「漂白しきった先にあるのは『ゼロ』しかない」
「あ……」 なにかに気がついたのか、皐月は呻き声を漏らす。
「野生の決闘狂人としての本性が唯一通じそうな武器だった。今はそれすらない」
「今までの決闘を振り捨てれば立ち向かえると言ったな。恐怖を消したところでどうするつもりだ?」
「う……」
信也はギクリとした。なにもない。なにもないのだ。脱ぎ捨てたところでなにもない。ガイアプレートを割ったら中からマントルプレートが出てくるのは最早世界の常識だが、元村信也を割ったところで出てくるものはなにもない。なにもない。なにもない。なにもありはしないのだ。
「異端者の決闘は野生の決闘狂人としての荒削りな魅力に満ちていた。それを捨ててなにをやる。女と仲良く連れ添ってカードを引けば俺に勝てるとでも思ったか?」
ローマは鋭く信也をえぐる。事実、彩との共闘の中に現状を打開する策はない。だとすれば?
「そうかよ。あんたは俺の決闘がみたいわけか。後に何も残さない俺の決闘を……ハハ」
(駄目。絶対駄目。シンヤは振り出しに戻れた。だけどこのままじゃ同じことを繰り返しちゃう)
精神に異常をきたした犯罪者はその異常性ゆえに再犯の危険を孕んでいる。カードゲームも同じである。精神に異常を来たした野生の決闘狂人は再度同じ決闘を繰り返す。そう、無限ループのように。信也はこの、極上の決闘狂人を相手に代わりの型が煮詰まるまで我慢することはできないだろう。
(つきつめてもダメ、捨ててもダメ、だったら当たって砕けろってな。そうだ。それがいい)
信也が徐々に、制御不可な野生の決闘狂人へと変貌していく。止める術がありうるか?
(これは元々私の試合。こうなったら試合放棄してでもシンヤを押しとどめるしか……)
人間やめますか? カードゲームやめますか?
彩の脳裏をよぎる有名な一節。しかしここで信也にカードゲームをやめろといったら反動で人間を捨てて決闘野獣と成りはてるかもしれない。そうなったら一巻の終わりだ。それに許せないことが彩にはある。このまま終わるなんて許せない。これは、意地だ。
(シンヤは空っぽな自分を極度に恐れてる? そんなの。そんなの!)
「貸して! シンヤ!」
言うが否や、彩はシンヤの分のカードを分捕った。そして自分の分のカードを押しつける。
「なにするんだ、アヤ!」
「どうせ勝てるわけない!」
「か、勝てるさ。僕は勝たないといけないんだ!」
「シンヤはわかってない。真っ白で何も分かってない。だったら私がやる!」
「ちょっと待……」
言い返そうとして信也は怯んだ。物凄い勢いで睨み返されたからだ。長い付き合いで初めて見る眼。何かを訴えるかのような眼。怖いというよりは、むしろ哀しい眼。そういえば。信也の手には彩から渡されたカード。彩のカードだ。それが今、ずっしりとした質感を持っていた。
「わかったよ。言う通りにする。だから……」
だからもうそんな顔はしないでくれ――
7周目 |
福西彩&元村信也:ハンド3/モンスター1(セット)/スペル0/24000LP |
ローマ:ハンド4/モンスター1(《降雷皇ハモン》)/スペル1(セット)/6500LP |
(僕がアヤのカードを使う。アヤのデッキを使うってことだ。アヤの決闘をやるってことだ。どうする?)
未知の体験だった。誰かに成り替わりたいと思っても実際に成り替わるのは初めての経験。
(アヤはユウさんみたくピンポイントカウンターを決めれる人間じゃない。裏の裏を読む決闘でもない)
弱いところばかりがみえてしまう。当たり前だ。さっきまで籠絡することばかり考えていたのだから。
「僕は《ブラック・マジシャン・ガール》を守備表示に変更」
「私はカードを1枚伏せる」 「ターンエンド」 「ターンエンド」
(正直、今すぐ投げ捨てたい。だけど、だけど……)
「俺のターン。ドローフェイズをスキップ」
低く重みのある声だ。今の二人にはこの声さえも圧力。
「《降雷皇ハモン》で《ブラック・マジシャン・ガール》を攻撃」
(シンヤがやられちゃう。ここはリバースカードで対応……)
彼女は当然のようにそう思った。しかし、彼女は手を止めた。
「うわあ!」
当然、被弾する信也。彩はそれでも沈黙していた。
(シンヤなら、ここでシンヤならどうするだろうか。シンヤなら)
直前の天啓。そうでなければ食らった人間としての経験則か。
福西彩&福西彩:23000LP
ローマ=エスティバーニ:6000LP
(クソ。ガンガン被弾しまくる決闘になってしまう。アヤは何時だって誠実に立ち向かうんだよな。なにかと被弾の多い決闘。こういう決闘をやってたわけだ。なんのために? 貫くため? 強くなるため?)
「メインフェイズ2、モンスターを1体セット。ターンエンド」
「そこ! 《強制脱出装置》を発動! セットモンスターを手札に戻す」
「なんで? 猛威をふるってる《降雷皇ハモン》じゃなくてなんでそっちを?」
(シンヤだったら、私を囮にして限界まで被弾させて、その間嫌がらせに徹する筈)
彩は考える。時間はあまりない。機会もそう多くはない。だからこそ濃密に考える。
(これでいいのかな? どの道私には合わない。だけどシンヤはどんな気持ちで……)
8周目 |
福西彩&元村信也:ハンド3/モンスター0/スペル0/23000LP |
ローマ:ハンド4/モンスター1(《降雷皇ハモン》)/スペル1(セット)/6500LP |
「ドロー。僕は手札から《貪欲な壺》を発動。墓地に存在する7枚のモンスター・カードの中から5枚をデッキに戻してシャッフル、2枚ドロー」
(再装填。そして補充。これでいいのか? クソ、全然わからない。やられる覚悟ってか?)
「私は《手札抹殺》を発動!」
(《手札抹殺》。徹底的に阻害する気か)
(シンヤの決闘は……シンヤの決闘は……)
セットし損ねたモンスターを含む、ローマのハンドが全て墓地へ。その中にはあのカード。
(あれは《ファントム・オブ・カオス》。墓地には三幻魔。間違いない。ローマはあのときの再現を? アヤは《N・グラン・モール》や《N・ブラック・パンサー》をみている。《コンバート・コンタクト》や《クロス・ポーター》も。
《パラレル・ストーム》でこいつらを外して三幻魔関連のカードを入れなおした。そうだ。スロットはギリギリなんだ。そして三幻魔は既に2つが墓地に落ちてる。もしかしてデッキに2枚目3枚目の幻魔がデッキに眠ってる? サイドは15枚。必要最低限しか入れられない筈。だけどそれがなんなんだ。そんなこと……ああ駄目だ。全部がこんがらがってみえてこな……)
重苦しい空気。それを破ったのは他でもない幼馴染だった。
「シンヤ! 私の決闘はどう? やってて楽しい?」
「悪いけどあんまり。先がみえないままドアをノックし続けるってのはさ」
「そうだね。私も。だけど、それってさ、それってさ!」
彩の脳裏にある思いつき。これを言えば? しかし彩は躊躇った。それはどこか辛いことでもある。忌まわしき記憶をどこかで肯定しなければならないということ。しかし短所は長所の裏返しとも言われている。ここで必要なのは進む意思。彩は首を三回ふった。そして叫んだ。
「シンヤ! あの試合! 私との、あの試合のシンヤは楽しんでたじゃない!」
「え?」 皐月は耳を疑った。彩は一体何を言わんとしているのか。
「私のことをぐちゃぐちゃにしようとしてたときのシンヤは……今より輝いていた!」
「アヤ、僕はあのときローマとの再戦のことしか考えてなくて、そのための手段として」
「確かにそうかもしれない。だけど心の奥底ではそういう闘い方を楽しんでた。だからなりふり構わず予選突破を目指すときああいう形になった! そしてそれは今までだって同じ! シンヤが好むデッキも、シンヤが闘いたがる対戦相手も、対戦相手に嫌がらせをしてやろうって、それをシンヤは楽しんでた!」
「僕は気付いてしまったんだ。僕は今までの対戦相手に、魅力的な対戦相手に投影してただけだって」
「だとしても! 対戦相手に嫌がらせをすることをシンヤは楽しんでいた。楽しむってことは、そこに自分の型があるってことなんじゃないの? 今までの決闘だって絶対にシンヤの中で残ってる。それを否定しちゃったらいつまでたっても成長できない! シンヤは最低よ! 何処に出しても恥ずかしくないくらいに今日のシンヤは最低! だけどそれは最高にだってなりえる!」
「アヤちゃん……」 皐月はみた。彩の眼に涙が浮かぶのを。
(精神崩壊ギリギリで闘ってきた女の方が諭すとはな。おもしろい)
「知らないぞ。どうなっても」
信也の眼に光が戻る。どこか妖しく、綺麗なだけではないあの光が。
「私は2枚目の《貪欲な壺》を発動! 5枚のモンスターカードをデッキに戻してシャッフル、2枚ドロー」
(BMGを切って高速でデッキをまわす。これで向こうはハンド5枚。ハモンを倒す気か)
彩と信也は再度手札を交換。彩は信也を後押しするかのようにハンド増強。時は来た。
(シンヤ! みせて!)
(真価が問われる。あのハモンをどうやって攻略する?)
(どうやったところで術中だぜ。なにか策はあるのか)
「茶番は終わったか。ならばみせてみろ。さあ! どうするガキ共!」
全ての視線が信也に注がれる。そしてその瞬間、信也は――
「なにもしねえよバーカ」
「あ?」 「い?」 「う?」 「え?」 綺麗な反応だった。ある意味もっとも意外な一言。
「ああ、一応やることはあるな。彩、カードガンナーをセットしてくれ。3枚墓地に送って終わりだ」
「し、し、し、シンヤ! 場にはあの《降雷皇ハモン》があるんだよ! それにコンボだって!」
「いいから言う通りにしろって。ちゃんと考えはある。なんとか無事に済むんじゃないかな」
彩は渋々言われたとおりに進行。そしてエンドフェイズ、彩は一旦時計を止めた。
「シンヤ、本当にこれで大丈夫なの? これ、大ダメージ食らうんじゃないの?」
「4600食らうけどさ。アヤが出したモンスターだからアヤが喰らえば問題はない。僕は後ろに隠れてるから。墓地も肥やせる、カードも引ける、自分の身体も五体満足、万々歳だ」
「私は!? このカードガンナー元々シンヤのじゃん! ドサクサに紛れて私の方によこしてるけど!」
「頑張れ!」 いい笑顔だった。これ以上ないくらいに、いい笑顔だった。
「ローマを、ハモンを相手にカードガンナー放置エンドって。有り得ないでしょ」
「放置プレイだ。あいつ、あのローマを相手に放置プレイをかましやがった。その上ガールフレンドを騙して盾にするとは。なんて巧みなプレイなんだ。あいつ、やりやがるぜ」
「え?」 「案外、これがこの場面の最適解なのかもな」
「まあ聞けよ。ローマの決闘は確かに化物級。とてもじゃないが僕等が正面からぶつかって敵う相手じゃない。だけどさ。いくらローマといってもあんだけの決闘。チャージに時間と労力がかかるるのは間違いない。そしてタイミングもシビア。迂闊にこっちがなんかすれば、それを巻き込んでなんかがふってくるかもしれないが、この状態なら案外1ターンパスしたところ死なないかもしれない。なんたってハンデが沢山あるからなあ。ハモンじゃ死なないっしょ当分」
このとき、信也は懸命に震えを抑えていた。それは今までとは似ているようで違う震え。1ターン、たったの1ターンだが、ローマを相手に1ターンパスする恐怖はいかばかりか。
「らしくなってきたじゃないか。それでこそアイツだ」
「いい度胸だな。俺のターン、ドロー」
(そりゃ、アヤが喰らってくれるからな。楽なもんだ)
(奴らの手札にもハモンを退ける方法の一つぐらいはある筈だ。にも拘らずハモンを残す)
ローマの目から遊びの色が少しづつ消えていく。翔はそれを物珍しそうに眺めていた。
(ローマ。あいつ、笑っているのか? 相手がガキ共だからと侮っていない。むしろ……)
(このローマを食ってかかる決闘者か。長い間みなかった。いいぞ。もっとだ。もっと高めてみろ)
――――
「君との付き合いは常に溜息の連続だよ、ローマ」
ある日のこと。ラインバック医師は軽く狼狽していた。彼はベテランの医師であり、大抵の『驚くべきケース』は見慣れている筈だったのだがそれでも驚かずにはいられなかった。
「ごたくはいい。さっさと言うだけのことを言え。料金分な」
「ドローによる神経断裂。カードゲーマーには典型的な症状で、私も今まで幾人ものカードゲーマーをみてきたわけだが。君のような患者は初めてだ。いったいなにをすればここまで」
スポーツ医学の権威、ラインバック医師はそうローマに問いかける。そこは病院の中だった。ローマの右腕は何故か目に見えて大きなダメージを受けている。来訪の目的は無論その腕に関してだろう。ローマは医師の目を見つめると、軽く笑みを浮かべこう呟く。たった一つの固有名詞。
「璽偉衛玖珠の書だ」
ローマがその単語を口にした瞬間、医者が目を見開き手をガクガクと震わせる。
「その様子だと知っているようだな。流石の博識。そう、璽偉衛玖珠の書だ。アメリカの国立図書館で埃をかぶっていたのをみつけて興味を持った。【全土滅殺天征波】の脱構築系、既にこの左腕に宿っている」
「そいつはファンタジックな出来事だ。この怪我はそのせいか?」
ローマは、頷くともなく静かな笑いを浮かべその場に佇んだ
「本気かね? あれを蘇らすというのか?」
「あれはきっかけだ。そこから他の誰にも出来ぬ決闘を生みだす」
「なんのために?」
「俺は腑抜けが嫌いだ」
――――
「バトルフェイズ、《降雷皇ハモン》で《カードガンナー》に攻撃!」
彩がもんどりうつ中、ローマは淡々と攻撃した。それはあまりに静かだった。まるで主導権を手放したかのように。まるで全てを受け入れに行くかのように。そう、淡々とした攻撃だった。
福西彩&福西彩:18600LP
ローマ=エスティバーニ:6000LP
(元村は恥も外聞もなくライフ差をのハンデを生かしきるつもりだ。そうしてねちっこく機を待っている。しかしローマもローマでむしろそれを望んでいる? なりふりかまわぬ姿勢を望んでいるのか、アイツは)
「僕は《カードガンナー》の効果で1枚ドロー。どうしたローマ、仕留めきれないのか?」
(確信した。流石のハモンも単騎ではこれが限界。残すことで逆に生き残ることもある)
敢えて雷を受け続けることで隙をみせない2人。もし、みせる瞬間があるとするならば。
(反撃に移る瞬間に隙は生まれる。そう、焦って迂闊な行動をしなければ、それこそが)
(耐えに耐える。とにかく出して耐える。一つ一つに拘らず耐える。そうすれば爆発の瞬間が訪れる?)
「モンスターカードを1枚セット。ターンエンドだ」
9周目 |
福西彩&元村信也:ハンド5/モンスター0/スペル0/18600LP |
ローマ:ハンド4/モンスター2(《降雷皇ハモン》/セット)/スペル1(セット)/6000LP |
(考えるんだ。ローマとの決闘はそれがスタートでありゴール。ローマはコンボデッカー。なのに《降雷皇ハモン》単騎で延々と追撃してくるのは? 僕等を侮っている? たとえ侮っているにしても余計な隙をみせる男じゃあない。ハモンは巨大なブラフだ。ブラフで違うなら超一級品のデコイ)
(私には森先輩みたいなピンポイントカウンターも新堂さんみたいな致命打の打ち込みもない。プレスをかけ続けることしかできない。だけどそれで、矢面に立ち続ければそれが突破口になる)
(さっさと【真・全土滅殺天征波】なり【エターナル・サイバー・ダーク・インパクト】なり超必殺技をぶっ放してもいい筈だ。だけどそれをやらない。いや、できないんだ。いくらローマでも、実質連戦、その上合計40000のライフを削るのは相当な労力。それに、途中でサイドチェンジまでしたんだ。あの時点では、彩の状態を見切ってそのまま勝ちきる腹積もりだったんだろ? それがなんだかんだでこうなった。それでもローマは退けない。最強の殺人決闘集団裏コナミのローマとして、挑戦を受けて立つ立場だからそのまま決闘を続行した。仕切り直しさえ振舞った。スゲーよあんた。だけどペースは現に落ちてる。あいつも人間だ。振り落とされそうになりながらも延々としがみついている内にそれがみえてきた。そしてそれは、攻撃を喰らい続けたアヤのおかげだ)
(方針は……決まった)
相手に偏執的な妄執を抱くことで、相手が一番嫌がる決闘をみつけ嬉々として実行できる。信也は澄み切っていた。本来それは隠しておきたい『性癖』。しかし決闘の場において、それは『的を射た戦略』として昇華される。最小の労力で相手を地獄に落とす方法はなんだろう。彼は最早それしか考えていないのだ。
(方針は……これしかない)
何度振り落とされ傷つけられようとも健気に一歩づつ歩み、身体で実感できる。彩は研ぎ澄まされていた。本来それは表に出すとつけこまれる『性向』。しかし決闘の場において、それは『諦めない意思』として昇華される。何度倒されても立ち上がる。立ちあがる度に強く生きる。彼女はその度に研ぎ澄まされる。
(ようやく分かった。カードゲームは凌辱なんかじゃあない。カードゲームは、カードゲームは……)
(カードゲームはSMだ!) 後の元村信也である。
(ドロー……シンヤ、これ、わかってね。じゃなかったら!)
福西彩は意を決した。早過ぎず、遅すぎない唯一無二のタイミング。
「手札から、手札から《熟練の黒魔術師》を通常召喚!」
(《熟練の黒魔術師》。アヤもここだと感じたんだ! だったら!)
「僕は800ライフを支払い《早すぎた埋葬》を発動。アヤのカード、《見習い魔術師》を特殊召喚」
(わかる。ローマへの道を通じてシンヤの決闘がわかる。こうだよね、シンヤ。これしかない)
「このタイミング、私は手札から速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動! 《見習い魔術師》を指定。デッキ・手札・墓地からから《見習い魔術師》2体を特殊召喚。そして《見習い魔術師》の効果。魔力カウンターをフィールド上のモンスターの上に載せる。私は場の《熟練の黒魔術師》にカウンターを3つ」
(そうだ。アヤはこんなにいい決闘ができる。知ってた。知ってたんだ僕は)
「《熟練の黒魔術師》を生贄に捧げ、デッキから《ブラック・マジシャン》を召喚!」
(シンヤは最高のタイミングを、もっとも嫌がるタイミングを待っていた。使って、シンヤ!)
「場の《見習い魔術師》3体を生贄に、《D−HERO Bloo−D》を召喚! 効果発動」
(効果を無効とした上、《降雷皇ハモン》を吸収する。こいつ、こいつの狙いは!)
「《降雷皇ハモン》はフィールド上にも墓地にも残さない。攻撃力は3900!」
「凄い。この連携。あの二人がここまで息のあった連携を!?」
(なんだろうこの感じ。これがカードを通して通じ合うってことなのか?)
(もう少し早くこうなれればよかったのに。だけど、ようやくここに来ることができた)
「バトルフェイズ」 「バトルフェイズ」
「《ブラック・マジシャン》でセットモンスターを攻撃!」
「《カードガンナー》を墓地に。このドロー効果は《スキルドレイン》にも阻害されない」
(《カードガンナー》を守備表示で設置していた。そうかい。やっぱそういうことかい)
「《D−HERO Bloo−D》で……ダイレクトアタックだ!」
「チィッ!」
福西彩&福西彩:17600LP
ローマ=エスティバーニ:2100LP
「カードを2枚伏せる。僕等はこれでターンエンドだ」
ローマがドロー。しかしここで一瞬止まる。
「ローマはこれで追い込まれた。《D−HERO Bloo−D》は効果モンスターキラー。それも一方的に。これをなんとかしなければコンボの8割が機能不全に陥るだろうな」
「だけど、《月の書》かなんかで潰すことはできる、でしょ?」
「それこそがあいつらの狙いかもな。ローマを引き出しきる。そうすれば」
「引き出しきる。それがあの子達の決闘?」
「800を支払う。《D−HERO Bloo−D》を対象に手札から《洗脳−ブレイン・コントロール》を発動」
(来た)
彩はチラリと信也をみた。信也はこくんと頷いた。おそらく、次のプレイが彩のラストプレイに違いない。既に限界を超えてプレイしてきたアヤ、しかし限界の限界はすぐそこに迫っていた。だからこそ。
「私の、最後の速攻魔法を発動。
《黒の呪法―時空転位術―》」
ローマの魔力をトリガーに、彩は最大の魔術を解き放つ。二つの魔術が混じり合うその刹那、魔力空間に二体の生贄を捧げることで、さながら火室にくべられた石炭爆弾のごとき爆発力が、二乗の爆発力がそこに宿る。それは福西彩にとっても初めての経験。初めての爆発。
《黒の呪法―時空転位術―》
速攻魔法
自分フィールド上に存在するモンスターが相手の魔法・罠・効果モンスターの対象となったとき、そのモンスターを含む自分フィールド上のモンスター2体を生贄に捧げることでデッキから「黒の魔法神官」1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。この効果で「ブラック・マジシャン」を生贄に捧げた場合、フィールド上に魔導士トークン(魔法使い族・星4・攻/守1800)2体を特殊召喚する |
《黒の魔法神官》
効果モンスター
星9/闇属性/魔法使い族/攻3200/守2800
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に存在するレベル6以上の魔法使い族モンスター2体を生け贄に捧げた場合のみ特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、罠カードの発動を無効にし破壊する事ができる |
「魔導士トークン2体と共に、《黒の魔法神官》を守備表示で特殊召喚!」
「あれは! 速攻魔法の魅せどころ、サクリファイス・エスケープの決定版か!」
(ナイスだアヤ。これであいつは、このターンにコンボを発動するしかない筈。そうなれば!)
彩の膝が落ちる。全ての力を使いきったのだ。しかしそれでも、眼だけはローマを離さない。
間合いを計るということ。ローマの踏み込みの距離を計るということ。それはとつてつもなく「おっかないこと」だった。一つ間違えば吹っ飛ばされる。しかし二人は敢えて計りに行った。そして線を引きに行った。彩が受けに受け、そして信也が意地悪く線を引きに行く。効いたのか? どれほど刺さったのか? その答えは今からわかる。ローマは遂に動いた。最強が動き出したのだ。
「手札から《早すぎた埋葬》を発動。対象は《ファントム・オブ・カオス》」
(来た。《ファントム・オブ・カオス》。おそらく、その次の手はこっちと同じだ)
「《地獄の暴走召喚》を発動。《ファントム・オブ・カオス》を3体を攻撃表示で特殊召喚」
「彩の《黒の魔法神官》は……通常の特殊召喚に対応していないのでこのままだ」
「効果発動!」 「シンヤ……」 「ああ、あれだ。奴の狙いは墓地のあいつらだ」
(あのときは不発に終わった特急券狙い。それをこの、リソースがギリギリな場面で仕掛けるか。だけど特急券だろうがなんだろうが目的地は一緒だ。それなら!)
「《ファントム・オブ・カオス》の効果発動。現れろ、幻影の幻魔皇、降雷皇、神炎皇」
(三体の幻影幻魔をゲームから除外!) (あれを、あれを出すつもりだ!)
混 沌 幻 魔
「ローマの動きが止まった。なんで? アーミタイルを出したのに」
「嫌がらせが功を奏したのさ。こっからどうするってこった」
「効いてるんだ。おまえには間違いなく効いてるんだ」
「《黒の魔法神官》とお供のトークンは全員守備表示。受けきれる!」
「おまえがハモンをデコイにしてこっちの拙攻を誘おうとしたように、僕はアヤをデコイにした。アヤなら耐えきってくれる。どんなにボロボロになっても挫けずにトライしてくれる。だから僕はうまくやれる」
(シンヤなら相手の一番嫌なところをついてくれる。じっと息を潜めて、ピンポイントで邪魔をして、そして攻撃した瞬間それを防御に変える。非力な私でも、そこに力を被せれば追いつめることができる)
(それがおまえらの答えか。【真・全土滅殺天征波】はあくまで物理攻撃。その真価は正面衝突になってこそ最大威力を発揮する。ここで打っても守備モンスターを倒せるだけ。その上御丁寧に罠を封殺、か。アーミタイルは自分のターンのみ攻撃力が一万ポイントアップする。裏を返せば……)
「ないカードは引けない! デッキに仕込まれてないコンボは出せない! これが僕等の決闘だ!」
「………」
これは、艱難辛苦に塗れながらも、己の脚で立ちあがりカードを引く決闘者達の熱き成長の物語。
熱き成長の物語である。
熱き、熱き成長の物語である!
「はっ……はっは……」
そのとき。翔は確かにみた。窮地の中で嗤う決闘狂人の顔を。そういえば聞いたことがある。決闘狂人はどこまでいっても決闘狂人。そしてその本性は、彼の者が獲物をその眼に捉え、最も昂ぶったときに現れると。やや前傾姿勢にシフトしたその男はその昂ぶりを抑えるかのように小さく呟いた。
「お前達は正しい。ルリー……モード変更『1467』」
決闘盤が変形を開始すると同時に彼は『右腕』につけていた決闘盤を上空へ放り投げる。彼はその決闘盤を、左右の変更が終了した決闘盤を『左腕』で受け止めた。
「その手が……あったか」 翔は呻いた。
「え?」 連携に湧く信也は一瞬きょとんとした。なにが起こった?
(しまった。見逃した。あいつはなにを……左腕に決闘盤だって!?)
「みたか、片割れ」 「リバーシブル……デュエルディスク?」
「右でのドロー。不味いな。おい片割れ。俺の後ろに控えてろ」
「やだ」 「ふざけてる場合か!」
「ざけてないって。いざとなったらいるでしょ、なんたって2人なんだから」
「ほんの少しだけおまえのことをみなおした。なら全力で構えてろ」
左を制する者は決闘を制す。誰もが聞き飽きるほど聞かされた決闘の格言。しかしこれは右利きの人間を想定した格言だ。しかしローマは左利きである。だとすれば? だとすれば?
「おまえら、名前は?」
「元村信也だ」 「福西……彩」
「俺は……俺は……ローマ=エスティバーニだ!」
ローマの身体から『気』が放出される。そう、溢れんばかりに!
「はぁあああああああ……リィィィィロォォォォォォドォォォォォオオオ!」
右のドローが風を呼び、渦を巻き、竜巻となって襲いかかる。
「なんだ。なにが起こってるんだ? 右のドロー? このデッキで、ローマにはまだ技があるっていうのか」
「おまえらは正しい。そうだ。実体の『左』を見抜いたおまえらは正しい。だからこそ幻想の『右』。おまえらにはその資格がある。《強制転移》を発動! 《混沌幻魔アーミタイル》を指定。」
「なんだって!?」 「アーミタイルをこっちに!?」
「奪ったモンスターを生贄に《モンスター・ゲート》を発動ォ!」
信也と彩には何が起こったかわからない。新堂翔は考える。
「幻影……幻想……コピー……この連鎖……この連鎖は……」
なにかに繋がっていく。なにかに。そこまで考えたとき、彼は叫んだ。
「でっかいレンズだ」 「え? どういう意味」 「知るか。それはあいつが!」
「リバース・カード・オープン!
《二重詠法》を発動」
「
《二重詠法》だって!?」
「おまえ達の墓地に存在する《地獄の暴走召喚》を奪う。おまえの言う通りだシンヤ。ないカードは引けない。《N・ブラック・パンサー》を特殊召喚」
「ブラックパンサー!? そんなバカな。あれは
《パラレル・ストーム》で。いらないカードだから」
いらないカード? ローマ=エスティバーニに対し、これ以上におろかな断定など。断定など!
「この瞬間、《地獄の暴走召喚》の効果を適用。こちらの指定《N・ブラック・パンサー》!」
(しまった。僕等は思考から《N・ブラック・パンサー》を消していた。ないカードだと思い込んで」
「3体のブラックパンサー……これは……この布陣は……」
「効果発動。幻影の中にアーミタイルの能力を取り込み、全ては膨張する」
「実体の躍動に対する幻影の膨張。それがあいつの『右』に込められた力!」
混 沌 幻 魔『α』
混 沌 幻 魔『β』
混 沌 幻 魔『γ』
「これがアーミタイルに隠された第二の特性」
「第二の特性!? 【全土滅殺天征波】だけじゃないっていうのか!?」
「【全土滅殺天征波】。その破壊力をもって全てを消し去る決闘技。現代のアーミタイルにもほぼ完全に受け継がれていると言われる能力。だがもう1つあるといったらどうする? あるんだよ。アーミタイルにはもう1つの真実が。幻影の中に潜む真実が。それこそが【虚無幻影羅生門】」
「【虚無幻影羅生門】!?」
「外と内、【全土滅殺天征波】が外から全てを消し飛ばす殺意の波動だとするならば、【虚無幻影羅生門】は内から全てを朽ち果たす腐食の波動。かつて、敵軍の陣に現れたアーミタイルはその波動を持って内部から敵を撃ち滅ぼしていったという」
「無理よ! 【虚無幻影羅生門】は実現不可能な技。だってテキストにないんだから!」
「テキストを愚直に読むことしか出来ないのは二流のコンボデッカーだ。羅生門はある!」
「幻影……内側……《ファントム・オブ・カオス》……《N・ブラック・パンサー》」
キーワードが繋がっていく。新堂翔は静かに言った。
「そうだ。思い出せ。あいつは《強制転移》でアーミタイルを移した。アーミタイルの能力。自分のターンのみ攻撃力を1万ポイントにまでアップする。裏を返せば、相手の場に転位させた瞬間攻撃力はゼロに戻るということ。そしてアーミタイルは戦闘では……破壊されない」
「まさか! 内側からの破壊。それも、トリプルブーストを反射させる形で。伝承よりも凶悪な【虚無幻影羅生門】。それがローマの狙い! それがローマ式の【虚無幻影羅生門】」
「アイツ、カードテキストを脱構築しやがった。破壊力は3の二乗で9倍だ!」
信也と彩の、その支配下に置かれたかにみえたアーミタイル。だがそれはレンズでしかない。映し身に己の魔力を転位させその全てを受け入れる。獅子身中の虫? 虫ならばかわいいもの。虫ではない。アーミタイルなのだ。獅子身中のアーミタイルとはよくいったもの――
「これが、ローマ……」 「そんな……そんな……」
「バトルフェイズ……『α』『β』『γ』、その本性を現せ!」
虚 無 の 霹 靂
Ultimae Blaze
天 界 殲 滅 拳
三つの光が一つの点に収束していく。それは全てを曝け出す――
―――――
「また厄介になりにきた。報酬は弾むと言いたいが最近出費が多くてな。安めで頼みたい」
「ローマ、その顔、そしてその傷……まさか! 会得したのか! 新たな【虚無幻影羅生門】を」
ローマは目を瞑る。彼の瞼の後ろにはアンデス山脈の猛吹雪。璽偉衛玖珠の書を科学的にデータ分析、独自の計算式で弾き出した解答によれば現代のアーミタイルから【虚無幻影羅生門】のポテンシャルを引きだすには山中を吹き荒れる猛吹雪のごとき運動エネルギーが必要不可欠。ラインバック医師は内心で舌を出した。彼にもこの事態は不測の代物。間違いない。あの壊れる一歩手前まで酷使された右腕には「新たな」【虚無幻影羅生門】が宿っている。そう、右腕に……ラインバック医師は眼を疑う。右腕?
「ん? 確か君は左利きだった筈だ。それが何故こうも右腕を」
ドローは利き腕で行うのが基本。利き腕でない方の腕は決闘盤と言う名の『盾(シールド)』で保護されている。いかなる過酷な環境でデッキ構築とプレイ実験をおこなったとしても利き腕の方が先に傷つく道理。
「ドローは利き腕の方が望ましい。『利きドロー』は基本だ。しかしそれは基本でしかない」
「あの、ドローに利き腕ってそんなのが関係あるんですか?」
思わず看護婦が口を挟んだ。ローマの発言が信じられなかったからだ。
「日常生活でも利き腕を意識することは多々ある。たとえば今、ナイフとフォークをどちらで持つか、右と左、どちらがより上手くハサミを扱えるか、両利きでもなければ嫌でも意識することになる。それは何故か? 簡単だ。人類の歴史を幾度となく進化させてきた『道具』類の扱いは精密さを要求される。そこで右にばかり覚えさせれば右と左の間に格差が生まれ意識される。しかし脚はどうだ? フットサルの1つも嗜まない一般人にとっては、右脚と左脚の格差などそれほど意識されるものではない筈だ。この現代社会で生きるだけなら、両の脚を地面につけて歩くことさえ知っていればいい。脚で道具を扱ったり、脚そのものを道具として扱う経験に乏しければ意識できなくても無理はない」
「わ、私がビギナーだから、利きドローを意識するところまでいっていないと?」
「本当のカードゲーマーは、厳しい環境の中、生き残りをかけ幾度となく利き腕でドローしてきた。その過程で何一つ矯正を行わなければ右と左で格差が生じるのはむしろ自然。そしてだからこそ、そこには可能性が隠されている。わかったぞ。君の目的は左右に異質で同等の大技を封じることか?」
「折角の機会だ。右を使えるようにしておくのも悪くない。あの“ただの馬鹿”は両腕両足を等しく用いて大地との均衡を保つことで更なる力を捻出する。だが同じことをやっても面白くない」
「厄介になったな」
「ローマ、どこへいくつもりだ。まだ全て終わってはいない」
「決まってるだろ。新しいデッキを組みに行く」
「ローマ、何が君をそこまで狩りたてるのだ。こんなことを続ければ君のデッキは空になってしまうだろう」
「デッキ切れで負けるぐらいならその場で首をかっきって死んでやるさ。それがコンボデッカーだ」
ローマはそれだけ言い残してラインバック医師の下を去っていく。
「あの男はいったい何者なんですか?」
「彼はいつか私に言った。“カードゲーマーを人種の域にまで引き上げる”と。恐るべき男だ。“ローマは一日して成らず、しかしローマ=エスティバーニの決闘は一ターンにして成る”、とはよく言われているが、その秘密があの、異常な構築過程に裏打ちされたデッキ構築。一事が万事! ギリギリまで決闘を練り上げることで、常人には思いもよらぬ、常識を超えた決闘を最速で生み出す。強大な力は隙が大きい。だからこそローマはギリギリまで引きつけ、そして爆発。奴の根底にあるのは飽くなき向上心か」
ローマは歩いて行った。どこへいくのか、何を見据えているのか。
「ゴミ共が這い上がってきたとき……『デッキがありませんでした』? 有り得ないんだよ」
――――
「11000のトリプルブーストを《混沌幻魔アーミタイル》に反射させる。これこそが!」
虚無幻影羅生門Ω
それはあまりに圧倒的であまりにローマだった。彼らはその場から惨めに逃げ出すこともできただろう。しかし彼らは逃げなかった。それだけが、彼らに出来る最大で最高の決闘だったから。
(これがローマ。忘れない。決して!) (逃げない。逃げたら、どこにもいけない……から)
そのとき彩がふらついた。信也は彩の前に立った。自分よりも消耗の激しい彩の前に。反射的な行動だった。光に包まれ、吹き飛ぶ刹那、二人の新米決闘者はローマから遂に眼を逸らさなかった。
元村信也&福西彩:0LP
ローマ&エスティバーニ:1300LP
「うわぁ!」 「きゃあ!」
吹き飛ばされる信也と彩、このままではどうなるか。
「世話の焼ける連中だよおまえらは!」 (まにあって!)
その瞬間だった。翔が信也を、皐月が彩を受け止める。
「大丈夫だから」 「先……輩……」 ガクッと気を失う二人。
「おっかない威力だな。少しは手加減してやったらどうだ?」
「それはないな。おまえもわかっているはずだ」
ローマはそれだけ言い残すと背を向け去っていく。
「ああ。お前の言うとおりだローマ。このガキ共はよくやった」
(元村信也、福西彩、お前達は正しい。俺に全力を出させたのだから)
「さってと。俺等も退散しようぜ。邪魔だ」
「そうね。後は当事者にってところ?」
「完全に眼が覚めたら、そんときは修羅場だろうな」
「10発ぐらいで済むことを祈っとこ」
「あ……」
元村信也が完全に意識を回復したとき、そこには彩がいた。彩はずっとこっちをみている。眼を逸らしたい気分になったが逸らしたら一生口を聞いてもらえなさそうな気がした。それでもいい、そうは思えなくなっていた。一緒に戦った彩は、思っていた以上に大事な存在だった。信也は口を開いた。
「えっと……あのさ、アヤ……」
パチン、という音が響く。
「あ、うん。そりゃ、ぶたれて……」
最後まで言い終わらぬ内に第2発。第3発。第4発……。
「え〜っと。怒ってる?」
9発目のビンタが炸裂する。思ってた以上に、痛い。
「それで、これからどうするの?」
解答次第では更に殴られるのだろう。信也が答えないでいると、彩は懐からペンを取りだし地面に線をかくふりをした。そして線を挟んで信也の前に立つ。
「あっち、こっち。どっち?」
「あっちいってこっち戻ってきたら……ダメ?」
最後の一撃がしたたかに炸裂する。信也は線を越えて「おいアヤ!」と叫んだが彩は信也を線の向こう側に押し出した。そして言った。
「私はここまでだから。さよなら。1度も勝てなかったらもう口きかないから」
彩がその場を完全に去った瞬間、信也はその場に寝ころんだ。
「やっさしいよなあアヤは。あーあ。なんでこんなに弱いんだか、俺」
「どうなったんだろう、あの二人」
「知ったことかよ。面倒見切れるかそんなもん」
「そうね。とりあえずこれで……あれ? なんか忘れてるような気がする」
「生理か」 「次言ったら訴えるから。真剣に訴えるから」 「じゃあなんだ」
皐月はうんうん唸って思い出そうとした。そして一分後、素っ頓狂な声を上げた。
「ああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜! 姉さんどこよ! どこいった!?」
「わかったわかった。後でフォローしてやるから。その代わり……」
てんぷらうどん奢れよな。
【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
コレを載せたら次の、例のアレのための書き溜めで暫く休載になっちまうなとか思いつつ、DOに浮気して気を散らしたり、いざ戻ってきて読み返して納得がいかなかったり上手くいかなかったりで結局無駄に遅れました。申し訳ない。その分それなりになってることを願いつつ。一先ずのところは読んでくれてありがとさん。またな。
↑押せ。そんでなんか言ってけ。すっかり生活のリズムが崩れたので朝の目覚まし代わりに読みます。
↑前回の分の拍手掲示板返信をやっときました。遅れてすいません。