「世の中どうにもならないことはあると思うんだ」
 何の話だったか。テイルは駄菓子をほおばりながらそう言った。
「意外な意見だ。やりたい放題やってるようにしかみえないんだが」
 揶揄するようにいうのはリード。彼からすれば意外の一言である。
「そんなことはない。人間関係なんてのもその1つだとおれは思う」
「しばらくダチやってるけど、そんな繊細な付き合い方した覚えないぞ」
「味方なんて適当でもどうにかなる。問題は敵だよ。これは困る」
「敵?」
「決闘ってのは歯車が噛み合ってないと面白くない。実力が釣り合ってないとわかったら勝つにせよ負けるにせよ一瞬で片を付けてしまってハイサヨナラ。それがお互いの為ってもんだろ。決闘にまつわる高尚な思想だの哲学だの語ってみても、結局はなるようにしかならない。どうしようもないんだ。決闘者ってのは孤独なもんだよ。好きなように1人で組んで好きなように1人で引いて、一瞬噛み合ったら万々歳、そんでバイバイさようなら。何事もスパッといかないとよろしくない」
 捻くれた打撃屋。朧気ながらもリードが抱くテイル像は大体そういう代物だった。駆け引きを無視するかのような直線攻撃がむしろ駆け引きを引き出している側面すらある。引き出せなければそれはそれでさっさと店仕舞い。何かしら引き出せるなら、こちらもこちらで引き出しを開けてみせよう。そんな態度が透けて見える。それがリードには気に食わなかった。テイルからはひたむきさが感じられない。
「いつかのゴードンみたいな輩は、ひと思いに一発技で終わらせてやるのが世の情けってか? ん? てことは、まるで勝てそうにない相手に出会ったら、足掻きはしないってことか?」
「足掻いて勝てる余地があるなら、それはもう噛み合ってるんじゃないの。知らないけど」
 すっとぼけたようなことを言うテイルに段々と腹が立ってくる。彼の尻尾は今一掴めない。
「おまえとは今一話が噛み合わないな。足掻き甲斐がないほど格が違う相手でも、カードを握ってる限りチャンスはあるんだ。チャンスがあるなら掴みにいくべきだ」
「チャンスなあ。俺は出会いのチャンスを掴みたいね。パル!」
「なあに」
「1つ頼めるか」
「カードくれるなら聞くよ」
「流石パル。話がわかる」
「おいテイル。余計なことはするなよ」
「わかってるわかってる。ミィとの合流前にちょっとばかり時間を有効活用するだけだから」
「ホントかよ」 不安混じりにひとまずは信じつつも、リードは釘を刺しておく。
「おいテイル。決闘者は孤独って言ったな。それは違うぜ。少なくともこの西にはチームデュエルがある。絆の強さが力になるんだ。だから上を目指せるんだ。それを忘れんな」
「パル、この紙に書いたとおりだから。後は頼む」
 テイルはリードに対して何も言い返さなかった。
 何も言わず、尻尾をなびかせながら出て行った。
 彼がどこに行くのか、それは誰にもわからない。

 その頃――

「10周しました」 「したか」 「しました」 「したんだな」 「それはもう」
 目に隈を作ったミィと同じく目に隈を作ったラウ。ラウの想定を大幅に上回る回数ミィは電話をかけてきた。それはもう電話した。 「おまえ電話代大丈夫なんだろうな」 とラウがそれとなく聞いたが、その度に 「大丈夫です!」 と無駄に力強い答えが返ってきた。 「どんだけ友達いないんだ」 内心毒づきつつもラウは質問を受け続けた。何事も慣れ。なんだかんだでミィの物分かりは悪くない。そういうわけで、ラウの睡眠時間と引き替えに、思いの外早く10周は終わった。
「今日は実戦だ」 「実戦ですか」 「実戦だ」 「実戦なんですね」 「適当に相手を探す」
「誰とやるんですか?」 「デュエルサークル。適当に歩けば都合のいい相手が転がっている」
「デュエルサークル?」
「良く言えば大学の華。悪く言えば大学の無駄。デュエルサークルにも色々ある。スタイリッシュなデュエルで目立つことしか考えない連中から、トーナメントでの入賞を真剣に狙う奴らまで幅は広い。今のおまえに都合のいい相手もいる筈だ。しかしその前に……」
 ラウはミィの服装を確認する。スポーティな恰好ではあるがまだ足りない。
「ミィ、おまえさ。男の子のふりをすることに抵抗はあるか?」
「は?」 「ここにいる間、男子のふりをするのは嫌かと聞いているんだ」
「別にいいですけど、なんか意味あるんですかそれ」 「それなりにな」
 怪訝な顔で首を傾げるミィだが、特に断る理由もないので了承する。
(初日のあれは揉み消すのに苦労したからな。これだから……)
「ほら、この帽子を深めにかぶれ。後は口調と声色に注意しろ」
「それだけでいいんですか? もっとこう胸にさらしとか……」
(要らないだろ) 
 洗濯板が何ほざいてんだと言いたくなったが、頼む立場なので我慢する。
「気休めみたいなもんだが、意外とどうにかなるもんだ。それじゃあいくぞ」
 そう言うとラウは歩き出した。ミィはその後ろをぴょこぴょこと付いていく。
「あ、そうだ。ラウンドさんラウンドさん。実は昨日の夜考えたんですが、《貪欲な壺》をもっと積んだら、思い切って3枚積んだらいいんじゃないかって。どう思います? ちょっと重いかな……」
「重い重くない以前の問題として積めない。あれは準制限だ。知っとけ」
「うあ」
「論外」
「うい」
 だだ滑ったのを挽回すべく別の話題を出してみる。
「あ、そういえば前に貰った《砂塵の大竜巻》。《ツイスター》よりも全然使いやすいんですけどあれってトラップなんですよね。《王宮のお触れ》を使われたら止まっちゃうんですよね」
「確かに止まるが、発動する瞬間ならチェーンして潰せる。覚えておけ」
「ホントですか! 凄い! 砂塵凄い! なんか新しい世界が見えました」
「妄想癖でもあるのか。本当にそう思うなら病院に行ってこい」
「うう」
「常識」
「うえ」
 ミィをばっさりと切り捨てたラウは、歩きながら適当に周囲を見渡した。
「誰かいい奴がいるといいんだが……あいつらがいたか。 "盛り上がるブラザー兄弟" 」
 ラウの足がぴたりと止まる。みつけた。試金石には丁度いい手合い。ラウは指をさした。
 みるとそこには、筋骨隆々の2人組が肌を晒して仁王立ちしているではないか。
「はっはっはっはっは! 俺達の筋肉に挑戦しようというやつはいないのか!」
「うお。なんか見るからに凄そうな人達ですね」
「あいつらは典型的なマッチョタイプ。己の筋肉を誇示するのにカードゲームはうってつけの媒体。ノースリーブでこれ見よがしに腕を出してるだろ。あれはそういう連中だ」
( "ブラザー兄弟" 試金石としては申し分ないが、あいつらが相手となると女子は……)
 ラウはミィを一瞥した。申し訳程度の男装とはいえ好都合な状況は既に揃っている。
(このまま押し切るか。男女差別の助長にのっかるようでであまりいい案とも言えないが、こんなところで面倒を起こすのもご免被りたい。初日でおれに迷惑をかけた分、少しはミィにも我慢してもらおう)
「じゃあ交渉に行ってくる。おれが手を挙げたらこっちにこい」
「はい! 師匠。わた……おれ、がんばります……ぜ」
 露骨すぎるのが若干気になったが、それなりに楽しそうではある。
「師匠はやめろ。おまえの師匠はミツル・アマギリ先生ただ1人だ」
 ラウは一旦ミィと離れ、 "ブラザー兄弟" ことビッグ&スモールにコンタクトをはかる。
「おいブラザー兄弟。あそこにいる従弟とおれとでおまえらにタッグデュエルを挑みたい。男の癖して、うちの奴にはどうも荒々しさが足りないんだ。おまえらとやれば少しはマシになるかもしれない」
「ラウだ! ジャック・A・ラウンド。ラウがブラザー兄弟に」 「すげえぞ! ラウがきた!」
 にわかに周りが騒がしくなる。 "ジャック・A・ラウンド" の名前はそれなりに売れていた。
「兄貴。確かあいつ、あのアースバウンド相手にも勝ち星をあげた奴ですよ。やばくないすか」
 ギャラリーが湧く中、小声でビッグに囁きかけるスモール。しかしビッグは動じない。
「運が良かっただけだ。少しはやる奴だが、なんにせよ今ならなんの問題も無い」
 彼は "従弟の小僧" を一瞥してそう判断した。あの華奢な身体に負ける要素があるものか。
「受けるぞスモール。あのラウンドの野郎は前から気にくわなかったんだ。中央生まれだかなんだか知らないが、大した主義も主張もない癖に偉そうな顔をしているのがな」
(小声で言ってるつもりだろうが聞こえてるよビッグ。悪評を生むような真似をした覚えもないのだが、悪評があるならあるで利用させてもらおう。敵が多いというのもそれはそれで役に立つ)
 ラウが右手を挙げてミィに合図。嬉しそうにトコトコやってくるミィ。
「おいラウンド、おまえのタッグパートナーはこの小学生の小僧でいいんだな」
「小学生!? ちょ……」 「その通りだ」 (なんでそのまま? 言い返して……)
 ミィはラウの服を掴んで無言の抗議に及ぶが、ラウは小声で受け流す。
「いいから決闘のことだけ考えろ。練習台には丁度いい相手だからな。負けたところでおまえに失うものはない。あいつらの態度を気にする暇があったら自分の決闘を気にしろ」
「わかりました」 その通りだと思った。今は決闘のことだけ考える、そう決めた。
 あれよあれよとトントン拍子。4人が所定の位置に付いてスタンバイ。
「今回のSDTはおまえがやれ。何事も経験だからな。胸を借りてこい」
(ミィがこの先ガチな世界で闘っていくなら、こういう連中との闘いが必ず壁として立ちはだかってくる。小兵のミィにとって、 "決闘筋力主義" との対峙は避けて通れない試練だ)

決闘筋力主義(マッスル・デュエリズム)
 召喚行為を一言で言い表すなら 『同調によって負荷を軽減し、筋力によって投盤を行う』 それは荒れ狂う猛獣達を宥めすかし、時に鞭を持って言うことを聞かせるのに似る。同調能力も投盤能力も、決闘者にとってなくてはならない能力である。しかしある者は言う。 「最低限の同調さえ行えれば後は筋力で無理矢理押さえつければどうにかなる」 その思想は言うなれば 「説得などせずとも殴って言うことを聞かせればいい」 という、ある種の偏ったマッチョイズムに基づいている。この思想を時に崇拝し、時に揶揄して表すのが "決闘筋力主義" という言葉である。事実、そこまで極端な考え方をしないにせよ、高性能高出力のカードユニットを扱う上で、筋力は 「あればあるほどにいい」 のであり、その発想もあながち的外れではないと言える。もっとも、これに対し近年では "決闘文学主義" "決闘哲学主義" "新古典決闘学派" 等々、新しいアプローチで決闘盤と向き合う潮流もあり決して――

「ミィ! タッグデュエルだ。教えたとおりのモードを選べ」
「了解! 俺の決闘盤が火を噴くぜ! ふぁいやあ」
(おまえの中の男性像はそんなか)
 ミィとラウが相互に決闘盤をリンクさせる。次は相手の番。
「いくぞスモール! 俺達のマッスルタッグを刻みつけるぞ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁにぃきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
(凄い気迫。これがデュエルサークルの決闘者! わたしの相手)
「デュエルポーズ・スタンバイ!」  「デュエルポーズ・スタンバイ!」
 ビッグがスタンドゾーンの中央に立ち、両足を少し開いた体勢からゆっくりと両腕をあげ、所謂ダブルバイセップス・フロントのポーズを取る。一方、スモールは俊敏な動きで後ろに回り、2つの決闘盤をビッグの両腕に装着。即座に後ろへ下がる。これぞ!
「ツインマッスル・フォーメーション!」
「兄貴は最高だああああああああ!」
「で、でたーっ! ビッグとスモールのタッグデュエル。まさに一心同体!」
 なるほど。そう頷いたのはラウ。彼が言うにはこうだった。1人で2つの決闘盤を持つのは難しい。しかしビッグは片手にペンではなく両手にダンベルを持ち続けた男。適正はある。無論それだけでは左右のバランスを保ちきれず破綻する筈だが、ビッグの左斜め後ろに下がったスモールがこのタッグの隠し味。ビッグの左腕に声援を送り、マッスル・ナルシズムを刺激することで釣り合いを取っている。筋肉屋にしては考えたものだ。そうラウは内心で頷いた。
(なんだかよくわからないけど凄いんだ。これがこの人達のタッグデュエル)
「俺達2人の、マッスル・コンビネーションの無敵ぶりを味わってもらおうか」
(いよいよ始まるんだ。これがわたしの、生まれて初めてのタッグデュエル)


DUEL EPISODE 11

Play a lone hand〜孤独な二人羽織〜


                  〜初心者講習中の話〜

「チェーンライン? なんですかそれ」
「タッグデュエルは難しい。一緒にやろう」
「はい、お願いします。何書いてるか全然わからないんで」
「タッグデュエルは2×2の4人で決闘するわけだが、仮に 『おぎゃん』 『こぎゃん』 と 『そぎゃん』 『とぎゃん』 がそれぞれタッグを組んだとする。ここでもしそぎゃんが雷帝ザボルグを、とぎゃんが氷帝メビウスをコントロールしていたとして、おぎゃんがライトニング・ボルテックスを撃ったらどうなる」
「雷帝ザボルグと氷帝メビウスを両方倒せる……わけじゃないんですね」
「良くわかったな。わざわざ聞くということはそういうことだ。いいか。各々のフィールドは繋がっていない。決闘者は孤独なんだ。 『おぎゃん』 『こぎゃん』 『そぎゃん』 『とぎゃん』 で4つのフィールドがある。普段のシングルデュエルではその内の2つを繋いでいるが、タッグデュエルでは倍の4つを繋いで決闘を行う。その時重要になるのがチェーンラインだ」
「すいません。ちんぷんかんぷんなんですけど。兎さんが頭の上で踊ってるんですけど」
「仕留めて調理しろ。意外と美味いぞ」
「それはちょっと……っていうか食べたことあるんですか」
「結論からいうとおぎゃんがライトニング・ボルテックス、即ち 『相手の場のモンスターを全て破壊するカード』 を発動する場合、 『相手』 がそぎゃんなのかとぎゃんなのか予め確定しなければならない。そぎゃんとの間のチェーンラインを敷けば雷帝ザボルグが破壊され、とぎゃんとの間のチェーンラインを敷けば氷帝メビウスが破壊される。海の上に大陸が2つ浮かんでると考えればわかりやすい。そぎゃん島に大きな雷が落ちたら、確かにそぎゃん島は大火事になるかもしれない。そうはいっても、その火が同盟中のとぎゃん島に燃え移ることはないだろ。もう1つ補足しておくが、これはかの有名な禁止呪文:ブラック・ホールでも変わらない。あれは 『フィールド上の全てのモンスターを破壊する』 効果だが、実際は 『自分と相手のフィールド上の全てのモンスターを破壊する』 効果なんだ。そういうわけだから、この場合も 『相手』 を選ばないといけない。4人中2人のモンスターしか吸い込まれないんだ」
「へぇ〜。なんていうか、ブラック・ホールって世界の全部を消しちゃうイメージだと思ってました」
「意外か? まあそんなもんだ。世界なんて一杯あるからな。一部を消せるだけでも大したもんさ」
「なんとな〜くですがわかりました。でもなんでそんなルールができたんですか?」
「さっきも言ったろ。決闘者は本来孤独なんだ。この競技は明らかに1VS1を前提としてデザインされている。2VS2でまともに闘うにはそれなりの手続きが必要だったんだ。じゃあ次の質問。おぎゃんはタッグパートナーであるこぎゃんの場にライトニング・ボルテックスを打ち込めるか」
「えっと、こぎゃんはおぎゃんの相手じゃないんですよね。味方なんですよね。できない?」
「その通り。決闘の 『相手』 にならない以上タッグパートナーの場にライトニング・ボルテックスは撃てない。同じ理屈でギフトカードをタッグパートナーに使うこともできない。さて。ここからが厄介だ。強欲な瓶というカードがある。知っての通り 『自分のデッキからカードを1枚引く』 効果だ。おぎゃんがこのカードを発動したとして、タッグパートナーのこぎゃんが代わりに1枚引けるかどうか。考えてみろ」
「こぎゃんは 『相手』 じゃない。それなら……あれ? おぎゃんは独りぼっちなんですよね。友達のいないおぎゃんがその場限りでこぎゃんと繋がってる。ということは 『自分』 でも……ない……?」
「正解だ。強欲な瓶でカードを引けるのは発動したおぎゃんだけだ。おぎゃんにとってのこぎゃんは同盟相手に過ぎない。自分は自分、他人は他人、相手は相手。これはそういうゲームなんだ」
「なるほどなるほど。でもなんか変ですね。敵より味方の場の方が遠い感じで」
「 『自分』 でも 『相手』 でもないからな。タッグパートナーは、デュエルとしては特殊な要素であり、タッグデュエルとしては特有の要素だ。そこで、というべきかな。タッグデュエルでは2つ、タッグパートナーの場に干渉する方法がある。まず1つ。タッグデュエルでは特例として、自分のモンスターをタッグパートナーのフィールドに召喚・特殊召喚若しくはセットすることができる」
「TVでやってるとこ観ました。凄いですよねそれ。仲間が救援に駆けつける。友情ですね!」
「タッグって感じがするだろ。そしてラスト、タッグデュエルではタッグ専用のカードを使用することができる。普通の決闘では何の役にも立たない呪文だ。これらを使って連携をより強固にできる」
「強固な連携。なんか良い響きですねそれ」
「そうか? 纏めるとこういうことだ」




【西部公式タッグデュエル】
@ライフは2人で12000を共有する
Aファーストターンを消化していないプレイヤーには攻撃不可能
B攻撃宣言や効果発動に際しては随時対象となるプレイヤーを選択する
Cプレイヤーはタッグパートナーの場に自分のモンスターを置いてもよい
Dタッグデュエルにおいてはタッグデュエル専用呪文の発動が許される

「後は間接的なサポートとして、味方への攻撃宣言に《炸裂装甲》を撃ったりもできる」
「あ、そっか。相手の攻撃に対して発動するんですもんねあれって。覚えました!」
「まあ実際にやってみないとわからないこともある。何事も慣れだ」
「 『実際にやってみる』 と言いますと……」
「演習ではおれがパートナーをやる」
「本当ですか! やった!」
(そんなに喜ぶことか? わからん)
(凄い。タッグデュエルできるんだ)

――
――――
――――――

Starting Disc Throwing Standby――

Three――

Two――

One――

Go! Fight a Technological Card Duel!


 果たしてミィの決闘盤は盛大に弾かれた。SDTでは、決闘盤に込めた気の種類によって勝敗が動く。気の種類とは即ち 『モンスター』 『マジック』 『トラップ』 。この3つが言わば三竦みになるじゃんけんのような関係だが、じゃんけんとは違い、あいこなら威力に勝る方が基本的に勝つ。故にミィは不利な側に立ちやすい。今回ミィが込めた気は 『モンスター』 。相手は 『トラップ』 を出したのだろうか。あの筋肉を思えば 『モンスター』 のゴリ推しに競り負けたのかもしれない。いずれにせよ先攻はビッグ。
「小僧に負けるわけにはいかないからな。精々お勉強させてやる。カブレラ……ドロー!」
 ビッグの構えは、両足を少し開いた体勢から両腕を頭の高さまであげる、所謂ダブルバイセップス・フロントを応用した形を基礎とする。ドローの瞬間は両手を胸元まで下ろし、エキスパンダーを引っ張るように力強く引く。大胸筋から上腕二頭筋まで幅広く強調した、躍動感溢れるマッシブなドロー。
「俺は手札からモンスターをマッスルセット。これでターンエンドだ」
「わ……おれのターン、ドロー……」  (はじめはモンスターの召喚)

「ドローしたコピーカードを決闘盤にセットして召喚したいゾーンに投げる、難易度はものによるとしか言えないが、余程のものでない限り1度覚えたらそうそうミスらない。自転車のようなものだ。一度乗れたら何かにぶつかりでもしない限り転ばないだろ? 特に下級なんて目を瞑っても召喚できるようにしておかないと駄目だ。その点で言えば、おまえは落第もいいとこだ」
「う」 「ぶれたけど上手くいった、ラッキーとか思ってるようじゃ使い物にならない」 「うい」
「1度覚えたものをミスる理由は大きく分けて2つ。緊張と疲労だ。緊張に関しては経験を積んでいけば慣れる。もっともこの程度の段階で緊張に押し潰されるようでは論外だ。聞こえてるか? 腕が腐ってるのはなんとかなるが、耳が腐っていたらどうにもならない。後者はもっと面倒だ。混戦になったり連戦になったりすると、いつもできてることが突然できなくなる。それでも100%に限りなく近づけなくてはならない。十中八九は低レベル。十中九点九九九九……になってようやく及第点だ」
「う。あ〜……。もし疲れたりとかして、調子が狂ったらどうすればいいんですか?」
「まずは慌てないことだ。感覚に甘えた投げ方ばかりだと不調時に対応できないから、自分がどう投げてるかを日頃からちゃんと理解しておくことが重要になる。但し、おまえのレベルでは連戦だ混戦だ言ってる場合じゃない。およそ全面的に足りてないんだからな。結局は投げ込んだ量がスローイングの信頼性を高める。下手糞な内は、口を動かすより手を動かせということだ」


 結論から言うとミィは失敗した。真横からラウの容赦ない叱責が飛ぶ。いきなりの失敗に顔を真っ赤にするミィ。もっとも、統計的に見てもファースト・スローイングは失敗しやすい。それもあってか、一発目の通常召喚には救済措置がある。セカンド・スロー。ミィがもう一度決闘盤を投げる。
「わ……おれは手札から《魔導戦士 ブレイカー》を通常召喚……あ、できた」
 最悪の事態を免れたことでホッとするが、ラウに睨まれ姿勢を正す。成功で一喜一憂するようではいけない。限りなく100%に近づかなければ。ミィはビッグをみる。タッグデュエルでは、ファーストターンを消化していないプレイヤーへの攻撃は不可能。仕掛けるとしたらセットモンスター。仕掛けていいのだろうか。ミィは電話中のラウの言葉を思い出す。ラウはこう言った。 『初見の相手は怖い。しかし、意味もなく静観したところで状況が好転するわけもない。むしろ悪化する。手強い相手なら尚更そうだ。仕掛けられる状況ならまずは仕掛けてから考えろ。痛い目を見るかもしれないが、授業料は払える内に払っておけ。戦争なら下策かも知れないが、今のおまえならそのくらいが丁度いい』
(《魔導戦士 ブレイカー》は1900アタッカー。仕掛けられるなら仕掛ける)
「《魔導戦士 ブレイカー》で、ビッグさんのセットモンスターに肘撃ちブレイク」
「《マシンナーズ・ディフェンダー》。守備力は1800、《魔導戦士 ブレイカー》には及ばない。しかし! リバース効果により《督戦官コヴィントン》をデッキから手札に加える」
(リバースモンスター。これって正解だったのかな……正解だよね)
 目の前の現実に頭を働かせるミィ。他方、しもべの種族に着眼するのはラウ。
(機械族使いは相変わらずか。紋切り型過ぎて逆に珍しいくらいの筋肉馬鹿。自分以外の筋肉は一切信用しない。この分でいくと、左腕も愚直な機械族か)
 筋力自慢が選ぶモンスターの傾向。見た目にもパワフルな獣戦士族などが恋女房に選ばれる、などと思われがちであり、事実その考え方もそうピントを外したものではない。しかし現実には、もう一つの売れ筋商品が存在する。それが機械族。筋肉を鍛えるとき彼らは何を使うのか。彼らはベンチブレスやブルワーカーといった筋肉養成の為の器具を愛用する。故に、
 彼らが機械族を好む傾向にあるのも決して不思議ではない。
「マジック・トラップを1枚セットしてターンエンド」

「ローズ・ドロー!  おれはモンスター、マジック・トラップを1枚ずつでエンドだ」
(モンスターとスペルを縦に一列。ラウンドさんが言ってた基本形だ……)
 ラウは言っていた。無難をレモンで絵に描いて、火で炙ったように面白みのない布陣だが人はそれを基本と呼ぶのだと。ミィの戦力上、この布陣に仕掛けたところで大した戦果は上がらない。しかし、何事も積み重ねが重要。少しずつでもプレッシャーを与えていけばボディブローのように効いてくる。手堅い布陣は確かに攻めづらいが、相手も相手で苦労している。何はともあれ焦らないこと――そう、焦らない。焦ってはいけない。ラウもまた同じ布陣で ― 《爆導索》対策か単なる手癖か一列にはしなかったが ― ターンエンドを宣言。慎重に、慎重にいかなければ。そう気を引き締める。

Turn 5
□1200LP
■12000LP
□カブレラ
 Hand 6
 Monster 0
 Magic・Trap 0
□ローズ
 Hand 4
 Monster 1(セット)
 Magic・Trap 1
■ミィ
 Hand 4
 Monster 1(《魔導戦士 ブレイカー》)
 Magic・Trap 1(セット)
■ラウ
 Hand 4
 Monster 1(セット)
 Magic・Trap 1(セット)

「浮き上がれ血管、盛り上がれ筋肉、カブレラ・ドロー! いくぞラウ! そして小僧!」
「おいビッグ。さっきから気になっていたんだが、その 『カブレラ』 ってどういう意味だ」
「なんだそんなことか。スモール、無知な者達に我々の気概を説明してやれ」
「へい! 一度しか言わないからよく聞いておけよ。兄貴の右腕と左腕にはそれぞれ 『カブレラ』 『ローズ』 という名前が付いている。故に、左の決闘盤から右腕で引くのが『カブレラ・ドロー』 、右の決闘盤から左腕で引くのが 『ローズ・ドロー』 になる」
 ミィは唖然とした。思わず 「腕に名前が付いてるんですか!?」 と叫んでしまう。
「当たり前だ。おまえ達だってデッキや決闘盤に名前の1つも付けるだろう。飼っている犬や猫にだって名前くらいはつけるもの。ならば! この珠玉の右腕と左腕に名前が付かない筈がない!」
(そうなんだ。これが 『意識の高い決闘者』 ってこと?)
(これだから推薦入学の連中は。昔以上に筋肉信仰が極まってるのか)
「 『カブレラ』 『ローズ』 は総称だ。兄貴の、腕の中にある各種の筋肉にも個別に名前が付いている。例えばこの右上腕二頭筋は 『マクレーン』 、左の上腕二頭筋は 『ブライアント』 。他にも右の橈側手根屈筋には 『カクタイゲン』 、左の橈側手根屈筋には 『パウエル』 という立派な愛称が付いている。そんなことにすら驚くとは。これだから意識の低い決闘者は困る」
「初対面のおまえに全てを覚えろとは言わん。さしあたっては 『カブレラ』 『ローズ』 を覚えるがいい」
 わかるようでわからない話だったが、覚えておけば攻撃を仕掛けるときに便利だとは思った。
「それではいくぞ! 手札から《マシンナーズ・ソルジャー》を通常召喚。効果発動。手札から《マシンナーズ・スナイパー》を特殊召喚。この2体でオーバーレイ・ネットワークを構築」
 倒された《マシンナーズ・ディフェンダー》の仇を討つべく、2体の二足歩行型マシンナーズ、即ち《マシンナーズ・ソルジャー》と《マシンナーズ・スナイパー》が連続出陣。機械族特有のメカニカルなオーバーレイネットワークを構築。『カブレラ』が持つ唯一最強のエクシーズ・モンスターが2人に迫る。
「エクシーズ召喚、《ギアギガント X》。効果発動。デッキからレベル4以下の機械族を1枚サーチ」

ギアギガント X(エクシーズ・効果モンスター)
ランク4/地属性/機械族/攻2300/守1500
機械族レベル4モンスター×2:1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。自分のデッキ・墓地からレベル4以下の機械族モンスター1体を選んで手札に加える(以下略)。


「流石はビッグ兄貴! 上腕から前腕にかけて流れるような動き。パーフェクトサモンだ!」
(いきなりおっきいのがでてきた。でもこのモンスターを倒せばラウンドさんにも認めてもらえる)
「これで戦力は整った。遠慮なくいかせてもらうぜ。小僧の《魔導戦士 ブレイカー》を押し潰す」
 させない。ミィは迷わず掌に気を込めた。デュエルオーブが紫色に光る。殴りかかってきた《ギアギガント X》の拳が《魔導戦士 ブレイカー》に触れんとしたその瞬間 ―― 見事に爆発。《炸裂装甲》。
(やった! 《炸裂装甲》大好き。いつもわたしを助けてくれる)
「ラウンドさん、やりました」
「それはいいが出てくるぞ」
「え?」
 ポカンとするミィ。ニヤリとするビッグ。明暗は既に分かれていた。《炸裂装甲》の煙が晴れたその瞬間、物凄い勢いで突進してきた何かが《魔導戦士 ブレイカー》を真っ二つにする。あれは――
「あ」 サーチしたカードはこれだった。迂闊――

機皇帝ワイゼル∞(効果モンスター)
星1/闇属性/機械族/攻2500/守2500
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが効果によって破壊され墓地へ送られた時のみ手札から特殊召喚できる。また、1ターンに1度、相手の魔法カードの発動を無効にし破壊する事ができる(以下略)。


ブラザー兄弟:12000LP
ミィ・ラウ:11400LP

(ワイゼルか。厄介だがどのみち相手にするカードだ。先鋒を破壊できれば十分)
(やられた! どうしよう。これってミスだったりするのかな。早く挽回しないと)
「この召喚と攻撃をもって、マッスルエンドを宣言!」

「お、お、おれのターン、ドロー……です」
(やった!) 「ハンド1枚をコストに!」
 今日はついてる。これで挽回。そう意気込んだミィの両手が黄金色に輝く。
 唯一最大の大呪文。両手を合わせて突きだし、ミィは勢いよく叫ぶ。
「《ライトニング・ボルテックス》!!!」 
 大地を駆け抜ける稲妻はあらゆる敵を打ち倒……さない。
「あれ? ライトニング……ボルテックス! ボル・テッ・クス! あれ? なんで?」
 不発。これ以上ない程の、俗に言う「ドヤ顔」で放った大呪文が不発。迸る冷や汗。
「なにやってんだおまえは」 ラウが呆れ顔で指摘する。 「《機皇帝ワイゼル∞》の効果だ。あいつは常に魔力拡散フィールドを張っている。あれがいる限り、一発目の魔法は通らない」
(し、し、し、しまった。やっちゃった。怒られる。絶対怒られる。早く謝らなきゃ)
「ごめんなさい! ごめんなさい! ちょっと、出来心っていうか、あの、ごめんなさい!」
 まったくおまえという奴は。ラウは溜息を付きつつ、ミィに1つ訪ねた。
「おい、今のは何が問題だと思ってる」
「え? それは、その、ワイゼルの効果を……」
「魔法封殺効果を見逃していたのは論外だが、その件がなかったとしても今のおまえの判断には疑問の余地がある。ワイゼルは確かに高性能機だが、単騎でしか殴れず、地縛神や機械巨人のように壁を突き抜ける能力も持っていない為、追撃戦には然程向いていない。何よりタッグデュエルなんだ。まだまだ序盤、味方の援護も十分に期待できる。2500を1体潰す為、なけなしの大呪文を放つ必要が本当にあったのか。ちゃんと考えて納得した上での判断と胸を張って言えるのか」
 ぐうの音も出ない。引いたカードが偶々最強呪文。そのまま勢いで使ったが、手札には《キラー・トマト》がある。凌ぐのは容易。対応力に優れたラウならばワイゼルを上手く処理できるに違いない。ミィは口元を引き締める。やってしまった。こんなのラウンドさんやテイルさんがやる決闘じゃない――
「おいおい試合中に説教か? 熱血教師もいいところだなラウ」
「時間を取らせて悪いとは思う。そうはいってもおまえほどの決闘者なら、おれがこいつに注意を加えたところでものの数ではないだろう。違うか?」
「なるほど。俺の筋肉を前にしては発破の1つも必要になる」
「さあ、ビッグの好意にも甘えていられない。早く続けろ」
(あまり試合中に喋るのもあれだな。次は黙っておくか)
「あ、はい。モンスターを1枚セットしてターンエンドです」

「ローズ・ドロー!」
「完璧だ! ドローからも窺い知れる兄貴の傑出した左腕美!」
「 『非力なものは頭を使え』 といったところか。哀しい言葉だと思わないかラウ。俺に言わせれば 『筋肉あるものは運を使え』 だ。セットモンスターをリリース、アドバンスマッスル!」



Blowback Dragon

Attack Point:2300

Defense Point:1200

Special Skill:Jam Shot


 異形も異形。ミィは素直に驚いた。  「頭に銃が付いてる」 (ちょっと格好いい……) 他方、
「コイントスで効果の成否が決まる。運任せのモンスター」 ラウは冷淡な感想を述べるが、対照的に五月蠅くがなりたてるのはスモール。ビッグの斜め後ろで己のしもべを誇る。
「このスモール様のエースモンスターは、おまえのような小者に使いこなせる代物じゃない」
「そう。筋肉は余裕を生む。余裕は博打を生む。そして博打は財産を生む。効果発動!」
 オートピストル型のドラゴンヘッドが照準を合わせる、が、弾が出ない。ラウが冷やかした。
「中々気の利いた理論だが、見事に外れているぞビッグ。 "Jam Shot" の名前通りか」

ブローバック・ドラゴン(効果モンスター)
星6/闇属性/機械族/攻2300/守1200
コイントスを3回行う。その内2回以上が表だった場合、相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。


「それがどうした! 弾の出ない銃も、この俺が振るえば凶器と化す。構わず攻撃だ!」
 膂力に任せて銃口で殴る。言わば鈍器による一撃。それなりの威力はある。
 ラウは慌てない。淡々と戦後処理に臨む。
「破壊されたのは《荒野の女戦士》。効果発動」
「女リクルーター。ちっ……軟弱者め」
「《ならず者傭兵部隊》を特殊召喚」
「小癪な真似を。ターンエンド」

ならず者もの傭兵部隊(効果モンスター)
星4/地属性/戦士族/攻1000/守1000
このカードをリリースして発動できる。フィールド上のモンスター1体を選択して破壊する。


(ようやく番が回ってきたか。目立つ必要はないが、それなりのことはさせてもらう)
 ラウのターン、ドロー。メインフェイズ、ラウは状況を確認。沈思黙考が始まる。
(《ならず者傭兵部隊》で1体を除去してから、手持ちの《サイバー・ドラゴン》でダイレクトアタック……)
 問題はいずれのモンスターを破壊すべきか。カブレラの《機皇帝ワイゼル∞》とローズの《ブローバック・ドラゴン》。追撃能力ではブローバックが勝る、が、先に動くのはワイゼル。
(ワイゼルを潰せばサイドラの戦闘破壊を一先ずは防げる。しかしそうなると、ブローバックの処理はミィが担うことになる。一抹の不安がなくもないが、この試合でおれに要求される行動は決闘を作ること。課題を与えられるならむしろ好都合。勝利は二の次でいい)
「《ならず者傭兵部隊》をリリース、《機皇帝ワイゼル∞》を破壊する。《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚。この手のモンスターはタッグで使いやすい。バトルフェイズ、カブレラにダイレクトアタックだ」

ブラザー兄弟:9900LP
ミィ・ラウ:11400LP

Turn 9
□9900LP
■11400LP
□ビッグ(カブレラ)
 Hand 5
 Monster 0
 Magic・Trap 0
□ビッグ(ローズ)
 Hand 4
 Monster 1(《ブローバック・ドラゴン》)
 Magic・Trap 1
■ミィ
 Hand 2
 Monster 1(セット)
 Magic・Trap 0
■ラウ
 Hand 4
 Monster 1(《サイバー・ドラゴン》)
 Magic・Trap 1(セット)

「カブレラ・ドロー! モンスターをセット。マジック・トラップを2枚セットしてターンエンド」
 ゴリ押しから一転引き籠もるカブレラ。次はミィのターン。呼吸を整え札を引く。
「おれのターン、ドロー……」
 今度はミスれない。ミィはそう強く思うが、思えば思うほど手が縮こまる。
(悩むか。それもいい。おまえの能力なら十分打開できる。やってみろ)
 さっきは即断即決で失敗した。今度は慎重に考えよう。そう決める。
(えっと、次はローズさんのターンだから《ブローバック・ドラゴン》が動き出す。さっきは外れたけど次は当たるかも。倒さないといけない。こっちのライフはまだ残ってるわけで……)
「おいおい悩むなんて漢らしくないぜ。即断即決こそ……」
「おいスモール。前に見たときより大胸筋が一回り大きくなってないか?」
「その通り。俺も昔とは違うということだ」 言うまでもなくそんな事実はない。
「流石は決闘筋肉研究会(通称:マス研)。おれも昔が懐かしくなってきたよ」
「さっさとやめたことを今更後悔してるのか? 半端者らしいな」
「いやいやまったく。やることが一杯あって困ってるよ」
(え〜っとえ〜っと、あれがこうなってそうなってひっくり返ってとんとんとん……よし)
「いきます! 《デーモン・ソルジャー》を通常召喚。リバース、《キラー・トマト》。バトルフェイズ、まずは《キラー・トマト》で《ブローバック・ドラゴン》に攻撃します」
「ハッハー! そんなもんで俺の《ブローバック・ドラゴン》は倒せねえぜ!」
 攻撃力の差は900。当然返り討ちに遭うがそれでいい。俗に言う自爆特攻。
「《ニュードリュア》を特殊召喚。もう1回《ブローバック・ドラゴン》に攻撃します」
 攻撃力の差は1100。当然返り討ちに遭うがそれでいい。俗に言う自爆特攻。
「《ニュードリュア》の効果、《ブローバック・ドラゴン》を破壊……できますよね」
「俺の《ブローバック・ドラゴン》が倒された!?」
(及第点だ。《デーモン・ソルジャー》がいるから隙も残さないで済む)
(ラウンドさんは何も言わないけど、これでよかったのかな……)
「《デーモン・ソルジャー》でローズさんにダイレクトアタック!」

ブラザー兄弟:8000LP
ミィ・ラウ:9400LP

「カードを1枚セットしてターンエンドします」
「少しはやるな。ローズ・ドロー! しかし!」
「このスモール様のデッキを舐めるなよ! 俺達兄弟は無敵なんだ!」
「《太陽風帆船》を特殊召喚。リリース、スモールのエースがお出ましだ」



Metalcyborg Psychoshocker

Attack Point:2400

Defense Point:1500

Special Skill:Trap Search



 丸型のゴーグルと口を覆い尽くすマスク、極めつけは毒々しい紫紺の皮膚。罠の溢れかえった上陸戦を制す為だけに改造、生み出された物言わぬ兵隊。その双眸は敵だけを見据えている。
「バトルフェイズ、ラウの《サイバー・ドラゴン》をぶったおす! エナジー・ショックだ!」
(左腕は単純明快なアドバンスアタック。それもサイコ・ショッカー。兄弟揃ってゴリ押し好きか)
 古参の機械族同士の一戦は、よりレベルの高いサイコ・ショッカーに軍配が上がる。

人造人間−サイコ・ショッカー(効果モンスター)
星6/闇属性/機械族/攻2400/守1500
このカードがモンスターゾーンに存在する限り、お互いにフィールドの罠カードの効果を発動できず、フィールドの罠カードの効果は無効化される。


「ターンエンド。これがスモール様の《人造人間−サイコ・ショッカー》。小賢しい罠を蹴散らし、漢と漢の真っ向勝負を挑むその姿こそ "決闘筋肉研究会" の一員として――サイコ・ショッカぁっ!」
 斬。その一撃は速やかだった。その一閃は淀みなかった。《異次元の戦士》である。
「お互いのモンスターを場から取り除く。悪いなスモール。毎度毎度退場が早くて」
「ちっ、相変わらず面白みのない闘い方をする奴だな、ラウ」
「1枚伏せておこう。こちらはこれでターンエンドだ」
(この試合、おれにウルトラCはいらない。賭けにでる必要もない。適当に手本を示しつつ、ミィに考えさせるためのお膳立てをする。最初はミスの連続だろうが、ミスを恐れずチャレンジを続ければ人間は嫌でも学習するものだ。いつかは正しい闘い方がみえてくる)
(これだ。これがラウンドさんの決闘。静かに、淡々と、少しずつ決闘を作ってる。甘えた決闘をしてたら置いていかれちゃう。ラウンドさんの決闘にミスはない。ならわたしもミスしちゃいけない。ちょっと上手くいったくらいで喜んでちゃ駄目なんだ。集中する。集中して、集中。もう絶対にミスれない……あれ? ラウンドさん、大丈夫なのかな。場ががら空きになったら攻撃され放題じゃ……)
(これでおれの場はがら空きになる。それはそれでいい。これもまた課題だ)
 現状はまあ五分と言っていい。しかし本当の勝負はここからだ。力を誇るビッグとの決闘が小競り合いのまま終わるわけもなく。必ず仕掛けてくる。ラウはそう確信していた。

Turn 13
□8000LP
■7900LP
□ビッグ(カブレラ)
 Hand 3
 Monster 1(セット)
 Magic・Trap 2(セット/セット)
□ビッグ(ローズ)
 Hand 2
 Monster 0
 Magic・Trap 2
■ミィ
 Hand 1
 Monster 1(《デーモン・ソルジャー》)
 Magic・Trap 1(セット)
■ラウ
 Hand 3
 Monster 0
 Magic・Trap 2(セット/セット)

「カブレラ・ドロー! おまえらに本当の力を教えてやる。スモール、マッスル・フォーメーション!」
「兄貴は太っ腹だぜ! その目に焼き付けるんだな。いくぞ! マッスル・フォーメーション!」
 その瞬間は4巡目に訪れた。何かを仕掛けてくる。何を? ミィの動悸が早くなる。決闘が動き出すことによる期待と、対応できるかどうかへの不安。複雑に入り交じった感情がミィを支配する。ビッグは、ダブルバイセップス・フロントを保ったまま全身に力を込めた。歯を食いしばり、全身の筋肉という筋肉を暖める。ミィは身構えた。恐らくはエースカードの降臨。攻撃力2400……いや、もしかしたら2700はあるかもしれない。そう心の中で身構えた。
「カブレラ・リバース、《リビングデッドの呼び声》を発動。《マシンナーズ・ソルジャー》を特殊召喚。手札から《アイアンコール》を発動! 墓地から《マシンナーズ・スナイパー》を特殊召喚! ここだ!」
「兄貴の左腕は西部一ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいい!」
「ローズ・リバース! 1000ライフを支払い、タッグ専用通常罠:《As-パートナーズ・リボーン》を発動。カブレラの墓地から《マシンナーズ・ディフェンダー》を特殊召喚!」

As-パートナーズ・リボーン(通常罠)
1000ライフを払い、タッグパートナーの墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。
そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。


「仕上げだ! 《督戦官コヴィントン》を反転召喚。これで場には《督戦官コヴィントン》《マシンナーズ・ソルジャー》《マシンナーズ・スナイパー》《マシンナーズ・ディフェンダー》が揃った。まさに驚天……」
 その瞬間ビッグとラウの場がふっと暗くなる。上空が何かに覆われて。
「《つり天井》。落ちろ」
 ラウが人差し指を振ると同時に、その大雑把な暗殺道具が落下する……筈だった。現実には一向に落ちてこない。ビッグとラウを結ぶチェーンラインにもう1つの罠が発動していた。陰湿な罠の使用を禁じるお上の布告。カブレラ・リバース、《王宮のお触れ》。ミィが目をぱちくりさせた。
(《王宮のお触れ》? そうだ、それなら……)
「チェーン、《砂塵の大竜巻》を発動。《王宮のお触れ》を破壊します」
 今度はミィが動いた。チェーン3、《砂塵の大竜巻》で鎖を断ちに行く。 「甘いわ!」 一喝。かき消される砂嵐。ビッグ、渾身のモスト・マスキュラ―からの《王宮のお触れ》。そう、ローズ・リバースからの《王宮のお触れ》。全身を解放して押しつけるポーズが暗示する。ノーガードの殴り合いを暗示する。

王宮のお触れ(永続罠)
このカードがフィールド上に存在する限り、このカード以外のフィールド上の全ての罠カードの効果は無効化される。


 筋肉だけが己を守る決闘筋力主義の独壇場。カブレラとラウ、ローズとミィの間にチェーンラインが敷かれ、罠禁止の布告が行き渡る。即ち、筋肉の絶対王政。
「アァァァァ二ィキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイイイイ!」
「でた! ブラザー兄弟必殺の "絶 対 旺 盛(アブソリュート・マッスリズム)" !」
「兄弟の呼吸がぴたりと合った、惚れ惚れするほど完璧なコンビネーションだ!」
「まるで1人の身体を2人で使っているかのような動き。これが筋肉の結論なのか!」
「無粋な真似はやめてもらおうか。決闘とは力と力のぶつかり合い。小僧! みるがいい! そして憧れるがいい! 《督戦官コヴィントン》の効果。合体せよ! マシンナーズ!」
「スペシャルマッスルサモン!」 「スペシャルマッスルサモン!」





Machiners Force


Attack Point:4600


Defense Point:4100


Special Skill:Union&Separation



 大地を踏みしめる巨大な脚部に加え、剛肩を彩る八連装キャノンは《マシンナーズ・ディフェンダー》。百発百中、ライフルを掴む腕部は《マシンナーズ・スナイパー》。頭部にあって司令塔の大任を務めるは《マシンナーズ・ソルジャー》。3つの力が1つになったとき生まれる類い希な馬力。それこそがこの《マシンナーズ・フォース》。ミィは息を呑んだ。聞いてない。こんな化け物がでてくるなんて聞いてない。攻撃力4600。あの地縛神すら上回る怪物が、こんな決闘で出てくるなんて。
(あんな怪物が控えていたなんて。勝てっこない、あんなの)
「バトルフェイズ、もらったぞラウ。ライフコスト1000を払い……」
 《マシンナーズ・フォース》にライフという名の燃料が投下される。ビッグは雄弁を振るい始めた。
「道具なき時代。我々はその身だけで闘うことを強いられた。時が経ち武器が作られる。男達は右手に剣、左手に盾を携え闘いに明け暮れる。そして文明の発達。銃、大砲、そしてマシンナーズ・モンスター。人体を超えた武器の出現は男達の筋肉を無意味なものにしてしまったのだろうか。否! 断じて否! 無に返したのではない。野に放ったのだ。我々はむしろ気付いた。歴史を作ったのは何を隠そうこの筋肉。筋肉が打ち立ててきた歴史の深さに、筋肉が蓄えてきた矜恃の深さに、我々は改めて畏敬の念を抱き、決意を新たにした。むしろ今こそが漢の時代。筋肉は再生されたのだ!」
 ビッグの演説に胸打たれ、ギャラリー達が口々に騒ぎ出す。
「でるぞ! 八連装ミサイルポッドに高精度スナイパーライフルの一斉射撃」
「《王宮のお触れ》の下、無理矢理筋力勝負を挑むビッグ・ブラザーの必殺技」
 筋肉の興亡はこの一戦に有り。ビッグがラウを一瞥。全筋肉を解放する。
「全弾発射!」



Machiners Force Favorite Attack

筋 繊 維 再 生 運 動(マッスル・ルネッサンス)




ブラザー兄弟:6000LP
ミィ・ラウ:2300LP

「マッスルエンド!」
「ラウンドさん!」
「序盤はカード交換で適度な消耗を強いる。特に除去を使わせる。そこそこ消耗したところで《王宮のお触れ》。罠を抑え込み、そこから一気に戦力を集中してライフをゼロにする。良い戦略ではある」
「ラウンドさん……」
「なにをポカンとしている。おまえのターンだ。さっさとやれ」
「は、はい。わた……おれのたーん、ドロー。えっと……その……」
「どうした小僧! この《マシンナーズ・フォース》の胸を借りるがいい!」
(ミィが脅えている? ビッグの攻勢に怯んだか。それも経験だろう)
 ミィは確かに恐怖した。ビッグ・ブラザーに? 《マシンナーズ・フォース》に? それも間違ってはいない。しかしミィは何よりも、横にいるタッグパートナー、ジャック・A・ラウンドに恐怖した。如何なる怪物を前にしてもまるで動じないこの男の存在にこそ恐怖した。あの巨大な地縛神にすら沈着冷静な態度を崩さなかったラウは、ミィの目には怪物として映っていた。ミィにはラウのポーカーフェイスの裏にあるものが何一つとして読み取れない。無理もなかった。Earthboundのメンバーですら容易には読み取れないのだから。それが怖かった。一緒に驚いて欲しかったのに。思っていたのとは違う。思っていたよりもずっと独りぼっちだ。タッグデュエルは怖い。ここにいるのは専属決闘教師のラウではなく、決闘者のラウ。ローズとカブレラが上腕二頭筋という名の強固な鎖で繋がれているのとは対照的に、ミィとラウの間に結ばれているのはたわんだ凧糸に過ぎないと知る。ミィの島にはミィしかいない。憧憬が恐怖に変わる瞬間。サーカスのピエロに憧れたはいいが、いざ空中ブランコの前に立つと足が竦む。
(ラウンドさんは間違わない。きっと正しいことをする。ならどうすれば勝てる?)

(残りライフは2300。ここが勝負の分かれ目かも。勝ちたい。どうすれば……)
 手札に《マシンナーズ・フォース》を倒す術はない。それでもミィの手札には下級モンスターがある。自分の場に召喚すればがら空きのローズ・フィールドに追撃が可能。ラウの場に召喚すれば急場を凌ぐ壁となる。今のミィに選べるプレイングはこの二択だった。
(ラウンドさんのことだからこのまま簡単に倒されるとは思えない。余計なことはしない方がいいのかな。でももしかしたら。わたしがラウンドさんの場に壁を作ることを計算してるのかも。本当に?) 
 ラウは何を正解とするだろう。一旦考え出すと止まらない。堂々巡りが止まらない。
(《ライトニング・ボルテックス》の時みたいに、ラウンドさんに処理を任せるのが正解で、今は殴れるだけ殴った方がいい? 勝つ為には……勝ちたい)
 ミィはラウをチラリと見た。ラウは何も言わない。ミィの呼吸が乱れる。
 勝ちたい。怖い。勝ちたい。怖い。勝ちたい。怖い。勝ちたい。怖い。
「バトルフェイズ、《デーモン・ソルジャー》で《督戦官コヴィントン》を攻撃」
 ミィは、ラウの場にモンスターをセットしなかった。 『ラウの場にモンスターをセットしない』 ことを選択したのではなく、彼女は選択自体をしなかった。ミィは自分の場にも下級モンスターを召喚していない。あたかも "自分は最初から下級モンスターを引いていない" "引いていないのだから攻撃か防御かの二択などなかった" とでも言うように。ラウの前で間違うのを恐れた彼女は、問題自体を最初からなかったことにした。 「下手に動くよりはカードを温存した方がいい」 そうミィは結論づけた。
「わたしはこれでターンエンド」
 それが彼女の選択だった。

ブラザー兄弟:5100LP
ミィ・ラウ:2300LP

「それだけか! はっ、張り合いのないことだ。もっとも、その年齢、その身体では仕方なし。この筋肉から学べばそれで良し。ローズ・ドロー! 手札からタッグ専用速攻魔法《As-アシスト・アタック》を発動! このカードは! エンドフェイズまで! タッグパートナーのモンスターを自分のフィールド上で扱える。即ち、《マシンナーズ・フォース》はこのターンでも攻撃が可能!」

As-アシストアタック速攻魔法)
パートナーのフィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動できる。このターンのエンドフェイズまで、選択したモンスターのコントロールを得る


「これで終わりだなラウ。おまえがアースバウンド相手に連勝したと聞いた時は驚いたものだが、結局はアースバウンドも質が落ちたということだな。それとも、この俺が強くなりすぎたのかな?」
「御託はいい。攻撃したいならさっさとしてくれ」
「了解しよう。《マシンナーズ・フォース》でダイレクトアタック!」
「そこだ。手札から《ガガガガードナー》を守備表示で特殊召喚する」

ガガガガードナー(効果モンスター)
星4/地属性/戦士族/攻1500/守2000
相手モンスターの直接攻撃宣言時、このカードを手札から特殊召喚できる。 また、このカードが攻撃対象に選択された時、手札を1枚捨てる事で、 このカードはその戦闘では破壊されない。


「《マシンナーズ・フォース》の攻撃が止まっただと……」
 兄弟が驚く一方、ラウは極めて冷徹に寸評をくだす。
(神話の時代のルネサンスは、裸像を作ることで偏見からの解放を謳ったという。マッスル・ルネサンス。筋肉を惜しげもなく露出してそれに倣ったとでも言うつもりか。笑えないジョークだ。絶対王政の庇護がなければ己を貫けない、日和った保守主義者が何を言う)
「くっ、バトル続行。《ガガガガードナー》を粉砕!」

ブラザー兄弟:4100LP
ミィ・ラウ:2300LP

(ハッタリに惑わされるなよミィ。攻撃力の1000や2000は《デーモンの斧》でも付ければ水増しできる。そんな次元を超えて、俺達に一級の衝撃波を見舞うのが本物だ。見極めろ)
 見極める。それは何より重要なことだとラウは考える。筋骨隆々の体躯をこれ見よがしに誇るビッグの中身を見極める。三体合体の超重兵器《マシンナーズ・フォース》の中身を見極める。小兵のミィにとってそれは必要不可欠なスキル。故にラウはこの相手を選んだ。ミィが上を目指そうというのなら必ず立ち塞がってくるタイプ、その強味と弱味を身体で味わう。そうでなければ始まらない。
(召喚から攻撃までこれだけ費用を払った割に大した差はついていない。怪物は怪物でもその実体は燃費の悪い欠陥品。見世物の筋肉に過ぎない。だからすぐに息が上がる。そして仕留めきれない。ミツルなら、たとえ《死皇帝の陵墓》にライフを幾つ支払ってもその倍は取り返す)
「はぁ……はぁ……はっ……セコイ真似ばかりが上手いなラウ。俺はこれでターンエンドだ」
(地縛神なら壁を越えて試合を終わらせていただろう。ビッグ、おまえの上腕二頭筋はレザールの腹筋には遠く及ばない。あいつの腹筋は勝利へ向けひたむきにねられたもの。御託に酔うおまえのそれとは違う。中央出版 『札人論考』 236頁曰く 「筋肉を鍛えるな。決闘筋を鍛えよ」 学べよビッグ)

「おれのターン、ドロー。ビッグ、敢えて言わせて貰おう」  「なんだ」
「そちらの馬力は確かに見上げたものだ。しかし、反撃を全く考慮していない」
(反撃? そっか。《王宮のお触れ》を張られるのは悪いことばかりじゃない)
「おれの《マシンナーズ・フォース》を倒すのは簡単、そう言いたいのか」
「いいや。倒す必要すらない。現にローズフィールドはがら空き。大方召喚できるモンスターがいなかったのだろうがそれが命取りだ。もう1度《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚。このまま《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》と行きたいがないものはしょうがない。レアものだからな。《荒野の女戦士》を通常召喚。総攻撃力は3200。ローズにダイレクトアタック」
「くっ……」

ブラザー兄弟:900LP
ミィ・ラウ:2300LP

「やりやがったな。俺がもっとも嫌うことを。相変わらずの性格だな、ラウ」
「これで残りライフは1000を切った。《マシンナーズ・フォース》は攻撃できない」
 "燃費の悪い欠陥品" ビッグの体力を燃料として動く《マシンナーズ・フォース》。その体力を削ってしまえば、超重兵器とて最早単なる鉄屑に過ぎない。ラウはそのままターンエンドを宣言する。
(すごい。あっという間に逆転した。残りライフはもう900)
 残りライフ900。
 恐怖の底から、欲望を引っ張り出すには十分な数字だった。

Turn 17
□900LP
■2300LP
□ビッグ(カブレラ)
 Hand 2
 Monster 1(《マシンナーズ・フォース》)
 Magic・Trap 1(《王宮のお触れ》/《リビングデッドの呼び声》)
□ビッグ(ローズ)
 Hand 2
 Monster 0
 Magic・Trap 1(《王宮のお触れ》/《アシスト・リボーン》
■ミィ
 Hand 3
 Monster 1(《デーモン・ソルジャー》)
 Magic・Trap 1(セット)
■ラウ
 Hand 1
 Monster 2(《サイバー・ドラゴン》/《荒野の女戦士》)
 Magic・Trap 1(セット)

 5巡目。カブレラのターン。ラウ・ミィの残りライフは2300。即座に決着を付けたいところだが眼前には目障りな壁がいる。しかもビッグの残りライフは900。一刻の猶予もない。にもかかわらず、ローズの場には何も残っていない。《王宮のお触れ》があるから罠も駄目。なのにビッグは笑う。
「ラウ! おまえの小細工など通用しない! 《マシンナーズ・フォース》を分離する!」
 合体できるなら分離もできる。ミィが驚いたその時、それらは無惨にも爆発した。
「馬鹿な。なぜ……」
 何かをされた。誰に? 奴しかいない。
「《D.D.クロウ》。ネジを一本抜いといた」
「この野郎。やりたい放題荒らしやがって。くっ、このままでは……」
(ラウは勿論小僧に負ける。そんなこと、万が一にもあってはならない)
「カブレラ・フィールドに《マシンナーズ・ソルジャー》を通常召喚。効果発動。《マシンナーズ・ディフェンダー》を守備表示でローズ・フィールドに特殊召喚。これで場は埋まった。《マシンナーズ・ソルジャー》に《重力砲》を装備。攻撃力を2200までアップする。バトルフェイズ、《デーモン・ソルジャー》を破壊」
(ローズフィールドにモンスターを置きつつ攻撃したか。攻防一体の良い手ではある)
「俺はこれでターンエンドだ」 ビッグがそう宣言した時、ミィの感情が迸る。

(勝てる。勝てる。勝てる。勝てる。勝てちゃうんだ。ここで押し切れば。凄い)
(ミィのやつ、手が震えてるな。まだビッグにびびってるのか。仕方のない奴)
(勝てる。勝てる。勝てる。勝てる。勝てる。勝てる。勝てる。勝てる。勝てる)
「おれのターン!」 (勝てる) 「ドロー!」
(2200。2200なら勝負になる。2200なら)
「手札から2枚目の《デーモン・ソルジャー》を通常召喚」
 何の効果も無いバニラ。しかし打点だけはある。
「装備魔法《デーモンの斧》を、《デーモン・ソルジャー》に装着」
 何の追加効果もない装備魔法。しかし打点だけはある。
「攻撃力は2900まで上がります」 (これがわたしの最強攻撃)
 打点だけで言えば最上級。相手が凡庸なら勝ち目はある。
「《マシンナーズ・ソルジャー》を撃破。700ダメージです」

ブラザー兄弟:200LP
ミィ・ラウ:2300LP

「やった!」
 ぐっと拳を握るミィだが、その瞬間2人の決闘者がそれぞれ正反対とも言える反応に及んだ。ラウは溜息を付き、ビッグは大胸筋をなで下ろす。 「気付かなかったか」 ラウは一言だけそう洩らす。
「ローズ・ドロー。我が筋力生命線はここにあり。《マシンナーズ・ディフェンダー》をリリース!」
「あ……」 しまった――
「喰らえ!」 勝った――



Blowback Dragon Special Skill

"トム爺さんの山狩り(ジャム・ショット)"




ブラザー兄弟:200LP
ミィ・ラウ:0LP

「え?」
 コインは表表表。《デーモン・ソルジャー》を破壊してそのままダイレクトアタック。ゲームセット。僅差の攻防を制したのはビッグ・ブラザー。勝ち名乗りを上げたのはブラザー兄弟。
「負け……ちゃった」 がっくりとうなだれるミィ。
(やはりか。前のターン、奴は場にモンスターを出してこなかった。序盤からポンポン上級を投げ続けた所為で発射台が尽きたのだろう。上級事故を起こしていた。《マシンナーズ・ディフェンダー》を狩るべきだったんだ。勝ち気にはやったミィにはそれが読めなかった。撤収だ)
「ハッハー! どうだラウ、これが俺達の筋肉の力だ」
「筋肉の細胞1つ1つが脳となる。俺達のタクティクスは1日6時間の筋力トレーニングで鍛えられたもの。おまえのような軟弱漢とはあらゆる筋繊維が違う」
 勝ち誇ったビッグはラウをみる。勿論負け顔を拝むため。
「流石はブラザー兄弟。協力に感謝する。じゃあ帰るぞ」
「あ、はい……」 未だ呆然とするミィを先導してラウは去る。
「あの野郎、あっけらかんとしやがって。今一達成感がねえ」
 スモールの物言いにビッグも頷く。ほんの少し寂しかった。
「主義も主張もないクラゲみたいなやつだな。あいつは……」

「リード、経過は順調だ」
「そうか。そろそろおれも頑張んねえとな」
「もうじき "ヤタロック" にも連れて行くよ」 
 ミィを帰らせたラウは電話で経過を報告していた。
 リードは、若干熱の籠もった調子でラウに聞く。
「あいつの調子はあがってるのか? ものになりそうか?」
「上々だ。思ったよりもずっと理解が早い。やる気もある。今日タッグデュエルを一戦やったんだが、終わってすぐに、もう一回もう一回とせがんでいたよ。一戦一戦を大事にして欲しいから断ったが、中々いい傾向だ。途中で一回縮こまっていたのが嘘のようだ。今は決闘者として形にするのが先決事項。黒星が先行すると思うが焦る必要はない。じっくりやれば間に合う可能性はある」
「わかってるよ。じっくりじっくり焦らずに……だろ」

「ちくしょう!」
 誰もいない公園の隅。叫んでいるものがいる。ミィだ。
(勝てなかった。折角のタッグデュエルなのに。チャンスはあったのに)
 ミィはもう一度叫んだ。 「ちくしょう!」 何度だって叫んだ。 「くそ!」
「勝ちたい」 ミィの口からこの言葉を聞いた人間は、まだいない。
「勝ちたい」 ミィが壁を叩く音、それを聞いた人間はまだいない。
「勝ちたい……」 ミィという少女は、依然として知られていない。



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
長々読了有り難うございました。来年は今より激しくなると思います。よいお年を。
↓匿名でもOK/決闘小説にコメントするとサンタさんがプレゼントを渡しに来るという民間伝承があります。


□前話 □表紙 □次話























































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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