レアル・ジェネクス・クロキシアン!

同調召喚(シンクロ・サモン)



 デカイ!

 クロイ!

 カタイ!

 巨大で、真っ黒な、鉄の塊が降り注ぎ、

 ぐわんぐわんと真冬の大地を震わせる。

 真っ白な雪原がズシンと減り込み、

 黒鉄の巨人が(そび)え立つ!

 分厚い胴体は機関車の先端部に酷似していた。そして、鋼鉄の胴体にドッキングするのは極太の四肢。脚は太く、腕も太く、重量級のボディはそれでも機動力を失わない。蒸気と鋼鉄の同調機関(シンクロモンスター) ―― 《レアル・ジェネクス・クロキシアン》が吹雪さえも雄々しくはじく。

レアル・ジェネクス・クロキシアン(2500/2000)
シンクロ召喚成功時、相手フィールド上に存在する
レベルが一番高いモンスターのコントロールを得る。
[同調] [9] [闇] [機械]


(なにがあろうとなかろうと)
 召喚したのは16歳。腐腕の少年パルム・アフィニスが世界と向き合う。あるのか。ないのか。あらゆる嘘と本当が混ざり合い、産み落とされる不可思議な世界。

 虚構の空が広がっていた。

 真夏の猛暑はどこへやら。造り物の空からは吹雪が降っていた。そして、空のド真ん中には機械的な何かが浮かんでいる。決闘者(デュエリスト)の一挙一動を監視する奇天烈な装置がふわふわと。
 世界は嘘でできていた。
 作り物の寒空。奇天烈な装置。そして、真っ黒な鉄の巨人。黒も、鉄も、カード・ユニットから生まれた束の間の実体。嘘で塗られた絵の中で生身の人間同士が向かい合う。
(ぼくは知りたいのか。それとも)
 嘘の中では(まこと)が目立つ。真っ黒なキャンバスには白い絵の具が映えるように、雪原が全てを暴き出す。ふと対岸の様子をうかがうと今日の対戦相手が立っていた。上半身には薄手のブラウス、下半身にはスカートを "装備" している1人の少女。
(この娘はもう決めている。ならぼくは、ぼくたちは)

 走れ。走れ。走れ。

 パルムが意思を発した瞬間、真っ黒な鉄の巨人 ―― 《レアル・ジェネクス・クロキシアン》が蒸気を焚いた。全身の関節部から光を放ち2つの豪腕を振り上げる。両腕という名の巨大なハンマーでまっさらな雪原を激しく殴打。ズドンという音が鳴り響き、
「《レアル・ジェネクス・クロキシアン》の効果発動!」
 無骨な両手が光り輝き、エネルギー・レールを前に向かって走らせる。何のため? レールに嵌める為ではない。むしろ逆。 "道を放つもの" 《レアル・ジェネクス・クロキシアン》は典型的な激突主義者。 (レール) をぶつけて (レール) を壊し、新たな (ロード) に同志を集う。
怒れる自動人形(レイジング・コッペリア)!」


DUEL EPISODE 40

端末世界(ターミナル・ワールド)


「ホントにわたしでいいの?」

 アツイ!

 フルイ!

 セマイ!

 蒸し暑い環境(へや)にはそれなりの対策(メタ)がある。

 うら若き少女が部屋の中をざっくりと見渡す。床が古い。壁が古い。そして何より謎のちゃぶ台が古い古い。古典的な3人部屋に堂々5人。古いは良くても暑いは困る。手の平を使ってパタパタと身体を扇ぐ、そんな14歳の少女はそれなりに薄着だった。上はTシャツを被せただけ、下はスパッツを履いただけの投げやりなファッション・チョイス。そんな服装とは対照的にミィは全力で改まる。ゆっくり、ゆっくり、大きく息を吸い込んで。
「それでは第1回、タッグデュエルトーナメント1回戦突破記念パーティを始めたいと思いまーす!」
 パチパチという合いの手が室内で反響する。4人分の拍手を満喫するとミィはその場でストンと着席。ホッと胸を撫で下ろすと気が抜けた。ワイワイガヤガヤ適当な会話が響いてくるが右から左に抜けていく。一瞬、全てが遠ざかり心の中がぽっかり空いた。
(パーティ? なんで? 大会で勝ったから? あんな大きいところで。本当に?)
 ミィの瞳が左右を泳ぐ。少女の意識は2日前を泳いでいた。試合が始まるや世界が変わる。下級の召喚で心臓が高鳴り、トラップを設置するだけで身体がこわばる。ぶつかって、ひっくり返して、渾身の《自由解放》でスタジアムが湧き上がる。いける。いけない。立ちはだかる2つの執念 ―― 蘇我劉抗の右腕とフェリックスの強豪。フィールド上の4人がぶつかり合って昼夜を跨ぐ。そして……

 激震のアブロオロスが彼方に飛んだ。

(もういないんだ、アブロオロスは)
 ミィの意識が 『今日』 へと戻る。同時に、目の前のお菓子を綺麗さっぱり跡形もなく平らげていた事実に気づくや否や、遠くのクッキー目掛けて手を伸ばす……
「はい。どうぞ」
 小さな手の平に大きめのクッキーが舞い込んだ。デュエルクッキー "エンシェントサンシャイン" 味。1000ライフ回復するともっぱらの評判だが、もらったミィは目をぱちくりしている。他人の存在を綺麗さっぱり跡形もなくド忘れしていたミィのすぐ隣。招待主である1人目の少女が聞いてきた。
「一昨日の決闘(デュエル)。思い出してた?」
 クッキーを配送したのはエアロシャツの助け船。招待主の1人、コロナ・アリーナの存在に気付くとミィが今日の企画を思い出す。慌てふためきああだこうだと弁解するが、
「大丈夫。ミィはそれでいいから」
 揺れていたミィの瞳が一点に定まる。
「ありがとう」
 そう一言告げると楽になる。クッキーを右から左にむさぼる間、頭の中には夜の決闘が浮かび上がっていた。両腕を決闘盤に変えた変態、すなわち強制決闘猥褻犯・跳腕のウエストツイストと渡り合い、友達になったかつての夜を。
「いっつもわたしに合わせてくれて……」
「じゃあさ。じゃあさ。ワガママ言ってもいい?」
「へ?」
 首を傾けたままコロナをまじまじと眺める。ショートカット、ショートパンツ、ノースリーブの三点セット。暑苦しさとは無縁だが露骨に不自然。眼を輝かせたままにじり寄る。
「決闘盤、持ってきてるよね。見せて欲しいの」
「今すぐ? 別にいいけど……」
「ありがとう!」

 小型円盤型デュエルディスク 決闘小盤(パルーム) 。初級者から上級者まで小兵に愛される名盤であり、そのコンセプトは 『手の平サイズの小さな部屋』(そこそこ高級品)。

「……さわってもいい? 御利益ありそうだから」
「後利益? お父さんが変な業者から買ってきただけで、伝説とかそんなのは」
 ミィが両手をパタパタ振るが知ったこと。 決闘小盤(パルーム) をうやうやしく持ち上げる。
「このちっちゃい箱にアブロオロスやボルテックスがあって、ミィの決闘が始まった。伝説ならできたじゃん。中3がギャラクシー・フェリックスに勝った。ありえないよ」
 静かな言葉がグサリと刺さる。……何かが変わり始めていた。2人の間には50センチもない筈が、まるで5メートルぐらいあるかのように。心臓がにわかに高鳴った。
「……そんなこと言ったらコロナもTeam Koakimeiruに勝ったじゃん」
「あたしは大したことしてないから。ほとんどがおねえちゃん」
「ならわたしも……」
 頭の中には先日の決闘風景が浮かび上がっていた。フェリックスを吹っ飛ばしたのは? 蘇我劉抗を突き抜けたのは? ライフの大半を削ったのは? 身体が縮こまっていく。
「パルくんと比べちゃうと。大したことしてないっていうか」
「それ以上は言わないで」
「……っ」
 ミィの身体がビクッと揺らぐ。恐る恐る親友の表情をうかがうと……変貌(かわ)っていた。深い深い深海のようなブルーフェイス。海の瞳がたしなめる。
超銀河の混沌龍(ネオギャラクシーアイズ・カオス・ドラゴン)との対決は 『大したこと』 に含んでいいと思う。だからミィにはもっと胸を張ってて欲しい。なんていうか……あたしはその方が嬉しい」
 少し寂しげに笑っていた。初めて見る友人の顔にいまいち距離を測りかねるが……しばらくするとコロナの笑顔が別の何かに変わっていた。悪戯っぽい笑顔でのうのうと、
「なんならもうちょっと調子こいて欲しい」
「はぇ?」

「私も調子こく方に賛成」
 不意を突かれて首を振ると 「うあ」 という声が自然と漏れる。向かい側から飛んできたのは貫通効果を持った鋭利な視線。ちゃぶ台に積まれたお菓子の山をも突き抜けて。
「コロも良いこと言うじゃない。さあミィ、調子こいてみて」
 2人目の招待者は真夏に喧嘩を売っていた。ロングヘアにロングジャージ。パープルフレームのメガネを掛けた陰気な三女、シェル・アリーナがしれっと言ったがさぁ大変。
「え……えっへん!」
「安易だわ」
(わたしの 『えっへん』 が通用しない! なら、)
「大えっへん!」
「小手先の冠詞に頼るなんて。バカにしているの?」
 シェルへの第一印象は 『暑い』 と 『暗い』。 ロングジャージで上下を固め、陰気な雰囲気を振りまいていた。学年は中三。ミィと同学年だがまるで違う。
(この人はどーも苦手……。ケルドさんよりも判定が厳しい。調子こくってどうすれば?)
 シェルのブロックにミィが沈黙。上段・中段・下段、まるで隙がない。そればかりか、味方だった筈のコロナまでもが押し黙る。いっこうに助け船が出てこない。
(なんで2人とも……)
 中々答えが出てこない。ああだこうだ迷っているとシェルがスッと立ち上がる。来た。なんか来た。ちゃぶ台に沿って距離を詰め、ググッとおもむろに屈み込み、
「貴方は先頭よ」
 シェルの言葉が響いた瞬間、フェリックスそして蘇我劉抗の生き様がミィの脳裏を駆け抜けていく。ハッとしたミィはもう一度コロナとシェルの表情をうかがう……何かを待っている顔だった。気付いたそばから心の歯車がカチリと嵌まる。大きく酸素を吸い込みそして、
「わたしも、みんなも、おめでとう!」
「……っ!」 「……っ!!」 
「わたしが、今のわたしがフェリックスさんよりもドえらい決闘者……そんなことどうしたって思えない。だけど! それでも! あの人達に勝ったのはホントのホント。それを偶然だなんて言いたくない。もっともっと決闘して、もっともっと強くなれれば 『あのとき勝てたのも不思議じゃない』 ってきっと言える。だから……コロナもみんなもおめでとう」
 激震の残り香か。ミィの身体はほんの少し震えていた。
「いつかみんなで……胸を張って……」
 勢い任せにぶち上げたものの一向に反応が返ってこない。コロナは口を開こうとしてはすぐ閉ざし、シェルは不意を突かれたのか言葉を失っている。次の言葉が中々出てこない。 「えっと……その……」 ミィの口元も徐々に重くなる。次の言葉が

「みんなで明日もがんばろ!」
 ミィではない。コロナでもない。3人が驚いて振り向くと、そこには "もう1人の少女" がちょこんと座っていた。陽気な末っ娘、ティア・アリーナが嬉しそうににっかり笑う。
「何が起こるか楽しみ過ぎる。ね、コロちゃん」
 満面の笑顔に釣られてコロナも笑う。それからショートカットの頭に手を伸ばすと、髪飾り代わりのヘアバンド ――ミィからもらった空色のヘアバンド ―― にやさしく触れる。
「ちょっと甘えてたかも。ミィが闘うんならあたしだって闘わないと……始まらない」
 泳ぎ続ける海の瞳を目の当たりにし、自然と笑顔になりかけるがまだ早い。ミィはドキドキしながらシェルの表情をうかがった。陰気な次女はふーっと一息、
「ティア、あんたが当番でしょ。……ミィにジュースを注いであげて」
「はーい」
(やった!)
 ひとりぼっちが消えていく。今一度前を向くとコロナも元気に笑っていた。
「シェルもこう言ってることだし。改めてよろしく」
「ありがとう」
 そんなミィの周囲ではティアが給仕の役を務めている。笑顔を絶やさない陽気な少女はサイドテールをゆらゆらと揺らしていた。側頭部の長い髪に黄色いリボンをあてがい蝶々結びに括って揺らす。犬の尻尾のようにゆらゆらと……ティアがちゃぶ台を行き来する間、コロナとシェルがちょんちょんと髪の尾をさわっていた。 「ありがと」 コロナがそう呟く。聞こえないほどの小さな声で。

 4人の女子中高生が楽しいパーティを再開する。クーラーのない真夏の部屋で汗だくになっても気にしない。平均身長155センチ程度のガールズが和気藹々と言葉を交わし合う。

 そんな中、

(どうする)

 1人の男子がちゃぶ台の近くに座っている。年齢は16歳。身長は154センチ。着ているのは適当に選んだTシャツと、使い古しの投げ売りズボン。オシャレという概念から遠く離れた生態系に住む決闘少年……パルム・アフィニスが生命の危機に瀕していた。
(あの時、読んだ話と一緒だ)
 パルムは一冊の本 ―― 『決闘民俗学入門(古代編)』 ―― を思い浮かべる。元を正せば数年前。ラウとの問答が全てのきっかけだった。
『古代の決闘ではカードの発動に資格や修練が要らない。行けるものなら行きたいか』
 モンスターとの腐れ縁を理由にNoと答えたものの、興味を惹かれたパルムはふらりと図書館に赴く。1つ。1つ。また1つ。怪しげな文献の数々を掘り起こす途上、古代決闘の文献を掘り起こす。
(あれだ。あれと一緒なんだ。地形がモンスターを強化する)
 あくまで文献上の知識であり、その真偽は定かでないが……古代の一時期においては地形適応型の決闘が行われていたという。すなわち、森林や海岸といった特定の地形に決闘者自らがおもむき、備え付けのボックスにルーム・イン! アーンド……チェアー・スタンバイOK! 椅子に座り、机の上でモンスターを召喚! 地形と相性のいいモンスターが特別に恩恵を受けるという。時間と場所を選ばない現代決闘 = スタンディング・デュエルとは正反対の発想。現代フィールド魔法の原型か。
(森の昆虫。海の海竜。荒野の恐竜……)
 地形適応による攻守の上昇率。なんと驚き30%! 攻撃力1600止まりの《二頭を持つキングレックス》が荒野を駆け抜け遺伝子絶頂! 2000の大台を突破するほどの暴力的優位性。

 ならば、

(密室の女子は危険だ)

 生き残りを賭けて。少年の闘いが始まる。

(状況は最悪に近い。経験(デッキ)から言葉(カード)を引っ張らなければいつまで経っても)
 パーティの開始時からほとんどまったく喋っていない。ちびちび飲みながら考える。
(まずは地形を確認しよう。地上がある。地下がある。その間に廃墟と化した郊外がある。そしてここは郊外のちょっと手前にある。ぼくには住み良い場所……いや違う)
 アウェー。これ以上ないほどのアウェー。
(配置が悪いなら。逆にそれを利用する)

 吸魂の鎧鳥 The アトモスフィア
  ―― テンペスト・サンクションズ

 漆黒の機関兵 レアル・ジェネクス・クロキシアン
  ―― レイジング・コッペリア

 魅惑の逆三角錐 No.11 ビッグ・アイ
  ―― テンプテーション・グランス

 ちゃぶ台返しは十八番。いける。いける。ぼくならいける。
 不屈の少年が ―― 未知への第一歩を踏み出す。

「あ、あのさ」
 満を持して効果を発動するが反応がない。発言権ゼロ(ターン・スキップ)? 一瞬、不穏な思考が頭を過ぎるが今一度思考回路をフル回転。神算鬼謀を引っ張り出すや 『声が小さい』 という結論に。
「あのさ!」
「なになに? ぱるぱるどうしたの?」
 給仕役のティアから真っ先に返事を返される。 "ぱるぱる" という謎の呼び名に面食らいつつも遂に発言権(ターン)を獲得。連鎖的にコロ、シェル、ミィもパルムの顔をジッと見る。4人の美少女から近めの距離でグリグリ見られわずかに身体を硬直させるも……
 逃せない。掴んだターンは逃せない。
「なんか連れてこられたんだけど……。あのさ。基本的な認識として何やってるのきみら」
 次の瞬間、ティアの様子がかすかに変わる。混乱中のパルムには読み取れないほどの微かな変調。ちゃぶ台の前で棒立ちしたまま少女が返事をためらっていた。しかしそれは一瞬の空白に過ぎない。サイドテールを上下に振って陽気な少女へと舞い戻る。
「ミィちゃんがさっき言ったじゃん。1回戦の〜突破記念パーティ!」
「なんでそんなみみっちぃことでパーティを?」
「一番おっきい大会で勝ったんだよ。当然じゃん」
「それはまあ……確かにおめでたい……かな」
「ね! ね! おめでたいことは祝わないと!」
「いやでもぼくが居ていいの? いわゆる女子会なんじゃ」
「パルパルはミィの友達だから。ミィはうちの友達で〜友達の友達はやっぱり友達で〜」
「ぼくの常識では完全なる他人なんだけど……仮に7900歩譲ってそれはそれでいいとしてもだ。なら他の連中も喚んだら良かったのに」
「パルくんそれダメ!」
 左側のミィに口を挟まれ、不機嫌面で疑問を返す。
「なんでだよ。ぼくだけってのがそもそもおかしいだろ」
「リードさんだよ! 1回戦突破なんかでパーティやる?」
「絶対にやらないだろうけど……さっきと言ってることが」
「それはそれ! これはこれ! あ、テイルさんは呼んだよ」
「ほんと?」
「私は来ないと思ってる」
 否定したのは向かい側。シェルがあっさりと言い捨てる。
「定員オーバー。3人部屋に6人もいたらパンクしちゃうわ」
「自由人は狭いところがお嫌いか。それじゃあラウは……」
 縋り付いたが案の定。ミィはあっさりと却下した。
「あの人はインティ&クイラスタジアム。 『およそなんでもやったが遊園地に行った記憶がない。バイソンの世迷い言について裏を取っておくのも悪くない』 だそうです」
「なんだよ、そ ―― 」
 少年の背筋に悪寒が走る。なにかがおかしい。そうだ。さっきまで喋っていた誰かが目の前から消えている。誰だろう。名前は確か。
「そういうわけだから」
(いつのまに!?)
 意識の隙間を縫うかのように。背後に回っていた刺客(ティア)がパルムへの干渉を開始する。 「そうゆ〜わけだから〜」 陽気な末っ娘が着ているのは袖のないキャミソール。両肩の可動域にはわずかな制約すらありはしない。全力全開で両腕を広げ、十本の指をわしゃわしゃぐにぐに…… 「パルパルが4人分がんばって」 パルムの肩へと両手を伸ばす。
「!!!!?」
「お客様〜凝ってるところはどこですか〜」
 ティアのマッサージ・アタックが少年の心を揺さぶった。パルムは心のデュエルオーブを開放。《聖なるバリア −ミラーフォース−》を唱えるが……トラブル発生。発動不能。
(なんでだ。なんでぼくの身体に触れられ)
「パルムくん! 今日はほんと、来てくれてありがとう!」
 一拍遅れて新手(コロナ)も動く。二拍遅れてパルムが呻く。
(新手の追撃!? スペルスピード2の特殊召喚か)
 動揺を押し殺すパルムの右側にそそくさと着席。早口混じりでじりじり迫る。
「あの、その、パルムくんのことはミィから自慢話を良く聞いてて、試合でも凄くて、是非会ってみたかったっていうか、あの、その、今考えるとストイックな人って聞いてるし、明日は試合だからこんなことしてもらってえーと! その! あの!」
 『えっと』 で1回。『その』 で1回。 『あの』 でオマケにもう1回。徐々に接近するコロナに押し込まれ堪らず魂のデュエルオーブを開放。《光の護封剣》を唱えるが……トラブル発生。発動不能。
「ぼ、ぼくらの試合は後ろの方だから……打ち合わせの時間も十分あるし、決闘盤の調整も特に問題ないし……まぁその、イヤとかそういうわけでは」
 パルムが退いた。コロナが追った。混乱の中に一筋の光明を見出すと、ショートカットの少女が青い瞳を左右に動かす。それはもう露骨な合図。2人の妹へ指示を出す。
「シェル、お客様にジュースのお代わり注いで」
「なんで私が注ぐの? ティアがやるって言ったわ」
「ゴチャゴチャ言わない! あんたもちゃんともてなして」
 なんだかんだで渋々ジュースを注いでいた。満を持して後詰(シェル)も出陣。(コップの中に入らないよう)長い髪を後ろに払うと、パルムの前へと進み出る。
「はいこれ。……ぶどうは好き?」
 ジャブ。フック。ストレート。全てが届く至近距離。布陣の意味にパルムが気づく。
(序盤はセットを並べて距離を取る。そして中盤からの一転攻勢。息の合ったコンビネーションからの畳み掛けるようなダイレクトアタック。……《デルタ・アタッカー》か!)

デルタ・アタッカー(通常魔法)
自分フィールド上に同名通常モンスター(トークンを除く)が3体存在する時に発動可能。発動ターンのみ、3体の同名通常モンスターは相手プレイヤーにダイレクトアタックできる。


(!? この空間、まさか)

            ティア
コロナ   パルム   ミィ
           シェル

(かつて蘇我劉邦が得意とした包囲殲滅の四面楚歌。そしてこれは、)
 《デルタ・アタッカー》によって狭い部屋がさらに圧縮。熱の揺らぎと汗の匂いがパルムを襲う。そう、ある種の気体は兵器として運用可能。……戦慄。密閉空間内における女子の匂いは兵器となんら変わらない。免疫のない身体を害するに十分な殺傷力を持っていた。
(誰か。誰かぼくに廃棄物の匂いを……教えてくれ蘇我劉抗。この四面楚歌の出口を)
 記憶の中にいる蘇我劉抗は 『知るか』 としか言ってくれない。無意識の内に両腕の長手袋を掴んでしまう。頭がゆでダコのように煮上がり 「なんで……」 遂に限界を超えた。

「なんで気持ち悪がらないの、きみら」

「……?」 「!!???」
 その一言が部屋の空気をぐにゃりと曲げた。ティアはマッサージの手を止めキョトンと固まり、コロナに至ってはわけもわからず首をかしげる。
「気持ち……悪がる?」
「あ、いや……その……」

「 『気持ち悪い』 って言われたいの?」
 その一言が部屋の空気をピーンと張った。パルムがバッと振り向くとそこにいたのは陰気な少女。腰まで伸びる長い髪と、瞳を守る紫紺の眼鏡。シェル・アリーナが口を利く。
「貴方、そういう系なの?」
「……用事を思い出した。リードの 決闘叛盤(クロス・リバース) 、明日までにメンテしとかないと」
 咄嗟に逃げようとするが遅すぎた。正面のシェルにグッと腕を掴まれる。
「布の下。そんなに気になるの?」
 堪らず目を逸らした次の瞬間、シェルは迅速かつ性急な行動を開始する。パルムの長手袋を器用に剥ぎ取ると毒々しい腐腕が衆目に晒された。一瞬、少女の瞳が僅かに縮む。……それでもシェル・アリーナは止まらない。刹那の硬直を強引に振り切り、素早く両手を前に伸ばすと、パルムの右腕をがっちり拘束。自分の胸元までグィっと引き寄せ、
(!? 胸元の女子力が……)
 ぎゅっと抱きしめられる。胸の鼓動がさらに増した。
「気持ち悪いの? どのあたり?」
「あんまり触らない方がいい」
「病気が移るわけでもないのに」
「見栄えを気にする人間もいる」
「貴方がそれを気にするの?」
「そういう人間も世の中にはいる。少なくとも小学校には時々」
「少なくとも……私は気にしない」
「少なくとも……ぼくは……」

 パコーン!

 謎の打撃音が響くと同時。シェルの頭蓋骨が明後日へと吹き飛ぶ。 "こんなこともあろうかと" 部屋に常備されていた割り込み用スリッパがガツンと炸裂。
 頭を抑えてすぐさまシェルが振り向くが……
 コロナの仁王立ちが黙らせた。怒れる次女が三女をシメる。
「シェル! あんたってばなんでいつも無茶ばっかり……パルムくん、ごめんなさい!」
 コロナがペコペコと謝る間、三女らしき生命体は顔面をちゃぶ台に押し付けられたまま沈黙する。さらには他方、末っ娘のティアはいつの間にやらミィの背後まで緊急避難。ひそひそ小声で 「コロちゃんがさ、がんばってるからしばらく待ってて」 と耳元でつぶやく。そうこうしている間にもコロナががんばっていた。ちゃぶ台からシェルの顔面をひっぺはがすと、スリッパで胸元をペチペチはたく。
「謝りなさい」
「……」
「あ・や・ま・り・な・さ・い」
「ごめんなさ……」

「ごめん」

「!? パルムくんが謝る必要は……」
 あると言わんばかりに。パルムは居住まいを正して言った。
「元はと言えば、誤解を招くような言い方をしてしまったぼくが悪いんだ。なんていうか、ハナから決めつけていたんだからその娘が怒るのも無理はない」
 真面目に言い放つパルムに一同が唖然としていた。
「パルパルそんなことないよ。シェルちゃん無理しかないよ」
 部屋の隅からティアがそろ〜りとつぶやくが、パルムの瞳は揺らがなかった。ぼさぼさの髪をポリポリと掻き分けTake2。パルムが発言してからの十数秒間、ポカンと口を開けたままのシェルに向かって本音を告げる。照れくさそうに。
「ちょっと慌ててたんだ。ぼくは……古今東西女子力的なものが苦手だから」
 その告白を聞いた瞬間、3人娘が一斉に人差し指を突き出す。一連のやりとりの間、何が何だかわけがわからず呆然としていた中三女子(あいぼう)へ。
「ミィとタッグ組んでるじゃん」
「ああそれは……ミィの女子力なんてその辺のダニより小さ」

 しばらくお待ちください。

            ―― インティ&クイラスタジアム(会場周辺) ――

「決闘飴〜甘くて美味しい決闘飴〜」
「ハズレなし! 決闘クジだよ決闘クジ!」
「慌てないでください! 決闘トイレはこちらです!」
「ママ! あれ欲しい! クラウディアン綿菓子のタービュランス……違う違う! ニンバスマンなんかじゃないから! タービュランス食べたい!」
「どれも一緒でしょ。すぐ食べるのに」
「タービュランスじゃなきゃヤダ! スモークボールもオマケして!」
 人、人、人。屋台、屋台、屋台。イベント会場と化したインティ&クイラスタジアムの周辺は人類と屋台で賑わっていた。胡散臭い屋台が一列に立ち並び、決闘盤付きの来場者達が所狭しと歩き回るデュエル・フェスティバル。ギャースカ、ギャースカ、白昼堂々のお祭り騒ぎを聞きながら、
「なるほど」
 理屈屋の大学四年生が興味津々で観察していた。喧噪を細かく聞き分け片っ端から頭の中に入れていく。 「悪くない」 雑多な観察を終えると実地で検分。正面へと歩き出す。
(遊園地とは少しばかり趣が違うが、遊び戯れる場所ではある)
 練り歩くラウの脳裏には夜の決闘者が立っていた。暗闇の中に光明を見い出し、《カオス・ソーサラー》を貫いたブラックローブの決闘者。大会でぶち当たった大きな引き手。
(バイソンは遊んでいた。遊ぶというのも難しいものだ……などと壁を作って考えるのは健康に悪い。もっと気楽にそれでいて)
「兄さん兄さん、ドロー射的やってかない?」
 耳元に紛れこんだのは妙な単語だった。露骨に怪しいおじさんが怪しげな露店を開いているが、ざっくり無視して……そういうわけにもいかぬとばかり、立ち止まって話を聞いた。
「そのドロー射的とやらは何をどうするのか教えて欲しい」
「話は簡単! ?この投擲用……例えば《青眼の白龍》のレプリカを射出用デッキに収め、?ドローの勢いで投げて頂き、?景品を打ち落としてもらいます」
 聞いたそばから少しばかり後悔しつつも、ラウは屋台の中を覗き込む。台を隔てた向こう側には奥行きのある棚が置いてあり、妙に出来のいい人形が並べられていた。《シャイン・エンジェル》、《ホーリー・エルフ》、《ガーディアン・オブ・オーダー》……
「光属性専門店。店名は 『セキサバ』 か」
「兄さん戦士族が好きなんだろ。あれなんかどうだい」
 物知りなおじさんに促され、一番奥をじっと見る。あった。白銀の鎧を纏った金髪のダンディ戦士。《放浪の勇者 フリード》の人形が。揃いも揃って出来がいい。
(地味な賞品があったもの。いるかいらないかならいらないが)
「一攫千金! 倒した人形も一緒にプレゼント!」
「いくらだ。あそこにある人形を狙わせてもらおう」
「流石は大会参加者! さあさあ世紀の対決だ!」
 ラウは真剣だった。大体いつでも真剣だった。投擲用《青眼の銀ゾンビ》を受け取るとデッキの一番上にカードをセット。集中力を高めるがふと気づく。
「掛け声は? こういう遊び特有の」
「お好きに投げていただければ」
「なら一般常識に従うか」
「は?」
「おれのターン、ドロー!」
 ドローと同時に指を離し、一直線にカードを投げる。さしあたっては何も考えず、闇雲に賞品を狙うが屋台の論理は甘くない。斬、斬、斬撃、無情に斬! 障害物兼用人形《フォトン・スラッシャー》のソードがツバメ返しでカードを弾く。
「なるほど。いい仕掛けだ」
 Take2。剣の有効範囲を見極め、別の角度から札を投げ……鈍、鈍、鈍器でドレミファドン! 今度は《フォトン・クラッシャー》の棍棒がはたき落としでカードを払う。
「難しいものだ。余程のドロースキルがなければ」
 
 一閃!

 何かがラウの横顔を通過した。速く、鋭く、美しく。投擲用《逆転の女神》がまばゆい速度で一直線。《フォトン・スラッシャー》の実剣をかわし、《フォトン・クラッシャー》の棍棒をすかし、光の矢と化した《逆転の女神》が放浪の勇者を見事打ち抜く。
「大当たりぃっ! こいつはあんたのもん……ってあんたは」
 店主とそしてラウが眼を見張る。光の決闘者がそこにいた。
「ふっ、この程度を倒せぬようでは先行き不安というものだ」
「Team NeoGalaxyの……ゼクト・プラズマロック……さん……」

 お祭り騒ぎの中心部から少し離れた野外のはずれ。西部式の装飾電柱にゼクトが背中を押し付ける。そこから数人分の距離を隔てて、ラウがコーヒー持参で立っていた。近くも遠くもなく、敵でも味方でもなく、互いに向き合うでもない 『今日』 の間合。
 ゼクトはコーヒーをジッと眺めていた。ふと何かに思い至ると、ブラックコーヒー入りの紙コップに白いクリームを入れる。1人で勝手に納得すると、
「昨日の今日で巡り会う。それもまた決闘か」
 空いた左手で《放浪の勇者 フリード》のカードを弄ぶ。人形はラウがもらったが 『無駄にクオリティが高い。パルムにやったら喜ぶだろうか』 程度の感想しかない。それよりも、
「NeoGalaxy系列の屋台ですか。あれは」
「私は知らん。遊び戯れるのもあれが初めてだ」
「なんとなく遊んでみる。同じだ、おれと」
「立場が違う。悠長に遊んでいていいのか」
「黒魔術師に影響されたようです。それはそうと」
 珍しく口淀むが……我慢できずに言ってみた。
「カジュアル……ですね」
 ゼクトは珍妙そのものだった。頭には安物のキャップを被り、上から下までダボダボに仕立てた旧式のラッパースタイル。露骨に似合っていないがニヤリと笑う。
「私とて、年がら年中ホワイトローブを着ているわけではない」
「まぁそれはまぁ、そうでしょうけど……」
 先日は魔導師然としたホワイトローブ。
 今日はラッパーもどきのダボダボスタイル。
 露骨に違っているが本人は平然としていた。
「少々遊びすぎたか。私もバイソンに影響された」
「彼の正体。夜のラッパーかなんかですか」
「知らん」
「はっ?」
 首をかしげるラウを置き去りに、ゼクトは大いに笑っていた。
「はっはっは……的外れは承知しているよ」
「ならばなぜ、」
 一通り笑い終えたゼクトは景品をポケットに収める。そして、ネックレス付きのロケットから別のカードを引き出した。バイソンから託された1枚。Different Dimension Revival。
「あいつはもうここにいない。そして私は……あいつにはなれんのだ。そんなことは誰よりも私が知っている。この世の誰よりも知っているのだ」
 ゼクトは西を視ていた。優しい眼差しの向こう側には郊外が広がっている。 『夜の決闘』 の本拠地 = 廃墟と化した郊外が。しばらく物思いに耽った後、ゼクトがぼそりと呟く。

「1つ聞いてもいいか」

(ズルい男だ。何を着ていても……)
 ラウのメガネが映すものを変えた。にわかラッパーが立ち消え見慣れた姿が浮かび上がってくる。ホワイトローブを羽織った光の白魔導師、ゼクト・プラズマロックがそこにいた。
「ジャック・A・ラウンド。なぜ《鬼神の連撃》を入れた」
「……西部の第一印象を正直に言うと、一部の使い手以外はぶっちゃけチョロかった。実体化した派手な映像に目が眩み、足元が覚束ない連中をこかすのに力は要らない。あいつらはおれに負けるんじゃない。勝手に負けるんだ。……なのにあいつらは強くなっていく」
 自然と語気が強まる。絞り出すように言った。
「必死こいて勝ちたくなった。勝ちたいんだ。あいつらに」
「その為のカードこそ《鬼神の連撃》。戦士族エクシーズが主力なら、ORUを消費しない《アサルト・アーマー》という選択肢もあった筈だが……それが鬼神を選んだ理由か」
「足元を狩ったところで止まらない。ならいっそ、自分の退路を断ちたかった」
「敢えて聞こう。なぜだ」
「逃げ場などない。それがおれの現実だからだ」
「合理主義者と聞いていたが……はっはっはっ!」
「笑ってくれ。自分でもおかしい自覚はある」
「失礼。敗因をまた1つ知ったのだ」
 ゼクトは晴れ晴れとしていた。おもむろに振り向くと美声で告げる。
「さらに上を行くか。我らがソーサラーを退けたのだ。そうそう負けてもらっては困るぞ」
 毅然とした白魔導師の言葉に無言で頷く一方、クリーム入りのコーヒーをジッと見る。
「あの日の最終局面。あなたをエースにするまでがバイソンの決闘だった。なら逆に、後ろに控えていた《カオスソーサラー》に隙あらばフィニッシュを飾らせる。そこまでが、」
「笑止。我が同胞フェリックスを倒したチームと闘うのだ。そんな余所事を目論む余裕などなかった。しかしほんの一瞬、このままいけば……よぎらなかったと言えば嘘になる」
「その美意識。そうでなければファンが泣きます」
「清々しいほど吹っ飛ばされたがな」
 ゼクトが朗々と言い放つ。ラウは羨ましげにつぶやいた。
「あなたはあなたの決闘を掴んでいる。おれにはまだわからない」
「信じてもいい。迷ってもいい。いかなる立場であろうとも、美しいものはそこにある。ならばこそ、心の片隅にでも留めておいて欲しい。バイソンが刻みつけた夜の決闘を」
「おれは……いつだって追いかけている」

                     ―― アリーナ家 ――

「……」
 パルムはちゃぶ台から一歩後退。押し黙ったまま次を待っていた。前方に立つミィはスリッパを左手に抱えたままじっとりと睨みつけている。動かない。動かない……
 待ち疲れたコロナが油を注ぐ。
「ミィ、こういう時はドバーッて言うのがいいのよ。ドバーッと」
 余計なことを。そうパルムが咎める暇もなく。アドバイスをもらったミィは軽く1回息を吸い……口から《ライトニング・ボルテックス》を発動する。
「パルくんのごらっつえぽらんきにふ!」
「ミィちゃんが暴言を!」
「人の女子力をなんだと!」
「ごめん。ごめん。謝るから。きみが女子力を惜しんでいたとは意外だったんだ」
「物には限度があります!」
 ミィが景気よく燃え上がる一方、コロナはティアと気楽に駄弁る。
「そんなないかな。ミィちゃんの女子力。見た目はちゃんと女子ってるし……」
「木の上から飛び降りたり、吹っ飛ばされてもなんか楽しげなところを除け……ないか」
「パルくんデリカシーって知ってる? いっつも、臭いだの何だの言いたい放題。あーだこーだ、あーだこーだ、あーあー、あーだこーだ」
「……今は女子力より決闘力だろ」
 パコン! スリッパが遂に火を噴いた。
 同時に、男子女子間の不毛な抗争も始まった。
「それはそれ! これはこれ! 第一、今日はパーティなんだから。それに……えっと……敢えて女子力を高めることで負い目が消えてそれがああだこうだ作用してぱぁーっと……」
「女子力に振った結果が試合で制服。要は自前の女子力に自信がないんだろ」
「パ〜ル〜く〜ん。こ〜の〜や〜ろ〜」
「……ならどっちが正しいか決闘で決着を付けようか」
「……! わたしが勝ったらたっぷり女子力を味わって」

 トントントン♪ トントントン♪

「あの〜、もしもーし、おふたりさーん」
 ちゃぶ台の端っこをトントン叩きながら元気な少女が割り込んだ。 「あ」 「あ」 気づいた2人が気まずそうに振り向くと、コロナがためらいがちに言葉を挟む。
「あたしら的には決闘の話題も全然OKというか……明日も試合あるから」
「あ……約束のこと忘れった! パルくんが変なこと言うから脇道に」
「約束? 脇道? ひょっとして……きみらはぼくに、」
「あ」
 突き刺さる疑惑の視線。コロナの身振り手振りが恐ろしい勢いで増加する。
「いやね、あのね、今日祝勝会やるからミィも誘って……ってなった時にちょろ〜っと思ったの。あたしたちまだまだ全然下手で特にモンスターの召喚ダメダメだから同い年のパルムくんに少しでもいいこと教えてもらえたらなあ〜〜なんてことを考えて、それでミィに無理言って連れてきてもらったりなんかして……なのにどう絡んでいいかわかんなくて……あの、まぁ、卑しい下心と言いますか……」
 あたふたしながらコロナが弁解する一方、
「あ〜あ。コロちゃんは媚び売るの下手だから」
 いけしゃあしゃあとティアがつぶやき、シェルに至っては無言でため息を付いていた。
「えっと、その、そういう……申し訳ないです……」
 恐る恐るパルムの表情をうかがうと、ひたいに手を当てこれでもかと呆れていた。ひときわ大きなため息を付くと、若干の怒気混じりにぼそりとつぶやく。
「もっと早く言ってくれ」


     


「ホントにぼくでいいの? じゃあ……カード・ユニットについて考える会を始めます」
 パチパチパチ。狭い部屋に拍手が響く。ホッとするパルムの向かい側には今日の受講者達が座っていた。元気で、陰気で、そして陽気な3人の少女達。
「それで何が聞きたいの。答えられる範囲ならなんとかするけど」
「はい! パルパルはさ、なんであんなにデカ物ポンポン投げられる?」
 ティアからの質問を受けると、パルムがやや満足げにうなずく。知識をドロー。言葉をサモン。三度の飯より話題が欲しい、そんな特別講師の講習会が始まった。
「カード・ユニットは 『その気になる』 ことで発動する。あらゆる手段を使うんだ」
「お湯につけて3分待つとか?」
「昔はそういう実験もあったけど、モンスターなら腕力に訴えるのが手っ取り早い。Team EarthBoundの地縛神なんかはその最たる例で、」
「雑誌に載ってた! 特殊重力(オゾン)の中でも激重!」
「あれを投げられるだけでも勲章物だよ。現代決闘ではビジュアルに衝撃波が伴うから。デカくてオモいっていうのは、それだけでもう立派な個性なんだ」
 低身長&軽量級男子のパルムが 『機会があったら投げてみたい』 と不敵に言ってのけるが、ジッと話を聞いていたコロナは物憂げに言葉を挟み込む。
「あたしたち、パワーっぽいものは全然だから」
「決闘はパワーが全てじゃない」
 1秒。真剣勝負の表情までものの1秒で加速する。
「生物で押し通す暴引族時代。物量で押し切る蘇我劉邦時代。そして勿論、質量で押し潰すミツル時代。パワー・デュエルを目指さない決闘は確かに日陰者だった。特に20年前は」
「20年前って……そこまで調べてるの!?」
「パワー重視はモンスター重視の風潮を生み出す。大昔に一度問題になったらしいよ。そこで決闘行政がマジック・トラップ推進の為に五枚規制 "なるもの" をおつくりなさったり、西部五店長パルチザン・デッドエンドがフル・エキスパンション・デュエルを組んだりした。その甲斐あって近年は……」
「パルくんパルくん、ちょっと」
 ミィがパルムの服を軽く引っ張る。それからちゃぶ台に指を差すとコロナとティア、特にティアが全力で睡魔を耐えていた。 「そうか……そうだよな……」 今必要なのは歴史の授業ではないらしい。ようやく気付いたパルムはすぐさま戦略をチェンジする。
 ちょっとばかり楽しげに。
「結論から言うと今やるべきは呪文の鍛錬。呪文は精神力が重要なんだ」
「精神力……心の同調……イメージ・トレーニングとかそういう」
「ぼくらの年代はそれが効く。子供の感受性は呪文を覚えるのに好都合。そんな研究結果をロザリン・カークランドが3年前に提出している。かの有名な 『10歳児が決闘を獲得するとき(決闘新書)』 といい、今回といい、彼女の研究には驚かされるばかりだ」
(誰だ) (誰だよ) (ロザリン?)
 講義は順調。ちょくちょく早口になりつつ一通り講義を終えると、パルムはおもむろにノートを取り出す。さらっと紙面に情報を書き留め定規を使って綺麗に破る。下手な字ながらも書き込みは整理されていた。ザックリとしたまとめに入る。
「あくまで 『有効』 や 『傾向』 止まりだけど、こういうもんだから焦らなくていい。結局は自分の特性に合わせた鍛錬が重要。今の内に他をつめとけば決闘盤も軽くなって」

「ロザリンなんて知らない」
 ミィではない。コロナではない。シェルでもない。人好きのする柔らかい笑顔の持ち主、ティア・アリーナが珍しく笑っていなかった。異質な抗議に少し戸惑う。
「あぁ〜ならちゃんと説明しよう。彼女は中央出身の決闘行動……」
「パルパルは違う! 大きいのをたくさん召喚できる」
「ティア」
 コロナが釘を刺そうとするが、ティアの視線は真っ直ぐを向いたままだった。ぐりぐりとした丸い目でパルムの瞳を凝視すると、おなかの前で手を組み言った。
「わたし、パルパルの話を聞きたいです」
「パルパルの話? ぼくの話か……」
 パルムが人差し指で?を掻く。困ったような笑みを浮かべて 「そのくだり、やっぱり……いる?」 とつぶやいた瞬間、ティアが身体を大きく乗り出す。
「いっぱい召喚できたら楽しい。みんなでやれたら超楽しい」
「……っ!」
 パルムが言葉を失った。両腕に嵌めた長手袋を無意識に指で摘むと、ちゃぶ台に置いていた自分のデュエルディスク ―― 決闘集盤(ウエスト・ピッカー) を視界に入れる。
「そっか。楽しいよな、召喚すると」
「うん! 友達増えるとチョー楽しい!」
「……わかった。ぼくの話をしよう」

「ぼくはマジック・トラップを使えない」

 10秒の間を置いてパルムが真実を伝えると、5秒ほど部屋の時間が停止した。シェルがわずかに眉を下げ、ティアが口をパックリ開けて、コロナが恐る恐る次を聞く。
「え〜っと、それひょっとして……全部?」
「ぼくの両腕にはマジック・トラップを使う為の資格がない。デッキに《ツイスター》や《火炎地獄》が入っているのはさっきも言ったあれ。西部が20年以上前に作った 『五枚規制』 が今も残っているから。もうわかっただろ? ぼくのレパートリーが豊富な理由」
「マジック・トラップを使えないから。だから、」
「3倍モンスターを愛しているから同調できる。元を正して考えれば、腕の力やらなんやらは発動の為の補助ブースター。ならぼくは本命を行く。その為なら、」
 ノートとペンをもう一度取り出す。……いきなり何かが始まった。《ガルドスの羽根ペン》を紙の上で走らせると、廃棄物仕立ての龍が紙面に浮かぶ。
「「「《スクラップ・ドラゴン》!」」」
 一通り描き終えると気持ちが乗った。ドローの要領でボールペンを紙から離す。
「設定やら背景やらをソラで言えるほど暗記したり、色々な構図でお絵かきしたり、ジオラマ作って写真を撮ってみたり、夢の中で一緒に遊んでみたり、モンスターのビジュアルをプリントしたクッション(カバー合計23種類) を作ってみたり。思いつく限りはやったよ」
(趣味では) (ぶっちゃけ趣味では) (絶対趣味だよこれ)
「後はひたすら投げ込んで……なんて言っても、まだ使えないカードがエクストラデッキにすらあるし、だからこそやり甲斐もある。……ティア、駆け足になったけどこれでいい?」
 ティアのサイドテールが心なしか萎れていた。少女が唇を引き絞る。
「ありがとう。それと……ごめん。大会あるのに聞いちゃって」
「大会で当たる頃にはどのみちバレてる。ぼくらはそれでいい」

「違いすぎる……」
 コロナが聞こえないほど微かにつぶやく。パルムとティアの会話を横目で眺めながら静かに息を吐く。憂鬱の海の水面にブルーフェイス号が浮かんでいた。
「同い年なのにあたしと全然違う」
 ちゃぶ台の下から自分の決闘盤を手元に寄せた。ジッと見つめて少し考えると、エクストラデッキから1枚のカード・ユニットをサーチする。

No.47 ナイトメア・シャーク(2000/2000)
?特殊召喚成功時、自分の手札・フィールド上から水属性・レベル3モンスターをORUにできる。
?1ターンに1度、ORUを1つ取り除き、水属性モンスター1体を選択して発動⇒このターン、他のモンスターは攻撃できず、選択したモンスターは相手プレイヤーにダイレクトアタックできる
[装填] [3] [水] [海竜]


「中途半端だからさ、いつも」
「そのカードって、もしかして」
 ミィが真っ先に声を掛ける。コロナはこくんと頷いた。
「エアロシャークより性能いいから。あたしの新しい相棒」
 眼が泳いでいたのかもしれない。声が上擦っていたのかもしれない。ちょっとした間違い探しに気が付くと、ミィが恐る恐る聞いてみる。
「ひょっとしてそのカード……えっと……気に入ってないの?」
 質問を投げ込まれたコロナの瞳には先日の試合が再放送されていた。幻凰鳥を飛ばし、アブロオロスを飛ばした入魂の決闘が脳裏に浮かぶ。
「半端ないんだよね。一事が万事」
 何食わぬ顔でさらっと言った。
「ま〜ず〜顔つきが気にくわない」
「ふぇ?」
「見た目からして仲良くなれそうにない」
 一同は目を丸くした。一旦、気を取り直すと検証開始。ナイトメア・シャークのビジュアルをいそいそと確認する。……珍妙奇天烈摩訶不思議が泳いでいた。サメ型のシャークヘッドにはなぜか瞳が付いていない。両腕はカマキリのような刃と化して、水中戦を得意とする筈がなんだかよくわからない羽根を生やしている。そして下半身は蛇っぽい。
「なんかもう変態じゃん。夜道で女の子襲ってそうだし」
「え? ああ〜跳腕のウエストツイストさんみたいな?」
「両腕が武器になってるんだよ? 変態に決まってるじゃん」
「あ〜でも、エースやるならちょっとゴツくて物騒なぐらいが」
「そうそれ! ネーミングが無駄に物騒!」
 突然コロナが加速した。無駄に手を振り大袈裟に。
「ランク8ならわかるよ。ギミックパペットジャイアントキラー ―― ガチャガチャ人形シリーズエクシーズファミリーのデカイ処刑屋とか、そういうやつらならパンチ効いてていいけど、ランク3ならエアロシャークの兄弟じゃん。久々に会ってみたらなんか不良でしたみたいな。身体にいぃ〜っぱい刺青入れてて、腑抜けた世間に極上の "悪夢" を見せてやるぜ……じゃねーよ反応に困るだろこんちくしょう!」
「……ナニコレ」
 ミィは呆気に取られていた。なんだかよくわからないテンションでなんだかよくわからないイメージをまくしたてられなにがなんだかわからない。そんな2人のやりとりを横目で眺める者が約一名。陽気な末っ子、ティア・アリーナが目を細める。人知れず。
(またコロちゃんが空元気やってる……)
「冗談冗談。わかってるって」
 コロナがフッと力を抜いた。左目でミィを、右目でカードをジッと視て、
「ちょっとやんちゃなぐらいが丁度いい。あたしはナイトメア・シャークを、新しいエースをちゃんと愛してる。旧エースのエアロ・シャークはエクシーズの入門編。さっきミィとも約束したじゃん。そろそろ次のフェイズに行かないとね。パルムくんみたいに ―― 」

「愛してなくてもいいよ」

 コロナがすぐさま左を向くと、パルムが厳しい表情でちゃぶ台の前に座っていた。和気藹々とした10分前とは正反対。槍で貫くような視線にコロナが戸惑う。
「だって…… 『好きこそものの上手なれ』 で。だから」
「 『嫌い』 を 『好き』 と思い込む。そんなのは馬鹿げてる」
「それは……そうかもしれないけど……」
「あいつらを理解するしかなかった。愛着なんてオマケみたいなもんだ。一番好きだったカードは手元にないよ。ホントは何が気に食わないの? この際、正直に言った方がいい」
「え、あ、その……」

「 "この世には、どうにもならないこともある" 」
 ふと右を向くとシェルが正座したままこっちを見ている。 『第1回モンスターの召喚について真剣に考える会』 では一言も喋らなかった陰気な三女。その視線は刃物のように。
「北部のなんちゃら学者、ナンターラ・カンターラの言葉よ。中途半端は……キライ」
 逃げ道がものの数秒で消えていた。畳み掛けるようにパルムも続く。
「なるべく誤魔化さない方がいい。お節介かも知れないけど」
「……しゃーないか」
 ふーっと長めに息を吐く。コロナは天井を仰いでいた。
「パルムくんは本音でティアと喋ってくれた。敵わないなあ……ホント」
 天井を見上げるコロナの瞳には女性が映っていた。1人でも闘えてしまう決闘の権化。
「ナイトメア・シャークは余所の子を必要としてないから。今ある他のカードをオーバーレイユニットに変えて1人で殴るか殴らせる。そういう考え方が……なんかイヤなの」

No.47 ナイトメア・シャーク(2000/2000)
?特殊召喚成功時、自分の手札・フィールド上から水属性・レベル3モンスターをORUにできる。
?1ターンに1度、ORUを1つ取り除き、水属性モンスター1体を選択して発動⇒このターン、他のモンスターは攻撃できず、選択したモンスターは相手プレイヤーにダイレクトアタックできる
[装填] [3] [水] [海竜]


「なんでかな。取り残されるのが怖いのかも」
 気まずい沈黙が訪れる。5秒……10秒……
「そういうしがらみ。きみだけのものじゃない」
 均衡を破ったのはパルムだった。持参したバッグを手元に寄せると、自分で創り上げたデュエルディスク ―― 決闘集盤(ウエスト・ピッカー) を引っ張り出す。デッキの中からカードを引いた。

ダーク・クリエイター(2300/3000)
?自分の墓地に闇属性が5体以上存在する場合に特殊召喚できる
?自分のフィールド上にモンスターが存在する場合、↑の方法では特殊召喚できない
?1ターンに1度、自分の墓地から闇属性1体を除外し、別の闇属性1体を特殊召喚する
[特殊] [8] [闇] [雷]


「こいつの第一印象は良くなかった」
「闇属性……5体いないと喚べないから?」
「デッキの調整がシビアになるのは事実だ」
「自分の場に……モンスターがいても喚べないから?」
「みんながくたばってから出るのが気に食わないし、1体復活させる為にもう1体除外するのも気に喰わない。きみの言葉を借りれば、こいつの所業が片っ端から気に食わなかった」
 "気に食わなかった" コロナが手の平を握りしめる。
「……あるんだ。そういうのが全部……変わる瞬間」
「ぼくのそれまでとドッキングする。そんな瞬間がある」
 パルムの目の色が変わった。右手で掴んだ《ダーク・クリエイター》を振り上げると、 決闘集盤(ウエスト・ピッカー) の中心部にバチンと打ち込む。鳴り響くのはギュインという起動音。円盤型のデュエルディスクからメカニカルな輝きが溢れ出す。そう、先日の試合と同じように。
「あの瞬間、本当の意味でぼくのカードになったんだ」
「自分のカードになる……」
「絶対なるとは言えない。馴染まなかったカードなんて腐るほどある。ただ少なくとも……きみはナイトメア・シャークを召喚できたんだろ?」
「……?」 「あ、そっか」 「ミィ?」 「ほらほら、わたしたちって元から召喚そんな上手くないじゃん。ナイトメアと波長が合ってるわけでもない。なのに召喚できる」
「そういえば。みんなで新しいのを練習したけど、ナイトメア・シャークが一番早く」
「ナイトメアはエアロの姉妹品。きみはさっきそう言った」
「姉妹。さっっっっぱり似てないけど姉妹……」
「エアロシャークを使い込んだんだろ。話題欠乏症にかかったミィから12回は聞かされて」 「9回しか言ってない!」 「10回ほど聞かされたから少しは知ってる。3年間ダメージレースを続けてきた、そんなきみに応えてくれたカードだ」
 コロナが今一度ナイトメア・シャークを眺める。それからパルムを、ミィを、シェルを、ティアを、そして最後にもう1人。瞳の裏側にこびりつく一家の長女を正視した。
「この子もあの子も。古いカードも新しいカードも。いつだって最初は余所者だよね。例え相手がノビール尻尾の変態カマキリ・アーンド・サメサメ変態野郎でもさ」
 両手で頬をパチンと叩くと、ようやくコロナが元気に笑う。
「ありがとう。なんか、こう、いっぺんこの子とやりあってみる」
「それじゃあコロちゃん乾杯!」
 ちゃっかりジュースを注いでいたティアが乾杯コンボへとすぐさま移行。コロナとティアがコップを付き合わせ、シェルも無言で付き合い、ミィはパルムをねぎらった。
「おつかれ」
「ありがと」
 一旦、クールダウン。ジュースを啜りながら落ち着いて考える。
(みんながパルくんと話しまくってる。わたしは大分かかったのに)
(他のチームの同い年。絡むの久しぶりだな、そういえば)
(みんなも本気。だから)
(同世代の決闘者……)

 ××××××!

 突然、思考の火事が2人の脳幹を襲った。過度な殺気の燃焼により密室の大気がガラリと変わり、精神的な酸欠を強いられる。何かがおかしい。事態を把握すべくちゃぶ台を……シェルが何かを睨んでいた。視線の先には何がある? 急いで首を ――
「ただいま」
 空気が揺れた。酸素が燃えた。女性とおぼしき声が響き渡った瞬間、3人部屋が異様な存在感で膨れ上がる。帰宅というよりは現象。なんらかの現象。
 心の火災報知器がぐわんぐわんと鳴り響く。
(なんで。怖い) (宇宙怪獣でも来たのかよ)
 恐る恐る振り向くと、美しい "はず" の女性が立っていた。背まで伸ばした黒い髪。タイツを履いた黒い脚。上から羽織った赤いパーカー。アリーナ家の長女、アリア・アリーナが帰宅する。
「ドーナツ買ってきたんだけど。食べる?」
 密室の中に緊張が走る。慎重に事態のなりゆきを
「おねえちゃんありがとう!」
 ティアが歓声を上げる。あるいは悲鳴を上げる。今ここにいる中で一番背の高い "おねえちゃん" の真横にちょこんと着席。必死の上目遣いで訴える。
「あのね、あのね、一緒に……」
「まだちょっといくところがあるから。折角のパーティを邪魔しちゃっても悪いし。コロ、留守の間はよろしくね。 "ネッチュウショウ" にならないようちゃんと身体を冷やして」
 アリアが何か言う間、コロナは中途半端な距離を空けて立っていた。
「あ、うん、わかった。ここは……大丈夫だから」
 今度はシェルと目を合わせる。……特に何も喋らなかった。放っておかれたシェルはちゃぶ台の下に手を伸ばし、ジャージの裾をギュッと掴む。一方、アリアはグィっと首を曲げていた。優しく、軟らかく、獰猛な虎が獲物を探すかのように。
「ミィ。それと……パルムくん」
(来た!) (どうする!?)
「ミィ、あの決闘は最高だったよ。手に汗握ったから」
「ありがとう……ございます。これからも……がんばります」
「パルムくんも《デザート・ツイスター》投げるとこなんか最高だった。あれ絶対古参でしょ? 使い込んでるデッキなの、外から見ててもわかるから」
「今日はお世話に……なって……ます」
「うん。あの子たちとも仲良くしてあげて」
(妙だ。まるで女子力を感じない? いや、違う)
 ミィが人形のように固まる一方、パルムの瞳は目まぐるしく揺れ動いていた。打開策を求めてしきりに眼球を動かすと、アリアとシェルを見比べる。
(女子力は大差ない。髪型は? ぼくの目には似たり寄ったり。顔立ちは? 傾向は少し違うけど両方とも美人には違いない。なら仏頂面でジャージのシェルよりも……なのに……)
 男子としての本能。それさえも凌駕する決闘者の欲望。
 パルムが自覚する。決闘を召喚されている事実を。
(妹といい姉といい、誘い方が強引すぎる)
 目の前の人物に対する印象が徐々に人類から離れていく。ズシンズシンという足音を響かせ、獲物に向かって牙を晒し、赤い瞳を光らせる……
(同じだ。アブソルが時折見せる……あの得体の知れなさと)
 人間の皮を被った怪物(モンスター)。そんなコトバが脳裏に浮かぶ。
(こいつとアブソルがやり合った時もそうだった。まるで)
「【反転世界(リバーサル・ワールド)】。モンスターのデッキでマジックはコスト。後半になるとギアチェンジ。デッキの呼吸がガンガン聞こえてくるから、ワクワクする気持ちが止まらなくて」
「『呼吸』? 独特な ―― 」
「デッキの半分。境目でひっくり返る」
(ふざけるのもいい加減にしろ)
 看破されたパルムが心の中で舌を打つ。
(それで無害を装ってるつもりか。カメレオン業界なら面汚しもいいところ)
「それじゃあまた明日。コロ、シェル、ティア……ちょっくら向こうまで行ってくる」
 具体的な目的地を告げぬまま消えていく。嵐の後の静けさか。部屋の空調も徐々に回復していた。抜き差しならない息苦しさが消え去る一方、重苦しい何かが沈殿している。

(変わった)
 受身に徹していたミィが異変を悟る。一家の大黒柱が帰宅して ⇒ 御土産のドーナツを渡して ⇒ 一言二言お喋りして ⇒ 足早に去って ⇒ パーティが再開した。
 それだけ。おかしい。ぎこちない。
(アリィさんはお外で何を? ひょっとして決闘? 勝ったの? 負けたの?)
 ミィの頭脳が高速回転。混乱のカーブを一気に曲がると結論に向かってストレート!
(アリィさんが決闘者なこと、コロナ達は 『最近まで知らなかった』 って何度も言ってた。本当に? 本当に何も知らなかったの? ならいつもは普通に……だとしても、)
 脳内ファイルから情景をサーチ。探り当てたのは1年前のカードショップ。
( "ダンロ" や "ブンガク" から助けてもらったあの時もそう。一瞬、決闘を爆発させてすぐにいなくなった。何年も一緒にいて全く気付かず? 本当にそんなこと……)

(変わった)
 パルムもまた自分の中の異変を悟っていた。曲がりなりにもパーティを満喫していた16歳の少年ではない。大人に混じって闘う1人の決闘者、その本性が揺れ動く。
(ホッとした? 惜しかった? ぼくはいったい……)
 胸の中に去来する異様な感覚。その違和感。
(この家に来てから何かが変だ。この場所には違和感がある)
 怪物(モンスター)との接し方に迷うコロナ、怪物(モンスター)への接近法を求めるティア。そして……パルムは口を開こうするが寸前で思いとどまる。 "言っていいのだろうか" "ぼくが知るべきことじゃない" 未知への不安が震えに変わる一方、武者震いが身体に馴染む。
 我慢するには若すぎた。
「何者なの? あの人」
 口にした瞬間、部屋の空気が凍りつくのを感じる。そんな中、
「それ、そんなに聞きたいの?」
 沈黙を破ったのは陰気な少女。パープルフレームの眼鏡から濃紺の瞳が覗いていた。暗く、鋭く、大きな瞳のシェル・アリーナが氷柱(つらら)のような視線を刺し込んで、
「世の中わからないことなんていくらでもある。そんなにうちのことを聞きたいの?」
「きみがぼくの腕に興味を持つ。それと同じぐらいには」
 飄々と言ってのけた次の瞬間、何かを投げつけられた。顔面に当たる寸前、パルムがそれをしっかり掴む。一体何を? その正体は1枚のカード・ユニット。
「《黙する死者》。黙ってろ……とは違うか」
「私も貴方も、生きてる人間は知りたがる」
 アリアの色に染まっていた部屋がシェルの色に染まっていく。ふと気が付くと、パルムはシェルの一挙一動を追っていた。ちゃぶ台の下から決闘盤を ―― 小型水車型デュエルディスク 決闘?盤(ストラグル) を引き出す。いわゆる円盤型の決闘盤が少女の顔をさえぎり、表情を伏せたままの数秒間。シェルはゆっくり腕を伸ばすと、パルムに決闘盤を突きつける。
「なら異文化交流といきましょう。私と貴方で」
(ぼくと? 違和感の正体はこれか?)
「きみに何のメリットがあるんだ」
「私も "パルパルの話" を聞きたいの。折角なら実戦形式で」
 2人の視線がぶつかり合い、パルムの表情も変わっていく。
(シェルは一瞬迷った。それだけガチなお誘いってわけだ。講義で黙ってたのもそういう? さっきのあれと何か関連性があるのか。そもそも本当に知る必要があるのか)
 頭に浮かんだ選択肢は2つ。 『興味があるので決闘します』 と 『関係ないので家に帰ってクソして寝ます』。 数秒の思考を言い訳に前者の道へと突き進む。
「お互い何かが気になってる。なら異文化交流も悪くない」
「なんでも好きに聞けばいい。気に食わなければ殴ればいい」
「揺り籠から墓場まで。好きなモンスターから空ドローの頻度まで」
「着替えてくるから少し待ってて。ジャージで引きたくはないから」
「なんでこんな」
 ミィはちゃぶ台の前にポツンと1人で座っていた。気が付いた頃には睨み合いが始まり、割り込もうとした頃には謎の勝負が始まっている。耐えがたいほどに蚊帳の外。
「わたしがやる。決闘をするっていうなら、わたしが」
「売られたのはぼくだ。きみの分まで引いてくる」
 少年の意識は1時間後の決闘へと向かっていた。ポケットの中からボロボロの財布を引っ張り出すと、雑に仕舞われたスタンプカードを提示する。
「近くにデュエルセンターがある。そしてここに期限ギリギリのスタンプカードがある」
 少年と少女の間で何かが始まっていた。
決闘(デュエル)だ、シェル」

 ―― 気が付いたら変わってた。小さな部屋から大きな部屋へと一直線。路面電車を乗り継ぎ無言のままの一時間。入り口を跨いだわたしたちを待っていたのは不思議ななにか。虚構のフィールドと架空のルール、そして、未知の決闘(デュエル)が大口を広げて待ってたの。

 デュエルセンター『ターミナル・ワールド』(メガソニックアイアン店)。ヤランゾー駅から徒歩5分。抜群のアクセスと至高のデュエルのはさみ撃ち! 今なら入会金無料!?(お問い合わせは×××-××××)

 雨の日も、風の日も、デッカい屋根の下でレッツ・デュエル・スタンバイ!(Team EarthBound主将ミツル・アマギリ)

「デュエルセンター、久しぶり」
 ミィが室内をぐるりと見渡す。一言、広い。無駄に潤沢な土地を惜しげもなく使い、大迫力の決闘を提供する練習施設のフルコース。メインディッシュを務める西部原産A5ランクのデュエルフィールドを筆頭に、高品質な音響設備やOZONEの拡張機器を皿に添え、隠し味にドリンクバーを加えることで気難しい決闘評論家であるアーミン・パプリカも諸手を挙げてカードを引いたと言われるがそんなことはどうでもよく、不安の真っ只中に立っていた。
(楽しそう……なんて言えたら)
 すぐ近くではパルムがデッキを換装していた。大会で使うタッグセッティングからシングルセッティングへと微調整。手袋越しに1枚1枚を吟味している。真剣に。
(パルくんの【反転世界(リバーサル・ワールド)】は変則だから整備が大変。環境の速度や試合の形式、対戦相手に合わせて入念に……今回は? 《カードガンナー》や《カードカー・D》は積むのかな)
 ポツンと1人で考えていると、ひとりぼっちで孤島に取り残されたような気分になる。足下が地べたに張り付いていた。黙々とデッキを弄り続ける相棒の背中を眺めつつ。
「ここのデュエルセンター、わたしは初めてだけど……よく来るの?」
「チームで稀に。主に喧嘩を売るときで、費用はぶっ倒した相手持ち」
「そうなんだ……。あのさ、パルくん。シェルが」
「いらない」
「……っ!」
「一文字たりとも聞きたくない。一旦観ると決めたら、実際に映画館に行くまで予告編すら観たくない。そんな気分なんだ……ごめん」
「わたしにできること、何もない?」
「………………」
 パルムの手が止まる。調整を終えて立ち上がり、
「往生際が悪すぎるんだ、ぼくは」
 ぼそりと一言つぶやくと、両腕を覆っていた長手袋を取り外す。 "両手にはデュエルオーブしか装着できない" そう記された西部決闘規定に従い腐腕をあらわにすると、ミィの方へとにわかに反転。少年の右手には長手袋が握られていた。
「コレを持ってて欲しい。まだもうちょっと必要なんだ」
「……わかった。ちゃんと持ってる」
「そういえば……もう驚かないんだね、ぼくの両腕」
「なんかもう慣れちゃた。普通に慣れるよ、たぶん」
「そっ……か。ハハ……いいね、その答え」
 空いた両手で自前の武器を、円盤型デュエルディスク 決闘集盤(ウエスト・ピッカー) を装備する。内から外までメカニカルな改造を施した自慢の一品。
「期待と不安が半分ずつ。ぼくが知りたい。きみが気になる。それもまぁまぁホントなんだろうけど……何の為にやりあうのか。それを知るまでの決闘かもしれない」
 今一度その場で静かに反転。使い込んだデッキと共にデュエルフィールドへと歩み出る。5〜6歩ほど歩いただろうか。背中の向こうから通りのいい声がした。
「負けるとこ、見たくないから」

「なーに考えてんの」
 少し遠くからコロナが声を掛ける。答えはない。シェルは黙々とデッキ・セッティングを続けている。返答を待っていても埒が開かないとばかりに、コロナは陸上部上がりの踏み込みから2メートルほどの距離を一気に詰める。ひざを曲げて屈み込み、
「シェル、おねーさんに返事しなさ ―― 」
 不意打ち。その目に飛び込んできたのはシェルのドロー。ピンと伸ばした指先が言葉と空気を斬り裂き、1枚のカード ―― 《千載一札》を突きつけられる。
「勝ち目があるって……自分のデッキわかってて言ってる? なんならあたしの方がまだいける。あんたがやったら十中八九、後半勝負になるじゃない。そうなったら ―― 」
「おねえちゃんの前でも……同じことを言うの?」
「………………」
 コロナは何も言えなかった。軽く首を振ると 「あぁ〜も〜」 両手を差し出しシェルの決闘盤を持ち上げる。セッティングしやすいように少しだけ。 「あんたってばさ……」

「なんでぇ〜着替えてるの?」
 いつのまにかティアがいた。ちょこんと爪先立ちで座り込み、しれっと口を挟む。何食わぬ顔の末っ子が言うように、ジャージを着ていた三女は新しい服に変わっていた。
「なんか動き辛そう。今から決闘するのに」
 機動性を度外視した独自のデュエル・スタイル。基礎となるブラウス&スカートにはダークパープルの模様が刻まれ、スカートで覆われた両脚には暗色のストッキングを履いている。到底運動着には見えないがシェルは平然と言い放つ。
「うちの部屋が何℃かわかってる? 汗だくになっても着替えないなんて不衛生。それに私は……あんたらお元気シスターズと違って体操着マニアじゃないから」
「でもでもさ〜、今からやるのはパーティじゃな」
 ティアが口を(つぐ)み、コロナが息を呑む。目の前にいるのは闘いを望む決闘者。デッキ調整を終えたシェルの瞳には闘うべき相手がハッキリと映っていた。胸元に手を当てると静かに1回深呼吸。スッとその場で立ち上がると、小型水車型の 決闘?盤(ストラグル) を装備する。
「パーティはこれからよ」

 モンスターが駆け回り、マジックが飛び交い、トラップが喰い合う適正な距離を間に挟み、少年と少女が広々としたデュエルフィールドで向かい合う。1年長く生きてるパルムと5センチ長く生まれたシェル。2人の意思が拮抗する中、
 パルム・アフィニスが先制する。
「着替えた割には決闘っぽくないね」
「肌を晒してる量なら私の方が少ないわ」
 ハリのあるブラウスのそでは手首まで伸びていた。紫がかったスカートと暗い色のストッキングが両脚をガード。シェルは人差し指をクルクル回し、ミィに向かって指を差す。
「貴方の相棒は制服で大会に出てるじゃない」
「その件については……ぼくの本意じゃない」
「なんにせよこれが私の正装。そういう貴方は?」
 少年の上下を覆っているのは無地のTシャツと灰色のズボン。飾り気のなさを指摘されるとパルムは眉を下げる。うつむいて少し考えると……一転、悪戯っぽい笑顔で告げた。
「ヴァーチャル・フィールドの効果発動!」
 未知の奇襲にシェルの目が丸くなる。キョロキョロと一帯を見渡すと、広告で溢れていた床や壁、さらには天井までもが黒く染まっていた。わずかな明かりを頼りに前方の様子をうかがうと……パルムが不敵な表情で立っている。決闘者特有の強気な表情(かお)
「バックグラウンドのビジュアルを自由に変えられるんだ。密室の中なら解像度も上がるし、OZONEとガッチリ連携すれば三次元の決闘を味わえる」
 数秒の間、シェルは呆然としていた。暗闇の中に放り出された格好だが、不安に浸る時間はそう長くない。状況を把握し終えるといつものように研ぎ澄ます。
「要は壁紙を交換できる。洒落(しゃれ)てるわ」
「遥か古代の決闘と違って特定のモンスターが強くなったりはしないんだけどさ……見栄えは見栄えで重要なんだろ。ぼくが提案してきみが決定する。足元からでも弄れるから」
「私が決めていいの?」
「異文化交流らしくね」
 シェルが足下を伺うと、投影されたタッチパネルがパカパカと光っている。なにやら楽しげな雰囲気に誘われるまま身体を 『 ∩ 』 の形に曲げると、細長い指をグィっと伸ばし
「足で押すものだよ、それ」
 ちょろっと顔をしかめる。タッチパネルから指を離すと薄手のハンカチを速やかにドロー。ジャンク・ウォリアーのイラストで手を拭うと吟味を再開。右の靴を脱ぎ去ると、ストッキング越しのつまさきを左右に伸ばしてタッチパネルを操作する。ぐぃ、ぐぃ、ぐぃ……密室の世界旅行に御招待。

Duel Field Standby ―― Snow Village!

「雪原か」
 吹雪がしんしんと降り積もっていた。パルムの足元には雪のカーペットが敷き詰められ、奥に建てられた石造建築まで真っ白に染まっている。左右を軽く見渡すとティアが犬のようにはしゃいでいた。足をトントンと前後に踏みしめ足跡が付くのを楽しんでいる。
(ウケてるようでなによりっちゃなによりだけど)
 映像面に関して言えば本物と遜色ない架空の世界。白い息を吐きながら前方の様子をうかがうと、シェルが満足気に佇んでいた。ああそうかい。パルムは即座に釘を刺す。
「 『足で押す』 ってのは 『靴で押す』 って意味で、あんなに強く押さなくても」
「……私なりにベストを尽くしたの。こういうところに来るのは初めてだから」
「そりゃどうも。なんで雪原?」
「気持ちの問題なら気持ちを味わう。テイルが言ってた。北の空はいつも雪が降っている。それにここなら私達のカードももよく目立つ。異文化交流にはお誂え向きよ」
(真っ白なキャンバスに絵の具をぐちゃっといくわけか。上等)
  自らの 決闘集盤(ウエストピッカー) を一瞥。徐々にボルテージが高まっていく。
「明日は2回戦。夜遅くなっても不味いし恨みっこなしの一本勝負。そして今回は、」
(今回の決闘は単なる勝ち負けじゃない。一本勝負で最大の成果を上げるなら)
 "毒を喰らわば皿まで" 軽く息を吸い込む。呼吸を整え、大きな声で、
「シェル。きみにトークデュエルを申し込む!」
「トークデュエル?」
「きみがイヤなら普通にやるけどどうする」
「挑んだ以上は挑まれる。……いいわ。話を続けて」
「カードショップを経営してる知り合いから習ったんだ。元々は南部決闘界で考案されたようだけど又聞きだから詳しくは知らない。パーティの余興には丁度いいんじゃないかな」
「余興……」
「今からルールを説明する。真面目に聞いてくれればぼくもやりやすい」
「真面目に?」
「まぁ、ほら、知り合い(アブソル)素面(しらふ)でやってたけど1人でやるには気恥ずかしいから」
「わかったわ。ちゃんと真面目に聞くから。貴方のお好きに塗り替えて」

 シェルは目を瞑った。言葉を現実にしたいから。

 パルムが口を開く。言葉を真実にしたいから。

「ワールド・マジック ―― 《トーク・ワールド》を発動!」
 パルムの宣言を聞き取るや、頭の中に未知の物体を思い浮かべる。いるはずだ。《トーク・ワールド》を象徴する言葉の観察者がいるはずだ。見た目は? ぱっと見はコテコテのガイコツ。《黒魔術のカーテン》同様、謎のマントを羽織った上半身のみのガイコツ。現住所は? 遙か上空に決まっている。名前は…… "Another"
「スタンバイフェイズ。お互いに1つずつ質問カウンターを獲得!」
 Anotherの両手には魔方陣が刻まれている。何をする? スタンバイフェイズの開始時、両手の魔方陣から2人分の魔力を打ち出す。何になる? 地上の決闘者が魔力を受け取り、決闘盤の魔力測定器も数値を上げる。2人一緒に増えるのはなぜ? 決まっている。
 Anotherは論戦をお望みだから。
「質問カウンターを消費して効果発動! 相手に質問を行い、答えが返って来なかった場合……アドバンテージを獲得する!」
 魔力を受け取った決闘者は 『問い』 の形で 『何か』 を求める。それが質問魔法。なら発動を封じ込める方法は? 『問い』 の 『答え』 を食わせればいい。《マジック・ドレイン》とよく似た原理? ああそうだ。きっとそうに違いない。

マジック・ドレイン(カウンター罠)
相手のマジックの発動を無効にし破壊する。
ただし、マジックカード1枚を手札から捨てることで、相手はこの効果を無効にできる。


「ダイレクトアタックを食らった場合はカウンターが1つ減少する」
 被弾したことによるパワーダウン? 違う。短気なAnotherは急かしている。殺られる前に問い殺せ。Anotherはそう言っている。
「似たような質問は不可。スペルスピードは 『2』 だ」
 Anotherが求めるのは一期一会の一発勝負。極上の言葉を観測しながら貴方は何を ―― 世界を信じてシェル・アリーナが目を開ける。ゆっくり冬の空を見上げると、大きな瞳にはAnotherそのものが映り込んでいた。真っ黒なマントを羽織った上半身のみのガイコツが。
「よろしく」

「結局、シェルちゃんに頼っちゃったのかも」
 末っ娘のティアが外側でぼそりとつぶやく。誰にも気取られないようチラリと真横をうかがうと、コロナがジッと戦場を見つめていた。何かを探し求めるように。
「あたしが言えないことをすぐ言っちゃう」 
「シェルちゃんは……怖いから」

「大事なことがあと3つある」
 パルムが指を3本立てる。ルールの公布は最終段階に入っていた。
「まず1つ。質問内容の制約について。今回はなるだけ簡単にする」
「具体的には?」
「大雑把すぎる質問はNG。それ以外はOK」
「いまいちわからないから具体例を教えて」
「例えば…… 『おまえのデッキについて一から十まで教えろ』 なんかだと流石に面白味がない。曖昧といえば曖昧だけど判断に困ったら多数決。丁度奇数いるし」
「外野は3人で身内は1人。それでは貴方が不利になる」
「提案する時点でぼくが有利なんだ。じゃあ次の1つ。回答不能で得られるアドバンテージの内容。 『問い』 で求める 『何か』 が何か。質問の答えが返ってこなかった場合、」

「貴方はカードをドローする」

 正解。 『なんでわかったの』 と言いたげにパルムは眉を下げるが 『なんとなく』 という答えしか返してこない。代わりにシェルが最後のルールをドローする。
「きっとこれが最後の1つ。 『嘘をついたらどうなるの』?」
「この決闘は元々南部の異端審問で行われていた。いわゆる法廷決闘で嘘を付いたやつにはキツイ懲罰があったんだ。目をくり抜くとかそういうベタなの」
「随分と過酷な余興」
「ぼくらは罪人じゃないから等価で行こう。 『相手が嘘を付いた時』 あるいは 『相手が嘘を付いたと判明した時』 も1枚引ける。ここの機能を使ってトレーニング・モードに設定したからドロー・トラブルの心配はいらない。ぼくが嘘を吐いたら遠慮なく引いていい」
「フィールドにルールに至れり尽くせり。ならそろそろ……」
 シェルは 決闘掻盤(ストラグル) を右手に持ち替え、そのまま投盤体勢に入る。ストッキングに覆われた膝をぐぃっと突き出す大胆な姿勢。対するパルムも 決闘集盤(ウエスト・ピッカー) を前方に突き出す。2人の決闘者が一問一殺の闘志を高め、灰色の瞳と濃紺の瞳が睨み合う。
(得体のしれない女の子との異文化交流。……上等だ!)

 水車が回り、火花が散った。

 激突! 水車型の 決闘掻盤(ストラグル) と円陣型の 決闘集盤(ウエスト・ピッカー) が雪原のド真ん中で激しく激突。磁場を発生させながらパルムが押した。気合と技術で水車を弾く。
「先攻は……ぼくだ!」

Terminal World Training Game!
Talk Duel ―― Special Snow Storm!

□パルム
Hand 5
Monster 0
Magic・Trap 0
Life 8000
Counter 0
■シェル
Hand 5
Moster 0
Magic・Trap 0
Life 8000
Counter 0

「ぼくの先攻、デッキから6枚をドロー! スタンバイフェイズ」
 ドロー・カードを扇状に展開。1、2、3、4、通常魔法は合計4枚。残り2枚は召喚可能なモンスター。いける。いく。その前に……腐腕の少年が空を仰ぐ。見えている。想像力豊かなパルム・アフィニスには見えている。機械仕掛けの飛行物体が見えている。
 名前は ―― "Another"
 見た目はバリバリの機械族。かの《A・O・J ライト・ゲイザー》を彷彿とさせる上半身のみの浮遊体。その両腕には《サテライト・キャノン》もびっくりな照射装置が付いている。
「スタンバイフェイズ、お互いの決闘盤に質問カウンターを1つ載せる」
 何をする? 決まっている。遥か上空から照射されるレーザー光線がお互いの決闘盤にトーク・エネルギーを充填。ゲージの目盛りが1つずつチャージされていく。
「決闘盤から質問カウンターを1つ取り除き……効果発動!」
 何の為? 対戦相手への質問を引き金に変えて、Anotherから支給された質問ビームを決闘盤から発射する。ルールは簡単! 対戦相手の決闘盤を打ち抜けば報酬ゲット。百発百中の質問ビームを止めるには? 回答バリア ―― 質問に答えることで発動する無効化能力を使えばいい。《闇霊術−「欲」》に類似したシステム。即座に起動!

闇霊術−「欲」(通常罠)
自分フィールド上の闇属性モンスター1体をリリースして発動⇒自分はデッキからカードを2枚ドローする(相手は、マジック1枚を手札から見せることでこの効果を無効にできる)


「異文化交流ならまずは自己紹介。適当にプロフィールを教えてくれ」
 質問を投げ入れてからおおよそ5秒。ハッキリとした口調でシェルが答える。
「フルネームはシェル・アリーナ。身長159センチ体重51キロ。趣味は読書でマイブームはサイコホラー。好きな食べ物は骨つき肉で、ブラのサイズはデュエルのサイズ。いつから生きてる15歳」
「年下? 17歳くらいだと思ってた」
「コロは16。私は三女。なんだと思ってたの?」
「ちゃんと覚えておくけど、少し喋りすぎている」
「雑誌に載っているのを参考にしたわ。質問が大雑把過ぎるから」
「……気をつけよう。きみの方は聞かなくていいの、プロフィール」
「大雑把なルールの大雑把なデュエル。余興は余興、それでも決闘」
 何かを視ていた。暗く、鋭く、大きな瞳がパルムの何かを捕捉する。
「そんなもったいないこと、できるわけないじゃない」

「なんでこんなことに」
 ミィは状況を掴めていない。本日の主役2人が丁々発止の探り合いを続ける一方、蚊帳の外側で思考が悶える。 "なんでシェルは決闘を?" "パルくんは何を考えて?" "トークデュエルってなんなの?" 長い手袋を握りしめたまま、ギュッと目元を引き絞る。
「私が受け身を取ってる間に……こんなんじゃ、」
 外野の焦燥などつゆ知らず。世界の内側では何かが始まっていた。雪が徐々に強まり、荒れ狂う吹雪へと変わっていくが……それさえも斬り裂く怒涛の勢い。決闘盤(デュエルディスク)が乱れ飛ぶ!

 西側のモンスター・ゾーンは鉄できていた。雪原(せつげん)をキャタピラが削り取る ―― パルムが喚ぶのは小型の戦車。起動が未来(デッキ)を力に変えて、停止が力を未来(ドロー)に変える。

 東側のモンスター・ゾーンは岩でできていた。雪道(ゆきみち)に両脚が沈み込む ―― シェルが喚ぶのは兵士の石像。守りにおいては下級を受け止め、攻めに回れば満月さえも打ち砕く。



カードガンナー、通常召喚(ノーマル・サモン)



岩石の巨兵、通常召喚(ノーマル・サモン)



 虚構の雪原と架空の装置。2人の真実が激突する。



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。7章は女性率が高いようです
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております。


□前話 □表紙 □次話






































 

 

 

 



































































































































































































































































































































































































































































































































































 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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