一同と別れ、前を見据え歩く。このとき、瑞貴はまだ気がついていなかった。自分がこれから数時間の内に何を感じ、何をなすのか。瑞貴には未だ知る由もなく。そしてその発端は――

「ふう。疲れた。アキラはよくあん……」
「アキラがどうかしたって?」
「チエ」 「みたわよ。随分あいつらと仲がいいみたいじゃない」
 瑞貴の前に現れた者。それは、よく見た顔――
「なんか嬉しそう。いやね。何時間か前にみかけてさ。なあんか気になって気になって。それでちょっと前にこの近くまで寄ってみたの。虫の知らせってやつかな」
 智恵は瑞貴に視線を投げた。おそらくラストだけみていたのだ。
「仲よくして何が悪いの? 別に仲良くしたわけでもないけど」
「別にいいよ。だけどね、あいつらはアキラを受け入れ育てた」
(チエ……) “アキラ”というキーワード。瑞貴ははっとした。

「裏切り者のアキラを鍛えるのに一役買うなんて、そういう人だったんだあ」
 智恵は瑞貴を冷たく非難する。戸惑う瑞貴。どう言い返せばいいのやら。
「べ、べつに肩入れしたりとかそういうわけじゃないって。私は単に……」
「単になに? ユウイチに負けてほしいの? いつからそんな風になったの?」
「だからそういうわけじゃないって。いい勝負になればそれでいいじゃない」
 勇一に不利になるよう振舞ったつもりはない。ただ、ちょっと相手をしただけ。
「よくない! 万が一にもここで負けちゃダメ。わからない? ユウイチは……」
 アキラのことになると智恵はやたら昂る。もしかすると、誰よりもにアキラを評価していたのはこの智恵なのかもしれない。前回負けたのだからある意味当然なのかもしれないが、もしかすると負ける前から? しかしそんな思い付きをこの場で言うのは岩石族使いにダイナマイトを投げこむような真似に等しい。
「ユウイチは強いわ。間違いなくトップクラス。それでいいじゃない」 「……」
 一瞬目をそらす智恵。そんな光景を目にした瑞貴は、思わず口を滑らせた。
「まるで、まるで貴方自身が勇一の勝利を疑ってるみたいじゃない。怖いの?」
 おそらく、それは言ってはいけない台詞だったのだろう。特に最後の一言とか。

 冷たい空気。智恵と瑞貴の間に広がる波紋。と、そのとき、智恵が退いた。
「ま、いいんだけどね。どうも最近不穏な空気が漂っている気がするの。どこかなって」
 瑞貴はそのとき智恵に合わせて退こうと思った。思った筈だった。
「言いたいことがあるならカードで語れば? 大会にも出ないでそのデッキは飾り?」
「私に譲ってもらって出てる人がいうこと? だから私の言うことを聞けとは言わないけれどもうちょっと気をつけた方がいいと思う。言葉遣いとか。もうちょっと殊勝な決闘者でいて欲しいかな」
「大丈夫。私が勇一とあたって勝っちゃう可能性以外は安心していいよ、たぶん」
「ふーん。なんかさあ。自分が私達に勝てるって前提で話してない?」
 智恵の纏う空気が変わる。“ここで〆とく?” 彼女は考える。
「別にいいんだけどね」 二回目の“いいんだけどね”。空気が凍る。

 瑞貴は静かに言った。こんな場面、彼女には珍しい提案。
「じゃあ、一回勝負してみない? 私と貴方、いい勝負になると思う」
「へえ。意外。ミズキの方からそういうこというんだ」
 機先を制されたわりには、智恵は冷静だった。少なくともアキラ戦よりは。彼女は軽く威嚇を続けながらも頭では既に感じ取っていた。「なにかちがう」と。どこがどうとはいえないがなにかがちがう。そしてその差異は脅威としてカウントされる。彼女は1つ1つ己を軸に瑞貴を見定めようと務めた。
(なんだろう。私と瑞貴、大会前の地力なら大体五分。互角なら私が勝つ。瑞貴には執着心が薄い。貪欲さが足りない。だけどなにかが違う気がする。このままやりあったら……)
 だが退く気もなかった。ここで退いたら闘わずして瑞貴に敗れた気がするからだ。それに、周りには既にギャラリーが集まりつつあった。いつの間にやら人気のあるところに出過ぎたのだ。
「お、決闘が始まるみたいだぜ。それも西川瑞貴VS東智恵だ」
「マジかよ。みにいこうぜ!」 「おいおいどっちが勝つんだ?」
(あーあ。この場所はいらん野次馬が多すぎる。ばっかみたい)
 しかも今回はアキラと闘ったときより野次馬の距離が近い。
(どうする? 万が一にも負けられない。これの下にはいたくない)
(あーあ。なんかもお勢いで勝負しろとか言っちゃった。どうしよ)

「さあさあよってらっしゃいみてらっしゃい」 「あれは……」
 静岡出身の決闘者・内田貴文。彼は数ある決闘者の中でもパフォーマー気質のカードゲーマー。彼はデュエルスペースで芸を行っていた。いいのか。いいのである。なぜか。それはいつかわかること。彼はデュエルをてこに芸を振舞う。特に今回の芸は鮮烈だった。
「ここには4つのデッキケースがそれぞれ台に乗せられています。そしてこちらには既にシャッフルしてもらった160枚のカード。これをまたたく間にドローして放り投げ、4つのデッキに分類したいと思います。タイムリミットは180秒。もしも成功したら拍手をば」
「できるわけないぜ」 「ああ。いくらあの内田でもこればかっりは……」
「いきます! はぁ!」
 内田はドローを開始した。4つのデッキが次々に埋まってゆく。
「す、すげえ高速ドローだ。ドローから放るまでがほとんど一連の動き」
「なんてやつだ。4つのケースに寸分の狂いなく投げ込んでやがる。だが合ってるのか?」
「それよりも肘が最後まで持つのかよ。あんなハイペース、最後までもつわけないぜ」
 80枚まで引き切ったそのときだ。内田は肘を抑えうずくまる。
「失敗か。そりゃそうだ。そんなことできるわけねえ……なんだと!」
 だがそれは演技だった。内田は更にペースをあげドロー再開。
「そこまでがパフォーマンス!? だ、だが間に合うのか。タイムロスがあるぜ。時間は!」
「これでラストだ! ドロー!」 最後のカードが指を離れデッキケースに飛び込んだ。
「180秒ジャスト! 160枚のカードをドローして4つのケースに投げ分けた!」
「だ、だがデッキは! デッキは完成しているのか!?」
「そうだ! あんなスピードでカードを確認しながらできるわけ……」
「うおっ! み、みろ。寸分たがわずデッキになってるぞ」
「制限カードの枚数、シナジー・コンボの繋がり、デッキとして成立している」
「流石だ。流石は決闘芸人内田貴文。デュエルディスク時代の申し子」
 見事な芸。だれしもが箱にカードを投げ込んでいく。満足気な内田だがそのカードの山をみてあることを閃く。彼は声を張り上げカードゲーマー達に呼びかけた。
「ありがとうございます。ありがとうございます。皆さまのご厚意素晴らしく、身に余り過ぎてしまいました。私にはこれほどのお布施は高すぎます。そ・こ・で、提案なのですが」
 内田は一段声を張り上げた。みな、聞き入っている。完全に客を掴んだ格好。
「ここには名うての決闘者がたくさんいらっしゃる。どうですか。ここは1つ私が集めたこのカード群をトロフィー代わりに決闘を行うというのは。え? ルール? そうですねえ。タワーデュエルというのはどうでしょう。さあ〜皆さん。我こそはと思う者、この頂に挑戦してみてはいかがでしょうか!」
 しかし名乗り出る者はいない。皆牽制し合っているのだ。先程まで盛り上がっていたというのに。意外とこういうとき沈黙するのが日本人。しかし、それでも何人かが名乗り出ようとする。と、そのときだ。
「やりますやります。私、東智恵がエントリーします!」
「東智恵、おおあの東智恵さんですか。さあさあ大物が登場されました。お次は誰だ?」
 途端にざわめきが起きる。東智恵の名はやはりこの場にも轟いていた。
「チエ?」 「どうしたのミズキ。勝負するんでしょ? 今更怖気づいた?」
 一瞬躊躇した瑞貴だが“怖気づく?”はこのとき彼女には唯一無二の有効な挑発として機能した。もう二度と竦むわけにはいかない。彼女はそう思ったのか。
「なるほどね。いいわよ。すいません! 私も参加します!」
「あ、貴方は西川瑞貴! 今度はあのブレイン・コントローラーの参戦だ!」
「ノリがいいね」

「さあさあ次の決闘者は? おおっとこれは手が上がらない」
 西川瑞貴と東智恵は翼川同士。これを相手に1人では手をあげずらいのか。となると俄然参戦の気配が高まるのは巨大規模のソリティアの会。しかし、三人目は思わぬところから来た。
「どいつもこいつも腑抜けばかりだな。我がやる。三人目は我だ!」
「せ、瀬戸川千鳥! あの、あの、あの瀬戸川流がーーーー!」
「瀬戸川さん!? なぜここに?」
「灰色馬鹿に呼ばれて今日もアキラの相手をしてやろうとしたところだ。だが……ベルク! 先につくであろうヴァヴェリに電話をもって伝えろ! 少々遅れるとな!」
「知るか。自分でやれ」 「忘れたか。我は電話を持たん」
 相変わらずのやりとりだが内田は敢えてスルー。
「え〜と、では3人目まで決まりました。あとの1人は……」
「ふっ、4人目は既に決まっている。今回こそ、今回こそベルク……」
「え? でもいいんですか? 今までだってそれで散々酷い目に……」
「ふん! 我が前と同じ失敗をするとでも思うか?」
 レアカードの山があればこそ。売ればかなりの額になる筈。が、しかし。
「ベルク帰ったわよ。とっくに」
「なにい! バカな!」
 理由は簡単。ベルクは千鳥がいらん口上を述べている間、箱の中身をささっと確認。《デステニー・デストロイ》が多重搭載されるその布陣を、どこぞのカードショップの100円カードダスの常連を務めていそうな布陣を確認、光の速さで見切りをつける。捨てゼリフは「あんなもんで手の内さらせるか」。
「く、くそう。なぜいつもいつも我の思い通りに動かんのだあいつは」
(むしろあれと一緒に何かしようっていう発想がまず間違ってるんじゃ)

「瀬戸川さん瀬戸川さん。気落ちする必要はないですよ。むしろ私はほっとしてます」
「なんだと?」 「だってただでさえ瀬戸川さんは強豪なんですから。そりゃほっとしますよ」
「そ、そうか?」 (智恵、相変わらずちゃっかりしてる。ま、バトルロイヤルだしこっちの方が)
「あれ?  アヤじゃない! こっちこっち! アヤも参加するつもりなの?」
「え? わ、私は偶然ここにきて……えっと、その……」
(やっときたきた。他に名乗り出る前に来てもらわないとこっちの思惑が崩れるからね)
 『偶然』。勿論嘘である。智恵は背中に携帯をまわして高速メール。女子高生の98%が習得しているといわれるこの技術で後輩を呼び寄せていた。無論、勝利への布石。
「え? だけど、4人中3人が身内っていうのはちょっと不味いんじゃ……」
 瑞貴、当然の疑問。このままではアンフェアではないか。しかしてこの女。
「我は構わん。だいたい、このような場でそんな汚い真似などすれば罵声が飛ぶのは必至」
 珍しく正論。勝っても得られるのはカスレアと精々名誉。ここで名誉を投げ捨てるのはただの馬鹿。
「あ、じゃ、じゃあ参加します! いいですか? (しないと後で先輩に〆られちゃう)」
「勿論構いません。なんと今度は福西彩。なんと全員が女性という華やかな面子となりました」
 このとき、内田貴文と東智恵は内心で笑った。前者は純粋に、後者は邪悪に。
(瀬戸川を三人でリンチするわけないじゃない。だって私が倒したいのは他にいるんだから。それにしても、狙ったとはいえ最高の面子。ミズキを意識する瀬戸川と私の下で踊るアヤ、か。フフ。)
「中々の面子が揃いました! それではデッキ調整に20分。そののち試合を開始したいと思います」
 20分。中々の時間だ。しかし内田は再び芸を再開した。よくできている。もしかすると次の芸をみてもらうために周りをダシニに使ったのかもしれない。やはり大会出場者は一味違う。実際、この20分はギャラリーを集めるのに一役買った。どいつもこいつも暇人だ。智恵はそう思いつつも内心ほくそ笑んでいた。
(ミズキ、かわいそうだけど、私に喧嘩を売ることの意味を教えてあげる)

「ミズキか。おまえあいつのことをどう思ってるんだ?」
「美人。今のところはそれ以上でもそれ以下でもない」
「含みがありそうだな」 「頑張ってはいるさ」
「1つ見解を聞かせろ。仮に決勝のカードが新堂とミズキで、賭けをするならどっちに張る?」
「新堂」 「理由は?」
「地力が拮抗していれば後は勝負師としての資質がでる。大勝負になればなるほどな」
「勝負師として二流だと?」 「正確には二十八流」 「おいおい」
「完璧すぎる。CPUを相手にするならそれでいいかもしれないが生憎相手はかかしじゃない。だが生身の人間を相手にする場合も彼女は全く同じものを提供しようとする。常に理路整然としている。潔癖症なレベルで。常に答えがなければ気が済まないタイプ。1つ例をあげれば、勘でやっている気配が微塵もない」
「フォッフォ。異なことを言うのお。思考を張り巡らせるのが勝負をというものじゃろうて」
「御老公の発言は正しい。しかしそれはそれ。これはこれ。これは選択肢の問題だ」
「選択肢?」
「事例を少し転換させるとわかりやすい。サッカーに例えるなら彼女は徹頭徹尾シュートしかうたないストライカー。その姿勢は必ずしも間違ってはいない。選択肢を増やすことは迷いにも繋がる。だが僕からするときわめてディフェンスしやすいんだ」
 彼は少し身体を起こした。気が入ったのだろうか。
「仮にAとBの両方が共にシュートしか狙ってなかったとしてもだ。Aはシュートのみだとディフェンス側からも思われている。一方でBはシュートの可能性に加えにパスを出すかもしれないと思われている。この場合、同じようにシュートだけを狙うならBの方が得だ。相手が勝手に迷ってくれるのだから」
「ミズキはAのタイプだってことか?」
「彼女の行動は概ね正しい。彼女の視点だけでいうのなら。しかし相手からすれば怖さがない」
(少なくとも同レベル以上の相手には、だな。普通はその前に壁の高さに絶望するぜ。たぶん)
 しかしわからないでもない。この件につき、アキラには少し身近な話になりつつあった。
「だいたいな。いかに賢くとも過程から結論に至るまで理路整然としているということはこちらからも向こうの思考過程を遡りやすいということだ。前にアメリカで闘ったときも1戦やれば2戦目までには見切れた。3戦目をやれば4戦目までには見切れた。紛れがないからな。それに……」
「それに?」
「勝負の匂いがしてこない。結局はただの展覧会だったんだよ彼女の決闘は」
「だった? なんで過去形なんだ」
 男は手に握られている愚者のカードをみた。
「わからん」
「わからんってなんだよわからんって」
「わかるようなら過去形にはしないさ」
「フォオッフォッフォ。相変わらずじゃのおおまえさんは」
「御老公」
「わしには理解できん感性じゃな。わからんとのたまい笑うとは。事前に見切って勇むのが決闘じゃ」
「その意見は正しい。だけど彼女が僕の掌に収まるようなら……」
「フォッフォ。お主はそれでよい。それでこそ、じゃ。さてアキラ。遊ぼうかの」
「さっき電話で伝えた手筈で頼む。具体的にはアキラに付け入る隙を与えるな。データは十分だな? 引きの決闘で精々フラストレーションを与えるような決闘をしてやってくれ」
「おいおい。俺の目の前でフラストレーションを与えるとか言うなよな」
「君の相手は枯れ果てた老人だ。五分で仕留めてもらおう」
「おまえ。1ミリも思ってないこと言ってるだろ絶対」
「フォオッフォッフォ。そうじゃそうじゃ。わしも腰が痛くてのお」
「曲がり角すらみえない爺さんが何言ってるんだか。さっさとやるぜ」
「決闘」 「決闘」 その後は最早言うまでもなく――

「すげえ対戦カードだな。見ごたえありそうだぜこれは」
「最強の高校生の1人、東智恵。あ、こっちみて笑ったぜ。指さしたからか? あいかわらず愛想がいいよなあ。それに向こうは優勝候補の一角、西川瑞貴! 九州三強のリーダー・村坂剛をまるで寄せ付けなかった完璧な決闘、それにあっちは福西彩。東は東、あっちはあっちでかわいいよな。うお! ありゃ瀬戸川流か? あの悪名高い決闘流派瀬戸川流までいるなんてこりゃ何がどうなるか予想がつかないな」
「ああ、そうだな。楽しみっちゃ楽しみだが、でもタワーデュエルってなんなんだ?」
 混迷の度合いを深めるフィールド。そのとき、彼女は現われた。
「女性同士のバトルロイヤル。しかも東智恵。どうやらこの私の出番のようですね」
「お、おまえは……」

「ソリティアの会副リーダー……津田早苗ーーーーーーー!」


第54−2話:友情の乱闘劇(ジェノサイド・バトルロイヤル)


「“タワー”はバトルロイヤルです。ただ、かなり特殊なバトルロイヤル。通常の決闘は相手を葬ることで決着しますが、この決闘は違います。相手を葬るのではなく、タワーに上がった得点で競います」

【1】全てのプレイヤーは“0”APからスタート。10周の間、得点を重ねることで勝敗を競う
【2】プレイヤーは失点によってAPが0(最低点)になったとしても途中敗退にはならない
【3】プレイヤーはモンスターの力で“あがる”ことによってのみ得点を得られる
【4】プレイヤーがライフを減らされた場合、その分それまでのポイントから差し引かれる
【5】《次元幽閉》のような攻撃宣言誘発型罠は自分が攻撃された場合のみ発動可能
【6】《激流葬》《大嵐》のようなフィールド全体に及ぶ破壊呪文は原則的に使用不能。
【7】その他諸々のルールは「タワーデュエルが面白いほどわかる本(決闘出版)」を参照

「さ、流石は津田早苗。ものの数秒で解説してしまうとは……」
「詳しいルールに関してはローカルルールなんかも色々あるのですが……全然知らないのは流石にどうかと思いますよ。これははっきりいって決闘者としては常識の部類に入る情報です」
「平和台の塔の前で拍手をすると音が反射する、それが宮崎市民にとっての常識であるのと同じくらいには常識。知らない方が悪い。よくそれで決闘者を名乗れるな」
 津田と共に歩いていた新上達也は呆れて言った。

【あなたはタワーデュエルを知っていますか?(津田リサーチ)】



 そして――

「それでは……チキチキ! 第1回タワーデュエルの開催です。実況はこのわたくし津田早苗。解説は【ターボ促成栽培】でおなじみ新上さんと、その辺を歩いていた……もとい、ソリティアの会、いやむしろ日本決闘界の宿敵、デュエルクルセイダーズのダルジュロス=エルメストラさんにお越しいただきました」
「宿敵にしてはやたらフランクだなおい。すぐ戻るつもりで表に出てきたんだが……」
「それでは! よろしくお願いします」
「なんで俺がやるんだよ。ヴァヴェリにでもやらせとけよな……」
「さあ! まずは選手紹介!」 「無視か。俺の自由意志は無視か」

「おおっと。試合開始5分前。デッキ整備を終えた者からフィールドに集っていく。最初に現れたのは連撃のマジシャン福西彩。大会最年少ながらも、いやむしろ大会最年少だからこそのこの歓声か。今日も得意のスペル&ビートで軽やかな先行逃げ切りをみせてくれるのでしょうか!」
(なんか物凄い盛り上がってる。なんで実況席とかあるんだろう。いつの間に?)
「何か一言!」 「え、あ……がんばります」
「あの先行型のスタイルは意外とこの決闘に合うかもな。つっても問題は弾切れなんだが」
(周りは強敵ばっかり。私、この面子の足を引っ張らずにやれるのかな。デッキは一応整備したけど)

「ふん! 怖気づいたのか? そのようなザマでは我に勝つことなど一勝かなわん!」
「おっとお! 間髪いれずに立ったのはあの瀬戸川流決闘術の使い手、人札一体の豪傑。なぜ天はこのお方を女として産み落としたのか。生粋の実力派、瀬戸川千鳥。彼氏にはさっき逃げられた!」
「うるさい! ベルクなど我にとってはただの塵芥に過ぎん! なにもいうな!」
「正直一番不安だ。周りは全員翼川。それを撥ね退ける冷静さがあいつには……ない」
 2人までが紹介されるがここで津田早苗は一息。更に声を張り上げる。

「そして満を持して登場するのはあの東智恵! 今大会には参戦していないものの、その強さは誰もが知るところ。高校生最強の一角を担ってきた賢者は今何を思うのかあ! 知っています。我々はその強さを知っています。実際、このギャラリーの中にもこの賢者によって無様に敗退したもの数多く!」
 湧き上がるギャラリー達。ここに東智恵の名を知らない人間はいない。
「確かに事実だが、なんかあいつにだけ実況を贔屓しすぎじゃないか? 津田」
「ふ、東智恵ですよ東智恵。私が理想形とする決闘者。あたりまえじゃないですか?」
「あの嬢ちゃんのどの辺がいいんだあ?」 「一目瞭然じゃないですか。あの決闘!」
(この空気、これだから大衆は。だけど、これを私の追い風に変える)
「みなさん! 頑張りますので声援よろしくお願いします。みんな、正々堂々頑張ろ!」
(さあてどう料理してあげようかしら。あとはミズキがくれば……あれ? なにやってんの?)

「残るは初日で九州三強村坂剛を撃破、現在ディムズディルに次ぐ好成績で予選突破を果たしている強豪中の強豪西川瑞貴……ですが、どうやらデッキ調整に時間がかかっているようです」
 4人がタワーデュエル用に調整を行うため合意した準備時間は20分。しかし内3人は15分で準備を終えフィールドに立っていた。瑞貴だけがギリギリまで時間を使う。
(あれ? 先輩らしくない。普段は―頭がいいから―むっちゃ早いのに)
(違う。これじゃない。私に必要なのは。私に必要なのは……)
「ミズキ! 急かすつもりはないけどそろそろ時間よ」
 残り時間は30秒。彼女は遂に決意する。
「(よし! これだ) 今行くわ!」
「デッキ構築は終了したようです。ブレイン・コントローラーは、今回どのような冴えをみせるのか!」
「実力は申し分ない。だが、本来パワーでおすタイプじゃないのがどう響くかだな」
「仮にもうちの村坂を破ったのだ。無様な戦いはしてくれるなよ」
 4人の決闘者ががタワーを睨んで東西南北。勝負が……始まる。
「デュエル!」 「勝負だ!」 (……) (さ〜て、時間よ、ミズキ)

【バトルロイヤル】
福西彩(東)VS瀬戸川千鳥(南)VS西川瑞貴(西)VS東智恵(北)


「先攻、いかせていただきます。ドロー。(え〜と……)」
 彩の配札は相変わらず先手志向。といっても第1周目は誰も攻撃宣言を行えない。布石としてモンスターを一体裏守備でセットするにとどめる。彼女は決闘直前に行われたタワーデュエル用のデッキ調整においても、他の三人程にはデッキをいじっていなかった。そんな彼女は試合前何を考えていたのか。
(このデュエルは得点能力が命。もし相手の得点を抑えて勝とうとするなら周り3人を1人で抑えなければならない。でも自分の打点を伸ばして勝つんなら必ずしもそうじゃない。平均打点を高めた上で、点数の競い合いに持ち込めれば勝機があるかも。智恵先輩の動きがなんか怖いけど……)

「我のターン、ドロー! (チッ、出せるものがない)」
「瀬戸川選手の出だしについてなにか一言お願いしますダルジュロスさん」 「知らん」
 千鳥の方はというと前途多難で波乱万丈奇奇怪怪。しかしやってる内に無理矢理にでも形にしていくのが瀬戸川流あるいは千鳥流。スペルを1枚伏せでターンエンド。彼女の構築はいかなるものや。
(西川瑞貴。いつぞやどこぞの灰色馬鹿の所為で中断された貴様との勝負、つけさせてもらう。だがこの勝負、1VS1や2VS2を想定した我のデッキをそのまま使うと打点がやや足りんな。いくつかの入れ替えも有効だが、それだけでは生ぬるい。今度こそ、今度こそ我の力を衆目にみせつけてくれる)

「私の番ね。ドロー……(この勝負、やはりポイントは……)」
 瑞貴の配札は可もなく不可もなくの安定飛行。瑞貴は考える。この勝負のポイントがどこにあるのか。通常とは違い加点方式のこの決闘。もとより他全員を1人で妨害しきるのはまず不可能。となれば要所要所で相手を抑えつつ打点を稼ぎにいくのがベター。このゲームに「死亡」はないのだから。試合前、瑞貴は誰よりも長く調整していた。彼女の胸に期するもの。彼女は何を思いデッキを組むのか。
(どうしようかしら。試験的に使ってみた【フロフレホルス】はそう悪くなかったとは思う。だけどなにかが違う。私の戦い方にはあと一つしっくりこない。未来融合や龍の鏡みたいな大味さがどうも好きになれない。今回の決闘でも確かに《龍の鏡》のパワーは有効。だけど、隣には千鳥やチエがいる。5000の脳筋をスペルから打ち込む? 違う違う。そうじゃなくて。そうだけどそうじゃなくて。他人の出方がどうかとかじゃなくて。私の決闘は、私の決闘はどこにある? 《龍の鏡》、《龍の鏡》、か)
 そのとき、彼女には《龍の鏡》に《メガロック・ドラゴン》がだぶってみえた――

「おおっと西川選手。何も展開しないままのエンド。これはのっけから大胆だあ!」
「この決闘、ダイレクトアタックで死ぬわけでもないからな。これはこれでアリだと思うぜ」
「その通りだ。この決闘はタイミングが命。どこで栽培するか。いつ出荷するかが勝負だ」

「私のターン、ドロー……(ミズキ、やっぱりわかってるわね。だけど……)」
 そんな瑞貴をチラ見しつつ智恵の闘いも始まる。智恵のターゲットは当然といえば当然だが瑞貴だ。その瑞貴の思惑はどこにある? 簡単だ。ダイレクトアタックによる死亡の危険性のないこのゲーム。序盤でがら空きにしたところでそれが致命傷となることはない。しかし当然ながら、通常召喚権を棒にふった分次回以降の攻め手が減るリスクはある。にもかかわらず召喚しなかったのは次の周、彩や千鳥によって瑞貴が召喚したモンスターが犬死となるリスクを嫌ったからか。紛れを嫌う彼女らしい選択。「流石」と智恵は思った。そして同時に「馬鹿ね」とも。
(この決闘を受け入れた時点でミズキに勝ちはない。自ら得点を減らすような真似なんてね)
 智恵もまた裏守備一体と呪文一枚をセットしてターンエンド。その思考はどこへ向いているのか。
(全員が全員、手持ちのカードで試行錯誤している。だけど20分でそうそう劇的なものはない。本当に必要なのは駆け引き。結局は、誰をどう利用できるか。それ以外にはない)
 先行型の彩、激突型の千鳥、万全型の瑞貴。ならば智恵は?
(“調整的決闘指導”。頼むわよ。私の操り人形(マリオネット)
達……)

【2周目】
福西彩:ハンド4/モンスター1(セット)/スペル1(セット)/得点0
瀬戸川千鳥:ハンド5/モンスター0/スペル1(セット)/得点0
西川瑞貴:ハンド6/モンスター0/スペル0/得点0
東智恵:ハンド4/モンスター1(セット)/スペル1(セット)/得点0

「ドロー……(魔法・罠も少なそう。ここは無難な攻めで通してもらおっと)」
 “無難”。この決闘の序盤において大事なことは点を稼ぐことよりもむしろ点を稼いだ後の展望。例えばいきなり「(タッ♪ タッ♪ タッタッタッタッタ♪)○○流に攻撃力の制限など無意味ぃ!」などとわけわからない世迷い事を吐き、手札を湯水のように浪費して最大攻撃力をひたすら高めて得点したとする。この場合、その後に待っているのは清く正しいリンチの時間である。残り少ない手札で周り三人からのリンチを食らってその後を乗り切れるはずもない。何があろうとも10周まではゲームが続く以上、手札の温存は当然の策か。
「リバース、《墓守の偵察者》を反転召喚。同名カードを場に展開。そしてその内一体を生贄に《ブラック・マジシャン・ガール》を召喚。バトルフェイズ、ガールでタワーを伸ばす。2000点!」
 タワー・ポイントに魔力が撃ち込まれることでにょきにょきとタワーが2000分まであがる。
「福西彩がBMGで先手を取った! 必勝パターンだ!」 「いよっしゃー! ガンガンいけーっ!」
 彩は敢えて最大火力を温存して2000点に留める。まあまあ正解といえるだろう。序盤に走りすぎて息を切らすのは問題だ。そして、序盤から目立ち過ぎることで周りからリンチの対象にされるのはもっと問題だ。だが2000程度なら誰も妨害に動かないだろうという読み。1VS1なら2000でも妨害に及ぶだろう。しかしこれはバトルロイヤルの一類型。1人に構いすぎれば他の者に出し抜かれるのは必定。
「さあ決闘が動き出しました。この2000に対し、他のプレイヤーはいかなる一手にでるのか!」

「ふん! その程度。我の番だ、ドロー……手札から《終末の騎士》を召喚。効果発動。《D−HERO ダッシュガイ》を墓地に送る。そしてバトルフェイズ、アルマゲドン・ナイトのみ! 1400点!」
 得点こそ彩に劣るものの、その後のことを考えればむしろ彩以上に良手を放ったといえるかもしれない。《D−HERO ダッシュガイ》を墓地に送りつつ適度な加点。後に繋がる一手だ。

「続いて西川瑞貴のターン。こちらもカード展開の遅れをどう覆していくのか! 注目です」
「私のターン、ドロー……(どうしよう。一応ここでトップに立てるけど、下手に目立つのは……)
 しかしここで瑞貴の脳裏に囁き声。「受けて立つこともできないのか?」 挑発だ。誰の?
(そういう挑発はしないでしょあいつは……ああもお。だいっきらい。殴るとしたらこれだけど……)
(手持ちのカードでタワーに向いているカードはそんなにはないし、できるだけ基本形を崩したくもない。だけど、いくつかチェンジしておいた方がアクセントにはなるかな……)
 試合前の構築、瑞貴の目の前には《ドリルロイド》がいた。今まで瑞貴の中盤を担ってきた忠犬、《ドリルロイド》。時には爆薬セットを確実に処理し、時には暇なときその微妙な打点でダイレクトアタックをかましてきた《ドリルロイド》。それをデッキケースの中に戻すというのか。確かにこの決闘、セットを狙える局面はそう多くないかもしれない。しかし、心なしか《ドリルロイド》の眼は潤んでいるようにも見えた。「ご主人さま、ぽくを、ぽくを見捨てるのですか? ご主人たま……」。嗚呼、ドリルロ……
「ま、いっか。これで。《ドリルロイド》アウト。《ゴブリン突撃部隊》イン。
あと《増援》
「ご主人たまーーー!」

「手札から《ゴブリン突撃部隊》を召喚。2300!」
(初手から2300! 強気ですね先輩) (2300とは面白い。2300とはな!)
(ふーん。自分から油を注ぐなんてね。火は既にあるのに。後悔するよ、ミズキ)
「おおっと。さらにカードを1枚伏せてエンド。西川選手、早々に本格始動かあ!?」
「私の番、ドロー……リバース! 《マジシャンズ・ヴァルキリア》を召喚。1600点!」

「ここまでの流れをどうご覧になりますか。解説のダルジュロスさん」
「ま、探り合いだな。集中的に妨害喰らうのが怖いんで適当に刻んでる」
「それでは、ここからまず誰が飛び出すと思いますか?」
「トップは2300稼いだが、逆に言えばまだ2300。二位との差はたった300。本人としてもスタートダッシュを決めたとは思ってないだろう。むしろ次からだな。俺の予想では……そうだな。先行型の福西彩と末期型の瀬戸川千鳥が来ると思うぜ。特に千鳥はこれ以上我慢できないだろ。単細胞だから」
「適格かつ何気に酷い解説ありがとうございます」 「どーもどーも」

【3周目】
福西彩:ハンド4/モンスター2(《ブラック・マジシャン・ガール》/《墓守の偵察者》)/スペル1(セット)/得点2000
瀬戸川千鳥:ハンド5/モンスター1(《終末の騎士》)/スペル1(セット)/得点1400
西川瑞貴:ハンド5/モンスター1(《ゴブリン突撃部隊》)/スペル1(セット)/得点2300
東智恵:ハンド5/モンスター1(《マジシャンズ・ヴァルキリア》)/スペル1(セット)/得点1600

(そろそろエンジンもあたたまってきたことだし、アヤにも仕掛けてもらおっかな♪)
 ストラの予想は半分外れていた。結果を加速させる賢者がそこにいるということ。
「ドロー……」 彩はいつも通りドロー。しかし、何かが違う。何かが……違う。
(アヤ……わかってるわね。私がなぜあなたをここに読んだのか。わかってる、よね)
(先輩。私にだけわかるサインを? これって……西川先輩をやっちゃえってことですね)
 げに恐ろしきは先輩との友情。カードゲームは文化系? いやいやバリバリの体育会系だ。
(別にアヤが普通にやっても勝てるんだけど。でも、アヤがどうしてもっていうならしょうがないよね)
 従順な後輩をもって先輩は幸せである。なんという素晴らしい関係。先輩後輩って素敵やん。
「(先輩に逆らったら後が怖い……)バトルフェイズ、私は《ゴブリン突撃部隊》を攻撃します!」
 彩、ゲームとして不自然にならないよう状況を選びつつ、瑞貴に対して攻撃を仕掛ける。西川瑞貴は強敵だ。特になにもなくとも、彼女に攻撃を仕掛けることはゲームに対して全力投球することを意味するのだから、と己を適当に納得させつつ、彼女は何の恨みもない先輩になけなしの牙をむくのだ。
(ガールの方で仕掛けてきた? 浮足立ってるわよアヤ。そんなんじゃだめでしょ)
「リバース! 《聖なるバリア−ミラーフォース−》! 福西彩の攻撃モンスターを破壊」
 無論ただでやられる瑞貴ではない。しかし、ここで更なる刺客。彼女を狙う瀬戸の鬼嫁。
「甘いぞ西川瑞貴! 《トラップ・ジャマー》を発動! そのままつぶれてもらおうか!」
(くっ、瀬戸川さんも仕掛けてきた。相変わらずアレなトラップを惜しげもなく。体当たりのようなカウンター。勇一とは違う意味で厄介。一手目から崖っぷち、みたいな)
 瑞貴を狙うもう1人。瀬戸川千鳥襲来。実況席にも観客達にも動揺が走る。
「《トラップ・ジャマー》! 瀬戸川千鳥が福西彩をサポートォ! これはいったい!?」
「サポート? 単にミズキへの嫌がらせだな。次で仕掛ける足掛かりにしたんだろうさ」
 彩は残りの偵察者であがって1200。トップは維持したが、この先荒れる気配は濃厚。

福西彩:3200AP
瀬戸川千鳥:1400AP
西川瑞貴:2300AP
東智恵:1600AP


「我のターン、ドロー……引いたぞ(ツモ)! 《D−HERO ダッシュガイ》の効果を発動」
 典型的な引き決闘。扱いの難しいデッキを力でねじ伏せるのが瀬戸川流か。
「《迅雷の魔王−スカル・デーモン》!」
 千鳥の十八番。早々に登場。
「まずは《終末の騎士》で西川瑞貴に直撃!」 「くっ」
 せっかく稼いだ得点の大半を削られる瑞貴、残ったのはたったの900。
(ダイレクトアタックはポイントが入らない。喧嘩売るのが目的かな。好都合)
 千鳥が自分の点を伸ばす場合、瑞貴は他の2人と共に千鳥を追う格好となる。しかし千鳥が瑞貴の点を落とした場合、瑞貴は千鳥以外の2人とも差をつけられ、その分1人で他の三人を追う格好となる。だがそれでも千鳥は迷うことなく直撃を選択した。千鳥は瑞貴の尻に火をつける腹積もりなのだ。無論、自分の点を伸ばすことも忘れない。むしろ本命はこちらか。
「《迅雷の魔王−スカル・デーモン》! 怒髪天昇撃! 2500オール!」
「いったあ! 3900でトップに。西川瑞貴とは《青眼の白龍》差がついたあ!」

福西彩:3200AP
瀬戸川千鳥:3900AP
西川瑞貴:900AP
東智恵:1600AP


(智恵に加えて彩。2人のマジシャン使い。それに加えて上家には瀬戸川流)
「私のターン、ドロー……1枚伏せてターンエンド。(ここは、耐えるしかない)」
「どうした西川瑞貴ぃ! 向かってこなければ我は倒せんぞ! 臆したかあ!」
 苦境に陥る瑞貴。実はこのとき、この状況を腹で笑って見据えていたものが一人いる。言うまでもなく、東智恵だ。賢者の決闘に無駄な労力はいらない。彼女は最初から子飼いの彩と対抗心剥き出しの千鳥を利用する気満々であった。それも、周りにはそれを一切悟らせることなく――
「(これでミズキは封じ込めたも同然。あとは偽の公正感を演出するため、そして走らせ過ぎないためある程度の歯止めをかけにいく。)ドロー……《マジシャンズ・ヴァルキリア》をもう1体召喚。バトルフェイズ、瀬戸川さんの《終末の騎士》を《マジシャンズ・ヴァルキリア》Aで破壊。そして《マジシャンズ・ヴァルキリア》Bにより、タワーを3200まで伸ばします」

福西彩:3200AP
瀬戸川千鳥:3700AP
西川瑞貴:900AP
東智恵:3200AP


「やるな東智恵」 「あの瀬戸川流を相手にするんですからこの程度は当然です」
 西川瑞貴を集中的にいじめると思わせないよう、智恵は現在トップの千鳥を軽めに優しく恭しく叩く。動いたポイントはたったの200。そしてこの後続いて更に1600を計上。結果、彩と千鳥が瑞貴を、智恵が千鳥を、それぞれ牽制するという一見すれば乱戦の構図。しかも彩には瑞貴をマークさせる。これは、唯一翼川出身でない瀬戸川千鳥を内輪の三人がかりでボコボコにしないという点で傍目にはむしろフェアに映るという計算が智恵にはあった。こうして瑞貴を彩と千鳥に抑えてもらいつつ、周りを微妙に牽制したり地味に加点したりすることで、結果として己は何一つ手を汚さずに実だけを掴む。西川瑞貴に自分から追撃しないのは良心からではない。3人がかりで攻撃したという汚点を残さないためである。じわじわと瑞貴を死に体にすることで己を次の標的とさせない狙いも同居。あくまで表面的には厳しいバトルロイヤルを勝ち抜いたという結果を求める。それも確実に。それが東智恵の書いた絵図。友情って素敵やん。

「おおっとこれは素晴らしい。《マジシャンズ・ヴァルキリア》。《マジシャンズ・ヴァルキリア》ロックです。このタワーデュエルに《マジシャンズ・ヴァルキリア》を投入するとは流石東智恵!」
「成程。確かにヴァルキリアロックは1VS1じゃやわすぎるソフトロック。だがこの決闘では意外と有効かもな。東に仕掛けずとも得点を稼げる以上、わざわざ貴重な除去を向ける気にはなりづらい。元々3人いるんだ。その気になれば破れない技なんてそうそうないだろうさ。だがそれが曲者だ。絶対に破らなければという程の危機感を相手に与えず、かつ、自分がリンチに遭う可能性を極力減らす。こういうところか?」
 聞かれた津田は、どっからか調達した実況用のマイクをいったんオフにすると横の人達に囁いた。
「はい。勝負勘の良さは勿論のこと、周りを駆り立て自分を安全圏に置く立ち振る舞い、相手の弱みをほじくり返し、必要最小限の労力で勝利を収めるその手腕。そして自らに仇なす者に対しては芽の段階から狩りに行く徹底思考。隠していても私にはわかります。その綺麗な横顔に隠された悪性腫瘍のような人格。年下ですが学ぶところは沢山あると思います。私の理想像――」

【4周目】
福西彩:ハンド5/モンスター2(《ブラック・マジシャン・ガール》/《墓守の偵察者》)/スペル1(セット)/得点3200
瀬戸川千鳥:ハンド4/モンスター1(《迅雷の魔王−スカル・デーモン》)/スペル1(セット)/得点3700
西川瑞貴:ハンド5/モンスター0/スペル1(セット)/得点900
東智恵:ハンド5/モンスター2(《マジシャンズ・ヴァルキリア》《マジシャンズ・ヴァルキリア》)/スペル1(セット)/得点3200

(いい感じいい感じ。そうよ。あのときは私自ら出張らざるを得なかった。だけど今日は違う。こんなにも手駒がある。さて次はアヤのターン。可愛い後輩は次にどう動くかな? ふふ)
「ドロー……(これで西川先輩の脅威は当面の間消えた。次はどうする? 現在トップの瀬戸川さんを叩いて直撃を狙うべきか。それとも純粋に加点勝負で行くべきかな?)」
 『智恵を殺る』という発想はないらしい。いやむしろ意図的になかったことにしているのか。
「(手札にはデスカリがある。このカードで相手の大技を牽制しつつ加点するのがベスト? そうだ。私のスタイルは先攻逃げきり。ここは!) 手札から《死霊騎士デスカリバー・ナイト》を召喚!」
「甘いわよアヤ! リバース! 《奈落の落とし穴》を発動! デスカリを除外する!」
(先輩、ここで私への妨害!? 自分はヴァルキリア・ロックで防御を固めておいて)
 西川瑞貴への妨害は先輩思いの後輩がかってにやったこと。“私は知らない”。
(悪く思わないでね。ここで5100なんて稼がれたら合法的に逃げられちゃうんだから)
「おおっと今度は先輩後輩の対決! 正々堂々。熱い! なんと熱く潔い対決でしょうかあ! しかしここで奈落とは流石は東智恵。牽制の一手に対し逆に牽制したー!」
「やるなあいつら」 「ああ、女同士でここまで熱くなるとはな。どっちも頑張れよ!」
 周りは完全に騙されていた。智恵の動きはあくまで“調整”。最早勝負ではない。
「ブラマジガールと偵察者で合計3200。私はこれでターンエンド。(くう〜〜)」

「我のターン、ドロー! 維持コストとして500を支払う。手札から《ジャイアント・オーク》を召喚」
 千鳥も打点を強化していた。《ジャイアント・オーク》。その性質を一言で言うなら鉄砲玉だ。
「二回以上攻撃させるつもりはないな。よくてその後は生贄要員。まっ、一回分の盾ってところか」
「バトルフェイズ。西川瑞貴に続いて貴様も始末してくれる! 念仏でも唱えているがいい! 《ブラック・マジシャン・ガール》を《ジャイアント・オーク》で攻撃!」
「これ以上はやらせません! リバース・トラップ! 《次元幽閉》を発動します!」
「甘いな! 《エネミーコントローラー》を発動! 《ジャイアント・オーク》を生贄に捧げ《ブラック・マジシャン・ガール》を我が手に! (アド損はあるが、オークを墓地に送ることは後々生きる) 戦闘続行! 《ブラック・マジシャン・ガール》で《墓守の偵察者》を撃破。そして《迅雷の魔王−スカル・デーモン》で2500!」

福西彩:5600AP
瀬戸川千鳥:5700AP
西川瑞貴:900AP
東智恵:3200AP


(いい展開。ミズキを抑えた後は、精々2人で致命傷を負わない程度に小競り合ってなさい)
 お互い瑞貴を抑えに行った以上、抑えきった後は雌雄を決するのがさだめというもの。ここで内心ほくそ笑むのは東智恵。賢者の決闘には理想形。溜息をつくのは解説のダルさんだ。
「チドリのやつ、展開が読めてないな。東智恵が戦力を温存してるんだぜ、まったく……」
 面と向かっては智恵に牙をむきかねる彩。ひたすら目の前の敵に喧嘩を売る千鳥。ストラが考えるように、これは東智恵の思惑通り。しかしそのとき、現状を切り裂く声一つ。

「2人とも、それでいいの?」
(え?) (なんだと?)
 西川瑞貴である。
(次は先輩の番。だけど先輩が足掻いたところで)
 下手をせずとも1VS3の構図。瑞貴を囲う包囲網。
「死に体がよくいう! 一枚伏せて終了を宣言!」
 向かってくるなら千鳥は迎え撃つだろう。しかして瑞貴。
(前門の魔術師・後門の瀬戸川流。裏門には賢者。不足はない)
 広がっていく。瑞貴の意識が少しづつ広がっていく。
(ここであいつならなんて言うだろう? “もう駄目だ”。言わない。“トップが崩れれば”。言わない。“卑怯なやつめ”。絶対言わない。“これはこれでチャンスだ”。あいつなら、ここでこ〜ゆ〜こという)
 彩の牽制も、千鳥の襲撃も、智恵の暗躍も、その全てを見据え。
「私は、私はここ(=千鳥のエンドフェイズ)でリバース……《王宮のお触れ》」
(先輩がここで動く?) (ミズキ! どういうつもり!?) (なんだと!?)
 厄介な置物は三人がかりで割られる運命にあるこのタワーデュエル。瑞貴は敢えてここで動く。
(アイツに勝とうと思ったらこのくらいの状況、自力でどうにかできなきゃ駄目。アイツならここでどうする? あいつなら、この苦しい状況さえも糧として必ず突破口を見つけるはず。だから!)

 むしろここで動くべき。彼女はデッキからカードを引き、美しくも苛烈な反撃を開始する。
「ドロー。手札から《N・グラン・モール》を召喚。手札から《洗脳−ブレイン・コントロール》を発動」
「なんとお! 残り少ないポイントをほとんど使って洗脳。何を考えるか西川瑞貴ィ!」
 “ブレイン・コントローラー”西川瑞貴は慌てずに騒がす既に予想していた。自分が埋没することで、周りが勝手に牽制し合う状況を。だから耐えた。彼女は盤面を広く使い、ダイナミックな動きを見せる。
(最後尾に下がれば失うものはない。それに、いつもより広く見える。アイツに近づくには)
「《ブラック・マジシャン・ガール》のコントロールを得る。バトルフェイズ、《N・グラン・モール》で《迅雷の魔王−スカル・デーモン》に攻撃。効果によりお互いのモンスターをそれぞれの手札に戻す。《ブラック・マジシャン・ガール》で瀬戸川千鳥に直撃。マイナス2000点」
「なにィ!? こちらの布陣を切り裂かれたというのか!?」
(ふーん。やるね瑞貴。だけどその程度じゃ……) 「ここ!」 (え?)
「BMGを生贄に手札から速攻魔法《エネミーコントローラー》を発動!」
「あーっ! 私の《ブラック・マジシャン・ガール》がぁ〜〜〜〜〜!」
「《マジシャンズ・ヴァルキリア》のコントロールを得る。チエ、これが私からのプレゼントよ」
 ものの数秒。たった2枚の「支配魔法」によって盤面を一気に塗り替える。
(嘘でしょ? 《マジシャンズ・ヴァルキリア》のロックを、ついでのような対消滅で潰された!?)
 疑似的に発生した、絶望的な構図に対する西川瑞貴の回答。彩の《ブラック・マジシャン・ガール》で千鳥の得点を減らし、そのまま《エネミーコントローラー》で生贄に捧げることで彩の戦線を切り裂くと同時に、智恵の《マジシャンズ・ヴァルキリア》を奪いロック打破。そしてヴァルキリア同士の対消滅に持ち込むことで智恵に僕を返すことすら却下する。結果、彩・千鳥はエースと得点を、智恵はロックを、それぞれ強みとなる部分を潰され、尚且つ戦線をずたずたに切り裂かれた格好。
「なんというプレイング! すさまじい! すさまじいぞ西川瑞貴ィ!」
(この状況。先輩は、先輩はなんであんなに凛としてふるまえるの?)
(なんだこの、盤面を広く使う決闘は。まるでやつのようではないか)
(ミズキのやつ。強さに磨きがかかってる。ギャラリ―の評判も上々ってとこ? やっぱり。瑞貴は伸びてる。なんか知らないけどぐんぐん伸びてる。)
 智恵も焦りの色を隠せない。だがそれでも丸っきり想定していなかったわけじゃない。
(だけどね。このままミズキを走らせるわけにはいかない。東智恵はこれ以上負けられないの)
 誰もが瑞貴のプレイを賞賛しあるいは歯ぎしりする。しかしこのとき瑞貴に笑みはなく。
(うん。今のは良かった。だけど……) 「ダメね。これじゃ」
(嘘。今先輩ダメっていったような。ううん。気のせいよね)
 「ダメ」。真正面の彩にはそう唇が動いたように感じられた。

(どうする? ミズキのやつ、自分の得点が100ぽっちなことを利用して無茶苦茶暴れてる。しかもお触れを置いた上でモグラを見せた。これじゃあ迂闊に大物は出せない。お触れを割る? 私が? くっ……しかもドローは三枚目の《マジシャンズ・ヴァルキリア》。ここはもう少し様子を見るしかないか)
「私は手札から《マジシャンズ・ヴァルキリア》を召喚。タワーに1600点」
 《ディメンション・マジック》を伏せてエンド。ここで消耗するわけには――

【5周目】
福西彩:ハンド5/モンスター0/スペル0/得点5600
瀬戸川千鳥:ハンド4/モンスター0/スペル1(セット)/得点3700
西川瑞貴:ハンド4/モンスター0/スペル1(《王宮のお触れ》)/得点100
東智恵:ハンド4/モンスター1(《熟練の黒魔術師》)/スペル2(セット/セット)/得点4800

「ここまで、どう思われますか解説のダルジュロスさん」
「西川瑞貴の上手さが光ってるな。しかし依然として100じゃ厳しい」
 表向きの発言はこうである。しかし内心では別のことを考えていた。
(100なら逆に狙われにくい。厳しい状況を踏まえれば、これは悪くない策だ)
 瑞貴は自分が狙われる宿命を受け入れた上で相手の動きを操作していた。どうせ食らうなら早いうちに目をつけられて食らっておいてその上で動く。最善を尽くす、その為の立ち回り。
「大地を駆けるディムズディルを彷彿とさせたな。つまりそれは促成栽培の道にも通じるということだ。西川瑞貴、もしかすると不況に苦しむ宮崎農業を救うために一役買って……」
「はいありがとうございました新上さん」

「ドロー……手札から《熟練の黒魔術師》を通常召喚。バトル、熟練ちゃんで1900点計上」
 しかし現状、瑞貴が最下位なことにはなんら変わりない。軽快に走るのは彩だ。BMGこそ失ったものの、まだまだ戦力は残っている。ある意味、走りやすくなったといえるかもしれない。
(誰もお触れを割らないならこれは好都合。スペルが停滞している内に逃げきる)
 瑞貴の手札にはモグラが潜んでいる。罠も使えない状況では大物は出しづらい。だからこそ地道に、それでいて軽快に刻む。むしろここにきて、彩は自由だ。
「カードを2枚伏せてターンエンド (私の速攻魔法はお触れの下でも有効)」

《ディメンション・バニッシュ》
速攻魔法
自分フィールド上に魔法使い族モンスターが特殊召喚されたときに発動可能。相手フィールド上の特殊召喚されたモンスター1体を破壊する

 彩は2枚を伏せた。内一枚は速攻魔法の《ディメンション・バニッシュ》。使い方次第で大きな戦果をあげうるカード。残りの1枚は? それはこれからわかること――
(この状況なら自然に走れる。先輩もそうそう牽制してこないはず。これなら)

福西彩:7500AP
瀬戸川千鳥:3700AP
西川瑞貴:100AP
東智恵:4800AP


「我は引く! (西川瑞貴の2000直撃が効いているな。だが、こちらにはまだ切り札がある。そのためには!) 《手札抹殺》を発動! 墓地に4枚を捨て4枚を引き直す」
 他三名も引きなおす点でこれは賭け。だが、千鳥の闘い方は強気一辺倒。強気に引いて、強気に守り、強気に攻めて、強気にエンド。それが瀬戸川千鳥の真骨頂。瑞貴のモグラも墓地送り。
「タワーデュエルには珍しい全体効果。しかし解説のストラさん。私達としては盛り上がりが加速するので願ったりかなったりですが、当の本人にしてみればリスクが高いのでは……」
「どうだろうなあ。とりあえず−1アドが確定してるって点ではこっから多少苦しくなるが、この闘いはアドにこだわるだけじゃ勝てないからな。多少のアドなんて集中砲火を浴びれば一気にふっとぶ。そういう意味ではいかに場を渡りきるかが重要。そういう意味で、千鳥は今の内に布石を打ってるのかもな」
「実際この決闘、鍵を握っているのは瀬戸川千鳥だろう」
「と、いいますと? 新上さん」
「あの鍛え抜かれた身体。促成さいば……」
「もう帰ってください」

「手札から《魔導戦士 ブレイカー》を召喚。1900点を稼ぎ、効果発動」
(千鳥が割ったか。ま、わるかあないが、消費が激しいぜ。ミズキの墓地にはアレが落ちてる。ま、得意の罠を生かすには遅かれ早かれ割るしかないんだが……。相変わらず思い切りのいいやつだ。確かにブレイカーがパクられたときのことをも考えれば使った方がいいんだろうが……こっからどうすんだ?)
 ストラの心配もなんのその。千鳥はひたすら走り続けるのみ……。

福西彩:7500AP
瀬戸川千鳥:5600AP
西川瑞貴:100AP
東智恵:4800AP


「おい、次は西川だぜ」 「次はどうするんだ?」 「追い上げできるのか?」 「いや、西川なら……」
 にわかに色めきだつギャラリー。次は瑞貴の番。最下位は瑞貴。しかし最も注目を集めるのも瑞貴。
(さっきは正直ちょっと爽快だった。少しだけ世界が広がった感覚。だけどあれは私のものじゃない)
(なんだろう。今の先輩をみていると胸騒ぎがする)
(私なりにディムズディルの決闘をオマージュしてみただけ。予想以上にうまくはいったけどアイツならきっとこれ以上に……。これをアイツのところにもっていってもアイツにはきっと勝てない。さっきの経験、肥やしにはする。だけど、だけど……違うよね。違う。私が目指すものは、私がもっていくべきものは……)
 目標。それを軸に彼女は思考を積み上げていく。加速度的に。積み上げていく。
「ドロー……(アヤ8200、千鳥5800、チエ5100。まだ、まだ十分追いつける。必要なことは……)」
(ミズキ、まだここから逆転できるつもりなの? 昔とは違う。昔よりも、厄介さが遥かに増している)
「《手札抹殺》の効果で墓地に送られた《黄泉ガエル》を特殊召喚します。《黄泉ガエル》を生贄に」

Horus the Black Flame Dragon LV6

(ホルス? だけど最高レベルになるためには誰かのモンスターを破壊しなければならない。だけどそんな悠長なことをしていればそれこそ問題外確定。ミズキの決闘は万全主義。必要十分な戦力を満遍なく充実させるのは確かに強い。だからこそパワーレースになったときの押しの弱さはどうにもならない)
 智恵の意見は正しい。一応、瑞貴自身もそれを考慮してこの決闘用に即戦力の《ゴブリン突撃部隊》などを入れているようだが、瑞貴と他のデッキでは根本的に爆発力が違うのではないか。だが、瑞貴はそれでも追い上げる。追いあげなければ勝てないからだ。既に中盤。もう100点ぽっちじゃいられない。
「《ホルスの黒炎竜 LV6》で上がる。2300点。私は1枚伏せてターンエンド」

福西彩:7500AP
瀬戸川千鳥:5600AP
西川瑞貴:2400AP
東智恵:4800AP


(西川先輩、格好いい。なんていうか、前見た時より決闘に華がある。先輩は先輩で前に進んでいるんだ。それに比べて私は……私が一番余裕がないのに、余裕がないのに……)
 彩は智恵を見た。怖がっている場合ではない。相手も人間、自分も人間。
(でも相手は賢者という名のド外道。翼川で一番性質の悪い先輩)
 ある意味で尊敬はしている。しかしそれがなんだというのだ。むしろここで一発かまさなければもう永久にそのときはこないかもしれないのに。彩はストラの方を不安そうにちらりとみた。ストラもこっちの目線に気づいたらしい。彼は小さく笑った。好きにやればいいじゃないか、とでも言わんばかりに。

(ミズキは2300ぽっち。それじゃとどかないって) 
 しかし瑞貴は微動だにしない。何を信じているというのか。
(搦め手だけなら敗れると? それなら、それなら教えてあげる。どっちが上かを)
「ドロー……《マジシャンズ・ヴァルキリア》で1600。更にリバース! 《ディメンション・マジック》! 女魔術師を生贄に捧げ《ブラック・マジシャン》」
 智恵もまたターボをかける。序盤に温存した手札を使ったコンビネーション。その対象は。
「(ホルスには効かない。けどね!) 効果によりアヤの《熟練の黒魔術師》を破壊する」
 狙いは現在トップの彩。蛇に睨まれた蛙。しかし蛙とて飛べるのだ。飛び跳ねることができるのだ。
「(先輩だからって!) 速攻魔法《老練なる復讐》。破壊された熟練ちゃんを場に戻します」

《老練なる復讐》
速攻魔法
「熟練の黒魔術師」が破壊され墓地に送られたターンに発動可能。魔力カウンターが3つ乗せられた状態で「熟練の黒魔術師」1体を墓地から特殊召喚する

 智恵の技を受けとめる彩。だが、詠唱乱舞はここからが見せ場。彩のセットにはアレがある。
「《熟練の黒魔術師》の特殊召喚をトリガーに速攻魔法《ディメンション・バニッシュ》。先程特殊召喚された先輩の《ブラック・マジシャン》を破壊」
 予想を超えるレベルの抵抗をみせる彩。智恵は微笑んだ。真剣勝負って素敵やん。
「(ちぇっ、アヤのやつ。あとで〆ないとね。)やるわねアヤ。そうこなくっちゃ!」
 心で恐ろしいことを考えつつ外面には微笑み。予想外の反抗。しかし智恵はあらゆる感情を押し殺した。もう下手はうたない。踊らせるだけだ。踊るのは他の連中だけでいい。
「うおお! 先輩後輩の魔術師対決だ! 熱い! なんて熱い戦いなんだ!」
 約一名絶対零度だがそれはそれ。ギャラリーのボルテージも高まっていく。
「(消耗が激しい。途中で息切れしないように……) 壁をセットしてターンエンド」

【6周目】
福西彩:ハンド3/モンスター1(《ブラック・マジシャン》)/スペル0/得点7500
瀬戸川千鳥:ハンド3/モンスター1(《魔導戦士 ブレイカー》(中古販売価格1600円也))/スペル1(セット)/得点5600
西川瑞貴:ハンド3/モンスター1(《ホルスの黒炎竜 LV6》)/スペル1(セット)/得点2400
東智恵:ハンド3/モンスター1(セット)/スペル1(セット)/得点6400

「さあ決闘も遂に後半突入。ここからどう展開するのかあ!」
「ドロー……壁をセット。おはじきが3つ乗った《熟練の黒魔術師》を生贄に捧げデッキから《ブラック・マジシャン》を特殊召喚します。バトルフェイズ、タワーに2500点! エンド」
 彩は兎に角逃げきり態勢。それしかない。もうここはそれしかない。
「甘い! 我の番、ドロー! 手札から《クリッター》を召喚! いくぞ!」
 追いすがるのは千鳥。前回手札を消費した千鳥もここは加点一択だ。
「駆離津他亜で1000点! 更に中古武霊迦唖で1600点!」
「私のターン、ドロー……2300点!」

「白熱した得点合戦。ライバルには目もくれず誰もが得点を稼ぎます!」
「最初に狙われたミズキが下がるだけ下がって場をリセットしたおかげか、どいつもこいつもとりあえず点を稼ぎにいってるな。アヤが走ってる以上、周りも追わないわけにもいかない。これはこれである種の膠着状態みたいなもんだな。このままいけばそりゃアヤが逃げ切りだが、いつかは誰かが仕掛ける筈だ」
「ああ。だが、先頭のタワー栽培を邪魔すればその分他の2人を利することになる」
「かといって高得点を狙って大技に出れば隙を晒すことになる。この辺が難しいな」

「次の出番はヴァルキリアとマジシャンを失った東智恵。次はいったい何を出してくるのか」
「ドロー……(手札には2000の上級。ふーん……)」
 智恵の内部で錯綜する思考。智恵はその中から自分好みの真実を選び出す。それは彼女に自信をもたらすのか、それとも敗北をもたらすのか。
(ミズキ、アヤ、千鳥……本当に強いってのはね……)
 踊れ。踊れ。踊ればいい。みな、死ぬまで踊ればいい。
「セットモンスターを生贄に!」 (あれは! 先輩の……)

魔 法 の 操 り 人 形(マジカル・マリオネット)

「《魔法の操り人形》で《魔導戦士 ブレイカー》を撃破します」
(ブレイカーが倒されたか。まあいい。もうあれは用済み。こちらには更なる技がある)
(先輩は瀬戸川千鳥を私よりも警戒してるってこと?) (チエ、上がらなかったの?)

福西彩:10000AP
瀬戸川千鳥:7800AP
西川瑞貴:4700AP
東智恵:6400AP


「全体的に差が埋まりつつあるんじゃないですか? 解説のダルさん」
「次で7周目。流れ的に加点競争では逃げ切り型の彩が有利だったわけだが、この終盤戦ですんなり逃げ切れるとも思えないな。そろそろつかまるぜ、あいつ」

【7周目】
福西彩:ハンド3/モンスター2(《ブラック・マジシャン》/セット)/スペル0/得点10000
瀬戸川千鳥:ハンド3/モンスター1(《クリッター》)/スペル1(セット)/得点7800
西川瑞貴:ハンド3/モンスター1(《ホルスの黒炎竜 LV6》/スペル1(セット)/得点4700
東智恵:ハンド3/モンスター1(《魔法の操り人形》)/スペル1(セット)/得点6400

「私のターン、ドロー……(今日の調子ならいける。《マシュマロン》をセットしてるからそうそう叩かれはしない。これを除去するのは一苦労。あっちが躊躇し合ってるうちに少しでも加点する)」
 彩は勇んで攻撃宣言。だがそれほど世の中は甘くない。
「それチョンボ」 「へ?」
「攻撃に合わせて《拷問車輪》、よかったね。罰金安くて」
 淡々と言い放つ智恵。その淡々さがむしろ恐怖。
「う……手札から速攻魔法《サイクロン》を発動」
 抵抗する彩。だが、この闘いの敵は複数。
「甘すぎるな。《八式対魔法多重結界》を発動!」
 瀬戸川流襲来。出る杭はかきむしる。
(そうだ。《王宮のお触れ》はもうないんだった)

福西彩:10000AP
瀬戸川千鳥:7800AP
西川瑞貴:4700AP
東智恵:6400AP


(やっぱり後半になるとそうそう見逃してはくれない)
(そろそろ後輩に世の中の厳しさを教えないとね)
 当たり前だが《拷問車輪》は《マシュマロン》では防げない。
「やられた。だけど少しでも瀬戸川さんの手を遅らせる」
 千鳥は現在二位。このまま走らせれば追いつかれるのは必至。
「手札から《千本ナイフ》を発動。《クリッター》を破壊します」
(レベル8ホルスが来たら最悪使いどころがなくなる。だったら)
 確かに《クリッター》を倒せばサーチは行われる。しかし生贄が消えるのだから上級の、千鳥が愛用する《迅雷の魔王−スカル・デーモン》等の即時召喚は不能となる。加えて《クリッター》が持ってこれるのも1500未満。打点は低い。彼女はホルスをチラリとみる。そうだ。テンポを考えるならここで切った方がマシ。そんな風に思い彼女は動く。このとき、千鳥は手札に《邪帝ガイウス》を抱えていた。大事な生贄が消えるのだからフィールドだけをみるなら確かに痛い。だがこの局面、彩はあることを失念していた。
「《魔法の操り人形》の効果を発動。魔力カウンターをのせる」
 そしてさらに――
「残念だったな。我は《E−HERO ヘル・ブラット》を手札に加える」
 《クリッター》でサーチ可能な上級ブースター。みんなご存知悪ガキだ。
(瀬戸川さんは闇属性悪魔族を中心としている。とめきれない……)

(甘いな小娘。さあて補給も済んだことだ。次へ行こうか。我の、真の狙いは元より向こうだ)
 瀬戸川千鳥が見据えるのは追い上げにかかった西川瑞貴だった。彩などちょろちょろと五月蠅い小魚に過ぎない。本当の敵は西川瑞貴。これを倒さずしてなにを誇るというのか。
「ドロー。いくぞミズキ! 《E−HERO ヘル・ブラット》から《邪帝ガイウス》。効果発動!」
「やらせない! 手札を1枚捨てて《天罰》!」
「おおっとこれは激しい争い!」
「中々やるな!」 「この程度ではやられない!」
「熱い決闘が続いてるなあ。企画した甲斐があったってもんだ。つうか俺もやりてえや」
 ディスクを縦にしてそこに立って見るのは主催者の内田。彼もまた唸りながら見学していた。
(さあてホンマモンのタワーはこっからが熱い。折角の機会。いいもんみせてくれよな。4人とも!)
(向こうの場にはレベルアップモンスター。序盤ならここで場を空にするのも一手だが、現在我は7800で二位。この局面で場を空にすれば集中砲火を食らう危険性もある。ならば!)
「墓地の《D−HERO ディアボリックガイ》の効果を発動。同名カードを壁とする」
(多少消極策だがいたしかたない。チャンスはくる。そのときこそが本当の……ん?)

(まぁったく雑魚共は群がるの好きだな。いや、雑魚だから群がってみえるのか)
 と、そのとき、不遜な考えを抱いて群衆の中を進む者1人。その男の名は。
「お、おまえはローマ!」 「なにしにきやがった!」 「今度こそ倒してやろうか! 津田さんが」
「お、おまえはまさかローマ!? あの伝説の、脱構築型デッキ構築の申し子のローマか!」
「ほお。ソリティアの会以外にも決闘者が集まってるのか。盛況だな」 
「でゅ、でぇえるしてくれ!」 1人が試合を離れてローマに話しかけた
「よ、よせあいつは悪魔だ」 ただし証拠はない。ソリティアの会の白昼夢。
「死んだ目で話しかけるな、勝つ気のないやつと決闘はしない」
 ローマは群衆をかき分けるとマシな奴を見つけたとばかりに実況席へ及んだ。
「おい新上。ダルジュロス。よくもまあこんなぬるい場、ほんっとうに付き合いがいいな」
「そうでもないぜ。かなりのレベルだ」
「身体は大丈夫か? 促成栽培」
「なんのことだ?」
「流石は光合成体質だな。そんで戦況は、と。なんだ。瀬戸川流の駄目な方が止まってんのか」
「千鳥はカードの切りがやや粗い。だがまだまだこっからだ」 「元『毒薬』様は誰を押すんだ?」
「一応解説なんでな。贔屓はしない。だが皆の視線を集めている奴はいる」
「誰だ?」 ローマは既に目星をつけてはいた。だがあえて聞いた。ストラは答えた。
「西川瑞貴。さっきディムズディルに摩訶不思議な喧嘩の売り方をしたやつだ」
「ほーお」

 西川瑞貴は考える。

(既に7周目。河に捨てられた札の傾向などから相手の残存戦力はある程度予測できる)
 過去のデータは十分揃っている。つい数分前のデータも含めて。西川瑞貴は考える。
(私の決闘をぶつけるのはここ。私の決闘? 私の決闘ってなに? そんなものどこにある?)
 普段の彼女ならここから更に隙のない、マシンのように正確無比な布陣を敷くところ。しかして瑞貴。
(模倣は重要。だけそれだけじゃダメ。あの程度じゃ笑われて、軽くあしらわれるに決まってる。「何の意思も籠っていない付け焼刃でこの僕を倒すことなどできない」。うん、言う。アイツ絶対言う。アイツ絶対笑う。ああもお思い浮かべるだけでイライラしてきた。そうよ。アイツと同じことをやって勝てるわけがない。私が求めているものはそうじゃない。欠点を埋めるだけの戦いじゃダメ!)
 彼女の思考がある一点に収束していく。
(私の闘い方。私の中から生み出すもの。それをどうやって? 私にできる? できる。できる。やる!)
 瑞貴の闘いが始まる――

「ドロー……(いったん私の基本に戻る。そしてそこから……)」
 実のところ既に賽は投げられていた。彼女は空いたスペースを見つめる。彼女は手札の《天罰》を一瞥した。カウンタースペルは残り1枚。相手は3人。しかし彼女は決断した。
「魔法・罠ゾーンにカードはない。《黄泉ガエル》。これを生贄に2枚目の《ホルスの黒炎竜 LV6》」
(なんだ? 奴の気配が変わった。7周目にしてここまで動くとは。やはり焦りがあるか。ホルスをどう動かす? 内1体をレベル8に進化させてくるか。それとも2体でタワー伸ばすか)
「バトルフェイズ、《魔法の操り人形》を撃破!」
(やはりか……なに!?) 「まだよ。バトルフェイズ続行」
「2体目のホルスLV6で《D−HERO ディアボリックガイ》を撃破」

福西彩:10000AP
瀬戸川千鳥:7800AP
西川瑞貴:4700AP
東智恵:6300AP


 彼女は自分と相手の残存戦力を冷静に分析していた。そしてその上で、最大の拠点を作り上げる。
「1枚伏せてエンドフェイズ、2体のホルスレベル6を墓地に送る」 瑞貴、ここで大物手をリーチ。
(私は、私の決闘はどこにある? ここにある。私は、私の決闘を広げる。今、ここで!)

Horus the Black Flame Double Dragon LV8

「きたきたきたー! ホルスリーチだー! ホルス満貫青眼地獄待ち!」
「ホルス2枚を大胆に置いたー! ここにきて、勝負をかけるか西川瑞貴!」
 この周でのトップを捨て役をあげ、リーチをかける。それが瑞貴の選択。(《手札抹殺》で墓地に落ちた分を除く)全てのレベル6を墓地に送り、デッキに眠るレベル8を全て引きだす。まさに勝負手――
「次のターンにあがれば一気にトップだ。だが周りも全力でとめにくるだろうぜ。すげえ度胸だ」
 目立つどころの話ではない。終盤冒頭のこの目立ちぶりは、出る杭どころか飛び出した杭。だが。
(止めることはできない。完全記憶に基づくデータ収集とデータ処理。そこからはじき出された結論。3人の行動から考えて勝負できるポイントはここ以外ない。私はこの布陣で勝負をかける)
 瑞貴の持ち味。それは桁外れの能力が保証する、敷かれた布陣の隙のなさ。攻めきれそうで、一向に攻めいることができない鉄の城。相手はただ、何もできずに指を加えて眺めるのみ。それを冷たく見つめるのが彼女の業。だがこのとき、瑞貴の手には汗が滲む。彼女は無意識の内に、カードを掴んでいない方の手を握りしめる。広い盤面から目を逸らさず、ただただ彼女は見つめていた。それは、瑞貴であって瑞貴でなく、瑞貴ではないが瑞貴であった。
「ターンエンド」

「ドロー……《拷問車輪》で彩の点を削る。(《執念深き老魔術師》。でも1ターン遅い。誰かに差し込んでもらうっていう手もあるけど、アヤはもう使えない。しょうがない。ここは、我慢して次に繋ぐ)
 瑞貴の大胆さ。もっとも、瑞貴の決闘は確信の決闘。曖昧さのない記憶から確信を築き上げるからこその決闘。その意味では、大胆さからは最も遠い決闘だ。しかし……。
「モンスター・カードを1体セットして私はターンエンド。(ミズキ……)」

【8周目】
福西彩:ハンド2/モンスター2(《ブラック・マジシャン》(※拷問中)/セット)/セット0/得点9500
瀬戸川千鳥:ハンド2/モンスター0/スペル0/得点7800
西川瑞貴:ハンド1/モンスター2(《ホルスの黒炎竜 LV8》/《ホルスの黒炎竜 LV8》/スペル1(セット)/得点4700
東智恵:ハンド3/モンスター1(セット)/スペル1(《拷問車輪》)/得点6300

 ざわめく観衆。見守る観衆。智恵は打つ手なくターンエンドした。残るは2人だ。
「ドロー。セットを生贄に《サイバネティック・マジシャン》を生贄召喚。行きまーす!」
 狙いは勿論、魔法使いから魔法を取り除きただの使いっぱしりに変える黒炎竜 LV8。
「手札を1枚捨てて効果を発動。レベル8ホルスの攻撃力を2000に……」
「《天罰》を発動」
(ノータイム? なんだろう。この背筋にぞくっと来るような感覚。まるで自動的に発動したような……)
 彩の一手が持つ盤面への影響力の高低、ホルスの破壊可能枚数、攻撃力の大小、瑞貴はそれらの要素を何一つ考慮することなく発動した。発動してから分析し始めた。あまりに異様なプレイング。「結果としてホルスを破壊することになるモンスター効果の発動」というただ一つの条件、それを満たすアクションを他の三人の内の誰かがとった瞬間本当の意味でのノータイムで発動。まるで組み上げられたプログラム。瑞貴は思考を捨てたのか。否。これが彼女の思考。
(私はこの手に全てを捧げた。全神経を集中してこの手を組み上げこの手に張った。完璧が揺らぐというのなら揺らがせない。たとえ一瞬でも言い張ってみせる。これが私の『万全』。私だけの『万全』)
 彼女は知った。完璧なものなどないことを。だがだからこそ、目指すもの。
「さあ遂に残るは瀬戸川選手のみ。しかし、西川選手をとめられるのか?」
(今の千鳥には、得点を稼ぐことはできても今すぐこちらを止める力までは残っていない)
 だが可能性はある。トップデッキの危険は常にある。だが彼女はそれを知り敢えて言いきった。4人制デュエル。危険はある。常にある。目立つのは特に危険。だが彼女はそれを知り敢えて主張した。
「我のターン、ドロー……手札から《終末の騎士》を召喚。《グレイブ・スクワーマー》を墓地に送る」
(通る。私のホルスは通る。いいえ通す。絶対に通す。もし仕掛けられたなら、ここで私の上を行けたなら、私の全部をくれてやるわ。仕掛けられるものなら……)
「仕掛けられるものなら仕掛けなさい!」
 高鳴る心臓。彼女は、西川瑞貴は今まさに勝負を挑んでいた。
(なんだこのプレッシャーは。西川瑞貴とはこれほどの決闘者だったというのか。仕掛けられん)
(ノータイム、考えなしの《天罰》? 違う。あれには全部が、全部がとっくの昔につまってた)
「バトルフェイズ、1400点のみ! 我はこれでターンエンド」

(通った…………これが……これが私の……目を見開いてみてなさい!)
 千鳥もまた自分のことで精一杯。結局瑞貴は、自他の戦力を冷静に分析して隙のない仕掛けをものにした。瑞貴は悠々と自ターンに臨むと、あがりを確定させる。
「手札から《ホルスの黒炎竜 LV4》を召喚。バトルフェイズ」
 ホルスにホルスを重ね理と気によってあがる役。それが!
「あがりを宣言します」



竜  一  色(リュウイ―ソ―)



福西彩:9500AP
瀬戸川千鳥:9200AP
西川瑞貴:12300AP
東智恵:6300AP


 タワーが一気に上昇。他の3つをぶちぬく勢い。ポイント100の最下位から遂にトップに立った瑞貴。彼女は思わず辺りを見回した。
(これでどお?)
 次の瞬間、瑞貴はあることに気づき、無性に恥ずかしくなりうつむく。
(アイツは今ここにいないってわかりきってるのに。なにやってんだろ)
 しかし次の瞬間瑞貴の顔は再びあがる。湧き上がる、ギャラリー。
(え? なに? え?)
 瑞貴を中心点として飛び交う歓声。カード1枚に心をこめ通しきった瑞貴の決闘が人々の喝采を呼ぶ。今まで溜息交じりに賞賛されたことは多々あった。だけどこれは違う。なにか。別のなにか。
(いつの間にか手に汗を握ってた。心拍数が上がり過ぎてる。だけど、だけど悪くない)
「スペルカードをフィールドにセット。私はこれでターンエンド! (この勝負絶対に勝つ)」
(強すぎる。今までも私とは別格だと思っていたけれど、思ってはいたけれど)
 憧れを通り越して恐怖に代わるほど。今までの瑞貴にはない熱が垣間見える。
(抜けちまったな。ここにいる面子の中でミズキの決闘力が頭1つ分抜けた。ディムズディル、おまえあの娘になにをいったんだよ。どう挑発したんだ? こりゃ、お嬢ちゃんにはちょっとキツイな)
「西川瑞貴。追いつける。そう確信した矢先に……更に伸びたか」
「その栽培力! 村坂か。その汗はいったい……」
「じゃあな新上」 「決闘を見ずしてどこへいく」
「走りこみだ」
 たった一言。村坂は走り去っていった。
(おまえの気持、痛いほどわかるぞ村坂……)

「オープンリーチからホルス役満を達成するなんて!」 「ブレイン・コントローラー健在だ!」
「私のターン、ドロー……《拷問車輪》の効果によりアヤのタワーを500分下げる。《執念深き老魔術師》をリバース。《ホルスの黒炎竜 LV8》を破壊」
 ギャラリー達の興奮をよそに淡々と進める智恵。それはまるで、喧噪の合間を縫うように。
「《執念深き老魔術師》を生贄に2枚目の《魔法の操り人形》を召喚。2000!」
 後の祭りなど知らぬとばかりに淡々と。そしてもう1人……。
(負けんぞ。リーチを組んでいたのはおまえだけではない。勝つのは瀬戸川流だ)

【9周目】
福西彩:ハンド2/モンスター1(《ブラックマジシャン》(※拷問中))/スペル0/得点9000
瀬戸川千鳥:ハンド2/モンスター1(《終末の騎士》)/スペル0/得点9200
西川瑞貴:ハンド0/モンスター2(《ホルスの黒炎竜 LV4》/《ホルスの黒炎竜 LV8》)/スペル0/得点12300
東智恵:ハンド2/モンスター1(《魔法の操り人形》)/スペル0/得点8300

「さあ決闘も遂に9周目。あと2周で決着。このまま西川瑞貴の逃げ切りかあ?」
「ドロー……(駄目だ。もうこの《ブラック・マジシャン》は復帰できない。なら……)
 彩、遅ればせながら決断。最後の一手に出る。
「800ライフを払い、《終末の騎士》を選択して《洗脳−ブレイン・コントロール》の発動を宣言します」
 福西彩最後の足掻き。ホルス最終形態がいる以上魔法の生殺与奪権は瑞貴にある。しかし逆に言えば効果の発動はオートではなくマニュアル操作であるということ。現在ライフにおいて彩と千鳥は五分と五分、千鳥を不利にすることと彩を有利にすることの、問題性の天秤が千鳥に傾くならば彩にはまだ道がある。もっともそれは、かなり屈辱的なことではあるのだが。
「効果の発動を認めます」 (やっぱり。私は先輩の眼中にないんだ……)
 凹む話ではあるが、それでもチャンスはチャンス。彩、最後の足掻きを見せる。
「ナイトとマジシャンを生贄に2枚目の《ブラック・マジシャン》を召喚します」
 形の美しさなど二の次三の次。もう9周目。兎に角時間がない。あがらなければ活路はない。

福西彩:10700AP
瀬戸川千鳥:9200AP
西川瑞貴:12300AP
東智恵:8300AP


「嬢ちゃんも大変だよなあ。千鳥はそろそろガス欠か? まったく……」
 が、事実はストラの予測を上回る。このとき、千鳥は既に張っていた。
「西川瑞貴ィ!」 瀬戸川千鳥の声が響く。それは決着の申し入れ。
(この気迫。このオーラ。瀬戸川流決闘術は……まだ死んでいない?)
「おおっとこれはあ! 沈黙していた瀬戸川流が! 動き出したあ!」
「我のターン、ドロー……既に墓地には10種10札。これにてロンだ!」
「おいおい。マジであれをやる気か!? この局面で! あいつ……」
 瀬戸川千鳥の意地は最高の形で結実する。それが、それが……。


瀬戸川流麻札術奥儀

黒 四 夢 葬


 元々の攻撃力四千。浮世の夢を葬る漆黒の龍が再び千鳥を押し上げる。
(やられた! 黒四夢葬を張っていたなんて!? この局面でこんな難しい手を!)
「更に墓地には3体の闇属性。3枚裏がのってプラス1500。合計5500だ!」
(すごい。この人はいつもいつも。だけど、だけど私は負けない。負けたくない)
 瀬戸川流の反撃に気を引き締める瑞貴。そして、千鳥のタワーフェイズ……。
(あん? ちっ、あいつ) このとき、何人がそれに気づいたか――
「我は……我は……タワーを押し上げる。5500だ!」

福西彩:10700AP
瀬戸川千鳥:14700AP
西川瑞貴:12300AP
東智恵:8300AP


「うおおおー! ここにきてこの大物手! 瀬戸川千鳥が逆転でトップに立ったあ!」
「ふっ! この我が前回の敗戦から何の学習もしないと思ったか! ハーハッハッ!」
「よりにもよってそんなもん学ぶなよな。努力と実力の無駄遣いにも程があるぜあいつは」
「解説のダルさんが言えた義理ではないと思いますが! 身内に厳しい解説ありがとうございます」
「1枚伏せる。我の実力思い知ったか! 我がチームの威信はここにこそある」
「やるわね」 「当然だミズキ! この瀬戸川流こそが最強なのだ! ターンエンド」

「負けない。ドロー。バトルフェイズ」 「甘い甘い! 《影縫い》発動! ホルス破れたりぃ!」

《影縫い》
永続罠
相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。 そのモンスターの攻撃力は半分となり、攻撃ができない。 そのモンスターがフィールド上から離れた時このカードを破壊する

 場に残った最後のホルスが絡めとられる。千鳥、ここで勝利を確信か――
「ハーッハッハ! 攻防全てに真っ向勝負。人札一体の理の前に敵など……」
「まだ終わってないわ。ドロー……そろそろ引くと思ってたわよ。《貪欲な壺》を発動」
 《手札抹殺》で時間が進んでその上終盤。彼女の手をあと一歩伸ばすドロー。
「デッキにモンスターを《ホルスの黒炎竜 LV4》。1600のみ」

福西彩:10700AP
瀬戸川千鳥:14700AP
西川瑞貴:13900AP
東智恵:8300AP


「しぶといやつめ!」
(デッキにホルスを戻したはいいけれどもう使えるタイミングはほとんどなさそう。ここはレベル4でも、1600でも、少しでも……だめだ。楽しい。楽しすぎる。1つ1つの攻防が、1つ1つの判断が)
 彼女はターンエンドを宣言。まるで次のターンを待ちわびるような顔。
(わからない。わからない。だけどこの勝負を制することができたら?)
 智恵は2200を計上。そしてターンエンド。
(勝ちたい。みつけたい)

【オーラス】
福西彩:ハンド1/モンスター1(《ブラック・マジシャン》)/スペル0/得点10700
瀬戸川千鳥:ハンド1/モンスター1(《究極宝玉神 レインボー・ダーク・ドラゴン》)/スペル1(《影縫い》)/得点14700
西川瑞貴:ハンド0/モンスター2(《ホルスの黒炎竜 LV4》/《ホルスの黒炎竜 LV8》)/スペル2(セット/セット)/得点13900
東智恵:ハンド2/モンスター1(《魔法の操り人形》)/スペル1/得点10500

「遂にオーラス。この長丁場にはいったいいかなるピリオドが打たれるのか。場には錚々たる面子が既に揃い済み。全員1万オーバーのこの勝負。どう転がるか注目です!」
「ドロー。(駄目だ。最後の最後に《貪欲な壺》。終わった……) 手札から《クリッター》を召喚。《ブラック・マジシャン》と《クリッター》でタワーをあげます」
 彩の得点は14200。あと一歩がとどかない。彩、地力優勝消滅。
(こうなったら全員が潰し合って14200以下に収まるのを期待するしかない)
 またしても勝ちきれない。若きマジシャンの憂鬱は続く――

「我のターン、ドロー……」
 ここで5500を直接計上すればタワーの高さは20200。瑞貴が2体で合計3100を計上しても17000が精々。その差は3200。だが次のターン、今引きした《サイクロン》で《影縫い》をキャンセルされれば残り1700。その上で更なる追加戦力を計上されれば? むしろここでホルスを叩き4000を削れば差は4800。もしここでホルスを落とせばどうなるか。それは千鳥の手札が知っている。
(ホルスを殺れば《地割れ》の封印を解き放ちレベル4をも奈落に引き摺りこめる。だが……)
 西川瑞貴との直接対決を避け加点勝負に行くか。それとも、真っ向勝負か。千鳥は瑞貴の方をもう一度見た。これまで以上に大きく見えるその存在感。
(ここで無理をせず加点という道も……)

「ねえねえ! おにいちゃんはなんでそんなにつよいの?」
「周りが弱いんだろ、たぶん」
 千鳥はその答えに納得しなかった。何も答えていないのと同じに思われたからだ。
「つよくはないさ。ただ、負けまいとしているだけなんだ。今の俺はそんだけの男。だけど他の連中はそんだけの俺に勝とうとして大事なことを忘れてる。だから勝てない」
「大事なこと?」
「太陽は東から昇る。そんで沈む。いつかこのリズムが崩れる日が来るかもしれないが、それは少なくとも俺等の短い人生に比べりゃ遥かに完璧だ。
引き(ドロー)もおんなじ。俺達の構築や操作に比べりゃ引き(ドロー)なんてもんは完璧もいいところ。誰がやっても1枚引けるんだぜ。引いた時点で完璧だ」
「じゃあなんで決闘者がいるの?」
「じっちゃが言ってた。太陽は俺達のためにあるわけじゃない。引きも同じだ。俺達のためにあるわけじゃない。ただ俺達に比べれば遥かに完璧で、常に俺達の傍にある。だから俺達は負けちゃならん」
「まけちゃいけない? かてってこと?」
 刃は首を振って、そして答えた。
「勝つ必要はない。俺達が勝つべきものは俺達が勝手に決めりゃいい。けどそのためには負けられない。
引き(ドロー)に舐められるような己であっちゃダメ。それがわかってないからここの連中は弱いんだ。覚えとけよ。ドローに負けてるようじゃ瀬戸川流の理念『人札一体』なんて学び舎の垂れ幕程度の役にすら立たない。一体ってのは五分五分に近いもんが混ざり合い共存しているから一体なんだ。健康戦隊タミフレンジャーのおもちゃが入った定価250円の箱が札で、それに付属してるラムネが人だったとしたらそりゃ人札一体じゃないだろ? 目先の勝利に目を奪われ、札に笑われてるようじゃ話にならない。たとえ相手が太陽であっても、俺達は負けられないんだ。わかるか?」
 千鳥は刃の頬を両手でつまみあげた。
「わかんない! ぜんぜんわかんない! ちどりは暑いの平気だもん」
 それを聞いた刃。突如声を出して笑い、そのまま千鳥を抱き上げた。
「よーしよしよし。流石は俺の妹! 決めた。『人札一体』はおまえにやる」
「え?」 「みんなにはいうなよ。いつか独り立ちしたときに担げばいいさ」


 千鳥は呼吸を整えた。彼女はデッキをみた。それはそこにある。そして彼女は彼女である。忘れてはならないこと。決闘者は一人。彼女の中から穢れが消え、そして彼女は研ぎ澄まされる。
「ふっ! 笑止! 真っ向勝負で打ち破ってくれる。行くぞミズキ」
 選択に迷ったら主義を採る。いかにも瀬戸川千鳥らしい結論だったのかもしれない。
「《究極宝玉神 レインボー・ダーク・ドラゴン》で《ホルスの黒炎竜 LV8》を攻撃」


Rainbow Reflection


VS


Black Megaflame


(瀬戸川さん。貴方の決闘はいつも潔く清々しい。貴方がいたから、みんながいたから私は力を出し切れる。貴方がいたから、みんながいたから、だからこの勝負は絶対に譲れない)
 彼女は目をつぶった。瞼の裏にはアイツがいる。言葉が脳裏に蘇る。
(もう一度アイツと勝負する。私は私の答えをみつける。だから!)

「《収縮》を発動。《究極宝玉神 レインボー・ダーク・ドラゴン》を2000に」
 可能性を限りなく減退させる。それが勝利への、瑞貴自身の可能性を引き上げる道。
「くっ、しかし《影縫い》は未だ有効! 1500が精々! 攻撃力ならこちらの方が上だ」
「瀬戸川さん、その台詞を吐いて勝った決闘者なんていないのよ。《王宮のお触れ》」
(なんとお!)

福西彩:14200AP
瀬戸川千鳥:13700AP
西川瑞貴:13900AP
東智恵:10500AP


 今日一番の激突にギャラリー達が喝采をあげる。瑞貴はその中心にいた。
(知らなかった。相手との間を結ぶ緊張の糸、切られるカード、観客の声援、胸の鼓動。ずっとやってきて全然知らなかった。ゴール? ゴールはどこ? 早く引かせて。カードを引かせて)
 新しい目標。それは、連鎖的に、瑞貴に新しい―あるいは原初的な―世界をみせていた。
「千鳥も相当頑張ったが、ここに至るまでのプロセスがミズキに最後の伸びをもたらしたか」
「どいつもこいつもここは脳無しの集会場か? バトルロイヤルはここの張り合いだぜ、ここの」
 ローマは胸を指さしそう言った。誰かに憚ることなく、彼は言葉を並べていく。
「前のターン、あのカスはホルス女から目を逸らした。逸らした時点で終わってるんだよ。他の2人? 加点重視の戦略? どんなにもっともらしい理屈をつけて加点にいったところで、気押されて場から目を逸らした―選択肢を自分からドブに捨てた―やつの理屈なんざ底が知れてる。やらねえとやれねえは違うんだよ。最後に結果を引きつけられるのは最後まで目を逸らさなかったやつだけだ」
「だな。だが今度は目を逸らさず頭を動かした上で真っ向勝負を挑んだ。だろ?」
「手遅れだがな」
「手遅れじゃないさ。明日はあるだろ」 「雑魚の理屈だ」 「かもな。だが俺はそっち方が好きだ」
 千鳥、最後の攻撃は瑞貴を制しきれず。だがそれでも、言うべき言葉が彼女には残っている。
「ターンエンド」

「(来た! 私の、私だけのドロー……)ドロー」
「さあ遂に西川瑞貴のラストターン。このまま一気に逃げ切るのかあ!」
「《ホルスの黒炎竜 LV4》と《ホルスの黒炎竜LV.8》。合計4600を計上します」

福西彩:14200AP
瀬戸川千鳥:13700AP
西川瑞貴:18500AP
東智恵:10500AP


 ミズキのラストドローは三枚目の《天罰》。既に手札は尽きている上に自ら《王宮のお触れ》を張っているため三枚目の使用こそ不可能だが、この決闘において《天罰》の果たした役割は大きい。瑞貴はこの不利な闘いにおいて《王宮のお触れ》なる置物の寿命が儚いものであることを悟り、罠を普段より多めに入れていた。結果、瑞貴はほとんど過不足なく手札を使い切り、遥かな高みにタワーを押し上げる。
(もっと私をみて! もっと私を褒めて!)
 瑞貴は胸の近くまで握り拳をあげ、肘を引いた。彼女には珍しいガッツポーズだった。

「決まったあ! 妨害はナシ! 18500ポイントォ!」
 実況の津田早苗が大声を張り上げる。主催者の内田貴文が手をたたく。ギャラリーが、そのほとんどが、およそ珍しいとさえ言える、瑞貴会心のガッツポーズに引き付けられたかのように瑞貴を称賛。瑞貴もまた、全身でそれを受け入れていた。

「どいつもこいつも――」

 だがローマは、厳しい目でフィールドを一瞥。

「だからぬるいって言ってるんだよおまえらは」

 そして一括――



場から目を逸らすなっつってんだろカス共が!



(え?)
 瑞貴はそのとき、ただならぬ気配を感じて目を向けた。どこへ?
「いいこというじゃない。なあに纏めに入ってるの? あんたたち!」
(チエ先輩!?) (なんと!?) (チエはまだこの試合を捨ててない!?)

「ドロー……《ならず者傭兵部隊》を召喚。《ホルスの黒炎竜 LV8》を爆破」
 魔術解禁の一手。智恵の眼が妖しく光る。なんのための戦いか。
(変わりたいの? 瑞貴。だけど私は変わらない。勇一と上に居続ける)
「ホルス撃破! しかし貴重な通常召喚権を行使してしまった東智恵。ここからどうするのか! 反撃の策はあるのか? 賢者の眼はいったいどこを向いているのでしょうか!」
「墓地のモンスターを5体デッキに戻して《貪欲な壺》を発動。2枚ドロー。そしてここで効果発動」
「おおーっと! これは! 《魔法の操り人形》の攻撃力がいつの間にか2400にまであがっているう!」
 福西選手の《洗脳-ブレイン・コントロール》のときで一つ、今の《貪欲な壺》でもう一つ。十本の指から伸びる糸。智恵は自在に糸を繰り、双剣を携えた人形を思いのままに動かす。



踊れ! 魔法の操り人形(マジカル・マリオネット)



福西彩:14200AP
瀬戸川千鳥:13700AP
西川瑞貴:18500AP
東智恵:12900AP


(まだだ。まだ瑞貴にはとどかない。とどけ、とどけ、とどけ、とどけ……)
「流石は、流石は東智恵!」 (津田、流石流石うるさい。うるさいの!)
 智恵は津田を、ギャラリーを一瞥、何かを吐き捨てたかのように目を戻し、そして。
「《ディメンション・マジック》を発動。手札から《混沌の黒魔術師》を特殊召喚」
 怒涛の勢いで駆け抜ける智恵。勝負手を放ち既に力尽きた瀬戸川千鳥を超高速で追い抜き、福西彩などは最早問題にもせず置き去りとする。狙いは最初からただ一人。智恵の執念が瑞貴を襲う。
「効果により《ディメンション・マジック》を回収。《混沌の黒魔術師》により2800!」

福西彩:14200AP
瀬戸川千鳥:13700AP
西川瑞貴:18500AP
東智恵:15700AP


「そんな!」 「なんだとお!」
(誰が一番強いのかなんてどうだっていい。一番にいるのが、一番が私達であればいい)
「再び《ディメンション・マジック》を発動。手札から《ブラック・マジシャン・ガール》を召喚!」
 智恵の手札はここでゼロ。しかし、既に瑞貴は射程圏内だ。そう、その役こそが。
(ミズキ、私とあんたじゃ、勝利への執念が違う。あんたは自分で自分を納得させられればそれでいいんだろうけど私は違う。過程なんてどうだっていい。大衆は劇的な勝利を臨むもの。私は、私と勇一は常に勝者じゃなければ。私はもう負けられない! そうじゃなきゃ、一緒にいる資格がない)



大  三  幻(Big Magicians)


「マジシャンを代表する操・女・魔の三幻札をここで揃えるとはな。(なんっつう執念――)」
「すげえ! 異なるマジシャンの三連打! ここにきて東智恵が役満を確定させた!?」
「だ、だが! 《ブラック・マジシャン・ガール》の攻撃力は2000。あと800足りない」
「いや違う」 「新上!?」
「遺棄された死体は肥料となり循環する。おまえらにはそれがみえんのか!」
「そうか裏ブラ! 全ての墓地の中に、ブラックマジシャンは現在2枚!」
「裏ブラが2枚上乗せされて600点プラス! だがこれでは……」
「確かにな。だが、だが、やつの、東智恵の眼はまだ死んでいない」
(届かない? 冗談じゃない。勝者は一人。勝利者となるのはこの私だ)
「裏ブラが2枚? 3枚でしょ?」 「3枚目? そんなものどこにも……」
「ないなら、ないなら場からもってくればいい。あるじゃない、そこに」
 彩の背筋が凍る。執念のもう一鳴き――
「ガールの攻撃が通る前、この瞬間《死者への供物》をリバース!」
「な……」 常に鳴り響いてきた津田の実況さえもが、止んだ――
「アヤの《ブラック・マジシャン》を墓地に送る。これで裏ブラは3枚」
(そんな……) 瞬間、瑞貴は確かに見た。鬼と化した智恵の表情を。
(なぜ私は、なぜ私はあそこでガッツポーズなんかしたんだろう)
 瑞貴は、天高くそびえるタワーを見上げた――

福西彩:14200AP
瀬戸川千鳥:13700AP
西川瑞貴:18500AP
東智恵:18600AP


「まくったあーっ! 勝ったのは、東智恵だあ! なんという追い上げ!」
「やっぱり東智恵は違う! あの森勇一と並び立つ決闘者」
 笑顔をふりまく東智恵。最後の最後、大逆転勝利だ。
(勇一の勝利は私の勝利。そして私の勝利も……)

 そして――

「負けたわ。完敗」
 瑞貴は智恵にそう言った。智恵は、意外な返し方をした。
「握手。ほら、なんていうか、いい勝負だったじゃん。いや?」
 瑞貴は握手に応じた。少し上の空の様子ではあったが。 
「アンタとはとーぶん、サシではやんない」
「え?」 「なんでもない。ほんっと、無駄に疲れた」
 商品はカスレア。しかし彼女は疲れ切っていた。最早智恵の眼に嫌悪の情ははない。勝利したからだろうか。とことんやりあったことで自分の中の靄が晴れたからであろうか。あるいは――
(アキラといいミズキといいどんどん変わっていく。間違いない。私の危惧していた通り。この大会は、“SCS”の持つ引力がじわりじわりと影響を及ぼしていく。あの噂も……それに飲み込まれる者もいれば伸びる者もいる? 確かにしんどい。だけど勇一と私は負けない。最後に残るのは勇一1人でいい)
 握手を終え、智恵はカスレアと名誉を持って去っていく。後に残されたのは瑞貴。
(無駄に疲れた、か。ああ、ほんと。私なにやってたんだろこんなどうでもいい商品をかけたどうでもいい決闘で。柄にもなく舞い上がっちゃって。バカみたい。大体私の目標は……)

「総括は? 実況さん」
「ええっと……あの、まさかここまでのものとは、と、思います」
「うむ。あの高々と栽培されたタワーが全てを物語っている」
「そーかい」
 ストラは解説席を離れた。
「どうだった?」
「全然駄目で、ついていくのがやっとで。1人だけ―カードゲーマーなのに―満貫の1つもあがれなくて。自分が一番弱いってわかってて、それなのに一番――」
「だあいじょぶだって。下に下がいる。おいそこの最下位。灰色馬鹿でも誘って飯でも食いに行こうぜ」
「うるさい! ほうっておけ!」 最下位。勿論千鳥のことだ
「い、いいんですか? 光の速さで最下位呼ばわりしちゃって」
「おまえも言ってやれよ。最下位だぜ最下位」
「え? そんな。それにもしあの人と1対1でやってたら私……」
「順位なんてそんなもんだろ。騒いだもん勝ちだ。騒げ騒げ」

「……ったく。熱狂に乗じて決闘を売るならもう少しマシなもんをもってこい」
 席をはずして引き揚げた某地点。ローマはそこにいた。周りには負け犬。
「雑魚未満だよおまえらは」
 と、そこへ一声。
「熱狂に乗じてとはいえ自ら仕掛ける、そこぐらいは評価してやれ」
 瀬戸川刃だ。
「千鳥はどうだった? 少しは眼鏡にかなったか?」
「あと100回ぐらいマシな負け方をすればマシになるかもな」
「それはよかった」 「あ?」 「ローマ=エスティバーニのお墨付きだ」
 ローマは肯定も否定もせず無言で去っていった。刃は遠くを見据えた。
「もしかしたら近い将来、あいつと真剣勝負をすることになるかもしれないな」

 瑞貴はずうっとそこにいた。発端となった決闘芸人も、実況解説の人達も、ギャラリーも、共にしのぎを削った決闘者達も、そこにはもう誰もいない。デュエルフィールドではなくただの床。しかし彼女はずっとみていた。立ちっぱなしで足が痛くなった。彼女は壁に寄り掛かった。彼女はずっとみつめていた。
(アキラの調整はギリギリといったところか。あれは? ミズキか……)
 ディムズディルは1人で外に出ようとしていた。その直線上に彼女をみつける。彼は立ち止った。瑞貴はまだこちらに気が付いていない。何をみているのだろう。彼は彼女の視線の先にあるものをみる。何もない。だが決闘の匂いがした。彼女はずっとみていた。瑞貴とデュエルフィールドを結ぶライン上を横切ることもできた。しかし彼はそうしなかった。彼は引き返し、遠回りして別の出口から出て行った。彼女は尚も立っていた。声がする。もう閉めるから出て行けという声。しかし彼女には聞こえていない。少し大きな声が響いた。彼女は驚いて尻もちをつく。彼女はずっとその場所をみていた。彼女はぼそりと呟いた。

勝ちたかったなあ……



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
今年最後の更新。今年もこのようなクソデュエルノベルをお読みいただきありがとうございます。予定では既に三回戦後半のラストデュエルに臨んでいた筈ですが現実は次回からやっと三回戦後半という体たらく。今回も私の無能からリアルに200回ぐらい追記修正。元々が構成の都合で浮いた1話なのでぬるくさらっとジョークで流そうと思ったら案の定延々と入れ込んで気づくと年末。申し訳ないことです。しかしそれはそれとしてあれだ。おまえら! 決闘しようぜ! 投票もよろしく! よいお年を!

↓おもろかった? 今から年明けまで勉強冬眠に入る予定なので是非とも備蓄しておいてください。年賀状と思って読みます





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