電柱の上に『紳士』が1人立っている。辺りからは煙が立ち上り、その姿はよく見えない。だけど、そこには確かに『紳士』がいた。え? 何故『紳士』かって? シルクハットの影が見えたのさ。それに、その男は両手でステッキの片端を押さえつけ、電柱にそのステッキを突きたてていた。そこまでが見えたら、それはもう『紳士』だろう。とりあえず僕はそいつを『紳士』と認定した。もっとも、異常な点もなくはない。まず1つに、「電柱にステッキをつきたて直立する『紳士』がこの世に存在するのか?」という問題がある。そしてもう1つ無性に気になる点として……その『紳士』の眼は、真紅の発光現象を起こしていた。僕は、思わずその『紳士』に問いかけた。いや、問いかけずにいられなかった。
「何者だ……何者なんだ……お前は一体何者だ!」
 そう問いかける僕に対し、『紳士』は、一言二言喋った後こう言った。
「小生のことなど気にしていていいんですか?」
 僕の心臓が高鳴り始めた。その時、僕の背後にはもう1人の……

 ――――

 その幼馴染2人は、後々の運命のことなど考えることもなく、呑気に2人仲良く連れ添っていた。
「シンヤ、ねぇシンヤ、ちょっと止まってよ。わたしのほうがぁ……足おそいんだからぁ……」
「しょうがないだろ! 遅刻したんだから。折角集まってみようって話になったのにさぁ」
「別にいいじゃん。別に公式戦やるわけでもないんだから。ちょっとくらい遅刻したって……」
「確かに、確かにさ!ミズキさんやサツキさん辺りは笑って見逃してくれるかもしれない。だが、コウジさんやヒジリさんは別だ! パシられる。絶対パシられる。理由つけてパシられる。日頃から余裕のない人間程恐ろしいものは……」
「それ、シンヤだけじゃないの? そういうこと言ってるから……」
「話してる時間が勿体無い。ただでさえ通行止めの所為で時間をくったんだ。1分でも早く……」

「はぁ……はぁ……だから、もう少しペースを……ってうぁっ!」
 彩は、いきなり止まった信也の背中にぶつかる。結構痛そうだった。
「いったぁ。どうしていきなり止まるのよ!」
「あれ、あれはなんだ? あの人だかり、決闘をやっているのか?」
 信也が落ち着きなく顔を右へ向けると、そこには団体様御一行が屯っていた。
「そりゃさ。ここなら決闘くらい、やってても別におかしくないよ」
「いやでも、あれは見たことの有る顔みたいだ。あれは……」

「行くぜ! メタルデビルトークンを生贄に捧げ、《モンスター・ゲート》を発動!」
「出たっ! 村坂の超高速カード捲り! あっという間に18枚ものカードが捲られた! 流石は『千のメタゲームを11秒台で駆け抜ける男』村坂剛! この男の決闘に、遅延行為の四文字は存在しない!」
 その、濃い顔の決闘者は恐るべきスピードでカードを捲る。彼は、ニヤリと笑った。
「今日の俺は一味違うぜ! 《モイスチャー星人》を特殊召喚!」
「す、すげぇ! ここで《モイスチャー星人》! なんだかよくわからんがすげぇ迫力だぁ!」
「装備魔法《モイスチャー・ストライク》を発動! バトル! 《モイスチャー星人》で壁モンスターを攻撃!」
「戦闘破壊により、《キラー・トマト》を墓地に送る。だが、リクルート能力は使わせてもらうぞ!」
「だがこの瞬間! 《モイスチャー・ストライク》の効果も発動!破壊したモンスターの、攻撃力分のダメージを喰らってもらう! 更に、相手モンスターを破壊したことによりもう1つの効果も発動! モイスチャー・カウンターを1個、《モイスチャー・ストライク》の上にのせる! さぁ、観念してもらおうか」
 やたら濃い顔で迫る村坂。だが、彼の相手を務めていた男は、未だ戦意を失っていないようだった。

「やるな! だったらこっちはこうだ! 《キラー・トマト》の効果で特殊召喚! 《スプリット・D・ローズ》!」
「そんな、貧弱な薔薇一本に何が出来る! 俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」
「何ができるか、今ここで見せてやるよ! 俺のターン、ドロー! バトルフェイズだ!」
 その、精悍な顔つきの男は、ピーマン・ネックレスを首からさげていた。男は、漲っていた。
「《スプリット・D・ローズ》で《モイスチャー星人》に攻撃を仕掛けさせてもらう! 咲け! D・ローズ!」
「なにぃ!? 攻撃力0で特攻だと!? それも、2800ものパワーを誇る村坂自慢の一品、《モイスチャー星人》相手に突っ込んでいくだとぉ!? だめだぁっ! 《モイスチャー星人》のパワーは圧倒的過ぎる! これで一気にライフが削られたぁ! 万事休すか!」
 騒ぎ立てるギャラリー。しかし、その男は何ら動じる様子なく、根を張り、そして茎を伸ばす。
「ふっ、俺はこの瞬間を待っていた! 栽培仙人の教え! 今こそ見せてやる! 戦闘破壊によって《スプリット・D・ローズ》の効果発動! D・ローズトークンを2体場に特殊召喚! ここだぁ! 速攻魔法《手札断殺》を発動! 《ダンディライオン》と《ボタニカル・ライオ》を墓地に送り、2枚ドロー! そしてこの瞬間! 《ダンディライオン》の効果により、綿毛トークン2体が場に特殊召喚される!」
「な!? 場に4体もの植物族だと? まさか! お前の狙いは!」
「ここだぁ! 《リビングデッドの呼び声》を発動! 墓地の、《ボタニカル・ライオ》を特殊召喚! このモンスターは、場の植物族モンスター1体につき攻撃力を300ポイントアップ! 俺の場の植物族モンスターは全部で5体。その攻撃力は……3100だ! 当然、《モイスチャー星人》のパワーを上回る! バトル続行! 《ボタニカル・ライオ》で《モイスチャー星人》に攻撃! 出荷完了だ! いい値で売れたな!」
「なんて奴だ! 『鬼の洗濯板』新上達也! 奴の促成栽培は、宇宙人の舌すら唸らせるのかぁ!」

「やってくれる! だが、俺の【改良型MMR】はこの程度じゃ終わらねぇ! 眼に物見せてやるぜ!」
「それはこっちの台詞だ村坂。宮崎は、俺の【ターボ促成栽培マークU】は世界進出すら伺っている!」
「ふざけてろ! 墓地にいった《モイスチャー・ストライク》の効果発動! カウンターが2つのった……」

「あれは、九州三強決闘者の村坂と新上じゃないか。あ、向こうには神宮寺もいる!」
「ねぇ、シンヤ、こんなところで油売ってないで早くみんなに合流しないと……」
 彩がリターンを促すが、当の信也は何処吹く風。ここ最近、やたら決闘へのめりこんでいる。
「あの女の人も見たことがある。それにこの人だかり。かなり規模の大きい決闘団体……」
「ねぇ、なんか私達がいていい場所じゃないっぽいよ。大会参加者もいるし、スパイだと思われたら……」

「なにぃ、スパイだと? そりゃ穏やかじゃないな!」
「(わっ!見つかった!)いや、怪しい者じゃ……」
「(わっ!見つかっちゃった!)あっ、ごめんなさい!すぐに退散……」
 いきなり後ろから声をかけられ、瞬時に言い訳をこねる信也と、反射的に謝る彩。お互い違う反応だったが、1つ繋がっているのはヤバイという感情。〆られるのではないか。〆られた挙句ドラム缶送りになるのではないか。リアル除外ゾーンに送られるのではないか。その手の、過大な不安。だが、その声は割合に軽かった。曲者っぽいといえば曲者っぽく、そうでなもいといえば、そうでもなかった。そんな声。

「ん? もしかしてもしかするのかな、と。お前らってあの翼川高校の連中か?」
「あ、はい。でも、決してスパイとかそういうのでは……あれ?」
 信也はこの時ふと気づく。この顔は何処かで見た顔。確か試合を1回どこかで見た筈。
「えぇっと、もしかしてあなたは……仲林誠司さん……ですか」
「もしかしてもなく俺は仲林だ。俺も有名になったもんだな」
(やっぱり、そうだ。中々面白そうな場所に迷い出たものだ……)

「まっ、俺達は、別に隠すようなことは何もやってないぜ。隠すつもりなら、最初からこんなお日様のあたる場所には出てこないさ。まっ、暇だったらここで相手を探すといい。実力者は歓迎だ。もっとも、データを取りたがってる馬鹿女がその辺にうようよしてるから、その辺にはくれぐれも気をつけて、だな」
 そう言うと、仲林はふらりと去っていく。適当だ。かなり適当だ。だが、彼の言う通り、この集まりは適当な調整の為に催されたのだろう。わいやわいやと四方八方から声がする。かなりの活気。

「面白そうだな。しかし、適当に集ってこの人数になるのかな。これも人脈ってやつか?」
 ここにいるだけで100人以上。確かに、普通に集めて集まる数ではない。
「仲林誠司……あっ、わかった!」
「ん? アヤ、何がわかったんだ?」
「九州三強といい、仲林さんといい、ここにいるのはみんな西日本の決闘者ばかり」
「そーいやそーだな。で、それがどしたん?」
「アレはきっと、西日本でも最大規模のデッキ構築団体、『構築的懐疑』の集会」
「『構築的懐疑』? 関西系の団体? 」
「うん。西日本の、一種独特なデッキ構築を得意とする、一癖ある強豪達がこぞって在籍する決闘団体。西日本では、色々な大会やイベントを主催している決闘界の重鎮。又の名を……『ソリティアの会』!」
(ドラム缶よりはマシなのかな……まぁ、ましなんだろーな)

第35話:構築的懐疑ソリティアの会


  決闘歴が浅く、また、チームの勢力図に今までこれっぽちも興味を持っていなかった信也にとっては、それこそ寝耳に水な話だった。だがその団体は、彩の話によると相当に巨大なものらしかった。

 【構築的懐疑】
 西日本において最も大きな決闘勢力を誇る一大決闘集団、それがこの『構築的懐疑』である。元々は、関西の一勢力に過ぎなかった『ソリティアの会』。しかし、『ドローフェイズ・パニッシャー』の異名を持つ日本式デッキ構築の大家・仲林誠司らの台頭により、その勢力を徐々に拡大していき、度重なる名称変更と共にその知名度を増していったのがこの団体である。現在、その構成員は1000人を雄に上回るとまで言われている。ひとたび彼らが本気を出せば、足踏みだけで西日本が揺れる、そのような噂が、決闘者の間では実しやかに囁かれている。
 当時、日本の決闘界を牛耳っていた関東保守系決闘組合『銀科王条』へのアンチテーゼとして、西日本から強豪が集った『構築的懐疑』は、長く不振に喘いでいた西日本決闘界にとっては希望の星であった。当初こそ3:7程度の力関係であったと言われているが、ある日転機が訪れる。遊戯王界に大きな嵐を巻き起こしたと言われる、『遊戯王環境正常化運動』の勃発、それが全ての始まりだった。この紛争時に発生した『銀科王条』間の、長きに渡る内部抗争の隙をついたこともあり、遂に『構築的懐疑』は、『銀科王条』を押さえ、一躍決闘界の中心に躍り出た。決闘の風は西日本に在りと言われる所以である。更には一年前、九州三強決闘者がこの団体に所属した結果、西日本全域の決闘において、彼らが顔を出さないことはないとまで言われるようになった。
 元々、仲林誠司を始めとした地雷デッキ使いの溜まり場であったことも作用してか、現在、多数の地雷デッカーが所属する事でも知られている。それ故、関東の決闘者達からはよく、皮肉の意味をも込めて、旧名称であった『ソリティアの会』と呼ばれ続けている。しかし、我々は忘れるべきではない。関東式の決闘もまた、過剰なルールチェックにより相手のペースを落とす、俗悪な戦術が基本となっていたという事実を、我々は決して忘れてはならないのである。―『鞍馬和義/日本の東西冷戦100傑』より抜粋―

「シンヤ、ねぇシンヤ……」
 彩は思う。と、いうよりは思い出す。
「もう、行こうよ。遅刻よ遅刻……」
 遅刻、このワードを出された信也が、やや困った表情を浮かべる。
「遅刻、か。ヒジリさんにいびられるんだろうけど。うーん……」
 躊躇う信也。どうもバツが悪そうだ。
「どしたの? 早くしないと……」
「アヤ。僕もそろそろお暇したい、と思うけどさ」
「思うけど?」
「どうやらあの人達はこのままじゃ返してくれなさそうだ。見物両ぐらいは払ってけってさ」
「ま、さ、か……もう眼を付けられちゃってる!?」
 既に、信也と彩には、遠巻きに視線が送られていた。囲まれているとすら言っていい。
「彩ちゃん、君も有名人だねぇ。美少女決闘者福西彩、頑張って……ください」
 ボケる信也。彩、頭を抱える。その数秒後、流し目線。
「私とは限らないわよ。シンヤ君って最近売り出し中だから……」
「え……マジ……」

「すいません、皆さん、通してください。はい、ごめんなさいね……」
 2人のボケ合いに痺れを切らしたか、人込みの中から1人の決闘者が抜け出してくる。
「こういうのは早いもの勝ちでしょう。2戦も3戦も頼むわけにはいきませんし、ね」
 それは、色白で、物腰の低い小男だった。いかにも、体育「1」をとってそうな面構え。
「おい、遠藤。負けんなよ。『構築的懐疑』の実力、低く見積もらせたらただじゃおかねぇぜ」
「ええ、わかっています。個人の名誉は団体の名誉、心得ていますよ」
 遠藤は、信也の方をちらっと見やる。彼は、低くお辞儀をした。
「どうやらリクエストは僕らしい。ここは1戦やらないわけにはいかないだろうな」
「だーから、さっさと通り過ぎようって言ったのに……」
 彩の言い分はもっともだった。信也も、多少後悔気味である。
(やれやれ、ここで決闘か。遅刻の言い訳にはどうなのかなっと)

「元村信也さんですね。わたくしは遠藤孝信と申します」
「はじめまして。元村信也です」
「ヴァヴェリ=ヴェドゥインを倒した腕前、私で……試してください」
 遠藤の挑戦を受けた信也は、軽く振り返り、彩に小声で話しかける。
「だってさアヤ。まっ、実力者揃いなら、デッキの調整には悪くない、か」
「あ、シンヤってちゃんとデッキ調整とかするんだ」
「そのくらいは流石にやるよ。僕をなんだと思ってたんだ」
 信也は、カバンから一個のデッキを取りだし、戦闘体勢に入る。
「アヤ、悪いんだけどさがっててくれ。格好悪くない程度に、頑張るから」
「わかった。隅っこにいる。でも気をつけて。『構築的懐疑』の決闘者はみんな曲者揃いって噂だよ」
「OK。なんとか対応してみる。初見のビックリ戦術に対応するのは、わりと得意な方なんだ」

「それでは、お受けいただけるんですね。私との決闘を」
「はい。一戦必勝、お手柔らかにお願いしますよ」
 礼儀よく挨拶をかわす信也に対し、遠藤もまた応える。
「ええ、お手柔らかに。柔らかに、そう、柔らかに」
(この男、変な雰囲気を纏っている。これが曲者ってことなのか?)

「よぉーしやれやれーっ! 俺達の力を見せてやれーっ!」
「元村信也ーっ! 俺らの決闘、とっくと味わっていきな!」
(アゥエー戦か。この感じ、そう悪くはない。精々楽しむよ)
 こうして決闘が始まる。だが、この時信也と彩はまだ知らなかった。この決闘が入り口となって魔性の世界に引きずり込まれる、その苛酷(?)な運命を、彼らはまだ知らなかった。

【元村信也(後攻)VS遠藤孝信(先攻)[1ラウンドマッチ]】

「宜しくお願いします。では、早速デッキからカードを1枚ドロー。さぁて、どうしましょうか……」
 遠藤は、初見の物腰の低さに違わず、抑えめなアクションで決闘を進行。まずはモンスターを1体セット。次に、やはり淡々とした調子で3枚のカードを魔法・罠ゾーンにセット。彼の1ターン目はそれが全てだった。如何にも、何か仕掛けてます、といった感じの第1ターン。
(どうみても年上の癖して、物腰が低過ぎるな。逆にやりにくい)
 あまりに柔らかすぎる遠藤。無気味な感覚が信也を襲う。
(だけど、そんなことでやられるほど、温い修羅場は潜ってませんよ)
 もっとも、そんなことで呑まれるような信也でもない。
(どう仕掛けてくるかは未知数。だけど、こちらの【グッドスタッフ】も、ヴァヴェリ戦で四苦八苦してる内に色々と調整パターンが増えた。仕掛けは上々、なんて言わせないようにしないとな)
 彼の眼は既に、“決闘を行う者”の目になっていた。戦いが、始まる。

「僕のターン、ドロー……」
 信也は、自分から先に仕掛ける必要性を感じていた。奇襲性の高いデッキに余裕を与えてはいけない。奇襲デッキの使い手が万全の体制で攻めてくるとしたら、それはこちらが負ける時に他ならない。信也は、手札から《神獣王バルバロス》を召喚した。攻撃力は1900。下級アタッカーの中ではほとんど敵無しの高ステータス。時と場合によっては3000にも化ける怪物モンスター。決闘の先鋒を努めるに足る猛将だった。
(まぁ、これでいいとは思うんだ。だけど、やはりちょっと無気味だな)
 信也は数秒、遠藤の顔色を伺い躊躇う。彼は、理屈と言うよりは直感的に“何か”を感じていた。
「どうしました? やはり3枚は、貴方程のお方でも怖いものなんですか?」
「いぃえ。先輩への言い訳を考えていました。手強そうですから。バトルフェイズ!」
 遠藤に弱みを見せぬが為か、信也は歯切れよく攻撃宣言を行う。この時、遠藤もまた動く。
「ダメージステップに入る前、永続罠《ダメージ=レプトル》を発動しておきます」
 信也の攻撃宣言に対し、事前の準備を行う遠藤。その顔に抜かりはない。
「攻撃を受けたのは《ぺリアス・ヴェノム》です。守備表示なので効果を発動……」

《ぺリアス・ヴェノム》 ☆4 爬虫類族・闇属性 1950/0
守備表示のこのカードが攻撃表示モンスターに攻撃された時、その守備力を攻撃力が越えていれば、 その数値だけ自分ライフに戦闘ダメージを与える。

シンヤ:8000LP
遠藤:6100LP

 遠藤のライフが丸々1900削られる。信也の先制攻撃が決まった。だが、信也の顔に笑顔はない。
「永続罠《ダメージ=レプトル》の効果。デッキから新たな刺客を呼び出させていただきます、はい」
 遠藤は、慣れた手つきでデッキから1枚のカードを取り出す。そのカードとは《毒蛇王ヴェノミノン》。爬虫類デッキの準エースだった。もっとも、今現在の攻撃力はたったの『500』。ろくな戦力にならない。だが、既に信也の攻撃は終了している。このバトルフェイズ、信也に追加の攻撃手段は、ない。遠藤もそれをわかった上でこの戦術に及んだのだろう。彼は余裕の表情を崩さない。
(《毒蛇王ヴェノミノン》の、元々の攻撃力が0である以上、《ダメージ・レプトル》の為に1900も喰らう必然性はない。だが、それでもあの人は一瞬の情報隠匿の為に、敢えて大ダメージを喰らう道を選んだ。蛇デッキの使い手、遠藤孝信、か。蛇……蛇……纏わり付く……蛇……) 
「カードを1枚伏せてターンエンドします」

「私のターン、ドロー。さぁて、行きますよ。速攻魔法《手札断殺》を発動! 私は、《ヴェノム・スネーク》と《ヴェノム・サーペント》を墓地に送り、デッキからカードを2枚ドロー……」
 徐々に毒蛇王の攻撃力が増していく。攻撃力は1500。ゆっくりとではあったが、確実に危険なラインに近づいていく。一方、信也もまた手札交換。この時、《風帝ライザー》を手札に加える。
(やはり無気味だ。何か一癖ありそうだ。早めに、出る杭を叩いておくか)

「僕のターン、ドロー。場の《神獣王バルバロス》を生贄に《風帝ライザー》を召喚!」
 鬼神の如き力を誇る万能生物、《風帝ライザー》。今日も今日とて敵を撃つ。
「効果発動! 場の《毒蛇王ヴェノミノン》をデッキトップに戻す!」
 厄介な生物はデッキトップに戻すに限る。最上級モンスター、戻してしまえばタダの紙。
(その瞬間を待っていました。さぁ、ここからがショータイム! “嫌がらせ”の時間の始まりです)
 だが、遠藤はコレを狙っていた。遠藤の動きは兎に角速い。速さに、身を捧げたかのように速い速い。
「今です! トラップ・カード《破壊指輪》を発動! 《毒蛇王ヴェノミノン》を破壊!お互いに、1000ポイントのダメージを与えます! 更に、この瞬間もう1枚のカードが発動します!」

シンヤ:7000LP
遠藤:5100LP


「リバース! 《蛇神降臨》。デッキから《毒蛇神ヴェノミナーガ》を特殊召喚!」
(そこまで揃っていたのか! 早い。ものっそ早い。見込みが少し甘かったか。こいつはへびぃな状況だ。だが、向こうは速さを重視しすぎている。まだ詰みじゃない。だったら!)
 予想を遥かに上回る速度での《蛇神降臨》。信也も、内心では舌を巻く程の速さ。だが、速度に犠牲は付き物である。この場合は、攻撃力が犠牲となった、といえるだろう。《手札断殺》は《スネーク・レイン》よりも安定性が高い分、墓地に遅れたヴェノム・モンスターの数が少ない。その攻撃力は2000。戦闘破壊はまだ可能。
「手札から《サイクロン》を発動! 予め《ダメージ=レプトル》を破壊しておく。バトルフェイズだ! 《風帝ライザー》で《毒蛇神ヴェノミナーガ》を攻撃する!」

シンヤ:7000LP
遠藤:4700LP


「墓地の爬虫類族モンスターを1体除外、《毒蛇神ヴェノミナーガ》を、攻撃力1500で復活させます」
(向こうの手札は2枚か。微妙なところだな。押し切れればいいが……)
 この時、信也が抱え持つ隠匿戦力は合計4枚。手札の《スケープ・ゴート》《ライトニング・ボルテックス》《サイバー・ドラゴン》、と、セットされた《次元幽閉》がそれだ。しかしこの4枚、状況に即した戦力とは言い難いものがあった。例えば《ライトニング・ボルテックス》。カード1枚をコストに発動可能なマス・デストラクション。だが、無敵の耐性を誇る《毒蛇神ヴェノミナーガ》には通用しない。自身の凶悪な耐性はもとより、周りの従者さえ終局的には己の攻撃力に変換可能な怪物・ヴェノミナーガ。そんな怪物相手に半端なマス・デストラクションを使ったところで、信也の劣勢は眼に見えていた。ここはやはり《風帝ライザー》で押すしかない、そう信也は決め込む。《毒蛇神ヴェノミナーガ》は、信也に無言のプレッシャーをかけていた。
(あるものでどうにかするしかない。やられる前に、どうにかしてやるしかない。どうにかして!)
 信也は、しぶしぶターンエンドを宣言。相手の出方を見る。遠藤は、笑った。

「私のターン、ドロー。いいですねぇ。手札から《ヴェノム・ショット》を発動! 爬虫類族を1体墓地に送り、ヴェノミナーガの攻撃力を500ポイントアップします」
(これで《毒蛇神ヴェノミナーガ》の攻撃力は再び2000か。そして、こちらの《風帝ライザー》には2つのヴェノムカウンターが乗った。ここで《ヴェノム・スワンプ》を発動された場合、ライザーの攻撃力は1400まで下がる、か。少しづつだが、じわりじわりと真綿で首を絞められているような感覚に陥るな。蛇、か)
 専用サポートカードを介した《毒蛇神ヴェノミナーガ》の強化。定石である。遠藤の魔手は信也にじわじわとプレッシャーを与えていく。眼に見えぬ脅威を、与えていく。
「更に私は、手札から《ヴェノム・パラドックス》を召喚しておきましょう」

《ヴェノム・パラドックス》  ☆4 爬虫類族・地属性 500/1500
このモンスターが場に表側攻撃表示で存在する時、1ターンに1度だけ、相手フィールド上モンスター1体に ヴェノムカウンターを2つ置く事ができる。 この効果を使用したターン、このモンスターは表示形式を変更できず、攻撃宣言をする事ができない。

 「折角攻撃表示で召喚したのですから、謹んでノーコスト・エフェクトを発動させてもらいましょう。場に《ヴェノム・スワンプ》がないのが残念ですが、“タダより高い物は無し”。喰らっていただきましょう」
 遠藤の手札に《ヴェノム・スワンプ》があろうがなかろうが、打てるものは打つ。カウンター(おはじき)使いの鉄則を体現したかのような一手。ライザーに、4つ目のカウンターがのる。
(真綿で首を絞めるってやつか。この男、何時もこういう決闘をするのか?)

「僕のターン、ドロー……」
 引いたカードは《封印の黄金櫃》。信也はこのカードを一瞥すると、ライザー単騎で仕掛ける。
「バトルだ! 《風帝ライザー》で《毒蛇神ヴェノミナーガ》に攻撃!」
「戦闘破壊ですか。なら、この瞬間効果発動。ヴェノミナーガは、攻撃力1500となって復活します」
(不味いな。こっちの手札とは無茶苦茶相性が悪いんじゃないか、これ。つーか、何でこんな時に《スケープ・ゴート》と《サイバー・ドラゴン》しかいないんだ? この決闘が終わったら、もう少し下級アタッカーの数を思い切って増やそうかなぁ、調整ミスか? とか思わず考えてしまう所だ、が、それを言うなら向こうだってヤキモキしてる筈なんだ。余裕ぶってはいるが、向こうだって苦しい筈。アレが強がりじゃなかったらそれこそ違和感だ。頼みの毒蛇神はまだ揺れている。ここからは、我慢比べ……)
「手札から《封印の黄金櫃》を発動。デッキから《早すぎた埋葬》を除外。ターンエンド」
(間に合わないかもしれないが、一応、手を打っておくには越したことはない、といいなぁ)

「私のターン、ドロー。手札から2枚目の《ヴェノム・パラドックス》を召喚。さぁて、忘れぬ内の効果発動」
 毒の二重奏がライザーに降りかかる。だが、それは信也の眼にとって、深刻な事態とは映らない。
(よし、このターンも特に動き無し。これで次のターン以降、一気呵成にヴェノミナーガを……)
「まったく、決闘というのは大変大変。貴方もそう思うでしょう、元村信也さん……」
「ええ、大変ですよ。ただの1勝ってのが思いのほか重いと最近学んだばっかりで」
「ええ。私もこうして下っ端暮らしですから、その気持ちはよぉくわかります」
「謙遜することはないでしょう。実際、こうして僕は苦戦を強いられて……」
(苦戦を強いられて……なんだ。この違和感。何かが……)
 この時信也の脳裏に雷鳴が落ちる。何かが、何かが決定的におかしい。
(違う。全然違う。この違和感、さっきから感じていた違和感。これは本物だ。何故奴は、ジリ貧な戦い方をしているんだ? あの人からは、攻めの姿勢が一向に見えてこない。超高速でレベル10モンスターを召喚しておいて、あとはジリジリ押されるだけ。まるっきり無策。召喚後のケアが見えてこない。何故そんなことをする? これじゃあ無意味だ。余裕ぶるだけの意義がない。いや、違う。考えるべきは、なんでそんなことを敢えてしてきたか、だ。あの人が、言葉通りの下っ端なら確かにその辺の辻褄はあっさりと合う。だけど、僕にはあの人が只者に見えない。墓地肥やしのスピードを落としてでも、ヴェノミナーガを超高速召喚してきたその意図はなんだ?ヴェノミナーガの召喚に成功すると一体何が……)
 信也は、何かに気がつく。と、その時、信也の眼に、遠藤の姿が違って見えた。
「私は、カードを1枚伏せてターンエンド。ん? どうしました? まじまじと私の顔など見て……」
(この男、単なる有象無象の1人じゃない。闘えば闘うほどに、息苦しくなっていく)
「さぁ、そろそろヴァヴェリーヴェドウィンを下したその実力の程、見せてもらいましょうか」

「ああ、そうしたいな。僕のターン、ドロー……」
「罠カード《生贄封じの仮面》! そのセットモンスター、上級に化かすわけにはいきませんよ!」
(ここで《生贄封じの仮面》。私はデフレ政策やってますってか? 匂うな、毒の匂い……)
 信也の顔から笑顔が漏れる。謎の微笑み。すわ何事かと思案する遠藤。
「どうかされましたか?」
(どうかされましたか、ときたよ。蛇……蛇……)
 信也の眼が据わる。と、同時に口元が歪む。
「なにかいいカードでも……」
「フフ……フフフ……」
「ど、どうしました? 一体何がおかしいのです?」

「ふっ……ふっふっふ……ハハ……ハハハハ……蛇か。蛇蛇蛇、確かに蛇だ!」
「ええ、私が使うのは蛇デッキでしたが……血迷いましたか」
「血迷って結構! バトルだ! 《風帝ライザー》で《ヴェノム・パラドックス》を攻撃!」

信也:7000LP
遠藤:2800LP


「本格的に血迷われたようですね。たかだか1900のライフの為に……」
 ヴェノミナーガの攻撃力が上がる。だが、信也の決闘は止まらない。
「ああ。血迷いついでだ。こいつもくれてやる! メインフェイズ2に移行、俺は、手札から《スケープ・ゴート》を手札コストとして墓地に送り、《ライトニング・ボルテックス》を発動する!」
「《ヴェノム・ボア》を墓地に送ります。貴方、一体何のつもり……」
「あんた、いい役者だったぜ。モンスターを1体セット。ターンエンドだ」

「私のターン、ドロー……」
 遠藤は、ドロー後、場を見渡すが、そこには、決闘が始まって以来の光景があった。
「どうしたよ。攻撃力2500、ライザーの攻撃力を素で上回ったんだぜ」
 そう、ヴェノミナーガの攻撃力は、信也の蛮行によって2500まで達していた。だが、遠藤は仕掛けない。仕掛けることができない。信也は、そこに光明を見出す。
「さぁ、仕掛けてこいよ。千載一遇のチャンスじゃないか」
「ふっ、上手い挑発ですねぇ。しかし、その手には乗りませんよ。《D.D.クロウ》。良く考えたもの……」
 遠藤の台詞には一応の筋が通っていた。このターンの攻撃を誘い、《D.D.クロウ》を基点とした電撃戦術を仕掛ける、自分はその可能性を警戒しているのだ、と。だが、信也は見抜いていた。

「遠藤さん、これ以上アンタの、三文芝居に付き合うつもりはない。語るに落ちる、この期に及んでペラペラペラペラ余裕ぶっこき過ぎてんですよ。アンタの胸の内には、隠された狙いが他にある!」
 信也が遠藤の秘密を喝破する。遠藤の表情が、この試合初めて動いた。
「ほぉ……狙い、と」
「《ヴェノム・スプラッシュ》……」
「元村さん。貴方……」

「アンタの狙いは、《毒蛇神ヴェノミナーガ》の性能を前面に押し出した力攻め、と見せかけた《ヴェノム・スプラッシュ》による1ショットキル。そう、アンタは仕掛けないんじゃない。仕掛けられないんだ。もし、ここで《風帝ライザー》をやっちまったら、こつこつ溜めたヴェノム・カウンターがおじゃんになっちまうからな。そう、アンタは俺に偽装戦術を仕掛けた。ヴェノミナーガを囮に、上級モンスターを毒で蝕む。ライザーと、己のヴェノムモンスターを巧妙な仕掛けによって長生きさせつつ、こちらをじわじわと蝕んでいく。随分とまわりくどいが、〆る時はものの数秒ででぽっくり昇天。アンタの決闘は、蛇の決闘だ」
「蛇の決闘、ですか。随分な評価ですね。はてさて、喜んでいいのやら……」
「無敵の耐性を持つ《毒蛇神ヴェノミナーガ》を、墓地を肥やす手間を省いてまで超高速召喚。それを見た対戦相手は、当然のように全戦力を投入、《毒蛇神ヴェノミナーガ》を狙う。周りの、ヴェノムモンスターには目もくれず、な。例えお供を倒しても、ヴェノミナーガの攻撃力と再生回数をアップさせるだけなんだ。《ヴェノム・スワンプ》が出てこない以上、とりあえずは放置安定が人情ってもんさ。だが、その心理こそがアンタの狙いだった。アンタのデッキには、《ヴェノム・スワンプ》なんか入っていない。《スネーク・レイン》もそうだ。この辺のカードは全部、デッキの回転率を上げるためのカードに差し替えられている、違いますか、遠藤さん」

「……何処で気づかれました、か」
「……もし1つ理由を挙げるなら、『一向に自爆特攻する気配が見えなかったこと』、かな」
 元村信也の洞察力、彼は土壇場で、“蛇の決闘”に気がついていた。
「ゲーム序盤、まだアナタのライフは残っていた。だったら、自爆特攻でも何でも仕掛けてヴェノミナーガの攻撃力を上げてもいい筈だ。無論、攻撃宣言とヴェノムカウンターの射出とは二者択一だし、《次元幽閉》を喰らう可能性だってある。だけど、あの状況、対戦相手の眼は否応なくヴェノミナーガの方へに向く、なんてことぐらいアンタは普通にわかっていた筈なんだ。そう、ほっといたら墓地には行かないってことぐらい、普通に考えればわかる筈なんだ。なのに、アンタは余裕綽々の態度を崩さず、一向に自爆特攻を仕掛けてこない。いや、正確には仕掛ける気配が見えない。そこに、ちょっとした違和感を覚えた」
 信也の淀みない解説。一方、遠藤は反論するでもなく、押し黙っていた。
(どうやら当っていたようだな。で、黙るってことは効いてるって……なんだ? この寒気は……)
 信也の背筋が凍る。「何かが違う」。その違和感が、右肩上がりに増加していく。

「くっくっく……貴方も中々、うん、いいですよぉ。素晴らしい。実に素晴らしい。彼等を出し抜いて仕掛けた甲斐があったというものです。私、決闘は苦手ですが、こういう戦いは大好きですよ……」
(更に無気味の度が増した!? 彼等……か。この人は、いや、こいつは……)
「キャッ、フヒヒッ! いいですねぇ、最高でしょう! さぁ、勝負はここからですよ! デッキからカードを1枚ドロー! カードを1枚伏せてターンエンド! さぁ、貴方の番ですよ! 私を失望させないで下さい!」
(眼つきが違う。不調和だ。ものすごく不調和な眼つき。この人は……)
「我が守り神《毒蛇神ヴェノミナーガ》! 崩せるものなら崩して御覧なさい!」
 遂に本性を現し始めた遠藤。ヴェノミナーガが鉄壁の要塞として立ち塞がる。
(崩せるものなら……ハハ……崩せると思ったから、こうして色々手を打ってるんだよ)
 だが、信也は最早動じなかった。信也には見えている。勝利への一本線が見えている。

「僕のターンだ、ドロー! スタンバイフェイズ、《封印の黄金櫃》の効果で《早すぎた埋葬》を手札に加える。そしてセットモンスターをリバース、《聖なる魔術師》。墓地の《サイクロン》を回収し、手札から発動する。僕の狙いは、《生贄封じの仮面》だ。悪いが、《風帝ライザー》は生贄にさせてもらう!」
「いいですねぇ、絶景でしょう! チェーンスペルオープン! 《ヴェノム・スプラッシュ》を発動! 《風帝ライザー》の上に乗った、ヴェノムカウンター8個を取り除き、5600ダメージを貴方に与える!」

シンヤ:1400LP
遠藤:2800LP


「やはり、《ヴェノム・スプラッシュ》だったか。《ライトニング・ボルテックス》まで使った甲斐があったな。あのまま馬鹿の一つ覚えでヴェノミナーガを殴りまくってたら、今頃サヨナラだった」
「そうですねぇ。確かに1ショットキルは未然に防がれました。しかし、貴方のライフは風前の灯。こちらには攻撃力2500の、《毒蛇神ヴェノミナーガ》がスタンバイ。ここからどうするのですか?」
「どうにでもなるさ! 《生贄封じの仮面》が墓地に行ったことにより、生贄召喚が可能となる。さぁ、ショータイムだ! 《聖なる魔術師》を生贄に捧げ、手札から《サイバー・ドラゴン》を通常召喚。さぁ、そろそろ仕上げといこうじゃないですか。瞬きしてたら見えませんよ!」

「あの時、僕はまだ全てに気がついたわけじゃなかった。だけど、攻撃力の高いモンスターを数多く揃える、その為の布石は既に打っておいた! 2500程度で止められますか! 800ライフを支払い手札から《早すぎた埋葬》を発動! 墓地の、《神獣王バルバロス》を特殊召喚!」
「《神獣王バルバロス》! 本来の攻撃力は3000! なんとビューティフルな!」
「バトルフェイズ! 《神獣王バルバロス》で《毒蛇神ヴェノミナーガ》に攻撃! さぁ、再生してみろ!」
 信也は、続けざま《風帝ライザー》と《サイバー・ドラゴン》で《毒蛇神ヴェノミナーガ》に攻撃。ヴェノミナーガの攻撃力を1000まで下げる。遂に追い込まれた遠藤。その顔に、微細なひびが入る。
(この迫力。これが、あの御老体に止めを刺したというわけですか)

シンヤ:600LP
遠藤:1300LP


「フフ、いいですねぇ。しかし私としても、そうそう簡単にやられるようだと……どやされるんです、よ! ドロー! 《ヴェノム・ウォール》を攻撃表示で通常召喚!」

《ヴェノム・ウォール》   ☆3 爬虫類族・地属性 200/1200
このカードは1ターンに1度だけ裏側守備表示にする事ができる。 1ターンに1度だけ、相手フィールド上モンスター1体に ヴェノムカウンターを1つ置く事ができる。 この効果を使用したターンこのモンスターは攻撃宣言をする事ができない。

 「効果発動! ヴェノム・カウンターを《風帝ライザー》の上に1個乗せる! 更に、《ヴェノム・ウォール》と《毒蛇神ヴェノミナーガ》を守備表示に変更! ターンエンドです!」
 遠藤の往生際は悪かった。最後の勝機に賭けて決闘を続行するその姿は、纏わり付く蛇を思い起こさせる。だが、信也の眼は冷たい。冷静に腹を割き、その臓物を抉り出す。
「僕のターン、ドロー。バトルフェイズに直行!」
 信也は、《風帝ライザー》、《サイバー・ドラゴン》、《神獣王バルバロス》の3体で、《毒蛇神ヴェノミナーガ》にその再生回数を上回る総攻撃を仕掛ける。遂に陥落する毒蛇の要塞。
「やってくれますね。しかし、まだ私の側にも勝機が残っていることをお忘れなく。次のターン、《ヴェノム・スプラッシュ》を引ければ、わたくしの勝利が……」
「そんなものはない! 僕は、メインフェイズ2に移行! 場の《神獣王バルバロス》、《サイバー・ドラゴン》、そしてヴェノム・カウンターが1個乗せられた《風帝ライザー》を生贄に捧げ、今回、僕のデッキに搭載された、最強のカードを特殊召喚する! 今日のフィニッシュはこいつだ!」





D-HERO Bloo-D!!





「Bloo-Dの永続効果! アンタの場の、全てのモンスターエフェクトが無効化される! 更に、第2の能力発動!《ヴェノム・ウォール》を吸収、その攻撃力の半分をBloo-Dに加える!」
 この時、線が引かれた。勝者と敗者を分かつ線。遠藤は、自らの敗北を知る。
「毒の匂いを元から絶つ。そこまで、やりますか……」
「アンタのデッキには、その構造上、対モンスター用の除去が搭載されていない筈だ。精々、《反撃の毒牙》のような攻撃抑制系罠が数枚といったところ。これで、全部終わりだ。まだ、続けるか!」
「いえいえ。仰るとおり。白旗を降らせて頂きます……」

【勝者:元村信也】

「ふぅ、やはりお強いですなぁ。やはり、私如きのレベルではまだまだ……」
 決闘は終わった。信也の見事な大勝利。だが、信也の表情は芳しくない。
「1つ……聞きたいことがあるんですが、構いませんよね」
「なんでしょう。私のデッキについてですか?」
 信也の疑問、それは彼の、存在そのものへの疑問だった。
「あんたは……一体何者だ。あんたの正体は……」
「ちょっと、シンヤ。チームの人に決まってるじゃない……」
「後半、闘っている時に感じた。得体の知れないなにか……」
「おやおや、ちょっと遊び過ぎましたか。余興のつもりだったんですが」
(なんだ。この男、今まで出会ったことのないような、なにかを……)

「そいつは遠藤孝信じゃ……私じゃない!」
 突如割り込んできた大声。その声が、もたらす真実。
「遠藤さんが、2人。これは一体……まさか、まさか……」
「おやおや、ばれてしまいましたねぇ。ちょっと、ゆっくりしすぎましたか」
 悪びれず語る偽遠藤。その表情は、怪し気な笑みに包まれている。
「よく似てやがる。瓜二つだ。だが、俺達の仲間に成りすますとはいい度胸じゃねぇか」
「だが、こととしだいによっちゃただじゃすまさねぇぜ。いったい何が目的で……」
 偽遠藤を放射状に取り囲む「ソリティアの会」メンバー達。偽遠藤は、軽く語った。
「“裏コナミ”、覚えておくといいですよ。よく聞くようになりますから……」
「裏……コナミ……」

「くぅっくっく……さぁて、本当の“ショータイム”といきましょうか」
「“ショータイム”……なっ!?」
 その時、信也の目の前には異常な光景が広がっていた。遠藤の皮膚がボロボロと剥がれ落ち、腕が、脚が、そして胸が膨れ上がっていく。異常なる膨張。そして、その膨張がMAXに達した、その時!

 ドォン!

「ちょ、ちょっとシンヤ。これって!」
(は、破裂した。この煙は……)
 突然の破裂。彩も信也も、何が起こったのか把握できない。
「な、何が起こったんだ!? アイツはどうなったんだ?」
 異常も異常、理解を超えた事態に、困惑する決闘者達。
「お、おい見ろ! アイツは……電柱の上だ!」
 その時、誰かが“それ”に気がつき指を指す。彼は、そこに居た。

「あ、あれは……」
 煙が辺りを包む中、電柱の上に1人の紳士が立っていた。
「何者だ……何者なんだ……お前は一体何者だ!」
 煙の所為で全体像はよく見えない。だが、その眼は確かに赤い光を湛えていた。
「小生は、裏コナミ7人委員会スペシャル・センター・セブンの1人……」
(遠藤孝信は遠藤孝信じゃなかった。全く違う、違う人間だった。裏……コナミ?)
「ですが、小生のことなど気にしていていいんですか?」
 煙の中、その紳士は、首に手をかざす。
「え?」
 紳士の言葉に信也が反応した、その時だった。
「甘いな。隙だらけにも程がある。それでも決闘者のつもりなのか?」

(ば、馬鹿な。もう1人いた? まったく気配を感じなかったぞ)
 煙が晴れると、信也の首には鋭利な決闘盤がつきつけられていた。
「お前は今一度死んだ。次はない。精々気をつけることだな」
(気配を感じないと思ったら今度は、刃物のような鋭い殺気!?)

「お、お前は……いったい何者なんだ。何の目的でここにいる……」
 信也が、そこにいた全員の代弁者として、新たに現れたその男に向かって問いかける。右腕に異様な決闘盤を装着したその男は、おもむろに、新たな混乱の兆しを告げた。


裏コナミSCS『構築』担当ローマ=エスティバーニ、
暇潰……コナミの秩序を守る為、お前らを試しに来た。


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
この番組は、暮らしの狂気を促進する企業裏コナミと、ご覧のデストロイでお送りいたします。

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