【新堂翔VS斉藤聖】
決闘課題:ハンドカードオープン
決闘概要:手札を晒したままプレイする。
特別禁止:《マインドクラッシュ》《異次元の指名者》《世紀の大泥棒》

【ハンドカードオープン】
 古来より、決闘に於ける『手札』とは秘密の花園の代名詞であった。其れ故決闘者の多くは『ピーピング』と『カードアドバンテージ』の狭間でゆれ続けるのが常であり、彼らは皆対戦相手の『聖域』の中を覗きたがりつつも二の足を踏んでいたものである…というのはあくまで表向きの話。この『秘密の花園』の裏には何時の日も醜聞が付き纏った。事実、この『聖域』の中を覗く為に幾多の闇決闘者達が違反行為に走ったという事実がコナミのアンオフィシャルデータベース『Bug Wave』の中に残っている。それほどの魅力が手札にはあったのだ。
 或いはこのような捉え方もまたできよう。普段『非』公開情報となっている手札は、決闘者の苛虐心を煽り立て決闘を盛り上げる事に一役も二役も買っていた。だとすれば今回施行された新ルール『ハンドカードオープン』は暴挙なのではないか?事実反対意見もままあった。手札が予め公開された決闘など『ストリッパーが恥らう様子すらなく最初から全裸で出てくるようなもの』……これらは皆正当性のある意見であるように思われた。しかし今大会の裏主宰者と囁かれる……大企業『KONAMI』の7人委員会―『スペシャル・センター・セブン(通称「SCS」)』―の一部メンバーは敢えてこの特殊ルール採用に踏み切ったのだった。一体何故に? 一説には『聖域なき決闘改革』が叫ばれた結果だとも言われているがその真相は未だ闇の中である(※巷では「『孤高決闘同調能力者(アルーフ・サイコメトラー)』の意向が大きく反映されたのだ」という噂が実しやかに囁かれているが……本稿の特性上『物証なき断定』は頑なに慎むべきであろう)。 だが一つの事は言えるかもしれない。既に賽は投げられたのだ。“世紀の凡戦”が今開始される。

 彼らの会話は最初から平行線だった。

「久しぶりね新堂翔。まさかアンタが関東の代表だったなんて夢にも思ってなかったわ」
「斉藤聖……哀れだな。運が悪かったとしか言い様がない」
「哀れ? 運が悪い? 私が!?」
「既に『1敗』。お前と遥の対戦歴を考えれば斉藤聖の三連敗は既に確定事項。哀しい現実だが……過不足なく受け入れる為に精々心の準備をしておいた方がいい。そうすればショックも最小限に抑えられる」
「言いたい事はそれだけ?私は遥にはもう負けないし……アンタなんかには尚更負けない!」
「悪いがお喋りはここまでだ。そろそろデッキ構築に集中させてもらう……後で餌をやるから其れまでは蝸牛のように縮んでろ。蠅でいられると気が散ってしょうがない」
「ハンッ! 精々へんてこデッキ作ってろってんだ!」
「全く五月蝿いな……おっとっ!」
 その時だった。新堂翔の手元が狂い、カードが数枚斉藤聖の可視圏に落ちる。そのカードとは…《次元の裂け目》《マクロコスモス》《閃光の追放者》だった。何れも墓地を潰すことで力を獲得する【除外】デッキのキーカード群。墓地を溜める事で戦力を増す『死骸勘定役(スレッショルダー)』の斉藤聖にとっては最も眼にしたくないであろう『天敵』カードの数々。斉藤聖の表情が変わるが、新堂翔に悪びれた様子はない。
「参ったな。あまりに五月蝿すぎて手元が狂ったじゃないか。まあ……いいさ」
(本当に嫌なやつ。私を『死骸勘定役(スレッショルダー)』と知って露骨に潰す気? だったら……)

―1時間後―

「それでは決闘を開始します。デュエルスタンバイ……OK?」
「OKよ。いつでもどーぞ」
「さっさと終わらせよう。俺はむしろ第2試合の方に用がある」
「ほざいてろっての。泣きを見るのはアンタの方だよ!見てらっしゃい!」
「GO−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−!!」 

【Gブロック二回戦(第1試合)】
新堂翔(東京)―斉藤聖(翼川)

「俺の先攻らしい。だがその前に……お互いの手札を見せ合うんだったな。それがこの決闘の『ルール』」
「ええ。早速その出来損ないのヘンテコデッキを確認してあげるわ」
 特殊ルールの効果によって早速暴かれることとなった秘密の花園。聖は翔の手札を凝視せんが為グッと身構える……が、たった一秒でその構えは崩壊した。暴かれた秘所を我先に覗き込んだ筈の……斉藤聖の顔が僅かに歪む。その出来損ないの正体は彼女がもっともよく知る『出来損ない』だった。新堂翔は、その間ずっと薄笑いを浮かべている。その表情には、『暴かれた』等というネガティブニュアンスは一片たりとも見受けられなかった。 

第20−1話:暴かれる『現在』の万象(ハンド・カード・オープン)


 

【新堂翔(初期手札)】
《バトルスライム》
《サルベージ》
《高分子化ゲル》
《固定化氷結ゲル》
《スライム・アーマー》

【斉藤聖(初期手札)】
《炸裂装甲》
《人造人間-サイコ・ショッカー》
《死霊騎士デスカリバーナイト》
《突進》
《ダンディライオン》


《バトルスライム》 
スライムモンスター
星3/水属性/水族 攻500/守500
「スライム」は種族・属性を変更する効果を受けない。このカードが戦闘で破壊されるたびにそれを無効にし、代わりに「ゲルカウンター」を1つ乗せる。「ゲルカウンター」が3つになったときこのカードは破壊され、墓地に送られる。(戦闘ダメージは適用する)

《高分子化ゲル》 
スライムモンスター
星4/水属性/水族 攻1300/守2050
「スライム」は種族・属性を変更する効果を受けない。

《固定化氷結ゲル》
スライムモンスター
☆4 水族/水属性 1900/1450 【スライム】
「スライム」は種族・属性を変更する効果を受けない。

 一番驚いていたのはその場に駆けつけた―【スライム】の使い手―武藤浩司である。
「な、なんや……なんで【スライム】をあの新堂翔の野郎が使ってやがるんだ? おいシンヤ!」
「僕に聞かれても……知りませんよそんなこと。あの人……一体何考えて決闘してるんだ?」
「でも……これってチャンスじゃない?それこそヒジリは【スライム】との対戦歴が豊富なわけだし……」
 ただただ驚愕するスライム使いこと武藤浩司と、ただただ困惑するばかりの元村信也、そして1人前向きな意見を表明する西川皐月。斉藤聖の応援に駆けつけた三者三様の反応だった。そして当の聖はといえば……混乱の真っ只中にいた。そこに「チャンスがどうのこうの」等と言う発想は一切見受けられない。
(なによなによなによなによ。【スライム】? ふざけてんじゃないわよ。なんでアンタがそんなもん使ってんのよ。偶然? コイツが……この性格の悪そうな…… いや100%間違いなく天地神妙に誓って性格の悪いこの男が、偶然スライム? そんなの……絶対嘘。こいつ、事前に……)
「どうした。随分と念の入ったカードチェックじゃないか。俺のデッキが何処かおかしいか?」
「この野郎……ぬけぬけと」 

―第1ターン―

「さぁ決闘だ。俺のターン、ドロー。なんだいきなり《天使の施し》か。幸先のいい事だ。だが、こいつはまだ置いておこうか。そうだな……俺は《バトルスライム》を裏側守備表示で通常召喚しよう。俺はこれでターンエンド。もう好きにしていいぜ」
 斉藤聖の脳内に混沌を引き起こした新堂翔の第1ターンが即終了。聖は一呼吸付いてから、自ターンに入る。彼女は先程より幾分落ち着いていた。ある程度の冷静さを取り戻した上で、彼女は得意の『算盤勘定』を開始する。
「私のターン、ドロー。私は《D.D.アサイラント》を手札に加える。私はまず、《死霊騎士デスカリバーナイト》を召喚。《バトルスライム》に攻撃するわ! 当然《バトルスライム》は能力によって再生するけど……この瞬間《死霊騎士デスカリバーナイト》の特殊効果発動……《バトルスライム》は潰される。これでドロー。そのスライム君は見かけに依らず色々な『形状変化』が厄介だから……早めに潰させてもらうわ!」
 聖の先制攻撃。脆くも破壊された《バトルスライム》は自身の能力により当然に再生を開始するが…《死霊騎士デスカリバーナイト》の能力がそれを許さない。固体へ向けて再結合する筈の液体群が液体のまま一向に再結合出来ない。そのエフェクトは中々に哀愁を誘うが、彼ら決闘者達にとっては極めてどうでもよいことだった。彼らにとって重要な事、それは「《天罰》効果によって《死霊騎士》と《バトルスライム》の双方が墓地に送られ、俗に言う1:1交換という状況が発生した」という事実に他ならない。無論『手札公開』のルール上新堂翔もコレを予め予期していたのだろう。その反応は極めて大人しいものだった。聖は《炸裂装甲》を伏せた上でターンエンド。新堂翔にターンを返す……が、観客席の3人は疑問を抱いていた。当然の疑問を。

「アレ? ヒジリさんのデッキってもしかして……【グッドスタッフ】系? 【スレッショルド】じゃない?」
「そやな。ヒジリが何時もつこうとるデッキならもっと他のカードが入っとる筈や。何があったんや?」
「もしかして……新堂翔に対策されるのを恐れた? 十分ありえる話だわ。以前ヒジリがハルカとやり合った時、アイツは気絶したフリをしていた。となれば新堂翔が斉藤聖の……【スレッショルド】の対策を打ってきても決しておかしくはない。ヒジリは多分その可能性を嫌ったんだわ」
「成る程。ショウさんならそのぐらい平気でやってくる。だから?」
 事実そうだった。斉藤聖は新堂翔が【次元】系を使う事を恐れていた。《次元の裂け目》や《マクロコスモス》に新堂翔が着目していた事がひょんなことからわかってしまった以上、【スレッショルド】を素直に使うのは躊躇われる。そうでなくともこの試合は手札公開のため『墓地を溜めて反撃』という所謂カウンタータイプのデッキは使いづらかった。後の先を取るにはある程度の秘匿性がいる……そんな思惑から聖は対応力が高く『手札公開』という苛酷なルールにも十分耐えうる【グッドスタッフハイパーヒジリングレート】を選択した。だが第2ターンに入る直前、新堂翔が軽い調子で聖に喋りかける。それは聖にとっては強烈なハンマー以外の何物でもなかった。新堂翔は、尚も怪しい微笑を絶やさない。 

―第2ターン―

「ああそうそう。さっき言い忘れたから今言っておく。その方が美容と健康にいいだろうからな」
「えっ!? 何よそれ。美容? 健康?」
「実は俺【除外】系は不得手なんだ。アレだけはどうも性に合わなくてな。何故だか知らんが俺の感性に反発するんだ。ところでお前、なんで得意の【スレッショルド】を使わないんだ? まさか宗旨変えか?」
「…………消えちまえ」
 『何故か』悶絶する聖を尻目に翔がなおもターン続行する。その眼は何処か怪しい。
「俺のターン、ドロー。《洗脳-ブレインコントロール》を手札に加える。そうだな……せっかくのいい流れだ。先に予告しておくのも悪くない。不意のショックで失神されても面倒だからな」
「予告ですって? バッカじゃない! アンタ何言ってんの?」
「斉藤聖……お前はこの俺に全てを貢ぎ弄ばれるだけ弄ばれた上でゴミの様に捨てられる。お前のような半端者には……似合いの末路だろ?」
「はんっ! てめぇが地獄の落ちろってんだ。この三流ホスト!」
「さて俺は《高分子化ゲル》を裏守備セット。そのままターンエンドだ」
「私のターン、ドロー。《破壊輪》を手札に加える。そして《D.D.アサイラント》を攻撃表示で召喚。私は……《破壊輪》を伏せてターンエンドよ」
 淡々と決闘が進む。元々駆け引きもクソもないような謎ルール。当然といえば当然だった。だが、そこが実は盲点だったのかもしれない。仕掛ける場所などどこにでもある。新堂翔はやはり微笑んでいた。

―第3ターン―

「俺のターン、ドロー。《フュージョンゲート》を手札に加える。そうだな。俺は《固定化氷結ゲル》を攻撃表示で通常召喚……カードは伏せないでおこう。このままターンエンド」
 第3ターンに入っても尚膠着する決闘戦線。無理もない。相手がどんな罠を仕掛けているかがおおよそわかってしまうこの状況は攻めづらいことこの上ない。だが、斉藤聖は、そんな中自らの勝利へ向けて得意の算盤勘定を開始。最善手を弾き出すべく頭をフル回転させる。
(此方の手札には罠潰しの《人造人間-サイコ・ショッカー》がいる。でも向こうの手札にも《洗脳-ブレインコントロール》がある。それゆえデカ物で一気に攻め込む……とは行きづらい状況。向こうの次のドローで、上級の餌にされる可能性もなくはない。だとすればここは手札温存のままあの野郎にプレッッシャーをかけつつ、下級アタッカーでジリジリ攻めるの!)
「私のターン、ドロー。《氷帝メビウス》を手札に加える。さあ速攻でバトルフェイズよ。《D.D.アサイラント》で《固定氷結ゲル》に攻撃。勿論このままじゃ負けちゃうから……《突進》!」
「構わない。《固定化氷結ゲル》を墓地に送ろう」

新堂翔:7500
斉藤聖:8000

 斉藤聖が遂に新堂翔のライフを削る事に成功した。この展開を頼もしげに見守るのが……同僚の西川皐月だ。彼女はこの、攻めの1:1交換をよしと見ていた。
「ヒジリがジリジリ押してきたわ。当然ね。単純なデッキパワーは万能カード満載の【グッドスタッフ】の方が当然上。【スライム】による奇襲が成功しづらい以上このままいけば……ん?どうしたの信也君。なんか変な顔して。もしかしてまた変な病気?」
「違和感が……あります。この膠着状態は一体誰の意思なんでしょう」
「何言ってんの?課題が課題よ。ハンドカードオープン……こんなもの、瞬殺にならなきゃ膠着するのが道理ってもんでしょ。未知のドローのことを考慮した上で、何処で一気に切り返すかが……」
「『ハンドカードオープン』……決闘の流れ……【スライム】……【グッドスタッフ】……それに……ヒジリさんとショウさんの性格、これらを考慮すると……まさか。いや……まさかそこまでは……でも……そうだ!」
 この瞬間、元村信也の脳裏にある閃きが。彼は外聞を気にせず大声で叫んだ。
「駄目だヒジリさん! 早く攻めて! 手札を溜め込むな! 強引でもいいから消耗戦に持ち込むんだ!」
「どうしたの信也君!? 凄い顔して叫んだりして。一体何がどうしたって言うの?」
 だが信也の声は決闘中の聖の耳には届かない。斉藤聖はそのままターンエンドする。 

―第4ターン―

「ターンエンド。さあ……じっくりお料理してあげるから覚悟しなさい」
「俺のターン、ドロー……おっと。確率的にそろそろかと思っていたが……いい頃合だ。斉藤聖。敗北のショックを受け止める準備は出来たか? 3秒くらいなら待ってやってもいいぞ」
「それはこっちの台詞よ! さっさとその腐れカードを見せなさい! 何がこようと……」
 だが、聖は最後まで言い切ることが出来なかった。聖はこの時、言語化することのできないある種の不安に襲われる。聖がその瞬間眼にしたカード。それは……

「俺は《エクスチェンジ》を手札に加える。さあ……行くぞ。STEP1.俺は手札から《天使の施し》を発動。《固定化氷結ゲル》《メタル・リフレクト・スライム》《高分子化ゲル》を手札に引き入れ……《フュージョン・ゲート》と《高分子化ゲル》を墓地に捨てる。STEP2.《洗脳-ブレインコントロール》《スライム・アーマー》《サルベージ》《フュージョン・ゲート》の4枚を場に伏せる。STEP3……お待ちかねの《エクスチェンジ》だ! 俺はお前の、“手札の中で腐っていた”《人造人間−サイコ・ショッカー》を頂こうか。なぁに心配するな。お前にもちゃんと取り分をくれてやる。純度100%の天然水をな。喜んで受け取りな」

(エクス…チェンジ!?しまった。アイツが今使っているデッキはコウジが得意していた【スライム】。あれは所謂『専用カード』ばかりで構成されているデッキ。ということは……今アイツが私の目の前で見せびらかしているあのスライム・カードは【グッドスタッフ】においては紙切れ同然のカード。それに比べて私の……私の【グッドスタッフハイパーヒジリングレート】は一騎当千の万能カードばかりで固めたデッキ。【スライム】の中に1〜2枚紛れ込んだところで大抵は問題なく機能する。不味い……)
「お前の選択肢は《固定化氷結ゲル》《固定化氷結ゲル》と、あとは《固定化氷結ゲル》の内のどれかだ。どれでもいいぜ。好きなカードを選ぶんだな」
 翔の手札は一枚。潤沢な選択肢が聖を囲い込む。
「この野郎……私は……《固定化氷結ゲル》を手札に加える……」
「さあて……もう1つ貢ぎ物を頂こうか。俺は800のライフを支払ってさっき場に伏せておいた《洗脳-ブレインコントロール》を発動。お前の《D.D.アサイラント》を貢いで貰って……これまたお前から貢いでもらった《人造人間−サイコ・ショッカー》を生贄召喚する。だが、これで終わりじゃないぜ。リバース!《サルベージ》を発動! 《バトルスライム》《高分子化ゲル》を手札に戻す。そしてリバースカード、オープンだ!」
 この時、新堂翔はつい先程フィールド上にセットしておいた《フュージョン・ゲート》を勢いよく反転。あたかも、斉藤聖に見せ付けるかのような形でスライム融合を開始する。
「攻撃力500の《バトルスライム》と、攻撃力1300の《高分子化ゲル》を《フュージョン・ゲート》で融合……攻撃力1800の《キングスライム》を融合召喚する!」

《キングスライム》  
スライムモンスター(融合モンスター)
星9/水属性/水族 攻?/守?
「【スライム】モンスター」+「水族モンスター」
「スライム」は種族・属性を変更する効果を受けない。このカードは融合召喚以外で召喚することができない。このモンスターの元々の攻撃力は融合素材として 使った二体のモンスターの攻撃力の合計となり、守備力は融合素材として使った二体のモンスターのレベルの合計×200となる。このモンスターは相手プレイ ヤーに戦闘ダメージを与えるたびに、コントローラーはカードを1枚ドローすることが出来る。このカードが魔法カードの対象となるたびにそれを無効にし、代わりに「ゲルカウンター」を1つ乗せる。「ゲルカウンター」が3つになったときこのカードは破壊され、墓地に送られる。

「当然、バトルフェイズに移行するぜ! 《人造人間−サイコ・ショッカー》と《キングスライム》で斉藤聖……そこのお前にダイレクトアタックだ!」
(嘘! やだっ! アタシの守りが無効化された!?)

新堂翔:7500
斉藤聖:3800

「《キングスライム》の効果発動!カードを1枚ドローする。俺が引いたのは《エネミー・コントローラー》。さて、もうこれといってやることもないな。ターンエンドと言わせてもらおうか」
 新堂翔は、一瞬にして聖のライフを削った後にターンエンド。彼はどこまでも余裕綽綽だった。
「やられた……ショウさんは始めからコレを狙ってたんだ。このバンデッド戦術を……」
「でも信也君、これはある意味ではチャンスだと思わない? 手札に【スライム】の融合パーツになり得る《固定化氷結ゲル》が来たと言うことは、形勢をひっくり返す大逆転の『爆弾』を抱えたも同然。聖の手には水属性の《氷帝メビウス》があるんだから……《氷帝メビウス》と《固定化氷結ゲル》を《フュージョン・ゲート》でスライム融合。つまり……相手の力をそっくりそのまま逆用する『風車の理論』が使えるじゃない!」

【スライム】
 スライムは『水族』であり『水属性』であることを共通項として抱え持つ特殊モンスター群である。あらゆる効果によってその領域の変更を無効化する純度100%の『水』カード。だがその領域変更無効能力は『刺身の褄』に過ぎず、その真価は別に在る。そしてその真価とは…「融合の簡略化と能力の合成」。何故ならスライムとは『容易に切り離し、接合が可能なゲル状の物体』を意味するからだ。スライムとはまさに『結合』の代名詞なのである。
 例えば【スライム】の各カードは『【スライム】モンスターと【水族】モンスター一体づつ』のようにかなりゆるい条件で融合が可能。これによってデッキの全角度からの『爆発』を可能にした。特に恐るべきは《フュージョン・ゲート》を基点とした連続融合。小スライムの群れが、先を争って大スライムに結合して行くその姿は、まさに圧巻の一言と言えるだろう。だがその一方で『緩過ぎる結合条件』がネックになる事がある。それこそが『風車の理論』であった。【スライム】と【水族】がそれぞれ一体づつ入ればいいという条件の緩さ故に此方が出した《フュージョン・ゲート》を逆用される……スライムはその不定形故に『諸刃の剣』にも変化しうる危険な生物だったのだ。

「そや信也。お前も以前レギュラー選抜戦で全く同じことをやったから知っとるやろ。【スライム】の融合は柔軟性と爆発力を備える一方で敵にその力を逆用される危険性がある。だったら、元々後半に強いヒジリの再逆転も有り得るで」
 楽観論を唱える皐月と浩司。だが、信也は既にこの決闘の結末を予測していた。
「いえ……残念ながらその可能性は限りなく低いと思います」
「なんで!?」
「どういうことや信也!」
 2人から問い詰められた信也はゆっくりと口を開く。幾分、申し訳なさそうに。
「今決闘しているのがヒジリさんだからです。恐らく……ヒジリさんの融合デッキには《キングスライム》等の『融合スライム』は用意されていない。元々ヒジリさんの専門科目は墓地勘定。この短いデッキ構築時間の間、いつもお世話になっている墓地ならばともかく……融合デッキにまで気を払うことはそうそう出来ない。そんなことできるのは……翼川においてはそれこそ【スライム】使いのコウジさんと……あとは【完全記憶】を持ち、何処にどのタイプのカードがあるか瞬時に脳内検索できるミズキさんぐらいのものです。正直な話……普段から【グッドスタッフ】を使い慣れている僕ですらこの状況では焦って『融合デッキ』という要素を見落とす可能性がある。だとすれば、ヒジリさんは……」
「まさか……新堂翔は全部計算済みの上で《エクスチェンジ》をデッキに投入したっていうの?」
「そのまさかだと思います。あの人は僕らが思っている以上に強かだ。言ってみれば、思考の隙を突くプロッフェショナル……」

「どうした斉藤聖。足の遅いギミックデッキに押されるとは随分な様だな。俺の【スライム】は武藤浩司程キレていない筈なんだが…普段の『勝率』が透けて見えるな。」
「くっ……この野郎……」
 あくまでヒジリを見下した構えをとる新堂翔。このターン、《エクスチェンジ》からの猛攻を受けた斉藤聖の脳裏には、先程の翔の言葉がよぎっていた。

「斉藤聖……お前はこの俺に全てを貢ぎ、弄ばれるだけ弄ばれた上でゴミの様に捨てられる。お前のような半端者には……似合いの末路だな」

「私のターン、ドロー。私は《天使の施し》を手札に加える!」
 聖の忍耐は、既に限界をぶっちぎりオーバーヒートを起こしていた。彼女はイラついていた。相手に、そして自分に。折角フュージョン・ゲートとスライムモンスター、そして水属性の氷帝メビウスが揃ったにも関らず融合スライムを召喚できない。そうなのだ。無い袖は何をやってもふれやしないのだ。聖は《フュージョン・ゲート》をうらめしそうに眺めていた。聖には使いこなせない《フュージョン・ゲート》。食材がある。鍋がある。だが作れない。その事実が聖をイラつかせる。まるで聖に見せ付けるかのように、前ターン華麗に反転した《フュージョン・ゲート》は聖をあざ笑っているようにも見えた。
「どうした。せっかく水属性の《氷帝メビウス》があるんだ。頑張って門をくぐってみろよ。なぁ……」
 聖はもう我慢できない。新堂翔を、《フュージョン・ゲート》の存在を許せない。
「私は……《天使の施し》を発動。デッキから3枚引いて……手札から2枚のカード、《ニュードリュア》と《ダンディライオン》を捨てる。《ダンディライオン》の効果によりトークンが2体発生。私は墓地から《天使の施し》を除外して《マジックストライカー》を召喚。更にこのモンスターを生贄に……《氷帝メビウス》を召喚!効果により《フュージョン・ゲート》と……」
「《ニュードリュア》を捨ててまで、ここで生贄召喚!? 駄目だヒジリさん!そんなことしたら!」
 信也が叫ぶまでも無く、それは失策以外の何物でもなかった。翔の、リバースカードがメビウスの輪に包まれかけたその瞬間、彼は当然の様に宣言を行った。
「リバースオープン! 《氷帝メビウス》を対象に速攻魔法《スライム・アーマー》を発動!」

《スライム・アーマー》
速攻魔法
自分のフィールド上のスライムモンスターを一体生け贄にささげて発動する。モンスターを1体対象とし、生け贄にささげたカードを装備する。装備モンスターは攻撃力と守備力が500ポイントダウンし、攻撃と表示形式の変更ができなくなる。装備されたスライムモンスターが墓地へ送られた時、装備モンスターを破壊する。

「俺が場に伏せておいたのはお前も知っていた筈の、1枚目の《高分子化ゲル》だ。このカードを装備カードとして扱い、お前が場に出した《氷帝メビウス》に装着。これでお前のラストカードは役立たずだ」
「あ……ターン……エンド」
 聖が悔しそうな表情を見せる。それは、残り僅かだった勝機が完全に0となった瞬間だった。
「俺のターン、ドロー。《ウォデック》を手札に加える。さぁ、行くぜ。俺は手札から《エネミーコントローラー》第1の効果を発動!綿毛トークンAを攻撃表示に変更する。さぁ、バトルフェイズだ。《キングスライム》で綿毛トークンAを攻撃! 1800分丸々直払いしてもらおうか!」

新堂翔:7500LP
斉藤聖:2000LP

「我ながら相手がかわいそうになってくるぐらいの優勢ぶりだな。おっと、相手はお前だったか」
「く……くそ。流れが……悪すぎた。ドローラックが……」
「ドローラック? まさかお前この流れを偶然だとでも思ってるのか? これはある種の必然さ」
「必然?なにがどう必然だってのよ!」
「わからないのか? 俺には二つの選択肢があった。@【スレッショルド】を潰す《次元の裂け目》入りの【除外】系を選択A【グッドスタッフ】を潰す《エクスチェンジ》入りの【テーマデッキ】を選択。この二つがな。何故ならお前にも2つの選択肢があったからだ。@得意デッキである【スレッショルド】系列を選択 Aさして得意ではないが対応力に優れ、肝心要な『手札公開』というルールにも、その基本スペックの高さ故に耐え得る【グッドスタッフ】系列を選択。この2つの可能性が俺の脳裏には浮かんでいた。だが、俺はさっき言ったとおり【除外】系はどうも苦手でな。短期間の学習ではどうも手が回りきっていなかった。お前がおとなしく【スレッショルド】を選んで成仏してくれればまだいいが……ただでさえ俺とお前は手の内を知り合っている同士なんだ。加えて、『手札公開』というお前の用心深さを刺激するようなルールもある。もしもお前が【スレッショルド】を選ばなければ、除外をちゃんと回しきれない以上、俺の方が若干不利かもしれない。だが、俺は楽に勝ちたかったんだ」

 『楽に勝ちたかった』。それは彼の本音だったのだろう。彼は、最初から聖を敵と見なしていなかった。
「だから俺は事前に《次元の裂け目》や《マクロコスモス》を“さりげなく”見せつけお前を牽制した。そうすれば既に一敗を喫して後のないお前の事だ。ガチガチに固まった挙句【スレッショルド】は使うまい。そうなればセカンドデッキの出番だが……この手のタイプの尖ったゲーマーは大抵“普通のデッキ”をセカンドデッキとして保険代わりに持っているものだ。もっと言えば、今この場でいきなり凝ったデッキは作りづらいだろ?『手札公開』のルールをも考慮すれば、奇襲系の旨味などない。これら諸々の要素を考慮したつもりになったお前は、俺の予想通り素直に【グッドスタッフ】を作り……無様に負けるわけだ」
「あれはわざとだったっていうの? 私の思考を誘導した? でもあんなに上手くデッキが噛み合う……」
「鈍すぎるな。『気づいて尚畏怖した』ぐらいに思っていたがどうやら買いかぶりだったらしい。それとお前はこの決闘の特異性を理解しきれていない。『手札公開』は其れ即ち……短期決戦か或いは膠着状態かの何れかに決闘の行方が大きく振れる。無駄やミスの類が生まれにくいからな。だが【グッドスタッフ】の場合は大抵後者だ。あのデッキは対応力に優れる一方で爆発力がない。したがって膠着状態がセオリーになる。そして膠着状態が続けば……奪い甲斐が出る。だからこそ俺はバンデッド戦術がベストだとはっきり確信できたんだよ。さあて……そろそろ終わらせようか。言った筈だぜ。『お前は俺に全てを貢ぎ弄ばれるだけ弄ばれた挙句ゴミの様に捨てられる』ってな。じゃあサヨナラだ」
「え?サヨナラって……」
「流石にこのぐらいは覚えているだろう? 《キングスライム》の効果で俺は既に1枚ドローしてる。さっ、ルールにのっとってしっかりお前にも見せてやるよ。俺が引いたカードはこれだ」
「嘘……そんなのって………」
 聖の顔が絶望に染まる。そのカードがもたらすもの、それは破滅だった。
「バトルフェイズ続行! 《人造人間−サイコ・ショッカー》で綿毛トークンBを撃破! そして……俺はこのタイミングで手札を1枚墓地に捨て……ラストカードを発動させてもらう」
 聖を圧倒する翔が最後のカードを発動する。信也は、それを戦慄と共に眺めていた。
「まさか……そんなものまで……ヒジリさんは……もう……駄目だ」
 恐怖の時間が到来する。聖は、最早生きた心地がしなかった。
「あっ……いや……」
 『問答無用』暴虐の象徴が今ここに唸りを上げる。新堂翔の右手が漆黒に染まり、聖の魂を飲み込んでいく。それはまさに、勝利を巻き込むブラックホール!抗う術などありはしない!
「最後の最後まで、お前には骨の髄まで貢いでもらうぜ!速攻魔法発動!」

 

超融合!!

 

「俺の場の《キングスライム》と、お前の場の《氷帝メビウス》を強制融合! 攻撃力4200!《キングスライム》の特殊召喚だ! さぁ、取り立ての時間だぜ!」
「いや……そんなの……そんなこと……」
「斉藤聖! お前の場には壁モンスターも無ければ発動可能なリバースカードも無い! この一撃は……」

 

身体で払ってもらおうか(ダイレクトアタック)!!

 

新堂翔:7500LP
斉藤聖:0LP

「そんな……そんなの嘘」
「現実だ。だから受け入れる準備をしておけと言っておいたんだがな。やっぱ無駄だったか」

【試合結果】
○新堂翔(東京)―斉藤聖(翼川)●
得失点差±7500

 

「残念だったな。これで『二敗』目。お前はここで脱落だ。お前の眼は最後の最後まで節穴だったようだが……折角だから教えてやるよ。手札公開の本質、それは相手の“自滅”を誘うことに他ならない。いい自滅っぷりだったぜ」
「腐れ悪魔! 三流ホスト! 人の弱みに付け込んで……」
「やれやれ。これだからお前等のような連中と長々遊ぶのは嫌になるんだよ。お前はこの大会の趣旨を何一つ理解していない。2人の人間が向かい合い、今初めて知った課題』に沿ったデッキを同時に作り、そして決闘に臨む。これが意味するものはただ1つ、至近距離での潰し合いだ。それがこの大会の本質。殺るか殺られるかを賭けた究極の個人戦。ただカードを引いて使うだけの闘いならこんな大舞台は一切必要ない。にも拘らずこうして一戦必勝をクローズアップするのは……わからないのか?ちょっと考えればわかることなんだがな。詰まるところ、この大会の主宰者はよっぽどの性悪だ。もっとも、開会式の時喋っていたあの中條とかいう男が、そうなのかどうかは俺の知ったことじゃないがな」
「性悪?」
「ここでは揺さぶられ、引っ掛けられえたやつが悪だ。そういう遊びなんだよ。ただデッキを作って決闘すればいいと考えているお前は根本的に終わってるのさ。課題は火薬。決闘者は導火線だ。さしずめ爆発対象は対戦相手といったところか。それが今俺達がやっている『決闘』だ。もっとも……お前如きに『決闘』をいう呼び名はふさわしくなかったかも知れないがな」
「へ、へぇー。その割には私『如き』に随分と念の入った対策ね。わざわざ【スライム】まで使ってさ!」
「当然だ。この大会には得失点差の要素もある。二勝一敗や二勝一分になった場合の事も考慮に入れれば点は一点でも多い方がいい。ならば立ち塞がる相手はあらゆる手を用いて徹底的に叩き潰しておくのが当然の戦略だ。例えば今回の場合は……まず大前提として俺は他のブロックにおける目ぼしい決闘をほぼ全て観察した。決勝トーナメントの事をも考慮すれば悪くない時間の使い方だろ? そしてその中に武藤浩司の決闘もあった。幸いにしてアレの決闘は泥試合だったからな。この決闘の開始までには事前の情報と合わせて9割方把握させてもらった。もっとも、戦略上尖った動きをするデッキならこの際なんでもよかったんだが……『なんとなく』だ。実際、暴かれるよりは見せ付けた方が楽しいだろ? そう思わないか? なぁ……斉藤聖」
 この時、新堂翔が何処まで本気で喋っていたのか、それすら周りからは窺い知る事ができなかった。。そして、だからこそ、聖にはこの男が憎らしい。憎らしくてたまらない。

(この男……悔しいけど強過ぎる。コウジの試合をたった1〜2回程度見ただけでここまで計算されつくしたバンデッドカード入りの【スライム】を構築し、私の【グッドスタッフハイパーヒジリングレート】を徹底的に叩き潰した。奇策ばかりじゃない。根本的なゲームセンスそのものがずば抜けてる。けど……それ程のセンスの持ち主がなんでまた【除外】系を苦手としている? いくら時間がなかったからってそんなことが……まさか!? それすらも作戦上で生じた特殊状況を逆手に取ったフェイク? 私が悔し紛れとばかりに翼川の他のメンバーに向かって『新堂翔は除外系が苦手だ』と吹き込む事を期待してのフェイク? こいつなら、有り得る。チキショーッ! なんて憎らしい奴。殺したい。すっげぇ殺したい)
「じゃあな。斉藤聖。もし何か問題が生じたら万屋『ヴィーナス』に相談に来い。『今から決勝トーナメントに出場したいんですがどうすればよろしいでしょうか』以外のあらゆる相談に乗ってやる」
 そう言い残し新堂翔はその場を去っていった。斉藤聖は……暫くその場を動く事ができなかった。

 “世紀の凡戦”終了後…元村信也は新堂翔の圧倒的決闘を前にして苦悩を深めていた。
(間違いない。あの人はヒジリさんが『待ち』のデュエルスタイルであることまで考慮した上であの戦術を取り、容赦なく叩き潰した。怖い。今のあの人は…… 『怖い』。あの強さならまともにぶつかったとしてもヒジリさん相手に優勢を築けた筈。けどショウさんはその緩い優位性に満足することなく徹底的にヒジリさんを潰しにいった。まるで……まるで『念入りな害虫駆除』かなんかを見せ付けられているようなこの感覚。でも……この大会はそんな筋金入りの強者こそが勝ち抜いていく弱肉強食の世界。どうする? 僕はどうすればいい? この大会に僕なんかが入っていく余地が……果たしてあるのか?」


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
@破壊輪チェーンについては掲載前、友人達と散々議論し「100%チェーンすべきとは限らない。ならヒジリさんなら尻込みしてもおかしくない」と判断した上で、あまりがつがつせず、人間性を捨象しすぎないように書いたつもりなんだけど、軽くほのめかすぐらいはしてもよかったかな、とちょい反省。Aこっちについては手札公開ルールである以上自明すぎて流石に言うまでもないとは思うんだけど「固定氷結ゲルと固定氷結ゲルとあと固定氷結ゲル」は翔さんのブラックジョーク。わかるとは思うけど一応ね、一応。今回は、隙を見せると色々な面で下らない話につきあわされる破目になる、ということを学んだ。己に腕がないってのは哀しいこってす。


↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。



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