「よお爺さん」
 気軽にそう呼びかけたのは通訳……もといダルジュロス=エルメストラだった。
「ふん。わしを笑いに来たか。こういうときだけは早いの」
「オイオイ。そう邪険にすんなよ。ちゃんと観戦してやったんだからな」
「わしが目当てではなかろうに。全て予想通りというわけか?」
「いーや、俺は何も“予想”しなかった。軽く“期待”はしたけどな。で、そっちの感想は?」
 彼がそう問いかけると、老人はゆっくりと語りだす。やはり、誰かに語りたかったのだろう。
「見事に騙された……か」
「ディムズディルの野郎が言ってたぜ。異端者だってな」
「試合が終わり……冷静に考え……飲み込めてきた。異端の組み換え戦術。いや、あれはもはや戦術などというものではない。わし自身へのピンポイント爆撃。それ以外では説明がつかん」
「ああ。ディムズディルもそういってた。確か……」
 ヴァヴェリの推測を補完すべく、ディムズディルの意見を伝えるストラ。もっとも、彼はその際“自分の意見”とやらを適当に織り交ぜ、適当に遊ぶ事も忘れなかった。
「よくやるの。だが真に恐るべきは、わしのデッキが本来【ガジェット】を得意とする【ネフアンデット】だとわかっても尚、何食わぬ顔で馬鹿を通しきった。それがわしの眼をさらにくらませた。あの時、わしの眼には全てが策と映った。不利も有利も、全てが計算に見えた。丁度おまえさんが得意としたデュエルトリックを喰らった、間抜けな決闘者のようにの」
「俺はあそこまで馬鹿な真似はやらねぇよ。多分な。馬鹿と真面目を折半するのが俺流だ……が、アイツは馬鹿だ。100%の大馬鹿だよ。アレと一緒にされたんじゃあ、名誉毀損もいいとこだ……」
「そうじゃな。馬鹿以外の何物でもない。じゃが、その馬鹿に気づく余地はあった。1戦目、奴は《炸裂装甲》を撃ち間違った。アレは間違いなくプレイングミス。わしはあの時あやつが3流じゃと思った。そこまではよい。そこで気がつかなかった自分を責める気はない。《ヴァンパイア・ロード》の能力でわしの誤信を深め、かつ、早々に試合を終わらせる為のプレイングミス。その真意を隠し通した小僧の度量が尋常一様ではなかったというだけの話じゃ。そう、そこまではよい。じゃが2戦目、あやつがやはり尋常一様な決闘者ではないとはっきりわかったあの瞬間、わしは即座に1戦目のプレイングミスを思い出し、その違和感から結論を修正すべきじゃった。あれこそが、わしの犯した最大のミス……」

 思考とは遡りがたきもの。そしてそれは、百戦錬磨を誇ってきたヴァヴェリ=ヴェドウィンについてもまた例外ではなかった。結局の所、信也はヴァヴェリをスタートラインに戻さぬよう、時間の経過に沿って策を弄した、と言える。ふと気がつくと、ヴァヴェリ=ヴェドウィンは間違った流れの中に引きこまれていた。
「1つ……未だわからんことがある」
「なんだ?」
「あやつは1戦目終了後のサイドボード、カードを3:1に分け、1の方をサイドボード全ての上に乗っけよった。わしはアレを見て、あやつは単調かつ粗雑な【暗黒界】を捨て得意の【グッドスタッフ】で勝負をかけにきたのだとあたりをつけ、第2試合の流れからそれを確信した。じゃが、じゃがそれを見なければ、わしのメタオブジェクションはあそこまで徹底しなかったやもしれん。あやつは相当に“さりげなく”それを行った。もし、わしがあの動きを見落していれば……」
 ヴァヴェリ=ヴェドウィンが最後まで言い終わらない内に、ダルジュロスは笑い始めていた。
「なんじゃ。何がおかしい!」
「じーさん。アンタ、結構自分のことわかってねーんだな」
「なんじゃと!?」
「『世界最高峰のデッキウォッチャーならきっと本能レベルでこちらのデッキを見てくれるに違いない』。大方、そんなところだろうよ。相手が経験豊富な百戦錬磨、やたらめったらにクソ強ぇってんならさ。逆に考えれば、だ。その強さについては心の底から信頼できるってこったろ。あいつは信頼したのさ。妙な芝居を撃たずとも、自然に引っかかってくれるほどのアンタの強さをな」
 ストラがこう言い放ったその時、ヴァヴェリ=ヴェドウィンは苛烈な決闘者から気のいい爺さんに戻っていた。彼は認める度量を持っていた。自らを誤魔化さない性根を持っていた。
「完敗じゃな。久々に、いい経験になったわい。まだまだ、じゃの」
「そーそー。若いモンに負けるってのも、考えようによっては元気の素だぜ」
「よく言うわい。ダルジュロス。お前はどうなんじゃ? その若いモンに負ける気はあるのか?」
 ダルジュロス=エルメストラは、ちょっと考えるフリをした後、おもむろにこう言った。
「ま、ぶっちゃけあんまやる気ねーんだけど、負けねーのが決闘師だからな」 

 一方、画鋲の刺さっていた左足を庇いつつ歩くのは勝利した側、元村信也。彼の顔は紅潮していた。
(気持ちいいな。本当に気持ちいい。そうだ、この感覚。ギリギリのライン上で強者と戦うという感覚。だから闘うのは止められない。才能と熟練に裏打ちされた“なにか”を持つ者に勝負を挑み、そして勝った。そうだ、俺は勝ったんだ。勝利。勝利。勝利勝利勝利勝利勝利勝利勝利勝利勝利。あのヴァヴェリ=ヴェドウィンから勝利。強い者を倒す。僕が倒す。僕が倒すんだ。そうだ、決闘は麻薬だ。吸いたい。もっと吸いたい。ダルジュロス、そしてディムズディル。あいつらはもっと強いのか?ハハ……)
 数分後、森勇一・西川皐月らと合流した信也は現状を確認。彩が大差で勝利した事を聞く。
(最終戦はアヤとの一騎打ちになる。多分、勝った方が決勝トーナメント進出だろうな。僕の【ワーストスタッフ】が勝つか、アヤの【詠唱乱舞】が勝つか。お互い手の内は知り尽くしてる。勝負の鍵は……)
「おいシンヤ。さっきの決闘は……」
「あ、すいません。試合が長かったもので……ちょっと用を足してきます」
 先輩達から問い詰められるのも程々に、トイレに行くといって再び1人になったシンヤ。彼は笑っていた。決闘場の異端者は笑っていた。彼は、凝血を終え鈍い光を放つようになった画鋲をペロリと舐めた後、その賃貸物を、それが元々在ったポスターの一角に押し付け、Uターンする。彼の眼は、尋常ではない量の殺気を放っていた。彼は闘い続けることを選んだ。
「上へ行く為に目障りなものは……潰せばいい。全部」

第27話零距離戦闘用複合武装搭載型攻盾(オフェンシブ・ドロー・ゴー)


「ふぁ……」
 会場にあくびをかく決闘者が1人。山田晃だった。
「そういや睡眠足りてねぇな。デュエルにデュエル。またデュエルだったからなぁ」
 彼は信也の試合が終わるや否や、ディムズディル達と別れ、1人で試合場の近くに下りてきていた。
(もーすぐ試合か。相手は昨日ユウイチの野郎に負けた……ええっと、確か名前は寺門吟。地区の大会では景気良く勝ちまくってるんだったか。得意デッキは……)
 暇なので予習を行ってみたものの、数秒後、彼は実にあっさりと飽きていた。山田晃は、試験10分前、必死に暗記を行うというよりは、頭を空っぽにすることで試験に雑念無く臨むタイプの男だった。が、試験10分前というにはまだ時間がある。やはりどこか所在無い。そんな気分。

「ちょっと早く降りすぎた……か。あいつらは今どうしてるんだろうな……」
 アキラの視力は右2.0左1.5。障害物がなければ会場中をある程度見渡せる。もっとも、アキラがその眼の良さを発揮する必要はこれといってなかった。アキラが捜したその男は、信也VSヴァヴェリ戦の時、彼が座っていた場所に相変わらず存在した。
 その男は、やる事がないのか椅子を3〜4個ぶち抜いて寝転がっている。それも、エリーの膝の上でねっころがっている。やる気は、あまりなさそうだ。
(まっ、ご愁傷様ってやつだな)
 エリーは困った表情を浮かべているが、その男はなんら意に介す様子がない。或いは全てわかった上でなおエリーの存在を無視していたのかもしれない。その証拠に、男はエリーのスカートをおもむろにつまみ上げると、自身のアイマスク代わりにスカートの布切れを使用。その際、エリーは顔を真っ赤にしてすぐさま男の蛮行を制止しようとするが、やはり男は意に介さない。介すつもりが全く感じられない。だが、何処までが天然で何処までが悪戯なのか、遠目ではさっぱりわからなかった。いや、近目でもきっとわからなかったに違いない。
「暇人め。なにやってんだか」
 とはいえ、その男が寝ている理由はわからないでもない。大会4日目は既に終盤、現在Mブロックに差し掛かっているが、ここでデッキ構築に臨んでいるのは彼の一派。既に、手の内は知り尽くしているだろう。無論、それだけなら身内の応援がてら、観戦に洒落込む道もないではなかったろうが、アレを見ればその気も失せると言うものだ。アキラは、既にあきれ果てていた。
「まったく、あの野郎が連れてきた連中にはろくなのがいねぇな。なんだ?アレ……」

 

グレ(鞭)! グレ(蝋燭)!


ファー(LOVE)!



「み、見ろ! アフリカ代表グレファー=ダイハード! 鞭を身体に巻きつけ、蝋を全身に隈なく見舞ってるぜ! なんて自虐的なデッキ構築なんだぁ!」
「マジかよ。普通アレだけの鞭と蝋燭を喰らえば、痛みと熱でデッキ構築どころじゃない筈だ。なのにアイツは、まるで『《融合》を得たE−HERO』の如く、物凄ぇ勢いでデッキを作ってやがる!」
「皮膚だ! 皮膚の基本構造が日本人とは全く異なっている! アレが、近代オリンピックでヨーロッパ勢の優位性を覆したと言われる、アフリカ原住民族独特の皮膚のしなりというやつなのかぁ!」 

(確かに只者じゃねーな。只者じゃねーが……“只者”の代わりに入る二字熟語は“変態”……だよな)
 山田晃は頭を抱えていた。ディムズディル同様、自分の試合までどこか試合場の近くで寝ている方が、精神衛生上適切な身の振り方だったのかもしれない。彼は、そう思いつつあった。
「つーか、アレに一体何の意味があるんだ?」
 アキラは、この発言を行ったことを数秒後には後悔することになる。壁に耳あり障子にメアリー。
「アキラ。ディムズディルに眼をかけられたにしては、随分と目が節穴だな」
 突如、アキラの後ろから声がする。相手が気配を殺していた為か、不意を突かれたアキラが振り返る。
「お前は……確か瀬戸川とかいったな。お前には……あれが何かわかるってのか?」
 振り返った、アキラの目の前には1人の女性が立っていた。衣服というよりは装束といった方が適切なその格好は、何時何度見たとしても容易に見慣れる類の代物ではない。彼女の決闘盤に大きく描かれた『斬』の一文字が、およそ場にそぐわない自己主張を展開している。
 加えるに、そもそもの問題として、なにゆえ足音を消して近寄る必要があったのか。アキラには全く理解できない。屈託なく笑顔を振りまくエリーとは違い、できるならお近づきになりたくないタイプの女性だが、もう遅い。アキラは、既に係わり合いになってしまったのだ。
「あの様子では、どうやらお前以外の腑抜け共も、アレの意味に気がついていないようだな。フッ、我が武者修行で世界に出ている間に、日本のレベルも落ちたもの。実に嘆かわしい……」
「気がつくもクソもねーだろ。何がしたいんだよアレは……」
「ふっ、ならば教えてやろう。グレファーは、自身の肉体を予め徹底的に痛めつける事によって、各種感覚器官を通常の3倍以上に活性化。それによって通常状態ではとてもなしえないような精度のデッキ構築を可能とする。これぞぉ!グレファー=ダイハードのデッキ構築……」

 

グレファー=ダイハードの恍惚(ハード・マゾヒスティック・グレファー)

 

「ふっ、呆けとるな。あまりの実力差に声もでんか!」
 だがそこにはもうアキラの姿はない。彼は、その場から離れることを選んでいた。
「馬鹿共に一々付き合ってられるかってんだ。まったく……」 

―閑話休題―

「落ち着かないな。何時もはもっと、気楽にやれたもんだが……」
 アキラは自販機の前に座って、缶おしるこを飲んでいた。真夏のど真ん中でおしるこを飲むその精神構造はわりと昔からよく人につっこまれたものだが、彼はとりたてて気にしなかった。かれはおしるこを飲みながら、足踏みをしていた。落ち着かない様子が、傍からはありありと見て取れる。と、そこに人影1つ。
「落ち着かない様子ですね。わかります。僕もそうでした。多分、みんなも……」
 その人影は、実体となってアキラに声を掛けた。
「シンヤ、か。お前こそ落ち着きがないじゃないか。その足、地面に嫌われてるぜ」
 アキラが指摘するように、信也は、僅かに足を引きずっていた。
「血は多分止まってます。けど、これが思ってたより痛くて痛くて……」
「身体じゃねぇよ。頭だよ。そんなんだと、何時か病院に運ばれる、ぜ」
 アキラは、やや呆れた様子で信也を揶揄した。右手で頭をかく信也。
「そういわれると立つ瀬がないですね。でも、勝てたんだから万事オッケーですよ」
「勝てた、か。そうだな……」
 信也は、ある種の答えを出した。それが正しいのかどうかはアキラにもわからない。だが、悩みに悩みぬいた末に答えを出した。そう、答えを出した。「答えを出した」という事実が、アキラの胸の内には残った。そして、だからこそアキラは意識した。自分とは違う道を行くであろう、商売敵のことを意識した。アキラは、ふと声を漏らした。
「勝てたから万事オーケー、か。じゃあ……」

お前は俺にも勝てるか? 今すぐにでも、俺を倒せるか?

 瞬間、空気の色が変わる。そして、アキラの目付きも変わり、決闘者の顔となる。
「さぁ、としか。僕が倒そうとして、実際に倒したのはあくまでヴァヴェリ=ヴェドゥイン……」
 軽くはぐらかす信也。だが、アキラは逃さなかった。
「シンヤ、そういえばお前と正面からやった覚えがないな。だが、今のお前となら殺り合ってみたいな」
 アキラは腕を上げ、決闘盤を信也の前に突き出す。一瞬にして、距離を詰められたような感覚。
「試合が控えているんでしょ。大事な体力は、今使うべきじゃない」
 詭弁。実のところ、体力の消耗を控えたいのは信也の方であった。彼にしてみれば、今さっきの決闘で精神を磨り減らしたことによる過度な消耗から、今すぐにでも、何処か人気のないところで眠りにつきたいところだった。だが、信也はその場から一歩も動けない。アキラの殺気が、みだりに動くことを許さない。
「遠慮、するなよ。ここは、闘う場なんだぜ?」
(この殺気、以前のアキラさんじゃない。あの人とは、ここから大体10歩ぐらいの距離、か。もし、僕がここで踏み込んだらどうなる?闘わねばならない、か?既に身体は限界だ。今日はもう、闘えない。けど……)
 信也が身構える。もしここで決闘を仕掛けられたら?疲労困憊の自分では分が悪いかもしれない。だが、ここで負ければケチがつく。ヴァヴェリを倒し、上り調子となった自分の運気にケチがつく。もしかすると、目の前の男は“勝利者”である自分の運気を吸い尽くすことを目的としているのかもしれない。そう考えた信也は、最悪目の前の男と相打つ覚悟を決めた。だがアキラは、だらんと腕を下げた。
「闘らねぇよ。お前は1戦終えた後、俺は1戦始める前。お前は勝利者、俺は敗北者。お前は『上』、俺は『下』。だが、直ぐに追いついてやるさ。その後巡り合う機会があったら、お前もついでに殺ってやる……」
 アキラはくるりと信也に背を向けた。そんな彼に対し、信也は問う。
「今日の相手は、誰でしたっけ……」
「寺門吟。確か通り名は『北関東のドラゴン寺院』―“参拾八種のドラゴン族を操る破戒僧”――」
(智恵さんから聞かされた名前だな。確か、優勝候補の一角。1回戦、ユウさんをも苦しめた男……)

「疲れたんで寝るつもりだったんです、が、見させてもらいますよ。先輩の、戦いぶりを」
「ああ、好きにするんだな……」
 アキラは、信也に背を向けたまま試合場に戻っていく。信也は、アキラの姿が見えなくなった瞬間、肩を落とし、壁に背をつけ、息を吐いた。全精力を使い切った試合後の彼には、その空気は重すぎた。
(物凄い殺気だったな。以前の、仇花のようだった気迫とは違う。“殺る者”の気迫。ユウさんとの試合が近づくにつれてモチベーションが上がっている、だけではないな。いったい……)
 信也がアキラの変化を感じ取る一方、アキラもまた、信也の変化を感じ取っていた。
(シンヤの奴、本当はもうボロボロの癖して、一歩も退かなかったな。あの精神力こそが、ヴァヴェリを破り、地獄から生還を果たした真の要因、か。だがな、潜った地獄なら……) 

―大会二日目―

「僕は《日和見主義の物神折衷論者》を攻撃表示で召喚! さぁ、いくぞ」

《日和見主義の物神折衷論者》 ☆4 岩石族/地属性 1800/1800
このカードが攻撃をする場合、このカードの元々の攻撃力は半分になる。自分のデッキからカードを2枚めくり墓地に送る。墓地に送られたカードの中に岩石族モンスターがあった場合、デッキからカードを1枚ドローしその後手札からカードを1枚捨てる。岩石族モンスターが1枚もなかった場合、自分は500ポイントのダメージを受ける。この効果は1ターンに一度しか使用できず、この効果を使用したターン自分は攻撃できない。

(初っ端から手札交換能力搭載型生物(トレード・モンスター)か) 

【交換(トレード)】
 遊戯王OCGの基本、それは等価交換である。1:1交換が常に基準とされ、この土台の上での競争が前提となっているのは、《強欲な壷》の禁止からも明らかである。だが、ここには大きな嘘が隠されている。
 そもそも等価交換とは何か。等価交換とは、結局の所不平等を作る為にある、と言ったら少々過激に過ぎるだろうか。だが、これは歴史上変えようがない事実である。皆、最後には自分だけが儲けたいのだ。等価交換という美名の下、私欲を貪りたいのだ。将棋の駒交換とて、引き分ける為にやっているわけではない。そしてそれは遊戯王においても何ら変わるところがなかった。
 何故エアーマンが高値で捌かれたのか、何故壊れたコンボが発掘されるのか、それは、変えようがない人の業である。この不等価交換を求めるが故、彼らはまず等価交換に手を出すのだ。手札が増えない、と言われる《デステニードロー》《レア・ヴァリュー》はおろか、手札が減る、とまで言われた《手札断札》までもが、往々にして3枚積みされうるのだ。その全ては、交換行為の持つ魔力故、である。交換を制す者が、決闘を制す。第2回世界グランプリ『ワールド21』において、ベスト32の内の半数近くが、『交換』に長けたユダヤ人だったのは、単なる偶然ではなかったのだ。

(アイツのデッキは岩石族。それも、金銀落ちの将棋……)
 アキラは眼前に現れた日和見野郎―捲れたカードに応じて仕事を変える軟骨漢―を見ながら相手の動きを考える。決闘開始前、ディムズディルがカミングアウトした事実に思いを巡らせつつ。
「後で、舐めていると思われたくないから先に言っておく。僕のデッキには《サイクロン》や《大嵐》、《早すぎた埋葬》や《リビングデッドの呼び声》、或いは《聖なるバリア―ミラーフォース―》や《激流葬》といった何時もの連中がレッドカードを喰らっている。昨日の決闘は、そういう催しだったんだ。つまり、これはこれで、真面目に作ったデッキということだ。他意はない。ん? 今これを使う理由? 大した理由じゃないさ。あの時は相手が弱すぎた。ただそれだけの話さ。この大会で1番弱かったんじゃないかな。だが、それでは不完全燃焼だろ?ただ、それだけだ。そう、それ以外に理由なんかないさ。本当は、僕が君の戦いを見た分、こちらのデッキの中身まであますところなく教えてもいいんだ、が、君はそれを望まないだろ?」
「かもな」
「ああ、やっぱりそうだったか。大した根拠はないが、そう言うと思ってたよ。さぁ、こちらは戦力落ち、君の方は情報漏洩、ハンデはないだろう。決闘を、始めようか……」
(ライフが200しか減らない程に相手が弱すぎた。不完全燃焼だった。だから、一回戦で使ったデッキのコピーを持ち歩き、一日中相手を探し求めていた。そしてその途上、俺の試合を見て決闘を申し込む事を決めた、か。酔狂な奴だ。まっ、決闘をやる理由なんてどうだっていいけどな。俺だって人のこと言えた義理じゃない。だが、奴があのデッキを組んだのが初日だとしたら、有利なのはこっちだろう。俺のデッキを見たといっても、デッキ自体に対策が仕込まれたわけじゃない、てことになるよな。大体、アイツからはそういうことをする気がまるで感じられない。ま、そりゃそうだろうよ。あの男、要は決闘がしたいわけだ。闇討ちの奇襲で決闘者を潰し、自分の力を誇示したいだけなら、もっと名のある奴を狙うだろうよ)

(そう、有利なのはこっち。特に《大嵐》がこないのは気が楽だ。でもって、向こうの方からそれを覚悟して挑んできたんだから、こっちとしても遠慮する理由はない。俺にとっても、腕試しの意義がある。相手が弱すぎたっつっても、一応予選を勝ち抜いた参加者を切って落としたんだ。こいつを倒せば、勢いがつくかもしれない……っつーのは理由になるんかな。まったく、俺はなんで真面目にやろうとしてんだか。自分でもさっぱりだぜ。だが、アイツからはどうも只者じゃない気配を感じる。それが気になってOKを出しちまった。大体アイツ、デッキパワーが落ちる以上、俺にわざわざ言わなくても確実に不利は生まれる。だが、それでもアイツは情報アドヴァンテージを情報アドヴァンテージで相殺した。単なるフェアプレイ精神か? それとも、あすることで後腐れなく徹底的にやり合える、と考えたからか? もし俺が、「自分だけ人のデッキを観察したのは不公平だからこっちにもデッキを見せろ」とでもいったらホントにアイツは見せたのか? いや、それ以前にアイツは、例え俺がどうでたとしても、真っ向から勝利を勝ち取る気なのか? まったく、気がついたら色々考えちまってる。物好きな奴だよな、俺も……)
「さぁ仕事の時間だ論争者(ディスピュータント)! お前の取柄を見せてみろ!」
(早速きたか! いいぜ。乗りかかった船だ! やってやる!)

歪んだ天秤(フェアツェルト・ヴァルケンヴェッジ)』!

「デッキからカードを2枚捲り、そのまま墓地に送る」
 ディムズディルは《日和見主義の物心折衷論者》の効果を起動。決闘が、動き出す。
「で、そん中に“岩石族”が在ったら、追加で手札交換が可能……なんだろ」
「ああ。僕が墓地に送るのは《番兵ゴーレム》と《磁石の戦士β》だ」
(オイオイ両方とも岩石族かよ。余程“ツキ”があるのか或いは……)
「効果を継続。カードを1枚引いて1枚捨てる。捨てるカードは……《はにわ》だ」
(《はにわ》だと? あんな雑魚カードをデッキに入れているのか? まさか、奴のデッキは……)
「カードを2枚伏せてターンエンド。さぁ、君の番だ」
(『岩石族対応型のターボ能力』『捲れたのは2枚の岩石族』『岩石族の低レベル通常モンスター』……か)
 アキラは、その捨て札から相手のデッキに目星をつける。彼は、激しい攻防へ向け、気を引き締めた。
「中々ロックな(・・・・)デッキを組んだみたいじゃねぇか。だったら! こっちもお前のお望みどおり! 見せてやるぜ! 俺のターン、ドロー! 手札から《先約防御徴兵令》を発動!」

「目ん玉ほじくり返してよぅく見やがれ!!」
 アキラの右腕が、左腕に装着された決闘盤を通り過ぎるや否や、引き返した右手の先につかまれた5枚のカードが瞬く間に消えていく。その消えていった5枚のカードは、何時の間にか魔法・罠ゾーンに引越しを済ませていた。その動きには一点の迷いも無い。アキラの、戦いが始まる。
「手札を5枚伏せるぜ……これが俺の【オフェンシブ・ドロー・ゴー】だ!」

Wunderbar ( ヴンダーバール ) !(素晴らしい!)


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
プロローグVから実質26話分も放置された男の物語。アヤVSヴァヴェリ〜シンヤVSヴァヴェリの時と同様、諸君の記憶の混同・忘却を防ぐ為の、女神よりも優しい私の措置だが、まさか26話分もあく破目になるとは夢にも思わなかった。ごめん。


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。


                TOPNEXT



































































































































































































































































































































inserted by FC2 system