火炎放射器によって絶え間なく炎が供給され、室内温度が右肩上がりに上昇していく中、その決闘は始まった。「この闘争に一体何の意味があるのか」そんなことを考えるのに大した意味はない。ディムズディルは強くなりたいという人間に御誂え向きの『場』を用意した。
 彼の行為が、善意よりも興味によってなされているのは疑いの無い事実のように思われたが、そんなことはもはやどうでもいい話だった。この闘いに『意義』は用意されていない。『意義』は自ら作るのみ。この闘いの口火を切ったのはアキラだった。彼の手札は、ディムズディル戦の時と同様揃っていた。アキラは一回深呼吸した後、勢いよくデッキからカードをドロー。決闘を開始する。

「手札から《封印の黄金櫃》を発動!デッキから《神の宣告》を除外する!」
(さあ……行くぜ! 鬼が出るやら蛇が出るやら! 出たとこ勝負だ!)
 決闘腹を括ったアキラは、残りの手札5枚を右手で掴み、そのままの流れで右手を左肩まで振り上げる。その刹那だった。左から右へ腕を戻す過程でカードを次々と決闘盤にセット。見る見るうちに【オフェンシブ・ドロー・ゴー】―フルセットタクティクス―の構えが完成する。その間、要した時間はなんと2.3秒。その分野における日本記録さえ視野に入った高速セット。そこからは、紛うこと無きアキラの本気が伺えた。
「俺はカードを5枚伏せる……ターンエンド」
 気合の入ったセット。だが、観客席からはマスクマン達の野次が乱れ飛ぶ。彼の1ターン目は、観客達を魅了するにはまだ浅かった。ここにいるのは皆肥えた眼を持つ裏コナミの関係者達。もし仮にここで、腕に捻りが入りコークスクリューセットが行われていればまた話は違ったかもしれないが、そのセットはやはりまだ浅かった。

「オイオイ! あの餓鬼ィ!カードを5枚も伏せやがったぜぇ!」
「脳が腐ってんじゃねぇのかぁ! ハッハー!病院送り確定だぁっ!」
「随分と重そうな決闘盤だなぁオイ! ひょろすけに持てるのかぁ?」

 アキラは意に介さなかった。ただでさえ温度が上がる地獄のルール。こんな野次を逐一気にしていたら頭が破裂すること必至。彼は、出来る限り決闘に集中しようと勤めた。
「さあ、お前のターンだ……ん!?」
 この時、点火されていなかった火炎放射器の一つが唸りをあげる。それは視覚的であり、そして現実的だった。酷暑が、アキラ達決闘者の身体を蝕む。
(なるほど。そういうことか。既に35〜36°はある。直射日光と違って日射病の危険はないが……早く終わらせるにこしたことはない、か。この手札なら、強ち不可能な話でもないさ)
 数秒、火炎放射器を見つめたアキラは、改めて気合を入れなおす。しかしこの時アキラの向い側では、アキラが予想だにしない事態が起ころうとしていた。そしてアキラがその事態に気がついたのは、皮肉にも野次馬の声を聞いたときだった。彼は、眼を見開かざるを得なかった。

「み、みろ!」
「あ、あれは!?」
「マジかよぉ!!」

(な、なんだ!? あれは……まさか!!)
「ターンを……始め……ます……」
 エリーの動きもまた俊敏を極めた。先攻1ターン目のアキラと寸分違わぬフォームでドローを行った後、これまたアキラが《封印の黄金櫃》を発動した時と同じ流れで手札から《封印の黄金櫃》を発動。アキラ同様《神の宣告》をデッキから、全く同じカードの繰り方で除外する。その姿はまるで、アキラ本人がカードを繰り出しているかのようだった。この時点で残る手札は5枚。アキラは“嫌な予感”に包まれる。
「まさか……まさか……」
 その“まさか”だった。エリーは、カード5枚を携えた右手を左肩まで振り上げた後、先攻1ターン目のアキラがやったのと全く同じやり方でカードを次々に伏せていく。その間2.3秒。このタイムもまたアキラが先攻1ターン目に叩き出したタイムと同じ。そう、全てが鏡写しの様に同じだった。
「ターンエンド……」
「にゃろう。舐めやがってっ!」

「なあ『D』。あいつらは両方とも同じデッキを組んだのか?」
 “ジン”と呼ばれた男は、傍らのディムズディルに対して語りかけた。その口調は軽い。
「いーや、【オフェンシブ・ドロー・ゴー】を使っているのはアキラだけだ。確かにエリーは様々なデッキを組む。アイツは常に50個のデッキをバッグに入れているぐらいだ。だが、【オフェンシブ・ドロー・ゴー】なる極北デッキは今までに組んだ覚えがない筈さ。そして今回もまた、組んでいない筈だ。そう、エリーが今使っているデッキは、【オフェンシブ・ドロー・ゴー】じゃない。魔法・罠が大量に仕込まれたデッキではあるだろうがな」
「フルセットデッキの使いじゃないものがフルセットを行う、か。この顛末、興味深いな」

(俺の【オフェンシブ・ドロー・ゴー】の猿真似だと? ふざけやがって。経験の差を教えてやる!)
 興味深く見守るジンらに対し、真似された当の本人は猛り狂っていた。アキラが、動く。
「リバースカードオープン!《無血の報酬》を発動!更にリバース!出ろ!《死霊ゾーマ》!」

アキラ:8000LP
エリー:6800LP

 エリーのフルセットに対し、アキラは激昂して熱くなっていた。加えて、熱く燃え盛る炎が、熱くなったアキラの頭を更に沸騰させる。だが、それでも尚アキラの頭は鈍っていなかった。彼は後攻1ターン目フルセットの隙を付き、エリーを攻め立てる。灼熱の猛暑の下攻め立てる。
「グレ(2ターン目)! グレ(温度が)! ファー(上がるぜー)!」
「ハァ……ハァ……俺のターン、ドロー。攻撃表示! 喰らえぇ!《死霊ゾーマ》でダイレクトアタック!」
 ファーストアタック、普段は喰らう側のアキラだったが、場ががら空きなら話は別。罠モンスターで積極果敢に仕掛けた。だが、その攻撃はエリーのフルセットに阻まれる。
「リバースカードオープン。《拷問車輪》を発動……《死霊ゾーマ》を拘束します」
 『炎天下の車輪拘束』。そう聞いただけで暑さがこみ上げてきそうなエリーのカウンター・ショット。彼女はアキラをじっと見つめながら必要最小限の動きでアキラを追い立てる。だが、それで怯むアキラではない。
「永続罠を永続罠で拘束する……はっ、その程度読めてんだよ! 喰らえ!《破壊輪》発動!」

アキラ:6200LP
エリー:5000LP

 アキラの、怒涛の攻めが序盤から炸裂。“ジン”と呼ばれた男は、注意深くその攻防を見守っていた。
「相手のフルセットを考慮、序盤から《破壊輪》を、自分の罠モンスターに対して使う、か。《死霊ゾーマ》の攻撃が通らないと予め読みきった上での特攻、相手の罠と道連れか。結果、《死霊ゾーマ》と《拷問車輪》の1対1交換に加え、《破壊輪》が総ライフの1/4をも削る極大閃熱呪文(ベギラゴン)に化けた格好。自分のライフが尽きる前に、相手のライフを削りきればいい、といったところか。熱いな」
「ああ。《死霊ゾーマ》の不良債権を防ぐ意味あいもある。ここでゾーマを引っ張ると、後が詰まるからな」
「押す所で押し、引く所で引き、上手くカードを捌いていく。これが【オフェンシブ・ドロー・ゴー】か」
「いい決闘者だ。実際に闘ってみても思ったが、アキラのポテンシャルは高い……」
「ほぅ。珍しいな。高い評価の下しようじゃないか。逸材か?」
「どうだかな……」

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ。ガンガン行こうぜ。ハリー・アップだ」
「エンドフェイズ・リバース。《砂塵の大竜巻》を発動。《無血の報酬》を……」
「やらせねーよ!カウンター罠!《神の宣告》を発動!」
 アキラは3100ものライフを支払って《神の宣告》を発動、強気なプレイングに出る。
「ドローフェイズ。カードを1枚……」
 一方のエリーは、アキラを意識しつつも過度なアクションは取らない。彼女は必要最小限の動きでアキラに対応。まるで自分の個性を押し殺したかのようなプレイング。アキラは、そんなエリーに対し多少の不安を覚えていた。
(不気味っちゃ不気味だな。遥戦の例もある。油断は出来ないか……)
「カードを1枚伏せてターンエンド……」
 エリーはそのまま1枚伏せでターンエンド。やはりセットにはアキラの動きがトレースされている。自分の動きを消しアキラの動きを取るプレイ。彼女は、徐々に上がっていく室内温度も何処吹く風とばかりに、決してその表情を崩さない。それがアキラには多少無気味だった。

(なーに考えてんだか。気になるっちゃ気になるな。だが! 動かない敵相手に一番やっちゃいけないのが深読みによる1人相撲だ。俺は俺の決闘を貫く! 行くぜ!)
「リバースカード・オープン! 《無血の報酬》! 喰らえ! 《無血の報酬》のダブルだ!」
「グレッ(スゲッ)!」

アキラ:3100LP
エリー:2600LP

 《神の宣告》によって逆転したライフが再逆転。アキラは、この手の決闘には慣れっこといった表情でその流れを見据える。既に何千回と繰り返したこの戦法。アキラは吼えた。
「どうだ! 攻防一体の高速回転! これが【オフェンシブ・ドロー・ゴー】だ!」

「な、なんだアイツ!0ハンドで攻め込んでやがる!」
「最初のフルセットはこのための伏線だったてのか!」
「や、やべぇ、【オフェンシブ・ドロー・ゴー】だとぉ! 逝きそうだ!」

「《神の宣告》は確かに痛い。だが、あの青年は既に《破壊輪》のダメージを食らっている分、8000の時に発現するよりも負担が少ない。これが逆ならもっと痛かったところだ。《破壊輪》を躊躇なく序盤で使ったことにより、《神の宣告》もまた気軽に使いやすい。そして、直後の自ターンには《封印の黄金櫃》に保存した《神の宣告》が再び手元に入る。いい流れだ。あの青年、本当に負けがこんでるのか?」

「さあ、ガンガン行くぜ! 俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、《封印の黄金櫃》の効果で俺は《神の宣告》を手札に加える。カードを2枚伏せてターンエンドだ」
 アキラとエリーの3週目。このターンは、明暗がくっきりと分かれていた。
「私のターン、ドロー。私はスタンバイフェイズ、《封印の黄金櫃》で《神の宣告》を手札に加える……《天使の施し》を発動。カードを3枚引いて2枚捨てる」

「攻撃と防御を目まぐるしく回転させながらカードを随時捌いていく飛び道具主体の戦法。よく決まっている。相当シビアな構築のようだが、よく先を読んで回しているな」
「アキラの動きはいい。僕と戦ったときもいいフットワークを見せていた。デッキのMAXが出ている」
「それに比べて、あの娘はチグハグだな。サーチで《神の宣告》を仕入れたはいいが、もう手遅れだ。《砂塵の大竜巻》も単発。それになにより、デッキが完全な動作不良を起こしている。伏せカードがろくに動かないのは、噛みあっていないからだろうな。相手が怯まない以上、無駄伏せ同然。何枚か手札コスト用に残した方がまだ賢明だった。土台、あれではもう魔法・罠は1枚しか伏せられん……ん?《神の宣告》と《デス・ラクーダ》を切り捨てたか。まぁ、そんなとこだろうな」
 決闘盤が鏡写しな様相を示すこのフルセットデュエル。だが、その形勢は鏡写しではなかった。経験・構築共にアキラに一日の長がある。エリーはジリジリと追い詰められていた。

「私は手札から《サイクロン》を発動。《無血の報酬》を1枚破壊します」
「だったらこっちはリバース! 《神の宣告》!」
「だったらこっちもリバース! 《神の宣告》!」
(もう1枚あったのか。この被せてくるプレイング……そろそろウザイぜ!食傷だ!)
 目まぐるしいチェーンの応酬により遂に《無血の報酬》が破壊。それと共に、満杯だったアキラとエリーの魔法・罠ゾーンが少し空く。エリーは、この光景を一瞬だが注意深く眺めていた。そう、眺めていた。エリーは、アキラがエリーから眼を離した瞬間もずっとアキラの動きを一部漏らさず眺めていた。
「モンスターを1体セット。ターンエンド……」
(ラクーダを切り捨てたってことはイナゴかなんかだろ。場に伏せっぱなしな反射鏡じゃ無理か。だが!)
「当然……《無血の報酬》の分を喰らってもらう……」

アキラ:1500LP
エリー:100LP

「俺のターン、ドロー……(よし!)……1枚セット。ターンエンド」
「私のターン……」
 ターン開始時、エリーの頭には『ドロー。《イナゴの軍勢》を反転召喚!《無血の報酬》を破壊!カードを1枚セットしてターンエンド』といった流れが浮かんでいたのかもしれない。だが、もう遅かった。
「遅いぜ! これで止めだ! リバース! 《ファイアーダーツ》!」
 サイコロの出目は全部で『6』。期待値からすれば低めの数値だったが、この状況においては別にどうでもいい話だった。残りライフ100を削りきられ、エリーの土俵際はあっけないほど早く陥落する。ライフ0。グレファーはエリーがあまりにあっさりと負ける姿に一瞬呆然とするが、ディムズディルからの厳しい視線を送られて審判の顔に戻る。そう、第1戦目の勝敗は決したのだ。
「グ、グレ(マ、マジ)? グレグレグレ(しゃーねぇなぁ)……グレファー(勝者アキラー)!!」

○アキラ(1勝)―エリー(1敗)●

「フルセットデュエルで俺に勝つなんて、26年と3ヶ月早いんだよ!」
 会心の勝利を挙げたアキラはガッツポーズをとってアピール。これには当初野次を飛ばしていた観客も驚愕する以外になかった。暑さを蹴散らす4ターンキル。それは、気温上昇を気にするまでない大勝利。

「馬鹿な!『巻き上がる突風のエリー』がわずか4ターンでやられるなんて!」
「『エリー・ザ・グランドキャニオン』の異名を取るあのエリーが……あいつは化け物かぁ!」
「お、俺の『スプレンティッド・エリー・オーランコーラン』がぁ! イッツ・ア・クレイジー!!」

「おいディムズディル!この程度なら京都の真夏日の方が暑いぜ!」
 確かにアキラの言うとおり、その決闘は最高気温に達するまでも無くあっさりと終了。最後まで精彩を欠いたエリーをアキラが怒涛の勢いで押しきった。だが、それでもエリーの眼はアキラを捉えて離さない。ディムズディルは、表情を変えることなく2人の決闘者を眺めていた。

(アキラはまだ知らない。エリーは1ターン目に5枚のカードをセットした。アキラと全く同じ動作でセットした。その意味をまだ知らない。対戦相手と鏡写しの動作を取ることで、相手の心理状態・戦術戦略・果ては特徴特性まで、あたかも水面に映った『像』の如く浮かび上がらせる。それが……)

 

漆黒の魔鏡(ノワール・ルノワール)

 

(アキラ並のスピードでセットするだけならそんなに難しいことではない。だが、実物と寸分違わぬ精度でセットを行うとなると、事はそう単純じゃない。アレは、人並み外れた集中力と観察力は勿論の事、相手を知ろうという異常なまでの『好奇心』があってこそなせる業。決闘が始まったあの瞬間から、エリーはアキラとなりアキラを知った。本当の決闘は、ここからだ。アキラ、あの地雷戦術を磨きに磨き抜いた君のことだ。話の「主役」を張ったことはないのだろう。君の戦い方からは、君がある目標に『向かう者』だということがはっきりと伝わってくる。恐らく、君は誰かを見る事はあっても誰かから見られることは無かった。誰も君を理解しようとせず、そして君自身もまた誰かから理解されようとはしなかった。そんな余裕もなかった。だが、今こそ君は理解されなくてはならない。それも、自分自身によって理解されなくてはならない。そしてその為には、僕よりもエリーの方が適任だ。エリーは、今まで君が出会った何処の誰よりも君を理解しようと努めるだろう。そして君は知ることになる。全身全霊を持って君を理解しようとするエリーと相対する事で、今まで目標に向かうばかりでついぞ省みることのなかった自分自身を見ることになる。自分自身の限界を超えるには、まず自分自身が何者かを、身体で知らなくてはならない)
 ディムズディルが適材適所として選んだエリー。彼女は今丁度、ディムズディルの方を仰ぎ見ていた。
「ディム……」
 彼女は、試合前ディムズディルから言われたことを思い出していた。

「何時もどおり好きなデッキでに好きに闘えばいい。だが、生温い決闘は必要ない。アキラの、【オフェンシブ・ドロー・ゴー】を完膚なきまでに叩き潰す。それがたった1つの頼みだ」

 ディムズディルという男が、およそ不可能な事を「他人に」強いることがないということをエリーは知っていた。彼女が本気で嫌だといえばそれ以上無理強いはされないということをエリーは知っていた。彼が本来、自力主義であることをエリーは知っていた。自力主義であるにも拘らず、エリーに「それ」を依頼した。その意味をエリーはなんとなく察していた。己を力を前面に押し出すディムズデディルには向いていない役目だということを、エリーは知っていた。エリーは、「その依頼」を承諾していた。

第30話:漆黒の魔鏡(ノワール・ルノワール)


「なあ『D』。あの娘はお前の秘蔵っ子だって聞いてたがどうしたんだ? 調子でも悪いのか?」
「誰から……そんな話を聞いたんだ? ジン」
「『R』がそう言っていた。お前はあの娘を(検閲)して(検閲)して(検閲)したんだとな」
「あの馬鹿の言うことを一々真に受けていたら脳が腐るぞ。あと人を頭文字で呼ぶな」
「長過ぎるんだよ、名前が。で、結局どうなんだ?」
 この、繰り返された問いに対し、ディムズディルは少し考えてこう言った。
「次の試合、『時』はエリーにある。『場合』によっては死人が出るかもな」

 インターバル。備え付けられた水道から水を供給したアキラは、上着を脱いで半袖のシャツ1枚になる。逆に言えば1戦目はまだ余裕があったということ。アキラはサイドチェンジの作業に臨んでいた。
(まだ、向こうのデッキ特性もよくわからないな。カウンター罠を多用するってことぐらいか。相手の能力が未だ未知数である以上、当面は一番バランスのいい今のセッティングで臨んだ方が賢明か。既に1勝して王手がかかってるんだ。ここは、相手の出方待ち……ん?)
 アキラの眼にはエリーの動き、否、エリーの「静止画像」が飛び込んできた。エリーは上着を1枚脱いでシャツだけになると、1回水を飲み、そのまま影になっている部分で横になっている。その間、サイドチェンジを行う気配はまったくない。或いは、既に済ませてしまったのかもしれないが。
(なんだなんだ? 向こうが先にダウンか? こりゃ楽勝かもな。あのイカれたルールも俺の方に味方してるみたいじゃないか。さーて、あと1勝。ちゃっちゃと取って明日への景気づけだ!)
 アキラは意気揚々と立ち上がり足早にリング中央へ向かう。戦意は十分だった。だが、アキラは知らない。エリーが何故動かないのか。その意味をまだ知らない。第2戦目、アキラは遊戯王OCGの中に潜む、絶対狂気に遭遇する。彼は、今まで見たことのない決闘を経験することになる。

「グレ(第2試合)! グレグレグレ(デュエルディスク・スタンバイ)! グレ(デッキセット)!」

 アキラ1勝で迎えたセカンドゲーム。先にリーチをかけたが故か、アキラは心のどこかで油断していた。楽勝とタカを括っていた。だが、アキラは知ることになる。およそ決闘における、デュエルクルセイダーズの真の恐ろしさを知ることになる。第1試合、天はアキラに味方していた。そして第2試合も天はアキラに味方していた。引きは比較的良い。だが、天の理は時として捻じ曲がる。人の意思によって捻じ曲がる。

「グレファー(試合開始)!」

「私の『先攻』、ドロー。私は手札からモンスターを1体セット。カードを2枚伏せてターンエンド……します」
 エリーのドローは元に戻っていた。それ即ち、アキラがエリーVS遥戦の時に見たのと同じドロー。
「はっ、猿真似はやめたってか? なら俺のターンだ、ドロー……手札から《スクラップバースト》発動!」

《スクラップ・バースト》
通常魔法
相手に700ポイントのダメージを与える。自分のスタンバイフェイズに墓地にこのカードがある時、あなたは墓地の罠カード4枚とこのカードをゲームから除外することにより、このカードを、あなたの手札にあるかのようにプレイしてもよい。

「ライフを700削るぜ。さらに……」

「見ろよ! アイツ、またフルセットだ!」
「《神の宣告》や《破壊輪》の連発といい、アイツは死ぬのが怖くないのか!?」
「やつこそ現代のKAMIKAZEBOYだぁっ! 真珠湾が危ねぇ! 早く逃げろォ!」

 野次馬達が指摘するまでもなく、アキラはいつもどおりフルセット・タクティクスに臨む。アキラの決闘に迷いはない。だが、アキラは気がついていなかった。【オフェンシブ・ドロー・ゴー】最大の弱点を最大化することを目論む、エリーの動きに気がついていなかった。エリーが、悪夢の一手を打ち出す。
「リバースカード・オープン! 500ライフを支払い《マインドハック》を発動!」
(《マインドハック》だと!?確か……その効果は……)
「リバースカードを全て確認します。構わない……よね」
「ああ、いいぜ。好きなだけ確認しろよ。好きなだけな」
(プレイングの鈍りをピーピングで補う、か。だが、そんな消極的なプレイで!) 

「さらに! リバースカードオープン! 《硫酸のたまった落とし穴(アシッド・トラップ・ホール)》」
(場にはエリーのセットモンスターが1枚。先攻の利を生かした高速エフェクト戦術か! 何が来る?)
「《メタモルポッド》……です。お互いに、手札を全て捨てて5枚ドロー……」
(馬鹿な!? ピーピング戦術はともかく、これはない。フルセットの俺が、得をするだけじゃないか!)
 アキラの言うように、この《メタモルポッド》によりアド差は全部で「5」。アキラの「10」に対し、エリーは「5」。一見すると、エリーに圧倒的不利な状況。エリーはこの瞬間、一瞬だけ哀しそうな表情を浮かべた。だがそれは、自分のプレイングミスを哀れむ、自己憐憫の情ではない。アキラへの葬送歌が奏でられたことによる、一瞬の同情。この決闘は、既に詰んでいた。

「お前……正気かよ。自分から勝ちを捨てる気か?」
「私はディムの、デュエルクルセイダーズの1人。負ける為だけの決闘はしない! 私のターン、ドロー!」
(これは、一種の殺気か? なんだ? 何かが来るのか? 一体何が来るってんだ!?)
 エリーから何かを感じ取り、反射的に身構えるアキラ。「何かが来る」と身構える。だが!
「なんだ……何も……こない……なんだ……この嫌な感覚は……まさか!」
「私は……何もしません。ターンエンド」
「ターンエンド……だと……くそっ! そういう……ことかよ……」
 アキラの手札には5枚のカード。当然、ノーハンドをトリガーとする《無血の報酬》は発動不可能。そして残りの4枚のカードは、どれもこれも発動条件のある受け身なスペル。アキラは、事ここに及んでようやく、己を取り巻く致命的な事実に気がついた。
(しまった……嵌められた。完全ロック!)

―山田晃は後に語る―

俺はあの時ほど惨めな思いをしたことが無い。手札もある。リバースカードもある。だが、何もできない。俺の場に伏せられたカードは《無血の報酬》《魔宮の賄賂》《神の宣告》《聖なるバリア−ミラーフォース−》《砂塵の大竜巻》……そう、いい初手だ。或いは理想的かもしれない。だが、そこに落とし穴があった。これらは皆強力な一方『発動条件』が存在するカード。向こうが何もしてこなければ何も……できない。あの時、俺のデッキにはモンスターカードが1枚も入っていなかった。モンスターカードが1枚も入っていなかった以上、これは『詰み』以外の何物でもなかった。「勝ち目が無い」そう思うと心の強さを保てない。それまでは気合で乗り切っていた闘技場の『酷暑』が俺に襲い掛かる。暑かった。死ぬほど暑かった。俺はこの時、ディムズディルから決闘を教わったという、目の前の決闘者の恐ろしさを垣間見る事になった。
 

「成る程な。コレの間合いを計っていたわけか。珍しい光景だ。カウンターデッキがたった1ターンで完全ロックを喰らってしまった。それも、何もしないことで、か。『時』があの娘にあるとは、あの娘に先攻権がある、つまり後攻フルセットの隙をつけるということをさす。そして『場合』によればとは、手札の噛みあい具合についての言及。お前は、この展開を見据えていたのか」
「ここまであっさり嵌るとは思ってなかったけどな。アキラの引き運はよかった。だが、初手の引き運がよければよいほど、程良くアキラの首が締まる格好。【オフェンシブ・ドロー・ゴー】最大の弱点はその活動範囲の『狭さ』にある。《無血の報酬》に代表されるような永続系攻撃呪文が席を取る一方、受身のカウンター罠が席を取る。僕は以前、その席の窮屈さに眼を付け、当面可能な限りの最大戦力を投入することで【オフェンシブ・ドロー・ゴー】を破ったが、今回、エリーはもっと極端な方法でアレを潰す気だ。まぁ、そうしろと言ったのは僕だが、敢えてその道を選ぶ、か。まぁ、エリーらしいといえばらしいな。ここからは……地獄だ。お互いにな」

「グレ(2周目)! グレ(ガンガン)! ファー(熱くなるぜぇ)!」

「ふぅ……私のターン……ドロー……」
 一息ついてからエリーはドロー。しかし、エリーはそのまま微動だにしない。アキラは焦った。
「はぁ……はぁ……早くしやがれ。後がつっかえてんだ……」
 そう、暑さである。泥試合になればなるほど、暑さが深刻味を帯びてくる。にも関らずエリーは動かない。
(畜生。なんて恐ろしいことを考えやがるんだ。ディムズディルの入れ智恵か? それともアイツの……)
 焦るアキラだが正式な抗議は不可能だった。決闘者に与えられた思考時間は1ターンにつき約3分。その3分をフルに使ったプレイング。言うまでもなく、これは合法なのだ。だが、法は時としてカオスを生む。遅延行為を認めないがために生み出された約3分のプレイ時間。だが、仮に1秒の価値が限りなく高められた空間が存在するならば、3分とはげに恐ろしき長時間となり得る。
 そして、灼熱の炎によって生み出されたこのデュエルフィールド上は、まさにその1秒の価値が高められた空間であった。加えて、約3分と規定された自ターンを数十ターンに渡って繰り返すことで、感覚的のみならず物理的にもその決闘の決着は引き延ばされる。まさに死の灼熱地獄。だが、それでも尚これは合法なのだ。エリーがプレイングの意思を示し続ける限り、それは合法なのだ。遅延行為を防ぐ為の約3分という規定を逆手に取り、延々と灼熱地獄を継続する。ルールの網の目を掻い潜った非情なる戦略だが、それでもこれは合法なのだ。それが、遊戯王OCGなのである。

(ヤバイ。このままじゃ死ぬ。共倒れだ。あの女、自虐趣味にも程があるだろ)
 決闘は文字通り『持久戦』の様相を呈していた。猛暑が両決闘者の身体を蝕んでいく。だが、より苦しいのはアキラだった。動こうと思えば何時でも動ける筈のエリーの一挙一動に注意を払いながらの決闘を強いられることに加え、時間の経過にしたがって温度が上がるこの特殊ルールの中、勝機なく、何一つアクションを取る術なく、延々と長い時間立ち続けなければならないのだ。その決闘は、果て無き苦行をアキラに強いた。
「はぁ……はぁ……くそっ!」
 消化ターンが進むにつれて、アキラの気力・体力が灼熱の猛暑によって見る見るうちに削り取られていく。既に10ターン目、決闘開始から既に40分が近くが経過している。気温は既に、設定温度の限界近くに達していた。耐えかねたアキラは、遂にあの言葉を口にする。
「サレンダー……だ。このラウンドを放棄する」
 たまらずサレンダーを申し出たアキラ。だが遊戯王OCGの、恐怖のルールがアキラを襲う。
「拒絶します」
「くっ……くそったれ……」
「フゥ……ハァ……エンドフェイズ……私は《拷問車輪》を墓地に送り、ターンエンドです」
(ちっきしょう。とことん続ける気かあの女。だが、向こうだって熱いに違いないんだ。現にアイツも汗まみれ。肩で息をしている。アイツだって疲れているはずなんだ。なのに何故、俺のサレンダーを認めない。認めさえすれば、労せず1勝が転がり込んできた筈なのに。何故……まてよ……)
 アキラの脳裏に異常な閃き。全てを察したアキラの顔が、見る見る内に青褪めていく。
「もしも、もしもアイツの狙いが1勝『以上』にあるとしたら。この暑さを利用したKO勝ちが目的だとしたら……まさか……そんな馬鹿なことが……くそっ!アイツがインターバルで身体を休めることに専念していたのは、この戦略を実行する為の布石。【Vドラコントロール】すら幼稚園児のお遊戯に見えるほどの、最凶最悪のマッチキル」

【サレンダー】
@遊戯王OCGが完全決着を旨とするカードゲーム類型であることは衆目の知る所であるが、その象徴ともいえるのがこの『サレンダー拒否』である。『決闘者 が降参する時は切腹の時を置いて他にない』とは日本の重鎮ともいえる決闘評論家・五島由紀夫の言葉だが、まさしく至言。『決闘とは死ぬこととみつけたり』 の精神を継承したルールこそが、この『サレンダー拒否』なのである。
A『サレンダー拒否』『膠着状態』『ヘル・バーニング・デュエル』この3つの要素が混在する事により、この時、ある非常に有効な戦略が浮かび上がってき た。そう、持久戦である。目下『ヘル・バーニング・デュエル』を続行中であったエリザベートは、この自ら生み出した停滞状況の中、『持久戦』という非情な 戦略を採用することでアキラに向かい合ったのである。1ターンの持ち時間3分をフルに使うことにより、相手に心理的な動揺を与えつつ体力を奪うこの戦略 は、既に1本を先取されたこのラウンド2において、TKOによる大逆転勝利を挙げる事すら視野に入った、非常に合理的な戦略だったのである。かって、アメ リカ合衆国率いる資本主義陣営とソビエト連邦率いる共産主義陣営が鉄のカーテンでお互いを隔てた、あの沈黙の戦いのことを人々が『冷たい戦争(Cold War)』と呼んでいたことは歴史上の常識だが、この時、アキラとエリーの間には『冷たくそして熱い決闘(Cold and Hot Duel)』が成立していたのである。

「不作為の作為によって生まれた完全ロックの下、対戦相手のライフポイントを 直に ( ・・ ) 削り取っていく。まさに【ロックバーン】。だが通常の【ロックバーン】とは違い、一度削りきられたライフポイントは、次の試合までに当然にリセットされはしない。人間は死ぬんだ。だから熱い……見た目通りな」

(不味い。このままでは……暑さで死ぬ。これが……地下決闘だってのかよ……)
 苛酷なる地下決闘。当然、マッチ放棄等は許されない。アキラは立ち続けざるを得なかった。地下決闘の異常性に飲み込まれそうになるアキラ。だが、それでも尚彼は僅かな勝機を見据えていた。
(そうだ。確かに苦しい。だが、向こうだって苦しいのは同じ筈だ。そうだ。覚悟を決めろ。向こうだってヤセ我慢している筈なんだ。俺からのサレンダーを拒否した事を……後悔させてやる!)
 アキラの見据えた僅かな勝機。そう、彼もまた、“何もしないこと”を実行に移したのだ。それまでのように、ただ漫然と不安の中で体力を消費するよりも、なんとかして「勝負」に持ち込む方がいくらか賢い。それが、むせ返るような酷暑の中で見出した、アキラの結論だった。
「俺のターン、ドロー!」
 アキラは動かなかった。持ち時間である3分間考えるフリをし続けた。彼もまた持久戦という、現状で採れる唯一つの戦略を実行に移したのである。狙いは勿 論、エリーの体力を奪い去ってのTKO勝ちだ。決闘が、加熱する。火炎放射器によって文字通り加熱する。オーバーヒートは直ぐそこに迫っていた。
「ハァ……ハァ……ハァ……(暑い。本当に暑い。でも……)」
 エリーの額から汗が絶え間なく滴り落ちる。一々拭う事それ自体が疲れを生み、新たな汗を生み出す地獄の様な状況。だがエリーは、持ち時間3分をフルに使った決闘をやめようとしなかった。一方。
「ぜぇ……はぁ……はぁ……(畜生。くそったれ。誰だよ。こんなクソな決闘を考えたのは。畜生!)」
 アキラの精神状態は既に、最悪に輪を掛けたような状態だった。だがそれでもアキラは、エリー同様持ち時間をフルに使った決闘をやめようとはしない。もはや意地だけが、今のアキラを支えていた。

「ふざけんなぁーっ! 真面目にやれーっ!」
「【オフェンシブ・ドロー・ゴー】? まるっきり愚図じゃねぇかぁ!」
「立ってるだけなら猿でも出来るぜ! さっさとうごけぇ! 動きやがれぇ!」

 無論傍からみたら世紀の凡戦以外の何物でもないこの決闘。放たれる怒号。乱れ飛ぶ野次。決闘は底なし沼の様相を示していた。『最悪』、一言で表現するとしたら『最悪』と形容する他ないこの決闘。
「まったく、最悪の決闘だな、『D』。世界最高峰の泥試合だ」
 見ているだけで暑い、最悪の泥試合。見ている方も一苦労。
「ああ。だがこの決闘、そろそろ動くぞ……」

「ぜぇ……はぁ……俺のター……ン、ド、ロー……」
 既に27ターンが経過。その地獄のような光景は、『死』の予兆すら打ち鳴らす。
(負け……たくねぇ。。ここで負けたら……俺のデッキを……全てを失うような気がする……)
 だが、アキラはそれでも尚踏ん張った。エリーが倒れるまで決して倒れないとばかりに踏ん張った。
「おいエリー。俺は絶対倒れねぇぞ。何が……あってもだ。確かに……お前は俺の弱点を付いた。お見事さ。だが、俺は倒れねぇ。これで5分だ。体力勝負といこうじゃねーか。ターンエンド」
「アキラ……」
 エリーは、思わず“ごめんなさい”と言おうとした。というのも、彼女は、この先の展開を全て把握していたからだ。だが、エリーは唇を噛み締め口を縛る。彼女は息を静め、代わりにこう言った。
「この決闘は既にチェックメイト……です。この流れを作ったのは……私……ですから」
 エリーは決闘盤を構えなおした。あたかも、動く時の為の、始動準備をしているかのように。
「【漆黒の魔鏡(ノワール・ルノワール)】……私は貴方を見ていました。ずっと見ていました」

「なぁ『D』。お前まさか、最初からこうなることをわかってこの決闘をセッティングしたのか?」
 ジンもまた気がついていた。それ故に、彼はディムズディルに問う。
「ああ。耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだ末、【オフェンシブ・ドロー・ゴー】は完膚なきまでに敗れ去る」
 ジンは黙って聞いていた。長い付き合いだからか、彼は場の空気を読んでいた。
「彼は、心の底から勝ちたがっている。だが、にも拘らず彼の魂は何処詰まらない所に引っ掛かっている。引っかかっているが故に、彼は一歩を踏み出す事がで きない。だから壊す。森勇一という男がアキラにとってどれほどの存在感であろうと、その障害ごと全てを破砕する。彼を目覚めさせるには、それしかない」
 目覚めさせる。彼はそう言った。彼は、その先にあるものを見ていた。
「過激だな。確かにアレのデュエルは欠陥品そのものだったが……」
「そうしない限り、アキラは無意識の奴隷であり続ける。道化だよ、それは」
「目を覚ます前に逝っちまうかもしれないが、その時はどうするつもりだ?」
「その時は……それまでの男だったということ、それだけさ。だが、僕の勘は結構当る」

 それは丁度、30周目のことだった。既にお互い限界まで体力を消費している。決闘が体力勝負と呼ばれる所以だ。アキラはその時、多少意識が朦朧としていたがなんとか踏ん張る。彼は瀬戸川流の決闘者のように、“酸欠状態での百本決闘”“火事になったビルの屋上で決闘をするための水浴び決闘”といった武闘派決闘者に特有の、厳しい特訓を詰んでいた訳ではなかった。だが、彼は踏ん張った。意地と気合で踏ん張っていた。
「ど……うだ。このままいけばお前のデッキの方が早く死ぬぜ。先攻だからな。当てが外れた……」
 エリーが先攻で始まったこの決闘。順当に行けば先にデッキ切れを起こすのは確かにエリーの方である。アキラは耐えに耐えることで、向こうがデッキ切れを 恐れ動かなければならなくなる、その瞬間を待っていた。「戦況が動きさえすれば、カード資源の豊富なこちらにもチャンスはある」と、彼はそう考えていた。 だがエリーは、その時全てを終わらせる体勢に入っていた。
「いいえ。貴方は終わります。次のターン、私は全てを破壊する」

“Adieu(さようなら)”.

「《マインド・ハック》で確認した貴方の伏せカードは《魔宮の賄賂》《神の宣告》《砂塵の大竜巻》《無血の報酬》《聖なるバリア−ミラー・フォース−》の5枚。その並びは1ターン目から全く変わっていない。貴方の時間は止まったまま。その時間を、今から私が動かします。私の場にはセットモンスターが3体。 私の手札は全部で7枚。これで十分……です。手札から《大嵐》を発動……」
 そう、27ターン目からエリーはモンスターのセットを行っていた。そして彼女は、今遂に動いた。
「チッ、やらせるか! 《魔宮の賄賂》発動!」
「カードを1枚ドロー……そして、手札から《サイクロン》を発動! 左から2番目の《神の宣告》を破壊。そして、手札から《異次元の指名者》を発動! 《サイクロン》を指定します」
「ノーピーピングからの発動!? 馬鹿な! くっ、《サイクロン》をゲームから除外する」
 ピーピング無しの状態から発動された《異次元の指名者》。だが、エリーは決してあてずっぽうで言ったわけではない。既に、お互いがほとんどのカードを引ききっている状況。墓地を見れば、アキラの手札などガラスのようなもの。だが、実の所、エリーにはそれすらさほど必要でなかった。エリーは、ただでさえ汎用性が高く、最悪自分フィールド上のカードすら破壊できる《サイクロン》を、アキラが捨てる筈はないと確信していた。
「2体の《闇の仮面》をリバース。墓地の罠カード2枚を手札に戻す。そして、手札を1度シャッフル」
 エリーはカードを4枚伏せてエンドフェイズに突入。その動きは、ありていに言って作業じみていた。
「ちっ! 好きにやらせるかぁ! 《砂塵の大竜巻》発動! 右から2番目だ!」
「手札から速攻魔法《非常食》を発動。右から2番目の《心鎮壷》を墓地に送る。これで、終わりです」
 徐々に、徐々に狼狽の色を深めるアキラ。エリーが今《非常食》を使ったのは、《砂塵の大竜巻》第2の効果を封じる為と考えて間違いない。ここでアキラに 罠のセットを許した場合、アキラのターンでの即時発動が可能となる、その可能性を潰しに来た。徹底して、アキラの可能性を潰しに来た。その事実が、アキラ に重くのしかかる。
「ちぃっ! ふざけてろよ! 俺のターン……」
「リバーストラップ・オープン! 《魔封じの芳香》!」
(《魔封じの芳香》!? このターンの、魔法の発動を封じられた!?)
「言った筈です。もう、終わりました。貴方にできることはもう何もない」
「ほざいてろっ! 俺は、カードを3枚伏せてターンエンドだ!」
「リバース・トラップ・オープン……」
(まさかアレは……本気かよ!)
「《心鎮壷》を2枚発動。貴方が伏せたカード3枚と、《聖なるバリア−ミラーフォース−》を拘束」
(くそっ! また動きを封じられた。アイツが伏せていたのは、《魔封じの芳香》1枚と《心鎮壷》3枚だったってわけか? もし俺があの時《砂塵の大竜巻》で《魔封じの芳香》を潰せていれば……いや違う!)
 今、アキラは全てを悟った。1戦目、エリーはアキラになっていた。身をもって、アキラを知ろうとした。
(俺が、《魔封じの芳香》を当てきらなかったのは単なる偶然じゃない。エリーがフルセットしてターンエンドを終了したあの状況、よくよく考えれば1戦目と ほぼ同じ。アイツは、俺の鏡写しとなることで、こういう状況になった時の為に、俺の癖を図っていたとでもいうのか? ランダム・ディストラクションの際、端 から何番目のカードを選び出すか、俺すら一々気がついていない、無意識の癖を……俺は……勝てない……)
「私のラストターン、ドロー。セット・モンスターをリバース。《 真空イタチ ( フィールウインド・ウィーゼル ) 》のリバース・エフェクトを発動。このターン、魔法・罠カードの使用は封じられました。これで、終わり……です」
「そこまで……揃っていやがるか」
 “そこまで揃っていやがるか”空しい表現である。既に30ターンを超えている。事前にこのヴィジョンを思い描いていたエリーの手が、万全でないわけがな い。《魔封じの芳香》が《非常食》の餌にならなかった時点で、エリーがアキラの眼を掻い潜った時点で、既にアキラの命運は尽きていた。一方、エリーは、 「任意のタイミングで先制攻撃可能」という莫大なアドヴァンテージを、完璧に、冷徹なまでに生かしきった。

(ディムズディルとエリー。どちらも、尋常じゃない洞察力を持っている。だが、2人のスタイルは似て非なるもの。ディムズディルは『力』だ。その圧倒的な 力で場を掌握、全てを読み取る力の決闘。だが、エリーは……『心』? そうだ、心だ。相手の身になって考えることを何よりも重視する決闘。アイツは、俺な らば乗ってくると、この我慢比べに乗ってきてくれる筈と信じていた? その上で、アイツは俺を仕留めにきたっていうのか……)
「私は場から《魔封じの芳香》《心鎮壷》《心鎮壷》を墓地に送る……現れて!」
「永続罠3枚……それが、今日のデッキの……メインディッシュか……」

Uria,

Lord of Searing Flames

(【神炎皇ウリア】……攻撃力は……チッ、数えるのも馬鹿馬鹿しい……)
 エリーがアキラの動きを封じ、ターンエンドを繰り返すその目的は、猛暑によってアキラをKOすることに留まらなかった。30ターンに渡るドローでゴッドハンドを揃える一方、不要な永続罠を墓地に捨て続けサイバー流に匹敵する攻撃力を獲得。有無を言わさぬ『一撃必殺』を叩き込み、アキラの気力・体力・戦闘 意欲、それら全てを根こそぎ奪い取って勝利する。一分の容赦もない決闘だが、それこそが地下決闘のセオリー。殺るか、それとも殺られるか。エリーは、その 不文律を全うしたのだ。この時ウリアの攻撃力は、15000に達していた。
(俺は……負けるわけにはいかねぇ……だが……くそ……身体が……もう……)
 エリーは、ディムズディルに頼まれていた。“完膚なきまでに倒せ”と。彼女は、承諾していた。
「特殊効果発動。トラップディストラクション!左から2番目の、《無血の報酬》を破壊」
 《真空イタチ》の効果が継続している今、この破壊行為にさしたる戦略的価値はない。だが、【オフェンシブ・ドロー・ゴー】の旗印たる《無血の報酬》への破壊行為は、アキラ自身への否定でもあった。
「ちきしょう……ちっきしょう……」

吼えよ! 炎の化身! 万物全てを焼き尽くせ!!

Hyper Blaze!!

●アキラ(1勝1敗)―エリー(1敗1敗)○

(俺の……【オフェンシブ・ドロー・ゴー】が…………)
 灼熱の決闘が灼熱の一撃によって終幕の時を迎える。全ては破壊された。そう、破壊されたのだ。既に疲労困憊の極みに居たアキラは、【オフェンシブ・ドロー・ゴー】を完膚なきまでに破壊したこの決闘の、ある種象徴的な一撃を喰らって遂に膝を付き、そのまま勢いよく地面に顔面をうちつけた。その倒れ方は、 格闘技関係者なら誰もが『もう立つことはできない』と判定するに違いない倒れ方。エリーのTKOを確信させる倒れ方であった。エリーは、何処か哀しげな顔 を浮かべながらその光景を眺めている。
「畜生……ちっくしょう……俺は……この程度……かよ……」
 朦朧とした意識の中で、アキラは、かっての自分を見ていた。 

「カウントダウン終了。これで20ターンだ。まぁた、俺の勝ちだな」
「……もう一度だ。もう一度勝負だ! ユウイチ!」
「ったく、ここではキャプテンって呼べよな。悪いが今日は店仕舞だ。俺は忙しいんだよ」
「逃げるな! 俺と闘え」
「おーい、智恵。俺とコイツの今週はどうなってる?」
「今週の戦跡……ユウイチの10勝0敗」
「……だそうだ。ここまでやっといてて勝ち逃げとか言うなよ。後はヒジリとでもやってろ」
「そうそ。私とやろ、アキラくぅ〜ん。実は、新しいデッキができたんだよね〜」
「ユウイチ! 次は勝つ!次は、次こそは……」
「お前の相手は疲れたよ。大体、お前のデッキはレア過ぎて練習台になんねぇよ」
「(練習台だと!ざけんな……その高い鼻……)畜生! 俺も帰るっ!」
「あーあー。アキラじゃユウイチに勝てるわけないのに。なぁに熱くなってんだか……」
「……って、あたしのことは……無視かよ……あたしの……【ターボヒジリンMk.V】……」

「くそったれ。やることやってんのに、なんで俺は勝てないんだ。俺に、何が足りないってんだ……」
「なーにぃ?またつっかかって負けたの? アンタもよくやるわよね。もっと、馴染んだら?」
「なんだサツキ。いたのか…………十分……馴染んでるさ……」
「え?そお?」
「何時の間にやら、“ココ”の“コレ”で馴染んじまってる自分が……ムカつくんだよ……」
 

(忌々しい。ずぅっと壁があった。俺の前には1個の壁があった。だが、今俺の前には別の壁がある。この壁も高くて硬い。壁、壁、壁。どこもかしこも壁ばか り……そうだ。壁があるならぶっ壊さなきゃならない。どれを?どれ……そんなもん……全部だ。どれもこれもだ。ぶっ壊さないといけないのは、全部。そう だ。そうじゃないといけない。森勇一の壁を壊すのも、目の前の、あの女の壁を壊すのも同じだ。同じなんだ。今、あの女の壁に屈することは、ユウイチの壁に 屈するも同じ……)

「『D』。随分と人が悪いな」
「人が悪い? どの辺りがだ?」
「拠り所を奪う決闘。人間は拠り所を失った時脆く崩れる」
「他の奴にならともかく、君に言われる筋合いはないな。第1、奪った覚えはない。機会を、与えただけだ」

(俺は、森勇一だけを見据えていれば何時か森勇一の壁をぶっ壊せると考えていた。だが、違う。違うんだ。森勇一を見続けても俺はアイツの劣化品にしかなれ ない。真に見るべきは……全てだ。そしてその全てを見るのは……俺だ。俺は、俺の……そうだ。本当の壁は俺自身の……背中にあった)

「同じだろ。このまま、潰れちまったらな」
「僕は、地獄の底からだろうが、底無し沼の中からだろうが、自力で這い上れる奴にしか期待しない」
「期待? 奴はもう……まさか!この闘気は!」
「拠り所など無い方が、いっそ早く走れる時もある。アキラは、恐れていたんだ。壁を超えようとしつつも、現状の、停滞した関係に依りかかっていた。解き放 たれて、依る物がなくなるのを恐れていた。だが、もう依りどころはない。周りを見渡し、自分を信じて、立って走るしかない。そして、アキラは立って走れ る。そう思ったからこそ彼をここに呼んだ」

「嘘……立ってる?」
「そりゃぁ、立つさ。ハハ……ハハハハ……フハハハハ……」
 アキラは、立っていた。汗が蒸発するほどの暑さの中、アキラは決闘者として立っていた。その眼光はかってないほどに鋭く、今にも獲物を食いちぎらんばか りである。彼はエリーを睨みつける。夥しい量の殺気を放って睨みつける。既に決闘場に背を向けていたエリーは、その異常な殺気を感じ取り思わず振り返って いた。そして、そこには、紛れも無く1人の決闘狂人が立っていた。
「もう、“余分なもの”はない。新たな決闘狂人の誕生だ。ジン、君はどっちが勝つ方に賭ける?」
「アレの殺気がこっちまで響いてくる。面白い……」

ありがとよ……謝礼だ……咽元喰い千切って殺してやる


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
ツッコミがボケに変わった記念すべき瞬間。


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。



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