「あいつは幸せ者だよ。だからどうしたって話だけどな。さ、帰ろうぜ」
 翔とエリーの一戦を一通り見届けた勇一は、そう傍らの智恵に告げた。
「ユーイチ……」
 智恵は少しだけ不安だった。何故だろうか。他方、勇一は黙っていた。
(確かに、真正面からぶつかり合う、高いレベルではあった。だが、それだけだ)
 勇一は考える。なにを? たった1つのことを。自分が向かうべき到達点を。
(いいよなあおまえらは。負けてもいいんだ。だけど、そんなのは無鉄砲なだけだ)
「おいみろよ、森勇一と東智恵」 「あ、あの! かつて日本を〆あげた高校生!」
 と、耳元へ飛び込む声の群れ。勇一はふと思う。この、無駄なテンションについて。
(世の中、かまいたくもない連中が多過ぎる。しかも、そんな奴に限っていつもいる)
「ねえユウイチ、次の試合だけどさ……」
「あのさ。後にしてくれないか」

                           ――――

 エリーは引っ込んだ先で泣いていた。なぜだろう。自問自答するまでもなかった。
「当たり前の結果……。だってそうじゃない。五分に近い闘いなら、一度でも揺らいだ自分に勝利の女神がほほ笑んだりはしない。なんで、なんで私はあんな……」
 エリーは左手を振り上げ、壁に向かって振り落とそうとする。しかし、それはすぐに阻まれる。
「やめとけ」
「アキラ」
「デュエルディスクが壊れる」
 アキラの言葉は、少し突き放したようだった。
「……今、それを言うの? そんなこと!」
「悪いけど敗者の気持ちは腐るほど知ってる。今さら一々同情できるかってんだ。それに、今のおまえに同情なんかいるのか? 同情してほしいのはむしろこっちだっての」
「え?」 「いい勝負だったよ。俺が言いたいのはそれだけだ」
「……」 「つきあってくれたもんを壊したいなら勝手にしろ」
 エリーは駆け出した。一つ言えること。それはエリーについて語る一つの時間が終わったということ。彼女の歩みについて再び語る日が来るか否かはもはや誰にもわからない。ただ一つ確実に言えること。それは、ここからしばらくは彼らの時間だということ――
「走れるなら走ればいいし、泣けるなら泣けばいい。そういうもんだろ、たぶん」
 アキラは追わなかった。泣けばいいのだ。涙腺が枯れる頃に立ち直ればいい。
「右手に持っていた最後の1枚、引いていたのは《神の宣告》か。おせっかいな神様だ。そんな偉そうな神様。蹴っ飛ばしてぶん殴って明後日の方向に投げ飛ばしちまえばいいんだよ……ったく」


第52―1話:頂点症候群(ジーナス・シンドローム)



「ローマ。ローマ=エスティバーニ、か。ローマ。ローマ。ローマ。ローマ……」
 信也は憂鬱な表情で歩いていた。向かう先はカードショップ。誘われたからという理由でそこへ向かって歩いている。誘ったのは彼の先輩。高校生最強の決闘者。特に誘いを断る理由もなかった……いや、厳密にはとある問題により油を売っている場合ではなかったのだが、その問題に対してなにをどうすればいいのか全く分からなかった信也は結局先輩と一緒にいることを選択した。流されるまま、というやつだ。カードショップへ向かう途上、彼の頭は自分を完膚なきまでに負かした男のことで一杯だった。消えない。いつまでたっても消えない。消えたと思ったら嫌なところで顔を出す幻影。山の頂に達したと思ったあの瞬間、最高に決闘を満喫していた筈のあの瞬間、信也は塵芥のごとく吹き飛ばされた。信也は自分の掌をみる。いつもと変わらないはずの掌。しかし今は、それが自分のものではないように感じられた。酷くよわよわしい、頼りない掌だった。何も掴んではいない、よわよわしい掌だった。

「それで、女の子を誘ってどこにいくつもりなの?」
 ところで他方、信也と同じ場所へ向かう2人の男女。
「カードショップ。最近オープンだか移転だかしたらしい」
 味気ない会話。勇一と皐月。珍しい組み合わせかもしれない。
「ああそう。チエを誘えば?」 「日が悪い。たぶん疲れる」
「姉さんは?」 「なんでも馬鹿を一発殴りに行くと言っていた」
 勇一はそっけなかった。彼は、空を見上げながら皐月に言った。
「おまえが一番暇そうだった。誰よりも、ヒジリよりも暇そうだった」
「暇そうにみえるだけだと思うけど。それなりに忙しいんだけど」
「だったらついてこなけりゃいいだろサツキ。結局暇なんだろ?」
(そういえば。確かに言われてみると反論しづらいかも。ああやだ)
 味気ない並列歩行。勇一は淡々と説明し、皐月は溜息をつく。
(もう少し味のある会話をすればよかったかな。いかんいかん……)
 軽く思い直す勇一だが、そうこうするうちに目的地が見えてきた。
「おっ、ついたぞ。カードショップ『ヘブンズアッパー』」

「……」 「……」

「『ヘブンズアッパー』?? え、ええ!? ちょ、ちょっ……」
「なんでそんなにてんぱるんだ? ここは初めてなんだろ?」
「いや、なんか、ちょっと……ちょおっと引っかかりっていうか……」
 記憶。思いだしたくはないが、思いだした方がよさそうな記憶。
「どうせ移転前にでも行ったことがあるんだろうさ。お、いたいた」
 勇一が指をさすとその先には見知った顔。彼はぺこりとおじぎしていた。
「あ、シンヤくん。なあんだ、あの子も誘ってたの? 実は他にも?」
「コウジも呼ぼうかと思ったが面倒くさかったんであいつだけだ」
「どうでもいいけど、さっきから機嫌悪そうにみえるのは気のせい?」
「そんなことはないぜ。いつものおちゃめな森勇一だ」
「別に普段おちゃめで通ってないと思うんだけど……」
「わかったわかった。兎に角だ。笑顔を大事にしよう」
「なにそれ」 勇一はどこか物憂げに見えた――
(作戦名:笑顔を大事に。笑顔笑顔……)

「正直に言えチエ。おまえさ。あの大会への招待状をもらったとき、破るつもりじゃなかったか?」
「え?」 「だけど、破ったところで俺のところに直接電話がきたら泥沼。だから破らなかった」
「よくわかんない。言ってること」 「チエ、おまえは……俺が負けると思っているんだろ」
「私はユウイチのこと信じてるよ」 「俺があいつらに負けると思ってるんだろうが!」
「違う!」 「違う?」 「あいつらじゃない! あいつ! 複数形じゃなくて単数形。あいつ1人」
「なに?」 「問題なのはアキラよ。あのアキラが、本気で万が一をやろうとしているのが!」
「チエ……?」 
「アキラは少しでも敵に弱さを見せたくなかったから、ユウイチは気がついてなかったかもしれない。だけど私は知ってる。大会のことを知る少し前から、最後の最後だからこそ、全てを込めてユウイチを倒そうとしてもがくアキラの姿を。そりゃ私だってアキラがどうなろうがユウイチに勝てるとは思ってない。だけど、だけどみたでしょ! アキラはあのディムズディルと接触してしまった。そして寺門吟を倒し、私を……東智恵を倒した。今のアキラは化学反応を起こしつつある。危険な相手になりつつある」
「だからどうした」 「ユウイチはアキラに負けちゃ駄目なのよ! 追いつかれちゃ駄目なのよ!」
「そういうことか。おまえの言いたいことはわかる。わかった上で何の問題もない」 「わかってない!」
「アイツは多少マシになったかもしれない。だが俺は負けない。“追い続ける者”“見上げる者”であったあいつに負けることは、確かに我慢ならないかもしれない。俺は上にいなければならない。同じ年の、同じ釜の飯を食ったあいつ(一緒に飯を炊いた覚えはないけどな)、俺を超えると公言して憚らないあいつ、そんなあいつにこの大舞台で負けることはプライドに触るかもな。だが、負ける理由がない。チエ、おまえが負けたあれ、あれはおまえのミスだ。おまえはふってわいたあいつに対して殺気を押し出すあまり舞い上がりすぎていた。その尖った鉛筆の芯の先を叩き折られただけだ。あの試合、俺なら勝てていた。あれはおまえが悪い。あいつの攻略法はすでに見えている。」
「でも! だけど! 仮にそうだとしても! ユウイチは……」
 智恵は口をつぐんだ。一瞬大声で言いそうになったことがある。しかしそれを言ってはならないと瞬間的に思い直した。言えば逆効果になる。勇一と智恵の認識は、噛み合ってるようで微妙にずれていたのかもしれない。もっとも、そのずれが深刻か否かは今は、まだ誰にもわからない。1つ言えることは、智恵は既に勇一の機嫌を損ねていたということである。勇一は黙って立ちあがり、智恵から距離を置いた。

(チエは他人を信用しなさすぎる。それだけの話。明日になればまた笑って近づけばいい。さてと……)
 勇一は堂々と―もっともカードショップに入るのに一々乙女のように恥じらうカードゲーマーなどはこの世にそうそういないだろうが―ドアを開けた。カランカラン、とドアにつけられた打楽器もどきが鳴り響く。普通だ。勇一がこの店に入るのは初めてだった。大会会場までの通り道に慎ましげな店がオープンしたことを知った彼は、その新規店舗がそうそう殺伐としていないことを期待していた。別に面白いことが起きる必要などない。彼が期待するのはつまらない空間。つまらない空間も、つまらないとしって臨めばそれなりに骨を休めることができるだろう。彼はそう考えていた。勇一は一端振り返って皐月と信也の方を見た。そこには、当然のことながら何一つ驚きのない光景、眉一つ動かさずカードショップに入るカードゲーマーという実にありふれた顔があるはずだった。が、何かがおかしい。信也は普通だ。いや、普通に決まっているのだ。だが、なぜ、なぜ皐月は茫然自失としている? 勇一はこのとき嫌な予感を覚えた。一瞬、2人の手を掴んで速攻で帰るという選択肢すら想定した。無論、何の物理的根拠もなくそんな脳外科行きの愚行に走る彼ではなかったが、現に今、皐月は普段より《突進》一枚分大きな声を出していた。

「あーっ! あの顔、いつぞやの、クラッシュビークルの天超! なんでここに!?」
 皐月が大声を出すのはそういつものことではない。店長? いや違う。『天超』!
「て、天超だって!?」 (なんだなんだ? 皐月をつれてきたのは人選ミスか?)
 驚愕。『天超』に反応した店長はすぐさま皐月の肩を掴み、軽く、いや、激しくゆすった。
「き、きみ! 天超のことを知っているのか! 知っているのか!? 教えてくれ!」
 勇一は勿論信也にもなにがなんやらさっぱりな状況。これはいったいなんなんだ。
「へ?」 「サツキさん?」 「い、いや……ていうか貴方が店長っていうか天超でしょ?」
 当然の疑問。しかし店長は首を横に5回ほどふると、烈火のごとく弁解を始めた。
「い、いや実はあの天超は店長の偽物だったのだ。よくみてくれ、なんか違わないか?」

「そういえば、特徴は同じだから思わず声をあげたけど、よくよくみると……別人?」
「サツキさんはいったい何を話しているんでしょうね」 「静かにしろ。聞きとれない」
「そう、別人! あの天超は恐ろしい男だった。店を破壊し、常連を奪い去り……」
「警察行けば?」 「いや、それはその……なんだ? ……うん、まあ、いいじゃないか」
「?」 店長は押し黙った。理由:普段がやましかったから。今回の移転も、“なかったこと”狙いだ。
「もういいサツキ。これ以上話をあらぬ方向に広げるな。無駄に疲れる。スルーしてくれ」
 勇一が釘を刺す。皐月も了解した。結局、すべては聞かなかったことに。店長もその空気にのった。
「そんなことより! 今日はセール中だからね。いい具合に値段も下がっている。みていくといい」
 まるで、悪夢を清算したがっているかのような店長に対し、これ以上の追及は酷だった。。

「サツキさん、なんなんですか?」 「説明してもしょうがないからノーコメント」
 正確には「言語化する自信がない」。どうやって言語化すればいいものか。
「兎に角、昔の話ってわけだ。それならそれでいい。さ、いこうぜ……」
 勇一は興味を示さなかった。どうでもいい。彼にとってはそれで終わりだ。
「そうね。でも。あんま人いないわね」 「そりゃ、この時間帯じゃなあ……」
 勇一はあたりを見回した。すると、勇一はニヤっと笑った。
「そうでもないな。あれでいいだろ。デッキももってる」
 勇一が指をさすと、そちらの方角にちみっ子がいた。
「さ〜て、不肖の身ながら挑戦させてもらおうかなっと」
「え? 本気? 相手はちびっ子よ? いいの?」
「いいよ。どうせ昨日1枚3秒で組んだようなデッキだ」
「へえ……」 「サイドボードもな〜し。ぬるいだろ?」
「まあ、ね」 「ぬる〜い決闘をやりたいこともあるんだよ」
(え?) そう語る勇一の横顔には、多少の影がさしていた。

「先攻はそっちにやるよ。さ、勝負だ勝負。しんけんしょうぶ」
 勇一は既に交渉を終え、子供と勝負?に入っていた。
「約束だからね! 勝ったら好きなレアカード5枚くれるって」
 どうやら物でつったようである。流石は森勇一である。
(ああ、くれてやるよ。シンヤのライダーとかをな)
 無論自分のカードを出す気はゼロであった。
(安心しろ信也。おまえのレアカードは俺が守る)
 勇一が言いだなさければそもそも危険はゼロだ。
「いくよ! ドロー。手札からカードを3枚伏せてエンド」
(いきなりスペル3枚伏せ。いいぜいいぜ。気楽でいい)
「ドロー……(さ、て、と、なにやってもいいんだ、が……)」

(ユウさんにもああいうところがあるのか。ぬる〜い決闘。そりゃユウさんは満遍なく強いからそれでいいかもしれない。だけど、僕にはそんな余裕がない。僕は……僕は……)
 信也は焦っていた。何に焦っていたのか。何もできないことに焦っていた。本当はこんなところにいる場合ではない。だが何をやればいいのかがわからない。ふと気がつくと、彼はここにいた。ひっそりとしたカードショップに自分がいる理由などなにもない。彩に相談しようかとも思った。しかしそうはできない事情が彼にはあった。もしかすると先輩に頼りたかったのかもしれない。誰に? と、そんなとき、皐月が声をかけた。ヴァヴェリ戦のときもスパーリングにつきあってくれた、面倒見に定評のある先輩だ。
「それじゃ、私達もやらない? 確かに、気をうーんと抜いてやるのもいいかもしれない」
 気軽にやろうとの皐月の提案。しかし信也はそれに対して妙な提案を返した。
「すいません。最初の一回だけは、本気の本気、超本気でやってもらえますか?」
「え?」 訝しがる皐月をよそに信也は準備を整えた。
(どういうことだろう。そういえばどことなく元気がないようにみえる)
(もう一度確かめてみよう。もしかしたら、うまくいくかもしれない)

「じゃあ私の先攻。ドロー……」
 蒸し暑い夏の日の午後。しかしカードショップの中は快適だ。適度に涼しい空間。そこにいる人間に何の問題もなければそれこそ伸び伸びとやれるだろう。しかし皐月の眼から見て、信也はどこか思いつめたような表情をしている。何か悩みがあるに違いない。ヴァヴェリ戦に勝利して乗りに乗っていた筈だから、適当に考えるならその後のローマ戦だろうか。なんにしても、面倒見のいい皐月としては信也の頼みを無下にはできなかった。いい先輩として、相談事にものってあげるべきだった。故に彼女はカードを引く。そして手札から《暗黒界の狂王 ブロン》を攻撃表示で召喚。どうせ手の内は知られている。セットでちまちま隠すのも実益に乏しい。手札に壁がない以上下級アタッカーを壁代わりにするのがむしろベター。無論やられる可能性も織り込み済みだ。彼女は1枚セットしてターンエンド。可もなく不可もない立ち上がり。
「シンヤ君、少しはデッキに幅ができた? コピーだけじゃ勝てないわよ」
「デッキの調整くらいは元から―まあわりと最近ですけど―でき……ますよ」
 信也は若干棘のある調子で喋りはじめたものの、喋り終わる頃には先輩をきづかってかいつもの調子を取り戻そうと努めていた。信也は手札から《神獣王バルバロス》を召喚してそのままバトルフェイズ。序盤の信也は受けにまわると予想した皐月だが、むしろ序盤から激しい展開。バルバロスの槍がブロンをぶち抜く……やはり信也の眼は殺気立っていた。相手が先輩ということで抑えようとはしているのだろうが、にじみ出るような殺気は隠しようがない。彼は、いったい誰と闘っているのか。少なくとも、先輩とフレンドリーに戦おうとしているのではないのだろう。彼女はそう思った。
「どんどんギアをあげていくわよ。ちゃんと止めないとすぐ終わっちゃうからね」
「そうしてもらえると助かります、」
 助かります、と言われる嬉しさ。本当は皐月だって悩んでいる。そもそも誰であっても悩んだりはする。だが他人の人生につきあっているときは自分を見ずに済む。皐月は暗黒界特有のSSで高速戦を仕掛けた。信也は《スケープ・ゴート》で防ぐが、手数の多い皐月ならすぐさまジンギスカンにしてしまうことだろう。
(流石に先輩の攻めは手強いな。だけど、あいつらはもっと強い。もっと……)
 信也の目の色が変わる。普段は謙虚でそれなりには礼儀正しい信也が持つもう1つの顔。内に秘めた、色の定かではない情熱。信也はオールラウンダーらしい臨機応変の防御で皐月の攻めを少しづつ押し返していく。そうこうしている内に4周が経過。徐々に、皐月の顔から余裕が消える。
(違う。いや、違わないのかな。信也君は強い。姉さんにも勝ったことがある。このくらいはできるんだ。この子は、目に見える突出した才能はないけど、どこか違う……)
(いける。大丈夫だ。このまま皐月さんを倒してはずみをつける)
(だけど年上として簡単に負けたくはない。ここは一気にとる)
 皐月は手札から《暗黒界の取引》を発動。手札交換のタイミングでゴルドを落として特殊召喚。更に《死霊騎士デスカリバー・ナイト》を展開。信也に更なる追撃をかける。
「やっぱり、一筋縄じゃいきませんよね。先輩とやると」
「姉さん程じゃないでしょ?」 「また違った手筋ですから」
 皐月は姉と争わない。付かず離れずで姉に勝負を挑まない。口でも腕でも。皐月が必要とするのは? ポジショニングだ。最強のチームの中堅。十分だ。それ以上はやけどするだけ。
「でも、僕もそう簡単にはやらせませんよ。いきます! ドロー!」
(追いつかれる。追いつかれたら……追い抜かれる……当然ね)
 しかし思うことがある。中堅でいいという考え方が、既に遅れているのではないか。周りは日進月歩で進化し続ける。新たな強豪も現れ、周りはそれを迎え撃つべく切磋琢磨する。瑞樹はディムズディルに敗れた。しかし意外なことに瑞樹はリベンジに燃えている。彼女なりに帰するものがあるのかもしれない。それがなんであれ、周りは刻一刻と変化している。今に置いて行かれるのではないか? 最強だった翼川高校の中堅におさまったのはたまたまかもしれない。より上を目指すモチベーションなどこれといってない。ライバルもいない。友人関係もほどほどに希薄だ。ただ、同期や後輩にはよく頼られる。それが西川皐月という人間である。彼女の眼に、頂点とはどう映るのだろうか。それは彼女のみが知ること――
(《D−HERO Bloo−D》をここで出すか? それと帝でまわすか? どうする?)
 他方信也は決闘に集中していた。いや、正確には決闘に集中しようとしていた。まるでなにかを幻影を振り払うかのように。集中しようとすれば集中しようとするほどに、信也の心は擦り減っていく。
「《E−HERO ヘル・ブラット》を特殊召喚。そして手札から《黄泉ガエル》を通常召喚。更に800ライフを支払い《洗脳−ブレイン・コントロール》を発動。《死霊騎士デスカリバー・ナイト》のコントロールを得る。この3体を生贄に捧げ、《D−HERO Bloo−D》を特殊召喚」
(なんだ。調子いいじゃない。思いつめるとミスがでやすいものなのに)
「効果発動。《暗黒界の武神 ゴルド》を吸収。攻撃力を3050に!」
 しかしこのとき、皐月は気が付いていなかった。ソリットビジョンの後ろに隠れた信也の顔。それは怯えた顔だった。彼は怯えている。なにかの訪れにおびえている。
(勝てる。勝てる。攻撃して、反撃されて、でもまた攻撃、攻撃、攻撃……)
 彼は言った「バトルフェイズ」と。彼は言いかけた。「《D−HERO Bloo−D》でダイレクトアタック」と。しかし言いかけただけだった。言いきることはできなかった。彼の眼に映るのは――
(終わりだ! 全土滅殺天征波!)
 そのとき、信也の脳に黒い影――
「ダイレクト……ダイレクト……うっ」 「どうしたの? シンヤ君?」
 信也の手には震えが走っていた。カードが、ぼとぼとと手を離れ落ちていく。
「ハハ……やっぱり駄目だ。サツキさん、どーやら、僕はもう駄目かも知れません」

 ここにきてようやく皐月は信也を覆う黒い霧に気がついた。信也のそれは精神を脅かすだけでは飽き足らず、肉体の浸食までにまで及んでいたということ。信也は、ずっとあの男と闘っていた。
「思い出すんですよ。フラッシュバックっていうのかな。ローマにやられたときの、あの瞬間が頭にこびりついて、何かって言うと……とりわけデュエル中に顔を出す。それで、思い出すと、どうしようもなくなって、悔しさと、恐怖が入り混じるようになって。今までだって何度も負けたことがあるのに、なんで今回だけ……」
「それって……(ローマのアレは傍目にも強烈だった。しかもあのとき、破壊されたのはどれもシンヤ君の場のモンスターばかり。つまり、シンヤ君は“あれ”をもろにくらったということ。そして信也君はあのとき失神した。だから、起きた直後は時間的空白によって普段通りふるまえた。空白による状況把握の欠如があの場での決壊を曖昧にした。だけど、一度刻まれたショックは決して消えない。ある種のきっかけでそれを思い出し、過剰な緊張状態が生まれる。たとえば今回は、接戦時において、大ダメージを与えるダイレクトアタックという局面で誘発された。それが決闘の停止を引き起こすとしたら……)」
「こんなんじゃ、こんなざまじゃローマへのリベンジどころか、アヤにだって勝てやしない」
 爆弾。それも、激しい闘いになればなるほどに爆発の可能性が高まる爆弾――
「かわってあげられるものならかわってあげたいわね。ていうかかわってほしい、かも」
「え?」 「あ、なんでもないなんでもない。そんなことより、それ、かなり深刻じゃない」
「頼みがあります?」 「え?」 「アヤにはこのこと、言わないでもらえますか?」
「あ……わかった」 「助かります」 「だけど、どうするつもりなの?」
「なんとかしますよ。なんとか。できなければ、僕は本当にポンコツだ。勝てっこない」
(こういうのを本当に“負けたくない”とか“勝ちたい”とかっていうんだろうな。私だって本当は誰にも負けたくない。当たり前。負けたい人なんていない。だけど私のはポーズ。相手が可愛い後輩だろうと姉さんだろうと本当は負けたくなくて、でも、どうにもならないからせめて自分のポジションを保ちたくて。それが目的にすり替わって。シンヤ君には今はっきりと対戦相手がみえている。“アイツに負けたくない”“アイツに勝ちたい”。私はただ心の底で“誰にも負けたくない”と思っているだけ。私にライバルはいない。目標もない。ただ引き摺り下ろされたくないだけ。ショウはたぶんそれに気が付いていたから、私とやる気が起きなかったのかな。エリーに勝負を挑んで、突き崩して、それでも納得せずに正面からぶつかって、負けそうになって、でも頑張って……嫉妬してる?)
「もう大丈夫です。落ち付きましたから。あれ? そういえばユウさんは?」
「ユウイチのデッキはカウンタースペルが主体だから。のんびりやってるんでしょ。どうせ」
「《神の宣告》!」 「ほらね」 「ほんとだ。なんか向こうもカウンターっぽいしそりゃ長いか」

「《マジック・ドレイン》を発動」 「(カウンターの打ち筋が甘いな) 手札から魔法カードを1枚捨てる」
「くっそー。まだあった!? それだったらもう……うあっ! ぜえったい負けねー。レアもらうからな」
「はは。流石に10年早い。だけどがんばればあと8年ぐらいには……」 「あと5分にしてやる!」
 勇一とちみっ子の決闘は当然と言えば当然だが勇一が主導権を握りつつも、それなりに白熱していた。なにかとぎゃーすかうるさいちみっ子ではあるが、それなりに聞きわけは良い。ルールミスを指摘したときもちゃんと説明すれば一応は耳を傾けてくれた。そのため、ちみっ子との会話自体はそれなりに楽しく、適度に肩の張りをほぐして決闘ができる……はずだった。なぜだろう。勇一の心に差し込む影……。
(妙だ。あのデッキのあの動き……。そりゃ負けはしないが、どうもこちらと噛み合う。この動き、この流れ、いやなくらいに覚えがある。くそ……折角気を楽にしようと思ったのによ……)
 嫌なイメージの出所はどこか。相手は小学生。プレイングも拙い。事実、勇一の方から“指導”する場面も多々あった。しかし、プレイヤーの未熟さとは裏腹に、妙に洗練されたものを感じるのもまた事実。決闘が終盤に移行するにつれ勇一は、なんとなくだが違和感の正体に気づきつつあった。
(バカバカしいぐらいに全てが読める。ちみっ子との決闘は意外なカードが醍醐味だろーに)
 色々面倒くさくなった彼は、本気で一蹴することを心に決めた。なぜ面倒になったのか。読めるのだ。彼には、次の一手が手に取るように読めるのだ。その高い洗練度と、妙な古臭さに裏打ちされた戦術が、手に取るようにみえるのだ。やってられるか。彼は内心でそうつぶやいた。
「さあ、これで、墓地には魔法が3枚に罠が3枚。召喚条件が揃ったことにより、手札から《風神ウインドゴッド》《雷神サンダーゴッド》を順次召喚する。風神と雷神、格好いいだろ」

《風神ウインドゴッド》
星8/風属性/炎族/攻2000/守1800
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の魔法カードを3枚ゲームから除外することで特殊召喚することができる。このカードが特殊召喚に成功した時、このカードにチャージカウンターを2つ置く。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、 「雷神サンダーゴッド」の守備力は800ポイントアップする。
このカードが戦闘を行ったターンのメインフェイズ、このカードに乗っているチャージカウンターを1個取り除くことで相手に1000ダメージを与える。
《雷神サンダーゴッド》
星8/光属性/雷族/攻1200/守1800
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の罠カードを3枚ゲームから除外することで特殊召喚することができる。このカードが特殊召喚に成功した時このカードにチャージカウンターを2つ置く。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、 「風神ウインドゴッド」の攻撃力は800ポイントアップする。
自分フィールド上のモンスターが相手の魔法・罠・モンスターの効果を受けたとき、このカードに乗っているチャージカウンターを1個取り除くことでその効果を無効にする。

「バトルフェイズ、《風神ウインドゴッド》でそこのトークンAを攻撃。メインフェイズ、《風神ウインドゴッド》の効果発動。チャージカウンターを取り除き1000ポイントのダメージを与える」
 風神は背中に背負っていた巨大な大砲を構えると、筒の部分が高速回転することによって周囲の空気を吸収・圧縮、その後相手に向かって一直線に開放。空気と侮るなかれ。その破壊力は絶大かつ問答無用。ガード不能の空撃が坂元のライフを削っていく。
「スペルカードを1枚伏せる。ターンエンド」

坂元大:7000LP
森勇一:4000LP


6周目
坂元大/ハンド2/モンスター2/セット1/ライフ7000
森勇一/ハンド2/モンスター2/セット1/ライフ4000

「ドロー……場のトークンBを生贄に手札から《雷帝ザボルグ》を召喚!」
(この打ち筋……効くかよ) 雷帝は両手に雷を貯え、解き放つ。しかし勇一には通用しない。
《雷神サンダ―ゴッド》の効果発動。カウンターを取り除き、フィールドのモンスターは破壊されない」
 雷神相手に半端な雷が効くはずもなく。雷神が背中にしょった太鼓の連なりはそれぞれが独立して動く防御フィールドとなっている。エネルギーの供給が続く限り、雷神が破壊されることなどありえない。
「バトルフェイズ、《雷帝ザボルグ》で《雷神サンダ―ゴッド》に攻撃!」
 彼の狙いはこちらだった。接近戦なら、戦闘破壊なら通用する、と。だが……。
「(おいおい。《突進》かなんかだろうが……)《次元幽閉》を発動!」
「あ……ターンエンド」 「ドロー……《風帝ウインドゴッド》でトークンCを始末する!」
「うあ……」 「風神の効果発動。チャージカウンターを取り除き1000ポイントダメージ」

坂元大:3200LP
森勇一:4000LP


7周目
坂元大/ハンド2/モンスター0/セット1/ライフ3200
森勇一/ハンド3/モンスター2/セット0/ライフ4000

「ドロー……(これだ! これなら……) カードを1枚伏せる。ターンエンド」
「(何か狙っているな。)ドロー……風神でダイレクトアタックを仕掛ける」
 勇一は敢えてここで雷神による攻撃を仕掛けなかった。仕掛ければ勝っていたかもしれない。攻撃力の低い雷神を攻撃表示にするリスクを避けた? いやそれよりも、確かめたいことがあった。

坂元大:400LP
森勇一:4000LP


「1枚伏せてターンエンド」
 雷神の鉄壁の防御に守られた風神圧倒的な攻撃。ライフが見る見るうちに削られていく。もっとも、坂元少年はただやられていたわけではなかった。彼は、最後の勝負に出る。
「ドロー。(よし!) 《地砕き》を発動。もっとも守備力の高い《雷神サンダ―ゴッド》を破壊する」
 単体除去の発動。カウンターを除くための捨て駒? だが勇一は別の読みをとる。
(相手の場には伏せが2枚。そんでもって手札と墓地には……みえみえだろうが、それは)
《雷神サンダ―ゴッド》の効果は発動しない。このカードをそのまま墓地に送る」
「え!?」 勇一の奇怪なプレイングに驚きを隠さない坂元。しかし勇一にはみえていた。
「それで、この後どうするんだ?」 「えっと……その……このままターンエンド」
「《サイクロン》。一応右端を破壊。ドロー。この一撃が決まれば俺の勝ちだ。どうせ残りは《天罰》だろ?」
 坂元は驚いた。エンドサイクを受けたのは兎も角、《天罰》まで読み切られるのはあまりにあまりだった。
「すごい! なんでわかったの?」 「バトルフェイズ、《風神ウインドゴッド》でダイレクトアタック」
 勇一は坂元に問いには答えず、風神の大砲の先を坂元に向け、迷うことなく発射した。

「なあ、そのデッキちょっとみせてくれないか? 少しでいいんだけどさ。ちょっと気になるんだ」
 決闘は勇一の圧勝で終わっていた。その勇一がみせてくれという。坂元は少し迷ったが貸した。
「サイドボードも……いいか? あるならだが(・・・・・・)」 「え? 別にいいけど。兄ちゃんどうかしたの?」
(なるほど。そういうことか) 勇一は静かに笑った。解けかけていた謎が完全に解けたからだ。
「ねえねえ、なんで伏せが《天罰》ってわかったの? 兄ちゃんエスパー?」
 勇一は少しばつが悪そうな顔をしつつも、しょうがないので解説した。
「あの場面での《地砕き》単発。手札もほとんど尽きかけな状況下でそんなことをする理由などそう多くはない。確かに除去の連打って可能性もあるだろうがそいつはもうあんま怖くない。むしろ墓地には手札コストで落ちた《冥王竜ヴァンダルギオン》が潜んでるんだ。となれば、《地砕き》に対応した雷神の破壊無効効果を《天罰》で更に無効化し破壊、“2体の”ギオンでパワーの落ちた風神を押し切る腹だと見当がつく」
「そっか!」 坂元は無邪気に納得した。しかし勇一は苦笑した。なぜであろうか。
(と、まあ説明すれば理屈はそうなんだが……わかるに決まってるさ。こいつは、昔々に俺が日本を制したときのデッキの完全コピーだ。サイドボード1枚に至るまで同じ。そりゃあ、わかるに決まってるさ)
「なあ、このデッキどうやって組んだんだ? 本当におまえが組んだのか?」
「え? すごいすごい。そうだよ。うちの兄ちゃんがくれたお古のデッキなんだ」
「そうかそうか。いいデッキだ。さぞいいお兄ちゃんなんだろうな。そいつは」
(いい“お兄ちゃん”。こういうのを自画自賛というのかな。まったく……)
 勇一は溜息をついた。息を抜こうとしたらもうこれだ。なんの嫌がらせだか。
「ああそーそー。さっきのトークン製造機はとっくの昔に禁止カードだ。覚えとけ」
 カードゲーム人口がえらいことになっているこのご時世、カードゲームを知らない旧人類でも知ってそうなぐらいには禁止だった。ちみっ子は多少戸惑ったがすぐに返事をした。いい返事だった。
(面倒くさいな。どうせ明日はギャラリーで一杯だろう。“森勇一”も楽じゃないな)
 彼に注がれる視線は常に強度のもの。そこには、嫉妬と羨望がつきまとう。
(アキラでもよんで試合するか……ハハ、俺は何を言ってるんだか。あいつじゃないか。今、一番うるさいのは。そうだった。あいつだ。あのめんどうくさいやつを今度こそ振り切るんだった)

(森勇一がゲームを終えたか。いい感じだ。こういう風でありたかった。この店は、こういう風に……)
 そんな勇一を横眼で見守るのは店長だった。彼は、この店の経営に際して、心に期すものがあった。
(元祖ヘブンズアッパーの乱。あれはまさしく乱とよぶにふさわしい代物だった。あの悪夢の一日は私を変えた。あれはあこぎな商売を続ける私への天罰だったのだろう。心を入れ替え、店を変え、再スタート。これからは善良な店主としてカードゲーム界の未来に貢献していこう。それが私の幸せにもつながり、ひいてはあの偽店長を慕って出て行った常連客を呼び戻すことにもつながるはず……)
「お、おまえたち! 私を置いてどこにいくつもりだ!」
「もうあんたのじめじめしたスタイルは古いんだよ!」
「そうだそうだ。この決闘戦国時代は今までのやり方じゃだめだ」
「決闘者に非ずんば人に非ずなこのご時世。目立つっきゃねえ!」
「これからは天超式の、はじけたデュエルこそがジャスティス!」
「俺達はもう鎖から解き放たれてた獣(けもの)だ! 音読みでいうとじゅうだ!」
「じゅう! じゅう! じゅう! 俺達は血に飢えたじゅうだ! ジュウデュエリストだ!」
「お、おまえたちーっ! いかないでくれーっ! おまえたちにいかれたら……戻ってきてくれぇ!」

 ヘブンズアッパー営業停止事件。それはかつてのヘブンズアッパーで起こった凄惨な事件。話を聞くだけなら下に(笑)がつきそうな事件だが、当の店長にとっては大打撃。しかし元々が悪さをして栄えた店だけに、自分のことは自分でどうにかするしかなかった。こんなとき助けになりそうなのは常連客だが、彼等は「あの偽店長、いやむしろ天超に輝きを見た。これからは店長よりもむしろ天超の時代だ」とかなんとかわけのわからないことを言ってジュウデュエリストに転身、店長の元を去っていった。店長は全てを失った。しかし、失った者は強い。彼は、心を入れ替え復帰した……。

カランカラン

 ドアにつけた鈴が鳴ると同時に、店長、メガンテ鈴木改めメガザル鈴木は満面の笑顔を浮かべドアの方を覗き込んだ。しかし、その瞬間血の気が引いた。反射的に、反射的にではあるが、嫌な予感がしたのだ。その男は、異様な風貌をしていた。何かがヤバい。だって、だってさ。包帯ぐるぐる巻きの男は怪しいだろ。彼はそう思ったが勿論口には出さなかった。そう、その男は包帯ぐるぐる巻きの包帯男だった。

「(さってと、そろそろ帰るかな。どうやら、ここも憩いの場というには……) おいおまえら……」
 勇一は帰ろうとした。何やら少し疲れた表情。しかし、彼はこの後、今以上に疲れることとなる。
(なんだ、こいつ……) 勇一の前には謎の包帯男がいた。当然のこととして、さっと身構える勇一。
「随分あっさり帰るものだな。森勇一。日本最高の決闘者として、腕をふるってはみないのか?」
「なに?」 勇一は男の顔をまじまじと見た。しかし心当たりどころではない。相手は謎の包帯男だ。
「何者だ? おまえ」 しかし包帯男は答えない。彼は、質問されたこと以外を答えた。
「今日はここで大会だ。どうせ今の時間帯では10人弱が精々だろうが……」
「俺に出ろというのか? 悪いがカードが足りないんだ。具体的にはサイドボードを忘れた」
 知らぬ者からも絡まれるのが有名税。しかしそんな気分ではない。相手が包帯男なら尚更だ。
「そんなものどうにでもなるだろう。それとも、怖くて逃げるのか? 森勇一ともあろうものが」
 あたりがざわつく。このざわつきは期待のざわつきだった。勇一は、溜息混じりにこう言った。
「包帯男の相手はするな、おばあちゃんの遺言だ。俺は孝行息子なんだよ。おいサツキ……」
 勇一は包帯男の前から足を引いた。そして、サツキのところへ退いた。どうでも、よかった。

「なにやってるんだ? おい、これってまさかここのミニ大会にでるための……」
 再度嫌な予感がした。こっちはこっちで、なにやら話が進んでいるらしい。
「実はね。信也君がカードゲーム恐怖症みたいになってるから、荒療治、かな」
「なんだって? 大丈夫なのか」 「大丈夫じゃないから、荒療治なのよ」
「成程な。それ自体はまあいいさ。だがな。謎の包帯男がでてくるぞ、それ」
「包帯男?」 「向こうがざわついてるだろ。あれだあれ。珍妙だろ?」
 ローマのことで話し込んでいた二人は、ようやく事態の重さを認知した。
「なにあれ」 「俺に聞くな。だから謎の包帯男だ」 「謎の」 「謎だろ」
「店長、いいの?」 「よくはないが、客だからなあ。はぁ……」
 カードゲーム全盛時代。貴人から奇人まで、とは言うものの。
「ヘブンズアッパー。天超といい包帯男といい、大変ね、この店」
 皐月は人事のようにそう言った。事実、人事には違いない。
(デュエルで店を破壊する変態と包帯男を同列に語っていいのか?)
 信也はふとそう思ったが、気にする余裕もなかったのでスルーした。
「それで、出るのか?」 勇一は心底嫌そうに言った。
「そうねえ。シンヤ君。ここはちょおっと遠慮したほうが……」
「でてくれ! 君、森勇一なんだろ! 頼む、出てくれ!」
 店長だった。彼は必死にそう言った。必死だった。
「なんでですか?」 「ほら、森勇一がいればなんとか……」
 どうやら謎の包帯男への防波堤にしたいらしい。最悪だ。
(おいおい。なんでこうなるんだか。そりゃいまやカードゲーム人口は日本を塗りつぶすほどになっている。だからカードゲーマーやってりゃいろんなやつにあうだろう。しかしだ。謎の包帯男はなあ。今までにもメガロックで天気予報やるやつとか賽で飛び跳ねるやつとか三幻魔で二次災害を起こすやつとか色々いたが、それとはまた別のもんだろ包帯男は。どうにか言い訳して帰るのがよさそう……ん?)
 そのとき、店内を光が包み込んだ。一瞬のことだが、何が起こったのか。
「ユウイチ、これって?」 「あれは……さっきおれとやったガキんちょ」

「なんでだ。確かにちゃんとしたプレイングをしたはずなのに。それなのに……」
 勇一の視線の先にはちみっ子がいた。ちみっ子は謎の包帯男と勝負してしまったらしい。これだから子供は好奇心が旺盛で困る。案の定酷い目に遭わされたらしい。
「勝てる道理などありはしない。この溢れる光の前に、勝てる道理がないのだ」
 勝ち誇る包帯男。いったいなにをどうやったのか。勇一はここを一刻も去る言い訳を考えるのをやめ、ちみっ子に近づいた。まったくもってくだらない、そう思いつつ近づいた。
「なにがあった? くわしく聞かせろ」 「光が……光がどばっと……」
「とるに足らぬ。とるに足りぬ雑魚等は生贄にすら達しない。去るがいい」
 包帯男は選別する。既に、3〜4人が店を追われていた。あまりの、恐怖に。
「困るよ君。いったい何をやったんだ!? 営業妨害なら帰ってもらうぞ」
「普通に決闘をするものをこの店は追いだすのかね。酷い店だ。噂になるな」
 店長はうろたえた。確かに不審な見た目ではあるがその実態は決闘。どうすべきなのか。
「店長、そろそろ受付始めましょ。いいじゃないですか。こいつは俺がどうにかしますよ」
「ユウイチ?」 「しょうがないだろ。ひとはだ脱ぐさ。おまえも出ろよ。どうにかするぜ」
「私も?」 「シンヤは使い物にならないんだろ。その分店のイベントに貢献してやれ」
「だ、大丈夫なのか?」 「さあ? サイドボード次第ですかね。それじゃ、準備します」
 のらりくらりな勇一に店長は気が気でなかった。謎の包帯男。客を討たれてはたまらない。しかし当の勇一はどこ吹く風で店内を歩き回り、あるものの前で足を止めた。
「こうなりゃやけだ。遊ぶだけ遊んでやる」

 トラブルへの覚悟を決める勇一。だがこの店を覆う暗雲がこれだけであろうはずもなく――

「ふっ、“ヘブンズアッパー”の看板は、俺達ジュウデュエリストグループにこそふさわしい」
 その頃、店の前には不良決闘者達がたむろしていた。その顔はかつての馴染み顔だ。
「ああ、俺達は既に“天超”の域に達した。足立区を〆た俺達の実力、たっぷり証明してやるぜ」
 彼らこそヘブンズアッパーの元常連グル―プだった。彼等は、天超に憧れるあまり店長と袂を分かつて以来、独自のやり方で近隣住民の迷惑も顧みず決闘活動を続けていた。そして自分達の力を確信した彼らは、遂にこのヘブンズアッパーに戻ってきたのだ。「俺達は既に天超の域に達した」、彼らの自信は、それこそ天にまで昇る勢いである。彼らはその勢いのまま店に入ろうとした。今日こそ旗揚げのとき……しかし彼らは知らなかった。カードショップの近くにたむろっているカードゲーマーほど狙われやすいものはないということを。カードゲーム戦国時代。彼らは知らなかった。ゆえに、その笑い声を聞いたとき、彼らは一様に間抜けな声をあげざるをえなかった。
「ぬわ!?」 壁によりかかる1人の紳士。2秒前にはいなかったはずの男だ。
「貴方がたが“天超”の域に? いやあ久しぶりに笑える冗談を聞きました」
 その紳士は挑発的な口調で喋り出した。得体のしれない、不気味なる男。
「な、なんだ貴様は! いつからそこにいた!」 「さあ? いつでしょう」
 彼はシルクハットをとって御辞儀をすると、片眼鏡越しに獣達を見据える。
「ふ、ふざけるな!」 「ふざけてるのは貴方がたでしょう。どうです? 一戦」
「なんだと?」 「天超の域に達しているなら、こんな挑戦屁でもないでしょう?」
 紳士がつきつけた挑戦状。ジュウデュエリストグループはこのとき決断を間違える。
「この野郎」 「やってやろうぜ」 「俺達の演奏を」 「てめえに聞かせてやるぜえ!」
 4人のジュウデュエリスト達はデッキを構え突撃した。しかし――しかし――
「やれやれ。小生、決闘は苦手なんですが……」 「な、なにい!?」

「ぐ……くそ。貴様、貴様はいったいなにものだ!? 歯が、歯がたたねえ」
 数分後、ジュウデュエリスト達は皆一様に倒れ伏していた。倒したのはこの紳士。
「私ですか? なんのことはない。通りすがりの決闘紳士ですよ。さて、中に入りましょうか」
 また1人、店に怪物が足を踏み入れる。そんな中、店長はミニ大会の開始を宣言していた。果たして、勇一は、皐月は勝ち残ることができるのか? 信也は、トラウマを克服することができるのか? 謎の包帯男の正体は? 店を訪れた謎の紳士とは? そしてなにより、カードショップ『ヘブンズアッパー』はこの先五体満足で営業を続けることができるのか? 待て、次回――

それでは、前の店舗から合わせて、累計第23回ヘブンズアッパー杯を開催いたします!




【こんな決闘は紙面の無駄だ!】
復帰初日はこんなもんかな。
そんじゃ、徐々にギアをあげていきましょうか。
これでも一応無駄なことはしないはずなんでご安心ください。
それはそうとこういう心底くだらない無駄な煽りを書いているときがむっちゃ楽しいです。



↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。



              TOPNEXT






































































































































































































































































































































































































































































































































































inserted by FC2 system