―― TCG歴73年(10年前) ――

 少年が廃墟で遊んでいた。先日14歳になったばかりではあるものの、生きる芸術として完成されつつあった美少年。彼は決闘(デュエル)を知っていた。左腕には 決闘小盤(パルーム) を装備し、右手にはカード・ユニットを携える。その在り方は既に超一流のそれだった。
 満を持して。少年は1枚のカード・ユニットを 決闘小盤(パルーム) へと装填。天真爛漫な声を響かせながら、 決闘盤(デュエルディスク) をぶん投げる。空へ、空へ、大空へ。
「いけ! 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)!」
 灰色の空を黒龍の両翼が斬り裂いた。 "可能性" を象徴する黒い龍。その全体像は磨き抜かれた黒曜石のように黒く輝き、
「黒炎弾!」
 見果てぬ天へと唸りを上げて。必殺必中の火炎弾が並み居る敵を焼き尽くす。真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラック・ドラゴン)の雄姿は壮観だった。黒い瞳を輝かせ少年が廃墟を駆け回る。
 1人で。ミツル・アマギリは1人だった。
「もう少し張り合いが欲しいかな……」
「フォォォッッッフォッフォッフォッフォッ!!」
「……っ!?」
 愚痴を(こぼ)した少年の背後からクセの強い笑い声が響き渡る。すわ何事かとその場で振り向くと、少年の目の前にはやんちゃな老人が立っていた。
「無限の可能性も1人では(ひら)くまい」
「ハーネス爺ちゃん」
 "ハーネス" と呼ばれた老人がニヤリと笑う。79歳と高齢ではあるもののの、そのパープル・アイズは未だ野心に燃えている。
「なあミツルよ、決闘は好きか?」
「好きだよ」
「ワシはのう。理由を聞くのが好きなんだ。なぜじゃ?」
 ミツルは少し考えると、空を仰ぎ見てハーネスに告げる。
「決闘は "空" をくれるから。空があるから龍は飛べるんだ」
 そこからもう一つ付け足す。悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「OZONEより下なら問題ないから」
「OZONEか。このデュエルシステムはなるほど傑作。しかしこのOZONEとて、しかるべき大地があってこそ真に輝くというものじゃ。我が義子(むすこ)たるおまえに問おう」
 ハーネスが人差し指を天へと突き刺す。
「OZONEの上に興味はないか」
「OZONEの……上?」
「世界には天井がある。あの目障りな天井の上に立つのじゃ。さすれば "大好きな空" とて幾らでも掴み放題。慎ましく飛ぶのではいかにも窮屈!」
 意気揚々と語るハーネス。その瞳はゴウゴウと燃えていた。
 ひらめき。何かを察した少年が眉目を寄せて問いかける。
「爺ちゃんはさ、おれに何を言いたいの?」
「才ある若者に未来を託したいのじゃよ。ワシはもう老いた。決闘盤もろくに投げられん。我が美しき人生もそろそろ終幕……しかしフィナーレにはまだ早い!」
 紫色の瞳がギラリと光る。
「天と地に絶対の境界はない。いつだって空とは ―― 集合的無意識の中で漫然と空なのだ。ならば我らはあの空に、あの "中央" の連中に目に物見せてくれようぞ。その為の "新型" も既に描き上げ、当局の認可も無事降りた。ならばこそ、必要なのは西部の象徴たる新型を ―― "地縛神" を継ぐ次代の決闘者(デュエリスト)達。それこそが ―― 」
 白昼の激高。手持ちの杖を天まで振り上げ、大地を大きく打ち据える。
「必要なのだ! この西部には何もかもが必要なのだ。何もかもを備えた、西部の象徴たる完全無欠の決闘者が必要なのだ。ミツルよ、英雄になりたくはないかね」
「エイユウ?」
「無論、物には順序がある」

 第1段階、蘇我劉邦亡き後のトーナメントシーンに彗星の如く現れ西部の王者となる

 第2段階、王者の名の下に(ちまた)で暴れる暴引族を駆逐して決闘文化の向上を果たす

 第3段階、(おご)り高ぶる中央決闘界に勝負を挑み、蘇我劉邦の屈辱を上書きする

 そして ――

「世界一になる。どうじゃ?」
「……っ!」
 一陣の風が吹き抜けた。自覚する。己の中に何かが宿ったことを自覚する。
「面白そうだよ、ハーネス爺ちゃん。デッドエンドやファロとは前々から決闘したかったし、暴引族の連中には借りがあるし、何より世界一って響きが良い」
「そう言ってくれると思っとったよ」
「それでさ、新型カードってのは?」
「残念だが今はまだテスト中じゃ」
「それじゃあ遅いよ、爺ちゃん……」
 綺麗に整った眉がほんのりと歪んでいた。不満の表明。少年は素直だった。そしてハーネスもまた素直と言い得た。悪戯っぽい笑顔を再度ニッコリ浮かべてみせると、顔を(しか)めたミツルへと1枚のカード・ユニットを差し出して、
「代わりに今日はこのカードを渡そう」
「……悪意ある魂(マリシャス・ソウル)?」
「悪魔族御用達のサポート・カードじゃよ」
「悪魔族は独立独歩でできてるよ」
「そうじゃのう。しかしじゃ。2回攻撃の《E−HERO ヘル・ゲイナー》、あるいは生死交換の《冥界流傀儡術》ぐらいでは飽きが来る」
「おれは結構楽しんでるけど、あればあるほど良いのは同感だ」
「自分の墓地にレベル7以上の悪魔族が存在すること、それを条件とするカードじゃ。2種類の効果から1つを選んで発動する。今のおまえさんの決闘にピッタリじゃろうて」
「ありがとう。大事にするよ」
 ミツルの言葉に悠然(ゆうぜん)と大きく(うなず)くと、ハーネス・アースバウンドはもう一度、己の杖を天へと振り上げる。 "アーカナイトの杖" は天井の向こう側を指していた。
「我々こそがTeam Earthbound! 英雄譚の始まりじゃ!」

       〜EarthBound伝説 "知られざる真実" より抜粋〜


DUEL EPISODE 47

三幻神VS三幻魔


           ―― TCG歴78年(5年前) ――

「……こんなおとぎ話で良かったか。一夜漬けの情報収集で難なんだがね」
 TCG歴73年の出来事を記したEarthBound伝説 ―― "知られざる真実" の内容をざっくり要約し終えると、吸収店長アブソル・クロークスはしばし天を見上げていた。クイラスタジアムのド真ん中、星々煌めく夜空の絶景を堪能しながら、大の字になって倒れたままで。
「久々に良いパンチを味わえた」

  Turn 10

 土手っ腹に衝撃波の余韻(よいん)が刻まれていた。西部を荒らす奸雄 ―― アブソル・クロークスを容赦なく大地にめり込ませる、圧倒的なまでの衝撃波。
 5分。
 決闘が始まってからほんの5分しか経っていないが、その "一撃" は流れを変えるのに十分なインパクトを有していた。実況が高らかに声を張り上げる。
天地咬渦狗流(てんちこうかくりゅう)奥義 "天界蹂躙拳(てんかいじゅうりんけん)" 炸裂!』
 沸き上がる歓声。土手っ腹にめり込んだのは寝耳に水の豪拳一発! 完全無防備(ノーガード)状態を戒める左の正拳。衝撃波を逸らす間もなく後方へと吹き飛ばされ、ライフポイントの1/3が消し飛んだ。Team Earthboundがオープニング・ヒットを叩き込む。

アブソル&ファスト:12000⇒8000LP
ミツル&リミッツ:12000LP

「ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル!」
 クイラスタジアムの決闘興奮指数(デュエル・ボルテージ)は既に最高潮だった。数万の瞳に直接訴える強烈な一撃。せわしない観客達がものの数秒で(たか)ぶり、一斉に声を張り上げる中、
「素朴な疑問」
 アブソル・クロークスは揺らがない。
「そもそも "ミツル・アマギリ" とは何なのか」
 アブソルの大脳は豪拳を喰らえど揺らがない。
「きみは、そう、きみはハーネス・アースバウンドに召喚されて英雄への階段を登った。そういうおとぎ話で良いんだよね、ミツル・アマギリくん」
 不敵に微笑むアブソルの数十メートル前方 ―― デュエルフィールドの対岸には西部の英雄ミツル・アマギリが燦然(さんぜん)と立っていた。必殺必中、天地咬渦狗流の構えを一旦解くが、その佇まいに油断の類は微塵もない。
「……それで合ってる。西部の変人ハーネス・アースバウンドに見出され、おれはEarthBoundのミツル・アマギリになった」
「その "EarthBound" の象徴とやらが "あんなもの" を喚ぶとはね」
 (きり)がある。闘技場の西側には黒い霧がはびこっていた。 "大規模大会決勝戦" という晴れ舞台に禍々しい瘴気が入り混じり、その中心に "あんなもの" が我が物顔でそこにいる。 "天界蹂躙拳" を繰り出した左の豪拳を一旦戻すと、威風堂々、巨大な何かが聳え立つ。
「大きい "力" だ」
 小柄なアブソルが天を仰いで感嘆する。巨人。そして悪魔族。その強靱な肉体は深い深い群青色に染め上げられ、観る者全てをその威圧感で戦慄させる。何もかもが規格外。
 興奮した観客達が口々に騒ぎ立てる。
「なんという迫力! 五臓六腑を直撃だ!」
「ミツルさんのずば抜けたデュエルオーラが超最上級をこうも軽々と!」
「勝利している! スタジアムに集った3万人の観客達から勝利を徴収していると言っても決して過言ではない! なんたるプレッシャー!」
「ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル!」
 観客達の畏怖と憧憬に気を良くしたか、堅固なる霧の巨人が全身から瘴気を噴出する。悪魔族最高戦力を名乗っても決して過言ではない魔界の重鎮。
 その名は、


Raviel, Lord of Phantasms!!


『ジリジリとした閉塞感! 打ち破るのは問答無用の必殺拳! 強烈な先制パンチを決めたのは我らがTeam EarthBound! クリッターと焔トークン2体を生贄として超最上級が電撃参戦! 幻魔皇ラビエル、堂々降臨!!』

幻魔皇ラビエル(4000/4000)
@悪魔族モンスター3体をリリースした場合のみ特殊召喚可能
A1ターンに1度、自分フィールドのモンスター1体をリリースして発動⇒ターン終了時まで、このカードの攻撃力はリリースしたモンスターの元々の攻撃力分アップする。
B相手がモンスターの召喚に成功した場合に発動⇒自分フィールドに「幻魔トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守1000)1体を特殊召喚する(※攻撃宣言できない)
[幻魔] [10] [闇] [悪魔]


「魔界に()む幻の皇」
 アブソルがボソリとつぶやいた。大の字に倒れたまま疑問を呈す。
「幻云々という看板の割には拳が重い。幻に実態はないんじゃないか?」
 難癖じみた疑問に対し、
「重くて当たり前です」
 ミツルの言葉に揺らぎはない。
「気体は液体になり、液体は固体になる」
「なるほど。なら "幻体" とて凝固すれば堅くなる。南部の決闘神学者ヘンゼル・アートマン曰く "幻と無は似て非なる"。 いいねいいねー、君の霧は堅いのか」
「……西部決闘界に挑戦状を叩き付けるなら、最初に1つ言っておく」
 ミツル・アマギリの文法から敬語が消える。決闘無礼講の原則。古来より伝わる 『正々堂々対等の立場から敬意を持って情け容赦なく叩き潰すべし』 の戒めに則り、ミツル・アマギリがデュエルオーラに殺気を込める。
「おれの(カード)は現実だ」
「Fantastic! 浪漫の結晶体と言うわけだ」
『立ち昇っていく! ミツル選手のデュエルオーラに惹き付けられて、幻魔皇の黒い霧が西部決闘界を覆い尽くしていく! なんという濃度!』
「それでいい。むしろそれがいい」
 幻魔皇(ミツル)の黒い霧が闘技場を包み込む一方、アブソルは未だ伏していた。
「札は札だけで美味しくなるわけじゃあない。使い手の魂が伴って初めて美味い」
 アブソルの言葉にはある種の "吸引力" が備わっていた。吸収店長アブソル・クロークスの言葉は砂漠の流砂のように聞き手を引き込む。
「超最上級、攻撃力4000、守備力4000、2つの能力……しかしそんなものは書かれた文字でしかない。そうだろう?」
「……」
「我々が愛してやまない幻魔皇ラビエルとは! "問答無用" をその身で体現する暴力的決闘概念。この世の何も恐れない理不尽な暴力!」
 何かが始まった。アブソルがゆっくりと立ち上がる。
「僕達はいつだって、求め焦がれて来たんだ」
 両手を大きく拡げる。穴へと誘うように。
「果敢な先制攻撃は結構なことだが、こうも気前良くていいのかい? 準決勝での "放出" を警戒して先にライフを削ったんだろうが、 "吸収" の方が先に来たら困るんじゃないかい?」
「多少の警戒はしている」
「多少? それで足りるか ―― 」
「この決闘、貴方の武器は《サクリファイス》じゃない」
 撥ねつける。重低音の言葉が穴蔵への誘いを撥ねつける。若干二十歳にしてEarthBoundの大エース、ミツル・アマギリの言葉は静かに重い。
「貴方は準決勝で "神" を召喚した。あれは俺達への挑発。そこまでやる貴方なら、決勝は "神" の召喚に…… "吐き出す決闘" に寄せてくる」
「そこまで言い切る根拠は?」
「貴方はそういう人だ」
 迷いなき断言がグッと言葉を重くした。並の人間なら気圧されるほどの威を持つが、吸収店長は笑みを浮かべて咀嚼する。
「正解だ。僕のデッキは "吸い込む" と "吐き出す" の比重を変えることで成り立っている。共感を超えた他者からの理解。 それこそが真に決闘を盛り上げる。……それならさー」
「?」
「僕にも1分くれよ。きみを理解するから」
「!」
『睨み合う! 2人の決闘者が幻魔皇ラビエルを挟んで睨み合う! 2人の中でいかなる神算鬼謀がぶつかり合っているというのか!』
(決闘者の本性は構築にあり!)
 アブソルが【ミツル式】を絞り込む。
(まず1つ。デッキの構成が露骨に違う)
 アブソルの脳細胞がにわかに活性化していた。頭の中にあつらえたDeck Room(2LDK、檜風呂(ひのきぶろ)完備)の一室にて、 "ミツル・アマギリ" の構築が剥き出しになっていく。
(幻魔皇ラビエルの位置づけが鍵だ)
 アブソルの思考が加速する。幻魔皇ラビエル⇒超最上級の悪魔族⇒ミツル・アマギリは西部No.1の悪魔族使い⇒【悪魔族】の隠し球。
(違うな。隠し球ならもう少し隠す)
 先制パンチの一発屋⇒堂々としすぎている⇒一過性の奇襲ではない⇒練り込まれた専用デッキ⇒根拠は何か⇒いつだって根拠はそこにある。
「作物の価値は土地を知ればおおむねわかる。元よりEarthBoundはフィールド魔法の使い手であるが、そういう選択肢もあったとはね」
 口元にうっすらと笑みを浮かべてしまう。楽しいテーマパークがおらが村にやってきた。そう。目と鼻の先には "魔界" と化した大地が広がっていた。

失楽園(フィールド魔法)
@「神炎皇ウリア」「降雷皇ハモン」「幻魔皇ラビエル」「混沌幻魔アーミタイル」は相手の効果の対象にならず、相手の効果では破壊されない。
A自分のモンスターゾーンに「神炎皇ウリア」「降雷皇ハモン」「幻魔皇ラビエル」「混沌幻魔アーミタイル」のいずれかが存在する場合に発動できる⇒自分はデッキから2枚ドローする(※1ターンに1度しか使用できない)


「準備は万全だったわけだ、何もかも」
 耐性と補充に秀でた失楽園を西部に建築。24時間万全のラビエルサポートを敷いている。ならば幻魔皇ラビエルは今回の主力。導き出される解答は幻魔皇特化型悪魔族 ――
(つまらん! この推測は喰えない。 "ノイズ" があるのはもちろん、何より美味しくない。洞察に期待を盛り込むのは二流? それがどうした。僕は ―― )
「メインフェイズ2」
 ミツルの声が甘美なる思考を問答無用で断ち斬った。マジック・トラップを1枚セット。黒真珠のような瞳から放たれる極上の闘気。美味い。それだけでもう美味い。
「貴方の目的がなんであれ、この "力" で倒してみせる」
「僕の目的か、なんだろうねえ、当ててみなよ」
「必要ない。Earthboundには必要ないんだ」
「きみの眼は不幸にも閉じている。だからこそ! 堅い殻を破って美味しい中身を貪るように、きみの重いまぶたを開くのはきっと楽しい作業だ」
 アブソル・クロークスは世にも愉快げに余裕綽々で(たたず)んでいた。不敵な態度を殊更(ことさら)にひけらかす一方 ―― それなりにスゲー必死こいて考えていた。
(ひとまず格好つけたはいいが、悠長に考察している場合でもないか。 "吐き出す決闘" にも段取りという奥ゆかしいものがある。さーどうなるか)

 彼⇒押し込む決闘⇒攻撃力4000⇒3回殴れば大爆発⇒あと2周もあればOK
 +
 僕⇒吐き出す決闘⇒大きく息を吸い込む必要がある⇒あと3周はないとNG
 ↓
 あぶそるくんのお墓(>_<)

「なんだ。ピンチじゃないか」
 何食わぬ顔のまま一言漏らす。
(僕が狙う "通常召喚" よりも "特殊召喚" の方が速い。まずいなー。そもそもハンドに "神" がいねーよやべーぞおい。引き当てる自信はあるが待ってくれる筈もない。あー、どうしよっかなー、なー、あーチョコレート食べたい)
 打つ手に困ったアブソルは頭の中でシミュレーションを試みる。Deck Roomの遊技場に現在の盤面を再現。試しにブロッカーを置いてみるがしっくりこない。常連ブロッカーとして知られる《魂を削る死霊》に向かって 「大丈夫? イケる?」 と聞いてみるが、返ってきたのは「あいつ魂デカすぎてムリやねん」という無情な一言だけだった。
(ミツル・アマギリなら壁の1つや2つは撥ねのける。迂闊な防御は蛇足かね。なら相棒のセキュリティ・サービスに防衛任務を ―― )
 アブソルの表情から薄ら笑いが消える。
「それはイヤだな」
(やつの気配が変わった)
 Turn Endと同時にミツルの体幹がミリ単位でかすかに揺らぐ。 "最古の晩餐(サイコ・イーター)" アブソル・クロークスの放つ決闘波が大気の色を変えていた。
奇襲(くすり)が効き過ぎたか。もう一段階、速度を ―― )

 Turn 11(幻魔皇VS???)

「なんと懐かしい!」
 藪から棒。異なる口から不可思議な声が響き渡る。ミツルが北側へと視線を向けると、吸収店長の相棒が西の大地を研磨する。
「幻魔皇。それが貴方様の解答ですか」
 違う。声の高度がアブソルとは全く違う。耳障りな高音の声が大地を舐めるかのように低空飛行。ミツルの足下から不可思議な声が這い上がる。
(迷宮師ファストランド!)
「そのカードはかつて! 伝説の決闘者が好んで使ったカードではありませぬか。まるで生き別れた旧友に再会したかのようですよ」
 経歴不明。年齢不詳。正体不明。吸収店長の相棒はなにもかもが曖昧模糊としていた。曲者の引き笑いがミツルを煽る。
「伝説再びと言ったところでしょうか」
「過剰な期待を ―― 」
「自信がないのですか?」
「自負はある」
「流石は王者のプライド」
「おれじゃない。カードだ!」
「群衆から尊ばれる立場にありながら、何よりカードを尊ぶその姿勢。謙虚な在りようとは裏腹に、幻魔皇の決闘は神をも怖れぬ粉砕の決闘。ならばこそ!」
 臨戦態勢。迷宮師ファントム・ファストランドが大地に蹲う。
「しからば一戦!」 「!」 「交えてドロー!」
『11ターン目の急勾配! 今度はファストランド選手の超低空ドロー! まるで地上のホコリを掃くかのように地面スレスレでカードを!』
「リバース・カード・オープン、《蘇る魂》を発動! 《岩石の巨兵》を特殊召喚!」
「下級ブロッカー……生け贄か」
「御名答! 行きますよ!」
 抜札演武が始まった。《馬の骨の対価》+《マジック・プランター》でハンド・クオリティを磨き上げ、《手札断殺》で互いの札が舞い踊る。
『ファストランド選手がドロー・ブースト! 無論、勿論、ここから先が真骨頂!』
「 "迷宮止水(めいきゅうしすい)" の名の下に!」
 大地に這いつくばるばかりが迷宮師ではない。地べたに手を付き天へと伸びる。両脚で夜空を突き刺し、記念碑よろしく倒立完了!
「お行きますよミツル様。迷宮体操第二!」
「腕を縦に伸ばし身体を迷宮にする運動か!」
 倒立=樹立! 大地に根を張る一本の木が今まさに樹立した。
 観客達がにわかに騒ぐ。
「な、なんだ! あいつの倒立は!」
「着込んでいたポンチョがリバース!」
「大輪の花となって咲き誇っている。なんという芸術性!」
「虚仮威しだ! あんなもんにミツルさんが」
「流石はアブソルの相棒」
 ミツルは気付いていた。樹立の意義に。
「遥か古代の決闘士は試合前の倒立行為によって自らの天地を掻き交ぜ、己のデュエルオーラを爆発的に高めたと言われている。古代決闘に伝わる伝説の呼吸法『樹立』の使い手か」
「聞いたかミツルさんの解説を!」
「俺達の五万歩先を、いや百万歩は先を行っている!」
「五十歩百歩の故事はミツルさんが完成させた。1つ1つの格差がアンリミテッドに積み重なることで決して超えられないことを意味していた!」
「なんてハイレベルな決闘なんだ!」
「樹立完了! いざ決闘!」
 倒立を決めた "1" の体勢のまま、ファストランドが両肘(りょうひじ)をググッと折り曲げた。活かすべきは肘関節(ひじかんせつ)のバネである。両腕にデュエルエナジーを注ぎ込み、地上から全身を解き放つ。
『ファストランド選手が夜空へと駆け登ったぁ!』
「Team DeadFlameと覇を競われた準決勝、熱上昇気流(サーマル)を利用して空を飛ぶのはひとまず見事。しかし! 空を使えるのは貴方だけではない!」
『位置エネルギー装填完了! 自由落下の法則が新たな建築様式を生み出すか!』
 自由落下のエネルギーが眠れる大地へと一発挿入!
 謎の地属性使い、ファントム・ファストランドが大地を活かす!
「《黙する死者》を発動。死者達の宮殿よ、迷える子羊を母なる迷宮へと誘うのです! 《迷宮壁−ラビリンス・ウォール−》特殊召喚!」
 母なる大地は濡れていた。もはや二児(アダムとイブ)の母ではない。十重二十重(とえはたえ)の土壁を一瞬にして築き上げ、大地讃娼ラビリンス・ウォールが妖艶なボディラインで誘い込む。

迷宮壁−ラビリンス・ウォール−(0/3000)
フィールドに壁を出現させ、出口のない迷宮をつくる。
[通常] [5] [地] [岩石]


『迷宮壁ラビリンス・ウォール! 準決勝同様、ファストランド選手のフィールドが無数の壁によって囲まれた! (あえ)いでいる、喘いでいるぞ迷宮が!』
「 "囲む" という行為は世界を発掘します。引き絞られた視界にこそ新たな可能性が鮮明に映るのです。東西南北中央の決闘文化がそうであるように」
「開く為に閉じる、そう言いたいのか」
「壁に遮られ世界が狭くなりました。ゆえに世界は深化する!」
 ファストランドの声圧が投石となってEarthbound陣営に降りそそぐ。ミツルは類い稀(たぐいまれ)な眼力でバリアを張る一方、迷宮師の煮え滾る(にえたぎる)両手を注視する。
(あのエフェクトは……)
「幻魔皇の決闘は粉砕の決闘! 幻とは五感の迷路! 仮にも幻魔皇を名乗るなら迷宮の1つや2つ易々(やすやす)と突破する。しかし3つなら!」
(迷宮専用の増殖呪文か!)
「迷宮は "無" を無限に隔てます。我々の距離が仮に十メートルとすれば、千メートルでも、百万メートルでも、限りなく無限の距離へ」
 1つの大きな空間(せかい)が "壁" によって隔てられ、無数の小さな空間(せかい)へと細分化されていく。存在しうる壁の数は理論上は無限に等しい。ならば迷宮とは ――
 無限に広がる決闘空間に他ならぬ!
「このファントム・ファストランドの決闘は堅固なる大地を自由自在に使役する。二重も三重も我が意が1つ。《迷宮連鎖》を発動!!」

迷宮連鎖(速攻魔法)
迷宮壁−ラビリンス・ウォール−が特殊召喚されたとき発動可能
⇒デッキから迷宮壁−ラビリンス・ウォール−を2体まで特殊召喚する


「もう2つの迷宮壁−ラビリンス・ウォール−を守備表示で特殊召喚!」
 大地を媒介とする迷宮ならば、その拡張範囲は大地そのもの。一層が二層に。二層が三層に。未曾有の迷宮が複雑怪奇に進化を遂げる。全てがファストランドの意のままに。
三重迷宮(トライ・ラビリンス)がTeam EarthBoundの前に立ち塞がったぁっ!』
「挨拶代わりです。貴方様に会いに来た、それが今日の骨子!」
「その手の決闘者なら貴方で587人目だ」
「数えているんですか、個々の決闘者を?」
「決闘だけなら粗方覚えている」
「ならば覚えましょう。覚え合いましょう! 我が "壁" は盤上の(はかり)! 無限の細分化の中で凝縮された、我らが渇望を計る試金石!」
(うるせーな)
「さらにもう1つ。通常召喚権を行使し、アブソルさんのフィールドに裏守備モンスターをディスパーチ!」
『ファストランド選手のディフェンシブ・タクティクス。十重二十重(とえはたえ)の防壁を果たして攻略できるのか!』
「珠玉の迷宮。当代随一と自負しております」
 (かしこ)まったファストランドがペコリと軽く礼をする。失楽園に君臨する幻魔皇ラビエルへ。そして勿論、使い手のミツル・アマギリへ。
(面妖だ)
 礼を受けてからほんの数秒。英雄(ミツル)迷宮(ファストランド)を値踏みする。
(迷宮壁の守備力は3000。 "天界蹂躙拳" なら突破は可能だが都合3回は殴る必要がある。タッグデュエルでは1人あたりの手数が減る以上、ガチガチに守備を固められるのは相応に厄介……だが問題はそこじゃない)
 視線が壁を突き抜けた。迷宮の奥を捕捉する。
迷宮(アレ)は大人のおもちゃ箱だ。何もない空間を土壁で囲っただけでも、ああも怪しい紳士が行えば新手のおもちゃ箱に見えてくる。そしてあの手の輩は平板を嫌う。無駄に空を飛んだのがその証拠。何か、必ず何か遊び心を仕込んでくる。何をする? おれなら ―― )
「マジック・トラップを2枚セット!」 「!」
 三重の迷宮 ―― 防御の専門家 ―― セットが2枚 ―― 準決勝の1on1 ―― ミツルの中で各々の点が線となり ―― 何かが閃く。
(遊びが過ぎるぞ迷宮師!)
「我が迷宮の御検分は終わりましたか? しからば迷宮道を貫くとしましょう。……さあさあ皆さん立ち会い! 古今東西、魔王城の門前には複雑怪奇なダンジョンが付き物!」
 曖昧な迷宮師の輪郭が徐々に判然としていく。杖型の 決闘迷盤(ラビリンス) を大地に突き立て、ファストランドが啖呵を飛ばす。
「侵入者を(はば)んでこそ迷宮! 侵入者を招いてこそ迷宮! 人は皆、己の内側に迷宮を敷いている! 我らが迷宮とは! 自己矛盾を孕んだ密室事件(ミステリー)! 不肖、このファントム・ファストランドが愉快な迷宮へとご案内しましょう。是非とも最後までお楽しみください!」

「「断る」」

「……っ!!」
 異口同音の拒絶。1人ではない。2人いる。虚を突かれたファストランドは細い首をぐるりぐるりとぶん回し、対岸の様子をまじまじと眺める。……いた。ミツル・アマギリに付き従うもう1人の決闘者。長年連れ添った相棒が、
「探検ごっこに付き合う義理はない」
 もう1人のブラックジャンパー。 "潜行者" リミッツ・ギアルマが影の中から浮上する。以心伝心。ミツルの目配せに小さく頷き、
「俺のターン、ドロー!」

 Turn 12(幻魔皇VS三重迷宮)

(この抜札! まるで……)
 ファストランドが何者かを幻視する。カードを掴む際、一度指を綺麗に伸ばすあの仕草。没個性的なリミッツのそれではない。もっと有名で、もっと身近で、もっと強靱な決闘者の生き写し。西部の民衆は誰もがそれを知っている!
「気合いの籠もったより良きドロー。その意気込みはご立派ですが、貴方の攻撃能力は事前に把握しています。いかに優秀な "相棒" であっても ―― 」
「それをやるのは俺じゃない」
「?」
「おれの決闘で打ち砕く」
(またっ……!? なんだ、この違和感 ―― )
『あぁーっと! リミッツ選手のフィールドから巨大な柱が迫り上がっている!!』

 "Magic"

 "Field"

 "God"

「《神縛りの塚》を発動!」

神縛りの塚(フィールド魔法)
フィールドのレベル10以上のモンスターは効果の対象にならず、効果では破壊されない(以下省略)


「神縛りの塚ですと!?」
 肉眼で捉えた瞬間から、すぐさま紳士的思考回路が加速する。神縛りの塚⇒手札断殺⇒早すぎた復活⇒地縛神 Chacu Challhua ――
(違う。初手の浮上は潜行者(リミッツ)の決闘ではない。ならばなぜ)
 答えは出る。すぐにでも。次の瞬間 ――
 リミッツ・ギアルマが己の構えを変えていた。

 腰を落とし、

 腕を引き、

「この構え、この気配、まさかっ!?」
 ファストランドが目を見張る。ミツル・アマギリがそこにいた。
「【シャドウ・インパルス】」
『わ、私は夢を観ているのか! ミツル・アマギリが2人にっ!』
 違う。リミッツだ。そうわかっていても。心を惹かれる達人芸。
「寸分違わぬ天地咬渦狗流! 一瞬とはいえミツルを錯視させるとは……」
 ファストランドは心中で己を一括。すぐさま精神を立て直す。
「しかし! 所詮は猿真似に過ぎません! 仮にもミツルを名乗るなら! 幻魔皇の1つでも繰り出してご覧なさい。でなければ ―― 」
「この世に必要なものなど何もない」
「言葉を真似ても! 中身がなくては ―― 」

 "フィールドのレベル10以上のモンスター"

「……!! アシストスペルか!!」
「リバース・カード・オープン。《As-零式シフトチェンジ》を発動!」

As-零式シフトチェンジ(永続罠)
手札を1枚墓地に送る⇒相棒のモンスターのコントロールをエンドフェイズまで得る
(※自分のターンのメインフェイズにしか発動できない)


「手札1枚をコストに効果を発動。幻魔皇ラビエルをおれの手に!」
「なるほど! なるほど! そしてなるほど! 天賦の才に基づくミツル・アマギリの決闘は完全再現不可能。しかし……」
 失楽園に君臨していた幻魔皇ラビエルが霧の如き瘴気と化して瞬く間(またたくま)に瞬間移動。リミッツが敷いた神縛りの塚の真っ只中で、再度実体化を果たしてのける。
「既に "力" がそこにあるなら話が変わる。まさか貴方も ―― 」
「言いたいことは決闘で語れ」
 来る。もう1人のミツル・アマギリが豪拳を振り上げ迫り来る。
「バトルフェイズ」
 幻魔皇ラビエルが右の拳を振り上げた。チームリーダーである "アブソル" のセットモンスターに狙いを定め "天界蹂躙拳" の体勢へ、
『迷宮攻略など不要とばかりに! 総大将の首を狙っている!』
「素敵な戦術です」
 迷宮師が拍手を送る。
「@貴方がミツル式を駆るならばAミツルの攻撃回数が実質的に倍となりBタッグデュエルでも火力は同等……しかし! 迷宮を迂回するとは何事か!」
「敵の核を打ち砕く。それが全てだ」
「ミツル・アマギリならそうも言いましょう。ならばこちらも……ファントム・ファストランドの名においてリバース・カード・オープン! As-攻撃誘導 ―― 」
「そのパターンは準決勝で見せてもらった」
「……っ!?」
 万事完了。事前に設置されたカウンター・トラップが迷宮師の罠を打ち払い、ミツル・アマギリの必殺拳が岩石の巨兵を打ち砕く。


天地咬渦狗流 六十六の拳 幻影の拳!


『今度は右の天界蹂躙拳! 岩石の巨兵を打ち砕くっ!』
「そしてこの瞬間 ―― 神縛りの塚の恩恵を発動!」
『豪拳の衝撃波が岩石の巨兵を突き抜けたぁっ!』

アブソル&ファスト:8000⇒7000LP
ミツル&リミッツ:12000LP

「なんというざま!」
 ファストランドがほぞを噛む。
「……すみませんアブソルさん」
「なーに、直撃を喰らうよりはいくらかマシだよ」
 当のアブソルは飄々としていた。他方、相対していたリミッツはシャドウ・インパルスを一旦解除。速やかにメインフェイズ2へと移行する。
(ブロッカーの排除には成功……解せんな)
 限られた時間の中で。情報の真意を解きほぐす。
(俺ならアブソルの場に迷宮を敷いて、その上で守りの策を忍ばせる。守護者の決闘ならそういうデッキ構成こそが望ましい)
 迅速に推理を巡らせながら。今後への布石を潜ませる。

 モンスター⇒《鬼ガエル》経由で《粋カエル》を特殊召喚

 マジック⇒消費した手札を補充すべく《強欲なカケラ》を発動

 トラップ⇒相手の妨害工作に備えて《宮廷のしきたり》を潜行する

 盤上に布石を打ち終えると、またも速やかにエンドフェイズへと移行。支配下に置いていた幻魔皇ラビエルをミツルのもとへと返還する。
「ターンエンドを宣言」
 布陣への疑問を引き継いで。

 Turn 13(幻魔皇・幻影皇VS三重迷宮)

「それじゃあ僕のターンだ、ドロー!」
(なぜアブソルの布陣はああも薄い)
 ミツルの思考は途切れない。アブソルの盤面を今一度頭の中で繰り返す。カードカー・D、サイバー・ヴァリー、岩石の巨兵……
(最低限の防衛体制。堅固な迷宮壁より遙かにぬるい。なぜ ―― )
「リバース・カード・オープン! 《ゴブリンのやりくり上手》をダブルで発動!」
「!」
「本当は《非常食》が欲しいけど、ないものはしょうがない。それじゃあもういっちょ。《闇の誘惑》をリバース、手札を交換させてもらおう」
(セットカードの3/4がハッタリを兼ねたドローサポート。 "神" を引く為の露骨な構成)
「きみがビビってくれない以上、伏せていても仕方ないからね」
(恐らくは本音。幻魔皇ラビエルへの対抗策がハンドにないなら)
『アブソル選手も手札を交換! Team Earthboundによる二対一極の集中砲火に対し、標的となった総大将はいかなる対策を講じていくのか』
「それじゃあ少し遊ぼうか」
 不気味な笑みを浮かべると、左腕に装備した手の平型の決闘盤 ―― 決闘掌盤(クロークス) の薬指にモンスター・カード・ユニットをセット。幻魔皇の御前に投げ入れる。
「王様の正体を映してみせろ! 《魔鏡導士リフレクト・バウンダー》召喚!」
「!?」

魔鏡導士リフレクト・バウンダー(1700)
フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが相手モンスターに攻撃された場合、そのダメージ計算前に攻撃力分のダメージを相手ライフに与える(※ダメージ計算後にこのカードを破壊する)
[効果] [4] [光] [機械]

『案山子見参!! 幻魔皇ラビエルへの牽制か!」
「幻魔皇の腕は2本でも、鏡に映るのは1つの像さ」
 魔鏡導士リフレクト・バウンダーの召喚を目の当たりにして、ミツルの整った眉が一瞬上がる。揺らぎはしない。落ち着いて処理を開始する。
「魔鏡導士の召喚をトリガーとして幻魔皇ラビエル第1の効果を発動。攻撃不能の幻魔トークンを守備表示で特殊召喚!」
「ふうむ。少し目障りだからバトルフェイズ……と言いたいところなんだが、きみのフィールド上にはリバースカードがある」
「貴方はそんなものを恐れない」
「折角、召喚したんだ。変な地雷を踏んでおじゃんになっては詰まらない。それに何より……棒立ちこそが案山子の美学じゃないか」
「……案山子はあまり好きじゃない」
「同じ場所に居続けるのはイヤかい? なら鏡は?」
「自分の顔を見せられるのはあまり愉快じゃないな」
「西部一の美男子が良く言うよ。マジック・トラップを2枚追加でセット。《封印の黄金櫃》を発動してターン終了。さぁ、きみの番だよチャンピオン」

 Turn 14(幻魔皇・幻影皇VS魔鏡導士・三重迷宮)

「おれのターン、ドロー!」
 ミツルは指をグッと伸ばすと、決闘盤からダイナミックにドロー。ずば抜けて大きな歓声の中で "思い出のカード" を引き当てる。
(お誂え向きのドローだが、発動には条件がある)
 頭の中にあるライフカウンターを一瞥。MAX12000のライフゲージの内、4000を指す目盛りにボーダーラインを書き入れる。
(アブソルの防衛網を突破してボーダーを超える。その為には、)
「メインフェイズ」
 失楽園に聳え立つ幻魔樹を一瞥。
「失楽園の ―― 」
「収穫などさせないよ!」
 ワンテンポ速く。アブソルの手の平から風の渦が噴き出した。ミツルの目の前で風が渦巻き ―― 竜巻が失楽園の庭園を、樹木を、濃霧を見る見る内に吸い込んでいく。
「僕に言わせれば ―― 砂塵の大竜巻とは "竜巻をぶつける呪文" ではなく "竜巻に吸い込む呪文" だよ。深い霧など吸い込むに限る」
『シュレッダーに引きずり込まれた原稿用紙の如く! 幻魔皇ラビエルを護っていた失楽の霧が雲散霧消の(うれ)いに()うか!」
「霧が濃いと掴みづらいからね、実態を。その失楽園は今の内に破壊しておこう。そしてもう一つ。砂塵の大竜巻第2の効果でマジック・トラップを1枚セット」
「霧のヴェールを剥がされたか」
「そうでもないさ」
 アブソルは思わせぶりに仄めかす。
「現に今、魔鏡導士の鏡に "ミツル・アマギリ" が映っているが…… "霧" が晴れたというのにモヤモヤしている。まるで君自身が ―― 」
 一旦、口をつぐむ。ミツルを誘い込むかのように。
「僕の目的を果たす上でも、きみをしっかり "映す" 必要がある」
 アブソルの数歩前には魔鏡導士リフレクト・バウンダーが立っていた。己の命と引き換えにして、 "天界蹂躙拳" さえも反射可能な案山子界のリーサル・ウェポン。もっとも、その真骨頂は牽制にある。攻め手に二の足を踏ませる牽制力こそ ――
(何かが妙だ)
 ミツルの美指がスタンバイフェイズで一旦止まる。
(アブソルの場に迷宮を築かないなら好都合。リミッツのお陰で2VS1の構図を導くこともできた。このまま一気に形勢を……都合が良すぎる!)
 何かが胡散臭い。アブソルのフィールドを一瞥する。
(魔鏡導士リフレクト・バウンダー……か)

Q:なぜレベル1モンスターではないのか
A:準決勝とは露骨にデッキ構成が違う

Q:なぜデッキ構成が準決勝と違うのか
A: "吐き出す決闘" に寄せているから

Q:魔鏡導士の "反射" はアブソルの決闘なのか
A:……

「いけないな。きみのモットーは "紙一重の完勝" だろ?」
 出し抜けな言葉に思考が中断。執拗な挑発がミツルを煽る。
「いかに三幻神が控えていようと、躊躇うなんてきみらしくもない。きみが15歳の頃。冬の大規模大会でデッドエンドに見舞った《破壊竜ガンドラ》は本当に美しかった。なのにきみは……、あれで(みそぎ)を済ませたとばかりに路線を曲げてしまった」
「……」
「同じ紙一重の完勝でも何かが違う。きみは変わってしまったんだ。ほうら。くたびれたきみの顔が魔鏡導士の鏡に映っている」
 リフレクト・バウンダーの、直立不動の一本足が視界を占める。両手に携えているのは "玉砕の魔鏡"。その鏡面にはミツルの全身が変わらず映っていた。
「今のきみは小難しくものを考えすぎる。たまには無心で殴ってみろよ。機会の喪失(ドロー・スキップ)などもったいないにも程がある。1ターン1ドローこそ健康に良いんだ」
「貴方との差し合いは楽しいが……これ以上は望まない」
 迂闊に殴れば "天界蹂躙拳" を反射される。下手をすればそれ以上。入念に準備された "放出" の決闘がちらつくが。
(裏を返せばあの一本足に全てが掛かる)
 予めセットしておいた《エネミーコントローラー》を脳内で一瞥。魔鏡導士の軸足を狩り取ろうとしたその矢先、先の問いが頭をよぎる。

Q:魔鏡導士の "反射" はアブソルの決闘なのか?
A: NOT 器に容れて吐き出す BUT 壁に当てて跳ね返す

( "吸収" と "反射" は別概念。似て非なるカードをわざわざ入れる意味とは何か。鏡は向かい合う者を映し出す。そうすることで奥にあるものから意識を逸らす)
「闇の誘惑を発動! デッキから2枚引いて黒き森のウィッチを除外!」
 引き当てる。ミツル・アマギリが意中のカードを引き当てる。
(アブソルの本命は鏡の裏(リバースカード)……フリッグのリンゴか!)
「《サイクロン》を発動!」
 ミツルが右手を横薙ぎに払った瞬間、デュエルオーラが風の刃となって低空飛行。アブソルが伏せていた2番目のセットカードを真っ二つに斬り裂く!
『ミツル選手、長考からのぶっぱなしサイクロン! 破壊されたセットカードの正体は……なんとフリッグのリンゴ!』

フリッグのリンゴ(通常罠)
自分フィールドにモンスターが存在せず、自分が戦闘ダメージを受けた時に発動できる。受けたダメージの数値分だけ自分のLPを回復し、自分フィールドに「邪精トークン」(悪魔族・闇・星1・攻/守?)1体を特殊召喚する。このトークンの攻撃力・守備力は、この効果で自分が回復した数値と同じになる。


「二度目の多重セットは張り子の虎じゃなかった」
 ミツルに伏せカードの正体を看破され、リンゴを落とされたアブソルは少し驚いた表情を浮かべていた。くるくると人差し指を回しながら、
「きみが察した通り、サクリファイスやマンジュゴッドはかさばるから外したんだが、"吸収" そのものを捨てたとは一言も言っていない」
「1枚で完結するカードなら積むのも容易い(たやすい)。……魔鏡導士は攻撃を躊躇させるのが目的じゃない。ハナから攻略されることを前提にしていた」
「……なぜ2番目のカードがコレだとわかったんだい?」
「3番目は砂塵の大竜巻によるセットなので論外。候補になるのは1番目か2番目。だが1番目のカードは……初めて天界蹂躙拳を決めた3周目の時点で発動可能だったカード」
「まぁ見事な推察だが……魔鏡導士は未だ健在。例え本命を潰しても ―― 」
「そちらの対策は既に終えている」
 "Quick" "Magic" "Control" 楽しくお喋りを続ける間、いつの間にやら何かが這い寄っていた。魔鏡導士の頭をケーブルが貫きブレインジャック!
「速攻魔法《エネミーコントローラー》発動! 幻魔トークンをリリースコストに充て、魔鏡導士の支配権を一時的に奪う!」
「あっ、あぁ〜……そういうことするんだ……」
「幻魔皇ラビエル第2の効果を発動! 魔鏡導士を生贄に捧げ、その攻撃力全てを吸収する。……"天上天下唯我独尊"!」
 天にも地にも君臨するは我一人。幻魔皇ラビエルが大きく両手を拡げると、真夜中の虚空に小型のブラック・ホールが発生する。
「あーあー、せっかく喚んだのに御無体な!」
 哀れな魔鏡導士が闇の中に吸収されていく。殴り合いの権化こと幻魔皇ラビエルが持つ最大の能力。友軍の実体を幻に昇華し自らの力へと決闘置換。魔の領域が溢れ出す。
『己の力で味方を産み出し、己の力で味方をも貪り喰らっていく。幻魔皇ラビエルの "力" は……食物連鎖をも支配するというのかぁー!』
「バトルフェイズ!」
 問答無用。躊躇無用。瘴気に満ちた幻魔皇ラビエルのかたわらで、ミツル・アマギリが天地咬渦狗流の構えを示す。左の拳に力を込めて、
「幻魔皇ラビエルでダイレクトアタック!」


天 界 蹂 躙 拳・極!!


 豪拳。極化された左の豪拳がアブソルの土手っ腹を撃ち抜く。

 その刹那 ――

魂を削る死霊(タマケズ)くん、君の意見は正しかったよ」
 笑みを飛ばす。今にも迫り来る豪腕に ――
「ミツル・アマギリは確かに壁を越えてきた」
 左腕に装備した 決闘掌盤(クロークス) の五指をガバッと開き、デッキに手を添え雄々しく告げる。
「なら僕も積極的被弾権を行使しよう。僕のターン、ドロー!」
「!?」
 次の瞬間、 決闘掌盤(クロークス) のデッキホルダーから12枚のカードユニットが飛び出した。アブソルの正面を札が飛び交い、十二角形のエネルギー・バリアがミツルの豪拳を堰き止める。


Power Wall!!


『アブソル選手、渾身の十二単(じゅうにひとえ)ドローからのパワー・ウォール! "天界蹂躙拳・極" を真っ向から受け止めたぁっ!』

パワー・ウォール(通常罠)
相手モンスターの攻撃によって自分が戦闘ダメージを受けるダメージ計算時に発動できる。その戦闘で発生する自分への戦闘ダメージが0になるように500ダメージにつき1枚、自分のデッキの上からカードを墓地へ送る。


「おれの拳を利用して墓地をっ!?」
「壁に穴が空いてるケースも想定すべきだったね。いかに "天界蹂躙拳" が強大でも、都合3度も喰らえばその拳筋も自ずと見えてくる。美味しく吸わせてもらったよ」
「なぜだ」
「きみがさっき熱心に語ってくれた1枚目のリバースカードさ。"失楽園下では意味のない防御札" の可能性を考慮して、魔鏡導士をさっさとサクッたんだろうが裏目に出たね」
「そんなことはどうだっていい」
 天地咬渦狗流の構えを崩し、ミツルが揺らぎを露わにする。
「その1枚目がパワーウォールなら、なぜ1撃目の天界蹂躙拳に使わなかった」
「あぁ〜その件かい」

理由@:セットカードがカウンター・トラップの可能性を警戒していたから使うのをやめた(現にリミッツがカウンター・トラップを伏せていた)

理由A:さっききみが語ってくれた理由から1枚目のセットカードをその後も放置してくれると当て込み、もっと強烈な攻撃が来るまで温存していた

理由B:初手 "天界蹂躙拳" が素敵すぎるあまり手癖で喰らってしまった

「きみが気に入ったやつが正解で良いよ」
「精神衛生上@ないしAにしておく」
「個人的にはBが好きだな。いずれにせよ、そんなものは瑣末な物語に過ぎない。現実問題として、目一杯発動を遅らせたことにより1700分のライフと4枚分の墓地資源を僕は手に入れた。ヤッター」
「……ここまで読み辛い相手もそうそういない」
「少しくらい不真面目な方が物事は上手く行くものだ」
「それがあの奇妙(がらあき)な布陣の意味か。あれは単なる1on1狙いじゃない」
「なら聞こう。そのこころは?」
「全ては "被弾権" の問題だ」

【被弾権】
 TCG歴78年。現代決闘社会の急速な進歩が様々な社会問題を生み出した。その結果、環境権、プレイングの権利、引く権利、自己構築決定権など、いわゆる「新しい人権」を確立する要請が現代決闘界に生じたのである。
 被弾権もその1つであり、相棒の過剰な介護に業を煮やした南の強権的決闘論者アーニー・パンパルニーが決闘裁判所へと提訴したのが、権利発祥の始まりと言われている。

「御名答。入り口が狭いのは嫌なんだ」
「迷宮師ファストランドをタッグパートナーにしたのは大将(あなた)を護らせる為じゃない。自分自身(ファストランド)への攻撃を諦めさせる為だ」
 ミツルが真相に辿り着く。ある種ねじ曲がった真相へ。
「短期攻略が極めて困難な迷宮師を相棒に選べば、自然と貴方への集中砲火が始まる。迷宮も誘導装置も魔鏡導士も、最終的に自分の(ふところ)まで誘導する為の "フリ" でしかなかった」
「相棒を殴られて負けるのは美味しくないだろ?」
(骨の髄まで喰らいたがり。吸収店長の "待つ決闘" は想像以上に根が深い。渦を巻くようにダメージ・コントロールの網を張っている)
「ふざけた決闘者がいたものだ」
「真面目ぶるなよ決闘少年(デュエルボーイ)!」
「!」
 アブソルが 決闘掌盤(クロークス) を振り上げた。五本の指が大きく開き、
「きみは楽しんでいるはずだ。このパワーウォールの意義を知った上で楽しんでいる。そうさ! 決闘とは宇宙的解釈のぶつけ合い。己の手の平に収まる者と戦ったところで何も面白くはない。きみがさっき倒したTeam DeadFlameのように」
「違う」
 ミツルの語気が強まる。
「あの人達の決闘は素晴らしかった!」
「ようやく少し引き出せた。そうだね、超機動大店長パルチザン・デッドエンドは愉快な新商品だった。だからこそきみは ―― 手練手管(てれんてくだ)を駆使して多少の無理を強いてでも手の平に抑え込んだ。ご苦労なことだよ。手の平に収まるのは自分のデッキで沢山なのに、そこまでしてEarthboundの時代を強調する。そんなにEarthboundが必要なのかい」
「モンスター1体、マジック・トラップを2枚セットしてターンエンド!」
『何かが、何かが変わってきているか! 天界蹂躙拳・極の威力を吸収したことでアブソル選手のデュエルオーラがひときわ大きくなっている!』
「そろそろ僕の目的を教えておこう」
「興味はない」
「そうかそんなに知りたいか」
「興味はないと言っている!」
「そんなに知りたいならしょうがない!」
 アブソルの宣告は今日一番澄み切った良い顔だった。
「ミツル・アマギリくん。きみを吸い込みにきたんだ」

 Turn 15(幻魔皇・幻影皇VS????・三重迷宮)

「なんと手強く鬱陶しい男だ!」
 古参兵が後方のベンチで息を吐く。Team EarthBoundの最年長決闘者ダァーヴィット・アンソニーが試合の行方を渋い顔で見守っていた。
「ミツルが撃ち抜いたフリッグのリンゴとて警戒すべきカードではある。 "天界蹂躙拳" の破壊力がそのまま跳ね返ってくるのだからな。しかし所詮は単発のトラップ・カードに過ぎん。ミツルとリミッツ(あのふたり)ならいくらでも次の手を講じうる」
 ダァーヴィットの隣ではフェルティーヌ・オースがぐったりとしていた。人の話をほとんど聞いていないが知ったこと。歴戦の古参兵は構わず喋り続ける。
「同じ "吸収" でもパワー・ウォールは意義が違う。墓地に空気(カード)を送り込むことで、この先の全てが進化を遂げる。アブソルめ、ここぞという時にここぞという札で流れを変えるか」
 そしてこの(かん)、ファストランドが迷宮三丁目にいくつかカードをセットしていたが、ダァーヴィット・カメラのレンズは同僚の活躍に絞られていた。
(西部五店長、やはり最強はやつ……)
「いいや認めん! 愚直な王道は迂遠な奇手に勝るというもの。戦略の一貫性こそあの手の奸物(かんぶつ)には刺さるのだ。罠を恐れて踏み込まぬ決闘こそ何より愚策。全てを呑み込むと言うのなら、やつの器が割れるまで何度目でも!」

 Turn 16(幻魔皇・幻影皇VS????・三重迷宮)


天 界 蹂 躙 拳!


『再三再四! "天界蹂躙拳" をぶち込んだー!!』
 本日4度目の豪音。追撃戦を仕掛けるのはミツル化を果たしたリミッツ・ギアルマ。幻魔皇ラビエルの必殺拳が唸りを上げて、アブソルの華奢な身体を粉砕する ――
「……っ!」 筈だった。
『あぁーっと! "天界蹂躙拳" が沼のような瘴気に呑み込まれている! "沼の壁" に拳の道を遮断され、後方のアブソル選手は全くの無傷!』
「砂塵の大竜巻、第2の効果でセットしておいた3枚目 ―― 《ピンポイント・ガード》の効果を発動させてもらったよ。墓地から《ファントム・オブ・カオス》を守備表示で特殊召喚し、無敵のバリアで身を護ったというわけさ」

ピンポイント・ガード(通常罠)
相手モンスターの攻撃宣言時、自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を守備表示で特殊召喚する(このターン、戦闘・効果では破壊されない)


「 "覚えた" と言った筈。もう効かないよ」
 潮流が変わっていた。リミッツの拳が沼に阻まれ届かない。
(モンスターBOXか何かを殴ってる気分になる。それもあいつの手口か)
 リミッツは焦らない。ミツル・アマギリがそうであるように。
(待ちの決闘は "余裕" を演出したがる。あのひらひらとした決闘衣装のように。しかし実際は綱渡りをしているもの。墓地を肥やせば手の内も割れ予測が付く。足下を狙えば……)
「ねえミツルくん」
 ミツルと化したリミッツにアブソルが話しかける。
「きみは《幻魔皇ラビエル》をどう捉えている?」
「……悪魔族の傑作だ。(まぼろし)(おう)が幻術使いとは限らない。純然たる力こそが」
「世評という(きり)を生み出す。なるほどステータスは自明な指標だ。でもね」
 アブソルが乾いた笑みを浮かべる。砂漠のような笑みだった。
「僕の中身(ステータス)は曖昧なんだ。外に吐いてみて初めてわかる。でもそうすると中がガラガラになるんだ。だから吸って吐いてで交換したい。太古のTrading Card Gameのように」
「……マジック・トラップをセットし幻魔皇ラビエルを返還」
 御託は結構。途中で会話を遮断するとリミッツがミツル化を解除する。 「ターンエンド」 その一言を狼煙代わりに、アブソルの反撃が始まった。

 Turn 17(幻魔皇ラビエルVSファントム・オブ・カオス)

「僕のターン!」
 華奢な全身からデュエルオーラが漏れていた。17ターン目の決闘期。希代の妖怪変化・アブソル・クロークスがEarthboundに迫り来る!
「ドロー! きみは幻魔皇ラビエルの拳をくれた。なら僕も釣り合うものをお出しする。それがTCGの醍醐味というものだ、さあ行くよ、ミツル!」
(ひときわうるさい、来るか!)
 堅く門扉を閉じるミツルを前にして。アブソルが大きく息を吸う。
「さあ吸い上げろ! ファントム・オブ・カオスの効果を発動! パワーウォールで墓地に送った我がモンスターを1ターン限定で吸収する!」
(めぼしいやつが墓地には "2体"。 どちらで来る!)
 アブソルの指示に従って、瘴気の溜池ファントム・オブ・カオスが墓地の聖遺物を吸収。見る見る内に巨大な何かへと変異していく。
「きみたちは "ミツル・アマギリ" のカリスマで西部の幻を凝固した。しかし幻を固める方法は他にもある。笑ってしまうような与太話であっても、分厚い歴史書があればこそ!」
「三幻神を活用する為の構築か」
「墓地こそ時代の博物館さ!」
 両脚があった。両腕があった。そして頭部があった。しかし人のそれではない。無限の力を秘めた神意の体現者。それこそが、


PHANTOM OBELISK!


『幻影の巨神がクイラスタジアムに降臨したぁっ!!』
(幻神獣オベリスク。幻影でもこのプレッシャー!)
「このターン、僕はこの1体で勝負する」
 吸収店長の断言。神を手にして大いに張り切る。
「君の場にはセットカードが3枚。張り子の虎か、それとも ―― 」
「……随分と楽しそうだな」
「きみは楽しくないのかい? オベリスクの巨神兵と幻魔皇ラビエルの御対面。これで(たか)ぶらないならカードに失礼というものだ」
「……おれは貴方とは違う」
「違わないね。もしきみが負けたら西部が滅亡するとして、それでもきみってやつはきっと昂ぶる。人間の根っこは変わらない」
「変わるさ。いくらでも」
「変わらないね、いつまでも」
『向かい合う! 幻神獣と幻魔皇が向かい合う!』
 睨み合う。栄えある決勝戦にふさわしく、幻神獣と幻魔皇が睨み合う。世界が震える5秒前。観客達も息を呑んで静まり返る。そして、

 Battle Phase! 

「ならば問おう。今のきみは何を視ている!」
「!」

 ―― Earthboundが

 ―― 我々が世界を制するのだ!

「オベリスク!」 「ラビエル!」
 二大巨人がそれぞれの拳を振り上げる。オベリスクの右拳が光り輝き、ラビエルの左拳が闇に沈み……次の瞬間、幻神と幻魔が交差する。
「打ち砕け、オベリスクの巨神兵!」
「迎え撃て、幻魔皇ラビエル!」


God Hand Crusher!


天 界 蹂 躙 拳!


『幻神獣と幻魔皇が正面衝突!!』
 オベリスクの右拳とラビエルの左拳が互いの拳を打ち合った瞬間、(おびただ)しい程の衝撃波が一帯に拡がっていく。ミツルはその渦中に立っていた。
(なんだ……これは……)
 クイラスタジアム全域を覆い尽くすほどの決闘波動により、西部を覆っていた霧の世界が力を失い雲散霧消。虚空の中へと消えていく。
『互角! オベリスクとラビエルの激突は全くの互角! 左右の拳の打ち合いがお互いを打ち砕いてしまったぁ!』
(これが超最上級同士の ―― )
 ミツルの黒い瞳には何かが映っていた。しばし呆然と立ち尽くす一方 ――
 満足げに頷く者もいる。アブソルだ。
「見事なお手並みだったよ。幻魔皇ラビエル」
 両手を前面に(かざ)したまま、波動の余韻を味わいながら。
「写し身とはいえ、三幻神を相手に一歩も退かないその雄姿!」
「……そいつはどーもだ」
「不可侵の決闘も結構だがね。ぶつけ合ってこそわかることもある」
 ひとくさり講釈を垂れたアブソルはメインフェイズ2へと移行。モンスターを1体裏守備表示で召喚。マジック・トラップを3枚セットしターンエンドを宣言する。
「幻魔皇はお役御免だ。さあ次はどうする。十八番のガイウスか、それともきみらの ―― 」


Uria, Lord of Searing Flames


Trap Destruction


Hamon, Lord of Striking Thunder


失楽の霹靂!


『炎と雷の二重奏! アブソル、ファストランド両名のカードが塵となって消し飛ばされたぁーーーーーーーーーーーーーーっ!』

 大地を焼き尽くすのは炎の(うず)    天空から降り注ぐのは(いかずち)の矢

 アブソルは壁際まで後退していた。ゆっくりと顔を上げると、(おびただ)しいまでの黒煙が視界を塞いでいた。……いる。黒煙の向こう側に浮かび上がる2つの巨大なシルエット。炎の龍と雷の悪魔が照らし出す。暗い夜空をありありと。
「一難去ったら二難が来たか!」


                  ―― 5分前 ――

「ミツル・アマギリ」
 時を遡ること5分前。幽霊が歩いていた。命があり、体もあるが、魂が欠けている。名義上は売り子であったが、幽霊の(ごと)(かす)れた気配に誰もが存在を見落としていた。何者とも言い難い女、アリア・アリーナが一歩ずつ階段を降りていく。
「ミツル・アマギリ……」

 Turn 18(????VS三重迷宮)

「おれのターン、ドロー!」
『幻魔皇ラビエルを攻略されたミツル選手、ここからどう盛り返す!』
「幻魔皇はお役御免だ。次はどうする。十八番のガイウスか、それともきみらの ―― 」
「終わらないさ、おれたちは!!」
「!!」
「《リミット・リバース》を発動。墓地からクリッターを喚び出し、そのまま生贄に捧げ……喚べ、暗黒の召喚神!」
(あれは ―― )
 アリアの視界に邪神像が映り込む。その内に秘めるは2つの能力。
「第1の効果を発動。暗黒の召喚神を生贄に捧げることで、手札・デッキから召喚条件を無視して三幻魔を特殊召喚できる! おれが選ぶのは!」
 決闘盤を構えたミツル・アマギリが投盤体勢に入る。同調による喚起。膂力による制御。傑出したデュエルオーラに引き寄せられたか、OZONE空間が曇天(どんてん)へと塗り変わる。
『鳴っている! (いかずち)が鳴っている!』
 クイラスタジアム全域におびただしいほどの(いかずち)が鳴り響く。西部市民一同が固唾を呑んで見守る中…… "降雷皇" が雲間を裂いた。


Hamon, Lord of Striking Thunder


『第2の幻魔《降雷皇ハモン》降臨!』
 降雷皇が超弩級の両翼を広げていた。全身が禍々しい黄土色に染まり、骨と皮で絞り込まれた狂える魔界の裁判官。数刻前の準決勝、デッドエンドが召喚したバッドエンド・クィーン・ドラゴンの異様な容貌を彷彿とさせるが、大きな相違点が1つある。圧倒的な巨躯に伴う規格外の ―― 戦闘力! 世界への憎しみが天雷となって降り注ぐ!

降雷皇ハモン(4000/4000)
@自分フィールドの表側表示の永続魔法カード3枚を墓地へ送った場合のみ特殊召喚可能(通常召喚不可)
Aこのカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。相手に1000ダメージを与える。
Bこのカードがモンスターゾーンに守備表示で存在する限り、相手は他のモンスターを攻撃対象に選択できない。
[幻魔] [10] [光] [雷]


「幻魔皇の次は降雷皇。なんとも ―― 」
「リバース・トラップ・ダブル・オープン! 《リビングデッドの呼び声》と《メタル・リフレクト・スライム》を順次発動。墓地からクリッターを再度喚び出し、メタル・リフレクト・スライムを特殊召喚!」
(速い ―― )
 かすれていたアリアの視界をミツルの決闘が駆け抜ける。
「さらに暗黒の召喚神第2の効果を墓地から発動。デッキから "特定の" カード・ユニット1枚を手札に加える」
(あいつ、あいつのデッキは ―― )
 降雷皇召喚時の疲労をものともせず、二十歳の青年が縦横無尽に躍動。3枚の永続罠で火山を焚き付け、ミツル・アマギリが決闘盤を投げ入れた瞬間 ―― 火口から噴き出した炎が闘技場を包み込む。墓地の残骸を焚き木代わりに大燃焼。炎の中から巨大な龍が舞い上がる!


Uria, Lord of Searing Flames


『畳み掛けるは三幻魔! 最後の1体《神炎皇ウリア》降臨!』

神炎皇ウリア(?⇒3000/?)
@自分フィールドの表側表示の罠カード3枚を墓地へ送った場合のみ特殊召喚できる(通常召喚不可)
Aこのカードの攻撃力は、自分の墓地の永続罠カードの数×1000アップする。
B1ターンに1度、相手フィールドにセットされたマジック・トラップ1枚を破壊する
(※この効果の発動に対して魔法・罠カードは発動できない)
[幻魔] [10] [炎] [炎]


暗黒の召喚神(0/0)
@このカードをリリースして発動⇒「神炎皇ウリア」「降雷皇ハモン」「幻魔皇ラビエル」のいずれか1体を手札・デッキから召喚条件を無視して特殊召喚する(※このターン、自分のモンスターは攻撃できない)
A墓地のこのカードを除外して発動できる。デッキから「神炎皇ウリア」「降雷皇ハモン」「幻魔皇ラビエル」のいずれか1体を手札に加える。
[効果] [5] [闇] [悪魔]


『降雷皇ハモン! そして神炎皇ウリア! 三幻魔の残りの2体がクイラスタジアムに降臨! 夜の闘技場を幻魔が照らす!』
 2体の超最上級を高速召喚。西部市民もお祭り騒ぎで声を張る。
「なんて迫力だ! ミツル・アマギリはあんなものまで!」
「まさしく西部最強! 今年の優勝もEarthboundで決まりだ!」
「まいったねどーも」
 当のアブソルは苦笑いを浮かべていた。先程までの余裕が消えている。
「神炎皇が来るのはまぁまぁ予測が付いてたよ。3枚ものセットカードが防御に割かれずそのままだったから。でもねー、まさか降雷皇まで同時に降って来るとは……。ぼくのノイズは正しかった。きみのデッキは……ドストレートに【三幻魔】だ」
(なんでできる!)
 覚める。虚ろだったアリアの眼がバチリと覚める。
(どう見てもコソ練してるやつの決闘じゃないか!)
 一朝一夕には程遠い決闘を目の当たりにして、アリアはある1枚のカードの存在を思い出していた。Earthboundに王座をもたらした黒い龍。

  "破壊竜ガンドラ"

(5年前、西部の伝説となったあいつの決闘。土壇場で生け贄召喚された破壊竜ガンドラ。そうだ。あいつは純血の悪魔族使いじゃない。 ガンドラとかダークエンドとかオーガドラグーンとか "龍" の投盤を得意にして……それが、それがどうした!)
『大変なことになってきました! 2体の幻魔が夜空に翼を並べています!』
「暗黒の召喚神に導かれた三幻魔はこのターンの攻撃宣言ができないが……」
『しかし効果ならば ―― 夜空に吼える!』
「《神炎皇ウリア》の効果 ―― 」
「そうはいかない!」
 ミツルの狙いをいち早く察知して。アブソルが優先権を行使する。
「神炎皇が火を吐く前に! リバース・カード・ダブル・オープン!」
 "Trap" "Skip" "Draw" 《無謀な欲張り》のダブル発動から《手札断殺》をチェーン。可及的速やかに札を引く。
「《手札断殺》の効果処理。《グローアップ・バルブ》ともう1枚ね 」
「ならおれは《トラゴエディア》と《幻魔の背教者》を墓地に送る」

幻魔の背教者(通常魔法)
@デッキまたは墓地から「幻魔皇ラビエル」「神炎皇ウリア」「降雷皇ハモン」の内1枚を手札に加える
A墓地からこのカードを除外し、手札から「幻魔皇ラビエル」「神炎皇ウリア」「降雷皇ハモン」の内1枚を墓地に送る⇒カードを1枚ドローする


「お互い、悪巧みが好きなようだね」
「これ以上、策を練る時間は与えない!」
『神炎皇ウリアの効果に合わせてセットカードを引き上げた。しかし!』
「貴方の場にはもう1枚のセットカードが残っている。照準確定!」
 ミツルが右手を振り上げた。決闘者の間合いと呼吸を合わせ、神炎皇の顎が大きく開く。逃げ遅れたセットカードに狙いを定め ―― 指をパチンと打ち鳴らす。


Trap Destruction


『神炎皇の火炎弾! 《ガード・ブロック》が跡形もなく燃え尽きた!」
「流石は罠から生まれた炎の化身。そこいらの地雷駆除班とは "格" が違うみたいだが……僕は準決勝で《荒野の大竜巻》を晒してる。怖くないのかい?」
「忘れていました」
「いくらなんでもそれは嘘だろ」
「はい。もちろん嘘です。……単なる勘だ」
「結局はそれが……気をつけろファストランド!」
「アブソルさん? ……こ、これは!?」
 相棒のファストランドがハッとする。アブソルの領地が炎に包まれるのとは対照的に、ファストランドの領地がいつの間にか霧雨(きりさめ)で濡れていた。自慢の三大迷宮が水浸しになり、気付いた実況がいち早く声を張り上げる。
『Team BigEaterの迷宮が《魔霧雨》の効果で濡れている。この気候条件はデンジャラス! 降水確率1000%!』

魔霧雨(通常魔法)
自分のモンスターゾーンの「デーモンの召喚」または雷族モンスター1体を指定する。その攻撃力以下の守備力を持つ相手モンスターを全て破壊する(このカードを発動するターン、自分はバトルフェイズを行えない)


「降雷皇は雷禍(らいか)の化身。この気候条件なら全力だ」
 既に準備を終えていた。ミツルの美指に導かれ、天よりの雷が空爆のように降りそそぐ。三重迷宮(トライ・ラビリンス)を殲滅すべくフィールド一帯に雷が!


失楽の霹靂!


「なんと大味な!」
 雷の矢が降りそそぐ中、迷宮師が痺れをきらす。
「我が愛しの迷宮を……そうそう好きにはさせません!」
 リバース・カード・オープン。 "Quick" "Magic" "Guard" 温存していたセットカードを咄嗟の判断で発動するが、
「防ぎ……きれませんね!」
 降雷皇の雷に恩赦の二文字はない。左翼の迷宮が砕け散り、右翼の迷宮が消し炭へ。苛烈過ぎる空襲に流石の迷宮師も息を呑む。
「迷宮を1つ守るので精一杯とは……」
(アイツは何もかも読んでいる)
 アリアは察していた。そのセットカードがいつからあったのかを。
(あの迷宮三四郎は攻撃誘導装置と一緒にあのカードを使う気でいた。そしてミツルはそれを読んでいたから《魔霧雨》を使った)
『劣勢の迷宮師にも意地があります! 《結束 UNITY》で迷宮中央の守備力を上昇! なんとか1体、迷宮壁を守り抜きます!』
(迷宮を守ったんじゃない。守らされたんだ)

結束 UNITY(速攻魔法)
自分フィールドの表側表示モンスター1体の守備力は、ターン終了時まで、自分フィールドの全ての表側表示モンスターの元々の守備力を合計した数値になる


「あーあー、やりたい放題じゃないか」
 アブソルは若干引いていた。若干。
「ファストランドくん生きてるー? あ、生きてた、生きてた。まったくミツルくんときたらさー。強引な速攻召喚による着地硬直もクソもない」
「それが三幻魔の真骨頂です」
 ほんの一瞬、ミツル・アマギリがいくらか表情を和らげる ―― 吸収店長はその一瞬を逃さない。手繰り寄せるように言葉を放つ。
「きみはずるいねー」
「……ずるい?」
「 "王者なら魅せる決闘も必要" そんな理屈を隠れ蓑にやりたい放題だ。カードへの情熱が有り余っているのは愉快だが、同時に哀しくもある」
 軽い口調から一転、アブソルの言葉に陰が籠もる。
「きみがきみである為に一々大義名分が必要なのか」
「……!」
「みんな大好きEarthboundの決闘者を貫くのがそんなにも大事か」
「……マジック・トラップを1枚セット。ターンエンド!!」
『二大幻魔を従えてミツル選手がターンを終了! Earthboundはセキュリティも万全! なぜならば! ミツル選手は降雷皇ハモンを "守備表示" で特殊召喚しています。そう! 守備表示で存在する降雷皇ハモンはさらなる恐るべき効果を発動するのです。その名も!』
「降雷皇ハモン、"虚無の障壁"!」
 実況に合わせた完璧なタイミングでミツルが効果名を宣言。その勤勉な仕事ぶりを遠目に眺めながら、アリアが決闘にのめり込む。
(攻撃不能のリスクを逆手に…… "限りなく無意味に近い" とマニアに絶賛される降雷皇ハモン第2の効果まで活用するそつのなさ)
 ミツルの決闘に隙はなかった。
 失楽の霹靂で第一の切り札・結束 UNITYを抑え込み、そして、
(たぶんファストランドには "もう1つの切り札" が残ってるけど、それも今は封じられている。虚無の障壁の影響下では神炎皇を殴れないから……)
 アリアの目元に力が籠もる。
(完全に三幻魔を使いこなしている。……なんで今まで使わなかった)
 頭の中に可能性が浮かんでは消える。重量級ゆえ小回りが効かない、大味な決闘になり対策されやすい、土着の神との兼ね合い……
(違う。本当に大事なのは、なぜ今使う気になったかだ)
 ミツルの足元をジッと眺めて考える。Team BigEaterへの対抗策? なぜ三幻魔? 三幻神への対策? 過去の情報が頭をよぎる。

@ミツル・アマギリはアブソル・クロークスのことを前々から一目置いている(ゴミ捨て場のDuel Daysに書いてあった)

A大会前、西部五店長ゴーストリック・ライアスタがアブソルの出場をほのめかしていた(ゴミ捨て場のDuel Daysに書いてあった)

「ミツルは怖れている、アブソルを?」

 Turn 19(神炎皇・降雷皇VS迷宮壁)

「迷宮師の名において、ドロー!」
『 "失楽の霹靂" を受けたファストランド選手、いかに迷宮を立て直すか』
「《強欲で謙虚な壺》を発動。デッキから3枚を捲り、その内の1枚 ―― 《闇の量産工場》を発動。墓地から2枚を回収。さらに《凡人の施し》でデッキから2枚引き、その内の1枚を除外。そして! 手札からモンスター1体をアブソルさんのフィールドにディスパーチ・セット!」
「きみの友情にはいつも感謝している」
「マジック・トラップを合計3枚敷いてターンエンドを宣言! ……気をつけてくださいよアブソルさん、次のアタックはきっと激しいのだから」

 Turn 20(神炎皇・降雷皇VS迷宮壁・普通壁)

「EarthBoundのターン、ドロー」
『今度はリミッツ選手が襲いかかるか!』
「メインフェイズ。《強欲なカケラ》を墓地に送り、デッキからカードを2枚引く。As-零式シフトチェンジの効果を発動!」
「そうはさせません! 砂塵の大竜巻を発動! 零式を ―― 」
「《宮廷のしきたり》を発動。永続罠への破壊を無効にする」
「……!」
「As-零式シフトチェンジの効果を改めて発動。手札から《魔知ガエル》と《メタル・リフレクト・スライム》を墓地に送り ―― 」
『神炎皇ウリアと降雷皇ハモン ―― 三幻魔が大移動! なお、リミッツ選手の墓地には永続罠が合計3枚存在する為、神炎皇ウリアの攻撃力は3000まで上がります!』
「 "虚無の障壁" を一旦解除し《降雷皇ハモン》を攻撃表示へと変更!」
 リミッツ・ギアルマの存在が三度(みたび)消失。寸分違わずミツル・アマギリへと成り代わり、おもむろに右手を振り上げた。迷宮師の防御網に狙いを定め ―― 指をパチンと打ち鳴らす。


Trap Destruction!


『神炎皇の火炎弾! セットカードが問答無用で消し飛んだ!』
「神炎皇ウリアでアブソルのセットモンスターを攻撃する」


Hyper Blaze!!


 真紅の炎龍・神炎皇ウリアのファイア・ブレスが渦を巻き、アブソルの場にセットされていた《闇の仮面》を炎の中に消し飛ばす。
「そして! 《神縛りの塚》の効果を発動!」
『星火燎原! 神炎皇ウリアが止まらない!』

アブソル・ファスト:7000⇒6000LP
ミツル・リミッツ:12000LP

「お熱いことを……」
「ならば雨を降らせる!」
 ゴウゴウと燃え盛るアブソルの陣地で小雨がパラパラと降り始める。何も変わらない。何度でも。何度でも。EarthBoundが繰り返す。
『降雷皇は雷禍の化身! 雷の矢がガードの上から!』


失楽の霹靂!


『木端微塵。《魔導雑貨商人》が消し飛んだ! そして!』
「降雷皇ハモンと神縛りの塚の効果を同時発動。貫け!」


裁きの雷・改!


 降雷皇の裁判に慈悲はない。アブソルとファストランド ―― 2人の共犯者は即座に有罪。遅延召喚罪の厳罰が雷となって降り注ぐ。

アブソル&ファスト:6000⇒4000LP
ミツル&リミッツ:12000LP

『一罰百戒の双雷弾がアブソル・ファストランド両名へと無情な追撃! ミツル・アマギリの猛攻に次ぐ猛攻。Team BigEater、三幻魔の猛攻になす術なしか!』
「ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル!」
 雷鳴のようなミツル・コールがクイラスタジアムに鳴り響く。誰もがミツルを観ていた。より正確には、ミツル・アマギリと化したリミッツ・ギアルマについて、ミツル・アマギリがミツル・アマギリとして振る舞っているかのように堪能していた。
(雰囲気だけで良くああも)
 アリアの赤い瞳にも "ミツルらしきもの" が映っていた。
(自分の五体を "鏡" に変えて隣のミツルを映している。1つが2つ、2つが4つ、ミツル・アマギリの倍々ゲーム。身も蓋もなく無体に強い)
 天地咬渦狗流の決闘者が2人立ち並んでいた。1人はリアルで1人はフェイク。ミツル・アマギリが2人いれば天下無双は揺るがない。
(どうする? どうすればアイツに勝てる? 神炎皇ウリアの能力でトラップを封じられ、降雷皇ハモンの能力でガードを貫かれるなら、守りに入っても仕方がない。反撃する。どうやって? オベリスクミサイルはもう撃った。同じ手が二度通用する相手じゃない。ならどうする。吸収からの放出。サクリファイスはサイドアウトしている。ならどうする? 私なら ―― 私なら《ギガンテック・ファイター》にブースターを付けて地対空の対空ミサイルをぶっ放す。お高くとまった空なんてぶち破ればいいんだ。なんなら《アサルト・アーマー》をテイクオフして2体まとめて ―― )

 ―― アリア、おまえはマリア(わたし)にはなれない。私をカードで殺せない、それがおまえさんの限界よ。同じなら、私なら私を殺せるわ!

 ―― おまえに太陽はいらない。闇夜を彷徨い地の底を這いずり惨めったらしく生きなさい

 ―― この世にはなーんにも必要なかったんだわ。私の決闘は唯一無二。私は中央十傑 "狂聖母" マリア・シュナイゼン。私の太陽は地獄でこそ光り輝く! 私の決闘は永遠なのよ!

「私は ―― 私は関係ないだろ」
 スーッと熱が引いていく。
(2回行動したい。2回生きたい。自分が2人いればもっと勇気を)
 そこまで考えたところで、アリアはブンブンと首を振る。
「弱い考え。だから私はマリア・シュナイゼンになれなかったんだ」
 アリアが首の骨を酷使する間、ターンプレイヤーのリミッツはマジック・トラップを1枚セット。三幻魔を持ち主に返還してターンエンドを宣言する。時間(ターン)時間(ターン)の受け渡しが行われるその刹那 ―― アリアの喉元に小骨が掛かる。
「弱い考え……弱い? 2人……ミツル・アマギリが?」
 垣間見える何か。目の前にあるのは、圧倒的な強さで西部を魅了しているミツル・アマギリの二重奏。ふと気付く。積み重なる残像の隙間から(こぼ)れる何か。
「なんで……」
 アリアは何もしていない。そうであっても半ば(なかば)反射的に見極めていた。強さと弱さを天秤に載せて、その赤い瞳に英雄の実像が映り込む。
「なんでアンタから……同類の匂いがするんだ」

「なんと! なんと凄まじい決闘!」
 別の観客席から驚嘆の声が上がる。 "花火師の息子" エルチオーネ・ガンザが叫声を上げるが、その傍らには "彼女" が立っていた。
「あんにゃろ、まーだあんなものを隠し持って!」
 火打店長ファロ・メエラが愉しそうに歯噛みする。その瞳はゴウゴウと燃えていた。そう。観客席の最前列でTeam FlameGearが燃えていた。
「さー、あんたたち! 眼をかっぽじってよ〜く観ておくんだよ。あれがEarthboundだ! 数年後にはあんたたちが倒すんだ!」
「神炎皇ウリアとはむかっ腹だ。暖炉の主にはあれこそが……」
 "暖炉屋の息子" セルモス・トーブがぶつぶつ何かをのたまうが、隣に立つ "葬儀屋の息子" チェネーレ・スラストーニは別の何かを捉えていた。
「あれほどの決闘でありながら "循環" していない。なぜだ……」

「流石はミツル・アマギリ、降雷皇ハモンを繰り出すか」
 そしてもう1人。クイラスタジアムを囲い込む4つのドラゴンヘッドの東側。天から降り注ぐ雷を1人の不審者が興味深げに眺めていた。Team MistValleyを率いる風雅の決闘者。ライアル・スプリットが天理を説く。
(いかずち)の決闘は二度煌めく。誰に学んだか……しかし!」
 出し抜けに大きく手を振ると、呼応するかのように風が渦巻く。
「神炎皇と降雷皇の猛攻を受けながらも、あの男は闇の仮面と魔導雑貨商人の効果で《リミット・リバース》と《地獄の暴走召喚》を手の内に納めている。《封印の黄金櫃》の中身と合わせればもう一波乱があるはずだ」

 炎の葬儀屋チェネーレ・スラストーニ

 風の不審者ライアル・スプリット

 2人の焦点がある1人に絞られる。 

「あの男からは未だ死相が見えない」
「今日の風はあの男から吹いている」

 Turn 21(神炎皇・降雷皇VS???・迷宮壁)

『決闘も大台乗ったり21ターン目! 神炎皇ウリアと降雷皇ハモンの猛攻に半死半生のアブソル選手、引く手はあるのか!』
「いつだってあるさ」
 吸収店長アブソル・クロークスが両手を目一杯拡げていた。残りライフが4000に落ち込んだ今でも戦意は微塵も萎えていない。
「無謀な欲張りの効果でドローフェイズをスキップ」
 アブソルのデュエルオーラが高まっていく。ミツル・アマギリを前にして、両の手の平に凝縮される吸収店長のポテンシャル。
「2周前に安置した《封印の黄金櫃》の効果を発動」
「……!」
「《王家の神殿》を今こそ開く!」

王家の神殿(永続魔法)
このカードのコントローラーは、罠カードをセットしたターンでも発動できる。


『準決勝、殲圧店長パルチザン・デッドエンドが敷いた王家の神殿をこの大一番で発動! この行動にはいかなる意味が載っているのか!』
「王家の神殿の効果により3枚目の《ゴブリンのやりくり上手》をセットして即座に発動。デッキから3枚引いて1枚をデッキボトムに戻し、」
 アブソル・クロークスが牙を剥く。西部五店長の牙を。
「4枚のマジック・トラップをフィールド上にセットする」
『王家の神殿、そしてこのプレイング……ま、まさか!』
 殲圧的既視感。ミツルが堪えきれずに一言漏らす。
全展開決闘(フル・エキスパンション・デュエル)!」
「西部四店長、いや、今は西部五店長の1人として……この王家の神殿(カードショップ)で友の仇を討つ」
「そんな人間じゃないだろあんたは」
「この挑戦、受けざるを得まい」 「……」
 語気を強めるアブソル。沈黙を選ぶミツル。迂闊に踏み込めば斬り捨てられるであろう極度の緊張。そんな中……アブソルは平然と踏み込んだ。
「リバース・カード・オープン、《リミット・リバース》を発動。墓地からもう一度《ファントム・オブ・カオス》を復活!」
『前のターンでオベリスクを吸収したファントム・オブ・カオスが再度出陣! そして墓地にはパワー・ウォールで送ったあのカード!』
「効果発動! カオス・ドレイン!」
 ファントム・オブ・カオスとは沼である。瘴気を溜め込んだ沼である。沼地の瘴気が大空へと立ち上り、暗黒の太陽が虚空に浮かぶ。
「墓地に眠る "太陽神" を1ターン限定で吸収する!!」
「!」
『来た来た遂に来たぁーーーっ! 準決勝でフィニッシャーとなった太陽神ラーが! 再びスタジアムに顕現するというのかぁっ!!』
「準決勝で講義した通り。太陽神ラーは2つの形態を持っている」

時間を圧縮する刹那の翼神竜(ドラゴン)

空間を制圧する永遠の不死鳥(フェニックス)

「ファントム・オブ・カオスの効果は1ターン限りの儚いもの。ならば束の間の "永遠" を満喫しよう。フェニックス・モード!」
 クイラスタジアムの上空で暗黒の太陽がある形状へと変異する。爪を伸ばし、翼を広げ、未来永劫に渡って燃え盛る不死鳥へ。


THE SUN OF PHANTOM PHOENIX!


『美しい! 黒い炎の不死鳥が無限の大空へと舞い上がったぁっ!』
「1ターン限定の不死鳥。一行で矛盾した言葉だと思わないか? Earthboundの天下も長い歴史で言えば刹那も刹那、儚いものさ」
「……!」
 ほんの一瞬、ミツルのポーカーフェイスに色が混じる。ほんの一瞬の揺らぎであったが、歴戦の店長アブソル・クロークスは逃さない。
「問うてみようじゃないか、このファントム・フェニックスできみの真意を! 1000ライフ分の "命" を吸わせることで効果を発動!」
 遙かなる夜空へと、漆黒の不死鳥が舞い上がっていく。闇に染まった夜空を背景に両翼を大きく広げ、神炎皇目掛けて一直線に急降下!


God Phoenix!!


『神炎皇ウリアを焼き尽くしたぁーーーいや、違う! あれは!』
「全くきみというやつは!」
「貴方の言うとおりだ」
 漆黒の炎が地上で燃え盛り、真紅の炎をも呑み込みかけたその瞬間、
「だからこそ、ハーネス・アースバウンドの意思を永遠に刻みつけるには最高の1ターンが必要なんだ。世界制覇という一瞬が!」
『降雷皇が神炎皇を庇っている。あれは…… "虚無の障壁"!?』
 ファントム・フェニックスをその身で止めた降雷皇ハモンがバチバチと発光。幻魔の内側に蠢くライトニング・ゲンマ・エナジーが闘技場中央で煌めいて。
「幻の太陽神で "本命" の前の露払いをするのは読めていた」
「そうか。きみの狙いは……」
「おれが狙っていたのは露払いの方だ!」
 ミツル・アマギリの手元にはギュッと握られていた。スイッチが。
「この瞬間、降雷皇ハモンを生贄に捧げ《マリシャス・ソウル》第1の効果を発動。……目の前の敵が(ファントム)ならば三幻魔に負けはない!」
「自爆する気か」
「おじいちゃんの……ハーネスの意思は不滅だ!」


虚無の霹靂・終!


『不死鳥の炎をライター代わりに……大容量自爆装置(ハードゲンマドライブ)を起爆したぁっ!……』
 月下の闘技場を受け皿として降雷皇が自爆した。三幻魔の超越的ゲンマ・エナジーが四方八方に乱れ飛び、雷の矢となって敵味方の区別なく降り注ぐ。

マリシャス・ソウル(通常罠)
墓地にレベル7以上の悪魔族がいる時のみ発動できる
@「フィールド上のモンスターを破壊する効果」を相手が発動したとき、対象になったモンスター以外のモンスター1体をリリースして発動。その効果を無効にして破壊する。その後、リリースしたモンスターの元々の攻撃力分のダメージをお互いに受ける


『なんというタクティクス! 三幻魔を惜しみなく使ったミツル・アマギリの神算鬼謀! 猛攻に次ぐ猛攻でライフを削り、幻魔爆弾で一気に決着ぅっ!』
「ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル! ミ・ツ・ル!」
 沸き上がる観客達の声援を一身に受けながら、ミツルは降りしきる雨の中に立っていた。OZONE空間の中、降雷皇ハモンが降らした雨がEarthboundの大地をうるおす。

 ……その筈だった。

「なぜだ」
 目の前の現実が粗悪品のように歪んでいた。降雷皇の "爆発" は間違いなく起きたのだ。あと一押しで倒せる虫の息のところに4000メガトンもの爆発が起きたのだ。現に今、味方をも巻き込む自爆によってミツルも大きなダメージを受けている。なのに。
「なぜアブソルが立っている」
「2つ……計算外があった」
 降りしきる雷の矢を "恵みの雨" に変えて。アブソルは未だ生きていた。
「1つ目の計算外は三幻魔。そしてもう1つの計算外は……」
 右手をひらひらとはためかせる。自嘲気味な引き笑いを浮かべながら、
「三幻神を引くのに時間がかかってしまったことだ。ドロー・ブーストで引き当てようなんざ慣れないことはするもんじゃない。でぇもねぇ!」
 最古の晩餐(サイコ・イーター)は立っている。満面の笑みで立っている。
「僕の決闘はそういう時ほど輝くんだ!」

アブソル・ファスト:3000⇒7000LP
ミツル・リミッツ:12000⇒8000LP

『アブソル選手生存! それどころか互いのライフが!』
「伊達に100年生きてはいないさ。 "吸い込む" と "吐き出す"。 それは生きるということであり、ならばこそ……僕は浅ましく生き残るのが得意なんだよ」
「なぜだ。なぜおれがハモンを自爆させると……」
「Team DeadFlameの決闘は無駄じゃなかった」
「!」
「地縛陣を仕掛けるきみを観て気がついた。僕との決勝戦、きみはきっと接近戦 "以外" でケリを付けに来るとね。ガードの上から殴る三幻魔で真っ向勝負を印象付けつつも、穴に踏み込むことを怖れていたんだよ、きみは」
「おれが……怖れた?」
(すく)んだ決闘は読みやすい。 『インファイトを拒絶した君が何をするか』 で事足りる。直接攻撃はきみらの十八番。わざわざデッキに積み増しするまでもない。なら後は火力か特殊勝利だが、まさか三幻魔にウィジャ盤を積むようなバカはいまい。じゃあ火力だろ?」
『恐るべきは吸収店長! ミツル選手の "自爆陣" を読んでいた!』
「豪快で臆病な決闘の巻き添えは御免だから。サイドボードからぶち込んでおいたんだ」
「なんというやつだ!」
 試合場の後方。砲銃店長ダァーヴィット・アンソニーがベンチに座ったまま腹立たしげに(うめ)く。苦悶と賞賛が(うず)を巻いていた。
「あんなものをよくぞ積む!」

エネルギー吸収板(通常罠)
自分にダメージを与える魔法・罠・効果モンスターの効果を相手が発動した時に発動できる。
自分はダメージを受ける代わりに、その数値分だけライフポイントを回復する。


「 "吸収" はぼくの代名詞。面目躍如というやつだ」
 吸収店長のイチオシ商品。明日の値上げは確実だ。
「安心していいよ。僕の中でも半信半疑だったんだ」
「ならばなぜ入れた!」
 ダァーヴィットが荒げた声を、
「それなんだよ!」
 アブソルの地獄耳が愉快に吸い込む。
「ギリギリのところまで迷っていたんだが……当たった瞬間のきみらのリアクションを想像したらテンションが上がって、つい……ね」
 アブソルの悪びれぬ言葉にダァーヴィットが苦虫を噛み潰す。
(この男の凄味は攻撃力や防御力とは別種の何かだ。迂闊に踏み込んだ水たまりが実は底なし沼……そう気付かされたときのような悪寒!)
「それはさておき。不可解な現象があるものだ」
 アブソルがミツルの方へ向き直る。
「中央産の三幻神が西部土着の神を上書きしてしまう可能性。その万が一を徹底して封殺しようとするきみの努力には頭の下がる思いだが、僕にはどーも解せないんだよ。……そんなにきみはEarthboundが大事なのか?」
「……」
「五年前の東西南北交流戦(ワールド・クロスファイト)できみは良い戦績を残し中央決闘界からスカウトされた。極めて異例の事態だったがきみは秒で断った。これだけの実力を持ちながらきみはEarthboundの額縁に収まっている。そんなにもハーネス・アースバウンドの遺産が大事なのか」
「……」
「だんまりか」
 軽く息を吐く。それから息を吸い、そして、
「是非ともきみの中身を知りたくなった!!」

 "Magic"

 "Field"

 "God"

「《神縛りの塚》を発動!」
『満を持して神縛りの塚を発動。こ、この決闘の体勢はぁっ!!』
「墓地から《グローアップ・バルブ》の効果発動。デッキトップから1枚を墓地に送り特殊召喚。そして! 《地獄の暴走召喚》を発動。デッキから同名カード2体を特殊召喚!」

地獄の暴走召喚(速攻魔法)
@相手フィールドに表側表示モンスターが存在し、自分フィールドに攻撃力1500以下のモンスター1体のみが特殊召喚された時に発動できる。
A特殊召喚したモンスターの同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から可能な限り攻撃表示で特殊召喚する
B相手は自身のフィールドの表側表示モンスター1体を選び、そのモンスターの同名モンスターを自身の手札・デッキ・墓地から可能な限り特殊召喚する。


『来た来た来たぁーっ! 神縛りの塚に生け贄が3体!』
「下準備は完了だ。ハーネスの亡霊、今ここで ―― 」
 アブソルが一歩前へと踏み込んだ瞬間 ―― ビチャっという音がした。水たまりを踏んだような音。違和感。雨は降っていない。
「言いたいことはそれだけか」
 大地が液化していた。 "Trap" "Hand" "Destruction" その正体は潜行者。Earthboundの刺客がアブソル・クロークスの背後に立つ。
『リミッツ選手が潜行しているーーーーー!』
「そのエフェクトは……水霊術−「葵」……」
 アブソルの表情が見る見る内に変わっていく。
「僕の足下を……後には退けなくなる瞬間を!」
『水面下に潜行して狙っていたーーー!!』

水霊術−「葵」(通常罠)
自分フィールド上の水属性モンスター1体をリリースして発動できる。
相手の手札を確認し、カードを1枚選んで墓地へ送る


「必要ないんだ、おまえは ―― 」
「僕はねえ!」
 見る見るうちに変わっていく。
「この時をずっと待っていたんだ!」
 これ以上ないほどの笑顔へと。
「速攻魔法《AS-アシスト・アタック》をチェーン!」
「!?」
「それから僕のハンドを公開する。好きなの1枚を選んでくれ」
 一瞥した次の瞬間、リミッツ・ギアルマが眉根を寄せる。
「まさか……そんなバカな……」
「待つのは得意なんだよ、昔から」

 ―― 中々神を引けなかった

「現在進行形だったんだよ、僕の不運は」
(三幻神が手札の中に存在しないだと!)
 リミッツ・ギアルマが狼狽を深める。
(一連の奇怪なプレイング、まさか……)
「僕はきみが行動するのをずぅっと待っていた。ミツル・アマギリの模倣ではなく、リミッツ・ギアルマとして行動するのを待っていた」
 用心深い魚の接近を待っていた。釣り師が延々と待っていた。
「 "潜行" のアイディアとしては悪くない。ミツル・アマギリに擬態することでリミッツ・ギアルマ本来の決闘を水面下に埋没させる。そして土壇場で浮上し僕の足下を狩る。徹底している。それこそ序盤も序盤、《鬼ガエル》による攻撃の機会をドブに捨ててまで、徹底してきみの気配を僕の前から消した。不自然なことをああも自然に行い、いつの間にやら意識の外へ。ファストランドくんなんて完全に虚を突かれて泡喰ってるよ。でもね」
 アブソルの手は2つある。2つの手で2人を掴む。
「1つ、僕は気配を察知するのが元々得意なんだ。そしてもう1つ、僕は一貫してきみのことを極めて厄介な邪魔者だと高く評価していたから、決闘が始まった瞬間から一貫して "邪魔だと思っていないフリ" をしていたんだ」
「……っ!!」
「そしてわかった。君達2人は抜群の連携のようでいて少し食い違っている」
『ミツル選手とリミッツ選手による立て続けのブロックを擦り抜けた! アブソル選手の奇怪なプレイングがEarthboundを翻弄する!』
「これは僕の手柄じゃない。準決勝を、Team DeadFlameとの決闘を観戦したことで僕はきみらの決闘を次の次まで読めたんだ。ミツル・アマギリ!」
「……っ!」
「あの2人だけじゃない。今日のことは西部五店長の1人 『変幻』 店長ゴーストリック・ライアスタに頼まれたんだ。今のきみを味見して欲しいとね」
「あの人が、おれを?」
 この時、ミツル・アマギリの視界にはハッキリと映っていた。西部を盛り立ててきた歴戦の店長達。その雄姿が今もなお映っていた。
「代表して言わせてもらおう。……西部五店長を嘗めるなよ!」
「似合わないことを……」
「ここまでが "吸収店長" としての決闘だ。そしてここからは ―― 」
 アブソルの凄味が増した。前髪が跳ね上がり、その正体が露わになる。空洞の眼窩に無限の奥行きを持つ妖怪変化。来る。幻影ではない。中央十傑アブソル・クロークスが来る。
「 "最古の晩餐" を始めよう。《As-アシスト・アタック》の効果を解決。ファストランドが置きっぱにしていたセットモンスターの支配権を得る」

As-アシストアタック(速攻魔法)
パートナーのフィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動できる。
このターンのエンドフェイズまで、選択したモンスターのコントロールを得る


「くっ、なら水霊術−「葵」の効果解決。2枚目の神縛りの塚を墓地に送る」
『神を持たぬまま4体を並べる! 一体何を考えているのか!』
「君達が察した通り、ファストランドくんの陣地に迷宮を築かせたのはこの僕に攻撃を集中させる為だった。ならばこそコイツは放置された」
 ピンと人差し指を伸ばすとセットモンスターを指し示す。天界蹂躙拳が飛び交う中、迷宮三丁目にセットされていたモンスター・カードを。
(あのセットモンスターの正体は……)
「僕の眼窩は空っぽだから。眼球の補充が必要だったんだ」
「眼球の補充! ……《大王目玉》か!」
「御名答! 大王目玉を反転召喚!」

大王目玉(1200/1000)
リバース:自分のデッキの上から5枚まで確認し、
好きな順番でデッキの上に戻す。
[効果] [4] [闇] [悪魔]


「リバース効果発動。デッキトップから5枚を確認して好きな順番でデッキに戻す。そして! リバース・カード・オープン! 《真実の名》を発動」

真実の名(通常魔法)
カード名を1つ宣言して発動⇒自分のデッキの一番上のカードをめくり、宣言したカードだった場合は手札に加える。さらに、デッキから神属性モンスター1体を手札に加えるか特殊召喚できる。違った場合、めくったカードを墓地へ送る(※「真実の名」は1ターンに1枚しか発動できない)


「宣言するのは《サンダー・ドラゴン》」
『あぁーっと! アブソル選手、準決勝で披露した《真実の名》をここにきて発動! 世界の全てを縦横無尽! なんというアクロバティックなプレイング!』
「名付けて目玉返し三手! 引けないのなら握ればいいのさ」
(強い……!)
 ミツルが感嘆の呻きを漏らす。
(水も漏らさぬ封殺とは逆の発想。己の隙を敢えて拡げて渦を巻き吸い込む為の穴と化す。これが吸収店長、いや、中央十傑アブソル・クロークスの強さか)
「土着の神の所有者に告ぐ」
 時は満ちた。アブソルが招待状を突きつける。
「未だ "霧" のヴェールに包まれたハーネス・アースバウンドの亡霊に敬意を表して、我が全力の投盤を持って中央の神をご覧に入れよう」
 今あるべきは一投入魂。天に向かって 決闘掌盤(クロークス) の五本指を広げた瞬間、OZONEの天井が開いて光が差した。アブソルは大きく手をかざす。その手に "神" を戴いて。
「新しい動機が上乗せされたよ。今のきみの決闘が気に食わない」
「苦情ならファンレターにでも書いてくれ」
「僕はカードテキストで語り合いたいんだ。だからきみにこそ、西部を覆う "霧" のように生きているきみにこそ! 僕らの "空" を贈りたい!」
  決闘掌盤(クロークス) に1枚のカードを装填したまま投盤体勢へと移行。溢れんばかりのデュエルオーラを纏わせて、 "最古の晩餐(サイコ・イーター)" アブソル・クロークスが "神" を喚ぶ。
「無限の天より現れ出でよ!!」

 三幻神とは ――

 傲慢なる吸収概念である。

 オベリスクの巨神兵は兵の "力" を吸収する。

 ラーの翼神竜は人の "命" を吸収する

 そして、

 最後の三幻神は札の "時" を吸収する



SAINT DRAGON


-THE GOD OF OSIRIS-





【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。若干エラッタしつつも書いてます
媒体によってはカードテキストだけ突然デカくなったりするトラップに気付き調整中
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております。


□前話 □表紙 □次話




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