【完全記憶(パーフェクトメモリー)】【決闘詐術(デュエルトリック)】【神の見えざる手(アダムスミス)】【後腐れ無き強制執行(ドローフェイズ・パニッシュメント)】【決闘重力(デュエルグラヴィティ)】【瀬戸川流決闘術奥義『阿修羅札陣』】【気紛れでない女神(アンチェンジブル・ヴィーナス)】【天上天下適者生存(デュエルサバイバル)】【ピラミッドパワー】…etc.個性豊かなデュエルが各所で炸裂し、時には担架すら用意される程に被害決闘者が続出した予選リーグ2日目も、いよいよ残す所あと4ブロック8試合。
 その溢れんばかりの殺気を胸の内に秘めた決闘猛者達による、仁義無き潰しあいが続く。残り試合の先頭を切った彼女もまた、静かなクラッシャーだった。 

【Kブロック二回戦】
津田早苗(兵庫)―須藤巧(栃木)

「へッ、1敗同士の対決ってわけか。だがな、踏みとどまるのはこの俺だ!」
 試合開始前からいきり立つのは、栃木代表・須藤巧。彼は女相手にも容赦のない男だった。
「踏みとどまる? そんな弱腰ではこの大会は勝ち抜けない。この時点で貴方の負けです」
 突然の敗北宣告。その不敵な態度に対し、怒りを露にする須藤。
「何だとぉっ! もう一辺言ってみろ!」
「言えと言われれば何度でも言いましょう。既に大勢は決しています」
「出鱈目も大概にしろ! まっ、ハッタリもそこまで行くとかわいいもんだがな」
「出鱈目、ですか。しょうがないですね。では、えーと、そうですね。せっかくなので最初から行きますか。まず貴方が決闘を始めたのは7年前。元は他のカードゲームの選手だったが今一成績が振るわず遊戯王OCGへ転向。その際初めて手にしたレアカードは『リボルバードラゴン』だった。得意なデッキタイプは典型的過ぎて溜息が出る程の【ビートダウン】。その傾向は遊戯王OCGでも全く変わる所が無く……」
「なっ……」
「そうそう、こんなのもありますよ。貴方の初恋は小学二年生の夏だった。椅子に悪戯した女の子を怒ろうとしたがその際なんとベタぼれ。小学五年生の時満を辞して告白するも、その時彼女には既に彼氏が出来ていた。哀れ貴方はその際のトラウマを引きずり徹底的な女嫌いに。何時何処の決闘においても貴方が女性モンスターをデッキに入れないのはそれが理由だとか………すいません。想像するとなんか涙が出てきました」
 実に嫌な涙だ。思わず絶叫する須藤。
「や、やめろ!!」
「ええやめますよ。この程度は些事に過ぎませんから。私達デッキウォッチャーは、ここからが本番。貴方のデッキを丸裸にします。覚悟は……よろしいですね」
 ここにも一匹、天下を窺う血に餓えた狼が。 

―渡り廊下―

 Kブロックでまた1人の決闘者が潰されようとする一方、信也は彩と別れ廊下をぶらぶらしていた。
(ヴァヴェリ=ヴェドウィンは僕の事をちゃんと研究している、かな。僕が既に1敗なことなどお構い無しだ。ディムズディルの言うとおり『電獣』に油断はない。なら……ん? ポスターが剥がれている? 画鋲が落っこちてるじゃないか。まあ、裸足の人間は居ないだろうけど一応直しとくか。え〜っと、しっかし派手なポスターだよなぁ。企画提案『だけ』だって言ってたけど、もしかしてここだけあのディムズディルが作ったんじゃないのか?大体大会名の時点で何を言ってるのかさっぱりだ。加えて『殺るか殺られるか―究極の決闘最終戦争―』だなんて頭おかしいだろ……いや……待てよ。ディムズディル……アイツは何って言った? となると……いや、そんなことをしても……まあやってみる価値は……ある……のか?) 

―Kブロック―

「うざってぇんだよ!纏めて吹き飛びやがれ! 《大嵐》だ!」
 須藤巧はいらだっていた。この、目の前に立ちはだかる鼻持ちならない女をさっさと踏み潰したかった。それこそこの《大嵐》によって邪魔するもの全てを吹き飛ばしたかった。
 既に7ターン目、決着をつけるには頃合だ。だが、現実の決闘はそれらの思惑全てを白昼夢に変える。
「《魔宮の賄賂》でカウンター、それでは1枚引いてください」
「ドロー……チッ」
 思わず舌打ちする須藤。引いたカードは《フレイジング・ギグス・テンペスト》。本来なら相手のライフを大幅に削れる可能性を持ったカード。だが現状では、《禁止令》1枚と、《夜霧のスナイパー》が1枚並んだこの現状では、ただの紙切れに過ぎない。そう、其処には異様な光景が広がっていた。
(俺の手札には切り込み隊長の《爆炎集合体 ガイヤ・ソウル》、そして切り札である《フレイジング・ギグス・テンペスト》。こいつらの発動にさえ成功すれば、俺の勝利も自ずと見えてくる筈だが……畜生! 向こうの場に置かれたあの2枚によって俺の手札はほぼ封殺、か。何故だ! 何故これほどまでに正確な宣言が出来る! なんなんだ、このムカつく決闘は……)
 一向に煮詰まらない思考を巡らせる須藤。だが、もはや須藤に出来るのは単調な直線攻撃のみ。
「だったらバトルフェイズだ! 《炎帝テスタロス》でダイレクトアタック!」
「させません! 罠カード発動! 《拷問車輪》!」
「くっ……」
 徐々に青ざめていく須藤に対し、津田早苗は極めて冷静だった。
「これがデッキウォッチャーの決闘です。堪能しましたか? では、そろそろ終わらせましょうか」
「何故だ…。俺が今日使ったのはバーンを絡めた【炎属性】。お前の言う、溜息の出る程典型的な【ビートダウン】じゃない。それなのに、何故お前は! 俺の手札を読みきれた!」
「相手の言う事を鵜呑みするのは愚の典型。もっと言えば『貴方がこの1〜2ヶ月の間に研究していたデッキについて私が何ら情報を持っていない』等と勝手読みするのは愚の骨頂、と思いませんか?」
「なっ……」
「おわかりになりまたか? アレは一種の陽動です。ひっかかってくれれば儲けもの、くらいの。それでは私のターン、1枚をドロー。まずは《早すぎた埋葬》を発動。《デス・ラクーダ》を蘇生します。更にこの瞬間!速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動! 私はデッキから《デス・ラクーダ》を2体特殊召喚します。じゃあ行きますよ。私はこの3体を生贄に……………を召喚します」
「な、こいつは……まさかあの……!」
 須藤が呻く。其処に現れしは、数多のモンスターを擁する遊戯王OCGの中でも一際異彩を放つモンスター。いや、それはもはや“モンスター”と呼ぶべきではないのかもしれない。「実態を持たぬ」という実態を抱えた、その黒い球体が遂に始動の瞬間を迎える。

  

第23話:膨張する影の道(サイドボード・エキスパンション)



THE DEVILS AVATAR! 



(《邪神アバター》だと!? 野郎、澄ました顔してなんてもの入れてやがる! 俺の……炎帝が……」
 津田早苗の本性が徐々に明らかとなる。相手の映し身となる程の情熱を持って、対戦相手のデッキを徹底的に解析。その後、ほんの一馬身差をつけて対戦相手 に勝利することを身上とした、津田早苗を象徴するようなカード、それが《邪神アバター》だった。
 炎帝の姿を写し取った邪神が、その禍々しい姿を闘技場現 す。漆黒の炎帝によって繰り出される黒き炎が、炎帝を、須藤のデッキを焼き尽くす。
「お殺りなってください、じゃ日本語がおかしいです、ね。まぁ、いいでしょう。勢いってやつです」 


Darkness Shadow Flare!



津田早苗:5000LP
須藤巧:5500LP


「カードを1枚伏せてターンエンドです」
 ライフは未だ須藤が上回っている。だが須藤は圧されていた。邪神を前に何処か怯えていた。その姿はまるで、ドッペルゲンガーを目にしたドイツ人のようで もある。須藤は、動かずにはいられなかった。即座にこの邪神を目の前から消さずにはいられなかった。
 だが、須藤のデッキは、除去を魔法・罠に頼っている。 この場で、“闇の衣”を纏った邪神を葬れる効果モンスターは、須藤のデッキには後1枚しか残っていない。須藤は、祈りを込めてカードを引いた。
「にゃろう。お、俺のターン、ドロー。いよっし! 俺は手札から《ならず者傭兵部隊》を召喚! 効果……」
 須藤は引き当てる。お守り代わりに入れていた虎の子の1枚を引き当てる。だが!
「手札を1枚捨てて、《天罰》を発動、《ならず者傭兵部隊》の効果を無効にし、破壊します」
「……っ!!」
 既に処刑プランは動き出していた。苦労に苦労を重ね、相手の動きを一端止めた後、満を持して《邪神アバター》を召喚した津田早苗の手が、これで終わりな 筈もなく。
 彼女の手札は残り1枚。序盤から《豊穣のアルテミス》《デス・ラクーダ》らによって着実にカード・アドヴァンテージを稼いできた、それ故に残された最後の1枚。そしてこれこそが、津田早苗のラストカード。
「カウンター罠の発動をトリガーとして、私は手札から《冥王竜ヴァンダルギオン》を召喚、効果発動。私は墓地から、先程《天罰》のコストとして墓地に捨てた、2枚目の《冥王竜ヴァンダルギオン》を蘇生します」
(馬鹿な……《青眼の白龍》クラスが3体だと!?防ぎ……きれるわけねぇだろ。この状況で!)
 デュエルはその後約1分程度で終了した。3枚ものピンポイント封殺に加え、魔法・罠を封殺する《邪神アバター》。更には効果モンスター潰しの《天罰》 と、更なる追撃として用意された《冥王竜ヴァンダルギオン》。その徹底した決闘を前に、須藤に出来る事などもはや何一つない。彼は、5500ものライフが 一瞬にして削られるのを、ただただ見守るばかりであった。

【試合結果】
津田早苗(兵庫)―須藤巧(栃木)
得失点差±5000
 

「畜生!だが何故だ。それだけの解析力を持ちながら何故初日は……」
「ああ、それですか。データの集まり具合が微妙でした。その為あの日は最低でも大差を付けられないように決闘しました。このブロックは元々群を抜いた強豪のいないブロック。ならば2勝1敗の勝ち抜けも十分にありえる……というわけです。まあ、その所為でデータの集まりが悪かったのも事実ですけどね。そもそもの話として参戦を決めたのが予選の2日前でしたから。正直に言うと、この大会を渡りきれるかがちょっと不安だったんです」
「不安……だと?」
 『光陰影道(メタリック・メタロード)』津田早苗。彼女はこの大会のレベルの高さを十分に理解していた。高い構築能力と優れた直感力が求められるこの大会ならではの特殊ルールに加え、各地から集められた、豪腕に覚えのある決闘猛者達。その濃さは彼女が全体を俯瞰しつくすまでもなく、最高級の折り紙つきで あった。
 無論彼女とてそこそこ名の売れた一角の決闘猛者。そのメタ系決闘者としての名声は、中央にも届く勢い。だが、その実績にも拘らず、もはや彼女の優 勝を予想する人間はこの世の何処にも居ない。それほどまでに厳しい戦い。だが、それは彼女にとってはむしろ好都合であった。
 彼女はデッキビルダーの様にメタの基礎そのものを作り出す人間ではない。そしてデッキウォーリアーのように大会の中心を駆け抜ける存在でもない。彼女の決闘が勇躍するのはメタとメタの隙間。一種の真空地帯である。別に前もって目立つ必要など何処にもない。最後の1人であればそれでいい。
 相手のアキレス腱を正確に射抜くのに最も良い方法。それは対戦相手に前もって敵と認識されないこと。そう考えれば初日の敗北とてそう悲観する事もない。突出した強者の居ない対戦表を見ればそれもまた一 つの道であった。一敗のまま勝ち抜ければ、自分は影の道を歩く事ができる。
 彼女は初日自らの力を100%発揮できず負けたことすらも今や気に病んでいな かった。むしろ其処から勝機を探る強かさを備えていた。むしろそれくらいの意気込みが無ければこの決闘の祭典を勝ち抜く事など到底ままならない。

「いい決闘でしたねぇ、津田早苗さん。御見それしましたよ」
「ありがとうございます。あなたは?大会参加者ではないですよね」
 津田早苗の元に1人の男が立っていた。彼は、痩せた、色白の男だった。
「はい、わたくし決闘は苦手でして。もう少し言うと、この大会の運営委員なんです、よ」
「決闘が苦手、ですか。謙遜の匂いがしますね。まぁ、それはそうと、話かけていいんですか?」
「そうですねぇ。まぁ、悪くは無いでしょう。話し込んだところで、贔屓する義理がないです、しね」
(不思議な人。この人、どっかで見たような気がするけれど、どっかで見かけてた?)
「しかし、色々考えますよね。私の時は、最上級最低5体。《冥府の使者ゴーズ》や《神獣王バルバロス》、《トレード・イン》辺りは適当に禁止。一発勝負なので手札事故を起こしやしないかとドキドキしてました」
「ハハ。たまに外れもあるんですよ。『スカ』ってね。それはそれで、煮詰まってきたら特殊ルールみたいなものかもしれません、が。さて、私はコレで失礼。コレは、会った決闘者全員に言っているんですが、“頑張ってくださいね”私は決闘者の皆さんを応援しています」
「はい。ありがとうございます」
 男は津田早苗に背を向けて帰っていく。その時、1枚のカードが落ちた。
「これ、落ちましたよ」
「ああ、ありがとう。危うく無くすところでした、失礼」
(あれは、《邪神アバター》。なんで1枚だけ……まぁ、いっか)
 男と別れた彼女は、別のことを考え始めた。大会にエントリーした決闘者についてである。彼女独自の選別基準から『候補』として幾人かのデュエリスト・ネームがリストアップされつつある。
 初日から噂に違わぬ異能ぶりを見せ付けた『ブレインコントローラー』西川瑞貴。デッキビルダーとしての高い実績を誇る 『ドローフェイズパニッシャー』仲林誠司。高校最強を謳われた『金剛決闘者(ダイアモンド・デュエリスト)』森勇一。オセアニア地区最強を謳われるデッキ ウォッチャー『電獣』ヴァヴェリ=ヴェドウィン。初日から圧倒的な大差で難なく勝ち進む『灰色の魔王(グレイ・ブラックマン)』ディムズディル=グレイマン。そのディムズディルに次ぐ大会実績を積み上げた無名決闘者・新堂翔。或いはダルジュロス=エルメストラやベルク=ディオマース……etc。
 この中には、大会前から前評判の高かった決闘者もいれば、逆に日本では全くの無名だった決闘者も多くいる。だが事ここに至たっては、前評判等に大した意味はない。
 無名な候補は無名であるが故に、逆に注目が集まりつつある。新堂翔などはまさしくその典型だろう。この濃度の高い大会においては、一度注目が集 まれば以後敗退まで注目され続ける。つまり、有名な候補はその有名性故に、無名な候補はその無名性故に周りからの注目が集めることになる。
 国内産デッキウォッチャーはそれら一連の傾向を影からつぶさに観察していた。彼女は、その輪の中に真正面からくい込んで行こうなどとは考えなかった。何故なら彼女の見 立てでは、津田早苗以上のデュエルセンスを持つ決闘者が最低でも10人。先程彼女が難なく倒した須藤巧とは、比較するのもおこがましいほどの決闘猛者達が最低でも10人。その中を掻き分けるには多少の無茶はいる。
 ならば、水面下で動いた方がむしろ好都合。彼女は大会開始直後からその構想を心の片隅に秘めて いた。そして彼女は彼女なりのやり方で動き出した。最後の1人になる為に。
(さぁてと、そろそろ優勝候補の1人・ヴァヴェリ=ヴェドウィンの試合が始まる頃ね。大会参加者の1人として、或いは単純にデッキウォッチャーの端くれと して、決して見逃すわけにはいかないこの決闘。事前のデータから考えれば間違いなくヴァヴェリ=ヴェドウィンの圧勝。でも、それでも見たい。いい勉強にな る、かも)
 このような思考に至るのは、何も同業者に当る津田早苗だけではなかった。ヴァヴェリ=ヴェドウィンという名の持つ力は、この情報化時代において一箇所に 留まることはない。既に会場中に広まっていた。
 予選リーグ二回戦終盤・ヴァヴェリ=ヴェドウィンVS元村信也。その決闘が、大勢のギャラリーの前で今開始 されようとしていた。 

―Lブロック―

「あれ? ユウイチ? なんでこんなところにいるの? 1人?」
 皐月がそう言うのももっともな話だった。彼はたった1人で北口方面の観客席に座っている。其処には、大会初日からお供に連れていた、智恵もいなければ瑞貴もいない。本当に彼1人。彼曰く事情はこうだ。
「Nブロックの試合に向けて、1人で精神統一の真似事でもやろうか、なんて思ってたんだがな。なんか気になっちまったんだよ。けど一端“一人にしてくれ” なんて格好つけた以上、今更あいつらのところに戻るのも格好悪いだろ?そんだけの話だ。我ながら間抜けもいいところってな。多分だが、あいつらもどっかで 見てる筈だぜ。お前も……」
 『お前も』の後に続くのは十中八九『こんな間抜けはほっといてミズキ達と合流したらどうだ?』といったやや自嘲気味な、それでいて、ある意味ではキザな間違いない。皐月は話題を変えた。
「気になるの?信也君の試合」
「一応……な。まぁ、今日シンヤがヴァヴェリに負けるようだと、アイツとアヤは揃って予選落ちだろうな。ヴァヴェリが三戦目を落とすとは考えづらい。だ が、あのシンヤがあっさり白旗振るとはどうも思えなくてな。つってもアイツのことは、正直俺もよくわかってない。何時も先輩の言う事をハイハイ聞いている だけのかわいい後輩かと思えば、実戦では俺と同等か或いはそれ以上の何かを叩き込んでくるようなっと」
「シンヤ君は本番に強いっていうか、未知のものに強いのよね。もっと言うと強者に強い」
「だな。初戦はてんぱっていたことに加え、相手が弱かった所為で、何処か気の抜けていた部分があったような気がする。アイツはこういう時の方が……強いぜ」
「でも問題は、デッキ構築。【グッドスタッフ】しかまともに作れないシンヤ君がどこまでやれるか」

 ところ変わって東口方面。此方にはディムズディルとアキラが席を同じくしている。もう2段上にはストラもいた。ベルクは既に帰宅。千鳥は瞑想中。ピラミ スはピラミッドの中に引き篭もり、グレファーはNブロックの試合に備え鞭と蝋燭を購入していた。多少眠そうなディムズディルがアキラに向かって問いかけ る。
「なあアキラ。元村信也の決闘を見るのは初めてなんだが……具体的にはどんな決闘者なんだ?」
「なんだ。興味を持ったわりには情報が薄いんだな。開幕戦は見てなかったのか?つってもアレじゃ参考にならないと思うけどな」
「眠かったんだ。なにせ日本に来たのが前日だったからな。まさか飛行機の中でスカイダイビングデュエルを挑まれるとは夢にも思って無かったんだ。あれの所為でスケジュールが大幅に遅れてしまった」
 『スカイダイビングデュエル』…また胡散臭い単語が出てきた。だが『スケジュールが遅れた』と言った以上、受けたのだろう。受けたに違いない。無論一種のヨーロピアン・ジョークとして流す思考も有力だが、アキラはもうそういうものだと割り切る事にしていた。
「ああ…そうかよ。まっ、具体的っつっても一言で済むぜ。要は【グッドスタッフ】使い。それだけだ」
「【グッドスタッフ】?懐かしいな。なあストラ!君は類友として奴に期待してるのか?」
「別に、だからってわけでもないさ。ただなんとなく、だ。下手すると、あっさりと負けるかもしれない、ぜ」
「そうか。まあその辺については……見ればわかるだろう。見ればな。それが一番早い」

「なあディムズディル。あの爺さんの方はどんな決闘者なんだ? 確かデッキウォッチャーとかそういう胡散臭い称号だったか。どんな決闘をやるんだ? シンヤ相手にはどうなんだ?」
 一通り答えたので今度はアキラのターン。
「元々デッキウォッチャーは【グッドスタッフ】の様なコンセプトもへったくれもないようなデッキを割合に苦手とする。だが、生憎うちの爺さんはそんじょそ こらにいるヘボデッキウォッチャーじゃない。ヴァヴェリ=ヴェドウィンはそれこそ万を超えるデッキと戦い抜いてきた豪の決闘者。その分析は対戦相手の傾向 から始まり、最終的にはデッキの急所にいたる。むしろヴァヴェリに時間を与えやすい分、下手な【グッドスタッフ】はカモネギと言うべきだろうな」
 何故外国人が『カモネギ』等と言うアレな日本語表現まで使いこなすのかに多少の疑問を抱きつつも、アキラは軽めの反論を展開する。無論、『カモネギ』はスルーだ。最早面倒。
「アイツの【グッドスタッグ】もそんじょそこらの【グッドスタッフ】じゃないぜ。なんたってあの西川瑞貴に勝ち越してるんだからな。つっても1勝0敗だが」
「ふぅ、それを先に言えと何度言ったらわかるんだアキラ。俄然興味が沸いてきたじゃないか。アレは決闘者としてはともかく、素材としては最高級。興味が、沸いてきたな」
「ねぇねぇ、何の話?」
 トイレから戻ってきたエリーがディムズディルに話しかける。関りたがる女だ。
「かって西川瑞貴に勝利した経験を持つ決闘者が、今からヴァヴェリ=ヴェドウィンに挑むって話だ。」
「あ、面白そう」
 如何にもエリーらしい反応。だがアキラは、ぼそっとこう呟いた。
「面白い、か。そいつは運次第かもな。なんたってアイツは本気で【グッドスタッフ】しか使えない、真性の【グッドスタッフ】使いだ。その融通の利かなさは俺以上だぜ」
 軽く笑いながら意気揚々と話すアキラ。だがその時アキラは気がつかなかった。二人の顔を見ることなく、代わりに試合会場の元村信也を見ながら話していた為に、ついぞ気づく事が無かった。
 ディムとエリーの如何にも怪訝な、「お前は一体何を世迷っているんだ」と言わんばかりな表情に。
「それでは定刻になったので、課題を発表します!」
 徐々に外野が騒がしくなる一方、内野では今この瞬間ルール発表が行われようとしていた。スクリーンに映し出される課題。息を呑む信也。余裕の表情でそれを眺めるヴァヴェリ。その時スクリーンには、信也にとっても見慣れた文字が踊っていた。

 

3ラウンドマッチ!!

 

(3ラウンドマッチ?やけに普通……と、いうか本当に普通だ。何故こんな……) 



【3ラウンドマッチ】
現在数多の公式試合において頻繁に採用される試合方式。それが3ラウンドマッチ、通称『マッチ戦』である。『マッチ』という名称の由来に関する説はそれこそ数多あるが、その一つはやはり中世ヨーロッパに求められる。当時誰にもマッチを買ってもらえなかった哀れな哀れなマッチ売りの少女・アンナ=フェニックスが、その怨念によって当時最凶とすら謳われた切り裂き魔『デス・マッチー』に変貌。現代で言う所の【D−HERO】の姿を借りて道行く人に辻斬り決闘を挑んだ、が、その際彼女は常に3回勝負を挑んだと言われている。そうすることで、襲われた相手がそのまま決闘に敗北するか、或いは財布をはたいてマッチを買うか、そのどちらを選ぶべきかを十分に思案できる、そのように彼女は考えていたのだ。
 このように、由来については前述の様な有力説が他にも2〜3上がっている為、未だ議論の余地が残っているが、一方で、その第1特性については最早『議論の余地無し』が学会の定説。そしてその第一特性とは、言うまでもないことだが『サイドボードの使用』である。この点についての詳細は後述とさせてもらうが、ここでは一つの事が言えるだろう。3ラウンドマッチとは、決闘者の持つ知力・体力・時の運がバランスよく試される、言わば決闘者の総合力が直に問われる試合形態なのである。



 普通といえばあまりに普通な3ラウンドマッチ。だが、元村信也の疑問は直ぐに氷解する。この発言には続きがあった。大会運営者曰くこうである。信也は一瞬だけ、ほんの少し表情を変えた。

 

但し、サイドボード30枚!

 

【サイドボード】
現代決闘にはこのような格言がある。『メイン三年サブ八年』。メインのデッキ構築は確かに難しい。だがサイドボードの構築はそれに輪をかけて難しい、というのがこの有名な格言の意味する所である。まさしく至言。サイドボードこそがデッキ構築の核と答えるデッキビルダーの数は、我々が思っているよりも遥かに多いのだ。
 もっとも、ここで疑問に思う者がいるかもしれない。「そんな大事な要素なら何故、紙面やWEB上のデッキ紹介ではサイドボードの説明が省略されがちになるのか」、と。だが考えてみて欲しい。『サブ八年』とまで称される程多くの年月を費やしてようやく習得され得るサイドボード・テクニックは、言うなれば料理店における『秘伝のたれ』に相当する。果たしてそんなものを易々と公開するだろうか? 答えは言うまでもなく『NO.』である。
 そうなのだ。名だたるデッキビルダー達が、過去に好成績を残したメインデッキについて解説を試みた事例は頻繁にある。何故なら、それこそが名声を得る為の手っ取り早い手段だったからだ。だがサイドボードには一々深入りしない。一般の凡百決闘者に対する売名行為としては、メインデッキさえ解説しておけばそれで足り、一般には二の次三の次と誤認されているサイドボードについて解説するなど(無駄にライバルを増やす可能性を考えれば)百害あって一理無し、というのがその理由である。
 大衆は大衆であればよい。豚に真珠の価値を説くなど無意味なのだ。例え、万に一つ、豚に真珠の価値が理解できた所で、豚に真珠は似合わない。そのような打算が渦巻く世界。それが、ともすると閉鎖性すら感じさせるデッキビルディング界の、紛れもない現実なのである。

 

「成る程。そういうことか。カードプールの制限に直接攻撃制限、そしてデッキ枚数の自由裁量制限。或いはデッキトップやハンドカードといった情報秘匿の制 限。今まで僕が見聞きした特殊ルールは可能性の制限が主だった。だが、今度は可能性を広げるってわけか。全く毎度毎度、これを考えた大会運営者とやらは、 は余程の暇人に違いないな。ま、いいさ。やってやる。やってやるよ」

 その時元村信也の眼には、およそ形容しがたい類の炎が灯されていた。金も、地位も、名誉も、記録も、意地も、プライドも、チームも、友人も、幼馴染も、そしてカードへの愛すらも必要としない元村信也の戦いが今始まろうとしていた。其処にあるのは……

“Best Stuff”……か。悪くない響きだ。




【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
リハーサルがてら、一桁台の話数で色々試していた時も思ったことですが、単なる制限系の特殊ルールには未来がないと常々。言うなれば『メタゲームの縮小再生産』(※第7話はこれをいっそのこと1戦でやろうとした話)。「じゃあ拡張系でいくよ」。


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。


                TOPNEXT









































































































































































































































































































































































inserted by FC2 system