福西彩は伸び悩む。

 彼女は翼川高校カードゲーム部期待のルーキーとして入部。【ブラックマジシャン】を自在に使いこなす『マジシャンズ・アヤ』のネームバリューは其処でも確実に生きていた。彼女の決闘者としての経歴は、それこそ順風満帆かと思われていた。少なくとも彼女自身はそう考えていた。しかし、たった2つの誤算が彼女のバイオリズムを捻じ曲げ、今もまた歪んだままになっている。
 一つ目の誤算は東智恵。彼女もまた『ウィザード・チエ』なる二つ名を持つ【ブラックマジシャン】使いだった。彼女は彩に突如として勝負を挑む。ギミックナイフによる威嚇から始まったその決闘において、彩は得意とする『詠唱乱舞』を完膚なきまでに打ち砕かれた挙句、パーフェクトゲームによって屈辱的な敗北を先輩からプレゼントされた。いやそれだけではない。更にその瞬間をビデオ撮影されることよって、『マジシャンズ・アヤ』から『部内の晒し者』にまでその地位を貶められたのだ。全ては『キャラが被っていた』が故に――
 二つ目の誤算は幼馴染である元村信也。当初、彩にとって信也の入部は喜ばしい事以外の何物でもなかった。@部内に話し相手が増えるA決闘に関しては自分よりも遥かに弱い信也に対し精神的な優位を築ける…といった理由から彼女は信也の同時入部を歓迎していた。だが何かがおかしかった。確かに信也はデッキ構築に関しては【スタンダード】しか作れないへっぽこ決闘者。だが彼のプレイングセンスは何処か狂人じみたものがあった。気がつくと信也は部内で一目置かれる存在となっていた。何でも『魔のCブロック騒動』がそのきっかけだったらしい。あの翼川カードゲーム部史上、最も激しく、最も意外な展開を見せたCブロック騒動が――

 福西彩は伸び悩む。眼の上のたんこぶである『東智恵』と、急に目に付きだした『元村信也』の為に― 

第9話:予選リーグ一日目終了

「くっ、速攻魔法発動、《ディメンション・マジック》! 《熟練の黒魔術師》を生贄に捧げて……」
「フォッフォッフォッ。甘いのぉ。その手はとうの昔に見えておる。《リビングデッドの呼び声》をチェーンじゃ。《手札抹殺》の効果によって墓地に送られた《マジック・キャンセラー》を復活!《ディメンション・マジック》を抹消…そろそろライフを削らせてもらおうかのぉ」
(何よこの人。さっきまでは全然大した事なかったのに。まるでこっちの手を全部読んでるみたい。そんなのって……)

【予選Lブロック】
福西彩(招待選手)―ヴァヴェリ=ヴェドウィン(招待選手)

 試合は既に始まっていた。若さに任せて突っ込む少女の仕掛けを、何処か余裕の表情で捌く老人の姿がある種象徴的な光景を浮かび上がらせている。ライフでは彩がリード。だが圧しているのはその老人に他ならなない。
「あの爺さん……まさか……」
 会場に屯っている決闘者の内何人かがその異様な風貌を備えた「老人」の正体に気がつき始める。森勇一もその1人。
「あの風貌にあの決闘…間違いない。あれはオーストラリアのトップデュエリストの1人・ヴァヴェリ=ヴェドウィンだ。まさか日本の大会に出てくるとはな…盲点だったぜ。全くチエの奴…外国人だからって調査の手を抜いたな?」
「知ってるんですかキャプテン」
「ああ。俺も呆けてたよ。アイツは、地元では『電獣』と呼ばれるほどの決闘者だ」 

【『電獣』ヴァヴェリ=ヴェドゥイン】
 オセアニア地区最強とすら噂される決闘者……それがヴァヴェリ=ヴェドウィンである。その本質は『デッキ』に対する異常なまでの執着心。彼は『デッキビルダー』として強いデッキを作るだけでは飽き足らず、『デッキウォッチャー』としての優れた『観察眼』を求め、北はロシアから南は母国オーストラリアに至るまでありとあらゆるデュエルスペースに忽然と姿を現し、様々な決闘者との決闘を繰り返しながら『デッキサンプル』を集めたと言われている。彼は旅路の果てに集まった情報・経験の全てを脳髄に還元した。そうすることで、巷に散見される数枚のデッキリストを集めて満足している鈍決闘者(ナマクラデュエリスト)には及びも付かない境地に至ったのだ。それ以後の彼は圧倒的だった。メタゲームを読み通したデッキ構築、対戦相手を悶絶させるサイドボーディング、そして全てを読み通すと言われる終盤のプレイング―。彼は『デッキ』と呼ばれる紙束を通すことによって森羅万象を見通し、対戦相手の希望の光を全て吸収する決闘領域すら構築してしまったのだ。彼が『電獣』と呼ばれるのはそれから程なくしてのことだった。―『遊戯王OCG世界選手権目録』―

 決闘ボックス内では引き続き福西彩が圧されていた。序盤に付けた4100ものライフ差もついに逆転。
「(勝ち誇って…でもまだ―)私はモンスターを裏守備で一枚セット。カードを一枚セットしてターンエンド」
 『次ターン以降得意の詠唱乱舞をお見舞いして一気に逆転してやる』彩はそんな風に考えていた。だが、次の瞬間悪夢が訪れる。彩はこの決闘において時間をかけ過ぎていた。
「フォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッフォッ!」
(何、この笑い。何、この嫌な感じ。嫌な予感がする。物凄く嫌な――)
「眼の動きと、カードを出す際の呼吸には気をつけるべきダナ。デッキとリズムがかち合い過ぎてイル。」
(え、何? 片言の日本語!? このおじいさん何言ってるの? 呼吸?)
「そのセットカードは……」
(え? 何? ちょっと待って。一体……何のつもりなの?)
 ヴァヴェリがまるで死刑宣告を読み上げるような調子で彩に語りかける。その日本語はお世辞にも上手いとは言いがたかったが…彩に罪状を示すには十分な代物だった。
《分散魔術》と、そうダナ。今さっきセットしたのは《魔法の筒》辺リカ」
「嘘……なんで。」
「ほぅ……まさか全くの図星とは。フォッフォッフォッッフォッフォッフォッフォッ。今日のわしは冴えとるのぉ。これもお前さんがそのデッキに習熟してるが故、じゃ。若いのによくやるの。だが……」
 その先をいう必要はなかった。彩は既に青ざめている。ヴァヴェリの第一候補は不運にも?彩の急所のド真ん中を貫いていた。彩の動きが完全に止まる。その状況を不安そうな面持ちで眺める信也。軽く笑いを浮かべるダルジュロス。
「アヤの動きが止まった? なんで……」
 信也が怪訝な顔を作るが、ダルジュロスにとってみればこれはあまりにわかりやすい構図だった。
「アイツのデッキ、『福西彩の【ブラックマジシャン】』が見切られたのさ。それだけのこと。今の爺さんには、アヤってガキが何処でどんなカードを使うのかすら見えている筈だ」
「そんなことが……」
「言った筈だぜ。『デッキウォッチャー』が一端一つの対象にその研ぎ澄まされた観察眼を向ければ、デッキ本体からその周辺に至るまでありとあらゆる情報が恐るべき速度で見切られていくってな。しっかしヴァヴェリの爺ィ。あのアヤってやつに話しかけてたな。となると……ハッ! 日本語が全くわからないとほざきつつも、しっかり最低限の予習ぐらいはしてやがったか。確かに言葉は刃物だからな。が、これで確定だな。あの爺さん本気で優勝を狙ってやがる。相手が格上だろうが格下だろうが徹底的に潰す気だな。おー怖い怖い」
「……」
「ま、お前も精々気をつけるんだな。その大事な懐刀【グッドスタッフ】を見切られないように、な。じゃあ、またな。機会があったらまた会おうじゃないか。それなりに期待してるぜ」
 そう言ってダルジュロスは去っていく。別れる時まで何処かつかみどころのない男。だが、今の信也にそれを気にするような余裕は一片たりとも存在しなかった。彼はただ、崩壊する【ブラックマジシャン】を眺めながら自問自答を続けていた。答えは……あるのか?

【試合結果】
●福西彩―ヴァヴェリ=ヴェドウィン○
得失点差±3500

 信也はこの時、敗北した幼馴染・福西彩のことなど一切合財忘れて次の試合のことだけを考えていた。『自分は彩程素直ではない』と自分を慰めるには信也は賢すぎた。このままアレと闘えば負ける―。
 信也はこの日、これ以上の試合観戦を行わなかった。翼川の大将である森勇一が前評判どおりの強さで完勝したことも、晃が5連戦を戦い抜いた末に惜敗した事も、もはや信也にとっては些末な事であった。
 信也は最終Nブロックの試合が終了、予選リーグ1回戦が終了するまでの間、ずっと一つのことを考えていた。彼は周りが知る以上の『集中力』を持ってその問題に向き合っていた。その『集中力』は、開幕戦を闘う前の―田中聡と戦う前の―信也からは決して伺い知る事ができなかった程の集中力だった。元村信也の戦いは、今この瞬間始まっていたのかもしれない――

「僕は……どうすればいい?」 

Aブロック 村坂 鋼 西川 瑞貴 野々村 妙 安藤 健治 得失点差
村坂 鋼 No Duel ●(-5200)     -5200
西川 瑞貴 ○(+5200) No Duel     +5200
野々村 妙     No Duel ●(-1800) -1800
安藤 健治     ○(+1800) No Duel +1800

 

Bブロック 荒崎 順次 辻村 桜 ダルジュロス 国枝 源五郎 得失点差
荒崎 順次 No Duel ○(+2100)     +2100
辻村 桜 ●(-2100) No Duel     -2100
ダルジュロス     No Duel ○(+5000) +5000
国枝 源五郎     ●(-5000) No Duel -5000

 

Cブロック 武藤 浩司 持田 豊彦 西牧 健也 比嘉 忠治 得失点差
武藤 浩司 No Duel ○(+800)     +800
持田 豊彦 ●(-800) No Duel     -800
西牧 健也     No Duel ●(-3000) -3000
比嘉 忠治     ○(+3000) No Duel +3000

 

Dブロック 古市 蒼汰 山本 陣 仲林 誠司 比嘉 忠治 得失点差
古市 蒼汰 No Duel ●(-2500)     -2500
山本 陣 ○(+2500) No Duel     +2500
仲林 誠司     No Duel ○(+1200) +1200
盛 盛太郎     ●(-1200) No Duel -1200

 

Eブロック ディムズディル 網代 開 新庄 達也 小野 妹子 得失点差
ディムズディル No Duel ○(+7800)     +7800
網代 開 ●(-7800) No Duel     -7800
新庄 達也     No Duel ○(+4100) +4100
小野 妹子     ●(-4100) No Duel -4100

 

Fブロック 山神 悠馬 木屋 輝美 瀬戸川 千鳥 佐藤 大作 得失点差
山神 悠馬 No Duel ●(-3200)     -3200
木屋 輝美 ○(+3200) No Duel     +3200
瀬戸川 千鳥     No Duel ○(+4100) +4100
佐藤 大作     ●(-4100) No Duel -4100

 

Gブロック 斉藤 聖 エリザベート 新堂 翔 桜庭 遥 得失点差
斉藤 聖 No Duel ●(-1700)     -1700
エリザベート ○(+1700) No Duel     +1700
新堂 翔     No Duel ○(+5500) +5500
桜庭 遥     ●(-5500) No Duel -5500

 

Hブロック 東山 睦月 西川 皐月 南野 葉月 北川 弥生 得失点差
東山 睦月 No Duel ●(-1400)     -1400
西川 皐月 ○(+1400) No Duel     +1400
南野 葉月     No Duel ●(-2900) -2900
北川 弥生     ○(+2900) No Duel +2900

 

Iブロック 京野 正文 ベルク 田代 真二 仙崎 隆 得失点差
京野 正文 No Duel ●(-4900)     -4900
ベルク ○(+4900) No Duel     +4900
田代 真二     No Duel ○(+2100) +2100
仙崎 隆     ●(-2100) No Duel -2100

 

Jブロック ピラミス[世 野々村 宏次 緑川 俊 横村 香奈 得失点差
ピラミス[世 No Duel ○(+1800)     +1800
野々村 宏次 ●(-1800) No Duel     -1800
緑川 俊     No Duel ○(+2200) +2200
横村 香奈     ●(-2200) No Duel -2200

 

Kブロック 須藤 巧 葦原 健治 津田 早苗 浅井 美紀 得失点差
須藤 巧 No Duel ●(-1100)     -1100
葦原 健治 ○(+1100) No Duel     +1100
津田 早苗     No Duel ●(-800) -800
浅井 美紀     ○(+800) No Duel +800

 

Lブロック 元村 信也 田中 聡 ヴァベリ 福西 彩 得失点差
元村 信也 No Duel ●(-1500)     -1500
田中 聡 ○(+1500) No Duel     +1500
ヴァヴェリ     No Duel ○(+3500) +3500
福西 彩     ●(-3500) No Duel -3500

 

Mブロック 平坂 庸子 内田 貴文 黒江健次郎 グレファー 得失点差
平坂 庸子 No Duel ●(-2200)     -2200
内田 貴文 ○(+2200) No Duel     +2200
黒江健次郎     No Duel ●(-3500) -3500
グレファー     ○(+3500) No Duel +3500

 

Nブロック 山田 晃 神宮寺 陽光 寺門 吟 森 勇一 得失点差
山田 晃 No Duel ●(-500)     -500
神宮寺 陽光 ○(+500) No Duel     +500
寺門 吟     No Duel ●(-2500) -2500
森 勇一     ○(+2500) No Duel +2500

森勇一・武藤浩司・西川瑞貴・西川皐月の白星が光輝く一方で、元村信也・福西彩・斉藤聖、そして山田晃の黒星がドス黒い瘴気を放っていた。『順当』な一週目が終わりを告げる。


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
なんていうか、長い前フリだった、とは思います。実質12話も使って前フルっていったいなんの冗談だ!



↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。



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