「さてさて。この国には機運があるようですが、どうなることやら……」
 とある男が、聳え立つ東京タワーから眼下に広がる世界を見渡していた
「段々と面白くなってはいる。しかしまだ足りません。もっと、もっと……」
 その男もまた決闘狂人の香りを持っていた。彼は、とある大会の関係者。
「SCS……一度請け負った仕事は必ず……盛り上げて見せましょうか」
 そんな彼の眼下に広がる世界では、今まさに、闘いの火蓋が……。

                          ――――

「あーあ。下っ端はつらいな。パシられっぱなし……え? なんで……」 
「よお後輩。買い出しか? おしつけられたならたまには断われよな」 
 2人は妙な仲だった。友人と言うよりは一種の同志といったところか。

「サシで会うのはあの時以来だな。丁度、アンタと会いたかったところだ」
「ボンバーマンジェッターズの感動が薄れるから俺は今すぐ帰りたいけどな」
 2人は犬猿の仲だった。ウマがあうことなど、あり得ない間柄であった。

「よっ」
「……」
 2人は親友同士だった。だがそれは、はたして現在形といえるのか。

 シンヤとアキラ、ユウイチとショウ、ローマとディムズディル。
 彼等はいかにして並び立ち、また、いかにして交わっていくのか。


「先輩……アキラさん。奇遇ですね。こんなところで会うなんて」
「奇遇ってほどじゃない。さっき見かけて追いかけた。ま、それを奇遇っていうなら奇遇だろうけどな」
 2人は足を止めて話しだす。お互いがお互いに、少しばかり言いたいことが積もっていたからだ。
「勝ちましたね。チエさんに」 「あそこでヘマうつわけにはいかなかったからな。ま、嬉しいわな」
 信也と晃。2回戦が始まる前、お互いのこれからについて語り合って以来の邂逅であった。
「ヴァヴェリ戦は見たぜ。いい勝ちっぷりだったじゃないか。なんていうか、ちょっと嬉しかったな」
 晃に比べると、信也の表情はすぐれない。アキラには、それがちょいと気になった。
「どうした?」 「だけど、ローマには勝てなかった」 「ローマ……ローマ?」
「あとでディムズディルに聞けばわかると思いますが、裏コナミの、ローマです」

                            ――――

「久しぶりだな、ローマ。確か3か月ぶりだったか。ぶしつけで悪いが聞きたいことがある。なぜ……」
 ディムズディルの眼は冴えていた。昼間以降寝っぱなしだったからだ。開いた眼がローマを見据える。
「『何故来たのか』なんてつまらない質問はやめろよ。おまえだって昔よく俺のやることに茶々を入れに来ただろ。いや、おまえや俺だけじゃない。ゴライアスもジンもドルジェダクも、裏コナミは……」
「そうじゃない。なぜベルメッセまで呼んだ? アイツの危険性をわかっていないわけではあるまい」
 自分を含め、裏コナミの腰の軽さは今に始まったことではない。しかし、それでも気になることはある。
「パーティには華が必要だと思わないか? 随分と日和った台詞を吐くようになったじゃないか。そんなに惜しいのか? この大会に出てくる決闘者達がな! 潰されやしないかと。惜しいのか!」
 ローマは挑発がてらに言葉を叩きつける。ちょっとでもゆるい言葉ならそのまま食うつもりか。
「否定はしない。エリーやストラがやる気を出し始めているのは勿論のこと、僕の知らなかった猛者達が、かって出会った才能達が芽を出し始めている。これは、本当に面白くなりそうな宴なんだ」
「はっ、カスが。本当に面白いやつらなら、なにがこようとものともしないはずだぜ」
「正論だ。だがベルメッセはまずい。あの狂った獣は、僕や君、ゴライアスやジンとは違う」
「『裏コナミの狂獣』。あれの潜在能力は曲者揃いの裏コナミの中でも未知数。あれがここで目覚めれば危ういことになるだろうなあ。ハハ」

「ローマ、なにを考えているんだ?」 「中條……だったか。随分と陰気な商売をやってたな」
「確認しておく。邪魔をするつもりか?」 「さあな。結果なんか知ったこっちゃない」
 ディムズディルは一歩間合いをつめた。ローマは、声を荒げるままに続けた。
「それだよ。おまえはそうでなければ駄目だ。今すぐにでも俺を殺しに来いよ」
 ローマの眼は血の跡を、未来の血の跡を感じ取る。それは、才能か本能か。
「変わってないなローマ。何も恐れぬその姿勢、天を貫くその態度……」
「不満か?」 「いいや。それでこそローマだ。ローマ=エスティバーニだ」
 ディムズディルはそれでも少しうれしそうだった。これもまた、一種の本能か。
「だが俺はおまえに不満だらけだ。そんな『下っ端』どもに気を払ってどうする」
「100歩譲って今は『下』でも、その突き上げる意思は時に何者より強くなる」
「意思力、か。おまえの好きそうな言葉だ。現におまえは意思を突き通して生きてきた。だがな」
 ローマはゆっくりと歩きだした。まるで血に餓えた獣が、獲物を前にして静かに身構えるかのように。
「おまえはあの生娘を使うつもりか?」 「彼女達は仲間でありライバル。それ以上でもそれ以下でもない」
 ローマは次第に、狂ったような笑みを満月の下に描き出す。その姿は狂犬そのものだった。
「はっ、おまえは限界を感じているのさ。おまえは誰よりも強いからこそ、あのクソったれな……の壁を見据えている。だがな! おまえの目論見は見当外れだ! カスはカス!」
 ローマの独演会。痺れを切らしたディムズディルは、反論した。
「ローマ、今の僕のやり方がそんなに不満なら、なんで僕と……」

                              ――――

「なんで会うかなあ。あーあ。どうせならもう少しマシなのと会いたかったぜ」
 もっとも、仕事がらマシなのといってもあまり思いつかないのが多少悲しかった。
「悪かったな。そういうアンタはなにやってんだ? 明日だろ? 調整とかいいのか?」
 新藤翔と森勇一。タイプ的にはほとんど真逆であり、それゆえに意識する部分もある。
「今更特訓してもどうにもならんさ。俺の相手は強そうだからな。酒飲んで寝るだけだ」
 本音は、多少思うところはある。しかしどこか曖昧な感覚。翔は適当にごまかした。
「景気よく勝ちまくってる割に弱気だな。あの、エリザベートに勝つ自信がないのか?」
「どうだかな。少なくとも『ああ、絶対に勝てるぜ』と言う気にはならない。だからこ……」

 次のセリフは0.2秒後だった。

「じゃあ俺と勝負しろ」 「あ? ちょっと待て。意味がわからない」
「わかったわかった。一から説明します、と。まず、俺はアンタが大会に出てきたことを知った時内心喜んだ。いつぞやの借りを返せるってな。だが、アンタは予選で負けるかもしれない。なら今しかないだろ」
「なんでそうなる」
「想像してくれ。エリザベートに負けほうほうのていで廊下を歩くアンタの目の前に現れて『さあ勝負だ!』とかのたまう馬鹿の姿を。そんなやつ、俺なら殴るぜ」
「なるほど。理には適ってるな。俺でも殴る」 「でしょ」
「しかし断る」 「なぜ?」 「面倒くさいんだよ」 (ちぇっ)

 二言三言挑発しようかとも思ったが、勇一はとりあえず話題を変えて腹を探ることにした。
「あんま言いたくはないが一応伝えとく。団体戦の結果はこっちの負けだ。意外な展開だった」
「予想通りだな。おまえの黒星がさぞ致命傷だったんだろ」 「おれは負けてねーよ、先輩」
「なんで俺とハルカの作ったリードを守りきれないかな。俺が帰った時は1−2だったから……」
「俺があの眼帯義手男を倒したが、向こうはアキラを出してきた。アイツは、チエを倒しやがった」
「タンマ。それおかしくないか。なんで認めたんだよ」 「おまえらが前例作ったからに決まってるだろ!」
 確かに、それを言われると言い返しようがないが、そのまま頭を垂れるのも癪なので、彼は誤魔化した。
「しまったな。向こうも同じことやってくるとは。ま、それはそうとアイツがやってきたのか。どんなだ?」
 翔は勇一が考えている以上にアキラに興味を示していた。勇一に対する軽い悪戯も含んでいる。
「アイツとは2回戦終了後、エリーと一緒にいるところをちょっと話しただけだ。その後【寺院龍】と……」
 勇一は翔がそこまで言うのを引き継いで智恵VS晃の顛末を喋った。翔は黙って聞いていた。
「あの娘を倒したのか。あいつ、やるじゃないか」 「ん? アンタ、チエのデュエル見たことあんのかよ」
「おまえらがグレファーや千鳥と闘ってる時な、観客だった」 「なんだいたのか」 「暇だったからな」
 「暇だ」とのたまう貧乏人は、歩きながら、やや笑みを浮かべながら、揶揄するように言った。
「結局勝ったのは俺達とおまえだけか。翼川高校の築き上げてきた歴史も大したことがないな」
「なんだと……」 それは、おしもおされもせぬ翼川の大将であった彼には聞き捨てならない言葉。
「いつぞやおまえらに頼まれて俺らのホーム、万屋でゲームをやったときも思ったんだが、な」

【万屋VS翼川】
●森勇一−新堂翔○
●山田晃−新堂翔○
△西川皐月−新堂翔△
●元村信也−桜庭遥○
●斎藤聖−桜庭遥○


「あの時のアレを俺の実力の全てだと思っているのか。だったら、めでたいぜ!」
 挑発しようかと思っていた側が挑発された格好。しかし、それはそれで好都合。
「違うのか」 「アンタの、あの時からここまでの、連勝中の力は認める。だが……」
「“森勇一”も連勝中だな。【寺院龍】の申し子、寺門吟、ベスト8の常連と言われ各方面から恐れられた神宮寺陽光、そして今大会並み居る強豪をさくっと倒し2連勝中のストラ、だったか」
「よく知ってるな」 「最後のはおまえがさっき言った。そして、主だった試合は全部見ている」
「意外と努力家だな。なら質問だ。おまえの眼に、出場者はどう見える? 誰が優勝候補だ?」
「ストラ、ディムズディル、エリー、ベルク、西川瑞樹、森勇一、あと大穴で元村信也他数名」
 翔はわりと適当に答えた。勝負は情報戦の側面もある。あまり深いことを言う気はなかった。
「ま、そんなところだろうな。だがストラは俺が倒した。ベルクはおまえが倒した。残りは少ない」
「そうだといいがな。とりあえず俺は、ベルクともストラともサシ闘ってみたい。できるだけ、多くな」

                            ――――

「沢山やりあったぜ。ディムズディル、エリー、ストラ、神宮寺、寺門、あと千鳥ともやったな。そん時はベルクってあのでかいやつも誘ったんだが『一銭にもならない』だってよ」
 アキラ、闘いの記録。信也にとっても、気になる面子ばかりだ。
「ディムズディルやエリーとは1度闘ってみたいかな。やっぱり強いんでしょうね」
「まあな。でもって……よ。ほとんど見てないんでわからないんだが、みんなの調子はどうなんだ?」
「僕も実は自分のことばっかでよく見てないんですが、ショウさんがやたら“キレ”てましたよ」
 翼川の一員であったにも関わらず、元村信也が出した名前は、どう考えても高校生ではなかった。
「アイツか。あいつはセンスの塊みたいなやつだからな。アイツが伸びたらな、そりゃつえぇな」
「言う必要はないと思いますがユウさんも相変わらずの強さです。あとは、ミズキさんが……」
「どうした?」 「うーん、なんか、ディムズディルとやりあっている内に大きくなった、ていうか」
「アイツも必死なんだろうよ。元々ミズキは強い割にはどこか身を引いていた部分があったから、丁度いいのかもしれないな。ディムズディルのデュエルは闘う相手に死力を尽くさせる。手抜きできる空気じゃないんだ。あいつに妥協はないからな。なんたって拉致に火炎放射器だ。俺はマジで殺されかけたからな」
「悪い冗談です」 「本気です」 「はいはい。いずれにせよ、『今闘いたい人リスト』のトップ3に入るかな」
「そんなリストがあるのか?」 「脳内ですけど」 「ああ、そんなんでいいんだったら俺にもあるな」
「でしょ。ユウさんは言うまでもないでしょうから、それ以外で『こいつとデュエルしたい』って名前は?」
 信也は冗談半分本気半分くらいの心境でアキラにマイクを向けるしぐさをした。しかし、奴はマジだった。
「おまえだ。勇一以外で今一人挙げろっていうなら、俺は真っ先におまえの名前を挙げる」 「へ?」

                            ――――

「しっかしなあ。さっきのアレ。俺の名前も挙げてくれるなんて。見なおした。もっと嫌な人間かと……」
 新堂翔は、「おまえに言われたくはない」と言い返すことを一瞬思い立ったが、よくよく考えると翼川勢にはろくな態度をとってないなと思いなおし、やめた。やれやれ、といったところか。
「挙げないわけにはいかないだろ。じっみ〜に勝ち上がって優勝をかっさらうかもしれないんだ」
「うわ。さっそくきたよ。さっそくケチをつけるってのか?」 基本的には、どっちもどっちである。
「高校、いや日本ナンバーワンの実力者、森勇一。勝利を“積み上げる”手腕は大したものさ」
「引っかかるものの言い方だな。言いたいことがあるならはっきり言いな」
「おまえはアレだ。ロボコンの優勝校。見たことあるか?」 「一度くらいはな。だが、それがなんだ」
「あれってな。大抵はベスト8あたりが一番面白いんだよ。創意工夫の爪跡ってやつが見えてな」
 翔は懐から煙草を取り出して火をつけた。煙が煩わしかったが、勇一はあえてスルーした。
「だが優勝を持っていくのは、いっちばんつまらないマシンを作ったやつ。大体そこでTVを消す」
「俺がそのいっちばんつまらないマシンと同じだってのか」 「ああ。おまえとやっても楽しくない」
 勇一に対する皮肉。しかし勇一はふっと笑い、そのまま切り返した。
「鳥人間コンテストの優勝校。アレ、見たことあるか?」 「……その心は?」
「もっとも合理的な、もっとも洗練されたフォルムが、もっとも長く空を飛び、喝采を浴びる」
「それがおまえだと?」 「アンタは精々、一発ギャグで琵琶湖に落ちるのがお似合いだ」
 意見が出揃い、空気が凍る。2人の男が向かい合い、今か今かと時を待つ。一方が、動いた。
「前言撤回。勝負、受けてやる」 「そうこなくっちゃ。『俺と闘え』、2度目を言う手間が省けたな」

                            ――――

「俺と闘え」 「アキラ先輩?」 「もう一度言う。俺と闘え」
 アキラは、信也の眼前にデッキケースをつきつけた。
「理由がない。先輩とここで勝負することに、理由がない」
「俺がやりたいから俺がやる。他に理由が欲しいのか?」
 アキラは本気だった。本気で、信也と闘うつもりでいる。
「わかりました。ここじゃ難なんで、場所を移しましょう」

                            ――――

「場所を移すのはいいが、こんなところに無断で入っていいのか?」
 いいのか? といいつつ全く躊躇わない勇一。子供の頃秘密基地を作るタイプの男。
「よくはないな。まっ、捕まるようなへまをしなければいいこった。最後にものをいうのは逃げ足だ」
 同じく全く躊躇わない翔。日頃の行いの悪さがうかがえるやり口であった。
「あんときを思い出すよ。おまえらのふる〜い家で闘った時のことを」
「ほとんど覚えてないな。おれは、アキラってやつの試合をかろうじて覚える」
「ほんっとムカつくな。だが今日はあの日と違って、100%の森勇一を見せてやる」
「そりゃ楽しみだ。おっ、遂に屋上だ。2人仲よく楽しく、満月の下で遊……」

                            ――――

「はっ、俺好みの満月だ。昔話をやるには、絶好の景色だな」
 その時ローマは、薄笑いを浮かべつつディムズディルに近づいた。
「そんなに昔話を好むとは意外だったな。今にしか興味がないものと……」
「なら今から将来に向かっての話だ。あの生娘、確かエリーといったか……」
「エリーがどうかしたのか?」 それは、一瞬の出来事だった――
「What a dumb fuck!(クソったれのゴミ屑が!)」
 ローマは、デュエルディスクをディムズディルの喉元につき立てる。
(下手糞が未来にのぼせあがり、『今』すら失えば笑い話にもなりゃしないぜ、ブラックマン!)
 一瞬に交差する死線。だが瞬間、ディムズディルは足元を砕き、石を放って逃れた。
「完全に鈍ったわけでもなさそうだな」 「本家本元の技だ。最近は猿真似が増えたがな」
「だが、やはり駄目だな」 「くっ……」 「その左腕はどこで壊した?」 「ローマ……」
 そう。ローマはディスクをかざす刹那、ディムズディルの左腕に軽い一撃を入れていた。
「半分は自前だよ。そんなことで僕を軽く見るぐらいなら、今ここで見せてやろうか?」
「どうなるか確かめる? いいぜぇ。貴様がいかに腐ったかを証明してやろうか」
 ローマ特有の禍々しい『気』が増幅されていく。彼らの血戦は、宿命なのか。
「浮ついているぞローマ。地に足をつけきれない者に……そこにいるのは誰だ!」

「ディムズディル! それにローマ! なんでおまえらがここにいる!」
 翔と勇一、ディムズディルとローマ、満月の下の邂逅であった。
「きみらは……奇遇、か」 奇遇、しかしローマの反応は少し違った。
「はっ、相変わらずだなディムズディル! “裏コナミの歩く都市伝説”か」
 ディムズディルの行くところ大抵話がでかくなる。そんな民間伝承があった。
「このダイヤモンドと一戦交える為にあがってきたんだがな、気が変わった」
「気が変わっただと?」 「ディムズディル、ローマ、俺の相手をしてくれよ」
「おい万屋! アンタ俺と闘う約束はどうした! 意味がないだろ!」

                            ――――

「シンヤ……確かに、確かに俺の闘いに必然性はない。アイツを倒してどうなるってもんでもない。だけどな。アイツらの歩みをそれなりに近くで見てきて、差をつけれたり、負けたりしながら色々あってさ、どうせなら、ケリをつけたいんだ。そしてどうせなら、やっぱり勝ちたい。勝ちたいんだ」
 場所を移したアキラは、デッキをディスクに差し込んだ。
「わからないでもありません。その気持ち……」
 同じく、受けて立つ構えの信也もデッキをスタンバイ。
「そう言ってくれると思っていた。だからこそやりたい。あいつとやる時のヒントが見えるかも、な」
「その“あいつ”について。いや“あいつら”について。貴方は、どんな感情をもっている?」
「俺はあいつらに憧れていたんだろうな。だけど、それだけじゃ自分に何の変化も見いだせなかった」
「……」 信也は晃の言葉を一語一句漏らさず聞いていた。晃は、その分すらすらと喋った。
「遠くから憧れて勝負の真似ごとしてれば永遠に憧れていられる。だけど、それじゃ何にも変わらない。向上しない。動かない。チエを倒した瞬間、自分の中で消えたものもある。いいのやらわるいのやら。だけどどの道、俺にとってあいつらはどうにかしなきゃならないところまできちまった。あいつらに傍迷惑だろうが……」
「人同士の付き合いなんて傍迷惑だらけですよ。すいませんがこの決闘、貴方に迷惑をかけます」
「上等だ。言っとくが始まったらあいつなんて関係ない。おまえの首を取ることだけを考える」

                         ――――

「おいダイヤモンド。おまえだってあいつらの首を狙ってるんだろ。顔にはっきり出てるぜ」
 勇一は翔に挑んだ。それはいうまでもなく最強の証明への道。そして、その道は……。
「まあな。灰色の方はどうせ後でやれるから優先順位は低かったが、あのローマは別だな」
 気に食わなければ倒す。わかりやすい思考だが、勝負に生きる人種などそんなものだった。
「だろ? だいたいな。こいつらに高みの見物をさせておまえとやる気にはならないな」
 新堂翔は一歩前に出た。そして全員に聞こえるような声で、提案した。
「4人もいるんだ。どうせなら、タッグマッチなりバトルロイヤルなりやらないか?」
 ディムズディルは面白がった。面白がりついでに、ローマに提案しようとした。
「前門の虎、後門の狼が、目の前にやってきた、か。ローマ! さっきもいったが僕と……」
 しかし、ローマの返事は『ノー』一択。ディムズディルの目論見はあっさりと崩れた。
「組まねえよ。おまえとはもう2度と組まない」 「だよな。イエスっていう顔が浮かばない」
 他方、新堂翔は諦めない。折角これだけ面子が揃っているのだ。逃す手はない。
「そうかい。だったら話は別だ。ローマ、俺と組め」 「おい新堂、なにいってんだ」
「よくよく考えたら、おまえとディムズディルが組めば俺は一度に闘えて都合がい」
 確かに、新堂翔視点で考えると正論。しかし、人の都合に合わせるような連中ではない。
「誰がてめえみたいなカスとなんかと組むか。3流のホストみたいな顔しやがって」
 交渉決裂モード。一向にまとまらない会議に業を煮やした男、森勇一が動きだした。
「しょうがない連中だな。だったらかわりがわりぐるぐるまわせばいいだろ。夜はまだ……」

ガッ!

「なっ!? ショウ! おまえなんのつもりだ!」
 ショウ一閃。問答無用でディムズディルに回し蹴りを見舞っていた。
「なあダイヤモンド。おまえさ。頭はいいみたいだが喧嘩の売り方は下手だな」
「なんだと!?」 「交渉が決裂したんだぜ。だったら、やることはひとつだろ」
「どういう意味だ!」 「喧嘩の売り方なんてのはな、売ったもん勝ちなんだよ」
「なるほど……正しい」 (ディムズディル! あいつ、受ける気か……) 
(不意をついたにも関わらず、右で完璧にガードしていたか……)
「懐かしいな。裏決闘界で遊んでいた頃はそんなやり方が日常茶飯事だった」
 ディムズディルはデュエルディスクを取り出すとそこにデッキを押し込んだ。
「悪いが一身上の都合でこいつは置かせてもらう。もっといえば、僕自身もな」
 ダメージを受けて間もない左腕に、ディスクをつけるのを躊躇った格好。
「どうでもいいぜ。売ったのはこっちだからな。だが、食われないよう気をつけな」


第48−1話:男達の激突


 シンヤVSアキラ

 今、信也は立っている。目の前にいるのはついちょっと前に語り合った男。しかし2人は、お互いにお互いが以前の2人ではないことを知っている。あれから信也は闘った。ヴァヴェリ、ゴライアス、そしてローマ。アキラもまた闘った。ストラ、エリー、寺門吟、そして東智恵。彼等は闘い続けることで今に至っている。ある意味において似通い、ある意味において道を違えた者達。「おまえと闘ってみたかったんだ」。アキラはそう言った。その気持ちは信也も同様だった。かつては、お互いをそれほど意識していたわけでもない。真剣勝負を仕掛け合うほどの中であったわけでもない。しかし、今の信也には、これがなにか、不可避的なものに感じられた。
(この闘いに意義はない。けど、この闘いを避ける意義もまた、僕には感じられない)
 信也はディスクを構えた。先攻はアキラだ。彼は、1体のモンスターを召喚した。
「先攻。ドロー。《ヴォルカニック・エッジ》を通常召喚。挨拶代わりだ。効果発動!」
 炎の先兵が口から火球を放つがそれは意思表示。灼熱の闘いへの意思表示。
(挨拶代わりの一撃。【オフェンシブ・ドローゴー】の時とは違いモンスターを!)

アキラ8000LP
シンヤ:7500LP


(だけど、モンスターを使うとか使わないとか、それは本質じゃあない。惑わされちゃダメだ)
 信也は思う。類似点と相違点。アキラもシンヤも至弱から精強なる道を目指す点では共通している。しかし、はっきりとした相違点。信也は思い入れのなかったはずの【グッドスタッフ】から異端の道筋を導き出した。だが、アキラは、思い入れのあったように思われた【オフェンシブ・ドローゴー】から離れモンスターを入れた。それが意味することとは何か。信也は、アキラを鋭く見据えると、すぐさま反撃を開始した。
「ドロー。手札から《神獣王バルバロス》を召喚。《ヴォルカニック・エッジ》を攻撃する!」
 バルバロスの槍が灼熱蜥蜴を突き殺す。当然ながら、その程度は計算ずくのアキラ。彼は考える。信也の強さがどこにあるのか。あるいは信也の弱さはどこにあるのか。自分と信也はどう違うのか。
(小競り合いならシンヤの方が断然うまい。その上で、惑わしの一手も放ってくるのがアイツだ)
 立ち上がりの小競り合い。言うまでもなく、それは予兆である。激しい決闘への、予兆。
「カードを1枚伏せる。この勝負、僕がもらいますよ」 「どんとこい。だが、勝つのは俺だ!」

 ショウVSディムズディル

 シンヤとアキラが激闘を繰り広げる丁度その頃、屋上には2人の猛者が睨みあう。勝負が始まったのだ。一方の雄、ディムズディルは座ったまま右腕を天に向かって振り上げた。その手には一枚のカード。彼は、一端手を空中のある一点に留めると、その直後手を振りおろし、床に置かれたディスクにカードを叩きつけた。その迷いのない一打が、空に光を放つのか。
「ターンエンド」
 たったこれだけの動作。しかしもう一方の雄、新堂翔は鈍感に非ず。そこに何かを感じ取る。
(手札6枚を一瞥。モンスターをセットしただけでエンド。何の迷いもない。だが、俺がもし一撃必殺型のデッキを選択していたらどうするつもりだったんだ? 余程いいブロッカー……いや違う)
「これは、喧嘩なんだろ?」 喧嘩……ディムズディルは今そう言った。
「ああ、そうだな。こいつは喧嘩だ」 翔は理解した。そう、これは喧嘩なのだ。
(喧嘩の枕詞は『大胆不敵』、か。成程。カードに問いを込めたってわけだな)
 1体を守備表示。単純なそれにすら意思を込めるのがディムズディル。
(安心しろよ。それなら、答えは最初から決まっている。おまえを、倒すぜ)
 そして、それを読み取る器が新堂翔。フィールド上に、弱者はいない。

「さってと……今日は満月。どうせ座るんなら団子の一つも欲しくならないか?」
 翔は落ち着いた様子で立っている。この手の地形は、この男の独壇場か。
「満月の夜は狼男がでるという。迂闊に置いたら食われること請け合いだ」
 ディムズディルは静かに、気を抑え構えている。しかしそこに油断はない。
「迂闊、か。俺には、おまえが今置いたそいつが、美味い団子に見えるな」
 彼は落ち着く気など最初から更々なかった。狼は、獲物を見据えていた。
(面白い。この国に来て以来、この手の“意思”を感じたのはこの男が初めて。どう動……)
 と、その時だった。デッキから1枚ドローした一匹の獣は、大地の申し子に襲いかかった。
「(壁が一枚。おあつらえ向きだ!) 手札から《E−HERO ヘル・ブラット》を特殊召喚!」
 満月の夜。狼が牙をむくには絶好の夜。万の男は爪を砥ぎ、疾風のごとく付き立てる。
「さあ出番だぜ! 《E−HERO マリシャス・エッジ》! 壁の奥まで、貫きいてきな!」
 “悪餓鬼”からの“悪意ある刃”。直接的で、勝利への意思をもった翔の先制攻撃――
(的確で、鋭く、迅い――そして強い――)

ディムズディル:6000LP(先攻)
新堂翔:8000LP(後攻)

(狼の脚は時速70キロを上回るともいうが、手荒いな)
 翔の挨拶。ディムズディルは、しかし動じず、動き出す。
「《クリッター》の効果を発動。《N・グラン・モール》を手札に」
 他方、翔は更にギアをあげ、一気呵成に攻め立てる構え。
「スペルカードを1枚セット。エンドフェイズ、1枚引いてエンドだ」

                          ――――

「あーあ。はじめちまったか。しっかしあのやろお、やる気十分だな……ったく」
 この闘いを少し呆れ気味に見据えるのは森勇一だった。先を越された格好だ。
(粘って勝機をうかがった瀬戸川戦とはちょっと違うな。俺達と闘った時に近い。アイツの性格からしてあっちが元々のフォームか。今まで本気の本気を隠していたのか、それとも今までのは戦略の幅を広げるテストだったのか。いずれにせよ、あいつ、本当に灰色頭の首を取る気か? ま、いーさ。焦るようなことでもない。俺の方は、残りもので我慢してやるよ。なあ、ローマ=エスティバーニ……)
 森勇一の切り替えは早い。彼は、ローマの前に立ちふさがった。
「はっ、翼川の、お山の大将が何の用だ? ガキはさっさと帰って寝てろ」
 ローマの機嫌は相変わらず悪いが、しかしそれに怯む勇一でもなかった。
「そうだ。俺が大将。シンヤを倒して偉そうにするのは10年くらいはやいな」
 危険な言葉が夜を飛ぶ。今宵は、闘いが闘いを呼び、血が血を喰らう宴の夜。
「笑えるぜ。2点くれてやる」 「裏コナミのローマさんだったか。俺はいつも100点だ」
 コナミタワーの頂を目指す森勇一にとり、この男とは、手合わせしておきたいところだった。
「はっ、ケツに浣腸器ぶち込んでろカスが」 が、ローマは一筋縄でなかった。
「逃げるのか? 情けないぜ。勝てるのは、格下の相手だけってか?」

カスが……“ルリー”! 

 号令一発。ローマは、デッキケースを天に向かって放った。
(なんだ? 今なんて……“ルリー”?)
 ローマの決闘盤が変形。自律、直立。
オートデュエルモードスタンバイ。接続OK
 自由落下したデッキを受け止めるディスク。戦闘準備、完了。
「そいつに勝てたら考えてやる。さっさと死んでろ」
“ルリー”。お手合わせ願います
(女の声。電子音声にしてはよくできている。しかし!)
「たかだか機械人形に俺の相手が務まると思っているのか」
「だったら証明してみろよ。その腐った腕でな」
ワンモンスターセット。ワンスペルセット。エンド
「上等だ。当然、通るのは圧勝ルートだ。ドロー」

                           ――――

【2周目】
ディムズディル:ハンド6/モンスター0/スペル0
新堂翔:ハンド4/モンスター1(《E−HERO マリシャス・エッジ》)/スペル1(セット)

「ドロー」 「そこだ! 《マインド・クラッシュ》を発動! 《N・グラン・モール》を落とす」
(速い!) (モグラで互いを戻されれば、速度に勝るこちらの、エッジの特性が死ぬ)
 翔は得意の奇襲攻撃に打って出る。翔にとっては、それが最も己を生かしきる道。
(灰色の男。この男は強い。間違いなく強い。だが、高性能なものほど初動は遅い)
「やるな。エッジの殺傷力を軸に、一気に押し切るというわけか」 「いい攻めだろ?」
 【マリシャス・ビート】の殺傷力は一級品。ガードの上からすら削る、強烈な攻めだ。
「ああ。だが、甘いな」 しかし、一撃二撃で沈黙など決してあり得ぬのがこの男。
「なに!?」 「君をもってしても一つ忘れていることがある。確かにエッジは強力だ」
 あけすけにそう言い放ったディムズディルは、翔が想定していなかった反撃に出る。
「《E−HERO ヘル・ブラット》特殊召喚! そして、このカードを生贄に捧げる!」
(まさか!)
「君の専売特許でもあるまい。出番だ! 《E−HERO マリシャス・エッジ》召喚!」


【覇王システム】
覇王の道は陰陽の掌握にある。敵軍が部隊を展開していることで士気高揚する『悪意ある刃』が『陽』の『剛拳』なれば、さしずめ、自軍が部隊を展開できないでいることで発奮興起する『地獄の申し子』は『陰』の『柔拳』。表裏一体の陰陽五行法則に従ったこの2つの組み合わせが丸腰からの逆襲を生み、更には追加度糧さえ生みだすのは最早必然。血の通った生物同士の戦の中より生み出され、自軍敵軍が共に戦力を展開し凌ぎを削ることを前提とした、最も洗練された実戦重視の戦力展開法。それが【覇王システム】なのである


 掟破りの逆エッジ。覇王システムの奇襲を、覇王システムの速度で切り返す。
「《E−HERO マリシャス・エッジ》で、《E−HERO マリシャス・エッジ》を攻撃だ」
(相討ち狙い? いや、ここから更にバトルスペルを仕掛け……《収縮》辺りか?)
 しかし彼は微動だにしない。2つの“ニードルバースト”が、互いの身体を貫いてく。
「お互いの、《E−HERO マリシャス・エッジ》を墓地に送る。2枚伏せてエンドフェイズ」
(何の躊躇もなく相討ちをはかった。だが、確かにこれで俺の流れがとまった、か)
 仮に2枚目のエッジがあっても、相手の場に生物がいなければその能力は使えない。
(にしても、無理矢理岩の壁を押しつけて止めたかのようだな。待てよ……『岩』……)
「果敢に仕掛けるその心意気を無下にはできまい。だが、この程度ではないだろう?」
(座っていても確かに感じるこの威圧感。これが、これが……やつらのトップなのか)
「《E−HERO ヘル・ブラット》の効果で1枚ドロー……ターンエンドだ」

                          ――――

【1周目】
ルリー(A.I.):ハンド5/モンスター0/スペル0/ライフ8000
森勇一:ハンド5/モンスター0/スペル0/ライフ8000

ドロー。モンスターセットワン。スペルカードセットワン。ターンエンドを宣言します
 激突の横で、勇一もまた闘っていた。しかしその表情は渋い。雑魚に、用はないのだ。
「ドロー。手札から《豊穣のアルテミス》を召喚。バトルフェイズ、壁モンスターを攻撃する」
 勇一はいらついていた。人形をあてがう愚かさに。その行為は、彼のプライドにさわった。
(ローマ=エスティバーニ、これほど迂闊なやつとはな。機械人形ごときが俺を倒せるか)
 この上は一気に倒し、本命を引きずり出す構え。人形に手間取って等いられない……と。
「《魂を削る死霊》。戦闘では破壊されない」 (いい壁だ。だが、所詮はその程度)
 予想はしていた、とばかりに勇一の頭脳が次々に二の手三の手をはじきだしていく。
「(一気にアド差を広げてフィニッシュだ) 手札からカードを2枚セット。ターンエンド」

リバース。ノーマルトラップ発動。《砂塵の大竜巻》。セットカードを破壊する。手札から1枚セット
(ここで砂塵をうってきた? 賄賂を破壊したか。機械人形にしては気が利いている)
ドロー。ノーマルマジック発動。《増援》。デッキから《E・HERO ワイルドマン》……
(ワイルドマン。厄介なカードをだしてきた。パンプアップか除去を併用……あの伏せカードがそれか!)
リバースカードオープン。ノーマルトラップ発動。手札から《E・HERO ネオス》を墓地に送って《サンダー・ブレイク》。フィールド上の《豊穣のアルテミス》を破壊……
(アルテミスは強力な効果を持つ一方、それほど打点の高いモンスターではない。除去はおろか戦闘で守るための措置が必要となる。《砂塵の大竜巻》をエンド前に発動、2枚の内の1枚が《魔宮の賄賂》であることを予め掴んでおいて、残りは《次元幽閉》のようなカードと読む。そして、カウンターがこないのをいいことにスペルを連発、迎撃用の仕掛けを鮮やかに潜り抜け一撃。これが機械人形のやることか?)
《E・HERO ワイルドマン》で相手プレイヤーにダイレクトアタック。1500ダメージ。ターンエンド
「わかるか? 仮にも俺の芸術品なんだ。生半可な代物をだと思ったおまえが馬鹿なんだよ」
「なるほど。自信作というわけか。上等……少し興味がわいてきた。そのロジック、解明してやるよ」

                            ――――

【4周目】
アキラ:ハンド2/モンスター0/スペル2(セット/セット)/ライフ5300
シンヤ:ハンド2/モンスター2(《魂を削る死霊》《E・HERO エアーマン》)/スペル1(セット)/ライフ4800

「ドロー。手札から《爆炎集合体 ガイヤ・ソウル》を通常召喚。面白いもんだよな。【グッドスタッフ】に愛着のないおまえが【グッドスタッフ】を使い続け、フルセット&ノーモンスターに拘っていたはずの俺がこんなもんを使うんだからな。世の中どう転ぶもんだかわかりゃしない」
「確かに、見た目はそうでしょう。しかし、僕には見える。その奥にあるものが」
 信也は既に察していた。対極にあるかに見える、2人の進む道の違いを。
(あの人の決闘の本質はカードの種類じゃない。闘い方、その姿勢そのものだ)
(流石だ。俺は、【オフェンシブ・ドローゴー】の頃の、闘う姿勢を捨てたわけじゃない!)
 むしろ変わったのは信也かもしれない。合わせるまま闘い方から勝つ闘い方への転換。
(先輩のはいわば進化、かな。だけど、強くなったのは先輩だけじゃないってことを証明する!)

「シンヤ。おまえの意気込み、伝わってくるぜ。だったらこっちも……つまんない手は打てないよな! 800を支払い手札から《洗脳−ブレイン・コントロール》。《E・HERO エアーマン》のコントロールを得る」
(エアーマンのコントロールを? すでに通常召喚権を使いきったこの状況下、たかだか1800のアタッカーを一瞬だけ奪う理由はなんだ? こちらの場には《魂を削る死霊》が壁として立ち塞がっている以上、これを除去しない限り一時的なコントロール奪取には旨味がない。だが、何の旨味のないことをわざわざやってくるはずも……)
「《ウィジャ盤》を2枚発動! おまえたち全員に見せてやる。常識を超えた【脱構築型決闘】を!」
(なんだ? なんで、なんで今になってアイツの影がちらつくんだ? 集中しろ。目の前の相手に……)
 信也は1〜2回ほど首を振って幻影をふりきり、アキラの場を見た、そして読みを開始した。
(あの人の場には2枚の伏せカード。場には貫通持ちのガイヤ・ソウル。使うデッキは【炎属性】……)
「洗脳が通るなら続けてリバース罠をオープン! 《DNAテクスチャー》を発動!」

《DNAテクスチャー》
通常罠
発動時に1種類の種族か属性を宣言する。 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体はターン終了時まで自分が宣言した種族か属性になる。このカードを発動した次のターンのスタンバイフェイズにデッキからカードを1枚引く。

(風を炎に変え、ガイヤ・ソウルへの生贄、強烈な貫通攻撃を見舞う気か。《DNAテクスチャー》……)
「《DNA改造手術》を発動。《混沌幻魔アーミタイル》の種族を魔法使いに変更、さあ、フィナーレだ」
(まただ。消えろ。僕に纏わりつくなローマ=エスティバーニ。僕に……僕に纏わりつくんじゃない!)
「《E・HERO エアーマン》の属性を炎に変更。そして、このカードを生贄に捧げ《爆炎集合体 ガイヤ・ソウル》の攻撃力を3000あげる。行くぜ! 《魂を削る死霊》に貫通攻撃!」


つっこめ! ガイヤ・ソウル!


(これを食らったらあと2000。一方、向こうはまだ4500。《爆炎集合体 ガイヤ・ソウル》はエンドフェイズ時に自壊する、が、次のターン、仮にあの人が丸腰でエンドしたとしても今の戦力で殴りきれるかどうかは微妙なライン。そしてあの人は、大ダメージを覚悟した上で後続の手を取ってくる人だ。傷を恐れない、ギリギリのライン上での闘いあの人の本領。タイトロープ式の決闘が望みというわけだ。だが、はたしてそれだけか? 既に安全圏は超えられている。もっとだ。もっと読みを鋭くしなければ……)
 読みを続ける信也。しかし、その間際によぎる影。ローマ=エスティバーニの黒い影。
「おまえは俺には勝てない。勝負を、決闘を甘く見たおまえに、俺達を倒す術はない」
(ローマ=エスティバーニ、ローマ=エスティバーニ……ローマ……俺を、嘲笑うなあ!)
 アキラの《爆炎集合体 ガイヤ・ソウル》がシンヤに迫る。その時信也は、何を見る――

                           ――――

【3周目】
ディムズディル:ハンド3/モンスター0/スペル1(セット)/ライフ6000
新堂翔:ハンド3/モンスター0/スペル1/ライフ8000

「ヘルゲイナー程度じゃ足りないな。様子を見るような柄じゃないだろ?」
 エッジ相討ち後、翔は、ゲイナー単騎で仕掛けるのみの消極策だった。
「だったら幽閉なんかうつなよ。場に残れば面白いことになってたぜ」
 軽口を叩く翔だが、内心はそう軽くなかった。巨大な巌に、隙間無し。
(そそられる、そそられる相手ではある。だが、そそられ過ぎて噛みづらい)
 翔は息をひそめ、好機を窺う。が、その時だ。今度はもう一匹の獣が動く。
「ドロー。手札から《ダーク・コーリング》発動! 遅いな! 新堂翔!」
(悪魔と岩石、やはりあのカードだったか。この俺が後手に回るとは!)

Evil Hero Dark Gaia

(攻撃力は《E−HERO マリシャス・エッジ》と《N・グラン・モール》の合計、3500か)
「行くぞ! バトルフェイズ、《E−HERO ダーク・ガイア》でダイレクトアタック!」
(喰らう以外にない。だが、ただで喰らうかよ。疑心暗鬼の種、植え付けさせてもらう!)

ディムズディル:6000LP
新堂翔:4500LP

(流石に痛いな。だが、今ので……) 「やめておけ」 (なに?)
「昔。使ったことがあるからこそ敢えて言う。そんな“古い手”は、僕には通用しない」
 この間、翔は罠をはっていた。リバースに気を払う、微細なそぶりを見せ、相手に警戒心を植え付ける。
(強い相手用の一手だが強すぎた。やはり今までの相手とはものが違うというわけか。なんて……)
 翔はダイレクトアタックを食らう際、身体の微細な動きによりリバースを匂わすことで、動きを「読んだ」と誤信したその後のディムズディルに警戒心を植え付けようと試みていた、が、失敗。
(なんて面白いんだ。ディムズディル、エリー、千鳥、ベルク……最高だよおまえらは)
 だが、翔の戦意は一向に衰えないどころかむしろ燃えがる。翔は、新堂翔は研ぎ澄まされていった。
「だが、まだまだだな。おまえはまだ全てを出しつくしていないだろ。ディムズディル=ブラックマン」
「それを言うなら、君とて全てを出しつくしたわけではあるまい。もっと踏み込めよ新堂翔」
(怖い男だ。小手先の一手二手でどうにかなるレベルじゃあないな。ぞくぞくする、この緊張感)
「エンドだ」

(確かに、一つ一つの仕掛けだけでは崩せないかもしれない。しかし仮に一つ二つの手が実らずとも、それらはいつか纏まった形で実りうる。一瞬の隙は、その時必ず訪れる)
 翔は落ち着いている。決闘の日は浅いが、勝負の要諦は知り尽くしている男の器量。しかし……。
「尚も一ミリの隙間を伺い、穿つ構えを崩さない。その姿勢はおそらく正しい。ならばこちらは、今の身の丈に丁度いい、片膝を立て座ったままの闘い方というものを見せようか」
(なんだ? やつの気配が、少しづつ薄れていく。何をするつもりだ?)
「見よう見まね。天才・瀬戸川刃には遠く及ばないだろうが、千鳥がやるよりはマシだろう。アレは血の気が多過ぎる。闘志の垂れ流しだからな……瀬戸川流黒魔術(ブラックマジック)、羅羅羅無陣訓」
 200%今考えたような技だった。しかしそれはまた、明らかな高等技術でもあった。
(消えた? いや、違う。確かにそこにいる。だが、一瞬やつを見失った)
 極限まで気配を消したディムズディル。それが意味することを、翔は察した。
(なるほどな。相手が隙を窺うなら、いっそゼロにしてやろうと、そういうことかよ)
 解放された空間。撃って来いといわんばかりに無防備ではある。しかし、翔は動けない。
(ああまで緩められると焦点がぶれる。その癖、戦闘体制だけは崩していない。こちらが迂闊に仕掛けたところを柳のように受け流しカウンターを決める、か。隙を窺う筈が、逆に窺われている)
 沈黙。沈黙したまま時は流れていく。翔は真価を問われていたのかもしれない。流れに便乗する形の奇襲を止められた今、静寂の中いかにして攻め込むか。迂闊な動きは死に繋がる。しかし、攻めなければ緩慢な死を迎えるだけだろう。ディムズディルは闘いの中に問いを突き付ける。ディムズディルは完全に己の気配を殺すことで翔の動きをその肌で感じ取り、後の先を取る構えなのだ。この構えを前にすれば、どさくさ紛れの小細工は通用しない。「無」は時として堅牢なる防御壁と化す……その厄介さを知る翔は、「無」の牽制を前に動きを止めた。

                          ――――

【4周目(※ターンプレイヤー・アキラ/バトルフェイズ続行中)】
アキラ:ハンド4/モンスター《爆炎集合体 ガイヤ・ソウル》/スペル1(セット)/ライフ4500
シンヤ:ハンド3/モンスター2(《魂を削る死霊》/スペル1(セット)/ライフ4800


つっこめ! ガイヤ・ソウル!


 攻撃力を3000に増した貫通モンスター《爆炎集合体 ガイヤ・ソウル》が、信也唯一の壁、《魂を削る死霊》に向かって突貫する。信也には、その強烈な一撃を防ぐ術等なかった。しかし……。

アキラ:4500LP
シンヤ:2000LP


「はぁ……はぁ……」 「やるな」 「そっちが風を炎に変えるなら、その炎を消すのはこちらの風だ」
 《爆炎集合体 ガイヤ・ソウル》の一撃が炸裂。しかし、アキラに笑みはなく。一陣の風が吹き抜ける。
「俺のもう1枚のリバースが《火霊術−「紅」》と見切り、貫通前に《サイクロン》で破壊した、か」
「攻撃が通る前に破壊すれば、チェーンして発動する意味もない。そう簡単に、王手はさせませんよ」
「相変わらず目ざといな。俺の手札はたったの1枚。エンドフェイズ、こいつを消滅させてエンドだ」
 アキラは丸腰でエンド。敢えてギリギリまで攻撃を受けてから反撃する、死中に活の態勢に入る。
(こちらの戦術上、壁のいない今の方がかえってやりづらい。エッジは使い物にならないか)
(こいシンヤ。生半可な攻めと読みなら、たとえ残りライフが100でも10でも、俺の牙をつき立てる)
(この緊張感。形を変えても、この人の決闘の本質は変わってない。むしろ、より凶悪さを増している)
 気を抜けば狩られる。いや、気を抜かなくても狩るか狩られるかに持ち込まれる。そんなラインだ。
「おまえとやるのは面白い。そんな気がしていたぜ。この勝負をもらって、俺は更に強くなってみせる」
 気を吐くアキラ。今の彼には惰性がない。一戦一戦、骨の髄まで味わいつくす。それが、成長への道。
(やはり強くなっている。まだまだ“爆薬”を仕込んでいそうな勢いだ。気を抜く暇がまるでない……)
 信也は智恵がやられるところをはっきりと見ている。この程度で、安堵できるわけもなかった。
(考えるんだ。考えに考え、あの人の上をいく。その為の読みは、むしろここからが正念場……)

(どうした? 俺はここにいるぜ。倒してみろよ。そこの虫けらどもで俺を倒すんだろ。なあ、おい)
 幻を払うべく信也は首をふる。もっともアキラには、気合いを入れなおしたようにしか見えなかった。
(次のターン、あの人は《DNAテクスチャー》で2枚引ける。だけど、ここであの1枚を落とせば……)
 しかし信也の手札にバルバロスのような下級アタッカーはない。打点をとるか、手札をとるか。
「《魂を削る死霊》を生贄に、《人造人間−サイコ・ショッカー》を召喚」 (プレッシャーをかけにきたか!)
 古き時代よりの定番・サイコ・ショッカー。その制圧力・駆逐力は強烈の一言。信頼性は抜群だ。
(そうだ。この闘いに集中するんだ。集中力を高め、あの人を倒し、そして、そして……そして?)
 信也の脳裏に何かがよぎる。しかし信也は首を振り、アキラに向かって大きく吠えたてた。
「お望みどおりのギリギリだ!」 「上等!」 「《人造人間−サイコ・ショッカー》でダイレクト……」
 だが、その攻撃宣言が最後まで空間に響くことはなかった。信也には、その姿が見えたのだ。
(《混沌幻魔アーミタイル》の一斉掃射! 真・全土滅殺天征波! 消えろ! 跡形もなく!)

「ダイレクト……」 「シンヤ?」 「……」 「おいシンヤ! どうした!」
 突然の出来事。身体を支えることのできない信也は、その場に崩れた。
「どうしたんだ! おい!」 「見えない。決闘が、何も、見えない……」
 うつろな眼でとぎれとぎれに喋る信也に、もはや覇気はなかった。
「シンヤ……」 「ローマ……エスティバーニ。ローマ……ローマ……」
 震える手はカードを掴めず。アキラは、呆然として立ち尽くすのみだった。

                           ――――

【3周目】※ターンプレイヤーは新堂翔
ディムズディル:ハンド3/モンスター1(《E−HERO ダーク・ガイア》)/スペル1(セット)/ライフ6000
新堂翔:ハンド3/モンスター0/スペル1/ライフ4500

 他方、満月に照らされた2匹の獣はいまだ睨みあっている。翔は、尚も動けなかったのか……否。
(やられたらやりかえせ。古き良き格言だな。今度は、おまえがつきつけられる番だ)
 彼は口元に笑みを浮かべた。彼の不敵さは未だ健在。彼は、己を下には置かなかった。真の決闘者には、謙虚さはあっても卑屈さはない。彼は、突き付けられた問いをノートラップ・ボレーで蹴り返す。
「『問い』……『問い』だよな、これは。だったら俺もおまえに問いたいことがある。こいつでな」
 翔は手札から1枚のカードを選び出す。更に彼は、もう1枚を『今』に費やす。
「いい夜だ。こっちに来てよかった。何の憂いもなく闘える。おまえはどうだ? 灰色!」
 翔は笑った。なぜか。それは彼だけが知っている簡単な事実。
「てめぇを消すなら、てめぇを引きずり出すまでだ! リバース! 《ダーク・コーリング》発動!」
 座して構えるディムズディルと、巨大な黒い巌の前に、新たなダークヒーローが迫りくる!
(カードの伏せ方一つをとっても仕掛け好き。そんな男が、正面から牙を剥くのか)
「墓地の《E-HERO マリシャス・エッジ》と手札の《偉大魔獣 ガーゼット》をゲームから除外!」
(とり澄ましてるガラじゃないだろおまえは! 起こしてやるよ! こいつでな!)

Evil Hero Malicious Fiend

 “悪意の申し子”、マリシャス・デビル。悪意の純粋培養が、沸き上がる溶岩を迎え撃つ。
(この相手は、敵の隙を窺うだけの男ではない。真っ向勝負に蛮勇をかけるか。面白い……)
 翔は殺意を剥き出しにした。危険なはずの真っ向突破。しかし、敵を揺らし、問いをぶつけるのにこれ以上のものがあるだろうか。相手が「無」の境地で捌くなら、過剰なる「有」で穿ちきる。一度そう決断した翔には何の迷いもなかった。飛び込みの際の迷いは牙を鈍らせるからだ。この間、満月はやはり輝きを失わず、2つの眷属を照らしだす。と、その時、化物共が動き出す。
「殺れ! マリシャス・デビル!」 「迎え撃て! ダークガイア!」
 
 漆黒のマグマと悪意のカリスマが激突、砕け散る。

                           ――――

「シンヤ、おまえ……」 「すいません。勝負の最中だったのに……」
 他方、シンヤとアキラの勝負は中断した。中断せざるを得なかった。
「何があった?」 「裏コナミのローマ。僕は、あの男に負けたんだ……」
 騒ぎのドサクサで有耶無耶にされつつあった事実。しかし、事実は覆らない。
「まだ、手がふるえてる。ハハ……アイツが、アイツが、ローマが……あいつは……」
 ダムが決壊するときのように、信也は心の壁を維持できなくなり、そして泣いた。
「ちっくしょお! ちくしょう! ちくしょう! くそっ! くそっ! くそっ! なんでだ!」
 悔しさを、冷静さの中に隠しきれなくなった信也を前に、アキラは黙っていた。負けなれている彼には、それしかできないことがわかっていたからだ。信也は、ただただ手を地面に叩きつけていた。
「知らなかった。万屋で闘った時も、1回戦で負けた時も、他の時も、こんなに……」


ちっくしょお!!


 信也の夜が更けていく。敗者の魂はどこへ向かっていくのか――

                           ――――

ディムズディル:4200LP
新堂翔:4500LP

「いいセンスだ」 一陣の風。そう、激突の爆風を切り裂く、一陣の風がそこにあった。
「だろ?」 予め召喚しておいたエアーマンの一撃。ライフが、またも逆転する。
「立ったな」 翔が指摘する。そう、ディムズディルは既に立ち上がっていたのだ。
「そのようだな」 無の牽制は雲散霧消の彼方に消えた。消したのは翔だった。
「血の気の多さならおまえこそ、だろ? 引いた闘いを、おまえは望まないはずだ」
 翔は感じ取っていた。だからこそ身をもって挑発、その上一撃まで加えたのだ。
「バトル終了」 効果により手札に加えたのは《E−HERO ヘル・ブラット》だった。
「まんまとのせられてしまったな」 しかしこの男は、本当に嬉しそうにそれを言う。
「お互い、値踏みの時間はもう終わりってわけだ。さあ、アンタはどうしてくれるんだ?」

                         ――――

「はっ。あの便利屋モドキ、ディムズディルを熱くさせているな。かなりの手練というわけだ」
 ローマは壁に背を持たれて高みの見物モード。月の夜の暇人を絵に描けば丁度こんな図。
「それに引き替え、まぁだやってんのか?」 ローマは久方ぶりに顔を逆に向けた。

【5周目】
ルリー(A.I.):ハンド2/モンスター1(《E・HERO アナザー・ネオス》)/スペル1/ライフ6000
勇一:ハンド3/モンスター2(《ライオウ》《豊穣のアルテミス》)/ライフ4000

「……ったく、口だけってのはどこのどいつだ?」
 煽るローマ。だが勇一は、静かに静かに呟いた。
「……っている」 「聞こえねぇよ」

もう、終わっている

「なんだと?」 ローマは知らない。森勇一が、どれほどのものかをまだ知らない。
「手札からノーマルスペル発動」 「その発動に割り込み、俺はカラスを打ち込む」
 突然の予告。勇一は、スペルネームが読み上げられる前に予告をなした。
《O−オーバーソウル》」 はたして予告通り、勇一はカラスを打ち込む。
「次は《E・HERO アナザー・ネオス》で、《豊穣のアルテミス》に攻撃を仕掛ける」
バトルフェイズ。《E・HERO アナザー・ネオス》で《豊穣のアルテミス》に攻撃
「俺はここで《聖なるバリア−ミラーフォース−》を発動。相手モンスターを破壊する、が、やつは《リビングデッドの呼び声》を発動して墓地から《E・HERO アナザー・ネオス》を呼び出しアルテミスを狙う……音声認識機能すらついてない機械人形とやるのは退屈で退屈で仕方ないぜ!」
 森勇一の真骨頂はその読みの精度と数量にある。彼は、全ての道を読み切った。
リバースカードオープン。コンティニュアストラップ発動。《リビングデッドの呼び声》
「無駄だ。おまえのロジックは既に解明済み、全て見切っている。《神の宣告》発動!」
(この短時間でルリーを解析、裏を取り続けた、か。これがゴライアスの言っていた森勇一……)
 森勇一はローマが自分を見ていることに気づくと、指をさし、軽快な調子で言ってのけた。
「ローマ=エスティバーニ、おまえには後輩が世話になったな。その分もきっちり返してやる」

                           ――――

 勇一が機械人形を圧倒する頃、翔もまた強く攻め立てる。が、それを受けるのはこの男。
「新堂翔。僕らがカードゲームをやる上で最も大事なこと、なんだと思ってやっている?」
 ディムズディルは懐から紐を取り出し、左腕を固定しながら、新たな問いを投げかけた。
「どうだろうなあ。分析・洞察・構築・奇襲……etc。色々あって一つにはきめらんないな」
「若いな。ならば教えよう。伝えよう。叩き込もう。カードゲームは……カードゲームは……」



カードゲームは脚力だ!



 ディムズディルは脚を振り上げ、壁に蹴りを叩きこみ割れ目をつくる。と、そこへディスクをはめこんだ。
「これで何の煩いもなくやれる。立ち技系格闘技に何故カードゲームが含まれるかを君に教えよう」
(威圧感の源は、「立つ」という姿勢そのものから生まれる、大地を踏みしめることで発生する波動か!)
 そう、大地に脚を打ち込み、相手と平行に向かい合う。それは、それ自体が大地の構え。
「間違っていた。そう、違っていた。君が探り合いさえ放棄して向かってくるのなら、無下にはできんさ」

(違うな。少なくともこれは俺のペースじゃない。俺のペースなら、とっくの昔に俺の牙があいつの喉元を食い破っている。どんなに餌をまいても、それじゃ足りないとばかりにはねつける。俺の、俺の肉そのものを撒餌とするぐらいでなくては……つくづく……)
(新堂翔。そのデュエルセンスとハートの強さは西川瑞樹以上。日本で見た中では、これに勝る勝負師はそうそういない。多少甘いが、それを補って余りある牙の鋭さ。一匹オオカミ、か)
「つくづくおもしろい。瀬戸川と戦った時も思ったが、おまえらとの闘いは、本当に面白い」
 血沸き肉踊るとはこのような状況を言うのだろうか。翔は今、かってない充実感を味わっていた。
「ガンガン本気を見せろよ。まだまだ俺に見せてない顔があるだろ。西川本家に見せ損ねた顔がな」
「なら死ぬ気でかかれ。僕のそれは本能だからな。捨て身で仕掛けてこい。僕を潰しにくるんだ」
 ぶつかる闘志。過ぎ去る会話。そこにに残るは、巨大な巌に挑む一匹の狼の姿のみ。
「カードゲームは脚力……そう言ったな。ディムズディル……だったら俺も言ってやるぜ」



カードゲームは万屋だ!



(万屋か! 面白い! だがどういう意味だ? 日本には八百万の神がいるというが、まさかそれが!)
 馬鹿である。
(ノリでいっちまったがどういう意味だ? まるでカードショップ『万屋』の宣伝みたいだな。どうする?)
 馬鹿である。
(ええい面倒。この上は決闘をもって知る) (今考えてもしゃあないか。闘いながら考えるさ)
 馬鹿である。しかしてそれは、飽くなき闘いを求める馬鹿である。

                           ――――

デュエルオールオーバー。戦闘続行不可能。システムフリーズ……システムフリーズ……
「次からは、どうにもならなくなったらサレンダーを申し込む機能をつけときな。面倒くさいぜ」
 2人の決闘が白熱する一方、こちらは既に終わっていた。森勇一、終わってみれば圧勝であった。
「向こうは盛り上がってるっぽいな。どうしたローマ先生。ご自慢のルリーはもう鉄屑だ。出て来いよ」
 機械人形をあてがわれた勇一としては、このまま舐められて返す気はない。決着をつける構えだ。
「はっ……はっは。少しだけこの国を気に入った。身の程知らずが、腐るほどいやがるからな」
 ローマは重い腰をあげにかかった。この男のうつろいやすい「気分」が、森勇一を見定める。
「おまえの頭を脱構築してやる」 「俺の頭が、そんな必要のないほど完璧だってことを教えてやる」

                          ――――


(ディムズディル。やはり地力ではやつの方がちょい上か。すでに、わかっていたことだ。しかし……)
 強度の圧力を前に、いくつもの選択肢が、脳裏に浮かんでは即消えていく。しかしそれでも怯まない。
(いついかなる時、どんな種目であれ、この瞬間はいい。この一瞬を掴み、その一点を打ち抜く……)
 と、2人の動きが止まった。翔のメインフェイズ2は、まるで凍りついたかのように、微動だにしない。
(まったく隙がない。迂闊な読みをすれば、それは即敗北につながる。西川本家が苦労するはずだ)
 翔は、この手の緊張感に関し、自分以上に“体得した”人間を初めて見た。恐ろしくも、嬉しくもあった。
(日本の時代劇なら先に動いた方の負け。しかしこれは決闘。先も後もない。地脈を読んだ者が勝つ)
 凍りつくメインフェイズ。だが、徐々に高まる威圧感、翔は削られていく。そこに勝機は見当たらない。
(そうだ。そうだったな。相手がどうだろうが、俺には仕掛けることしかできない。そこにしか勝機はない) 
 「ディムズディルのプレッシャーが強いから退いて固める」。そんな、そんな発想に未来等なかった。
(こちらが一瞬でも後手にまわればあの鋭い一撃にえぐられる。なら、この重圧こそをしりぞけ、前に出る)
 翔が、意を決した。ディムズディルは、その気配を察して身構えた。互いに、容易ならざる敵との邂逅。
(くるか。狼の一撃……)



脱税皇ダリア
コナミナンバー:JOK-JP001
TYPE:一撃離脱型強襲用MS(モンスター)
WEAPON:出力調整型火炎放射器“Tax evasion”/遠距離狙撃用火炎弾“Tax Destruction”
経営皇ムニエル
コナミナンバー:JOK-JP003
TYPE:一点突破型強襲用MS(モンスター)
WEAPON:漢の拳“高度経済成長拳”
収賄皇ドモン
コナミナンバー:JOK-JP002
TYPE:拠点爆撃型強襲用MS(モンスター)
WEAPON:哀しみの挽歌“バブル崩壊”/愛ゆえの苦悶“リストラ地獄”



 しかしてその時、フィールド上に炸裂したのは、狼の一撃ではなく謎の3体――
「なんだ!? これは……ディムズディルのカードじゃないな。いったい誰がこんももんを……」
「これは! 裏コナミのカード開発部が生みだしたジョークカード……なぜこのビジョンが!」
 彼らににわかるのはそこまでだった。誰もが、誰もがこの状況を掴めていない。
「デュエルディスクにエラー……誰だ! 俺達の勝負の邪魔をするのは! 出て来い!」

やれやれ。困ったものですねえまったく

「中條!」 巨大なビジョンの下、歩いてくるのは1人の男。中條幸也、そう名乗る男が一人いた。
「困りますよ。今まではおおめに見てきましたが、トップクラスの激突、これはいただけない」
(アイツ、このタイミングで出てくるとはな。相変わらず食えないやつだ。釘をさしにきたのか?)
 中條と話し込んでいたローマにもこの登場は予想外だった。中條幸也。今大会の主導者である。
「ディムズディル。確かに今の貴方は一参加者だ。しかし、私への義理を考えてほしいわけですよ」
「義理だと?」 「昼間の激突は多めにみても、夜の激突はいただけない。今宵は、満月です」
「……」 「大会を盛り上げる内は構いません。しかし、ここでこのカードを完遂させようとは……」
「……」 「特にそこの方は明日のトリでエリザベートと闘う予定。ここでこれ以上の……」
 黙るディムズディルに喋る中條。この構図に対し、新堂翔は軽い一言で割り込んだ。
「なああんた。あんたの後ろにいるのは誰なんだ? そいつもアンタの仲間なのか?」

「はて、後ろですか?」 「ああ、わりい。口が滑った。下だった」 「!?」
 中條の足元に潜り込む一つの影。ローマ=エスティバーニの、強烈な足払いだ。
「ああ、わりいな。脚が滑った。おまえの足元に毒蠍がいるような気がしたが、とんだ錯覚だったな」
 脚を払われた中條は、それでもなんとか態勢を立て直すが、その時、ローマと事前に打ち合わせでもしたかのように、体制を立て直した中條の顔面に向けて石が炸裂した。無論、蹴ったのはディムズディルである。彼は、最早当然のように「わるい。脚が滑った」と平然とした調子で言い放った。
「おいおい。アイツ死んだんじゃないか。嫌だぜ。殺人犯の片棒担ぐなんて。おまえらだけで捕まれよ」
 驚いているのかドライなのか。森勇一は滑ってばかりの3人に忠告した。基本的に無関心である。
「はっ、大丈夫に決まってるだろ。おいさっさと起きな。人に話を聞かせるときは立ち上がるもんだぜ」

「話は先程の通りです。これ以上は明日以降の盛り上がりに貢献しないと判断したのですよ」
 普通の人間なら悶絶するほどのダメージ。しかし中條は、平然とした調子で喋っていた。
「平和的に行こうと思ったのですが、これ以上続けるというのなら私にも考えがあります、よ!」
 突如、中條の背中が盛り上がる。何かがはちきれんとしていた。まさに、異形。
(なんだ、この男。まともな人間ではないのか? この感じ、どこかで……)
「おいおい。コナミへの就職を躊躇うな。こんなびっくり人間ばっかなのか?」
 勇一が言うのももっともだ。中條は眼を赤く光らせ、今にも、今にも……。
「冗談だよ中條。確かに、エリーの獲物をここで奪うわけにはいかないか」
 傷が酷かったからか、あるいは別の何かか。意外とあっさり彼は退いた。
「ただし、ここの、ディスクをつっこんだ壁を修復しておけよ、君の自腹でな」
「……わかりました」 (うわ、せこっ!) (ちゃっかりしてるなあ) (馬鹿が)
「中條。“今日は”譲ろう。だが、次はないということを覚えておいた方がいい」
 一瞬、ディムズディルの足周りから波導がほとばしる。言うまでもなく、威嚇だ。
「ええ。私も、次はないと思ったから今やりました……どうぞこれからもよろしく」
(相変わらず食えない男だ。そこが魅力でもあるんだが……)
(チッ、ディムズディルのカスが。柄にもない台詞を。やる気が失せたな。帰るか)
 明らかに納得がいっていないローマだが、それ以前に彼は萎えていた。
「俺もやる気は十分だったんだがな。が、手の内を全部晒すのは確かに考えものだ」
 翔も何かを思い立ち、その牙を収めた。彼は、ひょうひょうとした調子に戻った。
「俺は最初からどっちでもいいぜ。がっつくような話じゃないからな。じゃ、帰るか」
 森勇一の「帰るか」をきっかけに勝負の毒気が失せていく。解散というものだ。

「いったいおまえは何者だ? おまえ本当に、人間なのか?」
 去り際、翔は、中條にそう聞いた。何かが、気になっていた。
「これは不思議なことをおっしゃりますね。しかし……」
(我ながら間抜けな質問だ。「人間なのか?」なんてな)
「“私が人間かどうか”などどうだっていいじゃありませんか」
「かも、な」 「いい決闘を期待します。私は、それだけですよ」
 翔は、ディムズディルともすれ違いざまに声をかけた。
「エリーは強いぞ」 「ああ、そうであることを願ってるぜ」
「森勇一、君にもいっておく。アキラは強いぞ」 「……」

 他方、いち早くその場を離れたローマは、こう吐き捨てた。
「どうでもいいんだよ。そんなことはな。全員死んでろ」

                            ――――

 屋上、ディムズディルは1人、自分が立っていた場所を見定めた。ヒビが入っていた。
(いびつな割れ方。一騎打ちの機会を逃すのはこれで三度目か? 貧乏性?)
 ディムズディルは考える。彼の脳裏には、先ほどのローマの声が響いていたのだ。
(下手糞が未来を見据えて、『今』すら失えば笑い話にもなりゃしないぜ、ブラックマン!)
(今回の企画は既に僕の手を離れ膨張の兆しを見せている。喜ばしいことだ。だが……)
「……」 何を思ったのだろう。ディムズディルはその場から暫く動かなかった。
(少しづつ、少しづつ歯車がずれてくような感覚……そういえばアイツは……)
 彼は壁によりかかった。普段から直立不動の、この男らしくない姿勢
(僕のために止めたのか、ショウのために止めたのか。それとも……)
 彼はここで考えるのをやめた。やめたというよりはどうでもよかった。
(どうだっていいことだ。闘えばいい。闘えば……いい……か……)

                           ――――

「あのままやってたらたぶん負けてたな、俺」
 帰り道、翔は先程の顛末を振り返った。 
「随分と弱気だよな。敗北宣言なんてさ」
 勇一のいうように、一見すると弱気に見える。
「別に負けたとは言ってない」 「……次にやる頃にはなんか変わってたりするんですか?」
「目の前に課題が見えるってのは、上が見えるってことだからな。悪くない」 「課題?」
「薄々感じてはいた。俺にはまだ足りないもんがあるってな。強敵とやってそれが何かわかった」
「色々と、思ってたより貪欲なんだな。で、課題ってなんだ? こっから何を求めるっていうんだ?」
 翔は空を見上げ、一言呟き帰路についた。謎の捨て台詞を前に、勇一は首をかしげていた。
「まあいいさ。他人事だ。俺は俺で最強を通せばいい。しかし、それにしたって意味不明……」

カードショップ『万屋』の、目玉商品さ。



【こんな決闘は紙面の無駄だ!】
Q.俗に言うところの前フリですか? そういえば空きましたよねえ。掲載間隔。
A.前フリだろうが何だろうが私はいつでも今真剣です。それはそうと【覇王システム】、みんな使おうぜ(一際真剣)。


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。



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