「気味悪い……」 「え? どうしたの?」
「気味悪いって言ってるの、あんた」
「え? なんで……なんで……」
「白々しい。私を覗き見するみたく……うざいのよ」
「そうよそうよ。あんたとは、もう遊ばない」
「いいとこでぜえんぶバツ印うたれて……」
「あんたは楽しくても私達はさいっていよ!」
「ごめん! 悪いとこあったらなおすから!」
「見下して! 全部わかってますってその顔!」
「いかないで! ごめんなさい……ごめんなさい……」


「あ……」 エリーは目を覚ました。今日は三回戦の日。長い長い、三回戦の朝だった
(10歳ぐらいの私が立ってた。嫌われたくなんかないのに、みんなに嫌われる私……)
 エリーはあっさり着替えを済ますと顔を洗って髪をセット。彼女は、足早に外へ出た。
「いい天気。今日も頑張って、嫌われてこないと。そうじゃなきゃ、余計嫌われる……かな」
 エリーは所在なくきょろきょろした。偶然にも、暇そうなベルク=ディオマースがいた。
「おはよ」 「ああ、てめえか」 「千鳥はいないんだね」 「アイツとストラは先いったぜ」
 暇そうなベルク。もっとも、話をふってものってきそうにないので事務的なことだけ聞いた。
「ディムは?」 「知るか。んなことよりこいつを千鳥に渡せ。苦戦したらあけろって伝えな」
「わかった、じゃあ私もいってくる」 「おいカス」 「ん?」 「ぶっ殺してこい」
「あ……りがと」 一種の激励なのだろうと読み取ったエリーは試合会場へ向かった。

「と、いうわけで俺は寝るからちゃんと起こしてくれよ。500円やるからちゃんと起こしてくれ」
 その頃、新堂翔はといえばむしろ今から寝るところだった。横では桜庭遥がげっそりしている。
「なぜだ」 「俺の試合は最終戦だ。コンディションを合わせるには今から寝るのがちょうどいい」
 万屋“ヴィーナス”。そこには相変わらず2人の男。1人の男は頼み、もう1人の男は問いただした。
「俺の試合も最終戦のような気がするんだけどな」 「大丈夫。斎藤におまえが負けるはずない」
「そうかいそうかい。だったらよ。500円いらないから聞かせろよ」 「なに!? 500円いらないのか」
「茶化すな。おまえ、何が狙いなんだ? 金とかじゃないんだろ。おまえがこの大会に求めてるものは」
「別に。『狙い』なんてすっげえもんはねえよ」 「じゃあ聞くが、おまえは今日、なんでそんななんだ?」
 ある意味において、新堂翔はまるで遠足前の小学生のようだった。おやつは300円までである。
「そんな曖昧な質問すんなよな。徹夜したから眠いんだって」 「徹夜? おま、なにやってたんだ」
「決闘に勝つための準備に決まってるだろ。今日はでかいヤマなんだ。準備くらいするさ」
 桜庭遥は内心驚いた。どちらかというと感覚派だと思っていたからだ。『準備』、やつはそういった。
「エリー……あいつになにかあるってのか?」 「ハルカもやったからわかるだろ。あいつは強いぜ」
「見えねえな。どーも」 桜庭遥が首を傾げるのを見て、翔は口を開いた。相棒への信頼だろうか。
「くだらないことさ。はっきりいえば単なる『勘』なんだ。こいつ、なにかでかいもん秘めてるなっていう」
「『勘』。おいおい。本気かよ」 「あるいは、おまえや片割れみたく俺もあの娘に見つめられたいのかもな」
「冗談か本気かはっきりしやがれ」 桜庭遥は余計頭が痛くなった。翔は少し笑って核心に迫った。
「こんなおんぼろ万屋で汚い稼業を営む人間にも、“純粋な勝負”とやらを求める気持ちがあるのさ」
「おんぼろで悪かったな……だが、ちょっとだけおまえの本音が聞けたような気がするぜ」
「勝ちたいんだ。くだらないしがらみとかこだわりとかもなく、純粋に高さを競い合って“勝つ”」
「翼川の連中と遊んだ時以来か? 演技がガチになるのは仕事人としては最低だぜ」
「悪いな。本当に悪いと思っている。どのくらい思ってるかと言うとボンバーマンジェッタ……」
「たとえは最後まで言ってから寝ろっての。気になるじゃねえか。どうせわかんねえけど」

                          ――――

「《氷炎の双竜》効果発動。壁モンスターを除去。《ホルスの黒炎竜 LV8》でダイレクトアタック」
「ウィナー! 西川瑞樹! 三戦三勝により予選突破! 本戦進出!」 「ふぅ。なんとかなったわね」

Aブロック 村坂 鋼 西川 瑞貴 野々村 妙 安藤 健治 得失点差
村坂 鋼 No Duel ●(+5200) ○(+8800) ○(+8000) +11400
西川 瑞貴 ○(+5200) No Duel ○(+5100) ○(+7100) +17400
野々村 妙 ●(−8800) ●(−5100) No Duel ●(−1800) −15700
安藤 健治 ●(−8000) ●(−7100) ○(+1800) No Duel −13300

「危なげなく勝っちゃった。やっぱり西川瑞樹は強い」
 エリーはいつものように、Aブロック第1試合からそこにいた。十戦百戦飽きないものである。今日のエリーは自慢の(?)金髪を纏めてポニーテールにしていた。理由は単純。暑いから。
「あっつ……よお。試合は一番後ろなのに、やっぱり全部見てるんだな」
「アキラ。偵察ってわけじゃないけど……癖、なのかなあ」
 少し照れくさそうにするエリー。まだ少し眠そうなアキラ。
「ま、自分のやりやすいのが一番だよな。そんじゃあとでな」
「どこいくの?」 「ディムズディル謹製“地獄めぐり必殺特訓”」
 とりあえず“必殺”とかいれるセンスにつっこんではいけない。
「必ず殺されるんだ……」 「殺されて無理矢理蘇生されるんだろよ」

「蘇生してもらえるなら優しいものだ。俺なら放置するがな」
 割り込む声。男の声だ。それも、相当に攻撃的な声だ。
「誰だ!」 「ディムズディルの弟子共。実に生温い空気だ」
 その男が近づくだけで、2人は身構えざるをえなかった。
「貴方は……ローマ……ローマ=エスティバーニ……」
「フルネームで覚えていたのか。こっちは忘れかけだったんだが」
「私は、一度会った人の名前は極力覚えるようにしています」
「“エリザベート”、“エリザベート”というのがいいんだろ?」
「……」 迫りくる肉食獣は、いやがおうにも緊張を煽る。
(こいつが? 『脱構築型デッキ構築の申し子』……)
「何の用ですか? 貴方は、参加者じゃないんでしょ」
「エリー、おまえはこいつのこと知っているのか?」
「そうでもないです。昔々にちょっだけ……です」
「はっは。相変わらず、好かれてはいないようだな」
「これ以上近寄らないなら、私は何も思いません」
「決闘者生活を満喫中、といったところか?」
「そうです。それがどうかしましたか?」
(珍しいな。エリーが敵意を……いやむしろ、警戒心?)
「安心しろよ、試合前のやつを狙いはしない。仕事だからな」
 ローマは2人に背中を向けた。そして離れていった。
「今にも飛びかかってきそうなオーラをもったをもってるな」
 アキラはそう纏めた。アキラは多少の興味をひかれていた。
(もう少し、話しこんでみたい気もしたな。あの男からは……)
 しかしエリーは逆だった。エリーは、こう纏めた。
「気にしなくていいと思います。少なくとも、今は……」

                         ―――――

「手札1枚と1000ライフをコストに《The big SATURN》の効果発動。Goー! 《The big SATURN》」
(くそ! 最後まで、最後までこいつのデュエルを見切ることができなかった。のらりくらりしやがって)
 悔しがる相手決闘者だが、あたった相手が悪かったということか。男は、気楽なものだった。
「わりいな。そういうノリなんだ。おっ、結構おれってなんだかんが言いながらいい成績だよな」

Bブロック 荒崎 順次 辻村 桜 ダルジュロス 国枝 源五郎 得失点差
荒崎 順次 No Duel ○(+2100) ●(−5100) ○(+3000) ±0
辻村 桜 ●(−2100) No Duel ●(−4900) ○(+1500) −5500
ダルジュロス ○(+5100) ○(+4900) No Duel ○(+5000) +15000
国枝 源五郎 ●(−3000) ●(−1500) ●(-5000) No Duel −9500

「さっすが。でも右手がロケットパンチになる今日のギミックにはいったいなんの意味があったんだろ」
 Bブロック最大のハイライト。この一発ギャグの為に失格になりかけたのが今日最大のピンチだった。
「フォッフォッフォ。あやつのことじゃ。適当に馬鹿を散らして真剣を紛らわすつもりなのじゃよ」
「おじいさま」 「今日の相手はまぎれもなく強い。お主の全部を出さなければ勝てんぞ?」
 今日は出番もないのにわざわざそんなことを言いに来たのだろうか。元気な老人である。
「わかってます」 「さてさて、わしもまだ枯れてはおらん。若い者への嫌がらせくらいはせんとの」
 既に本戦進出が難しくなっているヴァヴェリだが、それで意気消沈するにはあまりに若過ぎた。
(元気だなあ。勝って負けて、それを繰り返している内にあんな風な感じになっていくのかな?)

                         ――――

「ウィナー……武藤浩司! 三戦三勝で武藤浩司本戦進出!」
「なんやねん、それ……。俺まだ何にもやってないやないか」

「もう来ておったのかエリー。どうした? 試合をやっていないようだが」
「あ、チドリ。なんか進行早まっちゃったみたい。相手がこなくて不戦勝だって」
「不戦勝となるとやや公平ではないな。しかし、3連勝すれば何の問題もない」
(相変わらず強気だなあ。こういう気丈さがちょっと羨ましい……かも)
「もっとも、まだ1勝のやつが向こうで足掻いておったがな」 「アキラのこと?」
「ディムズディルがしごいておった。ヴァヴェリとストラと我の3人がかりだ」
「ベルクは?」 「知らん」 「これ、ベルクから」 「む?」 「苦戦したらあけろって」
「苦戦が前提とは白々しい男だ。今度あったらあやつを蒸し殺してくれよう」
「蒸すんだ」

                        ――――

「おまえ、なんでこんなに強いんだよ」 「おまえが弱すぎるんだよ、網代。よくあがってこれたな」
「余計な御世話だよクソったれ。なんでおまえが予選落ちなんだよ。わけわかんねえぜ」
「そりゃあ俺を倒したあいつがもっと強かったってだけの話だろ。世の中は広い」
 と、そこへその“もっと強かったあいつ”が新上の元に近づいてきた。
「そっちも終わったようだな」 「結構な泥試合だったけどな。ゴーレムで決めたよ」
 ディムズディルと新上達也。かつて激戦を繰り広げた者同士である。
「僕との時より更に伸びたようだな。試合の機会がないのがさびしいぐらいだ」
「そう焦ることもないだろ」 「焦る? 僕が?」 「また、いつかだ」 「ああ、そうだな」
 ディムズディルはふっと一息ついた。その様子をみて、新上は不審がった。
「おいディムズディル。体調が悪いのか? 身体の栽培機能が低下しているように思える」
「いや、特に問題はない。心配は無用だ」 「そうか。それならいい」 「さて、撤収の時間だ」
「次は負けんぞ。ディムズディル」 「再戦を楽しみにしているよ。2代目栽培仙人」

Eブロック ディムズディル 網代 開 新上 達也 小野 妹子 得失点差
ディムズディル No Duel ○(+7800) ○(+7900) ○(+4200) +19900
網代 開 ●(−7800) No Duel ●(−6000) ●(−5500) −19300
新上 達也 ●(−7900) ○(+6000) No Duel ○(+4100) +3200
小野 妹子 ●(−4200) ○(+5500) ●(−4100) No Duel −2800

「遠目にもあんまりいい調子じゃなかった気がするけど、ディムは流したのかな? ディムのことだから何の問題もないと思うけれど……何の問題もないか。どうせディムだし。いつもの杞憂杞憂」
 幾度も死線をくぐってきた男だけに、エリーは心配することを馬鹿馬鹿しいと割り切った。
「次は千鳥の試合。だけど、千鳥なら問題ないよね。それより、もうすぐ私の……」
 しかし、ところがどっこい。瀬戸川千鳥は問題ありありな女であった。

                        ――――

「はぁ……はぁ……《迅雷の魔王−スカル・デーモン》でダイレクトアタック!」
「美意識の欠片もない攻撃! 女の身でそこまで無骨な攻撃を繰り出すか!」
「五月蠅い! つべこべほざく暇があるなら、この攻撃をとめてみろ!」
「いいだろう。引導を渡してやる! 《聖なるバリア−ミラーフォース−》発動!」
「やらせん! カウンター罠! 《盗賊の七つ道具》を発動!発動を無効に!」
「奇遇だな! こちらもカウンター罠《盗賊の七つ道具》を発動! 発動は有効だ!」
「馬鹿な! くっ……」 悪鬼の雷は反射され、無残に己が身を焼き尽くす。
「噂はよく聞く。随分と狭く世間を使っているようだが、消えてもらうぞ瀬戸川!」
「貴様ぁ……」

「嘘、千鳥が苦戦してる。このままじゃ……このままじゃ押し切られて負けちゃう?」
「萎縮して持ち味がでてないな。まあ、相手も中々やるようだから、こりゃ負けるかな?」
「あ……」 エリーは聞き覚えのある声を聞いて振り返ると、そこには新堂翔がいた。
「おはよう……いや、こんにちわの方が適切だったか。どうだい? 調子の方は?」
 眼がさめていくばもない新堂。しかしその分コンディションは完璧であった。
「いい……と思います」 一方のエリーは朝から。しかしそれもまた調整法である。
「そりゃよかった。今日は面白いデートにしたいからな……」
「私が……全ての力を出し切れるような状態の方が……好みなんですか?」
 エリーは伏し目がちに聞いた。答えはもうわかりきっていたが、それでも聞いた。
「ああ。だから頼むぜ。下手な遠慮とかはしないでくれよ。じゃないとうらむぜ」
(わかってる。ショウはとてもとても強いのだから。千鳥を倒してのけるぐらいに)

瀬戸川千鳥:3500LP
木屋輝義5000LP:


「“だぶるすこあ”か。しかし、こんなもので勝ったおもうな!」
 しかしその千鳥は押されていた。状況は一向に好転しない。
「この程度で勝ったとは思わない。だが勝つのはこの俺だ」
「ちぃっ! 我は、我はこんなところで負けるわけにはいかんのだ。こんなところでぇ……」
 新堂翔に負け、不調に沈む千鳥。と、その時、千鳥の服から1枚の紙切れが落ち、広がった。
(ん? あれは、エリーから預かったベルクからの……劣勢の時に開けろといっていたようだったが……)
 そこにはドイツ語の文字が書かれていた。もしかくしなくてもベルクの筆跡。何と書かれていたのか。
Geschlagener(負け犬)
 この時、千鳥の中の何かが切れた。元々わかりやすい女である。それはもうプチっと糸が切れた。
「べ〜る〜くぅ〜。どこだ、どこにいる。今すぐ貴様の元へ行ってその腐った性根を叩きなおしてくれる!」
「燃えたところで無駄だ。この俺の最強デッキ、【闇夜の仮面舞踏会】の前ではどんな攻撃も……」
「貴様風情に一々かまっている暇はない! 我のターン、ドロー。カードを1枚伏せてターンエンド」
「何をするかと思えばその程度。ならば貴様にもう用はない。俺のターン、ドロー。手札から《仮面呪術師カースド・ギュラ》を召喚。そして《闇の仮面》をリバース。墓地から《盗賊の七つ道具》を回収。この2体を生贄に捧げ最強のモンスターを召喚する。いでよ! 《仮面魔獣デス・ガーディウス》!」
「仮面魔獣だと!? なんと醜悪な!」
「踊れガーディ! 瀬戸川千鳥にダイレクトアタック」
「速札反転! 《クリボーを呼ぶ笛》を発動! デッキから《ハネクリボー》を特殊召喚!」
「何をやるかと思いきやそんな小細工! 構わん! 《ハネクリボー》を粉砕しろ! カードを1枚伏せてターンエンド。所詮おまえはここまでだったということ……」
 舞踊る木屋輝義。しかしその時、千鳥は呟いた。
「言い残したことはあるか? 冥土の土産に聞いておこうか」
「言い残し? 冥土の土産。おいおい。それはむしろこっちの……」
「おまえのごたくはもう聞き飽きた! ゆくぞ! 瀬戸川流六天札!」
「な!? おまえの方から言えって……」 「問答無用! 我の番だ。ドロー。この4枚を墓地から除外!」
 光属性・天使族一枚と闇属性・悪魔族三枚。そのチョイスが意味するものは、たったの一つ。
「《天魔神 ノーレラス》を召喚。体力を『千』支払い効果を発動! 全てを消し飛ばす!」
 ノーレラスは冥界への門をこじ開ける。そして、己自身を含む全てを吸いこむのだ。
「くそ! テクニックで劣るからと大味な技を……そんなことで流れが変わるか!」
「問答無用と言っている! ノーレラスの効果でドロー……通常召喚! 《ファントム・オブ・カオス》! 効果発動。墓地のノーレラスの効果をコピー……ライフを1000支払ってくれる!」
「なにぃ!? き、貴様正気か!?」 木屋輝義、思わずドン引きであった。

「なあエリー……あいつってさ。金運あんまないだろ。あと男運もない」
 パートナーは守銭奴のベルク、実の兄は借金奉行のジンである。
(うあ……否定できない。ごめん、チドリ……) 「愉快なやつだよなあ」
「ファントム・オブ・ノーレラスの効果を発動! フィールド上の全てのカードを墓地に送る!」
「そんな自殺行為に何の意味がある。血迷ったか瀬戸川千鳥!」
「問答無用! ノーレラスの効果はまだ続いておるぞ!」
「まさか! ここでキーカードを引くつもり……」
「はああああああああああああああああ!」
 瀬戸川千鳥は動の極みにより神経を指先に集中してカードを引く。意味こそないが恐るべき気迫だ。
「ドロー……《早すぎた埋葬》を発動。復活せよ! 《迅雷の魔王−スカル・デーモン》! いざ勝負!」
「ば、馬鹿な。気合でカードを引きい 「問答無用! ダイレクトアタック!」 せめて最後まで喋らせろ!」

瀬戸川千鳥:700LP
木屋輝美:2500LP


「な、なんてやつだ。だ、だがな! 俺も地方の有力豪族と謳われた男だ! 国内大会のベスト4決定戦では、あの九州三強の一角さえ崩したこともある。ソリティアの会の、エースクラスの実力が伊達ではないことを証明するのは最早義務。そうだ。貴様にできて、俺にできないことがあるものか! 引いてやる! ここでゴッドドローを見せてやる! うおおおおおおお! 俺はこのカードにかける! ドロー……ゆ、《遺言の仮面》でしたああああああ!」
「デュエルは度胸! 気迫で押された貴様に勝機などあり得ん! 喰らえ!」



瀬戸川流決闘術奥儀


『怒髪天昇撃』!



Fブロック 山神 悠馬 木屋 輝美 瀬戸川 千鳥 佐藤 大作 得失点差
山神 悠馬 No Duel ●(−3200) ●(−4500) ○(+4000) −3700
木屋 輝義 ○(+3200) No Duel ●(−700) ○(+6800) +9300
瀬戸川 千鳥 ○(+4500) ○(−700)  No Duel ○(+4100) +7900
佐藤 大作 ●(−4000) ●(−6800) ●(−4100) No Duel −14900

                          ――――

「千鳥が勝った! よかったあ。勝てて……あれ? ショウは?」
 エリーが試合に集中していた傍ら。翔は既に試合場に向かっていた。
「そっか。そうだよね。敵と一緒に、仲良く試合場になんていかないよね」
 『敵』。エリーの口からの、その響きにはどこか哀愁があった。
「ここには誰もいない。だけど、あのフィールドにはみんながいる」

「さてと。もうそろそろか」
「へい! 新堂! 調子はどうだ?」
「ディムズディルか。ああ、いいぜ」
「今日は一部始終見学させてもらうよ」
 ディムズディルは、エリーとは違って全ての試合をみていない。どこか大ざっぱな考え方。と、同時にどこか無頓着な考え方。しかし今日はみるという。偵察ではなく、純粋に注目しているのだろうか。
「そうか。そんじゃ俺は……ああそうそう。どうせだから言っておこうと思う」
 新堂は、やや改まった調子で相手に告げた。
「俺は、今日づけで決闘者になろうと思っている」
 『何を今更』、ディムズディルはそう言わなかった(・・・・・・)
「わかった。君の回答、じっくりみさせてもらおう」
「それじゃいってくるぜ。デートの時間だ」

                          ――――

「ユウイチ! ここにいたんだ。そこで何してるの?」
 智恵の呼びかけに応えるかのように、勇一は立ち上がった。
「どっちでもいいんだけどな。暇だからさ。試合でもみようかなって」
「次の試合……ヒジリの……じゃないね。新堂VSエリザベート」 
「ああ。どうやら、少しづつ人が集まってる。おれのとき並か?」

「両者前へ!」 レフェリーの合図と共に2人の決闘者が前に歩み出る。
「Gブロック第一試合のルールを発表します。ルールは……」
(さ、鬼が出るやら蛇がでるか) (何が出るかな何がでるかな)
 やや緊張する2人だが、その緊張をぶち破る一言だった。
「貴方達で決めてください。今日のルールは、貴方達次第です」
「どういうことだ? 俺達が決めるだと?」 「え? それって……」
「互いに条件を出し合って合意したら即デッキ作ってバトル。それだけです」
 呆気に取られた2人だったがすぐにその意味を飲み込み、納得した。
「なるほどな。面白い。そのデュエル、のった。むしろありがたいぐらいだ」
「私も……異存はありません。そのルールを……呑みます」

(面白い趣向を考える。普通に考えて、こっちだけ10枚でスタートする、といった条件は合意がとれない。よって見かけ上は、形式上は平等なルールを提案することになるだろう。だが、それが曲者だ)
(この「ルールを自分達で作るというルール」において重要なのは、いかに平等に“見える”ルールを提案するかってこと。ルールを決める段階で、すでに勝負は始まっているということ)
(当然のことだが決闘者には個人差があり、その「個性」のうちのどれが「上等」かを決めるために俺達はこんなところで闘っている。ということは、己の個性を最大化するルールをこっそり忍ばせた者が有利ということ。交渉力、言葉の力か……)

「ただし、一つだけ条件があります。このルールを考えたお方からの伝言です。“今日中に終われ”」
 “今日中に終われ”。逆にいえば他は何をやってもいいということ。恐るべき、恐るべきルール。
「りょーかい。それだけは守るさ」 「おっけ。じゃあ、時間も惜しいからはじめよっか」
 2人は互いにそれぞれの思惑をもって相手を見つめる。先に仕掛けたのは翔だった。
「そんじゃ、俺から提案させてもらうぜ。1戦じゃつまらないから10戦やろうぜ」
 翔は、大会本部からこの趣向を聞かされた時から、この手の提案を考えていた。
「長すぎない? ちょっと」 「かもな。だったら5戦やろうぜ。そのぐらいが丁度いい」
 もっとも、そこに戦略的意図はあまりない。単純に、とことんやった上で勝ちたかった。
「わかりました。じゃあ、今度は私から提案。完全時間無制限。いいですよね?」
 と、そこへエリーの返し技。先に10戦を断られた翔にとっては不意打ちになる格好。
(おいおい。「長すぎない?」なんて言っておきながら本心はそれか。いい根性してるな)
 多少感心しつつも彼は抑えの一手を打つことを怠らなかった。基本的に、用心深い男である。
「あちらさんが言ってただろ。今日中に終われってな。歯止めはいるだろ」
「ですから、その分サレンダーを自由にすればいいと思います」
 それが言いたかったのか? 翔は少し迷ったがやはり歯止めは必要なので承諾。とりあえずここまでは戦略と趣味の間ぐらいの協定か。翔はまた少し考えた後、本格的に攻めはじめた。
「それと、だ。ちょっと考えたんだが、サイドボード無しでやるってのはどうだ?」

(さあて――のるかそるか――ここからが勝負だ)
(翔の顔色が変わった。今度は、攻めてきている)

「え? それだと後半楽しくないんじゃ……」 「その代り、だ。デッキは2つ組む。これでどうだ?」
 うってかわって今度は戦略的な見地からの提案。エリーは少しの間押し黙り、その意図を掴まんとする。
(予めデッキを2個組んでやることのメリット。サイドチェンジでオフェンシブ・サイドボーディングを行う以上のデッキチェンジが可能になる。でも、それとは逆に、対応型のサイドチェンジが効かなくなる格好。攻撃的なこの人らしいルール。私のサイドチェンジによって、細かく対応されるのを嫌ってこんな条件を出した、ってところ……かな。問題は呑むか呑まないか……違う。それだけじゃない)
(さて、この条件を素直に呑んでくれるかどうか。呑んでくれるとこっちとしては楽なんだが……)
 が、エリーは素直である一方素直ではない。当然のことだが、ここで更なる駆け引きを迫る。
「その条件を呑む代わりに、こちらからも条件があります」 (ほらきた。流石に楽はさせてくれないな)
「使用するデッキは2つですが、その代り、同じデッキを使えるのは3回まででお願いします」
(2択状態を縛ることで、こちらの動きを読みやすくするつもりか。だが……これはこれでいい)
 おおまかに思い立った戦略。それを実行する上で、大きな障害はないと予測。翔は決意した。
「わかった。そうしよう。他に提案したいことはないか?」
 エリーの方から積極的な提案はみられない。妥協点を図って捌くのみである。だが、そこに翔はエリーの怖さの一端を感じている。そういう型なのだ。ならば聞いてみるのも一興か。
「……1つだけあります」
「なんだ?」
「いいデュエルを」 
 翔は笑った。こうなっては是非も無しだ。
「約束するよ。なんらな指きりでもしようか?」
 ルールの合意は完了。それは同時に、デッキ構築開始の合図でもあった。

「へー。面白そうなことやってるなあいつら。おいディムズディル、もうやってるぜ」
「のようだな。なんとなくだが、ローマの匂いがする。あいつはあんなのを好む」
「ローマ、か。そいつの名前にはちょっと興味があるな。けど、今は断然こっちだ」
 左から順にストラ、ディムズディル、アキラが見守る構図。と、そこへもう一人の男。
「アキラさんにダルさん。それに……ディムズディル。試合観戦、ってところですか?」
「そういうこった。おまえも見るんだろ? つーかみんなそうみたいだぜ。いい具合だ」
「ホントだ。どうやって広まったんだろ。最終戦の割に人が沢山集まってるな……」
「単純に興味があるんだろうよ。それに……」 「それに?」 「あいつらは顔がいい」

 身も蓋もない意見であった。

「で、おまえらはどっちが勝つと踏んでんだ? エリーか、それとも新堂か」
 ストラは皆に話題をふった。おそらくは、誰もが気になっている話題。
「難しいですね。ショウさんはびっくりするほど強い。だけど……」
「俺は両方とやってるが、予想は難しいな。どっちも曲者だからな……」
「そうか。じゃ、折角だから賭けようぜ。予想が難しいなら賭けになる」
「不謹慎ですけど乗りましょう。ショウさんに千円」
「じゃ、俺はエリーに千円だ。アキラ、おまえはどうする?」
「やった時の印象だけなら迷う、が、世話になった分エリーに千円だ」
「おいディムズディル! おまえも賭けろよ! おまえはどっちだ?」
「ふぅ。君らときたら……その紙を貸せ! きっちりのってやる!」
 ディムズディルは賭け用紙に何らかの内容を書いて折りたたんだ。
「さあ、後は見守るだけだ。僕らにできることは何もなく、ただ見物するだけだ」

                       ―フリーデュエルスペース―

「よっしゃあ。今日の俺は半端じゃなく強いぜ! 止めれるもんなら!」
「くそ! 今度こそ止めてやる! 連勝もここでストップだ!」
「……」 無言の男が決闘を見守っている。近寄りがたい男だ。
「おまえが人のデュエルをのんびり見物するとはな。意外だな」
 と、そこへ1人の男が後ろから近づいた。物おじしない男だ。
「なんの用だ」 その男、ローマは、振り返りもせずにそう聞いた。
「金になる話を探している」 瀬戸川刃。神出鬼没なその男。
「ディムズディルやゴライアスをあたりな。俺は色々忙しい」
「忙しいなら尚のこと手がいる筈だ。決闘見物が忙しいとでも?」
「俺のターン、ドロー! 《ライトロード・マジシャン ライラ》の効果発動!」
 決闘の方は、【ライトロード】使いの男が圧倒的に押していた。
「一方的だな。しかし、アレにおまえの興味がかきたてられるとは思えん」
「ああ、弱いぜ。大会でもボロボロの戦績だ。隅で愚痴をこぼしてやがったが、それがまた酷い愚痴でな。形式に運がなかった。それで憂さ晴らしに野試合に臨んでいたわけだが、周りは全国から集まった猛者ばかり。負けに負けてどつぼにはまり、自滅の道だ。そしてまた愚痴るわけだ。強いデッキさえ使えれば勝てたんだとさ」
「典型的だな。ますますおまえの興味を惹くとは思い難い」
「だからだ。つくってやったんだよ。絶対に勝てる、最高のデッキをな」
 ローマは邪悪な笑みを浮かべた。刃は、反射的に何かを感じ取った。

(いける! いけるぜ! このデッキは最高だ。今までの負けが嘘みたいだぜ)
 男は有頂天になっていた。彼は浸っていた。自分の力に酔い始めていた。
(あのローマってやつの説明からすると、今度はケルビムか。しかし、この局面なら、ライラを蘇生させた方がもっと格好良くフィニッシュに持ち込める気がする。よし、今度は目先を変えてみるか……)
 男は、手札から《早すぎた埋葬》を取り出し、使おうとした。しかし、それは叶わなかった。
「あ、あれ? なんだ? 指が……腕が……なんだ? おかしいぞ。おい、ちょっと待て……」
「ん? なんだ? アレはまるで……」 訝しがる刃の横で、ローマは笑いをこらえていた。
「うわあああああ! な、なんなんだ! 腕が、指が、身体が勝手にうごくううううう!」
 その男、野々村は抗うことができなかった。まるで、デッキの操り人形である。
「なんだ? 己の意思とは無関係に決闘をやらされている? これはいったい……」

「ハーハッハッハッハ! これがローマ=エスティバーニ謹製脱構築デッキ“radical marionette”だ」
「『R』! 貴様一体、あの男に何をした! あのデッキにはいったいどんな仕掛けを!」
「真に強いデッキとは? 決まっている。どんなボンクラが使おうと、どんなに才能のないやつが使っても、たとえ使い手が自ら負けようとしても、絶対に勝ってしまうデッキのことだ。プレイにおける択一性を極限まで廃し、かつ、パワーをギリギリまで底上げした構築をベースに、カードスリープに仕込まれた隠し文字がデッキシャッフルの際サブリミナル効果をもたらす。そしてとどめはスリープにしこまれた配合薬物だ。これらが、連勝の興奮により頭から分泌される脳内麻薬と混じり合い相乗爆発を引き起こすことで、最早こいつには、決闘を続け、勝ち続ける以外に選択肢がなくなり、最後には手を止めることすらできなくなるというわけだ。よくできてるだろ?」
「う、うわああああ! もう、もうやめてくれ! 負けを、負けを認めるからさ! 頼むからもう!」
「お、俺に言われたって何が何だか……うわああ! も、もう攻撃するなぁ〜〜攻撃ィィ!」
 まさにカードの地獄絵図。敗れた者はカードを放りだし逃走。勝った者は泣きわめく。
「カッカッカ。くっだらねえな。そんじゃ、俺は行くぜ。仕事の残りカスがあるんでな」
「おい『R』。それはいいが、こいつをこのままにしておくというのか?」
「“俺の考えた特殊ルール”で今試合をやってやがるんだ。一応、見にいかないわけにはいかないだろ? そいつの処理はおまえに任せた。ギャラは後で払うからその『決闘者未満』をどうにかしろ」

 ローマは吐き捨てるようにそう言い残すと、瀬戸川刃に一個のデッキを渡すや否や、その場から立ち去って行った。後に残されたのは2人だけ。「やれやれ」そう呟くと、瀬戸川刃は決闘盤にデッキをセットし決闘に臨んだ。しかし、相手は暴走機関車である。並大抵のことで止まりそうな相手ではない。
「あ、あんた、頼むから俺を止めてくれ! な、なんなら、か、金を払ってもいいんだぜ!」
 そう言いながら相手は《ライトロード・エンジェル ケルビム》を召喚。怒涛の攻めを見せる。
「哀れだな。その業を払おうか! 永続魔法3枚を展開。各種効果を発動!」
 刃は、一通り置物を使い倒すと、それらを生贄に、手札から《降雷皇ハモン》を召喚する。

「“止めてくれ”。おまえはそう言った。いいだろう。その願い、たった一度だけ叶えてやる」
 男は残りの手札を指にはさみ奇妙な構えを取ると、《降雷皇ハモン》による攻撃を開始した。
(な、なんだあれは。宙に浮いたカードスリープが、まるで静電気でも帯びたように……)
 一瞬だった。《降雷皇ハモン》の放つ強烈な雷撃が、ケルビムを破壊しダメージを与えた。
(なんて、なんてすげえ光なんだ。今のどでかい電撃で……《降雷皇ハモン》が《ライトロード・エンジェル ケルビム》を破壊した。しかし俺のデュエルは……)
 瀬戸川刃はカードを1枚だけ伏せてターンエンドを宣言した。野々村は、カードを引かされた。
「だ、駄目だ! やっぱり俺の手をとめることはできない。誰か俺の手をとめてくれええええ!」
 野々村は吠える。しかし無情にも彼の腕は彼の言うことを聞かない。死ぬまで踊るというのだろうか。
「ああ、とめたよ。既にな」 しかし瀬戸川刃は、こともなげそう呟いた。
(な、なんだ!? 手が止まっ……た……カードをディスクに……セット……でき……な……い……)
「ようやく効いてきたようだな。瀬戸川流決闘術超奥儀『雷神』。デュエルディスクから放たれる微弱な電波を静電気を帯びたカードの動きで増幅、攻撃と同時におまえに放ち、おまえのディスクを通じて伝達した。即ち、俺の放った電波がおまえの身体の中に電気信号として、ノイズとして伝わり徐々にその動きを鈍らせ、遂には一時的な行動停止に陥らせたということだ。これで、おまえの望みは果たしたことになる」
「動き……止め……って、ちょ……まて……そんなこと……された……ら」
「本来ならこのような邪拳、貴様等を相手に使うものではないが、動きを止めろと言うから止めてやったのだ。さて、何もしないというのならターンエンドとみなす。今度はこちらの番だ、ドロー!」
「や……め……」 文句をつける野々村だが、最早手遅れだった。文句の言葉も出てこない。
「恨み事か? それならば、デッキ一つに翻弄され、決闘者としての矜持を見失った己の未熟さを恨むがいい! おまえの愚かさを清算してくれる! ときはなて! 《降雷皇ハモン》!」



瀬戸川流決闘術超奥儀


『雷吐忍倶墓流屠』


「別にどうだっていいことではあるが、一応聞いておくのも悪くはない。どう始末した?」
「雷は刺激。刺激は滋養にもなる。時期に目を覚ます筈だ。目が覚めれば多少は目も覚めるだろう」
「見積もりの甘いやつだ。だからおまえの財布はいつも空になる」
「『R』。このデッキはおまえに返す、が、代わりに代金をいただこうか」
 瀬戸川刃は先回りしていた。恐るべき速度で追いつき、声をかけるのがこの男流。
「早かったな。もっとも、天才・瀬戸川刃がこんなショボイ仕事に手間取ることもない、か」
「おまえはいったい何を企んでいる? ディムズディルやゴライアスとは連絡をとっているのか?」
「あいつらのことなど知らんな。だが俺の見立てで言えば、ディムズディルの動きは既に終了している。水車はもう回り始めた。アイツの企画自体はそこで終わりだ。だが、ゴライアスはその回転にてめえの回転を加えようとしてやがる。相変わらずの曲者だよアイツは。何を考えているのか」
「それで、今おまえは何をやっているんだ? 確か試合についてだったな」
「それよそれ。雑魚同士の小競り合いにしては面白い物がみれるかもしれないぜ。ファイブラウンドマッチ。デッキは2つ。使用可能数は1デッキあたり3回。時間無制限サレンダー自由。とことんやりあうにはおあつらえむきだな。おまえも見て行けよ。“エリザベート”は瀬戸川千鳥のダチで、新堂翔は瀬戸川千鳥を先日倒している。少しは気になるだろ? 地上最強の兄貴としてはさ!」
「そんなことはどうでもいい、が、この試合は俺も見物させてもらおう。願わくば、その闘いが人間同士の、血の通った闘いであって欲しいものだ。そうでなければ、ディムズディルも嘆くだろうに」

 Gブロック、開戦である。

                    ――【第一試合】桜庭遥VS斎藤聖――

「《ゾンビ・マスター》でダイレクトアタックだ!」
「残念ね! リバース! 《クレイジー・ファイヤー》!」
「全体除去か。しょうがねえ。カードを2枚伏せてエンドだ」
「そこよ! リバース! 《砂塵の大竜巻》を発動!」
「やけにテンションがたけえなあ。どうしたんだ?」
 Gブロック、もう1つの試合はルールの合意がない分先にスタートした。誰にも注目されない闘い。桜庭自体、エリーVSショウのことが気にかかってはいたが、眼前の相手のテンションに押され、試合を続けていた。彼らの闘いに物理的な意味はない。客もいない。しかし、声だけは響く。
「ふっ、よくぞ聞いてくれました。さようなら昨日までのあたし。そしてこんにちわ今日のあたし。今までの私の失敗は一発ドカンとヤマを張りすぎたこと。ためてためてどっかーんに依存しすぎたから直前で罠を張られて負ける。だったら数を増やせばいいのよ! 質より量! 今日からは量の時代! イッツ・ザ・クオンティティ。長かったわ。ここまでの道のり、ほんとうに長かった。だけど!」
「……(これ、聞いてなきゃダメなのか? つうかなんでいつもいつも戦法が丸見えなんだ?)」
「そして今日、《連鎖破壊》三積のルールを聞かされたとき私の中で新しい自分がはじけたの。《砂塵の大竜巻》の効果、手札からカードを1枚セットする。そして私のターン、ドロー。《貪欲な壺》を発動。デッキに5枚のヴォルカニック・シリーズを戻して2枚ドロー。いくわよ! 800ライフを支払って《早すぎた埋葬》を発動。墓地の《ベビケラサウルス》を特殊召喚。ここよ! リバース、《連鎖破壊》!」
「デッキの中で破壊された《ベビケラサウルス》2枚の効果により、レベル4恐竜族2体も特殊召喚でる。現れて! 《暗黒ヴェロキ》。《ハイパーハンマーヘッド》」
「うお。すげえ」
「チッチッチ。まだまだあ! クレイジーファイヤートークンを生贄に捧げ、《暗黒トリケラトプス》を召喚!」
「おお。すげえ」
「まだまだあ! 手札から《団結の力》を発動。《暗黒トリケラトプス》の攻撃力は5600! これが新しく生まれかわったヒジリンの力! 今までの私とは根本からして違うのよ!」
(結局ためてためての一発芸には変わりねえじゃないか。別にいいけどよお)
「バトルフェイズ、ベビケラ・ヴェロキ、ハンマーヘッドで怒涛のダイレクトアタック!」
「纏めて言うなよな。全部喰らうけどよ」 「纏めるのよ!」 「あ?」
「名付けて……天に羽ばたくダイナソーボウリングスペッシャル!」 「あぁ?」
 号令一番。《ベビケラサウルス》が身体を丸め、生まれる前の、卵のような姿になったかと思えば、それを打ち出すのはご存じ《ハイパーハンマーヘッド》のどでかいどでがい頭蓋骨。ヴェロキは? その高い跳躍力を生かし、球体となって打ち出された《ベビケラサウルス》に飛び乗った。意味はない。意味は全くないがド迫力。

桜庭遥:4300LP
斎藤聖:5100LP


(長かった。でも長いトンネルを抜けて、私はまた一段と成長するのね……)
「《暗黒トリケラトプス》でダイレクトアタック! これにて一件落着アターック!」
「リバース、《手札断殺》を発動。《連鎖破壊》と《ネクロ・ガードナー》を墓地に送る」
「あ」
「《ネクロ・ガードナー》の効果を発動。《暗黒ドリケラトプス》の攻撃を無効にする」

「……」 「どうした? そりゃリバースはまだ1枚あるんだ。緊急退避は当然だろ」
 最も、聖の手札はこのとき2枚丁度。ギリギリまで引っ張るのは遥の性であろうか。
「えーっと、えーっと、ちょっと待って。頭を整理して……そうよ! 折角の《連鎖破壊》を墓地に送るだなんてなに考えてんの。課題みえてんのあんた! そんなんで勝とうなんてどういう了見よ!」
 コメントに困って桜庭を非難する聖。しかし桜庭はどこ吹く風。
「《連鎖破壊》を三枚積むだけだろ? 使えとは誰も言ってないぜ」
「……マジ?」
「ああ。マジだ。連鎖破壊を実際に使用するのは義務じゃない。そこに着目するのは当然だ」
「だけどだけど! そんなセコい闘い方! 客が許すとでも思ってるの!」
「客っつっても誰もみてないぞこんな消化試合」
「あ……だけどだけど、お天道様がみてるでしょ!」
「うっせえなあ。それで、いまからどうすんだ?」
「ターンエンドよターンエンド。こぉのひきょうもの!」
「俺のターン、ドロー。《光の護封剣》発動。モン1体スペル2枚をセットでエンド」
「ドロー……みてなさい。今にギタギタにしてやる。ベビケラ守備表示でエンド」
 勝ち急ぎたいのは山々だが、先の猛攻で手札は激減。除去も大味使いきり。
「3ターンなんて『あっ』という間よ。精々余生を楽しめば帳尻合わせも完璧よ」
「にぎやかだなあ。俺のターン、ドロー。リバース。《メタモルポット》発動」
「(5枚引いて……やっば。最高じゃんこの5枚。)いよし! 勝っ……」
「よし、勝った」

「へ?」

「《ワイトキング》召喚」
「攻撃力ゼロ? それがどうしたのよ!」
 古今東西敵の攻撃力を無駄に侮っていい目をみた決闘者など皆無だが、聖はその愚を犯していた。
「まあ聞けよ。まずは2枚目の《手札断殺》を発動。《ワイト夫人》と《ワイト》墓地におくって2枚ドロー」
「攻撃力2000ね。まあまあね。だけど、この恐竜の群れを突破しきるだけのパワーがあるかしら?」
「あるぜ。《ツイスター》で《団結の力》を破壊。でもって手札から《巨大化》を《ワイトキング》に装着だ」
 見る見るうちに膨れ上がる攻撃力。虎の子の砂塵を使いきった聖に、破壊する手段はない。
(なによなによいきなりなによ。でも、でも、でも、4000ならまだ耐えられる。耐え切れる)
「そんじゃ、いってみるか。バトルフェイズ、《メタモルポット》で《暗黒トリケラトプス》に攻撃だ!
「え?」

桜庭遥:2400LP
斎藤聖:5100LP


「なにやってんのよ! 新手の自殺願望かなにか?」
「いーや違うぜ。《ワイトキング》で《暗黒トリケラトプス》に攻撃!」
 ここにきて桜庭は謎の行動を連発する。思わずほくそ笑むのは聖。
「ふっ。はっはっは! ミスったわね! そんなもん返り討ちよ!」

「ところがどっこい。リバース罠《リミット・リバース》発動。墓地から《ワイト》を特殊召喚」
「へ?」
「ここだ! リバーストラップ、《闇よりの罠》を発動。1000ライフを支払い墓地の罠をコピーする」
 《闇よりの罠》。それはかって万屋軍団を勝利に導いた縁起のいいカード。聖にすれば嫌な予感。
「墓地の罠をコピー??? コピーするような罠なんて墓地にあったけ……??」
「あるじゃないか。《連鎖破壊》をコピー。効果発動。デッキから《ワイト》を2枚墓地に送る」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!??」
「更に速攻魔法《サイクロン》を発動。《リミット・リバース》ってか《ワイト》狙い。これであがりだ」
「え? ちょっとまって? さっき“連鎖破壊を実際に使用するのは義務じゃない”とか“そこに着目するのは当然”とか言ってたじゃん。言ってたじゃん! 言ってたじゃあ!」
「ああ言ったな。だが“使わない”とは一言も言ってない」
「き、きたなああああああああああああああああああ!」
(毎回毎回よくもまあ綺麗にひっかかるよなこいつ)
 大昔《大火葬》一発で葬った頃からの付き合いである。
「墓地にはワイト関連が4枚で巨大化して……8000!?」
「お天道様も納得な結末だ。よし、おつかれ」

「最後だからと色々やってみたが、勝てるもんだな」
 桜庭遥。なんとか有終の美を飾った恰好である。
「あーんもうまた負けたー。なにがいけないのよー」
 斎藤聖。連敗街道驀進中。というかここが終着駅か。
「あーあ。もうやめよっかな。でゅえる。なんもいいことないじゃん」
 いつになく落ち込む斎藤聖。桜庭は、一瞬声をかけようかと思ったがやめた。たぶん何を言っても駄目だろう。ドツボにはまっているときとは、そういうものだ。なにを言っても嫌味に聞こえるだろう。桜庭は斎藤に対してそれなりの敬意(?)のような感情を抱いてはいたが、黙ってその場を離れた。
「さってと、ショウの方はどうなってるか……」
 桜庭は盟友の方を向きなおった。当然のように盛り上がっているのだろう。桜庭は漠然とそう考えていた。しかし、フィールド上には、彼が想像だにしない光景が広がっていた。
「なんだ……これは……」

 桜庭がみた光景、それは……

                 ――【第一試合】エリザベートVS新堂翔――

 さかのぼること数分前。今日最後の試合が、今にも始まらんとしていた。
(はじまる。この勝負には、迷いは許されない) (さあて、はじめっか。最強のデートってやつをな)
 エリーと翔はそれぞれ前に出た。改めて挨拶を交わすためだ。エリーは例によって例の如く「いい勝負を」と言い、翔はそれに頷いた。2人が所定の場所に戻ると、試合の開始が宣言された。先攻はエリーである。誰もが、誰もがその初動を見逃すまいと集中していた。これは、そういう闘いである。5日目最終戦、誰が広めたわけでもないが、いつの間にか人は増えていた。ひとえに、この勝負を見んがため……。
「ドロー……」 エリーはカードを引くとき目を瞑っていた。それは一種の、儀式的な意味を持つ。
「手札から……モンスターをセット。スペルを……2枚セット……ターンエンド……します」
 静かだった。しかし何かが違う。エリーの眼は、深く深く、まるで全てを見据えているようだ。
(これだ。このひりつくような感じ。いきなり全開というわけか。煽った甲斐があったか?)
 目を開いたエリーはいつものエリーではない。翔も、それを感じ取り、行動を開始した。

 即ち、闘いが始まったのである

第49話:激突! エリーVSショウ

(なんだ? 何か違う。違うってなにが違うんだ。距離? そうだ、距離が違う)
 ふと気がつくと、翔は2歩ほど後ろに下がっていた。いつの間にか、である。
(冗談だろ……) 翔はまだ知らない。これから知るのだ。
「アキラ先輩? どうしたんです? まだはじまったばかりですよ?」
「思い出し身震いってやつだ。エリーのやつ、いきなり全開か?」

「《増援》を発動! デッキから《E・HERO エアーマン》をサーチ!」
 サーチの二重奏。風が狼の足を加速する。狙いは“悪魔”の“悪意”。
(手札にはブラットがある。エアーからエッジを引きいれ速攻を……)
「《強烈なはたき落とし》を発動。《E・HERO エアーマン》を否認します」
 【覇王システム】、翔が、大勝負に向けて準備してきた一品。しかし……。
(なんだ? この感じ、まるで上手くいく気がしない。この迫力……)
「ちっ、ならこっちだ。手札から《E−HERO ヘル・ゲイナー》召喚」
 翔は代案としてゲイナーを提出。しかし、居心地の悪さは収まらない。
(でかい。この気持ちの悪さはなんだ? 巨大な……『眼球』?)
 翔はこの時何かを感じ取る。全てを、見透かされるような感覚か。
「バトル。ゲイナーで壁を攻撃」 「《シャインエンジェル》。効果発動」
 リクルーターの効果。エリーは場に《オネスト》を展開する。
(厄介なカードだな。次まで待つと、手札に戻されるか?)
 翔はものの数秒のうちに決心した。撃ち落とすことを。
「メインフェイズ2。俺はカードを1枚伏せる。ターンエンド……」
 これで当面は五分。そう考える翔だが、その読みは甘かった。
「《サイクロン》発動。伏せカードを破壊……発動を否認します」
 壊れたおもちゃは《マインドクラッシュ》。《オネスト》封じの筈だった。
(違う。あてずっぽうなんかじゃない。俺の……動きを読みとりやがった)
 自分よりずっと年下の、17歳の少女。しかし、その圧力は圧倒的だ。
(相手が望むなら、答えないわけにはいかない。どうなろうとも)
(エリー……初めてだよ。こんな居心地の悪い決闘は。けどなぁ……)

【2周目】
エリー:ハンド3/モンスター1(《オネスト》)/スペル0/ライフ8000
ショウ:ハンド3/モンスター1(《E−HERO ヘル・ゲイナー》)/スペル0/ライフ8000

(ディムズディルの威圧感とは性質が違う。あれは純粋な威力だ。押しつぶされそうになる強さ。しかしエリーのこれはなんだ? 気づかぬうちに退いていた。これは、これはなんだ?)
「私のターン、ドロー。手札から《ライオウ》を召喚。バトルフェイズ……」
 エリーは淡々とターンを進行するが、それは徐々に翔の布陣を無効化していく。
(わかってはいた。あの娘が人の表情を読むのがうまいことはすでにハルカから聞いて、そして自分の眼で見て知っていた。だが、だがここまでの精度とはな。そして、危惧すべきはその使い道だ。使ってるカードからも窺える、この戦術は……このまま好きにやらせてしまったら……)
 危機管理能力の高い翔は、開始後2周目にして実感する。相当に、ヤバいのだと。
「《ライオウ》で《E−HERO ヘル・ゲイナー》を撃破。《オネスト》でダイレクトアタック」

ショウ:6600LP
エリー:8000LP


(ショウの手にブラットがあるのは見えている。ここから、更に未来を絞っていく……)
「メインフェイズ2。《オネスト》の効果発動。手札にこのカードを戻す。1枚伏せてエンド」
 徐々に、徐々に狭まる選択肢。ブラインドが回りを覆いつくし、残る光が強調される。
(《ライオウ》《オネスト》の所為で動きが制約される。そして更に厄介なのは……)

「ドロー……手札から《E−HERO ヘル・ブラット》を特殊召喚!」
「《ライオウ》の効果発動。《E−HERO ヘル・ブラット》を否認します」
 エリーに迷う様子は見られなかった。彼女は光の在処を見つけていた。
(類稀な観察力でこちらの動静・顔色を読む。その力を最大限に生かす気か)
 翔は気づき始めていた。己が呼び起こした、彼女の本気が何であるかを。
(どんなに頑張っても観察だけでは何もかも読めるはずがない。だが、それを生かす道が幾つかある。一つはハルカや片割れがやられたように、相手の長所というか特性をうまく掴んだ上で、その矛先をうまくかわしつつ自分のデュエルの中に取り込んでしまうこと。それは、何も否定しないデュエルだ。相手は自分が負けた実感を抱きづらいことだろう。次やったら勝てるんじゃないかってな。だが、それでは生温い。もっともいいのは、今のように、俺が“何かをしよう”とした瞬間を読み取って“何かをしきる”前に潰すことだ)
 前者がボクシングでいうところのカウンターパンチに類するものであるなら、後者は相手がパンチを出す瞬間を事前に感じ取って相手が振りかぶったところに拳を当て発動そのものを潰すということ。違いは歴然である。前者では、相手の力をうまいこと把握して逆用するといっても、相手に好き勝手させた時点で不確定要素がつきまとう。いかに優れた動体視力をもってしても危険は付きまとう。しかし、後者は違う。エリーが全てを全うしたとき、対戦相手には、それこそ何もすることがなくなる――

(最大の脅威は、俺の“何かしよう”が半ば強制されていることだ。後手番の決闘者だとばかり思っていたが、むしろ今のような、先手先手の闘い方こそが驚異に映る。先手を取るということは、先に手の内を見せてしまい弱みをつかれるリスクを持つ一方、相手の反撃をある程度絞り込めるということだ。強いモンスターを出せばモンスター除去が来ると想定できる。ロックカードを出せば《サイクロン》や《大嵐》がくると想定できる。そして……)
「壁を1体セットしておく……俺は、このままターンエンドだ」 「わかりました」
(そして、エリーはそれを一歩先に進めた。剣で切りつけられれば何らかの回避を取らねばならない。そこに嘘はあり得ず、ブラフの余地もない。盾で防ぐか横に避けるかの違いしかないが、エリーはそれを見抜き、俺が横に避けたところに地雷を置く。限りなく虚の可能性を減らす「観察法」ということか)
 相手の出方が見えるということが希望に繋がるとは限らない。翔は実感した。エリーは本気だ。アキラ戦のように、終盤の“切り札”として出すのではなく、最初から、最初から全神経を集中させる。それは単に、一から十まで全力で通すという、殊勝な心構えに終わらない。それ自体が戦略。全否定という名の、戦略。それは言わば、発言さえ許されない法廷。

【3周目】
エリー:ハンド3/モンスター1(《ライオウ》)/スペル1/ライフ8000
ショウ:ハンド3/モンスター1(セット)/スペル0/ライフ6600

(隙はある。いかにあのエリーでも、フルにやり続けることなど)
(隙を窺う構えのショウ。だけど、それすらも摘み取ってみせる)
「ドロー……手札から……《創造の代行者 ヴィーナス》を召喚……」
(“ヴィーナス”か。嫌なカードだ。観察して相手の反応を掴む……観察して相手の反応を否定する……相手の反応を引き出した上で観察し否定する……この段階的な強者配列が確かなら、次にくるのは間違いなくエースカードだ。それも、こちらの時を止める一手。ヴィーナス……ヴィーナスか……)
 『他』を『己』に映し出す【漆黒の魔鏡(ノワール・ルノワール)】はかつてのアキラを苦しめた。そして今、エリーは『己』を『他』に投影し、『他』と混じり合い跳ね返ってきたものを『己』の中に映しだし、ヴィーナスを召喚した。そこに深い意味はないのかもしれない。しかし翔には、それが何か象徴的なものに感じられた。彼の店の名は“ヴィーナス”だった。そして、彼の直感は哀しいぐらいに正しかった。
「ライフを1000支払いデッキから《神聖なる球体》を2体特殊召喚。私はこの3体のモンスターを生贄に捧げ、最上級モンスターを特殊召喚します。現れて……不可視天使……」

《不可視天使 アークエリザ》
星8/光属性/天使族/攻1500/守3000
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に存在する光属性天使族を含むモンスター3体を生け贄に捧げた場合のみ特殊召喚する事ができる。このカードの特殊召喚に成功したとき、フィールド上のカード1枚を持主の手札に戻してもよい。このカードは相手プレイヤーに直接攻撃することができる。このカードは相手プレイヤーの攻撃を受けたとき守備表示に変更することができる。バトルフェイズ終了時、任意の表示形式に変更した上で次のバトルフェイズ開始時までこのカードをゲームから除外する。このカードの効果によって除外されている場合、自分ターンのスタンバイフェイズ毎にフィールド上にセットされたカード1枚を持主の手札に戻してもよい。

(存在は知っている、が、こうやって見るのは初めてだな。いや、見えてはいないんだが……)
 不可視天使は目に見えない。神の使いは目に見えず。しかし空を漂って、確かにそこにいるのだ。
《不可視天使 アークエリザ》の、特殊召喚時の効果発動。セットモンスターをショウの手札に戻す……」
 空に羽が浮かび上がり、その羽ばたきは、翔の戦線をきれいさっぱりと吹き飛ばしていくのだ。
(否定されていく? この試合のために練りに練ったデッキが、プレイングが、意思が、否定されていく)
 エリーと向かい合う者にしかわからない感覚。エリーがそこにいるということ、その恐ろしさ。
「バトルフェイズ。アークエリザの攻撃。不可視天使は目に見えない。だけど、そこにきっといる」
 天使とはメッセンジャー。しかし今の翔には、不吉な言葉を運ぶ死神と同じだった。

ショウ:5100LP
エリー:7000LP


「バトルフェイズ終了。アークエリザをゲームから除外……します」
 不可視天使は消えていく。存在そのものをこの世から消していく。
(結局太刀筋しか見せないのかよ。つくづく徹底してるよな。こいつは)

「なんてことだ。あのショウさんが圧されているのか? あれが、エリーの実力。圧倒的じゃないか」
「俺と闘った時のラストと同じだ。だが、ホントに恐ろしいのは、戦闘意欲を根こそぎ奪われること」
「どういうことですか? 先輩」 「なんっていえばいいんだかな。一言で言うと……『否定』?」
 アキラは話を横にいるディムズディルとストラにふった。2人の方が説明できるだろうと思ってだ。
「持ち味を1%も出せず倒されたら戦闘意欲も失う……だろ。ディムズディル」
 同意を求められたディムズディルは、静かにうなずきこう補足した。
「そうだ。“天性の本能”。それは、エリーの意思すらを超えたものだ」
「え?」 いぶかしがる信也だったが、ディムズディルは一端口を閉ざした。

「どう思う? サツキ」 西川瑞樹は、横にいる妹の皐月に聞いた。
「翔は高速型というよりはむしろ奇襲型。だけど、攻めいることができないでいる」

シンヤ……オールラウンドタイプ
アヤ……スペルを軸に攻め上がる
ショウ……奇襲戦法を絡めた攻撃型
ユウイチ……論理性を重視した読みで捌く
アキラ……捨て身の戦いで活路を開く特攻型
ミズキ……記憶した情報を軸に相手を敗北へ誘導する
サツキ……高速戦で相手の持ち味を殺しつつ押し切る
ディムズディル……デュエルの急所を読みきって破砕する
ストラ……トリックプレイで相手をかく乱していつの間にか勝つ
ヴァヴェリ……相手のデッキをつぶさに観察して片っぱしから封殺
ベルク……十得ナイフのようなデッキで怒涛のラッシュをかける
千鳥……兎に角気合でなんとかする
村坂……千のメタゲームを11秒台で駆け抜ける
新上……促成栽培
神宮寺……ベスト8
ピラミス……ピラミッドパワー
ローマ……脱構築

「そうかも。高速型と奇襲型は似てるようで全然違う。ねえサツキ、奇襲に最も必要な要素ってわかる?」
「それは……奇襲をやるタイミングを相手に悟られないこと……だと思う。だからショウは苦しいの」
「エリーからみれば、ショウを相手にする場合『奇襲をやるタイミング』という非常に単純な情報さえ掴めばその威力は半減できるということ。もちろん、普通はそれが難しいんだけど、エリーにはそれができる」
「無から有は生まれない。奇襲には必ずそれに対応した兆候がある。私にはみえなかったもの。だけど、エリーにはそれがみえている。みえているから、ショウは動けない」
「動いてはいるはずよ。だけど、全てが“もがき”に終わる」
「傍からみれば動いていないのと一緒。これが、エリーの世界?」

 静寂……。多くが見守るにも関わらず、そこにあったのは静寂だった。
「……」 エリーの力か。それは、どこか凄惨さすら窺わせる静寂――
「ちっ……」 開始後数十分のことであったが翔には疲労の色があった。
「どう思う? ジン」 高みの見物中のローマは、戻ってきたジンに聞く。
「アキラと闘っていたときに見受けたが、あの才能はディムズディルをうわまわるかもな。自分を超える逸材を探していたアイツの、成果がこれか? 裏コナミレベルかもしれない。だがこうも違うのか」
「集中力の程度の差はあれ、あの生娘自体はいつもと変わらない。だが、向こうの出し方とこちらの見え方が違う。涙ぐましい努力の成果。人間の切り出し方一つで、こうも会場は静まる」
「“恐るべき決闘者”というわけだ」 ジンは、何気なくそう言った。
「……」 ローマは、無言だった。身振りを示すでもなく、無言だった。

【4周目】
エリー:ハンド2/モンスター0/スペル1/ライフ7000/※《不可視天使 アークエリザ》除外中
ショウ:ハンド3/モンスター1(セット)/スペル1(セット)/ライフ5100

「スタンバイフェイズ。除外ゾーンからアークエリザの効果を発動。セットスペルを手札に戻す」
(Render therefore unto Caesar the things which are Caesar's(カエサルのものはカエサルに返せ).といったところか? 少し違うか。いや、そもそもそんなことはどうでもいいな。現実問題として返されても困るわけだ。壁の方も、透過攻撃の所為でクソの役にもたちゃしないしよ。どうする?)
「ドロー。バトルフェイズ……《不可視天使 アークエリザ》を展開……アークエリザでダイレクトアタック」

ショウ:3600LP
エリー:7000LP


「ターンエンド」
(後続のカードを召喚しない。その所為で、自力で引き当てたエッジが未だ持ち味を発揮できないでいる。どう考えてもこれは意図的な封じ技だ。だがなぜピーピングも無しにエッジを警戒できるのか。@ただの勘A超能力B推論。この決闘に@の影はちらつかない。Aも流石にない。ならBだ。どういう? 簡単だ。エアー・ゲイナー・ブラットときたからだ。そこに、瀬戸川戦や今現在の人間観察を掛け合わせれば容易にエッジへたどり着くだろう。それに加えて、ゲイナー≒悪魔族という根拠。悪魔には強力な上級が数多い。半端なカードを展開して、奪われ生贄にされるリスクを嫌ったのかもしれない。となると、エッジはおろかガイウスその他諸々も当然警戒されている、か。悪魔族主体でなければ裏をかくチャンスなのかもしれないが悪魔悪魔の絶賛発売中だ。いい読みをしているよ)
 おそらくは大方その通りだろう。しかしそのプレイングの先にみえるもの、エリーはそこに立っている。
(新堂翔という相手を打倒するということ。それは、いかにして隙を、真実を摘み取るかという闘い……)
(プレイの一つ一つに、付け焼刃という言葉が一向に浮かんで「こない」。“体得”しているのか。エリーは)
 一つ一つの所作に無意味がないことを察する。むしろ無意味化される恐怖だろうか。しかし翔にしてみれば相手がどうでようがカードを引くしかない。引かないことには始まらないのだ。

「ドロー。ライフに倍近い差がついたか。しょうがないな……」
 新堂は適当に喋りつつも、打倒エリーへの間合いを測る。
(ここだ。ここで一端流れを切る。ピンチは続くが、その分自由。ここで、こちらから仕掛ける)
「バトルフェイズは行わない。モンスターも召喚しない。手札からカードを2枚伏せる。ターンエンド」
 翔はカードを2枚伏せてターンエンドするとともに、気配を消した。攻めの翔が攻めを捨てるのは一見すると戦闘意思の放棄だが、これもまた一つの攻め。焦ってもがくよりは、一端流れを切って、己の時間で再び勝負をかける。それが、翔の導き出した回答だった。
(2枚伏せでターンエンド、と同時に気配を消した。こちらが迂闊に動くまで息を潜める。流石はショウ。おそらく、ここから先何か動きを見せるとしてもそれらは全部計画的なブラフ。引っ掛かれば敗北へ一直線。だけど私はディムに散々その愚を叩き込まれている。顔色を読む時危険なのは相手がそれを知って言動に罠を仕込んでくる時。迂闊に読めば疑心暗鬼が付きまとう。そしてそこに僅かでも勝機を見出そうとする。だけど私は……)

【5周目】
エリー:ハンド3/モンスター0/スペル1/ライフ7000※《不可視天使 アークエリザ》除外中
ショウ:ハンド2/モンスター2(セット/セット)/スペル2(セット/セット)/ライフ3600

「スタンバイフェイズ……アークエリザの効果発動」
(こいよ。右か左か。たとえどちらだろうが、突破口に……)
 しかし、翔の目論見は外れる。彼女は、徹底していた。
「ショウ……私は……そんなものには構いません」
(なんだ? 遠い。その距離が、あいつとの距離が遠い?)
「ドロー……《サイクロン》を除外して《マジック・ストライカー》 を特殊召喚。《マジック・ストライカー》 を生贄に《風帝ライザー》を召喚。効果発動。残りの1枚をデッキトップに」
「くっ……」 その時、新堂翔は動いた。思わず動いてしまった。
(動かすのは常に私から。常に、常に先手を取り続ける)
(ここでライザーとはきつい攻め。だが、隙はできるはずだ)
「バトルフェイズ、《不可視天使 アークエリザ》を特殊召喚。ダイレクトアタック」

ショウ:2100LP
エリー:7000LP


「更に、ライザーでセットモンスターに攻撃」
(きた! それならセットモンスターの力で……)
 ライザーによる現実の攻撃は新堂を動かす。そして……。
「リバース、《強制脱出装置》を発動。ライザーを手札に戻す」
「なんだと……(マジかよ。俺を動かす、その為だけに……?)」
 本気を歓迎していた筈の翔。しかし、手をつたうは一筋の汗。
(一事が万事徹底している。エリーという人間に“徹底”という言葉を掛け合わせた結果がこれか。おかげでエッジの召喚ルール効果は未だ使用不可能。本気で、本気で全てを……)
 意図的に濁されていたもの。それが今、濁りなく眼前にあるということ。
「バトルフェイズ終了、アークエリザを除外、更に手札から《貪欲な壺》を発動。5枚のカードをデッキに戻して2枚ドロー。2枚伏せてターンエンド……です」
(真実をひきずりだし、そして止め続け、攻撃し続ける。こんにゃろ)

(ショウは強い。とっても。いつも相手の隙を窺っている。いつも相手を出し抜くチャンスを狙っている。千鳥はそれに敗れた。だけど、私は全てを否認する。それも、私の方からプレッシャーをかけ、否認する。翔は水。漂う水。水の動きは気ままで読みづらい。だから私は自分から石を投げる。石が水面にあたれば、水は反応する。同じように石を投げれば、水は同じようにしぶきをあげる。それは、より真実に近づいているということ。石を投げれば投げるほど、投げる石を小石から大石にすればするほど、水の動きは不可避的になり、水の本性は観察しやすくなる。そして私は否認する。見出した真実を、全て否認して勝利する)
(時間がとまっているかのようだ。空高くに漂う天使に、上から見下ろされている?この胸糞悪さ……)
「ドロー。セットモンスターを生贄に《邪帝ガイウス》を召喚!」 「《激流葬》を発動。否認します」
 翔の《邪帝ガイウス》、《深淵の暗殺者》が押し流される。一方、天のエリーは無傷だ。
「手札の《E−HERO マリシャス・エッジ》と墓地の《邪帝ガイウス》を除外、《ダーク・コーリング》発動」
「カウンターリバース《魔宮の賄賂》を発動! 《ダーク・コーリング》の発動を否認します」

「なんなんだあの一方的展開は。あのショウさんが、やられっぱなしじゃないか」
「いーや。あいつはたぶんよくやってるぜ。よくやってるんだがなあ……」
「ダルさん?」 「どういうことです?」 「頑張っちゃいる」 「だから……」
「競馬だよ。先行逃げ切りの逃げ馬にしてやられる時ってのはこういうもんさ。あのエリーがここまでやってるってことは相当切迫した対戦相手だってこった。完全に潰さなきゃ、やられちまうんだろさ」
「ハイレベル同士の、紙一重の攻防ってこったろ。だけどよ。この紙一枚には神さんがついてるぜ」
 アキラは冗談交じりにそう言ったが、エリーと闘ったその男の言葉にはどこか説得力があった。
「おいディムズディル。あんたもなんか言えよ。いつもより口数が少ないようだと、調子狂うぜ」
「エリーのデュエルは相手の『時』を止め続ける。一端リードを奪われたらその先盛り返すのは困難。これをやられると、相手は戻されたカードをもう一度伏せる意欲を失う。次に、もう一度攻め返してやろうという意欲を失い、最後には決闘意欲すら失う。それがエリーの【バニシング・クロック・パーミッション】だ」

【6周目】
エリー:ハンド1/モンスター1(《不可視天使 アークエリザ)/スペル0/ライフ7000
ショウ:ハンド1/モンスター0/スペル1(セット)/ライフ2100

「馬鹿な。そんなわけあるかよ。そうだ。きっとブラフだ。わざと苦しいふりをしているのさ」
 しかし桜庭は内心そうではないことに気が付いていた。この苦戦が、真実であることを。
「譲ちゃんが手強いのは知っている。だが、だがよ。ショウは、今日に賭けているんだぜ」
 「自分とは違う」。そう思いたい。しかし同じなのか? 五十歩百歩にすぎないのか?
「私のターン、ドロー……」 エリーは集中力をとぎらせない。最終ターンに至るまで。
(ショウの視線。鋭い視線。試合開始前のあの気軽さとは一線を画したこの視線)
 翔は気迫を保っていた。もしかすると、それだけで既に賞賛されるべきなのかもしれない。
「《早すぎた埋葬》を発動。《マジック・ストライカー》 を特殊召喚。バトルフェイズ、《不可視天使 アークエリザ》帰還。《マジック・ストライカー》 でダイレクトアタック」
 残り1500。その間エリーは一発として喰らうことがなかった。そして今、エリーの場にはカウンター罠が伏せられている。万全の状況。エリーは、迷う必要なくその言葉を口にした。
《不可視天使 アークエリザ》で……ダイレクトアタック」

Invisible Sword!

【ROUND1】
●ショウVSエリー○


くそったれ


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
かりかさんの連鎖恐竜(チェーン・ダイナソー)をベースに使わせていただきました。当初は勝利者になること前提で話を進めていたのですが「ブーストにでられるなら負けでもいい」という、敗者をいとおしむ僕のことを珍しく理解しているのか単に日和っているだけのかよくわからない発言があったので、よきにはからわせていただきました。

ショウVSエリー開戦。わりと頑張って書いたんで適当に堪能して適当に遊んでくださいな。つうか遊ぼうぜ。


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。


                TOPNEXT




















































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































inserted by FC2 system