存在自体が異様と言えるデオシュタインが現れてから、何もかもが異様だった。試合に臨む2人の背後には後退した者に追い打ちを与える新手の健康器具が控えている。俗にいうところの電流デスマッチ。2人の内1人は、手中に収めた勝利さえベットして尚も決闘を欲するバルートン。そしてもう1人は、紫に変色した腕を持つパルム。3ターン目のスタンバイフェイズ、悪戯好きなバルートンが仕掛けた《真実の眼》により、パルムの手札が地下の晒しものとなる。どよめきと共に。

Turn 3(Turn Player:パルム
■パルム
 Hand 6
 Monster 1(セット)
 Magic・Trap 0
 Life 8000
□バルートン
 Hand 2
 Monster 1(セット)
 Magic・Trap 3(《真実の眼》/セット/セット)
 Life 8000

「なんなのあの5枚……」
 ミィも幾らかは知っていた。この場にはふさわしくないのを知っていた。《幻魔の殉教者》。《幻魔皇ラビエル》のサポートとして製作されたにも関わらず発動すると手札の《幻魔皇ラビエル》を召喚できなくなる伝説の魔法。《未熟な密偵》はピーピング・カードの中でも群を抜いてささやかな効果を持つ。《火の粉》は言わずもがな。《大寒気》は使った人間が凍ってしまう意味不明の1枚で、《謙虚な番兵》は慎み深すぎる……バルートンは笑った。彼の笑い声はいつも不気味だった。
「流石に驚いたもんだが、おまえさんの戦力は全部で7枚。決闘が出来ないわけじゃない」
 初手の5枚がそのまま産業廃棄物だとしても。
 バルートンの指摘を受け、ようやく事態を呑み込んだ観客達が騒ぎ出す。
「《ダーク・アームド・ドラゴン》! 滅多に拝めない極上物が入ってやがる」

ダーク・アームド・ドラゴン(効果モンスター)(制限カード)
星7/闇属性/ドラゴン族/攻2800/守1000
このカードは通常召喚できない。自分の墓地の闇属性モンスターが3体の場合のみ特殊召喚できる。自分のメインフェイズ時に自分の墓地の闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。


「俺の読みが外れてなければセットしたカードもそれなりのスペックを持つそれなりのモンスター。試合を投げたいだけならそのセットモンスターと《ダーク・アームド・ドラゴン》の代わりに《千眼の邪教神》と《メガソニック・アイ》でも入れておけばいい。資産にも膂力にも乏しいから、数枚の強い札の為に残りをうんと軽くする。涙ぐましい努力だがそれで本当に勝てるつもりか?」
 軽く挑発してみる。泉に小石を投げ入れ波紋を窺うように。パルムは平然としていた。
「《真実の眼》にはリスクがある。1000ポイントのライフを回復。そういうのもあるとは思ってた。精々好きなだけみていくといい。ぼくはこれでターンエンド」

「それじゃあ今度は俺の番だ」 悠然と構えるバルートン。
 他方ボーラは、拭いきれぬ違和感に目を細めていた。
(バル兄ィなら気付いてる筈だ。辻褄が合いきってない。数枚の "重みのあるカード" を頼りに残りをうんと軽くして決闘盤を投げる。投盤センスのない輩がよくやるが、軽すぎるだろ幾らなんでも)
 知ってか知らずかバルートンはゆったりと動き出す。パルムが何者であろうとハンドにゴミが集まっているのは事実。眼前には7枚中唯一の非公開情報がセットされている……方針が決まった。
「1〜2発殴ってみるか。リバース、《クリッター》。《ダーク・リペアラー》を召喚してチューニング」
 エクストラデッキを確認。あるのは2つ。得意としている闇属性悪魔族の《ヘル・ツイン・コップ》と、《バイサー・ショック》との "正当な" トレードで入手した闇属性機械族の《A・O・J カタストル》。返しの防御を見据えれば後者だが、裏を殴りつけるには生温い……バルートンが早くも攻める。
「《ヘル・ツイン・コップ》をシンクロ召喚」

ヘル・ツイン・コップ(シンクロ・効果モンスター)
星5/闇属性/悪魔族/攻2200/守1800
悪魔族チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上:このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、このカードの攻撃力をバトルフェイズ終了時まで800ポイントアップし、もう1度だけ続けて攻撃する事ができる。


「素材となった2体のモンスターがそれぞれの効果を発動。まずは1つ、《クリッター》の効果でデッキから《ヘル・セキュリティ》を手札に加える。そしてもう1つ、《ダーク・リペアラー》の効果でデッキトップを確認……こいつは要らないな。デッキボトムに戻す。これでいい具合に手札が整う。羨ましいか? パルム・アフィニス」
「手札を整えてシンクロ召喚するんじゃなくて、シンクロ召喚しながら手札を整える。順序が逆と言えば逆になるけど、何回か繰り返せば誤差の範囲かな。攻撃するの? しないの?」
「当然殴る。こいつの取り柄はそれだけだ。《ヘル・ツイン・コップ》でセットモンスターをぶん殴る……《キラー・トマト》。真っ当じゃないか。この瞬間《ヘル・ツイン・コップ》の効果発動!」
「こちらも《キラー・トマト》の効果を使う。同名モンスターを攻撃表示で特殊召喚」
「《ヘル・ツイン・コップ》で2体目の《キラー・トマト》をぶん殴る。さあ喰らえ」

パルム:7400LP
バルートン:8000LP

「《キラー・トマト》Bの効果発動。デッキから《召喚僧サモンプリースト》を特殊召喚」
(構わない) バルートンは肯定した。 (それでいい。 意味のない睨み合いをするくらいなら《ヘル・ツイン・コップ》など出しはしない。正体が薄々みえてきた。ならそれがいい)
「何かあるんですよね」
 ミィは縋るように聞いた。
「あの5枚を使って見たこともないような凄いコンボが……」
 ラウは素っ気なく答えた。
「常識で考えろ。そんなものあるわけがない」

Turn 5
■パルム
 Hand 6
 Monster 1(《召喚僧サモンプリースト》)
 Magic・Trap 0
 Life 7400
□バルートン
 Hand 3
 Monster 1(《ヘル・ツイン・コップ》)
 Magic・Trap 3(《真実の眼》/セット/セット)
 Life 8000

『さぁ! さぁさぁさぁ!』 実況が吠える。 『これで一体どう闘うつもりなのかこの糞餓鬼ぃ!』
 パルムはデッキに手を添えた。毒々しく変色した腕が痛ましく、少年のドローは何も生まない不毛な労苦にもみえた。スタンバイフェイズ、《真実の眼》で1000ポイントを回復。メインフェイズ、《召喚僧サモンプリースト》の効果を発動。《火の粉》を捨て《ライトロード・マジシャン ライラ》を引き出す。

召喚僧サモンプリースト(効果モンスター)(準制限)
星4/闇属性/魔法使い族/攻 800/守1600
1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない(以下省略)

ライトロード・マジシャン ライラ(効果モンスター)
星4/光属性/魔法使い族/攻1700/守 200
自分のメインフェイズ時に発動できる。自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードを表側守備表示に変更し、相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。この効果を発動した場合、次の自分のターンのターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。
また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを3枚墓地へ送る。


 効果発動。セットカードを……素直に除かせるバルートンではない。
「そこだ! 《マインドクラッシュ》を発動。宣言は《ダーク・アームド・ドラゴン》」
「ああっ!」 ミィが呻く。 「折角墓地に3つ揃いそうだったのに」
「それならこっちだ。手札から《ジェネクス・コントローラー》を通常召喚。《召喚僧サモンプリースト》にチューニング、《アーカナイト・マジシャン》を守備表示でシンクロ召喚。効果発動!」

アーカナイト・マジシャン(シンクロ・効果モンスター)
星7/光属性/魔法使い族/攻 400/守1800
チューナー+チューナー以外の魔法使い族モンスター1体以上:このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを2つ置く。このカードの攻撃力は、このカードに乗っている魔力カウンターの数×1000ポイントアップする。また、自分フィールド上の魔力カウンターを1つ取り除く事で、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。


 パルムが後続を展開。地雷を踏まぬよう攻撃宣言を行わず、当面の障害である《ヘル・ツイン・コップ》と《真実の眼》を破壊する。無難な一手。弟兼妹のボーラは、その光景に更なる不信を深めた。
(最初こそ面食らったが、《ダーク・アームド・ドラゴン》、《召喚僧サモンプリースト》、《アーカナイト・マジシャン》……スペックの高いカードもボチボチ出てきた。それだけに解せない。あいつは明らかに勝つ気でやってる。同じクソカードでも、あの5枚が《魔法除去》や《罠はずし》なら捗る場面もある筈だ。最初は知らないコンボでもあるのかと疑ってみたが、んな話があるわけない。ならなんだ)
「エンドフェイズ……ライラで3枚墓地に送って……ターンエンド」
(12、13、14。ピーピングは止まり、ネクガも落ちた。これで……)

「ああ、わかった」
「わかっちゃうんだ」
「おい、バル兄ィ、マジかよ……」
「こいつの思考力は真っ当だ。要らないマジックをコストにモンスターを展開する。なのに初手が決定的におかしい。ふざけてやっているようにはみえない。ならそうする以外に選択肢がなかったんだ」
 《真実の眼》は情報収集の為の斥候に過ぎない。情報の機械的な把握ではなくそこから導かれる未来への洞察。断片的な情報からパルム・アフィニスの全体像を描き出していく。
「あいつをみてぱっと目に付くのはあの腐ったような腕。何かあった筈だ。なんだったか……」
 バルートンは頭の中にある辞書を検索。ある筈だ。何かがある筈 ―― 辿り着いた。
「思い出した。おまえ、病人だろ。特定すると 『インヴィシル』。 15年ぐらい前に流行ったんだったか。最初は四肢が毒々しい色に染まっていき、最後には全身が腐り果てて死亡する。感染性はなく早期治療で命が助かることもあるが、その際に幾つか後遺症があり、それが決闘ではハンデになる」
 ミィは情報を整理しきれなかった。病気と決闘が関係している? 突飛な話だがバルートンが間違ってるとは思わなかった。当事者であるパルムが首を横に振らなかったから。 
「むっちゃ物知りだね。ラウですらぼくから聞くまで知らなかったのに」
「最初の5枚の後はモンスターしかみせてない。それでピンと来た」
 誰も気にしないところにバルートンはマーカーを引いていた。
「本来なら絶対に有り得ない構築だが 『インヴィシル』 の後遺症を負った人間なら納得できる。おまえにとっては《火の粉》も《死者蘇生》も変わらない。使えやしないんだからな」
「マジックを使えない?」 ミィは忙しく首をふり、ラウに確認を取る。
「正確にはマジックもトラップも使えないんだ。あいつの腕にはマジック・トラップ用の 『気』 が通らないから、デュエルオーブを掌に付け、あの辺全部を使って波長を合わせるマジック・トラップが発動しない。かろうじて、SDTの時は腕以外を使って1回分誤魔化してるがそれが限界だ。そういうわけだから、あいつはモンスターだけで闘うことを強いられている。あいつが目立つところで決闘しないのは、迂闊に目立つと踏んだり蹴ったりだからだ。あいつは生まれつき……地雷にまわる他なかった」
「え? でも、おかしいですよ。それなら全部モンスターにすればいいじゃないですか」
 そういうデッキが存在すると聞いたことがある。【フルモンスター】。そうすればいい筈だった。
「おれも初めて聞いた時は耳を疑ったよ。五枚規制って知ってるか」
「え? それって……」 ミィが記憶の奥底を探り、パルムの言葉を思い出す一方、
 軽い溜め息混じりにリードは言った。
「いいか。西と南では【フルモン】が禁止されている。西は政策的な理由で、南は宗教的な理由で。あいつはな……何から何まで親和しなかった男なんだ」


DUEL EPISODE 23

The Beautiful Shitty Game〜親和しなかった男〜


 当時、西部決闘界には1つの問題があった。モンスターの買い占めとマジック・トラップの売れ残り。そこで打ち出された幾つかの政策案の1つとしてそれはあった。 "フルモンの禁止"  マジック・トラップの投入を原則とすることで西の意識改革を図ったのだ。しかしこの時、ある議論が巻き起こる。 『フルモンはどこからフルモンではなくなるのか』 難しい問題である。普通に考えれば、40枚全てがモンスターである=フルモンである。しかしこれでは39枚をモンスターにしたデッキを 『フルモンではない』 と言い張れてしまう。それは事実上の脱法行為ではないか。政治学者に経済学者、果ては心理学者や哲学者をも交えたシンクタンクを結成。議論は昼夜を徹して延々と続いた。そして導き出された結論が 『ゲーム開始時に引いたカードの中にモンスターが1枚も来ない可能性が僅かでも存在するのならそれは最早フルモンではない』 ゲーム開始時に引く枚数とは即ち5枚。従って、デッキに5枚以上マジック・トラップを入れていればフルモンではないという結論になる。その結果生まれたのが 『五枚規制』。 しかしそれは、マジック・トラップを "使えない" パルムにとっては死刑宣告にも等しかった。少年のささやかな抗議も "調整中" という謎の言葉に阻まれる。
 ふと気が付くと、10年以上経っていた。

「Technological Card Gameでは得意不得意がある」
 バルートンは、地下闘技場全体を見回しながら言った。
「闇属性が得意、光属性が得意、破壊が得意、バウンスが得意……逆もある。しかしこいつは最早可能不可能の世界。それもここまで極端な奴は初めてお目にかかった。いい具合に謎が解けたわけだが、この解答は俺を有利にしかしない。正体不明の相手なら、得体の知れない恐怖を抱いて縮こまることもあるだろうが、出来損ないの病人を殴れば良いだけなら話は簡単……今度は俺の番だ、ドロー。もひとつおまけに《強欲な瓶》で1枚ドロー。ようやくこいつか。墓地の《クリッター》《ダーク・リペアラー》《ヘル・ツイン・コップ》を異次元に送り出し、その対価として《ダーク・ネクロフィア》を呼び出す。攻撃力は2200。雑魚を散らすには十分だ。《ダーク・ネクロフィア》で……」
 バルートンのモンスターは1体。パルムのモンスターは破壊効果を使い終えた2体。ライラを倒すべきかアーカナイトを倒すべきか。少し考えてからライラを消しに行くがその攻撃は通らなかった。《ネクロ・ガードナー》。セットを置けずとも、止める手段はある。
「《強欲なカケラ》を発動しておく。1枚セットしてターンエンド」
『バルートンの野郎から! ダダ漏れな欲望が地下闘技場を満たしていく! 少しずつ、少しずつ、バルートンのシェアが広がって! 捕捉されたが最後、骨までぇ! しゃぶり尽くされるぅ!』
(好きなだけ優位を築けばいい) パルムは退かない。(もう少しだ。もう少し……) 

Turn 7
■パルム
 Hand 4
 Monster 2(《ライトロード・マジシャン ライラ》/《アーカナイト・マジシャン》)
 Magic・Trap 0
 Life 7400
□バルートン
 Hand 2
 Monster 1(《ダーク・ネクロフィア》
 Magic・Trap 2(《強欲なカケラ》/セット)
 Life 8000

「ドロー。《サイバー・ヴァリー》を通常召喚。効果発動。《サイバー・ヴァリー》と《アーカナイト・マジシャン》を除外。デッキから2枚引く。エンドフェイズ、ライラの効果で墓地に3枚送ってターンエン……」
「おまえさ、何を待ってるんだ?」
「……」 確信を突いた一言がパルムに刺さる。バルートンが尚も追求した。
「手札に魔法が嵩張ってるのにサモプリでサモプリを呼ばなかったのはなぜか。 『《激流葬》が怖かったから』 でも別にいいんだが、もう少し考えようか。委員会が準制限に指定しているサモプリを出せるのは2体まで。仮に2体出して、その上でジェネコンも捌くとなると、残ったサモプリの使い道はライラとのエクシーズしかない。それを嫌がった。おまえはライラを残したかった。単体攻撃と見るやネクガで守りもした。貴重な《ネクロ・ガードナー》を使ってまでなぜそうするのか。初手が終わってるから時間を稼いで手札を増やし、墓地を肥やして戦力を掻き集める。ああ理解できる。理解できるんだが、おまえの目はもっと前向きだ。マイナスをゼロにするというより……」
「……」 バルートンが小石を放る度に、パルム・アフィニスが縁取りされていく。
「引くのが好きだから《強欲なカケラ》を置きました。奪うのが好きだから《ダーク・ネクロフィア》を置きました。両方とも速攻型のカードじゃあない。好き好きという奴だが……おまえ、これ幸いになんとなくターンが過ぎるのを期待してないか? 《ダーク・ネクロフィア》がカウンター型の能力であるのをいいことに守備表示でやり過ごそうとしてないか? 《強欲なカケラ》が完成するまでの時間潰しがてらテキトーに戯れてそのままターンエンドって言うのを期待してないか? なんていうかさあ。おまえ、じわりじわりと真綿で首を絞められるように追い詰められたがってないか?」
 バルートンは1回後ろを向いた。彼の目の前には電流ロープがある。
「折角の電流デスマッチなのに全然働いてない。折角だ。今の推測が全て事実である……そう傲慢にも仮定するとして、俺には選択肢が2つある。1つはこのまま待ってみる。折角の機会。何かあるなら見てみたい。下手に封殺狙って成功してしまったら何が何だか曖昧なまま終わってしまう。それでは面白くない。面白くはないが……」
 バルートンは、パルムから見て後ろ向きのままデュエルオーブを光らせる。
「リバースカードオープン、《夜霧のスナイパー》を発動。宣言は《ラーの翼神竜》」
「ぼくの決闘に神様はいないよ」
「どうでもいいんだよ宣言なんて。《マジック・プランター》を発動。おまえの方から《真実の眼》を割っちまう所為で丁度腐ってたんだ。デッキから2枚ドロー。別に後々まで温存しててもいいんだが……」
 勇躍、バルートンはロープを背にして振り向くと、《ダーク・ネクロフィア》を現世から解き放つ。
「そろそろ背中の高級遊具にも活躍してもらおうか。《E−HERO マリシャス・エッジ》!」

E−HERO マリシャス・エッジ(効果モンスター)
星7/地属性/悪魔族/攻2600/守1800
相手フィールド上にモンスターが存在する場合、このカードはモンスター1体をリリースして召喚できる。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。


『バルートンが殺意を露わにした! ぶっ殺す気満々だぁ!』
「攻撃力2600。貫通能力はこう使う。打ち込め! ニードル・バースト!」
 効果により守備表示となったライラの守備力は200。肉壁にすらならない。ライラを突き抜けた衝撃波は、その威力を落とすことなくパルムに直撃。短身軽量のパルムの身体が後退するがそこには電流ロープが待っていた。高級遊具最初の犠牲者はパルム・アフィニス。
「アフィニスさん!」
 ミィは改めて思い出す。これはそういう決闘なのだ。
 電流ロープから弾き出されたパルムがそのままダウン。
「アフィニスさん、大丈夫ですよね。ちゃんと耐えられる計算があって……」
「どうかな。あいつの身体は決して強くない。耐えきれるかどうかは未知数だ」
「中々効くだろ? そいつは決闘者を一発でお釈迦にするような玩具じゃない。それじゃあ逆に醒めちまうからなあ。といってもそれは、俺等のような大の大人が喰らった場合の話だ。おまえみたいなガキなら一発で決闘続行不可能になってもおかしくない。さあ立てるかどうか」
「勝てっこない。こんなの……もうやめさせた方が……」
「ミィ」 後ろから弱々しい声がする。リードの声だった。
「おまえはパルム・アフィニスという決闘者を舐めている。あいつは……うち一番のガチだ」
 パルムの腕が動いた。その腐り果てた腕は今にもポキッと折れそうなほどかよわく見える。
 パルムは、若干ふらつきながらもなんとか立ち上がった。
「そうだ」 リードは誰に言うでもなく呟く。 「あいつがいた。おれのチームにはあいつがいたんだ」
 ミィは気圧されるのを感じた。おかしい。地下決闘の筆頭であるバルートンの殺気に何度となく圧されたのはわかる。でもこれはそうじゃない。パルムの気配に圧されている。半死半生で立ち上がるパルムに、下手をすればミィでも殴り合いで勝てるかもしれないパルムに。何かがある。
 パルム・アフィニスには何かがある。

Turn 9
■パルム
 Hand 6
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 6000
□バルートン
 Hand 3
 Monster 1(《E−HERO マリシャス・エッジ》)
 Magic・Trap 1(《強欲なカケラ》)
 Life 8000

「ぼくのターン……ドロー……」
 錯覚だろうか。一瞬、腐りかけの腕が光を放ったようにみえた。
("21"……ここでこれか。ここはもう、デッキを信じるしかない)
「《カードカー・D》を通常召喚。効果発動。このカードを墓地に送り……」
 パルムはゆっくりとデッキに手を伸ばす。
(まただ。またもうっすらと) バルートンは目を細めると、パルムの手の内を睨んだ。
(こいつにはまだ1つ謎がある。あいつは初手で5枚のゴミを引ききった。ある意味エクゾディアを揃えるのと同レベルの引き。もしそれが一過性の偶然でないとすれば、奴のドローには何かが……)
「バルートン。ぼくはあんたが怖い。想像以上の洞察力。それが怖いし、同じぐらい嬉しい」
(こいつの眼には殺気がある。勝つことしか考えていない人間の眼だ)

「パルムは恐ろしく運が悪かったんだ」
 リードは拳を握りしめたまま語る。
「病人として生まれてきたのも不運だが、もしあいつが個人戦主体で自由主義の東に生まれていればチームメイトを探さなくても良かった。フルモンも組めた。それ以前に、5枚しか入ってないカードを初手に5枚引き当てる確率ってどのくらいかわかるか? 普通はまず有り得ないんだ。有り得ないのにあいつは割と引き当てる。これがエクゾディアなら規制の対象になってるぜ」
「もしかして……あれって毎回そうなんですか!?」
「3枚以上という話ならそうだ。あいつのデッキを要約すると【40枚デッキの中に発動できない呪文が5枚も入っていてその内3枚以上を初手に必ず引き当てるデッキ】だ。異常だよ」
(あの人は、あんなデッキで今日まで闘い続けてきたっていうの? 嘘……)
「あいつは初手が悪かった。誰よりも初手に恵まれなかった決闘者だ」

 初手が悪いから、腐った腕を生やして生まれてきた
 初手が悪いから、フルモンが使えない世界を強いられた
 初手が悪いから、発動できない呪文が手札に吸い寄せられた

――――
―――
――

「おまえさ。よくそれで決闘できるよな。普通諦めるってか諦めざるを得ないだろ」
「初手が 『最悪に近い』 で安定しているということは計算できるということ。計算できるということはデッキを組めるということ。神様はぼくを放置した。ぼくの動きに応じて意地悪でもされたらどうにもならないけど、神様はぼくを見放したまま放置した。いつも悪い札、ぼくの場合は緑の札が来るならそれはそれで利用できる。手は腐ってるけどサモプリは腐らないんだ。 『最悪に近い』 ことがぼくにとっては唯一無二の武器になる。試行錯誤は無駄じゃない。どうせ使えないならって《火の粉》を入れた分だけ決闘孤盤(ソリタリオ)は軽くなる。《未熟な密偵》を入れた分だけ上下の差はより激しくなる。極端な面子で最適化し続けることで、途中で "裏返る" って現象に気付けた。ある意味、五枚規制もそれに一役買ったんじゃないかな。見放されるのも悪いことばかりじゃない。 "だからこそ" ぼくは強くなれる」
(簡単に言ってのけるが、こいつは一体どれだけのことをやったんだ? どれだけの研究を行ったんだ? どれだけの実験を試みたんだ? 所属人数たった一人の、前代未聞の環境でなぜ闘える)
「なあ、おまえさ、決闘をやめようとしたことあるだろ? どうやって踏みとどまったんだ?」
 パルムはぽかんとしていた。 「え? 何言ってるの?」 とでも言わんばかりに。
「決闘を抱いて死ぬのなら兎も角、決闘を捨てて生きるのは……考えたこともないや」
「マジかよ……」
「昔、ぼくはよくこの腕をからかわれてた。ある日、とうとうブチ切れてぶん殴っちゃった。そしたら本気で気持ち悪がって逃げたんだ。 『うわあ気持ち悪いのがうつるぞ〜逃げろ〜』 とかそういう余裕ある感じじゃなくて、本気で気持ち悪がって逃げたんだ。胸糞悪い気分で家に帰ってさ。叫ぶ気満々だったんだけど鏡みたら妙に冷めた気分になって 『ああ、これは気持ち悪いな』 って思っちゃった。自分が五体満足ならこれに殴られるのはなんか嫌だろうなあって気分になった。なんか色々虚しい一日だった。その点決闘はいいね。一定の距離を挟んで決闘盤を投げて、モンスター越しに殴り合う。どのみち気持ち悪いって言う奴もいるけど、まあ、なんていうか嫌いな奴ともやり合えるのが決闘だし」
「決闘が……好き……なんだな」
「不純な同情よりも純粋な敵意の方が有り難い。決闘は、あの向かい合う感じが堪らないんだ。好きな奴とも、嫌いな奴とも、興味を惹かれる奴とも、心底どうでもいい奴とも、向かい合って雌雄を決することができる。それが最高に楽しい。決闘は嘘を付かないから。デッキの中にありったけをぶち込んで、決闘の中にありったけをぶつけていける。いつでもどこでも誰とでも。決闘してる間ぼくらは自由だ。御託は要らない。幾ら最悪に近くても、決闘があるから闘える」
「 『最悪に近い』 ってのもなんっつうか……いつもそうだけど 『最悪』 とは言わないんだな」
「本当に最悪なら召喚もできなかった。引き続けられる限り、ぼくは自分を最悪とは認めない」


――
―――
――――

「気が遠くなるほど地道な作業だ。気が狂うほどの研究の末に構築の可能性を探り当て、実現の為にカードを集める。自力も他力も使える物は全て使う。トレードやアンティは勿論、カードユニットのレストアを行い、物好きなパトロンが突き付ける条件を受け容れ、果ては引退した決闘者を相手に物乞いまでやったらしい。あいつはおれに言ったんだ。デッキは40枚。40枚が巡るとあいつは言った。40枚が巡るからこそ……あるタイミングであいつの劣悪極まったドローが "裏返る"。 気が狂う程の研究の末に、あいつは反転した領域への入口を見つけたんだ。あいつがこのまま負けるかよ」
「裏返る?」 何かが起こっている。ミィはパルムの手を凝視した。
「《カードカー・D》の効果で……」 腐った腕が閃光を放つ。
「ドロー!」 パルムは引いたカードを強く握りしめた。
「《謙虚な番兵》と《ネクロ・ガードナー》をディスカード。ターンエンド」
(引いたカードを見もせずにターンエンド。極まってるとでも言うのか)
「ドロー。《強欲なカケラ》を完成させる。2枚ドロー。こういう場所で札を引き続け、世迷いごとには慣れてる筈だがおまえは極めつけだ。《ネクロ・ガードナー》の分だけ攻め手を増やそうか。《カードガンナー》を通常召喚。デッキから3枚墓地に送る。バトルフェイズ、《カードガンナー》でダイレクトアタック。そうらもう1つ。使うなら使ってみろ。マリシャス・エッジ、ニードル・バースト!」





()の龍、(はがね)を纏いて火を放つ

(さび)は錆 (ちり)は塵

錆も磨けば鋼に変わり

塵も積もれば炎と変わる

彼の龍、鋼を纏いて火を放つ


同調召喚(シンクロサモン) 塵芥龍真古鈞輪火衆(ダブル・スクラップ・ドラゴン)





Turn 11(バトルフェイズ
■パルム
 Hand 3
 Monster 2(《スクラップ・ドラゴン》/《スクラップ・ドラゴン》)
 Magic・Trap 0
 Life 1500
□バルートン
 Hand 4
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 5400

スクラップ・ドラゴン(シンクロ・効果モンスター)
星8/地属性/ドラゴン族/攻2800/守2000
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分及び相手フィールド上に存在するカードを 1枚ずつ選択して発動する事ができる。
 選択したカードを破壊する。(以下省略)


パルム:1500LP
バルートン:5400LP

『鉄屑の龍が火を噴いたあああああああああああああああっ!』
「 "Scrap Death Burner" 」 11ターン目、パルム・アフィニスが反転した。
『なんということだぁっ! あのバルートンが電流ロープに突っ込んだー!』
 反転した効率が逆境を切り裂く。《E−HERO マリシャス・エッジ》がダイレクトアタックを仕掛けた瞬間、ミィが目を覆い、パルムが弾かれる。電流ロープに叩き込まれたパルムの身体は2〜3回痙攣すると、またしてもフィールドに倒れ込む。先程よりも深刻なダメージなのが傍目にも見て取れる。にもかかわらず、バルートンの表情にあるのは驚愕とそれを上回る歓喜。パルムは、喰らう瞬間身体を庇わず決闘孤盤(ソリタリオ)を投げていた。《冥府の使者ゴーズ》。バルートンは《ヘイト・バスター》と《異次元からの帰還》を伏せ終わらせにかかる。しかしパルムは《グローアップ・バルブ》を展開し連続同調。2体の《スクラップ・ドラゴン》に《大寒気》と《未熟な密偵》を装填。 "効率よく" 打ち破る。
「はぁ……はぁ……ターンエンド」
「アフィニスさん、辛そう」
「それでもあいつは決闘をやっている。普通ならそこまでいく前に辞めるだろうがあいつは諦めなかった。あいつほど往生際の悪い男をおれは知らない」
「【反転抜札(リバーサル・ドロー)】。ぼくのドローは裏返る」

「デオシュタイン、あの子、神様に愛されてないわ。可哀想に」
「可哀想というなら、神に愛されすぎたデオシュタインも大変さ」
「そうね。神様は本当に不公平。もっとバランスを考えればいいのに」
「神様は万能だから一々バランスを考えるのが面倒臭いんだよ」
 人形達が口々にまくしたてるが、デオシュタインの口は重かった。
 神に偏愛された男は、神に見放された男を眺めながら言い放つ。
 "神は【グッドスタッフ】を組まない" ほんの一言彼はそう言った。
「そうだねデオシュタイン。神にバランスを崩された人間。きっと同じだ」
「真っ当ではいられない。極まらずにはいられない。荒れるわ。この決闘」
「なにせ向かい合っているのは命知らずのバルートン。あいつはこれを望んでいた」

「はは。こんなもんじゃねえよなあ。もっとだ、もっともっと……ようやく先にいける」
 地に伏したまま、バルートンが欲望を露わにする。
 パルム・アフィニスが挑戦状を叩き付けた。 
「バルートン。あんたもこんなもんじゃないだろ。立て。ぼくに決闘を見せてみろ」
「初手とは打って変わって随分と効率のいいドローだ。なるほど。デッキから引っ張った枚数を数えてみればわかりやすい。ターンの開始時で20枚。半分を超えたら……重さでひっくり返るってわけだ」
 ふらりと立ち上がる。頬を波打たせ、歯を剥き出しにしておぞましい程に笑った。
「 『固定』 ではない。 『固定』 ならおまえの息づかいはもっと穏やかだった筈。しかし 『傾向』 はある。 『傾向』 を構築の基礎にしている。ガラにもない攻め方をしたのが裏目に出ちまったか」
「過ぎたことだから正直に言う。怖かった。あんたの速度を計算して慎重に立ち回ってたのに、まさかギアチェンジするなんて思ってもいなかった。……ぼくの決闘を食らう前から先読みして対応する、そんな酔狂な奴はいなかったから。でも、だからこそぼくは勝つ。あんたに勝つ!」
「それだ。ここの連中に欠けてるものがそれだ。俺はおまえを待っていた」

「おい、うちの大将楽しそうじゃないか」 「このゼッペスの眼にもそう映る」
「当然だ。バル兄ィは舐めなかった。兄貴には選択肢があったんだ。舐めるか舐めないか。バル兄ィはデッキをデチューンしていない。時間稼ぎにも付き合わない。バル兄ィは舐めなかったんだ。その上であのガキは本領を発揮したんだ。バル兄ィは……マジなんだ! マジでやってんだ!」
「ハァーハッハッハッ! これだ。これでこそここの決闘だ。正しい決勝だ。はぁっ!」
 バルートンは上空に決闘書盤をブン投げると、電流ロープを右手で掴む。
『何をやっているぅ〜〜〜〜〜〜! 死ぬ気か! 死ぬ気なのかバルートン!』
「ここの目覚まし時計は特別製だ! 脳まで突き抜ける最高級のモーニングコール! 眼は覚ますもんだろ! 《闇の誘惑》を発動! デッキから2枚引いて《ネクロ・ディフェンダー》を除外。そうらもう1枚。2枚引いて《闇の侯爵ベリアル》を除外! まだまだぁっ!」
『欲望のドローが加速する! この男は一体何を視ているんだー!』

――
―――
――――

「バルートン兄さんはなぜ俺のことを、俺の決闘文学を認めてくれないんだ!」
「聞いたよブロートン。無理矢理因縁を付け、部下に倒させた相手のデッキを自分のデッキケースに入れさせ、散々勿体付けてから返す。【決闘荘園公領制】 よくもまあそんなくだらない真似を……」
「物語だ! 文学的支配を確立する為には物語性のある決闘が必要なんだ!」
「ならもう少し筋立てを工夫しろ。おまえはいつもそうだ。御託に実体が伴っていない。おまえは何かに付け鉤括弧を被せて中身があるようにみせようとしているが、結局の所おまえは何もしていない」
「我々は! 極めて良好な文学的肯定関係を築いている」
「そんなものは砂上の楼閣だブロートン」
「バル兄ィはブロートンに厳しいな」
「なあボラートン。好みの決闘がみつかったら規則なんて無視しして食い漁り、糞みたいな決闘を見たら言いたい放題罵倒し尽くす。そんな奴が大会にいたらどうする?」
「最低だ。そんな奴はさっさと叩き出した方がいい」
「俺もそう思う。そいつは屑だ。叩き出した方がいい。でもそれだと困るんだ」
「なぜ?」
「だって俺がそうなんだから。他人が叩き出されようが知ったこっちゃないが俺が叩き出されるのは困る。だからって大人しくするなんてつまらないと思わないか?」
「バル兄ィらしい酷い物言いだ。だからってどうするんだよ」
「作ればいいのさ。俺達みたいなデュエルジャンキー共を集めた大会を。挨拶? マナー? リスペクト? そんな建前なんざいらねえってんで、兎に角決闘を喰い漁りたいだけの馬鹿が来ればいい。薬中決闘者から暴力決闘者まで色々集めて頭が壊れるまで引き合えば良い」
「バルートン兄さんは社会に弓を引くのか! 文学的台頭ではなく文学的破壊を望むのか!」
「社会は大事だ。無政府状態というのは面倒事が多すぎる。しかし秩序というのは道具の1つに過ぎない。この世に完璧なものなど存在しないんだ。だから俺達は選択しなければならない。おまえの空疎な全肯定とは違ってあれもこれもというわけにはいかないんだよブロートン。何かをするということは何かをしないことなんだ。デッキにカードを入れるってのは、別のカードを入れないことなんだ」
「俺には理解できない。兄さんが何をみてるのかわからない」
「ブロートン、余計な鉤括弧(かざり)を外せ。選択しろ。己の欲望を最適化するんだ」
「己の……欲望……」 「選べるから殉じれる」 「俺は……俺には……」
「決闘は選択の競技。俺は勝利が欲しい。だから敗北も背負えるんだ」


――――
―――
――

 友情は素晴らしい
 愛情は素晴らしい
 倫理は素晴らしい
 道徳は素晴らしい
 素晴らしいが要らない
 なぜなら決闘が素晴らしい
 なぜなら決闘こそが素晴らしい
 素晴らしい不純物を一つ残らず取り除こう
 唯一つ決闘という素晴らしさがあればいい
 教科書を捨てろ デッキを持て
 手前勝手な決闘観をぶつけ合え
 自分勝手な決闘道を突き進め
 好きなことをやれ 好きなことを言え
 むかついたら掴み合え いらついたら殴り合え
 思う存分罵り合え したくもないのに仲良くするな
 熱い握手なんて糞喰らえ 冷たい唾を吐きやがれ
 嫌いなら嫌えばいい 憎いなら憎めばいい
 俺達は決闘中毒者だ 俺達に余計な鉤括弧は要らない
 必要な鉤括弧は決闘だけでいい それだけでもう沢山だ。
 決闘を浴びろ! 俺達こそが決闘者だ! 決闘中毒者だ!


「これだ! 必要なものはこれなんだ! 俺の決闘は俺が決める!」
 バルートンは電流ロープからようやく手を離すと地面を跳ねた決闘書盤を勢いよく掴む。
「荒くれ共を集めても結局は煮詰まってしまう。必要なのは他者だ。勝利と敗北を生み出すのはいつだってそうなんだ。パルム・アフィニス。俺の欲望(デュエル)を見せてやる!」
 バルートンは鋭利な刃物を繰り出すように投盤を行い、一瞬にして4枚のマジック・トラップがセットされる。電光石火の早技。欲望のドローからの強欲なシリアルセット。見せつけるかのように。
 パルムが、戦慄と共に他者を知る。
「決闘中毒者。それがあんたの正体か。知ってたよ。理屈じゃない。感覚で知っていた」
「パルム・アフィニス。おまえのデッキをもっと読ませろ。もっとだ。もっともっともっとだ!」
「決闘規範主義でも、決闘帝国主義でも、決闘共産主義でも、決闘資本主義でも、"決闘なら" 構わない。一つだけわかってることがある。決闘は嘘を付かない。40枚のデッキをぶつけ合うだけで、あんたがあんたの決闘観をどれだけ貫けたのかがわかる。がっかりさせるなよ」
「いい啖呵だ。俺は俺の決闘を徹底的に裏切らない。選び続ける。勝つまでな!」
 パルムとバルートン。2人の決闘者が札に魂を込める。唯一つの勝利を賭けて。

「2人とも楽しそう……。ラウンドさん、あの人達は一体何なんですか?」
「決闘が市民権を得ていく中でそこには色々な鉤括弧(しばり)が付く。マナーやリスペクトもその1つ。決闘が世界的に普及していく中では必要な過程だった。しかし高度に発達した手段は目的とすり替わる。決闘の円滑な進行を約束する秩序や礼節こそが決闘の本質であると言い出す人間もでてくる。逆に、秩序や礼節は贅肉どころか決闘の阻害要因になると考える人間もいる。硬直した秩序の中では満足できない愚か者、真価を発揮できないあぶれ者……これはそういうどうしようもない連中の為の宴……か。テイル、おまえはこういう構図になることを読んでいたのか?」
「読めるかよ。おれは予言者じゃないから。なんか面白いかもって思っただけ。ミィ、おまえはあいつらみたいにならなくてもいい。ならなくてもいいけど、ああいう連中がいるってのは知っておけ」

「バル兄ィはどうしようもない。だからこそ読める。三途の川に沈んだ砂の一粒一粒まで読み込める」
 バルートンの武器は全てを見透かす "眼" ではない。むしろ彼の視力は悪い。しかし悪いからこそ、彼の眼光は全てを見透かすようにみえる。一々何かに囚われず、全体として把握しているからこそ、対戦相手は全てを見透かされたような感覚を味わう。見るのではなく読む。彼は読書家である。テキスト中毒である。デッキが一冊の名著ならば読み尽くす。駄作なら弄んででも読み尽くす。
「《カードカー・D》で2枚ドローしてターンエンド。俺の読書(デュエル)はここからだ」

Turn 13
■パルム
 Hand 3
 Monster 2(《スクラップ・ドラゴン》/《スクラップ・ドラゴン》)
 Magic・Trap 0
 Life 1500
□バルートン
 Hand 2
 Monster 0
 Magic・Trap 4(セット/セット/セット/セット)
 Life 5400

「ぼくのターン、ドロー……スタンバイ……」
「スタンバイなどさせるかぁっ! リバースカードオープン、《闇次元の解放》を発動。《クリッター》を呼び水に三途の川から《激流葬》を引き寄せる!」
「バルートンの《激流葬》が決まったぁ! フィールドが押し流されるぅ!」
『ひぃやぁーーはっはぁっ! 地獄への道連れは多い方がいいよなあ』
「ならメインフェイズ」 パルムは落ち着き払って言った。
「得意の帰還芸も、《異次元からの帰還》を失えばキレが悪いね」
「安心しろよ。『帰還』は余技だ。さあ場は空いたぞ。やれるもんならやってみな」
 ゴーズとセットで引いた《バトルフェーダー》を一瞥。やるべき作業はまだ残っている。
「2枚目の《カードカー・D》を通常召喚。戦闘権を放棄して墓地に送り、2枚引く」
『ガキがそのままターンエンド! また手札誘発を狙っているのか!』
 その間バルートンは、パルム・アフィニスを読み込んでいた。
(構築一個四十枚。あいつが今一番都合の良い札を引いたとしても、それだけでは決闘に勝てない)
 決闘を言葉として把握する。バルートンの頭の中で取捨選択されていくパルムのテキスト。バルートンは既に頁を捲っていた。カウンター型。それがパルムの決闘。元より後手を宿命づけられた決闘道。如何に引きの巡りがよくなろうとも本領を発揮しきれぬまま即死してしまえば何の意味もない。《冥府の使者ゴーズ》や《トラゴエディア》、或いは《バトルフェーダー》等を駆使したドロー&カウンター。迂闊に攻めれば手痛いしっぺ返しを喰らう。更に問題がもう1つ。
「ドロー。迂闊に攻めればカウンターで殺される。カウンターに脅えて守りに入ればドローで差を付けられて結局は殺される。この二者択一はどちらに転んでもおまえに都合良くできている」
(把握されている。けど、どれだけ把握していてもそうそう打開策は……)
「2枚セット。《クリッター》で引き入れた《カードカー・D》を通常召喚」
『こっちも2枚目! てめえら欲望に溢れすぎだーーーーーーーー!』
(また同じことを。この男、トコトン引き合いの勝負を挑む気か?)
「俺を誰だと思ってる。欲望のドローは俺達の専売特許だ」

Turn 15
■パルム
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 1500
□バルートン
 Hand 3
 Monster 0
 Magic・Trap 4(セット/セット/セット/セット)
 Life 5400

「ドロー」
 パルムの動きが止まる。電流仕掛けのチキン・レース。胸が痛くなるような攻防の中、引けば引くほどに何かが膨れあがっていく。その恐ろしさを、ラウはつぶさに分析していた。
「互いにある種のカウンター型。もし倒し損ねたら手痛いしっぺ返しを食うのが目に見えてる。迂闊には仕掛けられず、万全の状態で仕掛けるには引き続けるしかないが、万全の状態に仕上がる前に倒されては元も子もない。どこかで何かを選択しなくてはならない。これがあいつらの決闘か」
 そんな中、パルムの思考が加速する。
(戦力はある) (どうする?) (ここで動く?) (まだだ) (下手な布陣を築けば) (爆発力が下がるだけ) (和睦1枚でも殺しきれない) (殺しきれないなら動くべきじゃない) (待つんだ) (そういう一切合切を踏み倒せるまで) (でも……) (ここで動かずに倒されたら?) (後悔が残る) (負けたらどのみち後悔が残る) (負けたくない) (負けたくない) (負けたくない) (この男に勝ちたい) (このデッキで勝ちたい) (ぼくが組んだデッキ) (それをあいつにぶつける) (信じろ) (まだだ) (《トラゴエディア》を展開して最大出力をぶつける) (引き続けろ)
「《フォトン・スラッシャー》を特殊召喚。ダイレクトアタック」

パルム:1500LP
バルートン:3300LP

 探り探りの攻撃。あと少し。もう少し。パルムの額に汗が滲む。手探りの世界。1つの1つの選択が天国に繋がっているのかが地獄に繋がっているか実際に行動して初めてわかる。1つ終わったらもう1つ。《アステル・ドローン》。このカードを使って《ダイガスタ・エメラル》を呼び出せば手札を増強できる。しかしもし、《昇天の黒角笛》でも伏せられていればどうなるか。残りライフは1500でネクガの盾が1枚。対直接攻撃用の《バトルフェーダー》もある。しかし、《トラゴエディア》を呼ぶなら攻撃表示のモンスターを残して置く方が良い。そこを突かれたら?
 一抹の不安。強いられる選択。
「《ダイガスタ・エメラル》を、攻撃表示でエクシーズ召喚」
「攻撃力1800の円滑油か……通す。好きにやればいいさ」
「《アステル・ドローン》から受け継いだ効果で1枚引く。第1の効果を発動。墓地から《召喚僧サモンプリースト》と《冥府の使者ゴーズ》、《キラー・トマト》をデッキに戻して更にもう1枚」 流した汗が地下の熱気で蒸発し始めていた。 「ターンエンド」
(寿命が縮んだ分の収穫はある。次だ。もし次、バルートンがぬるい手で流すなら……)

「ドロー。こうして引き続ければいつかは万全になる……なんてのは当たり前の話だ。TCGは手札を万全にする競技じゃない。1つの勝利を奪い合う競技だ。 "何もかも" なんて考えていたら大魚を逃す。完璧な自己完結こそが決闘においては害悪となる。【一人芝居】【一人舞台】【一挙両得】……違うな。そうじゃない。そうじゃないだろ決闘ってのは。勝利しかない勝負は勝負じゃねえ」
「バル兄ィ! あたしにはわかんねえ! あんたは一体どこを見てるんだ!」
「俺にはやりたいことが沢山ある。なのに一度に全部はやれない。 『生きる』 を選べば 『死ぬ』 は選べない。 『BelialKiller』 での決闘を選べば、『Earthbound』 での決闘は選べない。 『全力』 を選ぶんなら 『手抜』 は選べない。 『団体戦』 を選べば、 『個人戦』 は選べない。40枚目に 『アブロオロス』 を選べば 『それ以外』 は選べない。いつどこで何を選ぶか。それらは常に1つだ。俺達は選ばなければならない。それこそが欲望の、決闘の醍醐味……」
 欲望の渇望者に対し、パルムが好奇の視線を寄せた。
「あんたは常に選んでる、そう言いたいのか。それが決闘者だと」
「決闘は 『欲望』! 欲望は【二者択一】! 大勝負といこうかパルム・アフィニス!」
 思い出せ。勝ちたいという欲望を思い出せ。鉤括弧の付かない感情を思い出せ。
 勝負とは ―― 牙を剥かんとする敗北への恐怖を背に、勝利への道を選び続けること。
 自他を貫く気脈の流れすら読み取るかのように。パルムに先んじバルートンが動き出す。
「リバースカードオープン、《おろかな埋葬》! チェーンリバース、《異次元からの埋葬》! 異次元からは3体の悪魔達を、書庫からは《死霊操りしパペットマスター》を、指定席に呼びつける!」
「バルートンが遂に動き出した! 《おろかな埋葬》に《異次元からの埋葬》。こいつはぁっ!」
「リバースカード・オープン、800支払って《早すぎた埋葬》。現れろ! 《闇の侯爵ベリアル》!」

闇の侯爵ベリアル(効果モンスター)
星8/闇属性/悪魔族/攻2800/守2400
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は「闇の侯爵ベリアル」以外の自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターを攻撃対象に選択できず、魔法・罠カードの効果の対象にする事もできない。


「あれって」 ミィが即座に反応した。
「ブロートンが使った《早すぎた埋葬》。あの人も埋葬学を」
「バーカ!」 ボーラが即座に切り返す。
「あいつはバル兄ィの技を模倣しただけだ。レベルが違うんだよ!」
「《ダーク・バースト》を発動。墓地に送った1枚を即座に回収。墓地から3匹の悪魔を叩き出し、2体目の《ダーク・ネクロフィア》を特殊召喚。こいつをリリース、《死霊操りしパペットマスター》をアドバンス召喚。2000ライフを払って効果発動!」

死霊操りしパペットマスター(効果モンスター)
星6/闇属性/悪魔族/攻 0/守 0
このカードがアドバンス召喚に成功した時、2000ライフポイントを払う事で自分の墓地に存在する悪魔族モンスター2体を選択して特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン攻撃する事はできない。


「墓地から2体の《ダーク・ネクロフィア》を釣り上げる!」
 バルートンの決闘を前にして、パルムが共通点に気付く。
「埋葬と悪魔。おろかな埋葬(フーリッシュ・ベリアル)、早すぎた埋葬(プリメチュア・ベリアル)、異次元からの埋葬(ベリアル・フロム・ディファレント・ディメンション)らを使い、《闇の侯爵ベリアル》を筆頭とした悪魔達を蘇生させる。それがあんたの、本当の決闘領域か」
 チームベリアルキラーは3つの意味を併せ持つ。Burial(埋葬)とBelial(悪魔)、そして己の欲望の赴くまま殺戮を続けるSerial Killer(連続殺人鬼)、この3つの意味を併せ持つチーム・ベリアルキラーとは、バルートンが剥き出しにした厄介極まる快楽決闘至上主義的精神性そのものに他ならない。
「ラストリバース、4枚目のセットカードを発動する。《悪夢の晩餐会》を開こうか」

悪夢の晩餐会(速攻魔法)
フィールド上に悪魔族モンスターが3体以上存在するときに発動。
次の効果から1つ、または両方を選択して発動する事ができる。
●フィールド上の悪魔族モンスターの表示形式を任意の数変更し、変更した数×1000ポイントのライフを回復する
●墓地の悪魔族モンスターを2体まで除外し、除外した数だけデッキからカードをドローする


(そんな馬鹿な!)
 効果それ自体は驚くに値しない。マンドック戦で1度みている。問題なのはそれじゃない。《おろかな埋葬》《異次元からの埋葬》《早すぎた埋葬》《悪夢の晩餐会》……全てが防御札とは最初から思っていなかったが、ほんの1枚として防御札がないとも思っていなかった。2ターン連続で《カードカー・D》を使いモンスターゾーンを空にしたバルートンは、その間初っ端に使った《激流葬》1枚しか防御札を伏せていない。無論パルムとは異なり、墓地にも手札にも延命札などありはしない。
「守備表示で出した《闇の侯爵ベリアル》を攻撃表示に、他を全部守備表示にして4500までライフを回復しておく。それにしてもおかしいな。さっき全力で殺しに行ってればきっと勝てたのに」
(防御の当てもなく札車をサーチしていた? よくもあんなふてぶてしい決闘を。《激流葬》を早々に使ったのも、他の防御札が後に控えてるかのように錯覚させる狙い? まんまと……)
「これでお互い、裏目を引き合ったことになる」
(言ってくれる。あんたのケースは、ぼくの思考を読み切った行動で偶々裏目を引いただけ。ぼくはあんたの思考を読み切れず……それどころか、ドローに欲を出すぼくの心理を完全に読み切られた。違う。この男が仕掛けているのは引き合いじゃない。引き合いという名の駆け引き)
「墓地から《ネクロ・ディフェンダー》の効果発動。次のターンのエンドフェイズまで、《闇の侯爵ベリアル》は戦闘で破壊されない。それじゃあバトルフェイズ。そのドローソースはぶった切っておくか!」
「なら! ダメージをトリガーに《トラゴエディア》を特殊召喚」

「《トラゴエディア》がでてきた! だがバルートンの布陣は硬ぇ!」
 バルートンの場には合計4体のしもべがいた。《死霊操りしパペットマスター》によって両サイドに釣られた《ダーク・ネクロフィア》2体と、それらを守護するように剣を構える《闇の侯爵ベリアル》。誘うように、包み込むように、喰らい尽くすように編まれた布陣。
「ベリアルにネクロフィア2体! 難攻不落! 突破不可能!」
 
(いや、できる。ぼくのデッキならあの布陣を突破……)
「できる!」 叫んだのはバルートンだった。
「何が難攻不落だ! この程度、こいつに突破できないわけがない!」
『バルートンが敗北予告を始めやがったー! 何を考えてんだこの野郎!』
「そうだろう? パルム・アフィニス。ここからが面白いんだよなあ決闘ってのは」
「言ってくれる。ならバトルフェイズ終了前《ネクロ・ガードナー》の効果を発動」
 狂ったか! そう叫ぶ実況を無視してパルムは決闘を促していく。
「どのみち次で白黒が決まる。バルートン、後腐れなくいこう」
「1枚を手札に残し、3枚セットしてターンエンド。さあ、俺達のターンだ」

Turn 17
■パルム
 Hand 5
 Monster 1(《トラゴエディア》)
 Magic・Trap 0
 Life 500
□バルートン
 Hand 1
 Monster 1(《闇の侯爵ベリアル》/《ダーク・ネクロフィア》×2/《死霊操りしパペットマスター》)
 Magic・Trap 3(セット/セット/セット)
 Life 4500

「ぼくのターン……」 「俺達のターンだろ?」
  (守ってるんじゃない) (あいつは攻めている) (あいつに油断はない) (厄介な最上級3体) (面倒なセットカード3枚) (突破できるのか) (できなければ?) (更にカウンターを喰らう?) (あの1枚はその為の?) (それともブラフ?) (読めない) (読まれている) (勝てない) (地下の怪物) (ぼくでは勝てない?) (それがどうした) (勝てないなら勝つ) (いつだってそうしてきた) (勝てる相手などいなかった) (ぼくは勝つ) (次のドロー) (引きたいのは《カオス・ソーサラー》) (引けるか?) (引ける) (何日も) (何ヶ月も) (何年も) (積み重ねてきた) (この1枚を信じる)
 (引き続ける限りぼくは負けない)
「テイルさん」 「なんだ? ミィ」
「あの人に、わたしが言えることなんて何もないけど、応援とかしちゃ駄目ですか」
「いいんじゃないの。なんだかんだで同じチームなわけだし。但し大声で」
 ミィは息を吸った。 『但し大声で』 そうするべきだと思った。
「アフィニスさん! 頑張ってください!」

「ぼくは勝つ! ぼくのターン、ドロー!」
 地下を切り裂く横一筋の光。パルムは思い描いていた1枚をここ一番で引き当てた。今一番欲しかった起爆剤 ―― 《カオス・ソーサラー》。その10年は苦闘と共に。その抜札は確信と共に。
(【反転抜札(リバーサル・ドロー)】完了。勝てる ―― )

「俺はこの瞬間が大好きだ」
 地下を切り裂く縦一筋の光。バルートンは思い描いていた1枚をここ一番で発動する。今一番打ちたかった必殺の鎌 ―― 《強烈なはたき落とし》。無慈悲な十字架が審判を下す。
「……っ!」  「ベストドローなんだろ? 見えなくても読める。読めるなら落とせる」
 パルムは動けなかった。数秒の間、硬直したまま動けなかった。
 引き続けられる限り負けない。引けなければ?
(強い。ぼくでは……この男には……)
 全身を覆う絶望感。それでも ――
「まだだ! まだ終わっちゃいない!」
「さあ殺しに来い、パルム・アフィニス!」
(終わらない、終われない、終わってたまるか)
 この時、パルムの手札にはレベル8モンスターがあった。これを捨てて《トラゴエディア》の効果を起動すれば《闇の侯爵ベリアル》は奪える。しかしそれでは勝てない。パルムはそう考える。切り札足るレベル8モンスターを捨ててしまっては、あの布陣を完全には崩しきれない。《ダーク・ネクロフィア》もいる。一度奪っても次の瞬間には奪い返されるだろう。もっと強い手が要る。
 最大最強の一手がいる。
(押すしかない。何が待っていようとも。こいつらを信じて押すしかない)
「2枚目の《召喚僧サモンプリースト》を通常召喚。守備表示に変更」
「通す」
「手札から《幻魔の殉教者》を捨て効果発動」
「通す」
「デッキから《創世の預言者》を特殊召喚」

創世の預言者(効果モンスター)
星4/光属性/魔法使い族/攻1800/守 600
1ターンに1度、手札を1枚捨てて発動できる。
自分の墓地のレベル7以上のモンスター1体を選択して手札に加える。

「通す」
「効果発動。《バトルフェーダー》を捨て……」

 バルートン・ベリアルが築いた布陣は、破られる未来すら前提としている。硬い城壁の裏に引き籠もる気など更々なかった。難攻不落の布陣で門前払いを喰らわす気など毛頭なかった。そんなものはクソだ! 彼は読み込みの為に大きめの布陣を築いてみせる。巨大な布陣を攻略するには必殺の奥義を繰り出さねばなるまい。そう考えるように布陣を組んだ。思考という名の欲望をバルートンは喰らう。最大最強の構築の、積み上げられた積木の、その一点を貫くことで。パルムが《創世の預言者》の効果対象を選んで発動を決めたその瞬間、墓地の闇属性が3体になるその瞬間 ――
「《夜霧のスナイパー》を発動。宣言するのは《ダーク・アームド・ドラゴン》」

夜霧のスナイパー(永続罠)
モンスターカード名を1つ宣言する。宣言したモンスターを相手が召喚・特殊召喚・リバースした場合、
宣言したモンスターとこのカードをゲームから除外する。


「……っ!」 明暗を分ける一撃。パルムの心臓が鳴る。
 ミィは拳を握りしめた。
「あの人の技には……気持ちが籠もってる」
「ああ」 リードは静かに同意する。 「だからパルムは闘えるんだ」

「付け入る隙が1つあるとすれば。あんたはちょっと強過ぎたんだ」
 パルムの眼は死んでいなかった。何かが食い違っている。
「ぼくにはダムドを召喚する気なんて最初からない」
(そうだ。もう1つ謎がある) バルートンは気が付いた。 
( 『固定』 ではなく 『傾向』。【反転抜札】にも誤差はある。だが ――)
「そんな高級な選択肢は、ハナから存在しなかった」
(《キラー・トマト》から《ダーク・アームド・ドラゴン》の流れは『傾向』の逆を行きすぎてるんじゃないのか。目に見えるゴミが初手に舞い込みやすいってんなら、それ以外に関しても 『小』 から 『大』 という傾向になるんじゃないのか。誤差がそれなりにあるとしても、この傾向を前提にデッキを組んでいるとすれば《ダーク・アームド・ドラゴン》は何かが違う。あれは序盤で奇襲を掛けるタイプの大型。デッキに入ってることそれ自体がおかしい。だとすればあれは……)
「問題。この《ダーク・アームド・ドラゴン》の出所はどこでしょう。@同情を売って両親に買って貰ったAこの身を危険に晒してトレードやアンティで手に入れたB親切な足長おじさんから貰った……」
「木偶か」 Cダムドは拾った。ゴミ捨て場の中から。
「他のと違って結局は修理不可能だった。でも看板には使い道がある。今みたいに」
「あれって……」  ミィはいつぞやの《邪神ドレッド・ルート》を思い出した。Technological Card Gameで "発動不可" になる事例はもう1つある。激しい闘いの末に摩耗しきった物言わぬ怪物達。。。。。
「ゴミは5枚ではなかった。6枚あった。《真実の眼》で俺がみたものは全部……ゴミか」
「正直《ダーク・アームド・ドラゴン》は好きじゃない。序盤には引けないし、かといってラストターンに格好良く引いても合わせづらいし。その点《ダーク・アームド・ポンコツ・ドラゴン》はわかりやすい。ぼくは初手が悪いから。本気で使えないカードほど初手に来る初手に来る。 『カードの善し悪しは相対的』 なんて言うけど、発動すらできないカードはランクの下をぶっちぎる。だから計算しやすい」
 最大5枚ものゴミを引かされる人間が更に1枚ゴミをデッキに入れるという狂気。そしてそれらを、2周目にして全て集めきるという神に見放された不運。しかし、それ故にバルートンの《マインドクラッシュ》や《夜霧のスナイパー》は《ダーク・アームド・ドラゴン》を親の仇のように狙う。常に一歩先を行かれても、二手分誤魔化すことが出来ればどうなるか。
「真っ当な駆け引きでは勝ち目がなかった。あんたは強い。あんた程の強欲な読書家を出し抜こうと思ったら最初の一行目で嘘を付くしかない。ぼくのデッキは初手が一番目を引けるから。それに、初っ端の方が裏返すには具合がいい。オセロみたいなもんさ。残り全部が黒でも一番端っこに白を置いておけば最後の白一個で全部纏めて裏返る。そんでこいつがもう1つの白。7枚目をくれてやる。手札から《ヘブンズ・セブン》を捨て効果発動。《ダーク・ネクロフィア》Aのレベルを7にする」

ヘブンズ・セブン(効果モンスター)
星7/光属性/天使族/攻 700/守 700
このカードは特殊召喚できない。自分のライフが7000以下の場合、自分のライフを700にすることで、このカードはリリースなしで通常召喚することができる。このカードを手札から墓地に送って発動する。相手フィールド上に存在するモンスター1体のレベルをエンドフェイズまで7にする。


「あのカードは!」 「まだ持ってたのかよあんなもん!」 
 ミィとリードが声を張り上げる中……
 パルム・アフィニスが決闘孤盤(ソリタリオ)を構える。
「腕が壊れていようと札が壊れていようと、他の何かと交換することは出来る」
「敢えてネクガを除外したのは、ダムドの召喚を狙っているかのように……」
「その手の小細工が半分。もう半分は……怖かったから。土壇場で日和ってしまうのが怖かった。もう逃げ道はいらない。読みたいんだろ。読ませてやるよ好きなだけ」

「ぼくのターン、場に《トラゴエディア》があるのを条件に、《ダーク・アームド・ポンコツ・ドラゴン》の隠された効果を発動。 "悲劇的憑依(トラジック・オブセッション)"  《ヘブンズ・セブン》の効果によってレベル7にした《ダーク・ネクロフィア》Aの支配権を奪う!」

トラゴエディア(効果モンスター)
星10/闇属性/悪魔族/攻 ?/守 ?
1ターンに1度、手札のモンスター1体を墓地へ送る事で、そのモンスターと同じレベルの相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択してコントロールを得る。
また、1ターンに1度、自分の墓地に存在するモンスター1体を選択し、このカードのレベルをエンドフェイズ時まで、選択したモンスターと同じレベルにする事ができる。
(以下省略)


「ぼくのターン、場に《トラゴエディア》があるのを条件に、墓地から《ダーク・アームド・ポンコツ・ドラゴン》の隠された効果を発動。《トラゴエディア》のレベルを7にする。レベル7に揃えた《ダーク・ネクロフィア》Aと《トラゴエディア》でオーバーレイ! 《No.11 ビッグ・アイ》の効果発動! "誘惑の一瞥(テンプテーション・グランス)" 《死霊操りしパペットマスター》の支配権を奪う!」

No.11 ビッグ・アイ(エクシーズ・効果モンスター)
ランク7/闇属性/魔法使い族/攻2600/守2000
レベル7モンスター×2:1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択したモンスターのコントロールを得る。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。


「ぼくのターン! 《召喚僧サモンプリースト》と《創世の預言者》でオーバーレイ。《ダイガスタ・エメラル》をもう一度エクシーズ召喚。第2の効果を発動。こいつは墓地の通常モンスターを特殊召喚できる。召喚するのは《ジェネクス・コントローラー》。そのまま《死霊操りしパペットマスター》にチューニング。《レアル・ジェネクス・クロキシアン》の効果を発動! "怒れる自動人形(レイジング・コッペリア)" 《ダーク・ネクロフィア》Bの支配権を奪う」

レアル・ジェネクス・クロキシアン(シンクロ・効果モンスター)
星9/闇属性/機械族/攻2500/守2000
「ジェネクス」と名のついたチューナー+チューナー以外の闇属性モンスター1体以上: このカードがシンクロ召喚に成功した時、相手フィールド上のレベルが一番高いモンスター1体のコントロールを得る。


「ぼくのターン!! 効果を発動し終えたビッグアイとエメラル、そして墓地のバルブを除外! 《The アトモスフィア》の効果、"嵐の制裁(テンペスト・サンクションズ)" 《闇の侯爵ベリアル》を吸収!」

The アトモスフィア(効果モンスター)
星8/風属性/鳥獣族/攻1000/守 800
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に存在するモンスター2体と自分の墓地に存在するモンスター1体をゲームから除外した場合に特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを装備カード扱いとしてこのカードに1体のみ装備する事ができる。このカードの攻撃力・守備力は、このカードの効果で装備したモンスターのそれぞれの数値分アップする。


トゥリスミーラ・デオシュタインは、己の身体を 『改造』 することによって強過ぎる力を 『制御』 した
パルム・アフィニスは、己の身体を 『研究』 することによって弱すぎる力を 『反転』 した




反転世界(リバーサル・ワールド)】!

いつでも! どこでも! 誰とでも!

生きてる限りはぼくのターンだ!!!



『押し切ったあああああああああああああああああああああああああ!』
 バルートンは、盤面がひっくり返されるさまを一分漏らさず目撃していた。
「それがおまえのデッキか。それがおまえの決闘か。それがおまえの生き様か」
「生きてる限りは認めない。最悪であることを認めない。引っ繰り返してやる」
「5枚……いや、6枚のゴミから初めたんだったか。有り得ねえなあ、おい。俺の場からは全てが消え失せ、おまえの場には総攻撃力8600の軍勢がひしめいている」
「ゴミはゴミ。どうにもならない。それでも、交換し甲斐はある」
「昔読んだ本に書いていた。Technological Card Gameの前身であると言われるTrading Card Game。カードゲームは交換の遊戯。最も安い札で最も高い益を上げる。TCGの邪道はTCGの王道か」
 バルートンは、観念したかのように掌を顔に当てた。
「これが、これがアフィニスさんの決闘……」
 ミィは、胸の内から沸き上がる思いを抑えきれずにいた。今まで観てきた誰とも違う決闘。
 バトルフェイズ、ミィは確信した。これで勝ち ――
(あれ、バルートンの場にまだ1枚……)
 ミィの顔が真っ青に染まる。
「アフィニスさん! 攻撃しちゃ駄目!」
 ミィが叫んだ時、パルムは既に攻撃宣言を行っていた。
 顔から手を離したバルートンが笑う。今までで一番大きく笑う。
「はっ! 返して貰うぜ! リバースカードオープン!」
「アフィニスさん!」



Reversal World Combination Attack

"正当な対価(シャーク・トレード)"




パルム:500LP
バルートン:0LP

「アーハッハッハッハッハ! 決闘ってのは最高だ。そうだろ! パルム・アフィニス!」
 バルートンは無抵抗で電流ロープに突っ込み、逃げる気配さえなく電流を浴び続けた。
「そうだ! 俺達は身を焦がし続けるんだ……死ぬまでなぁっ! おまえら! 決闘やろうぜ!」
 バルートンは気を失いばったりと倒れ込む。決着。ある1人は、誰よりも雄々しく敗北した。
 精根尽き果て膝を付いたもう1人の下へ4人が駆け寄る。テイルが最初に声を掛けた。
「手強い野郎だったなこいつも。よく勝ったもんだ」
「勝てたのは運が良かった」 「おまえがそれを言うのかよ」
「1度言ってみたかったんだ。逆は死んでも言いたくないけど」
 次に声を掛けたのはラウだった。
「フルモン相手には腐る《砂塵の大竜巻》。《The アトモスフィア》に装備されていた《闇の侯爵ベリアル》を解き放つ……最後まで我が侭な奴だった。その末路があれだ。あいつは後悔するんだろうか」
「しないさ。あいつがいつか、後ろから誰かに刺されてぽっくり逝っちまったとしてもぼくの知ったこっちゃないけど、1つだけ、確実に言えることがある。 "楽しかった"。 ……ね、リード……」
 バツが悪そうに、声を掛けあぐねていたリードにパルムの方から言葉を投げる。
「欠点弱点なんでもござれでってんで、いつまでも手の内隠してそれで決闘者って言えるのかな。いつでもどこでも誰とでも。それってチームデュエルでも一緒だよね。やるよ。だからあんたも戻ってこい。ぼくらは前に進まないといけない。逃げも隠れもしないバルートンとやりあってて思ったんだ。バルートンはぼくを、全てを受け容れたから。何一つ言い分けせずにぶっ倒れた」

「そういうこった」 高い声を張り上げたのは弟のボーラだった。兄の下へ寄り添うと、バルートンの肩を持って担ぎ上げる。 「背中に生傷の絶えないクソ兄貴だが、だから付いていける」 そのまま2人で退場しようとするが、誰もが戸惑ったように沈黙するのを見て叫んだ。
「おまえら何やってんだ! 恨み骨髄雨あられのクソ兄貴が負けたんだ! ここぞとばかりに煽れよ! だからおまえらは、俺達は兄貴に勝てないんだよ! 見放されるんだよ! おらおら大馬鹿者のお通りだ! 笑わば笑え! こいつこそが【唯一無二(ソル・バルートン)】だ!」
 にわかに沸き上がった罵声と共に2人が去って行く。デオシュタインもいつの間にか消えていた。パルムは呼吸を落ち着けると後始末に臨む。やることが1つだけ残っていた。前に進み出ると、右手にトロフィー、左手に副賞のカード ―― 《異界の棘紫竜》を獲る。すぐさま反転、ミィの所まで歩く。
 とてもとても素晴らしい提案をした。

 トロフィーかカード、どっちかあげる。どっちが欲しい?


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。4章終結。バテバテなんでチャージコメントで充電できたらまた頑張ります。
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております。


□前話 □表紙 □次話





























































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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