【5ランドマッチ第二試合】
エリザベートVS新堂翔


「静かだなあおい。だあれもさわがねえ。何の盛り上がりもないんじゃ当然ってか? なんとかしろよな」
 桜庭遥は愚痴混じりにそう言った。既に第二戦は始まっている。しかし、会場は静けさに包まれている。
(まるで時間が凍ってるみたいな空気だな。ここにいる連中は強豪揃い。それだけに、感じ取ってやがる)

「まだだ……まだ……」 “まだだ”、翔はそう呟いた。

「エリーの持つ神一重。ショウは、この先どうやって対抗するつもりなんだ?」
 アキラはエリーの、敵に回した時の厄介さを身をもって体験している。しかも今のエリーは、最初から自分の能力を最大化する布陣を敷いた上で勝負に臨んでいる。第一戦、エリーは常にショウをリードし続けた。ここでなんらかの手を打たねば、ずるずるいくのは必然――
「あるぜ。わりと単純な方法がな」 「え? ダルさん、それはいったい……」
「エリーの戦術は先手を取ることを前提する。ならその前提をくじけばいい」

【2周目】
ショウ:ハンド5/モンスター1(セット)/スペル0/ライフ8000
エリー:ハンド5/モンスター1(セット)/スペル0/ライフ8000

 翔は手札にある《E−HERO ヘル・ブラット》を一瞥。しかし、彼のとった行動は……。
「俺のターン……ドロー! セットした《E−HERO ヘル・ゲイナー》を生贄に捧げる!」
 翔は仕掛けた。それもただの仕掛けではない。初手から最強クラスのパワー・ファイター。
「初手からいきなり《偉大魔獣 ガーゼット》だって!?」 「見ろ! まだあるぜ!」
「800ライフを支払い手札から《早すぎた埋葬》。《E−HERO ヘル・ゲイナー》を場に戻す。ヘル・ゲイナーの効果発動! このカードをゲームから除外、ガーゼットに2回攻撃を与える!」
「そうか! エリーの、更にその先をいけばいい。超高速ビートダウンか!」
「バトルフェイズ! 《偉大魔獣 ガーゼット》でセットモンスターを攻撃!」
 相手の態勢が整わない内に仕掛ける。先手ゲーを超える先手ゲー。
(攻撃力3200の連続攻撃。それは、正しい。だけど、同時に悲しい)
 その時エリーはどんな顔をしていたのだろう。彼女は、セットを裏返した。

ショウ:7200LP
エリー:10000LP


 エリーのライフはたったの「1」すら減ってはいない。それどころか増えていた。
「《素早いモモンガ》。天使・光属性じゃない。ライフと頭数を増やすカード……」
 信也は改めて感じ取った。エリーは、徹底的に翔を倒そうとしているのだと。
「ああ。ある意味当然、誰でも考えつく最も見込みのありそうな闘い方だな」
 ストラの発言にはどこか含みがあった。そう、誰でも考えつくのだ。
「誰でも……まさか、それはつまりエリーも同じことを……だとすれば……」
 現にエリーはモモンガを展開した。それが意味することは単純だった。
「怖いのはこっからだ。無理に外そう外そうとすることで、自滅の道を辿る……」
「カードを1枚伏せるぜ」 翔はエリーを睨みつける。だが、それ以外に何もない。
(決闘者というのは、結局のところみんな怖い。だけど、私はそれを倒してのける)
 エリーは心に軸を定めている。その軸に基づいた、ある種論理必然的な決闘。
「ショウさんのデッキはさっきと同じ攻撃型の……【悪魔族】、あるいは【マリシャス・ビート】あたりか?」
 【覇王システム】搭載型悪魔族【マリシャス・ビート】。言うまでもなく、攻撃型のデッキであった。
「さっきと違ってみえるのは、強行軍を仕掛けたこと。怒涛の攻め上がり。しかし、こいつは……」
「初手から手札の最大攻撃力をぶつけるプレイ。だけど、僕の想像通りならそれは命取りだ!」

「私のターン、ドロー……です。手札から《平和の使者》を発動。攻撃力1500以上の攻撃を否認」
「やっぱり! 効果範囲の広いロック・カード! ショウさんの攻めを纏めて封じるつもりだ!」
「エリーの、あの闘い方は新堂にとって初見。となると超高速型を予め用意していたわけでもないだろう。デッキの流用、だろうな。だが、ただでさえ行動を読まれているんだ。こっからは苦しくなるぜ」
「高速型から超高速型へのプレイング転換、それは当然のリスクを含む。強引にも速さを追求するってことは、その代償として柔軟性や精密性を犠牲にするってことに等しい」
「攻めが大味に、大ざっぱになるな。そして大味な攻めは……大ざっぱな守備によって容易に防がれる」
「エリーは読んでいたんだ。ショウが戦力を序盤からつぎ込んで強引に勝負を仕掛けるこの二戦目の展開を。小細工を全て封じれば後は大味な力攻めが待っている。そこを纏めてズドン、てわけか」
 それはあたかも、相手を原始に退行させて最後にはゼロに戻すかのような決闘だった。確かに、勝負において速さは重要なファクターである。TCGにおいてもそれは同様。速さ、攻めるにしても守るにしても必ず一定以上の速さは要求される。しかし速さを求めるということは、終局的には単純化を極めることに繋がり、最後には終点に達してしまうということをも意味しかねない。そして翔は今、求めさせられた、ということになるのだろうか。しかしその単純化の先にあるのはゼロの世界。プレイングもタクティクスもない、ゼロの世界だ。

「先程までとはエリーの動きが違う、か。どう考えてもセカンドデッキだよな。それも、ロック系か?」
「じりじり攻めながら相手の動きを悉く潰してきた前回に比べ、今度は完全な守備傾倒、ですね」
 アキラとシンヤが分析するように、エリーは第2デッキを使用。それは予定調和だったのか。
「一方のショウはパワーで無理矢理ドアをこじ開ける気か? しかし、こいつは術中だぜ」
 アキラは『術中』と表現した。その表現は正しい。それはエリーにとっては組みしやすいものだった。
(恐ろしい。これがエリザべートのデュエルなのか。1戦目であれだけ奇手奇道を否定されれば、今度は単純なパワーで押すしかないという考えを否応なく植えつけられる。しかし、大ざっぱな攻めは大ざっぱに防がれるもの。大ざっぱなロックカードも、相手の動きが単調なビート一辺倒ならばこそその力をフルに発揮できる)
「カードを2枚セット。ターンエンド」 エリーはそのままターンエンドを宣言。一切の隙を排除する。

【3周目】
ショウ:ハンド4/モンスター1(《偉大魔獣ガーゼット》)/スペル0/ライフ7200/※《E−HERO ヘル・ゲイナー》除外中
エリー:ハンド3/モンスター1(《素早いモモンガ》)/スペル3(《平和の使者》/セット/セット)/ライフ11000

「手札から《ジャイアントウィルス》召喚。バトルフェイズだ!」
 翔はひたすら攻める。大駒が無理ならば小駒で攻める。
「駄目だ! そんな無理攻めをしても形勢は動かない!」
(ショウ、その闘志は尊敬します。だけど、私は否認する)
「《ジャイアントウィルス》で《素早いモモンガ》を攻撃だ!」
「《素早いモモンガ》の効果発動。1000ライフポイントを回復」
(まだだ。まだ終わらない。まだ手は出る。脚も出る……)

ショウ:7200LP
エリー:11000LP


「まだだ……まだ、まだ……カードを1枚伏せる。ターンエンドだ」
 翔は飽くなき直線攻撃でエリーに迫る。しかしエリーには通じない。
(今回も攻撃型の【悪魔族】を選択。間合いを計りがちだったさっきに比べると、なりふり構わず攻撃一辺倒のプレイング。わかってた。ずっとそうだったから。だから私は嫌われる)
 エリーは翔の顔を見た。その表情は鬼気迫るものだが、そこに余裕は存在しない。
「(だけど貴方はそれを望んでいる。なら応えるしかない。)ドロー……」

「こんなに差があるんですか? あのショウさんが、こんな意義のない攻撃ばかりを強いられるなんて」
「それよりもこの空気だろ。なんだ……エリーは、エリーがこの空気を生みだしているってのか?」
「ダルさん……この……空気はいったい……僕の予想していた闘いと違う。これは……」
「かろうじて戦闘意欲は失ってないようだがな。本気のアイツと向かい合い続けるのはしんどいぜ」
 全てを見抜かれているような感覚が自分の中で膨張し、肥大化し、結果、脳が安楽死することを選択する。いうなれば、翔は今天から巨大な眼に見据えられているようなもの。それは全てを吸い上げる。
(だとすれば、ショウさんの抵抗は無意味だ。やればやるほどに、惨めな思いをするだけに終わる)

【4周目】
ショウ:ハンド3/モンスター2(《偉大魔獣ガーゼット》《ジャイアントウィルス》)/スペル1(セット)/ライフ7200/※《E−HERO ヘル・ゲイナー》除外中
エリー:ハンド3/モンスター1(セット)/スペル3(《平和の使者》/セット/セット)/ライフ10900

「ドロー……スタンバイフェイズ、《E−HERO ヘル・ゲイナー》を場に戻す。《ジャイアントウィルス》を生贄に捧げ、《邪帝ガイウス》を召喚。効果発動。《平和の使者》をゲームから除外。更に《E−HERO ヘル・ゲイナー》の効果を発動。ゲームから除外し、《邪帝ガイウス》に二回攻撃を付与する。合計四回攻撃だ! いくぜ! バトルフェイズ、《偉大魔獣ガーゼット》でダイレクトアタック!」
「駄目だ!」 「迂闊だ!」
「リバース。《聖なるバリア−ミラーフォース−》を発動。全てのモンスターを破壊……します」
 エッジに続き、ガイウス、ガーゼットと次々に上級悪魔が封じられていく。いや、滅されていく。
「はっ、これも駄目、か」

「……私のターン、ドロー。《デス・ラクーダ》を反転召喚。デッキから1枚ドロー……」
 試合は単純化の一途を辿る。拙攻の翔。受けきるエリー。段々と、弛緩した空気が蔓延する。
「なんかつまんねえよな。期待外れってやつ? 久々に強いやつが出てきたと思ったんだがなあ」
 1人がぼそっとそういった。こういうものは1人が言えば他が後に続くもの。ぼそぼそと声が響く。
「雑魚狩りばっかやってたってこったろ。やっぱ勝率よりも誰を倒したかが今のスタンダード……」
「おい」
「うわ! お、おまえはベルク! わ、わりいな。おまえのことを言ったわけじゃ……」
「ゴミハ捨テルガカストチリハ無視スル主義ダ。俺ハナ。モットモ、他ノヤツノコトハ知ラネエガ」
「え? 他のやつ……うわあ! せ、瀬戸川流!」
「誰が雑魚だ誰が。今すぐ黄泉の旅路へ案内してやろうか」
 千鳥がギャラリーA、B、あとCあたりに絡む傍ら、ベルクはあくびをした。
「あいつも終わったな。ああなったらおしまいだ。帰るぜ。約束通り飯を食わせろ」
「帰らぬ!」 「あ?」 「まだ勝負はついておらんだろ!」
「そんじゃ俺はここで寝るぜ。なんかあったら起こせ」
(くっ、どうにかしろ新堂。我を道化にするつもりか!)
 瀬戸川千鳥のところだけではない。徐々にあがる溜息の連鎖。
「結局、あの外人軍団の子が順当に勝ち上がってくるんさ。もう少しなんかあると思ったんだがな」
 彼等は皆“本日のまとめ”にはいっていた。こうして人々の“story”は真実味を帯びていくのだ。
「つっても、かわいい方が勝ち上がる方がいいよな」 「そうだな。んじゃ、そろそろもう帰ろうぜ」
 “つまらない”“飽きた”。馬鹿の一つ覚えの繰り返し。しかし一人だけ、手に汗握る者がいた。
(チッ……好き勝手いいやがって。確かに、確かにこの展開はつまんねえだろうよ。だが……)
 桜庭遥は拳を握りしめた。届かない声。意味のない声援。そんな中、彼にできるのは……。

「寝ちまいやがった。さ、周りの片付けでもすっかな………………あん? ノート」
 自分のではないならそれは多分翔のもの。“極秘TCGファイル”。当然のこととして遥は読んだ。
「○月×日天気ギャラクシアン・エクスプロージョン。カードショップで試し切り。《サイクロン》の使い方が多少甘かったことを知る。収穫は上々だがこの店で得られるものはもうないかもしれない」
「かなり前から……っつーかカードを初めて握ったあん時以来か? 薄々思ってはいたが、やっぱ準備自体は大会の存在を知る前から結構前からやってたわけだ。思いのほかマジってわけか? 柄にもなく秘密特訓なんかやりやがって。ま、いーさ。ヤル気があるんならやるだけやれば……」
 仲間の熱い一面がほほえましかったのかもしれない。桜庭遥は笑みを浮かべつつノートをめくった。
「○月△日天気ライトニグ・プラズマ。《エネミー・コントローラー》は癖があるので、一度コイツを徹底的に使いだおせるようなデッキを敢えて組むのもいいかもしれない……それとハルカはさっさと死ね」
「……」 桜庭遥の手が一瞬止まる。目の錯覚だろうか。彼は気を取り直してめくった。
「○月□日天気フォーチュン・シンフォニック。《E−HERO マリシャス・エッジ》が自分にあっているような気がするが、一応もう少し幅を広げたい……ハルカがケチくさい。ウザい。死ねばいいのに」
 桜庭遥はものすごい勢いでノートを地面に叩きつけた。それはもう叩きつけた。
「現役時代の新庄の平均打率が俺への愚痴じゃねえかよ。一瞬でもこいつのことを信じた俺が馬鹿だった。いっそのこと睡眠薬でももって試合でれなくしてやろうか……ん?」
 叩きつけられたノート、最終ページがたまたま開かれていた。

“最高に美味い勝利”、このゲームでなら出会えるだろうか……

「上から線でぐちゃぐちゃだが、美味い勝利、でいいのか? あいつ……」
 ぐちゃぐちゃに消されたその一文が、遥にはむしろ印象的ですらあった。


(出会えそうだって言ってたよな。その為に準備してきたんだろ。闘ってきたんだろ。だったらおまえはまだ終わるわけにはいかないだろうが。誰が帰ろうが俺は帰らないからな。おまえの書いた言葉が嘘かどうかを確認してやる。本気でそんなもんが欲しいなら、どうにかしやがれただ飯喰らいが!)

「わかった」
(ん?)
「今までの戦いでよおくわかった」
 翔の口から次に出てきた言葉は傍目にも世迷っていた。
「俺が、俺があんたに負けるはずないってことがよおくわかった」
(俯瞰して見る限りでは……虚勢をはっている? 半々ぐらい? いずれにせよ!)
 状況からして翔の苦境は明白だった。しかしそれにもかかわらず、彼はいう。
「俺は負けない。俺は勝つ。負ける姿が浮かばない。だから、俺はコイツを出すぜ」
 翔は懐に手を突っ込んだ。そして、上着の裏からあるものを取り出した。
「俺は……俺はこの試合にこいつを賭けるぜ!」
「え?」 「あれは!」 「まさか!」 「なんだと!」
「なんのつもり?」 「血迷ったか!」 「おい、しょお!」







 それは人形だった。どこからどの角度でどう見ても、人形としか呼べないもの。
「カードショップ『万屋』の目玉商品。その名も……“スーパーはるか君”だ!」
「え?」 「は?」 「な、なんだあ……」 「あ、あいつ……正気なのか……?」
「ああ!?」 桜庭遥は、空いた口が塞がらなかった。どうしようも、なかった。
「もっとも自信のある試合に出して得点は三倍。つまり、俺達が勝つってことだ」
 翔のちょいと後ろでは、「あんにゃろうぶっ殺す」と息巻く相棒が警備員に止められていた。
(そう怒るなよ。折角徹夜で作ったんだ。俺の決闘に、少しだけあんたの力を貸してくれ)

【6周目】
ショウ:ハンド3/モンスター1(《悪夢の代行者》)/スペル1(セット)/ライフ7200/※《E−HERO ヘル・ゲイナー》除外中
エリー:ハンド4/モンスター1(セット)/スペル1(セット)/ライフ10900

「俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、《E−HERO ヘル・ゲイナー》が帰還」
(あの人形は読み以前に私の理解を超えている。だけど、デュエルは見える)
 エリーは人形を読み捨てた。相手が目の前にいるのだ。それは正しい選択である。
「リバース・トラップ・オープン! 《悪魔の誘惑》発動! 第1の効果を選択する」
 しかしこの男は正しさなど見えんとばかりに尚も仕掛ける。今日、何度目だろうか。
(既に見えている。今の貴方には、無理矢理にも仕掛ける以外に行動の余地がない)
(勝つ。勝つ。勝ってやる。勝ってやる。俺はエリーに勝てる。勝てるんだ。勝てるんだ)

《悪魔の誘惑》
速攻魔法
フィールド上に悪魔族モンスターが存在する場合のみ以下の3つの内から1つの効果を選択して発動する
●相手フィールド上に存在する裏側守備表示モンスター全てを表側攻撃表示にする(この時、リバース効果モンスターの効果は発動しない。)
●相手ターンのみ発動可能。このターン、相手プレイヤーは可能ならばバトルフェイズへ移行する
●自分ターンのみ発動可能。相手フィールド上の攻撃力1000以下の表側表示モンスター1体を選択する。 発動ターンのエンドフェイズまで、選択したカードのコントロールを得る。

《悪魔の誘惑》の効果によって《マシュマロン》が表側攻撃表示に変更される。《E−HERO ヘル・ゲイナー》を未来に飛ばして効果を発動。《悪夢の代行者》に二回攻撃を付与する」

《悪夢の代行者》
効果モンスター 星4/闇属性/悪魔族/攻1800/守0
悪魔族の融合モンスターを融合召喚する際、このカードを融合素材モンスター1体の代わりにする事ができる。 その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。

「バトルフェイズ、《悪夢の代行者》で連続攻撃だ!」

ショウ:7200LP
エリー:7900LP


「ようやく、ようやく一撃、いや二撃が入ったか。だが、殴らせてもらっただけだ」
「あれだけなりふり構わず殴りに行ってたかだか3000ちょっとのライフじゃ割に合わない」
 外野はそれなりにうるさい。しかしそれなり。大騒ぎには至らない。エリーはすぐさま修繕する。
「私のターン、ドロー。《マシュマロン》を守備表示に変更。私はこれだけでターンエンド」
 ようやく削った3200のライフ。しかし、すぐに7900の壁が立ちはだかるのだ
(負ける。負ける。俺が負ける? 違うな。俺は勝つ。勝つんだ。こいつに勝つんだ)
(ショウの動静はどんどん先鋭化している。それは戦術、この単純な直線攻撃にわかりやすいぐらいに現れている。経験則からいって、これは折れる前兆。行き場をなくしたモチベーションが研がれた鉛筆のように鋭く、鋭く尖っていく。しかしその攻撃が通ることはない。その結果まっているものは、芯の寸断。そして私は、このカードで貴方の時を止める。それが私の本気。ショウとの……みんなとの約束を果たす)

「あらゆるものを中心から遠ざけている。中心にいるのはエリーか。こんな決闘をするとはな」
 2人の決闘を見守る者がここにもいた。瀬戸川刃と、ローマ=エスティバーニである。
「副産物さ。ただし本気になったから生まれたものじゃない。本気になってあぶれたものだ」
「あぶれた? どういう意味だ『R』」 「だだもれっていうんだよああいうのは」
「エリザべートはなにも変わっていない。集中力の程度の違いこそあれ、変わってはいない」
「“本気”を出すということは余裕を残さないこと。つまり、紛らわす余地も取っ払っているということか」
「おまえの国の諺でいえば“臭いものには……”なんだったか」 「蓋だ」 「そう。蓋は外れたんだ」

「ところで俺はあいつが嫌いだ」
「ああ、既に気が付いている」
「アイツも俺のことが嫌いらしい。世の中平和なことた。今すぐにでも殺してやりたいぐらいだよ」
「なぜ?」 ジンは問いを投げかけた。ローマは、これに対して少し考えた後、こう問い返した。
「野球で飯を食うやつにとってバットとグローブは自分の腕同然。おまえはこの意見についてどう思う?」
「問いか。面白そうだな。付き合おう。といっても、面白みのないことに“俺もそう思う”という回答だが?」
「俺も全く同感だ。サッカー屋にとってのスパイク、小説屋にとってのペン。そいつが一流の、本物ならば身体の延長線上にこれらのものを置くべきだ。だとすれば、気の利いたデュエリストにとってデッキとはなんだ? どう捉えるべきなんだ?」
「当然、身体の延長線上に捉えられるべき、となるだろう。本物の決闘者ならばな」
「じゃあ逆もあるな」 「なんだと?」
「デッキが身体の延長線上にあるという同一性解釈が成り立つなら、身体がデッキの延長戦上にあるとも言えないか? ならば決闘者にとって、俺達はデッキ。1個のデッキだ」
「おまえらしいといえばおまえらしい。だが、それがどうエリーに繋がる?」
「試合が動いたら教えてやるよ。動けばの話だがな」
「話している間に8周目に突入か。だが、話を聞くのはまだのようだ」

【8周目】
ショウ:ハンド4/モンスター1(《悪夢の代行者》)/スペル1(セット)/ライフ7200/※《E−HERO ヘル・ゲイナー》除外中
エリー:ハンド5/モンスター1(《マシュマロン》)/スペル2(セット/セット)/ライフ7900

「俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、《E−HERO ヘル・ゲイナー》特殊召喚……」
 もう何度目の光景だろう。見飽きた風景。誰もが望まぬ惰性が、現に葬られていく。
「さよなら.リバース・トラップ・オープン。《激流葬》を発動。全てを否認します」
 何度、何度攻めても結果はノー。むしろ悪化の一途を辿るのみ。翔の額にはこびりつく汗。エリーからの、否認の視線と、観客からの、諦念の視線。逃げ出したくなる程の、暗い冷たさ。
「……ったく、よくやるよ。俺の攻めが、そんなに怖いか?」
「……」 エリーは少し驚いた。ここへきて、この軽口である。

「あいつ、無駄に元気そうだな。よくやる……」
 そう呟くと桜庭は、相棒の近くにおかれた人形を見た。
(ショウのやつ、悪ふざけも大概にしろよな。まったく……)
 呆れる桜庭だが、その時あることに気がつく――
(アイツの背中、あの背中は……そうか。そういうことかよ)

「そうか。そういうことか……」 「どうした? シンヤ、何か展望が開けるような情報でもあんのか?」
 信也は翔に賭けている。だからというわけでもないだろうが、アキラはそう聞いてみた。
「相手にこちらの思惑を悟らせない方法が一つありました。恐ろしく古典的な方法ですけど」
 『古典的な方法』、そう言われてアキラははたと思い至る。「おいおい」とでも言いたげな表情。
「何も考えない、か。頭を空っぽにして闘う……」
「だけどカードゲームでそんなことをやるのは自殺行為だ。“本当に”ただの直線攻撃一直線」
「タイミングの機微もクソもあったもんじゃない。“見たまんま”なら何かを読みとらずともそれで勝てるだろ」
 現に今、翔は停滞している。エリーの先を行く強行軍も、一途な正面突破も、一向に実る気配がない。
「手札から《E−HERO ヘル・ゲイナー》を召喚。ダイレクトアタック」

ショウ:7200LP
エリー:6300LP


「ターンエンドだ。打てよ。打ちこんでこいよ。じゃないと俺は倒せない……ぜ」
「私のターン、ドロー。手札から《貪欲な壺》を発動。墓地のモンスター5枚をデッキに戻し、デッキから2枚ドロー。手札からモンスター・カードを1枚セット。私は、これでターンエンド……します」
 ドローと共に《素早いモモンガ》を再利用。翔がやっとのことで稼いだライフアドすら否認するエリーのデュエル。エリーは全ての上を行き、全てを抑えつけた。全てを知りきったから? エリーは黙々とデュエルを続行する。しかしその一方で、桜庭はこの時、あることに気が付いていた。
(そうか、ショウ。おめえ、怖いんだな。エリーに負けるのが怖いんだな。人形も虚勢も軽口も、怖いからなんだな。そして怖いってことは、それだけ勝ちたいってことなんだな。諦めてないんだな)
 おそらく、この会場で桜庭だけが気づいた真実。彼だけが、読み取った背中。
(おまえは今エリーの前でどんな顔をしてやがるんだ? 全てを見透かし否定する決闘者を相手に、おまえは限界まで見栄を張る。あの苦しい背中はその裏返しだ。おまえ、本当に決闘者になっちまったのかよ。決闘者は相手と向き合って闘うから決闘者。相手に背中を見せなくていい稼業。だから……)
「勝つ……勝つ……」 翔はうわ言のように、小さく呟く。それは、醜態なのだろうか。
(わかる。ショウへのダメージは大きい。あと少しで、ショウは折れるに違いない)
 そう確信するエリーだったが、この時、彼女の頬には一筋の汗が流れおちていた。

【10周目】
ショウ:ハンド3/モンスター1《E−HERO ヘル・ゲイナー》/スペル1(セット)/ライフ7200/
エリー:ハンド3/モンスター1(セット)/スペル2(セット/セット)/ライフ6300/※《封印の黄金櫃》発動中

「ヘル・ゲイナーを生贄に捧げ《邪帝ガイウス》を召喚! 効果発動!」
 9周目を経て10周目。しかしそこには依然として変わらぬ光景。
「カウンター罠《天罰》を発動。《ダンディライオン》を捨て効果を否認!」
「《リビングデッドの呼び声》! 《邪帝ガイウス》復活。セットを攻撃する!」
「《素早いモモンガ》を破壊。効果発動。モモンガ2体を展開、1000ライフを回復」

ショウ:7200LP
エリー:7300LP


 翔は攻め続けた。一直線に攻め続けた。策もなく、アドもなく、おまけにろくな戦力も最早残っていない。攻撃特化のプレイに傾倒した結果がほぼ同一のライフというあまりに悲惨な結果である。それでも翔は攻め続けた。攻め続ける度にボロボロになっていった。意識は朦朧とし、疲労が蓄積していく。何のため? こんなことを続ける意味がはたしてあるのだろうか。そんな思いすらフィールド上には漂っている。

「静かだな。支配力が広がっているということか」
「決闘ってのは火だ。それが消えれば、静かなもんさ」
「消える、か。やや特殊な決闘者なのかもしれないな」
「特殊? はっ、ある意味な。こいつを見て笑えよ、ジン」
 そう言うとローマは、引き出しから試合表を1枚取り出し、ジンの眼前につきつけた。
「大会を盛り上げるための面子が欲しいと言われ、ディムズディルが集めた8人、何かおかしくないか?」
「瀬戸川千鳥、ベルク=ディオマース……“エリザベート”。確かに、他の連中とは一点において違うな」
「そいつはあの生娘の、つつましさの証さ。吐き気がするぜ。自分が特別だと思い込んでるのさ」
「どういう意味だ?」 「裏コナミで知らないのはたぶんおまえだけだ(ベルメッセも知らないかもしれないがどうでもいい)
 思わせぶりに喋るローマに対し少しイラついたのか、やや大きな声でジンは聞く。
「聞かせてもらおうか」 「いつかな。だが今は、そんなことよりデュエルの時間だ」
 ローマは眼下に広がるデュエルフィールドを覗き込んだ。そこには変わらぬ決闘風景。
「新堂が負けたら次は俺がやる。あいつを野放しにしておくには、いらつきが強過ぎるからな」
 ローマはそう吐き捨てるように言った。険しい顔。ローマの、ローマの顔である。
「確かに、客は減っているな。だが、まるでゴライアスのような気の利き方……」
 瞬間、ジンは胸倉を掴まれていた。ローマはジンを睨みつけ、手を締め付ける。
「離せ! そして話せ!」
 ジンはローマの右手を掴むと放り投げようとするが、瞬間ローマはその手を払う。
「そんな殊勝なことじゃねえよ。気に食わないからだ。ただ、それだけの理由だ」
「気に食わない?」
「あいつを野放しにするということは、舐められているということだ。俺達がぁ!」

 ローマが吠えるその下で、決闘は尚も続く。上を行くのは、勿論エリー。
「ショウ、貴方の気迫に揺らぎがないことはこちらにまで伝わってきます」
 エリーは、天使のように上昇していく。翔との距離が、広がっていく。
「そうかよ。そりゃよかったな。あんたにそう言ってもらえるとは感激だ」
「だけどカードゲームは頭脳の勝負。貴方は、そんな闘いでいいの?」
「おまえんとこのリーダーは、『カードゲームは脚力だ』って言ってたぜ」
「貴方は、どうしたいのですか? こんな闘いを望んでいるとでも?」
 エリーは遂に言った。単調な攻めの繰り返し。客も白ける三流演劇。
「人の顔色をうかがうのは得意なんだろ。でもって俺は見たまんまだ」
 エリーの顔が少し曇った。「人の顔色をうかがう」、挑発されたから?
「私を……私は……」 しかし言葉は出てこない。出せなかった。
「わかるだろ? 俺は大真面目だ。おまえこそ俺を見くびるな!」
「んっ……」 今日一番厳しい翔を前に、エリーは何を感じたか。
「こいや。俺に何かを言いたいのなら、俺を倒してみろ。こいや!」

やれるものならやってみろ! エリー!

 一戦あたりの制限時間はない。つまり、守り側はいくらでも時間をかけていいということだ。しかし翔の言うように倒さなければ倒せない。エリーは、意を決してカードを引いた。
「くっ……ドロー。わかりました。終わらせます。スタンバイフェイズ、《封印の黄金櫃》からサーチしたカードを手札に加える。そして手札からフィールド魔法《光の結界》を発動」
 光が、エリーの意識が広がっていく。全てを飲み込んでいくかのように、光が膨張していく。
「綿毛トークン2体を生贄に捧げ……『時』を司るアルカナフォースを……貴方の時間を止めます」



Arcana Force XXI - The World



「バトルフェイス。《アルカナフォースXXI−THE WORLD》で《邪帝ガイウス》を破壊する!」
「リバーストラップ《聖なるバリア−ミラーフォース−》を発動。ザ・ワールド破壊する!」
「カウンタートラップ《神の宣告》を発動! ライフを半分支払いミラーフォースを否認」
 ガイウス撃破。更に《光の結界》の効果発動。失われたライフは即座に補填されていく。

ショウ:6500LP
エリー:6050LP


「最後の切り札すら通用しなかった。予定通りの《神の宣告》。この流れは、まさか……」
「カードを1枚セット。手札から《独裁者の埋葬》を発動。セットカードと《光の結界》を生贄……」

《独裁者の埋葬》
速攻魔法
このカードを除く自分フィールド上の魔法または罠カードを墓地へ送る。 墓地へ送ったカード1枚につき、自分の手札・デッキ・除外ゾーンからカードを1枚墓地に送る、

「デッキから《黄泉カエル》と《サクリファイス・ロータス》を墓地に送る。エンドフェイズ……《素早いモモンガ》2体を生贄に捧げ《アルカナフォースXXI−THE WORLD》の効果を発動」
(完璧だ。ショウさんの『時』を、『決闘』を、息の根をとめた……)
「貴方のターンを……否定します。私のターン、ドロー……」
「決まったな」 「はい、決まりました。あまりにも、あっけなさすぎる……」
 翔の場にリバースカードは置かれてない。ライフが無駄に残るのみ。翔の手札に《冥府の使者ゴーズ》があったとしても、延々と『時』を止め続けるエリーの脅威になろうはずがなかった。ターンを飛ばされて尚使われていないことからも、《D.D.クロウ》が翔の手元にないことは明らか。しかもエリーの手札には保険としての《創造の代行者 ヴィーナス》。この状況から翔に打てる手は最早絶無。それは小学生にもわかること――。
(終わった。これで、これでよかったのだろうか……ううん。まだあと1戦勝たないと終わりじゃ……)
 エリーの意識は三戦目に向いていた。皆の意識もそうだろう。しかし、その男だけは違った。

「どうした。おまえのターンなんだろ。だったら攻めて来い。そうでなきゃ、俺の首は取れないぜ」
 その男は手札を離さず、立ち続け、エリーの次の動きを漏らさぬよう恐るべき気迫で身構えていた。
(え? なんで……この人程の決闘者が、状況を飲み込めてないはず……もう、終わったのに)
 1戦あたりの制限時間を設け、余計にだらだらとした決闘にする代わりに「サレンダー自由」と合意したのだ。ならばサレンダーするべきだ。どう考えてもそうするべきだ。
「まだだ……まだ……まだだろ……」 しかし翔は続けた。惨めで哀れな抵抗を。
(これ以上続けたら、この人は……) エリーは観察する。今にも朽ち果てそうな翔の今を。
(ショウは捨て鉢になっている。そうさせたのは私。私にはわかる。ショウはこの第2戦、何一つ不穏な動きを見せなかった。だけどその捨て身の特攻に意味はない。私達に注がれる周りの視線が痛々しくなっただけ。ディムは私に“嫌われてみろ”といった。だけど翔をこれ以上惨めな視線に晒すわけにはいかない)

「おいおい。あいつまだやってるぜ。状況見えてないんじゃないの? いるんだよああいうの」
「ぼろっぼろに負けてる癖に長引かせる気か? 最終戦だからって無駄に時間使うなよな」
「おーい。そんなのもうどうでもいいだろ磯野。さっさと野球見に行こうぜ。巨人中日戦」
(やっぱり。聞こえてくる。私には聞こえてくる。いけない。こんなんじゃいけない……)

「ショウ、サレンダーを……」 しかし、そこに飛び込んだのは今日一番の殺意。
「叩きのめすのもいい。君臨するのもいい。見降ろすのもいい。だが、俺を舐めるなよ……」
 惨めで愚かで哀れで愚直な抵抗。しかしそれは強いられた道なのか。選んだ道なのか。
「俺を決めるのはこの俺だ。神様にでもなったつもりかよ、おまえは! 笑顔で死刑宣告か!」
 翔の一言は、今日のどの攻撃よりも胸を貫いた。謙虚さか傲慢さか、全てが入り乱れる。
(今の、今の翔が放ったもの……これは……違う。そうじゃない。今は決闘のことだけ……)
「《黄泉ガエル》を守備表示で特殊召喚。更に手札から《創造の代行者 ヴィーナス》を召喚。1000ライフを支払い《神聖なる球体》を攻撃表示で展開。バトルフェイズ……《アルカナフォースXXI−THE WORLD》でダイレクトアタック!!」

ショウ:800LP
エリー:5050LP


(世界だろうが宇宙だろうが「まだだ!」 まだ俺は“決闘者”になってない)
 『世界』のビームが翔をうつ。しかしそれでも翔は吠え続ける。吠え続けた。
「その程度か。その程度で俺を憐れむのか? 舐めるなよ……」

この程度で俺を殺れるかよ!

 この時、エリーの身体に雷鳴が走る。エリーは、それを真正面から受け入れた。
(あ……大丈夫。大丈夫だから。私は大丈夫。だって……あと一撃で倒せ……)
 そんなエリーの眼に入ったのは、既に思考から消していた1体の人形だった。
(人形。あの人形……あの人形には何かがこもっている。なにが……)
「早くしな。俺は待たされるのが嫌いでな」
「あ、はい……」

ターン……エンド

 エリーは小さく「ターンエンド」と言った。そう、言った。言ってしまった。
「え? ターンエンド? ロータス召喚しましたっけ? それにザ・ワールドの……」
 信也が「すわ見間違いか?」と意見を求めるが、求められた側は叫んでいた。
「馬鹿! なにやってるんだあいつ! なんでザ・ワールドの能力を使わない!」
 ストラが叫ぶのも当然と言えば当然。あり得ない事態。しかし現にそれはある。
「え? 私のターンじゃ、ない……」 それは、一瞬の気おくれがもたらすもの――

「俺のターン……ドロー。そうだ。俺のターンだ!」
 起死回生。新堂翔は、噛みしめるように、己のターンを踏みしめた。
「《E−HERO ヘル・ブラット》を特殊召喚。そう、こいつは自軍にモンスターが存在しない時、誰もいない空地を荒らす悪ガキのように現れる。さぁて、こいつを成長させようじゃないか」
 エリーを前にして沈黙し続けていた【覇王システム】。だが、遂に動く。
「倒すべき敵がいる限りこのカードは生贄1体で召喚可能。出ろ! 《E−HERO マリシャス・エッジ》!」
「嘘……」 エリーにはこの一言がやっとであった。今だ状況が呑み込めないのだ。
「手札から《巨大化》を装着。更に手札から《冥界流回帰術》を発動。墓地のゲイナーを除外!」

《冥界流回帰術》
速攻魔法
自分の墓地に存在するレベル4の悪魔族モンスター1体を選択して発動する。選択したカードを除外し、同名カードをデッキから特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に墓地に送られる

「デッキから《E−HERO ヘル・ゲイナー》を場に特殊召喚。効果発動。このカードを2ターン後の未来に飛ばすことで《E−HERO マリシャス・エッジ》は2回攻撃能力を獲得する。おまえが『時』を止めるというのなら、俺はそれより早く未来を追ってやる。何度でも、何度でもだ!」
 この試合何度も繰り返されたヘル・ゲイナーのターン・ジャンプ。未来へ、未来へ、そして未来へ。
「バトルフェイズだ。《E−HERO マリシャス・エッジ》で……《創造の代行者 ヴィーナス》に攻撃!!」
 エッジは必殺必中のニードルバーストを発射した。翔の本気が、虚像のヴィーナスを砕く。

ショウ:800LP
エリー:1450LP


「嘘……そんな……そんなことって」 九分九厘勝っていた勝負。しかし、現にやつはいる。
「《E−HERO マリシャス・エッジ》で《アルカナフォースXXI−THE WORLD》に攻撃宣言。確かに『世界』は、おおまえさんは強力だ。だがな! 2600パワー+2600パワーで5200パワー……これにいつもの2倍の攻撃力が加わることでおまえに並ぶ。そして! スーパーはるか君人形!」
 翔は足もとのスーパーはるか人形を持ち上げた。これぞ、世界決闘発拳。
「いつもの3倍の得点! おまえを完全に上回る! 突き刺せ! マリシャス・エッジ!」
 『世界』に刺さる鋭いニードル。しかしこれでは終わらない。地を駆けるは悪意の刃。
「押し込め! マリシャス・エッジィ! おまえの力を見せてみろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「MAAAAAAALICIOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOUUUUUUUUUS!!!!!」
 全ての針を打ち尽くし、徒手空拳となったマリシャス・エッジが『世界』に刺さった針を恐るべき速度で押し込んでいく。連打連打連打。拳から血が漏れようとも、骨が砕けようとも、やつは押し込むことをやめようとはしなかった。狙いは言うまでもない。『世界』の先にあるもの……エリーの心臓だ。
「うあっ! そんな……そんな……」

【5ラウンドマッチ第二試合】
●エリザべート―新堂翔○


 誰もが目を疑うような一瞬の出来事。そこには、スーパーハルカ君を持つ男。
「っしゃあ!」 翔は、柄にもなく叫んだ。苦闘だったことが窺われる咆哮だった。
「何が起こったんだ? 一瞬、この一瞬の間にあり得ないことが連続して起きた」
「だが、元をただせばエリーがミスっただけだ。一億回に一回が今出ただけだろ」
 「一億回に一回なら大事だろ」とすら誰も言わなかった。かわりに、ストラがこう言った。
「不味いな。こいつは不味い。エリーの、もっとも不味い部分が表沙汰になっちまった」
 ストラは苦々しげにそう言った。訝しがる高校生2人。
「どういうことです?」 「なにか、今起こったことに心当たりでもあるのか?」
 ストラに詰め寄る信也と晃を横眼で見たディムズディルは、ぼそっとこう言った。
「エリーの力は、才能というよりはむしろ……本能なんだ」 “本能”であるということ――


第50話:まだだ!


 インターバル。正確には次のデッキの選択時間。エリーは悔恨の表情を浮かべずにはいられなかった。
(私が甘かった。あの時、私はこの試合がこのまま終わってしまうことを恐れた。だから、だから……)

「本能?」 カードゲームではあまりというか普通聞かない言葉。信也はストラにその意味を尋ねた。
「エリーの観察力は確かに天性のもの。だがそれは一種の生存本能に近い。意思レベルで読むのではなく本能レベルで読む。否応なしってことだ。だから、敏感過ぎるんだよ、アイツは……」
「そうか、そういうことか。それなら少しばかり心当たりがあるな」 「先輩?」

(次のデッキは……ファーストデッキを使うのがベスト。ショウが次なにを使ってくるかはわからない。だけど、連続で同じデッキを使うのは向こうも躊躇うだろうし、もし躊躇わなくても予め使用制限はかけておいたのだから、それはそれでこちらが優位に立てる。それに何より、ここは自分にとって最も強いデッキで向こうの流れを寸断すべき局面。おそらく私がこのデッキを使うのは読まれてしまうだろうけれど……それでも、私は否認する。大丈夫。きっと上手くいく)

「俺がエリーと闘った時、ラストのエリーが今日みたいな感じだった。少し控え目ないつもの態度を捨て、真正面から否定しにかかる強い決闘。高い集中力と、それによって最大化される類稀な観察力。あの時俺は正直どうしようもないと思った。だけど勝負を捨てるわけにはいかなくて、無我夢中で抵抗した。あの一瞬、エリーから、なんていうか躊躇と言うか引いたというかなんか一瞬だけだが“押せた”瞬間があったような気がする」
「そうか。観察力が高いということ、それも技術と言うよりは天性の資質。相手を丸ごと飲み込んで映し出すかのようなその力は、時として自分に害をなす……ということ?」
「おまえらの推測はだいたい正しい。エリーが読み取るのは単純な動作だけじゃない。その奥にある相手の像を己の中に映し出す。自分への敵意や悪意も含めてな」
「ヒジリ、ハルカ、俺、サツキ、今まではエリーに露骨なまでの敵意と言うかライバル心を持ってそれをぶつけてきた人間はいなかった。俺もかなりぶつけて、一度は追いつめたが、元々が仮想勇一ぐらいの心境だったしな。だが今日のショウは違う。最初から最後までエリーを倒すことしか考えていない」
「エリーもそれはわかって気を引き締めてはいた筈だ。だが、どっかで甘えが出たのかもな」
「色々気ぃ使いそうだもんな。それが、勝負にのめりこんだ時ならなおさらだろうさ」
「そうなると、次の試合は、エリーがどう立て直すか。あるいは、ショウさんがどう出るか……」

(今の勝利は落ちてた饅頭を拾ったようなもんだ。だが、勝利自体は拾いものでも、俺が今抱く確信は培ったものだ。この闘い、俺は一貫して勝利へ向かっている。今、自分が勝利への道を歩いていることがわかった。今の一勝はその“御褒美”みたいなものだと勝手に解釈させてもらう)
 新堂翔は、一つのデッキを選択して三戦目に臨むことを心に決める。
(あの才能はディムズディルを上回るかもな。だが、付け入る隙はある)
 ふと、翔は思い出した。ディムズディルと勝負したあの夜のことを。
(さあてと、決闘者になってみようか。なれるか? いや、なるんだ)

 既にエリーはデッキをもって立っていた。先攻ゲーへの意欲だろうか。
(全てを整える。何も変わらない。もう2度と、過ちは犯さない。絶対に)
 翔も手続きを終え試合場に向かう。1勝1敗で迎える、第三戦目だ。
「はじまるな」 「ああ」 「どうなる、か」 「……」 「おもしろいことになるかもな」 
「さて……」 「姉さん……」 「見守るわ。この先どうなるかを」 第三戦が、始まる。

【5ランドマッチ第三試合】
エリザベートVS新堂翔


「私の先攻、ドロー……」 先手番のエリー。それは、否認戦術を最も活かす道である。
(大丈夫。落ち付いた。心拍数もたぶん正常。もう一度……コンセントレーションを高める)
 エリーは再び集中力を高め観察を開始する。エリーの空間が、場を包み込むのだ。
「手札からモンスターを1体セット。カードを2枚セット。ターンエンド……です」
 エリーのエンドを受け翔が即座に動きだす。いつもより、動きが早かった。
「俺のターン、ドロー……《E−HERO ヘル・ブラット》を特殊召喚だ!」
(同じデッキ? なら、このデュエルを様子見無しの全力で取りに行き、残りの2戦をフルに使ってもう1つのデッキを叩く。次はガイウスかエッジ。いずれにせよ!)
 エリー、思考開始。が、委細構わず翔は動く。再三再四、【覇王システム】。
「《E−HERO ヘル・ブラット》を生贄に捧げ、《E−HERO マリシャス・エッジ》!」

甘い!

「リバース! 《激流葬》を発動。マリシャス・エッジと《クリッター》を破壊!」
 エリーはデッキにただ1枚の悪魔族、《クリッター》からあのカードを引き入れる。
「やるな。だがこっからだ。1枚セット。エンドフェイズ、1枚引いてエンド」
「ショウさんは、2戦目の勢いそのままに突き進む気か! エリーはどうでる?」
(予定調和。奇襲を受け先手を取られなかった時点で優勢。そしてここから……)
(先の動揺はよく抑えられているな。流石だ。この威圧感、一戦目に相当する)

【2周目】
エリー:ハンド4/モンスター0/スペル1(セット)/ライフ8000
ショウ:ハンド4/モンスター0/スペル1(セット)/ライフ8000

「ドロー……召喚。《創造の代行者 ヴィーナス》。効果発動。1000ライフ支払います」
(特急券か。全身全霊を賭け、こちらの上をいき、全てを上から否定する。よどみはなしか)
「《神聖なる球体》を2体特殊召喚。この3体を生贄に捧げる! 現れて! 不可視天使!」

《不可視天使 アークエリザ》
星8/光属性/天使族/攻1500/守3000
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に存在する光属性モンスター3体を生け贄に捧げることでのみ特殊召喚する事ができる。このカードの特殊召喚に成功したとき、フィールド上のカード1枚を持主の手札に戻してもよい。このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。このカードは相手プレイヤーの攻撃を受けたとき守備表示に変更することができる。バトルフェイズ終了時、任意の表示形式に変更した上で次のバトルフェイズ開始時までこのカードをゲームから除外する。このカードの効果によって除外されている場合、自分ターンのスタンバイフェイズ毎にフィールド上にセットされたカード1枚を持主の手札に戻してもよい。

「効果発動。セットカードを貴方の手札に戻す」 (早い。何かを仕掛ける暇もない)
「バトルフェイズ、《不可視天使 アークエリザ》でダイレクトアタック!」

エリー:7000LP
ショウ:6500LP


「戦闘ダメージをトリガーに《冥府の使者 ゴーズ》!」 「効果に対し《天罰》、否認します」
 エリーの攻撃に対して切り返しの一手を打たされる翔。しかし、息つく暇もなく墓地送り。
(ゴーズは読まれていた、当然か。定石なことに加えあのエリー。警戒されない方がどうかしている)
 強力な最上級モンスター1体に手頃な生贄1体。翔が失ったものは十分に損失といえた。
「メインフェイズ2、今の《天罰》の際、モンスター・カードを墓地に送ったことで墓地にはモンスター・カードが合計5枚。《貪欲な壺》を発動。デッキから2枚ドロー。カードを1枚伏せます。ターンエンド」
 エリーは流れるように淀みなくカードを回していく。そしてその度に、翔のカードは否定されていく。
「ドロー……(2枚以上伏せなければ伏せる価値がほとんどないが、伏せたら伏せたで何も戻さず全体除去が来るかもしれない。包囲網は狭まり、つまらない選択肢が残る。流れの中で動かなければ死ぬ。流れにそって動けば読まれる。流れの中で、無理に逆らえば自滅する。そういう状況を指して“術中”というのだろう。エリーが支配するのは流れだ。空高く、流れの上から流れを把握し、流れを掌握しこちらが激流を渡りきる可能性を一つづつ消していく。最終的には、流れを支配され敗北する運命。だがそれは……)」
「手札からモンスターカードを1枚セット。カードを1枚伏せる。ターンエンド」

「エリーは立ち直ってるみたいだな。結局、1勝儲けただけで状況は何も変わっちゃいない」
「ヴァヴェリ爺さんより更に厄介。そして更に強い。あの人はデッキを見てデュエリストを推測する。デッキを元手にデュエリストの癖を見抜いてメタをさす。だからデッキを推察し終わるまでにタイムラグがある上、その前提を『虚』で外されれば脆い部分があった。だけどエリーは直接人間を相手にする。デュエリストからデュエルを読み取る。確かにそれは、第2戦のように諸刃の剣となりかねない部分があるのかもしれないけれど、諸刃で自分が傷つく前に、相手が死ぬ。あの人は強い。あの人が支配しているものは決闘の流れそのものだ」

【3周目】
エリー:ハンド2/モンスター0/スペル1/ライフ7000/※《不可視天使 アークエリザ》除外中
ショウ:ハンド3/モンスター1(セット)/スペル1(セット)/ライフ6500

「私のターン、ドロー……」
「そこだ! チェーンして《死のデッキ破壊ウイルス》発動!」
「ショウさんのウイルスカード!? こんなタイミングで!?」
「苦しいところだな。本当は不可視天使が現れてから撃つのがベストだった。しかし、仮に2枚伏せて内1枚を戻されてそれが実は《死のデッキ破壊ウイルス》でした〜を延々とやられちゃたまったもんじゃない。あるいは2枚伏せたら《大嵐》とかな。断腸の思いってやつだろうよ。相手はあのエリーだからな。ただでさえウイルスカードは大技過ぎて気配を隠しづらい。最悪の想定を避けたんだろう。実際、ここで発動しなければ墓までもっていくことになりかねない。発動できただけでももうけものってとこだろう」
(なるほど。悪くはない。ウイルスカードは強力。一部だけでも価値があるわ)
「先に先に着弾点をずらすことで、先攻ゲーによる全否定を一部だけでも免れようってことか」
「しかも見ろよ。ショウが素材にしたのは《クリッター》だ。この辺、流石に抜け目がないな」
「不可視天使で直接攻撃を続けられると、下手すると能力を発動する機会もなく延々とあそこに残る可能性もありますからね。でもだとすると、生贄を要するカードは今ショウさんの手元にはないってことか?」
「まああいつのことだから、相手を惑わすために1アドくらいはドブに捨てそうな感じはあるけどな」
(元々打点は低め、落ちるカードはなしか。そしてアイツの手札には《オネスト》……この流れは……)
「(流れに逆らい勢いを落とせば本末転倒。否定するまでもないということ。私は、そんなものでは崩れない)。バトルフェイズ、《不可視天使 アークエリザ》帰還、ダイレクトアタック」

エリー:7000LP
ショウ:5000LP


(ただでさえウイルスで1500以上が落ちるんだ。不可視天使による直接攻撃を軸に攻めてくるのは疑いない。あと4発、いや、3発も食らったら終わるな。ツメの段階になれば、向こうはもう手札を残す必要がないのだから。いずれにせよ、ギリギリか……だがそれでも……)
「ドロー。1枚セット、ターンエンドだ。(俺の決闘が偽りかどうか、答えはもうすぐでる)」

【4周目】
エリー:ハンド3/モンスター0/スペル1/ライフ7000/※《不可視天使 アークエリザ》除外中
ショウ:ハンド4/モンスター0/スペル1/ライフ5000

(俯瞰して見るということ。それによって導かれる結論。ショウを見る。それは癖を見ることだけを意味しない。私が見るのは“真実に最も近いところ”。デュエルを通して得られる全体像。そこでの嘘というのは全体に対する辻褄のあわさなを意味している。私にはヴァヴェリお爺様のようなデッキ調査力はない。その代り、貴方を見ることができる。貴方を知ることで、嘘は淘汰されていく。そう、一戦目のように)
「ドロー……《封印の黄金櫃》。スタンバイフェイズ、不可視天使の効果発動」
「リバース・トラップ発動。《マインドクラッシュ》。《オネスト》を落とす」
 厄介な《オネスト》に対するピンポイントショット。しかしエリーはひるまない。
「(問題なし。)バトルフェイズへ移行。アークエリザ帰還、ダイレクトアタック!」

エリー:7000LP
ショウ:3500LP


「ダブルスコア。あの戦術を使用しているエリーは、未だ一発も殴られていない。完璧すぎる……」
(一切の隙を排除し、一切の挙動をみきる。あんなことは、二度と起こすわけにはいかない)
「《封印の黄金櫃》を発動。デッキから《マジック・ストライカー》 を除外します」
 《マジック・ストライカー》 。それが意味するものは単純だった。次のターン不可視天使の攻撃が通れば残りライフは2000。そしてその次のターン、不可視天使と、サーチされた《マジック・ストライカー》 の2体で直接攻撃を行えばショウのライフはゼロになる。エリーは遂に『王手』を宣言したのだ。無論ショウサイドからすれば、なんとしてもその最悪のシナリオを、『詰み』に至るのを回避しなければならない。早められる時の流れ――と、そのときだった。

「仮面ライダーで一番好きなのってどれ?」 「え?」 「マスクドライダーだよマスクドライダー」
 ショウは軽い調子でエリーに問う。あまりに軽すぎて、何が何だかわからない格好。
「俺はさ。正直一号ライダー・二号ライダー単体の何が格好いいのかよくわからなかったんだ」
 流石のエリーも一瞬呆然とした。何の話なのかが綺麗さっぱりわからなかったからだ。
「だけどさ。ダブルライダーキック。あれはきてるな。技の一号、力の二号。マジ半端ねえぜ」
 しかし翔の独演会は尚も続く。この男は、大事な大事な思考時間を削って何をしているのか。
「やっぱりさあ。 『技』と『力』が対等に合わさって爆発するのって格好よくね? なっ!」
 結論としてエリーは血迷ったかのような翔を放置した。ただでさえ、大事な試合なのだから。
(ピクリともしなくなったな。つれないもんだ。だが、必要以上につれないってことは……)
 『自分が馬鹿だからである』、そんな風には1ミリたりとも考えない。彼はノリ始めた。
「さーて。話に花も咲いたことだし、そろそろカードゲームでもやろうか。なっ、エリー!」
 眼のいいエリーはこの時何らかの含みを感じる。が、それ以上のことはわからなかった。
(何かが違う。一応警戒すべきなのは間違いない。だけど、何が違う? 生き生きしてる?)
 しぶといのはもう十分わかった。ならばその耐久値を超えて叩き込む。それ以外の何があろうか。
(あの勝利がショウを蘇らせたのならば、もう一度叩くしかない。私が与えられるのは、敗北だけ)

「カードを2枚セットする。しかし、だ。このままセットするのも面白みがないな」
 そういうとショウは2枚のカードを手で弄びシャッフルした。それも目を瞑ってだ。
「これで俺にもどっちがどっちだかわからない。セットだ。さあ、読み込んでみろよ」
 翔はターンエンドを宣言。エリーの番がまわってくるが、エリーは冷静だった。
(挙動を読まれないようにしている、ということ。だけど、それは命取りだってこと!)

【5周目】
エリー:ハンド2/モンスター0/スペル1(セット)/ライフ7000/※《不可視天使 アークエリザ》《マジック・ストライカー》 除外中
ショウ:ハンド2/モンスター0/スペル2(セット/セット)/ライフ3500/※《死のデッキ破壊ウイルス》発動中

「私のターン、ドロー。《魔宮の賄賂》。スタンバイフェイズ、不可視天使の効果発動。右のセットを戻す」
(ショウは認識は甘い。2枚のカードをシャッフルするとき、もしもどっちがどっちかをちゃんと把握したままシャッフルを終えようと思ったらどうやってもどちらか1枚を意識し続ける。そして今回ショウの動きにその跡はなかった。ショウは本気でランダムセットを行っている。だとすれば、ここからは簡単。セットカードを戻す。それをショウは見る。ランダムにセットしたということは、それはショウにとっても新情報であるということ。その時、絶対に垣間見える真実から次の一手を決めればいい。2枚最初から伏せられるよりも楽……)
「相変わらずウザい効果だ。わかったよ。右のセットカードを手札に戻す」
(これで……え?) しかし翔はここでも目を瞑り、カードを確認しなかった。
(どういうつもり? ここでもし私が攻撃宣言したらどうする……そっか。両方同じカードという可能性もある。あるいは最初から両方ともブラフである可能性。撹乱させて、あわよくばミスを誘う。あるいは、私が攻撃宣言した瞬間目をあけるのだろうか。だけど、ここで大事なことは1つだけ。ショウの手札にはあのときあるべきカードだけがあったということ。少なくともショウは2枚伏せることができた。そして私が戻せるカードは1枚だけだった。それは真実。紛れもない真実。だから私は、そこからのみ決断を下す)
 エリーは冷静だった。恐るべき静かさの中、決断を下す。
「バトルフェイズ、《不可視天使 アークエリザ》帰還。ショウにダイレクトアタック!」

エリー:7000LP
ショウ:2000LP


 翔は攻撃宣言の際、戻されたカードをみた。しかし微動だにしない。もう1枚のセットカードはそのまま。
(ショウの使用カードは、ショウの使用デッキは、ショウの闘い方は、既に掌握した。ショウは攻撃に偏っている。私が観察するのは貴方という人間自身。今までの決闘を今まで見てきた貴方で割ればそこには答えが見えてくる。貴方を過小評価するのは間違っていると思う。思うからこそ、私は真実に限りなく近い方だけを見続ける。そして、貴方を倒す。貴方は次の瞬間仕掛けるでしょう。だけどそれが……)
 エリーは山を越えた。確かにリスクはあった。むしろ、デュエルにおいてノーリスクはあり得ない。だがリスクを絞って絞って絞りきることはできる。そしてエリーは今、新堂翔というターゲットの可能性を狭めに狭め、最後に残った“小さなリスクの橋”を渡り終えた。それはすなわち、敗北を恐れる瑣末な感情すら消えたということ。消えたということは、後は仕上げるのみだった。いや、既にそれは仕掛けられていた。初手、《激流葬》と同時に伏せられていたカード。エリーは、初手で守ったのではない。攻めていたのだ。
「カードを1枚伏せる。ターンエンド」 エリーが、全てを遠ざけるのか――

「俺のターン、ドロー……」 はたまた、翔が一矢を報いるか――
(潮時、か) そのとき、翔の眼がギラリと鋭く輝いた。
「まずはこいつを喰らえ! 手札から《大嵐》を発動!」
「カウンタートラップ《魔宮の賄賂》を発動……否認します」
 ショウは押す。しかしエリーは押し潰す。迫るタイムリミット。ショウは、遂に大駒を解き放つ。
「1枚ドロー……《ダーク・コーリング》を発動! 墓地の《E−HERO マリシャス・エッジ》と、同じく墓地の《冥府の使者 ゴーズ》をゲームから除外! 現れろ! 《E−HERO マリシャス・デビル》」
 悪意の申し子マリシャス・デビル。翔の持ち札の中で、最強の攻撃力を持つ僕。
「ショウさんが大駒を出した! だけど、通用するのか? あのエリーに」
「エリーのペース、エリーの支配は変わらない。このままいけば……」
「もう半歩……どうやら間合いに入ったな」 「ディムズディル?」
「間合いに入ったんだ。上から俯瞰してみると一目瞭然」
「どういう意味だ?」
「“カードゲームは脚力”だ」
(カードゲームは……脚力?)

「バトルフェイズ! 戻ってきてもらうぜ! 《不可視天使 アークエリザ》!」
(ショウは攻撃力を高めてくる。その上限は? 仮に《異次元からの帰還》を絡めれば、不可視天使を撃破して更にエッジとゴーズでダイレクトアタックを決めることができる。そうなれば、私のライフは致死圏に至り逆王手。だけどそれには前提がある。デビルの打点3500さえ止めれば、仮にエッジやゴーズが帰還したとしても!)
「《E−HERO マリシャス・デビル》で《不可視天使 アークエリザ》に攻撃だ!」
《不可視天使 アークエリザ》を守備表示に変更! (届きはしない!)」
 エリーは、ショウがこれ以上カードを消費しないことを確認。悪魔を祓う。
「リバーストラップ《強制脱出装置》を発動。デビルを融合デッキに戻す!」
「《強制脱出装置》!」 「この場面であれを!?」 「エリーの勝ちか……」
(これで……チェックメイ……)



ようやく捉えた……射程距離内だ



 それは一瞬の出来事だった。しかし確かに、エリーの心を打つ電流――
(なんだろう――なにかがおかしい。この密度。この空間。なにかが――)
「押して駄目なら引いてみろ。リバーストラップ、《亜空間物質転送装置》発動!」
「え?」 一瞬、エリーは自分の脳裏にノイズがはいるような感覚を味わう。
「踏み込んだな。狩れるとみて踏み込んだ。俺はこのときを待っていた」

(おかしい。今までのデュエルからしてここでこれはない。何かがおかしい。私の中で“つじつまが合わない”。誤差の範囲を超えている? 無理に歪んだ動きを? なら今後はじっくり腰を落として闘えばそれで向こうは決定力が不足し敗北に至る筈。だけど、だけど……今ショウから感じたものは、よりスケールの大きな……悪意……?)
 エリーはこのとき空間がショウのものであるように思われた。自分のもののはずだったのに――

「なんだ? 風向きがちょっと変わった? 《亜空間物質転送装置》、か……あれ?」
「ああ、おかしいな。翔は《偉大魔獣ガーゼット》を使ってた。この2つの相性は最悪だ」
「普通は使わないカード。ショウさんらしい、かな。あの人は以前にも《ジャイアントウィルス》ピン挿ししたりしてますし、あれだけ精度の高いエリー相手には、それが逆に意表をつく……あれ? ダルさん?」
「ああ。おまえの言ってることはそう的外れじゃないだろうさ。けどな……こいつは……」
「え?」 「感じねえか? この一手。ただの一手じゃない。なんでか、そんな気がするぜ」

(こんなの。こんなのは、否定戦略の包囲網から一時的に逃れるためだけの不毛な一手に過ぎな……)
「さあ、カードゲームをやろうか」 自滅を予測するエリー。しかし翔は言う。“カードゲームをやろうか”と。
(カードゲーム……この人は……)
「さっきはばばんと『技』で魅せた。こっからはどどんと『力』で勝負だ。手札からカードを1枚伏せる。たったの1枚だ。だが、もうあんたの首には手がかかってるぜ。ドローラックを期待しな。おまえのデッキにも入っているある種のカードならあんたの勝ちだ。俺は潔くこの場で投了してやる。だがもしそうでないのなら……この勝負はおまえが思ってるより長引くぜ。さあ、ターンエンドだ。引けるもんなら引いてみな!」

「おいディムズディル。さっき言ったな。カードゲームは脚力だと。あのとき、おまえはいったい何を見た?」
「ショウとエリー。第1戦とは明らかに違う1つのこと。第1戦終了時、ショウは最初に立っていた場所から1歩分後ろに退いてしまっていた。だがこの第3戦においては、最初の位置に戻っている」
「なんだと!?」 第2戦。翔は攻め続けた。前進し続けた。だからこそ今がある。
「対してエリー、いかに観察に秀でても自分の足元はみえにくいもの。最初の位置より1歩前に出ている。距離を取るはずのエリーが前に出て、遠ざけられたはずのショウが元に戻っている」
 果たして、引き込まれていたのは誰なのだろうか。その流れはいったい誰のものなのだろうか。
「そしてショウは、満を持してもう半歩あからさまにも前に出た。そこがショウの間合いだからだ」

【6周目】
エリー:ハンド2/モンスター0/スペル0/ライフ7000/※《不可視天使 アークエリザ》《マジック・ストライカー》 除外中
ショウ:ハンド2/モンスター1(《E−HERO マリシャス・デビル》)/スペル1/ライフ2000

(わからない。わからないけど、ここは私の距離でないような気がする。私のものでないとすれば誰の?)
 言うまでもなかった。この場には2人しかいない。充満するショウの『気』。それが意味するものは何か。
(違う! 離れなくては。距離をとらなくては。ここは私の場所じゃない。私の距離まで離れなくては……)
 何かが起こった。エリーにわかるのはそれだけだ。紛れ込むノイズ。それはエリーに危機感を与える。
「私のターン……ドロー。《封印の黄金櫃》の効果により《マジック・ストライカー》 を手札に。スタンバイフェイズ、不可視天使の効果発動! そのセットカードを手札に!」

Vanishing Point

 不可視天使の羽ばたきが、飛びかう羽が、ショウを遠ざけんとする。しかし翔はもう、一歩も動かない。
「ああ、もうどっちでもいいんだよ。おまえが発動しようがしまいが、“力決闘”は始まってるんだからな」
 ショウは流れの中心にいた。なぜだろうか。しかし間違いなく、流れの中心にいた。
「チェーンリバース。《悪魔の誘惑》を発動。さあ、どうなるかな……」

《悪魔の誘惑》
速攻魔法
フィールド上に悪魔族モンスターが存在する場合のみ以下の3つの内から1つの効果を選択して発動する
●相手フィールド上に存在する裏側守備表示モンスター全てを表側攻撃表示にする(この時、リバース効果モンスターの効果は発動しない。)
●相手ターンのみ発動可能。このターン、相手プレイヤーは可能ならばバトルフェイズへ移行する
●自分ターンのみ発動可能。相手フィールド上の攻撃力1000以下の表側表示モンスター1体を選択する。 発動ターンのエンドフェイズまで、選択したカードのコントロールを得る。

(引き……込まれる。私が押しつぶしたのではなく、私が引き込まれている……?)
「バトルフェイズに移行したな。さーて。今度こそ見てやるさ。アークエリザの正体をな!」
「な、なんだ。あれは……不可視天使だ! 不可視天使の姿が少しづつ……」
「引き寄せられている。間違いない。なんらかの力……これは、ショウの力か?」
「諸君! あれを見ろ!」 ディムズディルが叫んだ。皆は一様に“それ”をみた。
「マリシャス・デビルは、あの場所から一歩も動いていない!」



悪意ある空間(マリシャス・ゾーン)



「《E−HERO マリシャス・デビル》の効果は既に発動している。姿を見せてもらうぜ。不可視天使!」
「え!? マリシャス・デビルに効果とかあったんですか?」 「俺も初めて見た。実戦で使われたのはな」
 翔の押す『力』は、《亜空間物質転送装置》という引きの『技』が決まった時点で8割方結実していたと言えるだろう。デビルの攻撃を跳ね返したミラーフォースという一連の流れの中で、既にデビルはある種の回転をかけていたのだ。マリシャス・ゾーンは、高みに漂う天使の姿を公衆の面前に晒し出す。
(ただの奇策なら食らわない。それでも無理矢理裏をかこうものならボロがでる。なのにこの流れ!?)
「控え目な不可視天使、なかなかかわいいねーちゃんじゃねーか。そんじゃ、景気よくぶったぎるぜ!」
 不可視天使はデビルに向かう。そして剣を振り下ろす。しかしデビルは、それを軽々受け止める。
「無抵抗の相手を遠く天から切り伏せるのは得意でも、タイマンの喧嘩は素人だな! アークエリザ!」
 デビルは鍵爪で不可視天使の剣を斜め45度の角度から挟み込み、ロック。射程距離に天使を捉える。
「この距離ならば届く。おまえの勝ちだ。殺れ! マリシャス・デビル!」
 デビルは左足を前に突き出し腰を落とし、そしてクロウを携えた右腕を後方に携える。この構えは!



Maliciousmash!!



エリー:5000LP
ショウ:2000LP


 強烈な鍵爪アッパーカット。天使を、悪魔が切り裂く。
「どうやらこの闘いはもう少し長引くらしいな、エリー」
(不可視天使が、私のカードが空に消えていく……)

「新堂とかいったな。あいつは面白い。ゴライアスからの記録ではそうキャリアを積んでいないはずだが、“決闘者の型”になっている。今どき少ないんだがな、こういう闘いをやれるやつは」
「聞かせてもらおうか。『脱構築型デッキ構築の申し子』の見解を」
「さっきの話の続きだ。デッキの身体同一化。デッキを己の手足と言い切れるぐらいに心中したやつにだけできるエリザベート攻略法。おいおい。なあに鳩が火縄銃くらったような顔してやがる。簡単なことだ。瀬戸川流の、『人札一体』を基調とするおまえにも身近な話さ。ま、おまえの場合は身近過ぎ、理論には逆に遠いか?」
「そう言われると段々近づいてきた気がするな」
「エリザベートというのは包摂するんだ。相手を自分の中に映し出すんだよ。これの厄介なところは先手ゲー。たとえ手の内を隠し映されるのを避けたとしても、先手を取られればそのまま負ける。そんな状況から手の内を解放しても即座に感知され叩き落とされる。見せても負け。見せなくても負けだ。結果、相手は死の二択の前に撃沈するか、無理に裏をかこうとして自滅する」
「おまえの【脱構築型決闘】ならアレの理解それ自体を超えれるだろうが、普通はそうなるな」
「だが、いい方法がある。新堂は今、俺達に正しい攻略法を示しているのさ。人間は人間、変わりはしない。たとえ本性を隠せたとしても、本性は変わらない。だが、デッキならどうだ?」
「構築……デッキチェンジか。しかしそんなことをしたとことで己は変わらん」
「ああ、変わらないな。ビートダウン使いがコントロールデッカーにチェンジしたところでそれを使う人間の質は変わらない。だがな、それは甘いからだ。見た目だけを取り繕っているからだ」
 ジンはもう何も言わなかった。ローマが興にいって話し始めたときはただ聞くに限る。
「剣士が槍をもったところで未熟さが露呈するだけの話だが、剣士が大きさの違う2つの剣をいつの間にか、極々自然に使い分けていたとしたらどうする? 人間の腕はどう足掻いても伸びない。だが、武器の射程なんてもんは、伸ばそうと思えば結構伸びるんだぜ。さてここで問題だ。エリザベートは相手を包摂する。その相手という概念の中に含まれるのはどこまでだ? プロボクサーのグローブ、プロゴルファーのクラブ、プロベースボーラーのバット、これらは一心同体だ。だったら、相手とやらに含まれるんじゃないか? なあ、瀬戸川刃。自然に、かつ、大胆に、いつどこで何が変わったんだろうな。本物が本物に、いつ変わったんだろうな」

(ずれる。ショウの動きは把握できてるはずなのにずれる。そしてそこを、ショウは正確についてくる)
 先程まで、新堂翔の姿はしっかりと見えていた。見えていたのだ。なのになぜ、ずれていく?
「メインフェイズ2に移行。私は……手札からモンスターを1枚セットしてターンエンド」
(何にしても流れが変わった以上は、今は守るしかない。ライフはある。ここは……)
 3500のダイレクトアタックを食らってはたまらない。壁を設けるエリー。しかし……。
「セットしたな?」 「あ……」 セットするということ。それは、流れが翔に傾いたということ。
「ああ、そうかい。だったら……ドロー。惹きつけてやるさ! 《悪魔の誘惑》発動!」
「(《悪魔の誘惑》第1の効果、それは守備封じ。下級アタッカーと連続攻撃されれば終わる)」
「カウンタートラップオープン、《魔宮の賄賂》! 1ドローと引き換えに発動を否認します」
 なんとか守りに入るエリー。しかし後手の賄賂は状況を打開するに至らない。
「そうかい。だったらこっちも腹をくくるぜ。《E−HERO マリシャス・デビル》を生贄に捧げる!」
 翔はこの瞬間を待っていた。いや、この瞬間を己が力で引き寄せた。第1戦は【バニシング・クロック・パーミッション】を前に完全に封じられていた【覇王システム】。しかし今、エリーの場にはおあつらえ向きの壁一枚。条件は全て整った。
「出ろ! 《E−HERO マリシャス・エッジ》召喚! バトルフェイズ、壁モンスターを貫け!」
 つながっていく。単なる読み外しならばつならがらないはずの線が、綺麗につながっていく。
「くっ、リバース効果発動。《マシュマロン》、1000ダメージをショウのライフに与える!」



かまうかあっ!



エリー:2900LP
ショウ:1000LP


(おかしい。さっきまでとは違う。流れが、流れが向こうに……まるで、何かの歯車が狂ったかのように)
「流れが変わった? ショウさんが生き生きしている。パワーが、テクニックが、最大になっている。何がどうなったんだ? エリーの裏をいくためだけの奇策なら、こうはいかない。どっかで行き詰る。だけど、今のショウさんには歯止めがない。力も、技も、グイグイ決闘を引っ張っている」
「あくまで俺の予測だが……あいつ、あいつのデッキは三連投じゃない」
「え?」 「たぶんだが、アイツは奇策と強行策を両立させた。おまえもそう思う……」
 ストラはディムズディルに相槌を求めた。しかし当の本人は、決闘狂人の眼をしていた。
(ディムズディルめ。なんて顔してやがる。エリーがピンチなんて、眼中にないのか?)
「ただの勝負師から、決闘者の顔になった。あいつと闘りたいな……」

「三連投じゃない……そうか。恐ろしく自然で、そして悪辣な手口だ。シンヤ、ヴァヴェリ戦を思い出せ」
「え? それって……そうか。あの人は僕の逆をいったんだ。“木を見て森をみず”。森ごと入れ替えた僕に対し、あの人は、外から見たら全く同じに見える森を2つ作って、その中身を細かく差別化したんだ。そして何食わぬ顔で当然のように……そうだ。“何食わぬ顔”。一戦目はそれこそ普通に闘うことになる。そのときエリーは絶好調。手の内を事前に否定され惨敗するがそれはそれで好都合。そして二戦目、これが肝だったんだ。愚直に、小細工なしで【マリシャス・ビート】。基本構造が同じなのだから愚直に攻めれば同じ部分しか相手には見えない。確かに、“何も考えずに攻める”だけではエリー対策にはなっても打倒エリーには遠い。だけど、“何も考えずに攻める”ことが、既に一種の策として昇華されていたとしたら……今からショウさんのデッキ配分を考えたところで後の祭り……?」
 人格とデッキ。抽象と具体。ヴァヴェリが具体を見ることに着目して抽象の次元で相手の眼を外した信也に対し、翔のやったことはその逆だった。力の流れを読み取って相手の動き方のアウトラインを立てることに秀でる相手に対しては、デッキによる拡張で食い破ればいい。教師の性格を読み取って江戸幕府が出ることを予測したところで、何代目将軍の分野が出るかまではわからない。それはむしろ過去問研究の領域だ。具体から抽象に至るのがヴァヴェリ、抽象を具体に当てはめるのがエリー。そして、エリーの強さはそこにこそあった。ヴァヴェリがあまりに煩雑な手順を要するのに対し、エリーは向かい合った相手を凝視するだけで敵を捉える。それゆえに圧倒的な強さを衆目に晒していた。しかし……。
「少しづつ、少しづつエリーの支配力が弱まってきた。ショウさんは無駄なことなんて何一つしてなかった」
「1戦目は普通にぶつかり普通に負けた。だが、それでショウは肌でエリーを感じ取れた。そして次戦、自分の顔色をうかがい続けるエリーに愚直に攻め込む自分を何度も何度も刷り込んだ。それは、エリー程の観察の天才には逆に恐怖としてうつる。ミスる前からエリーは揺らいでいた。いや、揺らいでるからミスったのか。そしてその延長線上には、“本物”を植えつけるショウがいた。何も考えずに攻める? 違うな。ある一つの背景の下、たった一つの、闘う意思を持ち続けた。だからこそ……」
「おそろしい人です。2戦目、あの人は決闘者としての自分をぶつけにいった……」
 一種の助平心があればそれは成立しなかっただろう。愚直を通り越した先にはあるひたむきさ……。
「『完全』に対し、小さな穴をあけそこへつっこんだ。いやそもそも、『完全』なものなどありはしない、か」
「本物のデッキから本物のデッキにチェンジしただけだ。何の不自然もない。だが、それが既に!」
(僕の逆……本当に、逆。僕が『嘘』をでっちあげて虚勢を張ったのとは根本的に違う。あの人のそれは『実』だ。『真実』をもって敵を欺いた。決闘者……決闘者だとでもいいたいのかあの人は!)
「悪意が二つ。【ぶれる悪意(Blurring Malicious)】……といったところか」

(高い観察力を持つ敵の本気、それはある程度は予測できた。おそらく、読みやすい体制を自分から築くのだろう、とな。案の定、あのルール制定においておまえはデッキの使用可能数を限定してきた。なるほど。正しい。そしておまえは強かった。予想“以上”にな。だが、俺は最初からおまえと5戦フルに戦って勝つつもりだった。奇襲と言うのは相手に奇襲をすることをギリギリまで悟られてはならない。こういう、遅れてきた奇襲もあるってこった。全てを飲み込む天性の持ち主が相手なら、それこそ胸を預けて飛び込めばいい。それで満たしちまえばいい。但し、飲ませたものがおまえの思う通りになるとは限らないがな。攻撃型のマリシャス・ビート。だがこの内、無理矢理押し込んでぼこるのを基調とするのがマリシャスビートAタイプ。そして、今使ってるのが無理矢理引き込んでぼこるのを基調とするマリシャス・ビートBタイプ。無論基本パーツが同じ分、AにはBの、BにはAの要素が入っているのが面白い。そしてこれらを完璧に使いこなすことができたのは、これだけの苦闘があったからこそだ。だから胸を張れる。だから俺のデュエルだと言える)
 “決闘者”になるということ。彼なりの、苦しみ抜いた上での結論――
(おまえが頑張って押し返している間、こっちは苦しみながらも引き込んでいたんだよ。確かにおまえは強敵だ。だが可能性は消えちゃいない。たとえ絞られても、それは鋭くおまえを貫く)
「カードを1枚セットする。ターンエンド。ついでだから言っておくぜ……」
 先日の夜、手強い“決闘者”を相手に、苦し紛れに言った台詞。しかしその言葉は今、『実』を伴ったものとして発現する。翔は、何の躊躇いもなくそう言った。決闘者の言葉だ。
「カードゲームは万屋だ!」
「あ……(この人は……)」

【7周目】
エリー:ハンド2/モンスター1(《マシュマロン》)/スペル0/ライフ2900/
ショウ:ハンド1/モンスター1(《E−HERO マリシャス・エッジ》)/スペル1(セット)/ライフ1000

「ドロー……(天罰……このカードでは状況を打開できない。)1枚伏せてターンエンド」
 至近距離での殴り合いを得意とする翔に対しエリーのデッキはヒット&アウェー。【バニシング・クロック・パーミッション】は、この間合いではその力を十二分に発揮できない。しかしそれ以上に、エリーは感じていた。この男には、この“決闘者”には勝てない、と。エリーは言い返せなかった。「カードゲームは万屋」だと喝破されたとき、彼女には何も言い返せなかった。ぶつけることができなかった。
(負ける。このままでは負ける。だけど、私にはこの流れを変える力がない……)
「ドロー……行くぜ! 《E−HERO マリシャス・エッジ》で《マシュマロン》を貫通攻撃

エリー:800LP
ショウ:1000LP


「カードを1枚セット。ターンエンド」 翔は、力強くそう宣言した。

【8周目】
エリー:ハンド3/モンスター1(《マシュマロン》)/スペル0/ライフ800
ショウ:ハンド1/モンスター1(《E−HERO マリシャス・エッジ》)/スペル1(セット)/ライフ1000

「ドロー……(引いた!) 《マシュマロン》を生贄に《風帝ライザー》を召喚! 効果発動。《E−HERO マリシャス・エッジ》をデッキトップに戻す。バトルフェイズへの突入を宣言、ライザーでダイレクトアタック!」
「『時』を止め、流れも止めるつもりだろうが……甘いぜ! ドッグ・ファイトならこっちが上だ! 《聖なるバリア−ミラーフォース−》を発動! 全攻撃モンスターを破壊する!」
 エリーは恐れを感じた。ショウが遠くへいったような感覚。何が本当で何が嘘なのか。
(安心しろよ。俺は今のところ嘘をついた覚えはない。全部俺だ。だが、今の俺は一味違う)
「不味いな。エリーの“軸”がぶれる」 「軸が……って、さっき言ってた話の続きですか?」
「察した通りだ。エリーの力は諸刃の剣。“才能”と言うよりはむしろ“本能”。エリーの観察は出したり引っ込めたりできる都合のいい“能力”ではない。否応なく読み続ける。エリーにはそれしかできなかった。引っ込めるどころか、決闘にのめりこめばのめりこむほど、集中すればするほど情報量は伸びていく。それゆえに、観察に秀でているがゆえに、読み込んだものに振り回される。そして、一度像を失えばリカバリーするパワーがない。新堂、あいつやりやがった」
「2つのデッキを使ったってことが、か……」
「違う。そこじゃない。あんな惨めな思いをしてまで、愚直に、愚直に攻め続けたことが俺にはでかく映るぜ。攻め続けたから今のあいつがある。いつ実るとも知れない愚直な策を実行し続けた。本気で一途に打ち込んだからこそ、今のこのテクニカルでパワフルな新堂がいる。決闘者だよ。こいつは間違いなく、決闘者の仕業だ。あいつはデッキを概念化して取り込んだ。だから40枚の枠を超えていく」

(押す一手ではなく引く一手……しかもただ引いただけじゃない。この引き方には流れがある……)
 このとき、客観的な視点からは一つの事実があった。主観的にいえば、最早結果論に過ぎないかもしれない事実。だが事実として、エリーは手札に《創造の代行者 ヴィーナス》を持っていた。それは即ち、最悪の場面においては《強制脱出装置》により《不可視天使 アークエリザ》を緊急退避、その後ヴィーナスの効果により限界まで用意された生贄を天に捧げ、再び不可視天使を展開するという一手がエリーのプランの中には組み込まれていたということを意味する。加えてエリーは、フィニッシュ用に《マジック・ストライカー》 をサーチしていた。つまり、エリーには採るべき正解が他にあったのだ。《強制脱出装置》で一端不可視天使を手札に戻し、デビルのダイレクトアタックを食らった後、次のターンで不可視天使を再展開、効果によりデビルをフィールドから退け、《マジック・ストライカー》 と共に超高高度からの直接攻撃を見舞う。しかしエリーにはその可能性すらチラつかなかった。《異次元からの帰還》を始めとした万歳アタックを、押して押して押しまくるショウを、そしてその可能性を全て押し返し否定する自分に飲み込まれていたからである。あらゆる可能性を絞り、最悪の想定を回避しようとすることが、逆にエリーを危険の中に引きつける。そこはもう、インファイトの間合い――

「墓地の《貪欲な壺》を除外して《マジック・ストライカー》 を特殊召喚。ターンエンド」
 エリーは最後の一手、《マジック・ストライカー》 を召喚して時間稼ぎを行う。だがしかし!
「最後のターンだ……悪意の大合唱。聞かせてやるよ。《E−HERO マリシャス・エッジ》をドロー。今日のテーマは“しつこく”だ。手札から《E−HERO ヘル・ブラット》を召喚!」
「はぁ……はっ……なんで……」 「《E−HERO マリシャス・エッジ》を召喚!」
 時をとめてもぶち破る。そんなショウを前にエリーはうなだれた。二戦目のショックから立ち直ったかに見えたエリー。しかし、翔はそんなエリーを休ませるほど甘いな男ではなかった。エリーには翔がぶれて見えた。二戦目の、一直線な翔。三戦目の、残像をまといながら迫る翔。そのいずれもが新堂翔である。しかし、前回は翔の気迫を受け入れすぎたために己を揺らし、そして今、エリーは今まで見ていたはずの、自我の拠り所としていた翔の動きを見失った。決闘者はカードを己に取り込める。取り込むことで、枝をいかようにも伸ばすことができる。そんな決闘者を前に、エリーは、己を失ったのだ。そんなエリーを遠くからみつめていたディムズディルは、ぼそりとこうつぶやいた。それは突き放したような一言――
「決闘者でない者を、僕は愛しいと思わない」
(わからない。信じられない。何もかもが、信じられない。ショウは、ショウはいまどこにいる?)
 類稀な観察力を持ちそれに対応して生きてきたエリーの悲しさ。本能の性質が相手依存であるが故の悲しさ。ショウを映し出すことで保ってきた己が、ノイズの混入によってぶれていく。
(いける! あの伏せカードはこちらのパワーを止めることができない。ならばこうするまでだ!)
「速攻魔法《エネミーコントローラー》第2の効果を発動。エッジを生贄に捧げ、《マジック・ストライカー》のコントロールを得る。そして2枚目の《ダーク・コーリング》を発動。墓地のデビルとエッジをゲームから除外、純粋培養の……《E−HERO マリシャス・デビル》を再び特殊召喚。これが【覇王システム】だ!」
(壊れてく。脆い自分が、壊れてく――)

【5ラウンドマッチ第3試合】
●エリザべート―新堂翔○


俺の……勝ちだ
……。




【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
執筆に異常な時間を要すると「こいつは絶対面白いぜ!」よりはむしろ「面白いといいなあ」というマインドになります(苦笑)。読み返せば読み返すほど(当然のことながら)自分の中で新鮮味が薄れ「これでいいのか?」と不安になるわけです。つまりあれだ。さっさと更新しろって話だよな。しかしこれがまた無駄に時間かかるんだ。


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。


                TOPNEXT




























































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































inserted by FC2 system