灼熱の1回戦から2日を経た夕暮れ時。パルムとシェルが互いの想いをぶつけ合い、鉄の巨人と岩の巨人が架空の雪原でしのぎを削る。
そしてもう1つ。思い出の地が揺れていた。
2人の決闘者が互いの魂をぶつけ合う。名誉も、賞品も、観客さえいない孤独な決闘。そこに意味はあるのだろうか。あるかもしれない。ないかもしれない。
全ては10年前に遡る。
当時、乱世の英雄・蘇我劉邦を失った西部は転換期を迎えていた。
―― 10年前(TCG歴73年) ――
海がある。陸がある。その境界線に店がある。その名はカードショップ星屑支店。8つ星を誇る最上級の店舗は決闘海域の支配者だった。海に面した
湾岸地帯は
自由交易の一大拠点。海に面した横一列の店舗を構え、強権的な札販売を生業とする合法的独占。大型のカードショップが我が物顔で立ち並ぶ。
無論、海に面している以上は危険が付き物。近海を荒らし回る
ならず者の海賊達の脅威は常にある。そうであっても。顧客の侵入を許したことなど一度たりともあるものか!
レーダー、ミサイル、キャノン砲。拠点防衛に特化した鋼鉄の店舗はまさしく要塞堅固。
湾岸地帯に店舗を構える以上、顧客をもてなす抜群の
迎撃能力は至極当然。
そればかりか。もう1つ。最上級の警備員が空路を塞いでいた。星屑の守護龍スターダスト・ドラゴンが万全の防御を敷いている。
スターダスト・ドラゴン(2500/2000)
@フィールドのカードを破壊するモンスター・マジック・トラップ・モンスター効果が発動した時、このカードをリリースして発動できる。その発動を無効にし破壊する
Aこのカードの@の効果を適用したエンドフェイズ、このカードを墓地から特殊召喚する
[同調] [8] [風] [ドラゴン]
「ハァーッハッハッハーッ!」
支店長の高笑いが絶えず響き渡っていた。星屑支店の防衛力はあらゆる顧客を一網打尽に排除する。つい先日も、迂闊に仕掛けたフィッシャーマンを鎖で縛って血祭りならぬ札祭り。ワッショイ、ワッショイ。誰がこの店舗を荒らせるというのか。
もしそんな者がいるのなら
――
空が赤く染まる夕暮れ時。突如、空の色が赤から黒へと塗り変わる。
湾岸地帯が真っ暗な《ダーク・ゾーン》に包まれた。敵襲! 敵襲! うるさくサイレンが鳴り響く。すわ何事か。髭面の支店長が真っ暗な空へと視線を向ける。
「敵が来るだと? ふざけた真似を」
「ドラゴンタイプのモンスターです!」
「ふん、そんなものは見ればわかる!」
「最上級です。闇属性……レベル8……確認しました。煉獄龍 オーガドラグーンです!」
煉獄龍 オーガドラグーン(3000/3000)
手札が0枚の場合、1ターンに1度、マジック・トラップの発動を無効にし破壊する
[同調] [8] [闇] [ドラゴン]
上空から迫り来るのは暗黒の龍だった。両手・両足に巨大なかぎ爪を持つドラゴン族の侵略者。十中八九、煉獄からの刺客であろう。昨今の煉獄は相次ぐ冷害でカード栽培の不作が続いているという。ならばこそ。人気商品の強奪を目論むか。
「笑止! この警備に単騎で突っ込むとは身の程知らずもいいところ。
対空砲火用意!」
対空砲火はカードショップの華である。余裕綽々。店舗常設のキャノン砲から一斉砲火。迂闊な煉獄龍を売り払う。……そのはずだった。
「ダメです! オーガドラグーンの
零式魔導粉砕装甲に遠隔兵器は効きません」
「なにぃ!?」
支店長が呻く。煉獄龍が吼える。
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!」
オーガドラグーンの黒いカギ爪が上から下へと弧を描き、スターダスト・ドラゴンの硬い皮膚へとめり込む。何ら抵抗もできぬまま店舗が墓標と変わるのか。
否。否。断じて否。守護龍の眼がギラリと煌めき、謎の炸裂音が鳴り響く。ズドン!
数秒の沈黙を経て2体の龍が身体を離す。穴である。煉獄龍の土手っ腹にはぽっかりと穴が空いていた。
音速抜き手! 全身全霊を込めた《魂の一撃》に他ならない。
魂の一撃(通常罠)
ライフポイントが4000以下の場合、戦闘時にライフポイントを半分払って発動⇒選択した自分のモンスターの攻撃力は、ライフポイントが4000より下回っている数値分、相手のエンドフェイズ時までアップする(1ターンに1枚しか発動できない)
カードショップの店員達が一斉に沸き上がる。賊は始末した。我らが勝利だ。……いや何かがおかしい。呆気なさ過ぎる。あまりにも。
突如、湾岸の倉庫が爆発する。何も終わってはいなかった。オーガ・ドラグーンは天空から襲い来る第一陣。ならばこそ。大地から噴き出す第二陣。
もう1つの黒い龍が爆炎の中から現れる。
「敵影確認。レベル8、闇属性、カード名は……ダークエンド・ドラゴンです!」
「シャドー・インパルスによる後続召喚か!」
シャドー・インパルス(通常罠)
自分フィールドのシンクロモンスターが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られたとき発動⇒そのモンスターと同じレベル・種族でカード名が異なるシンクロモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する(1ターンに1枚しか発動できない)
炎と煙の中から現れた第二の刺客。その全身は煉獄龍と等しく黒だった。ダーク・ゾーンの真っ只中で深黒の龍が雄々しく叫ぶ。
「次から次へとふざけた真似を。龍の1体や2体が!」
獰猛な牙や鋭利な爪は勿論、禍々しき腹部にはもう1つの口が付いていた。腹の口からダーク・ゾーンの闇を吸い込むと、ドラゴニック・ボディの中で促成栽培。収穫した闇・エネルギーを上の口に充填し速やかな出荷準備を完了する。接近戦が駄目なら遠距離戦。店舗防衛の大黒柱・守護龍スターダストをロックオン!
「ええい案ずるな、店員達よ! スターダスト・ドラゴンにはヴィクテム・サンクチュアリがある。生半可なダーク・キャノンなど効きはせん。カードショップのプライドに掛けて防衛ラインを死守する。来店者を生かして返すな!」
「……支店長。貴方は知らなすぎた」
「何を言う。我々は……なにぃ!?」
誤算。黒龍の口から放たれるダークエンド・バニッシュは守護龍のバリアをも貫通する。阿鼻叫喚。闇の渦が支店長を呑み込んでいく。
「店長……本店長ぉおおおおおおおおお!」
湾岸地帯が燃えていた。倒壊する店舗を無慈悲に踏み荒らしながら、ダークエンド・ドラゴンが夕闇に吼える。志半ばで散った盟友、オーガ・ドラグーンへと捧げるかのように。
ダークエンド・ドラゴン(2600/2100)
1ターンに1度、このカードの攻撃力・守備力を500ポイントダウンし、相手フィールド上に存在するモンスター1体を墓地へ送る
[同調] [8] [闇] [ドラゴン]『鉄壁の守護龍《スターダスト・ドラゴン》を! 闇の渦が呑み込んだぁっ!!』
カードショップを襲った未曾有の災害から一転、西部最強の実況使いが通りの良い声を張り上げる。湾岸ではなく内陸。店舗ではなく闘技場。それまで固唾を呑んで見守っていた観客達も堰を切ったように湧き上がる。
そう、ここは西部スタジアム。スターダストもダークエンドも決闘を彩る一要素に過ぎない。そして! 観客達はある一点を凝視している。そこには決闘少年が立っていた。
『ミツル・アマギリ15歳! 並み居る強豪達を突き崩す。この実力は本物かぁっ!』
西部を吸い込む黒い瞳、西部を撥ね退く黒い髪。羽織った一張羅は古着屋で買った安いブラックジャンパー。かつての英雄・蘇我劉邦の失墜以降、混沌としていた西部を貫く黒い閃光。若干15歳の決闘少年が西部全域を魅了する。
『1回戦ではシャイニング・フェリックスを完封、ベスト8では変幻自在の決闘職人ゴーストリック・ライアスタを抑え込み、天才少年が西部のスターダムへと駆け上がる!』
抜札から投盤に至るまで、あらゆるムーブが西部の民を惹き付ける。生まれるか、英雄が。期待に湧き上がる観衆。しかし、
「その程度か、小僧!」
ミツルの表情がわずかに揺らぐ。終わっていない。
星屑支店を潰しても本店は全くの無傷。来る。本店長がすぐにでも。なら、
「リバースカードオープン。墓地の闇属性5体を除外して《終わりの始まり》を発動」
咄嗟に手札を補充するが防御札はない。渋々ターンエンドを宣言するが、
「詰めが甘いぞ! リバースカードオープン、《デーモンとの駆け引き》を発動!」
デーモンとの駆け引き(速攻魔法)
レベル8以上の自分フィールド上のモンスターが墓地へ送られたターンに発動する事ができる。自分の手札またはデッキから「バーサーク・デッド・ドラゴン」1体を特殊召喚する。
『ミツル選手のシャドー・インパルスに対し、歴戦の店長も同種の技を繰り出すか!』
「若き衝動もまたよかろう。しかし! 老練なる駆け引きはその全てを凌駕する。ゆけ!」
Berserk Dead Dragon
Special Summon!!
本店長の一喝で龍が飛ぶ。人呼んで死と炎の狂鬼龍《バーサーク・デッド・ドラゴン》。極限まで研ぎ澄まされた本店直轄の龍が翔ぶ。
バーサーク・デッド・ドラゴン(3500/0)
「デーモンとの駆け引き」の効果でのみ特殊召喚が可能
相手フィールド上の全てのモンスターに1回ずつ攻撃が可能
自分のターンのエンドフェイズ毎に攻撃力が500ポイントダウン
[特殊] [8] [闇] [アンデット]『冬季大会決勝戦! Team DeadFlameのリーダー、 "殲圧の鬼人"
パルチザン・デッドエンドが……天才少年の前に立ち塞がったぁっ!』
殺気が満ち満ちていた。鉄板のような胸板。丸太のような手足。悪鬼の如き形相。殲圧を是とする巨漢が1人。デッドエンドが迫り来る。
「《荒野の大竜巻》を発動! 我が《悪夢の蜃気楼》を吹き飛ばし負債を踏み倒す。さらに第2の効果。手札からカード・ユニットを1枚セット」
『デッドエンドの店舗再建が始まったぁっ!』
「私のターン、ドロー! 直営店の決闘は経済をも司る。《カードトレーダー》で商品を交換! 《強欲なカケラ》で商品を搬入! ハァァァ!」
悪夢の蜃気楼(永続魔法)
相手のスタンバイフェイズ時に1度、自分の手札が4枚になるまでデッキからカードをドローする。この効果でドローした場合、次の自分のスタンバイフェイズ時に1度、ドローした枚数分だけ自分の手札をランダムに捨てる。
カードトレーダー(永続魔法)
自分のスタンバイフェイズ時に手札を1枚デッキに戻す⇒カードを1枚ドローする(この効果は1ターンに1度しか使用できない)
強欲なカケラ(永続魔法)
自分のドローフェイズ時に通常のドローをする度に、このカードに強欲カウンターを1つ置く。強欲カウンターが2つ以上乗っているこのカードを墓地へ送る事で、自分のデッキからカードを2枚ドローする。
新商品の搬入が焼け野原をうるおした。いかに正面玄関が燃えようとも資源が無事なら再建可能。捨て身の特攻によって失われたオーガ・ドラグーンの犠牲を嘲笑うかのように、殲圧的な資本原理が少年の視界を埋め尽くす。
なんという経営なんだ。またしても繁盛してしまう。……気ぜわしい観客達が口々に捲し立てる。そうだ。あんただ。あんたこそが西部最強だ。……チームメイトのファロ・メエラもド熱い声を張り上げる。熱気が渦を巻いていた。
劇場型経営の真っ只中で殲圧店長が雄々しく吼える。
「決闘とは過酷なもの。その摂理……身をもって味わうがいい! 永続魔法《強者の苦痛》、そして、永続罠《追い剝ぎゴブリン》を発動!」
強者の苦痛(永続魔法)
相手フィールドのモンスターの攻撃力は、そのモンスターのレベル×100ダウンする。
追い剥ぎゴブリン(永続罠)
自分フィールド上に存在するモンスターが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手の手札をランダムに1枚捨てる。
「いかん!」
後方から堪らず声を張り上げる。テンガロンハットを頭に被り、ミツルに大将の座を譲った先輩格。人呼んで
"砲銃店長" ダァーヴィット・アンソニーが警鐘を鳴らすがもう遅い。
バトルフェイズ!
ミツルの眼前で壁を成すのはダークエンド・ドラゴンとお供を務める悪魔が2体。数的優位という言葉はまやかしに過ぎない。遊戯王とは一騎当千。
「死の狂鬼龍バーサーク・デッド・ドラゴンは全ての敵を葬る!」
「……っ! リバース・カード・オープン!」
「甘いぞ小童!
店意の薫陶で砕け散れ!」
死
至高の店意は拡散する。デッドエンドの咆哮によって闇・エネルギーが乱れ飛び、1体の黒龍が、2体の悪魔が、3枚の手札が、そしてライフが消し飛んだ。
デッドエンド:2500LP
ミツル:5300⇒100LP
『ミツル選手、全ての戦力を失ったぁっ!』
「スキル・サクセサーで生き延びるか。しかし! マジック・プランターで追い剥ぎゴブリンを下取りに出し、デッキから2枚を新たに搬入!」
『未だ手を緩めぬ鬼の経営! まさに殲圧!』
「永続魔法《カイザー・コロシアム》を発動! 貴様のシンクロ召喚を封じる。そして、」
デッドエンドが手の平にオーラを集中する。戦場には不似合いなB5サイズの法令用紙をその手に生成……デッドエンドが右手に膂力を込めていた。来る。何かが来る。
「くれてやろう裏店技!」
殲圧店長がその場で掌底を打ち込むと、B5サイズの法令用紙が真っ直ぐ飛んだ。有無を言わさずミツルの胸部に炸裂する。クリーンヒット。小さな呻き声と共にミツルが後退。えぐられた胸元には
"法令遵守" の文字が躍っていた。
「《禁止令》! 《天使の施し》を封印する!」
『カードショップの権勢もここまで来たか! 行政さえも味方に引き込み、風営法違反でエンジェル・サービスを強制処分! デッドエンドが大人の決闘を突き付ける!』
禁止令
強者の苦痛
バーサーク・デッド・ドラゴン
カイザー・コロシアム
カードトレーダー
「【
全展開決闘】堂々開店!」
『Team Earthbound絶体絶命の大ピンチ! 大躍進もここまでか!』
「品物なくして営業なし! これこそが
店意! カードを1枚セットしてターンエンド!」
最早一刻の猶予もない。モンスターを倒され、マジックを消され、トラップを割られ、残存戦力も尽き果てる。何もない。何も。
荒れ狂う死の狂鬼龍を前にして……ミツルは薄笑いを浮かべていた。
「《デーモンとの駆け引き》か。ここに来てデーモン……デーモンか……ハハ……」
自分のデッキをじっと見つめていた。最高の友人と組み上げた最高のデッキ。この世の誰よりもその尊さを知っている。例え ――
「いらない。なまじあるから期待するんだ。必要ないんだ……思い出なんか」
身体から黒いオーラが立ち上る。独り言を呟いていた。小さい声でボソボソと。
「そんなに不安がるなよ、"リミッツ" 」
一瞬、自棄的な笑みを浮かべると、殺気を張りつめデッキへと手を添える。そのターンは誰のため? 別に誰でも大差なかった。
「この世に必要なものなんか、なにもない」
DUEL EPISODE 43
10年前と5年前
―― 夜の郊外(TCG歴83年) ――
10年後の
現在。夜の郊外は寂れていた。声援を送る観客などいる筈もなく、廃墟を彷徨うのは気の触れた物好きばかり。そんな薄暗い空間の端っこ。遺棄された廃ビルの屋上で、
「10年前。この決闘が分岐点」
ラフな格好の女性が1人、片膝を立てて座っていた。爪の短い右手にはスクラップ・ブック ―― 雑誌の切り抜きを寄せ集めた手製の資料集が握られている。
「10年前の冬季大会は後継者を決める大会。蘇我劉邦の跡目を賭けた大一番。光龍使いのシャイニング・フェリックスを擁するTeam
Shining、殲圧店長パルチザン・デッドエンドと現火打店長ファロ・メエラを擁するTeam
DeadFlame……名うての強豪達が優勝候補として推される中、砲銃店長ダァーヴィット・アンソニーを引き入れたTeam
EarthBoundが破竹の勢いで勝ち上がる。そこにアイツがいた」
そっと目を瞑ると、10年前の情景がありありと浮かんでくる。
「当時若干15歳。天才決闘少年の活躍に西部決闘界が湧き上がっていた。そして迎えた決勝戦。ダァーヴィットとファロが相打ちになり一勝一敗二分のイーブン。大将戦で全てが決まる。先攻のミツルは悪魔族を筆頭に果敢な先制攻撃を仕掛ける。……デッドエンドは冷静だった。永続魔法で戦力を補充。品物を揃えて後半戦へと……」
実際に声を出して記事を読む。少しずつ、少しずつ、彼女は早口になっていた。
「下級の悪魔族2体ではラチが開かない。そう判断したミツル・アマギリは当時新型のオーガ・ドラグーンとダークエンド・ドラゴンを続けざまに投入。都合4体掛かりの猛攻で盤面の制圧に成功する。けれど、手札を使い果たしたこの瞬間こそデッドエンド渾身の
店意だった。反撃の気配を察したミツルは《終わりの始まり》で戦力を補充する。……防御札が足りない。攻撃重視の構成が裏目に出たか。その心中は察して余りがありすぎる!」
咄嗟に左手で心臓を抑える。バクバクと鳴っていた。止まらない。もう止まらない。
「 "
店の時は我にあり" デッドエンドのデュエルオーラが高まり、満を持してバーサーク・デッド・ドラゴンが召喚される。秘密兵器の登場。なおも湧き上がる西部スタジアム」
スクラップ・ブックを脇に置き、女性が突然立ち上がる。ホットパンツを履いた腰回りでバランスを保ち、首を上下に振っていた。両手を左右に振っていた。
そう、彼女は踊っていたのだ。暗記したレポートの一語一句が歌詞だった。一文一文を歌うように読み上げながら、薬でも極めているかのようにただただ踊る。
「追い剥ぎゴブリンとのコンボで殲圧完了。カイザー・コロシアムからの禁止令で反撃の芽さえ刈り取っていく。万全のターンエンド。絶望的状況の中でミツル・アマギリのラストターンが始まった。フィールド上にカードはなく、手札も尽き果て、墓地資源にも乏しく、これ以上何ができるというのだろう。あっ、あっ、あぁぁっ!」
高まる。昂ぶる。奮い立つ。ひたすら踊り狂う勢いそのまま、もう一度スクラップ・ブックへと手を伸ばしていた。ページを捲ろう。写真が載っている。そうすればもっと、
「パラリラパラリラパラリラパラリラ〜!」
突然、四方八方が同時多発的に煌めき、鬨の声が一帯に響き渡る。
(……いいところだったのに)
興を削がれ、彼女は一旦動きを止めた。それから2〜3回首を振る。
「……文句は言えない。この為に来たんだ」
深夜の郊外とはそういう場所だった。生きているようで死んでいる。死んでいるようで生きている。うす暗く、うら寂しく、それでいて今も火花が散っている小世界。誰とも知れぬ他人と一期一会の
決闘に望む、自然発火式の闘技場。
「今日はどんな感じかな」
廃ビルの屋上から辺り一帯を見渡し、血のように赤い瞳が剥き出しの決闘を捉える。スケボー使いのDr.プライムと
"荒野のサイクリング・ジャンキー"
パラッパアッパー高松がポチョムキンデュエルを満喫し、我我我無人君と理数系デストロイヤーが割と普通に決闘している。大規模大会の影響か全体の熱量もいくらか高い。
(適当に歩けば襲ってくれるか)
廃ビルから静かに飛び降りると、自前の
決闘盤を付けたままゆっくりと歩き始める。
(変だな。こんなに緊張するなんて)
闇夜の郊外を一歩ずつ進んでいく。人の気配はまだしない。誰かいる? 誰もいない。誰かいる? 誰もいない。誰か……いる? 流線型の身体をビクン震わせ、すぐさま首を左右に振った。それから大きく一息。野良猫が通り過ぎていく。
(お昼の為の単なる予行演習。なんでこんなに)
過度な緊張で両手が汗ばんでいた。今日は仮面を付けていない。人見知りなので襲いかかって来て欲しい。そのつもりだった。なのに。
いきなり声を掛けられたらどうしよう。ちゃんと喋れるのか。ちゃんと決闘ができるのか。必殺技で5メートルぐらい吹っ飛ばす筈が3メートルしか飛ばなくて「うわ3メートルかよ……」とガッカリさせてしまったら。心臓がバクバクと高鳴る。
(どうする。どうする。どうすれば、)
「夜中に女性が1人か。危険すぎるな」
男性の声が背後から響く。咄嗟に振り返ると、表情が見る見る内に揺れ動く。
(ありえない)
愕然とする女の姿とは対照的に、男は冗談めかして言葉を掛けた。
「きみを襲ってしまう人間が危険すぎる」
いるはずのない人間。それでいて会いたかった人間。誰もが知っているブラックジャンパー。西部一の有名人が薄明かりの下に立っていた。
「ミツル・アマギリ、本物?」
暗がりの中で目を凝らす。今にも故障寸前な電灯の光は頼りない代物だったが、それで見間違えるほど安いオーラでもない。本物だ。間違いない。
「なんだってこんなところに」
「それを言いたいのはこちらも同じだ。アリア・アリーナ」
「……」
アリアは軽く目を背け、少し考えてからボソリとつぶやく。
「私はこの場所が好きなんだ」
闇夜の郊外と親和していた。赤のデュエルパーカーと黒のホットパンツ。身軽さを第一とした服装は粗野な空間に程良く馴染み、大きく開いた赤い瞳は暗い世界をハッキリ映す。
「明るい場所は生きてる人間に優しいけれど、暗い場所は死んでる人間を生き返らせる」
「墓地から不死武士が蘇るように……か」
「……言われてみればそーかもね」
「地上と地下の狭間にある真夜中の郊外。この場所がきみのホームグラウンド」
「暗いところの方が性には合うんだ」
壊れかけの電灯が遂に機能を停止する。それは何かの始まりだった。アリアの目の前で、黒を基調とするミツルの全身が暗闇の中に溶け込んでいく。
「そういうことなら、おれがここにいてもいい」
黒と闇の親和性。ミツル・アマギリが夜と一体化していく。……逃しはしない。アリアは赤い瞳を尖らせた。闇夜に消えてもそこにいる。夜の暗闇がアリアの闘志を煽り立て、
「闇属性・悪魔族使いなら夜の環境でも合ってるけど、肝心のあんたがチョー浮いてる。西部で一番の有名人がこんなところにいていいの?」
2人が居る場所に生気はなかった。打ち捨てられた廃ビル。放棄された装飾電柱。前時代の成れの果て。西部の英雄は嫌でも目立つ。
「これでも散歩の自由ぐらいはある」
「ふうん」
アリアは目を瞑った。半径5メートル……半径10メートル……15……20……
「そこにいる監視役が優秀だから?」
不意の一言にミツルの眉毛がピクリと上がる。図星。暗闇の中でミツルが目を凝らすと、アリアが鋭利な狼と化していた。仄かな殺気をつぶさに読み取り、
「……なぜわかった」
「大会会場と……後は3年前の蘇我劉邦の時にもいたんだろ。あんたが何も言わないから放っておいたけど、今も同じ気配がしたから」
「隠れんぼで
"リミッツ" に勝てるのか」
「そいつが普通の人間ならたぶん見逃してる。リミッツ・ギアルマは一線級の決闘者。いくら潜むのが上手くても決闘者の臭いなら」
「そういうことらしいぞ、リミッツ」
軽く促すと、壁の中からリミッツが浮上する。相貌も、服装も、あらゆる印象が曖昧に散らばる潜行者。年齢はミツルと大して変わらず、25歳前後といったところか。
「……無益な同窓会に付き合わせるな」
「リミッツ・ギアルマだ。護衛だ監視だ鬱陶しいがちょくちょく我が儘を聞いてくれる」
「1VS2。別にそれでもいいけど」
殺気の高まりを察するが、素知らぬフリをして会話に励む。
「紹介しておいてなんだが、リミッツのことはしばらく忘れてくれ。3年前の蘇我劉邦の一件以来、きみとはサシで話をしたいと思っていた」
「そういうことなら……蘇我劉邦の息子が大会に出てた」
「Team NeogGalaxyは良いチームだ。あれを倒したTeam
FULLBURSTは警戒に値する」
「そうじゃないだろ」
「……っ!」
土手っ腹をえぐる鎖付き鉄球のような一言だった。迂闊に破壊した瞬間、カードを3枚引かれるほどの語気の重さ。闇夜を貫く赤い視線がここぞとばかりにぐいぐいと。
「蘇我劉抗とギャラクシー・フェリックス。あの2人とはあんたが闘いたかったハズだ」
―― おまえには無理だったろうさ
「……本当に鼻が効くんだな」
「冗談。横の席に座っていれば嫌でもわかる。あんたは鬱憤が溜まってる。そんなんだから人目を忍んで夜道を散歩している。だったら、」
「おれのガイウスがそんなに欲しいのか」
「……っ!」
今度はアリアが瞠目。 ミツルが悪戯っぽく微笑んでいた。
「溜まっているのはお互い様だ。ゼクトさんとバイソン・ストマード。ライトレイ
ソーサラーとカオス・ソーサラー。2つの除外技には美しさすらあった。……闘いたかったんだろ」
図星。金網で傷付いた手の平を軽く握ると、少し揶揄するように言葉を返す。
「意外と他人のことに興味あるんだ」
「3年前から興味はあった。きみがあの2人に何を見出したかは知らない。いずれにせよ、手持ち無沙汰になったきみは夜の郊外を彷徨っていた」
徐々に語気が強くなる。お互いに、闇夜に殺気を焚きながら。
「きみのターゲットは誰だ。あの2人を倒したリード・ホッパーを狙うのか」
「決闘者に代わりはいない。あんたこそリード・ホッパーをどう思ってるんだ。あいつはあんたに、西部決闘界に喧嘩を売った。だったら……」
"言いたいことは決闘で語れ"
「……向かって来るなら迎え撃つ。それが全てだ」
ミツルが路上に線を引き、アリアが線を踏み越える。
「なら丁度ここに腕が2本ある。右腕は闇属性がそこそこ。左腕は光属性がややウケ。NeoGalaxy2人分とまでは行かないけれど」
「こんなところで仕掛けるつもりか」
「そうさせるのはあんただ」
忌憚のない言葉が気を惹いた。アリアのオーラに触発されてミツルのオーラも昂ぶっていく。火花が舞い散り、2人が交わり始めるその間際、
「もうすぐ人が来る。騒ぎになるぞ」
リミッツ・ギアルマが壁の上から水を差す。不意の静止にミツルは少しばかり苛立ちを募らせた。一方、正面からの声は揺るがない。
「10年間もそんな窮屈に生きてきたの?」
「そういうきみはなぜ10年出てこなかった」
「ミツル。今日は散歩だ」
リミッツが再度釘を刺してくる。ほんの少し意識を向けると、ミツルはしれっと言った。
「散歩には挨拶が付き物だ」
「……30秒。それで片を付けろ」
壁の上の相棒がさも諦めたように首を振ると、ミツルは満足気に頷いた。
「今日は……それで十分だ」
挨拶が始まる。
リミッツは壁の上に立ったまま、溜息混じりに挨拶の模様をジッと窺っていた。路上で迎え撃つミツルは不動の体勢。油断も隙も、
「
"おはよう" 、
決闘戦盤」
音声入力によりアリアの決闘盤が起動する。それから一歩ずつ徒歩で近づいた。間合いと間合いがぶつかるまでに30秒もかかるまい。
「西部決闘界に生き場所を探しに来た」
「行くあてか。あいにくおれは答えを知らん」
「あんたが西部の核心だ。まずは "今の"
あんたを知っておく」
「今も昔も……そうは変わってない。多分な」
不動の変動。ミツル・アマギリが天地咬渦狗流の構えに入る。腰を下げ、腕を上げ、天地に接続を開始した。全方位対応型の決闘が王者の本領。
決闘絆盤
にオーラを込める。
「……っ」 「……!」
一歩。そしてまた一歩。2人が接近するにつれ場の重力が増していた。あとほんの少しで射程距離……さらにもう一歩。互いに踏み込むその刹那、
天地咬渦狗流・弐拾七 "交差の拳" !
黒腕戦技 双腕百殺!――
―――
――――
「そんでその後はどうなったんだ」
テイル・ティルモットが気怠げに聞いた。時は太陽が微笑む昼下がり。Team
BURSTの主力兼補欠の暇人が綺麗に舗装された並木道を歩いている。軽く首を傾げると、昨日の当事者 ―― アリア・アリーナが一緒に歩いていた。人差し指で頬をポリポリ搔きながら、
「なんかお互いに吹っ飛んでから……えーっと、くるっと回って同時に着地したんだけど」
「したんだけど?」
「Time
Over。横合いから暴引族の残党がバイクで突っ込んできた。そしたらリミッツ・ギアルマが 『撤収だ』 の一言で煙玉を投げて」
「つーか誰だよそいつは。忍者か何かか」
「ほわほわと煙が晴れた頃にはいなくなってた。後に残ったのは私と暴引族の残党だけ」
「それで?」
「え? それで終わりだけど……」
「
夜の掃除が必要だろ」
「……」
図星。アリアは軽〜く目を背け、頭の中で昨日の経過を反芻する。別に間違ったことはしていない。過去を引き摺る暴引族の方々が口々に 『暴引族の魂は永遠に不滅』 『ドローパワー30%アップ!』 『今なら決闘仮面にも勝てる!』 『むしろ出てこい決闘仮面! 俺達に臆したか!』 『ヤーイヤーイバーカバーカおまえの母ちゃん役立たず〜』 などと寝言をおっしゃるものだから。
「そ、そんなことより!」
「ハイハイそんなことより?」
「あのミツル・アマギリが夜の廃墟を歩いてるっていうのがちょっと意外だった。ああいう世界とは縁がないと思い込んでたから」
「案外そうでもないぞ。それについては……この場所がヒントを教えてくれる」
「この場所?」
ギュッと眼を細める。目の前には一大建造物が建っていた。つい先日、Team FULLBURSTとTeam
NeoGalaxyが激戦を繰り広げた西部の闘技場。その名は、
「インティ&クイラスタジアム」
「ほら、そこの立て札を読んでみろ」
★インティ&クイラスタジアム★
TCG歴75年に完成。老朽化した西部スタジアムを抜本的に改修した西部最大のデュエルアリーナ。その最大の特徴は大迫力のドラゴンヘッド。昼から夜へと移りゆくに従って、スタジアムを囲んでいる4つの龍がインティからクイラへと入れ替わっていくのである。
なんたる絶景!
このダイナミック&エレガンティックなアイディアは、Team EarthBoundの主将ミツル・アマギリによってもたらされたものである。
「今年が80年だから 丁度 "5年前" だな」
テイルは薄く笑みを浮かべると、ポケットに手を突っ込んだまま鷹揚につぶやく。
「足跡がべったりだ。ありとあらゆることで1枚お噛みになっている」
「インティが昼でクイラが夜。ミツル・アマギリは "夜"
にも対等の価値を?」
「今ここにあるのは足跡だけだ。ミツルさんに喧嘩を売るつもりなら多分ココにはいないだろ。地縛館にでも奇襲を掛けた方がまだイケる」
「 "奇襲"
……あんま気が乗らない」
「闇夜の変態・決闘仮面が良く言うよ」
「ちゃんと夜の流儀で吹っ飛ばしてる」
「自慢になるかよ、そんなもん」
一蹴されたアリアはぷくーと頬を膨らませていた。それからふーと息を吐き、
「誰も吹っ飛ばしてくれなくて、ずっと忘れてたことがあったんだ。そんな浮ついた日々ももう終わる。明日からはもっともっと吹き飛べるから」
「そいつは良かったな」
なんとなく空を見上げる。晴れ晴れとしていた。
「そんじゃ敷地の中に入るか。おめーみたく、無駄に飛び跳ねるやつはいねーだろーが」
「出たぁっ! シライ・バロンのスクラップ・ムーンサルト! 高い! 高い! 高すぎる! 天駆ける床属性は健在だぁっ!」
「エア・スケルトンの清掃百花繚乱! 自在に宙を舞い! 虚ろな空さえもブラシで磨く。決闘清掃の概念はここまで進化を遂げていたぁーっ!」
「結構、飛んでるな」
スタジアムの門前はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。西部名うての決闘者達による垂直落下式デモンストレーション。観ていて飽きはしない。
「どこぞのホームパーティーよりは気が利いてる」
テイルはもう1つの宴を頭に思い浮かべる。何を血迷ったのか、女子会に成人男子を呼びつけるアリーナ家主催 『1回戦記念突破パーティー』。
いつだって西部の人間はお人好しが多すぎる。
(いたいけな16歳男子には丁度良いだろ)
パルムの慌て顔が目に浮かぶ。しかし同時に、シェル・アリーナの仏頂面も脳裏を過ぎる。年の離れた男女が2人。延々歩き回る破目になったとある1日。
(……あれからもう2ヶ月か。シェルがシェルならパルムに因縁付けてんだろな)
また1つ、女子への認識を歪められたパルムから苦情を召喚される未来が浮かんだが、テイルの知ったことではない。そんなことより、
「結局、今日は何すんだ?」
首を傾け今日の主役にお伺いを立てる。アリアは入り口の前でグッと屈み込むと四つん這いになっていた。ホットパンツを大きく突き上げ、くんくんと鼻先を地面に擦りつける。
テイルは後ろを振り返った。徐々に人が増えていく。流石は決闘月間。あらゆるものが決闘に最適化されている。なんと心地よい空間か。さあみんなで深呼吸。すー、はー、
「いや待て」
ギュルンと振り向きギュギュンと接近。四つん這いになっていたアリアのケツにケリを入れ、首根っこを掴んで引き上げる。
「なにやってんだよおまえはさ」
「地上の匂いを嗅いでる」
「潰れちまえよそんな鼻」
口を尖らせ捲し立てるが、当のアリアはポカンとしていた。3回ほどシパシパまばたきすると頭を左に傾けている。
「おまえさ……おまえさぁ……」
「何が何だかわからないけどテイルならきっとわかってる。あの夜だってそうだったから」
――
嘘くさいな! 死んだ親御さんに言われたから決闘をやめる? 表舞台に出なければ供養になるのか。決闘をやめたことになるのか。夜に決闘すればみつからないのか。おまえの親父とお袋の霊は、朝5時に起きて夜7時に寝る規則正しい天国ライフでも送ってんのか
「寝言を吐くにも限度があるだろ」
ぐったり背中を折り曲げると、両手を膝小僧に押し当てる。
「いつぞやのあれは見たまんまを言っただけだ。おまえもさ、目の前を全裸のおっさんが歩いてたら服を着ろと言いたくなるだろ?」
「夜にいたよそういう人。全裸決闘の使い手で、ネイキッド・ギア・フリードと一緒に全裸でダイレクトアタックしてくるスタイル」
「……いいかよく聞け。今の内にざっくり断っておくがおれは超能力者じゃない。握手で相手の気分がわかったりはしないんだ。わかるな?」
精一杯、口を酸っぱくして捲し立てるが、アリアの態度は変わらなかった。3回ほどシパシパまばたきすると、頭を右に傾ける。きょとん。
「……もうなんでもいいから、なんで匂い嗅いでんのか説明してみろ。最初っからだ」
――30分経過 ――
「ま、普通にデートするのはねーと思ってたけどよー」
2人はスタジアムの中を歩いていた。太陽龍インティを模したドラゴンロードをゆっくり歩くと、龍の首筋に出口があった。通過した途端、眩いばかりの太陽光が降り注ぐ。手の平を巧く使って上からの光を遮ると、徐々に視界が定まって、
「おまえの言い分を纏めるとこういうことか」
2人の目の前には巨大な
闘技場がぐわんぐわんと広がっていた。テイルがぐるりとその場で回り、湖水のような青い瞳でアリアを見つめ、
「一昨日の決闘を観た結果、まだまだ足りないものがあると気がついた。そんならってんで、このインティ&クイラスタジアムの歴史を辿ることで何らかのヒントを掴みたい。手始めにその辺の匂いを嗅いでみよう……でいいのか?」
「そうだけど? 最初にそう言ったじゃない」
「言えてねーよ! 『明日スタジアムに行くから一緒に来て』 しか言ってねー!」
「そ、それは……それ以上聞いてこなかったし……」
若干の反省は見られるがあまり懲りていない。アリアは周辺一帯をぐるりと見渡すと、ルンルン気分で闘技場の中を散歩する。
「このスタジアムには西部の歴史がぎっしり詰まってる。蘇我劉邦時代、ミツル・アマギリ時代。全てはここから始まった。だから一緒に」
「じゃあな」
背中を向けて、尻尾を垂らし、手の平をヒラヒラさせながら今来た道を逆方向に歩いていく。
颯爽とした帰宅。しばしアリアは茫然としていた。1秒……3秒……7秒……
「待……って、おねがいっ!」
実力行使! 健脚を活かした高速ダッシュですぐさま追いつき、必殺のドロー・フックを仕掛ける。デッキからカードを引く際に生まれる孤月の軌道 ―― 通称
"三日月" を使った捕獲の技だが、当のテイルは振り向きもせずさらっと躱す。
「ちょっと前に言わなかったか? あ、言ってねーわ。じゃあ今から言うけどおれってさ、決闘術より逃亡術のが得意なんだよ。そーゆーわけだから他を当たってくれ。じゃーな」
「おねがい待って。なんで帰っちゃうの」
「おれは5年前の大会を観ていない。蚊帳の外もいいとこだ。妹でも喚んだ方がマシだろ」
返す言葉が出てこない。胸元をズキンと軋ませながら、口元をぐにゃりと歪ませる。
「それは……あー……」
「第一、なんで5年前の大会なんだ。当時のおまえは決闘してなかったんだろ?」
「私が……ここに立つ理由……」
言葉にするのを少し躊躇う。迷える時間はそう長くない。露骨に帰りたがっているテイルを伏し目がちに一瞥。ようやく観念すると、少しずつ、慎重に。
「西部に来たのは "10年" ほど前。当時の西部決闘界ではミツル・アマギリが台頭した」
「その昔話は聞いたことがある。調子扱いて落ちぶれちまった蘇我劉邦の後釜だろ」
「それはあくまで文献に載っている昔話。当時の詳細なんてホントのところはわからない」
「今日の主題を全否定してねーか、それ」
「わかることもある」
―― 決闘してるだろ!
「西部スタジアムがインティ&クイラスタジアムにヴァージョンアップしたのは
"5年前" の出来事。あの時、実は私もこの場所にいたんだ」
「選手として……じゃないよな、それは」
「うん。売り子のアルバイトしてた」
「あーはいはい。段々わかってきた。おまえさ、マジで未練たっぷりだったんだな」
冷たい視線がグサグサと刺さる。気まずいがぐうの音も出ない。許しを請うような上目遣いで、両手の人差し指を突き合わせ、
「時給が良かったし、時間も良かったし、色々とあの辺に詳しかったし……みたいな……」
「ここまで来るとあれだ。よくもまあ表面上は決闘辞めてたな。一周回って逆に御立派」
「10年前、昔のお母さんとの間に "ちょっとした事件"
があって、決闘を辞めて、自分では諦めが付いてたはずなんだけど、実は全然そんなことなくて。ずっと決闘と関わり続けて。地下の八百長決闘、夜の賞金決闘、そんでもって……」
初めて会ったあの日の午後。文学的強化蘇生を嬉々として繰り出すブロートン一派からミィを救い出したあの日の午後。両肩にライターを搭載した "暖炉の文学"
セルモスを相手に己の決闘観を告白してしまったあの日の午後。紛れもなく決闘をしていたあの日の午後。
その場に屈み込んで砂を摘むと、口元に運んで静かに舐める。少し寂しげな笑顔で、
「本当は覚えてる。なのにあの頃は、いつだって自分の
決闘から逃げていた」
「逃げるのも悪くない。世の中深刻に考えすぎない方がいいぞ」
「あの決闘を観てそんなこと……」
1年前に助けた少女が
闘技場に立っていた。決闘者の凄味を備えて2人の強豪と渡り合う。激震のアブロオロスが彼方に飛んだその瞬間、そこには未曾有の銀河があった。
「そんなこと!」
迫り来る2つのソーサラー。いつぞやの夜とは比較にならぬ決闘。意地と矜恃を懸けた一発一発がアリアの世界観を塗り替える。不快ではない。ただただ口惜しかった。
「あんな決闘を間近で眺めて、何も想わないような人間でいたくない。何も想わない人間のフリ、そんな自分と
決闘する」
「つまるとこ今日の趣旨はそれか。自分の
人生を掴む為に環境を掴む」
重々しく頷くと、ジッと瞳を合わせる。希望と悔恨が入り交じった表情で、
「ここに立つ理由が欲しいから」
「くだらないな」
「……っ!」
1秒で否定され目元が泳ぐ。
「どうして……?」
「デッキなんて自分が好きなように組めばいい。余所様を気にする時点で位負けしてる」
「闘う相手がいなければ決闘は始まらない」
「単一国家な戦士族で、ガードの上からでも容赦なく殴りまくって、問答無用で吹っ飛ばすのがおまえの持ち味だ。下手に合わせようとするからおれやアブソルに付け込まれる」
テイルは立ち止まったまま言葉を吐き続けた。苛立たしげに、それでいて儚げに。
「みんな好き勝手に引いてりゃいいんだ。決闘なんてひとりぼっちなぐらいで丁度いい」
ポケットに手を突っこんで空を仰ぐ。丁度、太陽が雲に隠れて、
「ならなんで "みんな"
に付き合ってるの?」
不意の一言にテイルの身体が硬直する。渋面を浮かべて視線を陸に戻すと、ジッと見つめる赤い瞳がテイルの尻尾を捉えていた。
「さっきも立ち止まってくれた。本気で帰るつもりならもうとっくに帰ってる」
「……鬼ごっこなんてやってらんないだろ」
「決闘はひとりぼっち。そうだとしても……あんたもTeam BURSTの一員だ」
「おれはなんもしてないけどな」
「口で言うほど他人を無碍にしていない。テイルも観たはず。この場所で」
スタンディング・デュエルで踏み固められたフィールド。会話の70%がデッキで占められ残りの30%がプレイに及ぶ黄金比。OZONEを起動せずともモンスター・マジック・トラップが脳裏を揺らし、テイルの口元が僅かに歪む。
「いいか。この世にはな……」
Crazy Psycho
Burst! あの日あの時、前後左右に大地が揺れていた。極十字の決闘が西部に絶景を描き出す。
中央に聳え立つサイキック・キメラ:アルティメットサイキッカー
後方でベースを鳴らすサイコ・サモン・ミュージシャン:マックス・テレポーター
左右に翼を広げる表裏一体の妖精竜:エンシェント・フェアリー・ドラゴン
西の果てから世界に挑む狂喜の先駆者:サイコ・デビル
四方八方から掻き集められ、十字に混ざり合って破裂する狂喜の実用新案。閉塞する世界に向かって正々堂々、己の
喧嘩を売りつける。
そこには "夢" があった。
「この世にはな……」
テイルは一部始終をジッと眺めていた。ヤタロックの店員兼決闘者リード・ホッパーが雄々しくガッツポーズを決めたその瞬間 ――
ベンチの裏側でギュッと拳を握り締めたまま、誰にも聞こえないぐらいのかぼそい声で。
「どうにもならねーこともある」
「それでも私達はカードを引ける。テイル・ティルモットはそんな薄情な人間じゃない」
詰め寄られていた。いつの間にか。
言葉に詰まった末、絞り出すようにつぶやく。
「おれはさ……いないようなもんなんだ」
「だからここにいて! おねがい」
宙ぶらりんな尻尾に熱が伝わる。引き際を失った右手をアリアの両手が包み込んでいた。揺れている。包み込む両手が小刻みに。
「少しでいいから付き合って」
悪い気はしない。むしろ良い気分だった。あと10分ぐらいはこうしていてもいい。
「テイルは私の……大事な "宿敵" だから」
前言撤回。悪い予感がする。
――15分後 ――
「……よし。わかってきた」
合意に達したアリアは片っ端から闘技場の匂いを嗅ぎ回っていた。限りなく無に近い空間から情報をドローし顰蹙でライフを削っていく。社会的スーサイド・アタック。
「ソイツハヨカッタナー」
テイルが雑に相槌を打つと、アリアがくるりと振り返る。
「今から "5年前"
の話をする。 "10年前" にミツル・アマギリが現れて、それから5年目になる大会。もう1つのターニング・ポイント」
「聞き手がいる方が捗るか。1つ貸しとくぞ」
「ありがとう。はいこれ」
何かを渡され目を細める。数十枚の切り抜きを束ねたスクラップブックか何からしい。
「なんだこれ」
「当時のことが書かれた資料」
「んなもんがあるなら匂い嗅ぐ前にさっさと出せよ。……ったく。妹が妹なら姉も姉だ」
「ん? 今なんか言った?」
「なんでもねーよ」
パラパラとページをめくっていくと、
5年前の大会に関する決闘資料が事細かく整理されていた。流石の構築力。極めてわかりやすい。
(なぜこの構築力を口頭の説明に使えないのか)
首を傾げつつ1つの資料に目を付ける。
「まー、結局の所…… 『西部を知る』 ってのは 『西部の英雄を知る』 ってことだよな」
天をも穿つ大地の守護者
Team EarthBound/ミツル・アマギリ
前人未到。EarthBoundの五連覇をかけたタッグデュエル夏季大会の開幕まで後1ヶ月。 "彼"
はデビュー直後からスターダムの道を歩んできた。今までも、そしてこれからも、その歩みが止まることはないだろう。デュエル、チームメイト、そしてライバル……二十歳になる西部の英雄は今何を語るのか。Duel
Daysが独占インタビュー
撮影・取材/ゴーストリック・ライアスタ
出版日:TCG歴78年7月2日
■何度目でも緊張が抜けない
今日はこの、不肖ゴーストリック・ライアスタがインタビュアーを務めさせていただきます
よろしくおねがいします
ミツル・アマギリ氏とは何度か対戦経験もありますので、多少なりとも話が弾むことでしょう。さてミツルさん。大会1ヶ月前でお忙しい中、今日はありがとうございます
(しばし無言)……あっ、はい
ひょっとして……緊張なさってます?
慣れてる筈なんですがどうも最初は緊張します
大会のプレッシャーと比べれば全然では?
当然、大会でも緊張しています
またまたご冗談を
みんなそう言いますが……。それこそゴーストリックさんとの試合でも(緊張しています)
光栄です。当時は下手な鉄砲もなんとやら。覚え立ての決闘を投げてみましたが完敗でした
覚え立てなんですか? 防ぐのに苦労しましたよ
あの防ぎ方は想定していませんでした。闇次元の解放でフィールドに戻した魔導戦士ブレイカーを強制脱出装置で一旦手札に戻してまでたった1枚のカードを狙う。あの瞬間こちらのコンボが潰えました。
変幻店長の通り名に違わず、毎回違う決闘を持ち込んでくるから対処するのが難しい。今日だって、本業はカードショップの店長なのにインタビュアーからカメラマンまでやっていて、そういう多彩なところが羨ましくもあります
他人の業績を模倣しているに過ぎません。オリジナルには到底……不束者の昔話はこのぐらいにしておきましょう。需要がありませんから
またまたご冗談を(少し嬉しそうに)
西部四店長の中でも一番の小者なので
■実は写真を撮られるのが苦手
今回の巻頭グラビアに選ばれたのは、意外にもダークエンド・ドラゴン
意外にも(笑)
直々のリクエストだそうですね。大会前というのも相まって、てっきり地縛神かと
あそこに突っ立ってるリミッツにも散々言われましたよそれ。いちゃもんつけるぐらいならおまえも映れと言ったんですが……
丁重にお断りされたと
その癖スタジオまではいつも欠かさず来るんです。……まぁ、それはさておき、似たような表紙ばかりでも読者の皆さんが飽きるかなと
読者へのメタも万全。流石です
いやいやいやいや。ホントはただの気まぐれで
折角なのでお聞きしたいのですが……ダークエンド・ドラゴンの魅力はどの辺りにあると?
……(少し考える)。いわゆる闇属性ドラゴン族全般が好きなんですけど、えーっと……、あ〜、全体的にブラックで格好いいんですけど、お腹に口があってちょっと可愛いんです
下の口から吸って上の口から吐きますが……あれを可愛いと言うのはミツルさんぐらいかと
……『墓地に送る』という一文が何かと便利なんです。まぁ、邪帝ガイウスがあるので時々しか喚ばないんですけど
いつもあるとは限りませんものね、ガイウス
なけなしの攻撃力を500下げて、デッドエンドさんのスターダストやファロさんのピラミッド・タートルを墓地に送って、
返しのターンに殴り殺されると
それです(笑)
宿命(笑)
段々と己の力をすり減らしていって最後には呆気なく倒されてしまう。儚い命ですよ。そんなダークエンド・ドラゴンの生き様がよく表現されたグラビア写真になっていると思います。流石はゴーストリックさん。写真撮影も一流ですね
恐縮です。写り方にこだわりはありますか?
昔はピンと来なかったんですけど、何度か撮られてる内に少しは意識が高まりました。決闘者の視点というか、大きいモンスターを下から見上げる……あのアングルが好きなんですよ
なるほど。一緒に映るご自身に関しては……
そのくだり必要ですか?
それはもう(笑)
……昔から自分の顔に自信がないので
飛ぶように売れてますよ、公式写真集
ありがとうございます(苦笑いを浮かべながら)。ただ……いわゆる『おれのターン、ドロー』みたいな、あからさまな構図はちょっと据わりが悪くて。未だにちょっと慣れません
天地咬渦狗流の構えも?
モンスターを映しましょうよ、モンスターを
昔よりも増えましたね、そういうショット
今日も含めて、事あるごとに根回ししましたから
いやでも西部の英雄ミツル・アマギリですよ?
いやいやいやいや(食い気味に)
……今日のベストショットは?
カメラに背中を向けたまま、ちょっと上を向いてダークエンド・ドラゴンを仰ぎ見ている……そう、この写真が表紙でいいと思います
売れ行きが!
ダークエンド・ドラゴンを信じましょう
■悪魔族使い
さてミツル・アマギリと言えば悪魔族ですが
散々ダークエンド・ドラゴンの話をしておいて、その導入には無理があると思います
台本にそう書いてありますし、悪魔族使いとしての実績も十分ですから。まぁドラゴンに関しては仕方ありませんよ。エクストラデッキにろくな悪魔族がいない
デーモン・カオス・キングは結構強いですよ
ミツル・アマギリにデーモン・カオス・キングを使って欲しいファンは少数派だと思います。下手にキングと付いてるあたりが特に
そんなにダサいかなあれ……
それはさておき、悪魔族のデッキを構築する上で気を付けていることはありますか
んーーー、いざそういう風に言われるとイマイチ浮かぶものがない。ニワカなので
貴方がニワカなら我々の立つ瀬が無い
基本的に中途半端なんです。ピン挿し多めで混ぜ物も多いし。好きなチューナーはゾンビキャリアとクレボンスですし、好きな素材は(アンデット族の)ダブルコストンで、好きなリクルーターはキラー・トマトと素早いモモンガです
ジャイアントウィルス(※悪魔族)は? 何年か前の決勝戦。自爆特攻でバーンダメージを稼ぎつつダークゾーンを貼って、そこから地縛神で一発殴ってからの破壊輪。引き分け再試合で「まさか」の奇襲を掛けたこの決闘はファンの間でも語り草になっています
当時は破壊輪がある危険な環境で、ファロさん相手に長期戦はイヤだったので敢えて速攻を狙ってみました。今はジャイアントウィルスよりも素早いモモンガを良く使っているので、ニワカぶりが大分仕上がっている。
そうはいっても、モモンガからは氷結のフィッツジェラルド(悪魔族)を喚べますからね
フォローありがとうございます
さて結局の所、悪魔族使いに必要なことは?
ガイウスを投げればなんとかなるの精神
つまり企業秘密ということですね
みんなそうやって茶化すんですが、ぼくの8割ぐらいはガイウスとコカパクです
それでは他に、好きな悪魔族は?
マリシャス・エッジとか、メタル・デビルゾアとか、後は闇の侯爵ベリアルなんかも
メタル・デビルゾアは機械族ですよ、一応
機械族も好きなんですよ、男の子なので
■EarthBoundは大きすぎる
EarthBoundの調子について
ダァーヴィットさんが張りきってます。
一時期引退を噂されていましたが……
利き腕が壊れるまでやると言ってました。なんだかんだであと5年はやるんじゃないかな
不肖、同じ西部四店長としては嬉しい限り。必殺のコンドルハンデスが今季も拝めそうです
同じ鳥獣族ということで、新型の地縛神 Aslla
piscuを勧めてみたんですが
おお! 噂の新型を
新しきは若きに譲るとおっしゃってました
いかにも彼らしい。若手と言えばフェルティーヌ・オースさんはいかがでしょうか。去年鮮烈なデビューを飾って人気も急上昇中ですが
それが前回の冬季大会、ゼクトさんに完敗してからイマイチ構成が決まらないようです
機嫌が良い日は強いですよね、ゼクトさんは
あの人の美しさに比べると、フェルティーヌの【エンジェル・パーミッション】は時折チグハグなところがある……かも
『地に舞い降りた聖なる天使』 も発展途上と
誰が言い出したんですかそのキャッチコピー
現実と噛み合わない?
年々増え続けるぼくのキャッチコピーよりは流石にマシですが……フェルは結構ズボラですよ。それに天使と言っても、The splendid VENUS
とかガーディアン・エアトスとかそういうのじゃなくて、アルカナフォースとかが好きなんです
一種のゲテモノ喰いですか。ゾルガとかケルベクとかあの系譜
元々うちの上層部がスカウトしたんですが、目立つのをあまり好まないところがあって。そういうわけだからあんまり期待しないであげて欲しい
最近のEarthBound人気は凄いですからね
本当にそう思います。なので時々『ぼくでいいのかな?』と思う瞬間があって……。EarthBoundはあまりに大きすぎる……あっ、
なんですか?
リミッツが睨んでいるのでこの辺で
大会前に情報を出し過ぎたと(笑)
釘を刺すならおまえも出ろと言いたい
■対策は明日から考えます
今や飛ぶ鳥を落とす勢いのEarthBound。今大会も敵はなし……といったところでしょうか
そうは問屋が卸しません。Team
GalaxyやTeam Mistvalleyは油断のならない強敵です
なるほど。あ、そういえば(西部四店長の)アブソルさんも出るとか出ないとか
本当ですか? 参ったな……
あの人は、底知れないところがありますからね
変幻店長は出店しないんですか?
現環境では力不足ですよ。さて他のチームは……
Team
DeadFlame。正直、一番警戒しています
『殲圧』店長パルチザン・デッドエンドと、その相棒『火打』のファロ・メエラ率いる『死』と『炎』のデュエルチーム。Earthboundとは何度も大会で巡り合い、その度にミツルさんが勝利を収めてきました
できすぎです。ファロさんの自爆特攻には何度も手を焼かされましたし……
小技であるにも関わらず妙な迫力がありますね。今回のTeam
DeadFlameはいつも以上に気合が入ってると小耳に挟んだものですが、何か対策はおありですか
それは企業秘密というか……まだ全く考えていないというのが実情なんですが……。ファロさんとドッグファイトをするのは何かと気が滅入るので、なるべくなら近づきたくない
本人が聞いたらなんとも怒りそうな発言ですね。もう駆け引きは始まっている?
ハハハ。解釈はご自由に
■Profile
ミツル・アマギリ
ハーネス・ラウンド出身の20歳。言わずと知れたEarthBoundの若き大黒柱にして『Rule&Game』専属モデル。来るべき新年会へ向けて二階堂電鉄を鋭意特訓中。好きな食べ物は揚げパン
「あのさ」
読み終えたテイルが2〜3回ほど首を傾げる。
「おれさ、こういう雑誌をまともに読むの初めてなんだけど……なんか……なんだろうな……なんか……なんだ……なんかさ……んんん?」
「次のページから大会の資料が入ってる」
「……ほんのちょっぴり興味が湧いてきた」
「なら話すよ。5年前の夏季大会について」
己の五感を研ぎ澄ましアリアがフィールドの一角に躍り出た。頭の中で起動したOZONEに自らの記憶回路を直結。西の大地から5年前をドローする。
「Duel Standby!」
―― インティ&クイラスタジアム(TCG歴78年8月) ――
『強豪達が火花を散らすタッグデュエル夏季大会もいよいよ佳境。熾烈な決闘のぶつかり合いをインティ&クイラスタジアムから中継します!』
西の大地から滑舌の良い声が聞こえてくる。西部屈指の実況者YAICHIが身を乗り出して捲し立て……それだけではない。観客達の視線と声援が雪崩となって降り注ぐ。誰に? 決まっている。デュエルフィールドに聳え立つ唯一無二の決闘者。象徴と化したブラックジャンパーを上から羽織り、ミツル・アマギリが夏の戦場に立っていた。
「行け、ガイウス」
帝王が翔んだ。大地を翔んだ。鍛え抜かれた強靱な脚部を闇・エネルギーでブラック・ブースト。地上スレスレを翔け抜ける。
『帝王の進撃! 今年二十歳を迎えるTeam EarthBound不動のエース、ミツル・アマギリが遂に進撃を開始したぁっ!』
邪帝ガイウス(2400/1000)
このカードがアドバンス召喚に成功した場合、フィールドのカード1枚を対象として発動する。そのカードを除外し、除外したカードが闇属性モンスターカードだった場合、相手に1000ダメージを与える。
[効果] [6] [闇] [悪魔]
西部随一の美男子に促され、加速する邪帝が漆黒の右拳を握り込む。ガイウスの瞳に映るのは依然抵抗を続ける反逆者。構わない。恐れない。帝王の辞書に躊躇なし。天地咬渦狗流二十四の拳、すなわち、
重力の拳が唸りを上げて駆逐対象へと炸裂。のけぞる。とどまる。……ひるまない。歴戦の店長が雄々しく吼える。
「温いぞ小僧!」
あたかも鉄板の如し! 分厚い胸板が
重力の拳を受け止めていた。踏み止まる両脚は大樹の如く後退を知らず。鬼人と化した営業スマイルが邪帝ガイウスを怯ませる!
『西部五店長が1人! 殲圧店長パルチザン・デッドエンドが立ちはだかったぁ!』
西部決闘界に歴史あり。荒廃する西部で闘い続けた豪の者達。『殲圧』『火打』『砲銃』『変幻』『吸収』。西部の基礎を育んできた百戦錬磨の店長が猛る。
「二束三文のライフなど
店意のスマイルでくれてやる。先行投資と知るがいい!」
店意の一喝! 対するミツル・アマギリはメインフェイズ2へと移行。手札からカード・ユニットを1枚セット、静かにターンエンドを宣言する。本日の営業は終了しました? またのご来店をお待ちしております? 否、否、断じて否。
「真っ向勝負ならそれも良し。店意に従い打ち返す。我がターン、ドロー!」
豪胆にして迅速。パルチザン・デッドエンドの経営に開店延期などありはしない。
「《未来融合−フューチャー・フュージョン》の効果解禁。今こそ開け、未来の店舗!」
未来融合−フューチャー・フュージョン(永続魔法)
自分のエクストラデッキの融合モンスター1体をお互いに確認し、決められた融合素材モンスターを自分のデッキから墓地へ送る。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に、確認した融合モンスター1体を融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。
『超高等呪文が棚卸し! 遂に喚ぶか必殺の!』
「店意の名の下に、5体の【
死炎龍】を融合!」
ミンゲイドラゴン
ドレッド・ドラゴン
グラビ・クラッシュドラゴン
マグナ・スラッシュ……
「むぅっ!?」
殲圧店長がかすかにたじろぐ。龍を囲っていた未来の塔が瞬間凍結。そればかりか、店内に陳列していた《強欲なカケラ》《カードトレーダー》の時間も止まる。ピクリとも、
「貴様の仕業か、リミッツ」
「……」
ブラックジャンパーの使い手はもう1人いた。死角から割り込むミツルの相棒。リミッツ・ギアルマが流通経路を凍結させる。
マジック・ディフレクター(通常罠)
このターン、フィールド上の装備・フィールド・永続・速攻魔法の効果を無効にする。
『品物という品物が片っ端から凍り付いているぅ! 未来融合もこれでは不発!』
「小癪。我らが時間をしばし止めるか」
『先程の《D・D・クロウ》、そして《マジック・ディフレクター》、流石は必殺仕事人』
出鼻を挫かれフィールド全体を凝視する。停止した世界と闊歩する帝王……パルチザン・デッドエンドの経営に開店延期などありはしない!
「我が目玉商品《
F・G・D》
は販売停止。《強欲なカケラ》による商品搬入も叶わず。しかし! 我が商品は冷凍によって鮮度が落ちること有り得ず!」
『デッドエンド選手のオーラが見る見る内に膨れあがっていく! 鋭気みなぎる圧倒的肉体こそ、経営の基盤だとでも言うのかぁっ!』
「突然の事故。不慮の閉店。それでもなお! 我が経営実績は寸分も揺らがぬ! 当店の棚に《強欲なカケラ》《カードトレーダー》《未来融合−フューチャー・フュージョン》の3枚が陳列されている実績を糧に
―― 決闘の宿命は弱肉強食。揺らがぬ店意が営み屠る!」
BadEnd Queen Doragon
Special Summon!!
極限まで絞られた肉体は朽ち行く木の幹。背中から生える2枚の翼は枯れ行く木の葉。その実態は弱肉強食の体現者。非業の龍が店意に吠える。
『来たぞ来たぞ十八番! 不死身の非業龍が堂々出荷! 経営格差がほとばしる!』
バッドエンド・クィーン・ドラゴン(1900/2600)
@通常召喚できない。永続魔法カードが3枚以上の場合に特殊召喚できる。
A相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手は手札を1枚選んで墓地へ送り、自分はデッキからカードを1枚ドローする。
Bこのカードがフィールド上から墓地へ送られていた場合、自分のスタンバイフェイズ時に、表側表示で存在する永続魔法カード1枚を墓地へ送る事で墓地から特殊召喚する
[特殊] [6] [闇] [ドラゴン]
「闇属性の龍か」
ミツルが何事かを呟いている。接客上等。必殺の商品を一手に繰り出す。
「闇属性使いの興が乗ったか。ならば実演してみせよう。メフィストとパーシアスの特性を併せ持つ、不死身の龍の本懐を!」
「攻撃力は1900。ガイウスには及ばない」
「商売には定石! 経営には戦略! まずは……小癪な小僧から成敗すべし!」
大きく右手を上げて直販開始。非業龍の口元に殲圧的な闇・エネルギーが集まっていく。……チャージ完了。勢いよく右手を振り下ろす。
「リミッツ・ギアルマへダイレクトアタック!」
起 傷 転 血!
ミツル&リミッツ:12000⇒10100LP
デッドエンド&????:9500LP
『自店を潤し他店を蝕む恐るべき経営手腕。非業の龍が店意を正す!』
「死は贄を残し! 贄は命を育む! 勝者と敗者こそが決闘の最小単位。屍の上に生を成してこそ経営の輪廻は完成する!」
バッドエンド・クィーン・ドラゴンの召喚により株価が変動を開始する。リミッツが下落。デッドエンドが上昇。そして、
『デッドエンド選手が《封印の黄金櫃》を発動! カードショップの経営者は……投資のノウハウにさえ通じていたぁっ!』
「《ハリケーン》を2ターン後の未来へ!」
「……コンセプトは 『未来』 か」
ミツルに看破されるが揺らぎはしない。いかにも。デッドエンドの前面には未来を意識した商品が陳列されていた。封印の黄金櫃、強欲なカケラ、カードトレーダー、そして未来融合−フューチャー・フュージョン。未来を見据えた店意の決闘。
「
殲圧戦ならずとも
持久戦が聳え立つ。我らが必殺の経営基盤、揺るぎはせんぞ!」
(流石は準決勝)
口には出さない。出してはいけない。赤い瞳が決闘を求めて揺れ動く。女であった。着込んでいるのはリボンの付いた制服。背負っているのは売れ筋の人気商品。頭部にはサンバイザーを深めに被り、売り子が観客席を行き来する。
(互いに手の内を知った者同士。コアキメイル・ドラゴによるアタック、マジック・ディフレクターによるブロック……)
「ビールだぁっ! 猛暑を吹き飛ばすほどのビールを寄越せぇぇぇぇぇぇぇえぇ!」
注文、即、販売。目にも映らぬ高速販売を得意とし、業界内では 『アルバイター・オブ・ゴッドスピード』 として知られつつあるアルバイト界期待の新鋭。
アリア・アリーナがビールを注ぐ。
(タッグでは使い辛い未来融合や黄金櫃を使ってまで最大出力を高める。そうでもしないと? わたしなら、もしあそこにわたしがいるなら)
「糖分だ! この決闘を見届けるには糖分が不可欠。チョコを、頼む俺にチョコを!」
気配の察知は売り子に必須。常に騒がしい大会会場の真っ只中。阿鼻叫喚を聞き分け馳せ参じ、コンタクトレンズが地面に落ちる音にすら反応する。それが売り子のディステニー。
(この決闘、鍵を握っているのは)
売って、売って、売り抜きながらも隙あらば。アリアはデュエルフィールドの南側をジッと見つめていた。生まれついての赤い瞳が薄く煌めき、決闘の行く末を鋭く睨む。
「あそこだ」
「
隙間狙ってどーすんだよ!」
黄土色の瞳が真っ直ぐミツルを睨んでいた。女性である。赤毛である。地毛である。大人であっても大人しさは微塵もない。
"ターンエンド" の声が聞こえた瞬間、
「あたしのターン、ドロー!」
"紅の女傑" ファロ・メエラが燃え盛る。
「手札から《マジック・プランター》を発動。場に残った《リビングデッドの呼び声》を墓地に送り、デッキからカードを2枚引き抜く。さぁて……」
(若干二十歳にしてああも堂々と。あんなツラしてどこいくつもりさ)
ファロがミツルと目を合わせる。赤と黒。スカーレット・ジャンパーとブラック・ジャンパー。2つの代名詞が直線上に並び立ち、
「輝いてらっしゃるな、ミツル少年!」
「今日でようやく大人になりました」
ファロの眉がピクリと跳ねる。右手を大きく突き出しながら、
「ガキだ。あんたなんかまだまだガキさ」
「……」
「足りないんだよ、ドンパチがさ!」
グッと身体を沈ませる。炎気上々投盤必至。対するミツルは直立不動盤上無欠。……上等。ギュッと身体を捻り込み、戻す力で一気に投盤。
決闘火盤から愛機が飛び出す。
「カチコメ! ピラミッド・タートル!」
『ファロ選手が果敢に突っ込んでいく!』
「ファロ! 攻め急ぐな!」
横合いからデッドエンドが口を挟んでくるが知ったこと。
決闘火盤を発射台にしてピラミッド・タートル、
通常召喚!
高機動型不死族がフィールド上を駆け抜ける。
ピラミッド・タートル(1200/1400)
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、自分のデッキから守備力2000以下のアンデット族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
[効果] [4] [地] [アンデット]
論理必然。一度死んだカメの速度は生きてるウサギを圧倒的に上回る。背中のピラミッドから二本の噴射口が突き出し、ピラミタル・ブースターによって一気に加速。生身のカメでは耐えられぬGも、死んだカメなら余裕で耐える!
『《邪帝ガイウス》に特攻! 攻撃力が2倍の相手に迷わず特攻! これはぁっ!』
「逝って来い!」
「砕け、ガイウス」
ミツルは冷静だった。迎え撃つのは邪帝の正拳。古代空手の "拳皇" ガンテツ・サノ譲りの必殺拳 ――
重力正拳がピラミッド・タートルの頭蓋を砕く。玉砕。破壊。破顔。一笑。赤髪の女傑がニヤリと笑う。
「 『火打』 の二つ名。その真価は激突さ。噛み合うんだよ、ぶつかれば!」
不穏な音が鳴っていた。
重力正拳がピラミッドにめり込んだ瞬間カチリという音が鳴る。罠。引き抜こうとするが間に合わず。
「くたばりな」
ミツルの場にチェーン・ラインが結ばれた次の瞬間、一帯に爆発音が鳴り響き、吹き荒れる爆炎がガイウスの体躯を呑み込んでいく。
『
輸送機の中に爆発物が……《道連れ》が仕込まれていたぁーっ!』
道連れ(通常罠)
モンスターが戦闘で破壊され自分の墓地へ送られた時、またはフィールドのモンスターが自分の墓地へ送られた時、フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを破壊する。
観客達が派手な映像に湧き上がる。輸送機の爆発炎上により土煙が視界を覆っていた。それぞれが一斉に目を凝らす。……いる。何かが、
「み、見ろ! あれは!」
「ガイウスだぁーーーー!」
《闇の幻影》によるファントムバリアがガイウスの全身を覆い隠し、間一髪、ピラミタル・スーサイド・アタックを防ぎきる。
『健在! 《邪帝ガイウス》未だ健在!』
窮地を脱した邪帝が闇・エネルギーを開放。土煙を吹き飛ばす。開かれた視界。帝王が夏の空を仰ぐと……獅子だった。紫色の炎を翼に変えて煉獄の獅子が雄々しく吼える。
「逝って来い! 獄炎!」
邪神機−獄炎(2400/1400)
このカードはリリースなしで召喚する事ができる。この方法で召喚したこのカードは、エンドフェイズ時にフィールド上にこのカード以外のアンデット族モンスターが存在しない場合、墓地へ送られる。この効果によって墓地へ送られた時、自分はこのカードの攻撃力分のダメージを受ける。
[効果] [光] [6] [アンデット]『二重自爆の瞬間、背中のピラミッドから邪神機が発進していたぁーっ!』
邪神機が飛翔! 飛翔からの滑空! 狙うは邪帝の首級が一つ。
高機動型不死族が全身から炎を噴き出し迫り来る。獅子の牙が硬い鎧に突き刺さり
――
『ガイウスが! ガイウスがまたしても踏み止まっているぅっ!』
"紙一重の完勝" ミツル・アマギリは薄皮一枚で見極める。
「掴め、ガイウス」
獄炎の腹部を両手で掴むと万歳の格好で持ち上げる。なんと雄々しい。かつて古代プロレス界で "カイザー"
の名をほしいままにした我らのカイゼル・フランクリン。
その十八番こそ、
Hadesu Buster!
垂直落下式のブレーンバスターが大地に炸裂。獄炎はピクリとも足掻けない。
『至高の帝王と境界の冥王がタッグを組んだ! 邪帝ガイウスなおも君臨! 《冥王の咆哮》をその身に受けては邪神機さえも子犬同然!』
ミツル&リミッツ:10100⇒10000LP
デッドエンド&ファロ:8300⇒8200LP
冥王の咆哮(通常罠)
自分フィールド上に存在する悪魔族モンスターが戦闘を行う場合、そのダメージステップ時に100の倍数のライフポイントを払って発動する。そのターンのエンドフェイズ時まで、戦闘を行う相手モンスター1体の攻撃力・守備力は払った数値分ダウンする。
「最小のリスクで最大のリターンか」
デッドエンドが収支を評価する一方、隣のフィールドではファロが憤っていた。
「なーにが帝王だ。なーにが "紙一重の完勝"だ。昔みてーに2400ババンとライフを払ってみろってんだ。大きく張るのが怖いのか!」
ミツルからの回答はない。あっさり無視されたファロは赤い唇を噛み締める。
「こぉんのやろ……」
「落ち着けファロ。悪口雑言は店の評判を落とす。お里が知れるというものだ」
「知れるもクソも、あたいはクソの掃き溜めが古里さ。お高く止まってなんになる。ケツの穴ガッと広げてぶち込んでやるよ!」
ファロは2枚伏せるとターンエンドを宣言。余りにも口が悪い。眉をひそめたデッドエンドが相棒の発言を咎めようと、
「余所見してる暇があったら前を見な!」
揉めている時間などなかった。
板金鎧の帝王が両脚に闇・エネルギーを一気に充填。帝王の両眼が不気味に輝いていた。来る。ガイウスが来る。
【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。ひさしぶり
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□前話 □表紙 □次話