「そーいやお前、何処の生まれだ?」
「生まれはポーランド。もっとも『血』は、辿れば色々だ」
「そーかい。ま、どこでもいいよな。どうせ、俺には馴染みがない」
「さぁ、続けようか! セットカード・オープン! 《タイム・トライデント》発動!

《タイム・トライデント》 
通常罠
自分はデッキの上から3枚を確認し、1枚を墓地に、1枚をデッキの一番上に、1枚をデッキの一番下に、それぞれ送る。

(三叉の槍!? このエフェクトは……)
 アキラがターンエンドを宣言した瞬間、ディムズディルは、リバース行為に及んでいた。
「この三叉は、それぞれ『現在』『過去』『未来』を少しだけ操る力を持っている。さあ、時間選択の時間だ」
 ディムズディルの動きは素早かった。3枚のカードを確認するや否や、ほとんど迷う素振りを見せず、ものの数秒で墓地に2枚目の《日和見主義の物神折衷論者》を送り、残りの2枚をそれぞれデッキトップとデッキボトムに送り込む。その間約5秒。
 アキラは、その光景を目ざとく見守っていた。
(《タイム・トライデント》、か。手札を交換できる点では確かに有用だが、手札枚数が減ることに加え、通常罠故やや扱いづらい。だが、それでも、使う価値が十二分にあるということか……)
「さあ今度は僕の番だ。ドロー!」
 彼の、ディムズディル=グレイマンのドロー方法は少々変わっていた。デッキを一々目で確認することなく、代わりに対戦相手であるアキラを見据えたまま、決闘盤から勢いよくドロー。迷い無くドロー。
 デッキからカードを引きぬいた後は、カードを掴んだ右手をそのまま眼前に引き寄せ、右目でカードを確認。その間左目はアキラの方に固定。
(器用な奴だな……)
《日和見主義の物神折衷論者》、効果発動」

『歪んだ天秤(フェアツェルト・バルケンヴェッジ)』!

《日和見主義の物神折衷論者》
星4/地属性/岩石族 攻1800/守1800
このカードが攻撃をする場合、このカードの元々の攻撃力は半分になる。自分のデッキからカードを2枚めくり墓地に送る。墓地に送られたカードの中に岩石族モンスターがあった場合、デッキからカードを1枚ドローしその後手札からカードを1枚捨てる。岩石族モンスターが1枚もなかった場合、自分は500ポイントのダメージを受ける。この効果は1ターンに一度しか使用できず、この効果を使用したターン自分は攻撃できない。

(捲れた内の1枚はまた岩石族か。典型的なまでの【岩石族】……)
「Nachbestellumg(ナーハ・べシュテルング)(追加注文)!」
(手札交換に次ぐ手札交換。執拗なまでの引き回し……)
 攻撃宣言の権利を放棄、手札交換を最優先に行うディムズディル。彼は、その後モンスターを1体、裏向き守備表示で召喚。陣容を整えつつターンエンドの体制に入る、が、それを黙って見ている程、アキラは呑気な決闘者ではない。【オフェンシブ・ドロー・ゴー】としての、仕掛けの一手を叩き込む。
「のんびりやってんじぇねぇ! リバース! 《無血の報酬》起動! 喰らえ!1200ダメージだ!」
「仕掛けてきたか。流石に手が早いな」

アキラ:7500LP
ディムズディル:6800LP

「ガンガン行くぜ。今度は俺のターン、ドロー……」
 アキラは、一回決闘盤をチラリと見てドロー。“問題の1枚”を引き入れる。
(《波動キャノン》か。悪くないドローだ。だがこのターン、《波動キャノン》を設置して、《無血の報酬》を保つには、後1枚分のスロットが必要になる。このターン、軽く動くしかない、か。だったら……)
「リバース!《地砕き》を発動!そこの日和見野郎を墓地に送ってもらうぜ!」
「構わない。続けてくれ」
(多少勿体無い気もするが、元々が《人造人間サイコショッカー》対策としていれた除去。そしてアレは今大会における制限カード。アイツのデッキには入って いない筈。なら向こうが、デッキコンセプトを歪めてまで無理矢理投入する、といった可能性をウダウダ考えなくて済むってわけだ。どうせ向こうの切り札『2 種類』に対しては、《地砕き》じゃ遅過ぎる。ならこれでいい。向こうが悠長に天秤遊びを続けるつもりなら、此方からガンガンプレッシャーをかけてやる。お 次はこれだ!)
 アキラの眼が光る。彼は、2つ目の大砲を設置した。
「俺は手札から永続魔法《波動キャノン》を発動!そのままターンエンドだ」

 この時――

 ディムズディルの脳裏には、蝋燭の火が燃え尽きるまでの道のりが浮かぶ。

 

 ディムズディルが、この図表を頭に思い浮かべるまでに要した時間は、3秒に満たなかった。彼は、この絵図を出発点に様々な状況検分を行う。仮にアキラが、この2つの装置のみでディムズディルのライフを削りに行くとしたら、最速7ターンでディムズディルの命は尽きる。もしここで、ディムズディルのターンだけを数えるならば、現時点から4回目のエンドフェイズが決闘の終着点となる。
 無論、この仮定は、ディムズディルが一切の妨害行為を行わなければ、の話である。或いは、仕掛ける側のアキラが、単発火力などによってチェックメイトの時間を早めにこないという保証もない。つまり、状況はこの先いくらでも変化し得るということになる。その、移ろいやすい決闘の流れを読みとるのは、一見すると困難なようにも思えた。
 しかし、ディムズディルは『生贄』と『維持』という、2つの装置の間の差異に着目。アキラの行動をいくつかに絞り込む。この間4.2秒。このタイムは、アキラのエンドフェイズからディムズディルのドローフェイズまでに、彼が違和感なく費やした時間と同一。つまり、ディムズディルは、ごくごく自然な態度を貫きつつ、水面下で読みを展開した格好となる。ディムズディルクラスならここまでは軽い。
 だが、ここから問題となるのは相手の目線。目下、相手が何を見据えているのか。対戦相手は、生きた人間。ディムズディルは、薄く笑みを浮かべた。

(こいつ、決闘が始まってから雰囲気が変わった。初戦圧勝は、フロックじゃないってことか?)
 ディムズディルは、初見の相手であるアキラに対して己の気配を伏せなかった。それはあたかも、既にアキラの決闘を見ているディムズディルなりの、真っ向勝負の意思の表れだったのかもしれない。アキラは既に、目の前の男が只者でないことに気がついていた。何より、纏っている雰囲気が違う、と。アキラは、ディムズディルに対して警戒を強めるが、その反作用としてディムズディルの纏った空気の色が変わる。
 お互いがお互いを敵として、手の内の端を見せ合った以上、ここからは、単なる机上の計算を越えた度量が必要とされる。ディムズディルとアキラの決闘が、徐々に噛み合っていく。
「さあ次は僕の番だ、ドロー。そして……リバース!《魔導雑貨商人》!効果発動!」

第28話:岩盤堆積型特殊装甲搭載式巨龍戦車(メガロック・ドラゴン)


(チッ、そんなもんまで……こいつのデッキ、相当特化されているな)
「行くぞ! 1枚目! 《日和見主義の物神折衷論者》! 2枚目! 《終焉の王デミス》! 3枚目! 《伝説の柔術家》……」
 ディムズディルのデッキから、見る見る内にモンスター・カードが削られていく。その数、実に6枚。
「これでラストだ!僕は《魔法効果の矢》を手札に加える……」
(《魔法効果の矢》、《サイクロン》の代用品ってところか。、《波動キャノン》に刺さるな……)
「君のデッキ、【オフェンシブ・ドロー・ゴー】には心が躍る。暗器を仕込んだ盾一枚で敵陣にその身を晒し、血路を開く事を日常とするその決闘。だが、悪かったな」
「悪い? なんのことだ?」
「このまま一方通行な決闘では、欠伸の足しにしかならないだろ。さぁ、そろそろ仕掛けさせてもらおうか! バトルフェイズ! 《魔導雑貨商人》でダイレクトアタック!」
(攻撃力200で仕掛けてきたか。《無血の報酬》のトリガーを満たす関係上、たとえ200ぽっちでも攻撃を喰らうわけには行かない。だが、向こうのデッキはターボ系。その性質上、十中八九一撃必殺に特化している筈だ。となると、こんな小物相手に過大な労力を裂くのは愚の骨頂、か。ここは、軽く流す!)
 ピーキーなデッキを扱うアキラは、常にこの手の計算に悩まされる立場にある。だが、流石に慣れたもの。彼は5秒とかからず、《魔導雑貨商人》の対処法をはじき出す。
「そのまま喰らう……が、第1ターン、予め発動しておいた《先約防御徴兵令》の効果でダメージは0だ!

「500ライフのコストにカード1枚。《魔導雑貨商人》の1撃、そのまま喰らうよりも高くついたな!」
(構うかよ。《無血の報酬》の為のクロックが稼げれば、それで十分お釣りが来る!)
「メインフェイズ2。僕は手札から《日和見主義の物神折衷論者》を攻撃表示で召喚!」
(もう3枚目、か。デッキの回転が速い分、動きも絞れるってところだろうな。だが、攻撃表示だと!?)
 謎の攻撃表示。元々の攻守が同じであり、このターン特殊効果を使うことが出来ない以上、この攻撃表示は下策であるようにも思えた。だがディムズディルは、尚も不敵な笑みを絶やさない。
「もっとも、このターンは既に攻撃宣言を行ってしまったので特殊効果の発動は無しだ。続けよう」
(にゃろう。わかってて尚“攻撃表示”で俺にその姿を晒す。なんらかの、誘い込みのつもりか?)
「カードを1枚伏せてターンエンドだ。そこのそれを使うんだろ?」
「このターン、ダメージは入らなかった。《無血の報酬》の分は喰らってもらうぞ」

アキラ:7500LP
ディムズディル:5600LP

 ディムズディルのライフは5600に落ち込むが、まだまだ致死量には程遠い。アキラは頭の中で、己の勝利パターンを幾つか考えつつ自分のターンに入る。一方、ディムズディルは別の次元に脳を飛ばす。
(今12時といったところか。残り12時間。まだトンネルの向こう側は見えない、か)

「俺のターン、ドロー。まずは《波動キャノン》のエネルギー・チャージを行う。悪いな」
「悪い? なにがだ?」
「このターン、パワーカードをガンガン使わせて貰うぜ。リバースカードオープン! 《天使の施し》! カードを3枚引いてから、《炸裂装甲》と《バーニングインフェルノ》の2枚を墓地に送る」
 アキラは、単体除去と単発火力を切り捨て3ドロー。その表情には迷いが無い。
「お次はこれだ! 《封印の黄金櫃》発動。デッキから《神の宣告》を除外する」
 《神の宣告》のサーチ。アキラは、比較的大雑把に見える、相手デッキの急所をつく構えに出る。
「俺はカードを1枚伏せる。これで、ターンエンドだ」
 このターン、アキラの決闘からは幾つか積極的な動きが垣間見える。情報は大きく分けて3つ。単体除去と単発火力の切捨て。《封印の黄金櫃》による《神の宣告》のサーチ。そして、《波動キャノン》の維持。ディムズディルは、そのアキラの動きを、黙って見守っていた。彼が何を考えているのか、傍からは知る由もない。彼は、アキラを見据えたまま、カードを引いた。
「僕のターン、ドロー……手札から速攻魔法を発動! 《魔法効果の矢》!」
「待ってたぜ! お客さんだ!リバース! 《魔宮の賄賂》をチェーン!」
 待っていたの台詞通り、ここまでは予定調和。ディムズディルが《魔法効果の矢》を仕入れたことが公開情報なら、それを知るアキラが《波動キャノン》の維持を図ったこともまた公開情報。このカウンターは、お互いが予想していた一手。本当の勝負は、次の手以降だった。
「やるな!なら次はこれだ!《高等儀式術》を発動!召喚するのは《終焉の王デミス》!」
「はっ、読めてんだよ!二丁目曲がりの《魔宮の賄賂》!その発動は無効だ!」
 前ターン、一方通行な決闘を否定した言動に違わず、ディムズディルの仕掛けが徐々に厳しくなる。が、簡単に屈する程アキラの決闘は温くない。1ターン目、《はにわ》が墓地に落ちた時点で、《高等儀式術》を経由した《終焉の王デミス》の召喚は読めていた。そして、その時からアキラは既に覚悟を決めてい た。
 《終焉の王デミス》は、手札を全てセットする【オフェンシブ・ドロー・ゴー】にとっては間切れもないマストカウンター。従って、《高等儀式術》を1枚 でも通してしまった場合、その瞬間アキラの敗北が決定するといっても決して過言ではない。だがアキラは、そのリスクを犯してでも《魔法効果の矢》にカウンター罠を費やす賭けにでた。
(3枚目はない……か?よしっ……)
 一瞬だが安堵の表情を浮かべるアキラ。彼はこのターン、100%の自信を持って動いていたわけではなかった。事実、このカウンター・チョイスは一種の綱渡りだったといえる。もしもこのターン、2枚目の《高等儀式術》がディムズディルの手札にあった場合、アキラの敗北が決定づけられる。
 だがアキラは、2ターン目《日和見主義の物神折衷論者》の 効果により《高等儀式術》が既に1枚、墓地に落ちてしまったという事実を重視。このターン、3枚目は来ないと踏んだ上で、《魔法効果の矢》に《魔宮の賄 賂》を使用。守備一辺倒に依らず、同時に攻める道を選ぶ。攻撃は最大の防御とばかりにアキラは進む。そしてその選択は、決して間違っていなかった。ディム ズディルの手札に、《高等儀式術》は入っていない。
「どうしたよ!これで終わりか?まだまだ、こんなんじゃ足りないぜ!」
 強気な言動とは裏腹に、アキラはまだ安心しきってはいなかった。目の前にいる決闘者・ディムズディルは、自然とアキラに警戒心を抱かせるだけのオーラを備えていた。事実、仕掛けはまだ終わっていない。
「いいやこれからだ!《日和見主義の物神折衷論者》の効果を発動。《強制脱出装置》《ポット・ザ・トリック》を墓地に送り、カードを1枚ドロー。更に手札から《N・グラン・モール》を墓地に送る!」
(攻撃チャンスを棒に振ってまで手札交換。チッ、細かい稼ぎには目もくれねぇってわけか。何を引くかは知らないが、間違っても《高等儀式術》だけは引くんじゃねぇぞ。もう、カウンターは伏せてないんだからな)
 一抹の恐れから、ディムズディルの手札を凝視するアキラ。幸運にも、《高等儀式術》はこなかった。「3枚目の賭け」は、未だその効力を失ってはいなかっ たのだ。だがディムズディルは、手札からではなく、伏せカードから新たな脅威を呼び込みにかかる。手札を凝視していたが故に、不意をつかれるアキラ。
「セットカードオープン!《強制脱出装置》発動!《魔導雑貨商人》を手札に戻す!」
(日和見野郎に加え、雑貨商人の再利用。トコトン掘り進めるつもりか。しつこい野郎だ。つーか、日和見野郎の“攻撃表示”は、結局誘いでもなんでもなかったのか?チッ、遊びやがって!)
「Ich ube ein Recht aus(権利行使といこうか)!モンスターを1体セット。ターンエンドだ」
「そーかい!だったら《無血の報酬》を起動!1200ポイント、きっちり喰らえ!」

アキラ:7500LP
ディムズディル:4400LP

「俺のターン、ドロー。まずはスタンバイフェイズだ。《波動キャノン》にエネルギーをチャージ……」
 《魔法効果の矢》の猛威を免れた《波動キャノン》が、2000までその目盛りを進める。
(ここだ!ここを抑えれるかどうかで、勝負の行方が変わる……)
 アキラは、このターンが一種の勝負どころだと見て長考。最善行動を読む。
(奴のライフは残り4400。あと1ターン粘れば《無血の報酬》の1200ダメージに加え、《波動キャノン》で3000ダメージ。計4200ダメージ。こ れだけ削れれば後は、《火の粉》一発でも勝てる。だがそれは、俺が今日選んだ戦術パターンじゃない。そうだ。経験上、捨てた戦術は戻ってこない。それ に……)
 この時、アキラに閃光。決闘者としての直感が、ある“閃き”をアキラに伝える。
「メインフェイズ。俺は《波動キャノン》を生贄に捧げる。喰らえ!」

Wave-Motion Cannon

Energy Burst!!!!

アキラ:7500LP
ディムズディル:2400LP


「どうだ!効いただろ?」
 ディムズディルに呼びかけるアキラだが、ディムズディルは黙して動かない。それは、無言の返答だった。その程度では未だ決定打にはならない、と。勝負の行方は、これから決まるのだ、と。
(チッ、やはり動じないか。ポーカーフェイスなのか、或いは本当に余裕なのか。こっちからはさっぱりわからねぇな。それにあの眼だ。あの、此方を捉えて離さない鋭い眼。あの眼がヤバイ……)
 気圧されつつもアキラは、いつしか決闘に引きこまれていた。アキラは、疲れを感じずに動き続ける。
「カードを1枚伏せるぜ!ターンエンドだ!」

(あと8時間か。ギリギリ間に合うかどうか。面白くなってきた……)
 ディムズディルは、デッキには目もくれない、例のフォームでカードを引いた。
「僕のターンだ、ドロー……」
 ディムズディルのドローが綺麗な水平線を描く。
「リバース。《魔導雑貨商人》! 効果発動!」
(来たな! さぁ、アイツは一体何を引き当てる……)
「さぁ捲るぞ。1枚目!《磁石の戦士β》。2枚目!《……」
 今回もまた上手い具合にカードが落ちていく。それは、偏ったデッキ特有の動きであった。もっとも、この手の偏ったデッキでは、最初の1枚が魔法・罠で、 後10枚くらいが全部モンスター・カードということも往々にしてあるのだが、ディムズディルは自信満々の表情を浮かべていた。
(通常ドローで、魔法・罠カードを引いたのかもしれないな。さぁ、何枚落ちるか……)
 捲られたカードを見つめるアキラだったが、この時、あるカードが墓地に落ちたことに気がつく。
(ん?アレは……フィニッシャーが1枚落ちた、か。これで、合計2枚のフィニッシャーが墓地に落ちたことになるのか。まぁ、どうせ3枚積みだろうから、自滅の期待はあまり出来そうにないな。サルベージの可能性もある。油断は禁物、か。だがそれにしても……よく落ちる落ちる。モンスター0の、俺のデッキとは対極だな)
 結局7枚のモンスターカードが墓地に落ちた格好。だが、ここでアキラにとってはある種の朗報。
「8枚目は《魔法効果の矢》……ここで打ち止めだ。手札に加える」
(《魔法効果の矢》の2枚目。やっぱあったか。俺の閃きも案外捨てたもんじゃないな)

「残念だったな。もう、狙い撃ちの相手はいないぜ」
 アキラの閃きは的を射ていた。彼の、目の前にいる決闘者は、ただでさえ《日和見主義の物神折衷論者》に よる手札交換を過度に行っている。そして、その上に畳み掛けるような《魔導雑貨商人》のリバース。2枚目の《魔法効果の矢》が来る可能性は、「もしその カードがデッキに後1枚以上入っているならば」それなりに高かった。そして、《魔法効果の矢》の2枚目以降がデッキに入っている可能性もまたそれなりに高 かった。
(大方、《平和の使者》辺りを狙い打つ為に入れたんだろうな。だが、使い勝手は《サイクロン》に劣る)
 3大ロックカードの1つ、《平和の使者》が今大会制限カードに指定されておらず、かつ《サイクロン》や《大嵐》或いは《ハリケーン》が制限指定を受けている以上、ディムズディルが昨日の試合において《魔法効果の矢》に白羽の矢を立てた可能性は十分に有り得た。
(そーいや、ヒジリが前《魔道雑貨商人》を使ってたな。結構な頻度で同じ魔法・罠カードを引き当てるもんだから、見た目以上にウザかったもんだ。まっ、これも経験則ってやつだな)
 デッキの大半がモンスターで占められている以上、当然魔法・罠の比率は減り、魔法・罠の比率が低い以上、《魔導雑貨商人》で意中の魔法・罠カードを引く可能性が高まる。アキラは、その可能性を直感していたのだ。
(俺はミズキみたいに記憶力がいいわけじゃないからどれもこれもってわけにはいかないが、元々の搭載数が少ない魔法・罠カードについてはどれが何枚墓地に いったかぐらいは一々確認を取らずとも大体覚えている。この決闘中、アイツは既に6〜7枚程度の魔法・カードを墓地に送りこんた。だとすれば、今奴のデッ キに残っている魔法・罠カードはもう数える程しかない筈。魔導雑貨であれだけの量のモンスターを捲っておいて、魔法・罠が全部で15枚を超える……なんて 馬鹿馬鹿しい話は幾らなんでも有り得ないだろ……)

歪んだ天秤 ( フェアツェルト・バルケンヴェッジ ) 』!

「《日和見主義の物神折衷論者》の効果発動!デッキを上から2枚捲る!」
 寝耳に水の効果発動。《魔法効果の矢》は確かにディムズディルの手元で腐った。だが、彼は尚も掘り続ける。まるで、何かを目指しているかのように。
「チッ、いい加減しつこいぜ!掘ったら埋蔵金が出るってか!」
「岩石族が捲れたので手札交換を行う。そして、手札から《高等儀式術》を発動!」
「しつこいって言ってんだろ!カウンター罠《神の宣告》を発動!」
 ディムズディルが手札交換によって引き当てた、3枚目の《高等儀式術》が発動。だがアキラは、渾身の力を込めてカウンター。例え何があろうとも、《終焉の王デミス》だけは決して召喚すら許さぬ構えだった。
(いかにアイツの残りライフが2400であろうとも、攻撃宣言が不可能な状態になっていようとも、手札を全伏せする【オフェンシブ・ドロー・ゴー】にとっ て、《終焉の王デミス》がマストカウンターであることに何ら変わりは無い。アイツが動けば、文字通り世界が終わる。だが奴はこのターン、既に攻撃宣言の権 利を放棄してしまった。《無血の報酬》による1200ダメージ。奴の残りライフは、このターンが終わった瞬間2000を切る。仮にアイツが、魔法カードを回収できるカードを使ったとしても、やつのデミスは、単なる2400アタッカーに成り下がっている。俺の脅威には、なり得ない)
「カードを1枚伏せてターンエンド」
《無血の報酬》起動!1200ポイントのダメージだ!」

アキラ:3750LP
ディムズディル:1200LP


 ディムズディルのライフが残り1200となるが、言うまでも無くこれは射程圏内。後一撃《無血の報酬》を喰らおうものなら決闘は終わる。ディムズディルの首に、手がかかったのだ。
(あと4時間か。だがようやく、埋蔵金が見えてきた)

「来る所まで来たな。そろそろ……ケリをつけようぜ」
 アキラが決着を促す。当然、彼に負けるつもりは微塵も無い。だが、アキラはほんの少し、自分でも気がつかない内に焦っていた。執拗な、粘り強い決闘を見 せるディムズディルを前に、アキラの心は無意識の内に圧されていた。ディムズディルを取り巻く空気の色が、灰色から黒に変わっていく……
「攻守の切り替えに生死のラインを引く決闘。【オフェンシブ・ドロー・ゴー】は十分堪能させてもらった。だが、ここからは、ブラックマンの決闘を見せる番だ。君に……大地の決闘を見せてやる」
(奴の眼の色が変わった?この威圧感、いや殺気か。さっきまでとは桁違いの殺気。間違いない。奴はこの1周で勝負を仕掛けてくる。この重苦しい感覚。掛け値なしの、終盤戦ってわけか)

「よーやく本性を現したってか。だが、もう遅いぜ」
「遅いかどうかはやってみなければわからないさ」
「そーかよ。じゃあ……行くぜ! 俺のターン、ドロー!」
 アキラは自分の、信ずべきデッキを数秒見据えると、勢いよくカードを引いた。その瞬間、彼の顔がほんの少しほころぶ。それは遠目からでは確認できないぐらい微細な微笑だった。
(《激流葬》……完璧だ。向こうのデッキには《大嵐》はおろか《サイクロン》すら入っていない。あるのはもう、クソの役にも立たない《魔法効果の矢》。恐らく次のターン、奴は最後の勝負に出る筈。だが……)
「スタンバイフェイズ。《封印の黄金櫃》の効果で《神の宣告》を手札に加える」

(《神の宣告》と《激流葬》、そして1ターン目から今の今まで温存してきたこの1枚。こいつらがラストターンを凌ぐ。この三段構えの守りが、俺の勝利を導く。突破できるものならやってみろ!)
「カードを2枚伏せる。俺はこれでターンエンド、だ」
 アキラは自信を持ってターンエンド。ディムズディルにターンを渡す。だが!
「たった3枚の塁壁ではこの僕の! 【 岩石の戦車 ( ストーン・チャリオッツ ) 】は止まらない! 踏み! 潰す!」
 大きな、大きな笑みを浮かべる闘争者。灰色の男は既に、漆黒の魔王と化していた。
「はっ、言ってくれるじゃねぇか!返り討ちにしてやるぜ!」
 アキラは熱くなっていた。或いは、この日の試合中よりも熱くなっていたのかもしれない。ディムズディルの存在が、アキラの全力を、120%のアキラを引き出していた。最後の勝負が始まる。

「ラストターンだ、ドロー!」
 ディムズディルのドローは、最後までアキラの眼を凝視したままのドローだった。相手を見据えるあの鋭い眼光が鈍ることは、最後までなかった。彼は、最後まで特徴的な彼のままだった。
「メインフェイズ……アキラ、君はシベリアの大地に足を踏み入れたことがあるか?」
「ないな。つーか、ある訳ねーだろ」
「それは残念だ。機会があれば一度足を踏み入れてみるといい。零下50度を雄に上回る永久凍土の世界。人語を絶する猛吹雪。アレはまさしく凍気の権化。日本国三陸沖のストームも、フロリダ産のハリケーンも、この寒波の前には赤子の泣き声も同然と言えよう。資金も無く、食料も無く、誰一人話し相手のいなかっ た、とある迷子相手に聞かせる子守唄としては最上級の一品が、シベリアの大地にはそこら中に転がっていた。さあ、君も聞くがいい!あらゆる生命を凍結させ る、極寒の子守唄!ノーマル・スペル発動!」

 

Cold Wave!

 

 ディムズディルの決闘盤が光るや否や、猛吹雪が辺り一帯を包み込む。だが!
「悪いがお断りだぜ!三陸沖の大嵐だろうが、フロリダ産のハリケーンだろうが、シベリア産の大寒波だろうが、天候を支配してるのは天の神さんなんだよ!消えろブリザード!リバースカードオープン!」

 

Solemn Judgment!

 

 空間を覆いつくす大寒波が、空間を支配する神の声によって収束していく。
「《大寒波》によるリバース封じ。だが、その程度、読めてないとでも思ったか!」
 アキラの体勢は万全だった。だが、戦いはまだ終わらない。
「これで……なにぃ!」

 

Dust Tornado!

 

「《砂塵の大竜巻》を発動。右端のカードを破壊する」
 アキラが得意になる刹那、既に第2波が到来していた。ブリザードの次はトルネード。
(くっ、こいつ、俺のトップカードを潰しやがった!)
「さっきの勢いはどうした!リバースカードが泣いているぞ!」
「チッ……調子に乗るなよ。俺の守りは、まだ破れちゃいない」
 強がるアキラだが、損失は大きかった。右隅のカード、それはアキラが第1ターンに伏せて以降今の今まで温存してきたカード。出来ることなら、最後の最後に裏返したかった。だが、アキラは動けない。
「《大寒波》を相手取った《神の宣告》。字面上は釣り合う。だが!実際には《神の宣告》でなくとも《大寒波》へのカウンターは可能。にも拘らず! コストが重く、普通なら最後に発動すべき《神の宣告》が発動された。最早、魔法へのカウンター・カードは存在しない!阻止限界点が、見えたな!」
「見えた……だとぉ!?」
「流石に5発目のスペル・カウンターは撃てなかったようだなアキラ。《高等儀式術》を2連打した甲斐があったというものだ。日本の諺にもあるだろ? 『ワイトとハサミは使いよう』だ!」
(何が使いようだ。如何にあの時、奴のライフが残り2400だったとは言え、手札を全伏せする【オフェンシブ・ドロー・ゴー】にとって《高等儀式術》からの《終焉の王デミス》は何をどう考えてもマストカウンター……)
「目立つ事実だけが真実じゃないぜ!見えない奴は、潰れるだけだ!」
(真実? アイツは一体……まてよ! 俺は奴が、序盤の段階から超高速で墓地に大量のカードを送るその姿をこの眼で見ている。あの時、レベル8の通常モンス ターは1体もいなかった筈。もしそんな不自然なものが入っていれば、流石に俺の眼に留まる。だとすると、なんだ?俺はこの決闘中において、《はにわ》 《ポット・ザ・トリック》《磁石の戦士β》以外の通常モンスターカードを目にしていない。もしこれがあのデッキに投入された全てだとしたら、通常モンス ターは全部で9体。《高等儀式術》でビンゴを作るには2〜4体の通常モンスターが必要。だがアイツは、序盤から《磁石の戦士β》を魔導雑貨で何枚か墓地送 りにしていた気がする。となると3〜4……いや待てよ。あいつは《日和見主義の物神折衷論者》の能力で手札交換を行い、あの雑魚カードを墓地に送っていた。つまりアイツの初期手札には雑魚が溜まっていた。だとすると……畜生!)
「2発目の《高等儀式術》は……寄せ餌か!くっ!奴のデッキの通常モンスターは、とっくの昔に尽きてたってのか!?畜生!まんまと乗せられた!」
「さあ!《砂塵の大竜巻》の処理を続けよう!虚空に消えてもらおうか!その、第1ターンの時から今の今まで右端に伏せられていた、《聖なるバリア−ミラーフォース》をな!」
「なっ!?てめぇ……」
「この程度で臆するなよアキラ。数字に直せば、8割程度の安い読みだ。このぐらいは、見えるだろ?」
 ディムズディルは、数ターン前から既にその正体を読んでいた。彼が、3ターン目にダイレクトアタックを仕掛けた際、《先約防御徴兵令》が あるにも関らずアキラは一瞬――時間にして約1秒程―躊躇した。ほんの一瞬だったが、それは、ディムズディルにとってはあからさまとも言える程の違和感。
 そしてその後、今現在に至るまでディムズディルは攻撃宣言を一切行わず、右端のリバースカードもまたカードもまた一切使われる気配なく最後まで残り続けた。そして中盤においては、カウンターの各種使用、《炸裂装甲》の切捨て、《神の宣告》のサーチ等、アキラの動きからは、奇襲に対する安心感のようなものが窺 い知れた。少なくとも、ディムズディルには窺い知れた。
 デッキの傾向から逆算したカードの使用法の癖、更にはアキラ自信の挙動から見える感情の動き。そこ から、一点突破を切って落とす、強力な罠の存在が浮かび上がっていた。
(読まれていた、か。だが、俺のセットカードには最終兵器が残されている。奴の手札は一見すると3枚。だが『実質』は1枚に過ぎない。もう《大寒波》や 《言語道断侍》といった『前座』カードは怖くない。もう奴に『捨て駒』はないんだ。そして、奴の『王手』がどの駒でくるのかは既に読めている。俺は……勝 つ。勝ってみせる!)
 アキラは改めて決闘盤を構える。その姿は、盾を構える勇者を思わせた。だが、アキラが勇敢なる者ならば、攻め入るディムズディルは魔界の伝道者。情け容赦のない侵略行為が、アキラを襲う。
「行くぞアキラ!手札から《終焉の王デミス》を墓地に送り、《死者転生》を発動!」
(やはりサルベージカードが入っていたか!墓地を超高速で掘り進めるデメリットへの保険)
 ディムズディルは、その眼をアキラの方角に向けたまま、墓地の中から1枚のカードを取り出しその種類を確認。墓地より引きずり出されたそのカードは、彼が欲しがったその1枚。
「墓地の!岩石族を10体除外する!現れろ!」
(遂に来やがるか!来るなら来やがれ!大勝負だ!)
「岩石族最強!……………を召喚!」
 ディムズディルが召喚行為に及んだその刹那、雷鳴が鳴り響き、ディムズディルの声が一部掻き消される。だが、アキラの眼はディムズディルのモンスターゾーンを捉えたまま離さなかった。
「悪いな!俺の決闘は詰まないぜ!リバース!」

 

激・流・葬!!!!

 

 アキラの切り札。《激流葬》が発動。満を持して登場した、ディムズディルのフィニッシャーが他のモンスターと共に一瞬で洗い流される。決闘直後からその 脳裏に浮かんでいた、岩石族界の『王者』を墓地送りにしたことを確認したアキラは、遂に己の勝利を確信する。「此方の残りライフは3250。向こうのライ フは残り1200。場が一掃された以上、このターンで決着がつく」と。
「俺の……勝ちだ」
 だが――
「いぃやまだだ! 大地の決闘はここから始まる!」
「なっ……馬鹿を言うな!《激流葬》によってお前の場のモンスターは全滅。もう勝負はついた。確かにお前の手札には、1枚のカードが残っている。だが俺 は、そのカードが何かを既に知っている。雑貨商人から仕入れた《魔法効果の矢》だ。だがそんなもん、今更何の役にも立たない。お前がこのまま何もせずエン ド宣言すれば……ん?」
 その時、アキラの眼には1枚のカードが映った。それはディムズディルが1ターン目、魔法・罠ゾーンに伏せたまま放置していたカード。アキラはそのカード の正体を、【オフェンシブ・ドロー・ゴー】相手には有効な使い道を見出せなかった攻撃宣言誘発系罠、或いは速攻魔法だと考え、途中からそのカードのマーク を外していた。
 試合を決めるほどのカードパワーは持たないであろうとタカを括っていた。《砂塵の大竜巻》や《死者転生》ならもっと早くに使っている筈。そ して後者のような“通常魔法”に関しては、この決闘において伏せる意味がない。強力な制限クラスが軒並み抜けた、ディムズディルの使用したデッキの基本ス ペックでは、ここまでが限界だと考えていた。これらの読みは、半分近くは当っていた。だが!
「僕のメインフェイズはまだ終わっていない!セットカードオープン!」

 

再装填 ( リロード ) !!!!

 

「《リロード》……手札交換……馬鹿な!」
「どうしたアキラ。僕のデッキに手札交換カードが入っているのがそんなにおかしいか!」
 確かに、おかしくはない。元々ディムズディルが今回使用したような超高速回転型のデッキは、その偏った性能上どうしても事故りやすい。その為手札交換 カードの需要が高まるが、この手のカードとしてメジャーな《手札抹殺》は、大会初日において基本制限に指定されている。そしてそれは、制限カードの禁止と いう条件からデッキを構築したディムズディルのデッキには、《手札抹殺》投入されていないことをも意味している。ならばこそ、偏ったデッキの保険として 《リロード》や《打ち出の小槌》をデッキに投入するという選択肢の数は0ではない。
 0ではないが、アキラの疑問点はそこではない。
「そんなもんで今更切り札を引こうってのか! ふざけるな!」
 今更引ける筈も無い。アキラにしてみれば、それは当然の怒りだった。だが!
「僕の決闘に迷妄の余地など在りはしない!」
「なにぃっ!」
「気がつかなかったのか?決闘開始直後ならいざ知らず、既に6回目のメインフェイズが到来している!」
(6回目? 『既に』?)
「カウンター罠で通常ペースを維持することに努め、ゆっくりと歩みを進めた君とは違い、このディムズディル=グレイマンは!通常の4倍のペースでデュエルフィールドを駆け抜けた!」
 ディムズディルは、決闘盤の中央に位置するデッキホルダーを、アキラの眼前に勢いよく突き出した。
「残り……1枚だと!?まさか……お前……」
「通常ドローで11枚。計4度発動された《日和見主義の物神折衷論者》の能力によって12枚。《魔導雑貨商人》で13枚。《タイム・トライデント》で1枚。君が発動した《魔宮の賄賂》で2枚。合計39枚。40−39=『1』だ。もう1度言う。この6ターンは、4倍の速度で進行した」

4倍のぺースで6ターンを駆け抜ける ( ・・・・・・・・・・・・・・・・・ )

「4倍のペースで6ターン。6を4倍…………にじゅう……よん!?」
「Richtig(正解だ)! そして、地球の自転周期もまた『24』時間だ。わかるな? この世で最も優れた法則、自然法則がそうだと言っている以上、これ を覆すのは不可能だ。この大地は、『24』によって一巡している。つまり、大地に棲む生命は蟻一匹から像100頭に至るまで、全てが『24』の理に従って 生きていることになる。そう。1日は、0時に始まり24時に終わる……」
「お前は……何を言っている。それが、一体何の意味を持つっていうんだ……」
「何故シンデレラにかけられた魔法が、24時きっかりに解けてしまったのか。その答えもまた『24』にある。24は400メートル走の400メートル地 点、つまりは終点、全てが終わる場所だ。だが、神聖にして悪魔的な『24』は、同時に、始点にもなり得る。わかるだろ? 400メートルのコースを楕円形に 作り直し、例の、スタートとゴールが繋がったコースを作ればいい。そうすれば、終点に達した瞬間始点に戻ってこれる。『24』の魔力もまた、この理論を認 識することで見えてくる。地球は24時間かけて一巡することで、もう1度始まりの力を得ることができる!」

「我が 大地 ( デッキ ) は既に一巡している!この1枚は、その証だ!」
 アキラには、ディムズディルの意図がわからない。だが、1つだけわかることがある。それは、アキラが単純な真実に到達することができなかったということ。注意を、払いきれていなかったということ。
(アイツはドローの際、デッキを一切見ず俺の方を凝視していた。あの鋭い眼光に、何時の間にか俺自身が引きつけられていた。いや、それだけじゃない。俺は アイツのデッキが超高速回転型の【岩石族】だと知った時から墓地のカードを個別に見ることしか考えていなかった。12体以上岩石族がいればそれで十分瞬殺 レベルに達する。だから、個々のカードに気を払えばそれで十分だと、俺は何時の間にかそう思っていた。だがこいつは、墓地全体と、デッキの……)

 

『墓地山札表裏一体の原則』

 

「20世紀後半、アメリカの決闘経済学者・ノイマン=エールザントが主張した決闘における基本原則。墓地を操るという事は、それ即ち、山札を操るも同然だ」
 ディムズディルは己の能力をフル活用、ありとあらゆる情報を知覚しながら闘っていた。それが彼の決闘。現在進行形の決闘。アキラは、その異様な雰囲気に気圧される。
「だが、だがお前は、毎ターン、カードを引く際デッキを見ずにドローをしていた。まさか! 全部記憶……」
 『この男も西川瑞貴同様、その脳髄をもって全ての情報を記憶しにかかるタイプの決闘者なのか』とアキラは条件反射でそう考える。だが、ディムズディルの元から返ってきた答えは、アキラの想像を斜め上に超えていた。
「記憶? 笑えない冗談だな」
「冗談だと!?本気で言ってんだよ!何が何枚消費されたかを、逐一記憶してるからこそ……」
「君は、自分の右腕が存在するかどうかを、一々記憶を辿って確認するとでも言うのか?」
「な……に……!?」
「決闘者にとって、自らのデッキは身体の一部も同然。それ故に、身体の一部が今どのような状態にあるのか等、身体に直接聞けばそれで済む。剣士が愛刀を肌 身離さず持ち歩くように、料理人が包丁を自らの手足の如く操るように、神が世界と一心同体であるように。それは、決闘者としての基本中の基本だ」
「最後の1枚。お前は何時からか、ここに向かって掘っていたっていうのか?だが、そのカードが一体何なのか、掘る前から予め何かわかっていなければ意味が……あっ!」
 ここでアキラは気づく。先程、ディムズディルが発した言葉の、真の意味を知覚する。

「我が 大地 ( デッキ ) は既に一巡している!」

「我が 大地 ( デッキ ) は既に一巡している!」

「我が 大地 ( デッキ ) は既に一巡している!

「我が 大地 ( デッキ ) は既に一巡している!」

(一巡、奴は一巡と言った。一巡、つまり最初に戻る。最初に戻れる。 進む事により戻る事ができる ( ・・・・・・・・・・・・・・ )

「リバースカードオープン!《タイム・トライデント》!」
「この三叉はそれぞれ『現在』・『過去』・『未来』を司る力を持っている。さあ、時間選択の時間だ」

(奴は……スタートとゴールを時間操作によって繋げたのか!)
「戦力に劣るこのデッキで勝利を掴むには、40枚のカード全てをフル活用すること、それこそが、このデッキが求めた完全なる勝利への道! 持てる力全てを出 し切った、デッキとしての本懐の真っ当だ! さあ、シャッフルを開始しようじゃないか! 君と僕、どちらが道を全うしたか、雌雄を決する時だ!」
 ディムズディルは、2枚故の不正を防止する為、アキラに2枚のカードを渡し、右手と左手にそれぞれ隠すよう指示。アキラは、言われるがままの手順でシャッフルを開始する。
(そうか。本来ならここは制限カードであった《手札抹殺》が発動されていた筈だ。《手札抹殺》ならここでチェックメイトだだろう。だが《リロード》の場合 は違う。手札を一端デッキに戻す都合上、奴があの、デッキボトムのカードを引く確率は減る。その確率は50%。まだ勝負は……いや……)
 理論上は、《魔法効果の矢》をディムズディルが引く可能性もある。だがアキラは、その可能性に賭けようとなどとは考えなかった。数字上は1/2。だが、アキラにはそう思えなかった。

「いぃやまだだ!大地の決闘はここから始まる!」

「シャッフルは終わったようだな。なら……引かせてもらうぞアキラ! 勝負だ!」
 雷鳴が、木霊する。まるでディムズディルの気に呼応するかの如く、天が軋み、地が震え、空間が歪む。ディムズディルの右腕に収束する圧倒的なオーラがア キラを圧倒する。
 アキラは、身体が、魂が、押しつぶされそうになるのを必死にこらえつつ、ディムズディルに向かってカードを持った両腕を差し出した。まる で大地をマグマごと踏み抜いてしまいかねない勢いでディムズディルは右足を前に出し、アキラが左腕に持っていたカードを引いた!引き抜いた!引き寄せた! それは、大地の芽生え(ドロー)だった。

 雷鳴とともになされた、強烈なドロー。その時、アキラは見た。確かに見た。ディムズディルが引き抜いたカードが光り輝いたその瞬間を。人は笑うかもしれ ない。カードスリープが雷鳴か、或いはその辺のライトにでも照らされて光って見えただけだと笑い飛ばすかもしれない。
 だがアキラはそうは思わなかった。まるで、奈落の底から昇ってきたかのようなあの強烈な光は、光線反射等というチャチな代物では断じてない。それは、生命そのものの輝き。そのカードは、溢れんばかりの生命を抱き込んでいた。
「天候を支配するのは天の神、か。だが、君の神は、天という限られた範囲を統括する地方神に過ぎない。ならば!大宇宙の摂理を掌握したこのブラックマンに!負ける要素等微塵も無い!」
(何考えてデュエルしてやがるんだ、こいつは。だが……だが……強ぇえ)
「見るがいい!このデッキの真価を!墓地の岩石族モンスターを13体除外……現れ出でよ!」

 

岩盤堆積型特殊装甲搭載式巨龍戦車(メガロック・ドラゴン)

破砕力:Nine Thousand One Hundred!

 

「馬鹿な!?攻撃力9000オーバー……2体目の《メガロック・ドラゴン》だとっ!?」
 ほんの数分前、攻撃力7000にまで膨れ上がった《メガロック・ドラゴン》を、アキラは虎の子の《激流葬》で葬った。その脅威を退けた筈だった。だが、 現に今、アキラの目の前にはその威容を更に一回り増した2体目の《メガロック・ドラゴン》。その攻撃力は9100。“一撃必殺”を文字通り体現するパ ワー。
(40枚のデッキをフルに使うことで1ターンに2体の、それも瞬殺クラスの《メガロック・ドラゴン》を連続召喚。お互い、手札もリバースカードも全て使い切ったこの状況。この状況下で9100!?ざけんな……)
「見るがいい!これが我がデッキの真の姿!偉大なる岩石の咆哮!」

 

【CRUSH ROCK TURBO】

 

「そう、我が《メガロック・ドラゴン》は……2度大地を踏み鳴らす!」
 圧倒的だった。目の前に現れた『戦車』の威容は圧倒的だった。だが、それはあの《メガロック・ドラゴン》だけが発しているものではなかった。目の前の決闘者と、渾然一体となって生まれる威容。
「全く、騙されちまったよ。お前の本性……見えてきたぜ」
 アキラは決闘を経て悟る。ディムズディルの中に潜む、闘いへの狂気的な情熱を。その時、ディムズディルが発していたオーラは、社交上、それまで抑えられ ていたものが、我慢できずに溢れ出てきたような代物だった。アキラは、ディムズディルに恐れを抱くと同時に、それと同等の興味を抱いていた。
「騙した……覚えはないな」
「ああ、俺が勝手に騙されただけだ。最後の一撃、どうせなら、掛け値なしのやつがいいな」
 アキラの場に伏せカードはない。《メガロック・ドラゴン》の一撃をまともに喰らう状況だが、アキラはまともに喰らう覚悟を決めた。ディムズディルは、狂気的な笑みを浮かべ、その一撃を見舞った。
「ああ!最上級の一撃を喰らわせてやる。ラストアタックだ!駆け抜けろ!メガロッーク!」
(まったく、よ。こいつは……こいつは……)

 

―アメリカの決闘評論家・エリック=ジョンソンは語る―

あれはある夏の日のことだった。そう、45度を越す灼熱の日のことだった。私の目の前には決闘者が2人。1人はヨーロッパ・アンダーグラウンドデュエル界 において着々と勢力を伸ばしてきた新鋭、リオン=ガルガスタンJr。そのあまりの強さから『ウラル山脈のアーム・クラッシャー』と呼ばれた男。奴は常日頃 から「決闘盤と手札によって塞がれた決闘者の両腕を破壊することなど、赤子の手を捻るより容易いことだ」と豪語する危険な決闘者だった。
 当然、私もリオン の勝利を疑っていなかった。だが、私は気がついていなかった。『アーム・クラッシャー』の前に立ち塞がった決闘者が、他ならぬ『彼』であったことを。 『彼』を前にしたリオンは、結局最後まで何もさせてもらえなかった。『赤子の手』を有していたのは、当のリオンの方だった。『彼』がその牙を剥いた時、天 がうねり、地が軋む。リオンが虚空の中に戦意を喪失し、大地に膝を付くまで、3分とかからなかった。決闘者の両腕を狙うリオンを、全身全霊を持って文字通 り圧倒するその姿に、私は戦慄した。それまで抱いていた自分の決闘観が、音を立てて崩れていくのを私は感じていた。あれぞまさしく『デュエライム・シフ ト』。
 それまで、風の噂に伝え聞いてはいた。しかし、所詮は都市伝説に過ぎないと思っていた。だが!実在したのだよ。その精気溢れる肉体から決闘波動を放 ち、大地を揺るがす程の闘気を持った決闘者。エメルソン=バルザック、デービット=アンバーマンモス、ヴァヴェリ=ヴェドウィン、マルセイユ=ルーレッ ト……様々な決闘者を見てきた私だが、その全てが奴の前では霞んで見えた。あれこそ、『灰色の魔王(グレイ・ブラックマン)』と呼ばれた男―

―――――――――――――――――――――――

 

Megarock Overrun!!


 これが“こと”の始まりだった。



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
本当はフルでやる予定のない決闘だったがよくよく考えるとやらねぇのもどうかと思ってやった。正直、色々な意味で粗が多すぎるんだが、気に入っていないかというとそうでもないから不思議。どうでもいいけど、《大寒波》は執筆当時に比べて出世したなぁ。


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。


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