朝日商店街の裏通り……3丁目の15−1。そこには1枚の看板が掲げられていた。
「なんでも仕事は引き受けます! 「万請負店:ヴィーナス」 全仕事応相談」
 決して『悪の秘密結社の隠れ蓑』とかではない。もしもここで『全仕事応相談(仮)』などとなっていたら間違いなく悪の秘密結社で確定だろうが、そうでない以上ここはれっきとした『何でも屋』である。もっとも“れっきとした”何でも屋というものがこの閉鎖的な法治国家の上に存在するのなら……の話ではあるが。この『ヴィーナス』の運営者の一人、桜庭(さくらば)(はるか)(♂)はなにやら愚痴っていた。

「客が……いねぇなぁ」
「いないな。いつぞやの200万が最後の輝きだったな」
 相槌を返した男の名は新堂翔。見た目はホストのような目鼻立ちのいい彼であるが、このヴィーナスにおいては頭脳労働担当であった。国立の替え玉受験すら彼にとっては1ミッションでしかない。だが、そんな彼が今やっていることといえば『遥の愚痴を聞く』ぐらいであった。
「世知辛い世の中だよなぁ」
「辛いな」
 どうやら彼等の経営は最近上手く行っていないようである。その証拠に昼飯がカップ麺。だが、彼等は金銭面の労苦以上の労苦を感じていた。それは退屈による労苦である。確かに、どこか「煮詰まった感」がヴィーナス全体を覆っている。これは退屈以外の何物でもないだろう。しかも金は減る一方。最悪だ。
「暇……だなぁ」
 遥は、おそらくここでも翔から「暇だな」と返されるのを疑っていなかった。だがその時だった。

「じゃあ! こんなのはどうだ?」
 やたらと強調された「じゃあ!」と共に、「待ってました」と言わんばかりの翔が、ある1枚の紙を遥に渡す。どうやら切り出すタイミングを計っていたらしい。突然のことに軽く驚いた遥は、それでも一応翔の差し出した紙を読んでみる事にした、が、其処にあった文面は胡散臭さの塊だった。
「あぁ? どれどれ。遊戯王OCG……超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐カップゥ!? なんだこれ」
「文理解釈通りの内容。見たまんま、だ」
「そのまま読んでも何がなんだかさっぱりなんだがな」
「要はお前の得意技であるところの、『決闘(デュエル)』の大会だ。優勝賞金は500万。魅力的だと思わないか?」
「そりゃ凄ぇな。だがお前……」
「そろそろ生活が苦しいんだ。それに、お前もそろそろ決闘したくなってきたころだろ?」
「まあ……な。だがコイツは難題だ。まずは予選を勝ちぬかねぇと駄目なんだぜ」
「勝ち抜けばいい」
「もし予選を勝ち抜いたとしても、其処に待っているのは全国から集められた選りすぐりの決闘者達だ」
「倒せばいい」
「しかも特殊ルール構築。広範な知識と柔軟な対応力が試されるぜ」
「受かればいい」
 身も蓋もない会話。だが翔は至って本気のようだ。彼は自信満々に語りだす。
「広範な知識は替え玉受験辺りで培った速攻暗記で補えばいいし、柔軟性は……俺たちは『万屋』だろ? むしろ柔軟性だけが取り柄と言ってもいいくらいだ。違うか?」
「まあ……な。」
「じゃあ! 決定だ。関東予選……エントリーしておくぜ。代表は確か6名だ。運が良ければ最後まで当らずに済む。そして本大会。上手くいけば優勝賞金は俺達のもの。最高じゃないか」
 またしても強調された『じゃあ!』と共に翔が速攻で話を取り纏める。確かに優勝賞金は魅力だし、久しぶりに決闘へ打ち込みたいという気持ちもある。そう考えつつも遥は何処かしっくりこない。彼は1つ、翔に尋ねた。
「なあ……1つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「お前ほんっとーに金の為にでるのか?」
 翔は、一瞬の間の後にこう答えた。
「ああ。それだけさ」

 ―2週間後―

 彼等は本大会の会場にいた。つまりは予選を見事突破したのである。しかし遥の顔は渋い。
「なあショウ。1ついいか」
「なんだ遥。今デッキ構築の最中だからあまり気が散る話はしないでくれよ」
「その決闘だが……関東予選をワンツー・フィニッシュで勝ち抜けて俺等はここにいるんだよな」
「そうだ。それがどうかしたか? 中々いい気分だったよな」
「ああ、いい気分だった。だがよ。俺達は今何をやってるんだ?」
「決闘に決まっているだろ。そのためのデッキ構築だ」
「そいつは俺にだってわかる。けどよ。幾らなんでもくじ運……悪すぎやしねぇか」

【予選Gブロック】
新堂翔(東京)―桜庭遥(東京)


「気にするな。些細な事だ。俺とお前、結局はどっちかが優勝すればいい。それだけだろ?」
「それで……いいのか?」
「いいさ。おっと急がないとそろそろだな。ちゃんと【1種族追加の度にモンスター10体】になってるか確認確認。お前もちゃんとやっとけよ。【天使族】みたく間違いやすいのは特に気をつけないと駄目だぜ」
「なんで……こうなるんだ?」
 桜庭遥の言うとおり、彼等の籤運は最悪だった。彼等を待ち受けていたのは全国からの強豪でも、名だたる招待選手でもなかった。敵は文字通り「彼等自身」。聞こえのよさに反比例し、現実問題としては最悪である。遥が困惑しつつも一つのデッキを作り上げ、翔もまた軽やかな手付きでデッキを作る。鳴り響くブザー。デッキ構築時間が終了する。決闘開始。だがその決闘は、2人の間の、ちょっとした『差』を示すものだった。


PlologueU:地雷型人間


 既に決闘は終盤だった。圧倒的な勢いで攻め立てるのは……新堂翔。
「《ハーピイ・レディSB》に《デーモンの斧》を装着……ダイレクトアタックだ!」
「チッ、種族がどうこう以前にハーピィ絞りかよ。相変わらずの地雷志向か!」
「それが俺の本領なんでな。それに比べてお前はどうしたんだ? 腕が鈍ったか?」
「抜かしてろ! すぐに逆転してやる!」

【予選Gブロック】
新堂翔(東京)―桜庭遥(東京)


新堂翔:7000LP
桜庭遥:2100LP


(くっ……翔の野郎。知らねぇ内に2ランクくらい強くなってやがる。だがなんだってこの俺がここまで追い詰められてやがるんだ? 大体コイツはカードプールの広さすら把握してなかった筈だ。大会の話を聞いてから準備した所でその量はたかが知れてる。確かにアイツは替え玉受験すら難なくこなす程賢い男だが……それにしてもこの戦いぶりは異常だ。なんで俺がハーピィ如きに追い詰められていやがるんだ? そして何でアイツはこのルールの中自在にデッキが組めるんだ? コピーデッキのレシピを暗記したとかでどうにかなるレベルじゃねーぞ)
「どうした遥……もう終わりか。だらしないぞ!」
「チッ、ちょっとばかり優勢だからって言いたい放題言いやがって……その台詞はこいつを見てからほざきやがれ!俺は裏守備モンスターを一体セット。更に《太陽の書》だ。《時の魔術師》をリバース。」
「またか。懲りないなあ遥。今日の運勢は最悪だって朝の占いで言っていたのを忘れたのか?」
「五月蝿ぇ。俺のコインは占いに負けるほどやわじゃないんだよ!」

 桜庭遥。彼は万屋の運営者としてあらゆる「小技」に秀でていた。その一つがコインである。彼の、裏仕事によって培われた集中力は常人の1.5倍以上。彼は無風・無音状態ならば90%以上の確率でコインの表裏を操作できたのである。それが彼の決闘における得意技『気紛れでない女神(アンチェンジブル・ヴィーナス)』であった。そう、「だった」と表記せねばなるまい。何故なら今日に限ってその女神技が、どういうわけか「過去形」になっていたからだ。何かがおかしい―何処かがおかしい―何処でその歯車が狂ったというのか。
「遥。お前は本当にコインが好きなんだな。だがさっきの《首狩り狂戦士》の時といい、《モンスターBOX》の時といい外れっぱなしじゃないか。今日は日が悪いんだ。もうやめておけ。そういうこともある。」
「はんっ! この俺を誰だと思ってやがる。きっちり表を出してやるからそん時は覚悟しとけ。」
 しかし遥は実の所動揺していた。ここまでコインが外れる日は珍しい。というより皆無だ。彼は念のため財布を取り出し、別の10円玉と交換する。重量バランスが均一でない粗悪品の可能性もあると考えた上での交換だ。もっとも、それは既に2回目の交換だったのだが。
「行くぜ……ハッ!」
 遥が正確無比な技術を持ってコインを飛ばす。
「また裏か。逆にすごいな。打率0割……だ」

【試合結果】
新堂翔(東京)―桜庭遥(東京)
得失点差:7000

「畜生! なんだってんだ……」
 遥が悔しがっている。無理もない。大差の敗北。それも、原因不明のトラブルのおまけ付きだ。遥は、それこそ何がなんだかわからないといった表情をしている。だが、そんな桜庭遥に対し新堂翔はボソッと一言呟いた。その一言は、遥を激昂させるには十分な一言であった。

「意外とあっさりひっかかったな」
「な。それは一体どういう意味だ? ショウ!」

「お前がコイントスを行う際10円玉を使うのは知っていた。お前がコイントスをやる時は必ずそうだった」
 新堂翔が静かに語りだす。だがそれは、遥にとっては謎解きとは言いがたい代物であった。
「知っていたからって何だってんだ! コインをお前が投げるならともかく俺がやる以上……」
 そこまで言いかけて遥がある疑念にぶち当たる。もしも遥がこの無風状態の中90%ぐらいの確率でコイントスを成功させることができるという期待値が逆に利用されたとしたら? 10を0にひっくり返されたとしたら? 遥は翔の顔を凝視する。彼は、ともすると邪悪にも見えかねない笑みを浮かべながら、再び喋り始めた。

「今日“ヴィーナス”を出発する前、お前が一端コートを脱いでトイレに行っている間の話だ。まずはお前の財布から10円玉を抜き出し、俺が予め用意しておいた改造硬貨と一つ残らず摩り替えた。つまり、お前のテクが完璧であればあるほどコインの女神はそっぽをむくってわけだ。わかってみれば簡単な話だろ?」
「てめぇ……」
「ああそうだ。その10円玉はさっさと廃棄処分しておいたほうがいいな。法に触れかねい。なぁに心配するな。お前のコートの内ポケットに500円入れておいた。損はしてないぜ」
 自分で仕込んでおいて、「法に触れかねない」とのたまう新堂翔。彼の顔は悪魔的なものを連想させた。
「てめぇ、どおりで……おかしいとは思ってたんだ。今日この会場に来る際、俺の電車賃をわざわざ負担したのはそういうわけか。金に汚いやつがどういう吹き回しだ、って思ってたけどな。謎が解けちまった。俺に新たな10円玉を持たせない為に……ってか。畜生!まるっきり悪魔の仕事じゃねぇか。それが長年連れ添ってきた“パートナー”に対してやることかよ!」
 新堂翔はこの抗議を一笑に付す。まるで「お前は何を言ってるんだ」とでも言わんばかりに。
「“パートナー”? お前は前提からして既に間違っている」
「前提……だとぉ」
「遥。俺達は今までそういう橋を二人で渡って生きてきた。立ちはだかる障害物は、それこそ今遥に対して俺がやったようなギリギリの戦術で退けてきたわけだ。無論二人一緒。一蓮托生でな。それもこれも俺達が“パートナー”同士だったからだ。だがその俺達も今日だけは晴れて敵同士。決闘が終わるまでは“パートナー”でもなんでもないんだよ。ならこの程度の可能性ぐらいは最低限考えるべきだった……違うか?」
「お前……」
「俺達は半分悪党みたいなもんなんだ。ここでは『騙す方が悪い』なんて通用しない。それを言っていいのは『ある程度』清廉潔白な人間だけだ。俺達はその『ある程度』ぐらいならとっくの昔に超えてるぜ」
「『ある程度』……はな。だが……お前……」
「まだ文句があるのか?」
「当たり前だ! だが、お前が改造コインを使ったことそれ自体はもういい。確かに俺も甘かった。だがもう2つ言い足りない事があるぜ。それの答えを聞くまでは引けねぇな」
「なんだ?」
「まず1つ。俺がコインデッキを使わなかったらどうするつもりだったんだ!」
「簡単だ。プランB以降を使う。」
「プラン……B以降だと!?」
「桜庭遥専用のデュエルプランを予めAからHまで作ってそれぞれ布石を打っておいた。オイオイ何をそんな驚いているんだ? 対戦相手が予め1人に決まっているんだ。それも俺に近い人間。なら予め手を打っておくのは常識だぜ。それがこの大会の隠れた趣旨の内の一つ。お前この大会を何だと思ってたんだ?」
「わかった。それはそれでいいだろう。だがな、もう一つの疑問についてだけはそうそう簡単に引きさがらねぇぜ。それこそお前に本音を語ってもらうじゃないか」
「本音?」
「俺がどうしても解せないのは……お前がたかがカードゲームの大会で1勝する為にここまでやったという事実だ。改造硬貨? 8つの対人プラン? 何故だ!? 何故お前はそこまでしてこの大会を勝ちたがってんだ。お前はそんな男じゃなかっただろ。俺が今まで見てきたお前は決してそんなタイプの人間ではなかった筈だ」

 桜庭遥は疑念を深めていた。確かに翔は一種の天才。だが、その天才性は枠の外で発揮されるもの。一種のトリックスター。逆に言えば、深入りしない、或いは深入りできない男。この男の才は自由の中で最も発揮される。それが何故公の大会に? 何故優勝を? それも地区大会のようなセコイものではない。各地から決闘の猛者『だけ』が集まる全国大会。その優勝を目指すと翔は公言した。それが遥にはどうしても解せない。何かがおかしい。コイツはそんな人間じゃあない。金?いや違う。もっと効率のいい方法をコイツなら思いつく。何かが違う。何かがおかしい。遥は何時になく新堂翔を捉え損ねていた。

「本当の事を言え。お前……なんでここに来た」
「決闘っておかしいよな。資源と天運、戦術と戦略……なにかを感じないか? 洗練されきった他のゲームにはないものを……な。ちょっと前このゲームに触れた時、それを感じた。で、確かめたくなったのさ。本当にそれだけなんだよ。そしてこのトチ狂った大会は……それを確かめるのに絶好の機会だったってわけさ。悪いな遥。俺は上にいかせてもらう。怨むなよ。俺はこの大会表も裏も……使えるものは総動員して勝ちに行く。相手が弱かろうが強かろうが決して手は抜かない。徹底的に勝利だけを目指す。山頂からの景色を眺めるためにな」
「チッ、勝手にしろ」

 一応の答え。だが遥の脳内はフル回転することをやめない。あらゆる疑問に向けて脳が振り絞られる。
(コイツ、あの時よりも遥かに強くなってやがる。改造硬貨がなくても俺はきっと負けていた。無論その場合は今よりも僅差だったろうが……それでも今のアイツには勝てそうにねぇな。間違いない。前々から準備していやがった。元々が初心者であった事を考えれば伸び代は十分あったってわけだ。だがそれが解せねぇ。アイツが隠れて秘密特訓なんてやらかすたまか? チッ。昔から読めない奴だとは思っていたが、ここまでとはな。だが、その実力は今や本物になりつつある。元々ゲームセンスは超一級。今のコイツなら100%の森勇一とやりあってもそうそう負けはしねぇ。いや、酸いも甘いも知っている分、こいつなら或いは……)

 これが新堂翔の決闘である。彼の存在そのものが一種の地雷であった。彼はあらゆるゲームの枠の外にいるプレイヤー。それ故彼の思考はある種の異次元空間を形成していた。彼はどこまで快楽を見つめ、何処まで勝利を見つめていたのか……それは誰にもわからない。或いは本人にすらわかっていないのかもしれない。彼は、顔をしかめる遥に対し軽妙な調子で喋りだす。何時になく饒舌だ。
「そういえば、あの翼川のガキ共がこの大会には出てるんだよな」
「それがどうした」 「あのときからか? あいつらとやりあって以来……」
「さあな?」
「てめぇ一体なに考えてやがる」
「笑いたいんだよ。たまには」
「お前……」
 新堂翔は何処かへ向かっていた。これが2つめの『きっかけ』である。

 俺なりに楽しませてもらうさ



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
うちのミスチェック担当答えて曰く「決戦前夜、コインに一つづつ細工する新堂翔が笑えてしょうがない」。



↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です

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