森勇一、という男がいる。彼は常勝を己に課した男であった。勝たねばならない男であった。それがいつからかははっきりしない。幼稚園の頃、トランスフォーマーの玩具の変形スピードで隣の席の雄太君と勝負した時が始めだったかもしれない。小学生の頃、テストの連続100点記録を隣の席の美代ちゃんと競った時が始めだったかもしれない。いずれにせよ、彼は自分が上にいないと気のすまない男だった。もっとも、そこには条件が一つある。「当然に」勝つことである。なぜか。常勝であることを証明するためである。彼はあらゆる大会で勝ち続けた。指揮能力にも定評があり、彼の率いたチームは強かった。秘密? 安定感である。安定感があるからこそ、周りも彼を信頼し、力を発揮できる。逆にいえば、安定していなければならなかった。しかし、安定した強さを志向し続けるということは不安定でもあるということをも意味する。なぜか。言うまでもない。高いところを目指すということは、難しいということであり、難しいということは安定しないということとほぼ同義だからである。しかし彼には人並み外れたプライドがあった。プライドは人をどこにもっていくのか。彼の積み上げた論理(ロジック)はいったいどこに向かっていくのか。それは今論じることではない。論じる時が、論じられる時があるとすれば、それはおそらく――

「今日こそ、今日こそ覚悟を決めてもらうぞ。今日こそ、貴様をぉ……倒してみせるぅぅぅ!」
 建物と建物、壁と壁、ところかわまず飛びまわる2つの閃光。犬は驚き庭駆け回り、猫はコタツに避難して、子供は「ママーあれあれー」と興味を示し、母親は「見ちゃ駄目。見ちゃ駄目よ」と窘める。
「国元を離れ随分と修行したか。だが、生温い。それでは相手をする気にもならない」
 年上の男はあざ笑う。恐るべき剛脚で距離を稼ぎ、高速のステップで相手を翻弄。
「その驕慢な態度、粛清してくれる! 喰らえ! 瀬戸川流決闘術奥儀『黄昏の盤歌』」
 『黄昏の盤歌』。決闘盤を前に突き出し恐るべき速度で突進、擦れ違いざま相手のソーラー・プレキサス(みぞおち)に一撃を与えそのまま気絶に追い込む程の威力をもった技であり、食らった相手が己の失墜を感じとりながらまるで何かを歌いあげるかのように呻き声をあげて倒れるところからこう呼ばれる、が!
「なっ……かわされた!? やつは、いったいやつはどこに……そこかぁ!」
 女が上を見上げると、男は案の定高い所に立っていた。特に意味はないのだろう。高いところが好きなのだ。男は手にデッキを持っていた。しかしそれは男のデッキではなかった。女はそのデッキが誰のものかに気づき、気づいたがゆえに歯噛みする。擦れ違いざま抜き取られた、女のデッキ。
「調整が甘いな」
 男は女にデッキを投げ返した。見れば、5枚程入れ替わっているではないか。
「我を……舐めるなぁ!」
 当然の結果としての激昂。突撃する女。男は“やれやれ”といった感じで呟いた。
「裏コナミ『武道担当』として、ユーザー様は丁重に扱いたかったんだがな……」
 男の顔には笑みがある。決闘狂人特有の「じゃあしょうがないか」の笑み。
「裏コナミ一の、専守防衛主義者としての矜持を見せようか。瀬戸川流超奥義……」
 男は、己の手に『気』を集中し始めた。彼の中の時間が徐々に速度を落としていく。彼にはよく見えていた。ゆっくりと、スローモーションのように見えていた。血を分けた実の妹が鋼鉄の決闘盤で殴りかかってくるのがよく見えていた。彼は、妹の一撃を目を瞑ったままかわし……。


「気に入らないな」 そう小さな声で呟いたのは森勇一であり、聞き取れたのは東智恵1人だけだった。
「ごめん、負けた」 ぺこりと謝るのは西川瑞樹。周りは暖かくそんな瑞樹を迎える。主にコウジとか。
「気に入らない?」 智恵は勇一の言葉を繰り返して問いにした。後に続く言葉は「何が?」である。
「次は4戦目か。間になんか挟まってたから間延びしたな。殺風景? 冗談じゃない」
 翔もディムズディルも去った。空間に広がる何かが欠けたような感覚。勇一は呟いた。
「気に入らないな。どいつもこいつも、誰が話の主役だと思っているんだ。誰が……」

「ああ。嫌だ。やりたくねぇ。つーか腹がいてぇ。そうだ。腹が痛いんだった俺は」
 一人の男が愚痴っていた。いやむしろ、ぶーたれていた。
「どしたの? ダル。見え見えの嘘なんかついて。らしくないよ?」
「俺はよ。中堅あたりで気楽にやりたかったんだ。隅っこでさりげなく適当に勝ったり負けたり好きなようにやりたかったんだ。それがなんだ。俺に勝負の行方がかかってみるみたいじゃねぇかよ」
「んーいいじゃん。がんばれば」
 正論であった。別に負けても、彼には痛くもかゆくもない筈である。
「がんばれば、か。俺は日のあたる場所の空気を吸いにきただけだ」
 しかしその男はたそがれていた。彼は、頭を上に向け虚空を見つめた。
「ダル?」
「俺はおまえやディムズディルとは違う。そう無頓着じゃない。外法の人間は外法。そんなもんだと思ってる。俺は手ほど頭が器用じゃないんだ。裏決闘界では裏に倣い、表の決闘では表に倣いなんて器用でもないし、それに、どこだろうが我を通せるほどの器でもない。ちょっと小細工が好きなだけで、性にあうのが右も左も糞ったればかりの世界だった。俺は汚い水の方が飲みやすいんだ」
「だけど、もう賽は投げられた。だったらやるしかないと思う」
「あぁん?」
「折角来たんだから。応援するから、ね」
「6面サイコロを振って12が出た気分だな。ま、精々“セコ〜く”戦ってくるさ」
 そういうとストラは立ち上がった。そう、この男は直前まで立ってすらいなかった。
「俺の相手は誰が来るんだか。どうせなら、あのどうでもよさそうなやつがいいな」
 ストラはコウジの顔を見てそう呟くが、出てきた男は全然別の男であった。
(あーあ。きちまったっよ。一番来てほしくない奴が来ちまった。どうすっかなぁ)
 死んだ魚のような眼をした隻眼の男は、溜息をついて、空を見上げた。
(空から人間でも降ってこねぇかなあ。そうすりゃ有耶無耶にできるってのに)


第46話:翼川最強の男


(疲れのあまり眠りすぎたな。ディムズディルのやつ、一体何の用だ? いや、用以前にもう少しわかりやすく場所を説明しろよな。この辺はやたら無味乾燥すぎて、方向感覚を掴みづらい……)
 『彼』は道に迷っていた。元々がやや大雑把な思考の持ち主。彼は恨み言をぶつぶつ言いながら道を彷徨っていた。もっとも、そう迷う程酷い道ではないのだが。
(あれからデッキを色々組んでみたが、大勝負の前に色々試したいな。時間はもうあまりない……)
 雑念。別のことを考えているから道に迷う。しかし、雑念は、すぐ振り払われることとなった。瞬間、爆発音のようなものが響く。『彼』は振り返った。音がしたのは右側……のすぐ上だ。
「なんだ? 空から……人? 落ちてくる? おいおいマジかよ……」
 『彼』は大急ぎで走ると落ちてきた彼女をなんとかキャッチした。それほど力に自信があったわけでもないが、ほうっておくわけにもいくまい。腕を痛めずに済んだのは運が良かったというべきか。しかし彼女は見た目より遥かに重かった。そう『彼女』。『彼』は少しゲンナリした。こいつなら、助けなくても別に死にはしなかっただろうな、といった意味合いでゲンナリした。『彼』は『彼女』のことを知っていた。
「瀬戸川千鳥。できればお近づきになりたくない女だったな。どうせ、またろくでもない……」
「聞こえて……おるぞ」 瀬戸川千鳥はなんとか意識を保っていた。とはいえ、相当のダメージ。
「だったら早く降りろよ。重いんだよおまえは。決闘盤の所為か、お前自身の所為か……」

「よぉ。何時かの青少年じゃないか。その後の経過はどうだ? 少しはマシになったか?」
「お前は……あの時の……」 『彼』の上から声がする。“あの時”のレフェリー……。
「地下決闘のときは自己紹介をしていなかったか? 俺の名は瀬戸川刃。いい名前だろ」
「瀬戸川? おい、アイツは……」 『彼』は千鳥に話をふる。千鳥は苦々しげに答えた。
「あれは我の兄、いや、兄と呼ぶともおこがましい男だ。常に、姿をくらまし、我から逃げる」
「そ、そうなかのか……」 少し嫌な予感がする。ディムズディルは、この男と一緒にいた。
「どうしてやつがおまえのことを知っている?」 来た。この質問、さらりとかわすがクレバーか。
「偶然な。偶然色々あってあれがああなって。だが、そう悪いやつじゃなかったと思うぞ……」
 ディムズディルのことだ。刃と千鳥の関係を知って尚知らないフリをしていてもおかしくはない。
(つきあってられるか……)
 おかしくはないが、そんなコントは他所でやれ。アキラは適当にはぐらかした。
「ふん! あの男の本性を知らんからそういえる。あの、金の亡者をな!」
「金? いったい、どんな被害にあったんだ? どうせなにかあったんだろ?」
「7年前、我に1万6850円もの借金を背負わせたのだ。この屈辱!」
(7年も根に持つほどの額じゃないだろ……相変わらずずれてるな)

「さぁそこをどけ。我はそこの男に用がある。倒さねば、倒さねばならんのだ」
 ふらつきながらも前に出る千鳥。『彼』は、やれやれといった感じで止めた。
「待てよ。その身体で闘うのは無理だ。おい! 瀬戸川の兄の方!」
 『彼』は、千鳥が思っても見なかった提案を、刃に向かって投げかけた。
「どうせなら俺とやれよ。あん時の礼ってやつをしたいんだ。あんたにもな」
「貴様!」 千鳥が叫ぶが『彼』は無視した。『彼』は、臨戦態勢に入る。
「この勝負、受けてくれるよな」 「断る」 「ビビるようなタマじゃないだろ!」
「若いというのはいいことだ。だが、俺にその気はない。少なくとも今日はな」
 男は身体を横に向け手を前に突き出し、指をさしてこう言った。
「300メートル向こうで決闘をやっている。おまえはそっちに向かうんだな」
 そう言い残すと刃は消えた。本当に「どろん!」という具合に消えさった。
「瀬戸川刃、か」 『彼』は、刃に促されるまま“ある場所”へ足を進めるのだった。

「5戦目じゃないでっか?」 間抜け顔でそう呟くのは武藤浩司。彼の出番は今日もない。
「あっちのお兄さんが痺れを切らしたんだからしょうがないわ。勇一は、強そうな方を倒すつもり」
 智恵は―彼女には珍しく御丁寧にも―後輩の疑問に答えると、頼もしそうに勇一の方を見た。智恵の眼から見て、今の勇一に隙は感じられない。敢えて強そうな方を対戦相手に選んだことから考えても、モチベーションは上々。「強い勇一」が見られる。彼女はそう思った。勇一は既に前に出ていた。「気をつけて」と擦れ違いざまに一言漏らした瑞樹を一瞥、歩みを止めることすらしなかったのが森勇一。智恵は言った。「誰が主役だと思ってるのよ。アイツに決まってるじゃない」。

「よろしくお願いします」 勇一の挨拶。慇懃無礼といったところ。
「別にいいぜ。敵に敬意を持たれるとむず痒い性質なんだよ、俺はな」
「じゃあ遠慮はしない」 切り替えの早い態度。慇懃無礼の証明か。
「あーあー若いってのはいいこった。勝負ってのはまず気で圧さねぇとな」
 しかし圧されているようには見えない。勇一は、そこに強者の匂いを嗅ぐ。
(手練だということは一目見ればわかる。問題は、どれほどの使い手かだ)

「あ、やっべぇ。しまったなぁ。肝心要、デッキを忘れちまったじゃねぇか」
 と、そこへ間の抜けた発言が飛んでくる。勇一も、流石に驚いた。
「なに? 忘れたってどういう話だよ。忘れないだろふつう……」
 「そんな相手に、敬意など持ちたくても持てない」 勇一は少し思った。
「なぁに、バックの中に入ってるさ。おいエリー。デッキケースをこっちへ投げな」
「あ、はーい」 エリーはストラのバックをあけて中を覗くが、そこには……。
「ねぇダル。いっぱいあるけど、どれを投げればいいの?」
「どれでもいいさ。どうせガキが相手だ。どれを使おうが同じ……」
 勇一の琴線に触れる一言。“どれでもいい”――舐めた発言。
「確かにな。どれを使おうが同じことだ。結果は……変わらない」
「かもな」

「ダル!」 
 エリーは、適当に選んだ1個のデッキをストラに投げた。
「ありがとよっと……。さぁて始めるとするか。そろそろ時間もおしてきた」
 左手でデッキケースを受け取ったストラは、そこからワンハンドで器用にデッキを取り出し、右手に持ち替え、左腕の決闘盤にセット。手馴れた動作。玄人の香り。そしてなにより、場慣れした態度。
「さ、はじめようぜ……そろそろ帰りたいからな」
 この時、森勇一の動きは静かだった。しかしそこには無駄がなく、むしろあるのは風格だった。自分こそがゲームの支配者であるという自覚に基づいた冷徹な視線こそが彼のペース。
(……っと、もう勝負の体勢は整ってるってわけだ。この若さで、怖いガキだ)
 舐めた態度で呑みにかかるストラに対し、その男、森勇一は答えて曰く……。
「上等だ」

【団体戦第4戦】
森勇一(後攻)VSダルジュロス=エルメストラ(先攻)

「ユウさんとダルさん。どっちが、どっちがより強いんだろ」
「シーンヤー。それ、無意味な疑問。答えは、見えてるわ」
「チエさん。だけど、あの人は、ダルさんは只者じゃないですよ」
「相手が只者以上なら、勇一は正真正銘の化物。お話にすらならない」
 智恵の確信。今の勇一に隙などない。確信ゆえの、強気発言。
(確かにユウさんは強い。だけどこの勝負、僕の読みでは五分と五分だ)

(信也が言っていたことに誇張はなさそうだ。この相手は、間違いなくかなりできる)
 強者は強者を知る。それも一目にて知る。相手が雑魚か雑魚以外かなど、勇一にとっては戦場で一目見ればそれでわかる事柄だった。勇一は思った。この男が相手なら本気になってもいい、と。
(肩慣らしにはなるかもな。そういえばここにきて、まだまともに戦った覚えがない)
 千鳥・ベルクとの一戦は突然のメガロック洪水注意報の為にドロー。寺門吟や神宮寺陽光は彼にとって全力を出し尽くさせるほどの脅威ではなかった。彼の力を見せつけるには絶好の相手。
(こいつらはわかっていない。いや、すぐに忘れる。誰が一番強いかを、すぐに忘れるから雑魚なんだ)
 不機嫌な理由。千鳥・ベルクを倒した翔が、瑞貴を倒したディムズディルが、彼には気に入らなかった。
(最強を気取りたいのはわかる。だが、ここに俺がいる以上、それが無駄だってことを教えないとな)
 彼は自分が最強であると認識している。だが、最強であると知らしめる為には、常にそれを証明しつづける手間が必要となることも認識している。彼は、手間をかける気になっていた。彼の集中力の器は、既に満ち満ちた状態になっていた。少しの隙も見逃さない、彼一流の観察力が眼を光らすこのフィールド。しかし他方、彼の相手をつとめる男、ダルジュロス=エルメストラは対照的なまでにぶっきらぼうだった。

「もういいぜ」 ストラは何もしない。無策を装い、ターンエンドを宣言していた。
「俺のターン、ドロー……(丸腰。だが、《冥府の使者ゴーズ》の可能性もある……)」
 他方、森勇一は時間を割いていた。ゆったりと、落ち着いて。状況を細かく分析する。
(一発勝負。手の内を隠しつつこちらにターンを渡したか。俺が採るべき最善手は……)
 精神状態は良好。激昂も油断もない。勇一は自分のペースを優先、布石を打った。
「手札からモンスターを1体セット。カードを1枚セット。もういいぜ。ターンエンドだ」

「なんか、空気がいやに重いな。時代劇の、達人同士の戦いみたいだ」 
「そーね。だけど、あっちの男が、勇一の読みについていけるとは思えない」
「チエさんは、信頼しているんですね。ユウさんのこと。絶対勝つって……」
「勝ってもらわなきゃ困るわ。こんなところでつまづくようじゃ……」
(つまづく……か。厳しいな。上にいるってことは常にそういうことなんだろうけど)

森勇一:ハンド4/モンスター1(セット)/スペル1(セット)
ストラ:ハンド6/モンスター0/セット0

「俺のターンだぞっ……と。ドロー……」
 ストラの右腕が一瞬止まる。まるで、カードを引くのを躊躇っているかのように。
「まったくよぉ、大将なんて俺の柄じゃないんだよなぁ……なぁんでこうなっちまうかなぁ」
 大将。そう、大将。実際が副将戦だが、これが事実上の大将戦であることに疑いはない。
「なぁ、森勇一。お前も大将としてここにいるんだろうが、ぶっちゃけ疲れるだけだろ?」
「俺は疲れないな。何時ものことだ。だが、睨めっこにもそろそろ飽きてきた」
 水面に、小石を投げるかのような軽い挑発。乗るか、それとも乗らざるか。
「攻めなかった奴の言うことかよ。まったく……速攻魔法発動! 《手札断殺》!」
(チェンジ・オブ・ペース。ここから何を仕掛けてくる? ダルジュロス=エルメストラ)

「俺は《ハウンド・ドラゴン》と《シングルマザー・ドラゴン》を墓地に送り、2枚ドロー」
「俺は《神の宣告》と《収縮》を墓地に送り、同じく2枚ドローだ……」
(《神の宣告》か。確かに序盤じゃ、ライフコストが馬鹿にならねぇからな。だがよぉ……)
 捨てること自体に疑問はない。だが、そこからストラは考える。勇一の、伏せカードの正体を。
(待ちに徹して様子を見るなら、カウンター罠の1枚くらいは最低限場に伏せておきたいところだ。だが、やつは《神の宣告》を温存したまま1枚伏せでターンエンドした。となると、あのカードは……)
 ストラはこの時、森勇一が《神の宣告》を温存できる状況だと推定。場のセットカードの正体が、《神の宣告》よりも幾分コストの軽い、カウンター型の呪文だとあたりをつける。
(《魔宮の賄賂》あたりか。だったら、仕掛けはモンスターによるごり押しが、いい。さらっと《次元幽閉》辺りかもしれねぇが、そんときはそんときだ。まずは、こいつで切り込む)

「いくぜ! 手札から《サイバー・ダーク・ホーン》を通常召喚! 効果発動!」
 《サイバー・ダーク・ホーン》。今日は、いやに【サイバー・ダーク】を見かける日。
「墓地の、《ハウンド・ドラゴン》を装着! これで攻撃力は2500にあがるよな」
「散々引っ張っといて【サイバー・ダーク】か。舐めたマネを! そんなもんで!」
「今日はお遊びじゃないんだ。【ネオ・サイバー・ダーク】の味を教えてやるよ!」

(手札交換終了後、ただの一手で攻撃力2500の貫通持ちを展開。厄介な一手ではある)
「止められる物なら止めてみろ! 《サイバー・ダーク・ホーン》で裏守備モンスターを攻撃!」
 ストラのファースト・アタックが勇一を襲う。だが、勇一は不敵に微笑み、あっさりと返す。
「だが厄介なだけだ。リバースカードオープン。《砂塵の大竜巻》を発動。視界良好だな」
(ユウさんの伏せは《砂塵の大竜巻》だって? そんなカードを伏せていたっていうのか)

「《サイバー・ダーク・ホーン》に装備されたカードを破壊。手札からカードを1枚場にセット」
(おいおい。砂塵如きで流してたのかよ。舐めた真似しやがって……ま、人のこと言えねぇか)
「1度攻撃宣言を行ってしまった《サイバー・ダーク・ホーン》の攻撃はもう止まらないな」
「だったな。まったく……好きにしてくれって話だよ。するんだろうけどよぉ……」
 この後の展開は大なり小なり読める。“ろくなことにはならない” そうストラの顔が告げていた。
「セットモンスターをリバース! 《剣闘獣ホプロムス》! 残念だったな。支払いは1300だ!」

ユウイチ:8000LP
ストラ:6700LP


「チッ、【剣闘獣】! オフェンス・チャージング喰らっちまった。やってくれるじゃねぇか!」
「正確には、【グラディアル・カウンタービート】だ。3秒以内に覚えろ。2度は言わないぜ」
 ファーストバトルで優位に立ったのは、ダイヤモンドの森勇一。その決闘は鋼のごとし。
「そーかいそーかいそういうことかい。剣闘獣と関係のないあの2枚を墓地に送り、俺の眼を誤魔化した、か。中々やるじゃないかダイヤモンド。相手が汚ければ、やる気も出るってもんだ」
「ブラフを先に仕掛けたのはお前の方だろ。“最初からやる気十分だった奴”が吐く台詞じゃないな」
「どーだかな。まっ、いいさ。俺のバトルフェイズはこれで終了だ。もういいぜ。さっさとまわしな」
「《剣闘獣ホプロムス》の効果を発動。 このカードをデッキに戻し、デッキから新たに《剣闘獣ラクエル》を特殊召喚。リクルートによる永続効果発動。このカードの攻撃力は2100となる、だろ」

「やられとるのぅ。どうみるや、エリザ」
「……わからない。少なくとも、今は」
「賢明じゃな。あやつは、戦況を読ません」
「だけどあの強さ、苦戦はさけられないと思う」

「やっぱりユウさんは流石だな……。ここまでの展開をどうみます? ミズキさん」
 決闘が盛り上がる中、一人信也は智恵達のいる場所を離れる。彼は、そこから少し距離のある所に座っていた瑞樹のところまで来ると、何気なく話しかけた。
「……」 しかし瑞樹は上の空――
「ミズキさん? どうしたんですか?」
「ん? ああ、ちょっと疲れただけ。気にしないで。それより今の決闘のことでしょ?」
 汗、瑞樹は汗でびっしょりだった。暑いから? いや、それだけとは思えない。
(あの「西川瑞樹」がこんなにも消耗している? それほどのプレッシャーだったということか?)
「……お疲れ様でした」
「なにそれ。へんなの」
 信也は、拙いながらも、瑞樹に何かを言おうとした。
「なんていうか、すごいひたむきさを感じたっていうか」
「私らしくないって?」 「そんなことは……」
 瑞樹には陰がさしていた。あるいは、いつものこと?
「どうしたんです?」
 何故かはよくわからなかったが、信也はそう聞いた。
「結局あの時、私はアイツから逃げたのかなぁ……」
 「あの時」? 一騎打ちを挑まれた時のことだろうか。
「もし、もしそうなら……」
「え?」
 独り言のような呟きに対する反応……予想外だった。
「もしそうなら、軽蔑の目を向けられていたはずだ」
 信也は、それだけ言うと瑞樹の横に座り込んだ。
「ありがと。ちょっと楽になれたかもしれない」
「少し、うらやましかった」
「え?」
「なんでもありません。あっちに集中しましょう」

 時間は進む。止まりはしない。そうこうしている間にも決闘場では火花が散り、勝者と敗者の線が引かれていく。そして、今ここに立っている一方の男は「勝ち続けてきた男」だった。過去の実績だけでは常に飽き足らず、勝ち続けてきた男。その名は、森勇一。彼は頭を動かさず、眼を動かさずに周りの温度が高まっていることを感じ取った。頃合いだ。勝負を仕掛けるのにも、勝利を勝ち取るにも、ここが頃合い。

「俺のターン、ドロー。(わざわざ生贄の種を残すこともない。ここは早めに叩く)」
 勇一は迷わない。敢えて先手を渡したものの、無駄に長引かせる気は毛頭なかった。
「即バトルフェイズだ。《剣闘獣ラクエル》で《サイバー・ダーク・ホーン》に攻撃を仕掛ける」
 だが、この瞬間、ストラはほくそ笑む。彼は、この瞬間こそを狙っていたのだ。
「かかったな! ここだ! 《サイバー・ダーク・ホーン》を生贄に《死のデッキ破壊ウイルス》を発動!」
 装備を剥がされた下級サイバー・ダークの攻撃力は800。媒体となるには絶好のステータス。ストラの戦略は、最初から二段構え。相手が調子にのった、その瞬間を叩くから楽しいのだ。
(やっぱり。ダルは劣勢を装い罠を張っていた。これで……え?)
「無駄だ」 森勇一のその一言は、あまりに簡潔なそれだった。
「感染しないだと!? チェーン・スペリング……カウンターか!」

「かかったのはお前の方だ。サイバー・ダーク・シリーズを見せられておいて、ウイルスを警戒しない方がどうかしている。サイバー・ダークの装備品を破壊、攻撃力を800に下げる道を選んだ以上、《死のデッキ破壊ウイルス》への警戒は当然だ。この俺が、何の策もなく無闇に隙を晒したとでも思ったか?」
 森勇一のSST(スペル・スピード・スリー)は相手に構える暇すら与えない。本領、発揮。
「《砂塵の大竜巻》によるセット、既に、臨戦態勢に入ってたってわけかよ……」
「当然だ。カウンター罠《魔宮の賄賂》。《死のデッキ破壊ウイルス》を無効化する」
 ストラの戦術に過ちはなかったといえるだろう。ただ一つ、勇一が相手だったことを除いては。
(おーいおい。こいつ本当につぇえなぁ。ディムズディルの野郎、高い仕事を残しやがって)
 序盤から誤算続きの決闘を強いられるストラ。既に場はがら空き。殴られ放題され放題。
「バトルフェイズ続行。がら空きの場にダイレクトアタック。俺に、ウイルスの類は一切通用しない」

ユウイチ:8000LP
ストラ:4500LP


「嘘。ダルが騙しあいで遅れを取っている? 森勇一。聞いていた以上に、強い」
「流石じゃわい。あの小僧も中々の読みじゃったがあやつはそれを上回るかもしれん」
 「俺にウイルスには通用しない」。彼の発言はハッタリに非ず。VSベルク・千鳥戦、VS神宮寺戦、そしてこのダルジュロス=エルメストラ戦と、彼は、一切のウイルスをシャットアウト。鬼神の如き冴えを見せる。彼の決闘はまさに鉄壁。付け入る隙など、本当にあるのかさえ不透明といった有様だ。
「さぁ、続けようか。リクルート能力は発動しない。カードを1枚伏せてターンエンド」

森勇一:ハンド3/モンスター1(《剣闘獣ラクエル》)/スペル1(セット)
ストラ:ハンド5/モンスター0/セット0

「あーあー。ライフがもう半分じゃねぇか。どうしてくれるんだよ」
 ストラは頭を抱えている。あてが外れた格好。完全に、裏目。
「しょうがねぇなぁ。俺のターンだぜっと。ドロー……」
(今、ガキって音がしたな。関節でも鳴ったのか?)
「手札から、《サイバー・ダーク・キール》を召喚!」
(ウィルスを破られた以上、今度は別の手を打ってくるはず。次はなんだ?)
「墓地の、《シングルマザー・ドラゴン》を装着することで攻撃力を2200に上げるぜ」

《シングルマザー・ドラゴン》
効果モンスター
星3/闇属性/ドラゴン族/攻1400/守0
このカードがフィールド上で破壊され墓地に送られた場合、自分フィールド上に「落とし子トークン」(ドラゴン族・闇・星1・攻/守1000)を1体特殊召喚する。このトークンは生け贄召喚のための生け贄にはできない。

(ん? シングルマザー? 2500でも2200でも、今の状況ではあまり変わらないと見たか)
 一児の母がパートを終えても、落とし子が場に残る構造。転ばぬ先の杖といったところか。
「さっさとバトルだ! 《サイバー・ダーク・キール》で、《剣闘獣ラクエル》に攻撃ってなぁ!」

(まっるきりの無策? 随分と強気な男だな。だがその傲慢さが命取りだ。この俺を相手に、細心さを捨てた時点でお前の敗北は決まっていた。この勝負、一気にケリをつける!)
「リバースカード・オープン! 《和睦の使者》を発動する。戦闘ダメージはゼロだ」
「ちっ、今度も足踏みかよ。バトルフェイズ終了。また、ローテーションってわけか?」
「当然だ。《剣闘獣ラクエル》の効果を発動。このカードをデッキに戻し、デッキから新たに《剣闘獣ムルミロ》を特殊召喚する。効果を発動、《サイバー・ダーク・キール》を破壊する」
「装備品となっていたシングルマザーの効果をここで発動。落とし子トークンを守備表示で展開」
 「腐っても一児の母」とはよく言ったもの。ムルミロの直接攻撃だけはなんとか防げるステータス。
(あーあー。好き放題やられちまってるなぁ。こりゃ、アイツの掌だな)
 ストラはこの先の展開を予測。またしてもため息をついた。防げは、しない。
(おいおい。さっきから全然無駄がねぇぞこの野郎。こりゃあ、ブラフがてらに、余りを伏せるだけ無駄かもな。タイプこそ全然違うが、最初に出てきた新堂翔クラスってわけか?)
「1枚セット。ターンエンドだターンエンド。もういいぜ。やるだけやんな。俺は知らないぜ」

「俺のターン、ドロー! 手札から《剣闘訓練所》を発動。《剣闘獣ディカエリィ》をサーチ」
 優勢を築いた森勇一が詰めに入る。彼は、今必要な限度のアタッカーで勝負を挑んだ。
「《剣闘獣ディカエリィ》を召喚。バトルフェイズ。ディカエリィでトークンを撃破。更に、《剣闘獣ムルミロ》でダイレクトアタックだ。バトルフェイズ終了。2体の剣闘獣をデッキに戻し、《剣闘獣アレクサンデル》と《剣闘獣ラクエル》を、共に攻撃表示でデッキから特殊召喚。カードを1枚伏せてターンエンド」

ユウイチ:8000LP
ストラ:3700LP


 3周を終えての収支ははっきりしていた。ストラの攻めにも関わらず、勇一のライフは1すら減らず。
(ユウさんはつよい。つよすぎる。闘えば闘うほど、ユウさんの優勢が築かれていく。なんて横綱相撲)
 完璧とも思える展開。しかし勇一に油断や焦りの類はない。冷静に、冷静にチェックの時を見定める。
(向こうのライフが半分をきったか。焦って、仕掛けてくるとしたら次のターン。そこを叩いて終わりだ)

森勇一:ハンド2/モンスター1(《剣闘獣アレクサンデル》《剣闘獣ラクエル》)/スペル1(セット)
ストラ:ハンド4/モンスター0/セット1(セット)

(つえぇなぁ。本当につえぇ) 「俺のターン、ドローだ。ちゃっちゃと1枚引くぜ……」
 ストラの場には何も無し。手札を展開するのは必定だが、問題はどれが本命か。
(やつはまだハンドを残している。こちらのカウンターは1枚。そういう意味ではまだ必ずしも楽観は出来ない。だが苦し紛れの策など大抵どれも同じ。十中八九、やつは1発逆転を狙って大物を展開する道を選ぶ筈だ。そして、【サイバー・ダーク】の大物と言えば……)

「手札から《愚かな埋葬》を発動。こいつは、通してもらえるのかな?」
「なんでも好きなカードを送っといてください」
「ありがとよ。だったら俺は《究極宝玉神 レインボー・ダーク・ドラゴン》を墓地に送る」
(来たな。それも、最もストレートで、最も愚かな一手。大方、次の手は《手札断殺》系)
「リバース。2枚目の《手札断札》を発動! カウンター罠はあるか?」
 勇一の読みはピタリだった。むしろ、これは願ってもない展開。
「一向に構わないさ。俺は、手札を2枚墓地に送って2枚をドローする」
 森勇一はこれを機にラクエルともう1枚を墓地に送り、肥やす。これで万全。
「俺の方は、《サイバー・ダーク・エッジ》と《魂を削る死霊》を墓地に送る」
(やはりそんなところか。そして、墓地にはエッジが送られた。布石は全て整ったな)
 ストラの側。「布石は全て整った」 他方、森勇一は場に《天罰》を伏せていた。

(しかし、今この瞬間「チェックメイト」がかかったことなど、おまえは夢にも思わないだろうな。大方、《和睦の使者》のようなカードをこちらが消費するタイミングを伺っていたのだろう。だが、おまえの努力は実らずに終わる。俺は手札に《奈落の落とし穴》と《天罰》を溜めていた。そして今回、お前に与えるのは《天罰》だ。お前が融合デッキに仕込んでいるあのカードが……真の力を発揮した瞬間お前は終わる)
 勇一は、《大嵐》等のことを一応考慮したのか、《奈落の落とし穴》を伏せなかった。もとより、相手は召喚後に攻撃力をあげる【サイバー・ダーク】。腐りやすいカード。彼は、ストラがもう一度《手札断殺》を発動した時の捨て札として、或いは、《天罰》等の手札コスト用として《奈落の落とし穴》を手札に置いたままターンエンドしていた。それは彼の、鋭い読みと卓越したゲームセンスが成せる技であった。だが――

ユウイチ:2400LP
ストラ:3700LP


 ふと気がつくと全ては逆転していた。彼は、自分の読みに、気づかぬうちに“ノイズ”が入っていた事を知ることになる。それは、視界の外からの一撃であった。
「馬鹿な……」 冷静さを装いきれない、勇一が漏らした一言が全てを物語っていた。
「あれがダルジュロス=エルメストラじゃ。勝ったと思った瞬間、己が毒に犯されていることに気づく」
 ヴァヴェリはぼそっとそう呟いた。それは、一瞬の出来事。あまりに唐突過ぎて、困惑するほどに。
「え? なんで……なんでユウさんのライフが一気に減っているんだ? そんな冗談……」
 信也はその時彩とほんの少しの間話していた。そして、振り返ったとき、全てが反転していた。
(なんだ。何が起こったんだ? 俺はいったい、どういうパンチを食らって倒れたって言うんだ!?)
 一瞬、森勇一の目の前が真っ暗になる。だが、視界は徐々に回復し、敵の正体が見えてくる。
「攻撃力8000の《偉大魔獣 ガーゼット》。生贄にしたのは、2枚目の……まさか『アレ』は……」
「わかってみるとクソみてぇに単純だろ? だけど生憎だな。おめぇさんは眼が良すぎた」

「さ、て、と。そろそろ真面目にやらないとまじぃよな。ディムズディルにあわせる顔がない」
 ストラはそういうと、右腕を外した。そう、外せるのだ。人は右腕を外すことができるのだ。
「なっ!? その右腕は……義手……?」 右腕が放り捨てられる。驚愕する、勇一。
(馬鹿な。やつは今まで、義手でカードを引いていたってのか? そんな、馬鹿な……)
「なんなんだあいつは! 義手!? あれが噂の……【神の見えざる手(アダムスミス)】」
「フォッフォッフォ。よくやるのぉ。ここで義手とは。あれを操るとは恐るべき技術じゃ」
「あ、私拾ってきます」 エリーが義手を広いに行き、持ち帰る……とそこには新たな驚き。
(これ、外装は重いけど、中には空洞がある……あ!? これって……もう一個のデッキ?)
 瞬間、勘のいいエリーは直感する。ストラは、最初から“どうでもよく”なかったのだと。
(私が適当にバッグから選んだデッキを、予め義手の中のデッキと入れ替える。さも自分が、適当にデッキを選んだかのように見せかける為に。勝負は、この勝負は始まる前に始まっていた?)
「いぃっくぜぇ。本気でいくから覚悟しときな。俺の名は毒薬師、ダルジュロス=エルメストラだ」
 薬剤師というよりはパフォーマー。しかし勇一の顔はひきつっていた。毒でも塗りこまれかのように。
(我ながら非常にセコくてよろしい。やっぱ、しょうもない手で勝った時こそが一番楽しいよなぁ)
「ダルっていっつもそう。やる気あるんだかないんだか。どこまでが、作戦の内なのかな……」


第46話:翼川最強の男梅毒戦略(バグ・ストラテジー)


(なんてこった。読み合いの中に、俺が勝手に読む要素を忍ばせてやがった、ってのか!?)
 既に、毒は回っていたというべきだろう。その瞬間まで、森勇一は気がついていなかった。いや、「気がついてしまっていた」と言った方が幾分正確だったかもしれない。《サイバー・ダーク・ホーン》《サイバー・ダーク・エッジ》に比べ、単体としての能力が一段劣る《サイバー・ダーク・キール》が採用されていたという事実から無意識レベルで推測した、「敵のエースは《サイバーダーク・インパクト!》からの《鎧黒竜−サイバー・ダーク・ドラゴン》」という無意識レベルの読みが、勇一の中にあった。それは、他の誰かがそう言ったからではなく、当の森勇一が自然に、情報の端からそう読み込んでいたことである。森勇一は優秀な決闘者であった。故に、誰かから逐一指示されなくとも、自分から相手の動きを読む。だが、それがストラの付け入る隙でもあった。ストラは、序盤の攻防で悉く勇一に上を行かれたが、彼はその際2つ、大事なものを獲得していた。1つは、森勇一が極端なまでに読みを重視する決闘者であるという確実な情報。そしてもう1つは、森勇一に対する先入観アドヴァンテージ。彼は、「ダルジュロス=エルメストラが小手先のブラフで仕掛ける人間だ」という刷り込みを、森勇一に対しそれとなく行うことに成功していた。つまり、多大なライフを失いはしたが、彼は、森勇一の長所を掴むと同時に自分の短所を捏造した。そして後は、既に仕込まれていた罠を起動させるだけだった。毒は、既に塗りこまれていた。

「《ハウンド・ドラゴン》《シングルマザー・ドラゴン》《サイバー・ダーク・ホーン》《サイバー・ダーク・エッジ》《サイバー・ダーク・キール》《究極宝玉神 レインボー・ダーク・ドラゴン》《魂を削る死霊》をゲームから除外。《究極宝玉神 レインボー・ダーク・ドラゴン》を特殊召喚。更に、通常召喚の権利を行使。 《究極宝玉神 レインボー・ダーク・ドラゴン》を生贄に、《偉大魔獣 ガーゼット》を召喚。バトルフェイズ! 攻撃力8000の、《偉大魔獣 ガーゼット》で《剣闘獣アレクサンデル》を撃破だ」

ユウイチ:2400LP
ストラ:3700LP


(つまんねぇ小細工さ。しかし、つまんねぇ小細工で勝ってみせるってのが、俺は一番好きなんだよ)
 ストラの本領は大細工よりもむしろ小細工の積み重ねにこそあった。札の差し合いは情報の差し合いも同義。それを操るのが決闘師。曰く、種族のイドラ(フランシス・ベーコン)】。
(単純な腕なら俺の方が上のはず。だが……こいつ、ただ強いだけじゃないのか)
 《サイバー・ダーク・インパクト!》さえ潰せれば後は勝手に自滅する。そんな思い込み。しかし、勇一は見誤った。《手札断殺》まで読みきっていたにも関らず、拘りすぎてしまった。拘りすぎなければ、他に手はあったかもしれない。しかし、彼は自分を信じていた。相手のことは信じずとも、自分の事は100%信じきっていた。だから、ストラが仕込んだ『毒』、《サイバー・ダーク・キール》に拘りすぎてしまった。
「そんじゃあ続けるか。俺の手札は残り2枚……そうだな。1枚伏せでエンドだ」

「俺のターン、ドロー……(状況を確認。場にはラクエルが攻撃表示。《天罰》がセット。手札には《和睦の使者》《剣闘獣ダリウス》《エネミーコントローラー》。《天罰》用に最低1枚は手札に残すべき状況)」
 リカバリーに走る勇一。しかし、迷いを植え付けられた勇一に、前半のキレは望むべくもない。
(あの伏せカードはなんだ? どうする? 俺は、俺はここからどうすべきだ? こんなことで)
「大将、長考してるで。無理もない。あれだけの一撃を喰らっては、慎重にならざるを得ない」
 緊張の面持ちで見守る信也の横で、智恵はイライラしていた。そう、誰よりもイライラしていた。
(なにやってるのよ。あんなやつ、ユウイチなら、私のユウイチならぼっこぼこに……)

(エネコンでモンを生贄にガーゼットを奪って殴るのが最も早い一手。だが、それでいいのか? もし《マジック・ドレイン》や《和睦の使者》でも撃たれたら、こっちのアド損は酷いことになる。この状況で?)
(悩んでる悩んでる。だが、答えなんかでやしないさ。決闘なんて己の信念のぶつけあい。信じられるものがなくなれば脆いもの。思わぬところから毒が回ったという記憶が、お前さんを弱めるってわけだ)
「手札から《エネミーコントローラー》第1の効果を発動。ガーゼットを守備表示にする」
 勇一はこの時、考えうる最も消極的な攻め筋を取る事になる。勇一は、エネコンで寝かせたガーゼットにラクエルで攻撃を仕掛けた。もし仮に相手のセットが《聖なるバリア−ミラーフォース−》だったとしても、後で壁としてダリウスを展開できれば最悪の状況は免れるという読み。加えて、もしここでガーゼットをエネコンアタックで倒しておければ、次に伏せる《和睦の使者》をエンドサイクされてもそう痛くはない。しかも手札には《天罰》用の1枚が残る。加えて、先にエネコンを使ってから攻撃すれば万が一カウンター罠を打たれた時惨めに玉砕することもなくなる。それはよく言えば堅実な一手だったかもしれない。だが……。
「“下手な考え休むに似たり”っていうんだよなこういうのを。《邪神の大災害》発動!」
(しまった。素直に、第二の効果に飛びつくべきだった。ゲームエンドのチャンスを……)
「手札からカードを1枚伏せる。俺は、これでターンエンドだ」

森勇一:ハンド1/モンスター1(《剣闘獣ラクエル》)/スペル1(セット)
ストラ:ハンド1/モンスター0/セット0

「そんじゃあ俺のターンだ、ドロー……モンスターを1体セットだ。《天罰》がなくなったのは嬉しいこったな。更にスペルカードも1枚セットしとくか。出血大サービスだ。ターンエンド」
 苦しむ勇一を他所に、ストラが息を吹き返す。焦る、勇一。また焦る。
「ドロー……《剣闘獣ラクエル》で壁モンスターを攻撃する。潰せ。ラクエル」
 またも単体攻撃。勇一の動きは鈍い。ストラは、まってましたとばかりカードを表に返す。
「《メタモルポット》の効果発動。互いに手札を全部捨て―つっても俺は『0』だけどな―5枚ドロー」
「だったら! バトルフェイズ終了時、ラクエルの効果発動。《剣闘獣ベストロウリィ》をデッキから特殊召喚し、お前の場の伏せカードを破壊する! さっさと消えろ!」
「そうはいかないんだよなぁ。チェーンして《奈落の落とし穴》発動。消えな」
「くっ、手札からモンスターを1体セット。スペル1枚セットしてターンエンド」
(毒が回ってきたな。ゲーム序盤、お前さんは強かったさ。序盤のお前なら、ここで踏み切り、勝ちきったかもしれない。だがな、今のお前には無理だ。演出と戦略、虚と実の応酬により真実が見えなくなっちまってる。思考の迷路にはまってな。その間に終わらせてやるよ)

「ダルはたぶん、いつでも本気なんだと思う。日常レベルから本気で手を抜いたりいれたりを自覚的に繰り返す。それが誰よりもうまい。ダルはたぶん、誰よりも自分のことを知っている。自分のペースを自在に操れるからこそ、他人のペースを乱すことができる。それも、いつの間にか。ダルは、“ふざける”ことに自覚的。それがたぶん、ダルが生き残る為の知恵だったんだと思う」

森勇一:ハンド3/モンスター1(セット)/スペル2(セット)
ストラ:ハンド5/モンスター0/セット0

「俺のターン、ドロー。《終末の騎士》を召喚。《ハウンド・ドラゴン》を墓地に送る」
「不味いな。ドンドン向こうのペースにはまっている。このままじゃ……」
「さてと。次はどうすっかな。ライフ? 2400か。帝ねぇんだよなぁこのデッキ」
「なんとかしなさいよユウイチ! このまま押し切られたら、私達の負けよ!」
 盛り下るのは翼川サイド。むしろ、焦りで盛り上がっているというべきか。
(俺は、何をしている? みっともない戦いぶり。後ろから悲鳴が聞こえてきそうだな)
 勇一はやや自嘲気味に『今』を見つめる。と、その時だ。彼の眼に1人の男の顔が見えた。
(あれは……あいつは……なんだよ。なにを見てるんだよ。ちょっと待て。頭に乗るな)

「バトルフェイズ……は無しだ。1400程度で無駄な攻撃はしないさ。スペルを1枚伏せるぜ」
 他方、ストラは絶好調。そろそろ。試合終了までのビジョンが見える頃だった。そして……。
「おめぇさんみたいになりたくはないからな。俺は慎重にいかせて貰うぜ。たぶんなぁ!」
(こりゃぁ勝ったな。すこ〜しびびってたが、まぁなんとかなった。格好良く終われる……)

「見下ろすな……」
「あん?」
「おっさん。少し黙れ」
「おっさんはねぇだろ……おっさんは……」

 勇一は軽く首を捻ると、決闘盤を構えなおした。そこには、今までにない程の闘志。
「おっさんは強かったよ。だが、奇道は所詮奇道。王道には勝てない。カードが泣いてるぜ」
(理性の再構築? 復活? いやいや早すぎるだろ。もう少し、もう少し待ちやがれって……)
「ドロー……そんじゃあ行くぜ。こっからは俺の独壇場だ。もう、付き合ってやらねぇからな」


第46話:翼川最強の男梅毒戦略(バグ・ストラテジー)至高にして思考のルーブル美術館こと森勇一の華麗なる決闘以下略


「手札から《E・HERO プリズマー》を召喚。効果によりベストロウリィの名を獲得する」
(おい……)
「更にホプロムスをリバース。この2体を融合。《剣闘獣ガイザレス》を融合召喚」
(おいおい……)
「ガイザレスの誘発効果を発動。場のカード2枚を破壊する。当然その2枚だ」
(待てって……待てっつってんだろ。どう考えても、まだ俺の時間のはずだろ?)
 勇一の動きに迷いはない。超高速でストラを仕留めにかかる。
「ちっ、リバース…………奈落に落ちやがれ……ってな」
 ストラ、当然の抵抗。先ほど、勇一を撹乱した罠発動。
「無駄だ」
 が、駄目。光の速さでチェーン。《神の宣告》だ。
(おいおい。そりゃそうかもしんねぇけど2秒ぐらいは考えろよ)

ユウイチ:1200LP
ストラ:1300LP


「ダイレクトアタック。分離。ダリウス・エクイテ・そして墓地からラクエル」
 勇一はこの時、墓地から《剣闘獣アレクサンデル》を手札に戻す。
(いや〜な予感。こいつ、絶対友達になりたくねぇタイプのガキだ……)
「3体融合」

Gladiator Beast Heraklinos

(おいーーーっ。やめろよ。そういうのやめろよ。マジむかつくなぁ。なんだよこいつ……)
「カードを1枚伏せる」 (迷いがねぇ。今までの戦いで、こっちの戦力を完全に見切った?)
 鬼に様な攻勢に出る森雄一。ダイヤモンドの輝きは、まさに歩くマジカル頭脳パワー。
(あーあ。結局最後はサイコロ頼みってわけか? ここへきて、面白くない展開……)
 ストラは自分の手札をチラリと見ると、次の展開を予測した。しかし、予測ならばこの男。
「いや、やっぱリバースだ。《禁止令》。一応《スナイプ・ストーカー》を宣言しておくか」
 ストラの頼みは、手札の数を生かした反抗。その芽さえも、勇一は容赦なく摘む。
(こいつ、ろくなことしやがらねぇな。何が何でも敗北の芽を潰すってわけか?)

森勇一:ハンド3/モンスター1(《剣闘獣ヘラクレイノス》)/スペル2(セット/セット)
ストラ:ハンド4/モンスター0/セット0

「ドロー……(《スナイプ・ストーカー》だろ。《大嵐》だろ。でもって残りは……しゃあねぇか)」
 ストラは一息ついた。彼は隻眼だがよく見えている。その後の展開が、見えている。
(悪く思うなよ。ディムズディル、エリー。今日はここで幕引きだ。今日は、な)
 その後の展開はあっさりしたものだった。一応の抵抗を試みるストラの手を封殺した勇一が返しでベストロウリィを蘇生、再びガイザレスを呼び出し一気呵成に決着をつける。終わってみれば呆気ない決着。揺らぎはしたものの、勇一の牙城が崩されさることはなかった。

【団体戦第4戦】
○森勇一VSダルジュロス=エルメストラ●


「わりぃ。負けた」
「ダァルゥ。『負けた』じゃないって」
「しょーがねーだろ。無ぅ理だ無理」
「ダル……」
「こんなもんさ。悪かねぇだろ」
「ん……おつかれさま。ダル」
「そーゆーわけであとは頼むぜ」
「え?」
「おまえに言ったんじゃないさ。なぁ」
「あ……あれ……」

「流石ユウさん。あのダルさんを抑えきるなんて……すごい」
「まぁ……な」 (どうしたんだ? あんまり嬉しそうじゃないな)
 そっけなく返事を返す勇一。彼は、智恵のところまでさがった。
「手間取ったわね。あんな乱雑な、適当にやってそうなやつに……」
 咎めるような口調の智恵。だが、勇一の関心は最早そこにない。
「チエ……アイツがくる」
「え?」
「来るんだよ……」
「来るって……?」

馬鹿が来るっっっ!


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
土壇場においても何も捨てない人ととりあえずなんか適当に捨ててからが本番な人の戦い。毎回懲りもせず《鎧黒竜−サイバー・ダーク・ドラゴン》を書いていたのはこの時のためかどうかについては敢えて明言はしません。しっかし《ドル・ドラ》は風属性で《ボマー・ドラゴン》は地属性。嫌がらせのつもりですかまったくもぉ。


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。


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