―― 夜の決闘 ――

「あの糞野郎、説教が長いんだよったく。早く帰ってこいつの調整やって……」
 何の変哲もないC G(カードゲーマー)がいる。彼の名を書き記す必要はない。極々普通のCGが決闘盤(デュエルディスク)を付けて夜道を歩いていた。彼についてはそれだけである。
「見つけました」
 仮面を付けた変質者がいる。彼の名は勿論のこと、特徴についても明記すべきだろう。極々普通のCGである、とは流石に言えないのだから。特記事項が幾つかある。
「なんだ!? 腕!?」
 夜道を歩く何の変哲もないCGは突如として巨大な腕に掴まれる。掴まれると言っても遠く離れた屋根の上から掴まれる。可能か? 可能だ。彼の腕に装備されたCG捕獲用ワイヤー制御式アームユニット ―― 決闘跳盤(パワーハンド) ―― は遠距離からCGを捕獲する。
「なんてこった。おまえは、おまえはまさか "跳腕のウエストツイスト" ……」
「ご存じ頂けるとは話が早い。そうです、それは非常に良いことです」
 腰回りの異様な抉れ込みとは好対照をなす巨大な跳腕。
 "跳腕のウェストツイスト" が決闘盤を飛ばす時、札の雨が降る。
 悲鳴と共に。

                    ―― ヤタロック ――

強制決闘猥褻犯(きょうせいでゅえるわいせつはん) "跳腕のウエストツイスト" またも出現、懸賞金も右肩上がり。男女の見境無しに決闘者を襲い、有無を言わせず決闘の露出を行う変態性の持ち主と言われてるがその真偽は不明。被害者の証言によると口癖は 『迅速』 『即断』 といった速さに関する言葉。対応策を練る暇も無くやられることも多々。一桁ランカーが倒された話はまだないが、パーフェクトウインも多く、相当な手練であることが予想される……物騒な世の中だ」
 瞼の垂れ下がった、如何にも眠そうな眼でラウは決闘情報紙の一面を広げていた。
「お客様お客様」 リードがしかめっ面で新聞を取り上げる。 「カードショップはてめえのオフィスじゃねえんだぞこら。朝飯に自習に新聞だ? ここをなんだと思ってんだ」
「時間帯が時間帯、他の客なんて誰も来やしない。それでも不満なら」
 立ち上がり、カードユニットのレプリカを1つ掴んでリードに差し出す。
「店員さんこれください。袋はいいです」
「ふざけるな」 「店員仕事しろ」
「なあおい、ミィのこと忘れてんじゃねえよ」
「忘れてはいない。が。ここ数日忙しいのも事実だ。後回しにしていた案件がそれなりにある」
「あいつは昨日の、うちの集会にも出てこなかったんだぞ。それも無断欠席だ。おまえがあんなことを言った所為でミィは……。わかってんのか。どうすんだよおい」
「1つ。事実を言ったまでだ。アブロオロスだぞ。あいつは、誰の目にも明らかな勝ち筋を捨ててアブロオロスを召喚したんだ。確かに決闘は自由。反則を取られない限り何をやってもいい。しかし、初めての店であんな真似に及べばどうなるか。わからんおまえでもないだろ」
「事実をそのまま言えばいい。そう思ってるわけでもないだろ」
「当然だ。しかし言うべきことを言わないのも単なる責任放棄でしかない。それになにより、あいつは初志の1つも貫徹できなかった。大成する見込みのない人間を育てて何になる。時間は有限。あいつは逃げた。あれで逃げる程度のやつだ。次はもう少しましなのを連れてこい」
 次の瞬間、リードはラウの胸ぐらを掴み上げる。コアラを投げ慣れたリードの膂力。
 指の一本一本に焦燥と憤懣が籠もっていた。
「なんだその手は」
「人間は消耗品じゃねえんだぞ」
「おまえが何か言える立場かリード」
「どういう意味だ、ジャック!」
「おまえが押しつけたんだろ。こちらのキャラクターとスケジュールはそれなりに把握してるはずだ。実験用のマウスをせわしない研究室に放り込んだのは誰だ? 博士の研究方針を知りながら延々と放置したのは誰だ? リスクを知った上で、実験用のネズミを箱の中に入れるか入れないかを選ぶ権利はおまえにあった。1つ聞きたい。おまえは一体どれだけのことをした」
 リードは掴み続けることができなかった。手を離し、呆然として横を向く。
 ラウは襟を正すと、もう一度椅子に腰掛けた。
「慈善事業じゃないんだ。見所のない奴にまで興味は抱けない。何をするにしても時間は限られている。おまえがそわそわしている間にメールを数本入れておいたが、このまま時間が過ぎるようなら後は敗戦処理の問題。後は親御さんに何を言うか、その文面を考えるぐらいのもの。おまえにおまえの野心があるように、おれはおれの最善を尽くすだけだ。いつだってな」


DUEL EPISODE 15

Meeting〜第1回女子中学生カードゲーマー

の生態についてどこまでも真剣に考える会〜


「聞いたわ。学校全体を動かすなんて派手にやったね、今や有名人?」
 部屋の一室に2人の男女がいた。ベッドから身を起こし、面白半分で話し掛けたのはゴスペーナという名の女性。1枚の毛布でかろうじて裸体を隠している。ゴスペーナは、精一杯手を伸ばせば届きそうな距離で話すのを好んだ。物理的にも、精神的にも。悪い気はしない。そこにいたもう1人、ジャック・A・ラウンドはそう思う。良心的とさえ言える。手を伸ばせば届くのだから。
「あんたの爪先の垢にも及ばない。今は事態の沈静化に苦労している。一定の成果が上がったというのに未だに解散できていない。あいつらは一体何がしたいんだか」
 ゴスペーナがくすくすと笑う。何がおかしい、そうラウは聞く。
「あなたが異常なの。間違ってるわけじゃない。正しいから異常なの。17歳。あなたぐらいの年であんな真似にでる人間はね。"やれること" "やりたいこと" "やるべきこと" そういうのを一切合切"やってること"に重ねちゃうの。過大評価しちゃうの。漠然と世界を変えたい……そういう衝動の捌け口になるの。大して世界を知りもしないのに。運動会ってそういうものよ」
「決闘進級制度の査定方法。学内のそれを変える変えないで世界まで飛躍するのは馬鹿げてる」
「自分が何をしたいのかわかってる子もいる。日頃お世話になっている教師への嫌がらせか、それとも将来のための予行練習か、はたまた新しい玩具で遊びたいのか……あなたはそのどれにもあてはまらない。おかしいと思ったからおかしいと言った。それだけで終わる。公園に落ちてるゴミを1個拾ってゴミ箱にもっていくくらいの感覚であなたは動いた。それだけのことであなたは、一から十まで、構築から決闘に至るまで寝る間も惜しんで作業した。貴方の背中に革命闘士の萌芽をみたのかも」
「一緒に活動した人間のことをあまり悪くは言いたくないんだが……どうかしている」
「あらあら。そんなこと言っていいの? わたしがあなたの価値を正しく評価したら」
 ゴスペーナは悪戯っぽく笑う。ラウがどう返すのか、楽しそうに待っている。
「否定はしない。おれにあんたと付き合うだけの価値はない。女子決闘年間王者と比べて、おれは大したことをやっていないからな。どこにでもいる普通のC G(カードゲーマー)だ」
「違う違う。今じゃなくて先。言ったでしょ。頭が良くて行動力があって大物になれそうにみえる。みえるから、5つも年の離れた私があなたを囲ってる。傍から見ればそういう構図? あなたって年下に好かれそうね。好かれて、懐かれて、最後には失望される」
「そうかもな」 「否定しないんだ」 「する理由がない」 「つまんない」
 ラウはゴスペーナの身体に手を触れさせた。行為とは裏腹に表情はほとんど変わらない。
「おれの作業を見て、おれを慕うようになる奴が時々いる。それだけなら特に何とも思わない。不可解なのは、おれに "何か" を見出そうとする奴がいることだ。 "何か" なんてどこにもない。あれだけ真面目に勉強しておきながら、あの狭い学校で1番にもなれない程度の才能。あんたの言うとおりだ。あんたが真面目におれをみて、真面目におれと寝てるなら、おれはあんたを軽蔑してるよ。おれがもし幾らか正しい行動を取れるとしたら、他に何も縋るものがないからだ」
「あの広い学校で3位になったのに。そのときの言葉が傑作ね。 『なんでおれは天才じゃないんだろうな』 いっそのこと後ろから刺されれば面白いのに。そうね。私があなたといるのは確かに不真面目な理由かも。あなたの生き方があんまりにも不純だから。机のお勉強から始まって球技に武道、社会奉仕、経済活動、そして決闘。どれだけ気合いの入った優等生かと思いきや 『人生を楽しむ方法を知りたい』 だなんて。真顔で言うんだもん。人生に不満があるなら革命でも起こせばいいじゃない」
「衣食住揃った世界に革命なんて馬鹿げてる」
「なら私を殺してみれば? 面白いかも」
「もし誰かを刺して殺人者になって 『人を刺したら楽しいかと思ったのですが、実際にやってみると言うほど楽しくありませんでした』 となったら笑えない」
「それ笑うとこ? あなたの事情は知ってるけど、それにしたってよくやれる」
「この世が灰色にみえるよりは薔薇色にみえた方がいい。が。何を触っても、何を読んでも、何を観ても、何を聴いても、何をやっても、何かが物足りない。時間が解決する問題かもしれない。今考えていることが全てどうでもよくなる日が来るかもしれない。それでも……」
 ラウはなんとなく上を見た。天井があるだけだ。他に何もない。
「生きる以上は建設的な道を模索すべきだと思う。なまじ何をやっても退屈なら何をやってもいい。世界最大の競技、それが決闘。見方を変えればこの世で一番でかい人材の宝庫だ。あんたは中央十傑の中でもこちら側によく降りてくる。そういう事情があるから近づいた」
「お世辞でも可愛いからって言えばいいのに」
「余談ではあるがとてもとても可愛かった」
「誰かこの無愛想をどうにかして。哀しくて死んじゃう」
「言えばいいと言ったのはあんただろ。タメ口で話せと言ったのもあんただ」
 ろくでもない会話が一息付き、ゴスペーナは立ち上がって服を着る。
「私は手加減が上手いからこっちにもいられる。そういう意味では正解かも」
「先々週あばらを2本折られたんだが」
「十傑にしては上手い方なんじゃない? "レインコート" 君は色々文句が付いてなんかもう面倒臭いって言ってたし、 "ボルト仕掛け" のあれなんかは怪物として恐れられる道を選んだ。一番手加減が上手いのは……何枚カードを引いても血の一滴すら流させない異常な決闘をやってるあれだとは思うけど、二分法で言えば私も割と上手い方だと思う。それであなたは結局どうしたいの? 決闘者に会いたいの? 決闘者に感化されたいの? 決闘者になりたいの?」
「捗るならどれでもいい。特殊な境遇に置かれた特殊な人間の特殊な決闘に触れれば、おれの人生観とかいう胡散臭いものにもいい影響がでるかもしれない」
「享楽主義者になろうとしてここまで糞真面目に努力する人初めてみた。まだ若いのに」
「自分の問題だが自分の問題だ。思いの外難しい。薬物に手を出す前にどうにかしたい」
「宗教は?」 「24件まわった。3回刺されそうになって8回出禁を喰らって1件は潰した」
「あらら」 「信心が足りないのかもしれない。もう少し楽しめると……楽しもうと思ったんだが」
「私はその為の努力の一環? 女子決闘年間王者が視る世界にはなにかある……笑っちゃう。一等賞を取ったのが特別な人間とは限らない。特別な人間に一等賞が多いだけの話なのに」
「正論だ。それでもあんたには【神の声】が聞こえている」
「信じてたの? 意外。そういうこと信じるクチなの?」
「あんたがここ一番で神がかった勝負強さを誇るのは事実だ。それが本当に神の声かどうかはともかく、あんたにはみえないものがみえている。ならそれでもいい」
 そこまで聞いたゴスペーナが突如けらけらと笑い出す。嘲るように。
「笑いたければ笑え。自分でも馬鹿げてるとは思う。それは否定しない」
「違う違う。目的を馬鹿にしてるんじゃないの。手段を馬鹿にしてるの」
「なんだって?」 驚くラウに対しゴスペーナは意地悪く微笑む。
「質問してあげようか。決闘者(デュエリスト)とはなにか。答えられる?」
 唐突に繰り出される謎の質問。だがラウは質問の意図を聞こうとはしなかった。それ程気の利かない関係ではなかったから。ラウは敢えて正直に答える。できる限り馬鹿正直に。
「カードを用いて試合を行う競技者の称号。生計を立てている者も多く存在する」
「全然駄目。あなたはまるでわかってない。どこが間違ってるか。ちゃんとわかる?」
「決闘者の魂とかプライドとかそういうものが盛り込まれていない、という話か?」
「小学生の妄想」
「返す言葉もない。だがそれならなんなんだ」
「生物」
「生物?」
「両生類・爬虫類・哺乳類・決闘者。魚介類・猛禽類・人類・決闘者。称号なんて皮一枚にもならないものじゃない。決闘者とは決闘引札類の俗称。共食いが大好きなお馬鹿さん。あなたの言う決闘者もどきはうんちをしない。称号はうんちしないから。私の言う決闘者はうんちをするの。生物だから。ディスクが表面でデッキが中身。中身の骨を1本弄ったらもうぐちゃぐちゃ。いいとこ取りなんて横着もいいとこ。いいものが欲しいからいいものを探す。これ以上ないぐらい論理的。でもね。そういう発想じゃ駄目なの。それで決闘は探せない。中身がぐっちゃぐちゃになるのを満喫するおぞましさ。おぞましいのよ決闘者は。決闘をみつけられるのは決闘者の眼だけ。あんたなら普通に成長してもここの中堅ぐらいにはなれるかもしれない。でもあんたの自然界に決闘者はいない。それじゃあんたは変わらない」
「決闘者になりたいなら決闘者になれとでも。笑えないトートロジーだ」
「そんなに人生観変えたいならロボトミー手術でも受ければ」
「2ヶ月前図書館で調べたよ。笑えないブラックジョークだ」


                    ―― ラウの大学 ――

「あれ? もしかしておやすみすやすや? ごめんなさい、起こしちゃって」
 目を開けたラウの前にゴスペーナはいない。似ても似つかない少女が立っていた。
「コロナ? いや、どちらかというと感謝してるよ。こんなところで寝てたのか……」
 ラウの睡眠時間は短い。週の平均睡眠時間が2時間と言うこともざらにある。それで罷り通るのがラウという男ではあるが、それでも気が抜ける瞬間はある。彼は、大学のベンチの上で眠っていた。
(昔の夢か。なんでこんなときにみるんだ? いや、こんなときだからみるのか)
「今日は1人か。用があるんだろ? 少し時間はある。聞こう」
 用がなければわざわざこんな所には来るまい。カードショップの誰かから大学名を聞いて後は地図を広げるなり検索するなりしたのだろう。それにしても向こう見ずな話である。 「大学のどこにいるか」 等は考えていなかったに違いない。ここで会えたのもほとんど偶然だろうが、その辺に関する言及は避けた。何の用かが気になっていたから。
「あの、えっと……あの娘は……」
「ミィはあれから集会にもでてこない。あれから一度も会っていないな」
「そうなんですか。もう一度ミィに会って話をしたかったのに」
「……1つ聞いていいかな」
「なに……あっとと……なんですか?」
 素朴な疑問。ミィとラウ、精々がミィとチームという枠の中でラウは思考を巡らしていた。
 本当の当事者はここにいるコロナ。彼女は何を思うのか。それがふと気になった。
「単刀直入に聞くが君は怒っていないのか? あのときの決闘のこと」
 「なにを言ってるの?」 とばかりに鈍い風を装うコロナだが、ラウを欺くには役者として三流過ぎた。コロナの脳裏には既に浮かんでいる。激震の記憶が。
「君の意見が聞きたい」
「もしかして、ミィを除名する気ですか?」
「その件に関しては、行為それ自体よりもその後の態度が問題だ。あいつにまつわる 『なぜそうしたか』 を探る上でも、先に質問に答えて欲しい。当事者である君の本心を言ってくれ」
 厳しい問いに思わず口をつむぐコロナ。コロナは ―― 30秒経過 ―― いつもやるように ―― 45秒経過 ―― ゆっくりと考えて ―― ジャスト60秒 ―― ようやく答えを絞り出す。
「何も思わなかったわけじゃない。びっくりしました。ほんというと」
 アブロオロスによる遅延と嗜虐。しかしコロナはこう続ける。
「でもいいんです。わたしたち、慣れてるから」
「なんだって?」
「ほら、わたしたちって弱いから。そういうことよくやられるんです。わざと引き延ばされたり、わざわざ召喚しなくてもいい大型を回りくどい方法で召喚されたり、しょっちゅうだから」
 ラウは絶句した。2秒後、すぐさま情報を整理して問い直す。
「仮に慣れているとしても嬉しいわけじゃないだろ。あいつはおまえを舐めたんだ」
「違う。絶対違う。あたし、あの娘の眼をみてたの。ラウンドさんが立ってたところからはみえなかったと思うけど。真剣だった。真剣に睨んだり笑ったり。ミィはあいつらとは違う」
「あいつら?」
「もし、もしアブロオロスを召喚した所為で負けてたら、あの娘はきっと悔しがってたと思うから。本気で悔しがってたと思う。少し前の話なんだけど、調子に乗って、そのまま攻撃すれば勝てるのにわざわざ大きなモンスターを召喚して、その所為で脱出装置もらってわたしに負けた人がいたんです。あの時あの人は 『遊んじゃったな』 って。 『あれ? 喜んでる?』 みたいな顔で……。あのときが一番悔しくて……あ、ごめん。話が飛んじゃった。えっと、その、とにかくあの娘は真剣だったと思う。あんなに、あんなに……なんていうかぶつけられた? のは初めてで。そこだけはちょっと嬉しかったかも」
 ラウは呆然としながら聞き入っていた。知らない感覚、知らない世界。
「色々あるとは思うんですが、あんまり怒らないで欲しいの。あたし、もう一度会いたいから。それにあの娘もラウンドさんと一緒に決闘し続けたいと思ってるから、絶対!」
 子供の 『絶対』 の根拠を聞く。野暮な真似かもしれない。ラウは聞く。 「なぜ?」
「そんなの決まってるじゃん。あたし、あのタッグデュエルができてよかった。あんなに楽しく決闘ができたの初めて。どんなにピンチになってもラウンドさんは道を示そうとしてくれる。だから、どんなに苦しくても頑張れる。決闘の事をあんなに深く分かってるラウンドさんのおかげで、あたしも決闘をもっと好きになれたんです。なら、あの娘だって……」
「……………………」

                    ―― ヤタロック ――

「働きもせずそんなところに棒立ちされては困るんだが。給料下げるよリード君」
 カードショップ:ヤタロック店長。2メートル越えの巨漢、パルチザン・デッドエンドである。今日もエプロンで押さえつけた胸板が今か今かと銃弾を受け止める瞬間を待っている。
「すみません」
 軽く頭を下げてから仕事に戻るリードだがその動きに精彩がない。商品を落とすわ査定を間違うわ仕事をすればするほど逆に傍迷惑。減給はもう目前だった。
「まったく。わかりやすい男だな。何があったか詳しく話してみろ」
 実際に出た言葉は 『話してみろ』 体感としては 『話せ。さもなくば一族郎党皆殺しにしてくれる』 に匹敵するデッドエンド店長の迫力。抗いきれるわけもなかった。
「デッドエンド店長。おれはチームリーダー失格です。チームの為、カンフル剤と称してラウにミィを押しつけた。けどそれは、何も考えていなかっただけだ。あいつも忙しいのに……」
「それでどうするつもりだ」
 問いをぶつけられ絶句するリード。デッドエンドが言葉を紡ぐ。
「将の道が険しいのは当たり前。私も店の経営で幾度となく困難に見舞われた。店内秩序の崩壊、経営難、補助金の打ち切り、監察の横暴……迂闊な初期判断が数々の失敗となって跳ね返ってくる。しかし! 失敗を教訓に変え! 教訓を腕力に変え! それら全てを殴り倒したからこそ今がある」
 デッドエンドは拳と拳をハンマーのように打ち付けた。決闘波動が周囲全体を震わせる。
「君は既に失敗を認めている。ならばなぜ動かない。リーダーに己を哀れむ時間はない」
「デッドエンド店長……わかりました」
「いけリード。この手を介錯の血で染める前に」
 リードは立ち上がった。迷ってる場合ではない。まずは動かなければ何も始まらないのだから。リードは走り出した。走るしかない。走って走ってそれから考えればいい。
「仕事など放り出して走ればいい。若さとはそういうものだ」
 放り出した結果、極々普通に減給されたのは言うまでもない。

「おれは一体何をやっているんだろうな」
 ふと気が付くと、ラウはヤタロックに戻っていた。
( 『ラウンドさんのおかげで決闘をもっと好きになれました』 笑える話だ)
「へえ。あなた決闘を教えてるの? 私にも教えてくれないかしら」
 いつか聞いたような声が脳裏に響く。
 次の瞬間、 "バン" っと音が響いた。壁を拳で叩いた音。
(どれだけ知っている。決闘のことを、決闘者のことを。何を知っている)
 音を聞いたのか、そこへリードが現れる。意を決したように彼は言った。
「ラウ、すまん、おれが悪かった」 「そんなことはもうどうでもいい」
「悪いと思うがもう少しつきあってくれ」 「パルムとテイルを呼べ」
「ミィをこのまま放って置くわけにはいかない」 「会議を始めるぞ」
「ラウ?」 「今から24時間後に始める。これはミィとの決闘だ」
 素っ頓狂な発言だがリードは大まかに意思を汲む。反論はない。
「いいぜ」 「昔の夢をみた」 「夢?」 「決闘者はうんこをするそうだ」
「うんこをするのか」 「そういう生物だからな」 「一理ある。それがどうした」
「中身を知るには外側をみても駄目だ。中身を知るにはどうすればいい。簡単なことだった。中から出てきたものを調べればいい……おれはあいつの中身が知りたい」

                    ―― 夜の決闘 ――

 夜道。それは幾つもの怪談の舞台となったあやふやな世界。今日も哀れな生贄が欠伸混じりに歩いていた。徐々に霧が立ち上る。この辺一帯特有の現象であり、この道に妖怪を誘う一因にもなっている。妖怪、そう、それは妖怪。巨大な腕と、引き締まりすぎたウエストを持つカードゲームの妖怪変化。決闘盤を付けてのこのこ歩いている赤い帽子の男に目を付け回り込み、 『射程圏内』 に捉える。迅速ではあるが焦りはしない。仮面の男、 "跳腕のウエストツイスト" は巨大な腕を発射した。ターゲットとなった男は一瞬もがくも抗いきれず、屋根の上まで一本釣りされてしまう。
「ご機嫌いかがですかダミー。不躾で申し訳ありませんが私と決闘して頂きましょう」
 ダミーと呼ばれた男は、驚きつつも決闘盤を構える。やるしかない。SDTの結果はダミーの先攻。彼は、戸惑った表情から唇を軽く噛んでターンエンドを宣言する。
「ドロー。迂闊ですね。その迂闊な立ち回りを迅速に狩れるのがこの私なのです。《ニュート》を召喚。ダミー、貴方にダイレクトアタックします。よろしいですね」
 攻撃力1900。冷徹な目でダミーを狙う《ニュート》の一閃。
 しかし ――
「なんと」
「手札から《ジャンク・ディフェンダー》を特殊召喚、悪いね」
 燦然と輝く肩パット。尚も《ジャンク・ディフェンダー》を狙う《ニュート》だが、《ジャンク・ディフェンダー》の両腕が、ニュートの杖を左右から挟んで痛めつける。
「良く知らない奴にこいつをみせると、そのまま突進してくれて小銭ぐらいのライフを稼げちゃうんだよね。《ジャンク・ディフェンダー》の効果、守備力を300上げて2100にする」
「その決闘、その態度、おまえはダミーではないな。正体を教えてもらいましょう」
 "跳腕のウエストツイスト" は、再び決闘跳盤を飛ばして帽子を狙う。紙一重。身体を捻ってかわした男は、上着と帽子を脱ぎ捨て、その尻尾を夜空に晒す。
「仮面なんて付けてるから視界が悪いんだよ。だから騙される」 
「その尻尾はテイル・ティルモットか。これはまんまと掴まされましたね」
「いい具合に名前が売れちゃってるね。日頃の行いがいいからかな。……連戦連勝なんだろ、 "跳腕のウエストツイスト"。 いっちょ相手してくれよ。最近金欠が酷くて、カードもろくに買えやしない」
「いいでしょういいでしょう。ライフ200程度喜んで差し上げます。1枚伏せてターンエンド」

Turn 3
□テイル
 Hand 5
 Monster 1(《ジャンク・ディフェンダー》)
 Magic・Trap 0
 Life 8000
■跳腕のウエストツイスト
 Hand 4
 Monster 1(《ニュート》)
 Magic・Trap 1(セット)
 Life 7800

「今日もおでまし《スピード・ウォリアー》を通常召喚。バトルフェイズ、攻撃力を倍にして《ニュート》に攻撃を仕掛ける。走れ《スピード・ウォリアー》……ソニック・エッジ!」
 勇躍。倍の速度で走り込んだ《スピード・ウォリアー》は両手を地につき逆立ち、回転蹴りを見舞う。クリーンヒット……するほど目の前の相手は甘くない。紙一重でかわした《ニュート》が、杖を振ってカウンターを決める。体勢を崩した《スピード・ウォリアー》に避ける術はない。
「あれ? ああしまった。攻撃力向こうが上だったなあ。どうしよう」
 テイルは大袈裟な程に手を広げ頭を抱えてみせた。ターンエンド。
「道化を演じるのもそれぐらいにしてもらいましょうか。ドロー。バトルフェイズ、《ニュート》で《ジャンク・ディフェンダー》を攻撃させて頂きますよ。迅速にね!」
「懲りないね。《ジャンク・ディフェンダー》の……」
「甘い! 《鎖付きブーメラン》を発動。狩れ!」
 錫杖の先端に鎖を付け、あたかも鎖鎌のように振り回して絡め取り、切り裂く。
「真っ向勝負の一騎打ちは私の勝ちみたいですね。ターンエンドです。手早くどうぞ」

鎖付きブーメラン(通常罠)
次の効果から1つ、または両方を選択して発動できる。
●相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。その攻撃モンスター1体を守備表示にする。
●発動後このカードは攻撃力500ポイントアップの装備カードとなり、自分フィールド上のモンスター1体に装備する。


Turn 5
□テイル
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
 Life 7600
■跳腕のウエストツイスト
 Hand 5
 Monster 1(《ニュート》)
 Magic・Trap 1(《鎖付きブーメラン》)
 Life 7800

「正面突破でノーセットエンド。真っ向勝負の一騎打ちがお望みか。今日はそれに付き合ってやる」
 テイルはデッキから1枚引いて即座に《調律》を発動。《ジャンク・シンクロン》を手札に加えると共に、デッキから1枚墓地に落とす。 「ラッキー」 墓地に落ちたのは《ボルト・ヘッジホッグ》。 「日頃の行いがいいとこんなもんだよな」 軽口を叩きつつ《ジャンク・シンクロン》を通常召喚。効果発動。《スピード・ウォリアー》を蘇生。ここでテイル、墓地の《ボルト・ヘッジホッグ》の効果を発動。
「《ボルト・ヘッジホッグ》を特殊召喚。そんで《スピード・ウォリアー》に《ジャンク・シンクロン》をチューニング、《ジャンク・ウォリアー》をシンクロ召喚。さあ効果発動!」

ジャンク・ウォリアー(シンクロ・効果モンスター)
星5/闇属性/戦士族/攻2300/守1300
「ジャンク・シンクロン」+チューナー以外のモンスター1体以上:このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカードの攻撃力は自分フィールド上に存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力を合計した数値分アップする。


「攻撃力3100。真っ向勝負の一騎打ちと言いつつ、《ボルト・ヘッジホッグ》の力を借りますか」
「 "Power of Fellows" 真っ向勝負の一騎打ちとはいっても、応援ぐらいはいいだろ」
 攻撃力をそっくりそのまま上乗せする即物的な応援の善し悪しは兎も角、《ジャンク・ウォリアー》は全身に紫紺のオーラを纏う。バトルフェイズ、ブーストを吹かして突進した《ジャンク・ウォリアー》は《ニュート》に向けて自慢の拳を放つ。対して、鎖鎌で迎え撃つ《ニュート》だがその差は歴然。錫杖ごと《ニュート》の肋骨を叩き折る。しかしこの《ニュート》、ただでは死なない。
「《ニュート》の効果を発動。攻撃力を500ポイントダウンさせます」

ニュート(効果モンスター)
星4/風属性/悪魔族/攻1900/守 400
リバース:このカードの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。また、このカードが戦闘によって破壊された場合、このカードを破壊したモンスターの攻撃力・守備力は500ポイントダウンする。


「500下がって2600。最上級が上級になっただけの話だろ。メインフェイズ2」
「おやおや。攻撃表示の《ボルト・ヘッジホッグ》でダイレクトアタックを決めないんですか?」
「真っ向勝負の一騎打ちだからな。おれはマジック・トラップを……いや、このままでいいか。なんたって真っ向勝負の一騎打ちだからな。ルールは守らないと。ターンエンドだ」
 かようなルールが存在する筈もないが、テイルは跳腕のウエストツイストの言葉尻を捉え、空間を規定する。それ自体が一種の挑発。さあどうする。
「ドロー。中々やりますね。それではこちらも、腕に縒りとやらを掛けてみましょう」
 巨大な跳腕が持ち上がりフィールドを捉える。決闘盤の跳躍が闇夜を切って。
「私は手札から……《コアキメイル・パワーハンド》を通常召喚! 迅速に行きましょう!」
 膨れあがったレモン色の胸部を中心に、頭部・両肩・両肘・背中・右手に装着されたドリルの数々が露骨とも言える危険性を訴えている。唯一ドリルを備えていない左手も、巨大にして重厚な鉄の指がその確かな剛力を予感させた。存在自体が、あるいは危険の代名詞。
(下級か。それにしては語気が……)
「バトルフェイズ! いけ! パワーハンド」
「迎え撃て! ジャンクウォリアー……スクラップフィスト!」



 パワーハンドの攻撃力は2100。攻撃力においては "Power of Fellows" の加護を受けた《ジャンク・ウォリアー》が未だ勝っている……筈だった。しかし、《ジャンク・ウォリアー》の拳がパワーハンドに届くことはない。繰り出した右の正拳がパワーハンドの左手にがっしりと掴まれる。
「先程貴方は言いました。最上級が上級になるだけだと。その認識は誤りです」
( "Power of Fellows" の効果が、《ジャンク・ウォリアー》のオーラが消える……)
 パワーハンド……跳腕……テイルの脳裏をキーワードが掠めていく。
「おわかりですか? 上級が下級に落とされたのです。そしてこのパワーハンドは……」
 "Power of Fellows" を打ち消した左手で《ジャンク・ウォリアー》をぐいっと引き寄せる。引き寄せた先には何があるだろうか。右腕、即ちドリルアーム。
「この恐るべきパワーハンドは!」



Koa'ki Meiru Powerhand Favorite Attack

二 迅 穿 槍(ツインアーム・スマッシュ)



「 『下級最強』 でございます。おわかりですか? 500落とせばこちらはそれで十分」
「高い基本性能があればこそ、500のダウンでも致命傷になる。【ハイビート】ってやつか」
(2100の高打点に加え、《ジャンク・ウォリアー》の効果を封じ込める。中々やるな……)
 敵の正体が明らかになる。テイルは左脚を引いて腰を落とし、右腕を股下で遊ばせた。
「腕があることはわかった。それじゃあ今度は腰を据えていってみっか」
 序盤の攻防が終わっただけだ。本当の勝負はここから……この目論見は意外な角度から崩される。けたたましい音。全国津々浦々の変態一同が決まって嫌う音、パトカーのサイレン。
「おいおい。流石に来るの速すぎじゃないの? そんなに鳴らしたら……」
 次の瞬間、跳腕のウエストツイストはパワーユニットをテイルに向けて飛ばす。すんでのところでかわすテイルだが体勢の崩れまでは避けられない。その隙に跳腕のウエストツイストはパワーユニットを更に飛ばし、ビルの8階を掴んでワイヤーを巻く。巻かれると同時に地面を蹴った跳腕のウエストツイストはビルに向かって一直線。ターザンを思わせる動きでビルの6階に脚を付けることに成功する。先程までいた場所にパトカーが駆けつけたとしても、最早そこに跳腕はいない。
(当然こうなるよな。折角こいつらで遊んでやろうと思ったのに。《スピード・ウォリアー》と《ジャンク・ウォリアー》がやられ損になっちまうがしょうがない。面倒臭いことになる前におれも逃げるか)
 テイルも助走を付けて飛ぶ。途中無意味な捻りを加えつつ。距離が足りない? 特に問題は無かった。尻尾をロープ代わりにして、その辺に巻き付けるだけでいいのだから。
(ったくこれからって時に。次に会う時まで捕まんなよ……)

                    ―― ラウの家 ――

「それじゃあこれから第1回 『女子中学生カードゲーマーの生態についてどこまでも真剣に考える会』 を始めるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「おっしゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」 ※テイル
 第1回 『女子中学生カードゲーマーの生態についてどこまでも真剣に考える会』 とは、女子中学生C G(カードゲーマー)の生態について真剣に、真面目に、そして真剣に考える会のことである。リードはホワイトボードにでっかく "チキチキ! 溢れる愛に零れる涙! 『女子中学生カードゲーマーの生態についてどこまでも真剣に考える会』 " と記す。至って真面目な会議でありそこにおふざけの要素は一切ない。リードがホワイトボードの前に立ち、そこから少し距離を取ってラウ、テイル、パルムがそれぞれ椅子を並べて座っていた。極めて真剣な会議である。リードが音頭を取って喋り始めた。
「今日集まってもらったのは他でもない。みんなも知っての通りミィが来なくなって暫くになる。流石にこのまま放っておくわけにもいかないだろう。みんなの意見を聞きたい」
「ええっと具体的にどういうあれがあれしたのか知りたいんだけど」
「ラウが作成したレポートがあるだろ」
「え? あれ読まなきゃ駄目なの?」
「読め」
 渋々ながらもレポートに目を通すテイル。何を思ったか頁を捲る手が途中で止まる。
「あのさラウ先生。要するにミィが舐めプレイしたのが発端なんだろ。議論する余地とかあんの? おれは正直どっちでもいい感じなんだけど、これ、必要なん?」
「行動の是非よりもまずはミィについて知るのが最優先課題だ。なぜこんなことをしたのか。意見があったらなんでも言ってくれ。おれはあいつについてもう少し知らなければならない。本人に問い糾す気も勿論あるが、外堀の1つや2つは事前に埋めて置いた方がいい。傾向と対策だ」
「少し思ったことがある」 最初に手を挙げたのは司会兼任のリード。
「あいつさ、思ってたよりも人見知りっていうか……もう少し大胆な奴だと思ってたんだよな」
「それはおれも思った」 ラウが相づちを打つ。
「だろ? 年上の俺達のところに入りたいって言うぐらいだからてっきり……」
「それに関してはおれが調べた情報が役に立つかもな」
「情報?」 
「24時間分。大したものではないが、それでもないよりはマシだ」
 相変わらずの手際の良さ。リードはラウの椅子に座り、入れ替わりにラウが立つ。
「普段、学校でのあいつはあまり他人と喋らないそうだ。女子というのはグループを作って群れる傾向にあるが、あいつはどこにも属していない。昼休みは机に突っ伏して寝てるそうだ」
「妙だな。それはあれか? 俺達といるときのが無理してるってことか」
「そうとは限らないんじゃないの」 テイルだ。レポートから目を離すことなく口を出す。
「知らない人間を必要以上に恐れてるだけかもしれない。おれとリードはあいつを1度助けてる。ラウ先生もさ。なんだかんだで本腰入れる前からあいつに色々話しかけてるだろ。レポートにも書いてあるけど、本腰入れる段になったらなったで 『遠慮せず電話してこい』 とか言っちゃってるし。アースバウンドとの一件でも、あいつはケルドから逃げようとはしなかった。あんたが紹介した対戦相手の時もそうだろ。紹介された奴との決闘だと、あんま喋んなくても問題ないってのもあるんだろうね。ま、なんにせよ、いつでもどこでも明るかったり暗かったり……そういうわけじゃないってこった」
 テイルの意見を聞いて、合点がいったとばかりに親指と人差し指を顎に添えるラウ。
「なるほど。小中学生の時クラスにいたな。全然話しかけてこないから暗い奴かと思いきや、なにかの間違いで喋ってみると案外喋れたりするあれか。なるほど、わからんでもない」
「だろ」 「参考になったよ、テイル」 「けどさ」 「どうした?」 「これ、関係ないよな」
 ミィの人見知りについてわかったところでミィの所業の意味がわかるわけでもない。テイルの言うとおりに思われた。しばらく無言で考えると、ラウは 「それでもいい」 と言い放つ。
「特効薬でなくても、ミィの人となりについてわかればそれが役に立つかもしれない」
「そういえばラウ先生、ミィについて調べたって言ったけど他にはなんかあるの?」
「それなりにな。先入観を植え付けないよう言わなかったんだが、情報の共有は必要かもしれない。リード、少しばかりおれに喋らせろ。何かわかるかもしれない」
「それはいいんだが、たった1日で何を調べたんだおまえ」
「大したことじゃない。そうだな……あいつは生まれも育ちも西一辺倒の西っ娘だ。西部D地区32ブロック2-3-2にある一軒家に住んでいる。今年で14歳。聖コアキメイル学園中等部2年生。現在は父との2人暮らし。母は既に他界している」
「ちょっと待て。おまえそれどうやって調べたんだ?」
「簡単だ。あいつが着ていた制服から辿ればいい。女子の制服を扱ってる店に行き、特徴を教えたらあっさり判明した。クラスに関してはあいつの持ち物に2−Eという情報が載っていたのを記憶している。生徒の忘れ物を届けるふりをして学校に入って、2−Eの位置を確認。この点に関しては運が良かった。望遠レンズで窓越しに覗きやすい位置にあったからな。ミィのクラスメイトの顔はそれで確認した。後は帰宅するクラスメイトに聞き込みを行ったりどうとでも……そうそう。言ってなかったが安心しろ。ミィは学校を休んでいないようだ」
「おいラウ、1つ言っていいか?」
「どうしたリード、まだ話の途中なんだが」
「そんな犯罪まがいの真似に及ばずとも、そのくらいの情報ならおれが普通に知ってるとは思わなかったのか。普通に考えて書かせるだろ、そのぐらいの情報は」
「…………」 (思わなかったのか。こいつでもしくじることがあるんだな)
「それでそれで? ラウ先生他には何か情報ないの? なんか面白くなってきたな」
「ある。身長154cm体重49kg。ミィがいつも着ている服はおれらもよく行く 『ゾンキャリ』 で買った物が大半を占める。下着に関してはそこから階段を1つ登った 『ヴァルハラール』 で購入している。小学六年生までは《グローアップ・バルブ》がプリントされたパンツを愛用していたが、中学にあがるとき一念発起して年相応の代物にチェンジした。具体的にどれを履くことにしたのかまではわからなかったが、大勢に影響はない。趣味に関して。元々はインドアなものを好んでいたようだ。今も部屋には沢山のぬいぐるみが飾ってある。お気に入りは《闇魔界の覇王》の抱き枕。ないと眠れないらしい」
 リードは口をあんぐりとあける。何をどうやって調べたというのか。
「一見すると健康体だが、偏食が酷く、その為学校では苦労していたらしい。教師がやたら健康志向で残さず食べることを強要するため肩身の狭い思いをしている。成績は良く言っても中の上。苦手なのは家庭科。カードゲーマーであることも手伝って体育の成績はそこそこいい、が、昼休み外に出て遊ぶことはない。前述の通り、机に突っ伏している」
「家庭科が弱点なのな。なんとなくできそうなイメージがあったんだけど」
「性格。同級生からはノリが悪いという証言がでている。クラスに友達がいないらしい。おれが24時間丸々使ってこれっぽっちしか情報を集められなかった原因もここにある」
「思い出した。そういやミィの奴、昔の連れ合いが引っ越しちゃって、そんで1人になったみたいなこと言ってたなそういえば。それは今も変わらないと……」
「さしあたってはこんなところだ。大したことはわかってないが……」
(違う) リードは心の中で唸った。
(絶対違う。こいつの24時間とおれの24時間は時間の幅が絶対違う)
「あのさ」
 手を挙げる者が1人。
 ひたすらレポートを読んでいた少年、パルム・アフィニス。
「12頁の4行目のくだりについて聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」 ラウは、リードの存在など忘れたと言わんばかりに身体を乗り出す。
「ブレード・ハートを召喚しなかったことに不満を言ったってくだり。なあリード、あんたも試合みてたんだろ。ラウのコロナって娘への対応はどうだった?」
「決闘面でも精神面でも献身的にサポートしてたな。隙あらば励ましてたような」
「ふーん……ラウ、あんたマンツーマンでミィを指導してたとき、相当厳しくやっただろ。あんたが作ったこのレポートを一通り読んだが、どうもそういう風にしか読めない」
「厳しいかどうかは知らないが、ミィの現状を考えて最適な指導をしたつもりだ」
「質問を変えよう。あんたはどうやって強くなったんだ? 指導の基礎にしてるのはそれだろ?」
「自分より強い決闘者の情報を集め、自分より強い決闘者を参考にして、自分よりも強い決闘者に師事を受け、自分よりも強い決闘者と決闘を続けた。特別なことは何もやっていない。普通に考えて必要なことをやったとしか言えないな」
「それだと最初は負けっ放しだろ。負けっ放しで辛くないの?」
「実力向上を目的に掲げた以上、黎明期の勝利など気休めにしかならない」
「世間一般的に考えて厳しいと言うことは良くわかった。あんたのことだ。タメにならないことはしてないんだろうさ。1対1の状況が続けばそれでも良かったんだろうけど……」
 パルムはペンを手にとって、2行程ホワイトボードに書き入れる。

@全員平等に扱った場合個人差を考慮できない
A個人差に配慮して指導すると不平等を咎められる

「仮に、タフだけど不真面目なAと、真面目だけど打たれ弱いBがいるとする。性別は両方とも同じで年格好もほとんど一緒。この2人をX先生が指導する。この場合、ABそれぞれに同じ指導をしても最高の結果が得られるとは限らない。Aには厳しくBには甘く、個性に応じた扱いをした方が成果が上がるように思える……んだけど、この考え方には落とし穴がある。AとBがお互いの境遇を比べてしまったとき、それまで問題じゃなかったことが問題になる」
「なるほど。Aは甘やかされているBをみて自分の待遇に不満を感じるかもしれない。BはBで甘やかされるということは期待されていない、そう感じるかもしれない」
「背格好や性別が一緒だと特にそうなるんじゃないかな。X先生にはAとBのことが把握できていたとしても、AとBにしてみれば自分のことなんてあんまりわからない。自分のことがわかっていなければ自分と他人の違いだってわかるわけがないし納得もできない。あの場でのミィとコロナは状況も経験も違ったわけだけど、本人等がそれをわかってるかどうかはわからない」
「中々面白い視点だ。おれは 『自分』 対 『他人』 という見方しかしてこなかった気がする。おれをみる 『他人』 間の力学か。難しいものだな。参考になった」
「特別扱いされるのは慣れてるから。でも、あくまでこれは勝手な想像に過ぎない」
「牽強附会の説に過ぎないと?」
「かもね。今回の件で言えばしょうもない結論にも結びつく」
「しょうもない結論?」
「ミィはラウの扱いに不満を感じた。そこでラウに……ではなく、ラウとタッグを組んだコロナに捌け口を求めた。それだけならまだいいけど、ただ倒すだけでは飽き足らず、アブロオロスを召喚していたぶるだけいたぶった。これじゃあ単にしょうもないCGだろ? 擁護する余地がない」
「かもな」
「ぼくに言えるのはこのぐらい。悪いけど色々やることがあるから。それじゃ」
 そう言い残すとパルムは席を立ち、会議室(ラウの家)から去っていく。
「……あいつ、疲れさせるようなこと言っただけじゃねえか」
「大将、大将、あれでも優しい方だと思うよ。なんだかんだでレポートを隅から隅まで読み込んで、ちゃんとつきあってくれたんだから。おれなんかフケようかと思ってたくらいだし」
「おまえはもう少し真面目にやれ真面目に」
「それじゃ、会議も煮詰まってきたみたいだしおれも一旦帰るよ。なんかあったら教えて」
 テイルは椅子についていた手をバネにして意味もなくバク宙。パルム同様帰ろうとする……が、何事かを思いつきラウの横に寄る。ラウの肩に手を置いて、刺すように耳打ちした。
「遠目に見たりレポート読んだりで思ったんだけど、あんまミィを舐めない方がいいぜ」
「説教とは珍しいな」 「まさか。そんなことできる立場じゃない。1人の愛人としての忠告」
 言うだけ言ったテイルは今度こそ部屋を出る。後に残されたのはリードとラウ。
 リードは一回息を吐くと、意を決して言った。
「しょうがない。やるか」
「どうするつもりだ」
「親御さんのところに行く。今日は無理だが明日には行ける」
「親御さんか。ところで、おまえはおれの行動をどう思う」
「おれにおまえを非難する資格はない」
「思ってることを言ってくれ。頼む」
「ラウ?」 「おれがいいと言ってるんだから言え」
「わかった。そうだな……おまえの指導方法はそう間違ってないと思うしそれなりに誠意も尽くしてる。敢えて言うなら……そうだな。レポートを読んでいて1つ思ったのは、ミィの男装かな。ブラザー兄弟との間にトラブルをおこない為なんだろうが……。コロナを庇った一件を思うと、どうしても、こう、割り切れない気持ちになる。いや、なんつうか、問題が起こる前は問題が起こらないように、問題が起こった後は問題を咎めるように立ち回る。それは間違っちゃいない。間違っちゃいないが……」
 リードはほんの少し顔を上げると、遠くを見るように言った。
「ほんの少し、都合のいい正義だと思う……いや、忘れてくれ」
「都合のいい正義か。おまえも偶にはいいことを言うんだな」
「あぁっ!?」

                    ―― ミィの家 ――

「それで、今日はミィのパパである私に何の御用でしょうか」
「まずは改めて自己紹介を。ミィの指導を任されているジャック・A・ラウンドです」
 ラウは真剣勝負の場に己の身を繰り出していた。1人で。リードは今頃あくせくと働いてる頃だろう。目の前にはミィのパパがいる。ここはミィの家。あちら側のテリトリー。
「ミィのパパさん。今日はミィのことで色々とお伺いに参りました」
(これがミィのパパさん。半径3メートル以内に近づいただけでこの威圧感)
 ミックという男からは隠しきれないオーラが漂っていた。普通ならば対面しているだけで気後れしてしまうだろう。それでもラウにしてみれば、真顔で対応するのはそれ程難しいことではない。
(一般的な家の範疇といって差し支えはない。敢えて言うなら全体的にインテリアが荒い)
 生来的に無骨な人間が無理に磨いたかのような荒さ。父子家庭ということを考慮すればそれ程の不思議はない……ラウは思いとどまる。これから話を聞くというのに迂闊な偏見は禁物。
「先に伺いたいのですが、ミィは今どうしていますか?」
「そのことなのですが、ミィはあまり出てこないのです」
(そこまでか)
「帰ってきて食事を取ると部屋に引っ込んでしまいます。入ってくるなと鍵をかけてしまいまして。時々は顔をみせてくれるのですが、最近はどうも様子がおかしい」
 探るような物言いだ。返答次第ではタダでは済むまい。
「そのことなんですが、実は……」
「聞きました」 「え?」
「一昨日リード君が私のところに来てくれたのです」
(既に1回来ていたのか。あいつ、あんな風でもやることはやっている)
「何があったのかは既に聞き及んでいます。そして、その上でリード君は貴方の手腕と人格を賞賛なされました。実に心の籠もったお言葉でした。しかし!」
 ミィのパパは、おもむろに立ち上がると上着をがばっと開く。
「ダイナマイト。まさか……」 「私はミィのパパなのです」
(この殺気。返答次第では命を落とすとでも?)
「ミィは傷ついている。ええわかってます。ミィはどうしようもないくらいにかわいい。時として間違いを犯すこともあるでしょう。しかし! ゆえに! だからこそ!」
 ミィのパパは飛び上がり、月面宙返りで机に着地、臨戦態勢の構えを取る。
「ミィを傷つけたことに関してなにか申し開きがあるなら聞こうか、ラウンド君」
 人類というよりはむしろ猛禽類。しかしラウは、あくまで静かに立ち向かった。
「僕はミィを決闘者として恥ずべきところがないよう指導しました。その過程において、常に正しい態度を取っていたかは疑問の余地があります。時間不足と力量不足を言い訳に、あいつをぞんざいに扱ったり、あいつの気持ちを理解しきれていなかったり、そういう面があることは否定しません。ですが」
 逆接 ―― ここにきて無謀とも言える逆接。
「敢えて言いたい。あの時あの場のミィは道を間違っていた。僕はその過ちに2人で正しく向き合いたいのです。だからこそ、僕はミィに会わないといけない」
「己の非を認める気はないと?」
「己の非は幾らでも認めます。しかし、それでも尚、あの時あの場のミィは間違っていた。10時間ほど考えましたがこの見解は依然として変わりありません。あいつは自分が選び取った自由から逃げた。一時的にせよミィの育成を担った者としてはっきり言います。ミィの放り出し方は間違っている」
 最後の一言まで言い終わるのを聞き届け、ミィのパパは無言でダイナマイトを掴む。そして、その内の一本をラウに突き付ける。万事休すか……いや、そうではない。
「単なるダミーです。中身はラムネ。飲みましょう」
 ラウはふっと笑ってダイナマイト型のラムネを受け取る。
「ダイナマイトが偽物だと言うことには気がついていました。そのサイズのダイナマイトでは部屋にいるミィにまで被害が及んでしまう。第一、貴方が居なくなったらミィはどうするのです。貴方はミィを大事に思っている。そんな貴方がこのような真似に及ぶわけがない」
「正直だな君は。黙っていれば、ダイナマイトをも恐れないその胆力を評価されたものを」
「関係ないでしょう。もし貴方にとって最悪の事実が判明したなら、貴方はダイナマイトなど使わず、その拳で僕の顔面をかち割りにいっていたはずです」
「試すような真似をして申し訳ない。妻が生きていればなんというか……安心しました。正直に言えば、あの子が決闘を続けることに関して私は否定的だったのです。もしなにかあったらと不安で不安で。ですが、あの子から決闘を取り上げることはできません。あの子は昔から人見知りの酷い子でして。まるで人と人の間に壁をみているようでした。それだけではありません。あの子にはどうも頑固なところがあって、一度壁を越えると決めたらテコでも動かないのです」
(恐怖と頑固の天秤か。つくづく度し難いやつだな、あいつ……)
「ミィに会っていってください。門前払いを食うかも知れませんが」
「いきましょう。案内してください。僕はそのために来たんですから」

「ミィ、ミィ。ラウンドさんが来てくれた。開けてくれないか?」
 ドアの前。ラウはふと思った。チームデュエル至上主義と言われる西の建築でありながら、ドアには鍵が掛かる構造になっている。そう悪い話でもないが、なんとなくちぐはぐだ。そう思った。
「ミィ! ミィ! おかしいな。返事がない。嫌がっているのか……」
 拒絶されている? ラウは虫の知らせをアテにする方ではない。それでも何か妙だと思った。ミィとは何者なのだろう。それを確かめるべく、ラウは強引な手段を採る。
「ミィのパパさん。こういうこともあろうかと用意しておきました」
 ラウはリストバンドから針金を取り出すと扉の鍵穴に突き刺す。
「開門研究会に所属していたことがあります。この程度は容易い」
 僅か10秒で鍵を解除する。ラウは扉を開けた。電気は付いてない。
「ミィ! ミィ! どこに居る! 隠れてないで返事をしろ!」
 返事はない。電気を付けた。返事はない。それどころか、
「おかしい。ミィのパパさん、本当にミィは部屋にいたのですか?」
「そんな馬鹿な! いったいどこに……ミィ! ミィ! ミィ!」
「窓の鍵が開いてる。どうやら、窓から外に出たみたいですね」
 慌てふためくミックを宥めつつ、非常事態を一から考察する。
「失礼ですが、いつもはこの時間帯、貴方はちゃんと家に居ましたか?」
「いえ、仕事の都合でそんなにはいられないのです。お恥ずかしいことですが」
「なるほど。申し訳ないのですが、娘さんの部屋を少し探索させて頂きます」
 ラウは、こういうこともあろうかと、予め用意していたビニールの手袋を取り出す。
「極力汚さないように配慮します。僕としてもあまり悪い印象を残したくはない。守秘義務は負います」
 動かしたものをミリ単位で元に戻す自信がラウにはあった。 "家捜し同好会" での経験が活かされる局面が遂に来たのだ。ラウは引き出しを片っ端から開いてミィの持ち物を調べていく。何かしらここ数日の情報が得られるかも知れない。果たして一冊のノートにぶちあたる。ラウは開いた。
「エアロシャークにフォーチュンレディ。この前の決闘か。凄いな。あの時の決闘について細かく検討が加えられている。やる気はまだある……か」
 (ページ)の端から端までぎっしりと前回の決闘が書き起こされていた。それだけではない。1ターン毎に、1枚毎に詳しく検討が行われている。なぜ入れたのか。なぜ使ったのか。ミィなりの解釈で頁が埋め尽くされ、酷い物になるとぐちゃぐちゃすぎてまともに読めない。ラウは、その辺の探偵や泥棒よりも手際よく、次々にノートを手にとって捲る……あった。ここ数日の日記。何の迷いもなくラウは読んだ。

○月□日天気雷雨
 一向に会えない。途中で雨がふってくる。雷がなっているので今日はあきらめた。雷が決闘盤に落ちたら決闘どころじゃない。しょうがないからデッキのことを考えた。コロナのデッキとちがってわたしのデッキにはコンビネーションというものがない。わたしにもコンビネーション・アタックがほしい。デッキに入れずにのこしてあるカードを1枚1枚確認してみた。どれもこれも役に立ちそうにない。

 ラウは前後の文章を一心不乱に読み進む。ラウの読書スピードは異常なまでに速い。一通り頭に入れると、何を思ったのかラウは辺りを見回す。探していたのはゴミ箱。部屋の隅に置いてあった。手を突っ込んでやや乱雑に漁り、ノートから破られた1枚の紙を探し当てる。そして ――
「はは……はっは…………」 「ど……どうされました?」
「謎が解けた、というわけでもないが……パパさんはここにいてください」
「え?」 「ミィを探しに行きます。あの野郎絶対……」 「私も……」
「僕が必ず探し出します。行き違いにならないようここにいてください」
 有無を言わせぬ態度で言い含め、ラウは勢いよく窓を飛び出す。
(決闘者はおぞましい? 上等じゃないか。間に合えよ……)

 ミィの 『絆』 に関して後日談がある。ある日、帰宅したミィはいつも通りテロとの決闘に臨む。いつも通りの光景。にもかかわらず些細なことから口論になる。喧嘩別れしてベッドに飛び込むミィ。夜が更けて喧嘩の熱が程よく冷める。 「昨日はどうかしてたの」 ミィはテロに謝ったがテロは依然として首を振る。 「消えようと思う」 テロの言うことが理解できなかった。謝ったのに。それ程怒っているのだろうか。 「違う」 テロは言う。 「私営のカードショップ」 あの時あの場にいなかった筈なのに、なぜかテロは全てを知っていた。 「もう終わりだ。ミィはここでの決闘に満足することはできない。ヒーローになれない世界でのヒーローごっこはそれなりに楽しい。でもね。ヒーローになれる世界でのヒーローごっこはどこまでいっても虚しい。 『HERO』 を 『DUELIST』 に置き変えても似たようなものさ。大丈夫。伝説の剣とか持ってなくても、勇者の血とか流れてなくても決闘者にはなれるから。ミィが一人前の決闘者になるのは、その辺歩いてるチンピラがD大医学部に受かるのと同じぐらいの難易度かな。巨大化して怪獣倒すよりもうんと楽ちんだ」 ミィは首をふる。いかないで。お願いいかないで。 「楽しかったよ」 そう言い残し、テロ・ヘルコヴァーラは消えた。幸せだった日々は過去のものとなった。

 退路が断たれたのだ。3日間の放心状態を経てミィは再び動き出す。一心不乱に投げ込みと打ち込みを行った。だがそんなことを幾ら続けたところで、字の書き取りを半永久的に続けるようなもの。文章にはならない。決闘にはならない。ミィは外に出た。アテはない。外にいる方が幾分ましに思えたのだ。ミィは公園で投げ込みと打ち込みを続けた。本質的に差異はなかった。気持ちの問題でしかなかったが当面は気持ちが問題だった。恐ろしく効率のいい非効率はミィの腕前を一段階引き上げる……一段階で打ち止めだった。焦りが募る。ミィはテロの言葉を思い出した。その辺歩いてるチンピラがD大医学部の試験に合格する。それはそれで偉業だ。テロの言い分に多少の誇張はあるにせよ、それは絶望的なことのように思われた。手段を選んではいけないのだと悟った。

 ある日ミィは決闘の大会を観戦する。ある一団に惹きつけられた。自称天才の言葉通り胡散臭い試合運びをするテイル、沈着冷静で決闘の要諦を逃さないラウ、そして、この日誰よりも悔しがっていたリード。あの時あの場にいた彼ら。半ば自暴自棄になっていたリードの後をこっそりつけるのは楽な作業だったが、それ以上のアクションが思いつかない。ミィの前には壁があった。どうすればいいだろう。その時だ。リードは公園に千鳥足で入っていく。練習場にしていたいつもの公園に。運命だと思った。ミィは急いで回り込みいつも通りの投げ込みと打ち込みを始めた。若干、いつもよりも眼につきやすいところで。なんという偶然だろうか。リードはミィを目撃する。彼女はまんまと潜り込んだのだ。ミィは渇望していた。決闘者の証を。狂おしいまでの渇望。あの紙にはこう書かれていた。

 目指せ! 初勝利!


【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。
↓匿名でもOK/「三十六計コメントに如かず」というかの有名な日本の諺があってだね……


□前話 □表紙 □次話


























































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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