決闘(デュエル)。投げ入れられた決闘盤(デュエルディスク)から怪物を戦場に解き放ち、闘わせる競技。決闘。掌から繰り出される魔法で戦場を掻き毟る競技。決闘。一瞬の時を稼ぐ為、戦場に罠を張って迎え撃つ競技。決闘。決闘道具一式のみを相棒とし、勝者と敗者を決めるべくありとあらゆる要素を再構成する競技。
 決闘者達は、東西南北中央にばらけて今日も闘い続けていた。趣味・娯楽の領域から地位・名誉の領域に至るまで。純粋に決闘欲は勿論のこと、何の理由もなくなんとなく行われる程度には決闘が自然となった時代。決闘が行われるのは、雲一つない青空の下とは限らない。

 "夜の決闘" 決闘という名の喧嘩の勝ち負けのみが意味を持つ無法の生産地。特にD地区41番から46番までの、通称 『デュエルバイパス』 における夜間決闘の採掘量は西でも1〜2を争うと噂されていた。今日もまた、決闘に飢えた札引きの狼達が闇の中でしのぎを削る。そこには正義も審判もない。あるとすれば骸と化した決闘盤の欠片のみ。決闘が生み出す衝撃波は、闇夜の狼達にとっていわば麻薬のようなものだった。世界を股にかける決闘時代全盛期、それは同時に――

「バ、バ、バ、バーイソンソン♪ バ、バ、バ、バーイソンソン♪ 今日も終末ブン投げて〜儀式魔人が滑り込む〜〜〜ハイ! ハイ! ハイハイハイ! 《破滅の儀式》で降臨DA!」
 『終末』 『破滅』 といった暗い単語には似つかわしくないほど陽気に唄いあげるのはバイソン・ストマード。夜の決闘の常連であり、そこには最早初々しい緊張感などない。あるのはただ渇望のみ。力任せに投じられた決闘盤から 「粗野にして卑ならず」 を地でいく偉容。不良魔王が姿をみせる。
「《破滅の魔王ガーランドルフ》を儀式召喚。夜にふさわしい雰囲気がでてるだろ。あの《地縛神 Ccapac Apu》ですらこのガーランドルフの雄叫びの前には無力。効果発動。消え去れ!」
 バイソンの反撃が決まる。闇夜を切り裂くほどの雄叫びで《フォトン・バタフライ・アサシン》を打ち落とし、そのままアッパーカットでダイレクトアタックを決める。
「これでライフが並んじゃったな。ターンエンドだ」
 にやつくバイソンだが若干早かったと言える。 「甘いな」 もう1人の男は動じない。彼は、夜の決闘における新参者ではあった。しかしこと決闘においてはむしろ古参。見知らぬフィールドであっても決闘は決闘。夜が如何に暗くとも、彼の、ゼクト・プラズマロックが歩む道は常に燭光で照らされる。
「私のターン、ドロー。弱い奴ほど 『刺されば勝てる』 と声高に叫ぶ。しかしこのゼクト・プラズマロックは違う。全てはこのデッキという名の小銀河の中に用意されている。伊達や酔狂で光属性デッキを組んだとでも思うか? 私はこの小銀河の中から的確に選び出す。《アクセル・ライト》を発動。《フォトン・パイレーツ》を特殊召喚。効果発動。墓地の《フォトン・スラッシャー》と《フォトン・バタフライ・アサシン》を除外することで攻撃力は3000まで上がる。バトルフェイズ、三流魔王を倒してこい!」
 一足飛びで加速した《フォトン・パイレーツ》は、目にもとまらぬ早業でガーランドルフの首元をかっさばく。魔王の時代は終わり、海賊が跳梁跋扈する新世紀の始まりだ。
「やってくれるな。下級で最上級を倒すとは。しかし所詮は下級。ドーピングしたところでその効果はエンドフェイズまでしか持続しない。すぐにでも踏み潰してやるよ」
「隙など晒すものか。《リビングデッドの呼び声》を発動。墓地から《フォトン・リザード》を特殊召喚。この2体でオーバーレイネットワークを構築。現れろ、《No.20 蟻岩土ブリリアント》」
「残飯がエクシーズに化けたか。ちょいとばかし燃えてきたぜ。俺のターン、ドロー。《ライオウ》を通常召喚。バトルフェイズ、《No.20 蟻岩土ブリリアント》に攻撃を仕掛ける」
 《ライオウ》。2つの牽制能力を持つ優秀な下級であり打点も1900と申し分ない。しかしゼクト・プラズマロックの蟻岩土ブリリアントは2100まで攻撃力をあげている。このままでは玉砕。しかしゼクトは動いた。仕掛ける以上は策があるとみるべき。《突進》か《収縮》か。策の全容が判明したときにはもう遅い。動くべきは今 ―― 《聖なるバリア−ミラーフォース−》。雷撃を跳ね返される《ライオウ》。
「いい罠持ってるじゃないの。しか〜〜〜し、罠にかけたのはこちらの方さ! メインフェイズ2、《破滅の魔王ガーランドルフ》と《ライオウ》をゲームから除外! 《カオス・ソーサラー》を特殊召喚!」
 右手に光、左手に闇、2つの魔力を併せ持つ禁術のエキスパート。魔導士にしては異様に鍛えられた肉体と、いかにも妖しげな黒衣がその危険性を仄めかす。彼の手によって合成された魔術はたとえ相手がブルーアイズ級の大型であったとしても次元の果てまで消し飛ばすという。これこそがバイソンの本命。実のところ《ライオウ》は捨て駒に過ぎなかった。《突進》も《収縮》も手札にはない。しかし向かってくるからには何かある。そう思わせることができれば上等、罠を切らせることができれば万々歳。最悪、そのまま打ち取られたとしても墓地には光が灯る。
「効果発動。消えろブリリアント! ダーク・バニッシュ・マジック!」
 禁断の黒魔術が通り過ぎた後には墓標すら残らない。
「《カオス・ソーサラー》。それこそが貴様のエースというわけか」
「勝負をかけるぜ。カードを1枚セットしてターンエンドだ」
「嬉しいよ。こんな路傍におまえのような決闘者がいてくれて。私のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、《タイムカプセル》からカードを1枚手札に加える。《龍の鏡》を発動」
 ソーサラーの魔術は墓地活用すら許さぬ 『除外』 。しかしブリリアントのエクシーズ素材はORUという形で保護されている。宿主が異次元に飛ばされたとしても、素材は墓地に落ちるのみ。
「墓地の《フォトン・リザード》と《フォトン・パイレーツ》を除外。現れろ《ツイン・フォトン・リザード》!」
「やらせるかよ! Chain Reverse! Void Trap Hole!!」
 双頭の竜が鬨の声を上げるとき、それは瞬時に悲鳴へと変わる。紫紺の輪が竜の躰を包み込み断殺。落とし穴の実用新案。天国も地獄もなく。落ちる前も落ちた後もなく。穴に落ちるという過程さえも省略し、気付いたときには抹殺完了。即ち《煉獄の落とし穴/Void Trap Hole》である。
「残念だったな……ああん? そいつは……まさか……《タイムカプセル》か……」
「そう。墓地の光属性が3体除外されたことにより特殊召喚が可能となる。これが私のエース《ライトレイ ソーサラー》! 《ツイン・フォトン・リザード》など所詮はこの為の露払いに過ぎない!」
 一見すると、全身を白と青で彩る変質者。しかしてその正体は《カオス・ソーサラー》と同族の禁術士。《カオス・ソーサラー》が相反する魔力を合わせることで禁術を編み出したのとは反対に、この《ライトレイ ソーサラー》は、光に光を凝縮することで新世界への扉を開く。
「効果発動。光の中に消え去れ! シャイン・バニッシュ・マジック!」
 除殺完了。同種同様の能力者。後出し有利が鉄則か。
「カードを1枚セットしてターンエンド」 「そこだ! リバースカードオープン」 「なに!?」
「《闇次元の解放》を発動。除外された《カオス・ソーサラー》を特殊召喚。俺のターン、ドロー。残念だったな。1度出した《カオス・ソーサラー》は特殊召喚が可能なんだよ。効果発動……」
「やらせるか!」 「消し飛べ!」

Chaos Sorcerer
Attack Point:2300
Defense Point:2000
Special Ability:Banish
VS Lightray Socerer
Attack Point:2300
Defense Point:2000
Special Ability:Banish

「はぁ……はぁ……はぁ……やるな」
「貴方こそ、まさかこういう展開になるとは」
 1ターン後、互いの場には緊縛された黒衣と白衣の禁術士が睨み合っている。《デモンズ・チェーン》。お互いのエースを封じ合い、にっちもさっちも行かない状況がそこにある。
「ふっ……ククク……ハーハッハッハッハ! これは傑作! なんという運命!」
 突如、ゼクト・プラズマロックが笑い出す。思わず首を捻るバイソン。
「どうした。いきなり笑い出して狂いでもしたか。それとも……」
「お互い手札を使い尽くしエースも睨み合い。この勝負はここでお預けにしないか」
「あん? おまえそれでも決闘者か? 決着つけてこそだろうが俺達は。続けるぜ」
「確かに。しかしたった今! より面白いことを思いついた。私と組まないかバイソン」
「なんだと?」
「私も以前はTeam Galaxyという強豪でキャプテンなどを務めていたのだが、あいつらとは決闘性が紙一重で合わなかった。この《ライトレイ ソーサラー》こそがエースを張るべきだというのにあいつらはそれをわかろうとしない。それどころかあのフェリックスを支持する始末。私はもうお払い箱だ。仮にも光の決闘者が夜の決闘に出張ってきたのも言ってみれば憂さ晴らし」
「それで今度は俺と組もうって……本気で言ってんのか?」
「本気さ。こんな夜更けに君のような決闘者と出会えるなんて思いもしなかった。ソーサラーを理解し、ソーサラーを召喚し、ソーサラーで勝利する君だからこそ私と組むにふさわしい」
「突飛な話だが悪くない。俺もそろそろ表舞台に返り咲きたいと思っていた。おまえの《ライトレイ ソーサラー》と俺の《カオス・ソーサラー》が合わさればまさに無敵。勝てる、勝てるぜ」
「合意に感謝するよバイソン。チーム名は……そうだな……。《ライトレイ ソーサラー》は光が100を占めている。対して《カオス・ソーサラー》は光と闇が50:50。合わせれば150:50。よし、わかったぞ! 『清らかな純情とほんのちょっとの劣情BOY's』 だ!」
「悪くねえ。悪くねえがちいとばかし長いな」
「それなら縮めて 『正閏叛列(せいじゅんほんれつ)BOY's』 だ!」
「いける! 完璧だ! 今ここに無敵のコンビが誕生したぁっ!」

 遂に誕生したげに恐るべきツインズ。それはさておき――

「責任とってください」
 とある土曜の昼下がり、もし貴方が酒を嗜む年の学生で、もし目の前の女子中学生からこのように迫られたとしたら、それも人で溢れるキャンパス内で迫られたら嬉しいだろうか。喜ぶ者もいるだろう。しかし少なくともこの男、ジャック・A(エース)・ラウンドは嬉しがるどころではないらしい。彼の現実の反応としては、ほんの1秒呆気にとられた後、右手の中指と人差し指を額にあてて小さな呻き声を漏らすのが正解だった。その責任とやらによこしまなものは微塵もない。が。周りの有象無象にそれを理解してもらえるとは限らない。傍らには先程まで談笑しながら歩いていた学友が1名。この場合、なにがどうなるか、なんてことは誰にだってわかる。目の前の愚かな女子中学生を除いては。
「おまえ、いくらなんでも最低だ。犯罪だよ犯罪。見損なったよラウ……」
 ふざけるな。誤解だ。あいつは単なるチームメイトで……無謀とも言える説明を試みるが、誰も取り合おうとはしない。当面の問題はこの学友 ― ボブ・マイケル ― が冗談なのか本気なのか。冗談なら精々笑われてやろうと彼は考える。後者よりは100倍マシだ。しかし現実は小説よりトップブラホ(禁止カード)。最悪のドローを想定できないようではカードゲーマーと言えない。
「どういうデッキを組んだんだ。言え。詳細に言え。事細かに伝えろ」
 学友だった知り合いのことはひとまず無視、ラウは女子中学生に視線を合わせる。何から聞くべきか迷う暇などない。兎に角聞けるだけ聞く。なぜ来た。なぜこの場所を知っている。
「テイルさんから聞きました。酷いじゃないですか。あれからもう随分たつのに。覚悟を決めて、身を捧げるって誓ったのに。なにもなしだなんて。なにも……なしだなんて」
 なぜそのタイミングで目を背けるのか。問い糾す暇もなく。
「終わったなラウ。ま、檻の中に入っても精々頑張……」
 先程まで友人だった肉の塊を速やかに始末する。本当はテイルの口も《D・ステープラン》で塞いでやりたいところだがここにいないものはしょうがない。処理すべきは当面の問題。余計な口を利くのは勿論のこと、言葉足らずなのは殊更タチが悪い。なぜ第二目的語を省略するのか(中学生にしては妙に短いスカートを制服にしたろくでもない所属校まで辿って教師に文句を言いたいところだ)。 「決闘に身を捧げる」 とはっきりいえ。事情を理解してるおれが相手なら目的語を省略してもいいと思ったか。その通りだ。ラウは一旦譲歩する。しかしこの世には、自分と相手の他に第三者もいるということを知らねばならない。これだから西の人間は世界観が狭くて困る。チームデュエル至上主義、一見すると視野を広げる点では良いことずくめのように思えるが、不可欠な前提として、人間は孤独であるからこそうんぬんかんぬん……哀しく虚しい御託でしかなかった。ラウは既に切り替えている。申し訳程度の愚痴の間に当面の方針を確定。彼はそういう男だった。
「しょうがない。ちょっとこっちこい」
 この場合、強攻策は必ずしも上策とは言えない。それでも今は距離を稼ぐのが先決。人気(ひとけ)の少ないところまでその少女、ミィを引っ張りもう一度問い糾す。
「だって、だって、わたし本気だったんですよ。本気で……」
 これ以上喋らせるのは愚策。こちらから喋るしかない。
「ミィ。しょうがなかったんだ。丁度こっちが忙しくて……」
「……」 この無言が最高に面倒くさい。
「安心しろ。今から丁度暇だ」
 女子中学生の顔がぱぁっと明るくなる。こちらの気も知らないで。面倒毎に悩まされつつもラウは考える。非があったのは事実だ。忙しいのは嘘ではないが本当でもない。それなりに忙しいのはいつものことで、その気になればどうにかできた。態度が決まらないから、多忙という言葉に甘えていただけだと非難されれば返す言葉もなく。押しかける場所がおよそ最悪であったことを除けば、このミィとかいう25センチ以上も背丈の離れた女子中学生に対する怒りもあまりない。ラウはメモ帳を取り出すと何事か書き込んでから1枚破り、数枚の紙幣と一緒にミィに手渡す。
「そのメモの通りに購買部に行ってそのメモの通りに服を買え」
「へ? 服?」 「その学生服で決闘する気なのかおまえは」
 ミィが着ているのは学生服。確かに動きにくい。
「あ……えと……これ、お金は……あとで……」
「返さなくていい。釣り銭含めてそっくりそのままおまえにくれてやる。その代わりちゃんとそれを買って着てくること。よくわからなければあそこのおばさんに 『お姉さん』 と言えば一から十までなんとかしてくれる。服装は大事だ。特にそのスカート。それで激しく決闘したら……」
「あ、そっか。恥ずか……」
「見苦しい」
「みぐる……しい……」
「さっさといけ」

                        〜 購入中 〜

(どうする? これ以上姑息なやり方で引き延ばすわけにもいかない。援軍を要請すべきか。いや、テイルはいたずらに混乱をもたらす。リードもここに呼ぶよりは、テイルのお守りでもさせた方が役に立つ。パルムがこの話に乗るとも思えない。なら1人か。いやいや待てよ。尊重? ミィの意思を尊重しつつ偏見を排除し正義にかなった指導などできるのか? 独善的な思想を植え付けるだけの結果になりはしないだろうか。いやむしろその可能性の方が高い。わかってはいたことだが、これは中々厄介な問題だ。一過性の家庭教師とは違う。最終的には "使う" ところまで視野に入っている。面倒極まりない話だが、いざやるとなったらミスは許されない)
 ラウは考える。
(しょうがない。筋道を立てて可能な限り理詰めで考えるか。ドローフェイズ、デッキから1枚ドロー。スタンバイフェイズ……そう、まずはじめに準備ありき。教科書的事実から入ることで極力偏見を植え付けない。1つ1つの知識に抜けのありそうなミィにとっても有益な筈。ここでじっくり時間を取ってからメインフェイズに入る。メインとは何か。哲学的に考える時間はない。育成ゲームをやるとして、この場で何が必要なのかを考える……ぐらいの軽さが望ましい。これからどうしていきたいか。目的。そしてどうしたら目的を果たせるか。過程。いや、待てよ……)
 もっと考える。
(いきなり具体的になりすぎるのも危険だ。下手をすると揺らぎがちなローティーンの思考を自分好みに誘導してしまう可能性がある。そんなことでは、ボブの下劣な妄想と変わらない。誘導? そうだ。大事なのはバトルフェイズ、実際の接し方。手取り足取りあまり優しくしすぎれば、最初の1人として過剰な期待と幻想を抱くに違いない。前よりも丁寧に扱うのは当然だが、過保護になってしまっては……。こちらとしてもあまり依存されると困る。だが……いや……ならば………よし)
 考えた。

 これはきっと、真顔で四苦八苦する男:ジャック・A・ラウンドと、夢一杯の女子中学生決闘者……の見習い:ミィの、心温まる "最初の一歩" である。そうだ、きっとそうに違いない。


Duel Episode 10

Round the clock〜闘うカップ焼きそば〜


「この服動きやすいですね。えっと、やっぱり、決闘やるならこのぐらいの方がいいと思います」
 ミィは慎重に言葉を選びつつラウから目を離さない。遂に出会ってしまった。押しかけたことを叱られるのは覚悟の上。テイルに教えられたことを忠実に守る。 "ぶつかっていけ" "迷うな" "躊躇うな" "そういうものだ" 第一声は 「責任取れ」 が鉄板の選択肢であると教えられた。テイルの緩んだ表情が少しばかり気になったが、上手くいった以上は大正解。ミィの心臓がバクバクと。ラウの通っている大学は予想以上に大きかった。こんな凄いところにいる人間から決闘を教えてもらえる。そう考えると押しかけたことが急に恥ずかしくなる。ミィは思った。いつもそうだ。やるだけやって初めて冷静にものを考えることができる。上手くて怖くて賢くて、そしておっかないこの人と2人で? 誰かに救援を要請したくなったがミィは堪えた。そんな失礼に及ぶぐらいなら身投げした方がマシだ。
「確認しておきたいんだが、あれからリード達に教えてもらったことは?」
「決闘中の危険を避ける方法を一通り教えてもらいました」
 わりと粗っぽかった、ということは付け加えないでおいた。
「それに関しては忘れないよう適度に復習しておくように。といっても、しばらくはそれが必要にならない方針で行く。おれはテイルとは違う。誰だって違う」
「ですよね」 「のこのこついていったおまえにも30%ぐらいの非はある」
「うい」 「それじゃあ少し移動しよう。この近くにデュエルセンターがある」

【デュエルセンター】
 通称デュエセン。バッティングセンターやゴルフセンターに代わって台頭した投盤練習施設。単なるストレス解消から本格的な模擬決闘まで幅広いニーズに合わせた投盤場。西で有名なのは 『ギガンテス』 『ガイデンゴー』 等々。自前の練習場を確保している有名選手も時折活用しており、強豪Team Galaxyのエース、ギャラクシー・フェリックスが 『ジェイドナイト』 の常連なのはあまりに有名である。

 ミィにとっては初めて入る場所。怖い。が。
 ラウからすれば馴染みの場所でしかない。
「そこに座れ。今から幾つか話をする」
「え? 投げ込みするんじゃないんですか?」
「ディスクを投げ込むだけが練習じゃない。本格的にやるなら方針を立てる必要がある」
 本当にやめさせる気だったのか。今更。ドラフト1位で期待されるような人間でないことぐらいわかっている。それどころか10位でも有り得ない。何かの間違いで紛れ込んだだけ。自分の身の程を自分が一番良く知っている。これはこれである種の決闘だ。失敗は許されない。
「一応、改めて聞いておくが、 『やる気はある』 そういうことでいいんだな」
「はい。わたし、強くなりたいんです。自分の、自分の決闘をみつけたくて」
「わかった。それじゃあ始めよう。当然決闘盤は持ってきてるよな」
「勿論です!」 家を出る前一瞬忘れかけたのは乙女の秘密。
「それじゃあちょっと貸してくれ」
 決闘盤はバッグ ― 乙女の純真 ― の中に入れてきた。取り出してみて初めてミスに気づく。磨くべきだった。汚れてる。汗もついてるに違いない。気にしないでくれるだろうか。
「初歩的なことから話していく。既に知ってることが混じってるかもしれないが、それについては黙って聞いてくれ。その代わり、興味があったら掘り下げる質問をしてくれていい」
 ミィは内心で己を恥じた。ラウがそんな些末なことを気にかけると思った自分を恥じた。
 決闘に関係ないところで媚びを売って通るほど、目の前にいるコーチは甘くない。
「ところでおまえ、デッキはどうやって組む?」
「え? えっと、それは、その、性能とか考えて……」
 予想外の質問。口が固まってすぐにはうまく動かない。
「デッキはカードで組む。それ以上でもそれ以下でもない」
 少しずるい気がした。身も蓋もない話じゃないかと。
「不満か? 事実だ。それじゃあ質問。カードとはなんだ?」
「はえ?」 早くも暗礁に乗り上げる。
「カードとはなんだと聞いている」
「て、哲学的な話はちょっと……」
「比較的実用的な話だ。カードとはカードユニットの略称。おれたちはこのカードユニットを束ねてデッキを組み、組み上がったデッキを決闘盤に嵌め込んで投げる。言うまでもないがカードはTCGの本質。カードが何かを知らなくてなにをやるつもりだ? いいか。このカードをよく見ろ」
 ラウは決闘盤を弄ると、中から1枚のカードを取り出してみせる。
「言うまでもないがカードユニットにはそれぞれ個性がある。ここにまるいのがあるだろ。これがデュエルコアでカードユニットの本質にあたる。カードユニットは海で精製されるから漁師さんが獲ってくるわけだ。最近では養殖も盛んだな。周りの部分はプログラムテキスト。素材と一緒に解けて味を引き出す調味料だと思えばいい。同じコアでもプログラム次第で《魔導戦士 ブレイカー》になったり《魔導騎士 ディフェンダー》になったりする。決闘道具一式というのは簡単に言えば『闘うカップ焼きそば』だ。カップが決闘盤、中の麺がデュエルコア、調味料がプログラム、お湯をかけるとできあがり」
 我ながら完璧な解説だ。そう思ってミィの様子を伺うと、当のミィは不満顔。
「どうした? わからないのか? この説明でわからないとなると……」
「いえ。わかります。なんとなく。だけどカップ麺は……その……夢が……」
 なんて面倒くさいガキだ。殴り飛ばしてやろうか。その思いをぐっと堪える。
「わかったわかった。要するにこれは魔法の玉だ。夢と希望が詰まってる。といってもこのままでは封印が掛かって使えないし実用性も高くない。そこで玉の表面に呪文を書き込むわけだ。仕上げにこれを魔法の杖に嵌め込んで、こう、一振りすると魔法が使える。理解したか?」
「はい!」 これ以上ないくらいの笑顔だ。ラウは内心溜息を付く。
「あ、でも、実はさっきから聞きたいことがあったんですが……」
「なんだ」
「えっと、そのカードっていつもデッキから引いてるカードと違うような……」
「おいおい。そこからか。当然だ。これは決闘のとき引かないカードだからな」
「え?」 「これはマザーカード。おまえが引いてるのはコピーカードだよ。知っとけ」
 ラウは別のカードを取り出す。そう、これだ。いつもみているのはこちら。
 《BF−激震のアブロオロス》の勇姿がでかでかと映り込んだこちらの方だ。
「マザーカードもあれだけの機能を持つ割には笑えるほど薄いが、それより薄いのが40枚からなるコピーカード。これに本体であるマザーカードのデュエルテキストを刻印して、決闘中何度も何度もドローする。こいつらを決闘盤に挿し込んで各自条件を満たすことで発動するわけだが、この時、見た目としてはコピーカードからモンスターなりマジックなりトラップなりが発現しているようにもみえる。しかし実際にはコピーカードを通じて、決闘盤の中心部に収められたマザーカードのプログラムを解き放っている……というのが本当のところだ。掌からマジックやトラップを発動する時も、決闘盤にちょっとした違和感があるだろ。ほんとの震源地はそこなんだ。掌に付けるデュエルオーブから効果が発生しているわけじゃない、決闘盤に訴えかけて、決闘盤から効果を引っ張ってくる為のツールなんだ」
「なんでそんなことするんですか? 二度手間っていうか……」
「この話をしておいて正解だったよ。決闘盤をぱかっと開けて中身を弄ったことないんだろ。メインとサイドに入ってるカードを入れ替える……それ以上のことを今までやった例しがない」
「え? なんでわかるんですか?」 なにか大きな、深刻な地雷を踏んでる気がする。
「先に質問へ答えておく。コピーを作るのは、マザーカードを複数枚集めるのが面倒くさいからだ。このゲーム、禁止制限に引っかかってるもの以外は3枚まで積める。しかし、一々3枚集めるのは骨の折れる作業だ。いくらお上がカードユニットの価格を法で調整してると言っても、なんだかんだで金がかかるからな。レア物は数も少ない。そういう事情があるから、マザー・カード1枚でも3枚積めるようにしたんだ。TCG=Technological Card Gameでもっともプレイヤーに優しい部分だよ」
(泣きたい。死にたい。死んでしまいたい。うんざりされてる。今確実にうんざりされてる)
「泣きたくなってくるな。普通どこかで知るもんだろっていうか基本中の基本なんだが……」
「雑誌にそういう感じのことが書いてあったような気がしなくもないんですけど、その都度読み飛ばしていたっていうか……ごめんなさい。勉強不足でした。本当にごめんなさい!」
「おまえさ、他の連中が新しいカードをどう使ってるか考えたこともなかったのか?」
 手持ちのカードを使いこなすだけで精一杯だった、なんて言い訳にもならない。
(こいつ、どういうデュエルライフを送ってきたんだ? 発動の基本が出来てる割には無知すぎる)
「兎に角、新しいカードを入手したときは、決闘盤中央のマザースペースにぶち込んで、メインで40、エクストラ15以内、サイド15になるようコピーしておく。理解できたか?」
「はい!」 泣くわけにはいかない。泣いたら即退場。お兄さんとの約束だ。
「使わないカードユニットはマザースペースから外せ。無駄に重くなるだけだ。下手するとバグる。そんで場所によっては反則を取られる。基本中の基本中の基本な」
 ミィは物凄い速度でコクコクと頷く。おまえはキツツキかなにかか、ラウは内心で呆れる。
(後はイカサマ防止の機能……は、別にいいか。そんなことよりもっと大事なことはある)
「そうそう。これも言っとかないとな。マザーカードは大事にしろよ。決闘盤という殻に守られているとはいえ、形あるものはいつか壊れる。明日かもしれないし500年後かもしれないが、兎に角メンテナンスは重要だ。これを怠ると壊れることが稀にある」
「壊れちゃうんですか」
「壊れても色々保証があるっちゃあるんだが、それはそれで色々やってる内に沢山お金を取られる。金を取られるだけならまだいいが、最悪、支給品がカードじゃなくてボールペンになる」
「メンテナンスってどうすれば……」 「うちならパルムに頼め。100%無料だ」
(あの人……か) 「どうした?」 「いえ。なんでもありません!」
「カードユニットが壊れるとどこぞの通販で買った中古の邪神ようになる。召喚したところで突っ立ってるだけで何も出来なくなる木偶の坊だ」
「木偶……」 「滅多にないことだが試合中になると凄く困る」
「そんなことが……」 「ないとは言い切れないのがTCGだ」

「それじゃあ今度は決闘盤の果たす役割について説明しよう。SDTについては後にするとして、まずは一番大事な機能、カードユニットの効果発現についてなんだが……どうしたものか」
(カップ麺がNG。魔法の杖なんかあるわけないんだが……よし。あれでいくか)
 ラウは懐からライターと煙草を取り出して両手に抱える。ビジュアル的にはそれなりだ。
「煙草がカードユニットだ。そしてライターが決闘盤。この指の動きがスローイング。よくみておけ。カードユニットの発現になぜ決闘盤が必要なのかがすぐわかる」
 ラウは親指を動かしカチッとおろす。しゅぼっと火がついて煙草にうつる。
「ざっくばらんだが要はこういうことだ。この火が "形を持った衝撃波" 。但し、決闘盤はライターほど気楽な道具じゃない。使う煙草によって着火の難易度が変わる。面倒でもあり、醍醐味でもある……」
 今まで 「そういうものだ」 と思っていたことを改めて説明されると目から鱗が落ちると共に、そんなこともちゃんと知らなかった自分の無知が恥ずかしい。他方、ラウはラウで反省していた。
(しまった。中学生の前で煙草を出すのはよくないな。次から気を付けよう)
「知っての通り、一般的な現代人の身体には大なり小なり "気" が流れていて、それを込めて決闘盤を投げる。こういう風に言うと "気" の扱いに長けた人間ほど召喚が上手いという話になり、それは大抵において正しい……んだが、ここに決闘盤という身体的要素が絡んでくる。カードを握って、直接 "気" を込めてモンスターを召喚すればいいならそこに身体の強さはあまり関係ないが、実際はそうじゃない。決闘盤を投げる必要がある。手で握って直接召喚するのはまず無理だし、今ではそれに関する規定もある。この 『決闘盤を投げる』 という過程が問題になるんだ」
「上手く投げられなくて失敗……」 「そういうことだ」 (よかった。外してなくて)
「モンスターの馬力があがると大抵決闘盤が重くなる。人間の身体を流れるデュエルオーラ……ある種の "気" というものが、いつ発現していつ発見されたかについては省略させてもらう。決闘盤を媒介に決闘気をカードに送り込み同調、そこからようやく投盤に入るわけだが……投げる前の時点で既に半分ぐらいは発現している。この半分ぐらい発現してるってのが面倒だ」
 ちんぷんかんぷんだ。もし正直にわからないといったら、こんなこともわからないのかと怒られるだろうか。怒られるならいい。心の中で溜息をつかれて冷たい目で見られたらどうしよう。わかってるふりをすべきだろうか。いや、駄目だ。そんなことはしちゃいけない。そう思った。
「意味が……わかりません。ごめんなさい」
「正直だな。それでいい。決闘盤の中にモンスターが入ってると考えろ。でかくてごついものほど決闘盤が重くなる。例えば、この前やりあった地縛神なんかは重いカードの見本だ。あいつらみるからに重そうだろ? 実際重いんだ。だからチームアースバウンドのレギュラーは筋トレを欠かさない」
「筋トレ……」
「今もあいつらは厳しいトレーニングを積んでるはずだ。トップだからな」

                  ―― 地縛館 ――

「魔法少女マジカル☆テイル! 今日も魔法の尻尾で絞殺しちゃうよ♪」
「おいケルド」 「なんすかレザール先輩」 「ムカツクな」 「ムカツキますね」
「演技のクオリティが高いのは別にいい。あいつ上手そうだもんなそういうの」
「ああいうタイプとは友達になりたくないですね。何考えてるわかりゃしない」
「それはそれとしてだ。女装のクオリティが異様に高いのがムカツクなこれ」
「言いようのない苛つきを感じます。どうでもいいけどよく腹筋しながら観れますね」
「おまえだってルームランナーで走り込みしながら観てるだろ」 「難易度違うっしょ」
「こんなもん素面でみれるかってんだ」 「それについてはまったく同感です」
「にしてもこいつ人生舐めてるよな。絶対舐めてるよな」
「舐めてますね確実に。それも、世の中厳しいの判った上で舐めてるタイプ」
「間違いない。おい、おまえもし次の大会で当たったら全力でぶったおせよ」
「当然ですよ……ってうわ。ここのCGやたら凝ってるな。ほんとイラッときますね」
「こいつは一体何狙いなんだ? どこに向かってるんだ? ケルド、今日空いてる?」
「空いてますよ〜なんすか。飯でも食いに行きます? いい店覚えたんですよ最近」
「ああ、そうしよう。これ見終わったらディスクでフリスビー大会やって勝った方が驕りな」
「幾ら先輩が相手でも負けませんよ」
「言いやがって……うお! すげえ!」
「ヤバイって。なにやってくれてんのこれ。必殺技やべえ」
「ようやく1枚目が終わったか」
「なんでこれ2枚組なんだよ。あ、ミツルさん誘ったら来ますかね」
「忙しそうだったから無理だろ今日は」
「ミツルさんだもんなあ。俺もいつかはああなるのか」
「言っちゃうかあ。そういうこと言っちゃうかあうちの後輩は」
「言いますよ。ぶっちゃけ俺しかいないでしょ次の世代の後継者と言えば」
「バーカ。そういうこと言ってるから、おまえは他の若手から嫌われるんだよ」
「併走してらんないですよ。あいつら意識が低いから。てか先輩も十分若いっしょ」
「そういう連中を率いる気概がなくて、どうしてミツルさんの後を継げるんだよ」
「それはそれ、これはこれっていうか……あ、姉御さんからメール来てますよ」
「なんで毎回おまえのところにメール来るんだよ。俺の姉貴だぞ俺の」
「 『寝起きで動くの面倒臭いから帰りにポテチ買ってきて』 だそうです」
「30デュールで売ってる駄菓子でいい。買って帰ろう」
「先輩も大変ですよねえ」
「まったくだ。あの糞姉貴。あれでまだ4位にいるから嫌になる……ったく」
 この一連のやりとりの間、彼らは当然のようにトレーニングを行っている。
 最早癖の領域であり、それがチームアースバウンドのレギュラーである。

                   ―― デュエルセンター ――

「あいつらは息を吸うようにやるからな。おれに言わせれば効率にやや難があるが、トレーニングを日常の中に組み込めるのもそれはそれで実力だ」
「それじゃあわたしはどうすれば」 「鍛えろ」 「あんな風に!? あんな腹筋……」
「程度問題だ。おまえの体格では鍛えたところでしれてるが、いけるところまでは鍛えておいて損はない。それに、決闘盤の暴走は力だけで押さえ込むわけじゃない。気で抑える。無理矢理力で抑えられないからといってどうにもならないわけじゃない。要は慣れだ」
「慣れ」 「おれに言わせれば、力で投げることに頼りすぎる奴は伸び悩むよ」
「ほんとですか!」 「伸び悩まない奴もいるけどな、普通に」 「う……」
「決闘盤についてはこのくらいにして。残り3時間くらいか。よし、次は実技だ」
「おお〜」 ぱちぱちぱち。
 ラウは決闘盤に《BF−激震のアブロオロス》をセットすると投げ込み用のデュエルレーンの方を向いた。台に付いているスイッチを弄ると生贄用のメタルデビル・トークンが2体現れる。
「フォームは今まで通りサイドスローで問題ない。オーバーやアンダー、果ては飛び上がって投げる奴もいるが忘れていい。教科書的な話をすると、目線は召喚するゾーン、この場合は8番に合わせる……少し書いた方がいいかもな。ノートに書くからちょっと待ってろ」



「モンスターは投盤角度の問題から8番に優先して投げられやすい。セットスペルはどこに置いても掌が肝になるからあまり関係ない。《爆導索》の対策がてら、1番に置くのがポピュラーだ」
「わかりやすいですねえこれ。ところでこの 『おぎゃん』 って誰なんです?」
「知らん。教科書によくトムとかスティーブとか載ってるだろ。こういうときに書く名前の定番として大昔から使われているそうだ。そんなことより大事なのは投盤、話を進めるぞ」
 そうだ。おぎゃんのことなどどうでもいい。ミィは気合いを入れ直す。
「実際は投げるというよりも、気持ち押し出すくらいの感覚でやる方が上手く行きやすい。場に留まる浮力が高いからそれを利用する。宇宙空間に浮かぶゴミを手で押すようなもの。モンスターゾーンに行けば勝手に止まるから後はベクトルとパワーの問題だ。何を言ってるかわかるか?」
「わかりません」 段々と返事が早くなる。
「わかった。何度か模範演技をやるから掌の使い方や脚の使い方をよくみておけ。何度も焼き付けて何度も実践していれば、次第におれの言うこともわかってくる。いくぞ」
 ラウはOZONEを起動。所謂「いつもの磁場」が発生する。ミィにとってそれは魔法使いの世界。ラウは軽く左脚を上げて踏みこむとほんの少し身体を沈ませつつシフトウェイト、投盤(ディスク・スローイング)を行う。その時ミィは確かに見た。リリースの瞬間、僅かに腰を引いているのを。右の腋を中心にして、回転扉のように身体を動かし決闘盤に力がかかるようにする。ミィの場合、言語化はできなかったもののなんとか自分と違う部分を把握した。このフォームは美しい。放られた決闘盤は8番のモンスターゾーンに無事着盤。アドバンス召喚成功。《BF−激震のアブロオロス》……
「とまあこんな具合に……どうした?」
「アブロオロス……そんな簡単に……」
「こいつはBFシリーズの1体だ。《黒い旋風》が禁止になるまでは中央で猛威を振るった連中の一体。高速機動型のBFシリーズは概して投盤が難しいと言われているが、こいつはその中でも鈍足も鈍足、召喚機会の少なさの割に召喚しやすいともっぱらの噂。最上級だが軽く投げても十分いける」
「わたしは結構苦労したんですけど。やっぱり才能ないんですか……」
「最初は誰だってそんなものだ。自転車のようなものだと思えばいい。そら、決闘盤返すからおまえも適当に投げてみろ。無駄な部分をなくすところから始めよう。効率が上がる」
「あわわ……よし、いきます」 「まず1つ、緊張しすぎだ。力を抜け」 「わっかりました!」 「……」
(当面は普通の事を普通に出来るよう仕上げればいい。投げ込み自体は十分やっているみたいだから、自我流を矯正するだけでもそれなりの効果が見込める)
「今の、どうでしょう」
「論外」
「あう」
(案の定、言葉ではあまり通じないな。言葉を選ぶのにも苦労する)
「やった!」
「その程度で一々喜ぶ、自分の姿勢を見つめ直せ」
「うい」
(いっそのこと手取り足取り動きを教えるか? しかし、誰かに見られるとな……)

「おれもミィに手取り足取り色々教えたかったのに」
 そう愚痴るのはテイル。窘めるのはリードの役目。
「そうさせないためにここでおれが尻尾を掴んでるわけだ」
「あれ? もしかしておれって信用なかったりするの?」
「あるとでも思ってるのか。あんだけの騒ぎ起こしておいて」
「ちゃ〜んと、菓子折相当分の謝礼は置いてったんだから大丈夫だって」
「ったく。狙いはわかってんぞ。アースバウンドの器を試す、文字通りの 『試合』 」
「ばれたか」
 舌を出すテイル。もっとも、リードが感知し得たのはいわば概論の段階であり、詳細に関してはラウから聞いたことが大半を占めている、が、それを正直に言うのは舐められるだけだと思った。
「実際にやったことの突飛さ具合に目を瞑れば、新チームのあいつらを本番前に見極めるのは決して悪いことじゃない。ダァーヴィットさんを倒した実績に免じてそこは目を瞑ってやる。足し引きゼロ。本当に勝たなきゃいけない試合が後に控えてんだ。そんときは勝ちにいってもらうぞ」
「1週間前のあれも半々ぐらいには勝つ気あったけどね。思った以上だったよホント。それにしてもうちの大将は器がおっきいねえ。五臓六腑、とりわけ肺と膀胱に染み渡……」
 リードはテイルの頭を叩く。無言で叩く。
「痛い痛い。痛いって」 
「うるせえぶっ飛ばすぞ。練習だ練習」
「しゅん」
「……それでおまえの意見はどうなんだ?」
「どうって?」
「アースバウンドを攻略するためのヒントだよ」
「ああそれね。それなら前にも言ったとおり」
「言ったか? アースバウンド攻略法なんて」
「チーム力の底上げが必要。ようくわかった」
「……おまえに何かを期待したおれが馬鹿だった。当たり前だろそんなもん」
「真面目に言ってるんだけどなあ。ああそうそう、ミツルさんなんだけどさあ」
「どうせろくなことじゃないんだろ」
「え? ん〜まあ……そうかな。そうだね。おれも忙しいしこの話は置いとこう」
「あ? 暇人根性丸出しのおまえが何を忙しがるってんだこら。いい加減怒るぞ」
「もう怒ってるじゃん。ま、どのみち当分あいつらとは絡まないよ。やることあっから」
「うちの看板の塗装剥がして泥塗ってゴミ箱に叩き込むような真似だけはするなよ」
「大丈夫大丈夫。人間死ぬときは1人だから」 (不安だ。限りなく不安だ……)

「要するに、スペックが高すぎて自分でも持て余すようなカードを山盛りにすると、決闘盤との波長合わせそれ自体が上手くいかなくなる。おまえもいつか知ると思うが、エクストラデッキを使い出すとそれを特に実感する。あれは積めばいいというものでもない。自分のキャパシティと相談しないとな」
「なる……ほど……」 ミィの頭は既にパンク寸前だ。
「よし。今日はこれでおしまいだ。復習しておくように」
「ありがとう……ござい……まし……た……ぐて」
「おまえ、携帯の無料通話あといくらぐらい残ってる」
「はぇ? 全然使わないから丸々残って繰り越してます」
「好都合だ。これで家に帰ってからも問題ない。ほら」
 ラウは一冊の本をミィに渡す。ミツル・アマギリ著 『基礎から満足! 決闘入門』 名著と評される一方、 「いやいやこれ基礎にしては詰めすぎだろ。初心者なんだとおもってんだ」 とも言われる一冊。チームアースバウンドのメンバー曰く 『ただの聖書(バイブル)
「読め」 「読むんですか」 「大丈夫だ。わからなかったら迷わず電話してこい。時間が取れる限りは質問に答える。 『こんなこと聞いていいのだろうか』 とか悩む必要はない。最初はそういうものだ。じゃんじゃんかけてこい。その代わり食ってるときと寝てるとき以外は読み続けろ。最低でも10周だ。内容をそらで言えるレベルになるまでは他のものを観るな、読むな。安心しろ。北で暴動が起きようが南で革命が起きようがおまえには関係ない。人間の一生は一週や二週世の中に無関心でもどうにかなるようにできている。安心して活字に溺れてこい」
「あの、その、トイレの時は……」 「やる気十分だな。一向に構わんが痔には気をつけろ」
 よくわからない後押しを受けミィは帰宅する。ラウは満足げに1人頷いていた。
(最低限のことをしつつ、あとは西の第一人者に基礎を任せる。最初から本を渡して 『読め』 では不満を言われるのも当然。少し教えての 『読め』 でも不満だろう。ならば少し教えておいて、その後のフォロー体制を整えてから 『読め』 と言えばいい。完璧だ)
 完璧。その言葉を使うのはあまりに早すぎたと言うことをラウはすぐに知る。夜――
「あの、13頁についてなんですけど、およそ全面的に何を言ってるのか理解できません」
「具体的にどこがわからないんだ?」 「いえ、ですから、一行目から最終行まで満遍なく」
「おまえそれでも中学生か。読めるだろ。最低でもとりあえず3行目までは読めるだろ」
「ラウンドさんラウンドさん。わたしの決闘盤、色々やってたらネジが飛んじゃって……」
「……おまえ、ちゃんと説明書読んだか?」 「え? えっと……どこにあるんでしたっけ」
「わかった。おまえの決闘盤の裏に書いてある番号を教えろ。話はそれからだ」

 ラウの睡眠時間が鰹節のように削られていく。その頃、 "夜の決闘" では――

「お、おまえたちは一体何者だ!」
「俺達は、清らかな純情とほんのちょっとの劣情が入り交じる光と闇の快男児」
「この次元を制覇する表裏一体の新しいレジェンド。人呼んで 『正閏叛列BOY's』 だ!」
 『正閏叛列(せいじゅんほんれつ)BOY's』
 正閏とは正しき系統と悪しき系統のことを指す。言うなれば "光" と "闇" 。そして叛列とは画一化された列に叛くこと、即ち既存権力への反逆。《ライトレイ ソーサラー》と《カオス・ソーサラー》をしもべとした、新たな2人の餓狼による下克上が始まる。彼らは手始めに、夜の決闘者達を片っ端から札祭りにあげていく。ウォーミングアップを兼ねた掃討戦。終生の相棒を手に、彼らの勢いは止まらない。
「ガンダーの清流の如く清らかだ……がはっ」 
「ひとつまみの劣情が絶妙なスパイスに……ぐはっ」
 雑魚は一顧だにせず。彼らが駆け抜けた跡には《クリボー》一匹すら残らない。2人は言葉に出来ないほどの充実感に包まれていた。その心に曇りなく、一粒の野心を育てて咲かす。それが!
 『正閏叛列(せいじゅんほんれつ)BOY's』である。
「《破滅の魔王ガーランドルフ》でダイレクトアタックだ!」
「ぐはっ。俺達 『幻獣倶楽部』 が敗れ去るなんて……」
「《ツイン・フォトン・リザード》でダイレクトアタック!」
「腹の中までエターナル・サンシャイン……がはっ」
「これで19連勝。俺達は無敵だ。無敵のタッグだ」
「無敵か。いい響きだ。前のチームでは味わえなかったこの充実……ん?」
 曲がり角から1人の男が転がり込んでくる。左腕には決闘盤を付けていた。紛れもなく決闘者だ。それも虫の息。間違いない。 "夜の決闘" に負けたのだ。しかし誰に? それもすぐにわかる。もう1人の決闘者が敗者を確認しに飛んできたからだ。敗者を見下ろすその風貌は怪異と言うしかなかった。普通ならばまず有り得ない。しかしここは夜。強ければ全てがまかり通る世界。
「どうやらおまえがこいつを倒したわけか。少なくとも雑魚ではなさそうだな」
「恰好は変態じみてるが夜の仮装は不問でいい。どうする? 相棒」
「素敵な快楽に変わってくれると期待するよ。さあ構えるがいい」
 2人の闘気に呼応したのか "それ" は無言で決闘盤を構える。
「それそれ。ここは夜の世界なんだ。問答無用でいかせてもらうぜ」
 ゼクトとバイソンもまた決闘盤を構えた。月の光に照らされて。2人は勇躍する。
「混ざり合って消えろ! 《カオス・ソーサラー》、ネオ・ダーク・バニッシュ・マジック!」
「照らしてみせよう闇夜の灯り! 《ライトレイ ソーサラー》、シャイン・バニッシュ・マジックU」
 しかし彼らは知らなかった。道端に倒れてる男が、一体どれほど遠くから飛ばされてきたかを。

「ぐはあああああああああ!」
「ば、ばかなあああああああ!」

 ゼクトとバイソン。2人合わせて150キロはある。しかし150キロあろうと200キロあろうと人間飛ぶときは飛ぶということをカードゲームは教えてくれる。通常、カードゲーム中に吹き飛ばされるといっても、実際は地を転がるに過ぎない。しかしこの場合は違う。宙を舞っているのだ。そう。極まった決闘者による極まった決闘はある単純明快な事実を突き付ける。次元が違うという事実を。



――戦技【三陣千葬】



「化け……物……か……」
「我々正閏叛列BOY'sが……」
 正閏叛列BOY'sを一蹴したその決闘者は、再び夜の闇に消えていく。虫の息をかろうじて繋ぎつつ、彼らは幾つかの事実を知った。1つ、自分達は無敵じゃない。1つ、人は思ったより飛べる。

 "夜の世界" とは、往々にしてそういうものである。



【こんな決闘小説は紙面の無駄だ!】
読了有り難うございました。新展開です。「初めてのTechnological Card Game」編をどうぞお楽しみください。
↓匿名でもOK/今年の冬は寒いのでコメントを貯蓄しないと年を越せません。コメントください。


□前話 □表紙 □次話



























































































































































































































































































































































































































































































































































































































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