「たった一枚で何をなそうというのじゃ?小僧。」
「ワンカード……か。そうだ。この1枚があんたを天から打ち落とす……『一本の矢』だ!」
「楽しみにしとるぞ小僧。フォッフォッフォっフォッフォッフォ…。」

「違う。これじゃない。これでもない。これでも…」

「信也君、サイドボーディング…苦戦してるみたいだね。」
「ああ。遠目から見ても苦しそうだ。さっきからカードを抜いたり、逆に入れたりを繰り返している。おそらくはヴァヴェリの《手札抹殺》や《メタモルポット》辺りの対抗馬となる、【暗黒界】のパーツを入れるかどうか迷ってるんだろう。だがヴァヴェリは既に【暗黒界】の事を知っている。【暗黒界】のパーツを入れるだけ入れといて、もし『透か』されでもしようものなら悲惨な結果は免れないだろうな。其処に残るのはデッキバランスの壊れた中途半端な紙の束だけだ。」

バン!

「フォ? 小僧。台を叩くのはマナー違反じゃぞい。」
「五月蝿いな。日本に来たなら日本語で喋れよクソ爺ィ。」
「そうかい。なら……自分を鏡で見るんジャナ。そうすればスベテがワカル。」
「相変わらず下手糞な日本語だな。いいさ。もうデッキはこれでいい。どの道アレを引くか引かないかだ。」
(99%把握した【ベストスタッフ】の最後のピースか。フム……セットカードである以上《デビルフランケン》はない。となると切り札は《未来融合》かはたまた別の何かか。だが何れにしろ此方のサイドボーディングは完璧。まずは完璧に把握した『モンスター』から切り崩す――)

 2人の思惑がデュエルフィールドを飛び交う中、運命の第三戦が始まる。 

【ラウンド3】
元村信也―ヴァヴェリ=ヴェドウィン

(この5枚、フルハウスといったところか。さぁ、最後の勝負だ)
 元村信也は自分の手札を数秒眺めると、ゆっくり、そして静かにカードを1枚引いた。
「僕の先攻、ドロー。僕はカードを1枚セット、モンスターを裏向き守備表示でセット。ターンエンドだ」
 1戦目2戦目と激しかった1ターン目。だがこの大一番、信也は何時もそうやるように、やや慎重に1ターン目を捌く。傍目からは、それが信也の怯えからくるのか、或いは冷静さからくるのかは判別し難かった。
「わしのターン、ドロー……」
 ヴァヴェリのターン、普段ならここで様子を見るのがヴァヴェリ流。だが、もはや様子を伺う必要など微塵もない。ヴァヴェリには全てが見えていた。元村信也の呼吸・手の動き・汗の量、そして全ての中核を成すデッキそのものの情報。決闘者はデッキを裏切らない。裏切らない以上デッキが見えれば全てが見える。ヴァヴェリ=ヴェドゥインの、経験と信念に基づいた【札魂吸収(デッキドレイン)】は既に完了していた。その動きはまさしく雷霆の如し。
「手札から《禁止令》! 《風帝ライザー》を指定する!」
「いきなりかよ! 爺さん!」
 やたらと手早い仕掛けに信也が反応する。その表情が、僅かに歪む。
(小僧の【グッドスタッフ】に投入されたモンスターは100%確認済み。亜奴は今回《人造人間−サイコ・ショッカー》を投入しておらんかった。ならば《風帝ライザー》こそが《ネフティスの鳳凰神》を擁する我がデッキ最大の脅威。従って封殺の初手はここじゃ。サイドボードで強化した甲斐あって、手札も充実しておる。封殺にはうってつけじゃわい。さあ、ショータイムじゃ)
「《抹殺の使徒》発動! その“除外”系モンスターを“除外”する。当たりじゃろ」
 ヴァヴァリは自信満々でそう言い放った。苦痛を堪えるかのように、押し黙ってカードを捲る信也。
「フォッフォッフォ。《異次元の女戦士》か。よいぞよいぞ。ゲームから除外してもらおうか」
 神がかったヴァヴェリの洞察力。ほぼ名指しで信也の伏せカードを当ててくるそのプレイングは脅威の一言。序盤で伏せてくるカードには《マシュマロン》等も存在するが、ヴァヴェリは迷い無く当ててきた。
(《風帝ライザー》を《禁止令》で指定した際、あの小僧は0.1秒程度伏せモンスターを一瞥した。《風帝ライザー》同様鳳凰神に有効なモンスターであるが故の反射。見逃さんよ。見逃す筈がないのじゃよ)
「《封印の黄金櫃》じゃ。デッキから《魔宮の賄賂》をサーチする」
 カウンター罠をサーチ。通常なら「カウンターを使用可能」という情報を相手に与えてしまう為に躊躇われる一手。だがヴァヴェリのプランにはその程度些細な事に過ぎない。むしろ相手に「少なくとも今から2ターン目以降においてカウンターが使用可能」というプレッシャーを与える分にはメリットにすらなりえる。それが千戦錬磨『電獣』ヴァヴェリ=ヴェドゥインの思考回路であった。無論そこには、信也の決闘を既に見切り、後はネズミを迷路の中で追い立てて行くかの如き決闘こそが最も有効という確信がある。加えて、元々【グッドスタッフ】は制限クラスの一枚挿しが非常に多いデッキである。それは強力な一方、同じような手を1〜2度しか使えないことを意味している。其れ故の《魔宮の賄賂》。ヴァヴェリが、ニヤリと笑う。
「更にィッ! わしはモンスターを1体セットしてターンエンドじゃぁぁあ! さあ! さあ! さあ! さあ! カードを引くのじゃ小僧! 引導を渡してやるぞ!」
 ヴァヴェリの声は熱を帯びていた。本気だ。ヴァヴェリは本気で信也を潰す気でいる。
「急かすなよ。年長者ならもっと落ち着いてろっての」
 軽口を叩く信也だが、その表情はどこか芳しくなかった。 

「墓地からの無限復活を繰り返す鳳凰神に対して有効なバウンス能力を持ち、単独で鳳凰神との相打ちをはかれる《風帝ライザー》への《禁止令》。更にはモンスター除外能力を持ち、鳳凰神へのメタカードになり得る異次元の女戦士を早期にゲームから除外。あの男、シンヤ君の手を徹底的に潰して勝利するつもり!?」
 皐月はやや呆れてものを言う。今まで、コレほどまでに徹底的な決闘者は見たことがない。
「だろうな。このままでは“ディステニードロー”さえ封殺されかねない勢いだ。強い。このターン攻撃しなかったのは《炸裂装甲》あたりを嫌ったんだろう。その思考の先にあるのは……《ネフティスの鳳凰神》か!」

「シンヤ……」
 序盤から封殺の脅威に晒された信也を不安そうな面持ちで眺める福西彩。そんな彼女を先輩である浩司と智恵が彼女を励ますが、その表情は一向にすぐれない。
「大丈夫やアヤ。アイツの【グッドスタッフ】の往生際の悪さは、戦った俺がようしっとる。専門デッキ集団・翼川高校カードゲーム部の、【グッドスタッフ】のエキスパートは伊達やないで!」
「そうそう。まだ序盤。うちのルーキーの【グッドスタッフ】は……」
 浩司と智恵が異口同音に信也の強さをアピールする。だが、彩は首を横にふった。
「違うんです」
「違う? 何がや?」
 思いもがけず放り投げられた「違う」という謎の一言。戸惑う浩司と智恵を一瞥した後、彩はゆっくりと語りだす。元村信也の異端性を誰よりも早く感知していながら、その現実を今まで認めたくなかったばっかりに口をつぐんでいた彩。だが彼女は、この局面遂にその重い扉を開く。その口調は何処か暗い影を落としていた。
「シンヤは、【グッドスタッフ】のエキスパートでも何でもないんです。私、シンヤが翼川のレギュラーになれるなんて全然思ってなかった。デッキもろくに組めないあのシンヤがあそこまでやれるなんて夢にも思ってなかった」
「何言っとんのや。確かにアイツのデッキ構築はド下手な部類や。だが【グッドスタッフ】だけは……」
「シンヤは自分でデッキを作った事が……幼馴染の私が知る限り一度もない。一度も無いんです」
 一度もない。その一言は、浩司と智恵の頭上ににはてなマーク3つを浮かべていた。
「馬鹿言え! わいと闘った時は玄人好みに調整されたオモロイ代物やったで!」
「あの時は、デッキを持っていないシンヤに、私があまりのカードで【グッドスタッフ】を作ってプレゼントしただけなんです。シンヤが少しでも部にのめりこんでくれればいいなって。多分その後は……」
「『コピーデッキ』……そう言えばアイツ、何時もカードリストを眺めるばかりでデッキ構築や新カードの話題に全くのってこんかった。まさかシンヤのやつ、どっかそこら辺の大会記録かなんかを見て調達した【グッドスタッフ】のコピーだけで実戦に臨んでたってわけか? そんなアホなこと有り得……」
 元村信也はどこか普段の情熱に欠ける男だった。彼は、果たしてTCGを愛していたのだろうか。
「じゃあ、じゃあシンヤは、本当に『プレイングセンス』だけで……『実戦感覚』だけでコウジやミズキを?」
「おかしいとはおもっとった。いくら未知の形式、未知のカードプール、開幕戦のプレッシャー、あれだけ揃っとったとはいえ、あの冷静なシンヤが何もできんことにはチョイ違和感があった。一騎当千の組み合わせで構成される【グッドスタッフ】を作りなれてるシンヤなら、即興でパワーカードを寄せ集めたデッキ程度なら最低限作れるんやないか……そんな気がしとった。だが現実はあの様や。だがそれもこれも今全部わかったで。あいつが緒戦で戸惑っとった本当の理由は、『まっさらな状態から今まで本気のデッキ構築を1度もやった事がなかったから』か!」
 元村信也はお世辞にも褒められた決闘者ではない。だが彼は、褒められようとはしていない。
「信也自身、いざやるまでそのことに気がついていなかったのかも。それくらいデッキ構築に縁がなくて。ホラ、サツキさんが昨日言っていたじゃないですか。シンヤったらプロキシーカードすら知らなかったって」
「なにそれ。デッキに、カードに興味の無いカードゲーマァ? このレベルの大会で、そんなことって有り得るの? 馬鹿じゃない?」
 有り得るも何も、彼は勇一等のついでに招待された男である。彼は、客観的にはそれだけの男だった。
「なんや雲行きが怪しいで。これはどういう流れなんや? シンヤの決闘は、これからどないなるんや?」
 1つ言えること。それは根底的な経験不足。元村信也への信頼が加速度的に揺らいでいく。
「わかりません。だけど……シンヤ……」 

「僕のターン、ドロー……」
 思えば、信也の決闘は常にドロドロだった。何がなんやらよくわからない内から最初に闘わされた相手は、先輩の武藤浩司だった。彼は、何がなんだかよくわからないながらも何とか勝利を収めた。
 次に闘った相手はあの「ブレイン・コントローラー」西川瑞貴だった。彼女は圧倒的だったが、ふと気がつくと彼女の決闘は崩壊していた。彼の、次の相手は桜庭遥だった。
 信也は、周りの先輩一同とは違い、目先の決闘のことしか考えていなかった。彼は、思う存分あらゆる手を打った上で負けた。彼は、気がつくとレギュラーになっていた。
(ヴァヴェリ=ヴェドウィン、ダルさん、ディムズディル、後は瀬戸川流に決闘傭兵、他にもいるのか……)
 信也は前途有望なルーキーと評されていた。だが彼は、自分の地位向上にはなんら興味を抱かなかった。彼は、周りから褒められるような人間になりたいとは思っていなかった。彼は、大会初戦であっさり負けた。彼は、この大会中ダルジュロス=エルメストラと出会った。彼は、ストラとお互いを探り合うかのような決闘を行った。
「モンスターを1体セット。カードを1枚セットして……ターンエンドだ」
 彼は、何処か退屈していた。それ故に、ヴァヴェリ=ヴェドウィンを前にして逃げなかった。 

「信也のやつ、縮こまってる、な」
 アキラは、ぼそっと呟いた。
「友達、負けるのが心配?」
 エリーはアキラを気遣うが、当のアキラは何処かそっけなかった。
「まさか。アイツはただの後輩だ。友達じゃない。それに……」
「それに?」
「俺は、アイツが負けるとはどうしても思えないんだよ。
「実は、私もさっきから何か変だと思ってる。遠くからだからよくわからないと思ってたけれど、遠くからだからこそ、違和感を感じることができたの、かも」
「違和感、か。なぁ……」
 アキラは横に座っている男に意見を求めようとした。その男は、先程からずっと押し黙っている。だが、彼は、ふっと思い出したかのようにアキラ達に声をかけた。その問いは不可思議だった。
「なぁ、アイツは何者だ?なんでアイツはああなんだ?」
 次の瞬間、ディムディルは叫んでいた。
「ヴァヴェリ! 元村信也にそれ以上深入りするな! 目を眩まされるぞ! 距離を取って無駄に神経を注がなければ! お前の勝ちは揺るがない! 止まるんだヴァヴェリ!」
「あの人! あの人は……」
 瞬間、何かを察知したエリーの手が震えだす。アキラは、空気の変化を感じていた。
「信也。お前は……」 

「フォーッフォッフォッフォ! わしのターン、ドロー!」
 ヴァヴェリのテンションが最高潮に達する。その老人は絶頂を感じていた。
(見える。全てが見える。完璧なまでのライン。わしは、これが見たくて決闘をやっておる。今、わしは幸福の絵図を我が脳に収めつつある。いや、この一手で収めきる!)
 ヴァヴェリは躍動していた。目の前では信也が苦闘に喘いでいるのが見て取れる。時は、満ちた。
「終わりじゃ! 《炎を支配する者》を生贄に捧げ、我が元に現れ出でよ!!」
 2体分の生贄を捧げた通常召喚。ヴァヴェリの、フィニッシュの時が迫る。

「ヤバイで! この局面、アレで押されたら、信也に勝ち目はないで!」
「……ったく、なんとかしなさいよ。ここまで引っ張って無様に負ける気?」
「なんとかしてよ!シンヤ!」

 

現れい!ネフティスの鳳凰神よぉぉぉぉぉぉお!!

 

 『鳳凰神』の勝利は目前であった。長きに渡る「王」の末裔達との戦いも遂に終結の時を迎えようとしていた。「王」の末裔達が司る軍勢は、万を数える大部隊であった。だが、その大部分は金品によって雇われた志無き邪道決闘者に過ぎない。対して、『鳳凰神』の元には、かっての「王」の理不尽な命令にもその代々の忠義から従いぬき、ネフティス山の戦いでは後一歩の所まで『鳳凰神』を苦しめた、あの精強なる『決闘者』達の末裔がいた。これは歴史の皮肉というべきなのだろうか?
 いや、違う。死闘の末にお互いを何処かで認め合っていた『鳳凰神』と『決闘者』の間に育まれた奇妙な友情が、時代を超えて結実したに過ぎない。これはまさしく「必然」と呼ぶにふさわしい共同戦線だったのだ。そして今、『鳳凰神』はその美しき羽を再び広げ、勝利の咆哮を上げんとしていた。時代を超えた「伝説」の物語が天空に描き出される――

 

新世紀鳳凰伝説(レジェンド・オブ・フェニックス)



第九十九章『業火……

 

 ヴァヴェリの描き出すデュエル・サーガが、完結編へとその歩みを進めんとす。だが、その伝説が完結することは永遠になかった。鳳凰は、飛ばず。
「馬鹿な……わしの鳳凰神が……」
「《奈落の落とし穴》を発動した。残念だったな爺さん。これが現実だ」
 元村信也の眼は、驚くほどに冷たかった。

第26話:“Worst Stuff”


(このタイミングで《奈落の落とし穴》じゃと!? いや、可能性としては在り得る。1戦目で用いた【暗黒界】の中から、【グッドスタッフ】に転用した俗に必 須カードと呼ばれる「10枚」を除いた、残りの「30枚」の中に《奈落の落とし穴》が入っていた可能性は、ある。普通に考えればあの10枚の内訳は《炸裂 装甲》《聖なるバリア−ミラーフォース−》《大嵐》《サイクロン》《リビングデッドの呼び声》《激流葬》、この辺りじゃろうて。故に、あのヘタレた【暗黒 界】に投入された「それ以外」の魔法・罠が、この3戦目に急遽動員された可能性は十分考えられる。理論上は、じゃ。いやしかし、何処かに違和感が……そう じゃ! 1戦目、あの【暗黒界】には《炸裂装甲》が入っとた。そしてわしが確認した【グッドスタッフ】の中には《炸裂装甲》が3枚積み。この上、《奈落の落 とし穴》までもがあの【暗黒界】用に投入されておった?どこか……じゃが……いや、投入されておった以上は仕方がない。それは誤差の範囲じゃ。そのくらい は覚悟の上で読みを行っておる。まだ致命傷を負ったわけではない。問題は、じゃ。何故わしはその気配すら感じなかったのじゃ?実に不可解……)
 1体の鳳凰神を失ったヴァヴェリが様々な考えを宙に巡らすが、思考は何処までも曖昧なままだった。だが、そんなヴァヴァリを前にして信也は邪悪な笑みを 浮かべる。彼は、ヴァヴェリの思考に一瞬穴が空く、この時間を決闘開始前から待っていた。彼は、この試合初めて、勢いよくカードを引いた。
「小僧。なんのつもりじゃ……」
「爺さん、アンタは俺のデッキを見切った。ハハ、そうだ。あんたは見切ったのさ。俺の、現時点で可能な限りの正攻法を詰め込んだ【ベストスタッフ】をな。 だが、それだけだ。あんたには目の前のデッキしか見えていない。デッキと、それを操るからくり人形としてのこの俺の動きしか見ていない。アンタには、この俺自 身がちゃんと見えていない。今からそれを証明してやるよ。俺は、こうするつもりだ」
「な……んじゃとぉ?」
 信也は、ヴァヴェリに考える時間を与える間もなく、次の行動に及んでいた。

目の玉ひん剥いてよーく見てな! これが俺の、元村信也の決闘だ!
俺は…………………を攻撃表示で召喚する!

 元村信也は手札から1枚のカードを勢いよく場のモンスターゾーンにセットする。其処には、ヴァヴェリ=ヴェドゥインが決して吸収し得なかったカードが置かれていた。

「馬鹿な……何故それがそこにある。有り得ん。何故其処に……
Red Gadgetが存在する!? 有り得ん。 それだけは絶対に有り得ん ( ・・・・・・・・・・・・ ) 」 

「有り得るさ。アンタを倒す為なら何だって出してやる。カードを破れば勝てるなら……俺はカードを破り捨てる。カードを燃やせば勝てるなら……俺はカード を燃やし尽くす。カードを取り替えれば勝てるなら……俺はカードを取り替える。爺さん……アンタは全てを失って敗北する。その代わりしっかりと引導を渡し てやるから……後腐れなく成仏しな! 骨ぐらいは拾ってやるぜ」
(馬鹿な。有り得ん。奴の【グッドスタッフ】は全て把握している。そして1戦目は稚拙な【暗黒界】じゃった。そこから必須カードを10枚とって30枚の【グッドスタッフ】を……なんじゃ。いったいこの場で何が起こった!?いったい何が……)
 混乱するヴァヴェリ。同時に、彼が頭の中に築いていた「元村信也像」が脆くも崩れ去っていく。わからない。元村信也がわからない。自分が今何処にいるか がわからない。何故其れが其処にがあるのかがわからない。見切っていた筈だった。だが、それ故に混乱の度は深まるばかりだった。 

「わかる。今なら遠目からでもはっきり見える。これが、あの人の本性……」
 異常を見せ付けられたエリーは、直感的に違和感の正体を感じ取る。一方……
「どういうことだ!何故アイツが、ここでガジェットを使ってるんだ!?」
 アキラは、理解しかねていた。いや、なんとなく伝わってくるものはある。だが、言語化できない、もどかしい感覚。それは、エリーもまた同じだった。なにかが、限りなくもどかしい。
「ディム……貴方なら……もうわかってるんでしょ?あの人は……」
 2人に問われた、ディムズディルは静かに語りだした。彼は、この試合、誰よりも信也を見ていた。
「元村信也、か。中々面白い男だ。【暗黒界】をブラインドとして使うとはな」
「ブラインド!? まさか……アイツ……」 

「《レッド・ガジェット》で直接攻撃。僕はカードを1枚セットしてターンエンド」
「わしのターン、ドロー。わしは《封印の黄金櫃》の効果で《魔宮の賄賂》を手札に加える……」
「構わないぜ。こちとら【ガジェット】だ。『除去』と『強化』が金太郎飴な構造。いくらでも唱えてやる。何度でも……何度でもだ。あんたが成仏するまで何度だって唱えてやる」
 ヴァヴァリを圧迫する信也のプレッシャー。ヴァヴェリは、体勢を整え直すことができない。
(何度でも……こやつは一体何者のじゃ。1戦目、【暗黒界】で脆くも崩れ去ったかと思えば、2戦目で強襲。アレこそが奴の本領だと確信し、その2戦目の間にあやつの【グッドスタッフ】を潰した。じゃが今度は【ガジェット】にて息を吹き返す。こやつの決闘は一体……) 

「ねぇユウイチ、これって? なんでシンヤ君がこのタイミングで《レッド・ガジェット》を!?」
「正直言って、俺も多少混乱している。だが、消去法を使えば可能性は1つしか残されていない」
「消去法?」
「2戦目に《抹殺の使徒》を使用。シンヤのデッキを確認したあのヴァヴェリが面食らっている以上、あのガジェットパーツは、2戦目の【グッドスタッフ】の 中にはなかった筈だ。だとすれば、可能性は絶対に1つだ。あいつは1戦目に使った【暗黒界】の中にガジェットを忍ばせていた。それでヴァヴェリを、俺達を 欺いた」
 森勇一は、流石に状況を上手く整理、纏めることに成功していた。もっとも、信じられない、といった表情は、先程から一向に剥がれる気配がない。彼は、自ら発言しつつも半信半疑だった。
「嘘でしょ? 【ガジェット】は中核となるガジェットだけでも6枚〜9枚、更にはガジェットに相性のいいサポートカードをあわせれば15枚〜20枚は当然必要となる。仕込むってレベルじゃないわ!」
「ああ、自分で言ってて嘘臭いな。だがそれ以外に可能性はない。アイツは実質、10枚の必須カードと、10〜15枚程度の暗黒界だけで一戦目を戦った。それがアイツのデッキ構築……」
「でも、そんなのばれたら終わりじゃない。ピーピングを…例えば《強引な番兵》のようなタイプのハンデスカードを使われようものなら……あっ!」
 そこまで言いかけた皐月はある重大な事実に気がつく。元村信也が、自身の数ある未使用デッキの中から敢えて【暗黒界】を選択したその理由に思い至る。
「あの子ったら……」
 信也が、【暗黒界】を選んだ理由。それは「前日のスパーデュエルで見ていたから」などという曖昧な理由ではない。或いは、【暗黒界】を構成するカードの ほとんどが「暗黒界」で始まる為探しやすいといった聞いてるこっちが哀しくなってくるような理由でもない。其処には、確かな狙いが秘められていた。
「ああ。俺も……今わかった。いや、自明な事実を再認識した、といった方が或いは適切かもしれないな。サツキ、お前なら俺以上にわかる筈だ。【暗黒界】の特性と、その本当の意味を」
 こくりと頷く皐月。信也の、仕掛けた罠を、彼女らは遂に知覚した。
「【暗黒界】はハンデスに強い。それが【暗黒界】の基本。でもそれは、裏を返せば【暗黒界】にはハンデスされる機会そのものが少ない事を意味している。相 手が【暗黒界】だとわかった以上、好き好んでハンデスを行う人間はそういない。そしてハンデス以外のピーピング方法が環境に「少ない」以上、【暗黒界】を 使っていれば、手札を隠しきれる、その可能性が上がる?」
「絶対じゃない。絶対じゃないが、確率は減る。確実にな。加えて、下手な【暗黒界】は 事故りやすい ( ・・・・・・ ) 。 事故りやすいという前提情報があるのなら、下手な【暗黒界】しか使えない筈のシンヤの手が止まったところで誰も疑問には思わない。ヴァヴェリを含め、あの 時の俺達は信也の手札が上級暗黒界で煮詰まったもんだとばかり思い込んだ。だが、実際は違った!アイツはその時既に罠を張っていたんだ!」
「相手の【暗黒界】が事故やらなんやらで動きが鈍いとわかった場合、《闇の取引》のようなカウンター・カードの存在をも考慮すれば、そのまま力押しでゲー ムエンドを狙った方が上策、と、ヴァヴェリがそう考えるところまでシンヤ君は計算に入れていた?あの子は、わたしとの対戦だけでは【暗黒界】特有のデッキ 構築とその細かい運用法を覚えきることが出来なかった。でもその代わり、【暗黒界】を敵に回した時の心理を、【暗黒界】の影響力を自分の身体に刻み込ん だ?その経験値をこんな形で生かしてきた? それが、あの子の力……」 

「僕のターン、ドロー。《イエロー・ガジェット》を召喚。デッキから《グリーン・ガジェット》を手札に加える。手札を1枚捨て、《ライトニング・ボルテックス》を発動。場が空いた、か。ならバトルフェイズだ!」
(《ライトニング・ボルテックス》は2戦目の【グッドスタッフ】に1枚挿しされておった。そこまでは既に確認済み。だがそこまでじゃ。それ以上は何ら見えん。今のデッキに《ライトニングボルテックス》か何枚あるかどうかすら全く見えてこん。何故じゃ! 何故こうまで乱される! どこじゃ。何処で何を間違えた……) 

「第1ターンに「暗黒界」モンスターを攻撃表示で出したのは『元村信也が【暗黒界】を使っている』ことをアピールする為に必要な初手だった。そう、全てはこの時の為の布石。ヴァヴェリ小父様の裏をかく為に……」
 散々困惑したエリーやアキラもまた、勇一らと同じ結論に達していた。細かい分析が続く。
「だな。いかに墓地活用に優れた【ネフアンデット】とは言え、初手《手札抹殺》からの《生者の書−禁断の呪術−》といった手札破壊を絡めた戦略を【暗黒界】相手に仕掛けるのは自殺行為だ。その心理を利用したってわけか。あの野郎……」
「ねぇディム。貴方はどう思う?」
「君等の意見が50点だと思う。」
「うぁ……厳し……」
「アレに対する認識がまだ甘い。だがエリー、君は既に気がついていただろ? あの男が醸し出す違和感に。なら其処にこそ真実がある。何故それを口に出さないんだ」
「私は……えぇっと……」
「自分が捉えたものを言語化する術を覚えるんだな」
「だって……」
 煮え切らない会話にアキラが苛立つ。彼は、全てを知りたい衝動に駆られていた。
「ディムズディル。残りの50点分についてアンタの意見を聞かせてくれないか?」
 ディムズディルは、彼が受け取った元村信也像について、おもむろに語りだした。
「彼は、ヴァヴェリ=ヴェドウィンがデッキ観察のエキスパートであることを知った上で策を仕掛けた。『元村信也のグッドスタッフ潰し』を目論んでくるであ ろうヴァヴェリ=ヴェドウィンの上を行く為のな。ここまではある種正常だ。対戦相手の対策を練るのは何ら不思議な事じゃない。だが……」
「だが……?」

「その後が問題だ。 アイツの思考は最早決闘者のそれじゃない ( ・・・・・・・・・・・・・・・・
「決闘者……じゃない?」
「普通はな。1ミリでも強くなろうとするものだ。或いは特定の対戦相手に対しより強いデッキを求める。それが普通の決闘者だ。だがあの男はその真逆の方向 に嬉々として突っ込んだ。1流の【グッドスタッフ】で勝利する事を即諦め、2流の【ガジェット】で勝利する為の方法を考えた。まさか傑作を餌に商人を誘き寄せ、駄作の中に贋作を隠すとは誰も思わない。アイツは其処をついた。自他のデッキ間の相性や習熟度、完成度といった要素に関するアドヴァンテージで優位に立つ道に生ゴミをぶちまけて、敢えてデッキの弱体化すら厭わぬ策に出た」
「ちょっと待てディムズディル! 敢えて弱くなるだと! お前は何を言ってるんだ!」
「僕に言われても困る。そのナンセンスをやった馬鹿が現実にいるんだ。そう解説する以外にない。そうだな、状況を整理しつつ最初から行こうか。まずはド三 流の【暗黒界】でヴァヴェリの油断を誘いつつ相手のデッキを一方的に観察しながら1戦目を落とす。次に、唯一の得意デッキである【グッドスタッフ】でヴァ ヴェリに奇襲をかけ、今度はヴァヴェリの本気を引き出す。ラスト、ヴァヴェリの全身全霊が注がれた一流の【グッドスタッフ】を二流のガジェットに摩り替え る。これがまず大筋。自分の弱さを自覚した上での策だ。ここには十重二十重の罠が仕掛けられている。それも彼を象徴するかのように、捩れた罠が、な」

「罠……アイツが……」
「下手な【暗黒界】を使って油断を誘い、上手い【グッドスタッフ】で押し切るのが目的と見せかけておいて、実際は下手な【暗黒界】を使って油断を誘い、上 手い【グッドスタッフ】で押し切るその姿を餌に、ヴァヴェリの集中力を一点に引き寄せる。『電獣』ヴァヴェリ=ヴェドゥイン必殺の、【札魂吸収(デッキド レイン)】を空振りさせるためだけ為に構築された、十重二十重の策。恐らく今のヴァヴェリは、僕らが体験したやつの10倍程度の、深い混乱の中にいる筈 だ。傍目から見ている君らですらここまで混乱しているんだ。当事者であるばかりか、絶対の自信を持っていた筈の、【札魂吸収(デッキドレイン)】を透かさ れたショックはでかい。決闘の建て直しと自身の建て直しを同時に迫られるこの状況は、あのヴァヴェリにすら酷だ。そしてそれこそが、元村信也の狙い」
「狙い?」

「一流の【グッドスタッフ】を毒入りの『餌』変え、二流の【ガジェット】でも勝てるようヴァヴェリ自身を三流の決闘者に落とす。それも三流未満の【暗黒 界】を使って、な。【グッドスタッフ】しか頼れるものがない自身のウィークポイントを逆に利用した。『それしかない』という前提情報が、ヴァヴェリに何の 疑いも無く【グッドスタッフ】へ集中させる一助となった。どれだけ事前に自らを戒めていたとしても、ああも上手く誘導されれば、戒めを解いて思わず飛びつ きたくなるものさ。言うなれば、『ヴァヴェリ=ヴェドウィン殺し』。他の誰でもない、ヴァヴェリ=ヴェドウィンに空振らせる為だけにあれだけの布石を積み 上げた。だが、この思想は何処か歪んでいるな。これは【グッドスタッフ】一筋の決闘者がおよそ考え付くような戦略ではない。例え考え付いたとしても、ここ まで煮詰めた上で実行に移すことはないだろう。【グッドスタッフ】の汎用性と有名性だけを買い入れ、己のセンスだけで闘おうとした彼だからこその一手」
(ディムズディルの言うとおりだ。狂ってやがる。普段一つのデッキしか使わない決闘者なら、【グッドスタッフ】しか使わない決闘者なら、その【グッドス タッフ】の整備・修練を決して怠らず、そのデッキと心中する覚悟を決めるのが普通だ。そしてそこには長期間に渡って連れ添ってきたが故に生まれる奇妙な愛 着がある。だがアイツは違った。同じ単一のデッキ使いであっても、俺達とアイツは違う。アイツは今の今までコピーレベルのデッキ構築しか行わなかったばか りか、今まで連れ添ってきた相棒である筈の【グッドスタッフ】を何の躊躇いもなく『餌』として使いやがった。多数のデッキをくみ上げて闘う事を旨とした数 打ち決闘者ならまだしも、単一のデッキのみで幾多の厳しい戦いを乗り越えてきた決闘者がそういう結論に辿り着くことは、まずありえない。だが、だからこそ の一撃。そういうことか。シンヤ!) 

「《グリーン・ガジェット》を召喚。効果によって《レッド・ガジェット》を手札に加える。まずは《グリーン・ガジェット》でその裏向き守備表示に攻撃だ。さぁ、ドンドンいくぜ」
(あの小僧は【暗黒界】の中に【ガジェット】を仕込んだのか?わからん。何処から何処までが『謀』なのじゃ。やつが見せた苦渋の表情は全て演技か?だが…なんじゃ。誤差が誤差を呼ぶこの感覚はなんじゃ)
「これでアンタのライフは、3000をきったな。お祈りの時間だ」
(相手が【ガジェット】ならわしの【ネフアンデット】で盛り返せる、か? いや、わしがそう考えるのが奴の狙いか? いかん。冷静にならねば。冷静になって……なってどうするというのじゃ!) 

「歪んでいる……あの人……歪んでいる……?」
「そうだエリー。アイツは歪んでいる。戦略の根底に潜む思想からも、それは明らかだ」
「思想?」
「『サイドボード30枚』という特殊ルールの下、必須カード10枚を除く『30枚のメイン』と『30枚のサイド』を予め用意。メインにはグッドスタッフ を、サイドには暗黒界とガジェットのパーツをそれぞれ用意した。そして、あの男はメインとサイドをあべこべに入れ替え、実質サイドボードで1戦目を闘っ た。下手をすればまるっきり無意味。下手をしなくても客観的には無意味。狂気の沙汰だよ。さしずめ……

『決闘場の異端者(デュエル・アウトサイダー)』とでも言った所か」

異端決闘者 ( ヘレティック・デュエリスト ) 、か。確かにな。だがアイツ、随分と演技派じゃないか。ポーカーフェイスについては前から知っていたが、苦しそうな演技まで神がかっていやがった、か?」
 アキラが信也を褒めるが、ディムズディルはこの時悪戯っぽく微笑んだ。
「アキラ、だから言っているだろう? 彼は異端者だ。異端者には異端者なりの処世術がある」
「なんだ? それ」

 決闘中盤、既にヴァヴェリのライフは3000まで落ち込んでいた。尚も困惑から抜け出せないヴァヴェリを一瞥した元村信也は、ダメ押しの一撃をヴァヴェリに向けて放つ。もっともそれは、【グッドスタッフ】や【ガジェット】といった、およそデッキ云々とはかけ離れた一撃だった。
「さぁーってと。そろそろいいかな。ポスター剥がす時に思いついて、そのままやるだけやってみたはいいんだけど……痛いんだよな、これ。流石にもう取っちまうか。そろそろ眩暈がしてきた、よ」
 眩暈がすると言い放った信也が左足の靴を脱ぎ去るが、そこには血塗れになった靴下があった。
「な……なんじゃ!? その足は……」 

「やはりな。大方そんなところだろうと思ったよ。よくやる」
「あれが、遠目からでは見えなかった違和感の内の1つ?」
「ハハ……懐かしい手を使いやがる。」
 ディムズディルエリー・ダルジュロスが各々思い思いの感想を述べるが其処まで視力の良くないアキラは多少反応が遅れる。或いは視力の問題ではなかったのかもしれない。エリーはこう述べた。
「途中左右のバランスがおかしかったのはこれが本当の原因。あの人はピンチだと思わせたい瞬間、何らかのギミックを用いて苦しみを演出した。ポーカーフェイスとは違って、苦しみの演技はより難易度が高い。だから……」
「まさか……アイツ……本気で馬鹿だろ……」
「なぁ、ストラ。君には、アレが何か“具体的”に思い当たる節があるんじゃないか?」
 ディムズディルから話を振られた、ダルジュロス=エルメストラはその時薄笑いを浮かべていた。
「画鋲だな。まさか今時、アレをやる奴がいるとは思わなかったよ。【劇場のイドラ(フランシス・ベーコン)】、か」 

「《地砕き》だ。《ピラミッド・タートル》を墓地に送る。迂闊な、表側攻撃表示だったな」
「くっ! 小僧! 小僧! 小僧! 小僧! 小僧! 小僧! 小僧! 小僧! 小僧!小僧!」
「聞こえないな。ああ、聞こえない。聞こえるのは俺の歯車が噛み合う音だけさ。さぁ、掃討戦だ!」
(【ガジェット】の仕込みに加え画鋲! わしがこやつの表面を見切る間、やつは水面下でわしを討つ為の算段を練っておった。表面だけは読ませるだけ読ませておいて、肝心な部分だけを徹底して隠匿し続けたとでもいうのか! 小僧! 小僧! 小僧ォォォォオ!)

「ワンカード……か。そうだ。この1枚があんたを天から打ち落とす……『一本の矢』だ!」

(1枚どころではない。アレは“即興”のフェイクに過ぎんかったのか? じゃが、わしは見誤ったのか?わしはやつの真意をすっかり捉えきったつもりじゃった。じゃがそれは画鋲の痛みに過ぎなかったのか? わしのデッキドレインは何処までを把握しとったのじゃ? やつがわしから隠し通した真意は一体幾つなのじゃ? 見えん。何も見えん。何処から何処までが嘘なのじゃ。やつの構築力は一体いかほどなのじゃ。わしはどの時点で見誤ったのじゃ。くっ……もはや修正も 間に合わん……)

 ヴァヴェリが焦る一方、信也は、自身の動悸を必死に押さえ込み、自身の優勢を不動のものとしてふるまった。全ては、最後の瞬間を迎えんがために。
(3戦目前のサイドボーディング……水面下で【ガジェット】を仕込む過程……一種のブラフとして【暗黒界】をちらつかせた以上、台を叩いてまで迷って見せた以上、用心深いアンタは十中八九《メタモルポット》や《手札抹殺》を使わない構成で勝負に臨むはずだ。なら2戦目のような目には遭わない。僕のデッキがグチャグチャの、かろうじて回る程度の【ガジェット】だということには試合終了まで決してヴァヴェリに気づかれない。あの動揺ぶりなら夢にも思っていない 筈だ。最初の数ターン、アンタが露骨な【グッドスタッフ】潰しを空ぶったことによるディスアドヴァンテージを負う間、なんとか此方の戦線は整えきった。後 は動揺による精神的ディスアドヴァンテージを徹底的に攻める。そうさ。アンタは間違いなく動揺している。以前ミズキさんの【完全記憶】とやりあった時もそ うだった。本人が最も自信を持つ、もっとも強力な大技を透かされた時のショックは傍から見ている以上に大きい。あの時も、それまで難攻不落に見えたミズキ さんが、【完全記憶】を攻略した瞬間急に身近な存在に成り代わった。それは、机上の有利不利といった次元を更に超えたレベルの、精神的打撃。僕は今、ヴァ ヴェリの頭を鈍器で殴りつけることに成功した。あらゆる代償を払って成功した以上、もうアンタに修正の余裕は一切与えない。僕を恐れろヴァヴェリ。僕を過 大評価した挙句、全てを失って敗北するのはお前だ。これが僕のデッキ。いや、僕のデュエル……)

 

歪められた構築要素(ワーストスタッフ)

 

(これが、僕に出来る精一杯の足掻きだ。僕の読みでは後1〜2ターン……薄氷の上を渡りきればゴールだ。渡りきれる筈。いや、石にかじりついてでも渡りきらなきゃ駄目なんだ。僕にはもう、この道を歩く以外の選択肢がない。必ず……渡りきってみせる!)
 「渡りきってみせる」。そう、この時信也の精神は、彼の神算鬼謀に震えおののいた周りの人間が彼を思うほどには、余裕に溢れてなどいなかった。実際は、 むしろ逆。ヴァヴェリが何時、信也の策が空虚に端を発しているということに気づきやしないかと、彼は心底恐れていた。だが、恐れる一方、彼の精神回路は決 して退くことを選択しなかった。彼は知っていた。今必要なものは、石にかじりついてでも渡りきる、弛まぬ意思だということを。この局面の彼は、一歩も退か ぬどころかむしろ、一歩づつ前に出る道を選び、現実に走破することを選んだ。
「ヴァヴェリ、世話になったあんたに『Good-bye』を言う前に、1つ教えといてやるよ」
(なんじゃ。『電獣』とまで呼ばれたこのわしが気圧されているというのか。ありえんことじゃ!)
 ヴァヴェリが狼狽を深める一方、信也は内心震えていた。自身が全身全霊を賭けて実行した『策』によって今現在獲得した優位性の基礎が、実は虚構に過ぎないという事実の露見を恐れていた。
 今自分が使っているのは、【ガジェット】を構成する一連のカード或いは【ネフアンデット】に有効なカードを寄せ集めて投入した、かろうじて【ガジェット】と言い得るようなデッキ。勿論【ガジェット】は【ガジェット】であり、一端回りだした以上『除去』『除外』『モンス ター』には困っていない。だが、それだけである。信也は自らの優位を不動の物とせんがため必死になって動いた。
 たまにヴァヴェリがダイレクトアタックを決めようものなら、簡素な日本語で、或いはボディランゲージまで併用して如何にもヴァヴェリの攻撃表示がドツボに嵌っているかのような状況を演出。既に動揺からプレイングミスの目立っていたヴァヴェリに更なる追い討ちをかける。結果、ヴァヴェリの残りライフは400。加えてヴァヴェリの戦線は、 序盤に【グッドスタッフ】潰しを透かされたこともあって既に崩壊状態。
 あとは小学生が引き継いでも軽く勝利できてしまいそうな程有利な状況。だが、信也はそれでも内心恐れていた。もしも『電獣』が此方の嘘を全て暴ききってしまえば、ここからの大逆転劇すらありえるのではないか、と。信也は事ここに至るまで 『電獣』の猛威を嫌というほど身体で味わってきた。この恐るべき男には、例え一分でもまともに考える時間を与えてはならない。故に信也は攻めの姿勢を貫 く。あたかも自分が世界一の決闘者であるかのようにふるまい続ける。
 それは、神経を紙やすりで削るような、思わず喘ぎ声が漏れるような苦行に他ならなかった。
「My duel is space.Space is ……unlimited!(俺のデュエルは宇宙だ。宇宙に……終わりはない!)」
 ヴァヴェリ=ヴェドウィンは、死に体から最後まで蘇生することができなかった。 

「まいったな。こいつぁ所謂大番狂わせってやつなのかな。なあ……早苗ちゃん」
 軽い口調で述べるのは兵庫代表・仲林誠司。彼はヴァヴェリ=ヴェドゥインを視察に来た筈だった。だが眼前で起こっている事態は彼の予想を明らかに裏切っ ている。そしてそれは、彼の横にいる同じく兵庫代表、国内産『デッキウォッチャー』津田早苗もまた同様だった。彼女は、今目の前で起こっていることをにわ かには信じられずにいた。元村信也が、ヴァヴェリ=ヴェドウィンを倒そうとしている。
「信じられない。あのヴァヴェリ=ヴェドゥインが……あんな決闘……」
「あ〜らら。聞こえてないか。まっ、いいさ。あのガキが出てくるならそれでもいい。いつか俺が遊んでやるよ。さってと。今日は眠いから帰って寝るかな。面白いもんが見れたから今日はそれで満足、さ」
 仲林が徐々にその場を離れようとする一方、津田早苗の眼はデュエルフィールドに釘付けとなっていた。心なしか悔しそうにすら見える。見かねた仲林は、一言言い残して帰って行った。。
「あんまし根つめると病気になるぜ。目の前のアレみたいにな……」 

―『デッキウォッチャー』津田早苗は後に語る―

 私が今まで見てきた中でも『最悪』に分類されるデュエルの一つでした。高い構築力が要求され、恐らく主催者側も「通常の倍の数のサイドボーディングを用 いたデッキ構築力或いはメタデッキ戦略眼」を競わせる事を趣旨としていたであろうこの特殊デュエルにおいて、あの元村信也という高校一年生はその全てに反 逆。其処には信じられない光景が広がっていました。【グッドスタッフ】ぐらいしかまともに運用できなかった決闘者が、あの『電獣』ヴァヴェリ=ヴェドゥイ ンをこの特殊ルールの元で、捻じ曲がった戦略によって勝利した。メインとサイドを入れ替えそれを暗黒界で覆い隠すという、およそ正気とは思いがたい方法 で、あのヴァヴェリ=ヴェドゥインの裏をかいた。私はあのデュエルを見学後、家に帰りビデオカメラを17回程再生せずにはいられませんでした。或いは、同 じデッキウォッチャーとして心の何処かに敗北感すら感じていたのかもしれません。

 ガジェットが登場してからのデュエルは凄絶の一言でした。自らが絶対の自信を持っていたデッキウォッチングを完膚なきまでに透かされ、一種の『敗北感』 と『疑心暗鬼』に包まれたヴァヴェリ=ヴェドゥインの、その乱れに乱れきった戦列を、お世辞にも強いとは言えない【ガジェット】で、死臭に群がるハイエナ の如く食い漁っていく元村信也。私はその時言いようが無い悪寒に襲われました。デッキに焦点を定める『デッキウォッチャー』に対して、デッキの力関係を一 切論ずることなく、デッキそのものを消す事によってデッキウォッチャー当人を徹底的に潰しにいった、あの執念!『観察した筈のデッキがそこに存在しない』 というデッキウォッチャーなら誰もが一度は味わった事のある『恐怖』を引きずり出す事に主眼を置いた、あの戦略!皿に盛り付けられた料理の優劣を競うと見 せかけて、実際は皿そのものを一目散に割りに行った、あの所業!

 ヴァヴェリ=ヴェドゥインの、デッキウォッチャーとしての純度は私を遥かに上回っていました。その完璧ともいえるデッキ観察眼を、自らの全力である 【グッドスタッフ】を『餌』にしてまで潰しに行く。それだけを考え、ありとあらゆる策を用いた元村信也。相手が最も得意とする領域そのものを敢えて徹底的 に攻め抜いた元村信也。思えばあの時が、『決闘場の異端者』元村信也が私達の眼前にその姿を現した瞬間だったのでしょう。私はこの時、この大会に対する認 識をもう一度改めざるを得なかったのです。殺るか……それとも殺られるか――
 

「バトルフェイズだ! 《レッド・ガジェット》! 《グリーン・ガジェット》! ダイレクト……」
「やらせはせん!《リビングデッドの呼び声》を発動!《ネフティスの鳳凰神》を蘇生させる!」
 ヴァヴェリは、それでもしぶとかった。復活する2枚目の鳳凰神。だが、信也は既に、ラインを超えていた。
「奇遇だな。俺も《リビングデッドの呼び声》を発動。《イエロー・ガジェット》を蘇生する」
 信也は、相手のターンのエンドフェイズ時に展開しておいた、最終兵器を起動する。
「そしてぇ! この瞬間、前のターンに展開したコイツの能力発動条件が揃う! いくぞ!」
「馬鹿な。おぬしは……」
 信也を苦しめた鳳凰神。だが、信也はその障壁を真っ向から突破する!
「…………で《ネフティスの鳳凰神》に攻撃!これで、終わりだぁっ!!!!」



Stronghold


the Moving Fortress


Steel Gear Crush!!

 

ぬ…ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!

 

グワシャッ!!

 

【ラウンド3】
○元村信也(翼川)―ヴァヴェリ=ヴェドゥイン(オーストラリア)●
得失点差±5100

【試合結果】
○元村信也(翼川)―ヴァヴェリ=ヴェドゥイン(オーストラリア)●
総得失点差±5000

 

 信也VSヴァヴェリ、その死闘に決着をつけたのは、皮肉にも西川皐月から二流の証といわれた、《機動砦 ストロング・ホールド》の右ストレートだった。この時、元村信也は痛む左足を右足で庇いつつ、決闘盤を装着した左腕を天に向かって振り上げる。彼にしては 珍しい事に、所謂『ガッツポーズ』を決めた。精神的・肉体的な疲労の極限に達しつつも、彼は勝利を収めた。それが彼の、本当の意味での初陣だったのかもし れない。

渡り……きった……



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
「馬鹿か」
「馬鹿だ」


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。


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