「あいつは幸せ者だよ。だからどうしたって話だけどな。さ、帰ろうぜ」
 翔とエリーの一戦を一通り見届けた勇一はそう智恵に告げた。
「ユーイチ……」
 智恵は少しだけ不安だった。何故だろうか。他方、勇一は黙っていた。
(確かに、真正面からぶつかり合う、高いレベルではあった。だが、それだけだ)
 勇一は考える。なにを? たった1つのことを。自分が向かうべき到達点を。
(いいよなあおまえらは。負けてもいいんだ。だけど、そんなのは無鉄砲なだけだ)
「おいみろよ、森勇一と東智恵」 「あ、あの! かつて日本を〆あげた高校生!」
 と、耳元へ飛び込む声の群れ。勇一はふと思う。この、無駄なテンションについて。
(世の中、かまいたくもない連中が多過ぎる。しかも、そんな奴に限っていつもいる)
「ねえユウイチ、次の試合だけどさ……」
「あのさ。後にしてくれないか」

                           ――――

「流石です」
 瑞貴はそう翔に声をかけた。横の皐月は頑なに押し黙っている。
「流石とか言うなよな。まるで当然に勝ったみたいな言い草だ」
「どうでした?」 「一々今更何か俺の方から言う必要あんのか?」
 そう言って翔は二人をスル―した。正しい返答なのかもしれない。
「じゃ、俺達は行くぜ」 翔と遥は去って行った。競技者とセコンドとして。
「やっぱり、やっぱりあのフィールドで闘うべきなのかもしれない……」
 瑞貴は翔が歩いてきた方向を仰ぎ見た後、おもむろにそう言った。
「え? それどういう意味?」 疑問形ではあるが皐月が口を開いた。瑞貴の意図とは?
「草試合も悪くないけど、決着をつけるならもっと日の当たる場所……できれば上で」
「上……この大会の決勝?」 瑞貴は答えなかった。代わりに皐月が話を進める。
「決着をつけるって……」 「向こうは取るに足らない相手だと思ってるかもしれないけれど」
(そうか。姉さんはどんどん上に行くんだ) 皐月はチラリと瑞貴の顔を見た。同じ顔だ。
(アイツとの決着は必ずつける。その為にはもっと、もっと強く戦い抜かなければ)


第52話:全力症候群(ベスト・シンドローム)



(本気であることを忌避していたエリー。だがあの瞬間あいつは誰に憚ることなく本気の本気だったはずだ。その経験はきっとどっかにつながる。じゃあ俺は? そういえばディムズディルは言ってたな。“結局は僕もまた心底くだらないことをやっているのかもしれない”と。俺はどうなんだろうなあ)
 ストラはふと気がつくと煙草を吸っていた。しかし何故吸うのだろうか。煙草を吸うと格好良く見えるというのは中学生男子の意見だが、少なくとも煙草にはある種の威嚇効果がある。獣は火を恐れる。人間も所詮は獣。特にストラのような男が吸えば尚更だ。しかしだ。誰を威嚇するというのだろう。ここには彼を貪ろうとする輩などいない。善良かつ変態かつ末期的なカードゲーマーがわんさかいるだけである。ならば単純に好きだから? 実はそんなに好きでもない。嫌いでもないが、そう中毒的に好きでもない。じゃあ何故吸っているのか。暇だからか。心が。
「わかんねえんだよなあ。わかんねえ。謎々みてえだ。強いやつは勝つ。弱い者は負ける。勝つと偉い。負けると偉くない。だから勝負は勝負なんだ。だが問題はその先なんだよな……」
 フリーで様々なものが決闘に勤しんでいる。ここまで盛況にした運営者の手腕が窺われるが、そんなことはどうでもいい。丁度新上達也が十連勝を達成したところ。こいつが予選負けでよかった。激戦の中成長を遂げたこいつと闘ったらただじゃ済まない……などと、思っているのか思っていないのかどちらともつかぬことを考えつつ、ストラはあたりを見回した。と、そこにはもう1人、十連勝を達成した猛者がいた。
「東智恵、だよな。あれ。一緒にいるのは……なんだっけ。思いだせん。確か……」
 東智恵だった。一緒にいるのは福西彩。賢者と魔術師。腹黒と腹白。東智恵は鬼神のごとき勢いでそこらの雑魚を切っては捨て、切っては捨て、八面六臂の決闘を展開していた。周りも「流石は東智恵」「賢者過ぎる」「結婚してくれ」などと東智恵を褒めたたえることなんとやら。しかし、賞賛の数が高まるにつれて同時に高まる声もある。東智恵にとっては、気に入らなくてしょうがない声。
「知ってるか、アキラってやつはこの東に勝ったらしいな」 「ああ。下剋上か? 時代も変わったな」
(これだから虫は嫌い。ちょっと一回負けるとすぐこれ。ミスった。印象が悪い……これだから!)
(先輩は……山田先輩が敵に回ってからずっと機嫌が悪い。そして怖い。どうしてだろう)
 付き添いの福西彩は、それでもなんとなくは感じていた。アキラに負けるということは下剋上なのだ。加えて、アキラの闘い方には強烈なインパクトがある。昔フルセットで今はアレ。今や“アレ”で通じるぐらいにはアキラの決闘はアレ以外の何物でもなかった。智恵は闘い続けた。智恵と晃の戦いは西日本最大の決闘派閥である『ソリティアの会』が目を皿のようにしてみていた。最早西日本中に伝わったも同然! 加えて、今まで『流石は東智恵』などと声高に賞賛していた口軽な者ほど、軽い気持ちで智恵の失態を言いふらかすに違いない。某津田早苗とか無意味にニュース扱いしそうである。軽い者は軽く近づき、そして軽く遠ざかる。智恵は己に付着しかかった悪いイメージを拭うかのように闘い続けていた。近くの者への印象を良くするため微笑んではいたが、眼の奥は確実に笑っていない。所謂実力者であったストラには、それがなんとなく伝わっていた。
「なんかこええなあ。しかし『こええ』か。俺もどっちかっていうと“怖い人”の筈なんだよなあ」
 ストラはぶらりと立ち上がり、ぶらりと歩きだした。一応目的はあった。だがアテはなかった。

「明日で予選も終わりか。なんだか1〜2年ぐらい戦ってた気もするな」
「やっぱ招待選手は強かったか。だが外国人はともかく高校生にも負けるなんてさ」
「反省会だな反省会。そんでもって練習練習。大体が国内に敵なしと奢っていたのがよくなかったんだ。外から来た連中に下の世代から来た連中。強い奴なんてどっからでも湧いてくるもんだ。気合いを入れなおすしかないぜ。なんでも村坂さんなんて鬼の表情でデッキを組んでるって話だ」
「そうだな。練習だ。しっかし今日は灰髪のやついないのかな。昨日の借りを返したかったんだが」
 先日の話である。勝負をすることで脳内麻薬がどうたらこうたらして傷がどうたらこうたらリハビリ効果がどうたらこうたらとわけのわからないことを呟きふらりと現れた一名の決闘者。1時間程度連勝しては風のように去り、また1時間程度連勝しては風のように去りと、強豪集うこの界隈でわけのわかならない強さを見せていた。特にソリティアの会にしてみれば、エースの新上達也を倒したかの男は格好のターゲットだが、新上達也より弱い彼らに太刀打ちできるはずもなく、挑んでは返り討ち。しかしそれでめげないのが彼らの唯一最大の長所である。そういう意味では、確かに彼らこそがカードゲーム界を支えているのかもしれない。
「折角の機会だ。負けてもいいから経験に……いや、兎に角勝つためにやりてえ」
「午前中はいたぜ。けど10勝くらいでさっさと引き揚げた。やることがあるんだってさ」
「くっそ。俺らが昨日もっと善戦していれば勝負の機会も増えただろうによ。わりいな」
「聞いたか? あいつ2〜3日前ピラミッド野郎と闘ってダイナマイトを食らったらしいぜ」
「ああ。なんでもそこから逆転かまして勝ったって話だがいくらなんでも悪い噂だろ」
「いや、その他にも……」 噂は噂を呼ぶ。いくつかは事実なだけに性質が悪い。
「空飛ぶ飛行機の上で決闘したらしいぜ!」 流石に飛行機はない。暴走列車ぐらいだ。
「脚は岩を砕き、目からはビームを出すらしいぜ」 「ビーム!」 流石にビームは出ない。
「光学兵器への対策。本気で考えるべきかもな」 「化物め……!」 誰かつっこめ。
「だが俺達には仲林さんがいる。仲林さん! 次来たらもんでやってください!」
 要所で他力本願なところがソリティアの会の問題点だろうか。
(帰る準備をしておくか) 実力者でありかつ大将を務める彼だからこそ、である。
(面倒だよなあ。しかしうちの何がいいってベスト8なら格好がつくってとこだよな)
 ※格好がつく根拠:神宮寺陽光とその一派。信者絶賛急増中。
「さーなーえーちゃーん。これみてくれない? 中々凝った文章だぜ」
「はあ、え〜と……『拝啓、貴殿の決闘団体『ソリティアの会』は裏コナミ特選部隊SCSの試験にも毅然とした態度で立ち向かい堂々と戦い抜いた、まさしく日本を代表するにふさわしいチームであり、ここに表彰します。これからも不正や非倫理的な活動を防止し清く正しい決闘活動に励んでください(ローマ=エスティバーニ他一同)』」
「ぬけぬけとレアカードの箱まで送ってきやがった。悪魔かあいつらは」
「ふざけんなって言って捨てます?」 
「いや、もらうけどさ。ただこの手紙はみんなに伏せとけよ」
「流石は仲林さん。ただ問題点が一つ」 「なんだい?」
「もうこのお手紙他の人に流れちゃいましたよ」
「え?」 津田の手から略奪。広がり広がり全体に。
「ローマの野郎ふざけやがって。SCSは絶対つぶす!」
「今度あったらただじゃおかねえからなあ! (主に仲林さんが!)」
「こんなレアカード……こんなレアカード……それはそうとあいつらには負けん!」
「もしかしたらうちの特性を見抜いてわざとああいう文章にしたのかもしれません」
「ふん、あいつめ。士気ならこの俺がいくらでもベストエイトしてやるというのに」
 ベストエイトを動詞として活用するのはこの男。神宮寺陽光である。
「神宮寺さん。ローマ戦のダメージは大丈夫ですか?」
 津田に対し、神宮寺は件のカードを渡した。
「これは? カードスリーブ……だけ?」
 やわやわのスリーブを弄びながら津田は聞いた。
「恐ろしい決闘者だ。あの破壊的な決闘が俺の中に強烈な印象を生み、ただのカードスリープでも、まるで鉄板でもぶつけられたかのような衝撃を残す。新上のやつは光合成体質(ハイパーモード)発動中の上に直撃じゃなかったようだからなんとか大丈夫だったようだが、あの……元村ってやつはヤバいかもな」

「エリーのやつどこにもいないな。どこにいったのやらあいつは」
 一方こちらはストラのお仕事。ディムズディルは実戦担当だけあって、特に生存能力に関してはあのゴキブリをも上回る。しかし彼の私生活は高い生存能力にかまけて非常に大雑把だ。危なっかしいとすらいえる。そしてそれを常識としているのだ。そんな生き物が決闘者を集めたのがデュエルクルセイダーズ。問題児が問題児を集める可能性は高い。より正確に言うと現に問題児ばかりだ。だからこそストラは自然とフォローにまわる。それは無意識の行動だった。
(あいつもまだ17だしなあ。あまり放っておくのもアレだな。たとえうちの大将以上に才気に溢れていたとしても、あいつにはまだ経験が足りない。そういやピラミスもどっかいったんだよなあ。げ、千鳥とベルクか。あいつらはあいつらで放っておくと何を起こすかわかったもんじゃないが、とりあえず放っておいても死にはしないだろ。図太さとしぶとさではディムズディルにも負けない連中だからな。むしろあいつらが面倒くさそうなことを引き起こさない内に避難すべきか。やっぱあれだよなあ。ヴァヴェリ爺さんが一番まともだ)

 それはさておき――

(あれからずっと機嫌悪いなあ先輩。和やかなのは森先輩と一緒にいるときぐらい。うまく立ち回るのがうまい人だから、それだけに自分が許せないのかもしれない)
 智恵の憂さ晴らしは続く。表面上は笑顔だが彩には分かる。あれは心からの笑顔じゃない。
(先輩には私なんかにはわからない苦労があるんだろうなあ。だから悪辣にもなれる。私もそれで酷い目に遭った。本当に酷い目に遭った。酷い先輩だと思う。正直最低。だけど、嫌いになれないのは、憎みきれないのは、先輩のああいう部分に魅力を感じてるから? 賢者は賢い。でも賢いのは、賢くならなければ駄目だから。賢くないと負けるから。だから他人を平気で崖から突き落とせる。初戦で対人メタ嬲りの末、それをビデオにとって流すくらいのことができる。私も、誰かを突き落とせるようになりたい?)
 なぜだろう。彩は智恵笑う気にはなれなかった。むしろこんなときだからこそ智恵の力を感じることができた。たぶん、あれは始まりと終わりににすぎなかったのだろう。アキラの変質をその嗅覚で嗅ぎ取った彩は勇一に代わって力で捩じ伏せに行った。しかしそこに焦りがあった。だけどそれは、智恵の終わりを必ずしも意味しない。戦いは既に始まっていて、今も続いている? もがくのは醜い。しかし醜さも強さだ。そして強さは勝利を生み、勝利は美しさを纏う。
(伸び悩んでる。私はこのままだと誰からも、信也からも置いて行かれるのかもしれない……。信也は怖い。もしかすると信也は、ローマなんかと同類? 先輩があのアクセルを踏み切ったスーサイド・デュエリストを怖がるように、私もあの異端者が怖い)
 実際には今、信也は苦境の中にいた。しかし彩はそれを知らない。知らないからこそいつの間にか信也の存在が大きくなるのをとめられない。化物達とあの手この手で渡り合う信也が怖い。
(なんで? 追いつかれるから? 違う。追い抜かれた後、もう二度と追い抜き返せそうにないから。たかが勝負の勝ち負けで? たかがじゃない。シンヤだからたかがじゃない。シンヤが私のものさしに?)

「少しいいかね?」
「あ、はいなんでしょう」
 彩の思考に割り込む一声。落ち着いた身なりの、40代ぐらいの男だがどうやら道を尋ねたいらしい。
「知人を探しているのだがどうも出払っているようでね。おそらくそう遠くにはいっていないはずなんだ。そうだな。この近くにカードショップを知らないか?」
「カードショップですか? え〜と……あ、そうだ。最近天国がどうたらこうたらなカードショップがこの辺にできたとかできなかったとか。ここからは確か東の方角なんですけど……詳しい位置までは」
「それで十分だ。ありがとう」
 男は彩に一礼する。どうということのない光景だ。
「さってと。そろそろディムズディルんとこに顔出すか」
 と、そこへストラが通りかかる。そのときだった。
「あいつは! (なんであいつがここにいる)」
 ストラは駆け出した。彩を払いのけ男を追う。
「ち、いない! どこへ消えやがった!」
 煙のように消えた男。ストラは彩を問い詰めた。
「今の男は! 今の男と何を話していた!」
「え? いや、あの……道を聞かれただけですけど」
 物凄い剣幕のストラに対し彩は怯えつつ答えた。
「道を? どういうことだ? ちっ、まずは連絡すべきか」
 いったいなんだというのか。彼は携帯を取り出した。
(なんてこった。ディムズディルに知らせ……)
 しかしストラは携帯をしまった。彼は冷静になって考え直した。
(他人の空似だろありゃ。オーラも感じない。本物がこのデュエルスペース付近に、フィールドに現われたなら1キロ先からでもそれと分かる程のオーラを放つはず。ダチをぬかよろこびさせることはないか)
「悪かったなお嬢ちゃん。俺の見間違いだったわ」
 と、そこまで言って彼はようやくあることに気がついた。

「おい、間違ってたらわりいんだけどよ。嬢ちゃんってシンヤのお友達……っていうか……」
「はい、そうですけど。貴方は確か……」 「そうそう。福西彩。あたりだよな。あたりっていえ」
「はい。貴方は……」 「ダルさんだダルさん。シンヤと一緒にいたお兄さんだ。わかるか?」
「あ、はい。シンヤと一緒にいたおじ……お兄さんですね」 (おじさんって言いかけたな……)
 少し凹んだもののスルー。しょうがない。それはしょうがない。しょうがないと言ってるだろ。
「ふーん……なあ、どうせ暇だろ? あっちで決闘でもしないか? 世間話つきでな」
 一つ確実に言えること。暇なのはこの湿った『毒薬』の方である。明らかに。間違いなく。
「それはかまわないですけど……」 彩は智恵の方をちらりと見た。当分終わりそうにない。
「今日は先輩様の付き添いか? おっかなさそうな先輩だよな、あれ。アキラはよく勝った」
「ダル……さんはおっかない人じゃないんですか?」 「そりゃあ、怖くない人だからな俺は」
「そうですか。残念です」 「うぉおい!? ちょっと待て。残念ってなんだ残念ってよ」
「怖い人と決闘すれば私も怖い人になれるかもしれないかなって……勿論……冗談です」

                             ――――

「あっはは。あーおもしろーいこれー。ねーねーあんたもやんない? やんない?」
(さっきまで鬱に沈んでいたかと思えばこれだ。感情の起伏が激しすぎるな)
 ディムズディルの依頼を請け負い、ローマ達と東京に集った決闘者の前に現れた瀬戸川刃の日常はベルメッセの監視生活だった。依頼を請け負ってから大して時間は立っていない。にもかかわらず、ベルメッセは多種多様だった。理不尽な怒りを爆発させるかと思えば、自分を含めた誰かを哀れむかのような態度をとったり、あるいは今のようにただひたすら笑い続ける。ちょっと目を離すともう違うベルメッセ。自殺未遂と思われる行動も既に2回。人間その他諸々への迷惑も瀬戸川刃が歯止めをかけなければどうなっているかわかったものではない。性質の悪いお姫様。それがベルメッセ=クロークスの『現状』。
「とき○きメモリアルMAX〜天空の十二神将〜……やったことはないがたまにはいいだろう」
 瀬戸川刃は寄りかかっていた壁から離れベルメッセの方へ近寄る。女のお守りをしているだけで高いギャラが発生するのだから断る気はしない。その経費の源は少し気になるが。
(さて……なんだ? 煙? 煙を吹いているのか? この一瞬でなにがあった)
「うっ……えぐ……だいっきらい。あ、あああああああああ! 壊れろ!」
「やめろ! 幼児かおまえは!」 瀬戸川刃。なんとかベルメッセをなだめおさえる。
「あーあー」 ベルメッセ。今度は全身の力を抜いて寝そべる。そこに怒りの痕跡は見えない。
(しかし、どうも妙だ。確かに感情の起伏は激しい。だが俺には、そのどれもこれもがつくりもののまがいものにみえてならない。新参の俺の知らない秘密が、このお姫様にはあるんじゃないのか?)
 瀬戸川刃はベルメッセを「暴走型の狂人」としか知らない。だが、彼は聞いてみた。
「おいベルメッセ。おまえは本当に本物の……ベルメッセ=クロークスなのか?」
 当たり前だが、この妙な質問に対し適切な答えが返ってこよう筈がなかった。
「ねーねー、1つ聞いていい?」 「答えられることなら答えよう。言ってみろ」
「あんた誰?」 (これだ。三歳児でももう少しまともに覚えるぞ。なんなんだ)
「どっかでみたんだけどなあ……そーそーローローやディーディー知ってる?」
「殺したいんだったか」 「なんで? また一緒に遊びたい。遊びたい……」
(一日単位で主張すら変わるのか。そしてたまにループする。不可思議な。やつはこんなのを呼び寄せいったいどうするつもりなんだ? これのどこが裏コナミ最凶のカードゲーマーなんだ?)
 瀬戸川刃は考える。おそらく自分にはまだ知らされていない機密事項があるに違いない。「しかるべきときがくれば貴方にも活躍してもらう」。あの男、ゴライアス=トリックスターはそう言った。水面下で、誰も知らない内になんらかの「変質」を試みる企て。ベルメッセを呼ぶのもその一環なのだろうか。自分はまだベルメッセの能力すらよく知らないというのに。
「よお暇人。随分と楽しそうなバイトだな。調子はどうだ?」 ローマだった。
「面倒の一言。おまえがつれてきたこいつは相当なじゃじゃ馬だな」
「俺に言うなよ俺に。俺は仕事仲間の頼みを快く聞き届けただけさ」
「そういう傍迷惑な願いに限って快く聞き届けるんだなおまえは」
「それが俺のいいところだ」 「1つ聞かせろ。ベルメッセとはなんだ?」
「『異能』担当。裏コナミの最終兵器」 「もう少し具体的に言ってくれ」
「さあな。だが1つだけ親切をくれてやる。アレの目が覚めたら勝負を挑むな」
 『目が覚める』。虚ろな雰囲気が消えることを指すのだろうか?
「なぜだ?」 「愛すべき妹がいるなら、そう軽々しくは死ねないだろう?」
(こいつ……)
「俺は今のこいつには興味がない。だが本物がでてきたらすぐに教えろ」
「その口ぶり、その態度、おまえとベルメッセはいったいどういう関係だ?」
「さあな。悪いが俺は忙しい。大事な取引の仕事がまだいくつか残ってる」
「その割には遊んでいたな」 「バカが。忙しいからこそ遊ぶんだよ」

                              ――――

「じゃあデュエルといこうか。そうだそうだ、シンヤともこうしてフリーをやったんだ。初日だったかな。なんか面白そうなやつだったから誘ってみたんだ。で、冗談交じりに結成したチームの宣伝がてら遊んでみたんだが、これが中々面白い奴だった。だがまさかヴァヴェリを倒すとは俺も思ってなかったぜ。あいつうちで4番目ぐらいに強いんだけどな。嬢ちゃんも闘ったからわかるだろ?」
「はい。私は、残り半分ちょっとのライフを削ることができずに負けました。完敗です」
「そういうなって。あんな死に損ないの爺ぃにつきあうだけ損だぜ? 明るくいこうや」
(シンヤと闘った人。森先輩相手にも善戦している。この人と闘ってこの人の意見を聞ければ)
 見た感じは少し怖いが、話してみると気さくで接しやすい。バトルスタイルもトリッキー寄りなので、もしかするとこの相手は明日のリハーサルになるかもしれない。はてさて……。

【フリーデュエル】
福西彩VSダルジュロス=エルメストラ


「よろしくお願いします。私の先攻……(奇手を得意とする相手には速攻が効く)」
 福西彩は手札を確認後、決闘盤から軽いタッチでカードを引き抜くと、ほとんど迷う様子もなくモンスターをセット。単純に初手の駒として出せそうな戦力がそれしかなかったのか、あるいは使いこまれたデッキ故に出すべき駒が論理を省略して導き出されたのか。軽く考えるならその辺だ。更に軽くするなら何も考えていない、ということになるのだろうが、福西彩に限って流石にそれはないだろう。彩はリズムよく今度はスペルをセット。ターンを渡す。
(シンヤのガールフレンドか。あいつと比べると、あまり曲者という印象はないが……)
 ストラは少し間を置いてから様子見の一手を打つ。ストラは原則としてゆったりとした遅打ちだ。下手すると老人のヴァヴェリより遅い。ベルクや千鳥は早打ち、エリーは本気になると早くなりがちで、ディムズディルは気分と状況次第で緩急をつける。ストラにとって、ゆったりとするのはそのペースを相手に刻みこむための習性。普段ゆったりとしていた方が、何かを仕掛けるときに都合がいい。考える暇を与えないのではなく無駄に考えさせて惑わすのが彼の流儀。ペースをあげるとすれば仕上げのときか。それともう1つ、ゆったりした方が会話しやすい。
「嬢ちゃんシンヤとは仲良くやってるのか? 次で試合なんだろ?」
 思いのほかサクッと切り込む。
「よく……わかりません。シンヤって、何考えてるか時々わかんなくて」
 本音だった。彩は手札から《ブラック・マジシャン・ガール》を召喚した。マジシャンデッキで女の子とくれば、と思われがちだが別に拘りはない。女子が女子に投影することはあっても、女子が女子を使役したいとは限らない。どうせ馬車馬のように働かせるならイケメンの方がいい。ただ使うと無駄に盛り上がるようなのであまり深くは考えずたまに入れる。風潮というものに対し特に敵愾心はない。求められた分だけ手を振るのは楽しいことでありそこに疑いを持つタイプではない。《ブラック・マジシャン・ガール》はかろやかにストラの先兵を撃破した。攻撃型の彩がペースをつかむ。予想された展開だ。る。
「そうだよなあ。嬢ちゃんほどかどうかはわかんねえけど、俺にもわかるぜ。わかんねえってことがな。あいつはまともにみえてまともじゃない部分がある。周りに流されるだけのタイプにみえて、その実油断も隙もみせらんねえタイプ。このピンとこなさがあいつだ。頭もいい。腕も悪くない。だが危ういタイプだ。情熱があるのかないのか今一つ遠くからじゃみえないタイプ。あっさりとしているようで……」
「深入りする。シンヤはあれで結構要領がいいのに、逃げようとしない……」
「流れに流されるだけにみえて、それを機にちゃっかり泳いでサメんとこまで行く」
「でもサメのところまでいったら危険だと思います。シンヤもわかってるはずなのに」

 彩にはわからない。信也はヴァヴェリを倒すためどこまでも苦悩した。そして見るからに危険な相手であるローマに挑んだ。そのときの信也の眼は尋常なものではなかった。信也は勝負という麻薬に引き込まれている? だから逃げない? ストラの《鎖付き爆弾》の爆発から自軍の魔術師をサクリファァァァイス・エス・ケェ・プゥゥゥゥでいなしつつ彩は信也について考える。自分なら、自分なら怖いものからは逃げる。だけど信也はもっと怖いものに向かおうとする。怖いものになりたがってる? 自分は? 自分は信也にとって怖いものに映るのだろうか。ストラのライフは4000を切った。いつもここまではうまくいく。だけど相手が一流になると途端にここで足を踏む。最近の傾向。あと一歩がでてこない。
「嬢ちゃんつええな。そろそろ反撃しないと死んじまう。そんじゃ……どーすっかな」
 何を、何を仕掛けてくる? 仕掛けてきたとして防ぎきれるだろうか。彩にはストラがシンヤとだぶってみえた。なにをしでかすかわからない雰囲気がそうさせるのだろうか。
(福西彩。地力はある。捌きも読みもいい。速さもある。だが随分と素直な……打ち筋に黒さがない。連打の速度は多彩だが、意地の悪さは感じない。どうする? 俺はここでこれをどうする? そりゃあ「こっち」にきてからいつもやってるようにのらりくらりとかわしつつちょいとした一発芸でひっかければいい)
 ストラは迷った。これはカモだ。馬鹿ではないが素朴。ストラのようなタイプからすれば一番ひっかけやすいカモだ。しかし迷う。なぜ迷うか。迷わなければならないのか。
(カモ? カモは肉か金にかえてこそのカモ。だがそもそもこれは狩猟じゃない)
「さっきの続きみたいなもんだが……嬢ちゃん、シンヤとどう戦うつもりなんだ?」
「何も思わないといえば嘘です。だけど、できる限り正々堂々とした決闘を心掛けようと思ってます。思っているっていうか、そうじゃないといけないっていうか……上手く言えないんですけど」
「いい心がけじゃないか。相手が幼馴染だからこそ、公明正大を第一に、か」
(毒蛇がなぜカエルを前に躊躇する? どばっと猛毒で浸して食うでもなく、のらりくらりと本性を隠しつつ毒の名残をちらつかせながら戦う。そこに自分でしっくりこないものを感じているからじゃないのか? だが俺は俺だ。致死毒だろうが痺れ薬だろうが俺の技の本質は変わらない。まったくよお)
 ストラは上級者特有の手慣れた手つきで彩の攻撃を最小限に抑える処方箋を出す。打点で叩くよりは効果で叩く方が危険が薄いとみたストラはライザーで彩の上級をデッキトップに戻す。《ディメンション・マジック》を使わせた後なら、再展開までにそれ相応な時間と労力の消費を免れないであろうとの計算だ。流石にソツがない。奇手以前にこの男には地力がある。本人はそれを適当にぼかすが、確かな地力は隠しようもなく。むしろ……。一方彩は、信也とは対照的に清く正しく伸び悩んでいく自分について思い悩む。

「でも、最近正しいだけじゃダメかなって思ったり……。私より強い人達はみんな、どこか影みたいなのがあるように思えるんです。そしてそれは……(言っていいのかな……)ダルさんにも感じます」
 強い者は怖い。強い者は汚い。強い者は黒い。かつて自分を完膚無きまでに倒した東智恵からも感じたもの。力ではそう負けている気はしない。だがそれを生かす腹黒さが自分には足りない? 信也にはそれがあるんじゃないか。土壇場になれば幼馴染が相手でも平気で蹴落とす根性が信也にはある。間違いなくある。むしろそこが信也の恐ろしさではないのか。
「私……おなかを黒く塗ったら今よりもっと強くなれますか?」
 彩、勝負手の《ブラック・マジシャン》を召喚――
「……はっ、はっはっはっはっはっは!」
 ストラ、《和睦の使者》で緊急退避――
「いやわりいわりい。笑うとこじゃないよな」
 ストラは自分のターンに入ると一端手を止めた。怪訝な表情の彩の眼を見るストラ。いい眼だった。
「なあ嬢ちゃん。参考になるかわかんないが、ちょいとした昔話がある。聞く時間あるかい?」
 彩は頷いた。首を横に振る理由が特になかったから。ストラは眼で「そりゃどうも」と合図をする。と、同時にゆっくりとしたペースで決闘を再開。そのペースに合わせて、とぎれとぎれに喋り出した。

「昔々あるところに極悪非道の決闘師が住んでいた。そいつの職場、裏決闘界もやっぱり極悪非道の集まりで、血で血を洗って汚れを落とすことがむしろ美徳だった。敵も味方もろくなもんじゃない。だが男はそれでもよかった。それでうまくまわるなら、どんな法だろうがそれは正義と呼んでいい。それなりに居心地は悪くない。そう思って相手を蹴落とすことに一心不乱だった。それはそれで結構楽しかったんだとさ」
 ストラは《デステニー・ドロー》を発動。手札交換の手つきが、先ほどまでとは違って見えた。実際は何一つ変わっていない。ただ、先ほどまでとの空気の違いが、同じ動作をこうも違って見せるのか。
「ある日、2人組のチームが俺達に喧嘩を売ってきた。よくあることだ。だが男は、そいつらを一目見たとき直感した。直感なんて、と思うかもな。だがそういう勘の冴えるやつが生き残る世界だ。そいつは思った。『あ、ヤバい』ってな。どんな手を使ってでも倒さなければ逆に倒される。どんな手がいいと思う?」
「それは……戦略を考えたり、練習したり……でも悪逆非道なんですよね」
 一方の彩も《水晶の占い師》。デッキトップから2枚をすくい、確認。守りの《次元幽閉》と攻めの《熟練の黒魔術師》。守って引っ掛けれる気がしない。この場合、攻めのカードを選ぶのは強気なのだろうか保守的なのだろうか。押し切れるか防ぎきられるか、この状況から考えれば彩の採った攻撃的な選択肢は決して間違ってはいない。だが正しいということが己を肯定するとも限らない。相手は百戦錬磨なのだから。
「イカサマかなんかですか?」
 ストラは首を横にふった。
「そんな優しい手じゃとても勝てないと思った男は、考えうる限りもっともシンプルかつ唯一有効な作戦に出た。勝負の前に闇打ちして潰す。な、シンプルかつ効果的だろ? やっちまえば相手は土俵にも立てない。サイコロ1つ持てなくしてしまえばいいのさ。うまいこと、人気のないところにターゲットがいるわけだ。仲間に連絡してこれまたうまいこと人を払い準備を整えたわけだ。ちょっとした橋の上。しかもターゲットには酒が入ってる。これ以上ない条件だ。男は意を決して背後から襲いかかった」
 ストラは身振り手振りも加えつつ状況を説明する。そこには妙な迫力があった。
「やったん……ですか?」
「だがしとめきることはできなかった。血を流しつつも、意識を失うには至っていない。相手は言ったよ。『何をする!』ってな。言われた男はちょっとした満足感を覚えていた」
「なんでですか?」 彩は《熟練の黒魔術師》を召喚するが、まだ幼いその顔に成熟はない。
「その世界は悪党が正義みたいなもんだったからだ。『なにをする!』なんて言われた日には言われたやつがむしろ正しいってことなのさ。だが、男はすぐに青ざめた。相手はもう一度『何をする!』といった。だがそれは、男が思っているような『なにをする!』じゃなかったのさ。似ているようで、全然違う言葉だ」
「……」 彩は、手を止め男の言葉を待った。
(次は……次はなにをする!  現状では若干君が有利だな! さあその力をみせてみろ!)
「なんでだろうなあ。男は急に萎えた。相手は男が知らない馬鹿だった。なんでだろうなあ。男の緊張感が薄れた。と、同時に相手が先に動くのを許してしまった。相手はこちらの武器をはらうと、躊躇なく眼を潰しにきた。男がそいつの後ろから襲いかかった時点でそれはもう殺し合いになっていたのさ。相手は男に蹴りを見舞った。一発で2〜3本折れた。尚も相手は襲いかかった。尋常な目じゃなかった」
 ストラは少し息をつき、天井をみあげた。そのときとった自分の行動を思い出す。
(このガキが……舐めるなあ!)
 男は相手の足を掴むと残った足を払い、宙に浮いた相手の腹に強烈な一撃を見舞い、そのままの流れで柔道の、一本背負いを決めた。その昔たまたま習った技が役に立ったのだ。男が投げ飛ばす先に地面はなかった。男は相手を欄干に叩きつけそのままの勢いで豪雨の中増水した川に投げ飛ばそうとしたのだ。相手は橋のへりにかろうじて指をひっかけた。だが水で滑る上に周囲は刺客。相手はこう言った。
「君は強い! 僕は逃げる! 次に会うときは決闘だ」
「馬鹿は水の中に落ちた。次なんてあるわけがない。これは死ぬ。男は思った。『何かが終わった』。何が終わったのかはよくわからんが兎に角そう思った。実際、その通りになった」
「ど、どうなったんですか?」
「結局、勝負の日に男はふけた。そんなことしたら仲間から袋叩きにあうんじゃないかって? 問題ないさ。元々負傷でお役御免だったし、男が所属していたチームはたった2人に跡形もなく潰された。そう、2人だ。橋からたたき落とした方は何故か普通に生きていた。んで、後で知ったが、もう1人を襲った当時の仲間はご丁寧に皆返り討ちだったそうだ。ある意味で、男は色々と運が良かったのかもしれない……どうしようもない話だろ? 馬鹿馬鹿しいことに全部実話なんだ。黒い人間の末路なんてろくなもんじゃない」
「ダ……その人はそれを察して身を引いた?」 「さあな?」

 ストラはここで話を切り上げにかかった。もっとも、この話には続きがある。男は、全てが終わった後、自分が襲った相手と再会した。彼は言った。「君と決着をつけるのを楽しみにしていたんだけどな」。男は言った。「決着なら既に付いている」。増水した川に叩き落とした時点で殺しにいっている。だが殺す気まではなかった。そうさせられた時点で既に自分は負けているのだ。相手が狙いに反して死んだならそれは負けということ。逆にピンピンしていたならそれはそれで任務失敗で負けになる。唯一勝てるとしたら相手が都合よく闘えない程度のダメージを負いつつ生き延びていることだったが、勝負の場に現れたということはそうじゃないということだ。しかし相手の男は納得しなかった。「実はへろへろだったんだ。勝負のほとんどは相棒にやってもらったよ。君は負けてはいない。立派な手際だ」。男は言った「うるせえ」。相手は言った。「君がどうしても譲らないというのなら、再戦は諦める。その代り改めてこちらから勝負を挑もう。君は強い」。男は言った。「断る。決闘師は今日で廃業だ」
(あんときだよなあ。あんとき以来。どっちにしろそれなりには楽しんで生きてるつもりんだけどな……)

「百歩譲って断るのはいい。だが自分から身を引くのはやめてくれ。ただでさえこの世は人材不足なんだ。僕は家族を大地に喪って以来、各地を回って僕を潰せるような手強い相手を探し求めた。そして運良く今までに何回かそういう相手と闘うことができた。ここまではいい。だけど問題はここからなんだダルジュロス。それほどの強敵に報いようと思ったらこちらも潰す気でいくべきだ。だいたいが、そうでなければ勝てないかもしれない。だから潰す。何も間違ってないだろう? 必然的に死闘が始まる。そして上手い具合に勝利をおさめる。結果だけをみるならここまではいい。だが! だが! だが! 不思議で不都合なことが1つある。闘いが終わった後、僕と心行くまで闘った愛すべき勝負師達がもれなく再起不能になっているのはどうしたことだ? まるで第二次大戦の空爆地! 一面焼け野原だ!」
「は? あ? はぁ?」
「だ・か・ら! おかしくないか? どう考えても、これはおかしな話なんだ」
「そりゃ、殺るか殺られるかの死闘ならそうなるだろ。つうかそれが望みだったんだろ?」
「ふざけないでもらおうか! 僕は相手を潰したいわけじゃない。むしろ僕を潰せる、潰そうとする、いやそんなことすら超越したスケールのある骨のある相手に挑みたいだけなんだ! それでこそ前に進めるというもの。なのにだ! 再起不能? 冗談じゃない。それじゃあ僕は勝ち逃げじゃないか。なんてつまらない結末! 殺るか殺られるかの死闘? 冗談じゃないぞ。殺したりしたら復讐される余地がないじゃないか。遺族の恨み辛みを買える? 遺族なんてまやかしだ! 僕に言わせれば死は勝負の不純物。殺したりなんかしたら、殺された相手は挑み返すことも真に諦めることもできない! なのにだ! どこまでも真剣勝負を追求すれば、物理的にせよ精神的にせよ最後にはどこかで人が死ぬ。不条理だ! 命や魂を賭ける闘いには高揚感がある。そしてそれは正しい。だが! 正しく生きた結果がどうしてこうなる! 僕は手を抜きたくない! 手を抜くべき相手でもない。賭け金は高いほどいい! それが正しい筈なんだ! なのに! 死んでいいのは僕だけだ!」
「諦めるんならいいんだろ? おまえに負けたやつはおまえに勝てないと悟って諦めたってわけだ。現にさっき、おたくに潰されたうちのチームのメンバーの1人が田舎で野菜作って地道に暮らすって言ってたぜ。俺達も散々悪だったつもりだが、もうあんなのの相手は御免だってよ。諦めたわけだ」
「その諦めでは後に何も残さない。だが僕に敗れていった好敵手達は今も夢夜に現れる。夢の中での彼らは、己の潜在能力を更に引き出し、あるいは後世にバトンをつなぎ、更なる強敵として僕の前に立ち塞がってくる。だいたいがだ! 人間の寿命は100年足らず。100年やそこらで極めることなどできはしない。つまり1人の人間が限界を迎えることなどそうそうない。そして! 人は人と出会うことでお互いを高め合うことができる。ならば巡り巡って生まれた強敵が僕の目の前に現れるかもしれないじゃないか。極まった戦いほど後に何も残さないのではジリ貧だ! 誰でもいい! はやく僕を殺せ! 墓場の中から土をかぶって外に出て、そいつを力いっぱい抱きしめてやりたいんだ」
(まかり間違った乙女かおまえは!)
「死んだら殺せないんだぞ。君はそんなこともわからないのか!」
「う……あー……なんつーか……おまえはもう死んだ方がいいな……」
「僕もたまにそう思う。しかしどうせなら君に殺された方がいいと思う」
(殺されるのはいいが自分で殺すのは資源の無駄だから嫌だと。しかし勝負を勝負として貫くために死闘になるのはやむをえないと。なんて勝手かつ傍迷惑な考えの奴だ。自分が生きている以上はこの世にわんさか決闘狂人が溢れるべきだとでもいうつもりかこいつは。どうかしてやがる)
「絶対に断る。狂った馬鹿を殺すぐらいならセーヌ川に身投げしてやるよ」


(あれからこうも長々と微妙な距離の腐れ縁が続いているわけだ。どこで何を間違ったんだろうなあ。あの人格破綻者となぜ俺は未だに付き合っているのか。そういやあいつも丸くなったな。なんだかんだで一応ああして仲間も集まったわけで……いや、単に我慢してるだけなのか? それも不器用に。あいつ、器用なのは勝ち残るときと生き残るときぐらいだからな。化物は化物。馬鹿は馬鹿、か。だとすれば、俺はどうなんだろうな。あいつと会って以来、後ろから殴りつけた俺をあいつが歓迎して以来、俺は決闘師としての全力を捨てた。じゃあ今の俺の全力は? あるのやらないのやら)
 本気を忌避していたエリー。本気を抑えきれぬディムズディル、本気を見失ったストラ。彼らの妙な縁は未だ続いている。ストラにとってみれば、今やってる決闘とて本気のはずである。だがしかし心のどこかで胡散臭さを感じるのも事実。それは単なる感じ方の問題かもしれないが、解決法はわからない。

(俺の本気はどこにあるんだろうなあ。今こうしてゆるく打ってるのもこれはこれで本気のような気もする。だが本当は1%もそうじゃないのかもしれない。大会の試合では? シンヤとやったときは? 森勇一とやったときは? 手を抜いてるわけじゃない。どれもこれもそれはそれで必死こいてる。だが元決闘師の俺がこの場で本気を出すってのは、どこからどこまでが本気なんだ? 相手を後ろから殴りつけることが正当化される世界にいた俺にとっての、本気ってのは今どこにある? そしてそれは、いいもんなのか?)
「この話の教訓ってわかるか?」 「……やったら報いが来る、とかですか?」
「後ろから殴りつける相手は選んだ方がいいぞってこった。バカはいる」
「それは……そうですね。そうですよね。(なんなんだろう。いったい)」
 ストラは一回深呼吸した。そして盤面を見回す。なんのために?
(決闘の合間に話をするどころか話の合間に決闘してるようなもんになっちまったな。このままいくとこっちが不利ってかもうすぐ負けるな。相手の場にはブラマジが1体。さってと……)

そんじゃあ、少しばかり遊ぼうかお嬢ちゃん

 ストラの表情が変わる。彩は「うそつき」と思った。何が怖くないだ。ピリピリとした空気。適度に緩むことで、逆にいつでも飛びかかれるような凄味のある態勢。彼はカードを1枚伏せてエンド宣言した。「怖い」、そう彩は感じたがこの機会を逃そうとは思わなかった。彩はデッキからカードを1枚引くと、長考する。手札に入ったのは《魔導戦士 ブレイカー》。壁はゼロ。相手の残りライフはたったの2700。このカードを召喚して《ブラック・マジシャン》とともに殴れば勝てる。しかし相手の場には2枚の伏せカード。現状で狩れるのはブレイカーによる1枚のみ。彩は考える。既に《激流葬》は落ちている。となれば警戒すべきは《聖なるバリア−ミラーフォース−》。《次元幽閉》やら《炸裂装甲》やら、単体除去ならしょうがないとしても、反射鏡だけはなんとしても避けるべき。有利とは言え先手を取ってガンガン攻めた分資源は尽きかけている。ここで全体除去を食らうのは不味い。しかしどうすべきか。確率は1/2より下には下がらない。《聖なるバリア−ミラーフォース−》がいまだデッキの中で昼寝をぶっこいている可能性も十分だ。しかし彩は繊細なタイプ。加えて、ストラの凄味がこの状況を軽く考えさせることから彩を遠ざける。どうする? 《ブラック・マジシャン》単体で仕掛けつつ《魔導戦士 ブレイカー》を温存するかそれとも勝負を仕掛けるか。最後の一歩がゴールに届くかどうかの瀬戸際。彩はある程度意を決し、カードを切った。
「《魔導戦士 ブレイカー》を召喚」
 だが、ストラはここで動く――
「そこだ! 《血の代償》を発動!」
 彩の思考を切り裂く一打――
(メインフェイズに《血の代償》!? これって)

 彩のターンにおいてはバトルフェイズにしかその真価を発揮できない《血の代償》をメインフェイズでひっくり返したストラ。彩は一端足踏み。再考を強いられる。ストラの場にはモンスターがいない。仮に《血の代償》で守るとすれば、彩の攻撃宣言時に通常召喚を行いバトルをリセット、壁を展開して攻撃を凌ぐ筈。だが何か解せない。別にここでひっくり返す必要はない。ブレイカーに割って欲しいだけではないか? 本当は手札に通常召喚可能なモンスターがいないにも関わらず注意を惹きつけるための寄せ餌なのではないか? むしろ問題は残り1枚の伏せカード。《血の代償》の真偽を問うためには攻撃宣言が必要になるが、攻撃宣言した瞬間《聖なるバリア−ミラーフォース−》を使われるのが彩にとっては最も警戒すべき展開。このとき、知らず知らずの内に彩は最悪の想定の中にどっぷり浸かっていた。読みを働かせることが、逆に人を弱気にする。結果、彩は未知の伏せカードを破壊する一手を選択。
「ブレイカーの効果を発動。その伏せカードを破壊します」
「甘いな。《八汰烏の骸》を発動。デッキからカードを1枚引く。長くやろうぜ」
 ストラはまだまだ潤沢なデッキを指でトントンと叩き、彩にアピールを決める。
(実質《血の代償》だけでエンドしてた? そんな状況で代償を見せるなんて)
 ストラは自分のターンで通常召喚権を行使しなかった。にも拘らずこの展開。
(裏表のないやつの裏はとりやすい……が、うまくいくもんだな)
 実は結構冷や冷やものだったが、それをみせる男でもない。
「……バトルフェイズに入ります」
(さあて、そろそろ仕上げと行こうか)

「どっちから仕掛けるつもりなんだ?」
(あ、そうだ。《ブラック・マジシャン》で仕掛けるか《魔導戦士 ブレイカー》で仕掛けるかで戦況は変わりうる。一端攻撃宣言してしまえば《血の代償》でいったんリセットしたとしてもそのモンスターで攻撃するかどうかをまず選ばなければならない。どっち? どっちが正解? 正解とかあるの?)
(おーおー敵の言葉を素直に聞いちゃって。さあてどうなるかな)
 ストラの手札は3枚。このとき彩には選択肢が2つ。それはブレイカーで先に殴るか、マジシャンで先に殴るかの問題。理論上の最高打点を重視するならば、ブレイカーで先に殴る方がマジシャンのダイレクトへ可能性を繋げる分魅力的だ。ストラの残りライフは2700。《早すぎた埋葬》さえ封じるこの選択肢には価値がある。しかし相手の壁が守備力2000の硬物だった場合二度手間の上に戦闘ダメージゼロ。あるいは、相手の壁が《執念深き老魔術師》のような地雷系除去だった場合、追撃に残しておいたマジシャンが破壊されこれまたダメージゼロとなる。この点、マジシャンで先に仕掛ければ、相手の壁が《執念深き老魔術師》だったとしても低打点のブレイカーを除くかあるいは1600のダメージを甘受してマジシャンを除くかの二択を迫れる。無論これはストラが2枚目以降のモンスターをもっていれば、あるいは無意味になりかねない読みではある。しかし無意味にならない可能性の為に、決闘者は頭を、心を、精神を研ぎ澄ます。研ぎ澄まして答えを出す。出すしかない。
(私を躊躇させるためのブラフかも。それにもう時間がない。ここは……)

「《魔導戦士 ブレイカー》でダイレクトアタック!」
「500支払って《血の代償》を起動。壁をセットだ」
「《魔導戦士 ブレイカー》で守備モンスターを攻撃!」
 結局、彩が選んだのはハイリスクハイリターンな方だった。だが、それは必ずしも彩が積極的であることを意味しない。むしろ彩は恐れた。削りきれずストラの手札から反撃の手が伸びる未来を恐れた。どっしり構えて受けて立つことはできないという恐れ。だがそれは、そんな彩の状況を冷静に読み取った上で、ちょっとしたしぐさや瑣末な言葉でその焦りを深化させたストラの望む図式――
「《クリッター》だ。墓地に行ったことで効果発動!」
 ストラはデッキから《墓守の偵察者》を取り出し、右手でぷらぷらと彩に見せる。そのまま、マジシャンの攻撃宣言を一々待つのも面倒とばかり、再び《血の代償》を発動。テンポよく流れるように裏守備をセット。結果として、彩の読みはくたびれ儲け? そんなことはない、彩はそう思う。後に高打点の《ブラック・マジシャン》を残したことで墓守1体は確実に破壊できる。気を取り直した彩は《ブラック・マジシャン》で裏守備を攻撃した。

だが、それがまずかった。

悪く思うなよ。《スフィア・ボム 球体時限爆弾》起動!

 おかしい。あのとき、ストラは右手に墓守を持っていた。なのに出てきたのは《スフィア・ボム 球体時限爆弾》。彩は青ざめた。そして数秒考えた後、答えが出た。そう、ストラは、左手の決闘盤にカードをセットする際に通過する、左手に持っていたカードと右手に持っていたカードを入れ替えそのまま決闘盤にセットしたのだ。口で言うのは簡単だが、実際にはかなりのテクニック。牙をむく、とはこういうことをいうのだろうか。過去にも、ショウやディムズディルが似たようなことをしている。相手がよそ見した一瞬の隙をついたショウ、相手の心理的盲点を見抜きねじ込んだディムズディル、予め培ったそのための技術で盲点を生んだストラ、三者三様だが、共通しているのはどいつもこいつも油断も隙もないくそったれだということ。
(うっ……ブレイカーはもう中古。破壊はできない)
「ターンエンド」
「ドローだ。手札から《アームズ・ホール》を発動!」
 流れるような動きだった。《巨大化》をサーチしたストラはそれを彩の《ブラック・マジシャン》に装着。更に《洗脳−ブレイン・コントロール》を発動。《ブラック・マジシャン》のコントロールを獲得。そのままの勢いで《魔導戦士 ブレイカー》を撃破し3400ダメージ。この間約一分。勝負は……決した。
「5・4・3・2・1……嬢ちゃんのスタンバイフェイズ。《スフィア・ボム 球体時限爆弾》の効果を発動」
 《巨大化》した《ブラック・マジシャン》が爆破されたことで5000ダメージ。先の3400ダメージと合わせて8400ダメージ。400のお釣りを伴う逆転勝利。終わってみればあの一言……「もうちょっと遊ぼうか」に翻弄された格好。ダルジュロス=エルメストラ式の、詐欺のような決闘である。
「このくらいディムズディルやエリー(うちのバカども)なら軽くいなすぜ」
「そう……ですか」 「でもよ」 「え?」 「今日は今日で楽しかったぜ」 「楽しい?」
「嬢ちゃんみたいなやり方、俺は嫌いじゃない。それに今日は単に俺がセコかっただけだ」
「え?」 遠方から訪れた決闘者、ダルジュロス=エルメストラは少し遠くを見て彩に語った。
「嘘つきには正直者が必要なんだよ。嘘つきのエゴっちゃエゴだけどな。俺らはこんなだからさ」
「……」 彩にはよくわからない。だが、少しだけ楽な気分になったのも事実だった。
「あ、あの……勉強になりました。ありがとうございます」 「よせよ。せこいだけだ」

(あーあ。雑魚をいくら切って捨てても……でもやらないよりは……高いとこにいないと」
 己のミスの清算(のようなもの)を一通り終えた智恵。一息つくためしばしの離脱。
「ん? あれって……」 そのとき、智恵の眼に入る見知った影――

ミズキ?



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
病気やら多忙やらアレやらで更新遅い上にミスも多い上に牛歩と三重殺でごめんなさい。これでもかなりショートカットしてハイペースでやっているのですがカードゲームの神様はいかんともしがたく、それでも読んでくださる読者諸兄には感謝すること金字塔のごとしです。これからもなんとかかんとか形にしたいと思いますのでポレポレカードゲームをしようぜ! つうかカードゲームしようぜ!


↓今週おもろかった? 一言でも二言でもテンションゲージの上昇に力をお貸しください。更新力の源になります。いやマジで。






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