(どうしよう……。ホントどうしよう)
 元村信也は焦っていた。
(なんで二つ返事で出るっていっちゃたんだろう。こんな大会。ああ、こうしている間にも時間が!)
 元村信也は焦っていた。彼が、現在立つ破目になった場所に関することで猛烈に焦っていた。

 彼の立っている場所……それは『遊戯王OCG超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐カップ』という名前からして激烈に胡散臭いデュエル大会の本大会の予選リーグ第一試合の会場の中のデュエルフィールドだった。客席はそれなりに一杯だったが、肝心の、やたら滅多らに広いデュエルフィールドの上には、二人だけの決闘者しか……元村信也と、その対戦相手である田中聡しか立っていなかった。彼等は、この馬鹿のように広いデュエルフィールドをたった二人で独占し、他の決闘者の前で決闘(デュエル)に臨むことになっていたのだ。それは世に言う所の『開幕戦』であった。彼等はくじ引きによって“幸運にも”選ばれた存在なのである。元村信也は焦っていた。

 元村信也は普段から冷静な男として同僚からも一目置かれている存在であり、従って、もしもこの決闘が普通の決闘だったとしたら、例え開幕戦であろうと無難に勤め上げていたに違いなかった。だが、彼は現実問題として焦っていた。何故なら、この決闘は『普通の決闘』ではなかったからである。彼等のやっている決闘は、通常の形式とはおよそかけ離れていた。元村信也は焦っていた。

 この予選リーグで執り行われる独自の試合形式……それは『一戦ごとに異なる特別ルールに合致したデッキをその場で構築して決闘に臨む』であった。そして今この会場でデッキ構築に臨んでいる二人の決闘者に課された課題。それは、第2期までのカード『のみ』を用いてデッキを作るというものだった。元村信也は焦っていた。

 二人の決闘者の内の一方、田中聡は手馴れた手付きでデッキを構築していく。作るべきデッキの照準は既に定まっていると考えて良いだろう。だがもう一方の決闘者、元村信也のケースは、これと幾分事情が異なっていた。覚束ない手付き、眼前に散らばるカード。定まらない構想。無慈悲な時計。全てが最悪の方向に収束し始めている。元村信也は焦っていた。

 彼の、決闘者としてのキャリアそのものは短い。だが、その一方で彼は、かって全国指折りの決闘者である西川瑞貴に勝利した程の決闘者でもある。その彼とはとても思えぬ程の醜態だった。この信也の焦りを感じ取ったある先輩女性―先程名前を挙げた西川瑞貴の双子の妹・西川皐月―はあることに気づく。それはある意味で絶望的な真実だった。
「シンヤ君。もしかして、今自分で使ってる【スタンダード】以外のデッキ組んだ事ないんじゃ……」

 元村信也は焦っていた。


PrologueT:何処で何を間違えた


「の、ようだな」
 この、皐月の意見に軽く相槌を打ったのは森 勇一。彼もまた信也の先輩、いや信也の所属する翼川高校カードゲーム部の元部長と言った方が正確か。兎に角、彼もまた後輩の抜けっぷりを前にして呆れ返っていた。
「あーあ。ちょこっとだけ期待してたのに」
 呆れ返る森 勇一、の、横に座っている高校三年生。彼女は勇一の『があるふれんど』東智恵だった。どうやら彼女は既に諦めているようだった。見切りが速いのが彼女の特質である。
「プレイングセンスと構築センスはまた別モンやからな。まったくアイツ……」
 この、『如何にもわいは関西人です』的な胡散臭い男。彼もまたデュエル部の一員である。名前は武藤浩司。自称関西人。あくまで自称であり、真偽のほどは不明である。
「シンヤの馬鹿……『《風帝ライザー》の代わりに何を入れるべきか』とか考えてるんじゃないですか?」
 信也を馬鹿呼ばわりするこの女の子は福西彩。信也の『おさななじみ』である。それだけに容赦ない。
「多分それであってるんじゃない? 苦肉の策っていうか……弱肉の策よねぇそれ」
 呆れ顔で相槌を打ったのは斉藤聖。彼女もまた翼川のメンバーにして実力派を自認する信也の先輩格だ。やや投げやり気味な、彼女の相槌を受けた彩が尚も話を続ける。その顔は渋かった。
「直前にアレとデュエルした記憶によると……《死霊騎士デスカリバーナイト》《冥府の死者ゴーズ》《サイバードラゴン》《D.D.アサイラメント》《N・グランモール》《貪欲な壷》《ライトニング・ボルテックス》辺りが何の捻りもなく代用品でどうにかされる? 絶対無理じゃん。あー……」

「無理だな」
「無理ね」
「無理だって」
「無理やな」
「無理無理無理」

 上から森勇一・西川皐月・斉藤聖・武藤浩司・東知恵の五人がそれぞれ別の語尾を用いて発言するが、意味内容としては全く同一でった。そう、『無理』なのだ。小学生を相手にするならともかく、この全国から56人の強豪が集ったこの大会にそんなデッキで臨むなど『無理』もいいところだったのだ。だが信也にそれ以外の手があるわけではない。自分自身の手で死刑宣告を読み上げていると薄々気がつきながら、彼は賢明にカードと格闘する。元村信也は焦っていた。
(も、もう時間がない。え〜と、しょうがない。アタッカーとして《メカ・ハンター》と、罠カードに《硫酸のたまった落とし穴》と、そんでもって除去には……ええい面倒くさい《死者への手向け》だ! 何時も使ってるアレよりは弱いだろうけど、向こうのデッキだって同じように弱体化してる筈なんだ。構うもんか。構う……もんか)
 彼の心は既に折れかかってた。そうこうしている内にデッキ構築時間が終了する。そう、時間があればもう少しマシな手を打てたかもしれない。しかし現実は非情だ。
「デッキ構築時間を終了します」
 機械的なアナウンスによってデッキ構築時間が終了する。このアナウンスで一息ついた信也は、一度自分の作ったデッキに一瞥をくれる。一応、今回のルールに沿った『デッキ』と呼ばれる紙の束は時間内に完成していた。だが、これで一体どうしろというのだろう。何か、絶望的な何かを間違えてしまったような、そんな感覚が信也の身体を覆っている。例えるならそれは、ガチガチの文系志望が東京理科大学の入学試験を受けに行くような心境とでも言うべきか。明らかに信也は何かを間違えていた。

(何処で……何処で何を間違えた?)

「それでは試合を開始します。デュエルスタンバイ……OK?」
 よくない。全然よくない。このままでは結果は見えている。くじ引きの結果とは言え、理不尽にも開幕戦を務める事になってしまった元村信也の脳内には、既に《滅びの爆裂疾風弾》が炸裂し、《マインドクラッシュ》寸前であった。このままでは不味い。しかしどうしようもない。元村信也は絶望していた。
「レディー……」
(嗚呼、始まってしまう。大体なんで僕が開幕戦を勤めなければならないんだ。どう考えたって恥さらしじゃないか。観客の前でボロボロに負けて、デュエル部の皆からどやされて、アヤからは馬鹿にされる……い、嫌だ!)
「GO----!!」
 ターンランプが信也の持つ決闘盤に点灯する。先攻は信也だ。だが、それがなんだというのだ。
「ぼ、僕のターン、ドロー……《ヂェミナイ・エルフ》を攻撃表示で出してターン・エンド、だ」
 遂に始まった開幕戦。翼川高校カードゲーム部の面々がそれぞれ微妙な面持ちで信也の第一ターンを眺めていた。まるで『ああ、やると思った。いいんじゃないそれで。まあ、アタッカーとしては強いし』とでも言い出しそうな……投げ槍な面持ちだった。それにしても、会場中が歓声やら景気のいい雑談やらによって満たされる中、ここだけはまるでお通夜の如きテンションの低さである。いったいどうしてしまったのか。折角の宴がこんな始まり方でいいのだろうか。様々な不安が輝かしい未来を覆いつくす。

 ―15分後―

「その《サンダー・ドラゴン》を《人造人間・サイコショッカー》で攻撃。破壊します」
「くっ」
 既に勝敗は決しかけていた。ライフポイントが田中聡の5000に対し元村信也は2800。もっとも、カードアドバンテージ的にはそんなに差があるわけではないが……それがシンヤの劣勢を逆に証明していた。そう、個々のパワーそのものに雲泥の差があったのだ。むしろ、《地割れ》の存在を一切考慮しないまま《ライトニング・ボルテックス》の代用品として《死者への手向け》を使うような構築方法でよくもまあ3000ものライフを削れたものだと逆に感心すべきなのかもしれない。この惨状を見るに見かねた、元村信也の対戦相手・田中聡が信也に対し軽く呟く。その口調には哀れみが込められていた。
「ね、ねえ君。なんで昔の強力デッキをコピーしなかったの? そうすれば……」
「あ」
 強烈な一言だった。禁止・制限が昔と多少違うにせよ、昔の環境と今回の課題はほぼ同じ。だが……
「昔のデッキなんて一々覚えていなかったに100円」
「そもそもそんなこと夢にも思わなかったに200円」
 このグループ内では比較的仲のいい、浩司と聖の息のあった会話。実に微笑ましい光景だが、現実にやっていることは後輩をダシにした賭け事である。しかし、誰もそれにつっこまない。否、ツッコム気力がもはやない。凄まじいまでの低テンションぶりである。部としての大事な初戦が果たしてこれでいいのだろうか。

「《聖なるバリア−ミラーフォース−》です」
「え?」
「いや……だから……《聖なるバリア−ミラーフォース−》です。何か……」
 この、間抜けな光景にまたしても2人の人間が茶々を入れる。
「《聖なるバリア−ミラーフォース−》が第2期までのカードだと認識していなかったに300円」
「てんぱってて《聖なるバリア・ミラーフォース》の存在そのもののを忘れていたに400円」
「もうやめろ。空しくなる」
 流石に勇一が止めに入る。しかしその理由が「空しくなるから」とはこれ如何に。彼等のテンションは既に氷の世界だった。恐らく彼等の眼には信也の弱点が氷柱となって460本程度見えていただあろう。明らかにやる気が感じられない。そうこうしている内に信也のライフは残り1000となっていた。
「確かに……貴方は強い」
 『いや、お前が弱いだけだ』というカウンター罠が全国津々浦々から今にもチェーンされかねない状況だが、信也はこの期に及んでまだ何かを考えているようだ。その、諦めない態度『だけ』は立派である。
「だが、このまま負けるわけにはいかない。僕の保身の為にも! 僕のターン、ドロー!」

「僕はこのカードを裏向き守備表示で通常召還。更に3枚のカードを伏せてターンエンドだ」
「なんだ? 3枚?」
「所詮コピーはコピー。オリジナルの輝きには敵わないってトコ見せてやる。さあ、そっちのターンだ」
 急に粋がる信也だが、相手はクレバーな表情を一切崩さずにターンを進行する。
「ドローします。手札から《ゴブリン突撃部隊》を通常召還し……」
 田中聡は決して強豪ではないが、それでも地区予選を勝ちあがってきた決闘者。冷静にチェックメイトまでの絵図を描く。そこには油断も迷いもない。
(世迷いごとを。ハッタリだとは思うが……まあ、こっちの場に《人造人間―サイコ・ショッカー》がいる限り罠カードは使えない。となると警戒すべきはあの裏向き守備表示のモンスターカード。ポッド系かバウンス系か。だが、いずれにせよこちらの手札には《抹殺の使途》がある。このターンで……)

 だが、その時だった。今まで防戦一方だった信也が突然動き出す。
「一々考える必要はないぜ。速攻魔法《月の書》を発動、その《人造人間―サイコ・ショッカー》を裏向きにする。そして! 罠カード発動《硫酸のたまった落とし穴》、俺の場の《ペンギン・ソルジャー》をリバースして破壊。勿論、その際の効果発動により、アンタのフィールド上で呑気にくつろいでる《人造人間サイコショッカー》と、もう一体の無駄飯喰らい《ゴブリン突撃部隊》に退職届を提出してもらう。お前らにやってもらう仕事はない!」
「な、なにィ!? (なんっつー無駄な!)」
「(少しは驚いたか?) 今度は僕のターン、ドロー。罠カード発動《アポピスの化神》。更に手札から《早過ぎた墓穴》を発動、800ポイントと引き換えに墓地から《ヂェミナイエルフ》を特殊召還。2体でプレイヤーにダブルアタックだ!」

元村 信也:200LP
田中 聡:1500LP


電光石火の逆転劇。信也の攻撃が鮮やかに決まる。そう、彼のプレイングセンス『は』並じゃなかった。
「どうだ!」


「…」


「……」


「………」


「あれ? どうしたん……ですか?」
「いや、どうだといわれても。こっちは残りライフ1500の上手札は3枚。そっちは残りライフ200で手札ゼロ。どうだもなにも……手札に戻った《ゴブリン突撃部隊》をこっちのターンで再召還、《アポピスの化神》に対し普通に攻撃しますが……」





あ。





 どれだけプレイングが冴えようと、根底に無駄が多い事になんら変わりはない。無駄な物はやはり無駄。むしろ、残り1500にまで相手のライフを削った、そのことを褒めるべきなのかどうなのか。
「負けを承知でライフポイントを削りにいったにマイナス500円」
「やけくそになっていて状況を理解していなかったにプラス500円」

【試合結果】
●元村信也(翼川高校)―田中 聡(香川)○
得失点差±1500

「参ったな……こんなことをあと2試合も続けなきゃならないのか?」
 元村信也の闘いが始まってしまった。これが、第1の『きっかけ』である。

早く家に帰りたい……




【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
勝者は勿論のこと敗者にも愛をもって書くことを目標にしています。テーマは「勝負」。見ての通りのクソデュエルノベルですがなにかの間違いでお楽しみいただけるならばもっけの幸いでございます。てなわけでよろしく(そんちょお)。



↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です


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