―― TCG歴73年(10年前) ――

東西南北交流戦(ワールド・クロスファイト)もいよいよ佳境! 蘇我劉邦の屈辱を完全に払拭! ミツル・アマギリ怒濤の快進撃! ニュースターの勢いは止まらない!」

「北部決闘界の強豪 "牛頭鬼火(ぎゅうとうきび)" ガンヘッド・グランバイソンの十八番 "熱闘風呂(スーパージョッキー)" の猛威もなんのその! 天地咬渦狗流の決闘(デュエル)が真っ向勝負で完全粉砕!!」

「南部決闘界の重鎮 "決闘邪僧" ゼル・ヤマンタカが繰り出す呪殺決闘! その唯一の死角を土壇場で喝破! 値千金のミラクルドロー!」

「東部決闘界が誇るライブラリー・マスター "百八回目のエターナル" ザ・ドローマンにライフ100からの逆転勝利!」

「2勝1敗1分の好成績で敢闘賞を受賞! 怖れを成した中央決闘界が卑劣にも! 我らが英雄の引き抜きを試みるが知れたこと! 『西部こそ決闘の最先端』 圧倒的! 圧倒的コメントを戦地に残し、ミツル・アマギリが堂々帰還!」

「一日決闘警察に就任したミツル・アマギリ。暴引族を一網打尽!」

「年間CM起用者数No1!」

「決闘写真集が100万部を突破!」

「サインの転売が社会問題へと発展!」

「ミツル・アマギリが社会問題を粉砕!」

「暴引族の残党がリベンジを試みるも玉砕!」

「空前のミツルブームに西部市民が大喝采!」

「ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル!」

「ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル!」

「ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル!」

「西部の地にミツル・アマギリがいる限り、西部の天は常に満たされています! 西部の空が脅かされることなど決してない! 今までも、そしてこれからも!」

           ―― TCG歴78年(5年前) ――



SAINT DRAGON


-THE GOD OF OSIRIS-



 空が赤かった。青空の "青" でもなく、夜空の "黒" でもなく、人の血よりも "赤" かった。なぜ? 空は何も変わっていない。空は依然としてそこにある。変わったのは人の心。西部の視線が大いなる力によって導かれ、1つの強烈な "赤" に囚われる。
 雲が道を譲り、夜の生気が蘇り、空の密度が十倍以上に膨れあがる。今まさに! 喚び出されたのは天そのもの ―― 深紅の神龍が無限の空を支配する。
『生贄召喚完遂! 超最上級の中の超最上級! 伝説の三幻神が1つ、《オシリスの天空竜》が闇夜の大空を貫き(つらぬき)裂いたぁぁぁっ!!』
 地上を這いずるいかなる生物よりも荒々しく、それでいて気高くもある存在の暴力。 "二つの口を持つ天空の支配者(ツーマウス・スカイルーラー)" がクイラスタジアムに堂々降臨。Earthboundの霧に染まっていた真夜中の舞台を天上の燈火(とうか)で照らし出す。
「遂に来たか」
 ミツル・アマギリが空を仰ぐ。神の威光で照らされた赤い空。地上を統括するEarthBoundの "黒" に対し、天空を支配するオシリスの "赤" が壮麗な好対照(コントラスト)を描き出す。
幻影(ファントム)とはこうも違うのか)
 神の引力に引っ張られたのか、踵がわずかに浮き上がる。反面、神の重圧に押し込まれたのか、肩口がいくらか沈み込む。下が上がり、上が下がり、身体が縮まるのを自覚する。
(これが "天の神" ……)
「 "吸い込む" のは(たの)しい」
 出し抜けな一言に引っ張られ、ミツルが地上へと視界を戻す。いた。前方の様子を伺うと、 "神" の召喚者が快活な調子でそこにいた。
「それは "神" であっても。いやむしろ。 "神" こそが世界を吸いたがる」
 "最古の晩餐(サイコ・イーター)" アブソル・クロークスが立っていた。小柄な体躯で悠然と佇み、前髪で目元を隠しながらも他者を拒まず、ゆらゆら揺れる衣服からは折れ曲がった右腕がぶらんぶらんと垂れている。利き腕に反動を伴う無謀な投盤。それさえも愉快と言い放ち、
「放流して育った魚を味わうが如く! 神こそが吸収の本家なのさ。オベリスクの巨神兵は "力" を! ラーの翼神竜は "命" を! そしてオシリスの天空竜は "時" を吸い上げる!」
 アブソルの言葉に応えたか、天空の支配者の威が増した。空を流れる雲が凍り付いたように動きを止め、人々の体感速度が(にぶ)くなる。1秒が10秒となったかのように。
「すなわち! 僕の手にあるカードユニットから "時" を吸い続けることで!」
「自らの攻撃力を無尽蔵に上げる……カード・ドレインか!」

オシリスの天空竜(X000/X000)
天空に雷鳴轟く混沌の時、連なる鎖の中に古の魔導書を束ね、その力無限の限りを誇らん。
[天空] [10] [神] [幻神獣]


「僕のハンドは2枚。攻撃力は2000アップ! そして!」
 "Reverse" "Magic" "Draw" アブソルの "時" が加速する。
「墓地から5枚をデッキに戻して《貪欲な壺》の効果を発現!」
『2000! 3000! 4000! 果てしなく広がっていく大空の如く! 天空竜の攻撃力が見る見る内に上がっていく!』
「ほうらね。 "吸い込む" とは無限の娯楽なんだ」
 アブソルの啓示に屈しはしない。ミツルの足下に力が籠もる。
「貴方の言う "神" ならば……あるいはそうなのかもしれない。しかし人間は違う。食べ過ぎれば腹を壊す。俺達のデッキはいつだって枚数制限があるんだ」
「だから吐き出す。僕は今、(うつわ)(いただ)いてた神を吐き出した」
 理路整然(ああいえばこういう)。アブソルの表情は怖気が走るほど晴れ晴れと、
「自分の中で大事に培ってきたものを "吐き出す" というプロセス。愉快な反面おぞましいほどの喪失感を伴う。それが堪らなく愛しい。だからね」
 笑った。世にも愉快と言わんばかりに。
「きみが吐き出したものについて必死こいて考えていた」
 指を差す。ミツルの陣を守るもう1つの赤い龍。
「僕はその《神炎皇ウリア》とその他諸々(もろもろ)について考えていた」
『2つの龍が向かい合っている! "三幻神" オシリスの天空竜、そして、 "三幻魔" 神炎皇ウリアが、お互いを認めて向かい合っている!』
「この決闘のタイトルは既に決まっている」
「 "三幻神VS三幻魔" ……か」
 空の "赤" に深みが増した。天空竜の "赤" と神炎皇の "赤"、2つの "赤" が深紅の二重奏を奏でている。今この瞬間、西部の空は世界で最も赤かった。
「なぜきみは悪魔族の《幻魔皇ラビエル》のみならず、《神炎皇ウリア》ひいては《降雷皇ハモン》をこうも上手く使いこなせるのか。急造にしては堂に入り過ぎている。現にリミッツくんは《失楽園》を使えなかったというのに」
 伸びる。折れ曲がっていた両腕が徐々に真っ直ぐ伸びていく。何かが始まっていた。
「きみとハーネスが出会った例の昔話の中で ―― きみは真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)を召喚した。あるいはオーガ・ドラグーン、あるいはダークエンド・ドラゴン、そして破壊竜ガンドラ…… "黒い龍" の使用歴を踏まえれば真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)の逸話に嘘はない。そして!」
 右腕を天へと伸ばし、人差し指を突き立てる。
真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)は "炎の龍" でもある」
「なるほど!」
 迷宮師ファストランドが喝采。すかさず合いの手を入れる。
「《黒炎弾》がその証拠! 炎の龍! ならば即ちこれ然り!」
「そうさ! 神炎皇ウリアは炎族だがその実態は炎の龍。きみの神炎皇ウリアは……昔きみが使っていた真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)の延長線上にある!」
「そんな符号に、そんなこじつけに何の意味がある」
俄然(がぜん)、堪能したくなったのさ! きみの神炎皇ウリアは燃え滾る溶岩の中から生まれた。ならばこの! オシリスの天空竜は天の雷を司る!」

 "Monster"

 "DisCard"

 "Charge"

『アブソル選手がさらなるカードを!』
「手札からモンスター・エフェクトを発動!」
「サンダー・チャージか!」

サンダー・ドラゴン(1600/1500)
自分メインフェイズにこのカードを手札から捨てて発動できる。
デッキから「サンダー・ドラゴン」を2体まで手札に加える。
[効果] [5] [光] [雷]


「天の権化たるオシリスは雷を支配する。降雷皇以上の雷を!」
「……っ!」

 オシリスの天空竜が(あぎと)を開く。

 第一の口が開く時、神の(いかずち)(あらが)う者を焼き尽くす。

 神炎皇ウリアも(あぎと)を開く

 血を燃料代わりに牙にて着火。極大の火炎弾で神を撃つ。

「吼えろ! オシリスの天空竜!」
「迎え撃て! 神炎皇ウリア!」


Thunder Force!!

 VS

Hyper Blaze!!


 三幻神VS三幻魔。熾烈(しれつ)なる頂上決戦が始まった。オシリスの轟雷とウリアの極炎が夜空で激突! 天地の境界線上で激しくぶつかり、そして ――
『 "天の雷" が "神の炎" を貫いたぁっ!!」
「そして! 《神縛りの塚》の効果を発動! 裁きの雷!」
『ハモンのお株を奪ったか! 雷の連鎖が止まらない!』

アブソル・ファスト:7000LP
ミツル・リミッツ:8000⇒6000LP

『形勢逆転! 一転窮地はEarthBound!』
(たの)しくなってきたな、ターンエンドだ!」
(ウリア、おまえの戦いを無駄にはしない)
 散りゆく神炎皇を一瞥すると、ミツルは指先に力を込める。ドローの体勢に入りつつ、黒真珠の瞳はジッとアブソルを睨んでいた。
「三幻魔が滅びてもEarthboundが負けたわけじゃない」
「そう願いたいと言いたいが、今のきみでは勝てないね」
「三幻神の力にそこまで自信があるのか」
「僕の問題じゃない。全てはきみの問題だ」
 アブソルが人差し指をピンと突き出す。やおらゆっくりと空をなぞるように円を描くと、ミツルの喉元に向かって人差し指を突きつける。
「降雷皇ハモンが笑っていないからさ」
「……!!」
「僕はそれほど頭が良くない。それでも一度悩んだことは気長にじっくり考える。僕はクソ真面目に考えました。きみの神炎皇ウリアが真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)の延長線上に存在するなら、じゃあ降雷皇ハモンは一体何の延長線上に存在するのか……少し表情が変わったね」
 ミツルの表情が強ばるのを見逃しはしなかった。じわりじわりと深淵から這い寄るかのように。アブソルの言霊(ことだま)がにじり寄る。
「神炎皇ウリアが炎の龍なら、降雷皇ハモンは雷の龍……違うね。剥き出しになった肋骨(あばらぼね)は悪魔のそれだ。きみがさっき降らせた《魔霧雨》の中、己の真価を発揮する雷の悪魔だ」
「やめろ」
「そこで閃いた。真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)と肩を並べるような "雷の悪魔" なんて、それこそ1つしかないじゃないか」
 ()(もてあそ)ぶ妖怪の笑顔 ―― から一転、
「……《デーモンの召喚》だ」
 冷たい表情で真相を暴く。
「そこまで考えて、僕はもう一度例のおとぎ話へとさかのぼった。言わせてもらえば初っぱなから不思議だったんだ。きみは元々ドラゴン族の使い手で、なのにハーネス・アースバウンドから悪魔族のサポートカードを贈られた」
「言われてみれば妙ですねえ」
 迷宮師ファストランドが相槌を打つ。
「よくよく考えてみますと、彼はあの日よりも以前から、ハーネス・アースバウンドの養子になっていたわけで……何かがチグハグに映ります」
「この疑問を解決する答えが1つだけある」
「もういい。十分だ」

 ―― 俺の悪魔とコイツの龍なら傑作になるさ

 ―― この西部に埋まってるものを掘り起こす

 ―― 西部をひっくり返すのは楽しそうだ

「あそこにいたんだろう、もう1人」
「……っ!!」
 ミツルの時間が止まる。逆にアブソルは止まらない。
「デーモンの召喚を使役するもう1人の決闘者(デュエリスト)がいたんだよ、あの場に」
 止まらない。
「そしてきみは降雷皇ハモンを犠牲にして神炎皇ウリアを守った」
 止まらない。
「すなわちそれは ―― 」
「御託はもう十分だ!」
 止めた。ミツルの声がいつになく荒ぶっている。不可侵領域を侵された者の殺気。英雄の殺気が天を突き、デュエルエナジーとなってほとばしる。

 Turn 22(オシリスの天空竜VS??????)

「おれのターン、ドロー!」
『ようやくミツル選手のターン! 反撃の狼煙が上がるのか!』
「リバース・カード・オープン! 《リミット・リバース》を発動!」
(アブソル、貴方に怨みはないが……これ以上は必要ない!)
「墓地から攻撃表示で特殊召喚!」
「急いては事をし損じる!」
「……!」
「オシリスの天空竜の効果を発動!」


召 雷 弾(アンダー・フォース)!!


『先制攻撃が炸裂! "神" に歯向かう不届き者が木っ端微塵!!』
 オシリスの天空竜は2つの(あぎと)を、2つの牙を、そして2つの口を持っている。1つ目の口から放たれる葬雷弾(サンダー・フォース)は並み居る敵を一瞬にして討ち滅ぼし、2つ目の口から放たれる召雷弾(アンダー・フォース)は神に対する反逆の芽を踏みにじる。
『神の御前では召喚行為すらままならない!』

オシリスの天空竜(5000/5000)
相手モンスターが攻撃表示で召喚・特殊召喚に成功した場合に発動する。そのモンスターの攻撃力を2000ダウンさせ、0になった場合そのモンスターを破壊する(中略)
[天空] [10] [神] [幻神獣]


「抑圧された気分はどうだい?」
 両手を拡げたアブソルが空をがっしり抑え込む。
「大ぶりなデッキの手数を少しでも増やしたい。そんな目論見でリビング・リミリバをフルで積んだんだろうが、攻撃表示では良い(まと)だよ」
『攻め手を挫く召雷弾! 戦意さえも刈り取るか!』
 召雷弾の痕跡が地上にありありと残っていた。天からの(いかずち)が大地を容赦なく焦げ付かせ、黒い煙がプスプスと燻る(くすぶる)中……
(ありがたい)
 ミツルは冷静だった。
(冷や水を差されれば頭が冷える)
 効果処理を行う傍ら(かたわら)、オシリスの戦力分析を開始する。
(三幻魔をも凌駕する葬雷弾、反撃の芽を摘む召雷弾、神縛りの塚による効果耐性、三幻魔を撃破されたことによる当面の戦力不足……)
「クリッターの効果発動。デッキから攻撃力1000以下のモンスターを手札に加える」
「 "死人" のカードか」
 アブソルの揶揄を聞き流すと、今一度ミツルは自分の手札を確認する。ある。三幻魔を呼び込む暗黒の召喚神がもう1枚。
(幻魔皇ラビエルを今一度召喚。 "天上天下唯我独尊" からの "天界蹂躙拳" なら、万全のオシリスが相手でも勝負が成り立つ、が、)
 天空竜 "第二の口" を一瞥(いちべつ)。時計の針は止まったままだ。
(何の策もなく暗黒の召喚神を召喚すれば召雷弾の餌食になる。よしんば召喚できたとしても、三幻魔の着地硬直を突かれる)
「きみのデッキ、今日はなんとも大味だ」
 アブソルがさらりと批評する。
「一旦ハマればコレほど恐ろしい決闘もないが、一方で隙が大きく対策しやすい。除去も少ないしね。今まで使わなかったのは心理的要因に限らない」
「……」
 ミツルは "死人" のカードをモンスター・ゾーンに守備表示でセット。随分前から置きっぱなしのブロッカーと合わせて、当面のブロッカーを2体に増量する。それからマジック・トラップを1枚セット。防御の布陣を築いてターンエンドを宣言する。

 Turn 23(オシリスの天空竜VSブロッカー×2)

(手数に欠けるのはお互い様だ)
 リミッツ・ギアルマが再び息を潜めていた。目の前の迷宮師ファントム・ファストランドがターンを回す一方、もう1人のブラックジャンパーがジッと好機を伺って、
(迷宮師には余力がない。ある程度はマークを外していい)
  リミッツの打算を知ってか知らずか。迷宮師が不敵に笑う。
「迷宮師の名において! マジック・トラップを2枚セットしてターンエンド!」

 Turn 24(オシリスの天空竜VSブロッカー×2)

 迷宮師ファストランドの終了宣言により、リミッツのターンランプが点灯する。急ぎもせず、遅れもせず、粛々とした姿勢でカードを引いた。
「ドロー。メインフェイズ。《マジック・プランター》を2枚発動。《As-零式シフトチェンジ》と《宮廷のしきたり》を墓地に送り、デッキからカードをドローする」
 引き入れたのは《激流葬》・《リミット・リバース》・《As-アクセル・リミット》・《墓荒らし》。目下のところ、激流葬では神を倒せないがそんなことは百も承知。リミッツは眉一つとして揺らぎを造らず、己の決闘盤にカード・ユニットを差し込む。投盤体勢へと静かに移行。忍者が手裏剣を投げるかのように。
「《魔知ガエル》を通常召喚」


召 雷 弾(アンダー・フォース)!!


『召雷弾が再度炸裂! 近づくことさえ許さない!』
(なるほど厄介な効果だ。今は他に打つ手がない)
 積み上げられる妥協案。圧し潰された《魔知ガエル》の効果を即座に発動。デッキから《鬼ガエル》を引き込みながら。リミッツは神を見定める。
(オシリスが司るのは時間だが、その実態は速度と距離。召喚者の速度を犠牲にして攻撃力を高め、天地の距離(こうていさ)を無限に隔てることで神を神たらしめる。人が辿り着けぬ頂きに……)
「墓地から《魔知ガエル》を除外して《粋カエル》を特殊召喚」
『守備表示で召喚すれば! 召雷弾の影響は受けません!』
「手札から《永古盛水(えいこせいすい)》の効果を発動。フィールド魔法を書き換える」

永古盛水(速攻魔法)
自分フィールド上のカード1枚の効果を以下に書き換える
永続魔法:水属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップ
永続罠:水属性モンスターの守備力は500ポイントアップ
フィールド魔法:1ターンに1度、フィールド上の水属性モンスター1体につき500ポイント回復する


「神縛りの塚の新効果を発動。ライフを500回復する」

アブソル・ファスト:7000LP
ミツル・リミッツ:6000⇒6500LP

『リミッツ選手、新布陣は防御に徹する構えか!』
「マジック・トラップを2枚セットしてターンエンド」
(それでいい)
 もう1人。ミツルもまたジッと息を潜める。
(オシリスの天空竜は究極の固定砲台。迂闊に頭を晒せば(さらせば)2つの砲門で瞬殺されるが、反面、機動性には難がある。今は耐えるのが ―― )

 Turn 25(オシリスの天空竜VSブロッカー×3)

「ぼくのターン、ドローフェイズはスキップ!」
 アブソルは潜まない。一気呵成にふっかける。
「天空竜は地を這う臆病者を愛さない! さあいくぞ!」
「受け取ってくださいアブソルさん! As-八汰烏の埋蔵金を発動!」
「恩に着るよファストランド。メインフェイズ、《サイバー・ヴァリー》を召喚! このカードと《グローアップ・バルブ》を除外してデッキから2枚ドロー!」
『オシリスの攻撃力がなんと7000までアップ!』
「攻撃力7000…… "リミットオーバー" か」
「 "神" は自重しない! その為の力場は用意した!」
 右へ左へと手を伸ばし、拡げた手で包み込む、西部を。
「我々4人がスタジアムの東西南北に散らばって、中央ド真ん中で各々の決闘をぶつけ合う。そう。ぼくが敷いた神縛りの塚はきみの場へとチェーンラインが伸びている。そしてもう1つ。リミッツ君が敷いた神縛りの塚はファストランドくんへと伸びている」
『た、確かに! 《神縛りの塚》が闘技場全体に満ちている!』
「神縛りの塚は文字通り神を縛るが、塚の範囲内なら自由に飛べる!」
「……!」
 ミツルは瞬時に察していた。遠回しな言葉の持つその意味を。
「そうか。神縛りの塚が満ちた今、この闘技場全域がオシリスの」
「庭に等しいということだ。飛び回れ、オシリス!」
 うねる。うねる。深紅の神龍が夜空をうねる。
 オシリスだ! オシリスが来たぞ! 歓声と悲鳴がごちゃ混ぜになっていた。深紅の神龍が空を赤く染めながら、観客達の頭上を恐るべき速度で飛び抜けて、東西南北をぐるりと一周。螺旋を描きながら上昇すると、ミツルの頭上で神意が轟く。
「その "死人" にはご退場願おうか」
 第一の口が再び開き、必殺の雷光砲が天から地へと降り注ぐ。


葬 雷 弾(サンダー・フォース)!!


 炸裂! 神の遊び場と化したクイラスタジアムに至上の雷光が煌めいた。潜伏していたモンスターが一瞬で消し飛び、観客達が神の威光に酔いしれる。
『マルチ・アングル・ゴッド・ライトニング! 次元の違う破壊衝動が目障りな壁を消し飛ばし、雷の余波がEarthBoundを攻め立てる!』

アブソル・ファスト:7000LP
ミツル・リミッツ:6500⇒5500LP

『Team Earthboundの残りライフは5500。オシリスの攻撃力は6000オーバー。あと一発でも直撃を喰らえばお陀仏確定。果たして反撃の糸口は!』
「天空竜にも死角はある!」
 ミツル・アマギリの黒い瞳はある一点を捉えていた。神の(いかずち)が一帯に轟き、戦場に粉塵が巻き上がる中……反撃の狼煙は既に上がっていた。
「召雷弾は墓地を侵さないお優しい効果だ。地下道を走れ! 墓地に蠢く者(グレイブ・スクワーマー)!」
『あ、あれは! グレイブ・スクワーマーの霊魂が墓地の地下通路を突き抜ける! 天空竜の威光も墓地の深淵には及びません!』

グレイブ・スクワーマー(0/0)
このカードが戦闘で破壊され墓地へ送られた場合、フィールドのカード1枚を破壊する。
[効果] [1] [闇] [悪魔]


「流石は死人(ゴースト)。神への不敬もクソもないか!」
 境界上を一瞥。アブソルが大きく腕を薙ぐ。
「もっともそれは、天地の境界上に障壁(バリア)がない時の話だね」
『盤面は盤石! 神縛りの塚がある限り破壊効果は軒並み無効!』
「なら操り人形の糸を斬る!」
 ミツルの右手にはスイッチが握られていた。地下道の最奥にあるもの ―― 神縛りの塚の入り口へと幽霊(ゴースト)が辿り着いたその瞬間、
 ポチッと。
『霊魂爆発! 神縛りの塚が木っ端微塵に吹き飛んだー!!』
(十分な仕事だスクワーマー。オシリスの硬さは打点・耐性・召雷弾の3つに集約される。バリアを解ければ勝機も ―― )
 思考が中断。ある。激しい爆発にも関わらず揺らがない存在感。徐々に煙が晴れていくが、神縛りの塚は今も変わらずそこにある。
『捨て身の自爆も犬死にか! 神の威圧が爆風をも遮ったぁっ!』
轢き殺す者(オーバーウェルム)か」

オーバーウェルム(カウンター罠)
レベル7以上のアドバンス召喚したモンスターが自分フィールド上に表側表示で存在する場合に発動
⇒罠カードまたは効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。


『なんという機動性! なんという防御力! ミツル選手の頭上にいた筈のオシリスがいつの間にか最終防衛戦まで退がっている!』
 神の到来から ―― 既に1周が経過している。驚愕から始まった観客達の認識がいつしか憧憬へと変わっていた。アブソルが神の威光を突きつける。
「神が瞬間移動して何を驚く。残念だがその "死人" は犬死にだ」
「虎の子のオーバーウェルムを使わせたんだ。良い仕事をした」
「良い犠牲だったね」
「!」
「きみは犠牲にするのが好きらしい。ちゃんと贅沢はしているか? きみは西部の人気者なんだ。お金なら腐るほど持っている筈だが」
「他人の事情に興味があるならワイドショーでも観るといい」
「生憎だが、究極的にはきみの事情なんてどうだっていいんだ!」
「!」
 丁々発止の舌戦のかたわら、アブソルはメインフェイズ2へと移行。 "火薬" となるマジック・トラップを1枚セットしてターンエンドを宣言する。
「僕はね! この世に隕石が降りそそぎ人類の大半が死滅したとしても、そんなことは知ったこっちゃない。大事なのは! 今この場所で! きみの! 西部に君臨していらっしゃるきみの決闘(いま)が気に喰わない。それだけが大事なんだ。だから僕はきみの根を掘り起こす」
傍迷惑(はためいわく)だ。写真週刊誌の記者にでもなったつもりか」
「僕は僕を満たすためなら何でもやる。さあどうする!」
「どうもこうもない。おれのやることは決まっている」

 Turn 26(オシリスの天空竜VSブロッカー×2)

「おれのターン、ドロー!」
(写真週刊誌の記者は片っ端から顔馴染みだが、そんなものより100億倍厄介だ。あの男はおれの "決闘" にしか興味がない。だからこそ、)
「《魔導雑貨商人》をリバース! デッキから《ファントム・オブ・カオス》《トラゴエディア》を墓地に送り《失楽園》を手札に」
「土地を掴んだか。Earthboundのお家芸だからね、それは」
(引くものを引いた。反撃の余地はある。余地を広げる時間もある。現状は1ターン1000ダメージ。1000×5で最大5周の猶予ができる、が!)
「《魔導雑貨商人》を生け贄に捧げ《暗黒の召喚神》を召喚!」
「自殺行為がお好みか!」


召 雷 弾(アンダー・フォース)!!


『幻魔召喚成らず! 暗黒の召喚神玉砕!』
「場が空っぽになったけどそれでいいのかい?」
「 "壁" があると宣戦布告の邪魔になる」
「!!」
 ミツルの気配がそれまでと変わる。全身に力をみなぎらせ ―― 腕を引き、腰を落とし、全身から溢れ出る闘気を敵陣に向けて叩き込む。
『ミツル選手が天地咬渦狗流の構えを取ったぁっ!』
「ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル!」
『ミツルコールがここぞとばかりに鳴り響く!』
 アブソルは揺るがない。耳障りな声援さえも吸い込んで、
「随分と見晴らしを良くして……ガチガチのインファイトがお望みか」
「機会を待っても最古の晩餐(サイコ・イーター)は倒せない。あんたを相手に "待つ決闘" で対抗するのは愚策だろ。お望み通りだ。 "紙一重の完勝" でおれたちが勝つ」
「有り難い評価だ。そしてそれはきっと正しい」
 アブソルもまた両手を大きく広げていた。全てを呑み込む "器" の構えに対し、ミツルは次のターンに向けてマジック・トラップを1枚セット。合計2枚を大地に植え込み、がら空きのモンスター・ゾーンで紙一重の勝負を挑む。
『何かが起こる! 次のターンに何かが起こる!』
(そうだ。おれがやるべきことは既に決まっている)

 ―― 欲望がないなら死んでるのと同じだ。なあミツル。おまえは何がしたい?

(笑うなよバルートン。おれはミツル・アマギリなんだ)
「ターンエンドを宣言。これ以上は何も必要ない」
「いよいよ愉快になってきた。……ファストランド!」

 Turn 27(オシリスの天空竜VS天地咬渦狗流)

「我ここに! 迷宮師の名において拝啓ドロー! 任せてくださいアブソルさん。フォローでも、ブロックでも、なんでも ―― 」
「無駄口はいいからさっさとターンを回せ!」
「貴方がそれを言いますか。ターンエンド!」

 Turn 28(オシリスの天空竜VS天地咬渦狗流)

「俺のターン、ドロー。メイン……」
「きみもだリミッツ! さっさと回せ!」
 凍り付いていた雲の群れが一様に空を流れ出し、
 停滞していた時間の流れが一気に加速する。
 しかし、
「断る」
 リミッツ・ギアルマは付き合わない。変異した《神縛りの塚》でライフを500回復。さらに《鬼ガエル》を攻撃表示で召喚。召雷弾を喰らいつつ《粋カエル》を墓地に落とす。
「次から次へと。きみらは召雷弾をなんだと思ってるんだ」
「厄介極まるさ。召雷弾がなければ今頃は……家に帰ってシャワーを浴びてテレビを付けて、 "構築のできる決闘相談所" を観てそのまま寝ていた」
「意外と俗だね、僕も観てるけど……って早くしてくれないかな」
「……」
『おぉっとリミッツ選手! 小粋な会話から長考に入ります。アブソル選手のやる気を削ぐ高等テクニック。これは悪質な嫌がらせだーっ!』
「本当に嫌がらせが好きなんだねきみってやつは」
「おまえにそれを言われる筋合いはない」
「それはまさしくごもっともだが ―― 」
「リミッツ、早くターンを回してくれ」
「ミツル?」
「そろそろ決着を付ける」
 ミツル・アマギリは既に腹を括っていた。実のない会話中も天地咬渦狗流の構えを崩さない。リミッツはその在り方を尊んだ。
「アブソル、おまえはつっつく相手を間違えた。マジック・トラップを3枚セットしてターンエンド。天空竜は次で仕留める」

 Turn 29(オシリスの天空竜VS天地咬渦狗流)


葬 雷 弾(サンダー・フォース)


幻 影 陣(ファントム・ガード)


『3度目の正直! ミツル選手の《ピンポイント・ガード》! 《ファントム・オブ・カオス》を墓地から喚び寄せ、無敵のバリアで葬雷弾(サンダー・フォース)を堰き止める!』

ピンポイント・ガード(通常罠)
相手モンスターの攻撃宣言時、自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を
守備表示で特殊召喚する(このターン、戦闘・効果では破壊されない)。


「いくら "葬雷弾(サンダー・フォース)" が強大でも、都合3度も喰らえばその太刀筋も見えてくる。……ラビエルに対してあなたが喋ったことだ」
「防ぎ方までおんなじか。真似する以上は」
「超えるさ。Earthboundの決闘で三幻神を超える」
 ミツルとアブソルが向かい合う。黒いブラックジャンパーと白いマントルックが好対照を成していた。間合いを計り、ジリジリとした睨み合いを続けること約十秒。

 2人の決闘が交差(クロス)する。

 Turn 30(オシリスの天空竜VS天地咬渦狗流)

 "Magic" "Trade" "Draw" ミツルが動く。

 "Trap" "Assist" "Reborn" リミッツも動く。

「手札断札を発動。ファントム・オブ・カオスと幻銃士を墓地に送って2枚引く」
As-アクセル・リミットを発動。ファントム・オブ・カオスを守備表示で復活」

As-アクセル・リミット(永続罠)
スタンバイフェイズにのみ発動可能。相棒の墓地にある攻撃力1000以下のモンスターを特殊召喚する。また、相棒のスタンバイフェイズに発動する。相棒のデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。


「さらに闇の誘惑を発動。デッキから2枚引き、手札の闇属性1枚を除外」
 ミツルは2枚のドロー・カードを瞬時に確認。早すぎた埋葬とマリシャス・ソウル。
(召雷弾が相手では効き目が薄い。検討するならマリシャス・ソウル第二の効果。砂塵の大竜巻を "拝借" して除去を狙う手もあるが……)
 頭を過ぎるカードがある。エネルギー吸収板と轢き殺す者(オーバーウェルム)
(罠を仕掛けて後手に回る? ないな。おれに迷いはない!)
 ミツルは赤い空を仰ぐと、西部の空を独占するオシリスの天空竜を再度一瞥した。瞳から溢れる闘気と共に ―― 天空の死角を喝破する。
「オシリスの欠陥はその傲慢さに潜んでいる」
「神とは傲慢なものだよ」
「葬雷弾の攻撃力は青天井で増大する。しかし召雷弾は一律2000。下界の生物は2000も減じれば無力な羊と化す、そう考えている」
「次元の違う強者を勘定に入れていないと? ならば正してみるがいい!」
「まずは風穴を開ける! 《闇次元の解放》を発動!」
『空がパリンと割れた! 異次元からもう1体 ―― 』
「蘇我劉邦の忘れ形見。きみは過去の遺物が本当に好きだな!」

 ―― おれは大事なものを捨ててきた

 ―― この世にはない大事なものを選んだ

 ―― ハーネスの夢はおれの夢だ。Earthboundの夢はおれたちの夢だ

『ファントム・オブ・カオスが三体並ぶ!』
「幻影の三重奏。そうか。きみの狙いは ―― 」

Trap Destruction!

 ミツルの回答=有無を言わせぬ火炎弾。最終防衛線を焼かれたアブソルが煙を掻き分け、火柱の隙間から対岸を覗く。いた。西部の若き帝王が必殺必勝の構えで立っていた。
「貴方はオシリスの天空竜に自分の "時" を吸わせた。今の貴方は不自由だ。前半戦の変則ペースは最早ない。……この土俵の上ならおれが勝つ!」


Uria, Lord of Phantom Flames


Hamon, Lord of Phantom Thunder


Raviel, Lord of The Phantasms


Triple Phantom Summon!


『三幻魔が再び戦場に現れたぁーっ!!』
 炎が、雷が、そして黒い霧が再び西部を覆っていた。失楽の霧が燃えるように広がって、西部の空を黒く染め上げていく。
「2枚目の失楽園! 2枚をドロー!」
「きみの狙いは……混沌幻魔の召喚か!!」

混沌幻魔アーミタイル(0/0)
「神炎皇ウリア」+「降雷皇ハモン」+「幻魔皇ラビエル」
このカードの攻撃力は自分ターンの間10000アップする(戦闘では破壊されない)
[幻魔] [12] [闇] [悪魔]


「オシリスの天空竜の最大攻撃力は手札の上限で決まる」
 ミツルの瞳はオシリスの急所をハッキリと捉えていた。
「青天井でいられるのは自分のターンのみ。6000で頭打ちになるなら ―― 天井を越えれば神は倒せる! そして! 混沌幻魔アーミタイルの ―― "全土滅殺天征波" の攻撃力は」
「10000ポイント! それがきみの ―― 」
 無限の天を征するのは極限の力に他ならず。ミツルが己のデュエルオーラを完全解放。かつての記憶が形となって、ミツルの力として蘇る。
「捨てても消えないものは、ある!」
 ミツル・アマギリが決闘盤を振りかぶる。 "炎" "雷" そして "幻" ……空に拡がる霧の中で3体融合。西部の中心めがけて決闘盤を投げ入れる。
「三幻魔を混沌融合(カオス・フュージョン)!」
 決闘盤から溢れんばかりの闘気を解き放ち、一種の亜空間へと決闘置換。無限の闇の中に三幻魔が混ざり合う。

 食物連鎖を支配する幻魔皇

 一罰百戒を施行する降雷皇

 星火燎原を体現する神炎皇

 現実と虚構を行き来する3つの暴力、それら全てを1つに束ね、

「混沌幻魔アーミタイルを融合召喚!!!」

 ミツル・アマギリが混沌幻魔を ――

「……っ!!?」

 西部の "時" が停止した。

 異様な静寂が西部を支配していた。相方のリミッツが、後方のダァーヴィットが、観客席のファロが、その辺で無様にゴロゴロ転がってるアリアが、そして西部の人民が一斉に沈黙したまま微動だにしない。どれだけの時間が経過したのだろうか。いち早く我に返った実況が、ありったけの声を張り上げる。
『ミ、ミツル選手が召喚を失敗したぁーっ!!』
「…………????」
 誰もが狼狽していたが、誰よりも困惑を露わにしていたのが当の本人であった。わからない。何もわからない。なぜ ――
「混沌幻魔とは我らが至宝!」
 アブソルではない。ミツルでもない。リミッツでもない。大地を司る決闘の守護者 ―― ファントム・ファストランドが訴える。
「この世にはかつて! 混沌幻魔を極めた1人の偉大なデッキビルダーが存在しました。あの御仁(ごじん)は己の全てを賭けてデッキを組み、デュエルに望み、幾度も勝利を収めてきたのです。混沌幻魔とは彼の、愛すべき彼の、脱構築型デッキ構築の象徴でした」
「あいつは何の話をしてるんだ」
 リミッツが狂人を見る目でファストランドを咎めるが、狂える迷宮師の口調にはかつてないほどの熱気が籠もっていた。極めて唐突な講義に誰もが唖然とするが、ファントム・ファストランドと名乗っていた男は止まらない。
「小生が敬愛してやまない彼の魂は今も! 彼が設計に携わったOZONEという形でこの大地に引き継がれているのです。決闘の道は一日して成らず。ならばこそ! 愚鈍な我々は歩み続けるしかないのです!」
(なんだ。何者なんだ、こいつは)
 ミツルも唖然としていた。ファストランドは一向に止まらない。
「いかにカードプールが変化しようと、魂なき者に混沌幻魔は荷が重い。今の貴方に "全土滅殺天征波" は使えません!」
「今の……おれ???」
 ミツルの足下がグラグラ揺らぐ。ファストランドの非難に大きく揺らぐ。その隙を決して逃しはしない。すぐさまアブソルが追い打ちを掛ける。
「我が盟友ファストランドは誰も知らない意味不明なクソ昔話をするのが好きなんだ。一種のおとぎ話と思って聞き流してくれても良いんだが、このおとぎ話の教訓は極めて明快なんだよ、ミツル・アマギリ」
「どういう……意味だ……」
「昔のきみはダイヤの原石だった。5年前の冬季大会、【全展開決闘(フルエキスパンションデュエル)】を消し飛ばした破壊竜ガンドラの咆哮は今も脳裏に焼き付いている。しかし!」
 吸収店長の忌憚なき言葉が ―― ミツルの心を震わせる。
「EarthBoundで過ごした時間がきみを腐らせた。 "紙一重の完勝" は格下を喜ばせる舐めた決闘へと成り下がり、真に怖い相手と見るや凍れる絶壁を打ち立てて無慈悲なシャットアウトを狙う。準決勝で使った "地縛陣" のように!」
「!!」
「空は巨大な穴なんだ。なのに西部の空は閉じている。幻魔皇の如き黒い霧が空を閉ざしているんだ。断言してもいい。決闘への "潔さ" を失った今のきみに混沌幻魔は、そして破壊竜ガンドラは、決して召喚できない! きみは己を失ったんだ!」
 言葉が矢となって英雄の胸を貫く。何も言えなかった。
「世界を目指していたきみの決闘は、いつしか世界への挑戦権を守る決闘へと堕していた。Earthboundというでっち上げの狭い世界に全てを捧げることで、いつしかきみは哀しいほど後ろに退()がっていた。……敢えて言おう。半端な決闘者に未来などない!」
「…………!!!!」
 ミツルの両腕が力なく垂れ下がる。西部の英雄が見る影もなく愕然としていた。黒い瞳から光が失われ、虚無の中に沈んでいく。それからぼそりと、

「しんどいな」

『召喚が不発に終わったミツル選手、ここからどう盛り返すか!』
 当のミツルは呆然としたまま棒立ちしていた。実況の声に煽られ、ふと思い出したように自分の手札を眺める。虚ろな目をしたままで。
「マジック・トラップを1枚セット。ターンエンド」
「いかん!」
 Team EarthBoundの古参兵ダァーヴィット・アンソニーが後方のベンチでやおら声を荒げる。その瞳にはあるものが映っていた。ミツルが見落とした手札の以外のもの。本物になれなかった出来損ないの幻影 ―― 無防備なファントム・オブ・カオス3体が。
(投盤に失敗しても素材は残る。エクシーズ召喚を試みるべきだった)
 自然と拳を握りしめてしまう。未曾有の危機が眼前に迫っていた。
(EarthBound結成からはや5年。いつだってミツルは……ああまで戦意を失ったミツルなど初めて拝む。不味い、不味いぞ)
「ミツル! 目を覚ませ! "敵" が来るぞ!」
「敵……敵って……誰だよそれ」
「決闘中に気を抜けば死があるのみ!」
『ファストランド選手が荒ぶっている!!』

 Turn 31(ファントム・オブ・カオス×3VSオシリスの天空竜)

「死地へとお迎えしましょう! ドロー!」
 迷宮師ファストランドの頬が紅潮していた。尚も棒立ちを続けるミツルに向かって殺気を投げかけ、ダンジョンマスターが牙を剥く。
「届きそうで届かぬ者を見るのは苛立たしいことです。 "資格ある者" なら尚更……貴方は! この決闘に何を賭けていらっしゃいますか?」
「何って……優勝だろ……」
「それは単なる課題の1つ! 本命は世界挑戦 ―― 東西南北中央交流戦(ワールド・クロスファイト)を制するのがEarthboundの一大悲願。しかし今の貴方では! 5年前を上回るような戦果は残せまい。歴史に名を残すのは我々では、過去の亡霊ではないのです!」
 ファストランドのデュエルオーブが煌めいた。聖書のヴィジョンを手の平に浮かべると、怪しげな呪文をおどろおどろしく唱え出す。
「幻影は最後に消えるもの。悪魔払いを発動!」
『悪魔族のファントム・オブ・カオス3体が一瞬にして雲散霧消! 悪魔族使いの殿堂を今こそ穿つ! ミツル・アマギリ対策は万全か!』

悪魔払い(通常魔法)
フィールド上の悪魔族モンスターを全て破壊する


「リバース・カード・オープン、蘇る魂を発動! 我が迷宮壁を2倍に増やす。OZONEに聳えよ我が迷宮!」

迷宮壁−ラビリンス・ウォール−(0/3000)
フィールドに壁を出現させ、出口のない迷宮をつくる。
[通常] [5] [地] [岩石]


『再度迷宮が多重展開。難攻不落の迷宮で心を折ろうと言うのか!』
「甘いぞ実況、甘い、甘い、甘すぎる! 壁を造れば閉ざされる。それは先入観がもたらす不案内! 我が壁は閉鎖的決闘観を良しとせず!」
『迷宮師の矜恃! ファストランド選手が何かをほざいている!』
「OZONEが導き出すのはリアルな虚像! しかしそれは! 己を偽る為にあるのではない。カードは己を解き放つ。このように!!」
 荒ぶる迷宮師が両手を大きく振り上げた。大地に向かって "バチン" と打ち付けた次の瞬間 ―― 眠れる迷宮が "波" と化す!
「迷宮師の決闘は大地を自在に使役する。大地を割り、岩壁を造るは最早児戯! 波打つことさえ思いのままと知るがいい!」
『難攻不落の迷宮が波打つように! これはまさか!』
「《右手に盾を左手に剣を》発動! 迷宮には利き手がないという、いかにも偏見に満ちた愚かな先入観! 今こそ覆してみせましょう!」

右手に盾を左手に剣を(通常魔法)
このカードの発動時にフィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの元々の攻撃力と元々の守備力を、エンドフェイズ時まで入れ替える。


『総攻撃力はなんと6000! オシリスの天空竜に匹敵する、刹那の殺傷力を隠し持っていたというのかーーーーーーー!』
「いかん!」
 ダァーヴィットがその場で思わず立ち上がる。
「今のミツルは丸腰同然! 直撃を喰らえば!」
「哀れな人身御供は呑み込んでしまうに限るというもの!」
 ファストランドが指揮を取る。波打つ迷宮は今や意思を持っていた。
「五臓六腑に染み渡る我が感傷! この(たび)は三幻神と三幻魔の対決に胸を躍らせていたのです。決闘の夜明けをこの眼に焼き付けたかった。ゆえに残念ならば無念。アブソルさん、仕留めさせて頂きますよ!」
「好きにするがいい。木偶を吸い込む趣味はない」
「ミツル! 目覚めるのだ! ミツル!」
 ダァーヴィットが体裁をかなぐり捨てて発破を掛けるが、西部の英雄は黙する死者も同然だった。巨大な土の波が迫り来る。
「迷宮壁−ラビリンス・ウォール−×2でミツル・アマギリへとファイナルアタックを仕掛ける。迷宮に呑まれて死になさい!」


Labyrinth Wall Twin Wave!!


 戦意を失ったミツルのもとへ大地の大波が押し寄せる。Team BigEaterの冷徹な視線を伴って、大きな大きな土の波が ――
「いい加減にしろ!!!!!!」


Raging Stream!


『あれはぁーっ! 津波が……本家本元 "水" の津波が割り込み押し寄せ波瀾万丈! 大地の大波を丸ごと呑み込んで行くっ!』
「このエフェクトは……まさか!」
「ミツルは棒立ちのままだ。ならば!」
 水浸しになったフィールドを目の当たりにして、Team BigEaterの2人が一様に北側を向く。そこにはもう1人の決闘者が立っていた。
「「リミッツ・ギアルマか!!」」

激流葬(通常罠)
モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動できる。
フィールドのモンスターを全て破壊する。


『何度目かのリミリバで断札済みのカードガンナーをフィールドに喚び出し、虎の子の《激流葬》で迷宮波を吹っ飛ばしたぁぁぁ〜〜〜!』
 津波と共に影の潜行者が浮上する。自身の内側に秘めていた殺気を白日の下に晒し出し、リミッツ・ギアルマが水面の上に立っている。
「くだらん御託は聞き飽きた」
「激流の如き殺気。藪から棒とはこのことですね」
「おいファストランド、愉快なことが起きてるぞ!」
 いち早く事態の変遷を察したらしく、アブソルが喜々として指を差す。対岸から浮上を果たしたリミッツ・ギアルマの足下へ。 
「……!?」
『あ、あれはっ!? 激流葬で生まれた(みずうみ)の中に何かが棲んでいる!」
 いる。いるのだ。リミッツの足下。大地の水面に何かいる。中央十傑アブソル・クロークスだけがその正体を察していた。
「既に潜行していたな! きみの "神" が!」
「貴様らの "神" は ―― この西部に必要ない!」
 最早潜行者ではない。Earthboundの守護者が満を持して唸りを上げた。リミッツ・ギアルマが解き放つ心の闇を呼び水として、西部土着の神が ―― 大地を泳ぐ巨大なシャチが深い深い闇の中から迫り上がる。西部を護るブラックオルカよ、今こそ大地に浮上せよ!
「アースバウンドの意思は不滅だ!」


Earthbound Immortal


Chacu Challhua!!


『《早すぎた復活》によりチャクチャルアが黒い大波と共に大浮上! 絶体絶命のEarthBound逆転なるか!』
「リミッツ・ギアルマ!」
 アブソルが瞠目する。目と鼻の先では漆黒の巨躯が虚空を泳いでいた。吸収店長の両手にも伝わる地縛神の波動。なにもかもが苛烈だった。
「美しいカードだ」
「守備表示で召喚! 貴様の召雷弾は無用の長物!」
『早すぎた復活の攻撃制限を逆手に取ったか守備表示で堂々浮上! 西部の守り神が空を穿ちにやってきたぁーーーーーーーーーーーー!!』
「神には神で対抗。それがきみの ―― 」
「対抗するのは貴様らの方だ!!」
「わお!」
「何が三幻神だ。何が天空竜だ。そんなカビの生えた三流の神などホームセンターで投げ売りされた安物の赤ペンキにも劣る! 今こそ地縛神の、ハーネス・アースバウンドの、不世出(ふせいしゅつ)の美的センスの前ではガラクタ同然だということを俺達が教えてやる!」
『あぁーっと! 天空竜が大地に尾を囚われている!!』
(おいおいなんだ? この不可思議なまでの異様な気迫は)
 疑惑を深めるアブソルとは好対照。Earthboundの守護者は迷わない。チャクチャルアの頭上でリミッツ・ギアルマが指示を出す。
「チャクチャルアの固有効果を適用。チャクチャルアが表側守備表示で在る限り、アブソルの今後のバトルフェイズをスキップする!」
『地縛結界発動! 天空竜の自由を地縛神が奪い去る!』
「僕自身を対象に取る以上、神縛りの塚も意味ないか」
「決め手に欠ける攻撃性能。それがオシリスの欠陥だ!」
「!!」
「マシュマロン1体すら満足に突破できない。だが我々の地縛神は、チャクチャルアのたぐい(まれ)なるデザインコンセプトは中央の神を優に上回る!」

地縛神 Chacu Challhua(2900/2400)
?「地縛神」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
?「地縛神」は表側表示のフィールド魔法がなければ存在できない
?「地縛神」は攻撃対象にならない
?このカードが表側守備表示で存在する限り、相手はバトルフェイズを行えない。
?このカードは直接攻撃できる。また1ターンに1度、守備力の半分のダメージを相手ライフに与える事ができる(※直接攻撃と択一)
[効果] [10] [闇] [魚]


「笑っちゃうほど言いたい放題だな」
 アブソルは興味深げにリミッツを観察する。
「三幻神にそこまで言ったのはきっときみが初めてだ」
 アブソルが驚き呆れる一方、迷宮師ファストランドはメインフェイズ2へと移行。《黙する死者》によって迷宮壁の再構築に及んでいたが、リミッツの視界には入らない。Earthboundの守護者、その狙いはたった1つ。アブソル・クロークスの首級のみ。

 Turn 32(地縛神 Chacu ChallhuaVSオシリスの天空竜)

「俺のターン、ドロー!!」

 ―― おじいちゃん、死んじゃやだ!

 ―― ハーネスは死ぬ気がなさすぎた。ろくに遺書を書いてない

 ―― Earthboundを潰さない為には実績がいるんだ

 ―― 俺達の夢を守るにはおまえが必要だ

 ―― おまえが闘うなら、俺がおまえを守る!

雲の上の連中(あいつら)は地中のことなんて知りもしない」
 メインフェイズ。リミッツは "神" の正体を知っていた。
「オシリスの神性が "命" にあり、オベリスクの神性が "力" にあるとすれば、オシリスの神性は "時" にある。だがその実態は天地の "距離" だ」
「ほう。是非とも講釈を聞きたいな」
「程良い距離は人々に希望を与える。登り続ければいつかは頂上へ……その希望的観測が人を奮い立たせる。しかし!」
「限りなく無限に近い距離は人々を絶望へと導く。どうしようもないんだ」
「それこそが時間の凍結。絶望は畏怖へと変わり、信仰となる」
「正解だよ。人は高低差に畏怖を覚える生き物だ」
「それが傲慢だというのだ!」
「……!!」
「天地の格差で神性を表現するなど、人が空を飛べぬ時代に培った古典的発想に過ぎない。(ゆえ)に不適格! 神を名乗るなど烏滸(おこ)がましい!」
「君達の地縛神には資格があると言いたげだな!」
「不可侵の存在美こそ神を名乗るにふさわしい!」
「言ってくれるじゃないか。なるほどきみは健闘している。召雷弾(アンダー・フォース)を守備表示で躱し、葬雷弾(サンダー・フォース)を地縛結界で封じ込め、固有効果によってダメージを与える。中々悪くない戦法だが、言わせて貰えばきみのチャクチャルアにも欠陥はある」
「そんなものはない!」
「まず1つ、フィールド魔法が……」
「おまえは何もわかっていない!」 「!」 「それこそが至高のデザインコンセプト。雑魚をいたぶり(えつ)に至るような下衆(げす)とは違う!」
「そうまで言うか。ならばもう一つ。守備表示のチャクチャルアではダメージ量が落ちるじゃないか。不完全な ―― 」
「欠陥はないと言っている!!」
「……っ!」
「 "水を得た魚" この古典的な(ことわざ)が何故未だに存在するか教えてやる。墓地の『ガエル』を総動員! 2体の粋カエルを守備表示で特殊召喚!」

粋カエル(100/2000)
自分の墓地の「ガエル」と名のついたモンスター1体をゲームから除外する事で、このカードを墓地から特殊召喚する(このカードはシンクロ素材にできない)
[効果] [2] [水] [水]


(なんだ)
 アブソルが今大会初めて戸惑っていた。常に不敵な態度を崩さない中央十傑、その1人が大いに困惑。ポカンと口を開けたまま考える。
(僕はリミッツ・ギアルマの横槍をずっと警戒していた。しかしそれは戦略上の問題に過ぎなかった。なんだ? 妄執にも似たこの殺気は……)
「新《神縛りの塚》の効果を発動。ライフを1000回復」

アブソル・ファスト:7000LP
ミツル・リミッツ:6000⇒7000LP

「そして! 2000ライフを払って《墓荒らし》を発動!」

アブソル・ファスト:7000LP
ミツル・リミッツ:7000⇒5000LP

「貴様達の墓地にある魔法カード1枚を俺のものとして発動する」
「僕達のカード? そんな大層なマジックを使った覚えは……まさか!」
「そのまさかだ、おれはファントム・ファストランドの墓地から……」
 リミッツの執念が渦を巻き、墓から世界を創り出す。
「速攻魔法《結束 UNITY》を発動! …… "土" の専売特許とでも思ったか? 行くぞ! 全ての "水" をチャクチャルアに結束!」

結束 UNITY(速攻魔法)
自分フィールドの表側表示モンスター1体の守備力は、ターン終了時まで、自分フィールドの全ての表側表示モンスターの元々の守備力を合計した数値になる。


『結束の力で地縛神 Chacu Challhuaの守備力が6400まで上昇! オシリスの天空竜の攻撃力を上回ったぁーーーーー!』
 天空竜の "赤" に対抗する "黒" の絶景。アブソルの脳に天啓が過ぎる。
(なんということだ。普段は表に出ようとせず、相棒に徹して水面下で活動、EarthBoundの影に潜む者。浸透し……溶け込む……それがきみ……リ ミ ッ ツ ギ ア ル マ……ミ ツ ル ア マ ギ リ……同じ音。同じ言葉。同じ ―― )
「そうか。そういうことだったのか」
 くつくつと笑う。冥府の底から響くような笑い声。
「才器豊かなものが本体であり、才器に乏しいものが枝葉。自然とそう思い込む。だがそうじゃない。きみだったんだ。きみこそが真の……」
「それ以上喋る必要はない」
 リミッツの声色は矛盾していた。氷の如き冷たい声が異様な熱と共に突き刺さる。
「必要ないんだ。西部には西部の道がある。中央十傑など必要ない!」
 リミッツが "水" を繰り出した。一般論として ―― "水" には冷たいイメージが付いている。しかし忘れてはならない。いつだって水は沸騰するということを。
「大地に吼えろ! 地縛神 Chacu Challhua!!」
 虚空へと浮上したチャクチャルアが大地を(むさぼ)っていた。西部全域のアース・エナジーを吸魂することで表面温度が急上昇。暗黒の太陽と化したチャクチャルアが泥水を巻き上げ、虚空で交わり ―― 急激な沸騰により水が水蒸気へと決闘置換。総体積が1500倍以上へ一瞬にして膨れ上がる。すなわち ――

 水蒸気爆発である。


Dark Dive Maximum!


アブソル&ファスト:8000⇒4800LP
ミツル&リミッツ:5000LP

『飛び交っている! オシリスの天空竜の召雷弾! 地縛神 Chacu Challhuaの衝撃波! ド迫力の決戦兵器が決勝の舞台を飛び交っている!』
「召雷弾は(おもて)を上げないものを狙わない」
 爆風の余韻さめやらぬ中、リミッツが歯に衣着せず糾弾する。
「裏を返せば怖れている。恐れがあるから畏れを得ようとする」
「臆病者とでも言いたいのかい?」
「……!」
 水蒸気爆発の煙がようやく晴れると、アブソル・クロークスが依然そこに立っていた。両手を広げ、両脚を揃えるいつもの構えで、
「それはきみたちも同じことだ」
『直撃を喰らったアブソル選手、まだまだ健在!』
「きみの地縛神とて "土地" に縛られその先には辿り着けない。1つ間違えれば、決闘者を臆病者に堕してしまうと知って欲しい」
「……本当の勇気は臆する心の中からしか生まれない」
「僕とてイタイのは嫌なんだ。しかし喰らえば伝わる雄弁に。きみの決闘には! 覚悟ある決闘には! 本当の言葉が載っている!」
「……!」
「例えば1つ。きみが失楽園を発動できないのは失ってないからだ。少なくともきみは、かつての時間(ハーネス)を失ったことを認めてはいない」
「……Earthboundは不滅だ」
『お互いに一歩も引かない! 互いの決闘が(せめ)ぎ合っている!』
「きみとやり合うのは思いのほか(たの)しかったよリミッツ・ギアルマ」
「……俺はこの上なく不愉快だった」
「しかし僕を倒すとすればきみじゃない」
「当たり前だ」
「!」
「この決闘に決着を付けるのは俺の役目じゃない。マジック・トラップを2枚セット。もう十分だ。俺はこれでターンエンド!」
「あくまで "影" を己に課すか。そうさ。そうなんだ。僕はまだ!」
 アブソルが西へと向き直る。未だ棒立ちしている英雄のもとへ。
「きみの、きみだけの言葉を聞いていないぞ、ミツル・アマギリ!」
「おれの……言葉……?」
「きみの相棒のお陰で "決闘" をまた1つ思い出した」
『アブソル選手のデュエルオーラが荒ぶっている!』
「精々必死こいて倒すとしようか、来い! ファストランド!」
 アブソルの前髪が跳ね上がり空っぽの眼窩が露わになる。吸収店長が右手を横薙ぎにした瞬間、意を汲んだファストラウドが大地に(つくば)う。
「了解しましょうアブソルさん! 小生の《結束 UNITY》をも決闘に組み込み、決闘を紡ぎ出すその執念! この決闘に最後の最後まで期待することを決めました」
「アテが外れても怒るなよ」
「期待外れでも御結構(ごけっこう)! この決闘、我が魂を殉じましょう!」
 "Reverse" "Trap" "Reborn" デュエルオーブが妖しく煌めき、
『ファストランド選手が《蘇りし魂》を発動! 最後の最後まで徹底して迷宮壁を……あぁーっとアブソル選手の場にディスパーチ!』
「お気に召すまま使ってください、アブソルさん!」
「ありがとうファストランド。リバース・カード・オープン!」
 "Reverse" "Trap" "Release" "Token" 迷宮壁−ラビリンス・ウォール−が雲散霧消。沸騰した液体の如く。堅固な迷宮が気体へ化ける。
「《ナイトメア・デーモンズ》を発動」
 "火薬" の正体はささやかな悪意だった。発動と共にミツルの眼前で決闘置換。気体となった迷宮が "悪意の結晶" として凝結を果たし、迷宮産の悪魔達が妖しく笑う。
「ミツル・アマギリのフィールド上に! 3体のナイトメア・デーモン・トークンを "攻撃表示" で特殊召喚!」

ナイトメア・デーモンズ(通常罠)
自分フィールドのモンスター1体をリリースして発動⇒相手フィールドに「ナイトメア・デーモン・トークン」(悪魔族・闇・星6・攻/守2000)3体を攻撃表示で特殊召喚する(「ナイトメア・デーモン・トークン」が破壊された時、そのコントローラーは1体につき800ダメージを受ける)


「な、なんだあれは!」
「オ、オシリスが!!」
 西部の観客達が一様に驚愕する。ナイトメア・デーモンズの暗躍に目を奪われたその一瞬、決闘風景が大きく変容していた。
『オシリスの天空竜が3体に分身しているぅっ!』
「神が分身して何を驚く。喰らいたまえ!」


三連召雷弾(トリプル・アンダー・フォース)!!


『三方向から召雷弾が炸裂! ナイトメア・ダイナマイト×3がまとめて爆発したぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!』

アブソル&ファスト:4800LP
ミツル&リミッツ:5000⇒2600LP

 三方向からの召雷弾が炸裂! 並み居るナイトメア・デーモンズを打ち抜いたその瞬間、大きな爆発が四方を荒らす。依然、棒立ちしていたミツルが木の葉のように吹き飛びかけるが、かろうじて踏み止まっていた。虚ろな瞳を前方に向けると奴が来る。中央十傑アブソル・クロークスが神を駆り立て迫り来る。

 Turn 33(オシリスの天空竜VS地縛神 Chacu Challhua)

「僕のターン、ドロー!」
 引いたカードを 決闘掌盤(クロークス) に装填。右手を真横に伸ばし、手の平を大きく広げ、デュエルオーブを開放。大地を護る地縛神へと封魔の黒剣を突き立てる。
「《闇の護封剣》を発動!」

闇の護封剣(永続魔法)
相手フィールドに表側表示モンスターが存在する場合、そのモンスターを全て裏側守備表示にする(以下略)


『地縛神が大地の下へと再度封印! 地縛結界も雲散霧消!』
 地縛神の束縛から逃れたことで空の勢力図が再び変わる。なんとか拮抗していた "黒" を "赤" が押し返し、天空竜が自由自在に飛び回る。グォングォンという轟音と共に、
「僕は聞きたいんだ。西部の名誉を取り戻し、暴引族の排除に一役買い、英雄として西部の民に崇められ、なのにきみは見る影もなく醜くなった。際限なく膨れあがる虚像の(うず)に溺れ、大事なものを失ってしまった……きみの声を聞きたいんだ!」
 言葉から小細工が消えていた。逡巡なき言葉でミツルの扉をノックする。ノックでダメならぶち壊す。扉ごと全てをぶち壊す。
「オシリスの天空竜でミツル・アマギリにダイレクトアタック!」
「おれは……」

 ―― おじいちゃん! おじいちゃん!

「おれは……」

 ―― EarthBoundを守ってくれ!

「おれは……!」
「 "ミツル・アマギリ" を殺らせるものか!」
『リミッツ選手が間に割って入ったぁっ!』
 "Reverse" "Trap" "Summon"
「メタル・リフレクト ――」
轢き殺す者(オーバーウェルム)!!」
『オシリスの牙が鋼鉄の水を噛み砕く!』
「終わったんだよ。リミッツ(きみ)と語り合う時間は!」
「……!!」
『止まらない、オシリスの咆哮が止まらない!』


葬雷天弾(オーバー・フォース)!!


『ダイレクトアタックをぶち込んだぁぁぁーーーーーーっ!』
 西部市民が目を覆う凄惨な光景が広がっていた。鮮烈なデビューからはや5年。数多の伝説を積み上げ、今や誰もが知るところとなったデュエルスターが壁に叩き付けられてうつぶせにノックダウン。その四方(しほう)にはデッキが ―― 数多の名勝負を産み出してきたデッキが脆くも吹き飛び、無残にカードが飛び散っていた。
「負けた……」
「ミツルが……三幻神に負けた……」
 観客達がショックで茫然とする一方、アブソルは淡々と講評する。
「 "決闘文化保存" の名目から、東西南北中央の移籍はいくらか制限されている。それでもきみにはあの時チャンスがあった。世界へ羽ばたくのは何ら不可能じゃなかった。この閉鎖的な小世界がきみを腐らせたんだ」
 その場でくるりと反転。アブソルが闘技場を ――
「あんたたちは買いかぶりすぎるんだ」
『ミツル選手が立ち上がったぁーっ!』
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル!」
「よくぞ立ち上がった、ミツル!」
 砲銃店長ダァーヴィット・アンソニーが堪らずベンチから腰を上げる。ふと気づいてオーロラ・ヴィジョンを確認。両の拳を握り込む。
「まだだ。まだ決着は付いていないぞ!」

アブソル&ファスト:4300LP
ミツルへ&リミッツ:2600⇒1600LP

「おれの "声" に需要なんてない」
(なんでライフが1000しか減ってない……)
 アブソルが眉を寄せて訝しがる一方、ミツルの瞳には今も尚ハッキリと映り込んでいた。西部を象徴する神の虚像が。
「地縛神は美しすぎるカードだ。だからこそ脆いんだ」
(デッキが散乱して決着は付いた筈……デッキが……散乱……?)
「美しすぎるものを全うする為ならおれの潔さなんて棄ててやる。元から大した人間でもないんだ。いくらでも醜く、格好良くなってやる!」
「……パワー・ウォールか!」

パワー・ウォール(通常罠)
相手モンスターの攻撃によって自分が戦闘ダメージを受けるダメージ計算時に発動できる。その戦闘で発生する自分への戦闘ダメージが0になるように500ダメージにつき1枚、自分のデッキの上からカードを墓地へ送る。


『いつの間に!? ミツル選手がアブソル選手のお株を奪っている!』
「 "二者択一" のもう一つだ。マリシャス・ソウル第2の効果を発動。あんたの墓地からパワー・ウォールを拝借して、デッキから12枚のカードを墓地に送った」

マリシャス・ソウル(通常罠)
墓地にレベル7以上の悪魔族が存在するときのみ発動できる
?1000ポイントライフを支払い、相手の墓地の罠カード1枚を自分フィールド上のマジック・トラップゾーンにセットできる(※セットしたターンに発動可能)


「過去へのリスペクト精神か」
 アブソルが苦笑混じりに感嘆する。
「だがね。散らかしたものは拾うって小学校で習った筈だ」
 ミツルの前後左右にはカード・ユニットが散乱していた。アブソルの野暮な指摘に対し、ミツルの瞳に闘志が混じる。
「天地咬渦狗流の決闘に "拾う" という概念はない」
「はぁ?」
「天地咬渦狗流の決闘は上昇気流を逃しはしない」
熱上昇気流(サーマル)? 彼は準決勝でも大空を ―― )
「そして! 天地咬渦狗流の決闘は自ら上昇気流を生み出す!」
 ミツルは右足を大きく上げて ―― 大地に向けて打ち込んだ。天地咬渦狗流は西部最強。豪拳で天を震わせ! 堅脚で地を揺るがすか! 
『ミツル選手が大地に右足を打ち込んだ瞬間、地べたに散らばった12枚のカードが浮き上がったぁっ! さらに決闘盤を一振り! 墓地へと一瞬で収まっていく!』
「なんて神業だ!」
「流石はミツル・アマギリ!」
「その足技は……」
「昔の対戦相手に足癖の悪いやつがいたからな。そいつを参考にして自分なりに翻案(アレンジ)した」
「いくらなんでも格好良すぎるだろ……」
 アブソルが呆れ混じりに感嘆する。
「それのコソ練してるとこ観てみたいね。そうまでして英雄のイメージを守るのか」
「虚像に溺れたというのならそれでいい」
「そうはいかない。きみの言葉を ―― 」
「何度も言っている筈だ」
 一本一本が芸術品と言える黒い髪。黒真珠のような深みを持つ黒い瞳。今やEarthBoundの象徴と化したブラックジャンパー。天地咬渦狗流の構えを今こそ繰り出し、西部の最高傑作が決闘盤を突き出し叫ぶ。
「言いたいことは決闘(デュエル)で語れ!!」
「ならば言葉(デュエル)をくれてみろ!」

 Turn 34(オシリスの天空竜VS?????)

「俺のターン、ドロー!」
「《As-八汰烏の埋蔵金》を発動!」
 "俺にできるのはこれだけだ" そうリミッツは目で伝える。 "十分(じゅうぶん)" ミツルもまた無言でうなずき1枚ドロー。2人は同じ時間に生きていた。
(埋まってるものを掘り起こそう、おれたちで)

 ―― 埋葬学は決闘文学の一大テーマだ

 ―― 火を点けたいならライターがある。風を吹かせたいなら扇風機を回せばいい。しかし死者を蘇らすとなったらそうはいかない

 ―― 大地に埋まってるものを蘇らせる。さいっこうのワクワクだ!

(笑えよ、バルートン)
 ミツルが自嘲気味に口角を上げる。
(おれが掘り起こすのはいつだって)
「800ライフを支払い早すぎた埋葬を発動! パワー・ウォールで墓地に送られた中には……俺達のカードが! EarthBoundのカードがある!」
 墓地に送ったのは12枚。魔導雑貨商人、メタル・リフレクト・スライム、終末の騎士、幻魔の背教者、暗黒の召喚神、幻銃士、王宮のお触れ、E−HERO ヘル・ゲイナー、おろかな埋葬、闇次元の解放、失楽園、そして ――
 決闘の妙は二者択一。地下を捨て、地上を選び、世界を捨て、西部を選び、何度でも大地を護り抜く。咆哮。西部の "神" の咆哮がインティスタジアムを恐怖と安堵で包み込み ―― 漆黒の大巨人が大地に立つ。


Earthbound Immortal


Ccapac Apu!!


『黒い太陽が巨人となって立ち現れる! 西部の守護神がこの土壇場で堂々召喚! お聞きください! 地鳴りのような歓声が!』
「ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル!」
「この歓声にかけておれは負けない」
「足りないな。その程度では空腹だ!」


召 雷 弾(アンダー・フォース)


『召雷弾炸裂! 地縛神の攻撃力が1000までダウン』
「守備表示ならば喰らわなかったものを。功を焦ったかい」
「貴方が次のターンまで大人しく黙っているとは思わない」
「その見積もりは正しいが、召雷弾を喰らっては同じこと」
「喰らっていない」
「喰らってない?」
「召雷弾にはもう1つの死角がある!」
 ミツルは手札から1枚のカード・ユニットを抜き出し、決闘盤へと力強くセットする。デュエルオーブが黒く輝き唱えて曰く!
「《巨大化》を発動!」

巨大化(装備魔法)
自分のLPが相手より少ない場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力の倍になる。自分のLPが相手より多い場合、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力の半分になる


「デカ過ぎるだろ!」
 元からデカいものをさらにデカくするとどうなるか。答えは単純明快。あらゆる抑圧を撥ね除け途轍もなくデカくなる。
「召雷弾の弱点は1体につき1度しか発動しないことだ。そして巨大化は "元々の攻撃力の倍" に引き上げる効果。1度上書きしてしまえば召雷弾は無価値に堕ちる」
『地縛神の攻撃力は6000! 天空竜の数値と並んだぁっ!』
「そして地縛神の共通効果。目の前に何が立ち塞がろうと……それが神であろうと……問答無用で決闘者にダイレクトアタックができる!」

地縛神 Ccapac Apu(3000/2500)
?「地縛神」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
?「地縛神」は表側表示のフィールド魔法がなければ存在できない
?「地縛神」は攻撃対象にならない
?このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。
?このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、
破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
[効果] [10] [闇] [悪魔]


(いける)
 リミッツは "ミツル・アマギリ" の勝利を確信する。
(オシリスは自由を抑圧するが、それは対戦相手に限らない。召喚者自身にも不自由を強いる "神" だ。あれを使う決闘者自身は酷く不自由 ―― )
 思考が中断。土壇場で何かが頭をよぎる。
(不自由? 待てよ。なんでオシリスなんだ?)
 2つの事実が頭の中でぶつかり合っていた。オシリスは召喚者に節制を強いる⇔アブソルは無軌道な決闘者。対立。現実と本質が食い違う。
(おかしい。準決勝で召喚した "神" の方があいつのデュエルスタイルに合っている。ミツルと遊びたいなら決勝はオベリスクの方が ―― )
 土壇場で違和感が連鎖する。 "ファントム・オブ・カオスで神を映すこと自体おかしくないか?" "アブソルの性格ならなるだけホンモノを喚ぶんじゃないか?" 
 異様な寒気がリミッツの背中を走り抜け、
「ミツル! 早く決着を付けろ! ミツル!」
(なんだ)
 ミツルが戸惑っていた。目の前に広がる光景に。
(この構図。初めて見る筈なのに見覚えがある。なぜ ―― )
「いわゆる人類の目に映る自然の景色。それは "そこにあるもの" だ」
 アブソルは知っている。その景色が何なのかを知っている。
「しかし決闘者にとって景色とは! 名もなき荒野に決闘者達が積み上げた札の山! 高みと高みが混ざり合ったその先にのみ存在する!」
「決闘は自然を超える不自然。俺達の……」
「違う! この景色の中にはきみしかいない!」
「……!?」
「言った筈だ。この決闘のタイトルは既に決まっている!」
 ミツルの脳裏に閃光が走る。アブソルが発した問いかけに対し、ミツルは "三幻神VS三幻魔" と即答した。もしその回答が間違っているとしたら? 天地咬渦狗流の決闘者へ向けたメッセージ。もう1つの可能性がミツルの言語野を刺激する。
「そうか。そういうことか。この決闘のタイトルは!」


DUEL EPISODE 48

天空竜VS地縛神


「きみとの決闘ならそれしかないだろ」
 天地神妙に懸けて。アブソルは天地を指さし、高らかに言った。
「天地咬渦狗流の決闘観は文字通り "天" と "地" で構築されている。そしてきみは準決勝で空を飛んだ。伊達や酔狂で飛んだのか。違う。観客にウケたくて飛んだのか。違う。それは渇望だ。天への飽くなき渇望! ミツル・アマギリは単に飛びたかったから飛んだんだ!」
「……!!」
「そしてすぐ降りてきた。きみが求めた空への在り方はウリアであり、その先にある可能性 ―― 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)なのに、現実のきみは有り難くもオシリスだ。自分の限りある "時" を無為に吸わせ続けている!」
 突然、天空竜が唸りを上げた。ミツルを煽るかのように。
 そしてアブソルは手を伸ばし、地縛神 Ccapac Apuへと指を差す。
「天空竜が "時間" の中に縛り付ける一方、地縛神は "空間" の中に決闘者を縛り付ける。知っている筈だ。神の力とは人間を不自由にする」
「この天地の構図。この構図は……」
「そう。きみの決闘人生そのものだ」
「…………!!!!」
「ミツル! あいつの話を聞くな! あいつはただ苦し紛れに詭弁を弄しているだけだ! さっさとケリを付けるんだ!」
 潜行者の体裁を投げ捨てて。リミッツが声を大きく荒げるが、当のミツルはアブソルの話に聞き入っていた。聞き入らざるを得なかった。
「今更そんな、豪華なジオラマ遊びで何をしたい」
「1つ提案がある。是非聞いて欲しい」
 アブソルが言い放つ。さも愉快げに。
「オシリスの天空竜の攻撃力は6000。そして地縛神 Ccapac Apuの攻撃力も同じく6000。丁度良いとは思わないか?」
「丁度良い? まさか神同士を……」
「 "対消滅" させるんだ」
「!?」 「!?」 「!?」
『アブソル選手が何かをほざいているううううううう!!』
「いくらなんでも寝言が過ぎる」
 アブソルの発言は8割方西部市民に伝わっていなかった。それでも対消滅を勧めているとかろうじてわかった途端、ブーイングが鳴り響く。 "ふざけるな" "バカも休み休み言え" "決勝戦を冒涜するな" "真面目に ――
「僕はいつだって大真面目だ」
「そんな提案におれが乗ると思っているのか。高度な自殺を演出したいなら《地縛霊の誘い》でも伏せるべきだった。何もメリットがない」
「あるさ。きみを縛っている神を殺せば中央にも勝てる」
「!!」
「この西部では半ばなかったことになってるが……今を去ること5年前 ―― TCG歴73年に開催された東西南北中央交流戦(ワールド・クロスファイト)。ゴゴゴジャイアントからのホープレイ・ソードで地縛神を一刀両断に斬り裂き、アームズエイド・キックできみを二階席まで景気よく蹴り飛ばす。当時14歳の現中央十傑、あのディムエル・フールマンにも勝ちうると言っているんだ」
「神を殺してなぜ勝てる!」
「概念の鎖がぶっ壊れるとき、巨大なエネルギーが生まれる。それこそが脱構築型デッキ構築。中央の決闘狂人を倒せるとしたら、神ではなく人の力だ」
「人の力……」
「及ばなかったのは才能ではない! きみの凍り付いた時間は虚像の破壊によって雪解けの時を迎える。現在進行形の決闘へと! 時計の針が進み出す!」
「わけのわからないことを!」
「いいやきみはわかってる!」
「ミツル、挑発に乗るな!」
 痺れをきらしたか。リミッツが間に割り込む。
「オシリスを維持する為にあいつは手札を残している。神同士が相討ちになるなら、自分の方が有利になると踏んでいるんだ」
「実は余力がないんだ。いやホント」
 アブソルはしれっと言ってのける。事実、アブソルの手札に余裕はない。サンダー・ドラゴン2枚を含めた張り子の龍でできていた。
「僕に二心なんてないよ。きみのことが心配なだけなんだ。虚像なんてぶっ壊そう。心のガンドラを今一度解放するんだ。そしたら……」
 天に向かって両手をかざし喜々として言った。
「僕と一緒に世界へ行こう」
「……!」 「……!!」
(そういうことか!!!)
 青天の霹靂。リミッツが唇を噛み締める。
「あいつ、あいつの本当の目的は……」

 ―― 僕はきみを吸い込みに来た

「ミツルを引き込むつもりで、最初から!」
 リミッツが苦虫を噛み潰す一方、ミツルは絞り出すようにつぶやく。
「その提案を呑むことは……Team Earthboundを棄てるに等しい」
「だから良いんだ。今のきみでは天井の向こう側にはいけない。ハーネスへのきみの義理立てがどれだけ重いものかは知らない。さして興味もないから語ってもらわずとも結構。だが1つ。ハーネスの、そしてリミッツ・ギアルマの野望に付き合ったところで夢物語だ。そのカードを握って腐り果てれば亡霊が地獄で喜ぶのか」
「カードあっての決闘者だ!」
「決闘者あってのカードだ!」
 退かない。待ちに長けた店長は大地に根を張っていた。
「それでもきみが天空竜との対決を避け、こそこそダイレクトアタックするならもう止めはしない。ファロの時のように精々怖じ気づけばいい。自分の本性から目を背けたまま天を目指し、途中でのたれ死ぬのもまた一興」
「言いたい放題だな」
「5年分の言葉だ。さあきみはどうしたい!」
(おれの目的? この試合の勝ち負けは……)
 身体の内側で言葉が錯綜する。次に行く為には勝たなくてはならない。しかし天空竜を避けて勝つことは……勝つことは……
(おれが弱くなれば何も叶わない。強くなるには……)
 西部を一瞥。在るのは天地。極限まで巨大化を遂げた天空竜と地縛神。
(全てを消し飛ばしてしまえばおれはおれに戻れる。ハーネスと、バルートンと、みんなと一緒に闘ってた頃のおれに ―― )

 ―― 泣くなよリミッツ。何も終わっていない

 ―― ハーネスが最期に握っていたカードは霧の王だった

 ―― この西部には秩序という霧が必要なんだ! 頼む!

「……(うそ)から出た(まこと)ってのもあるだろ」
「……!」
『ミツル選手の身体から……デュエルオーラが……』
「広告塔になってそれらしくするのも、CMで知らない商品を宣伝するのも、デュエルモデルになってポーズを取るのも、決闘の参考書を書くのも、何もかもが性に合わなかったさ。それでもデッキから引き続けてきた。おれの虚構(うそ)に嘘はない」
「違うな。三幻魔と共に消え去ったんだよ。きみの過去(しんじつ)は!」
「ならば引き戻す! 《異次元からの埋葬》を発動!」
「……!?」
『あぁーっとミツル選手、バトルフェイズに直行せず《異次元からの埋葬》を発動』
「バカな!」
 相棒のリミッツが狼狽する。
「なぜ一直線に勝利を目指さない」
 ミツルはその諫言(かんげん)を敢えて無視。前方に向かって問いかける。
「アブソル! おれに混沌幻魔は荷が重い! そう言ったな!」
「天を夢見て地に囚われ、半端に生きてるきみにはな!」
「それだとしても ―― このデッキを組んだのはおれだ!」
「……っ!」
『ミツル選手乱心! 一体どこに向かっているのか!!』
「行き先はデッキに聞いてくれ! 除外した1枚目の暗黒の召喚神を墓地に戻す。そしてこの瞬間、合計3枚の暗黒の召喚神が墓地で効果を発動。デッキから幻魔皇ラビエル・神炎皇ウリア・降雷皇ハモンを手札に!」
「三幻魔をもう一度!? 今更召喚もないだろうに」
「ああ。ないさ。それでいい。それでもいい。墓地から《幻魔の背教者》×2を発動。手札からハモン・ウリアを墓地に送り、デッキから2枚をドローする!」

幻魔の背教者(通常魔法)
?デッキまたは墓地から「幻魔皇ラビエル」「神炎皇ウリア」「降雷皇ハモン」の内1枚を手札に加える
?墓地からこのカードを除外し、手札から「幻魔皇ラビエル」「神炎皇ウリア」「降雷皇ハモン」の内1枚を墓地に送る⇒カードを1枚ドローする

「今までのおさらいか! ハモンとウリアを踏み台にきみは今更何を求める!」
「 "この世に必要なものは何もない" 」
「!」
「……おれは……おれは!」
 炎と雷を呼び水として、大きく拡げた両手のデュエルオーブから黒い霧が吹き出した。渦を巻きながら決闘置換。霧の巨人へと成り代わる。
『き、霧の幻魔皇が立ち上ったぁっ!』
「《アンティ勝負》を発動」

アンティ勝負(通常魔法)
それぞれ手札からカードを1枚選択し、お互いにレベルを確認する。
レベルの高いモンスターを選択したプレイヤーのカードは手札に戻り、レベルの低いモンスターを選択したプレイヤーは1000ポイントのダメージを受け、そのカードを墓地へ送る。
モンスター以外のカードを選択した場合はレベル0とする。同レベルの場合はお互いにカードを手札に戻す。


「そんなものまで積んでいたのか!」
「おれが選択するのは幻魔皇ラビエル!」
「僕が出せるのはサンダー・ドラゴンだ」
「ならば効果適用! 《サンダー・ドラゴン》を墓地へと送り、アブソル・クロークスに1000ダメージを与える!」

アブソル&ファスト:4300⇒3300LP
ミツル&リミッツ:800LP

「3枚目の《闇の誘惑》を発動。デッキから2枚引き、《幻魔皇ラビエル》を除外する。モンスター・カードを守備表示でセット!」
「大山鳴動して壁一体」
 迷宮師ファストランドが首を傾げる。
「一体全体、何をしようと……」
「おいおい正気か」
 アブソルが苦笑い混じりに指摘する。
「パワー・ウォールで墓地に送ったカードをさ、確認してごらんよファストランドくん。あるだろ。約1枚めぼしいやつが!」
「ま、まさかあのカードを!? しかしこの盤面では喚ぶ術が!」
「悪魔族使いなら(たしな)んでる筈だ。三幻魔を生け贄に地縛神を墓地から喚べるカード。あれがあればさー、今さっき出した壁をサクって墓地からあいつを喚べるんじゃないのか」
「まさか! まさかあのカードを!」
「仮にも混沌幻魔のデッキだぞ。そうそうお上品なわけないだろ!」
 ミツル・アマギリはいつだって手を伸ばす。それが遙かなる大空であろうと、過ぎ去った死者の世界であろうと、
「俺達は、俺達は勝つ!」

 "Magic"

 "Banish"

 "Reborn"

「《冥界流傀儡術》を発動!」

冥界流傀儡術(通常魔法)
自分の墓地に存在する悪魔族モンスター1体を選択して発動する。レベルの合計が選択したモンスターのレベルと同じになるように、自分フィールド上に存在するモンスターをゲームから除外する。その後、選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。


「きみのそのカード、第一希望の使い道は……」
「察しの通り、レベル10の三幻魔でレベル10の地縛神を喚びたかった」
「三幻魔でこじ開けられない壁を前にした突破口。きみのデッキは、愉快だね」
「おれは貴方と戦ってみたかった」
「……!」
「三幻神を目の当たりにしたときは胸が躍った」
「ああ、そうか。そうだったんだ。きみは少年の心を忘れてはいない」
「ご覧の通りおれにその資格はなかった。混沌幻魔はもうおれに応えてくれない。そうであっても……、そうであっても……!」
「そうだ。このデッキはきみが組んだデッキだ」
「《冥界流傀儡術》の効果! 裏側守備表示の《終末の騎士》を除外して《E−HERO ヘル・ゲイナー》を墓地から表側守備表示で特殊召喚! 効果発動。このヘル・ゲイナーを未来へと飛ばし、地縛神 Ccapac Apuは1ターンに2回攻撃が可能となる!」

E−HERO ヘル・ゲイナー(1600/0)
自分のメインフェイズ1にこのカードを除外⇒自分フィールド上の悪魔族モンスター1体1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる(中略)
[効果] [4] [闇] [悪魔]

『辿り着いたぁぁぁっ! この西部でただ1人! 天上天下に唯一無二! ミツル・アマギリはこの未来絵図を描いていたぁーーーーーっ!!』
 そしてこの時、アブソルは驚嘆の想いで語気を高める。
「巨大化した上で2回攻撃! 総攻撃力12000! 混沌幻魔アーミタイルを…… "全土滅殺天征波" を上回るというのか!!」
『アンティ勝負の効果によりアブソル選手の手札は1枚減っています! オシリスの天空竜の攻撃力は1000減って5000!』
「天空竜を地縛神で殴り倒す。あんたも倒す。それがおれの回答だ」
「地で天を討つ!? きみは、己の道を全うするために自分の好きな空をも……」
「半端に空を飛んで……、立ち位置が浮ついてるから決闘が浮つく。そうしていつの間にか弱腰になる。だからおれはここに(くさび)を打ち込む」
「混沌幻魔を、破壊竜ガンドラを、かつての自分を失っても、 "紙一重の完勝" を失う気はさらさらないか。きみの意思というものを捉え間違っていたようだ」
 辿り着く。アブソルが解答に。
「フィールド魔法の使い手は依存が強い、なんて俗説がある。依存とはある種の欲望……しかしきみの人生には物欲というものが感じられない。有り余る預金に手を付けた形跡が見当たらなかった。才器の割に欲の薄い人間。そう思っていた。だが、」
「今のおれを動かしているのは義理や人情じゃない。ただの欲望だ! バトルフェイズ! 地縛神 Ccapac Apuでオシリスの天空竜を打ち砕く!」


天地咬渦狗流 八十八の拳

巨人の拳(ギガンテス・ナックル)


『地縛神の左拳がオシリスの顎に炸裂! 木っ端微塵に打ち砕く!』
 一撃。天を制圧していた深紅の神龍が一撃のもとに砕け散る。
「きみは、とうに知っていたんだね。生まれつき欲が薄いからこそ、唯一芽生えた昔の欲望を後生大事にしている。この世に必要なものが何もないから」
嗚呼(ああ)彼は、思い出を胸に引き続けているのか)
「前言撤回だ。きみの昔話を聞いておけばよかった」
「あの日の思い出があれば戦っていける。おれのカードはいつだって現実だ。おれは虚構(うそ)を嘘にはしない。(うそ)から出た(まこと)を掴む!」
 漆黒の巨人が唸りを上げた。巨躯から瘴気が滲み出る。
『地縛神の黒い瘴気が! 天を覆うほどの霧と化している!』
「そうか」
 アブソルの両手はうっすらと微笑んでいた。
「きみは西部を覆う虚構(きり)の果てから真実(しょうり)を掴み取ろうと。だから!」
『地縛神 Ccapac Apuには右の正拳が残っているぅっ!!』
「アブソル・クロークスにダイレクトアタック! おれは ―― 」

 ―― おれが全てを継ぐ。今日からおれは……

天を霧で満たす者(ミツル・アマギリ)だ」


天地咬渦狗流 九十九の拳

天霧の拳(アースバウンド)


アブソル&ファスト:3800⇒0LP
ミツル&リミッツ:600LP

『ダイレクトアタックが決まったぁぁぁーーーっ! 激戦を制したのはTeam EarthBound! 前人未到の五連覇! おめでとう!』
「ミ・ツル・! ミ・ツ・ル! ミ・ツル・! ミ・ツ・ル! 」
「ミ・ツル・! ミ・ツ・ル! ミ・ツル・! ミ・ツ・ル! 」
「ミ・ツル・! ミ・ツ・ル! ミ・ツル・! ミ・ツ・ル! 」

「……」
 試合が終わると共に。リミッツは声を掛けようとした。そしてやめた。
「……」
 ミツル・アマギリは澄み切っていた。そして同時に濁ってもいた。
「……100年程前のお話だったかな」
 アブソルが口を開く。仰向けになって地に伏したままで。
「昔々あるところに退屈な男が生きていました。そう。僕は空っぽだった」
 アブソルは両手を開いていた。いつだってその穴は開いていた。 
「ある日僕は決闘という概念を知った。1人では成立しないその不自由な世界が妙に自由で心地良かった。人の心がわからぬせいかね、下手ではあったが時間は十分にあった。あの虚ろな男は……自分に空いた穴を埋めたくてひたすらに吸い続けた」
「あんたは」
 ミツルもまた口を開く。いつだって穴は開いていた。
「あんた自身が巨大な空洞なんだ。だから吸いたがる」
「きみにはね、あの日の僕と同様に虚しさを味わって欲しかった。天も地もない虚しさの中で己の欲を自覚して欲しかった。でもきみは既に欲望と生きていた」
「……おれはみんなが言うほど立派じゃない。おれがそうしたいと思ったからそうしている。あんたのおかげでそれを改めて自覚した」
 笑った。仰向けのままのアブソルがじんわりと笑う。
「天地を兼ね備えたきみほどの決闘者が……見果てぬ天を仰いで地を這う道を歩み続ける。龍にも悪魔にも翼があるというのに」
「未練だって欲望になります。完成しないパズルのように」
「振り切った心で煮え切らない生き方をするってわけだ」
「当時も、そして現在(いま)も、Earthboundを維持するにはそういう営みが必要でした」
「西部の英雄としての体裁を繕いながら、世界の中心にひと泡吹かせるか」
 くつくつと笑うアブソルに対し、ミツルは少し考えて告げる。
「次があるなら……今度は勝つ気で、おれを殺す気でカードを引いてください」
「それはどうだろうね」
「……?」
「きみの願いがもし叶うとしたら ―― 西部の歴史そのものが大地に縛られなくなったその時かもしれないね。オシリスを殺した経験がいつかきみを活かすと願っている。忘れないで欲しい。天はいつだってきみのそばにある」
「……」
「百年前の誰かさんのように、きみが1人ぼっちにならないことを祈っているよ」

                 ―― 通路 ――

「果たして収穫があったのかなかったのか」
 激しい闘いから10分ほど経っただろうか。吸収店長アブソルは迷宮師ファストランドと共に渡り廊下(ドラゴンロード)をテクテクと歩いていた。
「ファストランドくん、きみの誘いに乗った形だがあれで良かったのかな」
「さあどうでしょう。決闘というものは次のカードを引いてみないことには」
「僕もきみも色々考えてるようで案外行き当たりばったりだからな……ん?」
 足を止めた。目の前に何かいる。禍々しいオーラを放つ何者か。
「随分な殺気だが……きみは何者だい?」
「誰だろうね。とりあえずさっきまでは売り子やってた」
 女だった。長い髪と赤い瞳を持つ余裕のない女だった。
「僕に何か用かい?」
「三幻神を観てたらなんか頭がおかしくなったからさ、心当たりない?」 
「心当たりと言われてもな……。神とは人をおかしくするものだが、それで責を問われても少々困る。仮に召喚者のせいだとして、この僕にどうして欲しいんだい?」
 その女、アリア・アリーナの次の一言は苛烈な響きを帯びていた。
「私と決闘しろ」
「売り子が勢い余って決闘を売りに? その割には決闘盤が見当たらないけれど」
「私と……決闘してください」
 一言目にあった苛烈な響きが立ち消え、妙に弱々しい語気だった。
「んー。僕はそこそこ不死身で通ってるんだが、喧嘩はそんなに強くないんだ。カードを持ってきてもらわないと御期待には添えない」
 軽やかに躱すアブソルに対し、アリアの息は徐々に荒くなっていた。何もかもに余裕がない。壊れかけのラジオのように断片的に言葉を再生する。
「……私は "お母さん" を継ぐ為に生まれた。なのになれなくて、"お母さん" は私に決闘を禁じてあの世にいった。なのに私は決闘を捨てきることができない。私は、私はあの時の私を取り戻したい。なのに、なのに私は自分が何者かわからない!」
「はて」
 迷宮師ファストランドが首を傾げる。
「思考の迷宮に迷い込んだようですが」
「……そうか。きみもそうなのか」
 アブソルがアリアに向かって手を伸ばす。
「……己を知りたいなら手を伸ばすと良い」
 迷えるアリアもまた手を伸ばし、2人の手が触れあった。次の瞬間、 "最古の晩餐(サイコ・イーター)" アブソル・クロークスの脳髄にアリアの記憶が流れ込む。
「ああ。そういうことか」
「……何がわかるの?」
「いろいろさ。きみの母親とはほんの少し付き合いがあった。決闘に魅入られ、決闘に全てを捧げてしまう、怖くて(たの)しい決闘狂人の鏡だった」
「そうだ。決闘に……全てを……私と……決闘……」
「僕とミツルの決闘を観て自分の本性を抑えられなくなったんだね。可哀想に」
「アブソルさん、彼女はひょっとして……」
「ああそうさ。きみとて知っている筈だ。中央十傑 "狂聖女" マリア・シュナイゼンの忘れ形見とは中々そそられる響きだが……」
 アブソルは握手の手を離すと、突然アリアの顔面を右手で掴む。
「……っ!?」
 アブソルの手の平からはオーラが溢れていた。突然の事態にアリアはジタバタと藻掻くが、すぐに諦めうなだれた。
「残念なことに、発作的に決闘を求める今のきみではダメなんだ。僕の穴の中に無限に落ちてしまう。それではダメだ。僕が死ねない」
「あ……あぁ……あ……」
「僕の "力" はそこまで便利でもないんだが、今のきみは酷く脆いから」
「アブソルさん。彼女に一体何を?」
「心の中に逃げ道を作って、ほんの少し今日の記憶を曖昧にした」
 施術は十数秒で終了した。自失したアリアがその場に倒れ込むと、アブソルは静かに手を閉じて、隣のファストランドに後始末を依頼する。
「得意の変装でもなんでもいいから、適当な方法を見繕って彼女を家まで送り出してくれ。そのくらい労働してもバチは当たらないだろう」
「何を求めていらっしゃるのですか?」
「決闘とは相手があって成り立つものだ。ミツルでもいい。他の誰かでもいい。きみが "僕じゃない誰か" に出会い、目覚め、1人の決闘者として僕の前に立つことを願っているよ」
 アリアの残骸を横切ると、1人で自分の店へと帰還する。
 たった一言、言い添えて。
「僕を1人にしないでくれ」

       ―― Team FULLBURSTの倉庫(TCG歴83年現在) ――

「当時から思ってたことが1つある」
 時は現在。全ての記録を閲覧し終えると、出し抜けにリードが何かをほざく。
「おれさ、昔よりもさ、ミツル・アマギリってスゲーやつだって思ってんだ。西部の決闘者ってスゲーやつがいっぱいいて、その中でも一等賞であり続けるとかスゲーだろ」
 その場にいた他の4人、ラウ、テイル、パルム、ミィは揃って唖然とした。特にラウとミィはバカにする気持ちを隠そうともしなかった。
「そう思ってなかったのはおまえぐらいだ」
「逆に凄いですよねその思い上がりっぷり。ふざけてる」
「そうそうそのふざけた思い上がり……おいちょっと待てミィ。言い過ぎだろ」
 隣ではテイルが爆笑していた。言葉のパンチをしこたまもらったリードは言葉に窮し、付き合いの長いパルムに助け船を求めるが、
「謝んなくていいよミィ。鉱山掘って一発当てれば億万長者になれるだろレベルでバカだと思ってたけど、本当にバカだったって話だし。この人ホントにどうしようもないから」
「おまえら大将を敬う気全くねーな……」
「そらねーだろ」
 テイルが軽口を叩く。
「そんな発想でチームを選ぶなら真っ先にココは外してる」
「それを言ったら身も蓋もねーだろ……」
「なら大将。ミツル・アマギリをより詳しく知ったところで今日の感想を一言」
「あ?」
「明日につながる名言の1つでも吐いてくれよ」
 全員の視線がリードに集まる。こういう時はみな足並みを揃え、無言で待ち構えていた。リードは一回ゴホンと咳払いすると、たどたどしくも何かを言おうとする。
「んーまあ……あれだな……ビデオに付いてるアブソルの御丁寧な注釈もあって改めて色々わかったし、まあなんつーか積もる話も色々あるわけだが……」
 (かしこ)まった態度など長くは続かない。リードは体裁をかなぐり捨てる。
「あーあれだ。改めて言いたい! いや言わせろ!」
 リードは息を大きく吸って、単刀直入に力説した。
「おれはミツル・アマギリが嫌いだ!」
「「「「言うと思った」」」」
「一切合切ぶっ倒すぞおめーら!」


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。一部ルールが怪しいのですがもうそのまま勢いでいきます
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております。


□前話 □表紙 □次話







































































































































































































































































































































































































































































































































































































 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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