―― 3年前 ――

「お母さん。花瓶はここでいい?」
 立っている者と寝ている者。病室の中には2人の女性がいた。その内の立っている者 ―― アリア・アリーナは窓際に花瓶を置くと "2人目の母親" に声をかける。
「ちょっと痩せたんじゃない?」
「最近はこれでも具合がいいのよ」
 白い肌にはハリがなく、綺麗だった長い髪には白髪が交じり始めている。近所でも評判の美人妻であったミーネ・アリーナの現状。壊れてしまった母親は2度も夫を失っていた。

 1つ目の悲劇は13年前。3人の娘を阿保ほど元気に産んだその矢先、1人目の夫は事故であっけなく逝ってしまった。そして10年前、残された3人の娘を一身に抱え、途方にくれていたミーネのもとに現れたのがドクトル・シュナイゼン。中央出身のドクトルはアリアの実父であり、彼もまた妻を失い西に流れ着いていた。伴侶を失った者同士惹かれ合うものがあったのだろうか。2人が再婚を果たすまでにそう長い時間はかからなかった。新しい家族。新しい希望。……幸福の時間はそう長く続かなかった。2つ目の悲劇。ドクトルは得体の知れない古傷を悪化させて突然逝ってしまった。残されたミーネは気丈な人間である。しかしそうであるがゆえに。ある日、限界を超えてしまった……。

「無理なものは無理なんだから無理しない方がいいんだよきっと」
「ありがとう。ごめんね。大事な人を失ったのは私だけじゃないのに」
「がんばりすぎたんだよ。その分、今は私達がちょっとずつがんばってる」
 アリアの瞳は赤かった。そしてミーネの瞳は青かった。出自の異なる2つの瞳が向かい合ったまま、穏やかな時間が過ぎていく。そんな昼下がり、ふと背後から子供の声が響く。
「今日さ、今日さ、《カース・オブ・ドラゴン》を召喚できたんだ」
 お父さんへの報告だった。まぁまぁ小声であったが聞き取ることは造作もない。 "火とか吐いてて超格好良かった" "《落とし穴》喰らって3秒で死んだ" "怪我が治ったら母ちゃんに内緒で一緒にやろう" ……アリアは首を曲げぬまま一から十まで拾い聞く。
(肝心要は《ツイスター》のタイミング。間違えなければ勝ち筋はあった)
 当然、口には出さない。耳を澄ませたまま 「みかんでも食べる?」 母親の為にみかんを剥く。2〜3個のみかんを剥いたところで少年の話も終わった。いくつかの連絡を済ませるとアリアもまた立ち上がる。病室から退出しようと、
「好きなことをしていいのよ」
「……っ! 私はそんな……」
 誤魔化そうとするが無駄なこと。目の前にいる母親は揺らぎのない意思を持っていた。
「アリア、聞いて。私はあなたの本当のお母さんでもなければ、最高のお母さんにもなれなかった。けれどあなたが、あなただけの世界を持っていること。それぐらいはわかってる」
 母親の瞳は優しかった。きょとんとするアリアへ言葉を贈る。
「学校にもほとんど行かず、ずっと長い間うちを支え続けて……あなたにはあなたの世界があるのにこのまま終わったら勿体無いじゃない。大丈夫、お父さんの遺産もあるから」
「世の中いくらかかるかわかったもんじゃないよ。お金は1デュールでもあった方がいい」
「初めて会った時からあなたは本当に良い子だった。うちのことをなんでもしてくれて……ちょっと怖いぐらいにね。今は昔よりもやわらかくなった。私はそれが嬉しいのよ」
「……」
「少しずつでも前には進める。こんな身体で言っても説得力なんか出ないだろうけど、私はそう思ってるの。だから私は……これだけはあなたに言っておきたい」
 少し身体を起こすと窓の外をジッと眺める。義母の瞳には大事な風景が映っていた。遠く離れた街外れにある住み慣れたアパート。住んでいるのは3人の娘達。
「あの子達はあなたを恐れてる、敬ってる、そして愛してる。それを忘れないで」

「小当たり〜〜」
 市街地の曲がり角。絶賛福引き中の屋台の中でリンリンと音が鳴った。年甲斐もなくハンドベルを振り回すおじさんが 『奇跡だ奇跡だ』 有り難みもなく連呼している。その奇跡とやらを両手に宿しておきながら、今日のラッキーマンはこの上なくげっそりとしていた。
「三等が三連ちゃん。エアロシャークを何艘くれれば気が済むんだよ」
「新型デュエルディスクの 決闘搔盤(ストラグル)。小型で頑丈、ピカピカだぁーっ!」
「看板カードがコイツって……完全なる在庫処分じゃねえか」
「ガワはいいんですよガワは!」
「中身の擁護はねえのかよ。三等いくつ入ってんだか」
 景品を受け取って屋台から退く。それからベンチの上で溜息1つ。
(100%いらねえなあ。しかも3つってどうすんだこれ。ばらしてパーツにするか、二束三文で売り払うか、シャーク・トレードの弾にでもするか。持って帰るの面倒臭ぇな)

「こっちこっち! 今日こそ当てるよ!」
「走っちゃダメ! 福引きは逃げないから」
「決闘盤なんてそうそう当たるわけないのに」
 小中学生の3人娘が福引き屋台へと走ってくる。1人目が福引き券を叩き付け 「うぎゃあ」 と悲鳴をあげて大外れ。それから2人目が挑戦するも当たり前のようにポケットティッシュ。最後に3人目が気乗りしない様子で挑戦するも、
「残念賞〜! 残念だね〜お嬢ちゃん。さっき当たりが出ちゃったからさ〜」
「コロちゃんの嘘吐き! 急がないと逃げちゃうんだよ、当たりは」
「一攫千金なんてそうそうないの。日々の蓄積が大事なんだから」
「さっさと帰りましょ。ティアの悪足掻きに付き合うの、疲れるんだから」
「シェルちゃんだって当てる気満々だったじゃん。福引き券掻き集めて」
 3人の少女達が何やら揉めている。その光景を男がなんとなく眺めていた。
(ここの福引きなら狙いは決闘盤だろうな。女子もやってんのか最近は……あ)

「おい! そこのガキんちょ共! 両手を出して受け取りな!」
 3人が振り向くと3つの箱が飛んできた。なんとか両手で掴むと前方の様子をチラリとうかがう。箱を放り投げた男が世にも怪しげに立っていた。
「ナイスキャッチ。決闘ってのは掴めるやつが引くもんだ」
「え〜っと、なんですかこれ」
 ショートカットの娘が警戒しながら聞くと、男は軽く伸びをしながらケロッと告げる。
「さっき当てた三等賞。いらねえからやる」
「え? いやでも、こんな高いものもらうわけには……」
「ねえねえ! これがあればホントに決闘できるの?」
 サイドテールの娘が横から割り込んだ。聞かれた男はアゴに手を当て考える。
「そういやまだ試してねえな」
 その決断は迅速だった。一足飛びで福引き台までジャンプすると、デモンストレーション用の決闘盤をベンチの隙間にブン投げる。誰も居ないベンチの上に《潜航母艦エアロ・シャーク》が浮上した。サメ型のモンスターを一目見た瞬間、「かわいい……」 警戒気味だったショートカットの娘が爛々と目を輝かせる。悪い気はしない。すぐ隣では 「ホントに喚べるんだ、ホントに」 サイドテールの娘が何やら感動している。悪い気はしない。
「ガワはちゃんとしてる。ジュニアデュエルぐらいなら使い物になるだろ」
「やった! ありがとう! 大事にするから、大事に!」
「本当にいいんですか? もらっちゃって」
「クソ熱い中、徒歩で持って帰るのアホ臭いからな。持ってけ持ってけ」
「え〜っと、その……ぃよし! やった! ありがとうございます!!」
 ショートカットの中学生、そして、サイドテールの小学生が笑顔と共にお礼を告げる。その一部始終を 『たまにはいいだろ』 と堪能しつつ、多少の満足感を引っさげ帰ろうと ――
「決闘ができるからなんなの? 何かが変わるわけじゃない」
 ロングヘアの少女が出し抜けに口を利く。3人娘の中に1人だけ、陰の気を纏っている少女がそこにいた。 「わぁお」 男が大袈裟に反応。含みのある笑顔を匂わせる。
「そう捨てたもんじゃないぞ、決闘ってのも」
「闘っても……傷つくだけよ……」
「安全対策はそこそこ万全だ……そこそこな」
「そういう意味じゃない。決闘なんて野蛮よ」
「……おまえもがんばって引いてみろ……っと!」
 言うが早いか一足飛びで間合いに入り、少女の肩をバシンと叩く。
「決闘は楽しいからな!」
「……っ!」
 ロングヘアの少女が大きな瞳をぱちくりさせた。その反応に満足したのかクルッと背を向け早々に男が去って行く。しばし呆然としていたがすぐに慌てて呼び止めた。
「ちょっと! 貴方……名前は?」
「二度と会わないやつの名前なんて知らなくていいだろ。じゃあな」
 空のように自由な男。その腰元には狐っぽい尻尾がくっついていた。


                   第七章:嘘から出た(まこと)


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