トゥリスミーラ・デオシュタイン。あれが世界の一角か。ああいうのが凌ぎを削り合ってるのが世界。ワクワクする? ぼくはワクワクしている。ああいうのが本物の怪物なんだ。あんたの言った通り世界は広い。たとえ初手が終わっていても、引き続ければ大きな世界に繋がれるかもしれない。だからさ。早く起きろよ。起き上がって 『あんにゃろう次はぶっ殺してやる』 ぐらいのこと言ってみろ

「派手にやったな。あんたならもう少し穏当な勝ち方もあったんじゃあないのか?」
 バルートンは、混沌とした場から静かに戻ってきたデオシュタインに問いかけた。
「デオシュタインは常に勝利へ向かう。そしてその勝利は常にデオシュタインなんだ」
「デオシュタインであり続けることがデオシュタインの『力』を制御することになるの」
「お宝を生み出す資格とお宝を生み出す技能の共犯性。敵が龍でも鼠でも、神様ぶっ殺すほど研ぎ澄まされたデオシュタインをねじ込むか。……質問を変えよう。随分と気に入ったようだな」
「オマエモマタ面白イ『時』ダ」
「嬉しいことを言ってくれる」 「バル兄ィ」 「こうじゃなきゃ楽しくない」 「おいバル兄ィ」
「人間小さく纏まって何が楽しい。こんなもんは……」 「人の話を聞けよクソ兄貴」
 バルートンは、嬉しそうに反転するとボラートン/ボーラを相手に何か言い始めた。
「ボーラ。栄えある優勝決定戦だというのにこの冷えっぷり。どう思う?」
「どうもこうもバル兄ィがあんな化け物を持ち込んだからだろ。絶句する以外にない」
「ようやく面白くなってきた。さあボーラ、今度はおまえの番だ。しっかり盛り上げてこい」
「バル兄ィにかかっては兄弟姉妹も遊戯の内か。別にいいけど試合になるのか?」
「ここで出てこないようなら俺はこうも楽しい気分に浸れないし、デオシュタインもあの人形に任せたまま決闘を振る舞ってはくれなかっただろうさ。馬鹿はいる」
「確かに図太そうな連中だね。あの中に女の子がいるってのがまた」
 ボーラは自分の対戦相手を、慌てふためく少女をみながら舌なめずりをする。
「あれが優勝決定戦の相手だというのなら、あたしも本領を発揮していかないと」

「リードさんが……リードさんが……」
「ふむ。左肩の関節が外れただけか。悪運だけはいいな」
「ラウンドさん落ち着いてる場合ですか。早く医者を」
「それは後でいい。おいテイル、背中を持ち上げてくれ」
「ほいほい。この大将、頭の打ち所は天才的だね」
「え? ちょ、ちょっと待ってください。何を……」
「ここをこうして……よし、これでいい。 『自由関節同好会』 にいた頃の経験が役に立った。放っておいてもこのぐらいなら直に眼を覚ます。それよりミィ、試合だ。早く行ってこい」
 ラウといいテイルといい、デオシュタインの猛威には一定の驚愕を示した割に、リーダーの惨状に対しては然程動じていない。3人がかりのブロックで一命は取り留め試合も終わった。ならば良し……その思考に慣れるのは、中々どうして難しい作業だった。考えがまるで纏まらないが、ミィの周囲は極々普通に容赦ない。こういう状況で決闘をさせるのも1つの経験とばかりに、ラウはミィを送り出そうとする。一方、テイルはテイルでミィの耳元に口を近づけ、小声でよからぬ事を吹き込む。
「うちの大将あんなだろ。そりゃショックだと思うんだよ。それでだ。目が覚めたとき、おまえが諦めずに必死に頑張ってる姿をみれば元気になるかも知れない。パルムへの心象もよくなるかも」
「……わかりました。やるだけやってみます。わたしもこのまま帰っちゃいけない……気がする」
 冷静に考えれば騙されているような気もする。丸め込まれたような気もする。動揺に付け込まれたような気もする。いずれにせよ当面の目的をくれたのは有り難かった。定まった思考の中から答えを弾き出す。 "逃げたくない" という彼女特有の結論が滲み出た。ミィは決闘小盤(パルーム)を装着する。そういえば。相手は【パーミッション】の使い手。《炸裂装甲》は兎も角《和睦の使者》は流石に要らない。《ガード・ブロック》辺りも怪しいものだ……ミィはふと思い出した。地下決闘の可能性。本大会のルールでは、このタイミングでも無条件無制約な換装が認められている。
「テイルさん、なんか予備のアタッカー持ってないですか? わたしでも今すぐいけそうなの」
「あ? あーなくもない。ぶっつけ本番でも恥を掻かず、ダメージを取れそうな奴ならこれだな」
 テイルに一言礼を言ってからデッキに入れる。このぐらいだろうか。
 そう思ったミィにカードが放られる。
 放ったのはパルムだった。
「このカードは……」
「ラウから一通り習ったんだろ。適正を考えれば、ぶっつけ本番でもなんとかなるかも」
「あの、お気持ちは凄く嬉しいんですけど、このカード、あんまり役に立たないような……」
「要るかもしれないし要らないかも知れない。お守り代わりに入れるかどうかはきみの自由」
(なんだろう。この人の眼、さっきまでと何か違うような……)
 パルムとの会話を終え、ミィはゆっくり前に出る。胸の鼓動を抑えるべくゆっくりと。優勝がかかった大一番。それは初めての経験だった。前方にはボーラが決闘盤を構えている。左右非対称の服装。長髪の一部を三つ編みにしている。ジーンズの右側だけが太股の辺りからそぎ取られ、頬には刺青が入っていた。男と言われれば男にみえるし女と言われれば女にもみえる。
『大将戦はBURST側がNO ENTRY。よって不戦勝! これに勝った方が優勝だ!』
 黙って溜まるかと言わんばかりの実況に後押しされ、遂に優勝決定戦が始まった。

Starting Disc Throwing Standby――

Three――

Two――

One――

Go! Fight a Technological Card Duel!


Turn 1
■ボーラ
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000
□ミィ
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000



Duel Orb Liberation

Swords of Revealing Light



「《光の護封剣》+《強欲なカケラ》+セットモンスター。ターンエンド」
『ボーラの野郎がいきなり布陣を敷いてきた! 時間稼ぎがみえみえだ!』
 実況が言うように、ミィの眼前にはいきなり面倒事が突き付けられる。
「わたしのターン、ドロー」 (長引いたら不利だよね、これ……)
 速度を上げるしかない。その為のカードは既にある。ミィは決闘小盤(パルーム)に1枚のカードをセット。跳腕から受け容れた1枚。ラウから譲り受けた1枚。これがあれば速度は上がる。
「手札から《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚」
 2100打点のSpecial Summon Attacker。更に手札から《魔導戦士 ブレイカー》を通常召喚。選択肢は2つ。《光の護封剣》を割るか、《強欲なカケラ》を割るか。両方割りたいのは山々だが目下割りに行けるのは《魔導戦士 ブレイカー》のみ。嫌でも選択しなければならない。
(カウンターが溜まる5ターン目までに倒しきるのはちょっと無理。ここで割れなかったら次で《砂塵の大竜巻》でも引かない限りきっちり2枚引かれる。2枚引かれたら不利になるけど……)
 パルムの言を思い出す。相手は一種の【パーミッション】タイプ。長引けば不利になる。そしてボーラは明らかに長期戦を想定した布陣を敷いている。ミィは考えた。考えられるだけ考えた。
(なんで初手から《光の護封剣》なんだろ。次のターンじゃ駄目だったのかな)
「ほらほらどうしたの? 早く決めればいいじゃない。あたしはどっちでもいいよ」
「わたしは! 《魔導戦士 ブレイカー》で《光の護封剣》を破壊します」
「おやおや、そっちを選んじゃうの? この魔法覚えるのにむっちゃ苦労したのに。ま、いっか」
 バトルフェイズ。まずは《サイバー・ドラゴン》でセットモンスターに一撃を見舞う。《魔装機関車 デコイチ》。損失ゼロでブロックされるが、ミィにはまだ《魔導戦士 ブレイカー》がいる。ダイレクトアタックで1600。これでいい。このターンはこれでいい。
「マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」

Turn 3
■ボーラ
 Hand 4
 Monster 0
 Magic・Trap 1(《強欲なカケラ》)
 Life 6400
□ミィ
 Hand 3
 Monster 2(《サイバー・ドラゴン》/《魔導戦士 ブレイカー》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000

「ドロー。カケラにカウンターを載せ《終末の騎士》を通常召喚。デッキから《トラップ・リアクター・RR》を墓地に送る。マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
 ボーラはミィを一瞥した。集中している。家で人形遊びに興じる少女の顔ではない。小さな身体に相応の決闘小盤(パルーム)を構え、テイルから受け取った即席のアタッカーを繰り出す。
「ドロー! 手札から《マックス・ウォリアー》を通常召喚!」

マックス・ウォリアー(効果モンスター)
星4/風属性/戦士族/攻1800/守 800
このカードは相手モンスターに攻撃する場合、ダメージステップの間攻撃力が400ポイントアップする。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、次の自分のスタンバイフェイズ時までこのカードのレベルは2になり、元々の攻撃力・守備力は半分になる。


「おいテイル、あんなもん貸したのかおまえは」
「ガンガン殴れる、ぶっつけでもいける。刺さればいいんだよ刺されば」
「バトルフェイズ、《マックス・ウォリアー》で《終末の騎士》に攻撃します」
 《終末の騎士》を薙ぎ払い、更にそこから追撃をかける。
「《魔導戦士 ブレイカー》と《サイバー・ドラゴン》でダイレクトアタック」

ボラートン:4000LP
ミィ:8000LP

「……ったく威勢がいいね。《ガード・ブロック》の効果発動。《サイバー・ドラゴン》を止めとくよ」
『ガキの猛攻撃がボーラを襲う! 焼け石に水! 大火事に《ガード・ブロック》! 1発止めても残りがてんで止まらねえ! これで残りライフは半分ぽっち!』
 実況の五月蠅い声をBGM代わりに、ボーラが現状を分析する。
(引くより殺る方を優先すべきだったかね。あの娘ったらこっちにミラフォがあるのを知ってるだろうにガンガン攻めてくる。自分を強いと思ってないから玉砕覚悟で特攻できる。張り切っちゃって)
 悪くない。そう言ったのはラウ。《終末の騎士》はレベル4。もし《光の護封剣》で攻撃を阻まれたままなら、裏返したデコイチとのエクシーズで面倒臭い布陣を敷かれていた筈。それを思えば悪くない。あくまで慎重な態度を保ちつつも、ミィの速攻に一定の評価を与えた。
「悪くない」

Turn 5
■ボラートン
 Hand 4
 Monster 0
 Magic・Trap 1(《強欲なカケラ》)
 Life 4000
□ミィ
 Hand 3
 Monster 2(《サイバー・ドラゴン》/《魔導戦士 ブレイカー》/《マックス・ウォリアー》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000

 不思議な感覚。ミィはいつも押されっぱなしだった。自分が押しっぱなしだった経験などコロナとの一戦ぐらいしか記憶にない。しかし気持ちよさは微塵もなかった。半分削ったと言うよりは削らせてもらったようにすら感じられる。これが【パーミッション】との一戦? だとすれば――
「ドロー。《強欲なカケラ》にカウンターがもう1つ。随分と調子良さそうだけどちょいと遅かったね。こいつを墓地に送って2枚引く。これで形勢逆転。まずは手札から《アンノウン・シンクロン》を特殊召喚。続いて《ブラック・ボンバー》を通常召喚。効果で《トラップ・リアクター・RR》を釣り上げる。《トラップ・リアクター・RR》に《アンノウン・シンクロン》をチューニング、《A・O・J カタストル》をシンクロ召喚。まだこれで終わりじゃないさ。《A・O・J カタストル》に《ブラック・ボンバー》をチューニング!」

 カタストル(レベル5)[=アンノウン(レベル1)+トラップ・リアクター(レベル4)]
 
 +

 ブラック・ボンバー(レベル3)

 =

「さあおいで! シンクロ召喚!」



Dark Flattop

Attack Point:0

Defense Point:3000

Special Skill:Black Coffin



『ボーラの十八番が浮上したぁっ!』
「骨と皮の代わりに螺子と鉄板でできたリアクター軍団。こいつらは母艦が墜ちない限り不死身の部隊。さあ効果発動。墓地の《トラップ・リアクター・RR》を攻撃表示で特殊召喚。さーて……」
(大丈夫。簡単には……《サイバー・ドラゴン》が消えた!?)
 機械が機械に吸い込まれ、ボーラが一瞬歯を見せる。
「折角だから貰っておこうか。あんたの《サイバー・ドラゴン》とあたしの《トラップ・リアクター・RR》を強制融合、《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》を特殊召喚!」

キメラテック・フォートレス・ドラゴン(融合・効果モンスター)
星8/闇属性/機械族/攻 0/守 0
「サイバー・ドラゴン」+機械族モンスター1体以上
このカードは融合素材モンスターとして使用する事はできない。自分・相手フィールド上の上記のカードを墓地へ送った場合のみ、エクストラデッキから特殊召喚できる(「融合」魔法カードは必要としない)。
このカードの元々の攻撃力は、このカードの融合素材としたモンスターの数×1000ポイントになる。


(そうだった。そういうのがあるって跳腕さんが言ってた……)
「こいつもいい加減レアものの駄々っ子なんだけど、伊達に闇属性機械族を使ってないよ」
 バルートンは 『闇属性』 『悪魔族』。 ボラートンは 『闇属性』 『機械族』。 分かりやすい連中だ。そうテイルはもらす。 「あいつらきっと、闇属性ばっかで光属性使うのが苦手だぜ。逆がTeam Galaxy」
「攻撃力は2000。さあバトルフェイズ、《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》で攻撃しようか」
 来るなら来い。ミィの方針は一貫していた。《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》が《マックス・ウォリアー》を撃ち抜こうとした瞬間、爆発、木っ端微塵に砕かれる。《炸裂装甲》。
「こっちは一向に構わないよ。リアクター軍団は不死身だから。1枚セット」
(1体減らして1体守れた。それだけで十分。もう少しで届く)

「わたしのターン、ドロー! 手札から《デーモンの斧》を発動」
「本体を叩く? させないよ。《魔宮の賄賂》を発動! ほら1枚引いて……」
 引く前からもう次の行動を決めていた。相手が【パーミッション】使いなら1発目は通らない気がした。ミィは敢えて弱い方の解決札を先に出す。強い方を通す為に。
(ここだ!) ミィの両手が光に包まれる。
「ライトニング……ボル! テッ! クス!」
『母艦を吹っ飛ばしたぁ! これで場はがら空きか!』
「させないったら! 《ダーク・フラット・トップ》第2の効果を発動。こいつが破壊された時、手札からレベル5以下の機械族を緊急発進できる。出ろ、《サモン・リアクター・AI》!」

サモン・リアクター・AI(効果モンスター)
星5/闇属性/機械族/攻2000/守1400
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、相手フィールド上にモンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時、相手ライフに800ポイントダメージを与える。この効果は1ターンに1度しか使用できない。
この効果を使用したターンのバトルフェイズ時、相手モンスター1体の攻撃を無効にできる。(以下省略)


(もう1体モンスターを出したら《マックス・ウォリアー》の攻撃を無効化される。ならここは……)
 《マックス・ウォリアー》で《サモン・リアクター・AI》を、《魔導戦士 ブレイカー》で決闘者本体を攻撃。ボラートンのライフは2200まで落ち込む。ラウやテイルも首を振らない満点の攻め。
「ミィの戦法は正解だ。あの手の輩との相性はいい。地力の差を消していける」
「反撃はあるだろうけど、あれだけ削ればどういう状況になってもワンチャンス」
「リードの一件で逆に雑念が吹き飛んだ。あいつは "定まる" と強い」

「おいおいどうしたボラートン! ガキ相手に何手こずってんだ!」
「俺は3回戦でそいつと当たったが普通に勝ったぜ! 弱虫が!」
 観客達がにわかに騒ぎ出す。煽り甲斐があると見るや活気を取り戻し、恐るべき勢いで食らいついてくるハイエナの群れ。両方くたばれ、それが一番望ましい ――

「悪くない」 降り注ぐ罵声の中、ボーラは状況を受け入れた。
 得体の知れない地下の使い手を前に、ミィも何かを感じ取る。
(笑った? この状況でもまだ余裕が……)
「まったくさあ。欲張りすぎだよ、ホント……」

Turn 7
■ボラートン
 Hand 3
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 2200
□ミィ
 Hand 2
 Monster 2(《魔導戦士 ブレイカー》/《マックス・ウォリアー》)
 Magic・Trap 0
 Life 8000

「ドロー。向こう見ずな子は大好きだよ。ドロドロにしてあげたくなるから……」
 ミィは背筋に冷たいものを感じた。不快な何かになめ回されるような感覚。
「《貪欲な壺》を発動。5体のモンスターをデッキに戻してからカードを2枚引く」
 《強欲なカケラ》の次は《貪欲な壺》。強欲ぶりをみせつけるかのように。
「何も知らないって本当に幸せだよね。5800自力で削った気でいるんだから」
「え? それって……」
「『メンディラ右手の法則』も知らないの? まああたしもバル兄ィに聞いたんだけどね。後攻が《コアキメイル・ウルナイト》のような1を2にするモンスター或いは自力で特殊召喚できるモンスターを連続召喚しないという前提で、先攻が一定の防御を行った場合、7ターン目までのダメージは6000前後に収束する……残念でした。ここからのあんたの勝率は限りなくゼロに近い」
「嘘、そんなこと……」
「嘘だと思うなら仕掛けてみればいいさ。モンスター、マジック・トラップを1枚ずつセット」
 ミィはデッキから1枚引くと《ニュードリュア》を召喚して即座にバトルフェイズへ移行。
 一から十まで全力全開。出し惜しみせずに攻める。このまま一気に ――
「ボーラもよくやる」 バルートンが理解し、ミィが困惑する。
「え? フィールド上のモンスターが全部消えた? これって……」
 世界に表裏あり。西部にも表裏あり。表の決闘と裏の決闘。ミツルのいる場所いない場所。秩序と欲望。表の決闘は秩序が欲望を統制し、裏の決闘は秩序が欲望に奉仕する。 お行儀のいい法則なんてクソ喰らえ。 『メンディラ右手の法則』 など、ハナからこの世に存在しないのだから。


DUEL EPISODE 22

React Permission〜喰らい付く女子中学生〜


                  ―― 3日前 ―― 

「《ドドドバスター》の攻撃宣言時、《ガガガガードナー》を守備表示で特殊召喚」
 倉庫で延々と2人が練習していた。攻撃したのはラウ。防御したのはミィ。
「できた! できたできたできた! やったー! みました? 今のみました?」
 はしゃぎまわるミィに対し、ラウはあくまで淡々と接する。
「手札誘発のテクニック。覚えておいて損はない。今ホットな開発分野と聞いている。活躍の場が広がることがあっても狭まることはない。むしろこれからは必須の技能になってくるかもな。今はこの《D.D.クロウ》辺りが一番の出世頭だが、この先もっと汎用性のあるカードが開発されてもおかしくない」
(それにしても覚えが早い。手本をみせれば覚え込み、実戦で喰らわせれば殊更早く身体に刻み込む。この娘は受身が異様に上手い。受けて、受け止めて、受け容れる才がある)
 最初は追い払おうと思っていた。それがお互いの為だとも思っていた。ラウは認識を改める。
(小さな身体だ。大物の召喚には未だ難があるが、それも時間が解決してくれるだろう。ミィは伸びる。伸ばし甲斐のある素材だ。リードの審美眼もそう馬鹿にしたものではない。それにしても……)
 ラウは幾つか指示を出すと、無言で眺めながら考える。
(既に基礎は叩き込んだ。なのに勝てない。……幾ら腕を上げようと、要らないカードが入っていてはお話にならない。《BF−激震のアブロオロス》。 せめて特殊召喚ができれば……なら……)
 無理に取り上げる ―― ラウはその選択を良しとしなかった。
(ミィには偏執狂的な一面がある。厄介と言えば厄介だが、もしミィからそれを取ったら従順なだけが取り柄の平凡な少女にしかならないのではないか。ミィの才能は身体的なものよりもむしろ精神的なものが大きいように思える。あの投げ込みも受け容れも偏執狂的な執念がなせる業……)
 ラウが物思いに耽る一方、ミィは、少しずつではあるが着実に課題をクリアしていく。
「《ブレイクスルー・スキル》発動! あっ、1発でいけた。最上級は全然なのに……うーん」
(ミィは確かに覚えが早い。特に実戦の中で覚えていく。これに関しては問題ない。有能な対戦相手をあてがっていけば勝手に何かしら吸収していくだろう。問題はその先だ。何枚吸収しようがデッキに盛り込めるのは40枚。千の技を覚えても、一度に使えるデッキは1つ。実力者の決闘を丸々覚えさせるという案もなくはないが、ミィの馬力では恐らく下位互換にしかならない)
「あの、ラウンドさん……」
(レザールの決闘を覚えたとして、腹筋に欠けるミィではそのポテンシャルを精々70程度しか引き出せまい。それはそれで才能と言えるが、そんな道を歩ませることが果たして正しいのか)
「ラウンドさん、ラウンドさん、ちょっとこのカードがよくわかんないんですけど……」
(問題はおれ自身。ミィにここから何を教える? いや、それ以前に……)
「ミィ、1つ聞いていいか?」
「え?」
「おまえ決闘を初めて何年になる」
「えっと確か10歳の時だったから……」
(ほらみろ。おれと大して変わらないじゃないか)
「ほとんど1人で投げ込んでるだけでしたけど」
(机上の技術以外でおれに教えられることなど)
「ラウンドさん、どうしたんですかさっきから」
「ミィ、おまえはこれから一苦労することになる」
「一苦労?」
「自分が足りないものを意識しろ。自分が欲しいものを意識しろ」
(どの口でそれを言う) そう自嘲したくなるのをかろうじて抑える。
「世の中に沢山の決闘者がいる。1人に限定するな。尊敬できる色々な人間から学ぶんだ」
「はい! わかってます。今もラウンドさんから沢山学んでるし。もっと教わりたいし」
「ミィ、 『尊敬できる色々な人間』 のリストからおれの名前は外せ」
「え?」 「その方が強くなれる。頑張って強くなれ」

――
―――
――――

「"Chaos Infinity"からの"Chaos Pod"。準備は整った。じっくり穢してあげようか」
 地下の手練が遂にその本性を現す。《カオス・インフィニティ》で《機皇兵ワイゼル・アイン》を特殊召喚すると同時に、セットしておいた《カオスポッド》をリバース。5体のモンスターを異なるモンスターと入れ替える。それだけではない。全てが裏側守備表示にすり替わり、ミィは攻撃宣言の術を失った。

カオス・インフィニティ(通常罠)
フィールド上に守備表示で存在するモンスターを全て表側攻撃表示にする。
さらに、自分のデッキまたは墓地から「機皇」と名のついたモンスター1体を特殊召喚喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、エンドフェイズ時に破壊される。

カオスポッド(効果モンスター)
星3/地属性/岩石族/攻 800/守 700
リバース:フィールド上のモンスターを全て持ち主のデッキに加えてシャッフルする。
その後、お互いのプレイヤーはそれぞれのデッキに加えた数と同じ数のモンスターが出るまでデッキをめくり、その中からレベル4以下のモンスターを全て裏側守備表示で特殊召喚する。それ以外のめくったカードは全て墓地へ捨てる。


 テイルは、頭の後ろに両手を回しながら呑気に言ってのける。
「風向きが変わったかも。なんとかねじ込めるといいんだけど」

Turn 9
■ボラートン
 Hand 3
 Monster 2(セット/セット)
 Magic・Trap 0
 Life 2200
□ミィ
 Hand 2
 Monster 3(セット/セット/セット)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000

「あたしのターン、ドロー。マジック・トラップを3枚セットしてターンエンド。さあ遊ぼうか」
 頭数が変わったわけでもないのに不敵な態度。ラウはある可能性に気が付いた。
「もしそうであるならここで仕掛けるのは不味い。今のミィにこの罠を見抜けるか……」
 ミィのターンランプが点灯した。一回深呼吸してからドローに及ぶ。
(ここで手を緩めても向こうの思う壺。攻めなきゃ。兎に角攻めなきゃ)
 ドロー後、ミィは全てのセットモンスターを反転召喚。《デーモン・ソルジャー》に《ニュードリュア》、そして《ドリルロイド》。"今度こそ" "バトルフェイズ" それがいけなかった。
「《つり天井》。落ちろ」
「あっ ―― 」
 ミィのモンスターはあえなく全滅。他方、裏側表示のまま放置されたボラートンの場は傷一つなく残存している。少女は掌の上で踊らされ、地下の手練が一通りの準備を終わらせる。
 ボラートンの悪意が膨れあがった。じわじわと、フィールド上を埋め尽くしていく。
「【パーミッション】だからって、アタッカー増やして脳筋攻めすれば勝てると思った?」
「う……」 (実はそういうのが困るんだよね。駆け引きも糞もないのが一番困る)
「目先の攻撃に拘って《強欲なカケラ》を割らないからこんなことになるのさ」
「……」 (大正解。唯一の防御札を割られたのは本当に辛かったよ)
「《デーモンの斧》を囮に《ライトニング・ボルテックス》? あれ引っかけのつもり?」
「それは……その……」 (あんなに知恵がまわるとはね。おかげでこのザマだ)
「本当はもう2ターンぐらいあげてもよかったけど、なんか遅すぎて飽きてきちゃったの」
(危ない危ない。あと少しで手遅れになるところだった。序盤で使える防御札の枚数減らしたところに、《強欲なカケラ》と《貪欲な壺》を両方ぶち込むのは流石に遅すぎてひやりと来たね。まあでも、おかげさまで引くもの引いたわけだし……) ボーラが笑った。 (ショータイムの始まりさ)
「ねえ今どういう気分? 一から十まであたしの掌の上で踊らされてどういう気分? さあここからは希望から絶望への特急便。途中下車は認めないよ。バトルフェイズ終了時、《おジャマトリオ》を発動。おジャマ・トークンをあんたの場の6番・7番・8番に特殊召喚。もう1つ。《リバイバル・ギフト》を発動。あんたの場の9番と10番にギフト・デモン・トークン2体を特殊召喚」
 一瞬にしてミィのモンスター・ゾーンが埋め尽くされていく。召喚権こそ残っているものの、事ここに及んでは絵に描いた餅でしかない。 「わたしは、マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」 拳をぎゅっと握りしめ、そう宣言する以外に選択肢はなかった。

おジャマトリオ(通常罠)
相手フィールド上に「おジャマトークン」(獣族・光・星2・攻0/守1000)を3体守備表示で特殊召喚する(生け贄召喚のための生け贄にはできない)。(以下省略)

リバイバル・ギフト(通常罠)
自分の墓地に存在するチューナー1体を選択し特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。相手フィールド上に「ギフト・デモン・トークン」(悪魔族・闇・星3・攻/守1500)2体を特殊召喚する。


Turn 9
■ボラートン
 Hand 1
 Monster 2(セット/セット/《ブラック・ボンバー》)
 Magic・Trap 0
 Life 2200
□ミィ
 Hand 2
 Monster 5(ギフト・デモン・トークン×2/おジャマトークン×3)
 Magic・Trap 2(セット/セット)
 Life 8000

「仕掛けは上々。仕上げにドロー。《魔装機関車 デコイチ》をリバース。1枚引こう。もう1枚もリバース。《ダークシー・レスキュー》。そんであたしの場には《リバイバル・ギフト》で蘇生された《ブラック・ボンバー》。ぴったり揃うとは幸先がいいね。シンクロ召喚、《ダーク・フラット・トップ》。《ダークシー・レスキュー》の効果で1枚ドロー。墓地からは《サモン・リアクター・AI》を攻撃表示で特殊召喚」
(あっという間に場を再構築してきた。このままじゃ……)
「見ての通りバトルは行わない。代わりに手札から《混沌空間》を発動。ターンエンド」
(《混沌空間》? なんだろう。フィールドがおかしい。なんかぐにゃぐにゃしてる)

混沌空間(カオス・ゾーン)(フィールド魔法)
モンスターがゲームから除外される度に、1体につき1つこのカードにカオスカウンターを置く。1ターンに1度、自分フィールド上のカオスカウンターを4つ以上取り除く事で、取り除いた数と同じレベルを持つ、ゲームから除外されているモンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚する。(以下省略)


『フィールドが騒がしくなってきた! ここからおまえら早く死ね!』
「わたしのターン……(あのカードを引ければ……)……ドロー!」
 引けた。起死回生の1枚。ミィが反撃の狼煙を上げる。
「ギフト・デモン・トークン2体をリリース。《BF−激震のアブロオロス》をアドバンス ――」
 起死回生の一手になる筈だった。しかし、ボラートンの罠はそれすらも絡め取る。
(弾かれた ―― 召喚できない)
 一瞬半透明になったギフト・デモン・トークンが元の色に戻っている。投盤失敗の証。
「あらあら」 ボーラが煽り立てた。 「悪い手じゃないさ。《おジャマトリオ》で押しつけられた妨害用トークンはリリース素材にできないけれど、《リバイバル・ギフト》で押しつけた方のトークンは普通のそれに過ぎないからね……ちゃんと投げられる腕前があれば、だけど」
 他方、後ろに控えるバルートンは焦るミィを興味深そうに見つめる。
「おいおい。《BF−激震のアブロオロス》とは穏やかじゃないな。思い入れか……。思い入れがあるのは結構なことだ。だが……、思い入れは……」 くつくつと笑う。 「欲望は大変だ」
「ん……っ」 ミィは一回頬を叩いた。嘲笑うボーラを前に、再度気合いを入れ直す。
「……セカンドスローに入ります。激震の……アブロオロスをアドバンス召喚!」
 失敗。またしても失敗。にわかにミィの顔が青ざめる。ボーラが嘲るように言った。
「おかしいねえ。緊張や疲労? それならまだいい。それならまだなんとかなる。……何かがおかしいんじゃないかしら。もっと致命的な何かが……ねぇ……」
 他方、何かが歪んだフィールドを眼前に置き、ラウが訝しがっていた。
「2度も失敗。ミィは元々投盤に関してはそう上手くもないが……妙だな」
「ラウ先生ラウ先生。あんた、投盤で苦労したこととかある? 初歩の初歩」
 テイルが左腕を掲げた。2〜3度ひらひらさせながら説明に及ぶ。
「ミィは左利きだから。9番と10番がきついんだよ。角度が悪いから」
「角度……まさか……あの男、意図的にそれをやったというのか」



「ほらおれたちって真ん中に立つわけじゃん。んで、後ろにはある程度下がっていいけど横に動いちゃいけないことになってるだろ基本的に。それで助走ってか踏み込みつけようとすると、真後ろから真ん前に踏みこむことになるわけじゃん。8番はいいんだよ真正面だから。左利きだと7番と6番もちょいと遅らせればいける。でも9番と10番がちょい困るんだ。元々投げにくい上に投げ込まないから」
「そういうことか。ミィがモンスターを大量展開すること自体レアケース。8番7番6番を使えれば普段はそれで事足りる。盲点だった。そういう狙いか……」
「アブロオロスもさ、いくらミィでも使えるほどちょろいといっても最上級は最上級だし」
「奴はそこまで計算してロックを狙ったのか。子供相手に悪辣な手を使う奴らだ」
「もう1つある。《混沌空間》だ」 藪から棒。パルムが2人の会話に割って入る。
「元々投げにくい場を更に投げにくくしてるのがあのフィールド。《混沌空間》のビジュアル・エフェクトが距離感を狂わせている。あの位置への経験則のないあいつじゃ照準を合わせることができない」
「ミィには思いもよらないだろうな。それが原因とは思うまい」
「ミィが召喚に手間取ってる間にあいつは悠々と準備を整えている……っつーかさ……」

「おい、あれ観ろよ」
 観客達も異常に気が付いた。ミィが苦戦する中、ボーラは思わぬ行動に出る。
「サボっている! ガキが動けないのをいいことに、大層ゆっくりしているぅ!」
「なんて奴だボラートン! 寝っ転がって日記を付け始めた! 試合する気ねえ!」
「リアル・タイム・ダイアリー! 夜になってから一々思い出す手間を省けるぞ!」

「なんとふてぶてしい奴だ。あいつめ、このまま延々と長引かせる気か?」
「そんな生やさしいもんじゃないぜラウ先生。度重なる失敗にブチ切れたミィは、年頃の女の子とは思えない顔して形振り構わず決闘盤を投げ続ける。一方のボーラは遂に化粧まで始めやがった。このままじゃ女子力において大きなアド差を付けられてしまう。【ガールズ・デストラクション】 このままではミィの女子力がもたない。地下の晒し者だ。どうするラウ先生、ミィの女子力が尽きる前に止める?」
「確かにこのままではミィの女子力がもつまい……が、おれは気の済むまでやらせたい」
「わからないでもないよそれ。あいつはぶつかってなんぼの奴だし」
「変な投げ方をし過ぎて腕を痛めないよう一線に達したら止める」
「いつでも言ってくれ。おれの尻尾は割り込み上手だから」
「ふんぬっ!」 (駄目。コツがわからない。いつも普通にやってた事なのに)
「お嬢ちゃん、TCGにはこういう戦法もあるのさ。さあ存分に苦しみな」
 元々のデッキのみで行ったのではない。デッキ交換に何の制限もないこの大会、ボーラは直前にカードを入れ替えた。ミィにとってそれは初めての経験。 "メタを張られる" というある種光栄な経験。ミィのウィークポイントが未だ成熟しきっていない身体にあると見抜いたボーラは、新手の【ロック・バーン】戦法を試みる。藻掻けば藻掻くほど深みに嵌まる悪循環。

 ターンは流れていく。無為に、不毛に、疲労だけを蓄積しながら流れていく。

「はっ! また失敗……はぁ……はぁ……わたしはこれでターンエンド」
「ドロー。ターンエンド。早く召喚してくれないかな。決闘が動かなくて困るんだけど」
「はぁ……はぁ……ドロー。ギフト・デモン・トークンをリリース……アドバンス召喚!」
「下手だねえ。なんでそんなに下手なの? 普通に召喚するだけなのにどうしたんだい?」
「くぅ……ターンエンド」 「ドロー。ターンエンド」 「わたしの……ターン……ドロー……」
 そうこうしてる内に、新しい標的を見つけた観客から野次が飛ぶ。ミィの心は更に乱れた。乱れれば乱れる程に投盤も狂う。10ターン……15ターン……20ターン……雨あられに降り注ぐ野次の中、ミィの身心が限界に達しつつあったその時……
 満を持してボーラが動き出す。
「女子力充填完了。そろそろいいかな」

Turn 23
■ボラートン
 Hand 6
 Monster 2(《ダーク・フラット・トップ》/《サモン・リアクター・AI》/《トラップ・リアクター・RR》)
 Magic・Trap 4(《混沌空間》/セット/セット/セット)
 Life 2200
□ミィ
 Hand 6
 Monster 5(ギフト・デモン・トークン×2/おジャマトークン×3)
 Magic・Trap 5(セット/セット/セット/セット/セット)
 Life 8000

「髪はボサボサ、肌は荒れ荒れ、服もダサダサ、それで女子のつもり?」
 ようやく正面を向いたボーラを目の当たりにして、ミィは愕然とした。違う。先程までの中性的な容姿が完全に女性のそれへと変貌している。元々は男の筈なのに、ミィとは女子力が違いすぎた。良く見ると服装もいつの間にか変わっている。これでは最早相手にもならない。それでも ――
「わたしは……わたしは……」
「身だしなみにはちゃんと……」
「わたしは最先端女子になりたいんじゃない! 魔法使いに、決闘者になりたいんだ!」
(いい! これだこれ。これを待っていた。あたしはそういう玩具が欲しかった)
「へえ。でも本当かな? そういうこと言ってすぐに音を上げる子がいるのよね。夢だ絆だ魂だ偉そうなこと言ってる割にちょっと形勢が悪くなるとすーぐサレンダー……みたいな」
「わたしはサレンダーなんかしません!」
「本当に?」 「本当の本当です!」
(言ったな)

「それじゃあ試合を動かしていこうか、わたしのターン、ドロー!」
(攻めてくる気だ。でも、向こうから何かするなら逆にチャンス)
「うーん、攻めると言ってもセットが5枚もあると……」
(簡単には攻めさせ……)
「どうにでもなったりして。《トラップ・リアクター・RR》をリリース!」
「ボーラめ」 バルートンが舌を鳴らす。 「俺とのトレードで手にしたあれを使う気か」
「悪魔の拷問具、《バイサー・ショック》をアドバンス召喚……効果発動! 消えな!」

バイサー・ショック(効果モンスター)
星5/闇属性/悪魔族/攻 800/守 600
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、フィールド上の全てのセットされたカードを持ち主の手札に戻す。


(わたしのセットカードが……全部戻される!?)
「させない。効果発動。《ブレイクスルー・スキル》!」
「《魔宮の賄賂》を発動。Spell Speed V じゃないとこいつにはもう割り込めない。《バイサー・ショック》の効果は有効。……今度は《ダーク・フラット・トップ》の効果を発動しようか。今さっきリリースしたばかりの《トラップ・リアクター・RR》を墓地から攻撃表示で特殊召喚。2枚セット。はい終わり」
「わたしのターン、ドロー! メインフェイ……」
「はい、終わり」

大暴落(通常罠)
相手の手札が8枚以上ある時に発動する事ができる。
相手は手札を全てデッキに加えてシャッフルした後、カードを2枚ドローする。


「え?」 「"終わり"って言ったの聞こえなかった?」
『ボーラの奴やりやがった! 12枚の手札が一瞬にして消えるぅ!』
(初手からずっと手札にあった1枚だ。ようやく使えたよ、ありがとさん)
(嘘。向こうは10枚以上あるのにこっちは2枚と……トークンだけ?)
 動揺するミィ。テイルは髪に指を入れ、心底面倒臭そうに言った。
「序盤ボコボコにされたのは、演技などではなく本当に後一歩で負けるところだったんだ。そこまでして仕込んだこのシチュエーションを簡単に手放す筈がない。《大暴落》やら《バイサー・ショック》やら、こういう展開に持ち込まなければ糞の役にも立たないカードまで入れて……よくやるこった」

 テイルの発言は的を射ている。ボラートンは序盤本当に危なかった。もし布陣を敷く前に敗れたとすれば、決勝まで1勝もしてない女子中学生に優勝をかっさらわれた雑魚CGの汚名を被る破目になる。そのリスクを全て理解し受け容れた上でこの戦法を選択した。なぜか。バルートンの弟、ボラートンだからに他ならない。その身を切ってでもやりたい決闘をやる。それが、彼らの決闘道。

「ギフト・デモン・トークン2体を攻撃表示に変更!」 ミィはそれでも足掻き続けた。 「1体目で《バイサー・ショック》を撃破。もう1体で《トラップ・リアクター・RR》を攻撃!」
「少しでもライフを減らそうという心意気はいいけど、冷静に考えて《トラップ・リアクター・RR》を攻撃表示で召喚するなんて有り得ないと思わない? リバース、《聖なるバリア−ミラーフォース−》。感謝するよミィ。《バイサー・ショック》がちょっと邪魔でさ。さっさと墓地にいって欲しかったの」

Turn 25
■ボラートン
 Hand 5
 Monster 3(《ダーク・フラット・トップ》/《サモン・リアクター・AI》/《トラップ・リアクター・RR》)
 Magic・Trap 4(《混沌空間》/セット/セット/セット)
 Life 1500
□ミィ
 Hand 2
 Monster 3(おジャマトークン×3)
 Magic・Trap 0
 Life 8000

「ドロー! 《おろかな埋葬》を発動。墓地に《マジック・リアクター・AID》を送る。《ダーク・フラット・トップ》の効果を発動。《マジック・リアクター・AID》を特殊召喚。これで3体のリアクター軍団が勢揃い。もう遠慮する必要はないよおまえ達! おジャマトークンを蹴散らしてこい!」

サモン・リアクター・AI(効果モンスター)
星5/闇属性/機械族/攻2000/守1400
相手フィールド上にモンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時、
相手ライフに800ポイントダメージを与える。この効果は1ターンに1度しか使用できない。(以下略)

トラップ・リアクター・RR(効果モンスター)
星4/闇属性/機械族/攻 800/守1800
1ターンに1度、相手が罠カードを発動した時に発動できる。
その罠カードを破壊し、相手ライフに800ポイントダメージを与える。

マジック・リアクター・AID(効果モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻1200/守 900 
1ターンに1度、相手が魔法カードを発動した時に発動できる。
その魔法カードを破壊し、相手ライフに800ポイントダメージを与える。


 "サモン・リアクト" "フレイム・エイド" "ダブルアール・カノン" 今までミィの場を不法占拠していたおジャマトークンが一掃され、滞在料900ダメージを無理矢理支払わされる。
「喜びなよ。これで道が開かれ、あんたの投盤努力が目出度く無駄になったんだ。メインフェイズ2、《サモン・リアクター・AI》の効果発動。あたしの "1枚" をみせてやる」
「《マシンナーズ・フォース》の時と同じ……合体する気なの!?」
「あんな鉄屑と一緒にしてもらっては! 現れろ!!」



Giant Bomber Airraid

Attack Point:3000

Defense Point:2500

Special Skill:Sharp Shooting

    
Death Drop



『遂に登場した近代型屠殺兵器! ジャイアント! ボマー! エアレイドオオオオオオオ!!』

ジャイアント・ボマー・エアレイド(効果モンスター)
星8/風属性/機械族/攻3000/守2500
このカードは通常召喚できない。「サモン・リアクター・AI」の効果でのみ特殊召喚できる。
1ターンに1度、手札を1枚墓地へ送る事で、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。
また、相手のターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。
●相手がモンスターの召喚・特殊召喚に成功した時に発動できる。
 そのモンスターを破壊し、相手ライフに800ポイントダメージを与える。
●相手がカードをセットした時に発動できる。
 そのカードを破壊し、相手ライフに800ポイントダメージを与える。


「ターンエンド。これであんたの行動は粗方封じられた」
「わたしのターン、ドロー……」
 《ジャイアント・ボマー・エアレイド》。手札が十全であっても今のミィには恐るべき強敵。手札がないなら尚更。それでも簡単には負けたくない。せめて一矢を報いたい。そう思った。
「手札から《BF−激震のアブロオロス》を捨て!」
 せめて一太刀 ――
「《ライトニング・ボルテックス》!」
 全体除去。この期に及んでのそれは儚き夢物語でしかない。
「1枚捨てて《封魔の呪印》を発動。《ライトニング・ボルテックス》を封印」
「わたしの《ライトニング・ボルテックス》が……効かない……」
 今までここ一番を打開してきた、最後の拠り所さえ通用しない。
「まさか通ると思ったの? 浅はかだねえ。本当に浅はかだねえ」
(もう……駄目だ……勝てない……)
「まさかサレンダーとかしないよねえ。え? あんなに言ったのに尻尾まいて逃げるの? 決闘者様ともあろうものがちょっと不利になったらすたこらさっさで逃げちゃうの? ねえ逃げちゃうの?」
「誰がサレンダーなんて……ターンエンド」

Turn 27
■ボラートン
 Hand 3
 Monster 5(《ジャイアント・ボマー・エアレイド》/《ダーク・フラット・トップ》)
 Magic・Trap 3(《混沌空間》/セット/セット)
 Life 1500
□ミィ
 Hand 1
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 7100

「ドロー! 《ダーク・フラット・トップ》の効果で《サモン・リアクター・AI》を特殊召喚。《リビングデッドの呼び声》で《マジック・リアクター・AID》を特殊召喚。更に《ダーク・バースト》を発動。《トラップ・リアクター・RR》を回収しそのまま通常召喚。これでリアクター軍団勢揃い。じゃあやろうか」
『サモン・リアクト! フレイム・エイド! ダブルアールカノン! そしてトドメのデス・エアレイド! ガキの盾をブチ割り、そのまま××××もブチ抜いたあああああああああ! 残りライフは100!』
 この試合を静観し続けたパルムの足元にはリードが寝そべっていた。ピクリとも動かない。
「あんたが必死こいて集めたチームメイトが嬲られてる。あんたはこういうのに怒る男じゃなかったの? 下手な狸寝入りで誤魔化してもぼくには分かる。本当はもう目が覚めてるんだろ?」
 パルムは無表情のままそう言った。その心は、地下深くまで無数の階層を持つ。
「トゥリスミーラ・デオシュタイン。あれが世界の一角。ああいうのが鎬を削り合ってるのが世界。ワクワクする? ぼくはワクワクしている。ああいうのが本物の怪物なんだ。あんたの言った通り世界は広い。たとえ初手が終わっていても、引き続ければ大きな世界に繋がれるかもしれない。だからさ。早く起きろよ。起き上がって 『あんにゃろう次はぶっ殺してやる』 ぐらいのこと言ってみろよ

「ドロー……わたしは……手札から……」
「おおっと! 忘れてるんじゃないかい、こいつらの能力を。モンスター・マジック・トラップの召喚・発動は勿論、セットですら800のダメージを受ける。あんたのライフは幾つかな?」
 ミィは愕然とした。既に全てを奪われている。抵抗する権利すらミィにはない。
「サレンダーしないと言ったよね。まさかサレンダーの代わりに自殺するなんて、そんな話はないわよね? そんな詭弁で自分を誤魔化すような、安っぽい真似はしないよね?」
 ミィの動きが止まる。ミィは曲げない。曲げ方を知らない。
「あんたには自殺さえ許可しない。これが【リアクト・パーミッション】」
 『Reaction』さえ支配する。それがボーラの目的。
 彼/彼女は、ミィが自殺する選択すら許可しない。
「ラウ先生、こいつは面倒臭い話になってきた」
「ミィは決してサレンダーしないだろう。あいつにそれはできない。決闘から背を向けられない。物理的に痛めつけられる展開の方がまだ良かった。今の状況、おれにあいつを止める資格はない」
 決闘者の魂をじわじわと破壊する【マインド・デストラクション】。
 ボラートンは満喫していた。少女をいたぶる在り方を満喫していた。
 いい加減飽きた観客達が、野次の標的をボーラに変える。
「ボラートン! この屑野郎! こんなことして楽しいのかよ! さっさと仕留めろ!」
「大体てめえは男なのか女なのかはっきりしろ。てめえはノンケかそれともレズか!」
 外野から飛んでくる野次に対し、ボラートンは満面の笑みでこう答える。
「『こんなことをして楽しいのか』? 楽しいに決まってるじゃない! 100%勝てる状態で! 活きのいい少女を徹底的にいたぶる! これ以上楽しい話がどこにある! 蠢きのマルコム? 遅延師ノー・フェイズ? あいつらは遅延戦略のなんたるかをわかってない! 完全なる勝利を手中に収めつつ、やりたいことを心ゆくまでやり遂げる。それこそが遅延戦略の醍醐味!」
 異性愛者にして同性愛者。『男』と『女』の両取り。『勝利』と『悦楽』の両取り。
 果てしない強欲さがそうさせた。【一挙両得(ボーラ・ボラートン)】である。

「エンドフェイズ。手札が7枚になったので《デーモンの斧》を捨てます」
「おやおや? 《デーモンの斧》が何枚も入ってるんですか? そんな初心者御用達のカードをいつまでもデッキに入れてよくもまあ恥ずかしげもなくここに上がってきたもんだ。御先輩方の足を引っ張って恥ずかしくないんですか? そんなデッキを持ち込むことに躊躇いはなかったんですか?」
 《魔宮の賄賂》を使う程度には怯んでいたにもかかわらず、使い古しの常套句を惜しげもなく使う。そこに躊躇いは一切はない。追い詰める為に手段を選ぶ方がどうかしているとばかりに。
『disっている! 少女のディスカードを確認する度にdisっているぅ! 【ロックバーン】絶賛発売中!』
「あんたはジャック・A・ラウンドの下位互換も下位互換。汎用性の高さだけに頼った紙の束で何を表現するのかい? ここは欲望の地下決闘。欲望のないデッキなどゴミクズ同然……あれあれ? 泣いてるんですか? あぁ〜泣いちゃった〜この娘泣いちゃった〜どうかされましたか?」
(悔しい。何も言えない自分が、何もできない自分が)

「まだ "涙ぐむ" で止まってるけど。ラウ先生どうすんのこれ」
「ここで止めたら余計惨めだ。おれはミィを信じることにした」

「何かするならすればいいじゃないですか? 勝てるんでしょ? 勝ちたいんでしょ? 信じ続ければいつか夢は叶うんでしょ? どうかされましたかーーーーーーーー? ルールを守って楽しく決闘!」
「……っ、ターンエンド」
「《BF−激震のアブロオロス》? 馬鹿じゃないですか!? そんなもの入れたら勝てる決闘も勝てませーん。コスト要員? それで使ってるつもりですか? 頭大丈夫ですか? 《強欲なカケラ》を発動。カードを使うって凄く楽しい。カードは使ってこそ意味を持つ。それなのにどうして使わないんですか? 使えないんですか? なんでですか? おかしいなー、ホントおかしいなー」
 対戦相手の精神を高揚させてから叩き落とし、一種の心神喪失状態に追い込んで嬲る。
 そして ――

Turn 55
■ボラートン
 Hand 6
 Monster 5(《ジャイアント・ボマー・エアレイド》/《ダーク・フラット・トップ》/リアクター軍団)
 Magic・Trap 3(《混沌空間》/セット/セット)
 Life 1500
□ミィ
 Hand 6
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 100

「さてさてこのターンでお仕舞いだ。デコイチやらなんやらで結構引いちゃったから。そっちのデッキはまだまだ少し残ってる。確認できずに終わっちゃった……なんてね! 手札から1枚伏せて《撲滅の使徒》を発動。このトラップカードをえぐる。公開露出ショーの始まりだ。もっとも、あたしのデッキはもう0枚。ほらほらさっさと見せちゃいな。恥ずかしそうにしちゃってそんなにみられたくないものでも……うわあ、本当に面白味のないデッキ。《ニュードリュア》と《執念深き老魔術師》? どちらかに統一すればいいのに? 貴方デッキ構築って言葉知ってますか?」
「わたしの、わたしのデッキは……」 言い返せない。何も言い返せない。
「ああ楽しかった。じゃあさようなら。《ジャイアント・ボマー・エアレイド》、殺れ」
 それでも ――



Giant Bomber Airraid Favorite Attack

死して屍骨まで喰らえ(デス・エアレイド)



ボラートン:1500LP
ミィ:100LP

「なぜだ!」 ボラートンは叫んだ。
「なぜだ!」 ボラートンが狼狽えた。
「なぜ生きている!」 ボラートンが吼えた。


速攻のかかし(効果モンスター)
星1/地属性/機械族/攻 0/守 0
相手モンスターの直接攻撃宣言時、このカードを手札から捨てて発動する。
その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する。




「《速攻のかかし》」 ミィは静かに言った。極限の苦痛の中でも忘れなかった。
「召喚もセットも要らない。マジックでもトラップでもない。だから……使える」
 30ターン以上の間、四方八方から投げつけられる罵声の中で晒し者になりながらもミィは立ち続けた。それしかできなかったから。ミィは立っている。それができたから。
 ボーラは狼狽えていた。この決闘で初めて、本気で狼狽えていた。
(しまった。速攻重視の構成でそんなカードを入れているわけがないと思っていた。なのに)
 ラウとテイルが驚いて振り返る。渡したとすれば1人しかいない。
 パルム・アフィニス。
「刺さった。これで面白くなる。見物だよ。1ショットキルを抑止する為の《速攻のかかし》が、1ショットキルを達成する為のカードに化けるんだから」
「1ショットキルを決める……ライブラリーアウトか!」
 人呼んで ―― 【マジカル速攻のかかし1キル】
(不味い、不味い、不味いぞ。このままターンを回せば負けてしまう)
 慌てふためくボーラ・ボラートンを尻目に、それまで無表情だったパルムが微かに嗤う。
「限界までいたぶろうとするボーラと限界まで粘ろうとするミィの思惑が噛み合った結果……改まって理屈で言えばそんなところかな。まあなんていうか匂いがしたんだよ」
「匂い?」 ラウは首を傾げた。自分にはない感覚を、パルムが説明する。
「行くところまで行く匂い。欲望ってのは、決闘ってのは行くところまで行くと裏返るようにできてる」
 一番驚いたのは当事者であるミィ。最初引いた時は意味が分からなかった。なんとなくディスカードしそうになった。それでも踏み止まって抱え続けた。その往生際の悪さが活きた。
(これがアフィニスさんの狙い? 今までわたしがやってきたことって……)
「俺は! カードを3枚セットしてターンエンド!」
「わたしのターン、ドロー……」
『このままエンド宣言すればボラートンのデッキはゼロ! ざまあみろ!』
 ここぞとばかりに実況が叫ぶ。引き続けられない者にターンはまわってこない。観客が唾を垂らす。これで逆転されようものなら末代まで笑ってやるとばかりにフィールドを凝視する。
「ターン……エン……」 戸惑いつつもミィは宣言する。これが通れば ――
「させるか! エンドフェイズ、《つり天井》を発動」
「え!?」 (自分のモンスターを全部……)
「ここだ! 《禁じられた聖槍》を発動。《サモン・リアクター・AI》を守る」
「血迷ったかボラートン! 4体のしもべを葬った。何をしたいというのだぁ!」
「これでいい。これで道が空いたんだ。俺は! 《リバイバル・ギフト》を発動。自分の場に《ブラック・ボンバー》を、おまえの場にギフト・デモン・トークンを特殊召喚! この瞬間《サモン・リアクター・AI》の効果が発動する! おまえに800ダメージだ。気持ち悪い奴! さっさと死んでこい!」

ボラートン:1500LP
ミィ:0LP

『Not Congratulation But Fucking! 優勝は……Team BelialKiller!』
「はぁ……はぁ……はぁ……なんということ。こんなことの為に……苦戦を……」
 悔しがるボーラに対し、後方では、1人の男が舌なめずりを始めていた。
「来た。来たぞ。馬鹿が来た」
 バルートンは嬉しそうにそう言うと、相手陣営を見渡した。最初にミィをみる。あいつか? 違う。ギリギリまで泣きべそをかいていた奴の仕事じゃない。次にラウをみる。あいつか? 違う。あれは優等生だ。今度はテイルをみる。あいつか? それらしくはある。しかし何か違う。不意打ちに50ターン以上かけさせるだろうか。その前に卓袱台を引っ繰り返すだろう。後は1人しかいない。不毛に積み上がるだけ積み上がった卓袱台を歓迎するかのような発想。倒錯した世界を嗅ぎ付ける嗅覚。
 パルム・アフィニスがそこにいた。
「そうそう上手くはいかないか。延命札1枚で勝てるなら苦労はしない。こんなことで後ろに立ってる連中を倒せるほど甘くはないさ。事前対処か事後対処か、あいつらなら何かしら対応してくる。現に、あいつらより劣るボーラですらどうにかしてきた……まあでも、挨拶代わりにはなった筈」
 パルムは決闘盤を取り出す。ゆっくりと、地の感触を確かめるように歩き出した。
「折角いい相手が揃ってるのに。ぼくらは決闘者。それしかない。なら……」

 しばらく呆然としていたミィであったが、何者かが自分の前に立ったことに気づく。その名はパルム・アフィニス。ミィは複雑な感情を抱く。ボーラに対する敵愾心や屈辱感はいつの間にか消え失せ、今はこのパルム・アフィニスに対する想いがミィの心を占めている。 『わたしが39枚かけてもどうにもならなかったボーラをたった1枚のカードで倒しかけた』 この事実をどう受け容れればいいのだろう。言葉が出てこなかった。何かを言いたい。しかしその何かが何なのかわからない。唇の裏で歯を食いしばるミィ。一方、ミィの顔を一瞥したパルムは、特に眼を合わさず言ってのけた。
「きみが限界まで粘らなければこの構図はなかった。きみは間違っていない。続けたいなら続ければいいんだ。いつまでもどこまでも続ければいいんだ。けど、それだけじゃ勝てない」
「勝てない……」 その言葉だけをミィはオウムのように繰り返した。
「きみは努力賞でも欲しいのか。喰らい付くだけは勝てない。弱い奴は、食い千切らなければ勝てないんだ。弱い奴のところに勝利は転がり込まない。欲しいなら……もぎ取るしかない」
 情報を整理できない。言葉を理解しきれない。それでもわかることがある。勝ちたいと思っていた。頑張ればいつか勝てると思っていた。違う。何かが違う。
「それともう1つ。続けたいなら続ければいいし、悔しければ1人で泣けばいい、誰かに愚痴ればいい、壁を殴ればいい。けど、それは試合後にやるべきだ。試合中に泣くぐらいなら尻尾を巻いてさっさと帰れ。どいつもこいつもあんまり決闘を舐めるなよ。ヘイ! バルートン!」
 パルムはミィの返答を待つことなく叫んだ。フィールドの対岸にはバルートンが立っている。
 バルートンは、手に持っていた本でボーラの肩を軽く叩いた。下がれと言わんばかりに。
「バル兄ィ? 大会はもう終わったんじゃ……」
「知るか。終わりを決めるのは俺達だ。そうだろう? 誰だか知らんがおまえもそう思っている筈だ」
「はじめましてバルートン。ぼくの名前はパルム・アフィニス。あんた、このまま終わっちまったら試合がなくて退屈だろ? トロフィーと副賞をかけてぼくと勝負しないか?」
「エントリーしてない奴が、今更そんなこと言い出すなんてどうかしてると思わないか?」
「どうかしているのがこの大会なんじゃないのか」
「あ〜確かにそういう決まりがあった気がする。うちの大会の決勝で、不戦勝で優勝が決まった場合、1人に限りトロフィーと副賞をかけて勝負を挑めるという面白いルールが」
 無論そのようなルールはないが、バルートンはさも当然というていで話を進める。彼はボーラに目配せをした。すぐさま巨大な何かが手配される。パルムの背後に置かれたもの、それは地下決闘名物電流ロープ。バルートンはさらっと言った。 「この場合、挑戦者は電流ロープを背負う」 と。
(断るなよパルム。おまえは断らない筈だ)
「さあ、こいつの威力がどの程度かだが……」
 その時だった。フィールド上に "横槍" が入る。
「バルートン、少女をいたぶった次は少年をいたぶろうというのか」
 一回戦でバルートンに敗れたマンドックだった。バルートンの前まで進み出る。
「なぜおまえは平気でそんなことができる! なぜ真っ当に決闘の王道を進まない」
「おまえの槍は絶縁仕様になっているようだな」 「人の話を聞くんだバルートン!」
「マンドック、おまえはやっぱりここ向きだ。気に食わないならおれを槍で突けばいい」
「何を言っている」
「突けと言ってるんだ。それともおまえは横から延々と文句を言うだけで終わるのか。ほらどうしたマンドック。おまえはあれか。クソの掃き溜めに向かって "臭い" としか言えない駆け出しのリポーターか何かか。その槍は見かけ倒しの飾りじゃないんだろ? ここをどこだと……」
 次の瞬間、マンドックの 『決闘槍盤』 がバルートンの腹に突き刺さる。あくまで決闘盤であり、貫通力は知れたものだが身体へのダメージはしっかり通る。 「なぜ避けん」 「ナイスタイミングだマンドック」 そう呟いたバルートンは一旦腹を引いて槍から身体を離すと、すぐさまマンドックの懐に潜り込む。こうされては槍の旨味がない。 「ぐあ!」 足下を払われ、電流ロープに放り込まれる。すぐさま離脱を図るマンドックだが、バルートンが奪った槍で押しつけた。
「とまあこういう具合にな……ああ……少し足りないな。もう少し威力をあげよう」
 マンドックの悲鳴が響き渡るが、バルートンは気にせず計器を弄る。
「大体こんなもんかな。理解したか?」 「ああ、それじゃあ始めようか」
 ミィは、そして観客達は、呆気に取られた様子で場を見守っていた。
 バルートンは適当なところでマンドックを放り出し、新しい指示を加える。
「俺の後ろにも電流ロープを張れ。目盛りは2つあげればいい」
「あれ? あんたもやるの?」
「当然だ。俺がハンデを付けることはあっても、その逆はない」
 バルートンは 『決闘書盤』 を開き、数枚のカードを抜き取ると、別のカードと入れ替える。他方パルムは腕のガードを捨てた。捨てた瞬間、腕の正体を目の当たりにしたギャラリーがどよめく。その前腕部は "腐った" という形容が何よりもしっくり来るような腕だった。パルムは "腐っていない" 後腕部と胸の間に 『決闘孤盤(ソリタリオ)』 を挟み持つ。
(ここは罵声が日常と化している。気が楽だ。こちらの方が気が楽かもしれない)
「地下決闘向きの腕をしているな。そのポーズはおまじないか?」
「まあそんなところさ」
「じゃあやるか」
「ああ、やろう」

Starting Disc Throwing Standby――

Three――

Two――

One――

Go! Fight a Technological Card Duel!


「遂に始まった謎の第五戦! おまえ等ルール守れ!」
「そんなもんはその辺の野良犬にでも喰わせちまえよ!」
 バルートンが笑った。 『速攻を目指すミィに遅延の為のカードを渡し、それで1ショットキルを狙う』 違う世界がみえていた。それが愉快で堪らない。 (さあ、おまえの決闘をみせてみろ)
(いい具合に "ありがち" な5枚。いい具合に "そこそこ" 悪い。一勝負といこうかバルートン)

幻魔の殉教者/Phantasmal Martyrs
謙虚な番兵/The Hamble Sentry
未熟な密偵/The Inexperienced Spy
火の粉/Sparks
大寒気/Cold Feet

 死闘が始まる。


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。初登場から20話経ってようやく決闘するキャラがいるらしい
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております。


□前話 □表紙 □次話








































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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