「どうしてもって言うなら受けて立つ」
 Team Earthbound中堅レギュラー、レザール・オースが腹筋に力を込めた。決闘盤(デュエルディスク)を引き気味に構え、腹筋そのものを盾にするかのような決闘様式(デュエルスタイル)。後方では、彼をこの場所に引き込んだ元凶である姉が五月蠅く声援を送っている。雑音に辟易しつつも、眼前に立つ挑戦者の面構えを改めて観察した。全身から迸る闘志……挑戦者の口元がゆっくりと開かれる。
「この勝負は天意だ」
 そうはっきりと言い放った挑戦者が、右の掌を前方にかざした。右腕が左腕よりもほんの少し大きい。 (何者だ?) 脳裏をよぎる既視感。レザールが目をほんの少し細めた。
「天意か。生憎、うちの神様は沼地の下でいびきかいてるよ」
「そうだったな。それも今日で終わりだ」 「言ってろ言ってろ」
「俺の右腕はおまえらを穿つ為に鍛え上げた」 「ああそうかい」
「この右腕で撃ち抜く」 「なら腹筋で受け止める」
「「決闘(デュエル)!」」

――
―――
――――

「遊園地だよね」
「遊園地ですよ」
「……」 「……」
 パルムを溜息を付いた。約2ヶ月後に迫った大会の為の打ち合わせと聞いて足を運んだものの、辿り着いた先は遊園地。テイルがいないことを真っ先に指摘した。A班はラウがリードの世話を焼き、B班はテイルを中心に今後の展望をどうたらこうたらする方針に決まった筈だと。
「いませんね。なんでいないんでしょうか。不思議ですね」
(すっぽかされたのは間違いない。百歩譲ってそれはいい。テイルがすっぽかすのはそれほど不思議な事でもない。そこまではいい。問題は、なんでここが遊園地なのかということだ)
「主役のテイルがいないんじゃ話にならない。帰ろう」
「とりあえず入りましょう」 「いや、帰ろ……」 「入りましょう」
 前より少し伸ばした柔らかい髪を彩るピンクのリボンに、清潔感のある白いワンピース。精一杯可愛くみえるように工夫したのがわかる。14歳の女の子らしい素朴な可愛らしさが 『この娘と一緒にいたい』 という気分にさせた。故に、不気味なものを観る眼でミィの顔を盗み見る。
(なぜこの娘はこんなにも可愛い。決闘大会の打ち合わせでこうも可愛くなる理由はない)
「あ、お昼ご飯のことなら、お弁当を2人分作ってきたから心配しなくても大丈夫ですよ」
(確信した。この娘は何かよからぬことを企んでいる。 『2人』 と言った。この娘は今確かに 『2人』 と言った。テイルは最初から数に入っていない。この娘とテイルはグルだ)
「ぼくは、こういうところはにが……」
 言い終わらない内に手を握られた。布越しとは言え腐り果てた腕を握り、ミィはパルムを引っ張っていく。遠慮がちに話し掛けていた以前とはまるで違っていた。
(誰か言ってたっけ。この娘は 『定まると強い』。 何が定まったんだ……)
 ミィは定まっていた。遡ること3日前。最初はアリアに服のコーディネートを頼もうとした。しかし、仮面、学生服、マント、特攻服、ナース服、レオタード、果ては最終日の鎧に至るまで、地下決闘で使った衣装を毎晩毎晩組み合わせ、 『大丈夫』 の一言、全戦全勝を成し遂げた逸話を聞かされたミィはぐっと言葉を飲み込む。女としてのプライドをゴミ箱に投げ捨て 『世界で3番目ぐらいに女装が上手い』 と豪語したテイルに頼み込む。ミィは定まっていた。

「あれに乗りましょう。D-END-COASTER」
「なにあの危険そうな乗り物。あの落ち方で大丈夫なの本当に」
「乗ったが最後、人生が終わるまで絶対に消えないトラウマを植え付けることで有名なジェットコースター。何人もの失神者を出してきたこの遊園地自慢の一品。これに乗って心を鍛えようと僧侶が山から下山したりもするんですよ。 『地獄という言葉が何故この世に存在するか、君は知っているか』 」
「なにそのキャッチコピー。遊園地ってもっとこう楽しい場所なんじゃないの」
「逝きましょう! 肉体から魂を解き放つ高揚感を味わいましょう!」
 乗る。降りる。吐きそうになる。
「今度はあれに乗りましょ。ドグマゴーランド。三半規管の質量を半減させるとまで言われた回転力は他の追随を許しません。バターを通り越して気体の一部になれますよ」
 乗る。降りる。吐きそうになる。
「あ! ドレッドフォール! ここの創立者が言いました。天国に行きたいなら普通に飛んでも駄目。人間の身体を大地に縛り付ける重力を逆に利用する。位置エネルギーを変換した運動エネルギーが地面に叩きつけられたとき、バスケットボールが跳ねるように天国まで人は飛べる。この原理を利用したのがこのフリーフォール。衝突感をリアルに再現したことにより、肉体は寸止めでも精神は天国まで一直線! さあ! 乗りましょう! 一緒に天国までゴートゥーヘル!」
 乗る。降りる。人知れず少し吐いた。
「むっちゃ楽しいですね! じゃあ次は……」
「ちょっと待ってくれ。あんたは何を考えているんだ。大体この遊園地は一体何だ。遊具どころか新手の拷問機具じゃないか。楽しむのにここまで必要なのか」
「それを言ったら、アフィニスさんだって電流ロープを後ろに張って楽しんでたじゃないですか。遊園地と拷問機具は、カードゲームと電流ロープが身近なのと同じぐらいには身近な存在なんですよ?」
「なるほど。一理ある……いや、そういうことじゃない。そもそもなぜあんたは……」
 パルムは一旦襟を正した。振り回されるばかりでは何時か殺されるとばかりに。
「結局のところ何がしたいんだ。遊園地で遊びたいわけじゃないんだろ。本当は別の目的が……」
「一度誰かとここで遊びたかったってのは本当ですよ。わたし、お父さんとしかここに来たことないし、少し大きくなってからはお小遣いはたいて1人で来てて。わたしには、ここぐらいしかないんです」
 ミィはふっと遠くをみるような表情を浮かべる。その横顔はどこか儚げだった。
 パルムは首を左右に振ると、探るように言った。
「取引でもしてるつもりなのか。話題を持ってこいって言われたから。それなら1時間丸々話を聞いてあげる代わりにこれ以上の地獄行脚は勘弁してくれ。ぼくも助かるきみも助かる」
「え? 地獄?」 「天国を紹介してるつもりだったの? ぼくの身体はそんな頑丈じゃないんだ」
「あ……その……アフィニスさんほどの人なら、一番凄いのでも物足りないかなって……」
「あんたはぼくを何だと思ってるんだ。ぼくだって出来ることなら楽をしたい。苦行の為の苦行なんてまっぴらご免だ。そういうことなら、決闘をやるよりもっと気の利いた趣味がある」
「そうですよね。バカだった。全然わかってない……」
 しょげるミィをみてパルムは溜息を付く。パルムは両腕を前に突きだした。
「否定はしないよ。こんな境遇だからこそ燃える。それも嘘じゃないんだと思う。それでも、こんな境遇で良かったとはあんま言いたくない。ぼくは決闘が好きなんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「アフィニスさんはわたしとは違う。わたしは昔、木の上に登って身を投げて遊んでいました。それしかなかったから。楽しい楽しいと思いつつ、なんか虚しくて。袋の中に閉じ籠もってるような気分になってきて。アフィニスさんは袋をぶち破ってる。それが凄く格好良いって思って……」
「夢を見過ぎだよ。ぼくはただ、フィールドから降りたくないだけなんだ」
「わたしも降りたくない。このチームの一員として、わたしは……」
 言葉に詰まる。誰が望んだわけでもなく訪れる無言の時間。
(どうにもならない。いつだってそう。言葉がみつから ―― )
「おい! あっちで決闘やってるぞ!」
(決闘 ―― )
「レザールだ! Team Earthboundのレザールだ!」
「レザール?」 パルムが意外そうな表情で首をかしげる。
「地縛館で腹筋でもしている筈。あの男がなんでまた……」
(決闘。そうだ決闘。言葉に詰まったら決闘しかない。なら ―― )
「そもそも」 パルムが首を傾げる。 「遊園地でしていいのかな」
「なぜですか」 「え? いや、ほら、迷惑なんじゃないかなって」
「遊園地にデュエルスペースがあるのは常識ですよ」
「ああ、そうなん……」 「常識ですよ」 「ミィ?」
「常識です」 「……」 「勿論観るのも常識です」
 その場でぐるりと方向転換。ミィは言い切った。
「いきましょう! 遊園地と言えば決闘です!」

――
―――
――――

 四腕一尾の蛇姫:《レプティレス・ヴァースキ》が場を支配していた。四腕から確殺の毒を撒き散らし、一尾の一振りで有象無象を薙ぎ払う……現場に到着した2人は周囲の状況を伺った。 「俺達とは腹筋の仕上がりが違いすぎる」 「これがEarthbound!」 観客達の声援が腹筋使いの優勢を物語っている。地縛館以来の遭遇。Team Earthboundの中堅レギュラー、レザール・オース。

レプティレス・ヴァースキ(効果モンスター)
星8/闇属性/爬虫類族/攻2600/守 0
このカードは通常召喚できない。自分・相手フィールド上の攻撃力0のモンスター2体をリリースした場合のみ特殊召喚できる。1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して破壊できる。「レプティレス・ヴァースキ」はフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。


「8000と5700」 パルムが淡々と確認した。 「まだまだ序盤だ」
「《レプティレス・ヴァースキ》が1体。レザールさんが押してる?」
「ここが遊園地ということを除けばそんな珍しいもんじゃ……」
「そうでもないよ」 2人の背後から高く柔らかい声がした。
 サングラスをかけた長身長髪の女性。紫がかった美しい髪。
 彼女の瞳に映る決闘者、レザール・オースは歯を噛みしめて前を見る。
(押してる割には勝ってるって気がしねえ。なんだ? この既視感は……)
 レザールは一回深呼吸。気を整えてからターンエンドを宣言する。子供を相手に観客を沸かせる時の顔ではない。神経が内側に凝縮した真剣勝負の顔。2人はすぐさまそれに気がついた。
(レザールさん、怖いぐらいに気を吐いてる。なんであんなに……)
 2人は、ここで初めてレザールの対戦相手に注目した。身長170センチ程度の男性。街で偶々見掛けたとしても注目に値するような外形ではない。クレーンからぶら下がった鉄球をそのまま叩きつけるかのような視線と、ひときわ目を惹く異様に逞しい右腕を除いては。かろうじて自制が効いているものの、黒目が全開になるほど見開いた眼の縁からは尋常ではない殺気が漏れている。
(なんだろうこの人。視線が全く動いてない。レザールさんだけをじっと……)

「人生とは! 何かを超えてこそ意味がある」
 右腕の男は、口の動きを止めることなくドローした。決闘盤に1枚挿して尚も語り続ける。
「何かを超えてこそ。人生は山あり谷あり。人生から山を引いたら谷底だ。俺は山頂に登れなくなった。絶頂の機会が失われてしまったんだ。それじゃあ駄目なんだ。俺は……俺は……」
 殺気を全開にして投盤に入る。右腕を限界まで後ろに引いて、腰を落とす構え。
(おかしい) レザールは、鍛え抜かれた投盤感覚によってすぐさま気付く。
(尋常ではない殺気だが場には何もない。アドバンスでもシンクロでもエクシーズでもない。融合? 儀式? 違う。魔法で掌が光っていない。他の特殊召喚というには……ならこれは……単なる……)
 そもそも召喚とは、引き出された魔力を触媒として、札に秘められた魔物を召喚する魔術である。決闘者が、時間の経過によって内側に貯められる召喚魔力は1回分。魔物の大小に関係なく1回分。故に、己の魔力のみを触媒とした召喚行為は、基礎であると共に崇高である。一周一度の原則……高度に機械化されたTCGにおいてもその本質は変わらない。変わる筈が、ない。
通常召喚(ノーマル・サモン)



Ally Genex Durudark Special Skill

破 魔 空 掌 対 消 滅 拳(ドゥル・ダークネス・バースト)



 掌底。掌を広げ、指をぴったりと揃え、右手によって押し出された決闘盤から浮上する、一期一会を貫き続けた通常召喚(ノーマル・サモン)。《レプティレス・ヴァースキ》が呆気ないほど簡単に葬られる。真っ赤な仮面に群青色の四肢。幅の広い足でしっかりと大地を踏みしめ、その一機は右の掌を前面に突きだしていた。黒線一条、自らの中にある闇を同胞殺しの毒素に変えて、掌にぽっかりと空いた穴から打ち出す。その威力、最早下級の衝撃波ではない。
 右腕の男は、己が魂と共に言い放つ。
「攻撃力1800。トータルスペックで言えば平凡な機体さ。しかし! ドゥルダークの右腕は全ての闇属性を葬る。《レプティレス・ヴァースキ》だろうが《邪帝ガイウス》だろうが全てを平等に葬る」
(腹筋の奥にまで響くこの貫通力。アーリー・ジェネクス・モンスター……)
 腹の底から蘇る記憶。
 腹筋を持たぬあの頃。
 西部の屋上での決闘。
 決闘観を変えた一戦。
「おまえは……まさか……」
「俺の名は蘇我劉抗。Earthboundに敗れて死んだ蘇我劉邦の息子だ」


DUEL EPISODE 26

執念の所在〜英雄の名の下に〜


A(アーリー)・ジェネクス・ドゥルダーク(効果モンスター)
星4/闇属性/機械族/攻1800/守 200
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動する事ができる。このカードと同じ属性を持つ、相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。この効果を発動するターンこのカードは攻撃する事ができない。


「そのドゥルダーク。蘇我劉邦の形見か」
 蘇我劉邦。知っている。ミィもその名を知っている。情報源は? TVだ。大昔の全一決闘者。ある日を境に落ちぶれて最後には事件を起こした。被害は? 怪我人が2人でたが死者はいなかったと聞く。なぜ? いとも容易く解決した人間がいる。現在の全一決闘者であるミツル・アマギリ。元々天を衝く勢いだったミツル・アマギリの評判を、生ける伝説にまで押し上げた事件。
「死んじまったのは去年だったろ」 レザールが当時を偲ぶ。
「獄中死だ。はっきり言ってそんな良い親父じゃなかった。けどな」
「わかった。来いよ。それで気が済むのなら俺が相手をしてやる」
「勘違いするな。俺が本当に倒したいのはおまえじゃない。ミツルだ」
「あんたの親父を倒したのはミツルさんだが、俺も実はあの場所にいた」
「ほう」 「あの頃はてんで下っ端だったけどな。あんたを動かすのは恨みか」
「んなわけあるか。死んで当然なんだよ。だが、そんな親父が俺にとっては憧れだった。雑誌で読んだぜ。Earthboundは、負けた連中の思いも背負って勝ち続けるんだろ」
「大体わかった。積もる話も沢山あるんだろうが、ここはミツルさんに倣っておく」
 レザールの腹筋がもう一段硬くなる。攻守両面に通じた腹筋で迎え撃たんと。
「言いたいことがあるなら腹筋(デュエル)で語れ」
「Justice! マジック・トラップを1枚セット」
 忘れ形見が右腕を力強く掲げる。
 一直線に真っ直ぐと。迸る殺気。
「決算の右腕(デュエル)、とくと味わえ」

Turn 7
■レザール
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000
□蘇我劉抗
 Hand 4
 Monster 1(《A・ジェネクス・ドゥルダーク》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 5700

「Earthboundの一員として、挑戦者は全力を持って打ち倒す。……ドロー! 《闇の誘惑》を発動。2枚引いて、手札から《レプティレス・バイパー》を除外。《レプティレス・ガードナー》を攻撃表示で通常召喚し、こいつをトリガーに《カゲトカゲ》を追加召喚。2体の爬虫類族でオーバーレイ」
 腹筋が目を惹く爬虫類界の先導者。両の足で直立する哺乳類的発想とは裏腹に、手足の爪が、全身の棘が、爬虫類族としての矜恃を示す。
装填召喚(エクシーズ・サモン)

キングレムリン(エクシーズ・効果モンスター)
ランク4/闇属性/爬虫類族/攻2300/守2000
レベル4モンスター×2:1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。
デッキから爬虫類族モンスター1体を手札に加える。


「ORUとなった《レプティレス・ガードナー》を墓地に送り、効果発動!」
 デッキから《レプティレス・ヴァースキ》を手札に加えると、笑顔賑わう遊園地の中に己の空間を作り込む。同胞の魂が眠る荒廃した共同墓地。死を祭る一方、生産工場としての役割をも担う。
 怖気が走る程の現実! 現実が迸る程の拡張! フィールド魔法:《同種同源》。

同種同源(フィールド魔法)
墓地からモンスターを除外することで自分フィールド上に「サクリファイス・トークン」(除外した種族と同じ種族・闇・星1・攻/守0)を1体特殊召喚する。このトークンは除外したモンスターと同じ種族のモンスターの召喚・特殊召喚以外で使用することはできない。この効果は1ターンに2回まで使用できる。エンドフェイズ、サクリファイス・トークンを全て破壊する。


「知ってるさ。Earthboundの新型。公示は毎日欠かさずチェックしている」
「なら遠慮なくぶっ叩く。効果発動。《レプティレス・ナージャ》と《レプティレス・ガードナー》を除外することで、サクリファイス・トークン2体を特殊召喚してそのままリリース。2体目の《レプティレス・ヴァースキ》を特殊召喚。……効果発動。ドゥルダークを破壊する」
「レザールさんが勝負を!」 ミィが手に汗を握った。
「バトルフェイズ。《キングレムリン》でダイレクトアタック」

 攻撃表示 ――
 守備力0の《レプティレス・ヴァースキ》を守備表示にするのは論外としても、守備力2000の《キングレムリン》を守備表示で喚び出し、《聖なるバリア−ミラーフォース−》への対策とする一手は当然のように腹をよぎっていた。ある種の割り切り。蘇我劉抗の《A・ジェネクス・ドゥルダーク》には並々ならぬ執念が込められていることを察知。制圧戦を挑めば右腕に駆逐される。勝率が高いとすれば緩手より強手……レザールの誤算はひとえに、蘇我劉抗の執念があまりに早く顕現した事実。 「知ってるって言ったろ! リバース・カード・オープン!」 冥府魔道より蘇った《A・ジェネクス・ドゥルダーク》が右手で結界を張った。爬虫類族の進軍を一手にて食い止める。通常罠:《ピンポイント・ガード》。

ピンポイント・ガード(通常罠)
相手モンスターの攻撃宣言時、自分の墓地のレベル4以下のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを表側守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはそのターン、戦闘及びカードの効果では破壊されない。


「この1年間、ミツル・アマギリの本を手にとって、索引要らずになるまで読み込んで、何度も何度も会場に足を運び、紙がすり切れるまでノートを取って、腕が千切れそうになるまで決闘盤(デュエルディスク)を投げて、おまえらにどれだけ力があって、俺がどれだけちっぽけだったか、なんてことは、脳の皺の1つ1つが知っている。Earthbound中堅レザール・オース。人呼んで【蛇腹の双剣】、何度も何度もその太刀筋を研究したよ。お得意の二段攻撃はきっちり破る。
さあどうする蛇遣い」
「攻撃中止」 (あいつを処理する手段がねえ) 
「マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」

「デッキからぁっ! カードを引いてぇっ! こちらも《闇の誘惑》を発動。デッキから2枚引き、《魔装機関車 デコイチ》を除外……その1枚貰ったぁっ! 速攻魔法:《サイクロン》を発動!」
(奈落が逝ったか。習得に苦労したってのに) 軽く舌打ち。 (こっちの予想より数手分速い)
 挑戦者は、左腕に装着した決闘盤に1枚のカードユニットを差し込むと、右手で決闘盤を掴み、外し、投げる。通常召喚。一瞥したレザールが 「はっ、マジかよ」 と喉を鳴らす。
 2体目。《A・ジェネクス・ドゥルダーク》:A&Bが並び立つ。
「ヴァースキだろうがレムリンだろうが、闇属性である限りこいつの右手からは逃れられない」
 2体のドゥルダークと、蘇我劉抗本人が右の掌を突き出す。極めて高純度の同調。3本の右腕から放たれる2本ないし3本の黒色光線。レザールの精鋭達を無惨に撃ち抜き、レザールの腹筋にまで届く。ドゥルダークの一撃一撃が意思表示。ミィは、蘇我劉抗の決闘に目を見開いていた。
(この人は投げ込んでいる。目的を持って投げ込んでいる。わたしとは、違う)
「効果を使用した《A・ジェネクス・ドゥルダーク》は、このターン攻撃宣言を行えない。しかし! 2体の《A・ジェネクス・ドゥルダーク》でオーバーレイ、エクシーズ召喚! 《キングレムリン》!」
「《闇の誘惑》に《キングレムリン》。こっちのお株を奪いやがって。《カゲトカゲ》か」
「御名答。《カゲトカゲ》をデッキからサーチする。バトルフェイズ、本番はここからだ」
 戦場を彩る妖精。橙色と草色のコントラスト。《キングレムリン》が獰猛な手足の爪でレザールに襲いかかった。独壇場。遮るものはなく、一直線にレザールの腹筋を捉える。

レザール:5700LP
蘇我劉抗:5700LP

「ライフが並んだ。レザールさんと互角に……」
「互角じゃない」 パルムは言葉を濁さず言った。
「レザールが不利だ。このままの流れなら……」
「でも!」 ミィは目元に皺を寄せて言った。
「レザールさんには、Earthboundにはあれがある」

Turn 9
■レザール
 Hand 2
 Monster 0
 Magic・Trap 1(《同種同源》)
 Life 5700
□蘇我劉抗
 Hand 3(1枚は《カゲトカゲ》A)
 Monster 1(《キングレムリン》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 5700

「ドロー」 (いつでもぶっ放せる。ぶっ放せるが……ぶっ放してその後どうする……)
「全力を出し惜しんでくれるなよ。聳え立つ腹筋を凌駕してこそ意味がある」
 レザールの眉が微かに動いた。蘇我劉抗は依然として右腕を掲げている。
「【蛇腹の双剣】にはもう一刀が、最大の一振りがある筈だ。その腹は見せかけか!」
 蘇我劉抗は依然として右腕を掲げている。レザールは視線を定め、鎌首をもたげた。
「さっきからよく喋る。決闘はトーク番組でもクイズ番組でもねえ。あんたが何をやろうと俺は俺の腹筋道を貫く。《同種同源》を起動。墓地の《キングレムリン》と《レプティレス・ヴァースキ》を除外」
「来るか!」

 獅子の食事に貴賤はない
 力なき者が捕食され 力ある者が捕食する
 原始であるが故に否定できぬ闘争の最短経路
 建前もなく 雑念もなく 容赦の2文字を踏みにじり
 超重生物が大地に立つ

上位召喚(アドバンス・サモン)



Earthbound Immortal Ccarayhua



 弱肉強食を生業とした上位召喚(アドバンス・サモン)。投じられた決闘盤は黒い波動を放ち、巨大な実体を形成して対象物を薙ぎ払う。腹筋を象ったと言われる地縛神。その名はCcarayhua。

レザール:5700LP
蘇我劉抗:2900LP

地縛神 Ccarayhua(効果モンスター)
星10/闇属性/爬虫類族/攻2800/守1800
「地縛神」と名のついたモンスターはフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。フィールド魔法カードが表側表示で存在しない場合このカードを破壊する。相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。また、このカードがこのカード以外の効果によって破壊された時、フィールド上のカードを全て破壊する。


「出た! レザールのコカライア!」
「腹筋! 腹筋! 腹筋! 腹筋!」
 西の守護神の登場に観客達が一斉に沸き上がる。
 しかし、攻撃対象は後退するに止まっていた。
 蘇我劉抗は依然として右腕を掲げている。
「これだ。これが地縛神の衝撃波」
 ミィが 「効いてない!?」 と声を上げ、パルムが 「浅かった。タイミングが早い」 と返す。
 蘇我劉抗は依然として右腕を掲げていた。
「これが親父を倒した地縛神の1つか。この重量感。こいつは是非とも喰らっておきたかった」
(なんという右腕) 同じ鍛錬家としてのシンパシー。レザールは驚嘆していた。
(突き出した右腕は "砲" であると同時に "盾" でもある。鍛えられた右手がプレッシャーを押し返し、それどころか押し込んでいく。饒舌さとは裏腹に、体幹は微動だにしていない)
 レザールの額を滑り落ちる一筋の汗。憔悴と消耗が全身を蝕んでいく中、蘇我劉抗は言った。
「おまえとおれとでは執念が違う。Team Earthboundの決闘環境は確かに素晴らしいが、それに後押しされることがおまえの一撃を鈍らせる。俺は勝たせてもらうんじゃない。勝つんだ」
「……っ!」 レザールはターンエンドを宣言した。宣言せざるを得なかった。

「ドロー。功を焦った攻撃は反撃の威力を高める。《キングレムリン》の効果発動。2枚目の《カゲトカゲ》をデッキから手札に加える。ORUを使い切ったこいつはもう御役御免。《リビングデッドの呼び声》を発動! 《A・ジェネクス・ドゥルダーク》を墓地から再度特殊召喚。右手を使う。使うぞ!」
(ドゥルダークに次ぐドゥルダーク。蘇我劉邦の魂を受け継いでいるとでも」
「言った筈だ。《A・ジェネクス・ドゥルダーク》はあらゆる闇属性を葬る。《レプティレス・ヴァースキ》だろうが《邪帝ガイウス》だろうが、おまえらが縋る地縛神であろうが等しく!」



Ally Genex Durudark Special Skill

破 魔 空 掌 対 消 滅 拳(ドゥル・ダークネス・バースト)



「そしてぇっ! 《地縛神 Ccarayhua》の効果! ドゥルダークに核を撃ち抜かれたことで、コカライアアは爆発、フィールドを一掃……これがマス・デストラクションの衝撃波。覚えた、覚えたぞ!」
「ラウンドさんの時と同じだ。フィールドはリセットされたけど……」
 ミィは2人の手札を確認した。レザール2枚にリュウコウ5枚。
「こちらが爆発に巻き込んだのは、効果を使い終えたドゥルダークと《キングレムリン》。《同種同源》ごと葬れるなら安い買い物だ。メインフェイズ続行! 《召喚僧サモンプリースト》と《カゲトカゲ》を展開。2体目の《キングレムリン》を展開して効果発動。3枚目の《カゲトカゲ》を手札に加える」
(手札消費を抑えつつ展開。盤面支配による物量差で押し切るつもりか)
「《キングレムリン》でダイレクトアタック。1枚セットしてターンエンドを宣言」

レザール:3400LP
蘇我劉抗:2900LP

Turn 11
■レザール
 Hand 2
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 3400
□蘇我劉抗
 Hand 3
 Monster 1(《キングレムリン》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 2900

「ちぃっ……」
 《同種同源》のお膝元、《キングレムリン》同士が骨肉の共食いを始めた。11ターン目、レザールは虎の子の《デブリ・ドラゴン》を展開。《レプティレス・ガードナー》を釣り上げて2体目の《キングレムリン》を召喚するが、効果発動を前にして《月の書》に封じられる。12ターン目、鎖鎌の分銅を引くように間合いを詰めた蘇我劉抗は鎌を一閃、《キングレムリン》の爪で《キングレムリン》の首を狩る。
「真綿で首を絞めるみたい」 ミィは手を口元に当てた。 「これって、もう……」
「お互いライフは3000前後だから、盤面が不利でもワンチャンスで勝つ見込みはある」
 パルムは訝しげに言った。 「けど、もしワンチャンス狙いまであいつが想定していたら」
「どうしたレザール! Earthboundの決闘はこの程度か! この程度だと言うのか!」
「にゃろう……」 レザールの額から、もう一滴の汗が地に落ちた瞬間だった。
「れざある!」 背後にいた女性がサングラスを外し、声高に叫んだ。
「だきつくじゅんびはできてるんだから、さっさとかっちゃっていいのよ!」
「うるせえぞ姉貴。公衆の面前でやる気の萎えること言ってんじゃねえ」
「間近で見るのは初めてだけど」 パルムが物珍しげに言った。
「あれがTeam Earthboundの紅一点、フェルティーヌ・オースか」
(怪我の理由は細身での連投、だっけ。もう治ったのかな……)
 パルムの所感を余所に、尚も喋り続けるフェルティーヌ。
「ならどっしりかまえて。じゅうじかんでもにじゅうじかんでもまつから」
「……ったく、女を待たせるのは重罪でも、姉貴はハナから女じゃねえよ」
「はっ」 蘇我劉抗が軽く笑った。 「随分と仲が良さそうだな、レザール」
「そうみえるか? こっちはこんなところまで連れ回されて辟易してるんだ」
「精々大事にすることだ。マジック・トラップを1枚セット。ターンエンド」
「……ったく」 弾けるような音がした。レザールが両手で両脇腹を叩く。
「ハナからそのつもりだ。ここで退けないのが決闘男子ってもんだろ」

Turn 13
■レザール
 Hand 2
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 3400
□蘇我劉抗
 Hand 3
 Monster 1(《キングレムリン》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 2900

「ドロー。モンスターを1体セット。マジック・トラップを2枚セットしてターンエンド」
「レザールの腰が引けている!」 「あのレザールがああまでやられるなんて!」
 喧々諤々の観客を余所に、蘇我劉抗が右手でカードをドローした。浮き足立つ観客とは対照的に、蘇我劉抗はセットされた3枚のカードをゆっくりと順番に眺める……にわかに攻撃を開始した。
「鬼が出るか蛇が出るか。やれ! 《キングレムリン》」
「鬼が出るか蛇が出るか? 蛇が出るに決まってんだろ」
 《キングレムリン》がベールを剥いだ時、そこには半人半尾の少女がいた。 "凌ぐ" と "刺す" 2つの役目を同時に担う蛇少女:《レプティレス・ナージャ》。攻撃を堰き止めると同時に効果発動。《キングレムリン》の攻撃力を0にまで落とす。このカードを使う時、誰もがそうするように口角をほんの少し釣り上げるレザール。このカードを使われる時、誰もがそうするように……蘇我劉抗は依然として右腕を掲げている。真っ直ぐと乱れなく掲げている。メインフェイズ2。肘をゆっくりと曲げ、決闘盤を掴む。
「初めは《忍び寄る闇》でサーチしていた。しかしその度に、墓地の闇属性2体を除外するのでは割に合わない。引いて引いて引き続けた。雨の日も風の日も引き続けた。山に登っては引き続け、海に潜っては引き続けた。勝利しては引き続け、敗北しては引き続けた。ふと気がついた時……
 俺は引いていたんだ。"立ち向かう男" 蘇我劉抗はその1枚を引いていたんだ」
「一貫性」 腐腕の少年・パルム・アフィニスが指摘する。 「あの男のデッキには奇妙な一貫性がある。闇属性使いのリュウホウ・ソガに憧れ、闇属性使いのミツル・アマギリを目指したことで、闇属性メタの闇属性デッキを組むに至った。ミツル・アマギリに向けて右腕を掲げ続けるデッキ。普通の人間なら同じ目的でも別のカードを使って別のデッキを組む。他に検討すべきデッキがある筈だ。なのにあいつはあれを組む。あいつにはあれを組むだけの執念がある。あいつは、執念で強くなったんだ」
「メインフェイズ2」 掌底一閃、盤が舞う。 「3枚目の、《A・ジェネクス・ドゥルダーク》を通常召喚」
 【黒弾の射手(ドゥルダーク・シューター)】 ―― それが彼の、蘇我劉抗の執念。
「効果発動。闇属性である限り……」
「そのフレーズは聞き飽きてんだよ!」
 幾度となく右手に打ち抜かれながらも、レザールの腹は折れていなかった。掌に紫色の光を集め、渾身の力を込めて腹から声を出す。 「発動などさせるか! 喰らえ! 《毒蛇の供物》!」 《レプティレス・ナージャ》と《A・ジェネクス・ドゥルダーク》、セットカードの3枚を破壊する強手。
 
毒蛇の供物(通常罠)
自分フィールド上の爬虫類族モンスター1体と相手フィールド上のカード2枚を選択して破壊する。


「《デモンズ・チェーン》が逝ったか。流石の粘り腰」
「そんなに余裕ぶっこいてていいのかよ、蘇我劉抗」
「その言葉、そっくりそのままおまえに返すぞ、レザール」
「降って沸いた余裕だ。あんたは《キングレムリン》の効果を使わなくなった。使えるなら使うだろあの効果は。……おまえは《キングレムリン》を使い切れていない。デッキに入れた爬虫類族は《カゲトカゲ》が3枚ぽっちなんだろ? 前のターン、あんたは通常召喚出来ない《カゲトカゲ》を2枚抱えていた。そのお陰でおれはほんのちょっと余裕を持てた。もう一度言うぞ。余裕ぶっこいてていいのか」
「そっちこそ、一刻の猶予もなく俺が攻め込めていたらどうするつもりだったんだ」
「その仮定は無意味だろ。勝ち目がある限り、デッキを信じて闘い続けるのが俺達だ」
「それだ」 蘇我劉抗が笑みを浮かべる。彼の右腕は尚も一直線に掲げられている。
「押し切れそうで押し切れない腹筋力。手の内を読まれ、対策を被せられ、土地ごと地縛神を失って尚、粘り強く勝機を探る折れない闘志……これで場には、攻撃力0の《キングレムリン》が攻撃表示。《デモンズ・チェーン》も消えた。こちらのライフは2900しか残っていない。なるほど! なるほど! なるほど! やけになったのではなかったと! 《同種同源》が生きている内に! コカライアで直接攻撃を決め、戦力差を度外視した接近戦に持ち込むと。即ちここが正念場!」
「あの人……」 ミィは震撼していた。蘇我劉抗の意図を察していた。
「レザールさんの粘りすら超えていこうとしている。喰い破ろうとしてる」
「カードを引けレザール。この右手、払える物なら払ってみろ!」
 丁々発止の激突を経て、決闘は終盤戦に突入した。
 互いの身を削り合うような攻防が始まる。

Turn 15
■レザール
 Hand 0
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 3400
□蘇我劉抗
 Hand 3
 Monster 1(《キングレムリン》)
 Magic・Trap 0
 Life 2900

「ドロー。はっ。闇属性同士のぶつかり合い。ここにきて光属性を引くか」
「わたしがあげたかあど」 フェルティーヌが祈るように手を握りしめた。
 レザールが、普段とはやや異なるフォームで投げ入れた。
 "次元伝書鳩" の異名を持つ、甲冑天使が場に降り立つ。

次元合成師(ディメンション・ケミストリー)(効果モンスター)
星4/光属性/天使族/攻1300/守 200
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。デッキの一番上のカードを表側表示でゲームから除外し、このカードの攻撃力をエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。また、自分フィールド上のこのカードが破壊され墓地へ送られた時、ゲームから除外されている自分のモンスター1体を選択し、手札に加える事ができる。

「《次元合成師》の効果発動。デッキトップを表側表示で除外する」
「《同種同源》との噛み合わせ……おっと、ここでそれを当てるか」
 パルムは、除外されたカードを目の当たりにした瞬間 「いつだったかは忘れたけど、何かの雑誌で読んだ覚えがある」 と、ミィが聞こえる程度の声で言った。彼はこう続ける。
「ミツル・アマギリは地縛神を1枚しか積まない。墓地や異次元から喚び戻す手筈は勿論のこと、大前提としてミツルは引けるんだ。1つの土地に1体という原則の延長線上、1つのデッキに1枚入れることを選んだミツルは、きっちり地縛神を引いてくる。引くというよりはむしろ寄る。地縛神の方から寄ってくる。ミツルに使われることを望むんだとさ。ぼくには一種の呪いのような現象にも映るけど、そういうことなんだって。逆に、連射を前提とするダァーヴィット・アンソニーは地縛神を3枚積む。己の身体そのものを砲台に変えて地縛神に使わせるスタイル。ならレザールは何枚入れるのか。レザールは2枚積む。腹筋とは左右対称。左右対称とは偶数。レザール・オースは地縛神を2枚積む」
「《地縛神 Ccarayhua》をデッキトップから除外。《次元合成師》の攻撃力は1800まで上がる。バトルフェイズ、攻撃力ゼロの《キングレムリン》を押し潰す。ターンエンド」

レザール:3400LP
蘇我劉抗:1100LP

「ケミストったぁっ! これで挑戦者は虫の息だ!」 「腹筋! 腹筋! 腹筋!」
「あんたがかつての英雄の名の下に戦うなら、俺はミツルさんの名の下に戦う」
「れざある」 フェルティーヌが哀しそうに眉を下げ、腕を下ろして手を編み込む。
「あなたはいつだってこのぎんがけいでいちばんなのに」

「なぜここにいる。立ち向かう男はなぜここにいる」
 蘇我劉抗は目を瞑った。古今の西部全一を、雄々しき英雄の姿を脳裏に描く。パルムはその様子を眺めながら 「主力は出尽くした。後は残存戦力のぶつけ合いだ」 そうミィに伝える。
「レザール!」 咆哮。目を剥き出しにして、高らかに叫んだのは蘇我劉抗。
「人生は山あり谷あり。崖の上に立っていた。そのまま墜落死も有り得た。戻ってこられた。戻ってこられたということは、立ち向かえるということだ……行くぞ! 艱難辛苦を共にした、カードの束よ!」
 蘇我劉抗が吠えた。父親譲りの演説がフィールド上を席巻する。 
「虚仮の一札腹をも穿て! ドロー! 2枚目ぇっ! 《闇の誘惑》を発動。2枚引き、《カゲトカゲ》Bをゲームから除外!」 (引いたぞ。ファイナル・マジック) 蘇我劉抗が攻める。攻める。尚も攻める。 「《ダーク・ヒーロー ゾンバイア》と《カゲトカゲ》Cを展開。攻撃力2100、《ダーク・ヒーロー ゾンバイア》で《次元合成師》を切り裂き、攻撃力1100、《カゲトカゲ》でダイレクトアタック!」

レザール:1500LP
蘇我劉抗:1100LP

「次元伝書鳩の効果発動。《地縛神 Ccarayhua》を手札に加える!」
「やはりそう来るか。ならば!」
 他方、蘇我劉抗は手札の2枚を一瞥すると、そのままフィールド上の2体にも視線を送った。エクストラデッキから1枚を引っ張ってモンスター・ゾーンに挿し込む……掌底投盤。《ダーク・ヒーロー ゾンバイア》と《カゲトカゲ》でオーバーレイ。闇属性の魔人。サーベルを構えた悪魔の使いが空を裂く。
「《交響魔人マエストローク》を守備表示でエクシーズ召喚! この1体と共にターンエンドを宣言。もう一度カードを引けばいい。《同種同源》。引けるものなら引いてみろ」

交響魔人マエストローク( エクシーズ・効果モンスター)
ランク4/闇属性/悪魔族/攻1800/守2300
レベル4モンスター×2:1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターを裏側守備表示にする。また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上の「魔人」と名のついたエクシーズモンスターが破壊される場合、代わりにそのモンスターのエクシーズ素材を1つ取り除く事ができる。


Turn 17
■レザール
 Hand 1
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 1500
□蘇我劉抗
 Hand 2
 Monster 1(《交響魔人マエストローク》)
 Magic・Trap 0
 Life 1100

 蘇我劉抗の、観客全員の視線がデッキトップに集まる。土俵際の攻防。その運命を左右することになる1枚。レザールはゆっくりとデッキに手を添え、軽く息を吐き、その1枚を掴み取る。
 レザールは決着を予感した。
「通常魔法:《テラ・フォーミング》を発動」
 観客達が一斉に色めきだつ。
「レザールが《同種同源》を引き入れたぁっ!」
「墓地に残った爬虫類族は《カゲトカゲ》と《レプティレス・ナージャ》!」
「サクリファイス・トークン2体を展開。地縛神の生贄に捧げれば!」
(勝った ―― )
 勝利の二文字が "蘇我劉抗" の脳裏に過ぎったまさにその瞬間、
 レザールは次の行動を起こしていた。
 リバース・カード・オープン。
 通常魔法:《闇の誘惑》。
「2枚引き、地縛神を除外」
(なぜだ ―― )
「《毒蛇の供物》の成功率を1%でも上げる為、ブラフがてら2枚目を伏せておいた。ミツルさんほどじゃないが、《闇の誘惑》を制御する自信が俺にはある。マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
「なぜだ。なぜ地縛神を召喚しない……」
「その答えはあんたが誰よりも知ってる筈だ、蘇我劉抗」
「なんで?」 ミィは困惑していた。 「今の攻防。何が……」
「《バトルフェーダー》」 反転の眼を持つ少年、パルム・アフィニスが静かに述べた。
「あの様子からしてもそれでビンゴだ。あれほど執拗にEarthboundを研究してきた男が、地縛神の一撃を想定しない筈がない。もしあいつが《バトルフェーダー》を握っていたとしたら、もしあいつがこの局面を最初から想定していたとしたら、ここで地縛神を投げるのは命取りになる」
(見破っていたというのか) 蘇我劉抗の右腕が揺らぐ。
(地縛神を確実に防ぐ《バトルフェーダー》。地縛神の力を逆用する高等呪文:《強制転移》。最強最後の一撃を押し止め、最強最後の一撃を逆に利用する。それを……)

バトルフェーダー(効果モンスター)
星1/闇属性/悪魔族/攻 0/守 0
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

強制転移(通常魔法)
お互いはそれぞれ自分フィールド上のモンスター1体を選び、そのモンスターのコントロールを入れ替える。そのモンスターはこのターン表示形式を変更できない。


(負けん! 奴は【蛇腹の双剣】を手放した。剣を握るのはこちらのみ)
「ドロー。《交響魔人マエストローク》を攻撃表示。ダイレクトアタック」
「粘るのは慣れっこだ。速攻魔法:《スケープ・ゴート》を発動」
 レザールの前に羊の群れが展開。《交響魔人マエストローク》はその内の1体を切り伏せるが残りは3体。 「そう、それ、それよれざある」 フェルティーヌが声援を送った。 「れざある! がんばれ!」

Turn 19
■レザール
 Hand 1
 Monster 3(羊トークン×3)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 1500
□蘇我劉抗
 Hand 3
 Monster 1(《交響魔人マエストローク》)
 Magic・Trap 0
 Life 1100

「Earthboundに負けていい試合なんて1つもない。初見なんて当たり前、対策されて当たり前、相性悪くて当たり前、奇襲喰らって当たり前。追い詰められて当たり前。それでも勝つのが俺達だ」

 ジャック・A・ラウンドとの一戦は彼に幾つかの教訓をもたらした。
 1つ、連戦連勝に舞い上がるあまり簡単に足元を掬われる自分の脆さ
 1つ、水も漏らさぬ堅固な防御力も、炎の如き攻撃力も持ち合わせてはいない事実
 1つ、【蛇腹の双剣】(Earthboundの広報が名付けた)も蓋を開ければ馬鹿の一つ覚え
 特性を掴み、精密な攻撃を仕掛けてくるラウとの決闘を契機に己の決闘を見つめ直す。
 己の決闘とはなんなのか。何を目指して今に至ったのか。腹を据えた決闘とは何か。

「手札から《シャクトパス》を通常召喚。もう1つ、2枚目の《カゲトカゲ》を特殊召喚」
(《シャクトパス》。不味い。あの効果は不味い。《バトルフェーダー》が間に合わない)
「ある種の違和感はあったが、それと気が付いたのは土壇場だった。《テラ・フォーミング》を使った時、あんたの右腕がほんの少しだけ緩んだんだよ。劣勢に耐える為の訓練は山ほど積んだんだろうが、優勢を活かす為の訓練は完了していなかった。本気でぶっ倒したい奴を前に優勢になったのはこれが初めてなんだろ。それがあんたの敗因だ。いけ、《シャクトパス》」

シャクトパス(効果モンスター)
星4/水属性/魚族/攻1600/守 800
このカードが相手モンスターとの戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、このカードを装備カード扱いとしてその相手モンスターに装備できる。この効果によってこのカードを装備したモンスターは攻撃力が0になり、表示形式を変更できない。い


 一刀両断に切り伏せるマエストロークだが、切り離された触手が身体の隅々に絡み付く。攻撃力を失った魔人を前にして、ここぞとばかりに飛びかかる《カゲトカゲ》。
「これで終わりだ! 《カゲトカゲ》で《交響魔人マエストローク》に攻撃!」
 普段なら一刀のもとに切り捨てられる筈のトカゲ1匹。
 それこそが、レザールが求め掴んだ唯一の解答。
「最強集団の一角であっても最強の決闘者じゃない。そんなことは俺自身が一番よくわかってる。だがこれだけは言っておく。最強集団の一角を占めさせてもらってる以上、どれだけ泥臭くても勝たないわけにはいかない。俺達に負ける言い分けなんてものはない。だから勝てるんだ」

レザール:1300LP
蘇我劉抗:0LP

カゲトカゲ(効果モンスター)
星4/闇属性/爬虫類族/攻1100/守1500
このカードは通常召喚できない。自分がレベル4モンスターの召喚に成功した時、このカードを手札から特殊召喚できる。このカードはシンクロ素材にできない。


「これが……Earthboundの決闘か……」 決着の瞬間と共に、蘇我骰Rはがっくりと膝を付く。
「紙一重の勝利じゃそう偉そうなことは言えねえけど、俺如きに勝てないようじゃミツルさんには到底勝てない。もし納得いかないなら気の済むまで投げ込んで、お互い強くなってもう一度……」
「れざある!」 抱擁。被害者はレザール。加害者はフェルティーヌ。
「人が喋ってる時に。さっさと離れろ!」 「あなたはさいこうよ!」
「前にランキング落ちた時は糞味噌に言いやがった癖に!」 
「はやくわたしのらんきんぐをぬきなさい。そしたらまた……」
「金魚掬いより薄い処女膜破って家を出ろっての……あ、あいつら」
 首を回した拍子にミィとパルムを発見すると、姉を引きずりながら接近する。
「久しぶりだな。ラウは元気か?」
「お、お久しぶりです」 「……どうも」
「れざある。このひとたちはだれ?」
 姉は、弟の斜め後ろに立っていた。少し隠れるように。
「前に話したTeam BURSTのメンバーだ」 「ふうん。へえ。ふうん」
 フェルティーヌは瞼をとろんと下げ、半円の瞳でミィ・パルムをぼんやりと目に入れる。祭りで盛り上がったあと電車が来るまでの時間潰しで本屋に入り、特に興味もない棚を漫然と眺める時のように。
「TeamEarthbound、フェルティーヌ・オースです。よろしくお願いします」
 抑揚のない声で挨拶を行う。軽さと熱さが揃って身体の内側に退散したかのような雰囲気に戸惑いつつも、ミィとパルムはそれぞれ一言二言挨拶を返す。レザールが最後に言った。
「ラウに言っておいてくれ。もし大会で巡り会ったら、そん時は借りを返してやるってな」

「負けた負けた。こうも見事に負けるとは」
 蘇我劉抗は大の字になって寝そべっていた。オース姉弟がその場を去り、ギャラリーもばらけていく中、蘇我劉抗は大の字になって寝そべっていた。パルムも撤退を促すが、ミィはその場を離れようとしない。てくてくと蘇我劉抗のところまで歩いていく。パルムも2回ほど首を振ってから後を追った。目の前まで接近した蘇我劉抗に怪訝な顔をされながらも、ミィは一通りの賛辞を述べた。
「あ、いや、その、凄かったなって」 
「凄い奴がいるとすればそれは勝者だ。《カゲトカゲ》も、《キングレムリン》も、《闇の誘惑》も、同じカードでも練度が違う。ふっ、俺がなぜ、ここであいつに挑んだか聞きたいか」
「え、あ、その……」 (故・蘇我劉邦は演説を好む。同類か)
「元々は修行の為だった!」 蘇我劉抗は勢いよく立ち上がる。
「この遊園地のフリーフォールは力の流れを知るに絶好!」
「わかりますそれ。すっげえわかります!」 「わかるか!」 「はい!」
 2人が意気投合する中、パルムは頬を掻きながら若干呆れていた。
(駄目そうな人が駄目そうな人と噛み合った。長くなりそうだな、この話)
「ここで遭遇したのは全くの偶然だった! 正直ここで勝負を挑むことに迷いはあった! しかし、己の現在地を知るにあれほど都合のいい相手はいない!」
「あのさ」 パルムは口を挟むと、あっさりと独演会を断ち切った。
「1つ確認したいんだけど、なんで《ジェントルーパー》を入れなかったの?」

ジェントルーパー(効果モンスター)
星4/光属性/爬虫類族/攻1200/守1000
相手モンスターの攻撃宣言時、このカードを手札から特殊召喚できる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は他のモンスターを攻撃できない。


「あれなら《キングレムリン》でサーチができる。光属性で、地縛神に効かなくて、《バトルフェーダー》と両方入れたら流石に出力が落ちる、とかそういうこと?」
 パルムの話を聞いた蘇我劉抗は、数秒思案してから勢いよく膝を叩いた。
「なるほど。考えてもみなかった。光属性にはそういうカードもある。地縛神を倒すことしか頭になかった。地縛神を止め、反撃の起点になる闇属性:《バトルフェーダー》しか目に入らなかった。ミツルを倒そう倒そうという気持ちが、ここ一番であいつに動きを読ませたのか。笑わば笑え」
「そんなことないです。あと少しだったじゃないですか。あと少しで勝てた」
「ありがとよ。次に当たる時はこちらの手の内もある程度知られているが、ハナからそれを覚悟で仕掛けたんだ」 蘇我劉抗は右腕を高々と掲げると、拳をぎゅっと握りしめる。 「大事なものを沢山貰った。俺はもっと強くなれる。そのヒントを大いに貰った」
「もっと……強く……」
「一度で駄目なら二度三度。さーて、帰って修行の続きでもするか」

「どうして蘇我劉抗の下へ行ったんだい? 惹かれるものでもあったの?」
 蘇我劉抗も去り、2人になったところでパルムはミィに聞いた。ミィは、少し考えてから答えを返す。
「レザールさんの執念とリュウコウさんの執念のぶつかり合い。ああいうのが勝つ為の決闘なんですよね。喰い千切る為に喰らい付く。わたしに足りないものがあそこにあった」
 ミィはパルムの顔を見つめた。未熟児特有とも言える幼い顔付きと、修羅場をくぐり抜けることで備わった老練な雰囲気。それらが混ざり合う一種独特な表情 ―― ミィの心が揺れていた。
「地下でのあの決闘の後、ラウンドさんやテイルさんから色々聞きました」
 【反転世界】 ――
 特殊な環境の下、マジック・トラップを使えぬパルムが、モンスター35枚と産業廃棄物呪文5枚で組み上げたデッキ。極端な引きを極端な構成で逆に利用。勝利を掴もうとする実用新案。
「甘えてたんだなって。本当に勝ちたかったら、ただ喰らい付くだけじゃ駄目なんだなって」
 トロフィーではなくカードを受け取ったあの時、《異界の棘紫竜》を受け取ったあの時、微かに抱いた思いは時間と共に膨れあがり、今にも破裂しそうになっている。ミィは正面を向いて踏み込んだ。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あのあのあのあのあああ……あふぃ……あふぃ……ひあっ!」
 緊張から顔を真っ赤にしたミィが動転の余り一歩後ろに下がった瞬間、偶々落ちていたバナナの皮に滑って転び、偶々落ちていた月刊少年バンバンの角に頭を打ち付け悶絶、5メートルほどグルグル回って漸く立ち上がろうとするが、支え棒代わりに掴んだゴミ箱を引っ繰り返してさあ大変。
 パルムはその間、今日何度目かになる茫然自失を経験していた。
(丸一日中思ったことだけど。この娘は一体……何がしたいんだ……)
 程良くコーディネートされた服を汚しつつ、ミィはパルムの前に立つ。
「アフィニスさん……あの……その……あの……」
「なんだい?」 その言葉はいつぞやよりも優しく響いた。ゴミ箱を直し、月刊誌を投げ入れ、七転八起の末に意を決すると、ミィはゆっくりと言葉を紡いだ。
「お願いがあります」

 わたしと……タッグを組んでください!



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております。


□前話 □表紙 □次話

















































































































































































































































































































































































































































































































































































 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

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