雨、即ち『水』は決闘者の天敵である。それは彼らとは言え例外ではなかった。特に《暴走神-蔑みの足枷の龍》のオリジナルを持つ森勇一にとってはそうだったに違いない。彼は真っ先に屋根の下に逃げ込んだ。否、逃げ込まざるを得なかった。

「ちっくしょう! なんで雨が降るんだよ。雨さえなければ……」
「コノ俺ガ勝ッテイタ。ダロ?」
「てめぇ!」
 一触即発。少数精鋭での遅攻を得意とする勇一に対し、高速展開からの奇襲を得意とするベルク。彼らの相性はやはりというべきか最悪だった。だがそれでも、いや、だからこそ勇一の戦意は萎えていない。
「おい決闘傭兵。それで勝負はどうすんだ? 雨が上がったらさっきと同じ状況で……」
 だが、一方のベルク=ディオマースは違った。彼の性格はとことん勇一とは噛み合わない。
「俺ノ辞書二ヤリナオシハナイ。流レタ丸太ハソレデ終ワリダ」
「ああそうかい。じゃあ再戦だ。このままじゃ俺も目覚めが悪い」
「熱ガ醒メタ。俺ハ帰ル。勝手二『ナイトメア』ヲ味ワウンダナ」
「おい! ふざけんな! ここまでやっといて逃げる気か!?」
「ドウシテモ決着ヲツケタケレバ大会ヲ勝チ抜イテコイ」
「チッ、わかったよ。俺と当るまで負けんじゃねぇぞ。糞傭兵」
「ジャアナ。ヘボゴッドマスター」

 案の定の喧嘩別れ。ベルク=ディオマースは千鳥のことすら気にせず帰っていく。何処までも自己流の男だ。一方、直ぐ近くでは千鳥が激昂している。集中豪雨を事前に告知した、目の前の予言者に向かって。
「ディムズディル!」
「どうした千鳥。謝礼の言葉なら無用だぞ」
「なんだあの《メガロック・ドラゴン》は!」
「中々格好いいだろ。技術の勝利だ。僕と友人が共同でデザインして東欧で発注したんだが中々悪くない。システム面の向上に加え素材の軽量化……」
「そんなことを聞いているのではない! 雨だと告げるのにそんなことをする必要が一体どこにある!」
 千鳥は、要領を得ない相手に対して怒鳴るのをやめなかった。そんな千鳥を見つめたディムズディルは、「やれやれ。冗談の通じない奴だ」といった調子で語りだす。どうやらわかっていてとぼけたらしい。
「君達は皆熱狂していた。ギャラリーを含めてだ。そんな君らに対し、雨に先立った『水差し』をするにはあのぐらいの演出は必要だったんじゃないかな。第一、僕のやり方が気に食わないなら君自身が予測すればいいことだ。瀬戸川流決闘術には天候の変化を事前に予測する決闘奥義『神慮天札』がある」
「うっ……」
 痛いところを突かれた千鳥が押し黙る。無論、『決闘に集中していたんだ』と再反論する手もなくはないが、その時は『大局観の欠如』で返されるのがオチ。論破などできよう筈がない。
「それにしても、東欧の技術もまんざら捨てたもんじゃないな。決闘盤による乱入可能とは面白い機能だ。今度ロシア辺りでやってみよう。奴らの驚く顔が目に浮かぶ」
「ディムズディル。集中豪雨にかこつけてそれをやりたかっただけではないのか?」
「千鳥、それにしても酷い決闘だったな。無駄に技を披露することによって生まれた隙をあちらの手錬によっていいように捻じ込まれた。あのまま続けていたら負けていたぞ」
「な、お前……見ていたのか」
「なんだ図星か。だとするとやはり、足枷龍を使っていた君はそこそこできるようだな」

 ディムズディルが顔を真横に向けると、そこには森勇一が立っていた。いや、向かってきたという方が正しいか。彼もまた乱入してきた男に納得がいかないといった顔をしている。彼は問い詰めた。
「お前もデュエルクルセイダーズとやらの一員か」
「デュエルクルセイダーズ……ああそうか。確かそういう名前にしたんだったか。イエスと言っておこう」
「随分と派手なことをしてくれるんだな。俺の守護神様がヘソ曲げちまったぜ」
「ヘソを曲げる程度では使い手の能力も知れるな。カードの力1つわかるまい」
「言ってくれるな。せっかくの決闘が流れちまった所為で、俺のやる気は残ってるんだぜ」
 『俺のやる気は残っている』。言うまでもなく挑発である。勇一はこの乱入者に対しいい印象を持っていなかった。ここで白黒をつける構え。一方、その挑発を受けたディムズディルは森勇一に接近、あわや一触即発となる。だが、ディムズディルはそのまま森勇一の脇を通り過ぎていった。彼の眼に森勇一は捉えられていない。
「おい! お前……」
「悪いが君に構っている暇はないと思い出した。待ち合わせに遅れてしまう。また今度だ」
「(ちっ、)また『また今度』か。さっさと願いたいもんだな」
 あっさりと、その場から退席を図るディムディルと見送る勇一。そんな勇一の横を千鳥が通る。
「森勇一、お前と我、どちらが真のカウンター使いか何時の日か決着をつけてくれよう」
「ああ。いつでもいいぜ。だが、最後に聞かせろ。アイツはお前らの大将か」
 勇一は本能的にディムズディルをマークしていた。もしあの男が大将ならば大会の『キー』になるやもしれない。情報は大いに越したことはなかった。だが、千鳥の答えはどこか曖昧だった。
「我らはあの暇人がいるがゆえに集まった。それだけのことだ」
 そういい残し千鳥もまたディムズディルの後を追う。結局決闘は完全にお流れとなった格好。森勇一は軽くため息をついてこの場は諦める事に決めた。引く時は引く。それはカウンター使いの持つ重要なスキルであり、この場にもっともふさわしい態度でもある。彼はそう考えた。

「ま、しゃーないか。おーい、行くぞチエ・ミズキ……ん?」
 勇一はいい加減帰宅を考え智恵と瑞貴に呼びかけるが寄り添ってきたのは智恵だけだった。西川瑞貴は、ディムズディルが移動する、その軸線上に物言わず突っ立っている。彼女は若干目を伏せていた。まるで、自分を無視しろとでも言わんばかりである。だがディムズディルは、そんな彼女の存在に既に気がついていた。彼はすれ違い様彼女に声をかける。その顔はどこか上機嫌――
「ん? 君はいつぞやの『ブレイン・コントローラー』じゃないか! 久しぶりだな。元気にしてたかい? 君もこの大会に? まさかもう僕のことを忘れたのかい? 僕は……いや、君のことだ。僕のことだって当然覚えているんだろ? おっと、そう言えばあの時は結局自己紹介をしていなかったんだったか。僕の名はディムズディル=グレイマン。君が参加者だとしたら……」
 ディムズディルから気さくに声をかけられたその瞬間、瑞貴は脱兎の如くその場を逃げ出した。常に沈着冷静な瑞貴にふさわしからぬ振る舞い。その光景を目の当たりにした翼川メンバーは急いでその後を追った。普段は見慣れない光景――
「全く、せっかくの運命的再会なのに何で逃げるかな。僕の顔はそんなに怖いのか?」
 と、その時、彼の後ろには1人の男が立っていた。
「あんた、いろんなところで無茶やってんだな」
「アキラ! やっと会えたな。よかった。あと2分巡りあえなかったら、ナーバスになっていたところだ」
 話しかけた男。それは大会2日目、ディムズディルと接触済みのアキラだった。
「そりゃ会えるさ。あんだけ目立てばな。にしても、ミズキの奴……」
「気になるか? まあ、色々話を聞かせてもいいが、積もる話は部屋の中でしよう。僕もそろそろコーヒーが飲みたい。君らだってそうだろ? 雨が降ったとて僕らの喉は一向に潤わない。残念ながら文明の利器が必要だ」


第14話:群雄割拠



 時代は決闘者を必要としていた。かって、飢えと決闘とペストの世紀と言われた暗黒の中世ヨーロッパを『救い』に導いたとされる英雄的決闘者の再来を時代は必要としていた。今や世界の覇権を争う存在にまで成長を遂げたハイパー・グローバル企業『コナミ』。だがそんなコナミとて決して安泰ではない。
 あらゆる方角からやってくる災厄に備えるため、コナミは1人でも多くの優れた決闘者を欲していたというのは後の歴史学者達が口を揃えて言うことである。事実、コナミ上層部は何かを恐れていた。それも外部に対してと言うよりは、内部に潜む『影』のようなものを恐れていたとすら噂されている。それ故、世界からも広く決闘者が集い、コナミ発祥の地『日本』のレベルが真に試されたこの大会は、言うなれば、来るべき『大決闘時代』に向けられたコナミなりの“試金石”だったのか もしれない。いや、或いはもしかすると……既に……『影』……が……―決闘評論家・パトリック=ベストーチンの回想録―

 翼川VS決闘十字軍の前哨戦。この激しい決闘は観戦に回っていた多くの大会出場者に衝撃を与える。あるものは怯え、あるものは戦意を喪失しかけている。無理もない。水入りとは言え今大会におけるレベルの高さが示されたのだ。これだけの『個性』の前に割り込んでいくのは並大抵の事ではないだろう。決闘者達の中からは「だ、駄目だ。俺の垂直飛びは80cmが限界だ!」「どんなに回転しても砂埃が巻きおこらねぇ!」「あのプレッシャーに耐えられるわけがねぇ!」などと泣き言が蔓延している。カードゲーマーとしての限界を感じる者さえ中には存在した。
 しかし、この激しい決闘を前にしても、一向に怯まぬ『剛の者達』も数多くいたのである。彼等は虎視眈々と『上』を狙っていた。そう、彼らもまた『決闘者』と呼ぶにふさわしい孤独な戦士達だったのだ。ある意味、ここで実力を見せ過ぎずに済んだのは森勇一達にとって幸運だったのかもしれない。

■Dブロック
『ドローフェイズ・パニッシャー』仲林誠司
(派手な連中だな。だが、この大会で最も強いのは俺達『デッキビルダー』だってことを教えてやるよ。さっ、雨が上がったら帰ってビーフストロガノフでも食うかな。いや、それよりは睡眠か。なんかねみぃな)

■Gブロック
『地雷決闘者(ランドマイン・デュエリスト)』新堂翔
(成る程な。あれが好調時の森勇一か。聞いたとおり、確かに『それなり』だな。が、気にするほどじゃない。むしろ、国外招待選手の方が気になる。あれだけの層の厚さを誇る以上同じGブロックのエリザベートもまた、マークすべき存在かもな。斉藤聖にかろうじて勝った程度なら、塵に毛が生えた埃同然かとも思っていたが、或いは強敵の可能性もある。まぁ、明日は遥がエリザベートの相手をするんだ。それで大体のことがわかる筈……)

■Jブロック
『黄緑色の青緑』『崩壊する知能障壁』緑川俊
「予測プログラム修正開始……勝率……クックック……この大会には狂気が渦巻いている。その『渦』を逆に利用し駆け上がるのは……この私だぁ。お前らはこの私の前に這いつくばって始めて私の存在を―『崩壊する知能障壁』の真の恐ろしさを―知ることになる」

■Kブロック
『メタリック・メタロード』津田早苗
(外国人決闘者の戦力を測る筈が思わぬ収穫ってとこね。『森勇一』と『西川瑞貴』……この二人のデータは今後必ず役に立つ。相手が“高校生”―年下―だろうが決してその手は緩めない。目に付くゴミは徹底的に調査した上で確実に追い詰めて潰す。そして跡形も残さない。それが以前私が学んだこと。見てなさい。最後に笑うのは……『デッキウォッチャー』である私よ)

 そしてもう1人、最終Nブロックには彼がいた。森勇一に挑む為にこの大会に参加した、彼が――

―渡り廊下―

 ディムズディルと千鳥、そして晃の3人が横に並んで歩いていた。
「夢を見てたよ。数週間前に闘った決闘の夢。守備重視型【岩石族】の一角、【アステカ】を使用中《化石石の解放》《モンスターBOX》《メタル・リフレクト・スライム》辺りをコストに《神炎皇ウリア》を召喚するオフェンシブ・サイドボーディングを仕掛けたところ、対戦相手が目を丸して驚いた時の夢だ。あれは、予め1〜2枚程仕込んでおいた《メガロック・ドラゴン》にカウンターを使わせておいてから出すのが『肝』なんだ。あの時はなかなか楽しかったな。いい勝利だった。君もいつかやってみるといい。どうせ決まらないだろうが、決まれば笑いが止まらない……」
「そんなことはどうでもいい。お前……西川瑞貴とはどんな関係なんだ?」
 千鳥は、先程の集中豪雨の件については程ほどに、西川瑞貴との関係をディムズディルに問い詰める。晃は黙ってそのやり取りを聞いていた。
「まさか彼女がエントリーしていたとはね。正直驚いたよ」
「そんな風には見えなかったがな。おい、ディムズディル。お前は西川瑞貴を知っているのか? それならそうと何故あの場で言わなかった。また何時もの気紛れというやつか?」
「単純に名前を知らなかったんだよ。本当は後で聞くつもりだったんだがすっかり忘れてた」
「どういう関係なんだ? 決闘者として対峙したことはあるのか?」
「僕を誰だと思ってるんだ。僕が彼女に決闘を申し込まない理由があるとでも?」
「む……それはそうだ。お前は確かにそういう男だ。で、結果はどうだったんだ。やはり勝ったのか? いや勝った筈だ。西川瑞貴は確かに強い。だがお前が、「グレイ・ブラックマン」が負けたとは思えん」
 千鳥のこの問いに対し、ディムズディルは軽く考えてから徐に口を開く。
「西川瑞貴。彼女は……」

―休憩室―

「ハイ水です。ミズキさん一体どうしちゃったんですか? いきなり駆け出したりして」
「ごめんなさい。取り乱しちゃって。突然の事だったから」
 信也の手から水を渡され、幾らか調子を取り戻した瑞貴。そんな瑞貴に対し勇一と智恵が『その男』との関係を問い詰める。信也は黙ってそれを聞いていた。
「アイツを知っているのか? 確かディムズディルと呼ばれていたな。おそらくはEブロックの出場選手だ」
「つーか。取り乱すくらいの知り合いなら組み合わせ表見たとき取り乱さない? ミズキは完全記憶の持ち主なんだから名前を忘れるなんて有り得ないし。なんであの時は大丈夫だったの?」
「私は彼を“ブラックマン”としてしか覚えていなかった。いえ、覚えようとしなかった。だからディムズディル=グレイマンという名前は私の記憶に始めから存在しなかったのよ。あるのはただ、あの男と決闘した記憶だけ……」
「決闘? それで……どうなったの。勿論勝ったんだよね」
智恵のこの問いに対し、瑞貴は軽く考えてから徐に口を開く。
「ディムズディル=グレイマン。あの男は……」

―渡り廊下―
―休憩室―

「この僕……ディムズディル=グレイマンに勝ち越した決闘者さ」
「この私……西川瑞貴の【完全記憶】を破壊した決闘者よ」

2箇所に走る衝撃。瑞貴とディムズディルは、それぞれ聴衆に対し過去を語り始めた。




【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
西武ライオンズ、西口文也のスライダーが好きでした。



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↑過疎。特になんもないんでなんだかんだで遊べるといいな程度の代物です。


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