「その喧嘩、僕も混ぜてくれ。と、いうよりはさっさと混ぜろ」
「君らが暴れ過ぎた所為で、この店はもう滅茶苦茶だ」
「そこら辺に転がっている、強盗に金をやった方がまだマシだ」
彼は、喧嘩に介入した。今現在、立って喧嘩をやっていたのはたったの2人。その他は既に終わっていた。2人の名は、瀬戸川千鳥とベルク=ディオマース。
1人は女。女の癖してやたら強い。理不尽に強い。だが、男の方も相当なもの。戦いは膠着していた。そんな時、彼は介入した。
「貴様、何のつもりだ。死にたいのか!」
「五月蝿ぇんだよ。入りたかったら黙って入りやがれ!」
最初は、何らかの理由で悪党を懲らしめていた筈の2人。しかし、何時の間にやら対立。結局、今最も傍迷惑な戦いを演じていたこの2人。喧嘩なら外でやれ、と。
「僕のワインが、流れ身を喰らって吹っ飛んだんだ。いい値がつくんだよ、アレは!」
恨み辛みを述べる男は、しかし楽しそうだった。恨みがあるとは思えない程に。
――10分経過
「病院行かないとな。久々に痛い目に遭った。本当に痛い。死にそうだ」
その男、ディムズディルはボロボロだった。既に死に掛け、倒れんばかり。
「悪いな。昔、クソ手強い女がいた所為で、女を殴るのに慣れてしまったんだ」
だが、千鳥とベルクは現実に倒れていた。上手いこと、カウンターが数発。
「当然、野郎には最初から、容赦無しの一択だ。でなければ殺されている」
強いといえば間違いなく強い。だがこの男、立ち回りもまた上手い。
(三つ巴の乱戦の中、『機』を活かしきったのか。この灰色は、何者だ?)
単純な戦闘能力だけを見れば2人の方が上かもしれない。だが……
(1対1なら、体力が万全なら勝てる……そう言い切らせない雰囲気がある)
「てめぇ、名はなんだ。華奢だと思って油断した。後でもう一回勝負しやがれ」
「ディムズディル。だが、どうせならカードゲームの方がいいな。病院いらずだ」
半分嘘。彼は、生涯において数度、決闘で病院の世話になったことがある。
「なら……我と勝負だ。お望みどおり、カードでな」
ふらつきつつも千鳥が立ち上がる。瀬戸川流の意地にかけて。
「まだ立つか。だが、僕は喧嘩より、決闘の方がむしろ得意だ」
「瀬戸川千鳥。この決闘。我が勝つ。勝たねばならん!」
(病院行ってからにしたいんだが、相手が瀬戸川と聞いては、な!)
「勝負の前に一応聞くとしようか。貴様、“瀬戸川刃”を知っているか」
(知ってるも何も……)「知らんな。そんな名は、聞いたことがない!」
ぶつかり合う2人。ベルクは、それを横目で見ながら、ぼそりと呟いた。
「てめぇら。俺を無視して話を進めんじゃねぇよ……ったく」
彼の手には、36枚のカードが握られていた。丁度、切らしていた。
はぐれ万屋コンビ:8300LP
武戦殺法:6550LP
「チッ、下手糞め。会った時から、アイツはずっと下手糞だ」
ベルクのスタンバイフェイズ、ドグマガイの効果“Life
Absoluto”が発動。LP差が、逆転。
「悪いな旦那。どうやら、そこのお嬢はもう駄目みたいだぜ。ガキはお寝んねの時間だ」
桜庭遥がベルクに冷や水をぶっかける。遥は流れが変わったことを確信していた。
(翔がウイルスを喰らっちまったもんの、流れはこっちだ。一気に畳みかかけるチャンス)
だが、彼は知らなかった。今から彼を襲うであろう、圧倒的な苦境をまだ知らなった。
「グワァーッハッハッハッハッハッハッ!」
(なにぃ!? コイツ、トチ狂いやがったか!?)
ベルクは正気だった。彼は正気のまま、己の脳にスイッチを入れた。
「コノ程度デ俺達ニ勝テルツモリナラァァア! テメェハヤッパリ糞猿ダァァァア!」
ベルクは大きく反り返り、全身に酸素を滲ませる。何かが、明らかに今までとは違う。
「いいぜぇ。喰らってやるよイエロー・モンキー。丸ごとなァ!!!!!!!!!!!!」
(なんだぁこいつ。表情が、いや違う! 全身の色が、筋肉の張り具合が変わった!?)
「吹き飛びやがれェェェッ! ヘェビィィィィィッ・ストォォォォォォッム!」
ベルクの色が変わった。露出した右腕が、まるでハンマーのように黒光りしている。
「チッ、カウンター罠《魔宮の賄賂》発動。悪いな。こっちもこれで結構必死なんだよ!」
無防備な状態を晒し、タコ殴りにされるのを防ぐべく、ハルカは必死になって守る。だが、ベルクの攻撃は止まらない。止まりようが無い。何をやっても止まらない。止まるわけがない。
「《貪欲な壷》を発動! 《巨大ネズミ》《ハイパーハンマーヘッド》《サイバーフェニックス》《ピラミッドタートル》《キラートマト》をデッキに喰らわせ2枚ドロー! フォー・カードだ! 出ろ! 《プロミネンス・ドラゴン》! 忍び入れろ! 《強制転移》! 《グレイブ・スクワーマ》と《光神機−桜火》のコントロールを交換! 行くぜぇッ! バトルだ! 交換した2体を正面衝突させるぅ! 死にやがれぇっ!」
「リバース! 《次元幽閉》だ! 《光神機−桜火》をゲームから除外する!」
「そこだぁ! 《プロミネンス・ドラゴン》! 《グレイブ・スクワーマ》を食い破れ!」
はぐれ万屋コンビ:6800LP
武戦殺法:6550LP
「くっ、やりたい放題やりやがって。だが正気か!? この瞬間、《グレイブ・スクワーマ》の効果が発動するが、俺の場にカードはないぜ! 損をするのはお前の方だ!」
「俺はぁっ! 《黄金の邪神像》を破壊するゥゥゥッ! 出やがれ! 邪神トークン!」
「そんなもんまで入れてたのかよっ! てめぇのデッキは十得ナイフか!」
「バトル続行! 邪神トークンでダイレクトアタック! ブン殴れェッ!」
はぐれ万屋コンビ:5800LP
武戦殺法:6550LP
「カードを1枚セット! エンドフェイズだ! 《プロミネンス・ドラゴン》の効果発動!」
(この期に及んで更に火力か! いい加減にしやがれよ! この野郎!)
はぐれ万屋コンビ:5300LP
武戦殺法:6550LP
ベルクの、容赦のない攻撃が桜庭遥を襲う。桜庭遥は今、ガード越しに鉄のハンマーでぶっ叩かれるような気分に陥っていた。ガード不能の骨砕き。止める術は、ない。本当に、ない。
(なんだよこいつ、クソ強ぇじゃねぇか。ライフ半減すら屁とも思ってねぇ。攻めに次ぐ攻め。なんって強引な野郎だ。こいつの攻め一辺倒は、どうにもこうにも止めようがねぇ。土台、こいつの攻めには迷いがない! こいつは、死神とチークダンスでも踊ってるってか?)
「やっと全身に、特に、頭に血が上ったようだな。これで、少しは面白くなるぜ」
「ふぅん……って、頭に血が上ったら不味いんじゃないの? ダル……」
「いぃやエリー。アイツは生来的な喧嘩屋だ。喧嘩ってのは、下手すりゃ一瞬で決着が付く。当然、全神経を集中、身体能力を限界まで酷使するのが日常だったわけだ。だからかな。奴の場合は、例え斬り合い撃ち合い殴り合いをやらない勝負でも、ああなってた方が調子でるんだとよ。アイツの“パンプアップ”は、エンジンがかかった証拠だ。アイツは、あのぐらいが丁度いいのさ」
「丁度いい?」
「アイツは昔、闘いの中で拳銃の弾を避けきったことすらある。その感覚がようやく目覚めてきたな」
「拳銃の弾を避けるのと、決闘で勝つのになんか関係あるの? 決闘にはスピード関係ないよ」
「大有りだ。そもそも、ハジキの弾を避けるのにもっとも必要な能力はスピードじゃない。直観力だ。自分が撃たれる、1秒後の未来を反射的に導き出してギリギリで避ける。この神業をやってのけるには、論理を超えた、異常なまでに研ぎ澄まされた集中力が必要だ。そして奴は、その感覚を、文字通り実戦で研ぎ澄ませてきた。命を取られるか取られないかの一瞬に物をいう判断力。言うなれば、死を感知する能力」
「決闘の勝敗も一瞬の判断ミスで決まる。それを、ギリギリで回避する直観力……ってこと?」
「そういうこった。アイツは決闘においても、ハジキを向けられた時同様、死の一瞬を直感することができる。それがアイツのデュエル、【血痕注意報(ブラッド・ウォーニング)】だ。つっても、普通の決闘じゃそうそう感覚が研ぎ澄まされないからな。その辺が、アイツのスロースターターたる所以さ。実際、俺の知る限りでは、アイツが最初からMAXだったのは、ディムズディルとやりあう時ぐらいだったか。そんなわけもあって、アイツはどうでもいい決闘をよくサボるってわけだ。生き方が過激だった所為で、ふり幅が大きいんだな。で、今回はなんでか知らんが―まぁ、大方、相手が図にのってんのが気に食わねぇんだろうが―、どうやら調子があがってきたようだ。こうなると、アイツの決闘は強いぜ」
(ちっ、なんだなんだ。あの野郎がさっきよりもでかく見えるぜ。血を身体中に送り込んだ所為か? なんにしても、このプレッシャーは馬鹿げてるな。この俺としたことが、汗が止まらねぇ。全く、俺はとんでもない相手の、安請け合いをしちまったようだな。だが、俺もこれで結構な負けず嫌いなんだよ。負けっぱなしは性にあわねえんだよ。お前らに恨みはないが、トコトンやらせてもらうぜ!)
桜庭遥は退かなかった。エリー戦で負けたままの自分を軽く流すほど、彼は温くなかった。
「俺のターン、ドロー! 無駄に勢いづきやがって! だったらこいつはどうだ!」
ハルカは遂に1枚のカードを切る。それは、今まで温存してきた最強のアタッカー。機は、熟したのだ。
「手札から《ムドラ》を通常召喚! 墓地には天使族が6体! 攻撃力は2700だ! バトルフェイズ……」
意気上がる遥。だが、ベルクは既にこのビジョンを肌で感じていた。最悪の展開が遥を襲う。
「かかったな! 《死のデッキ破壊ウイルス》を発動! おい千鳥ィ! ウイルスはこうやって使うんだよ!」
(おいおい、マジかよ。チャンス、本当に転がってんのか? 三日天下にも程があるだろっての)
通常召喚の権利は既に使ってしまった。遥の場は、再びがら空き。殴られ放題。死の香り。
「不味いわ。ダブルウイルス。手の内が完全に読まれる。それに、アタッカーも……」
「きっついでぇ。万事休すやな。後はショウが、ドグマガイでどんだけ引っ張れるかやが……」
―ショウVS千鳥(ウイルス2ターン目)―
押し込まれつつある遥を横目に、翔は千鳥を翻弄していた。
(ハルカ、押されてるな。やはり一筋縄で行く相手ではなかったか。だが、その分こっちで叩く)
新堂翔は、一向に動きを見せない瀬戸川千鳥を見守っていた。彼女はピクリとも動かない。
(はめたつもりがはめられた、ショックがでかいか。まぁ、このまま潰れてくれればラッキーなんだ、が)
瀬戸川千鳥は“Life
Absolute”以来ずっと無言だった。まるで、自責の念にかられたかのように。
(我は決闘者、我は闘う者、我は札を操る者、我は決闘の伝道者、我は……)
―5年前―
「刃お兄様! 何故です! 何故こんな馬鹿げたことを!」
カードが散らばっていた。いや、それ以上に、人間が散らばっていた。その誰もが、斬撃による傷を負っていた。そしてその中央には、1人の男が立っていた。瀬戸川流決闘術の正統後継者にして、瀬戸川家史上最高の天才とまで謳われた男。そこには、1枚のカードを携えた、1人の男が立っていた。
「ああ、千鳥か。後継者の座はお前にくれてやるよ。もっとも、ここから立て直せればの話だが」
「お兄様! 今すぐお止めになってください! 今からでも詫びれば! 軟禁程度の罪で……」
千鳥は泣いていた。尊敬する兄に、どんな形であれ元の鞘に収まって欲しかった。だが!
「なぁ千鳥、1つだけ忠告しておこうか。その発想が既に微温いっ!」
一瞬だった。千鳥の頬から、一筋の血。それは、やはり斬撃による切り傷だった。だが、彼の手に刀剣の類は握られていない。あるのは、たった1枚のカードのみ。そう、カード1枚ですら、この天才にとっては凶器となり得る。決闘者としての、類稀なる資質がそうさせるのだ。
「瀬戸川流決闘術奥義『駿閃札』。所詮この程度だ。この里の人間は、この俺の、《ワイト》1枚の前に敗れ去った。奴らはこのカードから、スリーブを剥がすことすら出来なかった。そんな、“凡才の集会場”に一体何の意義がある。お前も知っている筈だ。決闘を極めんと修行に明け暮れたにも関らず、たった1人の決闘者に遅れをとった師範代達のことを。『決闘豪帝(バスター・エンペラー)』、奴の様な強者が世界にはゴロゴロしている。だからこそ、俺は世界に出る」
「しかし! ならば! 瀬戸川流を壊滅寸前にまで追い込む理由はない筈! 何故こんなことを!」
「愚問だな。俺は勝手に出て行こうとした。奴らは、後継者だからという理由で俺を止めた。それだけだ」
ガキィィィン!
「くっ!」
「瀬戸川流決闘術奥義『黄昏の晩歌』。だが無駄なこと。お前の盤は軽い」
決闘盤で殴りかかる千鳥。だが、同じく決闘盤でそれを受け止める刃。
「瀬戸川流決闘術奥義『盤鋼陣』。瀬戸川流決闘術の極意は、決闘盤を武器として扱う事は勿論のこと、防具として鉄壁の守りを敷くところにある。そして! 決闘盤に収められた束! これをぉ!」
決闘盤同士がぶつかりあうその刹那。刃は、決闘盤からカードを1枚引き抜いた。抜札!
「なっ……」
駿速の一撃。千鳥が斬られる。圧倒的な札圧。噴出す血液。
「瀬戸川流決闘術奥義『抜札刃』。カード1枚、切れぬものなし。そしてぇ!」
刃は身体を捻ると、戻す勢いで左腕を突き出した。直線を描いて飛ぶ、39枚のカード。
「ぐはっ!」
「瀬戸川流決闘術奥義『飛天宝札』。緊急時においては、デッキそのものが飛び道具と化す……そのデッキは、お前にくれてやるよ。用済みだ。金にもならん。さぁて、そろそろ行くとするか」
「我は……私は……貴方を……許しません。必ず、必ず貴方を……」
朦朧とした意識の中、目に涙を浮かべる千鳥。刃は、去っていった。
(お兄様……何時か……必ず……貴方よりも強くなって……)
――――
「そうだ。我はあの兄上に、いや、あの男に勝たねばならない」
「兄貴? お前には、兄貴がいたのか」
「この世界のどこかに逃げた筈。あの男は……あの男は……」
「恨み辛みか。俺は万屋だ。依頼金次第では……」
「あの男は! 我からの借金を踏み倒したまま出て行ったのだ!」
「はぁ?」
新堂翔は、やや呆れた顔で千鳥を見つめる。
「どこの世界に妹からの、僅かばかりの借金を踏み倒して夜逃げする馬鹿がおる!」
瀬戸川刃。彼は、金のやりくりに関しては、天才には程遠い、遠過ぎる男だった。
「負けん……我は負けん……あの男だけには……」
(そうだ。私はあの、天才と呼ばれた兄を超えるのだ。こんなところで、負けるわけにはいかぬ!)
「さっさとやれ糞女! 何時までも寝てんじゃねぇ! さっさと目覚めやがれ!」
「五月蝿いぞベルク! 貴様こそ、さっさと仕事をこなせ! 蝿が止まるわ!」
業を煮やしたベルクが渇を入れるが、最早その必要もない。彼女の闘志が溢れ出す。
「フフフ……フハハハ……ハーッハッハッハッ! 我は決闘者! 決闘の借りは決闘で返す!」
(チッ、この女。空元気だろ! そうでなければ、真性の馬鹿か!)
状況は翔有利。攻撃力3400のドグマガイが千鳥を睨みつける。だが、千鳥は臆しなかった。
「我のターン、ドロー! 手札から《スナイプストーカー》を通常召喚! 我の手札は3枚。 この内、貴様から押し付けられた役立たず、《D−HEROダガーガイ》を墓地に送り……」
千鳥が跳躍の体勢に入る。馬鹿は馬鹿でも、強い馬鹿!
「《スナイプストーカー》の効果を発動! 賽をふらせて貰うぞ! ふぁっ!」
瀬戸川流決闘術奥義
『賽気煥発』
(賽を振ったか。だが、今の奴は平常心を欠いている。2/3だが、なまじ狙えるだけ、逆に外れる!)
新堂翔の言うとおり、乱れた千鳥のその賽は、空に向けて『1』をの目を向けようとした。だが!
「『2』だぁっ! それ以外は許さんっっっっっ! 『2』を所望するぅぅぅっっっ!」
人の執念は、時に技術を凌駕する。賽の目が、『1』を通過して『2』を向ける。
(おいおい、そりゃないだろ。なんで気合で賽の目が変わるんだよ)
「《D−HERO
ドグマガイ》は破壊されるぅ! 更にぃ! 我は500ライフを支払い《深淵の再生工場》の効果を発動! 墓地の一番上の、《魔装獣チリングワークス》をデッキトップに置くぅっ! 新堂翔よ! 活目するがいい! 我の決闘は不死身だ! ターンエンドォッ! ハーッハッハッハッハッ!」
《深淵の再生工場》 |
(※1ターンに何度も使えるかは調整中)
はぐれ万屋コンビ:5300LP
武戦殺法:5650LP
(結局、直接攻撃は見送り。熱くなったかと思えば、意外に冷静。ゴーズへの注意も怠ってはいない、か)
復調した千鳥を目の当たりにした翔もまた気合を入れ直す。一瞬でも気を抜けば殺られる勝負だ。
「空中で三回転半とはやるじゃないか。俺のターン、ドロー! 引いたのは《D−HERO Bloo-D》だ」
「究極のダークヒーローか! だが、手札で朽ちれば木偶同然! 墓地に送ってもらおうか!」
腐食滅殺。【D-HERO】の旗頭が、一瞬にして朽ち果てていく。翔にとって、苦しい状況が続く。
「オーケー。じゃあメインフェイズだ。《D-HERO
ダイヤモンドガイ》の能力はまだ生きてるぜ。墓地の、《オーバー・デステニー》の効果を発動! 墓地のレベル8、《D−HEROドグマガイ》を選択、レベル4以下の、《D−HERO
ドゥームガイ》をデッキから特殊召喚させてもらおう!」
「貧弱な布陣だな。その程度で、我が布陣を破れると思うか! 新堂翔!」
千鳥が言うように、翔の布陣は薄い。だが、彼は決して退かなかった。丁々発止の攻防が続く。
「ウイルスで手札を見られてしまいました。何が来るか、大方わかっているでしょうね」
と、言いつつ、彼は、千鳥の場を見やると、無茶な戦法に打って出る。
「が、こちらも《エクスチェンジ》のお陰で、貴方様の手札とてガラスのように透けています。十分に、平等……だよな! バトルフェイズに移行! 《D−HEROドゥームガイ》で《スナイプストーカー》に攻撃! 当然の結果として玉砕する。だが、その分次のターンが楽しい事になるぜ。ターンエンドだ」
はぐれ万屋コンビ:4800LP
武戦殺法:5650LP
「ふん! この期に及んで自爆特攻とはいい度胸。だが、ライフは既に5000を切った!」
(ああ、全く手強い連中だよ。嬉しくて涙が出そうだな。さぁ、勝ち目を探すとするか)
窮地に陥りつつも翔は笑っていた。彼は、この手の戦いを待ち望んでいたのかもしれない。
(あの野郎、楽しんでやがるな。ほとんど勝機がねぇってのに、いい心臓してやがるぜ……)
「ダブルウイルスで手札はボロボロ! あいつら強すぎ! ねぇユウイチ、なんか手はないの?」
「不味いな。あっという間にまた差がついた。俺の眼から見てもこの決闘、勝ち目が、ない」
更なる力を力を発揮し、遥を追い詰めるベルクと、底力で盛り返す千鳥。二転三転決闘模様。
「さぁ! 本当の勝負はここからだ! 瀬戸川流の真髄、とくと見せてくれる!」
―ハルカVSベルク(ウイルス2ターン目)―
「うぉぉぉぉおっっっ! くぅぅぅぅぅぅうっっっ!」
(血管が浮かび上がってやがる。まったく、人間と闘ってる気さえしないぜ)
ベルク発狂。その決闘の前には、遥のガードなどゴミに等しかった。殴りぬく。
「俺のターン、ドロォッ! てめぇの残りは《リビングデッドの呼び声》と《スケープゴート》! どっちだろうが知ったことか! 手札から《ピラミッドタートル》を通常召喚! バトルだ!」
「そこだ! 速攻魔法《スケープ・ゴート》を発動! トークンを4体展開する!」
「知るかよぉっ! 《プロミネンス・ドラゴン》! 《ピラミッド・タートル》! 羊の脳髄抉り出せ!」
遥は防戦一方だった。2体の羊が葬られ、ガードの上から、ベルクがハンマーを叩きつける。
「エンドフェイズ! 《プロミネンス・ドラゴン》の効果発動! 500ダメージだ! ターンエンドォッ!」
はぐれ万屋コンビ:4300LP
武戦殺法:5650LP
翔の自爆特攻もあり、4分の1に落ち込むライフ。ベルク相手に、それは最早赤信号。
「俺のターン、ドロー。攻撃力1500以下、《魔導雑貨商人》をドローするぜ! リバース! 《リビングデッドの呼び声》! 墓地から《天空騎士パーシアス》を特殊召喚! もうそいつのバーべーキューは食らい飽きたぜ! 《プロミネンス・ドラゴン》を撃破! 効果により1ドローだ! 引いたのは《聖なる魔術師》! ウイルスには感染しないぜ。俺は手札からモンスターを1体セット。ターンエンドだ」1枚
はぐれ万屋コンビ:4300LP
武戦殺法:5250LP
「しぶとい奴だ。だが、そろそろ終わりにしてやるぜ! サッサト諦メナァ!」
(こんなところで諦めるぐらいなら闘わないんだよ。チャンスはあるさ。多分な!)
―ショウVS千鳥(ウイルス2ターン目)―
「我のターン、ドロー! 手札から《魔装獣チリングワークス》を通常召喚! ダイレクトアタック!」
「随分と、チクチク削るもんだな。一思いに殺して欲しいぐらいなんだ、が」
「ふんっ! 心にもないことをほざくでない! 《魔装獣チリングワークス》の効果発動!」
《魔装獣チリングワークス》 ☆4 悪魔族/闇属性 800/0 このカードは相手プレイヤーを直接攻撃する事ができる。相手プレイヤーに与える戦闘ダメージはこのカードの元々の攻撃力となる。このカードが戦闘ダメージを与えた時、フィールド上に「深淵の再生工場」が存在する場合、 自分は墓地から罠カードを一枚手札に戻してもよい。 |
はぐれ万屋コンビ:3300LP
武戦殺法:5250LP
(選択肢は2つ。《魔宮の賄賂》か《死のデッキ破壊ウイルス》か。後者なら延々とウイルスが奴を襲う。だが、奴のデッキはD−HERO。基本攻撃力が低い上に、さっきのような、《戦士の生還》という抜け道もある。それに、だ。奴の墓地には最上級が既に3体落ちている。Bloo-D等はさっき落ちたばかり。未だウイルスは継続中。ウイルスを拾ったとしても、発動タイミングは後々になるかもしれん)
千鳥は考える。はぐれ万屋コンビの、残りライフを考える。たったの、3300。
(ベルクの攻撃と共に、なるだけ早く、攻め勝つのが正しき姿勢。 となると、あの曲者、新堂翔の“仕掛け”を封じつつ闘うべき、か。ウイルスはまだ生きているのだ。そちらの回収は、次以降でもよい)
「我は、《魔宮の賄賂》を手札に戻す! 文句は無いな!」
「ああ、ないな。だがこっちにも、リターンはあるんだぜ!」
戦闘ダメージをトリガーに、《冥府の使者
ゴーズ》を特殊召喚。もれなくトークンつき。
「そんなものはない! バトルフェイズ続行! 《スナイプストーカー》の攻撃でトークンを撃破! 更に! 《盗賊の七つ道具》を墓地に送り、賽を振る! 『3』だ。《冥府の使者ゴーズ》を破壊する!」
(前回攻撃しなかったのは、要はこういうことだな。回収能力で手札コスト分を確保しつつ、ステータスの低い魔装獣のコピートークンを《スナイプストーカー》で殴って殺し、本命を能力の方で片付けたか。一応、スナイプストーカーに殴られてからゴーズに繋ぐ手もあるにはあったが、手の内が知れている以上、一向に殴ってこない可能性もある。ここはこれでしょうがない。だがこの後は、このまましょうがないで済ませるわけにはいかないな)
「2/3でも結構外れるもんなんだがな。流石だよ。俺のターン、ドロー! 《E・HERO
エアーマン》だ」
翔が引き当てたのはまたしても攻撃力1500以上。完全に、運から見放された翔。
「ウイルス感染で墓地に送られる、か。ついてないな。こういうこともあろうかと、【ベスト8開運術】でもやってりゃよかったかもな。まっ、悪い時ってのはこんなもの。だが! 捨てる神あれば拾う神ありだぜ。スタンバイフェイズ、《封印の黄金櫃》の効果により、俺は《早すぎた埋葬》を手札に加える。そして、もう1つだ! 前のターン、戦闘破壊された《D−HEROドゥームガイ》の効果を発動! 墓地の、《D−HEROディスクガイ》を特殊召喚! デッキからカードを2枚ドロー。《ライトニング・ボルテックス》と《D−HEROドゥームガイ》だ。《D−HERO
ドゥームガイ》を手札コストに 《ライトニング・ボルテックス》を発動!」
「カウンター罠! 《魔宮の賄賂》! その発動は無効だ!」
「まぁ、手札コストを使ってまで発動した大呪文だ。当然そう来るよな。俺はカードを1枚ドロー……」
だが、またしても攻撃力1500以上。元々の打点が低いにもかかわらず、立て続けのバッド・ドロー。最早、呪いとしか思えない程のバッドラック。流石の翔も苦笑い。
「《スナイプストーカー》を墓地に送る。まったく難儀な話だよ。ライフを800支払って《早すぎた埋葬》を発動! 《E・HERO
エアーマン》を場に特殊召喚! 当然効果を発動! デッキから《D−HEROダイヤモンドガイ》を手札に加える。まだだ! 墓地の、《D−HERO
ディアボリックガイ》をゲームから除外! 最後のディアボリックガイをデッキから特殊召喚する! バトルだ! まずは《E・HEROエアーマン》で《スナイプストーカー》を戦闘破壊! そして、お次は《D−HERO
ディアボリックガイ》の出番だ。《魔装獣チリングワークス》に攻撃! 相打ちになってもらうぜ!」
はぐれ万屋コンビ:2500LP
武戦殺法:5250LP
「俺はこのままターンエンドといこうじゃないか。結構、どうにでもなるもんさ」
「この程度で、どうにかなっておるとでも! その台詞、撤回させてみせようか!」
―ハルカVSベルク(3ターン目)―
「行くぜぇ、ドローだ!!」
ベルクの猛威は増すばかり。その姿はまさしく、“ドイツ決闘力発電所”と呼ぶにふさわしい。
「また2択だなぁ! 《魔導雑貨商人》か《聖なる魔術師》か。お前の本性が見えるぜ!」
(本性、か。ろくなもんじゃねぇよ。そう、ろくなもんじゃ……ねぇ!)
「《キラー・トマト》召喚! バトル! 《ピラミッド・タートル》で《天空騎士パーシアス》に攻撃ィ!」
「この期に及んで平然と自爆特攻か! 俺に1枚ドローさせてまで、よくやるぜ!」
「ダガァ! オ前ガ引イタノハ《天空の聖域》、今更ダナ! 保守野郎!
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねぇ! どいつもこいつも死んじまえ!」
「ゾンビになって地を這い蹲れ!《カース・オブ・ヴァンパイア》を特殊召喚!」
「消えろォッ!《天空騎士
パーシアス》撃破! ハーッハッハッハッ!」
はぐれ万屋コンビ:2400LP
武戦殺法:5250LP
「まだまだぁ! 《キラートマト》でセットモンスターに攻撃するぅ! さぁ! 正体を現せ!」
決闘者の、性格が出る局面。ハルカの選択は、ベルクに言わせれば日和っていた。
「《聖なる魔術師》だ。《スケープゴート》を手札に戻し、このカードを墓地に送る」
「ハッ、正体が見えたな! 《魔道雑貨商人》の描く未来を捨て、過去にすがって1秒でも長い時間稼ぎか! それが貴様の限界だ! 死ね! お前は死ねぇえ! 戦場にお前のようなチキンはいらねぇんだよ! 《封印の黄金櫃》を発動! 《無境界大虐殺》をゲームから除外! 2ターン後に飛ばすぅ!」
《 |
(本気でヤバイな。もう、除去もない。どうしようもねぇな。まったくどうしようもねぇ)
遂に、ギリギリまで追い込まれた遥。残りライフは2400。反撃の手段は、ない。
「俺のターン、ドロー。《大嵐》を手札に加える。手札から《天空の聖域》を発動!」
広がる聖域。辛気臭さの塊のようだった、再生工場が姿を消していく。
「カードを1枚セット。モンスターを1体セット。ターンエンドだ」
「おっ、ハルカ。気が利くじゃないか。そろそろあのフィールド魔法がうざかったところだ」
「五月蝿いんだよショウ! いい加減自分の都合だけで決闘すんのやめやがれっ!」
「俺は勝つ為にやってるぜ! なんか文句あるのか!」
「てめぇはホントに日本人か!少しは和を重んじやがれ!」
「あーあー。仲間割れが深刻化しちゃってる。ただでさえキツイのに、このままじゃ……」
「だから私がでるっていったのよ。私がでてれば、あんなやつらコテンパンだったのに!」
―ショウVS千鳥(3ターン目)―
「我のターン、ドロー。《死霊騎士デスカリバーナイト》を通常召喚!」
千鳥の攻撃も激化する。攻撃力1900は、この局面ではかなりの難物。
「勝負! 《E・HERO
エアーマン》を戦闘破壊する。ターンエンド!」
はぐれ万屋コンビ:2300LP
武戦殺法:5250LP
「攻めの手は緩めない、か。流石だな。だが、やられたらやり返すぜ武術屋! 俺のターン、ドロー。《タイムカプセル》を手札に加え、そのままメインフェイズだ。手札から《タイムカプセル》を発動! デッキからカードを1枚除外。更に! デッキから《D−HERO
ダイヤモンドガイ》を通常召喚だ!」
《死霊騎士デスカリバーナイト》の攻撃力は1900。エアーマンの攻撃力を上回るパワー。だが、新堂翔は《エクスチェンジ》で千鳥の手札を一度見ている。既に、最低限の対策は打たれていた。
「特殊効果発動! 当然、《死霊騎士デスカリバーナイト》の生贄により打ち消されるが、殴られるよりはマシだ! ターンエンド。これで、3ターン凌ぎきったな。詰めの甘い奴は、死ぬぜ」
確かに、翔は粘った。遥も粘った。だが、現実問題として残りライフは2300。虫の息。加えて、凌いだからといって状況が好転しているわけではない。未だ、武戦殺法の優勢に変わりはない。
「それはこちらの台詞。ドグマガイで押し切れなかった時点で、お前の敗北は既に決まっている!」
決闘は終盤に近づいていた。2人の思惑が交差する時、勝利の女神は一体どちらの決闘者に対し微笑むか。それは、決闘の女神すらあずかり知らぬ案件だった。
―ハルカVSベルク(3ターン目)―
「俺のターンだぁ! ドロー! 引いたぜ! 《抹殺の使徒》を発動!」
「チッ、俺が伏せたのは《魔道雑貨商人》。ゲームから除外する……」
「それがお前の末路だ! 弱い奴は消えろ! ダブルアタックだ! 羊どもを虐殺ぅ!」
ギリギリのところで凌ぐハルカもまた、ウイルス3ターン目。意地と根性で、守り抜く。
「俺のターン、ドロー。《ライトニング・ボルテックス》だ。《サイクロン》を捨てて、発動!」
起死回生の一発。だが、眼前の相手は、その遥か上を通り過ぎていく。
「かかったなぁ! 死体処理終了後リバース! 速攻魔法《死のバトンリレー》発動!」
《死のバトンリレー》 (速攻魔法) 種族の異なる2体のモンスターが、自分フィールド上から墓地に送られたターンに発動可能。墓地に送られたモンスターとは種族の異なる攻撃力1500以下のモンスターを2体まで特殊召喚する。召喚されたモンスターは生け贄にすることができず、このターン攻撃に参加できない。 |
「攻撃力1500以下の異種族モンスター2体を場に特殊召喚する! 現れろ! サイバァァア・フェニィィィックスゥ! ハイパァァア・ハンマァァア・ヘッドォォォオ!」
「くそったれ。てめぇ何やったらこときれんだよ! リバース。《スケープ・ゴート》を発動。ターンエンドだ」
遥は、未だ翔と千鳥の決闘で《大嵐》が発動されていないことを危惧、事前に《スケープ・ゴート》を発動。それは、この決闘、散々振り回された彼なりの処方箋だった。だが、ハルカが懸命に場を凌ぐ一方、機を待っていた猛者が1人。そう、瀬戸川千鳥。彼女は最初から、ベルクに任せる気など更々なかった。
―ショウVS千鳥―
「我のターン、ドロー。ククク……ハーッハッハッハッ!」
(あの笑い、まさか! この均衡を揺るがす、キーカードを引かれたのか!?)
「お前が死霊騎士を墓地に葬ったことにより! 全ての布石が整った! 我の墓地には、《ニュードリュア》《迅雷の魔王スカルデーモン》《クリッター》《冥府の使者ゴーズ》《魔装獣チリングワークス》《スナイプストーカー》《死霊騎士デスカリバーナイト》、合計7体。ここだぁ!」
(不味いな。残りライフは2400。殺られる、か!?)
「《終わりの始まり》を発動! 《クリッター》《冥府の使者ゴーズ》《魔装獣チリングワークス》《スナイプストーカー》《迅雷の魔王スカルデーモン》の5体をゲームから除外してカードを3枚ドロー! これで手札は4枚に増強された! そして《ジャイアントウイルス》を召喚! ダイレクトアタック!」
はぐれ万屋コンビ:1300LP
武戦殺法:5250LP
「更にィッ! カードを2枚伏せる! ターンエンドだ!」
(あの気迫、間違いない。次で勝負をかけてくるな。まったく、紙一枚が重い重い!)
それは、絶望的な状況だった。ハルカは既にボロボロ。翔もまたギリギリだった。
「まったくさ、泥っ泥の泥仕合だな。だが、悪くないぜ。こういうのも」
だが、彼はふっと笑う。パワー不足は歴然。明らかに不利なタイマン勝負。だが、彼はそれを乗り越えるつもりでいた。否、乗り越えなければならなかった。彼は、軽く指を鳴らしてから、ドローを行った。
「俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、《タイムカプセル》の効果により、除外したカードを手札に加える。時を操る【D−HERO】、面目躍如ってわけさ。さぁ、俺の読みは深いぜ」
ミステリアスな笑みを浮かべる新堂翔。だが、その時横から水を差す男1人。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。ボコボコ好き勝手やられてる奴がほざく台詞か!」
「ハルカ! 今日のテーマは我慢だ! 格好良く耐え忍んでるのがわからないのか!」
「知るか馬鹿! 下らない時間稼ぎなんかしてないで、たまには俺に都合のいい決闘をやりやがれ!」
「お前がベルク=ディオマースを圧倒すればいいだけの話だろうが! 言い訳は見苦しいぜ!」
再度言い争う翔と遥。彼らの口論は試合開始直後から激しくなるばかりであった。千鳥が呟く。
「ふぅっ、我らも我らだが、お前ら万屋も内紛が日常か、嫌いではない……」
――この時、張り詰めていた場の空気が一瞬弛緩、千鳥及び其の他大勢の注意が、ターンプレイヤーの新堂翔からはぐれ万屋コンビ全体に分散するが、この瞬間、新堂翔の動きは自然そのものだった。彼は、手札に持っていた《大嵐》と、《タイムカプセル》から仕入れたカードを瞬時に入れ替える。当然、新堂翔の背中しか見えない翼川側から、その動きの見える余地等はなかったが、かといってデュエルクルセイダーズの側からなら、当然に見えたわけでもなかった。空気の弛緩と注意の分散に加え、新堂翔の、あまりにさり気無い動き。ハナから、翔の相手をする気のないベルクばかりか、千鳥さえも見落としたその一瞬。だが、それは、悪魔の罠だった。
「今の新堂翔、見えたか? エリー……」
「ダル……今なんか、ちょっと違和感があったような気がする。でも……」
抜群の観察眼を持つエリーですら、何が起こったかを正確に把握するには至らなかった。この場で、新堂翔の動きを見切った人間は1人もいなかったのだろうか。否、見抜いた男がそこにいた。ダルジュロス=エルメストラその人である。尚、ディムズディルはこの時、激しく寝返りを打っていた。
「あの野郎、想像以上に恐ろしいな。出来ることなら、大声で今何が起こったのかアイツらに伝えたいが、試合中はまともに助言できねぇからなぁ。千鳥の奴が気がついてるといいんだ、が」
(新堂翔は何かを仕掛けた? でも、仕掛けたとして、それが何の意味を持つ?)
「
「やらせはせん! 《魔宮の賄賂》を発動! ふっ、その切り札、仇花だったな!」
『仇花』。それは皮肉にも、翔が千鳥に言って欲しかった台詞。彼は、捨てない。
「ドローだ。カードを1枚伏せるぜ。モンスターを1体セット。ターンエンドだ」
―ハルカVSベルク―
「俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、《無境界大虐殺(ボーダレス・ジェノサイド)》を手札に加える。手札から《貪欲な壷》を発動! 《グレイブ・スクワーマ》、《プロミネンス・ドラゴン》、《ピラミッド・タートル》、《キラートマト》、《カース・オブ・ヴァンパイア》をデッキに戻し、2枚ドロー! 行くぜ! 《パワー・コール》を発動!
《パワー・コール》 通常魔法 自分フィールド上に種族・属性の異なる2体のモンスターが存在する場合のみ発動可能。デッキから、場の2体とは種族・属性の異なるモンスターを1体特殊召喚する。 |
俺の流儀を相手に、数の防御など無意味ィィィ!
《カース・オブ・ヴァンパイア》をデッキから特殊召喚! さぁ、地獄の軍団のお通りだァ! 吹き飛ばせぇ! サイバァァア・フェニィィックス! 抉り出せぇ! カァァス・オブゥ! ヴァンパイアァァア!」
バトルフェイズ、羊の群れが殺されていく。無残に、殺されていく。
「羊の脳みそを抉り潰せェ! ハイパァァア・ハンマァァァア・ヘッドォォォォオ! ハーハッハッハッハ! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 皆殺しだぁっ! 俺はカードを1枚伏せてターンエンド!」
「俺のターン、ドローだ……」
桜庭遥はこの時、《早すぎた埋葬》を引き当てる。《ムドラ》を特殊召喚すれば攻撃力は2900。だが、まともに倒せるのは《サイバー・フェニックス》のみ。こと戦闘においては不死身の怪物《カースオブ・バンパイア》に加え、バウンス能力を持った《ハイパー・ハンマー・ヘッド》には勝てない。加えて、ベルクの手札には《無境界大虐殺》が残っている。リバース・カードも怪しい。彼は、最後の一手を敢えて捨てた。
「カードを1枚伏せてターンエンドだ。
―ショウVS千鳥―
新堂翔は念じる。神に対してではない。相手にだ。この勝負の行方を握るターン。このターンの攻防が、全てを決めるのだと彼は確信していた。彼は、極限の緊張感を満喫していた。
(ラストだな。ここまでよく凌いでこれたものだ。さぁ、何処で動くか。外したら、一巻の終わりだな)
翔は、タイミングを計っていた。脈拍のリズムが早くなる。だが、心はどこか静かだった。
「我のターン、ドロー! 良い闘いだった。だが! これで最後だ!」
『これで最後』。言うまでもなく、フィニッシュ宣言。緊張が、高まる。
「《ジャイアントウイルス》を生贄に2体目の《迅雷の魔王
スカルデーモン》を召喚!」
反応。それはしてしまうものである。そう、してしまう。デカぶつが出た瞬間、動きたくなる。だがしかし、動いてはならない。新堂翔は、優れた状況分析によってそれを瞬時に理解していた。ここで迂闊な反応をすれば、全てがおじゃんになる可能性もある。だがしかし、普通は反応してしまう、理解よりも反応の方が早いからだ。もしも、この「反応」を止めることができるとしたら、それは、“事の始めから『無』”、それ以外にはない。『無』であること、白昼堂々『OFF』であること、それは『ON』であるより難しい。
新堂翔は、その間ピクリとも動かない。それは、内に秘めた、驚くばかりの意志力の成せる業なのか。
「更に! ライフを半分支払って《異次元からの帰還》をリバース! 戻って来い!」
(動いた! 1体1、1対2程度では俺を倒しきれないと踏んだ、アイツの動きが!)
「《魔装獣チリングワークス》! 《スナイプストーカー》! 《冥府の使者ゴーズ》! そして! 《迅雷の魔王
スカルデーモン》!これが我がデッキの全力よ! 平伏せ! 詫びろ! 大往生!」
千鳥全開。まさかの帰還。2〜3体どころか総勢5体。誰もが千鳥の勝利を予感した。だが、この時のベルク。持ち前の直観力で、“嫌な予感”を獲得する。しかし、それは一歩遅かった。遥という、相手とのタイマンに集中していたベルクでは、ショウのポーカーフェイスを見抜くには遅かった。翔は、笑っていた。
「ああ、それがいい。この泥試合、お前が、俺のデッキの資源が尽きたと錯覚する、この瞬間が実にいい」
「馬鹿を言え! 貴様にはもう、反射鏡もなけらば激流葬もない! この状況でぇ!」
「1つだけあるんだよ。この闘いはあくまでタッグマッチだ。ハルカの粘りが、俺にチャンスをくれた」
(ハルカだと? 馬鹿な。奴らは仲違いしていた筈……まさか! 我を謀ったというのか!?)
千鳥の脳裏に、前のターンのドロー前、指を鳴らした翔の姿が過ぎる、アレは、『合図』ではなかったか。
「この1枚は、俺達万屋からの1枚だ。リバースカード……オープン。《闇よりの罠》を発動。1000ライフを支払い、墓地の《激流葬》をゲームから除外。そのテキスト通りの効果を発動、場のモンスター全てを破壊する。怖いよなぁ。決闘ってのは。俺も、怖かったぜ。だが、先に怖い思いをした分、精々喜ばせてもらうか。さぁ! 纏めて吹き飛びな!」
はぐれ万屋コンビ:300LP
武戦殺法:2625LP
「まさか……まさか! この為に! 2人して間合いを計っていたとでも言うのか!?」
「《闇よりの罠》だとぉ!? チッ、テメェ! 俺トノ真ッ向勝負カラ逃ゲヤガッテ、コレヲォ!」
「ああ、悪いな旦那。正直、俺じゃアンタにゃ勝てねぇ。だが、
遥がこの試合初めて『俺達』と言う。そう、彼らは繋がっていないようで、繋がっていた。
「折角の即死コンボだったが、生憎だな。抜け道ってのは、探せばあるもんだ」
「くっ、やってくれる。互いの呼吸が合っていないと見せかけて、タイミングを計っていたとはな。だが、ああも都合よく、あのターン《闇よりの罠》を引けるとは限らん! 何故だ! 何故そんな緻密な連携を取れる! 貴様らには! 予知能力でもあるというのか!」
「いーや、そんな大層なもんはないぜ。だが、俺は時を操るダークヒーロー様だからな。《タイムカプセル》が、俺達に計算をもたらした。時間差トリックと影のサインプレー。俺達にはそれで十分だった」
「馬鹿な……貴様が仕入れたのは《大嵐》ではなかったというのか!?」
千鳥は、その鍛えられた五感により、相手の手札の順番を考慮して決闘を行うことを可能としていた。瀬戸川流決闘術は、決闘中のあらゆる要素に着目する流派。だが、それが仇となる。
「生憎だな。《大嵐》は単なる運だ。そいつをな、特にこれといった意味はないんだが、何故だか手が滑ってなぁ。あろうことか《闇よりの罠》と場所が入れ替わっちまったんだ。いやぁ、手が滑った滑った」
(我がその瞬間を見落とした!? まさか! あのハルカと仲違いしたかに見せたあの瞬間、既に……)
「ま、そういうことだエリー。誤信戦略ってやつだ。眼のいいやつほど引っかかる」
「あの人、強い。ものすごく強い。でも、ダルはなんでわかったの?」
「あぁん? 簡単な話だよ。俺も昔似たような真似をやったことがあるんでな。職業病ってやつだ」
「ハハ、内心びびってたよ。《迅雷の魔王スカルデーモン》が生贄召喚された時、思わず動きを見せそうになった。だが、俺は踏みとどまれた。そして、それをさせたのは他でもないお前自身だ。お前は、勝ったと思った瞬間、最後の最後に気配を丸出しにした。それが、お前の敗因の内最も致命的なやつだ。あれを感じ取ったことで、俺は待ちきれた。我慢比べは、俺の勝ち。当然、決闘もな。俺達の勝利で決まりだ」
「勝利だと! 馬鹿も休み休み言え! 次のベルクのターン、やつにはまだ戦力がある。奴のダイレクトアタックで勝負は決まりだ! ターンエンド! やれるものならやってみるが……」
言いかけた瞬間、千鳥はぞっとする。我慢を重ねた上での勝利宣言、その意味を察して!
「さっき言っただろ。ハルカは俺に時間をくれた。時を操るD−HEROに時の援助をすることで、俺の決闘に更なる息を吹き込んだ。ベルクに押し切られて負ける前に、俺がお前を倒してのける、その可能性に賭けたんだ。そして俺は、自慢じゃないが、決して期待を裏切らない男の中の男なんだよ。俺のターン、ドロー! さぁ、格好良く決めようじゃないか」
(くっ、こやつ。この殺気。これほどのものを、内に秘めておったというのか。まるで……)
千鳥が痛恨の念に駆られるが、翔の決闘は止まらない。最後の、総仕上げにかかる!
「最初に言っておくぜ。墓地に秘策を隠しておいたのは、何もお前だけじゃないのさ。俺が、何の意味もなくダガーガイまで入れる訳ないだろ。既に、ラストバレットの発射準備は完了している。さぁ、行くぜ!」
翔は、この試合初めて、本気で殴りにいく。最初で最後の、超絶発射!
「墓地の、《D−HERO
デビルガイ》、《D−HERO ディスクガイ》、《D−HERO ドレッドガイ》、《D−HERO ダイヤモンドガイ》、《D−HEROドグマガイ》、《D−HERO
ダガーガイ》、《D−HERO
ドゥームガイ》をゲームから除外! この泥仕合、最後くらいはバシっと決めるぜ!」
翔が手を上に突き上げる。そのシルエットは、デカイ。そう、デカイ!
「まさか……くっ、くそぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおッ!!」
はぐれ万屋コンビ:300LP
武戦殺法:0LP
「決着、ついたわね。それも……随分と派手に」
西川皐月。彼女は、この決闘を終始無言で見守っていた。新堂翔は、かって彼女と戦った時よりも、更に強くなっていた。《D−HEROディアボリックガイ》、《D−HEROダイヤモンドガイ》、《D−HERO
ドゥームガイ》、《D−HERO
Bloo-D》を更にゲームから除外、攻撃力を6000にまでアップさせたレインボ・ダークの一撃がその戦いに終止符を打つ。決着はついた。勝利の女神は、万屋のナンパに引っかかったのだ。千鳥は、数秒の間茫然自失としていた。
「馬鹿な。勝っていた筈だ。我は、勝っていた筈だ……我は……我は……くそぉっ!」
(強気ゆえの勇み足。敗因を言うのは簡単。でも、それをさせたのはアイツ。ショウ!)
「まったくよぉ。よくもやりやがったもんだなショウ。元々は【D−HERO】でかき回した後、俺の【天使族】で中盤をかきまわし、後半をあの切り札でビシッと決める予定だった。だが、タイマンじゃあ、どうしようもねー……どーしよーもねぇ筈だった。。それをお前は、我慢に我慢を重ねて最後の最後に自分の流れを呼び込んだ、か。成る程な。若いうちの苦労は買ってでもしろってのは、要はこういうことか」
「まぁ、そんなところだ。ギリギリだったが、なんとか間に合った、さ」
「敢えて煮え湯を一気飲みするってことは、本気で上を狙ってんだな、ショウ。いいじゃねぇか。行ってこい。勝利でもなんでも、全部一切合財奪い取っちまえよ。この、お前の勝利を足がかりにな」
「いや、それもこれも、優れた相棒のサポートがあったからこそ、だろ? そういうわけだ。最後に一言、影の功労者としてこの決闘を〆といてくれないか。万屋らしく、ビシッとな」
バーカ言ってんじゃねぇよ。だが、まっ……今日の酒はきっと美味いぜ
【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
変人VS変態の戦い遂に決着。無意味かつ愉快な闘いであった。いや、無意味なことなんてなにもない、かな?
↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。
↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。