必要ないのだ。そう、必要ないのだ。

「それじゃ、シンヤ君頑張ってね。あんま無理をしない程度に」 「どうも。じゃいってきます」
(さてと。なんだかんだで私も出るのか。戦力に数えられているのは嬉しいんだけど、ね)
 皐月は物憂げだった。彼女の脳裏には、未だ翔とエリーの試合が焼き付いている。
(私の出る幕なんかどこにもないような気がする。どうせ、一等賞にはなれそうにない)
 彼女は考える。翔にもう一度勝負を挑む気など既に失せていた。彼はもう皐月の目の前にはいない。むしろとっくの昔に消えている。あの大会、自分が優勝する確率は何%?
(強豪揃いのあの大会、次でなんとか予選を突破すれば面目は保てる。だけど、それに何の価値があるんだろう。姉さんもいる。翔もいる。勇一もいる。他にも強豪がわんさかいる。シンヤ君みたいにやるのが正しいんじゃないの? 苦労して、苦労して、それでも勝機を探す。無様に見えても……)
 しかし皐月はそこで思考を止めた。皐月には、その絵が見えなかった。
(ポジションを掴み取るための闘いだってある。私のデッキが安定性の高い高速型なのも、結局は、みんなにそこそこ頼られ、みんなと一緒に居続けるためのもの。空いたポジションをそつなくこなす。それでいいじゃない。何が不満? それでも、十分楽しかったじゃない)
 何が不満なのだろうか。皐月は自問自答した。何が不満なのだろう。
(本当はみんな動いている。とどまるための闘いで、本当にとどまれる? 姉さんだって、少しづつ変わっていってる。前より少しづつ開放的になっている。なら、私の存在意義は何?)
 皐月は一息ついた。段々と、馬鹿馬鹿しくなったのかもしれない。
「アキラじゃないんだから。別にいいでしょ。これでも結構楽しいんだから」
 そう結論づけると、皐月は自分の対戦相手の場所へ向かった。

「参加者が少ない割には盛り上がってるわね。え〜っと、私の相手は……」
 きょろきょろとあたりを見渡す皐月。と、そのとき背筋に何かを感じ振り返る。
「西川皐月さん、ですね。貴方のお相手、私が勤めさせていただきます」
 それは長身の優男だった。色白で、眼鏡をかけた優男。あまり強そうではない。
「え、ええ。西川皐月です。と、いうことは貴方が……」
 スイスドロー形式の一回戦。相手はそこにいた。
「よろしくお願いします。わたくし、佐伯と申します。以後、お見知り置きを。まあ、すぐに忘れられて結構ですが、とりあえずこの試合だけは佐伯でお付き合い願います」
「西川です。こちらこそよろしくお願いします」
 このときふと思った。くだらないことを。
(この人に勝ったら、この人は私を褒めるかな)

「それでは、ヘブンズアッパー杯を開催いたします。店を壊さない程度に熱い決闘をしましょう」
 店長の発言をジョークとして受け取った笑い声とともにミニ大会が始まる。謎の包帯男の所為で参加者はやや減っているが、逆にその包帯男の所為で注目度は高かった。その結果、上がるのは取り巻きの比率。特に、この男の回りには当然のように人だかりができていた。決闘の世紀の申し子、老若男女だれもがカードを握るといわれる21世紀の申し子、森勇一のフィールドである。
「おい、森勇一がデュエルするぜ」 「相手は? ミラーだといいな。腕がわかるぜ」
 勇一の周りには人が群がる。深い意味はない。勇一だからだ。それだけである。
(大した相手ではなさそうだ。ノーマルのセッティングで十分だろうが……)
 21世紀は決闘の世紀。ゆえに、森勇一は勝ち続ける。どこまでも――
「《次元融合》を発動」 「リバース、カウンター罠《マジック・ドレイン》を発動!」
「つ、つええ! ほぼ完封で一戦目をとった! なんてやつだ! 隙がねえ」
 勇一は当然のように相手の動きを見切り、いなす。そこに隙は見当たらない。
(ギャラリーの反応が少しウザいな。黙ってやれんのかおまえらは……ったく)
「すげえ。流石は国内大会で、自分は千の防御手段を持つと言い放っただけはあるな」
(言ったっけな、そんなこと。どうでもいいが、テンションの高い連中だなこいつらは)
「世界大会では、私のカウンター罠は108まであると言ったが、言葉通りだぜ」
(流石にそれは言ってない気がする。というかなんでこいつらはこんなんなんだ?)
 やりづらくも、それはそれで慣れている勇一。順調ではあった。憎らしいぐらいに。
(やはり大した相手はいないな。となると、やはり注目は包帯男か。どんな決闘を?)

「ふしゅ〜ぎゅるぎゅる……技を出すまでもない。はっ!」
「そんな……そんな……」 「雑魚は消えろ。目障りだ」
(ギャラリー越しでよく見えないがどうやら開始早々から圧勝ムードか? あんま騒がれてはいなさそうだな。ちみっ子とのフリーのときとは違って、雑魚には手の内の『て』の字すら見せないってところか? それとも見せるには見せたが誰もついていけなかったか。なんにしても相手があれでは参考にはならなそうだな。速攻で終わらせて見学に行く手もなくはなかったんだが、これじゃ実益もなさそうだ。こっちはさっさと化けの皮はいで終わらせたいんだが……ん? あれはシンヤか? 相手は……おいおい)

「手札から《マシンナーズ・ソルジャー》を召喚。効果により《マシンナーズ・スナイパー》を特殊召喚。手札から《団結の力》をスナイパーに装着。攻撃力を3400にあげる……バルバロスを撃て!」
「戦闘破壊されたバルバロスを墓地に送ります (このままじゃ……どうする?)」
 強豪達が危なげなく勝ち進む一方、信也の決闘は最早戦いとすら言えなかった。
(シンヤ。あんな雑魚……マシンナーズ相手に押されている? 本当に重傷なのか?)
(そんな強い相手じゃない。普段通りやれば普通に勝てる相手。大丈夫だ。こいつはローマじゃない。ローマじゃないんだ。なのに……なんで僕は手を止めている? なんで……)
 頭では分かっているはずなのに。信也は既に3回ほど大打撃を与える機会を逃がしている。信也は、得体のしれないなにかに囚われていた。身動きが取れない。息が荒くなる。
「さっきから何度もチャンスを逃して。やる気あるんですか? 舐めているんですか?」
「やる気は……あると思います。すいません。本当にすいません。続けてください」
「ま、勝てる勝負はもらいますけどね。リバース、《マシンナーズ・ディフェンダー》。《督戦官コヴィントン》を手札に加え、召喚、そして効果を発動。(【グッドスタッフ】には死んでも出せないこいつを拝みな) 遊戯王最強! 《マシンナーズ・フォース》を特殊召喚! 1000ライフを支払い攻撃……《リミッター解除》!」
(《マシンナーズ・フォース》が更に……あれは……《混沌幻魔アーミタイル》!?)
 肥大化した力が、信也の腹の底から忌まわしき記憶を呼び覚ます。
「あ……ああ」 「(やる気がないならとっとと帰りな) これで1勝!」
(駄目だ。攻撃するときは震えて、攻撃されるときは竦んでる!?)

 好調だがやや不機嫌な勇一と、絶不調で不機嫌どころの騒ぎではない信也。しかし今日の話の主役は彼らに非ず。もう一人、そこには中堅の決闘者がいた。沈着冷静にして社交性も抜群。時には勇一や智恵、瑞樹といったエース級の補助を。時には歩く珍プレー大賞こと斎藤聖の尻拭いを。そつのない働きで堅実にチームを支えてきた1人の女子高校生。閉塞状態を打ち破るような圧倒的なパワーはなくとも、その快調な走りで必要最低限の仕事は常に果たし、自らの居場所を確保してきた彼女。これは、そんな彼女を襲ったちょっとした苦難の……始まりである。


第53話:常人の欠陥



(正直、あんまのらないんだけど。でも、ま、手を抜くわけにもいかないか)
 否めない。このとき、皐月のモチべーションが低かったのは否めない。もっとも、相手側の佐伯は、そんなことに気を向ける様子もなく、無駄に丁寧に口調で喋っていた。他方皐月は、それこそ適当に佐伯の話を右から左へ受け流し、適当に会話を成立させる。特にどうということもない、ゲーム開始前の風景――
「よろしくお願いします西川さん」 「こちらこそ、よろしくお願いします」
 挨拶を交わし、始まる決闘。佐伯なる男との決闘。初戦の肩慣らしには丁度いい?
「私が先攻でしたか。それではドローさせていただきます。いつやってもこの瞬間が一番緊張しますね。そりゃ最初に5枚引くときも緊張しますが、なんというか期待しちゃうんですよ。なまじ最初の5枚がわかってる分、その5枚を生かす6枚目を具体的に……そらきましたよ。手札から《サンダー・ドラゴン》の効果を発動。このカードを墓地に捨て、デッキから2枚の《サンダー・ドラゴン》を手札に加える」
(《サンダー・ドラゴン》か。融合ってわけでもないだろうから、手札コストかしら)
「モンスター・カードを1体セット。スペルカードを1枚セットしてターンエンド」
 佐伯はゆったりとした構えだった。やりやすいといえばやりやすい。皐月もこの空気に乗じるつもりであった。といっても、彼女のデッキは基本攻撃型。後攻1ターン目から仕掛ける手は十分だ。

(いまいちまだ狙いがわからない。だけど、ばんばん押せばたぶんどうにかなるでしょ)
 高速型の強みはそこにある。たとえ相手が戦略不明のアンノウンでも、適当に押してみれば思いのほか最後まで押し切れることもある。むしろ苦手なのは正面から押し返すパワー系か。いずれにせよ。ここは押す一手以外にありえない。1〜2ターン目の主導権を確実にとってこその高速型。とれるように調整したのが高速型だ。皐月のデッキは最高速こそそれほどでもないが、常に安定した速度を維持するところにその強みがある。そういうデッキを組むことが、彼女にとっては常に重要だった。格下相手に、大事な星を取りこぼさないために。
「ドロー。手札から《暗黒界の取引》を発動。お互いにカードを1枚引いて1枚捨てる」
 皐月が動いた。佐伯も僅かだが表情を硬くする。勝負が始まるということだ。
「私は手札から《サンダー・ドラゴン》を捨てましょう」 (やっぱり手札コスト狙い?)
 『いずれにせよ』。彼女は考える。相手の手の内を暴きだす上でも先手必勝――
「私が墓地に送るのは《暗黒界の軍神 シルバ》。効果発動。このカードを場に特殊召喚。更に手札から《暗黒界の狂王 ブロン》を通常召喚。バトルフェイズ。シルバで壁モンスターを攻撃」
「プリズマーを墓地に送ります、が、トラップ発動! 《ヒーロー・シグナル》」
(《ヒーロー・シグナル》?)
「《E・HERO フォレストマン》を守備表示で特殊召喚。よろしいですね」
「(追撃は無理、か。しょうがない) バトルフェイズ終了。ターンエンド」

2周目
佐伯琢磨:ハンド5/モンスター1(《E・HERO フォレストマン》)/スペル0/ライフ8000
西川皐月:ハンド3/モンスター2(《暗黒界の軍神 シルバ》《暗黒界の狂王 ブロン》)/スペル1(セット)/ライフ8000

 森勇一と包帯男が全部が全部話題をもっていっているため、誰も2人を見てはいない。だが皐月の安定した実力と佐伯の落ち着いた物腰からも分かるとおり、決して低次元の決闘ではない。皐月は有視界上の勇一の方をちらりと見る。おそらく勝利するのだろう。結構なことだ。自分は? 相手はおそらくそう弱くはない。だが今回の注目株でもないはずだ。超えられるハードル。ならば越えるべきだ。取りこぼさずに取るべきだ。
(佐伯さん、か。悪くない。この相手は悪くない)
「佐伯さん、決闘歴はお長いんですか?」
「はい、それなりに。おっと、こんなことをいうと余計な期待を抱かれるかもしれませんね」
 佐伯は楽な相手に思えた。弱いという意味ではなく、気を楽にゲームをやれる、という意味で。皐月は少しづつだが肩の力を抜いた。正確には、抜いて「しまった」のかもしれないが。
「期待してまーす」 「困りましたね。さて、私のターンですか。期待にこたえなければ」
 と、そんな折、佐伯は妙な行動にでる。もっとも皐月は、多少訝しがるだけだった。
(あれ? 指を鳴らしてる? 今から殴り合いをやるわけでもないでしょーに)
「あ、これですか? 癖なんですよ。ほら、先攻とった2周目って大事じゃないですか。腕が鳴るっていうか指が鳴るっていうか。なんていうか、こう、一発目が通れば勝てちゃう気……しません?」
(要するに、今から仕掛けますよってことでしょ。わかりやすい人……)
 否めない。このとき皐月の戦意が散漫だったことは否めない。このとき、皐月は迫りくるものに気がつかなかった。佐伯という男がどういうタイプの決闘者なのかに気づいてはいなかった。佐伯はやはりゆったりとした物腰ながらも、無駄のない力強さとともに……本領の一端を垣間見せる。

では、いきますよ

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、《E・HERO フォレストマン》の効果を発動。デッキから《融合》を手札に加える。そして手札から……溶かしましょうか。存分に」
 一瞬だが、佐伯が笑った。少なくとも皐月にはそう見えた。何故だろうか。普通に考えれば攻めの予告みたいなものだろうか。しかし何故だろうか。皐月は背筋に冷たいものを感じ取る。なぜ?
(なんだろうこの感じ。なにかを、ここでなにかを仕掛けてくる?)
「御覧ください西川さん。ショーの開演と行きましょう。《E・HERO スパークマン》と《沼地の魔神王》を《融合》。現れてもらいましょう。私のエース! 最高の1枚!」

Elemental Hero Plasma Vice

 金色の鎧と巨大な万力を持つ溶解戦士。その迫力は十分――
(《E・HERO プラズマヴァイスマン》。パワーはあるけど、その程度で……)
「効果発動! 《サンダー・ドラゴン》と《ヴォルカニック・バレット》を1枚づつコストに。溶かしましょう!」
 プラズマヴァイスマンは巨大な腕を平行にならべ、高温プラズマを生成、そして放出。地球上のあらゆるものを溶かすといわれるその力は、暗黒界の猛者すら軽消し飛ばす。
(ダイレクトアタック、避けようと思えば避けられる。だけど、ここは……)
「バトルフェイズ、《E・HERO プラズマヴァイスマン》でダイレクトアタック!」

佐伯琢磨:8000LP
西川皐月:5400LP


「終了。どうです? 中々のものでしょ。《ヴォルカニック・バレット》の効果発動。同名カードを手札に」
(やっぱり、攻撃をくらってみると燃える部分はあるかも。やる気出てきたわ……)
「それでは、私はこれでおしまいにしておきましょう。ターンエンドです」
「(元より攻撃重視の調整。打ち合いは望むところ) そちらのエンドフェイズにリバース、《暗黒界に続く結界通路》を発動。墓地に落ちた《暗黒界の軍神 シルバ》を特殊召喚」
「なんと! 温存していたのですか。こりゃまいったなあ」
(もっとまいらせてあげるわよ。高速戦で私が負けるわけ!)
「私のターン、ドロー……即バトルフェイズ。《E・HERO プラズマヴァイスマン》を攻撃……手札から速攻魔法《収縮》を発動。プラズマヴァイスマンの攻撃力を上回る」

佐伯琢磨:6500LP
西川皐月:5400LP

「バトルフェイズ終了。モンスターカードを1体セットしてターンエンド」
(《メタモルポット》。たとえあちらがバトルフェイズでこれを表にしたとしても、手札から上級暗黒界を捨てて壁にしてしまえば追撃は受けない。そして返しのターンで速攻をかける。これで、ジ・エンド)
 このとき、皐月はまだ気が付いていなかった。
(なんだ。全然いけるじゃない。十分十分)
 だが皐月は、まだ気が付いていない。
(相手が変態でなければ私だって)
 皐月は、気づいていなかった。
(甘っちょろいですねえ)
 佐伯は……笑った。

3周目
佐伯琢磨:ハンド3/モンスター1(《E・HERO フォレストマン》)/スペル0/ライフ6500
西川皐月:ハンド1/モンスター2(《暗黒界の軍神 シルバ》/セット)/スペル1/ライフ5400

(今のは……今のは誰だ? 誰かが、誰かが殺気を放った?)
 森勇一だった。彼は、彼一流の探知力で気配を察知する。
(違う。包帯男じゃない。アイツ以外にも、何かいるというのか?)
 目の前の相手などもうどうでもいい。後は目をつぶっていても勝てる。そんなことよりも……勇一は先程一瞬だけ感じた気配の元を探った。勇一の結論。「サツキだ。サツキの方からだ」。だが皐月ではない。皐月のはずがない。となると? ギャラリーを飛び越えた勇一の知覚は、皐月の目の前にいる男へ向いた。優男。一見すると勇一が先程感じたものとは食い違う。だが勇一の眼は節穴ではない。彼は思った。

(気をつけろサツキ――)

「しかし、いい店ですね。こじんまりとはしていますが、なかなかのものでしょう」
 話好きなのか、佐伯はとりとめのない雑談を挟む。油断させる狙いでもなさそうだ。
「この店には、移転前からお世話になってましてね。といっても1〜2回お邪魔しただけですが」
「奇遇ですね。私もです。でもそのときは大変でした。いろいろと」 「と、いいますと?」
「言ってもたぶん信じてもらえないと思います」 「なら、冗談ということでお教え願えませんか?」
 2人の会話は穏やかなものだった。佐伯からは平和の匂いしかしない。皐月は話し込んだ。
「簡単に言うと、偽物の店長が決闘で店内をふっとばしたり凍らせたりで、ぼっろぼろに……」
「そりゃ大変。どうなされました?」 「強敵でしたけど、なんとか一気に攻め込んで勝ちました」
「そうですか。それは残念」 「え?」 「いえいえ。なんでもございませんよ。続けましょう」
 「続けましょう」という最後の言葉にこころなしか力が籠っていた。佐伯は、こう言った。
「そろそろ私も本気を出しましょう。貴方のデッキは早そうだ。そうでなければ負けてしまう」
 佐伯が不気味に指を鳴らす。その音はまるで、何かを呼び込むような音だった。

「ドロー。スタンバイフェイズ、《E・HERO フォレストマン》の効果を発動。墓地から《融合》を回収。メインフェイズ、500ポイントのライフを支払い《ヴォルカニック・バレット》の効果発動。同名カードを手札に。《貪欲な壺》を発動。デッキに《E・HERO プリズマー》、《ヴォルカニック・バレット》、2枚の《サンダー・ドラゴン》を、そして融合デッキには《E・HERO プラズマヴァイスマン》を、それぞれ戻しデッキから2枚ドロー……」
(回収に次ぐ回収。本気ってこれのこと? それとも次の動作が……)
「《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地に落ちた《E・HERO スパークマン》と《沼地の魔神王》をゲームから除外し融合。《E・HERO プラズマヴァイスマン》!」
(またプラズマヴァイスマン!? リカバリーがやたら早い! これって……)

 かつてのデュエルフィールド……激動の時代……最強の『王』を決めるための大会が裏決闘党議界の主催で行われた。ローマ、ディムズディルといった裏コナミの猛者、ストラ、ベルクといった強豪。それぞれが凌ぎを削った死闘に次ぐ死闘。そんな中。恐るべき気迫で一回戦を戦った決闘者が一人。その男は普段こそ温厚だが、一度《融合》を手にすると指を鳴らし、獰猛な野生動物と化す。そのギャップから彼は、畏敬の念を込めて現地の人間からこう呼ばれた。

竹林の抹殺者(デスパンダ)

 その男は、決闘傭兵として知られる強豪、あのベルク=ディオマースを苦戦させたといわれている。その後彼がどうなったかは記録に残っていない。どこかでひっそりと決闘をしているのかもしれない。あるいは、雌伏の時を経て再び天下を狙っているのかもしれない。カードゲームとは、歴史である。




「これを出してると負ける気がしなくなってきます。中々のもんでしょ、この姿」
 言葉通り、佐伯に精力が漲っている。エースカードの名は伊達に非ずといったところか。
(《E・HERO プラズマヴァイスマン》。こうしてみると、結構な威圧感。それに……)
 皐月は何か異様なものを感じていた。《E・HERO プラズマヴァイスマン》を操る佐伯は、どこか一味違ってみえる。不気味、そう、不気味と形容するのが正しいだろうか。佐伯は、眼鏡の位置を中指で正すと、一転、《E・HERO プラズマヴァイスマン》に対して命令を下した。言うまでもなく、破壊の。
「さあいきますよ! 《E・HERO プラズマヴァイスマン》の効果を発動! 《ヴォルカニック・バレット》を手札コストに、シルバを再び消し炭と変える! 食らってもらいましょう」
「くっ」 皐月は押されていた。プラズマヴァイスの特殊能力“E−プラズマ”が、暗黒界を押し立てる。
「まだまだ終わりませんよ! 手札から《サンダー・ドラゴン》の効果を発動! このカードを墓地に捨てデッキから同名カードを2枚手札に加える。更に手札から《E−エマージェンシーコール》を発動。デッキから《E・HERO プリズマー》を手札に加え、通常召喚。効果発動。《E・HERO プラズマヴァイスマン》の融合素材、スパークマンとなりそのまま手札の融合呪印生物と《融合》! 現れてもらいましょう!」
「え? 嘘? この上更にアレを出すですって?」 「とおうぜぇん!」

Elemental Hero Plasma Vice

 皐月の目の前には2体の巨人。金色の鎧を纏いし巨人が、皐月の前に立ちふさがる。
「徹底した《E・HERO プラズマヴァイスマン》1点張り。そのデッキってまさか……」
「はいその通り。《E・HERO プラズマヴァイスマン》は、私のデッキの、唯一の”攻撃手段”です」
「本気?」
「私はどうもデッキを組むのが苦手でして。注意が散漫になるというか。だから、決めたのですよ」
「決めた?」 「1枚取り出して徹底的に考えてみる。するとねえ。消えるんですよ。迷いがあ!」
(迷い……消える――) 皐月の胸に去来したもの。それは羨ましさ? 彼女は即座に打ち消した。
(御苦労さまってね。だけど、それだけ。それ以上でも、それ以下でもない。現に、私は勝てる)
 もっとも皐月はこのとき気が付いていない、ほんの少しであるが、自分が熱を帯びているのを。
「バトルフェイズ! 《E・HERO プラズマヴァイスマン》でセットモンスターを攻撃!」
 プラズマヴァイスがその身に似合わぬ俊足で突撃。万力のような腕で締め上げる。
「プラズマヴァイスは貫通能力を持っている! 逃げられません、逃がしません!」
(よくよく考えてみれば、こういうのを狩ってきたのが私。こんな単調さなど!)
「《メタモルポット》の効果を発動! お互いに手札を全て捨て、5枚引きなおす!」

佐伯琢磨:6000LP
西川皐月:3400LP


「私は手札の《暗黒界の武神 ゴルド》を捨て、フィールド上に特殊召喚」
「成程。ゴルドを展開しましたか。しかし、プラズマヴァイスの前には無意味!」
「その自信。完全に、完全にプラズマヴァイスマン一点特化なんですか?」
「ええ。2600の打点はライフを削るのに十分。自分以上のパワーを持つ敵はプラズマで滅し、殻に閉じこもるばかりの相手は万力で締め上げ貫通ダメージを与える。これは何を意味する? そう! 《E・HERO プラズマヴァイスマン》に対処できない状況など、およそあり得ないということです」
「それはそうかもしれないけど。でも、そんな単純な考え……」
 なんでそんなことを言ったのだろう。皐月は言ったそばから少し後悔した。見下す気持ちと見上げる気持ちが同居したような感覚から飛び出した一言は、爆薬に松明を投げ込むようなものだった。佐伯の表情が見る見るうちに変わっていく。幸か不幸か、善か悪かはともかく、佐伯という名の地雷が爆発したのだ。
「単純? ふっ、貴方は何もわかっていない。わかっちゃいないんだよ!」
 佐伯の眼が赤く充血するとともに、佐伯の表情が凶暴さを増していく。
「同じなんですよ。1枚のカードを知ろうとすれば、必然的に周りのカードを、デッキとの関係性を知る必要に迫られる。1枚のカードを、1つのパーツを知り尽くそうとする営みは、究極的には全体を知ると同義。それならば? こうもいえないでしょうか。いや、言えるはず。言えるのです!」



E・HERO プラズマヴァイスマンを極める

それは即ち……デュエルを極めたも同然!



「それをわからずやれビートダウンだやれ速攻魔法だうだうだいってんじゃねえ! この半端者がぁ!」
(半端者――くっ、そんなこと……そんなこと……貴方に言われる筋合いなんて……)
 「それは流石に言いすぎだろ」と言わせぬ説得力が佐伯にはあった。いや、あり続けた。
「手札から2枚目の《ミラクル・フュージョン》を発動! 本当の勝負はここからだ!」
 佐伯の迫力ド迫力。その凄まじい迫力は、毎年女性観光客を襲う獰猛なパンダのごとし! 佐伯は融合デッキからカードを1枚取り出すと、手元でくるっとまわし方向を整える。手慣れた様子で彼は己を表現していた。そこに先程の優男はいない。紛れもなく、1人の決闘狂人である。
「墓地の《E・HERO スパークマン》と《融合呪印生物−光》をゲームから除外! これで決まりです! 現れましょう! とかしましょう! この私のすべてをかけて!」

Elemental Hero Plasma Vice

「同名融合モンスターが3体も!? それに、4回目の融合召喚!?」
「ふー……おかしさで爪が禿げるぞ西川皐月! 左がプラズニー、右がヴァイサ。そして中央のプラズマヴァイスマンはプラズマン! この違いすらわからぬ者にプラズマヴァイス道を語る資格などない!」
 型式番号でプラズマヴァイスの愛称が変わる。プラズマヴァイス界では最早常識。
(最初から……語る気なんてないのに。なによこの人! この迫力は一体なに!?)
 皐月の顔から汗が一滴二滴。場を支配していたのは紛れもなく熱気だった。暑さのあまり、皐月は一瞬髪を切りたくなったが、そんなことを考えている場合ではなかった。そんな余所事を考えている暇などありはしないのだ。佐伯は時間を与えない。息をつく暇を決して与えない。与えるわけがない。

「E−プラズマシステムリミット解除……フルチャージ!」
(こ、これは!? プラズマヴァイスマンが発光している!?)
 他の決闘者にも刮目を強いる、まさに驚異のエネルギー。
「ほお。中々の光ではある。ならばこちらも終わらせようか!」
「なんなんだあれは。あの佐伯という男、何者なんだ!?」
「ちょ、ちょっと! うちの店で何をするつもり……!」
 佐伯は目を赤く光らせ、大量の静電気を纏っていく。
「皐月さん! 気をつけて! 何かが、何かが来ます!」
 3体のプラズマヴァイスマンが集まったことにより生成される、最強クラスの高プラズマ!
「E−プラズマシステムエネルギー解放! 喰らえ! プラズマ・ノヴァ・アターック!」

《プラズマ・ノヴァ・アタック》
通常魔法
フィールド上に「E・HERO」と名のつくモンスターが3体いるとき、自分フィールド上の「E・HERO」と名のつく融合モンスター1体を生贄に捧げることで発動可能。相手フィールド上のモンスター1体を破壊して 生贄に捧げたモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 中央のプラズマヴァイスマン自身が最強クラスの高プラズマと化し、両サイドのプラズマヴァイスマンが、その巨大な黄金の腕でアタックショット! それはもはや一種の殺人兵器。この強烈なプラズマを前にしては、ゴルドなど真夏のチョコレートにすぎなかった。一瞬にしてゴルドはドロドロに溶かされ、そして店内の灯りは消えた……。そう、消えたのだ。電気など消えるのだ。
「な、なんなんだ!? 灯りが消えた!? お、俺の店……」
「なにもみえないぞ! なんだ! なにがあったんだ!?」
「停電? これって、今の一撃でこうなったっていうの?」

佐伯琢磨:6000LP
西川皐月:800LP


 暗がりの中目を凝らす皐月。佐伯は? 目の前にいる。いるはずだった。しかし、何かが違う。いや、その男は自ら違わせているのだ。皐月は、言いようのない恐怖に襲われた。
「貴方は……私は、貴方をみたことがある。たしかに、どこかで……」
「おやおや。やっと気づかれましたか。私の、雑な変装など軽く見抜くようでなければ困りますよ。そうですねえ。これなんかいかがでしょう。これをみれば、わかっていただけるんじゃないでしょうか」
 その男は、暗がりの中、皐月の眼にギリギリで見える至近距離で、顔を変えた。
「店長……いや天超! クラッシュビークルデッキの使い手、店荒らしの天超!? 貴方は、貴方は何者なの? さっきの佐伯も、天超も、貴方の正体はいったい誰?」
「私ですか? 私の正体など誰だっていいじゃありませんか。まあ、敢えて言うなら裏コナミ万化担当『G線上の奇行士』、ゴライアス=トリックスターとでも呼んでもらいましょうか」
「裏コナミ……ですって?」 「でもそんなことはどうでもいいじゃありませんか」
「どうでもいいって……」 「問題なのは、貴方には歯ごたえがなさすぎるということです」
「なっ……」 皐月はうろたえた。この紳士はいったい何を言わんとしているのだろうか。
「私が演じるこれ程度は軽く片付けてもらえなければ困りますよ。所詮は模倣の受け売り。これに勝てないようでは、貴方は偽物以下ということです。それでは困る。大会が盛り上がらない」
「そんなこと。だいたい私は以前、貴方に一度勝っているはず」
「あーあれですか。気づかれなかったのですか? 一緒におられた新堂さんの方は気付かれていたようですがね。小生少し時間がなかったもので、あの場は適当に切り上げさせてもらいました。最強の一撃を放っては、収拾がつかない気がしましたので。おや、気づかれなかったのですか? あのときの小生―そう、あのときは店長の顔だけを借りたのでしたね―は、あと1枚切り札を残していました。なぜ? そろそろ引き上げる時間でしたので、寄せ集めでなんとか勝とうとした貴方に華を持たせたまでですよ」
 皐月は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。遊ばれていた事実を知ったからである。
「新堂さんは強くなりましたねえ。最早私では手に負えそうも……おや、どうされました?」
「馬鹿にして。私の実力では、足りないっていうの? 不足しているっていうの?」
「そうですねえ。その答えは、私の代わりに私の中の佐伯さんに叩きつけてもらいましょうか。おっと、そろそろ灯りがつきそうですえねえ。それでは、デュエルを再開しましょう。それなりに期待、してますよ」

 灯りがつくと、そこには佐伯がいた。ゴライアスではない。いや、ゴライアスの筈。しかし……。
「500ライフを支払い先程の《メタモルポット》によって墓地に落ちた《ヴォルカニック・バレット》「B」の効果を発動。同名カードを手札に加えます。更に手札からカードを2枚セットしてターンエンドです。私のプラズマヴァイスデッキ、破れるものなら破ってみなさい!」
 佐伯だ。そこには見事なまでに佐伯がいた。親類でもなければ、永遠に見破れないかもしれない。
(私は試されている。それも、舐められている。このままにしておいていいの?)
 皐月は迷った。このまま言わせておけばいいという感情と、それでは自分が駄目になってしまうという感情、その間で揺れていた。いやむしろ、そんなことで揺れている自分自身に段々と腹が立っていた。この時点で半端ではないのか。嫌な想定が頭をよぎる。自分は勇一とも信也とも晃とも違う。なら瑞樹や智恵とは? 彼女は考える。自分には必要ないのではないか。ゴライアスは異形の世界の住人だ。かかわるべきではない。挑発にのるべきではない。かかわったら? 魔界に引きずり込まれるだろう。引きずり込まれたら? 力無き者、覚悟無き者は皆一様に滅びるだろう。ならばここで引くのが賢明。ゴライアスに二度も出会ったこの偶然を自然にしてはならない。あれの大会運営に協力する義理などない。そうだ、これは不幸な事故なのだ。もう関わる必要も、全てを賭けて闘う必要もないのだ――
(倒してみせる。いいえ。倒せなきゃ駄目。偽物程度、贋作程度倒せなきゃ、私に未来はない)
 皐月はこのとき、考えられる最も愚かな選択をしたのかもしれない。だが彼女はカードを引いた。
「ドロー……(やるしかない。私が私でいつづけるために。)手札から《暗黒界の取引》を発動!」
(1体でも《E・HERO プラズマヴァイスマン》を残せば負ける。だったら全てを!)
「《暗黒界の武神 ゴルド》を捨てその効果を発動。《暗黒界の武神 ゴルド》を特殊召喚」
 一方佐伯は冷静に、予めデッキに戻しておいた《ヴォルカニック・バレット》「A」をデッキに戻す。前のターン、手札コストにした「B」が墓地に落ちたときすぐさま「A」を手札に加えてもよかったところ、《メタモルポット》の効果が発動したのを見計らって「A」を回収。取引に乗じて貴重な1枚を獲得することに成功。やはり手強い相手。だが負けられない――
「手札からモンスターを1枚セット。3枚のスペルをセットしてターンエンド」

4周目
佐伯琢磨:ハンド2/モンスター4(《E・HERO フォレストマン》/《E・HERO プラズマヴァイスマン》/《E・HERO プラズマヴァイスマン》/《E・HERO プラズマヴァイスマン》)/スペル2(セット/セット)/ライフ6000
西川皐月:ハンド1/モンスター2(《暗黒界の武神 ゴルド》/セット)/スペル3(セット/セット/セット)/ライフ800

「ドロー……リバース!」
「(ここだ!) リバースカードオープン! 《クリボー》を媒介に《死のデッキ破壊ウイルス》を発動」
 《クリボー》。それはバランスを、負け難さを重視した彼女入れたカード。このカードを媒介に彼女は最後の勝負をかける。皐月は《暗黒界の武神 ゴルド》を媒介に更なるウイルス―《魔のデッキ破壊ウィルス》―を発動。融合素材すらも狩りにいった。それしか勝つ道はないとばかりに。
(これで《E・HERO プラズマヴァイスマン》は一掃。手札もボロボロになる。後は《暗黒界に続く結界通路》をエンド前に発動し、一気に逆転を狙う。貴方のその余裕を、たっぷり後悔させて……)

「その程度ですか?」

「がっかりですね! 『死』と『魔』の二重奏程度で、この私を止めきれるとでも!  《貪欲な壺》を発動! デッキから2枚ドロー。800ライフを支払い手札から《早すぎた埋葬》を発動! 墓地の《サンダー・ドラゴン》を蘇生する。更に《リビングデッドの呼び声》を発動。墓地の《サンダー・ドラゴン》を復活させる。そしてそしてえ! 手札から《融合》を発動!」

Twin-Headed Thunder Dragon

「バトルフェイズ!」 「くっ、《暗黒界に続く結界通路》を発動! ゴルドを復活させる!」
「無駄だぁ! 雑魚は消えろ! 《双頭の雷龍》でゴルドを撃破! 手札から《融合解除》!」
「《融合解除》!? そんなものまで!?」 「《サンダー・ドラゴン》でダイレクトアタック!」

○佐伯琢磨(ゴライアス)―西川皐月●

(ダイレクトアタック……ゲームセット。信也は負けたか。それはしょうがないとしても、サツキまで……)
 あっさりと完勝した勇一だったがそこに笑みはなかった。当然かもしれない。息を抜きに来たはずなのに、ふと気がつくと何かしょうもないことに巻き込まれ、現に今、信也はがっくりと肩を落とし、皐月もまた既に敗北していた。なんでこんなことになったのだろう――

「困りますねえ。こんなことぐらいしか取り柄のない裏コナミ最弱のこの私のこの程度の芸に敗れるようでは……おやおや、もう少し抵抗をみせてもらいたいものですが……無理ですかねえ」
(そんな……)
 惨憺たるものだった。その後の皐月は、何一つ見せ場をつくれずに負けた。
「これで2戦2勝。私の勝ち上がりということになります。よろしいですね」
 皐月は負けた。それも2戦で、合計8回プラズマヴァアイスを召喚されて。
「負けた……」 「どうやら買いかぶりすぎだったようですね。翼川高校」
「あの……」 「もういいでしょう。見込み違いでした。半端に用はありません」
「そんな……そんなのって。私に対して、言うことはもう何もないっていうの?」
 すがりつくような皐月に対して、佐伯、いやゴライアスの表情は冷たかった。
「1つだけ補足しておくならば、本物ならば1戦目のラスト、あそこで5体目の《E・HERO プラズマヴァイスマン》を召喚し、勝っていたでしょう。小生のコピーではあれが限界でした。そして貴方は、そのコピーにすら劣ったということです。これ以上、何かあり得ますか? それでは……」
(こんなものだっていうの? 私の力は、こんなものでしかないっていうの?)
 皐月は自分のデッキをチラリとみた。当然だが皐月のデッキは何も語らない。語りはしないのだ。語るわけもないのだ。皐月は無性に惨めな気分になった。実際問題、ゴライアスの挑戦を受けた時点で、薄々こうなる気はしていたのである。いや、それをいうならもっと前から、かもしれない。彼女は決して弱くない。だが、周りは動いている。勇一はその頃圧勝していた。信也は未だ苦しんでいた。晃は今頃何をしているのだろうか。瑞樹は? 皐月は自分には迷い以外に何もないことを実感し、わかりやすい程の愚行に及んだ。それは誰が見ても、決闘者としては愚かな振る舞い――
「こんなもの……こんなもの!」
 皐月はデッキを投げ捨てた。そして、一目散に店を出て行った。店長は、困惑した。
(うちの店の大会、こんなんで大丈夫なのか? ちゃんと最後までやれるのか?)
 皐月の行動は信也をも困惑させた。しかし、誰かがどうこうできるものでもなかった。
「サツキさん……」 「放っておけよ」 「でも!」 「あいつもガキじゃない。1人でやるさ」
「ユウさん」 「おまえは今、人のこと気にかけれるほど楽な身分なのか?」 「う……」
「それよりあっちみてみろよ。謎の包帯男がギュンギュン滾ってるぜ。ウザいこった」
 勇一が親指をさすと、そこにはトラウマものの圧勝を決めた謎の包帯男がいた。
「端役は端役。真の王者を決める戦いに、端役は必要ない。クク……クククク……」

(あーあ。格好悪いわ。てか、店をでてすぐ冷える自分がちょっと嫌い。もう少し熱いままでいたいのに)
 皐月は店の前で体操座りをしていた。今さら戻れるわけもなく。溜息をつく皐月。嫌な自分……
(誰かナンパでもしてこないかしら。今ならホテル直行ルートかも)
 と、そのときだった。
「姉ちゃん決闘者か? かわい子ちゃんがお1人で? 俺達とちょっと付き合いな」
 昭和のチンピラのようなことを言いながら現れた4人組。言わずと知れた、ジュウデュエリスト。
(前言撤回。相手にもよる) 心の中でツッコミを入れる皐月だが、事態は思いのほか悪かった。
「俺たちゃ最強の決闘者集団さ。大人しく、俺達にドローされるんだなあ!」
 牙を剥く狂犬達を前に身構える皐月。綺麗な女性として扱われていることを嬉しく思う暇すらなかった。相手は明らかに、明らかに性質が悪い。つくづく、奇人変人の集う店である。
「なんなのよ……って、あんたたち、もしかして昔のヘブンズアッパーで会わなかった? 天超のとき」
「天超を知っているのか!?」 「流石は天超! 憧れるぜえ!」 「天超は永遠に不滅だあ!」
「いや、だから私もあのときそこに……(ああそお。忘れているのね。一応決闘もしたのに)」
 先程美人扱いされたにも関わらず記憶にないということは、ジュウデュエリストの1人とも、そして天超とも決闘をしたのに記憶にないということは、要するにそれだけ存在感がゼロだったということ。必死に生きてた自分がバカみたいな話である。皐月は無性に腹が立った。せめて、存在ぐらいは覚えろ、と。
「さあ! さあさあさあ! 天超の名の下に、俺達が好きなだけドローしてやるぜ!」
 ジュウデュエリスト達が決闘盤を構え、デッキをセットした。完全なる戦闘体制。
「誰があんたたちなんかに……(あ、そういやデッキないんだった。かっこわる)」
 応戦しようとした皐月だったが、彼女はそのとき、肌から血の気が引くのを感じた。
「ねえちゃんデッキももってないのにカードショップをうろついたら、死ぬぜえ」
 弱い立場のものには限りなく強気。ジュウデュエリスト達が皐月に牙を剥く。
「はぁっはっはあ! これがデッキだ! ドローフェイズだ! そおら1枚ドロー!」
(無様すぎる。こんな三下にまでドローをみせつけられるなんて……)
「ほうら表側攻撃表示で召喚だあ!」 「こっちは裏側守備表示だぜえ!」
(調子にのって! デッキさえあれば、こんなやつらすぐにでも墓地に送ってやるのに)
 ジュウデュエリスト達に囲まれ荒々しいプレイングに晒される皐月に、抵抗の手段はない。
「思い知ったか! これがジュウデュエリスト必殺の、地獄の闘技場(ヘル・アリーナ)だあ!」
 どうみてもただの嫌がらせだがその効果は絶大だった。なんと恐るべき技なのか。
「ハァッハッハー! 俺達はこの技で足立区を〆たんだ! 俺達こそが最強なんだ!」
「なにが最強よ! それのどこが!」 「なら俺達に教えて見せろ。おまえの言う最強をな!」
「最強……そりゃ私だって最強になれるならなりたいわよ! だけど、そんなの、そんなの!」
「ならば俺達が最強ということだ!」 「さっきの紳士は何かの間違い!」 「最強は俺達だ!」
「くっ、あんたたちなんかが最強になれるなら私こそ最強になりたいわよ。(姉さん、助けて……)」

カツーン……カツーン……

「必要ないのだ。最強を名乗ることも、最強に思い悩むことも、必要ないのだ」
(誰?) 鳴り響く特徴的な足音と共に、皐月達の目の前には1人の男。
「必要ないのだ。君達が、“最強”について思い悩む必要などないのだ。仰ぎ見るだけでいい。君達が最強という言葉を担ぎ出すのは、意味も知らぬ聖書の一節を引用する程度にはつまらないことだ」
 眼鏡―今日は眼鏡の多い日だ―をかけた男だった。年は40代くらい? 落ち着いた雰囲気と、他の“なにか”をまとった男(それがなにかなど皐月にはわからなかった)。
「な、なんだてめえ。俺達の決闘活動にケチをつけようってのかあ! ああん!」
「無自覚に最強を名乗る者も、そこへの道が遠いとしかわらぬまま最強という一語に溺れる者も、等しく愚かである。しかし、愚かだとすれば、それは君達の罪ではない」
 男は一歩前に出た。男以外の誰もが、誰もが自然と震えていた。
「きたまえ。通りすがった程度の縁だが、この身体の罪の一端を清算しよう」
 男は頭からかぶっていた古びたマントのようなものを脱ぎ捨てる。彼は背中に棺桶を背負っていた。否、正確には棺桶でもあり決闘盤でもある謎の装置だった。彼は棺桶のスイッチを幾つか押す。すると、棺桶からデッキ挿入口やカードセットのためのウイングが飛び出した。それはあまりに異形であった。男は懐からデッキを取り出すとシャッフルを始める。淡々と、落ち着いた様子でカードをきる。
「て、てめえ何者だ! この、最強な俺達に挑戦しようってのか?」
 ジュウデュエリストの中の1人が男の胸倉をつかもうと手を伸ばした、しかし男が、決闘盤にデッキを装着した瞬間、謎の衝撃によってジュウデュエリストの1人がふっとんだ。
「な、なんだ! てめえなにしやがった」 「よくもうちのベースを!」
 更に2人のジュウデュエリストがつかみかかった。しかし男は全く動じる様子もなく、デッキから5枚ドロー。すると、またも同じことが起こった。2人が、瞬く間にふっとばされたのだ。
「非常に申し訳ないことに、4戦やるのはあまりに無益すぎる。代表たる君だけでいい」
 男は事も無げにそう言った。確かに、残りの一人は軍団のリーダーであった。
「くっ、この野郎。俺達ジュウデュエリスト達を舐めやがって。いいぜやってやる。デッキセット。ドロー……おいおまえら! いつまでも寝てんじゃねえ! ヘル・アリーナだ!」
「うおおおお!」 「てめえもこれで最後だ!」 「目にもの見せてぇ!」
「必要ないのだ。君達が最強を名乗る……その必要はないのだ。《D−HERO ディパーテッドガイ》を召喚。悪いがこれ以上のアタッカーを持ち合わせていない。少し時間がかかるが我慢したまえ」
「舐めやがって……なにぃ!?」 「う、うわあああああああああ!!」

 その間、皐月は一歩もうごくことができなかった――

「ぐっ……化物か」 「馬鹿な。ヘル・アリーナが全く通用しないだとぉ」
 数分後、男達は地に伏せていた。本日二度目の大敗北である。
(強い。完全なる大圧勝。だけど、この人はいったい何者なの?)
「大丈夫かい? どうやら君は少々軽率だったようだ。女子が1人、デッキも持たずにカードショップの周りをうろつくなど、餓狼に餌をくれてやるようなもの。気を付けたまえ」
 カードゲーマーにとっては既に常識だが、デッキとは己がカードゲーマーであることを示すものとしてもっともわかりやすい標識である。そしてもしデッキをもっていれば、餓えた狼達も「カ、カードゲーマー!? もしかしたらバックに恐るべき大物が控えているかもしれない」と躊躇するだろう。しかしもしもデッキをもっていなければ? 襲われるのは必然というべきであろう。そう、カードショップの周りをうろつく際、カードゲーマー達が皆一様にデッキをもっているのは決して偶然ではないのだ。
「あ、はい。すいません。ちょっとデッキを切らしてまして……」
「そうか……」 男はカードショップを仰ぎ見た。
(この人、あのショップの誰かに用がある?)
「どうやら取り込んでいるようだ。今日は帰るとしよう。それもまた宇宙だ」
 謎の男は身体を返し、その場から去ろうとした……がすぐにとまった。
「これも何かの縁。1つ聞きたい。君はこの競技をよりよくするにはどのような要素が必要だと考える?」
「え?」 突然だった。もしかするとカードゲームを作る側なのだろうか? 皐月は少し戸惑った。
「そ、そんないきなり……」 「簡単な質問だ」 男には、どこか有無を言わせない雰囲気があった。
「そ、そうね。やっぱりゲームバランスを整えるべきだと思うわ。各勢力を平等化するっていうか」
「ならばなぜ君はじゃんけんをやらないのかね?」 「へ?」
「じゃんけんというゲームの、ゲームバランスはまさに完璧だ。壊れた手などありはしない。グーにもチョキにもパーにも平等な力が担保されている。そしてじゃんけんは優れたゲームとして世界に広まっている。世界大会もある。素晴らしい競技であることは論を待たない。しかし不思議なことに、じゃんけんは今日、様々な競技の、先攻後攻を決める程度のちっぽけな役割を持たされていることが非常に多い。なぜだろうか。肉体競技ならまだしも、知的競技に関して、じゃんけんで先攻後攻を決めるというのは不合理ではないかね? あれほど優れたゲームバランスを持っているのだ。その後に控えた競技など行わず、じゃんけんで雌雄を決してしまえばいいのでは?」
「それは……じゃんけんは運の要素が強過ぎるわ。だから……」
「まず1つ、じゃんけんにも戦略はある。次に1つ、君は運の要素を引き合いにだした。それでは、先程ここで行われたこのカードゲームというものは? 運の要素を色濃く持つこの競技を前にして、じゃんけんで先攻後攻だけを決めるなどナンセンスではないか? じゃんけんほどゲームバランスに優れた競技はそうそうない。少なくとも、この世のどのカードゲームよりも優れたゲームバランスを持つと断言できる」
「だけど! カードゲームにはいろいろな魅力があるわ!」
 ふと気付くと、皐月はやめることも忘れて喋っていた。不思議なものである。
「様々なテキスト、複雑なルール、魅力的なイラスト……他にも……」
「では聞くが、それらがもたらすものは何かね。なぜ魅力も持つのかね?」
「そ、それは……いろいろでしょ」 男は首をふった。不十分とばかりに。 「なんで!」
「いいかね。不平等であることこそが必要なのだ。このような競技がじゃんけんを超える魅力を持つとすれば、その答えは不平等の中にこそ存在する。そう、じゃんけんは平等すぎるのだ。だからこそ人々はじゃんけん以外を思いついた。知っているかね? 初心者はグーを出しやすいそうだ。そういう数少ない不平等性に着目することしかじゃんけんは許さない。完璧なゲームとはそういうことだ。しかしカードゲームは違う。理不尽に強いカード、理不尽に強いデッキ、その突出性、不自然性、そしてカードリリースにより絶えず入れ替わる不平等のレートが、競技を活性化する。じゃんけんは完璧だ。じゃんけんには、新パックのリリースもなければ制限改定もない。しかしそれを人間達はよしとしなかった。わかるかね? 不平等こそが必要なのだ。平等は生きるために必要なものだ。だが不平等は嗜むために必要なものだ」
「だ、だけど《混沌帝龍 −終焉の使者−》は間違っていた! 貴方もそう思うでしょ?」
「不平等が生まれれば、人々は高い方に群がる。誰も彼も、身の丈を受け入れようとはしない。半端さを進んで受け入れようとはしない。精々が、とりわけ低い方にアイデンティティを見出す程度だろう。このバランスの悪さこそが害悪なのだ。不自然さが不自然さとして機能せず、高い場所と低い場所に大衆は集まり、当然の結果として同じ高さで平等化する。平等が量をなし陳腐化する。それこそが害悪なのだ。害悪は人間の性が生むのだ。だからこそ、必要なのだよ」
「必要……なにが?」 皐月はおそるおそる聞いた。何か、得体のしれない部分がこの男にはあった。
「例外であり特別であり別格なものの存在……さて、これ以上の長話は控えておこう」
 皐月は男の意図を測りかねた。彼が最初に言っていたことと今言っていたことがつながるようなつながらないような微妙な心境。ただでさえ心の整理がついていない彼女には無理からぬことだ。男は今度こそ帰るらしい。だが擦れ違いざま、彼は皐月にこう言った。威厳のある声だった。
「折角の機会だ。このまま持っていたところでどうせ無駄になってしまうもの。君に渡しておこう。話を聞いてくれた礼、そう思ってくれてかまわない」
「え?」 皐月は、棺桶の中から古びた決闘盤を渡された。男は表情を崩すことなくこう言った。
「それを使うも捨てるも自由だ。それが君に勝利の恍惚というものをもたらすかどうかは保証しない。しかし、迷いがあるならそれを振り払うほんの一助にはなるかもしれない」
 男は今度こそ去っていった。ふとみると、そこには妙な痕跡。
「これは……砂? それとも灰? あの男がいた場所にだけ……」

「これで終わりだ! 光の制裁を受けよ!」
「う、うわああああああああああああああ!」
「す、すげえ。やっぱり決闘は包帯なのか!?」
「いやいや、森勇一の牙城はそうそう崩せないぜ!」
 一方、店内は尚も熱気を帯びていた。皐月の件も、店内を白けさせるには至らない。それもそのはず。包帯男に森勇一だ。しかし後者はそっけなかった。
「さてと。やっと二回戦か。さっさと終わらせないとな……」
「ユウさん」 「しょうがないだろ。俺は今機嫌が悪いんだ」
「ユウさん……」 信也は身震いした。その、横顔に。
「負けるなよ。三回戦でおまえを倒すのは……」
 謎の包帯男が発破をかけるが、勇一は無視した。
(ユウさん、何を怒ってるんだ? すごい殺気だ)
「次の相手がおまえでよかったよ。皐月が世話になったな」
「私に気づいているとは。しかし試合中に余所見は禁物ですよ」
「自分で停電を引き起こすやつが言う台詞じゃないな。ゴライアス、だったか」
 勇一の相手は佐伯、いやゴライアスだ。ゴライアスは勇一の視線を受け流しつつ喋る。
「さてさて。“森勇一”さんですか。貴方“には”期待してますよ。貴方に期待できなければ、私の企画能力が問われてしまう。それでは困りますからねえ。ああでも、アキラ君はいい化学反応でした。東智恵の分も上乗せして盛り上げてくれるでしょう。あとは西川瑞樹あたりが……」
「おいボンクラ」 「は?」 
 勇一は静かに言った。

少し黙れ



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
森勇一のターン。次回、久しぶりにしっちゃかめっちゃかでいこうと思います。




↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。



↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。


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