「『ヤタロック』の方がいい店なんだよなあ。うちから遠いけど。あーあ。遅くなっちゃった」
 コロナ・アリーナは日の暮れた夜の道を1人で歩いていた。いつもは3人で通うカードショップ。1人で行くのは少し心細かったが、店長ことパルチザン・デッドエンドに顔を覚えられているのは心強い。しかし、捜し物は見付からなかっ。今日も今日とて手ぶらで帰る。
「こういう中途半端なことやってるのがいけないんだろうけど……あれ?」
 既視感のある短めの髪。既視感のある後ろ姿。ありがちな後ろ姿ではあったが、コロナは考えるよりも早く走り出す。目の前の少女が気づく前に回り込んだ。
 1秒後、コロナの顔に笑みが浮かぶ。探し物がそこにいた。
「やっぱりミィだ。探したんだよ。あの後カードショップにも出てこないし」
「……何の用ですか」 ミィは半歩後退る。コロナと眼を合わせようとしない。
「そりゃあ……」 「…………」 「なんだろ。えっと……その……お話ししたくて」
 ミィの身体がビクッと、ほんの僅かだが震える。一向に眼を合わせようとしない。
「あたしと大して年も違わないのにあんなに決闘できるなんてさ。なんか嬉しいっていうか、心強いっていうか。あ、あたしも頑張れるなって、そういう気分になれるから」
「やめて」 あまりに小さく、声とも言えぬ声。
「それでさ。今日はもう時間も遅いけど、またカードショップ来るよね? そしたら今度はシェルやティアとも決闘してよ。2人とも凄く楽しみにしてるから」
「やめて」 声が出ない。本当は大声を出している筈なのに。
「あ……やば……。焦りすぎてた。あのさ、実はあたしとと……」
「ごめんなさい!」 ようやく声が出た。後ろを向いて走り出す。
「え、ちょっと……ちょっと待ってよ。ああ……いっちゃった」
 手荷物が重くて出遅れる。捨てるかどうか迷ってる内に見失う。
「あーあ。折角の機会なのにしくじっちゃった。これだからあたしは……え!?」

 『決闘跳腕(パワーハンド)

 コロナを襲った衝撃の正体は物理的なそれだった。夜の闇に乗じたそれは、容易にコロナの左腕を掴み、瞬く間に引き上げる。思わず悲鳴を上げるコロナ。浮かんだ身体は、廃屋2階の解き放たれた窓に向かって一直線。まんまと引きずり込まれるコロナ。尋常一様な技ではない。
「三姉妹全員の方が迅速でよろしかったのですが。仕方ないですね」
「近道なんてするもんじゃないね。あたしに何するつもり」
「誰が呼んだか。私は "跳腕のウエストツイスト" と呼ばれるものでございます」
 直立するその男は、話に聞いた姿と寸分違わぬシルエットを備えていた。
 抉れた腹と巨大な腕を持つ仮面のそれは、一目見て危険とわかる。
 間違いない。 "跳腕のウエストツイスト" 闇夜を切り裂く腕利きの変質者。
「逃げたいですか? 大丈夫、大丈夫。私と決闘さえしてくれればそれでいいのです。決闘してもらえればそれで良し。ですがもし、私との決闘をお断りになるというのなら……」
 男は 『跳腕』 をコロナに向かって発射する。コロナに反応できる速さではない。紙一重で髪をかすめていく 『跳腕』。ぶつかった壁がひび割れる。当たったらただでは済まない。いつの間にか窓も閉められていた。この状況で逃げるのは難しい。コロナは聞いた。 「決闘すれば、いいの?」 跳腕のウエストツイストは答えた。 「ええ。但し本気でお願いしますよ」 何がしたいのかわからない。より正確には、何がしたいのかははっきりしているが何の意味があるのかは全くわからない。噂に聞いていたとおりの変質者。闇夜に決闘の露出を試みる強制決闘猥褻犯・跳腕のウエストツイスト。
(嫌な眼だ。仮面越しでもわかる。この人はあたしが嫌いな眼をしている)
 コロナは決闘盤を構えた。兎にも角にもやるしかない。Starting Disc Throwing. 互いの決闘盤が廃屋の床の上で激突し、夜の決闘が始まる。欲望に塗れた夜の決闘が。

「先攻。ドロー。ターンエンド」
 先攻を取ったのは跳腕。迅速に、あっという間にターンを終える。
「あたしのターン、ドロー。モンスター、マジック・トラップを1枚づつセット」
(折角がら空きなのに殴れるのがいない。幸先が悪い。嫌な予感……)
「ドロー……ではおゆきなさい! まずは《サイバー・ドラゴン》、そして!」

コアキメイル・パワーハンド( 効果モンスター)
星4/地属性/機械族/攻2100/守1600
このカードのコントローラーは自分のエンドフェイズ毎に、手札から「コアキメイルの鋼核」1枚を墓地へ送るか、手札の通常罠カード1枚を相手に見せる。または、どちらも行わずにこのカードを破壊する。このカードが光属性または闇属性のモンスターと戦闘を行う場合、バトルフェイズの間だけそのモンスターの効果は無効化される。


「攻撃力2100が2体も!? そんなの!」 (不味い――)
 一瞬、脳裏をよぎる最悪の結末。相手は変質者。極めて自分勝手なルールに生きる変質者。 "跳腕のウエストツイスト" に破れたものはいかなる結末を迎えるか。変質者が言った。
「2体も召喚して、全体除去を喰らえば大事ですね。ですがなんの問題もありません。だって貴方は弱いから。お手軽な全体除去……そんな上等なものをお持ちの筈がない。さあ《コアキメイル・パワーハンド》。粉砕してご覧にいれなさい。バトルフェイズ! まずは《サイバー・ドラゴン》で攻撃」
「破壊された《エア・サーキュレーター》の効果、1枚ドロー」
「知ってますよ。 『水』 と 『風』 が大半を占めてましたね、貴方のデッキは」
 コロナの背筋が凍った。知られている。そのおぞましさに身が竦む。
「それではメインイベント、《コアキメイル・パワーハンド》でダイレクトアタック!」
 セットカードは《禁じられた聖杯》。このパワープレイを止める術はコロナにない。
 コロナはすかさず 『決闘防護(デュエルガード)』 を展開。衝撃を抑えようとする。
「うっ……!」 背中を突き抜けるかのような衝撃。抑えきれない衝撃波。
(下級なのに凄いパワー。こんなのが直撃したら不味い。どうにかなっちゃう)
「お見知りおきを。私の《コアキメイル・パワーハンド》は "下級最強" でございます」
「下級……最強……」 「さあ2枚セット、《鎖付きブーメラン》は温存しておきましょうか」
 気圧されながらも、コロナは懸命に反撃を試みる。《アースクエイク》で敵の体勢を崩し、そこから基本コンボでエアロシャークを特殊召喚。ひとまず《サイバー・ドラゴン》の破壊を試みる。
「ビッグイーター! これで……え?」 確かに破壊した筈なのに。
「《リビングデッドの呼び声》。よく頑張りました。実にいい徒労です」
 コロナは慌ててセットを置くが、《砂塵の大竜巻》で駆除される。
(隙がない。なんとか1体倒しても、すぐに再展開される。追いつけない)
「エヴォリューション・バーストでエアロシャークを撃墜。直接嬲れ! パワーハンド!!」
 コロナは再度 『決闘防護』 で守る。なんとか押しとどめたものの、蓄積が更に乗る。
(打つ手がない。《エアジャチ》じゃ間に合わないし、他の技も、この人には……)
「あたしのターン、ドロー……セット……ターンエンド」
「ドロー。先程のそれはエクシーズ召喚ですか。理解に苦しむ無駄な技術です。弱者と弱者を擦り合わせてようやく人並み。脆い、脆い、実に脆い。私にはそんなもの要りません。シンクロもエクシーズも不要。この跳腕から正面きって繰り出された力感溢れる通常召喚! 攻撃力2100、この基礎打点の高さがあらゆる小賢しい小細工を粉砕する。2体目の《コアキメイル・パワーハンド》を通常召喚!」
「2体目!?」
「驚くには当たりません。それが下級と言うものです。さて……」
 "エヴォリューション・バースト" 換気扇があえなく爆散した。
 コロナの場には何もない。
(不味い。こんなの喰らったら……避けられない。喰らう……)
「さあ味わって頂きましょう。これが本当の……ツインアームスマッシュ!」
 2体のパワーハンドが縦に並んで突撃する。コロナはなんとか身を守ろうとするが、既に限界を迎えていた盾は、1発目の 『跳腕』 すら受けられずガードクラッシュ。コロナの新鮮な腹部ががら空きとなる。《コアキメイル・パワーハンド》はそのまま突進した。一方は左腕の鉄指を、もう一方は右腕の削岩機を、消化の良い健康的な『(ストマック)』と、火を通さず未だ軟らかい『肝臓(レバー)』に叩き込む。ほぼ同時に連続で叩き込む。コロナは反射的に叫ぼうとしたが、それはもう言葉ではなかった。言語の体を成していない。呻き声がかろうじて漏れるのみ。ライフポイントがゼロになるとほぼ同時、コロナは崩れ落ちた。
「私が何年も掛けて仕上げに仕上げた跳腕の衝撃波はいかがでしたか? え? 物足りない? そうですよねえそうですよねえ。1戦で格付けするのもどうかと思います。そうですよねえ」
 その場に蹲り、立ち上がるどころか喋れもしないコロナのもとに歩み寄ると、跳腕のウエストツイストは髪をガシッと掴む。 「そうですよねえ」 コロナは恐怖で動けない。跳腕のウエストツイストは掴んだ髪を離すと、左右のパワーユニットでコロナの右腕を掴みスイッチを押す。痛む腹から、無理矢理ひねり出すように悲鳴を上げるコロナ。電流。気絶しない程度に調節されたいやらしい電流。
「10秒以内に立ち上がってもらわないと。さあ決闘しましょう。ほらカードを引いて」
「なんで……こんなこと……」
「勝つ為ですよ。当たり前じゃないですか。勝ち続ける限り私は負けない。続けま ――」

 跳腕のウエストツイストは振り返った。1つにはコロナの視線が自分の方を向いていなかったから。もう1つには彼自身、妙な気配を感じたから。 "妙" という他、形容できない気配。

 ミィだった。

「おやおや、貴方はミィさんですね。私のリストに乗っています。どうされました?」
「ミィ? 逃げて! ここにいちゃ駄目。そいつは強制決闘猥褻犯・跳腕のウエストツイストよ!」
「 『お友達を助けにきた』 と言ったところでしょうか。今日はいい日だ。貴方も決闘されますか?」
 ミィはこくんと頷いた。 "その代わりコロナを離せ" とでも言いたいのだろうか。跳腕は了承した。
「話が早い。迅速かつ簡潔で実に素晴らしい。これなら逃走防止は必要なさそうですね」
 跳腕のウエストツイストはコロナから巨大な腕を放す。但し、釘を刺した上で。
「貴方はここにいてもらいましょう。言っておきますがここはもう私のフィールドです。ああそうそう、私は今まで誰かを捕まえることはあっても、誰かに捕まえられたことはありません。まさかとは思いますが、変な動きをされたら……おわかりですね。この 『跳腕』 は伊達や酔狂ではないのですから」
 跳腕が決闘盤を構えると同時にミィも構えた。未だ無言のミィは、外からではなんとも形容し難い、真っ直ぐと言えば哀しいほど真っ直ぐな視線を跳腕に向け ――



Starting Disc Throwing Standby――

Three――

Two――

One――

Go! Fight a Technological Card Duel!




「先攻。ドロー。ターンエンド」
(まただ。あいつ、また丸腰でターンエンドを……)
 先攻を丸腰で終える。かつて 『前進』 のケルドがそれをした。もっとも、ケルドのそれはケルドにしか理解できない彼一流のフィーリングが成せる技。跳腕のそれは違う意味を持つ。
「折角の先攻を丸腰で終えるなんてどういうつもりだ。そうお考えですね御二方。ですが何の問題もありません。だってそうでしょう。だって貴方は弱いから」
「なにそれ……」 コロナが呻いた。唇を噛む。
「いえいえ。別に舐めプレイとやらをしたいわけではありません。私は無駄を嫌います。ひとえに、その方が速やかに終わるからそうしているのです。さあ、殴るなりなんなりお好きにどうぞ」
「ドロー。モンスターを1体セット」 好きにしろと言わんばかりに。 「ターンエンド」

Turn 3
■跳腕のウエストツイスト
 Hand 6
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 8000
□ミィ
 Hand 5
 Monster 1(セット)
 Magic・Trap 0
 Life 8000

「ドロー。効率よくいきましょう。さあおいでなさい。《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚。そして! 削腕の使徒《コアキメイル・パワーハンド》を通常召喚。存分におみせましょう、跳腕の決闘を」
「気をつけてミィ。そのモンスターは……そのモンスターは 『下級最強』 !」
 豪腕から繰り出される一撃はあらゆるものを無残に砕くが、かといって簡単にやられるわけにもいかない。《執念深き老魔術師》による相打ちを狙う……が不発。
「おやおやどうされました? 《コアキメイル・パワーハンド》はバトルフェイズの間、厄介な厄介な光属性と闇属性のモンスター・エフェクトを無効に……速やかな『処理』を可能とします」
(強い) ミィは思った。
「おやおや場ががら空きですねえ」
 瞬間、ミィは半歩後退る。跳腕、水を得た魚のように荒ぶり嗤う。
「《サイバー・ドラゴン》と《コアキメイル・パワーハンド》を一緒に出すなんて、《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》に吸収されてしまったらどうするつもりだと、そうお考えですね。ですが何の問題もありません。だって貴方は弱いから。《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》をこの決闘で警戒する必要など皆無と言えましょう。《サイバー・ドラゴン》! ダイレクトアタック! エヴォリューション・バースト!」
 ミィは 『決闘防護』 を展開。威嚇するには十分な威力。
「メインフェイズ2、マジック・トラップを1枚伏せエンドフェイズ。《コアキメイル・パワーハンド》は1つだけリスクを負っています。ハンドから通常罠《次元幽閉》を公開、これで自壊を免れる。ターンエンドです。もっとも、私に言わせればリスクには当たらない。知ろうが知るまいが結果は変わりません」
(この強さ。まるで歯が立たない) ミィは正直にそう思った。
「ああそうそう。サレンダーはご遠慮ください。脅迫で勝利を買ったようにみえてしまいますから。わたくしはあくまで勝利を求めています。真っ向勝負による正々堂々とした勝利……いえいえ少し不安になりまして。友情の為の闘いというのは実に美しいものですが、そういう手合いほど土壇場で……」
「サレンダーなんてしない。するわけがない」 ミィが口を開いた。
「そうでしょうねえ。真の友情とはそういうものです。実に美しい」
「違う。友情じゃない。わたしに友達はいない。その資格もない」
「は? それはどういう……」
「友情? 違う。全然違う」 胸の奥から絞り出すように。 「だってこれは……」
 ミィが一歩前に出る。闇夜を闊歩する変質者は ―― 少なくとも2人いた。
「わたしが求めた、わたしの為の決闘だから。わたしのターン、ドロー!」


DUEL EPISODE 16

Arms of Arena〜ミィと月下の闘技場〜


 世界一弱い決闘者狩りがいる。正確には決闘者狩られ、と言うべきかもしれない。

 10日前。ミィはある決闘者に勝負を挑む。跳腕とは別の、仮面付きの決闘者が屈強なCG(カードゲーマー)を5メートル程吹っ飛ばすところを目撃したからだ。仮面の決闘者は、最初はミィを歯牙にも掛けず立ち去ろうとする。ミィは懸命に食い下がった。ふと気が付くと 『そのつもりなら黙って構えろ』 と言わんばかりに仮面付きは決闘盤を構えていた。決闘開始。決着。尋常一様ではない一撃を食らって吹き飛ぶミィ。……しばらくして立ち上がる。アースバウンドとの一戦の後も受身の練習をきっちり行ったのが効いていたらしい。仮面の決闘者は内心驚いた。対子供用にある程度手加減したとはいえ、まともに一撃入れてしまった自分に驚いた。対子供用にある程度手加減したとはいえ、まともに一撃喰らって立ち上がるミィに驚いた。対子供用にある程度手加減したとはいえ、まともに一撃喰らって尚も立ち向かえるミィに驚いた。再戦。4分53秒で撃沈。尚も再戦を申し込む。4分55秒、4分57秒、4分40秒、4分38秒、4分41秒、4分33秒……いい加減付き合うのに疲れた仮面の決闘者がトドメの一撃を決める。5分2秒。帰宅。窓から入る。傷口に絆創膏を貼ってノートに決闘の経緯を書く。対戦相手の凄さに感心する。自分の反省点を書く。
 9日前。深夜に蠢くことで知られる 『蠢きのマルコム』 に勝負を挑む。本当のところ、どちらが挑んだのかについては議論の余地がある。決闘開始 ―― 遅延。無駄に決闘を引き延ばし、苦情と歯ぎしりをバックミュージックに夜な夜な蠢くといわれるマルコムは、今日も遅延に遅延を重ね、たっぷり52分の決闘を満喫する。敗戦。なんとも言い難い。帰宅。窓から入る。傷口に絆創膏を貼ってノートに決闘の経緯を書く。対戦相手の長所を書く。感心する余地が少ない。反省点を書く。
 8日前。禁煙が酒を注ぎ、禁酒が薬を溶かし、禁薬が札を引かせた男、コック・アルスキーと対峙する。経緯については省略。決闘開始。中断。禁断症状に見舞われ錯乱したコック・アルスキーのボディブローを喰らって悶絶。このままでは殺されてしまう。渾身の目潰しは意外なまでのフットワークでかわされる。元卓球選手であったコック・アルスキーの敏捷さを目の前にしたミィは、逃げるのではなく抱きついて謝罪する。思いの外上手くいって胸をなで下ろすミィ。再戦。が。謎の怒りに我を忘れたコック・アルスキーが再度暴走する。決闘どころではない。命からがら逃げ延びた。……家に帰る。顔の傷は隠せない。部屋で大きな音を立て、顔をベッドにぶつけたことにする。名案だ。ノートに決闘の経緯を書く。対戦相手の長所を書く。感心する余地がない。反省点を書く。
 7日前。めぼしい決闘者がみつからない。代わりに噂話を聞く。強制決闘猥褻犯 "跳腕" のウエストツイスト。誰彼構わず、有無を言わせず決闘を押しつける変態。運命だと思った。決闘を押しつけたい 『跳腕のウエストツイスト』 と、決闘を押しつけられたい 『ミィ』 。誰彼構わず、有無を言わせず。なんと素晴らしい響きだろうか。同じ仮面でも、最初に出会った仮面の決闘者は優しかった。例えば顔に傷を付けなかった。圧倒的な実力差故に、一撃に手心を加えていた。その優しさが要らない。 "跳腕のウエストツイスト" は理想の対戦相手のように思われた。押しつけて欲しい。全力で勝利を奪いに来て欲しい。効率よく無慈悲に弱者を屠る決闘の変態。ある想いから彼女はそれを待っていた。

○月〇日天気晴れ
 あえなかった。やみくもに歩いても見つかる気がしない。どうすればいいのだろう。どうすれば変態さんにあえるのだろう。色気が足りないのかもしれない。決闘盤に蜂蜜をぬればいいんじゃないかと思ったけど、ベタベタになって壊れたら大変。しょうがないからデッキをいじった。しっくりこない。

○月□日天気雷雨
 一向に会えない。途中で雨がふってくる。雷がなっているので今日はあきらめた。雷が決闘盤に落ちたら決闘どころじゃない。しょうがないからデッキのことを考えた。コロナのデッキとちがってわたしのデッキにはコンビネーションというものがない。わたしにもコンビネーション・アタックがほしい。デッキに入れずにのこしてあるカードを1枚1枚確認してみた。どれもこれも役に立ちそうにない。がっかり。グレイモヤ不発弾とかセキュリティー・ボールとか、他にも変な呪文が色々あるけどあんまり使いこなせる気がしない。ライトニング・ボルテックスの時は上手くいったけど、他のはなんか今一に思えてしょうがない。わたしが欲しいのはもっとこう……

○月×日天気晴れ
 折角いそうな場所を教えてもらったのに、今日も待ち時間の間のちょっとした練習で終わってしまった。変態さんがあらわれそうなところをしらみつぶしにあたってるのに、一向に変態さんはあらわれない。このままあらわれなかったらどうしよう。夢の中では毎日、白馬にのった変態さんがわたしを迎えに来てくれるのに。いいこともあった。デッキに入れてない残り物のカードを眺めている内に、コンビネーションを1つ発見したの。ぱっと見関係ないようでも、ちゃんと考えればみつかるんだとわかった。
 早くおそいにきて、変態さん。

「ぼくにかけてくるなんて珍しいね、ラウ」
 ミィが交戦状態に入るより少し前。
 ラウはパルムに電話を掛けていた。
「リードもテイルもでやしない」
「ただの消去法?」
「そうでもない。おれはおまえをアテにしている」
「なにかあったの? あいつのこと?」
「ああ。時間がないんだ。要点だけ聞いてくれ」
 ラウはパルムに簡単で簡潔な経過報告を行う。パルムが電話越しに頷いた。
「なるほど。そういう話か。疑問点もなくはないけど、それなりに筋が通ってる」
「ああ。おれが間抜けだったよ。それでだ。あいつの居場所に関してなにか心当たりはないか? 跳腕のウエストツイストを追っているのは間違いなさそうだが……。あの馬鹿、いくら会わせる顔がないからってもう少し方法を選べと言いたい。会わせる顔を作るにも常識ってもんが……」
「楽しそうだね、なんか」 「そうみえるか? これでも相当焦ってると解釈して欲しい」
「探すのは簡単。ここに発信器……の受信機のスペアがある。今んとこ気づかれてないと思う」
「ミィにつけたのか?」 「いや、跳腕のウエストツイスト」 「ちょっと待て。それはどういう意味だ」
「運が良かったね。テイルがあいつと絡みたがってて、暇だから協力してたんだけどさ。昨日交戦状態に入った際、あいつの跳腕をかわしたところにくっつけたんだと。ちょっとした神業だね」
「なるほど。それは運がいい。パルム、テイル、おまえらに感謝する」 「リードは?」
「あいつのことなどもう知らん。今おれの頭にあるのは、ミィを捕まえることだけだ」

Turn 4(Turn Player:ミィ)
■跳腕のウエストツイスト
 Hand 4
 Monster 2(《サイバー・ドラゴン》《コアキメイル・パワーハンド》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 8000
□ミィ
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 5900

 ミィのメインフェイズ。形勢は良くない。ハンドを見渡しても即座に逆転するのは不可能に思われる状況。 『1度に崩せないなら少しずつ切り崩せ。くたばる前に間に合えばそれでいい』 ラウはそう言っていた。ラウならここで何をする。分析する筈。何を分析するのか。 "跳腕のウエストツイスト" について分析するに決まっている。分析するには何が必要なのか。 "跳腕のウエストツイスト" に関する情報だ。 "跳腕のウエストツイスト" に関する情報とは何があるだろう。

 1つ、跳腕は強気に攻めてくる。効率よく弱者を屠るにはそれがいい
 1つ、ミィの下級よりも跳腕の下級の方が基本攻撃力で勝っている
 1つ、マシュマロンや魂を削る死霊さえも豆腐のように削岩する "下級最強" パワーハンド

(テイルさんが以前教えてくれた。ラウンドさんは、レザールさんの "心" を読み取ったってわけじゃない。 "力" を読んで、それに合わせて動いたから上手くいったんだ。 "力" があると思ったから返し手があるとも予想して、だから危険を冒してブラフを作った。逆だ。跳腕はわたしに "力" がないと読んでいる。そう思ってるからブラフとかそういうのを使わない。 "裏" がない。ストレートに攻めるのが一番刺さると思ってる。うん、刺さってる。もろ刺さってる。200の差が、センチじゃなくてキロに見える)
 真っ向勝負では打ち負ける。裏を取ろうにも裏がない。突破口。突破口。突破口……
(……そういえば。パワーハンドの維持コスト。公開したのは防御用の《次元幽閉》)
 跳腕のお膝元にはセットカードが1枚。手札に《次元幽閉》を残してから伏せた1枚。
(わたしには辛い攻め方だけど、何かを見透かされてるわけじゃない。もし、わたしが、わたしの方から "裏" を作ることができれば……何か……何かあれば……)
「ハリーアップの精神を忘れずに……」
「わかりました。いきます。手札から《ニュードリュア》を通常召喚」
 跳腕のセットカードが2枚目の《次元幽閉》……という、心底虚しく、それでいて十分有り得る可能性には敢えて目を背け、ミィはヤマを張る。セットしたのは維持コストとして公開できないマジック、それもエンドフェイズでの発動を狙った《サイクロン》であるとヤマを張る。仮に、この予想が正しいとすれば守りに入ったところで勝ち目はない。あちらからすれば好都合。ならば ―― 攻める。
「装備魔法《デーモンの斧》を《ニュードリュア》に装着。攻撃力を1000ポイントアップ。攻撃力の合計は2200。バトルフェイズ、《サイバー・ドラゴン》に攻撃!」
「浅い強化など吹けば飛ぶ。リバーストラップオープン、《砂塵の大竜巻》を発動!」
 《デーモンの斧》を破壊され、攻撃力がダウンした《ニュードリュア》は《サイバー・ドラゴン》に破壊される。そこまでは覚悟の上。寂しがり屋の《ニュードリュア》は、《サイバー・ドラゴン》を冥府への道連れとする。予想がかすった。悪くない。良くもないが悪くもない。ミィはマジック・トラップを1枚セットしてターンエンド。果敢な攻めが《砂塵の大竜巻》を使わせた。 『攻撃は最大の防御』 を実践する。
「攻撃の為に使うつもりが防御の為に使ってしまいましたね。しかし……」
 跳腕が仮面の下で嗤う。
「頑張りすぎはいつだって健康に悪いものです」

Turn 5
■跳腕のウエストツイスト
 Hand 4
 Monster 1(《コアキメイル・パワーハンド》)
 Magic・Trap 0
 Life 8000
□ミィ
 Hand 3
 Monster 0
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 5900

「ドロー。頑張って1体倒しましたね。しかし貴方は頑張った。それがいけません」
「………………頑張ったらいけないの? 頑張って決闘しちゃいけないの?」
「ええそうです。頑張ってしまった。あちらのお嬢さん同様、貴方の手の内はカードショップで確認済みですが、実を言えばそれすら必要ない。アタッカー1体倒すのに頑張ってしまうという事実が貴方の脆弱さを何よりも証明している。私の優位を不動のものとしている。【ハイビート】とは、例え1体倒されようとも、同種同等の刺客をすぐさま一手で繰り出せるから【ハイビート】なのです。2体目の《コアキメイル・パワーハンド》を通常召喚。おわかりになりましたか? 頑張った時点で、貴方の負けなのです」
 コロナが呻いた。あれは危険だ。あれの連続攻撃は肉を抉る。
「私の両腕が揃いました。TCGは腕の勝負。腕で引き、腕で投げ、腕前を振るう腕の競技。故に! この跳腕のウエストツイストこそが年間最多勝決闘者にふさわしい! バトルフェイズ、さあ2体のパワーハンドで連携攻撃を仕掛けましょうか。迅速を持って終わらせましょう」
「その前に……1つ聞いてもいいですか?」
「……質問は簡潔にお願いしますよ。長いようならすぐに殴ります」
「なんで勝ちたいんですか。なんでそんなに早く勝ちたいんですか?」
「知れたこと。決闘で最も重要な物は勝率と勝数。いかに勝ち星を積み上げ、いかに勝率を上げるかがこの競技の全てです。その極みが全勝。といっても1勝0敗に誰が価値を感じるでしょうか。100勝、200勝、300勝……黒星を抑え込み、白星を積み上げてこそ決闘者としての高みに登れる」
「そうなんだ…………でも、わたしは勝ったのに、大事なものを手に入れられなかった」
「ミィ……」 ミィの近くにはコロナがいる。コロナが見ている。
「大事なものをどっかに投げ捨てちゃった。とっても大事だったのに」
「それでは! この私が貴方の勝利をもらってあげましょう」
 パワーハンドのドリルが音を伝える。抉る為の音を。
「ゆけ! コアキメイル・ツイン・パワーハンド!」
「早くガードして! その攻撃は危険よ!」
 本来なら盾を開いて止めるべき。にもかかわらずミィは動かない。
「大事なものだった。決闘者でいるために一番大事なものだった」
「ノーガード。覚悟を決めたか! そのいたいけな『(ストマック)』はもらった!」
 コロナは思わず目を背けた。現実は変わらない。パワーハンドの鉄指が完全無防備な胃に突き刺さる。胃が縦に延びる感覚、全身が弾け飛びそうになる感覚。それがもう一撃来るという現実。軽量級にあたるミィの身体がほんの少し浮き上がったその刹那、『肝臓(レバー)』に狙いを絞ったもう1体のパワーハンドがドリルアームをつきたてる。コロナを這いつくばらせた必殺のガークラ連携。ダウンを奪われグルグル回り、部屋の隅でかろうじて止まる。激痛と共に。
「なぜ」 疑問形の言葉が廃屋に響き渡る。
「なぜ」 コロナが言っているのではない。発言者は跳腕のウエストツイスト。

跳腕のウエストツイスト:8000LP
ミィ:3800LP

「ライフが2100しか減っていない。《ガード・ブロック》のディレイ発動。なぜそんな真似を……」
 うろたえる跳腕を余所に、コロナはミィの陣地に目を向けた。確かに《ガード・ブロック》が発動している。2体目の攻撃は無効。不可解。《ガード・ブロック》があったならなぜすぐに発動しない。ギリギリまで発動を遅らせた所為で、ダメージはゼロにできても衝撃まではゼロにならなかった。肉体的には、二連撃を喰らったも同然。高等技術ではある。あまりに無意味な高等技術。
「理解に苦しみますね。これは一体……」
 ミィは覚えていた。テイルとミツルの一戦を覚えていた。ミィからすれば憧憬の塊とも言うべき、華麗な技を山程持つテイルからミィが最初に覚えた技術、それがこの 『ギリギリセーフを跳び越えてギリギリアウト感のあるタイミングまで発動を引きつけて要らん衝撃波を余計に喰らう』 技術。ほぼあらゆる面で後れを取る自分がテイルの真似をすれば、衝撃波も丸々貰えるのではないかと思ってやってみた。結果、物凄く痛い。痛くて痛くて堪らない。成功だ。成功するのは最高に気分がいい。
(これが高打点の痛み。これがエースカードの痛み。これだ。これと闘いたかったんだ)
「ミィ……」 コロナはミィから熱を感じた。立ち上がるつもりだ。ミィは諦めていない。
(打点で負ける辛さ。それでもコロナはあんなに闘える。自分の決闘を持っている)
 呼吸を整え立ち上がる。大丈夫だ。喰らった直後は死ぬかと思った。でも立てる。
「立ちますか」
「ありがとうございます」
「なぜ、私がお礼を言われなければならないのです。マジック・トラップを1枚伏せてエンドフェイズ、私は手札から《次元幽閉》をご覧に入れましょう。場には2体のパワーハンドが存在しますが、晒すのはこれ1枚。2枚晒す流れを期待していましたか? ターンエンド」

 ミィは跳腕のウエストツイストを一瞥する。改めて思う。異様だ。いかつい仮面、巨大な跳腕、絞り込まれたウエスト……そのどれもが少女との関係を捕食者と被食者にしている。いい。それがいい。この変態は何の慈悲も抱かない。泣き叫ぼうが許しを請おうが、心地好いBGMの一種にしか感じない。この変態はどこぞの誰かのように、このアブロオロスを勝ち確状況で召喚するような真似は決してしない。ただただ冷徹に高打点をねじ込み続け、勝利を奪いに来るだろう。それがいい。

 闘える。だからこそ闘える。

「ドロー……《魔導戦士 ブレイカー》を召喚。効果発動。セットスペルを破壊」
「《次元幽閉》。そう、2枚目の《次元幽閉》ですが破壊されてしまいましたねえ」
 一手遅れの《次元幽閉》を破壊されても動じない。当て込んでいる。 「だって貴方は弱いから」 高打点はそれ自体が一種の防具。他方、ミィの手持ちで跳腕を上回るモンスターは《BF−激震のアブロオロス》のみ。これをアドバンス召喚するにはリリースが足りない。壁を出したところですぐに砕かれる。いつまで経とうが貯金などできやしない。永遠に搾取され続ける。
「どうされました? おねむですか? 目覚ましならここに電気ショックが……」

 それでもできることはある。

「いくよ、アブロオロス。あの人の 『跳腕』 は、わたしたちの 『激震』 でぶっ壊す」
 ミィは絶望しなかった。狂おしいほどの痛みを待っていた。
「わたしはカードを2枚セット」
「おやおや沢山伏せますねえ」
 余裕の 『跳腕』。しかし次の瞬間 ――
(まずは向こうの、余計にみえてる 『表』 を取る)
 『跳腕』 に文字通り 『激震』 が走る ――



エクスチェンジ
通常魔法
お互いのプレイヤーは手札を公開し、それぞれ相手のカード1枚を選択して自分の手札に加える。



「発動成功。《エクスチェンジ》」
「《エクスチェンジ》……ですと!?」
(不味い。奴はあれを奪う気か……)
「わたしは《次元幽閉》をもらう。そちらもどうぞ」
「私は……私は……その1枚……あぶろおろす……を選択」
「《次元幽閉》をフィールドにセットしてターンエンド。引いてください」
 『引いてください』 その言葉に込められた意味。わからぬわけがない。
「なんと……猪口才な……」

Turn 7
■跳腕のウエストツイスト
 Hand 3
 Monster 2(《コアキメイル・パワーハンド》《コアキメイル・パワーハンド》)
 Magic・Trap 0
 Life 8000
□ミィ
 Hand 0
 Monster 1(《魔導戦士 ブレイカー》)
 Magic・Trap 3(セット/セット/セット)
 Life 3800

「私のターン……(通常罠を引け……)ドロー……」
 《リビングデッドの呼び声》。違う。これではない。ワンアクションでラッシュを狙える良いカードではある。しかし紙一重でこれではない。通常罠でなければ、通常罠でなければ駄目なのだ。永続罠では。
「その様子だと引けなかったみたいですね。跳腕のウエストツイスト……さん」
「猪口才な。《エクスチェンジ》とはやってくれましたね。私のハンドに1枚しか通常罠がないと期待しての博打プレイ。若いというのはこうも無軌道ですか。なんという雑な闘い!」
「違う。引けるかどうかは確かにギャンブル。それでも! ハンドにこれ以上通常罠がないのは、《エクスチェンジ》を使う前からわかってた。あなたが教えてくれたから」
「馬鹿な! 私は自分の手の内を教えるような真似などしていない。精々が《次元幽閉》1枚」
「あなたはわたしが弱っちいって知ってる。弱っちいって知ってるから、強気に攻めるのが一番だと考えてる。手札にある罠は兎に角片っ端から伏せればそれでいいと思ってる」
(そういえば、確かに……) 
 コロナが内心頷く。弱者からは強気に毟るのが最善。慎重策は余計な活路を与え、決闘を長引かせるに過ぎない ―― 跳腕のウエストツイストの戦法は 『迅速なる搾取』 に基づいていた。
「《コアキメイル・パワーハンド》は、場に何体いても1枚通常罠があればそれでいい。なら伏せるよね。持っておかないといけない1枚以外は、引いた先から全部伏せちゃうよね」
「味な真似を……なんて言うとでも思いましたか? 貴方はわかっていない! 《次元幽閉》に目を奪われ! 私のフィニッシュ・カードがみえていない!」
 跳腕がその巨大な腕に気を集中させていく。
「貴方が《次元幽閉》を使いこなせるかどうかなんて知ったことではありません。全部纏めて吹き飛ばすのですから。自壊する前に一花咲かせてみせましょう……高等呪文《大嵐》!」
「リバース、《八汰烏の骸》! このカードはデッキから……」
「そんなところでしょうねえ。お引きなさいお引きなさい。弱者に起死回生はない!」
「ミィ!」 痛みも忘れてコロナが叫ぶ。
「これで貴方を守るものは何も……なに!?」
 嵐が過ぎ去ったとき、ミィの周りには何者も通さぬ防御フィールドが張られていた。
「《和睦の使者》。これでこのターンの攻撃は通らない。パワーハンドは自壊する」
「猪口才な……。意地でも犬死にさせたいと、そうおっしゃりますか」
 "表" 一辺倒の跳腕を非力なミィが強引に咎める。その先にあるものを見たがって。
「ククク……フハハハ……アーッハッハッハッハ! ならばこそ! 思い知らせましょう!」
 跳腕が嗤った。今までとは違う。激しく嗤った。激しく嗤い、新たな動きを見せる。
「跳腕と貴方では地力が違う。メインフェイズ2、2体の《コアキメイル・パワーハンド》をリリース!」
「あ!」 コロナがまたも叫んだ。相手は格上 ―― 跳腕のウエストツイスト。
「知らない最上級なら押しつけても大丈夫、そう思われたようですが残念でした。アテが外れましたか? 使わないと使えないは違う! 『下級最強』 に辿り着くまで、それ相応のキャリアを積んでいる。最上級モンスター、《BF−激震のアブロオロス》をアドバンス召喚! 最上級にしては随分とぬるいモンスター! まるで手応えがありません! 私はマジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
 跳腕の壁は厚い。
「ありがとうございます、変態さん」 にもかかわらず、ミィはにこりと微笑んだ。

「ドロー。わたしの戦術はまだ終わっていない。いくよ、アブロオロス」
 ミィは一言相棒に呼びかけると、1体のしもべに指令を下す。
「あなたはそのアブロオロスを使ってわたしの "裏" をかこうとした。わたしが悔しがる顔をみようとした。今ならわたしも "裏" をかける。中古ブレイカーで……《BF−激震のアブロオロス》に攻撃!」
 何の躊躇いもなく突進するブレイカー。無論アブロオロスの頑強な表皮には傷1つつけられず、反撃のアイアンクローが炸裂する。ダメージ1000、遂に3000を切る。
「コンバットトリックもなく仕掛けるとは血迷ったことを。これで……なにぃ!?」
「アブロオロス! 【激震のバウンスウイングU】! ブレイカーをハンドに戻せ!」
「馬鹿な! なぜ勝手に戻す!」
「《BF−激震のアブロオロス》の効果。アブロオロスと戦闘したモンスターは破壊されずにハンドに戻る。中古を新品にしてくれてありがとうございます。おかげで勝ち目ができました」
 ミメインフェイズ2。《魔導戦士 ブレイカー》を再召喚するミィ。
「効果発動。あなたのマジック・トラップゾーンのカードを破壊します」
 唖然とする跳腕のウエストツイストを余所に、《リビングデッドの呼び声》を破壊するミィ。実質、《コアキメイル・パワーハンド》の復活を、【ハイビート】の一角を潰した格好。
「わたしはマジック・トラップを1枚セットしてターンエンド。どうぞ!」
 一瞬の出来事だった。 "裏" はある。アブロオロスという名のでっかい "裏" が。
「私の意にすら反する強制効果だと!? なんだこのモンスターは。ゴミではないか」
「違う! アブロオロスだ! カードにはシナジーがある。組み合わせによってカードの長所を高め合ったり、カードの短所を打ち消したり。徹底した【ハイビート】は強力だけど、召喚して殴るばっかりになる。わたしもそうだった。でも決闘はそれだけじゃない。わたしはそれを学んだ!」
「シナジー? おまえの単純なデッキにシナジーだと。そんなものが……そんなものが……」
「探せばある! 一晩中カードと睨めっこすれば、いつかカードは応えてくれる。見た目以上の決闘をしてくれる。わたしの力が足りないからアブロオロスは中々飛べなくて。だけど! そんなアブロオロスも、カードとカードが絆を結べば120%の力を発揮できる。これがわたしのデュエルタクティクス……【激震のスプレッドウィング】だ!」
「ただゴミを押しつけただけじゃないか!」
(なんだこいつは。なぜこうも生き生きと。次のターン、アブロオロスで中古ブレイカーを殴る。1000ダメージを与えられるが手札に戻る。いや待てよ。あの自信ぶり。また《和睦の使者》でも使われればライフすら削れず、中古のブレイカーを新品にするだけじゃないのか? 罠も罠潰しも尽きている。このままではまた決闘が長引く。なんだこのモンスターは。決闘が全然終わらないじゃないか)
「あなたの場にアブロオロスがある限りわたしは負けない。負けるわけが! ない!」
 特に根拠があるわけでもない。
(これ以上アブロオロスを私の場に留めるのは危険だ。何をされるかわからない)
 特に何かあるわけでもない。
「凄い! アブロオロスが場を支配している!」
 特に支配などはしていない。
「ターンエンド。さあそちらのターンです。どうぞ」
 にもかかわらず、ミィは跳腕と渡り合いつつあった。

Turn 9
■跳腕のウエストツイスト
 Hand 1
 Monster 1(《BF−激震のアブロオロス》)
 Magic・Trap 0
 Life 8000
□ミィ
 Hand 1
 Monster 1(《魔導戦士 ブレイカー》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 3800

「ドロー……アブロオロスの能力は半端に知っていましたが、まさかこれ程のゴミだとは。よくも、よくも私をコケに。ドロー。もうこんなゴミは要りません! 《BF−激震のアブロオロス》をリリース、2枚目の《サイバー・ドラゴン》をアドバンス召喚。そして! 墓地にある1枚目の《サイバー・ドラゴン》をゲームから除外。攻撃力1900、《霊魂の護送船(ソウル・コンヴォイ)》を特殊召喚」
 跳腕のウエストツイストは、得体の知れない何かについて考えるのをやめた。
 動かせる駒は未だ残っている。自分の土俵で闘えばいい……そう決めた。
「《霊魂の護送船(ソウル・コンヴォイ)》で中古ブレイカーを撃破、《サイバー・ドラゴン》で……これが【ハイビート】による迅速な搾取。いい加減死ね! エヴォリューション・バースト!」

跳腕のウエストツイスト:8000LP
ミィ:2500LP

 《サイバー・ドラゴン》のブレス(というよりはレーザーキャノン)が直撃……いや、正確には直撃していない。《ガード・ブロック》。跳腕が呻く。またしても、またしてもディレイ発動。ミィは完全にマスターしていた。ガードブロックでバトルダメージをゼロにしつつ、それでいて衝撃波によるフィジカルダメージを最大化する高等技術を完全にマスターしていた。ミィが初めて習得した高等決闘技術。
「なぜそんなことを……」
「ライフがなくなったら終わっちゃうから、《ガード・ブロック》を使わないわけにはいかないけど、折角巡り会えたのになんか勿体ないなって。こうして喰らってみるとわかるんです。同じ攻撃力でも、《サイバー・ドラゴン》と《コアキメイル・パワーハンド》じゃ衝撃波が違う。伝わります、想いが」
 跳腕のウエストツイストは思わず一歩引く。
(なんだ。なんだこいつは。おぞましい。おぞましいぞこいつは)
 跳腕が狼狽するさまを眺めながら、コロナは不可思議な光景に頭を捻っていた。
(プレイングとかそういうのじゃない。あの人、触るのもおぞましいって感じでリリースしちゃった。ミィのやることを怖がってる。あの人は付き合いたくない人なんだ。綺麗さっぱり拭き取りたい人なんだ。強い部分としてみてたけど、同時に弱い部分でもある。この勝負、もしかしたら……)

「わたしのターン、ドロー……」
「貴方がやったことなど所詮は時間稼ぎでしかありません」
「時間稼ぎの何が悪いんですか?」
「知れたこと。決闘とは勝敗を競うもの。何事も勝利に繋がってこそ意味がある。勝利をあげ、勝率をあげる行動こそが意味を持つ。無意味な引き延ばしなど害悪でしかありません」
「わたしもそう思います。あんなのはもういらない。わたしはもう自分を裏切らない」
「何の努力目標か知りませんが、戯れ言もいい加減にしてもらいましょう。貴方はまだ、一度だって真っ向から私の連隊を打ち倒してはいないのです。貴方のデッキではそれが限界なのです」
 激高する 『跳腕』。しかし 『激震』 は、人差し指を立て誤りを正す。ここだ。ここしかない。ミィが送り込んだ "裏" から跳腕は退いた。その代償、支払わせるのは今しかない。
「何か勘違いしているようなので。わたしのデッキには1種類だけ入ってます」
 ミィは手札から、1枚のカードユニットを跳腕に向けて披露する。
「またしても激震のアブロオロス。一体何を……」
 『激震』 から逃げた先にあるもの、それもまた 『激震』。
「激震の技は1つだけじゃない。このカードを墓地に送り!」
 ミィの両手が美しく輝き、稲光が煌めいて。
「ば、ばかな!」 この輝き、紛れもなく大呪文。



Duel Orb Liberation

Lightning Vortex ! !



 ミィの両手から発射された雷撃砲。2体のしもべを消し炭に変える。
「ようやく引きました。時間稼ぎというのも悪いことじゃないと思います」
 今のミィに力みはない。全力を、淀みなく掌に集中できる。これぞ!
「これが【激震のブリッツウイング】だ! そして! アブロオロスが墓地に落ちたことでこのカードをわたしは使える。《貪欲な壺》を発動。デッキからカードを2枚引く」
 ご存じ、【激震のドロップウイング】である。
(ミィはあんなカードまで使えたんだ。無理攻めでもいけると当て込んでいたあいつにはショックがでかい。《エクスチェンジ》に《魔導戦士 ブレイカー》、あ〜んど、《ライトニング・ボルテックス》に《貪欲な壺》。扱いの難しそうなアブロオロスを完璧に使いこなしている)

※よくわかる『激震』一覧表
激震のバウンスウイング……敵軍のしもべを撤退させる
激震のバウンスウイングU……敵軍に送り込み、自軍の一時撤退を助ける
激震のドロップウイング……墓地に落ちることで《貪欲な壺》の発動条件を満たす
激震のブリッツウイング……コストになることで《ライトニング・ボルテックス》の発動条件を満たす
激震のスプレッドウィング……《エクスチェンジ》で敵軍に潜入、あらゆる意味で多大な戦果をあげる
激震の???????……?????????????????????????????

(なぜだ。なぜこんな奴に私が押されているのだ)
「《キラー・トマト》を通常召喚。ダイレクトアタック」

ミィ:2500LP
跳腕のウエストツイスト:6600LP

「ライフ、削っちゃいました」
(なんだこいつの決闘は。意味がわからない。この私がアブロオロス如きに……)

Turn 11
■跳腕のウエストツイスト
 Hand 0
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 6600
□ミィ
 Hand 1
 Monster 1(《キラー・トマト》)
 Magic・Trap 0
 Life 2500

「私のターン……11ターン目……11ターン……こんな小娘に11ターンも……」
 予想通りだ。ミィは思った。長所と短所は紙一重。攻防一体の強みを持つレザールも城壁を壊されると攻め手が鈍るように、一見するとそつのない跳腕のウエストツイストのデュエルフォームにも何かしら付けいる隙はある。ミィはラウの戦法を思い出していた。元々の力の差を考えれば、事ここに及んでも精々五分がいいところかもしれない。それでもミィは、ひたむきに突破口を探る。
(この人は早い決闘に拘ってる。慣れてる。なら逆をいければ、なんとか長期戦に持ち込めれば崩れる可能性はある。そうすれば、そうすればチャンスだってある。それに……)
「手札がゼロになろうとも! 私のデッキは即戦力で出来ている。この程度で優位に立ったと思われては困るというもの。ドロー! 私は手札から《ニュート》を召喚。《キラー・トマト》に攻撃を仕掛ける」
「《キラー・トマト》の効果、《キラー・トマト》をデッキから特殊召喚」
(それに……こんな楽しい決闘。こんな楽しい決闘なら何時間やっててもいい)
(なんだ。なぜ笑っている。その笑みは一体何の笑みだ。おぞましい、おぞましいぞ)
 捕食者と被食者。その関係は絶対である、そう彼は信じていた。
 跳腕のウエストツイストは狼狽する。私は捕食者。奴は被食者。私が奴を、捕食者が被食者を、 『跳腕』 が 『激震』 を嬲ることはあっても、その逆はない。ない筈だ……待てよ。奴はこう言った。 『わたしが求めた決闘』 であると。あの小動物がこの跳腕のウエストツイストを捕食するというのか。後数発というところまで追い込んだ。負ける要素はない。ない……筈だ。跳腕のウエストツイストは冷や汗をかく。正確には、冷や汗をかいている己に気づく。馬鹿な。そんなことは有り得ない。

「わたしの番、ドロー。《デーモン・ソルジャー》を召喚。バトルフェイズ、《デーモン・ソルジャー》で《ニュート》と相打ちを取って……《キラー・トマト》でダイレクトアタック」
「やったやった! 《ニュート》は《デーモン・ソルジャー》より性能いいけど、直接対決での相打ちなら差はでない。ミィの攻めが続いてる。いける、いけるよミィ!」

跳腕のウエストツイスト:5200LP
ミィ:2000LP

「ひゃっほう! わたしはマジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」
 またしても、またしてももつれ込む。これではいつまで経っても終わらない。焦燥を深める跳腕のウエストツイストとは対照的に、ミィのテンションは上がっていく一方だ。
(遂に13ターン目。そんな馬鹿な。今日のノルマが。通算300勝はもう目前だと言うのに。ああ、このままでは決闘計画の時間もなくなる。きちんと時間を割けなければ勝ち星が、勝率が……罪悪感を覚えないのですか。私の時間を奪って、一抹の罪悪感さえも抱かないのですか)

 人の時間を無理矢理奪って勝ち星に変える強制決闘猥褻犯が言う言葉ではない。しかし、跳腕には最早、ミィを襲っているという実感はない。むしろミィが、 『襲われる』 という大義名分をいいことに、正当防衛をいいことに、跳腕のウエストツイストを逆に襲っている、そう思えてならなかった。このミィという小動物は、跳腕のウエストツイストが自分よりも格上であることを、情け容赦なく白星を食い尽くす力量と意思があることを理解した上で襲いかかっている。言うなれば ―― 合法的な格上狩り。

「随分長い決闘になってしまった。貴方の時間を奪ってしまった。実に悪いことを……」
「わたしは全然大丈夫。だって決闘したかったから。あなたと決闘したかった!」
 跳腕のウエストツイスト、またも一歩後退。
「貴方には迷惑をかけてしまった。貴方がよければここで切り上げて……」
「嫌です。絶対嫌。こんなに楽しいのに、そんなの絶対嫌!」
 跳腕のウエストツイストは更にもう一歩後退。もう後がない。
「続けましょう。わたし、あなたの決闘が好きになってきました」
「貴方は、貴方はこの私のことをなんだと思ってるんですか」
「親身になってわたしを追い詰めてくれる、最高の変態さんです!」
(ふざけんじゃ……ねええええええええええええええええええええええええええええ)
「あれ? どうしたんですか? 長考? 大丈夫です! 時間はありますから」
「来るな。来るんじゃない。私に近付くんじゃない。来るな……来るな……」
「あれ? どうしたんですか? どうせならもっとお互い近づいて、仮面も取って……」
「私に近付くなあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 ミィが踏み出したのはほんの一歩であったが、激高した跳腕のウエストツイストは両腕の 『跳腕』 をミィに向けて発射する。かろうじて、 『決闘小盤』 で受け止めるが衝撃により後退。それが不味かった。散々ノーガードで猛攻を受け続けたミィは、既に空間の端ギリギリまで後退している。それが何を意味するか。ここは1階ではない。ミィの後ろには壁もなく。柵も壊れている。落下。途中で階段に頭からぶち当たり、尚も落下する。跳腕を直にぶつけられた決闘盤のことが一瞬気になり ―― 「ああ、これで決闘が続けられなくなってしまう」 ―― 受身を取ることができなかった。薄れゆく意識。取り戻したかった。挑む心を取り戻したかった。その為には自分の身を痛めつけなければいけないと思った。高いところから落ちて受身を取らなければいけないと思った。高く、高く、もっと高く。1人遊びじゃ駄目だと思った。誰かに突き落として貰いたかった。自分なんかを全力で突き落とたい人間なんているだろうか。いる。強制決闘猥褻犯……
(死んじゃうのかな。折角、なんかみえてきたと思ったのに。駄目かな。決闘者にはなれないのかな) 
 ほんの数秒の落下の間、ミィは意識を加速させ、次第に意識を失う。全てが終わった……

 一瞬の出来事だった。

 それはなんの音だろう。それは床を抉る音。異常とも言える踏み込み。異常とも言える加速。それは落ち行くミィを激突寸前でキャッチ……キャッチ&リリース。置き捨て空飛び奴を追う。奴とは誰か。知れたこと。ミィの落下にパニックを起こし、その場から脱兎の如く逃げ去った跳腕のウエストツイストに追い縋る……いやむしろ追い詰める。十分距離を取り、後ろに誰もいないことを確認した跳腕のウエストツイストは前を向く。しかしてそこには奴がいた。恐るべき跳躍を用いて跳腕を追い越し、空中で四回転してから着地を決めるもう1人の仮面決闘者。月下の跳人ここにあり。
「何者だ、貴様は……」
「決闘盤を構えろ。この夜に必要なのはそれだけだ」

「ミィ! ミィ! おい大丈夫か! ミィ!」
 聞き慣れた声だ。誰かが叫んでいる。誰?
「ラウンドさん……ラウンドさんが……助けてくれたんですか?」
「おれじゃない。そんなことはどうだっていい。なんでこんな……」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。どうしても、自分を許せなくて」
「どうしても勝ちたかったんだろ。おれやテイルとは違う。おまえは必死だったんだ。悪かった。おまえの気持ちをちゃんと確認しなかったのはおれのミスだ」
「謝るのはわたしの方です。折角ラウンドさんに決闘を教えてもらったのに、それを踏みにじって。取り戻そうとしたけど駄目だった。わたしは決闘者になれない。裏切り者のまんま……」
「裏切り者はルールを破ったあいつだ。おまえは立派に闘った、おまえの勝ちだ」
 気が付くとミィは泣いていた。ミィは泣きながら首を振る。
「本物の決闘者なら、本物の決闘者ならきっとあれを避けてた。当たっても落ちたりしなかった。落ちても受身を取ってた。 『跳腕』 に負けたりしなかった。闘い続けることができた」

「必要不要など知ったことか! おまえも私の目の前から消えてしまえ!」
 跳腕のウエストツイストは右腕の 『跳腕』 を発射するが、クイックハンドからのディスクスローによって簡単に弾き返される。 「先攻」 強襲者は小さく呟く。 「戯れ言を」 激しい怒りと共に、両腕の 『跳腕』 を乱射するウエストツイスト。当たらない。当たる気配すら感じられない。必要最小限度の動きでかわす強襲者。 「ドロー」 無傷。 『跳腕』 の乱射を喰らって全くの無傷。
「決闘盤を構えろ。腕力に訴えるなら腕をもぐ。逃げるつもりなら脚を砕く。無駄口叩くなら舌を抜く。五体満足に切り抜けたいならカードを引け。落とし前はきっちりつける。決闘だ」

「コロナに勝ちたいと思った。勝てると思った。わたしに似てて、わたしより上手くて、わたしより格好良くて、わたしよりも弱いから! だってわたしよりも弱いから! リードさんに、あの人に熱意だけはあるって売り込んだのに、挑戦する心を捨てて……それが……1つ目の裏切り」
 ラウの理解とほとんど違わない解答。ラウはその先を聞きたがる。1つ目。ミィはそう言った。
「勝ちたいから決闘したのに。初めてだった。自分のやってることが何もかも上手くいくなんて初めての経験だったんです。それが凄く楽しくて。楽しくて楽しくてそりゃもう楽しくて」

 黎明期の勝利など気休めにもならない。ラウがそう言えるのは、何をやってもある程度は必ず勝てるから。ラウは自分を完全無欠だとは思っていない。むしろ不完全性に悩んでいる。それでも、 "自分が無敵になれる小さな空間" の1つや2つ、望めば幾らでも手に入れられた。

「楽しくて……アブロオロスを召喚できると思った。召喚した。わたしは……わたしは……」
「ミィ……もういい……もう十分だ。よくわかった。もう喋らなくていい。大丈夫だ」
「ラウンドさんはいつだって正しかった。いつもわたしが、今より上手くなれるよう取りはからってくれたのに。それなのに、わたしは挑むことを裏切って、勝つことまで裏切った!」
(何が言える。決闘への執着を持ちきれない自分に何が言える)
 ラウは、涙ながらに叫びを上げるミィの、小さな両肩に手を置いた。
 大したことは言えない。そう知って尚、ラウはミィに言葉をかけた。
「おまえには果たすべき義務が幾つかある。まず1つ。高い金を払って、おまえの着ている服からなにから片っ端から調べる破目になったおれに謝れ」
 ミィはぽかんとした。ほんの一瞬、時間が止まったような感覚。
「謝れ」 「あ、あの……服をどうこうして……ごめんな……さい」
「次は無断で欠席した件について。おまえの所為で、会議に付き合わされる破目になったテイルとパルムに後で謝って礼を言え。今こうして話していられるのはあいつらのおかげだからな。それと勿論、心配を掛けた親御さんにも謝っておけ」
「ラウンドさん、あの……」 「黙って聞け。後はリ……」
 ジャストタイミング。ラウの携帯が鳴る。リードからだ。
「ラウ、何かあったのか? ミィは無事か!?」
「ミィは無事だ。特に差し迫った問題はない。それよりなぜ電話に出なかった。確か、あの日の仕事は既に終わっていたような気がするんだが……」
「携帯の電源が切れててさ。で、ミィは……」
 ラウは最速で電話を切る。息を吸って、息を吐き、電源まで切る。
「リードに関しては謝らなくていい。その分はおれにもう一度謝れ」
「あ、あの……」 「謝る気はないのか?」 「あ、あります。ごめんなさい!」
「よし、良い子だ。明日からまた頑張ろう。立派に勝てる日もいつか来る」
「え? あの……」 「練習するよな。その気はあるんだよな。そうだよな」
 ミィはコクコクと頷いた。それはもう、キツツキのようにコクコクと。
「今回の一件はおれも迂闊だった。その点に関しては謝罪する。ごめんな。反省してお互い次に活かそう。じゃ、おれらの話はこの程度でいいとして……ミィ、右を向け」
 呆気にとられた格好のミィが右を向く。事態の把握に数秒を要したが、すぐにその顔が曇った。思い出したのだ。もう1人いる。ミィの告白を、1つ残らず聞き届けたもう1人がそこにいる。
「コロナ……」 反射的に逃げようとするミィだが、ラウががっしりと肩を掴む。
「積もる話もあるだろう。本当は2人っきりにしてやりたいが、今の状況でそうするわけにはいかないからな。夜のボディガードがてら同伴させてもらう。コロナ、こちらの話は全て片付いた。言いたいことがあるなら1つ残らずこいつに言ってくれ。安心しろ。他言はしない」
「ラウンドさん、あの……」 「逃げるなよ。ここで逃げるならおまえとはこれきりだ」
 ラウはそこまで言い終わると、ミィの肩から手を離し、何メートルかの距離を取る。
 入れ替わりになる形でコロナがミィの近くまで歩き、真横に座る。
「凄い決闘だった。今のわたしにはとてもできそうにないかな」
「あの、その、あの時は……その……」
 コロナは敢えてすっとぼける。
「わかるの。ミィの本気さってか熱意が。なんか羨ましいなあって思う」
 ミィは首を振る。そんな風に言われるのが逆に辛かった。
「コロナはあんなにいい決闘ができる。自分で自分のプライドを守れる決闘者なのに。わたしは何もみてなかった……見て見ぬふりをしたんだ。わたしは決闘者の誇りを捨てたんだ」
「あのね、ミィ。あたしはその……プライドを守る為にあいつらと闘ったんじゃないの」
 「え?」 ミィは素っ頓狂な声をあげ、意外そうに身体を起こした。
「あ、いや、そういう気持ちもなくはないんだけど」
「コロ、ナ……?」 「なんていうかな。え〜っと」
 コロナは少しだけ考えてからこう言った。
「あたしね、実は次女なの」

???:8000LP
跳腕のウエストツイスト:8000LP

 跳腕のウエストツイストは絶望した。跳腕を軽々とかわすこれは、女の姿をした別の生き物。いつも自分がやっていることの数段上の所業。削られる。毟り取られる。何もかも奪われる。
 彼の場には《コアキメイル・パワーハンド》がいた。《次元幽閉》もセットされている。そうそう負けるわけがない……願望でしかなかった。本当はもうわかっている。これは、自分とは違う生物だ。
「なぜこんな真似を。貴方はこんな横暴を振りまいて楽しいのですか!」
「楽しくはないよ。あんたはもう負けてるから。それでも ――」
「負けている? 馬鹿な、私は198連勝中の跳腕のウエストツイストだ」

「正々堂々真っ向勝負を挑んで198連勝。常に相手を選んで198連勝」

「あんたには腕がある。相手を選べば真っ向勝負を貫けるぐらいの腕前が」

「自分で選んでいないこの決闘は最初からノーカウント。決闘ではなく単なる事故」

 図星。全て見抜かれている。仮面の決闘者は、全てを肯定した上で一蹴する。
「それはそれでいい。余所からみてどれだけ可笑しくみえても、自分の決闘(ルール)は自分の決闘(ルール)
 仮面の決闘者は力強く脚を踏み出す。圧倒的圧力。狼狽の念に取り込まれる跳腕。
 逃げ場はない。そんなものはどこにもない。彼女は、最後の言葉を突き付けた。
「なら自分の決闘(ルール)は守れ。あんたはあの娘に負けたんだ。貫いたのはあの娘だ。私は落とし前を付けに来ただけ。あんたが無理矢理いたぶった(コロナ)の分、ちょいと利子付けて殴り討つ」

「アリアお姉ちゃん。幾つか深刻……本当に深刻な例外もあるけど、なんでもできる自慢のお姉ちゃん。あたしさ、時々シェルとティアに頼りないと思われてるんじゃないかって不安になるの。3人で行動してるときは特に。3人の中では一番年上だからなにかと代表になるんだけどね。あの時も、ほんというとあたしは逃げたかった。だけどシェルが文句言おうとしてたから。ここであたしが何も言わなかったら……そう思って声を出したのかも。あたしはミィが言うほど立派な決闘者じゃない。ちょっとミィが羨ましいかも。あんなまっすぐに決闘のことを考えていられる」
「そんなことない! あの時のコロナは凄かった。格好良かった。わたしが勝てなかったブラザー兄弟にコロナは勝った。妬けちゃうくらいに、コロナは凄く格好良かった。なのに、ごめん……」
「ありがと。それじゃあ、えっと……友達になってくれない?」
 「え?」 ミィは再び素っ頓狂な声をあげた。言ってる意味がわからない。
「とも……とも……え?」 「あ、駄目?」 「いや、あの、そんな資格は……」
「資格とかどうでもいいから……あたしと友達になってよ、ミィ」
 ミィは、静かにこくんと頷いた。

「エンドフェイズ、《砂塵の大竜巻》を発動。第1の効果でセットカードを吹き飛ばし、第2の効果で2枚目のセットカードを吹き下ろす。ドロー。墓地から《不死武士》を特殊召喚し……《サルベージ・ウォリアー》を生贄召喚(サクリファイス・サモン)。効果発動。墓地から《共闘するランドスターの剣士》を釣り上げる。レベル5の《サルベージ・ウォリアー》にレベル3の《共闘するランドスターの剣士》をチューニング」
 決闘仮面が振りかぶった。普通のC G(カードゲーマー)ではない。普通のCGはあのようなおぞましいほどのオーラを撒き散らしたりはしない。関節の可動域を完全に超えてまでしなりをつけたりはしない。決闘者だ。おぞましいほどの決闘者だ。殺される。跳腕のウエストツイストは後退った。ライフが8000あるとか、目の前に自慢のエースカードがあるとか、そういうのはもう関係ない。殺される。これはもう殺される。世間を騒がす強制決闘猥褻犯跳腕のウエストツイストに似つかわしい状況ではなかった。しかし、絶対的な恐怖が主義主張理念理想を吹き飛ばし、彼に叫びを上げさせる。
「やれ! パワーハンドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
 決闘仮面は、まるで怯まず床を踏み抜き、凶腕を振り抜いた。
同調召喚(シンクロ・サモン)



闘技場に黒鉄の戦士が立っていた

素手である 他に何もいらなかった

剣も 槍も 斧も 銃でさえも生温かった

黒腕は近づく者全てを殴り殺した

闘志である 他に何もいらなかった

剣も 槍も 斧も 銃でさえも殺しきるには至らない

不屈の闘志が何度でも闘技場に駆り立てた

その一撃 肉を抉り

その一撃 骨を砕き

その一撃 魂を穿つ

闘い 闘い 尚も闘い続けた

その姿 万世不易(ばんせいふえき)の闘争機関


Gigantic Fighter -- Synchro Summon !

Attack Point : 2800 / Defense Point : 1000



「殺られてたまるかああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 黒い体躯に赤い眼光。殺されるわけにはいかない。跳腕のウエストツイストは跳腕を前面に展開。正規のガードシステムに違法改造を加え、物理的な衝撃反射に特化した対警察用の一品。その気になれば飛び道具さえも防ぐ。砕ける筈がない。跳腕が全霊を注ぎ込む。
「最強の腕を持つこの私こそ、最高の勝率を ―― 」

 私の決闘に 私の【ハイビート】に下克上は存在しません
 弱い者に勝ち 強い者に負ける それの何がいけないのですか
 私は記録をみるのが好きでした ある選手の記録を調べます
 リーグ最下位の常連から執拗に星を奪う 奪って奪って奪い尽くす
 そして彼は200勝選手として大きな価値を持つに至ったのです
 はっとしました 何を迷うことがあるのでしょうか ありません
 強者が相手でも弱者が相手でも1勝は1勝 常に等価値なのです
 白星の多さこそが意味を持つ 黒星の少なさこそが意味を持つ
 決闘とは 勝ち星を増やし 勝率をあげる それが全ての競技
 幸いにして 私には勝てる相手がいるのです 探せば常に!
 勝てる相手を探すところから決闘は始まっているのです
 迅速に そして確実に 勝ち星を積み上げるのが私の決闘
 私は選びました 選ぶところから既に勝負は始まっているのです
 あの尻尾男(テイルマン)のような 得体の知れない相手とは闘わない
 私は常勝無敗の……なぜだ。なぜあんな小娘に ――


  一撃目、黒き腕を持つ《ギガンテック・ファイター》が、《コアキメイル・パワーハンド》の鉄指を和紙でも千切るかのように身体ごと抉り飛ばし、突き抜けた衝撃波が跳腕の脚を止める。

  二撃目、《バスター・モード》で加速した《ギガンテック・ファイター/バスター》が、跳腕という名の盾を無造作に殴り砕き、身体ごと跳ね飛ばす。

  三撃目、《破壊指輪》で追加装甲をパージ、《ギガンテック・ファイター》が第三の加速に入る。跳ね飛ばされた跳腕のウエストツイストに追いつき、肉を、骨を、そして魂を砕く。



黒 腕 戦 技(ブラック・アームズ)


三 陣 千 葬(カーネージ・オブ・アリーナ) ! !



「【Black Arms】。(コロナ)の分だけ、手加減の手を抜いといた」
 跳腕のウエストツイストは飛んだ。跳ぶを超えて飛んだ。
 決着。誰の目にも明らかな、これ以上ない程の決着。

 しかし既に、倒した男は端役に成り下がっていた。
 最後尾から駆け込み、舞台に躍り出る1人の男。

「黒い《ギガンテック・ファイター》か。珍しいな」 「…………っ!」
 声がした頃には襲いかかっていた。声がした頃には避けていた。
「かわされちゃった、が、そのぐらいは想定してたよ。狙いはこっち」
 いつの間に。引っかけた尻尾が一本釣りで仮面を奪う。
「名は体を現す。尾行は得意なんだ。アリア、久しぶりだね。元気してた?」
「…………」 仮面の下にあるのは、紛れもなくいつかみた彼女。
「中々派手にやったもんだ。真っ白な筈の《ギガンテック・ファイター》が真っ黒け。まあでも世の中には、光属性の《サイバー・エンド・ドラゴン》に黒い個体があるって聞くし、闇属性の《ギガンテック・ファイター》に黒い個体がいてもそうそう不思議なことでもないか。むしろびっくりなのは化け物じみた威力の方だね。頭おかしい威力の衝撃波を累乗で叩き込んだらそりゃ折れる。で、こいつ生きてんの?」
 テイルは、跳腕を失った単なるウエストツイストに近寄り、一瞥する。
「あ、生きてた。なんだかんだで、こいつも餌として役に立ったってわけだ。いやなに、大したことじゃない。あんたの出現予測が立てられなかったから、あんたに狩られそうな奴を適当に見張ってたってだけの話でさ。中々苦労したんだぜ。発信器仕込んで今日も粘り強く……とかやってたらミィが決闘してたりとか。さっさと助けても良かったんだが、あの場で 『愛の決闘者テイル様参上! ミィ、助けに来たぜ! I love you!』 とか言ったところで 『帰れ』 と言われるに決まってる。ああそうそう。ミィを助けれてくれてありがとな。おれの潜伏場所からは位置が悪かった。なんだかんだで、あんなもんでもチームメイトには違いない。こっそり《八汰烏の骸》を貸してみたりとか、こっそり跳腕のウエストツイストの出現パターンめいたものを教えてみたりとか、リードにばれると大目玉食らいそうなこともやってるし。あっと、どこまで話したっけ。餌にしたってところまでか」
 テイルは、失神したまま寝転がっているウエストの細い男を親指で差した。
「こいつは自分の欲望の赴くままに決闘を強いてまわった。ミィは自分の欲望の赴くままこいつを迎え撃った。おれは自分の欲望の赴くままこいつを餌にして、そしてあんたは自分の欲望の赴くままこいつをぶっ倒した。何の問題もない。夜は勝手気ままな欲望の世界、何の問題もない」
 テイルは、男を放っておいて少しずつ前に進む。
「秩序はない。あるとすれば空気を読むくらいか。ミィが落ちたあの瞬間、ジャストタイミングで現場に来たんじゃない。あんたは違うところに潜んでいた。大方、ミィがあの場に現れてから数秒遅れってところだろ。あんたはギリギリまで手出ししなかった。あんたは空気を読んだんだ。決闘者の 『心』 があんたにはわかる。なのになんで……表に出てこない」
「家庭の事情」
「そうかい。ところでおれはどうすればいいのかな。あんたの正体は、あんたが嫌がるなら黙っていてもいい。それどころか全部みなかったことにするのが一番かも知れない。あの出鱈目な破壊力をみておいて、どうこうするなんてどうかしている。そういう考え方もある。触れない方がいいのかも……」
「言いたいことがあるなら言えばいい。むしろ一言で言えばいい」
「ここを抜けて、ず〜〜っと行った先にタワーがある。夜景が綺麗なんだ。デートしない?」
 次の瞬間、アリアの踏み込みを受けた廃屋の床が丁度テイルのところまで崩れる。
 同時に、2人の決闘者が飛んだ。アリア・アリーナとテイル・ティルモットが飛んだ。

「くっそ! ラウの野郎電話切りやがって。ミィは一体どこに…………ってうわ!」
 リードの横を強烈な衝撃波が突き抜ける。振り返ったがもうそこには誰もいない。
「なんだ? 今の衝撃波は……」

「ママ! あの屋根の上に流れ星!」
「流れ星はあんな低いところではみえないの」
「じゃあ花火」 「あんな高いところではやらないの」
「じゃあ……じゃあ……なんだったんだろう。今のあれ……」

「ミツルさん、うちの姉どうにかしてくださいよ。あんなのもうクビに……」
「辛抱しろ。あれはあれで……ん? 今のは……」 「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。少し懐かしい匂いがしただけだ」

 2人の決闘者は衝撃波と共に町を駆け抜け、既にタワーを昇っていた。階段でもエレベーターでもなく、外壁をそのまま走って昇っていた。決闘盤で鍔迫り合いながらタワーを昇る。既にSDTは始まっていた。タワーの頂上付近まで昇ったところ、決闘盤2枚が正面から火花を散らして激突。そして――
「素手では勝てそうもないな。武器(アームズ)を使わせてもらう。《ジャンク・ウォリアー》に《アームズ・エイド》を装着。戦闘準備完了。魅惑的な夜景(フィールド)! 衝撃的な逢い引き(デュエル)! 腕試しの始まりだ!」



Junk Warrior Combination Attack

Power Gear Fist

VS

Gigantic Fighter One hand Attack

Gigantic Arms



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。次回から第四章。今回使い果たした分チャージしたいのでコメントください。
↓匿名でもOK/「読んだ」「面白かった」等、一言からでも、こちらには狂喜乱舞する準備が出来ております。


□前話 □表紙 □次話














































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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