「《ブリザード・ドラゴン》に《未来融合−フューチャー・フュージョン》に……だけど《龍の鏡》は今一信用したくない……ま、いっか。残りはみんなのとこにいってテストすれば……」
 西川瑞樹は1人でカードをさわっていた。既に皐月は出払っている。彼女は1人で考えた
(あの時、やっぱり私は闘いたかったのかもしれない。だけど、どうせ闘うなら……)
 過去のトラウマとして、現在の壁として、未来の好敵手として立ち塞がる男が一人。
「考えてもしょうがないか。明日の三回戦、そしてその後の本戦。勝ち進めば、いい」
 瑞樹は自分でも意外な程あっさりと心を決めた。それが少しばかり清々しくもあった。

                        ――――

「おらおらっ! ちんたらやってんじゃねぇ! だからガキと女は駄目なんだよ!」
 男の、口汚い罵声が宙を舞う。男の前には2人の女。向かい合って札を切る。
(《悪魂邪苦止》が墓地に3匹。《悪魔ガエル》の攻撃力は2100か……それならば!)
 瀬戸川千鳥。右から左にたまるフラストレーションをちぎっては投げ、ちぎっては投げる。
「手札から《迅雷の魔王−スカル・デーモン》を生贄召喚。《悪魔ガエル》を焼き尽くせ!」
 受け皿となるのはエリザべート。瀬戸川千鳥の猛攻を、うまくあわせて捌きにかかる。
「リバース! 《フロッグ・バリア》発動!」 「甘いわ! 《魔宮の賄賂》で障壁解体!」
「やるやる」 「当然だ! カードを2枚伏せてターンエンド」 「私のターン、ドロー……」

(千鳥の癖からして、内1枚はカウンター罠。今見えるのはこのくらいだけれど、それで十分!)
 カエルと戯れている女、エリーは慎重に千鳥を観察、彼女の決闘はいつもそこから始まる。
(妙だな。墓地に《黄泉ガエル》を落としておきながら1枚セットが残っている? 過失か?)
 他方千鳥はエリーの意図を読みかねていぶかしむ。しかしてその答えはすぐに出る。
「墓地の《サイクロン》を除外して《マジック・ストライカー》。この子を生贄に《デスガエル》!」
 墓地に《悪魂邪苦止》は3匹。一瞬にして3匹に増える《デスガエル》。
(むっ、《デスガエル》が3匹も。まさか、アレを狙っているというのか!)
 直後、エリーは1枚のカードを発動。千鳥は神速をもって迎え撃つ。
「やらせん! 《マジック・ドレイン》!」 「そこ! 《魔宮の賄賂》!」
(大呪文を通すため、賄賂を持ち越していたか。だが、まだだ!)

「か〜〜え〜〜る〜〜の〜〜〜〜しのがっしょ〜!」
「ぬぅ、下手な歌声を!」 「ディムよりはマシ!」
 流石のチェスデーモンも、殺人音波には抗えなかった。
「フィールド一掃! 《デスガエル》でダイレクトアタック!」
 強烈な一撃。しかして千鳥、その一撃を冥府にカエル。
「ならば! この一撃を契機に《冥府の使者ゴーズ》特殊召喚」
「だよね。追撃は無理っぽい……かな。1枚セット……」
「つまんねえことやってんじゃねえ! 日が暮れるぞ!」

―10分経過―

「つきあってもらって悪かったな。どうももやもやしていた」
「そんなの全然いいですよ。私の都合でもありますから」
「そうか。しかしそれにつけてもああ忌々しい。どうしてくれよう」
 千鳥の態度からエリーは察した。「誰」をどうしてくれるのか。
「アイツってショウのこと?」 はたして図星であった。
「よし! 明日は負けろ、エリー」 はたして強引であった。
「えぇ?」 「お主が負ければ公然の場で仇討ちできる」
 仇討ち。言うまでもなく、『己の』仇討ちであった。
「一応、同じチームなんだから応援してほしい、かも」
 呆れ顔なのはエリー。堂々と言うにも程がある、と。

「同じチーム、か。そう言えばディムズディルが言ってたな」
「なんて?」 「予選が終わったら解散する気もあるのだと」
「なんで?」 「身内の馴れ合いを防止するためではないか?」
「うーん……多分変わらないと思うんだけど、活動内容」
 多分というよりは「十中八九」くらいの口調であった。
「だってさ。今の時点で『負けろ』とか平気で言われるし」
「そうだ負けろ負けろ。てめぇら全員さっさと負けて死ね!」
「貴様は黙ってろ! 殺されたいのか! いやむしろ今殺す」
「はっ、てめぇが死ね!」 ぼこすかぼこすかぼこすかウォーズ。
「飽きないなー2人とも」 エリーは、2人から離れると1人思いにふけった。
(ショウは強い。間違いなく強い。明日は、苦しい闘いになる……)


第48-2話:女達の憂鬱


「サツキ、ミズキは?」 「遅れるって」 「だったらついでに飲み物でも買わせとけば?」
 集まっているのは智恵、皐月、彩、聖。明日以降に向けてのミーティング。召集者は智恵だ。
「攻撃が甘い! ドロー……手札から《霊滅術師 カイクウ》を通常召喚! ヒジリの弱点は……」
 智恵は今、聖の相手を務めている。順番制だ。智恵の決闘には相変わらず容赦が見当たらない。
「智恵、荒れてるわね」 「あ、やっぱそうなんですか」 「荒いもん。全体的に」 「荒いですね」
 もっとも、智恵の強さは健在であり、勝負は一方的になりつつあった。泣きが入るのも時間の問題。
「普段たっかいとこにいるから負けて悔しいんでしょ。ある意味健全なんじゃないの? ああいうの」
「皐月先輩?」 「私だって負けたのよ。それもこてんぱんにね。本当は、もっと焦ったりすべき……」
「だけど、相手が本当に強かったって問題もあります。結局、あの時勝ったのは森先輩だけですよ」
「負けは負けでも……」 皐月は少し遠くを見るような眼をした。皐月は、たまにそんな表情を浮かべる。
「先輩……」 「だけど、そんなことよりアヤ、あんたも大変よね。よりにもよって三回戦の相手が……」

Lブロック 元村 信也 田中 聡 ヴァベリ 福西 彩 得失点差
元村 信也 No Duel ●(-1500) ○(+5000)   +3500
田中 聡 ○(+1500) No Duel   ●(−7000) −5500
ヴァベリ ●(−5000)   No Duel ○(+3500) −1500
福西 彩   ○(+7000)  ●(−3500) No Duel +3500

(まさかこおんな展開になるなんて。次の一戦は、ガチンコの一発勝負……)
 得失点差を見ればわかるとおり、信也と彩は今五分五分の成績だった。
「自信は? シンヤ君に勝つ見込みはどのくらい?」
 福西彩、マジシャン使いとしてはトップクラスの実力者である。
「75%……だったんですけど、今は逆になっちゃいました」
 しかしその口調は暗い。暗すぎるくらいに、暗い。
「25%ってこと? なんでそんなに下がっちゃったの?」
「シンヤと一緒に行動してて、シンヤのデュエルを見てて……」
 彩は見ていた、ソリティアの会での、事の顛末を一部始終。
「私は何もできなかった。見てることしか、できなかった……」

「先輩は焦ったりします? 自分が、自分が“なにか”から置いて行かれるような感覚」
「え?」 皐月はドキリとした。置いて行かれるということ。己の心を占め続けるもの。
「どうだろう。だけど、アヤはそんなに焦ることないと思うんだ。もっと、その……」
「私の自信なんてとっくの昔に壊れています。東先輩に負けた時から、とっくの昔に」
「取り戻せばいいじゃない」 「壊れたものは直らない。だけど信也は、飛び出そうとしている」
「……」 「私の知らない内にシンヤがシンヤでなくなっていく。それも、私を突き放す方向に」
 皐月は複雑な気分の中にいた。たぶん、その悩みに対して何かを言う資格は自分にない。
「完全にシンヤに追い抜かれていったら、もう2度と追いつけない気がした……したんです」
「だったら……だったら尚のこと負けちゃ駄目じゃない。勝って、勝って……勝ち続けて……」
 この時皐月は嫌な気分だった。翔とのことを思い出す。勝ってどうしたいのだろうか。
「そう……ですよね。勝たなきゃ。勝たなきゃダメ。絶対、ここでは負けられない……」 
(私は何やってるの? プレッシャーかけちゃっただけじゃない)

                           ――――

「お、やってるな。だけどカードばっか握ってもしょうがないぜ。麻雀やろうや」
 ストラのいう麻雀。それは死の遊戯と言われた究極の以下壮絶すぎるので省略である。
「やらないって。それよりダル、ディムがどこいったから知らない? 一緒じゃないの?」
「ぐっすり眠りすぎて眼が冴えすぎたんだと。“腐れ縁”と会うとか言ってたな。ローマか?」
 エリーは、彼女には珍しく露骨に嫌な顔をした。ストラは少し驚いた様子で覗き込む。
「ローマは……キライ」 「だったな。毎回思うが、まえにしちゃ珍しいよなあ……」
 エリーが、主観的な「好き嫌い」を全面に出すのは非常に珍しいことだった。
「ローマと一緒にいるときのディムも……あんまり好きじゃない」
「おいおい。初めて見たぜ。おまえがあいつのことくさすのを」
 エリーは首を横に振った。ストラはそれ以上何も聞かなかった。
(そんなに嫌いなのか。しかしディムズディルもローマも根っこの部分じゃ同類に見える……が、それを言うと絶対怒るんだろうな。つーかすでに、俺が何か言うのを察して牽制かけてんのか?)
「ローマのことなんて別にいいじゃん。それより……相手して……くれる?」
「あ、ああ。別にいいぜ」 「準備は、やり過ぎるくらいでちょうどいい、から」
「気合入ってるな」 「相手は強いから。そういえば他のみんなは?」
「爺さんは『若い連中に精々嫌がらせをしてやる』とさ。あとは……」

(……ね。死……。……も……なんか望まない。……。……ね。誰も……)

「ん? どうした?」 「ねえダル……今何か変な声が聞こえなかった?」
「なんも聞こえないぜ」 「だけど……これは……この嫌な感じは……」
 一言二言呟くや否やエリーは駈け出した。何かを、感じ取らされていた。
「おい! どこいくんだ!」 「ごめん! たぶんすぐ戻るから! たぶん!」

                           ――――

Gブロック 斉藤 聖 エリザベート 新堂 翔 桜庭 遥 得失点差
斉藤 聖 No Duel ●(-1700) ●(−7500)   −9200
エリザベート ○(+1700) No Duel   ○(+2900) +4600
新堂 翔 ○(+7500) No Duel ○(+5500) +13000
桜庭 遥 ●(−2900) ●(-5500) No Duel -8400

「どうせあたしは予選落ちですよおだ」 「すねないすねない。相手が悪かったんだから、ね」
「明日桜庭に負けたらどうしよう。最低の結果で終わっちゃう」 「まあまあ。頑張りましょ」
 ほとんど泥酔したおっさんと成り果てた聖のことはさておき、皐月は考える。『G』の結末を。
(ショウとエリー、シンプルにどっちが勝つかの勝負。ショウは恐らく、高速戦主体で挑むはず。瀬戸川戦では粘る姿もあったけど、エリーのスタイルから考えると低速勝負に持ち込むことはしない気がする)

「《神の宣告》発動。《魔法の操り人形》でダイレクトアタック! これで王手ね」
「あ……」 「アヤ、流れを寸断された状態でスペルをただ連打しても焼け石に水」
(勝てない。チャンスらしい部分は時々巡ってくるけど、結局は拙攻に終わってる)
「ただの連打は乱用と同じ。緩急をつける! じゃないとシンヤには」

「た〜んたんたぁ〜ぬきのき〜〇た〜〇は〜」 「ごめんヒジリ。ちょっと黙っててくれない?」
(ショウは順調に強くなっている。まるで、未知の強敵に合わせていくかのように少しづつ己にハードルを課しているみたいな闘い方。だとすれば、その真価を発揮するのは明日に違いない。一方、エリーの強みはなんだろうか。私と闘った時の印象は、なんていうか上手く合わされかわされた格好。桜庭もいってたっけ。こちらの長所をうまく逆用されたって。私との勝負でも、真っ向からねじ伏せるというよりはこちらの戦線が伸びきって弛緩したところを叩かれた。高い観察力でこっちの長所がどこにあるかをちゃんと把握、長所を短所にひっくり返して勝つ。世の中一長一短、カードゲームなんてそんなものなのだから、それはそれで……だけど……あの娘って……)
「サツキ! ろーてーしょん!」 と、その時智恵の声が響く。順番がまわってきたのだ。
「おっけえ」 皐月はデッキをもって立ち上がった。人のことより自分のこと、である。

                           ――――

【4週目】
東智恵:手札3/モンスター1(セット)/スペル1/ライフ4200
西川皐月:手札4/モンスター1(《暗黒界の武神 ゴルド》)/スペル0/ライフ4800

「サツキ、あんたの弱点は攻撃型の割に打点が低いこと。高速戦に頼りすぎ、わかる?」
 智恵はメンバー全員の特性を知り尽くしている。それゆえ、指摘には真実性があった。
「押しが弱いってことでしょ。わかってるって。だけど、押して押して、その先に何があるのよ」
「え?」 「チエこそ、ちょっとおかしい。なんでそんなにイラついてるの? なんだって……」
「言わせないで。負けたからよ」 智恵はこの時目を逸らした。皐月はそれを読み取った。
(今、もしかして嘘ついた? だけど、アキラに負けたことが悔しいんじゃなければなんで……)

「《水晶の占い師》を生贄に《ディメンション・マジック》発動。《ブラック・マジシャン》を特殊召喚!」
 バツが悪かったのか智恵は攻撃を再開した。ゴルド》を破壊してそのままの勢いでダイレクトアタック。
(マジシャンとゴルド。主力のパワーでは若干向こうが勝っている。総合バランスも智恵のデッキの方が上。なら、こちらはブリッツ・デッキの特性を生かし、スピードと手数の差で圧倒するしかない。頼り過ぎと言われようとも、大胆に切れ込んで戦果を挙げる以外に勝ち目は……引いたわ。《手札抹殺》)

「《手札抹殺》を発動!」 「そうくるの待ってた!」 「えっ!?」
 智恵の墓地に落ちるカード群。眼を引くのは《混沌の黒魔術師》。
(さっきの時点で出そうと思えば出せた。こちらの手を逆用?)
 まんまと出し抜かれる皐月だが、これで終わるわけにはいかなかった。
「ゴルドとシルバを展開。更に手札から《地砕き》を発動。マジシャンを破壊!」
 皐月の持ち味は疾風怒濤の攻め上がり。手数を増やし、敵を討つ。
「総攻撃!」 智恵の壁は「0」。このまま当たれば勝負は決まる。
「リバース! 《リビングデッドの呼び声》。《混沌の黒魔術師》召喚」
 しかし駄目。智恵は、墓地から《ディメンション・マジック》を手札に戻す。
(う、うまい。 アキラは、アキラはこのチエを倒しきったっていうの?)

「先輩、厳しい攻めをする。だけど、こうまで押し込まれると調整に……」
「いいんじゃない? あんなもんで」 「え? でも斎藤先輩、これじゃ……」
「ハンマーで上からがつんがつんやった方がタメになるかもしんないじゃん」
「え?」 「あはは。叩かれっぱなしな私が言っても説得力無いかな?」
「いえ、そんなこと……」 「うちの連中は意外とうたれ弱いから、さ」
「先輩は、どうなんですか?」 「打たれまくり。笑っちゃうわよほんと」
「そんなとき、どうします?」 「泣く。泣いて泣いて、もっかい笑う」
 聖は天井を見上げて呟いた。聖の眼には、天井のシミがよく見えた。
(巡り巡っただけで、私らたぶんそんなに強くない。だから、大変)

「リバース! 《聖なるバリア−ミラーフォース−》発動。攻撃モンスターを全て破壊する、いいね」
(攻めなきゃ……攻めなきゃ……攻め続けなきゃ駄目だってのはわかってる。だけど、たまにとても億劫になる。あれ? だけど、姉さんはなんであんなに攻め続けることができたんだろう)
 皐月の糸は既に切れていた。いや、大分前から切れていた。翔はそれに気が付いていた
(攻める姿勢を見せておかなければ誰からも頼りにはされない。大丈夫だって思われない)
 「見栄を張る」という行為の辛さ。勝ち続けたい? そんな理由など本当はどこにもない。
(アキラがちょっと羨ましくなってきた。私の闘いに必然性はない。流れに……あ、もしかして)
 皐月は智恵の方をちらりと見た。智恵はずっと、アキラにあった時から怖い顔をしている。
(もしかして、闘いは続いてるの? 私は闘ってない。だけど、智恵は闘い続けている)
 智恵は皐月と違う。世間の誰からも敬われ、恐れられ、高い所にいることが前提の女。
「チエ、私は『ないものをある』と言い張る為にここにいる。だけど貴方は、貴方達は……」

                           ――――

「ええっと、思わず飛び出したはいいけど……これからどうし……うわ!」
 エリーは出会いがしらに人とぶつかった。当然ながら、エリーはすぐに謝った。
「ごめんなさい! ちゃんと前見て歩いてなくて……本当にごめんなさい!」
「別に……どうせならナイフもってりゃよかったのに。そしたら天国いけるかも」
「えっ……」 エリーは困惑した。ぶつかった相手は、女であったが、同時に何かがおかしかった。
「交通事故みたいな死に方には惹かれるものがある。だけどあの醜い鉄の塊に轢かれて死ぬのは嫌。貴方もそうでしょ。だから私は憧れる。曲がり角に向かって少女が生パンを加えて走り出すようにサーベルを手に携え、何の悪意もなしに走りこむ。それに刺されて死ねるのは本望だと思わない?」
「あ……あの……」 エリーは困惑した。今まで変人は結構見慣れている。しかし……。
(なんだろうこの人。全然、何一つ顔から身振りから読み取ることができない。眠っている人の寝言や表情から何かを読み取れないのと同じような感覚……あれ?)
 エリー停滞。なまじ観察力の高いエリーは「その女から離れる」という選択肢を溝に捨てていた。
「あんたの匂い……カードゲーマー? だったら私の行きたい場所わかる? 大会やってるんだって」
(匂い……そんな匂いするんだ……それにこの地図の行先って私達が出てるあの大会会場……?)
「ああ、なんかわかるっぽい?」 「あ、はい。わかります」 「じゃあ案内して」 「え?」

                           ――――

「耄碌しちゃったかも」 「暴れるだけ暴れた後でそんなこと言っても説得力ないよ、チエ」
 智恵の決闘は怒涛の如しだった。結果として聖、彩、皐月と立て続けにのされた格好。
「ごめん。ちょっとフラストレーションがたまってたのかも」
 ちょっとどころではないだろう。皐月は切り込んだ。
「ねえチエ。怒らないで聞いてくれる?」 「ヤダ」
 所要時間0,2秒。
「……」 「冗談だって。何の話? 今日の話?」
 皐月は一回溜息をついてから、智恵に対して話し始めた。
「この大会って個人戦じゃない。みんな基本的に好き勝手やってるから、お互いが何をやっているかについてあんま関知していない。途切れ途切れに聞いただけ。アキラの動向も知らなかった。シンヤ君の執念(?)にもあんま気がつかなかった。そんな感じで、結構バラバラにやってて、当然チエのこともよく分かってない」
「それで?」
「私は最初、アキラが反目にまわったからチエが怒ってるんだと思った」
「怒ってるよ」
「かもね。だけど、その先にもう1つあるような気がする。違う?」
 智恵は席をはずそうとしたが、皐月はその腕を掴んで止めた。
「聞くわ。聞けばいいんでしょ。その代り、ピント外れなら刺すよ」
 刃傷沙汰に関してはある意味前科のある智恵の御言葉――

                           ――――

 その頃エリーは女と連れ添って歩いていた。自分からぶつかったことに引け目を感じたのだ。
(この人は、変。顔を見ても、動きを見ても全然その後ろにあるものが見当たらないなんて)
 エリーはこの上なくやりづらかった。しょうがないので、とりとめもない話題で繋いだ。
「カードゲームがお好きなんですか?」 「きらい。だいっきらい。みいんなだいっきらい」
 会話は2秒で終了した。エリーは困惑した。この女は何者だろうか。何を目指しているのか。
「だけど、大会会場に行くんですよね。カードゲームと何かご縁があるんじゃないですか?」
「首吊ってようやく死ねると思ったらローマの馬鹿がここにつれてきた。死ねばいいのに」
 『首つり自殺』『ローマ』……嫌なワードがいきなり2つ。話題は広がりそうだが不吉な兆候。
「あ、知ってるんだ。ローマ……」 エリーの反応で気がついたのか。否応なく話が広がる勢い。
「え、ええ……」 「ひっどい男。最低」 「そ、そうですよね。あの人、全然いい人だとは思えない」
「あ、本音で喋ってるっぽい。気、合うね」 合って嬉しいことなどないが、合わないよりはましだった。
(この人、どっかで会ったっていうか顔を見た気がするんだけど、誰だったっけ……え〜と……)
 目の前にいるのは見れば見るほどに綺麗な女性。一度あったら忘れない顔。しかし思い出せない。
「ローマは当然だけど……もう一人殺したいやつがいたんだっけ。え〜と……誰だっけ……」
 ぶっそうなことである。エリーは疲れていた。真意の見えない相手。ぶっそうな会話。
「あ、思い出した。ディムズディル。折角来たんだし、会ったら絶対殺そうって思ったんだ」
「え?」 エリーは思わず大声を出してしまった。当然だが、女はエリーの反応に気づいた。
「あ、そうなんだ。そうなんだ」 「あ、あの。なんでディムを……ディムを殺すだなんて……」
「あ〜そうなんだ。名前縮めて呼ぶんだ。あっそ。ハハ……ディムズディルの差し金ね。わざとぶつかって私を騙して嘲笑ってたんだ……それだけじゃない。ローマも、北極のペンギンも、あの教会も……」

壊してあげるよ! 小娘気どり!

 女は腕を広げ振りかぶり、ものすごい勢いで両手を合わせた。振動が、あたりを包む。
(死ね。死ね。誰もおまえなんか望まない。死ね。死ね。誰もおまえなんか望まない……)
(これは……さっき感じたあの嫌なイメージは……この人が……この人が私を引き寄せた?)
 まるで磁石のように。ベルメッセは何かを発し続けている。エリーは、それを感知してしまったのだ。
「うあぁぁぁぁあああ!」 女は、ものすごい勢いで壁に頭を打ちつけ、溢れた血で化粧を決めた。
(ディム……ちょっと恨むよ) 女は逃げた。女は追った。そして、その時もう一人の女が……。
「なにかしら。今の。幻聴? 私もヤキがまわってるわね。鬱病かしら。なんだってこんな……」

                           ――――

「チエ、本当は焦ってるじゃないの? なんていうか……この“流れ”に」
「焦る? 何言ってんの?」
「あの、これは自分のことになるんだけど、私さ。焦ってたの。みんなは私に一目程度は置いてくれる。だけどたったの一目。それもいつまでもつんだろうって。だから強がらないと……あ、もちろん私と一緒にするわけじゃないけど、さ。たまに億劫になる」
 智恵は強い。立場もある。常に状況をリードしてきたつわものだ。“闘うふり”をしていた皐月と、この東智恵が同じなことがあるだろうか。しかし皐月は、団体戦での敗北の仕方に何か近しいものを見ていた。そんな皐月が、率直に聞いたのだ。智恵は、重い口を少しだけ開いた。
「ヴィーナスで万屋の人達と一緒にどっきりデュエル大会を仕掛けた時から、いつかこんな日がくるんじゃないかって思っていた。アキラは駄目。あいつだけは駄目。ユウイチが……」
(チエ、貴方は、貴方はもしかして……)
 智恵は、最後まで皐月を刺さなかった    。

                           ――――

「とぉどめえ!」
「やば。やられ……えっ!?」 瞬間、エリーは別の女に助けられていた。
「あんた、何やってんの?」 「あなたは……あなたは……なんでここに……」
 西川瑞樹であった。彼女がエリーをかばって押し倒したのだった。
「私の家の近くでこんなことやらないで欲しいんだけど」 彼女は、このあたりに住んでいた。
「幻聴は聞こえるし、変なのはいるし……」 「話は後です! とりあえず逃げましょう!」
 正解だった。恐怖のキラーマシンが迫っているのだ。立ち止まって話す暇などある筈もない。
「エリザベート、あれはなに? パニック映画?」 「エリーでいいです。怖い女の人です!」
「それ、説明になって……ああもう来てるし!」 「ディムを殺すそうです。私も殺されます」
 瑞樹は頭が頭痛でガンガン痛いような気分を味わった。つくづくあの男と縁があるらしい。
「あの馬鹿の所為でなんで私達が!?」 「二手に別れましょう。そして貴方はそのまま……」

パァン!

(おまえも誰かを望まない。おまえは何も望まない。おまえには何もない。何もない……)
 再び不快なイメージが飛び込んでくる。女はすぐそこに迫っていた。それも、追い込むように。
「くぅぅ……」 「あ……う……これって!? それに今気づいたけど、逃げ場ないわよ、ここ」
「路地裏……ですね」「『助けてー!』って叫んだ方がマシそうね。じゃあいっせーので……」
 しかしその時だった。女は身体から何かを取り出すと、伸ばし、更にブレードを展開した。
「あれって、デュエルディスク?」 「みたいね。それも、デスサイズ型デュエルディスク……」
「どこに売ってるんだろ」 「自前でしょ。それより……叫ぶのもいいけど、その前に殺されそうね」
「あーーあーーはぁっ!」 女は鎌を壁に打ち付けた。猫がガラスをひっかいたような音がする。
「さいってえ!」 「ライフ32000……そっちはライフ8000点……はじめ……ドロー……」
「問答無用ってこと? どうする? 叫ぶ? 闘う?」 瑞樹は、エリーに意見を求めた。
「刺激するとまずそうです。闘いながらデュエルで自然に音を出すのが一番だと思います」
「それ、採用。それじゃあ変則決闘。生き残るわよ」 「サポートは任せ……あ、そうだ」
「なに?」 「喋り方や動き方からして、ミズキさんの方ですよね、たぶん。違ったらごめんなさい」
「あ、シンヤ君より優秀じゃん。そのミズキの方。当ててくれたんだから、呼び捨てでいいわよ」
(ミズキ。巻き込んでしまった以上、この人は私が守る。得体の知れないこの人から……あ)

「ディム! ケースからなんか落ちたよ。これって……写真……あ、綺麗な女の人……」
「お、なんだなんだ。昔の女か?」 「あ、ダル。なんかそうっぽい。大事そうな感じ……」
「違うよ」 「ま、普通はそういうわな」 「ディムの彼女。ディムってもてそうだもんね」
「だから違うって」 「ま、否定するのは基本だな」 「写真もってるって実は今も……」

ガッ!

「なんだよ。ちょっとからかっただけで足元を踏み抜くなよな」 「君達は何もわかっていない!」
「え?」 「ガールフレンドだと? これがそんないいものなら、いいものなら……誰も苦労はしない!」
「あ、あれ? ディム……どうしたの……いつになく……深刻な顔してるけど。なにか悪いこと言った?」
「いいかドヘタ共!(バン!) こいつには、ベルメッセ=クロークスだけには近づくな! 出会ったら光の速さで即逃げろ! 喋るな! 関わるな! 目も合わせるな! おまえたちごとき雑魚の手に負える相手じゃない! これを人間と思うな。眠れる森の美女の……皮をかぶった……狂った獣! それがベルメッセ=クロークス! わかったか!(バン!)」
「いや、話がみえねぇ。どんなバケモンなんだよ。おまえが引くぐらいの化物?」
「ベルメッセ=クロークスは、絶望的に料理が下手だ。絵をかかせようものなら隣の幼稚園児がピカソに見える。掃除をやらせれば前より汚す。洗濯? 冗談はよしてくれ。跡形も残らないだろうさ。性格は悲観的というよりは重度の鬱病。他人への思いやりなど期待するだけ無駄。自虐行為を趣味と言い張りライフワークは自殺未遂。歌は下手。手先の器用さなど求めるべくもなく、商売やらゲームやらの才能などあるわけもない。日本の諺に『天は二物』を与えずというものがあるが、普通は細かい才能を、平凡な才能を無数にもっているものだ。しかし天はあの女に極端すぎる力しか与えなかった。この無駄な美貌はその一例だ」
「なるほど。欠陥住宅ってわけか。しかしなあ。わからんでもないが、おまえがそこまで警戒するほどか?」
「無知がアレを語るな! 兎に角だ!(バン!) ベルメッセ=クロークスには近づくな! わかったか!」


「あっ、おもいだした。あの人……あの人はベルメッセ=クロークス! 狂った獣!」
「はぁ?」 「だからだから! ディムが昔言ってたの! “あいつにだけは近づくな”って!」
 瞬間、瑞樹の顔はこの上なく苦いものに変わった。やってられるか、そんな感じの表情だ。
「そういうことはもうちょっと早く言って欲しかったわ。私なら、ぜぇっっったい忘れないけど」
「ごめんなさい。おわびします。この上はちゃんと、あなただけでも家に帰そうと思います」
(あの馬鹿が“近づくな”ってどういう生物よ。これで死んだら呪ってやる。末代まで呪ってやる)
(ミサイルすら恐れないあのディムがああまで言った人。ミズキを傷つけるわけにはいかない)

                           ――――

 皐月は1人で外に出た。コンビニに行く途中、彼女はふと考えた。人のこと、そして自分のこと……。
(結局、みんなそれぞれ闘っている。ユウイチやチエは守ろうとしている、シンヤ君やアキラ、それにショウは挑もうとしている。アヤや……ヒジリにだってそれぞれの闘いがある。エリーやディムズディル達も当然のようにそうなんだろう。そして姉さんは、あの時の姉さんは……私の知らない姉さんになりつつあった。引きあげられているってことなのかな。それに比べて私はただみんなに置いて行かれたくないだけだった。自分の中の位置づけを守りたいだけだった。単にそのままでいたかった。私の闘いそれ自体の意義、そんなものは最初から私の中にない。対戦相手も、下手をすれば自分すら放置された決闘……負けるわけよね、そんなんじゃ。だけど、どうすればいい? 今更……なんて思うのが駄目なのかな。とりあえず次の試合、やるだけやって本戦に出て、そしてみんなと闘ってみよう。そうすれば……何か見える?)
 皐月は1人で考えた。しかし答えは出ない。答えなど、あるかどうかもわからない――

                           ――――

【2周目】※ベルメッセ→ミズキ→ベルメッセ→エリー
ベルメッセ:ハンド5/モンスター1(セット)/スペル0/ライフ24000
ミズキ:ハンド5/モンスター1(セット)/スペル0/ライフ8000
エリー:ハンド4/モンスター1(セット)/スペル1(セット)/ライフ8000/

「ドロー……《スケープ・ゴート》発動。羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹、羊が4匹、あとセット」
 ベルメッセのプレイは早くも倒錯していた。セオリーの跡など、まるで見えない。
(なんでこの局面、自分のターンに羊を出すの? まさか初心者レベルとでも?)
(そういえばディムがいってたっけ。センスはないって。だけど、逆に不気味……)
 確かに不気味ではある。もっとも、だからといって引くわけにはいかない。瑞樹のターンだ。
「ドロー……ライフがライフ、攻めるわよ、エリー。私はセットした《ブリザード・ドラゴン》を生贄に捧げ手札から《ホルスの黒炎竜 LV6》を召喚。羊トークンを撃破。経験値稼ぎには丁度いいわね! エンドフェイズ。このターン経験値を稼いだレベル6を墓地に送り、私はデッキからこのドラゴンを特殊召喚する」

Horus the Black Flame Dragon LV8

 黒光りする鋼鉄の鎧を纏い、白銀の翼を広げた魔封龍。その迫力は圧巻である。
「どろー……なんかめんどい……カードテキスト読みたくない……それ以前に生きたくない。エンド」
(あれ? なんであんなに緊張感がないの? さっきまであれだけヒステリックだったのに……)
 ベルメッセの奇行に戸惑いっぱなしの瑞樹。しかし戸惑ってばかりもいられない。エリーのターン。
「私のターン、ドロー……手札から《増援》を発動! デッキから《創世者の化身》を手札に加える!」
「エリー、そのデッキって……」 「得体の知れない人が相手。手持ちで一番派手なデッキ……です」
「確かに、それがいいかも」 「《創世者の化身》を生贄に私は手札から《創世神》を特殊召喚」
 生命を司る巨大な偶像。この《創世神》の御膝元、生命賛歌の大合唱。指揮棒を振るうは1人の女。
「手札から《デステニー・ドロー》を発動。手札から《D−HERO ディスクガイ》を墓地に送ってデッキから2枚引き……《創世神》の効果を発動。手札から《神獣王バルバロス》を墓地に送り、墓地の《D−HERO ディスクガイ》を守備表示で特殊召喚。効果により2枚ドロー。更に、ディスクガイを生贄に手札から《モンスター・ゲート》を発動。デッキからカードをめくり……《神獣王バルバロス》を特殊召喚! バトルフェイズ! 《創世神》で羊トークンを、バルバロスでセットモンスターをそれぞれ攻撃……ターンエンド、です」
 エリーのデッキは淀みなく動いている。瑞樹は、状況をつぶさに分析した。
(いいペース。だけど、まだライフは削れていない。初期手札で5枚リードしている分、向こうはライフと壁の展開力に勝っている。だけど、この次は私があのベルメッセに一撃を加えてみせる)

【3周目】※ベルメッセ→ミズキ→ベルメッセ→エリー
ベルメッセ:ハンド5/モンスター1(羊トークン)/スペル0/ライフ3200
ミズキ:ハンド4/モンスター1(《ホルスの黒炎竜 LV8》)/スペル0/ライフ8000
エリー:ハンド3/モンスター2(《創世神》《神獣王バルバロス》)/スペル1(セット)/ライフ8000/

「ドロー……眠い」 ベルメッセは目をしぱしぱさせた。先程の怒気が嘘のようである。
「無理矢理始めといて、眠いってなによ眠いって」 「そういう人……みたいです」
 「そういう人」。何の説明にもなっていないが、確かにそう説明する他なかった。
「《アポピスの化神》 ……さくって《タルワール・デーモン》……闘え……眠い……」
 《創世神》を鼻差の攻撃力で破壊した後、ベルメッセは1枚伏せてエンドした。
「《タルワール・デーモン》。随分と見かけないカードを使ってるんですね。あの人……」
「舐めているのか、大真面目でやってるのか、それすらわからないのが癪よね」

ベルメッセ:32000LP
ミズキ:8000LP
エリー:7900LP


「私のターンよ、ドロー。手札から《カードガンナー》を召喚。効果発動。デッキトップからカードを3枚墓地に送って攻撃力を1900まであげる。ここよ! 墓地の《ブリザード・ドラゴン》《ホルスの黒炎竜 LV6》《水晶の占い師》をゲームから除外!」
(力強い。大会初日に見た時よりも、遥かに力強いデュエルになっている)

Frost and Flame Twin Dragon

「バトルフェイズへ移行。《ホルスの黒炎竜 LV8》で《タルワール・デーモン》を攻撃」
 銀色の翼を雄々しくはりあげ飛翔する黒炎竜。咆哮一番、青い炎を邪悪なる龍へ向け解き放つ。
「まだまだ! カード・ガンナーで羊トークンを破壊! そして、《氷炎の双竜》でダイレクトアタック!」
 怒涛と呼ぶにふさわしい連続攻撃。破壊力を重視した、瑞樹のセッティングの成果が垣間見えた。
(リバースの気配はない。ファーストアタックが決まる。これを突破口に……え? な、なに?)
 何も障害はないはずだった。現に障害はない。決まる攻撃。しかしこの時、ある異様な気配が……。

ベルメッセ:29050LP
ミズキ:8000LP
エリー:7900LP


「うるさい。人が折角気持ちよく昼寝しようとしてるのに……あの世にいけたかもしれないのに……」
「……」 合計2950のダメージ。先は長いがアド差は十分。しかしこの時、瑞樹は“なにか”を見る。
「どうしたの? ミズキ……」 そしてエリーはすぐさま異変を察知する。瑞樹の様子がおかしい、と。
「なんでもないわ。さ、ガンガン削りましょ」 瑞樹は首を振った。というよりは、振るしかなかった。
(今、一瞬空間が歪んだような錯覚を覚えた。今のは、いったいなんだったんだろ。わからない)
 わからないものは説明しようがない。“映像がぶれただけ”。そう瑞樹は自分を納得させた。
「私はこのままターンエンド。(確かに得体のしれない相手ではある。現に今、空気が変わった)」

「痛い……痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。死にたい」
 女の、うつろな眼に光が宿る。それは一種の周期なのだろうか。彼女は吠えた。
「おまえらいったい誰だ……人の昼寝の邪魔をするおまえら……誰だ……」
「誰って……貴方の方から狙ってきたんでしょ? 昼寝ってなによ。今はもう……」
 正論を言う瑞樹だが、この女への正論は“猫にドグマブレード”以外の何物でもない。
「アハハハハハ! そういうことね! 思いだした! 幸せな決闘者は潰してやる!」
 どんな思考回路を辿ったのかはわからない。しかし現に、ベルメッセはここにいる。
「ドロー……《デビル・フランケン》召喚。効果発動! ライフを15000! 全てを壊す!」
「デビフラ? そんな反則まがい……」 「あの人にそんなことを言っても多分無駄です!」
 ベルメッセは15000のライフを支払った。そして、3匹の龍を、9つの頭を呼び出した。
「壮観といえば壮観ね。最悪といえば……もちろん最悪。初めて見たわよ、こんな絵面」
 ベルメッセは手を広げた。そして目を開き、口を開け、憎しみを込め、歌を歌うのだ。



Blue Eyes Ultimate Dragon


Blue Eyes Ultimate Dragon


Blue Eyes Ultimate Dragon



私は戦争が大嫌い。人が人を殺すこと……なんとつまらぬ営みか

人生は退屈なミラーマッチ。人間、人間、どれもこれも人間ばかり

人が人を殺すこと……なんとつまらぬ営みか。纏めて腐り果てるがいい

龍が龍を殺すこと……なんとつまらぬ営みか。纏めて千切れ飛ぶがいい

ときはなて、狂い咲け、せめて盛大に逝けばいい。さっさとこの世から消えちまえ




 黒炎竜の眼前に立ちふさがるは究極竜。左の牙が翼をむしり、右の牙が足を食う。中央の牙は? 当然頭を食いちぎる。砕ける骨、噴き出す血、しかしそれでは終わらない。終わるはずもない同族嫌悪。中央の龍が、頭部を無くした黒炎竜の首元に頭を埋めると、そのまま恐るべき首力で持ち上げる。“アルティメット・バースト”。内部から破壊された黒炎竜は醜い肉片と化すが、左右の龍はそれすらも消去していく。
「これは……この音は……この声は……この不快な響きは……なんなの?」
「聞きたくない……この人の声は……聞きたくない……なんて嫌な声……」
 2匹目の究極竜はバルバロスの五体を容赦なく引き千切った。バルバロスは泣き叫び命乞いをしたが無駄なことだった。肉達磨と化したバルバロスは究極竜の脚に潰され息絶えた。3匹目の究極竜は単純だった。ディスクガイを、まるでTUTAYAのバイトをゴジラが一飲みするかのように口に入れ、顎で噛み砕き美味しくぺろりと平らげる。その間ベルメッセは歌い続けた。他方彼女達は聞かされ続けた。あたかも、脳を大根おろし器で削られているかのような感覚……リサイタルが開演したのだ。
(これだけ派手にやってるのに誰も来る気配がない。まるで、狭い部屋に迷い込んだかのような。密閉されたカラオケボックスの中でジャイアンリサイタルを聴かされているかのような……)

ベルメッセ:14500LP
ミズキ:6500LP
エリー:6400LP


 歌は止んだ。しかし9つの頭と3つの胴体は未だ顕在。依然として睨みをきかせている。
「エリー、大丈夫? まさかあんな派手にくるなんて。誤算だったわ。だけど、まだ……」
 瑞樹はエリーを励ます。“まだ勝負は終わっていない”。瑞樹は、幾分タフになっていた。
「いえ。これでいいんです」 「え?」 「ドロー……リバース、《リビングデッドの呼び声》を発動」
 エリーは墓地から《D−HERO ディスクガイ》を蘇生。2枚ドロー。しかしまだ終わらない。
「わかってましたから。ディムから聞いて、自分で見て、あの人が普通じゃないことは。手札から《トレード・イン》を発動。《混沌の黒魔術師》を墓地に送って2枚ドロー。更に《デステニー・ドロー》を発動。手札から《D−HERO ダッシュガイ》を墓地に送って2枚ドロー……ライフ差はギリギリ。足りないようなら手札コストにするつもりだったけど、これで条件は整いました。ミズキ、走る準備をして。脱出口をつくるから」
「何を言ってるの? エリー……まさか!」 瑞樹は察した。エリーの狙い。エリーの策を。
「ライフ差があるなら、それを利用すればいい……ということ。いきます! “アキラの真似”!」

 ドォーン!

 突然の爆発映像。その爆発の先に勝利はない。しかし、敗北もまた存在しない。
「こっちです! 早く!」 エリーは瑞樹の手を引いた。最初から、このつもりだった。
「目障りな! 逃がすかあ!」 ベルメッセは、鎌を壁にうちつけ不協和音を奏でる。
「くっ……」 「無視してください。かかわり合いになっちゃいけません!」 「あぁまいたちぃ!」
(怖い怖い……でも、もしこれで追いつかれそうになったら、その時は二手に別れて……え?)
 エリーに手を取られて逃げる瑞樹は、その時確かに聞いた。遠くとも、聞こえる類の「声」だった。
「もういいや。飽きた。それに……あんた……あんま幸せそうに見えない……」
「え?」 瑞樹には一瞬聞こえたその言葉。エリーにはどうだったのだろう――

                          ――――

「ここまでくれば一安心ってところかしら。それにしても《自爆スイッチ》。最初からこのつもりだったの?」
「あの人は規格外。貴方と会う前の会話とかでわかってましたから。まともに相手しちゃ駄目だなって」
「そうかもね。あのディムズディルが“関わるな”って言うぐらいなんだから、よっぽどの妖怪変化……」
「それに、貴方は……私達には明日の試合がある。万が一にも、ここで傷を負うわけには……です」
「貴方、そこまで考えてたの?」 「今日はずっとそのことばかり考えてて……」 「あっ……そ……」

                           ――――

「なるほど。《自爆スイッチ》か。聡明な判断だ。おかげで、仕事の手間が省けたな」
「あんた……」 事を終えたベルメッセの前に現れたのは1人の男だった。その銘は、瀬戸川流。
「誰だっけ」 しかしベルメッセはベルメッセだった。 「ちゃんと覚えろ。SCSの、瀬戸川刃だ」
「ああ、ごめん。忘れなきゃいけないことが世の中多過ぎるから、ついでに忘れてた。で、なに?」
「会場にまで行きたいんだろ? なら俺についてこい。案内しよう」 「あ、そ。じゃお願い……」
 寝ぼけまなこのベルメッセに気を払いつつ、ジンは“依頼者”のことを考えていた。
「SCS、ベルメッセを監視して抑制しろ。それが仕事の内容か、『G』」
「はい。あの人は怖すぎますから、何か起こさないよう適当に制御してください」
「大ざっぱだな」 「貴方程の強者だからこそ頼めるのです。相手が相手ですから」
「だったら檻にでも入れておけ。なぜわざわざ野に放ち、監視という形にするのだ」
「折角ローマさんに頼んで連れてきてもらったんですから、持ち味はちゃんと保持しなければ」
「裏コナミの中でも特に性質の悪いベルメッセまで呼び、おまえはいったいなにを考えている?」
「貴方にとってもそう悪いことではない、ぐらいのことを言っておきましょう。後は秘密です」

「精々ことの顛末を見届けさせてもらおう。場合によっては……この『斬鉄盤』を解き放つかもな」
 裏コナミ、それは曲者が曲者をよぶ世界。誰がどこに向かい、どこからどこへ行くのか。

                           ――――

「私はエリーの試合、全部『記憶』してるわ。どれもこれも、上手くさばいて勝ってるわね」
 瑞樹はエリーに何らかの「力」を感じていた。しかしかえってきた答えは意外なものだった。
「私も、貴方の試合は全部『見て』います。私は、貴方のことがちょっと羨ましい……です」
「うらやましい?」 「ディムとの試合、あれを見たとき……これ、ディムには絶対言わないでください」
「どうゆうこと?」 「ディムは硬くて強い。そんなディムに立ち向かっていく姿勢が、綺麗だった」
「そお? 正直言うと完全にヤケクソだったんだけど。結局、振り回されっぱなしみたいなもんだし」
 だがエリーは首を横に振った。どうもそういうことではないらしい。もっと根源的なことだった。
「ディムの後ろから見たあの時貴方は純粋な目をしていた。貴方は……ディムの『敵』だった」
「貴方は……違うの?」 瑞樹は、ふと頭に浮かんだ一言のセリフを無意識に喋っていた。
「失礼します。どこかでデュエルできると……いいですね」 「そう……かもね。それじゃ……」
 走って去っていくエリーを見送りながら瑞樹はふと思った。明日の動向についてである。
「明日は第一試合と最終試合に居合わせないと駄目そうね。なんか、興味わいてきちゃった」
 西川瑞樹は考える。明日の試合の展開を。しかし考えてわかるようなものでもなかったのですぐに考えるのをやめた。その代り、ちょっとづつ変わりつつある自分と、残りつつある自分のことを少し考えながら帰路についた。明日の3回戦、完勝で一抜けすることになる西川瑞樹、前日の姿である。
「あんたたち、じゃなくてあんた……まっ、どうでもいっか」

(西川瑞樹は思ってた通りいい人だった。酷い目に遭ったけれどあの人に会えたのはよかったこと、でいいよね。それにしても、あのベルメッセって人と一緒になったせいでちょっと思いだしちゃうなあ。あの人の力、噴火前に逃げてきたけれど、あれはいったい……ううん。そんなこと、今は余所事。考えるべきは明日の試合。ちゃんと、嫌われないよう嫌われることができる、か、な)

明日にすべてを……


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読んでくれてありがとさん。つうわけで次回開戦。ショウVSエリー。


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。


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