西川瑞貴が翼川メンバー達に語りだした過去。それは話を一ヶ月前に遡る―

「では《洗脳−ブレインコントロール》。《サイバー・ドラゴン》のコントロールを奪います。更に《死霊騎士デスカリバー・ナイト》を召喚。二体でダイレクトアタック」
「かかったな! なら《聖なるバリア―ミラーフォース》だ!」
「《王宮のお触れ》で無効化します」
「だあ〜くそ!負けた。これで何連敗だぁ?」

【試合結果】
○西川瑞貴―マックス=ゲートウェイ●

「ホントミズキは強いな。この界隈にはもう、君に勝てる人間は皆無とすら言っていい」
「有難うございます。でも、ここのレベルも十分高いと思いますよ」
「十分だと僕も思いたいんだけどね。それにしても、君の相手になる奴が何人もいるなんてヨクセン・ハイスクールってのはよっぽど強いんだな」
「何時か闘ってみたらどうですか? 面白いですよ。」
 ある昼下がりのこと。西川瑞貴とその同僚マックス=ゲートウェイが決闘に臨んでいた。無論それは公式試合のように殺気だったものではなく、遊びとしての決闘。平和な一時である。
 西川瑞貴はよい学友たちに囲まれ、何時も通り悠々自適な生活を送っていた。『こんなのも悪くない』彼女はそう思い始めていた。
(それにしても……今日は少し、この界隈の人の流れが何時もと違う?)
 だが、その日だけは何かが違っていた。彼女の周囲にどこか騒がしい気配がある。いや、現実に騒がしかったのだ。『それ』はある一人の使者によって瑞貴の元に告げられた。

「大変だ大変だ大変だ!」
「なんだジョニー。五月蝿いぞ。全く、少しは落ち着きってものを覚えたらどうなんだ」
「それどころじゃねーんだよ。あいつが……“ブラックマン”の奴が……」
 ジョニーを嗜めるマックスだったが、見る見るうちにその顔つきが変わる。そこには先程までののんんびりとした彼の姿は何処にもなかった。
「なっ……“ブラックマン”だと! なんだってまた……。で、今どうなってる!? あのお方は今どこにいるんだ!? 北極で白熊相手に決闘してるんじゃなかったのか!?」
「一辺に聞くなよ。さっきまで食堂で飯を食っていたみたいだから……」
「よしわかった。直ぐに行く」
 突然のドタバタ劇。だが、ここに来て日からまだの浅い瑞貴にはわからない。当然ながら何がどうなっているのかがわからない。
「あの。どうしたんですか?」
 状況を飲み込めない瑞貴がマックスに対して質問する。一体何が来たのか。
「どうしたもこうしたもないぜ。“ブラック・マン”が来やがったんだよ」
「ブラック……マン。黒い……人?」
「暗喩ってやつさ。本当の意味はさしずめ『魔王』ってところだ」
「『魔王』……? 物騒ね」
「ああ。世界で最も気のふれた決闘者。『ロシアの大雪原の上で完全武装の一個中隊相手にたった一人で決闘を仕掛けた』或いは『時速500キロで飛ばすTGVの上で真剣決闘をやった』或いは『日本に渡ってたった数ヶ月の間にセトガワリューの伝授を受けた』或いは『サバンナのど真ん中で猛獣に囲まれながら大男と決闘をやった』或いは『世界大会優勝者に決闘状をたたきつけ、断ったのをいいことに屋敷に忍び込んでSPが到着する前に勝負を決めた』極めつけは『アンダーグラウンドデュエルにおいて50人のブラックデュエリスト相手に全勝したばかりかその勢力を残らず自分側に引きこんでしまった』……要は世界中で都市決闘伝説を量産している決闘怪物ってわけだ? わかるか?」
「は……はぁ」
 そんな説明でわかるわけがない。瑞貴はマックスが言っていることを今一把握しかねていた。『ロシアの大雪原』? 『時速500キロ』? 『サバンナ』? 『ブラックデュエリスト』? わからないことだらけである。この男は一体全体何を血迷っているのか。
「おっとこうしちゃいらんねぇな。俺じゃ実力不足かもしれんが折角の機会だ……ん?待てよ」
 そこまで言いかけたマックスは一端口を閉じる。彼の顔は何処かにやけていた。それを怪訝な顔で見つめる瑞貴。それはどう見ても悪戯好きな男の顔。瑞貴はやや不安そうな表情でマックスに問いかける。
「どうか……しましたか」
「ミズキ。君も来るかい?」
「ふぇ?」

 マックスに半ば無理矢理つれられた瑞貴。そんな彼女らが食堂に着く前に立ち寄った同僚決闘者のたまり場には、いかにも『敗残兵』と呼ぶのがふさわしい連中が一様に屯ってた。おそらくは“ブラックマン”と呼ばれた男にやられたのであろうか。あるものは呆けた顔を、あるものは恍惚の表情を浮かべている。瑞貴は少し不安になった。『これは一体なんの冗談?』と。
「お、いたいた。変わらないな。昔のまんまだ。おーい!」

 食堂にははたしてその男が居た。マックスが真っ先に声をかける。その男は灰色がかった髪と青い眼を持ち、改造されたと思われるフロックコートを装着していた。身体つきは太くはないが、かといってひ弱そうにも見えない。年はよくわからなかったがおそらくは20代前半――
「お久しぶりです。此方には一体どんなご用件で?」
「実はこっちで友達と会う約束をしてたんだ。それにしてもアメリカは広いな。東部からこっちまで無賃で来るのは結構骨が折れたよ」
 その男はさらっと何気に恐ろしいことを言っていたが、マックスには驚いた様子が微塵も見受けられない。嘘だと思っているのか。いや、そんな風ではない。まるで『彼ならそのぐらいは何時もの事だ』と言わんばかりの表情をしている。瑞貴はまたわけがわからなくなった。そんな瑞貴を横目で見たマックスが、瑞貴を紹介しようとする。だが、その時だった。マックスに先んじてその男が口を開く。
「なあマックス。さっきからずっと気になっていたことがあったんだが……いいかい?」
「なんですか?」
「君の横にいるプリティ・ガールは一体何者だ? 僕の手がさっきから疼いて仕方がないんだが」
「ハハ。やっぱり旦那は目がいいな。この子は『ブレイン・コントローラー』。今この場において一番旦那にふさわしい人間ですよ。きっとご満足いただけるでしょう」
(ふさわしい……って何それ。ちょっ……)
 瑞貴の困惑をよそにその男はゆっくりと立ち上がり瑞貴に顔を近づける。顔立ちはいい。だが何処か怖くも思える。だがだからと言って顔を背けるのもちょっと癪なので、瑞貴はその目を見つめ返していた。
「何か……御用ですか?」
 『御用ですか』言葉尻に警戒心の込められた一言。だが、彼はこう切り替えした。
「『用』? 用だって? 決まってるじゃないか! 初対面の決闘者が二人顔を合わせて並び立ったのなら、其処でやることなど決闘以外に在り得ない!」
「に……日本語?」
 彼は何処からどう見てもヨーロッパ系の人間だったが、それにも拘らず日本語で喋りだした。それも、異常なまでに流暢な日本語。彼の日本語は滑らか過ぎるにも程があった。そう、あまりにも美し過ぎるのだ。
「君がどの言語を愛してるかは知らないがここは一つこれで喋らしてもらうよ。頑張って覚えたはいいが、意外と使い道のない言語なんだ。さぁ、君も決闘者なのだろう。匂いで直ぐにわかったよ。そして僕もまた決闘者。ならばどう『挨拶』すべきわかるだろ? 『ブレイン・コントローラー』!」
「……決闘をするのは構いません。でもその前に自己紹介ぐらいは……」
「ようし決まった。決闘者はまずもってそうでなくは。年は幾つ? 趣味は何? 学歴は? 専攻は何? 下らないな。そんなものに一体何の意味がある。僕らはせっかく決闘に思想・信念・趣味・趣向等全てを詰め込むことができる決闘者同士なんだ。ならば自己紹介の方法は決闘以外にありえない。哲学者が哲学用語を持つように、数学者が数式を持つように、決闘者には決闘という専門言語がある。ならば全てに先立って決闘があるのは理の当然じゃないか。「決闘者にとって『Duel』は『Hello』の完全上位互換だ」……なんて言ったのはこの国の決闘人類学者・クレメンス=ラインバックだったか。さあルールを決めようか。そうだな、僕のデッキは残念な事に今これだけなん……だ……が、君さえよければサイドボード無しの5戦マッチといこうじゃないか。どうだい?」
 是非もなかった。西川瑞貴は何時の間にかカードを勢いよくシャッフルする羽目に陥っていたのだ。その時、瑞貴がまだ本名すら知らなかった謎の“ブラックマン”。ディムズディル=グレイマンは実に楽しそうな表情を浮かべていた。

第15話:灰色の魔王(グレイ・ブラックマン)【前編】


「中々やるな! なら、次はこれだ! 墓地の、《日和見主義の物心折衷論者》を除外。カモン! 中盤のファンタジスタ! 《ギガンテス》!」

ミズキ:2600LP
ディムズディル:3400LP

 決闘は、その始まりの唐突さとは裏腹に白熱した様相を示していた。当初からやる気十分だったディムズディルと、この未知なる決闘者との初決闘に対しまんざらでもなかった瑞貴。2つの頭脳が火花を散らす。『中盤を制するものが決闘を制す』の格言からもわかるとおり、正念場――
「了解しました。謹んでお受けいたします」
(この男の扱うデッキは【岩石族】。ウォールとバウンスを併せ持った、遊戯王OCGでも1、2を争うほど守備に優れた堅固な種族。こちらの動きを特殊効果で捌きつつ、折を見て一気に止めを刺すのを身上とするカウンターパンチャー。意外とバリエーションも多い。けど、サイドチェンジ無しで迎えたこの第3戦。既にその動きは見えている。向こうの下級アタッカーの中で真に要注意なのはこの《ギガンテス》ぐらいのもの。私なら、捌ける!)
「派手に行こうじゃないか。バトルだ《ギガンテス》! その縮こまった獣もどきを抉り出せ!」
 リバースカードの援護を受けていない瑞貴のモンスターに対し、《ギガンテス》の猛攻が迫る。だが、瑞貴は慌てない。極めて冷静に対処してみせる。
「では、攻撃を受けた《素早いモモンガ》を墓地に送り、《素早いモモンガ》を1体場に特殊召喚します」
 瑞貴は、デッキから《素早いモモンガ》を1体場に特殊召喚。この決闘、既に1体分の《素早いモモンガ》がゲームから除外されている為、これがデッキに残った最後の《素早いモモンガ》になる。ミズキはライフを回復させつつ、岩石族の猛攻をなんとか耐え凌ぐ。このターン、《ギガンテス》の攻撃を凌いだ事は勿論のこと、スタンバイフェイズ、《封印の黄金櫃》でサーチされた彼の『フィニッシャー』をミズキが即《マインドクラッシュ》で叩き落としたことにより、決闘の行方は混迷。そう、ここまでは一進一退の攻防が続いていた。ミズキ、ディムズディル、いずれも主導権を取りきれない膠着した戦況。凌ぎ合いが続く―

ミズキ:3600
ディムズディル:3400

「ドロー……」
 ここで瑞貴が引いたのは《エネミーコントローラー》。瑞貴は自分に残された戦力を眺めつつ考える。4枚の手札と1体のモンスターをこの先どう捌くかを冷静に読む。
(《素早いモモンガ》の攻撃力は1000。《エネミーコントローラー》を持ってしても倒せる敵は僅か。放っておくと次のターン殴られてライフを1000回復するだけに終わる。けど、それでは足りない。この先《貪欲の壺》を引けば、この低速ペースのまま後1〜2回くらいは回せるかもしれないけれど、それでは駄目ね。向こうの戦力がもう一度整えば1000や2000のライフでは雀の涙。何のビジョンもなくズルズルと長期戦に持ち込んだところで、一向に勝機は見えてこない。なら!)
「私は《素早いモモンガ》で裏守備表示のモンスターに攻撃します」
 瑞貴は仕掛けた。攻撃要員としては全く期待できない《素早いモモンガ》でアタック。その攻撃は一見すると無謀に見えた。事実、その攻撃はあっさりと凌がれる。

「捌けマスター!」
 ディムズディルが攻撃を受けたモンスターを勢いよく反転すると、そこには《伝説の柔術家》がいた。攻撃を仕掛けたモンスターを否応なくデッキトップに戻す岩石族の常套手。その『捌き』には定評がある一体。
「《伝説の柔術家》……ですか。それは厄介ですね。では、《素早いモモンガ》をデッキトップに置きます。これでバトルフェイズは終了。メインフェイズ2に移行します」
 この時、瑞貴は肩をすくめながらも内心では微笑んでいた。ただでさえ要塞堅固を誇る岩石族の、それもわざわざ裏守備表示で出されたモンスターに、《素早いモモンガ》の如きろくな攻撃能力を持たない貧弱なモンスターがまともに突っ込んで無事に済む筈はない。
 だが、そんなことは先刻承知なのである。今、必要な事はアレが何かをはっきり確かめる事。そして、表側表示に変えることで、此方の『戦力』としていつでも動かせるようにしておくこと。瑞貴は、既に確認済みな相手戦力の内訳と、この決闘での消費カードとの兼ね合いから、大体7割弱程度の確率でそこにいるのが《伝説の柔術家》と予想。そしてその予想は的中している。
 この時点、瑞貴に誤算は一切ない。瑞貴はこれ以上、無駄に決闘を長引かせるつもりはなかった。無論、その一方、拙攻によってチャンスを逃す気もまた更々ない。
「始まってからずっと思ってたが……余裕だな」
「いえ、あまり表情が豊かではないのでよく誤解されますが、これでも大変……私はモンスターを1体セット。カードを2枚セットしてターンエンド」
 その時、瑞貴はどこまでも穏やかだった。

「僕ターン、ドロー。さあ! さあ、さあ、さあ! そんな控え目な闘い方はもうやめにしようか! GOー! 《ギガンテス》! そこのそいつに攻撃だ!」
(そう。当然のようにあなたはこのターンも攻撃を仕掛けてくる。元々《ギガンテス》の役目は『特攻』。積極果敢に攻撃を仕掛けてこない《ギガンテス》など最初から入れる意味がない。向こうは私の《マインドクラッシュ》で失った切り札を取り戻すまではこうやって地均しを続ける以外にない。此方の猶予はもってあと1〜2ターンくらい?でも、このターンはもう《ギガンテス》で攻撃宣言を行ってしまった。なら、問題はないわ)
「《墓守の偵察者》をリバース。《ギガンテス》の攻撃を防ぎ、もう1体の《墓守の偵察者》を……」
 瑞貴は予定通りデッキからもう1枚の《墓守の偵察者》を展開。その後デッキをシャッフルすることで、もはや役目を終えた感のある《素早いモモンガ》を確率の渦の中に追いやる。全ては予定通り。
「また、このパターンか! しょうがないな。ならメインフェイズ2に移行!」
 メインフェイズ2に移行したディムズディルはその手札を確認するが、瑞貴はその動きを具に観察―
(向こうはこの決闘、此方の攻勢を効果モンスターで捌いてきた。つまり、除去魔法が手札に余っているということ。そして、この瞬間、彼はその温存しておいた除去魔法を使いたくなる。それも、効力が最も大きい《ライトニング・ボルテックス》を……)

(守備力2000台を2体……このまま放置するのは、生贄の危険が大きい。此方のメイン・モンスターは、魔法を撥ね返すホルス・シリーズ。下手な魔法温存は手遅れを引き起こしかねないと普通は考えるもの。加えて、向こうの守りとして展開された《伝説の柔術家》は、既に表になった以上、こちらの除去魔法―例えば《地砕き》―で無駄なく処理できる。タネがバレてしまった手品にさほどの怖さはない……その自覚が彼にはある。彼が、比較的賢い決闘者だということは2戦目で既に確認済み。それ故、向こうは私にターンを回す前、生贄素材の段階から叩いておきたいと考える。当然、ここで一番好ましいのは《ライトニング・ボルテックス》による場の一掃。2:2交換は勿論の事、帝やホルスによる一斉攻撃をも凌げる一手。だけど、彼はそれをやらない。何故なら前のターン、向こうは私が《素早いモモンガ》で無謀な攻撃を仕掛けたのをはっきりと見ている。貴方が余程のボンクラでなければ、これには不信感を抱く筈。もしここで彼が《ライトニング・ボルテックス》を使おうものなら、私が《エネミーコントローラー》を発動。《墓守の偵察者》1体を生贄に《伝説の柔術家》のコントロールを獲得、そのまま道連れに持ち込むという手が私にはある。この時、表面上は3:3交換が成立する格好。でも、2体目の《墓守の偵察者》は、所詮リクルートによって呼び出したもの。私の側に手札のロスはない。つまり、実質2:3という、貴方にとって不利な状況が生まれるけれど、貴方ならそこまでは読める。貴方が、読みの鋭い決闘者だということは、2戦目までで既にわかっている。でも、なまじ読みに自信を持った人間の思考ほど、操りやすいものは……ない)
「僕は手札から……」
 ディムズディルは一回左端のカードを触る。が、その後おもむろに別のカードを掴み、発動する。
「《地砕き》を発動。《墓守の偵察者》を1体墓地に送ってもらう」
「わかりました」
(今、1回別のカードを触った。彼のデッキに入っているカードで、この局面で《地砕き》と競合するカード……やはり彼は《ライトニング・ボルテックス》を手札に抱えていた。でも、虫の知らせか或いは洞察力か、《地砕き》の方を彼は採用した。やはり手強い。それは確か。これで彼の手札は2枚。その内1枚は《ライトニング・ボルテックス》で問題ない。セットは1枚。モンスターは2体。一方、此方の手札は2枚。でも、その内の……)
「僕はこのままターンエンド」
 《ギガンテス》が守備モンスターを攻め立てる構図上、あまり多くのカードは伏せづらい。ここまで、瑞貴は構想通りにことを運ぶ。守備表示のモンスターには《収縮》も効かないことをも踏まえた上で、一度あっさり引いて、《ギガンテス》の攻勢を足止した瑞貴。だが、彼女にはこの決闘を長期化させるつもりなど毛頭なかった。攻撃力1900では守備モンスターを後一歩、攻めきれない。この、攻めのラインが間延びした瞬間こそが好機。瑞貴はこのタイミングを待っていた。

「私のターン、ドロー。私は手札から《天使の施し》を発動します」
 瑞貴はここで温存していた《天使の施し》を発動。通常ドローと合わせて『4枚』引く。
(リクルーターとバウンサー、この2つが削りあったことによりこの決闘は図らずも長期戦となった。デッキに残ったカードは20枚。通常ドローと合わせて4枚のカードをここから引けば、5分の1をデッキから引けるということ。逆に言えば、5枚この状況に見合ったカードがあれば、確率的に1枚は引く。『記憶』は私を裏切らない。何が何枚あるか、全ての情報は私の中にある……そして私は今、引くべきものを引いた)
「私は手札から《ホルスの黒炎竜LV6》と《封印の黄金櫃》を墓地に送る。そして、私は《墓守の偵察者》を生贄に捧げ……《雷帝ザボルグ》を召喚。効果により《伝説の柔術家》を破壊。《ギガンテス》に攻撃!」
 瑞貴は補充した手札から《伝説の柔術家》を破壊するカードを引き当て、そのまま猛攻を仕掛ける。このまま行けば次のターン、たかだかモンスター1体の為に《ライトニング・ボルテックス》を使わねばならない窮状に追い込まれることは必定。ディムズディルは遂に虎の子の1枚を発動する。
「セットカードオープン! 《炸裂装甲》!」
 だが、瑞貴にとってそれは望むところに他ならない。チェックメイトは既に完了していた―

「手札から(・・・・)《エネミーコントローラー》を発動!《雷帝ザボルグ》を生贄に《ギガンテス》のコントロールを得る! 更にリバースカードオープン! 《リビングデッドの呼び声》!《雷帝ザボルグ》を特殊召喚!」
 そう、瑞貴が伏せていたカードは《エネミーコントローラー》に非ず。瑞貴は、その動きを持って相手の心理を誘導、ブラフという名の落とし穴に相手を誘った。もはや、対抗策は……ない。
「2体でダイレクトアタック!」

【第三戦】
○西川瑞貴―ディムズディル=グレイマン●

「ふぅ、これじゃ第5戦まで行けないかもしれないな(・・・・・・・・・・・・・・・・)。さて、僕は一寸喉が渇いたので向こうに行ってコーヒーでも飲んでくることとしよう。悪いが4分50秒程度待っていてくれ。直ぐ戻るよ」

 決闘は西川瑞貴優位のまま第3戦までが既に終了していた。

【西川瑞貴VSディムズディル=グレイマン】
第一戦:○ミズキ―ディムズディル×
第二戦:×ミズキ―ディムズディル○
第三戦:○ミズキ―ディムズディル×

「凄いじゃないかミズキ。あの“グレイ・ブラックマン”相手に優勢だなんて! 流石は“ブレイン・コントローラー”だ! 本当に見事な戦いぶりだ!」
「え……ええ」
 瑞貴の強さを讃えるマックス。だが、瑞貴の顔色は何処か優れなかった。瑞貴はこの3連戦の間、何処か違和感のようなものを感じていた。

(第2戦、私はまず“普通に”決闘した。そして勝った。でもあの時、彼はこう言った)
「成る程。1戦目の君はこんなところか。うん、悪くない。じゃあ次へ行こう」
 そして第2戦は私が負けた。それも此方の手を悉く先回りされた上での敗戦。もしかしたら第1戦は単なる様子見だったのかもしれない。此方を見切った上でカウンターを仕掛ける戦術。十分に在り得る話だわ。でも、だからこそ私は今さっきの第3戦目、心理誘導操作を仕掛けた。彼は面白いぐらい私の操作を受けた。でも、あの“ブラックマン”って男は、さっきすれ違いざまこう言った。
「面白い手筋だった。それで……次はどうするんだ?」
 『次』? なんで『次』を要求するの? 『次』じゃなければ駄目な理由……『次』じゃなければ難なく私を倒せる? まさか、そんな筈は……)

「ミズキ? どうしたんだミズキ。何処か具合でも悪いのかい?」
「大丈夫よマックス。後一戦で決めちゃうから。大船に乗った気で見守ってね」
「そうか。頑張れよ。だが、決して油断はしないほうがいい。なんたって、相手はあの魔王様なんだからな。決闘中空からミサイルが飛んでくるぐらいの心構えはしてなきゃ駄目だぜ」
「掴んで投げ返すわよ。そのくらいならね」
 魔王。この単語を聞いた時瑞貴の顔は更に曇っていた。無論瑞貴は信じていなかった。『ロシアの大雪原の上で完全武装の一個中隊相手にたった一人で決闘を仕掛けた』だの『時速500キロで飛ばすTGVの上で真剣決闘をやった』だの『日本に渡ってたった1年間の間に【瀬戸川流決闘術】の免許皆伝を受け取った』だの『サバンナのど真ん中で猛獣に囲まれながら大男と決闘をやった』だの『世界大会優勝者に決闘状をたたきつけ、断ったのをいいことに屋敷に忍び込んでSPが到着する前に勝負を決めた』だの『アンダーグラウンドデュエルにおいて50人のブラックデュエリスト相手に全勝したばかりかその勢力を残らず自分側に引きこんでしまった』だの一切信じていなかった。
 だが彼女の不安は増大する。瑞貴はその類稀な感性を持って、ディムズディルに『何か』を感じ取っていた。そうこうするうちにディムズディルが戻ってくる。彼は何処か上機嫌だった。

「聞いてくれよマックス。ここのコーヒーの質が1年前に比べて随分と上がっているよ。豆の種類から作り方、果ては提供システムまで見事に一新されている。僕が昔逐一アドバイスした甲斐があったというものだ。ちょっとした感動ってやつだな。数年越しに訪れた古巣の一つの中に僕の意思が爛々と生きている。これは素晴らしい事だよ。君もそう思うだろ? 『ブレイン・コントローラー』」
「アドバイス……貴方は以前ここで?」
「ちょっとした付き合いってやつだ。以前のこいつらは―まあ今も弱いんだけど―本当に弱かったんだ。イーストの連中相手にぼろくそにやられていた。なあマックス。君がまだここにいるということは2年前の話だったか? もう十年くらい昔のことにも思えるが」
「ええ。あん時は驚きましたよ。いきなり俺達の側に現れたかと思いきや『ノータイムの十面打ち』なんて言い出だすんですから。しかもあっさり勝っちまった。けど旦那。あれは今思えば反則ですよ」
「僕の経歴に『ウェスト・バーナード1日生徒』が加わったわけだ。さあ、ミズキ。決闘の続きといこうじゃないか。第四戦。『正念場』ってやつだ」
「ええ」
 『正念場』―この時ディムズディルの口から発せられた『正念場』には何か異様な意思が込められていた。いや、少なくとも瑞貴は『それ』を感じ取っていた。何処かが捻じ曲がった一方で、それでいて率直な『何かを――
(『正念場』? それは貴方の事? それとも……私の――?)

「そうそう。決着をつける前に言っておきたいことがある」
「なん……ですか?」
「あの時、僕がちょこんと触ったカード。アレを状況証拠から《ライトニング・ボルテックス》と読む、あーいうナンセンスなプレイングはもう止めといたほうがいい。アレは三下にしか通用しない手だ。大昔の話だが、僕は以前、わざとああいった『隙』のあるプレイングを嬉々として行っておきながら土壇場で相手の裏をかく、左右非対称ファッションのセンスが限りなく疑わしい男とやりあった事がある。気をつけた方がいい。なまじ頭の出来に自信のある人間の心理ほど、操りやすいものはないのだから……」
「なっ……!?」
 瑞貴の顔が一瞬青ざめる。この時、ディムズディルの顔が反対に和らぐ――
「なんだ図星か。適当に言ってみただけなんだが、どうやら調子が上がってきたようだ。数日に渡って徹夜で歩いた後遺症か、さっきまではちょっと眠かったんだが……自分でも不思議なものだ。決闘をしている内に目が冴えて調子が戻って……お前を倒したくなってきた。だから、君の方ももう遠慮しなくていい。僕に、手加減は不要だ」
 その台詞は、負け越している人間のそれではなかった。瑞貴は、ディムズディルの言葉が単なるハッタリでないことを感じ取る。眼に見えぬ威圧感。それは、今後の試合を「適当に流す」ことを決して許さない空気を瞬時に作り上げる。この時、瑞貴は自分でも気がつかぬ内に選択を迫られていた。


【こんな決闘小説は時間の無駄だ!】
執筆前は予想だにしなかった長い腐れ縁の発端。
「歩く都市伝説」とかの方がむしろ気に入っている。胡散臭くて。




↑気軽。ただこちらからすれば初対面扱いになりがちということにだけ注意。


↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。



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