Flamegear - Shiryu

Attack Point:2900

Defense Point:1800

Special Skill:Spread Fire

 (ほのお)の竜が吠えた。聴覚にではなく、視覚に訴える咆哮。紫紺の炎が身体中を駆け巡り、青ガラスのような骨を溶かして混ざる。定常化に堕した肉体など不要とばかりに燃えさかる炎。命を燃やす龍を前にして、ラウは、自らの肌が焦げついたような錯覚を味わう。FlameGearが誇る寡黙な葬儀屋、チェネーレ。瞬く間に西部十傑入りし尚も順位を上げてきた男。その決闘を一言で言えば ――
(フィニッシャー。同じ炎属性でも《八俣大蛇》や《クリムゾン・ブレーダー》……といったカードはあまり好まないと聞く。確殺。タッグデュエルにおいてもほぼ100%奴が仕留めている。それが奴の決闘)
 幾つかに束ねられた長髪は伝統の証。チェネーレ・スラストーニが弁舌の禁を解く。
「うちは葬儀屋だ。何人も何人も燃やしてきた。 『ああ、全ては灰になるのか』 という思いを、子供の頃から抱かずにはいられなかった。単なる感傷に過ぎないが、それが俺の現実だった」
 チェネーレが双眸の焦点を合わせる。一見冷淡なようで、眼窩の裏では激情が渦を巻く。
「いくぞ」 「ああ」 墓地の傍ら、誰も寄りつかない夜の公園。2人の決闘者がしのぎを削る。

              ―― Team BURST 秘密基地(倉庫) ――

 カードとノートの間を行ったり来たりしながら、ミィが作業を続けていた。構築。デッキの構築。パルムは、じれったそうにしつつも口を挟むことを控えている。あれから3日が経った。そこから1時間経った。更に2時間経った。パルムは軽く咳払いすると、満を持してミィに話し掛ける。
「デッキのアウトライン……おおよその方針は決まった?」
「パワーのあるモンスターを使えないから。小回りで勝負した方がいいのかも」
「一理ある。劣った分野で勝負するのは分が悪い。小回りが効くと対応力も上がるし」
 ミィとパルムは一定の間を置いて延々と喋り続ける。決めるべきが何かを決める為に。
「武器を選んだ時点で闘い方も決まってくる。両手剣なら振り下ろしがメインになるし、スナイパーライフルなら距離を取って狙撃するしかない。それはそれとして対応力は大事だよ。ラウのように、対応力を重視して相手の泣き所をついて行くのも一つの手だ」
「それなんですよ、問題は」 「というと?」
「 "下位互換" って言われたから。あれはラウンドさんだからできる闘い方」
「常に冷静な立ち回りが必要になるから。ああいう人じゃないと確かに難しいかも」
「あと、なんていうか、自分のデッキがひょろひょろしてる感じがして、なんか使ってて不安なんです。あのボーラって人には、必 殺 技(ライトニング・ボルテックス) も封じられて……」
「ここ一番の寄る辺がなくなると不安になるよね。一口に対応と言っても、合わせるよりも踏み潰す方がてっとり早かったりもする。ちまちま回り込んで豆鉄砲打つよりも、真正面から大砲をドカーン……とやった方が賢いこともある。パワー不足を初手から諦めるのも考え物、かも」
「ぱわあ……ぱわあ……テイルさんから貰ったこのカードが使えたらいいのに……」
「自転車みたいなもんだから。一度上手くいけばその分野への道が開ける、かも。そいつの投げ込みは地道に続けるとして、今は全体の方針を考えるべきだよ。タッグデュエルだし、火力に関してはぼくが担当して、きみが牽制を担当してくれれば丁度いい塩梅になると思う。シングルデュエルと違って、ある程度構成に甘えは効く。1人で全部をこなす必要はない。きみの持ち味をデッキに反映させやすい筈……けど」 「けど?」 「相手に与える怖さがないと、組んでいて旨味がない」
「怖さ」 「怖くないと舐められる。一旦舐められるとなんでもかんでも罷り通される」
「あ〜……頭痛くなってきました。テイルさんみたいに相手を除っけてガンガン殴るのも、ラウンドさんみたいに相手に合わせて行動するのも、どっちもできそうな気がしない……」
「3日間一緒に練習してみたけど、受けの広さが君の持ち味だと思う。あそこに転がってる余り物のカードも右から左に発動できた。ウイルスカードやら《高等儀式術》やら、あの辺の高度な呪文は兎も角、ミラフォ辺りまでなら根を詰めればなんとかなる、かも。精々……」
 精々1/3の自分には羨ましい。そう思ったが口に出すことは控えた。
 ミィはロッカーを開けると、十人十色のカードの山を引っ張り出す。
「色々なカードを使ってみたいんです。一杯あって、どれもこれも使ってみたくなって」
「びっくり箱みたいなデッキになる。それはそれで面白いと思うけど、パワー不足の問題はどうしてもついてまわるよ。ホースの水と一緒で、絞れば絞るほど強くなるのがこの競技の基本だから」
「結局、ぱわあの話になるんですね……」
「ミィ、これだけは頭に入れておいて。デッキに入れてるとは夢にも思わないカードが突然現れたら、そりゃ相手はびっくりする。びっくりするけど、びっくりさせるだけじゃ勝負には勝てないんだ」
( 『喰らい付くだけでは勝てない』 『びっくりさせるだけでは勝てない』 パルムさんは知ってるんだ。自分で試してるから。きっと沢山苦労したんだ。何か。何かしないと……)
「地下決闘で貰った《異界の棘紫竜(いかいのきょくしりゅう)》、これを活かせたらいいなって。《サイバー・ドラゴン》と同じレベルだから……。後はマジック・トラップを……」
 パルムの眉がぴくっと上がる。 "何か" に思い当たったかのように。そんな表情の変化には目もくれず、ミィは一心不乱に考え続けた。ぶつぶつとつぶやきながらカードを漁る。
 パルムが釘を刺すように言った。
「ぼくの決闘はピーキー。ラウとは違う。きみのお守りはできない。できないんだ」

                    ―― 夜の公園 ――

「攻防の要諦とは」
 簡潔な問いをチェネーレが発した。数秒の間を置いてラウが答える。
「決闘の目的は勝利。勝利条件から逆算すれば、おおよその答えは出る」
「ならば勝利へ向かう。《フレムベル・ウルキサス》でセットモンスターに攻撃」

フレムベル・ウルキサス(シンクロ・効果モンスター)
星6/炎属性/炎族/攻2100/守 400
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上:このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。また、このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、このカードの攻撃力は300ポイントアップする。


「結論は一定でも過程は一戦ごとに異なる。敵の種類は千差万別、敵の性質に応じて前提条件は変化する。《聖なるバリア−ミラーフォース−》を発動。《フレムベル・ウルキサス》を破壊する」
 チェネーレが目を据えた。 "先の決闘" では温存したトラップを "今度" は早々に切ってくる。
「ドロー。《魔導戦士 ブレイカー》を通常召喚。セットカードを割る。《荒野の女戦士》を反転召喚」
 チェネーレのしもべを葬り、がらりと空いた場に連続攻撃を叩き込む。チェネーレの残りライフが1500まで落ち込んだ。メインフェイズ2、2体のレベル4モンスターでオーバーレイ、《No.39 希望皇ホープ》を特殊召喚。防御に秀でた一騎。更にマジック・トラップを1枚セット。
「ドロー。《ワンショット・ロケット》と《ブースト・ウォリアー》を展開。シンクロ召喚……」
 すぐさま反撃に転じたチェネーレだったが、この瞬間 "なるほど" という表情を浮かべる。打撃対策のホープは撒き餌に過ぎない。低攻撃力の砲台を引き寄せる為の餌。リバースカードは《連鎖除外》。場が再び空いた。チェネーレの防御力でこれを止める術はない。
「《No.39 希望皇ホープ》でダイレクトアタック」

ラウ:2400LP
チェネーレ:0LP

「火葬とはなんだ」
 今度はラウが問いを発した。チェネーレは、語るには未熟と言いつつも答えを返す。
「惜しまないこと。この世に惜しまれるものは沢山ある。死者の肉体、死者への感情、死者が残した遺物、しかしそれらは生者あってのもの。肉体は腐り落ち、感情は陳腐化し、遺物は埃を被る。埃ではなく、灰にすることで付けられる決着というものもある。必要なのは決着への意思」
 小さきしもべを1匹火種に、《炎神機(フレイムギア)−紫龍》を展開。
 大気を餌に膨張する紫の炎。チェネーレが攻撃を命じ、ラウが迎え撃つ。
「執着心が正道を誤らせると? 《次元幽閉》を発動。《炎神機−紫龍》を除外……」
「1000ライフを支払い《盗賊の七つ道具》を発動。《次元幽閉》を無効化する」
 手痛い一撃を喰らう一方、ラウは紫龍の特性に着目する。エンドフェイズ。その余りに攻撃的な燃焼は、間近にいる召喚師の身体すら焼き尽くす。1000ダメージを受け残り3200。
「ドロー。《ドドドバスター》と《アステル・ドローン》でエクシーズ、《No.39 希望皇ホープ》」
 紫龍の炎が尚も身を焼き、チェネーレの残りライフは2200にまで落ち込む。次はチェネーレのターン。手を打たなければ燃え尽きる。手は打たれていた。ホープの身体が巨大な掌に包まれる。見知った効果。速効魔法:《死者への供物》。ドローフェイズを飛ばし、一瞬の好機に賭ける。
「《炎神機−紫龍》でダイレクトアタック」

ラウ:0LP
チェネーレ:2200LP

「もう1つ聞きたい。葬儀屋が札を引くようになったのはなぜだ」
「燃やすことしか知らなかった小僧を、西部五店長:ファロ・メエラは拾い上げてくれた。《ワンショット・キャノン》で《魔導戦士 ブレイカー》を破壊し、《炎神機−紫龍》をアドバンス召喚……。焔の歯車Team FlameGearの一員になれたことを誇りに思う。《炎神機−紫龍》で攻撃」
「生きてる人間は死んだ人間ほど大人しくはない。リバース・マジック、《月の書》を発動」
 速攻魔法。チェネーレの動きが一瞬止まる。セットカードの発動はない。メインフェイズ2、チェネーレはマジック・トラップを1枚追加するが、ラウは虚仮威しと見抜く。デッキからカードを引いた。
「《ドドドバスター》を特殊召喚し、《荒野の女戦士》を通常召喚。この2体でオーバーレイ」
 並列変異を地に刻んだ装填召喚(エクシーズ・サモン)。チェネーレは動かない。否、動くことが出来ない。
「《死者蘇生》を発動。《フレムベル・ウルキサス》を特殊召喚。バトルフェイズ」
 裏返しになり、横っ腹を晒した《炎神機−紫龍》を狩る。貫通ダメージは300と微々たるものだがそれでよかった。残りライフは丁度4400。機甲忍者の双刀が風と炎を両断する。

機甲忍者ブレード・ハート(エクシーズ・効果モンスター)
ランク4/風属性/戦士族/攻2200/守1000
戦士族レベル4モンスター×2:
1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上の「忍者」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。このターン、選択したモンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。


ラウ:1300LP
チェネーレ:0LP

「レザールの言っていた通りだ。甘い決闘は決して見逃さない」
「あいつはおれのことを過大評価している。伏せていたのは《盗賊の七つ道具》か?」
 チェネーレは無言で頷くと、再度調整に臨む。かれこれもう9戦はやっている。
 ラウは向かいのベンチに座ると、決闘考盤(アカデミア)を開ける。
 変更制限のない試し合い。互いに試行錯誤を繰り返す。
(五分の勝負はセッティングがものをいう。今更秘密兵器もないか。大会が控えているんだ。ここで披露してくれるなら喜んで1戦ぐらいくれてやる。何か収穫があればそれでいい)
 【All-Round】。《ガガガガードナー》には疑問符が付く。ブレード・ハートに化けるのは好ましいものの、チェネーレの攻撃を受け切るにはやや半端。《連鎖除外》もそう何度は刺さるまい。《畳返し》はとうに抜いた。アドバンテージを重視しても良いが、動きが鈍重になっては強味が活きない……。
 ラウがセッティングを煮詰める一方、葬儀屋の息子も思考を燃やす。
(決定力があると言われてきた。なのに燃やしきれない。色々試してはいるが、悉く隙を突かれる)
 【インシネレート(火葬)】。《炎神機−紫龍》、《ヘルフレイムエンペラー》、《炎帝テスタロス》、《フレムベル・ウルキサス》、《炎の精霊 イフリート》、《ワンショット・キャノン》……、炎の一文字で括られる筈のカード群を眺めながらチェネーレはじっと考える。事前に取り決めておいた10分が経過。チェネーレが決闘炎盤を構える。もう一勝負の申し入れ。互いに惹かれて立ち会った勝負。
 その果てに何があるのか。決闘だけが知っている。


DUEL EPISODE 28

人生の所在〜札が燃え尽きるまでの命〜


             ―― Team BURST 秘密基地(倉庫) ――

 パルムが事前に予想していた通り、ミィは立ち往生していた。疲れで頭がおかしくなったのか、ノートを蛍光灯に近づけたり、変な踊りを踊ったりしている。見かねたパルムが提案した。
「何にせよもう少しカードを集めた方がいい。戦力がないと何も始まらないから」
「お小遣いが……。 "お手伝いするから" ってお父さんに頼み込んでどうにか……」
「しょうがない。やるだけのことはやってみよう。ちょっと手をみせて欲しいんだけど」
「はい?」 「いいから」 ミィはおずおずと掌をみせる。パルムはじっと覗き込んだ。
「あの」 (なんでだろ。じっくり観られると恥ずかしい。逃げたい)
「うーん、とりあえず見てみたけど、やっぱりぼくにはわからないな」
「はえ?」
「西部五店長。知ってる?」
「えっと、ヤタロックのデッドエンドさんとか、ハウンドショットのダァーヴィットさんとか、後はフリントロックのファロさんとか……あと誰だっけ。え〜っと、凄い店長さんが5人いるんですよね」
「うん。その中の1人がハンドレッドハンズというカードショップを経営してる。 "手" に執着のある人で、ぼくの手を気に入って色々と融通してくれた。ワンチャンスぐらいはあるかも」
「嫌な予感がするんですけど。人質にされた地下決闘の時と同じぐらい」
「ぼくと一緒じゃ頼りない? ラウに引率でも頼む?」
「あ、それは……その……」
 ミィは敢えて首を振る。本心とは逆の方向に走った。
「わたしはもう、あの人を尊敬しちゃいけないんです」
 "そんなことできるわけないのに"
 "なんであの人はああ言ったんだろう"

                  ―― 夜の公園 ――

Starting Disc Throwing Standby――

Three――

Two――

One――

Go! Fight a Technological Card Duel!

Turn 1
■チェネーレ
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000
□ラウ
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000

「ドロー。前衛に1枚、後衛に1枚設置。ターンエンド」
 静かに札を置くチェネーレ。ラウは、己の中に積み上げた情報を統合していた。
(西部五店長:ファロ・メエラ率いるTeam FlameGear。全員が何かしら炎の決闘を使う。程度の差はあれ全員が前傾型の決闘者……) 葬儀屋の眼を一瞥。 (個人差はある。荒らし屋気質のエルチオーネに対し、チェネーレはここ一番の決定力で勝負するタイプ。対策としては、致死圏内の一歩手前で叩くのが有効。ここまでのデータ通りならそうなる) 復習を終え、誰が呼んだか【All-Round】に手を添える。 (これ以上の引き出し、あるなら開けていってもらおうか)
「ドロー」 ラウが決闘盤を掴み、フィールド上に先行部隊を喚び寄せる。

ドドドバスター 戦士族 攻撃力1900 守備力800 モーニングスターを掲げた重戦士
単騎に在っては速度を 布陣に在っては協調を重んじ 縦横無尽に戦地を駆ける

荒野の女戦士 戦士族 攻撃力1100 守備力1200 ロングソードを構えた女戦士
己の命を戦地に捧げ 攻撃力1500以下の地属性・戦士族を喚び寄せる

 ラウが右手を横に振ると、先行した《ドドドバスター》がセットモンスターを叩き割る。《UFOタートル》の効果発動。2体目の《UFOタートル》 ―― 攻撃力1400 ―― を攻撃表示で特殊召喚。浮かび際に飛び込むのは《荒野の女戦士》。チェネーレは、その数秒の間に思考の葉を燃やしていた。
(自爆特攻から《ならず者傭兵部隊》を喚び、火種を絶つのが狙いか)
 幸運にも? 《荒野の女戦士》はその身を散らしていなかった。束の間の筋力解放。手を貸したのはチェネーレ。ダメージ・ステップ・リバース。速攻魔法:《禁じられた聖杯》。ラウは素朴に感心した。
(@:初手に嵩張った貪欲の発動を早める、A:場の頭数を減らす。両方の目論見が外されたか)
 ラウは知っている。チェネーレの防御札がそう多くないことを既に知っている。FlameGearの聖杯は熱く煮立っていた。燃え盛る炎の中に手を入れ、増殖機能の付いた弾丸を取り出す。
「破壊された《UFOタートル》の効果発動。《ヴォルカニック・バレット》を攻撃表示で特殊召喚」
「ならこちらはメインフェイズ2。マジック・トラップを2枚セットしてターンエンド」

ヴォルカニック・バレット(効果モンスター)
星1/炎属性/炎族/攻 100/守 0
このカードが墓地に存在する場合、自分のメインフェイズ時に1度、500ライフポイントを払う事で、デッキから「ヴォルカニック・バレット」1体を手札に加える。


Turn 3
■チェネーレ
 Hand 4
 Monster 1(《ヴォルカニック・バレット》)
 Magic・Trap 0
 Life 7900
□ラウ
 Hand 2
 Monster 2(《ドドドバスター》/《荒野の女戦士》)
 Magic・Trap 2(セット/セット)
 Life 8000

(単純な盤面) チェネーレの目の前には、2体の戦士が各々の武器を構えている。 
(それが厄介。ダメージ・レースを良しとする【インシネレート】にとって、迂闊な防御一辺倒は好都合。攻め気のある壁ほど厄介ものはない。こちらの特性を踏まえた上で数を揃え、防御力を高めている)

 防御力という概念 ――
 守備力と防御力は違う。防御力とは何か。決闘格闘学(デュエル・コンバティクス)の開祖であるロベルト・タックスの言葉を引用しよう。師曰く 「モンスターで阻み、マジック・トラップで捌き、ライフポイントで受ける」 合計値3000に達した肉の壁を越えない限りダイレクトアタックは通らない。未知数のマジック・トラップを(かわ)さない限りバトルフェイズは実らない。通ったところで、実ったところで、8000のライフをゼロにしない限り五体満足で決闘者は動く。故に合算。基礎となる8000に3000を加え、未知数分を経験則により概算。13000〜15000。チェネーレが、ラウの防御力を見定める。

 黙考。チェネーレは考える。 (致死圏内の攻防を前に息切れを誘っているのか) ラウもまた考える。 (肝心なのは "サヨナラ勝ち" を喰らわないようにすること) 決闘の主導権を巡って2人の思考が重なる。重畳からの分岐 ―― 火葬の申し子、チェネーレ・スラストーニが動く。
「ドロー。《ヴォルカニック・バレット》を生贄に捧げる」
 本来ならば、2体目の生贄を要する筈の最上級。生贄の代わりに大気を喰らう特殊な召喚形態。周囲に存在するあらゆるものを媒介に大気を燃やし、己の中に取り込み続けることで燃焼を維持。間近に控えた召喚師さえも燃やす業と引き替えに、確殺の炎が燃え盛る。
点火召喚(イグナイト・サモン)

Flamegear - Shiryu

Attack Point:2900

Defense Point:1800

Special Skill:Spread Fire

 (ほのお)の竜が吠えた。聴覚にではなく視覚に訴える咆哮。紫紺の炎が身体中を駆け巡り、青ガラスのような骨を溶かして混ざる。定常化に堕した肉体など不要とばかりに燃えさかる炎。 「500ライフを支払い《ヴォルカニック・バレット》Aの効果発動。同名Bを手札に加える」 チェネーレが淡々と進行する一方、ラウは、自らの肌が焦げついたような錯覚と共に、葬儀屋の言葉を口に出す。
「火葬こそが現実、おまえは確かにそう言った。そこに虚しさはないのか」
「人生とはそれ自体が火葬のようなもの」
「人生が火葬? 死ぬ為に生きるとでも」
「人生の終わりは火葬の始まりを意味しない。生まれた時から火葬は始まっている」
 チェネーレの掌が光る。色は緑。マジック・カードの発動……不可解な現象がちらついた。染まっている。チェネーレのデュエルオーブが炎のように赤く染まっている。
「後衛に1枚伏せ、《手札抹殺》を発動。生きることも、死ぬことも、等しく炎の中にある。500ライフを支払い、墓地に送った《ヴォルカニック・バレット》Bの効果発動。同名Cを手札に加える。更に、墓地に送った《ADチェンジャー/A》の効果発動。《ドドドバスター》を守備表示に変更する」
「墓地からの効果をよく使う」 「墓地は命を祭る機関。墓地は常に生きている」

タートル  タートル  紫龍  バレット  バレット:Grave
           炎神機−紫龍
               VS
       Set Card      Set Card
      ドドドバスター   荒野の女戦士
月読命  ------  ------  ------  ------:Grave

(ここで《手札抹殺》、ここで《ADチェンジャー/A》、この闘い方は……)
「《炎神機−紫龍》で《ドドドバスター》を攻撃。 "スプレッド・ファイア"」
 破壊力という観点から炎を観測した時、最も恐るべき要素は延焼である。ほんの小さな火種が山火事さえも引き起こす。人為の制御を受け付けず、果てしなく燃え上がる炎。故に炎は恐れられ、畏敬の対象ともなった。チェネーレ・スラストーニの決闘は延焼する。ラウは《月の書》を発動。立体を平面に閉じ込めようとする、が、燃え盛る炎が本を焼いた。《炎王炎環》。炎の槍と化した《炎神機−紫龍》 "B" が直進。横っ腹を晒した《ドドドバスター》を貫き、召喚師のもとへと延焼する。

チェネーレ:6900LP
ラウ:5900LP

炎神機−紫龍(効果モンスター)
星8/炎属性/炎族/攻2900/守1800
このカードはモンスター1体をリリースして召喚できる。この方法で召喚している場合、自分はエンドフェイズ毎に1000ポイントダメージを受ける。このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

炎王炎環(速攻魔法)
自分のフィールド上及び自分の墓地の炎属性モンスターを1体ずつ選択して発動できる。選択した自分フィールド上のモンスターを破壊し、選択した墓地のモンスターを特殊召喚する。「炎王炎環」は1ターンに1枚しか発動できない。


( "トランジエント・ファイア" が開発した新型の速攻魔法。場と墓地の紫龍を入れ替え、自分への延焼を防ぎつつ《月の書》を躱す。こちらの発動タイミングが若干遅れているか……。《ADチェンジャー/A》を惜しみなく使った特攻。こちらが置いたもう1枚は張り子の虎……既にバレているか)
 横っ腹を貫通することでモンスターを超え、飛び抜けることでマジック・トラップを(かわ)す。ラウの防御力は7000まで後退。チェネーレが主導権を取ることに成功する。
「ターンエンド」 セットカードは1枚。ラウの首を狙う。

「ドロー」 引いたラウに対し、チェネーレが新たな問いをぶつける。
「質問を返したい。ジャック・A・ラウンド、おまえは人生をどう捉える」
「人生観などそうそう口にするものではないが、率直に言えば虚無だ。そうでなければいいと日々願ってはいるが本心は誤魔化せない。そちらの言い方に合わせれば、全ては灰になって終わる」
「同感だ。灰はあらゆる事実に勝る」
「理想を言えば人生は豊かであるべきだ。しかし、現実の人生はそう上手く行かない。何をやろうともこの世に残るものはなく、いつかは消え失せる」
「虚無主義か」 「そんなものは主義にすべきじゃない」
「虚無を嫌うか」 「人間は笑っていた方が健康にいい」
「なぜカードを引き続ける」 「……」
 ラウは口を閉ざした。即答できる人間は即答できる。歓喜の為、地位の為、名誉の為、賞金の為、或いは鼻持ちならないクラスメートに勝って気になるあの娘にいいところをみせる為。しかし ――
「なんでそんなことを聞く」 ラウは問いに答えず。 「なぜ決闘を挑もうとする」 逆に問いを返す。
「俺達は俺達のまま漫然と決闘を続けた。必要なのは外部からの批判だ」
 チェネーレと問答を続けながらも、ラウの思考は現状の打開策に及んでいる。
(《荒野の女戦士》を経由して《ならず者傭兵部隊》を引っ張る。これをやると残りライフが4000少々。好手とは言い難いが、そうかといって守勢一辺倒では相手を調子づかせる。追撃戦でこそ真価を発揮するのが貫通攻撃(スプレッド・ファイア)高級遊具(じげんゆうへい)で止まればいいが)
「《荒野の女戦士》を守備表示に変更。マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」

Turn 5
■チェネーレ
 Hand 3
 Monster 1(《炎神機−紫龍》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 6900
□ラウ
 Hand 1
 Monster 1(《荒野の女戦士》)
 Magic・Trap 2(セット/セット)
 Life 5900

「ドロー」 《炎神機−紫龍》の骨が再度炎と同化する。女戦士を襲うは炎の槍。ラウは覚悟していた。《盗賊の七つ道具》に解体されることを覚悟の上で、《次元幽閉》を発動する。開きかけた次元の門が瞬く間に雲散霧消。女戦士の悲鳴が上がる。カウンター罠:《魔宮の賄賂》。

チェネーレ:6900LP
ラウ:4200LP

「《荒野の女戦士》の効果発動。デッキから《ならず者傭兵部隊》を特殊召喚する。《盗賊の七つ道具》ではなく《魔宮の賄賂》か。Team FlameGearは自分の安全を顧みない攻撃型の決闘集団。ライフを支払ってでも攻めを通す《盗賊の七つ道具》は、いかにもそれらしいと思っていたが」
「紫龍とは違う。ライフがなければ発動すらできない」
「賄賂を貰って1枚引いた分、攻防が厳しくなるとは思わないのか」
「残りライフが1000を切っても発動できる。マジック・トラップを止められる。このデッキにはそれが必要な事であるとわかった。メインフェイズ2。後衛に1枚伏せてターンエンド」

「ドロー。【インシネレート】の特性を活かした調整か。確実に燃やしきる為の……」
(この違和感は、なんだ) ラウは、言語化不可能なひっかかりを覚えていた。
(さっきの攻防でもうっすらよぎった違和感。その正体がわかれば……)
 ラウは一旦動きを止めた。再度問いを発し、見定めようと努める。
「もう1つ聞きたいことがある。火葬の意義は兎も角、恐怖はないのか」
「あるさ。祖父が死んでは泣き喚き、自分もいつか死ぬと知って泣いた。八百屋よりも身近な葬儀屋は、得体の知れない恐怖の畑でしかなかった、が、あるとき気がついた。祖父が灰となり孫が骨を拾う……殉じたいと思った。命は巡る。真の恐怖とは、生命の循環から外れてしまうことだ」
「……最後にもう一つ、聞かせてくれ。そんなおまえがなぜ決闘を好む」
「決闘の中には人生が凝縮されている。なぜライフポイントは8000なのか。召喚師にも硬い召喚師や柔らかい召喚師がいていい筈なのに、なぜライフポイントは一律に8000なのか」
「寡黙と聞いていたが案外饒舌だな。10000でないことを疑問に思ったことはある。答えを聞こう」
「開発当時からの、人の平均寿命が80年だからだ。1年100ライフ。あまりに明快な命の単位。そこまでわかったとき、俺は決闘の中に真善美を垣間見た。なぜデッキの基準値は40なのか。50枚を基準としても良かった筈なのに。既に自明な事実として、召喚師の命=8000という等式がある」
「デッキは召喚師にとって命の等価物。召喚師の命=デッキという等式が成り立つことを前提にして数値を代入。8000=40×『X』が成り立つと言いたいのか」
「いかにも。8000÷40は200。遊戯王が初めて生み出したバーン・カード:《火の粉》のダメージ量と等しい。これが偶然であるとは思いがたい。札の最小単位こそ《火の粉》の200。遊戯王とは、自らの40×200=8000を用いて、目の前の8000とせめぎ合う競技。命と命の燃やし合い、それを象徴する儀式こそ遊戯王の真髄。俺は今まで何人もの死を見送ってきた。天寿を全うした者もいれば志半ばで朽ちた者もいる。人の世の誤差は大きい。しかしだからこそ、我々は燃えていなければならない。俺の決闘は常に80年生きている。火葬場の申し子として、在るべき火葬は何があっても遂行する」
(こいつは完璧なまでの阿保だ。決闘を人生の縮図と捉え、過去現在未来に跨がって命を燃やし続けている。虚無さえ燃料にして燃やしている。こいつは……)

――――
―――
――

「西の決闘のレベルは? 高いのか?」
「いいえ。そろそろ高くなる。それがいい」
「なぜ」 「諦める、その気持ちがきっとなくなるから」
 ゴスペーナが悪戯っぽく笑い、ラウが反論する。
「諦めたことなどない。おれの寿命を使う価値があるのか」
「さあどうかしら。決めるのは貴方。残り10年ぐらいだっけ」
「帯に短し襷に長し。半端な寿命だ。それが面倒臭い」
「老後を見据えて働かなくてもいいなんて楽なのに」
「 "しなくていい" は必ずしもいいもんじゃないさ」
「不安なの? 保証書なら幾らでも出してあげる」
「鎌を担いだ女が出す保証書……。願い下げだ」


――
―――
――――

タートル  タートル  紫龍  バレット  バレット
           炎神機−紫龍
             Set Card
              VS
            Set Card
          ならず者傭兵部隊
  月読命  ドドドバスター  荒野の女戦士  

「はっは……、ははは、はっ、はっ、はっ、はっ」 その笑い声に表情は伴っていなかった。目元も、口元も、何一つ動かぬ顔から発せられた、酷く乾いたラウの笑い声。
「色々教えてもらったお返しだ。あんたに一言くれてやる。メインフェイズ」
 虚無が満ち足りる空間の中、チェネーレが静かに迎え撃つ。
(《ならず者傭兵部隊》をリリースすればこちらの勝ち。見切れるか)
「《ならず者傭兵部隊》をリリース……」
(見切れなかったか。ならばこの決闘は……)
「《ならず者傭兵部隊》をリリース! 《ドドドバスター》Bをアドバンス召喚。効果発動。墓地の《ドドドバスター》Aを釣り上げる。《ドドドバスター》×2でオーバーレイ。装填召喚(エクシーズ・サモン)!」



Photon Streak Bouncer

Attack Point:2700

Defense Point:2000

Special Skill:Streak Break



「《フォトン・ストリーク・バウンサー》で《炎神機−紫龍》を攻撃」
 炎さえも打ち消す拳の一撃 ―― "ストリーク・ストライク" が紫龍を払う。 制圧の意思を貫く前傾姿勢。並列変異を地に刻み、紅の用心棒が前に出る。チェネーレが心の内で瞠目する。
(2700と2900。コンバット・トリック? それとも……)
 思考の天秤が揺れる中、ラウがはっきりと言い放つ。
「言いたいことは唯1つ、そんなものは "クソ喰らえ" だ!」
「……っ! リバース・カード・オープン!」 
 是非も無し。激突の刹那、《フォトン・ストリーク・バウンサー》の拳は《炎神機−紫龍》の炎をすり抜ける。衝撃波と火炎弾の交差。衝撃波は葬儀屋を、火炎弾は理屈屋を、一撃の下にえぐる。

チェネーレ:4200LP
ラウ:1300LP

火霊術−「紅」(通常罠)
自分フィールド上の炎属性モンスター1体をリリースして発動できる。
リリースしたモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。


タートル タートル 紫龍 紫龍 バレット バレット
                    
               Burn Out
                VS
        フォトン・ストリーク・バウンサー
月読命  女戦士  傭兵部隊  ------  ------

「思った通り《火霊術−「紅」》か。紫龍を守る気など更々ない。こちらにコンバットトリックがないことを期待するぐらいなら、さっさと火霊術を使ってこちらのライフを削るのがFlameGearの流儀」
(思わず釣られたか。これが……ラウの決闘?) チェネーレは心の内に感嘆の念を置いた。
(傭兵で紫龍の破壊を狙っていれば火霊術にかわされ、防御に秀でた《フォトン・ストリーク・バウンサー》のエクシーズ召喚も不可能となっていた。流石だ。こちらのデータを読み切っている……それだけか? それだけなら釣られなかった。この男が秘めるものはそれだけじゃない)
「マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド。おまえには負けてやらん」

Turn 7
■チェネーレ
 Hand 3
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 4300
□ラウ
 Hand 1
 Monster 1(《フォトン・ストリーク・バウンサー》)
 Magic・Trap 2(セット/セット)
 Life 1300

(これがラウの決闘) チェネーレは血が煮えるのを感じていた。個々の細胞が熱を帯びている。
(後一撃入れれば倒せる。ここまでの連戦、何度もそんな局面があった。その度に水際で止められ、気がついたら負けていた。あちらは2700+1300+ "X" ―― おおよそ5000前後の防御力。こちらは無防備の4300。あちらはブレードハートの射程圏内、こちらは火霊術を打った後。ジャック・A・ラウンドは甘えた決闘を見逃さない……なら……どうすれば勝てる……)
「ドロー」 無表情の均衡が崩れる。チェネーレの口元が微かに動いた。ラウでなければ見落としかねない程の微かな笑み。 "繋がった" 眼前に浮かび上がる《貪欲な壺》の中へ、《ヴォルカニック・バレット》Aを除いた全ての燃えかすが吸い込まれていく。チェネーレはデッキから2枚を引いた。
「ジャック・A・ラウンド。ここまでの勝負で何度も煮え湯を飲まされた」
「お互い様だ。おまえの攻撃的な決闘には何度も手を焼かされた」
「ひたすら燃やせばそれでいいと思っていた」
「今更どうした。宗旨替えして守りに入るか」
「攻める為に守る。通常魔法:《一時休戦》」

一時休戦(通常魔法)
お互いに自分のデッキからカードを1枚ドローする。
次の相手ターン終了時まで、お互いが受ける全てのダメージは0になる。


(これだ) チェネーレの中で何かが噛み合う。 (この動きはしっくり来る。速攻型ではなく火葬型)
(この違和感は、なんだ) ラウの中で何かが食い違う。一方、チェネーレは思い出したかのように《ヴォルカニック・バレット》Aの効果を発動。500ライフと引き替えに同名Bを手札に加える。
(違う。この動きは違う。《盗賊の七つ道具》の時と同じ違和感。これはエルチオーネの決闘……) 連戦の中で燃えたぎる試行錯誤。チェネーレはしばし目を瞑り、己の火種を自覚する。 (【インシネレート】に必要な事。研ぎ澄ませる事で繋げ、繋げる事で研ぎ澄ます。このイメージ……)
 脳裏に浮かぶ1枚の札。デッキに入らず、箱の中に残された1枚の札。
 真なる炎を喚び起こす超高等呪文。チェネーレが目を開けた。
(一度も発動できなかった。しかしもし、この先に辿り着ければ……)
「前衛、後衛に1枚ずつセット。ターンエンドを宣言する」
(違う。前回までの決闘とは食い違ってきている。《一時休戦》はメインフェイズ2でも発動可能。攻撃の手を減らさずにライフを守れるが、相手に1枚引かせるリスクがある。《魔宮の賄賂》といい《一時休戦》といいさっきは使っていなかった。セッティングが変わった? いや、これは、むしろ……)

 ―― 「おたくの寿命、あんまり残ってないよ」 そこまでフランクな物言いではなかったが、確かそういうようなことを病院で聞かされた。真顔のままだったらしいが、きっとショックで固まっていたんだろう。そうでなければ、何一つ身体に不自由を感じないのに天寿を全うできないという、あまりに胡散臭い事実に現実味を感じられなかったに違いない。家に戻ったら家族が集まっていた。厳格な父が優しい声で言う。 「したいと思うことをしなさい」 涙ながらに母が頷いていた。お父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん、したいことなんて特にないですと真顔で言いそうになった。何一つ不自由ない暮らしの中、慎ましく淡々と生きてきたから仕方ない。次第に未練が生まれるだろう。……ふと気がつくと、快楽から苦行に至るまで、物理から宗教に至るまで、ある種の人体実験が始まっていた。

 虚無感・違和感に続く第3の感情、焦燥感を傍らに置きつつも、ラウは《魔導戦士 ブレイカー》を淡々と通常召喚。いつもそうするように、1枚1枚可能性の芽を摘もうとするが、チェネーレの可能性は尚も膨張し続ける。速攻魔法:《手札断殺》。攻める為に引く。確固たる意思の所産。
(これだ。《死者への供物》は違う。葬儀とは命と命を繋ぐ儀式。燃え続けることで……)
(抹殺に加えて断殺までも。これもさっきまでは使っていなかった。これは……まさか……)
 戸惑いを覚えつつも、ラウは、2ターン目から伏せておいたカードをようやく発動する。
「《貪欲な壺》を発動。墓地のモンスター5枚を戻し、デッキから2枚を新たに引く。今の《手札断殺》で発動条件が満たされた。藪蛇という奴だ。こう何度も引かせるなら《便乗》でも使えばいいものを」
「蛇足」
(言い切るか)
 ラウは背筋に冷たいものを感じる。バトルフェイズ、《フォトン・ストリーク・バウンサー》でセットモンスターを攻撃する。《火口に潜む者》。効果の発動はない。そのまま墓地に送られる。
(段々と分かってきた。これがサイドチェンジやマイナーチェンジの類ならなんとも思わない。《ドドドバスター》や《次元幽閉》のようにカードスペックが上昇しただけのことなら。秘密兵器がどうとかそういうことではない。このチェネーレという決闘者は……)
「《魔導戦士 ブレイカー》でダイレクトアタック」
「《一時休戦》が発動している。意味のないことをするとは珍しい」
(法律もやった。政治もやった。経済もやった。文学もやった。物理もやった。科学もやった。武道もやった。音楽もやった。風俗もやった。宗教もやった。学生運動もやった。スケボーもやった。ダイビングもやった。サーカスもやった。ドミノもやった。編み物もやった。決闘筋肉研究会、音楽研究会、漫画研究会、開門研究会、家捜し同好会、ダイナマイト研究会、ハイソックスについて真剣に考える会、滅亡後の地球での生き方を模索する会、宇宙人との接触について検討する会……数えるのが面倒になるほど……そうだ。いつだって最善手を追求してきた。いつだって善後策を講じてきた。拘る物がないから、寄る辺がないから解答を出し続けた。出し続けることができた。目先の勝利欲しさに選択肢を間違えることなどなかった。欲しい勝利などどこにもありはしなかった。それでも)

 ―― 没落貴族の平穏に貢献したかったんだろ?

 ―― 本当はもう何も期待していないんだろ?

 ―― どうせ途中で終わるんだろ?

 ―― でっちあげてるだけだろ?

 ―― どうでもいいんだろ?

 Trap Card Set, Turn End.

「それでも、おまえには負けてやらん」

Turn 9
■チェネーレ
 Hand 3
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 3800
□ラウ
 Hand 1
 Monster 2(《フォトン・ストリーク・バウンサー》/《魔導戦士 ブレイカー》)
 Magic・Trap 2(セット/セット)
 Life 1300



Black Rose Dragon

緋色の葬儀花(スカーレット・トリビュート)



ブラック・ローズ・ドラゴン(シンクロ・効果モンスター)
星7/炎属性/ドラゴン族/攻2400/守1800
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上:
このカードがシンクロ召喚に成功した時、フィールド上のカードを全て破壊できる(以下略)。


 《炎の精霊 イフリート》に《フレムベル・アーチャー》でチューニング、直列進化を天に描いた同調召喚(シンクロ・サモン)。真っ赤な薔薇の如き妖艶な翼を広げ、己の花びらと共に全てを散らす。 「短絡的な」 そう毒づいてラウは《フォトン・ストリーク・バウンサー》に指示を出す。効果発動。ストリーク・ブレイク。

フォトン・ストリーク・バウンサー(エクシーズ・効果モンスター)
ランク6/光属性/戦士族/攻2700/守2000
レベル6モンスター×2:相手フィールド上で効果モンスターの効果が発動した時、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。その効果を無効にし、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 自らと共に全てを灰にする《ブラック・ローズ・ドラゴン》の燃焼を身を呈して抑え込む。向かい風に煽られた炎が召喚師を焼いた。ラウとチェネーレ、2人の脳裏に同じ思考がよぎる。
(こちらは3枚の防御札。打撃と効果、両方に対応すれば一箇所辺りの防御は薄くなる)
(あちらは3枚の防御札。バウンサーはもう効果を使った。一点突破ならば活路はある)
「来いよ葬儀屋」 「行くぞ理屈屋」

バレット バレット バレット イフリート アーチャー
         ブラック・ローズ・ドラゴン
                VS
       フォトン・ストリーク・バウンサー
Set Card ------  ------  ------  Set Card

 特殊召喚 ――
 特殊召喚には広義のものと狭義のものがある。広義の特殊召喚は儀式・融合・シンクロ・エクシーズといった固有の名称を持つ形式を含む。一方、狭義の特殊召喚とはそれ以外。召喚師自身の魔力に依存せず、(無条件も含め)何かしら条件を満たすことで召喚を行う。
 その強弱は満たす条件に依存していた。同じ 「自分フィールド上にモンスターが存在しない場合」 でも、条件が緩ければ《アンノウン・シンクロン》に、条件が厳しければ《ダーク・クリエイター》に化ける。決闘が進めば進むほど、条件が満たされれば満たされるほどに膨れあがる力。
 蛇頭竜尾を証し続けた特殊召喚(スペシャル・サモン)



Pyrorex the Elemental Lord

霊 神 童 話(エレメンタル・ストーリー)反 氷 河 期(アッシュ・エイジ)



 身体の節々から溢れ出す炎。鉄板の如く分厚い皮膚の裏で種火が燃え盛っていた。まるで地獄の釜のように……恐竜族は死滅していなかった。最上級レベル8。攻撃力2800。守備力2200。墓地の炎属性が5体丁度である事を条件に降臨する炎属性の霊神。召喚と同時に獲物を(あぶ)り、召喚師への延焼を引き起こす神獣。吹雪荒れ狂う氷河期さえも跳ね返し、尚も貪欲に進化する。
 ラウの脳裏に、確固たる事実が過ぎる。
(黒薔薇は前座) (繋ぐ為の黒薔薇) (効果に効果を) (バウンサーは2700) (1350ダメージ) (通れば即死) (強くなっている) (連戦を経て新たな境地に目覚めつつある) (しかし、)
「チェネーレ、3÷2は1.5だ。打撃で来ようと効果で来ようと1.5だ」



Duel Orb Liberation

Solemn Judgment ! !



 万能防御(パーフェクト・カウンター):《神の宣告》。己のライフを削り両面で1.5を実現する。四捨五入すれば2。打撃対策が効果対策よりも、効果対策よりも打撃対策が薄くなることはない。チェネーレが目を見張った。
(効果に効果を重ねても越えられない。【インシネレート】の一点突破が届かない……)

              ―― カードショップ:フリントロック ――

「なあファロ姐」 Team FlameGear:エルチオーネがぼやいた。
「なんでこの俺は缶詰で、チェネーレは対外試合なんだ?」
「おまえは遠足前のガキだ。大会まで溜めときな」
「なんと! となるとあいつは大人か」
「あいつは大人にならざるを得なかった。偶には子供になった方がいいのさ。大会が始まるまでにあいつを燃えさせる奴がいればいい。そうすりゃ、FlameGearとしての初優勝が見えてくる」

                   ―― 夜の公園 ――

「 "循環" こそ本質。【インシネレート】は、0と5の間を循環することでその真価を発揮すると知った」
 3を2で割る限り3には決して辿り着かない。3に辿り着く為には ――
「 "5"は、地上に存在できる命の数。2枚目の《貪欲な壺》を発動。FlameGearの炎は巡る」
(序盤の高速戦で0から5へ) ラウは防御札をセットしている。 (《貪欲な壺》で5から0へ) ラウは防御札をセットしている。(炎霊神を目指して0から5へ) ラウは、 "対打撃用の" 防御札をセットしている。 (もう一度《貪欲な壺》で5から0へ。何かに似ている。これは……)
「阻まれることで研ぎ澄まされた。今なら引ける。今なら貫ける」
 【クオリティ・オブ・ドロー】――
 《手札抹殺》、《手札断殺》、《魔宮の賄賂》、《一時休戦》。何度もラウに引かせている。《貪欲な壺》の発動を助ける結果にもなった。チェネーレは悔やまない。なぜか。死者は財産を持てない。いかに巨大な財を成そうと、巨大な生命循環の前には些事でしかない。一戦80年を惜しげもなく燃やし、生と死の循環現象を司る決闘。生と死が交わる一点にこそ、チェネーレの決闘(ドロー)が燃え盛る。
「乾坤一擲」



火葬抜札(デッドエンドロー) !
 


(西部五店長:パルチザン・デッドエンドのフル・エキスパンション・デュエル。しかし、チェネーレのそれは、0と5の間を高速で循環することによるダイナミズム。この男、デッドエンドを超えるというのか)
「始まりは終わり」 右半身を引き 「終わりは始まり」 右腕を引き、
「火葬とは循環の儀式。循環の中でこそ魂は燃える。デッキから《炎神機−紫龍》を除外」
 旧Team DeadFlameの主将パルチザン・デッドエンド、現Team FlameGearの主将ファロ・メエラ、2人の西部五店長からエースの座を受け継いだ男:チェネーレ・スラストーニは拳に炎を溜めた。更なる効果。更なる収束。生と死の循環が螺旋の如く渦巻き、火葬という名の槍となって一点を突く。
(こいつは、こいつの構築(デッキ)は……おれが……組めなかった人生(デッキ)……)



Duel Orb Liberation

Soul of Fire ! !



チェネーレ:2800LP
ラウ:0LP

ファイヤー・ソウル(通常魔法)
相手はデッキからカードを1枚ドローする。自分のデッキから炎族モンスター1体を選んでゲームから除外し、除外したモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。 このカードを発動するターン、自分は攻撃宣言できない。


 効果の三重奏で防波堤を貫き、召喚師を直に燃やし抜く。

 【早すぎた火葬(ターボ・インシネレート)

 変化ではない。チェネーレ・スラストーニのデッキが、今ここに進化し始める。

――
―――
――――

 ラウが倉庫に入ろうとした時、音が漏れていることに気がついた。隙間から中を覗いてみる。ミィではない。テイルだ。テイルが投盤練習を行っていた。ラウは扉を開けて中に入った。 「あれ? なんだか久しぶり」 何のことはない。いつものテイルだ。
「天才も練習したりするんだな。いつもやってるのか」
「意地悪なこと言うなよ。偶にはやるよ、偶には」
「そうか」 ラウは壁際に座り込む。
「ミィとパルムの調子はどうだ?」
「2人でイチャイチャしてるよ」
「そうか。それは何よりだ」
「そうそう。置き手紙に書いてあったんだけど、うちの大将が遂にトチ狂ったらしい。崖から落ちたついでにめり込んでみるんだってさ」 「めり込む?」 「よりにもよって、 あいつのとこに行くなんて命知らずもいいとこだ。ああ、そうそう。リストが発表されたみたいだから目を通しておいた方がいいよ」
 テイルが取り出したのは大規模大会(タッグデュエル)で使用可能なカードリスト。《エンシェント・リーフ》や《活路への希望》といったあからさまなものは勿論、他のカードも細かく指定されている為それに合わせなければならない。この紙一枚にTCGの歴史が織り込まれていた。
「《大嵐》が禁止になってるじゃん。ざまぁみろっ! 使ってる奴ざまぁみろ! 代わりに《ハリケーン》が制限復帰ですよ奥さん。時代がおれを追いかけてくる。なんてこったい!」
 こういった具合に恩恵を得る者もいる。テイルは続々と禁止リストを読み上げていった。
「《氷結界の龍 トリシューラ》って、投げると自分が凍っちまう欠陥品だから禁止って聞いたけどマジ? んでんで、おれが割と欲しい奴で禁止されてるのは《イレカエル》《キラー・スネーク》《黒き森のウィッチ》《氷結界の龍 ブリューナク》《D−HERO ディスクガイ》《洗脳−ブレインコントロール》《ダスト・シュート》……《ダスト・シュート》はもう見たくねえな……あれ? 《早すぎた埋葬》禁止じゃん! 制限は《グローアップ・バルブ》に《スポーア》……もうこいつら禁止でいいだろ。《クリッター》もそろそろ危ねえんじゃねえの。つかなんでフォートレスが残ってんだよ。バグだろあれ。制限復帰は……あんま使う気しねえんだよな。投げ込み面倒臭いのに、禁止に戻っちまったら元も子もねえ。ダムドとか、嫌がらせみたいに禁止と制限を行ったり来たり、誰が使うんだあんなもん。てかどこにあんだあれ」
 《抹殺の使徒》準制限はおかしい……等々、テイルが制限四方山話を振るが、ラウはこれといった反応を示さない。諦めたテイルは、決闘盤を取り出して弄り始めた。ようやくラウが食いつく。
「構築か?」
「久々にデッキを弄ろうと思って。その為の練習でもあるから。幾つか勘を取り戻さないといけない部分もあって面倒臭いけど、必死こいて投げないことには何も始まんないだろ」
「デッキを強化すると」
「うーん、変化と言えば変化だし強化と言えば強化。【一時除外】を中心にパパッと初めてパパッと終わる決闘を心掛けてたんだけど流石にキツイ。全体のレベルも上がってきてる」
「 "多戦多勝" から "一戦必勝" へのシフト。実質的には強化と言えるか」
「そういうこと。非破壊型と一口に言っても色々あるから。どうしようかなっと」
「迷ってるならバウンスを重視してくれ」
「はい?」 「非破壊型なら使える筈だ。タッグ戦ではバウンスの価値が高い」
「ああ、そういうこと。ああ、そう……」 「何か不満でもあるのか?」 「いや……」
 妙に歯切れが悪いものの、ラウの意見を取り入れつつデッキを組み始める。
 できた。
「早いな。もうできたのか」
「デッキ名は【屑鉄の用心棒(ジャンク・バウンサー)】で」
「適当極まるな。それでやれてるんだから文句も付けづらいが」
「 "適当な構築に適切な運用" 決闘なんて大体そんなもんだろ……どうした?」
「もしそれで勝てなかったらどうする。小細工では立ちゆかなくなったらどうする」
「どうにもならないだろ。世の中どうにもならないことはあるさ」
「おまえにはないのか? どうにかしたいと思ったことは」
「……」 テイルは答えない。テイルは過去を語らない。
「そうか。ならいい」 代わりにラウは未来の話をした。
「1つ聞きたい。10年後、自分は何をしてると思う?」
「後悔してると思う」 「後悔?」
「後に残るのはジャンクの山なんだろうさ」
「意外と冷めたものの見方をするんだな」
「あんたほどじゃないだろ。なんかあった?」
「何もない。おれと出会った人間は勝手に納得して勝手に成長するが、おれは何も変わっていない」
「あんたらしくもない。寒いものの考え方なんかしてないで、今日は家に帰ってクソして寝た方がいい」
「ここで寝るよ。今日は少し疲れた」
「五月蠅くするよ」 「構わない」 「そうかい」
「なあテイル……」 「いや寝ろよさっさと」
 ラウは寝転がった自分の身体に毛布をかけると、1枚のカードをじっと眺めた。《ファイヤー・ソウル》で引いた1枚。《死者蘇生》。 「冥土の土産が《死者蘇生》か」 西で生まれ、西で育ち、西の価値観と共に進歩する。ラウの視線が分析を行えば行うほどに、ラウの対策が弱味を突けば突くほどに、また1つ己を知った彼らは強くなっていく。故郷と共に歩む決闘。ゴスペーナ・ファルスエッジのことを思い出した。ある種の悪戯心から、伸び盛りの世界を紹介した彼女のことを。 (この勝負を経ておれとチェネーレの差は開いた。リードも、ミィも、レザールも……。対症療法では付いていけない世界……。片っ端から色々試した。ふと気付くと、いつの間にやら【All-Round】に収束している……)

「おまえの決闘は腹に響く。次は勝つ」

「今日こそこの上腕二頭筋を認めさせてやる」

「どんなにピンチになってもラウンドさんは道を示してくれる」

「ラウンドさんはいつだって正しかった!」

「おまえはおれより遙かにものを知っている。おまえがいれば安心だ」

「5勝5敗。次の大会で決着を付けよう。楽しみにしている」


 過大評価が過ぎる



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。慣れない執筆に悪戦苦闘。そんなこんなで5章の〆も近づいて。次回もよろしくどうぞ。
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております。


□前話 □表紙 □次話





















































































































































































































































































































































































































































































































































































































 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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