「武藤浩司と斉藤聖のコンビか。おいユウイチ……じゃなくて大将。あと2つ(・・)、勝算はあるのか?」
「あのねぇ。ちょっと待ちなさいよ新堂。なにが終わったっての? 始まってもいないじゃない」
「『さん』ぐらいつけろよな。ま、いいけどよ。とっくに“終わってる”連中からどう呼ばれたってなぁ」

「ねぇユウイチ。次の試合、勝算はあるの? 団体戦を続けるっていっても……」
「チエ。これが終われば残る試合はシングル戦2つ。デッキの調整は怠るなよ」
「もしかして捨て駒にする気なの? あの2人を。コウジとヒジリを……」
「相手の出方にもよるがな。俺の読み、というよりは消去法だが、次はあの眼帯と爺さんだろうな。んでもって4戦目はグレファーに違いない。あっちを見な。いつの間にか合流してるだろ? となればチエ、実質的に1度は勝ってるおまえで1勝を取り返せるって寸法だ」
「あ、そっか」
「この試合に貴重な戦力を傾ける気は最初からない。勝てるところで勝つさ」

 巨大な嵐から少し経ち、団体戦が再開されようとしていた。再開、そう、真っ先に再開を促したのは何を隠そうこの男、森勇一。意外にも彼の「やる気」は高まっていた。無論、やる以上は負けるつもりなど更々ない。森勇一の行動は全て勝算に基づく。そして、最早これは言うまでもないことだが、今の台詞は自身の勝利を露ほども疑っていない人間の台詞である。自分の手で勝ち点「1」を取ってこその計算。智恵は、そんな勇一の顔を頼もしそうに眺め、すぐさま話に乗った。この辺は、以心伝心といったところ。

「いいじゃない。だったら、あの2人には精々『餌』になってもらわないとね」
 東智恵の腹黒さ。仲間を捨て駒にする程度、この女には日常茶飯事であった。
「俺が負ける絵図を描くとでも思ったか? 俺は、勝てる喧嘩しかしないんだよ」

「ヴァヴェリだ。ヴァヴェリ=ヴェドウィンが出てきたぞ! 翼川へのリベンジマッチかぁ!?」
「予想通りだ。ヴァヴェリ=ヴェドウィン。あの中ではタッグ戦も無理なくこなせるタイプだからな」
 予想通り。そして彼の予想では、眼帯の男、ストラが2人目として出てくる筈だった。しかし……
「ディムズディルだ! 予選であの新上を倒した、ディムズディルが出てきたぞ!」
「思い出したぜ。灰色の髪。ヨーロッパカードゲーム界の、歩く都市伝説だ!」
「俺は昔、遠征で見たことがある。風のように現れて、事件を起こして去っていくアイツだ」
「あのにっくき裏コナミ。裏コナミ実戦担当! ディムズディル=グイレイマンが出てきた!」
 ソリティアの会のメンバーが口々に叫ぶ。それは、勇一にとっても予想外の展開だった。
「タッグに出てくるのか。元より捨てた試合で好都合だが、あいつらには酷だな……」

「じょーとーじゃない! 私はこういう場面を待ってたのよ。コウジ! 私達でやるわよ!」
(万屋歴5年の俺の眼にも「終わったな」としか言えないこの状況が、見えてないのか?)
 翔は驚きを隠せなかった。この絶望的な状況下、ここまでいえるのはある意味手強い。
「あ、ああ」 つれない返事を返すのは浩司だ。彼は、明らかに乗り気でなかった。
「灰色の魔人だか灰色の六角形だか知らないけど、やっと私が本気出す日が来たってことよ」
「そ、そやな。よっしゃあ。やったるで。(捲土重来や。捲土重来のチャンスや。ここで……)」

 ヒジリの根拠のない自信に感化されたのか、コウジがやる気を振り絞る。だがその時であった。今日、今の今まで決して足を前に出さなかった彼女、明らかに隠遁を決め込んでいた彼女が、動いた。

「コウジ……」
「なんですかミズキさん。調子悪いんやろ。後ろで……」
「ごめん。コウジ……頼みがあるの。代わって……くれない?」
「くぇ?」

「どういうつもりだミズキ。相方はヒジリだ。あの面子を相手にこの程度の戦力じゃ、苦しい戦いになるぞ」
 突然の瑞貴に勇一が耳打ち。団体戦に消極的だったにも関らず、いったいどういう風の吹き回しか。
「わかってる。だけど、だけどやっぱりあの男とはもう1度戦わないといけない気がするの」
「ミズキ……」
「みんなが闘ってるの見てたら、逃げてちゃ駄目かなって……駄目かな、そういうの」
「コウジ、悪いが今回は遠慮してくれ。大将命令だ」
「引退するっていうてたやないですか……大将……」

「引っ込めディムズディル! いや、ここまできたら引っ込むな! さっさと負けやがれ!」
「てめぇら裏コナミはソリティアの会に潰されるのが運命なんだよ! さっさと負けやがれ!」
「翼川も絶対負けんじゃねぇぞ! 手を抜いたりしたらただじゃおかねぇからなぁ!」

「それにだ。よくよく考えればこのムード。少なくとも、惨敗するわけにはいかないだろ」
 乱れ飛ぶ野次は全てディムズディルに向かっていた。『裏コナミ』のディムズディルに。
「そういうわけだミズキ。やるってんならもう止めはしない。折角だ。勝って戻れ」
 コウジやヒジリに対してとは180度違う御言葉。所詮、そういうものなのか。
「ありがと。じゃあいってくる。ヒジリ、頑張りましょう。チャンスは必ずあるはずよ」

【団体戦第3戦(タッグマッチ)】
西川瑞貴&斉藤聖VSディムズディル=グレイマン&ヴァヴェリ=ヴェドウィン


第45話:灰色決着(後編)


「裏コナミ奥儀・全土滅殺天征波。ゴミは消え去り、俺の『勝利』とおまえの『敗北』だけが残る」
「負けた。負けたのか? 消えていく? 僕の、僕の全てが消えていく? そんなことが!」
「おまえじゃ俺には未来永劫勝てはしない。スリルだけを求め、闘いを舐めるおまえにはこのローマは倒せない。元村信也。名前だけは覚えておいてやる。カードスリーブの塵となって消えろ!」
「ち、ちがう……ぼくは……ぼくは……ロォォォォォォマァァァァァァァァ!!」

「はぁ、はぁ……夢か」 夢から、いや、恐怖から戻った者、元村信也だ。
「目、覚めた? 色々な意味で」 福西彩は、そっけなくそう言った。
「何がどうなったんだっけ。そうだ、僕はアイツに、ローマに……」
「ボコボコ」
「あれからどうなったんだ? ローマは?」
「帰った」
「そうか……ってアレ? 五月蝿いな。なんでこんなに五月蝿いんだ? 嵐は去ったんだろ?」
 彩は、やはりそっけなくではあったが、信也の疑問に答えてあげることにした。彼女は暇だった。
「森キャプテン達は例の外国人招待選手と5番勝負でやりあってる途中だったんだって。今が3戦目。あの人、やっぱり強い人だよね。これだけのことがあって、まだ勝負を続けるつもりなんだから」
「そうなんだ。だけど、それにしては罵声が酷いな。あれってたぶんソリティアの会の人達だよな」
「あの時言ってたじゃない。ローマって人とディムズディルって人は同じ穴のむじなだって。だから……」
「あ」

 当然といえば当然だが、ソリティアの会は翼川側についたというわけである。もっとも、恐ろしく遠くからやたらでかい声で声援を送っている辺りが情けない。大体、直接の敵はローマであってディムズディルではないのだから、負けた腹いせと言われても仕方のない状況。「だったらもう帰れよ」と信也は内心で思ったが、集団という物は得てして粘着質な性質を備えていたりするものだ。救えない。尚、120%余談ではあるが九州三強は既に帰宅していた。つきあってられないとばかりに村坂が、ダメージの残る神宮寺と新上を連れて退散したのだ。

「それでこんなうるさいことになっているのか。で、今闘っているのはミズキさんと……ヴァヴェリ! あの人がミズキさんと闘うのか。それにディムズディル! あの男がここで!? 3戦目なんだろ。あまりに分が悪すぎる。あの男も裏コナミの、少なくともローマと同格の男なんだ! それにヴァヴェリもいる」
「西川先輩も、不利なのはわかってはいると思う。直接手合わせして『怖い』って言ってたから」
「だけど……くっ」
 信也は尚も何か言おうとしたが、「自分は負けたんだ」という事実を思い出し、こう言うにとどめた。
「信じたいな。それでもやるっていう、あの人の心意気を。何か……何かできるってことを」

(立つつもりはなかった。それは確かなこと。だけどもう1つ確かなこと。それは、今たっているということ)
 西川瑞貴。以前、ディムズディルと闘って痛い目を見た彼女は、今、再び彼の前に立っていた。
「ディムズディル、先日は逃げて悪かったわね。でも、今日は逃げずに勝負する。受けてくれるわね」
(わかってる。私は、ディムズディルを恐れている。わかってる。だけど、わかってるだけじゃ始まらない)
 彼女は動くことにした。翔の粘り強い戦いぶり、妹の苦闘、信也の奮戦を見た彼女は、決意していた。
(この勝負。確かに分が悪い。負けるかもしれない。だけど、だからこそ開き直れる部分もある)
「タッグマッチは、私も苦手じゃないのよ。私のヒジリのコンビネーションは、貴方にとっても……」
 いつになく喋る瑞貴。しかし他方、饒舌な筈のディムズディルは、一向に返事をしようとしない。
「……」 ディムズディルは押し黙ったまま動かない。まるで、話を全く聞いていないかのようだ。
(眼中にないってこと? あの時のように、闘うにも値しないってこと? だったら、目覚めさせて!)
 試合は、既に2ターン目に突入していた。先攻は瑞貴。先制攻撃を仕掛けるには頃合である。

西川瑞貴:ハンド4/モンスター1(セット)/スペル1
ディムズディル:ハンド4/モンスター1(セット)/スペル0/備考:《封印の黄金櫃》発動中
斉藤聖:ハンド5/モンスター0/スペル(セット)
ヴァヴェリ:ハンド4/モンスター1(セット)/スペル1(セット)

(声援が静まってきたわね。無理もないわ。あんだけ遠くから大きな声を出してたら疲れるって)
 と、同時に瑞貴の心拍数も試合前より安定していた。彼女は、力を出し切れることを確信した。
(緊張で自滅したら元も子もない、なんて今まで考えたことが何度あったかしら。だけど!)
「《ドリルロイド》をリバース。ディムズディルのセットモンスターに攻撃を仕掛けるわ」
 《ドリルロイド》の特殊能力。ディムズディルの《魂を削る死霊》が脆くも崩れ去る。
(わかってるわねヒジリ。さっきの、打ち合わせ通りにやるのよ)
(オーケー。アイツを集中攻撃するんでしょ。まっかせなさーい)
 軽いサインプレーにアイコンタクト。彼女達の作戦は次の通りだった。作戦、というよりは大まかな方針。
(こういう時はどちらか一方に攻撃を集中させるのが定石の1つ。そして私達はディムズディルを狙う。序盤が薄いヴァヴェリを狙ってもいいけど、その場合フリーになったディムズディルが何をするかわかったものじゃない。むしろ、序盤から積極的にディムズディルを狙えば、後半勝負を狙いがちな、ヴァヴェリの動きも牽制できる)
(そ、し、て、瑞貴が先行するのは実はデコイ。墓地を肥やし、瑞貴が息切れして向こうが安心した瞬間を狙う。完璧な作戦。なにより、私がフィニッシュを決めるって時点で負けはない。かぁんぺき)
「私は手札からモンスターを1体裏側守備表示でセットします。このままターンエンド」

「ドロー……」 ディムズディルが静かにドロー。いや、息が荒いという意味では静かではないか。
(《封印の黄金櫃》で引っ張るカードのことを考えると戦略は“アレ”? でも、断定は禁物かな)
(《封印の黄金櫃》の時点でデッキの正体は丸見えよ。このスーパー美少女ヒジリちゃんにはね!)
「モンスターセット。ターンエンド」 ディムズディルは静かにターンエンドした。対照的に、五月蝿い女。

「私のターン、ドロー! いぃっくわよぉ! 凸にしてやるから覚悟しなさい!」
「凹だろ」 冷静にツッコム翔だが、その直後ある種の空しさに襲われる。
「私の死骸勘定戦術は更なる高みに達してるのよ。いっくわよぉ!」
「なぁハルカ。今、猛烈に嫌な予感がするんだが気のせいか?」
「知るか」
「そう、今までの私のデッキはじゃぁっかん遅かったわ。しかぁーし!」
「なんか自分の戦術を光の速さでばらしにかかってるんだが気のせいか?」
「知らねぇよ」
「今の私はニューヒジリン! 見せてあげるわ!」
「なぁ、俺もう帰っていいかな。ボンバーマンジェッターズの再放送見たいんだが……」
「知らねぇっつってんだろ」
「《高等儀式術》発動! 墓地を肥やしつつ、《闇の支配者−ゾーク》を儀式召喚! 見た見た見たぁ? これが私の秘密兵器よ! 私のデッキは直進牛歩! これであんたたちもおしまいってわけ! 効果発動。サイコロを振るわ! ゾークのいかづち! 怯えて竦んで待ちなさい!」



「あり? ろく?」
「んじゃ、帰るか」
「アイツは一体何がしたいんだ……」
 2人が帰ろうとしたその時だった。
(地震!? このタイミングで!?)
 大地が揺れ動き、サイコロもまた揺れ動く。
「『3』よ! わ、わかった? これが私の実力よ!」
 賽の目が確定するギリギリのタイミングでの地震であった。
「なんっつぅ都合のいい地震だ。結果が裏返っちまったじゃないか」
 “都合のいい地震”。しかし百戦錬磨のデッキウォッチャー、ヴァヴェリ=ヴェドウィンは慌てない。
「よいぞよいぞ。わしのモンスターを墓地に送るというなら、甘んじて送ろうではないか斉藤聖」
「ふーん。あっそぉ。だったら一撃見舞っとくわよ! 向こうにね。 手札から《ジェネティック・ワーウルフ》を通常召喚。ディムズディルの壁に攻撃! 《D.D.アサイラント》? 別にいーわよ。場ががら空きになったんだから! ワーウルフぐらい好き好んでくれてやるわ! ゾークでディムズディルにダイレクトアターック! ファーストアタックはこの私がいただきよ! メインフェイズ2。カードを1枚伏せるわ。このターンはこれで終わり。ターンエンド。あんたらなんてへっぽこぴぃよ!」 

ミズキ&ヒジリ:16000LP
ディム&ヴァヴェリ:13300LP


(さてさて。わしのデュエルが始まるの。この勝負、わしも、わしは負けるわけにはいかんのじゃよ)
 老体が蠢き、力が漲る。ヴァヴェリ=ヴェドウィン。彼はちらりと遠方を見やり、そこに信也の顔があることを確認して薄く笑いを浮かべる。先の敗北は何だったのか。眠れぬ夜を過ごす破目になったのは何のためか。これ以上、この国に汚名ばかりを残すわけにはいかない。いや、それ以上に、敗北をただのマイナスのままにしておくことは、彼のプライドが許さなかった。『電獣』が動く。
「ドロー。ゾークか。多少は変化をつけてきたようじゃな」しかして! 《増援》を手札から発動! デッキから《異次元の生還者》を手札に加え、そのまま召喚。バトルフェイズ。《異次元の生還者》で、西川瑞貴側の《ドリルロイド》を撃破する。カードを1枚セット、ターンエンドじゃわい」

ミズキ&ヒジリ:15800LP
ディム&ヴァヴェリ:13300LP


「次元系か。大方、今伏せたカードは《マクロコスモス》。【次元ビートダウン】ってところか」
「最小限の動きで牽制したな。相手の動きに合わせ、後の先を取りにいくいつもの戦い方だ」
「状況によっては《増援》で別の物を引っ張ってくるつもりだったんだろうな。流石に場慣れしている」
「そしてディムズディル。断言はできないが“アレ”だろう。面白い組み合わせといえばそうかもな」

西川瑞貴:ハンド4/モンスター1(セット)/スペル1(セット)
ディムズディル:ハンド4/モンスター0/スペル0
斉藤聖:ハンド4/モンスター1(《闇の支配者−ゾーク》)/スペル1(セット)
ヴァヴェリ:ハンド3/モンスター(《異次元の生還者》)/スペル2(セット/セット)

「私のターン、ドロー……セットモンスターを生贄に《ホルスの黒炎竜 LV6》を生贄召喚」
「よくやるわい。わしの生還者を当て馬にでもしようというのか。やらせん! 《激流葬》!」
 ヴァヴェリの忍耐。1ターン目から伏せておき、引き付けるだけ引き付けての、流すプレイ。
「(ここで流されたらゾークも死ぬ。そうはさせないわ!) リバース。《我が身を盾に》発動!」

ミズキ&ヒジリ:14300LP
ディム&ヴァヴェリ:13300LP


「ならば! 更にチェーン! 《マクロコスモス》起動。墓地に落ちるカードを全て除外する」
 熾烈な仕掛けあい。瑞貴や聖に、先に動かせた上で二の手三の手をうつヴァヴェリ。
「うげ! なんでそんな邪魔なもの出すのよぉ」「愚痴らない。来るのはわかってたんだから」
 《マクロコスモス》発動により生還者がほぼ不死身となる。そんな中、瑞貴は仕掛けた。
「《ホルスの黒炎龍 LV6》でディムズディルにダイレクトアタック! 2300ダメージよ」
「なんで!? 《異次元の生還者》を狙えば、最終形態までレベルアップできるのにぃ!」
 だが、進化はできても相手のリソースは減らない。瑞貴は実を取りにいったのだ。
(ここは、ライフを1でも2でも削っておかないと。早めにプレッシャーをかけなきゃ駄目)

ミズキ&ヒジリ:14300LP
ディム&ヴァヴェリ:11000LP


「ターンエンド」 序盤の段階で敵のライフ1万をきる。それが、第1の目標。
「うぇ……はぁ……ん? ああ。僕のターンだったな。さっ、黄金櫃の効果だ」
 ディムズディルは、《封印の黄金櫃》の効果で《洗脳解除》を手札に加える。
(あれ? やっぱり様子がおかしい? だけど、あの男に限ってそんな……)
「ドロー……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。はぁ……はぁ……はぁ、はぁ……」
(ディムズディルの息が、荒い。三味線でも弾いてるつもり? そんなんで油断するわけ!)
「なぁによアンタ。なんかボロボロじゃない。これじゃもう、勝ったも同然ってとこね!」

「フォフォフォフォッ! フォッフォッフォ、フォッ! そろそろ遊びは終わりにせんかの!」
「手札から……《ヴォルカニック・クイーン》……」 「言ってる傍から! ヒジリ気をつけて!」
 ヒジリに注意を促すミズキ。だが、女王の生贄となったのは《ホルスの黒炎竜LV6》。
(ゾークじゃなくてこっち?) 無論、進化の可能性をも考えれば、ホルスも怖いに違いない。
「ゾークなど、『6』が出て終わりじゃということじゃ。わかるか小娘! ふぉっふぉ」
「カードを1枚セット……ターンエンド」

「やはり【ゴーレム】か。アレを相手にするとなるとモンスターの大量展開がしにくくなる。ラヴァゴーレムでこっちの力を逆用された挙句、カウンターを食らう危険があるからな。一方、不死身の生還者を擁する【次元ビート】を相手にするとなると、ある程度数をそろえなければヴァヴェリに大ダメージを与える事は難しい。ここまでの展開どう見る、津田」
「ディムズディルを重点的に叩く戦略は正解だと思います。【ゴーレム】は通常召喚の権利を捨てることが多いので場ががら空きになりやすいというリスクも持っていますから……仲林さんはどう思います?」
「攻めが途切れないように、かつ、カウンターを喰らわないように、慎重に闘うしかない。だが、うちのミズキならやってくれるさ。なんたってあいつは、うちのエースの1人なんだからな」

「いや、おまえらちょっと待て。なんでミズキがソリティアの会のメンバーになってるんだよ」
 何時の間にかゴキブリのように沸いて出た、馬鹿2名に対しツッコミを入れる森勇一。だが。
「何をいってるんだ森君。君たち全員がソリティアの会のメンバーなのは既に周知の事実じゃないか。ほら、あそこで寝ている元村信也君が入った時から連帯責任で……まぁ細かいことはどうでもいいじゃないか。さぁ! 一緒に応援しようぜ! うちのエースがにっくきあの野郎を打ち倒すところをな!」
「他力本願もいい加減にしろよな……」 呆れて言葉も途切れる勇一だった。

「わったしのターン、ドロー! ぶっこわすわよーっ! ミラクル・ゾークの特殊能力を……」
 自分の場に最上級、相手の場には無限再生する生還者しかいないこの状況下、何の躊躇いもなく自爆の可能性のあるサイコロを振ろうとする聖。だが、瑞貴が物凄い勢いで睨みつける。
「能力は……使わなくてもいっかな。ゾークでディムズディルにダイレクトアターック!」
 流石の聖もあの眼で睨まれては迂闊な行動などできようはずもなく。粛々と、一撃。
「フォッフォフォ。フォフォッフォッフォ。無策。またしても無策。技に乏しく哀れよのぉ!」
「リバース……《次元幽閉》」 今度は、ディムズディル側からのリバーストラップだった。
「ゲッ! まあいいわ。壁モンスターを1体場にセット。ターンエンドよターンエンド!」

「流石だな」 翔は、ぼそっと呟いた
「ああ、ヴァヴェリ=ヴェドウィンはやはり強い。加えて、あのディムズディルもいるんだ。苦戦は免れまい」
「いや、そういうことじゃないんだ大将。俺が言ってるのは西川本家のことだ。あの斉藤聖をちゃんと飼いならしている。中々できることじゃない。いいプレイングだ」
「まぁな。うちのミズキは“ブレイン・コントローラー”。だが、操作の対象は対戦相手のみにとどまらない。味方を絶妙に配置し、巧みに動かすことにかけても超一流。たとえそれがヒジリでも、な」
「流石だな。おい、片割れ。お前も姉さんを見習って、もう少しヒジリを飼いならせ」
「飼いならしてどうすんのよ……ってか、ヒジリは犬か」 「犬なら便利なんだけどな」

「わしのターン、ドロー……《異次元の生還者》で斉藤聖の壁モンスターを攻撃する」
 厄介なゾークは既に消えた。不死身の生還者により、徐々に支配力を増していく。
「しょうがないわね。《マクロコスモス》の効果により《ヤシの木》をゲームから除外するわ」

《ヤシの木》
通常モンスター
星2/地属性/植物族/攻 800/守 600
意志をもつヤシの木。実を落として攻撃。実の中のミルクはおいしい。

「ヒジリ。高等儀式術の餌、他になんかなかったの?」
「大丈夫! これが後になって効いてくるんだから!」
 実の中のミルクはおいしいが、相手がおいしいのでは困りもの。
「手札から《サイバー・ヴァリー》を召喚。このカードと《異次元の生還者》を除外! デッキからカードを2枚ドロー。エンドフェイズ、《異次元の生還者》を復活。カードを2枚セットしてターンエンドじゃ!」

「まぁ……あれだな。《ヤシの木》はともかくとして、中々白熱したゲームになってきたじゃないか」
「ディムズディルのデッキは【ゴーレム】系統とみてまず間違いない。いずれにせよ、ミズキやヒジリの巨大モンスターを無理なく処理できる構成のようだが、その分常時攻め続け、プレッシャーを与える能力はない。一方、相方のヴァヴェリは【次元ビートダウン】。なんらかの切り札があるかも知れんとはいえ、どうも打点は低そうだな。2人あわせてライフ16000制のタッグバトル、そうそう簡単には削り切れないはずだ」
「確かにな。だが森、じゃなかった部長様。決め手がないという意味ではこっちも同じだ。守りから攻めへの、切り返しの上手いディムズディルと後半の冴えが怖いヴァヴェリ相手に、序盤から積極的に押してはいるが、どうも攻め切れてはいない。長引くぞ、これは……」

「泥試合の様相だな。ベルクとチドリがあっちの嘘高校生とやり合ってた時とは違う。細かいレベルの、詰みあいになりそうだな。だが、それならばうちの連中の方が強い……どうしたエリー」
「ダル。なんか、ディムが変。決闘する前も、どこかがおかしかった」
「アイツはいつだって変だ。いつだっておかしい。今更なにいってんだか」
「だけど長引いたら……この勝負長引いたら、いけない気がする」

西川瑞貴:ハンド4/モンスター(《ヴォルカニック・クィーン》)/スペル0
ディムズディル:ハンド4/モンスター0/スペル1(セット)
斉藤聖:ハンド4/モンスター0/スペル1
ヴァヴェリ:ハンド3/モンスター1(《異次元の生還者》)/スペル3(《マクロコスモス》/セット/セット)

「私のターン、ドロー……」 この試合瑞貴は兎に角攻めに回る。攻めていなければ、安心できない。
(《ヴォルカニック・クイーン》を保持し続けるリスクは2つ。《洗脳解除》等で奪われることと、ライフを削られていくこと。本当なら今すぐ生贄にしてしまいたいところだけど……間が悪いわね。ここはリスクを受け入れた上で、このまま攻めるしかない。殴り合いなら、最初から望むところよ)
「《ヴォルカニック・クイーン》でディムズディルにダイレクトアタック」

ミズキ&ヒジリ:14300LP
ディム&ヴァヴェリ:8500LP


(奪い返しにこない? もしも伏せカードが《洗脳解除》ならここで使ってくるはず)
 瑞貴は、この戦いのキーポイントは2つの置物だと考え始めていた。1つはヴァヴェリの《マクロコスモス》。そしてもう1つは《洗脳解除》。どちらも、敵の戦略の成否を左右するカード。瑞貴は思う。1人で2人は潰せない。瑞貴と聖、2人の手札に除去が揃う瞬間こそが勝負時。瑞貴は「動ける」と確信した時でなければ、最後の勝負を仕掛けたくなかった。既に、ディムズディルが【ゴーレム】のキーパーツを揃えている可能性もある。相手の出方が見えない以上、十分な勝算無しには動きづらかった。
(《洗脳解除》が来なかったとはいえ、まだ油断はできない。むしろ、この動きは後が怖いとさえ思える)
 この決闘、たまに殴ってくるヴァヴェリもそうだが、それ以上にディムズディルがほとんど動かない。まるで、亀の甲羅に閉じこもったかのごとく、ピクリとも動かない。瑞貴にはそれが解せなかった。
「(《ラヴァ・ゴーレム》のことを考えると2体目は出しづらい)スペルを1枚伏せてエンドフェイズ」

ミズキ&ヒジリ:13300LP
ディム&ヴァヴェリ:8500LP


「ドロー……」
(今日のディムズディルは消極的。いつもなら、守っていても、むしろこちらが攻められているようなプレッシャーを何かと与えてくるのに、今日は打って変わってこの沈静感。聞こえてくるのは吐息ばかり)
「モンスター……セット。ターンエンド……」
(やっぱり動かない。まるでヴァヴェリのお株を奪ったかのようね。次はヒジリのターン。私の手には既に《サイクロン》が1枚きている。こっちのライフはまだ1万を切っていない。それに、緊急退避用の《月の書》も伏せてある。ヒジリの次の手次第では、《サイクロン》を保険により大胆に仕掛けることも可能なはず)

「ドローよ!」 この時、聖は瑞貴にサインを送る。事前の打ち合わせどおりのサインプレー。
(ヒジリが《大嵐》を引きあてた。《月の書》を捨てることになるけど……ここは撃たせてみる!)
「手札から《大嵐》を発動!」 通れば《マクロコスモス》が消える。無論、そう世の中は甘くない。
「やらせんぞ! 《異次元の生還者》を手札から捨て《マジック・ジャマー》を発動するわい!」
(打ち消された。でもそれはいい。向こうも貴重なカウンターを失ったのだから。問題は……)
 生還者は手札から墓地に送られるが、そのまま除外。ヴァヴェリは、内心ニヤリと笑う。
「手札から《マンジュ・ゴッド》を召喚。2枚目の《高等儀式術》をデッキからサーチするっての!」
 聖は《高等儀式術》をサーチ。次ターン以降の盛り返しの為の手筈を整える、が、ここで停滞。
「ん? どうした? メインフェイズが終われば次はバトルフェイズじゃろうて。攻撃はせんのか?」
「その手には乗らない。《マンジュ・ゴッド》はこのまま。1枚セット。ターンエンドを宣言してあげるわ」

 前回ワーウルフを除外された記憶もある。《マンジュ・ゴッド》を失えば場ががら空きになることを考慮、聖は何もアクションを起こさずターンエンドした。未だ沈黙を守る、ディムズディルのリバースカードを警戒した結果だ。聖には、無頓着さはあれど度胸はない。が、この時ヴァヴェリの眼が光る。決闘が始まって既に4周目、シングル戦の8周目に相当する時間耐え続けたヴァヴェリは、この瞬間を、切り返しの時を待っていた。『デッキウォッチャー』の本領、老人はまず、眼前の聖を潰しにかかる。

「え? なに? くるの?」
「さぁ引くぞ。わしのドローは伝説じゃ! メインフェイズ。既におんしの決闘は見切っとるぞ斉藤聖! この展開はわしの土俵じゃ! 800のライフコストを支払い《洗脳−ブレインコントロール》を手札から発動! 場の《マンジュ・ゴッド》のコントロールを獲得」
(げ! これなら殴った方がマシだったじゃん! 嫌なことし過ぎ! つーか洗脳ってあんた!)
「ないとでも思ったか? 更に《闇次元の解放》を発動! 戻って来い! 《異次元の生還者》!」
「あはは。3体がかりってマジ? ミズキ〜」 「ここは耐えて。チャンスは来るから」 「うげっ」
「バトルフェイズ。2体の生還者と、《マンジュ・ゴッド》で斉藤聖にダイレクトアタックじゃ! 1800の2倍にプラスして1400。占めて5000ポイントのダメージじゃわい!」

ミズキ&ヒジリ:8300LP
ディム&ヴァヴェリ:7700LP


「うっそ! つめよられた? まさか1ターンで、ここまで大ダメージをもらうなんて……むっかつくぅ」
 ヴァヴェリ猛攻。序盤から稼いだライフ・アドヴァンテージが無に帰す。しかし、瑞貴は耐え忍ぶ。
(流石はヴァヴェリ。完璧な見切りで、恐ろしくしたたかにカウンターアタックを決めてきた。今のは結構なダメージね。だけど、これは仕方がない。相手が強豪なのはわかっていたこと。ここで多少のダメージを減らすよりは、次のターン以降、一気に攻め込むこと……ディムズディルに対し気を許さない事が重要)
 瑞貴はディムズディルへの警戒を怠らない。一方、眼前の敵ヴァヴェリにもまた、抜け目がない。
「手札から2枚目の《サイバー・ヴァリー》を召喚。《マンジュ・ゴッド》と共に除外、ツードローじゃ!」
「またそれ? 小賢しいったらありゃしないわ!」 「がっぽり稼がせてもらったわい。ターンエンドじゃ」
 手に汗握る攻防は中盤から後半へ向けて徐々に加速していく。勇一もまた、手に汗を握る。
「強い。ヴァヴェリ=ヴェドウィンはやはり強い。これでもまだ、勝算はあるのか? ミズキ!」

西川瑞貴:ハンド4/モンスター(《ヴォルカニック・クィーン》)/スペル1(セット)
ディムズディル:ハンド4/モンスター1(セット)/スペル1(セット)
斉藤聖:ハンド4/モンスター0/スペル1(セット)
ヴァヴェリ:ハンド3/モンスター2(《異次元の生還者》《異次元の生還者》)/スペル2(《マクロコスモス》/《闇次元の解放》)

「ドロー……(このターンの攻防で不味いのは、今の状態のままディムズディルにターンを渡すこと。《ヴォルカニック・クイーン》を抱えた私にとって今一番嫌な光景は、《トーチ・ゴーレム》→《洗脳解除》あたりを軸にした直接攻撃を連続して叩き込まれるパターン。ライフの落ちたこの場でそんなことをされたら、本当の意味で不味い状況になる。《王宮のお触れ》はまだ引き当てていないし、よしんば引き当てたとしても、向こうはまだ《サイクロン》を撃っていない)」
 瑞貴は色々考えた末に、やはりディムズディルを重点的に叩く一手に出た。《マクロコスモス》を破壊してヴァヴェリの生還者を叩くのも1つの手ではあるが、やはりディムズディルの動きが怖い。下手をすればこのターンで飛ぶ破目にもなりかねない。死んでしまっては元も子もないのだ。しかしこの時、瑞樹の脳裏に何かがよぎる。

(私は、私はディムズディルが怖いから、こんなことをやっている? いえ、でも……)
 迷い。彼女は囚われているのだろうか。答えの見えない、自問自答が彼女を責める。
(違う。私は、怖いからじゃない。勝ちたいからやっている。今この場にに立っている……)
 この試合、ディムズディルはほとんど喋らない。彼女の闘いはいつしか、孤独な、自分との闘いに変化しつつあった。正解の見えないレース。挫けそうになりながら、彼女は動いた。
「手札から《N・グラン・モール》を召喚。バトルフェイズ、《N・グランモール》でディムズディルの壁モンスターに攻撃。《N・グラン・モール》と壁モンスターの両方を手札に戻す」
 瑞貴のドローは悪くない。2体目を場に残さず、ディムズディルの壁を処理することに成功する。
「《ヴォルカニック・クィーン》でディムズディルにダイレクトアタック。2500ダメージを与える」

ミズキ&ヒジリ:8300LP
ディム&ヴァヴェリ:5200LP


「カードを1枚伏せてそのままターンエンド」 瑞貴は、最低限の備えとして《サイクロン》を伏せた。

ミズキ&ヒジリ:7300LP
ディム&ヴァヴェリ:5200LP


(《ヴォルカニック・クィーン》のデメリット効果で合計2000ダメージ。だけどこのモンスターが場にいるお陰で、こっちは合計5000ものダメージを相手に与えている。《洗脳解除》さえ《サイクロン》で未然に防ぐことができれば、こちらのアドが優るはず。私は負けない。勝ってみせる。勝ってみせる)
「ドロー……」 ディムズディルは喋らない。むしろフィールドに響くのは、ヴァヴェリの、特徴的な笑い声。
(仕掛けてくる? 勝負は後半。ここからが、本当のがんばりどころだって、そんなことはわかって!)
「西川瑞貴の場に《トーチ・ゴーレム》を特殊召喚。守備表示のトークン2体をこちらに展開。そして……」
 西川瑞貴が身構える。遂に攻められる時が来たのだ、と。しかし、その攻めは思わぬところから来た。
「手札から……手札から《所有者の刻印》を発動」
(そちらできた? くっ、時間をかけて、二の矢三の矢を仕込んでいたってこと? この一手は、完璧には凌ぎきれない……だけど、この程度で諦めるわけには行かないのよ。この勝負は)
「リバースカードオープン! 《月の書》を発動! 《ヴォルカニック・クィーン》を守備表示に!」

「キツイ場面だな。《月の書》で一端逃れても、根本的な解決にはなっていない。だが、ここで何もしなければ瑞貴に次のターンはないだろう。よくやってるよあいつは。いつもより、粘り強い」
「相手の方が手強いって自覚があるんだろ。強者は強者を知る。だから粘れる。マシになったんじゃないか、あのお嬢ちゃんは。おい片割れ。お前ももう少し認めたらどうだ?」
 もっとも、ほぼ無言で瑞貴を見守る皐月には、何も聞こえていないようだった。
「姉さん……」 (やれやれってな。見てるだけで肩の凝る、たいした姉妹だよまったく)
(負けない。あの男に、あの男に“また”敗北するわけにはいかないのよ! 絶対!)

「はぁ……攻撃」 瑞貴必死の防御。だがディムズディルは、そのまま攻撃宣言。
「ちょぉっとちょぉっとぉ! 『攻撃』の一言だけじゃ誰に攻撃かわかんないでしょ!」
 ヒジリが茶々を入れる。が、これに対し嘲笑うかのように言葉を返すのはヴァヴェリ。
「馬鹿者が! どっちでも似たようなものじゃろうが。じゃがぁ。のぉ斉藤聖、どうやら、ここで痛い目に合うのはおまえさんのようじゃのぅ。その辺ちゃんとわかっとるのか?」
「う、うっさいわね!」 馬鹿にされたのはわかるもの。
「斉藤聖に……トーチ・ゴーレム……ダイレクトアタック」

ミズキ&ヒジリ:4300LP
ディム&ヴァヴェリ:5200LP


「ああもぉ! ガンガン攻めてたのはこっちのはずだったのにぃ。なんでこうライフが逆転してるのよ」
 ディムズディルは更に1枚場にセットして終了。ヒジリのターンだ。ここで、ヒジリは強運を見せる。
「私のターン、ドロー……ひいたぁ! 《サイクロン》を発動! 《マクロコスモス》をぶっ壊すわよ!」
(いいわ。この局面で《サイクロン》はいい。これで、ヴァヴェリはこのターン、次元の能力を使えない)
「リバース! 《八汰烏の骸》。カードを1枚引くわ。ラッキー! 2枚目の《高等儀式術》を発動! 墓地にレベル4を2枚送って《闇の支配者−ゾーク》を儀式召喚。特殊効果発動。サイコロを振って……2がでたからディムズディルのモンスターを全部破壊するわ」
「ナイスよヒジリ! 今度はその強運をバトルにも生かさないと!」
 この時、瑞貴はちょっとしたことを思う。彼女は、ディムズディルに仕掛けさせる道を選ばせた。
「ディムズディルにダイレクトアタック……で、いいんだよね。うん。(ぶっちゃけよくわかないけど)」
「《スケープ・ゴート》を発動。4体分のトークンを守備表示で特殊召喚」 が、駄目。つくづく厚い。
「くぅぅぅ〜。だったらぁ! 巻き戻して、今度はヴァヴェリの、《異次元の生還者》をぶっ壊すわ!」

ミズキ&ヒジリ:4300LP
ディム&ヴァヴェリ:4300LP


(大方そんなところだろうと思ったわ。ここでアレをあぶりだせたのは大きい。もし《次元幽閉》とかだったららどうせゾークはやられるし、《スケープ・ゴート》以外の、こっちの攻撃を防げないカードならそのまま3000食らわすのも悪くない取引。そして今、結果として羊達をあぶりだし、ヴァヴェリの次元モンスターも1体墓地送りにでき、ライフも並んだ。大丈夫。まだいけるわ。ディムズディル、今度こそ貴方を捕まえる)
「ふぅ……今のはいい攻撃だったわヒジリ。この調子で、ガンガンいきましょ!」
(あれ? ミズキってば疲れてる? なんで?) 
 瑞貴は疲労していた。遂に牙を剥いたヴァヴェリの相手をしつつ、ディムズディルに注意を払い、そしてヒジリのお守りまでしているのだ。疲労しないわけがない。だが、ヴァヴェリはそんな瑞貴を休ませはしない。この男の電力は底無しとでもいうのだろうか。瑞貴は、今更ながら信也の苦労を思い知る。

(集中力は決して切らさん。デュエルは、何が起こるかわからんからな。のぉ元村信也)
「わしのターン、ドロー……さぁて続きじゃ。永続魔法《次元の裂け目》を発動するわい!」
「だ〜か〜ら〜そういうナンセンスな真似やめなさいよね。しつこいんだから!」
「それがわしじゃ! 手札からアタッカー、《霊滅術師 カイクウ》を通常召喚じゃ」

(強いわね。こちらの不利を覆す為色々足掻いたけど、結局はヴァヴェリの筋書き通りで終わるだけかもしれない。ディムズディルディムズディルって、動かない相手に、私は1人相撲をしていただけなのかな?)
 自嘲気味に笑う瑞貴。しかしその時だった。瑞貴に、とある閃きが走る。走って走りぬく。
(1人相撲? あれ? 何かがおかしい。この違和感は何? 何かが……何かが……)
 彼女はふとある考えにとらわれる。彼女を記憶を探った。試合中も、たまに思った違和感。
(そういえば、ヴァヴァリはなんで自分のターンでは笑わない? あの男が笑う局面って……)

「バトルじゃ! まずは《異次元の生還者》で西川瑞貴のセットモンスター……」
 ヴァヴェリの猛攻撃が始まる。しかし瑞貴は、そんなことお構い無しに思考を深める。
(自分のターンでは一切笑わないヴァヴェリ。動かないディムズディル……なにか……)
 瑞貴は無意識の内にヒントを求めディムズディルの方を見る。その時、瑞貴の眼には。
(あの男の足元、血が付着している? ディムズディルは試合前に故障を抱えていたってこと? ということは、ディムズディルは私たちを舐めているわけではなく、本当に体調が悪くてあんな……)
「《霊滅術師 カイクウ》で、西川瑞貴にダイレクトアタック! これで再び逆転じゃあ!」

ミズキ&ヒジリ:2500LP
ディム&ヴァヴェリ:4300LP


「電獣様の底力だな。迂闊な動きは一切せず、《サイバー・ヴァリー》でアドを稼いでいた分、リカバリーも早い。残り2500。1000はクィーンやゴーレムのバーン効果で削れることを考えると、もう後がないな」
(電獣様の底力、か。そうだわ。今日のディムズディルの闘い方は、ヴァヴェリよりもヴァヴェリらしい。まるで、ヴァヴェリがディムズディルを操っているかのように……なんてね)

(なんて……あれ? 今、私は何を言った? ヴァヴェリが……ディムズディルを……)
 瑞貴に走る雷鳴。彼女は、遂にこの決闘を覆う闇に気がついた。いや、気づきつつあった。
(そういえばこの決闘、のっけから何かがおかしかった気がする。何?違和感の正体は何?)
 『違和感』。そんなもの、あるとすれば1つだけ。ディムズディルの、あり得ないぐらいの沈黙。
(もし、あれが単なる悪ふざけじゃないとすれば、本当に今辛いのなら、だとしたら何がある?)

「わしはメインフェイズ2に入る。そうじゃのう……はてさてどうするか……1枚伏せるか」
(「ヴァヴェリ主導で決闘をさせる」。これしかない。だとすれば、相当細かいサインプレーをやっている)
 瑞樹は頭をフル回転して考える。時間はあまりない。早く、可及的速やかに真実へ到達せねばならない。
(前もって準備されたものとは思えない。即興で、それも簡単にはばれないサインって……まさか……)
 『まさか』。瞬間、瑞樹が閃いたそのアイディアは、あまりに頭の悪い代物だった。しかし、しかしだった。
(我ながら馬鹿だと思う。だけど、だけどすごくそんな気がする。ものっすごく頭が悪いと思うけど!)

“ヴァヴェリの笑い声”

(そしてディムズディル側のサインは、あのいかにも「私は疲労困憊です」って感じのあの呼吸かしら?)
 瑞貴によって暴かれる対戦相手の内部事情。もっともこの時点では、それがどうしたという話であった。
(なんて図々しい策。だけど、どうする? もうすぐヴァヴェリはターンを終える。私に何が出来る?) 

(違う。そうじゃない。出来るかどうかはやってみないとわからない。あのサインを解読できれば、ディムズディルの動きを100%把握できれば、勝ち目はある。そして、それは私にしかできない。私にならできる。私の、完全記憶をもってすれば!)


【完全記憶参式−『並列調査報告』】
西川瑞貴が類稀な記憶力を持つ事は既に書いた。そして今、彼女はその有効な使い道をまた1つ示そうとしている。それがこの完全記憶参式であった。彼女は相手の言動を記憶し、それを頭の中で上から順に並列する事でそこから違和感を嗅ぎ取り、そして違和感を明確化する。今回、彼女がやったのは『ディムズディルがドロー後息を漏らす瞬間』と『ヴァヴェリが笑う瞬間』である』。この2つを並べる事で、彼女はそこから法則性を見切り『何か』を見つけようとする、否、見つけるのである。もっとも、これをほんの数分で仕上げることはいかに彼女といえど重労働には相違ない。ただでさえ、事後的に調査することを考えたのだ。しかし、彼女はそれをなんとか成し遂げる事に成功する。それは皮肉にも、この試合、彼女は苦戦する事でいつもより鮮明に相手のことを記憶できたからである。常人でも苦戦は記憶に残る。彼女なら尚更、というわけだ。勿論聞き漏らしもあるが、棚から引き出せる情報だけでもそれなりの手がかりにはなった。そして遂に彼女は――「ああ、そういうことね」と思わずため息をつきそうになるのを堪えると同時に、答えを手にした。


西川瑞貴:ハンド4/モンスター0/スペル1(セット)
ディムズディル:ハンド3/モンスター4(羊トークン×4)/スペル1(セット)
斉藤聖:ハンド1/モンスター0/スペル2(セット)
ヴァヴェリ:ハンド1/モンスター2(《異次元の生還者》《霊滅術師 カイクウ》)/スペル3(《次元の裂け目》/《闇次元の解放》/セット)

(モールス信号。それも欧米式のモールス信号。よくよく思い直せば、ディムズディルの息とヴァヴェリの笑いには記号的に見て2パターンがある。モールス信号を送るにはそれで十分。ヴァヴェリは英語圏の人間で、ディムズディルも英語はペラペラだから、欧米式を使うことには合理性がある。そこまでわかれば後は単純。カードの英名の、単語ごとの頭文字を送ってるのね。よくやるわよヴァヴェリも。1人2人分もやるなんて、あの人もいい加減……じゃなかった。相手を褒めてる場合じゃないわ)
 もっとも「よくやる」のは瑞貴も同じである。相当の重労働、はお互い様だ。
(よくよく考えれば、ディムズディルはアタックの相手を、状況をよくわかっていないんじゃないかというシーンがあった気がする。あの時は……そう。ヴァヴェリが指示を口頭で出していた。あまりに自明な状況だったから逆に気がつかなかったけど、ディムズディルが相手を指定する前、当のヴァヴェリが「ヒジリを殴れ」って声に出して言ってたじゃない。本当に、気がついてみれば笑ってしまうぐらいに見えすえているのに、よくも抜け抜けと)

(だけどこれで全部見えた。今ディムズディルが持っているカードは《溶岩魔人ラヴァ・ゴーレム》《D−HERO Bloo-D》《マシュマロン》。伏せが《洗脳解除》。Bloo−Dは、前のターンにも出すタイミングがあったけど、場には分捕れるモンスターがいなかった。1900のままじゃ召喚しても価値があまりないと判断した。加えて、スケープ・ゴートとトーチ・トークンはモンスターゾーンが足りないから共存はできない。スケープ・ゴートとのコンボで『D』使うよりも、トーチと刻印のコンボをまずは優先した、か。辻褄は合うわね。ラヴァが残っているのも、こちらが2体出さなかったから。これで相手の手はガラス張りになった。あとは、こっちの残存戦力次第)

(ヒジリ、ダイレクトで4300、1ターンでたたきだせる?)
(妨害が『0』ならできるわ。だけどそれって無理じゃない?)
(オーケー。風は吹いたわ。それなら、状況を用意できる、かも)

「私のターン、ドロー。カードを2枚伏せるわ。手札から《N・グラン・モール》を通常召喚。バトルフェイズ。モゲラのドリルで、ヴァヴェリの、《異次元からの生還者》とモゲラ自身を手札に戻す」
「メインフェイズ2。私はカードを2枚伏せる。ターンエンドよ」

「僕のターン、ドロー……はぁ、はっはっ……はぁ……」
 息を聞き取るのは骨が折れるが、サインとして送る以上は少々露骨。加えて、瑞貴が着目するのはむしろリズム。モールス信号は、結局の所「短い」と「長い」の組み合わせに過ぎない。
(長音短音短音、ツートントン。更に長音一個でD・T。D・Tってなんだっけ。え〜っと、えーっと……あ、わかった。『D』ust 『T』ornadoだわ。別にあってもおかしくないカード。この勝負は貰ったわ)
「トークンを3体生贄に捧げ、《D−HERO Bloo−D》を特殊召喚する!」
「リバース罠発動! 《奈落の落とし穴》! さっさと異次元にいってもらうわ!」
 瑞貴は事前の読みどおりに最強の『D』を封じる。これで、ディムズディルは終わった。
「カードを1枚伏せて……ターンエンド」 ディムズディルに手はない。後はやりたい放題だ。

「そこよ! 《サイクロン》!」 瑞貴は、仕掛けをうった。
「エンドサイクというわけか! 小癪なマネをしよる!」
「そうよ。私は、ヴァヴェリ(・・・・・)の伏せカードを破壊する!」
「なんとぉ! わしの伏せカードを破壊するじゃと?」
(万が一《和睦の使者》だったら不味い。ここで、切る)

「ヒジリちゃんのターン、ドロー……(いいのよね。ミズキ!)」
(オーケーよ。貴方の一撃、遠慮なく見舞ってきなさい!)
「いよっしゃあ! 遂に、遂に私の時代がきたのよ!」
 今までが自分の時代でなかったことは自認していたようだ。
「ゾークの効果発動! サイコロを振る! 神様はここにいるわ!」
(これで6でもでたら潔く諦める。だけど、神様がいるのなら……)
「やったわ4よ! 《霊滅術師 カイクウ》を破壊するわ!」
(神様がいた? これなら、これならいけるかもしれない!)
「それじゃあいっくわよぉ。リバース罠オープン! 《凡人の逆襲》

《凡人の逆襲》
通常罠
墓地の通常モンスターを任意の枚数除外。除外された通常モンスター1枚につき、対象となったモンスターは以下の効果を得る。
レベル1・2:攻撃力が800ポイントアップする
レベル3・4:豆腐の角に相手の頭をぶつける
レベル5・6:相手の頭の上に金ダライを落とす
(※このテキストは半永久的に開発中のものであり現実のものとは多少異なります)

「見たあ? これでゾークの攻撃力は4300まで跳ね上がるわ! これで……」
(ディムズディルの伏せカードに防御能力は無い。ヴァヴェリの伏せカードは私が破壊した。そしてヴァヴェリの場はがら空き。ダイレクトアタックが決まる。完璧な再逆転劇。これで……これでやっと、私は……)

「家の奥行きは私の記憶力を指し、入り口は私の視野の広さを指している。私の記憶力は『無限』でも、私の情報収集能力は……視界は『有限』。そういうことね!私の……私の精神的な視野狭窄が敗因だと」
「おめでとう。百点満点だ」


ヒジリ駄目ぇ!

「え!?」 突然の大声、驚いたのはヒジリだけではない。皆が驚いた。
「ディムズディル。あなた……あなたって人は……このぉ……」
 瑞貴は、腹の底から声を搾り出すかのように、呻いた。

偽のサインをヴァヴェリに!

「おめでとう。百点満点……だ」 ディムズディルは、かすれ声でそう言った。
 瑞貴はまた目の前が真っ暗になったが、しかしそれでも、今度は己を保っていた。
「また同じ過ちを犯すところだったわ。過去の自分に、過去の情報にばかり気を取られて」

「どういうことだ? あいつら、いったい何をやっていたっていうんだ?」
「知るか。だが、この試合あいつらが『異常』だったのは確かだろうな」
「こうなると英語で喋ってるのが厄介だな。つーか日本語で喋れよな」

「フォ? ディムズディル。まさかおんし……なるほどのぉ。敵を欺くには、か」
「貴方は私があのサイン交換を見抜いてその裏を取る、その際の隙を狙ったんだわ」
(ハハ……成長したじゃないかミス・ミズキ。あーあ。まいったなぁ。これからどうするか)

―決闘開始前―

「さぁ、ヴァヴェリ、次の1勝を勝ち取りに行こうじゃないか」
 ディムズディルの一言は、ストラにとっては根耳に水だった。
「おいおい。なんでお前が出るんだよ。大将はおまえだろ」
「そんな理屈は知らないな。客も裏コナミを見たがっている」
「つってもよぉ。俺は嫌だぜ。日のあたるでかい場面なんてな」

「ヴァヴェリ、デッキを借りるぞ。僕のデッキはちょっと血に塗れすぎて使い物にならないんだ」
 ディムズディルはストラを無視してヴァヴェリに向き直った。今度はヴァヴェリが根耳に水。
「ふぉ? 別に構わんが、おんしいったい何をやっとったんじゃ? よくもまた暴れよる」
「天気がちょっと悪かった。晴れ時々ダイナマイト。ん? これは【ゴーレム】か。これがいいな」

(西川瑞樹か。あれ以来だな。あれから成長したか、それとも現状維持か、それは今から……)
 ディムズディルとヴァヴェリは西川瑞樹と斎藤聖の前に立った。ディムズディルは、朝のやりとりで体調が100%ではなかったものの、なんとか乗り切れると判断してこの戦場に足を進める。もっとも、この3戦目にして出てきたのは、ギャラリーの期待に応えたいと考える一方で、今は己がトリを務めるのにふさわしくないと考えていたからでもあった。決闘開始の宣言。しかし、ここで一つ誤算。彼は知る。トリはおろか、この3戦目すら「ふさわしくない」ことを、彼は知ることになる。どこで何を間違えた――?

(なんだ? この身体の痺れ。多少の深手を負ったとはいえ、あれからなんとか持たせていたはず。応急処置は済ませたし、睡眠もとった。なんだ? ピラミスの怨念か、“あのお方”とやらの作為か?)
 それにしては遅行性。「まさか電柱に登ったからでもあるまいに」と、ジョークを飛ばす余裕もなくなってきた。目の前では西川瑞樹が何か喋っている。しかし彼から発せられるのは声ではなく嫌な汗。
(他に考えられるのはアーミタイルが光った時か? つくづく失態の多い日だ。だが、ここで弱みを見せるわけにはいかない。だが、どうする? どうすればこの場を切り抜けられる?)
 周りを囲むは罵声の嵐。この状況、誰かが自分を狙っている。隙を見せたら殺られるのは必定。それ以前に、目の前の西川瑞樹をどうにかしなければならない。しかし、ダメージは深まるばかりで一向に引かないという最悪な状況。頭の冴えも鈍る一方。しかし、しかしそれでもディムズディルは笑えるほどにディムズディルであった。ほとんど頭が働かない状況下、ほとんど直観的に打開策を導き出す。

「ヴァヴェリ、盤面は任せた」

 ディムズディルの切り替えは異常なまでに早かった。何もできないのなら何もしない。それこそ本当に何もしない。極力、そう、力の限り何もしない。全力をもって何もしない。ヴァヴェリに盤面を預け、自らは朦朧とした意識の中状況を整理、己の体調及び状況を把握することに残りの力を注ぎこむ。ヴァヴェリは実力者であると同時に長期戦を得意とする。そして、西川瑞樹もまた短期決戦型に非ず。ならばこそ、この不作為の作為が苦肉の策であると同時に最善手であることをディムズディルは瞬時に直感した。彼が「実戦担当」と呼ばれるのはただ強いからではない。窮地にて、誰よりもしぶとく、誰よりも往生際が悪く、ここぞというとき、踏みとどまらねばならぬとき、死地に直面したとき、ゴキブリの如く何が何でも生き残り最終的には勝利をもつかむ……そう、彼特有の異様なまでの反骨心、抵抗力、勝負強さにこそ「実戦担当」の本質があった。人生足掻いて結構――。それが彼の決闘であり、だからこそ彼は今まで生き残ってこれたのだ。死地への経験則が、直感の速度を底上げする。
(考えろ。考えるんだ。状況を打開し、身体を立て直し、ついでに勝利をも掴む。そんな都合のいい一手二手三手を棺桶に片足つっこんででも考えるんだ。“下手人”が誰であろうが、借りは返す。必ず……)

そして今、足掻きの成果が盤面に現れる――

――――

「本当に、失礼しちゃうわ。私はずっと貴方の幻影と闘わされていた。それで、遂に実体を付き止めたと思ったら、直前でするりと逃げる。もっと早く気がつけていれば、もっと……」
 直前でなんとか気がつけたものの瑞貴は悔しそうだった。
何故なら、それこそ直前だったからである。直前までの、無駄な動き。それだけでも、かなりの損失。
「なんとか言いなさいよディムズディル! 聞こえているんでしょ!」

(ああ、聞こえているさ。体力は2割がた回復した。痺れの原因もうまいことつきとめた。地震といいアレといい、よくよく僕は人の恨みか何かを買っているらしい。おかげで、聞こえてはいるさ)
「今日は暑い日だ」 「どんなに暑くても、足元に血が滴ったりはしないでしょ」
「たいしたことはないさ」 「たいしたことがないのなら、普通に戦いなさい」
「できればやってる」 「そんなにボロボロなら試合場に出てこなければいいのに」
「“なんとかする”がモットーなんだ。ヴァヴェリはよくやってくれた」 「あなたって人は」

「膠着したみたいやな。ヒジリが一発ブン殴って勝てる状況じゃないということだけは伝わったで」
「これからどうなるか、か。お互いがギリギリだ。1つのミスが勝負を分ける。よくここまで来たもんだ」
「とぎれとぎれだが、大体把握した。ヒジリの戦いは情報戦だったらしい。だが、これからどうなる?」

(どうする? ここまで引っ張られてすかされて、私にはもう何も残っていない。起死回生の策? そんなものはどこにもない。ディムズディルの顔つきは試合開始直後よりは良くなっている。どうすれば?)
 ここまで来るのに満身創痍の西川瑞樹。疲労はピーク。戦力は減少。おまけにろくな策もなし。
(さてどうするか。窮余の策は全て破られた。知らない間にミス・ミズキも成長したものだ)
 もっとも、動きづらいのはこちらも同じ。「知らない間に成長した」とディムズディルは言ったが、実際に成長したのはディムズディルと向き合っていたあの時間。ディムズディルが己の肉体相手に悪戦苦闘する間、彼女は「ディムズディル」という壁を相手に己の精神と戦っていた。ディムズディルは、直前で踏みとどまった彼女を評価すると同時に、簡単には動けないことを悟っていた。
(フォッフォッフォ。空気が凍りついとる。つくづくこの国にきてよかったわい。こうも異様な勝負を何度も味わえ、こうも楽しめるとは。じゃが今、本当に必要なのは……)
 混戦に次ぐ混戦により、場は、一撃必殺の状況であると同時に停滞していた。3人は、こう思った。

(この勝負、『決め手』がないな……)

 ディムズディルは、この試合初めてとなるカードの切りあいへ向け無駄に疲れた頭を再起動するが、どうも調子が今一つ上がらない。やはりダメージは残っている。とはいえ、瑞樹やヴァヴェリもまた疲労していた。2人分の働きをした彼らもまた通常以上の疲労を強いられていたのだ。停滞、そして、停滞。
(どうしよう。ディムズディルのことだから、更に策を仕込んでいる可能性もある。んーん。それだけじゃないわ。大胆さの塊のようなあの男のことだから、下手すると、私が踏みとどまったのを見てから策をでっちあげてた可能性だってゼロじゃない。でも……ディムズディルはあの時「100点満点」だって言った。ディムズディルは、そういうところで嘘をつくような人間じゃない? だとしても、どこからどこまでが仕掛けで、どこからどこまでがリアルか、この場で判別するための確かな材料は見当たらない。下手に動けば、必ず裏を取られて潰される。動けない。動きようが、ない。それでも、それでもどうにかしなくちゃならない)
(不味いな。借り物のデッキの中にあと何が眠っているのかも曖昧になってきた。試合前一応さらっと覚えたんだが、色々ある内に記憶が曖昧になってきた。この状況、仮に上手いこと長引かせたところで、一番ボロを出しそうなのは僕なのではないか? いや、己の無力はこの際しかたない。その上でなにか起死回生の一手を考える。いや、思いつかないなら思いつかないなりになんとかするしかない)
(どうすればこの気まずい状況をなんとかできる? 思わず叫んじゃったけど、なんかそのまま停滞しちゃった所為か、私がこの沈黙を作った犯人みたいでなんか気まずいっていうかなんていうか。あ、そういえば今日はスカパーで『DV天使モロヘイヤー』を見る日だった。先週の予告で、バリカン天使とチェーンソー天使が血反吐を吐きながら三回宙ひねりをやってエレメンタルストッキングを果たしたシーンがすっごい気になるってかそんなことを考えている場合じゃないんだってば)
(駄目だ。やはり意識がまだ朦朧とする。特に左腕がなんか痛い。決闘盤つけてるから尚痛い。誰だ? この僕の大事な左腕をこんな風にしたのは。極めて温厚で人がよく人類愛に溢れたこの僕ではあるが、流石にこの痛みは許しがたいな。“あのお方”だかなんだか知らないが、どこの誰だか知らないが―だいたい3人ぐらいに絞られてはいるんだが―次に会ったら殺そう。生まれてきたことを後悔する程度に痛めつけた上で殺そう。この左腕の仇は必ずうつってかそんな余所事を考えている場合ではないのだ)

 停滞に次ぐ停滞。しかしてしヴァヴェリ。彼はこの時、何を思ったかこう言い放った。
「好きにせいディムズディル。乗りかかった船じゃ。沈むまでつきあってやるわい」
 ヴァヴェリの度量。電獣はあらゆるものを吸収すると同時に、受け皿ともなる。
「わしは今日十分魅せたつもりじゃ。わしは見てみたい。これからおんしがどうするか」
 ヴァヴェリは知っていた。この男のペースは、他人をも振り回す。今、ディムズディルはここまで戦ってくれたヴァヴェリに気を使っている。だが、停滞を吹き飛ばすのに必要なのは全てを振り回し、吹き飛ばす嵐。そして今、大地に吹く風こそをヴァヴェリは望んだのだ。
「毒を食らわば皿まで。じゃがわしは見届けきってみせる。より強くなってみせる。遠慮なく吹きとばせ!」

「Danke Schon.」 ディムズディルは今日の功労者に軽く礼を言うと、一歩前に出た。
「西川瑞貴!」 日本語だった。それも、今日の彼の中で最も大きな声であった。

この場で1対1の果し合いを申し込む!

「好きにしろといったら本当に好きにしおった。まったく、どこまでも面白いやつじゃわい」
「はぁ? 何言ってるのあんた……」 聖が言うまでもなく、確かに迷言珍言動。
「はぁ……はぁ……どうする? 受けて立つか? 立てるか?」
 息も絶え絶えな筈のディムズディルだが、そこには心なしか生気が宿っていた。
(ここで果てるのも悪くないかもしれない――) 黒い顔が、にわかに覗く――
「受けろミズキ。相手は半死人だ。受ければ勝てる」 森勇一は“受けろ”と言った。
「ねぇショウ。あんただったらこの申し出、どう捌くつもり?」 皐月は、翔に問う。
「仕事でやってんなら100%受けない。趣味でやってるなら……今なら受ける」
「それって……受けたら負けるかもってこと?」 
「あいつを追い詰めるほどに、こっちが追い詰められる気がするんだよな」

「私は……」 そうこうしている内に瑞貴が口を開いた。大勢が、その口に注目する。
「受けないわ。折角のタッグバトルなんだから、最後までタッグバトルをやりましょ、ね」
 “受けない”という結論。しかしそこに怯えや逃げの表情はない。瑞貴なりの、結論。
「……」 この試合、いや、出会ってからこの局面に至るまでで、初めて瑞貴はディムズディルに一矢を報いたのかもしれない。終始翻弄されてきた瑞貴だったが、ここにきての粘り腰。ディムズディルはヴァヴェリに目配せをした。「出番だぞ」と。ヴァヴェリは重い腰をあげ、再び臨戦態勢に入った。
「わしがでる以上、途中で倒れたら叩き起こすぞこのたわけが。わかっとるな」
 粘り腰ならこちらも同じ。正確には「往生際が悪い」と言うがそれも人生。
「大丈夫だ。多くともあと1〜2周は持つ」 「少なくとも、と言え馬鹿者が」
「こういうところでこういう相手に勝つから勝負は楽しい」 「同感じゃな」

「ミズキは受けなかったか。これでまたふりだし。勝負の行方は混沌としてきたな」
「受けなかった……ってことはこの勝負、ミズキにも勝ち目があるってこと?」
 『混沌』『勝機』。乱れ飛ぶ乱戦速報。しかしその男、新藤翔は冷ややかだった。
「そんなもんわかりきってるだろ。デュエルがニューゲーム(ふりだし)に戻った時点でな」
「え?」
「なに?」
「なんでや?」
「このやり取りについていけなかった、“行き遅れの女”がいるだろ……」

(えぇーっとぉ。兎に角再開ってことでぇ。あれがああなってああだから……よしわかった!)
 その瞬間はわりとあっさり訪れた。ここまでの二転三転で、疲労困憊の瑞貴に止める術は無く。
「ヴァヴェリお爺ちゃんに、強化されたゾークでダイレクトアターーーーーーーーーーック!」
 ディムズディルは―彼にしては珍しく一瞬呆気に取られていたが―1枚のカードをひっくり返した。

【団体戦第3戦(タッグデュエル)】
●西川瑞貴&斉藤聖VSディムズディル=グレイマン&ヴァヴェリ=ヴェドウィン○


「前回は試合勝って勝負に負けた。今回は試合に負けて……」
 黒星がついたものの、西川瑞貴の表情はどこかやわらかかった。
「前回の借りを言うなら、この勝負は……」 ディムズディルが何か言いかけるが、瑞貴はそれを遮る。
「勝負の方も私の負けね。ほとんど何もできなかった人間相手に、ここまで好き勝手されたんだから」
 彼女の戦いは、ある意味で『幻影』との闘いであった。彼女は目の前の、紛うことなきな『実体』に言う。
「だけど次はわからないわよ」 「フォッフォッフォ。ディムズディルよ。よいガールフレンドじゃのぉ」
 彼女は敗北を認めることで線を引いた。この線よりは後ろへ下るまいという、一本の線を。
「だから、今度やるときはちゃんと体調戻してね。今の貴方なんかが相手なら次はぜぇったい負けないんだから。二度手間は嫌よ。どうせリベンジするなら、一番強い貴方に勝ちたいわ」

「流石だな」
「ヴァヴェリに言えよストラ。僕は何もしていない。目の前の娘を眺めていただけだ」
「それで?」
「美人だった」
「そりゃ結構」
「あとは任せる」
「オーライ。さっさと寝てな。帰り道には気をつけろよ(・・・・・・・・・・・)
「今日、これ以上失態を重ねるつもりはないさ……」
「あぁん? その手にもってんのはなんだ? 針?」
「ドサクサ紛れのプレゼント。渡し主には、帰り道に出会うかもな」
「大丈夫なのか?」 「たぶんな」 「じゃあさっさと帰れ」 「ばいばい」
 “何もできなかった男”はどこまでも足掻き続けることで勝利を掴んだ。“耄碌していた老人”は流転する状況に自ら立ち会うことで経験を積んだ。“振り回されていた女”は再び壁にぶつかることで成長を掴んだ。三者三様、必死さは収穫を生む。一方……。

「さ、帰るか。今ならボンバーマンジェッターズの再放送に間に合う。残り2戦、もし勝ったら分け前な」
 一方、同じく帰路へ一直線な男2人。彼らは、『彼女』を光の速さで無視して通り過ぎていった。
「あれ? あれ? なんで……あれ? あれれれ? あたしってなんか……不味いこと、しちゃった?」
「まったく……」 新堂翔は帰り際、一言捨て台詞を残した。本当に、ゴミ箱に捨てるような台詞だった。

この俺としたことが、かける言葉一つ見つからねぇ……


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
モールス信号とかほざく無茶以前の問題として、タッグデュエルを1話でやることそれ自体に血を吐きました。1話1テーマの古典原則にのっとり1話に収めましたが、あまりの面倒くささに途中で軽く発狂しそうになりました。あと、「UNOって言い忘れた話」に匹敵するほどどうでもいい余談ですが、モールス信号の元ネタは、感想掲示板でのナタスさんなるギアファイターの発言。あの投稿を見た瞬間「あ、モールス信号は使えるな」と歯車が噛み合っちゃいました。この作品をナタスさんという人に捧げます。もう2度とやらないぞこんなマゾい話。


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。


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